やっぱり、ウィルスかな?


  
2010年9月18日 (土曜日)
 
 
やっぱり、ウィルスかな?
 
 
友人鬼居る
 
 

ユージン・オニールと3度目の妻

カーロッタ(Carlotta)

Subj:小百合さん、おはよう!

暑いのが苦手だけれど

元気でやってますか?

きゃはははは。。。

Date: 13/09/2010 4:38:02 PM
Pacific Daylight Saving Time
日本時間:9月14日(火曜日)午前8時38分
From: denman@coolmail.jp
To: sayuri@hotmail.com
CC: barclay1720@aol.com

久しぶりで MAPION の天気予報を見たら
栃木の田舎は残暑が厳しいのだよね。

9月14日。晴れ一時曇り。最高気温 31度。
9月15日。曇りお昼ごろ晴れ、28度。
9月16日。曇りのち晴れ。29度。
9月17日。曇りのち晴れ。30度。
9月18日。曇りのち晴れ。29度。
9月19日。曇りのち晴れ。29度。
9月20日。晴れのち曇り。29度。

やはり日本の9月は残暑が厳しいね。

バンクーバーはめっきり秋らしくなってきましたよ。
午後4時で 晴れ。気温が17度です。
街路樹がうっすらと黄緑色になりました。
9月の中旬から下旬になれば紅葉が見られるでしょう。

パソコンの調子は相変わらず良くないけれど、
まだ、はっきりと原因がわからない。
ハードが悪いと思って図書館からハードの本を借りてきたけれど、
ハードディスクの機械疲労かな?

そう思うのだけれど、何度か再起動を試みると動き出すのだよね。
チリやゴミは取り除いたし、静電気が溜まっているような事も無い。
ハードディスクがダメになったのならば完全に動かなくなるのだろうけれど、不安定ながら、何度か再起動を試みると動く!

やっぱり、ウィルスとスパイウェアが悪さをしているのかもしれない。
でもねぇ、除去しようとしても、新種のウィルスは取りきれないのだよね。
それが問題ですよう。

とにかく、日本から戻って来るまでは、このパソコンを宥(なだ)めすかして、どうにか動いてもらうつもりです。

幸代さんも古いパソコンを宥めすかせて動かしてね。
それで、面白い話をメールで書いてよ。
待ってます。
 
時間があったら気分転換に
次の記事でも読んでね。

『キネマの美女』

(2010年9月14日)

タグ: キネマの美女, スクリーンの女王, 銀幕の美女, 高橋とよ, 高橋豊子, 原節子, 名脇役, 小津安二郎, 日本映画の美女, 映画の美女, 永遠の美女

カテゴリー: ジューンさんが登場, デンマンさんが登場, 下着・ランジェリー, 卑弥子さんが登場, 小百合さんが登場, 小百合さんのメール, 小百合物語, 日本映画, 秘話・裏話, 笑い話・ユーモア・コミック, 芸能界・芸能人・エンタメ

銀幕の女王の裏話です。結構、面白いよ。  
じゃあ、またねぇ。

デンマンさん。。。今日は高橋とよさんの駄洒落の続きですか?

うん。。。面白いエピソードがまだあるのですよう。

「友人鬼居る」のエピソードよりも、もっと面白いのですか?

僕は笑いましたよう。。。とにかく、初めて読む人も居るだろうから、まず「友人鬼居る」の駄洒落を。。。

友人鬼居る

カチンコを初めて叩いたのが有馬稲子さんのクローズアップで、その有馬さんとまったく馬が合わなかった岡田茉莉子さん、あるいは山田五十鈴さん、淡路千景さん、岸恵子さんといった大スターの花の容貌に酔いながらそこそこに働いた。

しかし映画がこういった看板女優さんだけで出来るわけもない。脇役あっての主役である。文学座の高橋とよさんは小津さんに可愛がられた名脇役の一人で、不朽の名作「東京物語」のプロローグとエピローグで味のある演技を披露している。他の作品では料亭の女将に扮して小津独特のジョークの漣(さざなみ)を楽しげに浴びてもいる。

 (中略)

そんな時、撮影の合間、セットの片隅で相手は確か同期の助監督だったと思うが、新劇絡みの話で議論していたことがある。何かあればすぐに議論する年頃であった。
そこへ高橋とよさんが割り込んできた。

大した役ではなかったので、退屈していたらしい。小津組ほどの緊張感もなかったし、もともと文学座だから新劇話は専門である。
ユージンオニールを巡ってあれこれと話が咲いた後、突然貧乏が話題になった。

と高橋さんがにやにや笑い出して、
わたしたちの周りにも貧乏人だらけ、友人鬼居る、なーんてね

勿論ユージンオニールに引っ掛けてのことだが、余りにも冴えない言い換えだから、私たちは答えようがなくて顔を見合わせた。

たったそれだけのことだが、今も不思議に記憶に残っている。覚える気もないのに何時までも残る言葉もプルースト言うところの無意識的記憶に違いない。


石堂淑朗
昭和7年、広島県生まれ。東京大学卒。
昭和30年松竹大船撮影所演出部に入り、渋谷実監督に師事。
昭和35年独立プロを結成。
フリーのシナリオライター、小説家として活躍


高橋とよ (高橋豊子)
1903(明治36)年、東京に生まれる。
演劇活動の傍ら「理想郷の禿頭」(古海卓二監督1935年作品)でデビューするも、本格出演は昭和21年松竹と契約以降。
押し出しのよさで母親役&オバサン役に重宝がられた。
1981(昭和56)年没。
夫は俳優・伊達信。
代表作: 「お早よう」(小津安二郎監督1959年作品)
オススメ作: 「見上げてごらん夜の星を」(番匠義彰監督1963年作品)


84ページ 『キネマの女』 編者: 文藝春秋
発行所: 株式会社 文藝春秋
1999年5月30日 第1刷発行

『キネマの脇女 (2010年9月16日)』に掲載

高橋とよさんは小津安二郎監督にしばしば起用されたのですか?

僕の記憶に残る映画では『東京物語』だけだけれど、小津監督が作った映画以外にも脇役としてたびたび登場していますよう。。。テレビでもドラマに出ていたのを僕は見たことがあります。

それで、高橋とよさんの面白いエピソードってどのようなお話ですか?

小津監督の厳しさを知らないと、あまり面白くないのですよう。。。まず、その厳しさをここに書き出しますよう。

大坂志郎さんの“畳替え”のエピソードですか?

そうです。。。初めて読む人も居るから書き出します。

大坂の歩く演技も同じだった。小津は駄目を出し続ける。十月も半ばを過ぎていたが、大坂は全身汗みずくだった。小津のワイシャツもしぼるほどの汗にぬれている。
「ほう、脂汗かいな。じゃ、汗ふいて、もう一度」

大坂にテストのやり直しを命じておいて、小津はそっぽを向いている。このシーンに出番がある原はセットの隅に座ったままである。
「大坂、大物になったな、原節子さんを待たしてるんだものな」

小津の厭味(いやみ)は回を増すごとにひどくなった。
「原さん、余り気の毒だから麻雀の牌でも持って来させましょうか」
大坂は遂に自分の手足も思うように動かない羽目に追い込まれた。

その頃になって、やっと小津が演出家らしいことをいった。_
「大坂、ついこの間も平山家のセットで君の芝居を注意しただろう」
「はい」
「いってみろ、なんていわれた」
「僕の芝居は全部説明で、人にわからせようわからせようとする」
「その通りだよ。わからせるのは俺の仕事で君の領分じゃない」
「はい」
「ちょっと考えてみろ、君のおふくろが死んだ、友達がお母さん亡くなったそうだねという。君はなんと答える。そうなんです、おふくろが可哀相でとおいおい泣いてみせるか」
「いいえ」
「いやあ、おふくろももう年でしたからと微笑するんじゃないか」
「そうです」
「笑っちゃったら悲しみが消えるか」
「消えません」
「悲しみをこらえて笑っているから、人はぐっと来るんじゃないのか」
「…はい」
「人間ってものはな、感情をモロに出すことは滅多にないんだ。逆に感情のバランスをとろうとする。この場面だって同じことだ。頼むから科白の先読みをしないでくれ。来て座る。出そうな涙をこらえている。だから悲しみが客に伝わる。お前さんに悲しみぶら下げたチンドン屋みたいな顔で来られたんじゃ全部ぶちこわしだ。ちょっと最後の科白喋ってみろ」
「いま死なれたらかなわんわ…。さればとて墓に蒲団は着せられずや…」
「それ、涙ながらにやってみろ、追っかけて来た原さんは一体なにすりゃ良いんだ」
「…わかりました」

大坂は心身共に疲れきったように座ったままで立てなかった。カメラの脇で小津と厚田の密談が始まった。
「どうだい」
「ええ、どうやら、ウトウトと、二、三時間ってとこですね」
「行ってみるか」
「もう二、三度」
うなづいて小津は立ち上がった。
「じゃ、テスト」

大坂は力なえた体を引きずるようにセットの奥へ向かった。見送りながら小津が私にいった。
「大坂は良い役者になるよ。でも、あいつは昨夜ぐっすり寝たんだよ。夜行でも死に目に間に合わなかった、通夜も眠れなかった顔になってねえだろう」
「はあ」
「厚田家はこわいよ。睡眠時間一時間の顔になるまで撮らねえっていうんだ」
このカットでは本番前に大坂の座る畳一枚をとり替えた。大坂の汗でぐっしょりぬれて畳の色が変わってしまったのだ。しかし、大坂の顔に漂った一種のやつれは、甘えさせてもらった三男の母への思いを実に雄弁に語っていた。


58-61ページ 「絢爛たる影絵 – 小津安二郎」
著者: 高橋治 2003年3月6日 第1刷発行
発行所: 株式会社講談社

『厳しさの中の名演 (2010年8月18日)』に掲載

黒澤監督の演技指導は厳しかったと聞いているけれど、小津監督も厳しかったのですよう。。。どちらも明治生まれの人だからね。。。上のエピソードなど、現代人には“シゴキ”だとしか受けとれない。

ごく普通の俳優さんならば耐えられなかったでしょうね。

そうですよう。。。これだけシゴかれても耐えたのだから、大坂志郎さんは小津監督を類稀(たぐいまれ)な監督として尊敬しきっていたのでしょうね。

もしデンマンさんが大坂志郎さんの立場に居たら耐えられますか?

ダメですよう。。。たとえ小津監督を尊敬していたとしても絶対に激しい口論になりますよう。。。

どのような。。。?

いい加減にしろよう!

一体何度同じ事をやらせれば

気が済むんだよう!?

いくら監督だからってぇ、

これはやりすぎじゃないかア!

こんな事を何度も何度も

馬鹿馬鹿しくってやってられるかい!

オレ、あんたの下で役者やるの辞めたよう!

僕なら、きっとこのような啖呵を切って辞めてしまいますよう。

そうでしょうね。。。デンマンさんならば言いそうな事ですわ。。。私も電話で何度かデンマンさんに怒鳴られましたから分かりますわ。うふふふふ。。。

僕は感情的になると、結構短気なところがありますからね。。。悪いクセだけれど。。。

それで高橋とよさんのエピソードですけれど。。。、

あのねぇ、このエピソードは『東京物語』の助監督だった高橋治さんが『絢爛たる影絵』という本の中で書いているのですよう。。。もちろん、治さんは高橋とよさんと親戚関係にある人じゃない。まったくの他人です。長くなるけれど引用します。

小津は演出家として人の心を読む天性の力を持っていたのだろう。画面を演出するばかりではなく、セットの中の対人関係の演出にも長(た)けていた。

たとえばこの作品(「東京物語」)にも隣家の細君として出演している高橋豊子(高橋とよ)である。高橋は元来が不器用で柄(がら)だけの役者だった。いいかえれば個性的な存在を求められることはあっても、個性的表現を求められることはなかった。その上科白(せりふ)に難があった。先(ま)ず覚えられない。次に舌が廻らない。更に一度つかえたら必ず同じところで失敗する。そんな高橋が一番のびのびと演技したのが小津組だっただろう。

小津には悪評に対して意地になるところがあって、菅原通済(つうさい)を初めて出演させた時にかなり批判を受けた。無理もない。いかに面白い柄を持っているからといって、ズブの素人が百戦錬磨の玄人(くろうと)に立ち交じって思うように喋り動ける道理がないのだ。だが、批判を受ければ受けるほどムキになって菅原を使い通した。結果、『東京暮色』の頃からは菅原が弱兵ながら戦力になった。

高橋が同じ例だった。総ての子供たちが去って、笠(智衆)一人がポツンと座敷に座って遥かな海を見やるラストシーン近く、蛸(たこ)をたくさんほした窓の外を高橋が通りかかる。

「ほんとに急なこってしたなア…」
「いやア…。気のきかん奴(やつ)でしたが、こんなことなら、生きとるうちにもっと優しうしといてやりアよかったと思いますよ…」
「なア」
「…一人になると急に日が永(なご)うなりますわい…」
「全くなア…。お寂しいこってすなア…」
「いやア」

ほんの通りすがりの人との一齣(こま)なのだが、この先、笠が直面する時間の長さを描かなければいけない。高橋はその引出し役を果たせば良い。ひどい言い方をすれば、いうだけのことをいって、さっさと引っこんで貰った方が有難い。ところが演技を注文する段になって、小津は妙に細かく高橋への指示を出し始めた。通り過ぎて、止まる。振り返る。同情の顔で見やる。溜息(ためいき)をつく。見返りつつ去るなどである。テストが重ねられ、注文がつく度に高橋が高揚し始めた。

「あ、高橋さん、うまいね。良いですね、もうちょっと心をこめようか」

小津はほめ出した。映画の言葉で“のせる”という。世間で使われるのよりは少し悪意が底にこもる。小津はのせ、高橋はのりにのって、芝居はひどいことになった。舞台の役者が七三で見えを切って、ツケにのって引っこむような派手な動きなのだ。だが、その分前半の科白の受け渡しが実に軽やかに運ぶ。高橋の頭の中には名匠が狙いを定めている“去る芝居”だけがふくれ上がって来て、前半のことはもうどこかに忘れ去られているのだ。

ふと、疑問を覚えた。カメラの後ろに廻ってみた。ファインダーは小津の巨体で隠されていて見えにくい。地に這うようにして小津の体とカメラの本体の間に廻った。小津が人の気配を感じたのだろう。振り返った。

「ふ、ふ、見るのか」

僅(わず)かに体をにじってくれた。高橋は科白を喋る部分がうつっているだけで、あっという間に画面から消える。小津の注文はその前半の部分から高橋の役者心をぬき去るための誘導だったのだ。

高橋は無類の好人物だった。小津のやり方はちょっと度が過ぎるのではないか。そう思った。私の顔色が変わったのだろう。テストを終えた小津は立ち上がり際に私の耳元で囁(ささや)いた。

「色んな手があんのさ。黙ってろ」

『東京物語』を見る度に、私はこの日の小津を思い出す。黙ってろとは、誰になのか。高橋になのか、それとも世の中の人に対してなのか。何(いづ)れにせよ、このショットの高橋は抜群に良い。


50-52ページ 「絢爛たる影絵 – 小津安二郎」
著者: 高橋治 2003年3月6日 第1刷発行
発行所: 株式会社講談社

実は、この後に大坂志郎さんのシゴキが出てくるのですよう。 要するに、役者さんによって小津監督の演技指導が全く違ってくる所を読者に示そうとしているのです。

大坂志郎さんの場合には小津監督は真正面からシゴいた訳なのですか?

そうですよう。。。正攻法とでも言えるでしょうね。

それに対して高橋とよさんに対しては、バレたら高橋さんが怒り出しそうな演技指導ですよね。うふふふふふ。。。

そうなのですよう。。。高橋とよさんが、のりにのって演技をした後半部分は映画に出てこない。。。小津監督は、初めからカットするつもりで演技指導していたのですよう。

前半部分をサラッと演技させるために、後半部分を褒めたりして高橋さんをのせたのですわね?

そうなのですよう。。。そうやって役者心を取り除いて、まるで普通の人のようなサラッとした演技を前半部で引き出したのですよう。

【卑弥子の独り言】

ですってぇ~。。。
高橋とよさんは、後で映画を見てムカついたでござ~♪~ましょうね。
自分が、あれほど乗りに乗って一生懸命にやった演技が映画の中では全く写ってないのですから。。。
うふふふふふ。。。

とにかく、次回も面白いお話が続きますう。
だから、あなたもどうか、また明後日、読みに戻ってきてくださいましねぇ。
では、またぁ~。。。

 
メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

なるほどねぇ。。。

演技指導にも、いろいろとあるのですわね。

でも、乗せられて、一生懸命に演技したシーンが

初めから映画にされる部分では

なかったと知らされたら、

役者さんとすればムカつくでしょうね。

高橋とよさんは、自分が出演している

『東京物語』を観たでしょうけれど、

小津監督はカットした本当の理由を

高橋さんには教えなかったと

わたしは思うのです。

『絢爛たる影絵』が出版された時には

高橋とよさんは、すでにあの世の人でしたから

真相を知らずに天国に行かれたのです。

でも、映画には掲載されなかった

熱演のシーンも、高橋さん本人は十分に

満たされていたと思うのです。

なぜなら、小津監督に褒められながら

一生懸命に演じたという充実感が

あったと思うからです。

あなたは、どう思いますか?

ところで、英語の面白いお話をまとめました。

興味があったら、

次のリンクをクリックして

読んでくださいね。

■ 『あなたのための 楽しい英語』

■ 『心にジ~ンとくる動物感動物語』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。

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