幸福の谷 (2008年11月20日)


 
2008年11月20日 (木曜日)
 
  
幸福の谷
 
 

Subj:長い電話お疲れ様でした

Date: 01/10/2007 1:52:14 AM
Pacific Daylight Saving Time
日本時間:2007年10月1日 午後5時52分
From: fuji@adagio.ocn.ne.jp
To: barclay1720@aol.com

長い電話お疲れ様でした。
良くわかりました。

経理をしなくてはいけない。
それも13年分。
誰にたのもうか?
レシートもなくてと迷って朝方まで寝られない夜が毎晩だった時、
デンマンさんと話して、ここまで経理が進んだことをホットしてます。

いくら 請求がきても カナダに納めるのならいいやと思いはじめました。 
バーナビーで夏休みを過ごすことは 毎年私の支えの時間でした。

あの古い家は、夏休みで休むというより
ペンキ、芝のクローバむしり、
りんごの木の手入れ、
玄関まで高く長い階段のペンキはがしや、
しばらくみがかないガラス、
シミだらけのじゅうたん、
BASEMENTはランドリーのホコリとくもの巣、
行けば、掃除ばかりの家に大変でしたが
また戻りたいと思っていました。

実父の病気に、もう自分勝手にしていては駄目だ。
と今年決意しました。

こんな私でも欲しい物があります。
別荘です。
場所は長野です。
買ったら元家主の藤田桃子さん夫婦も招きたいです。
よかったらデンマンさんも。

日本だったら、親をおいていくことなく、ゆけます。

でも、29才からバーナビーで夏休みを過ごすことができた事は
私の人生にとって良かったと思います。
ではまた。。。

小百合より

このメールを改めて読み返してみてねぇ、僕は小百合さんが、ただ避暑をするためだけに軽井沢で別荘を持ちたいと考えているのではないと思ったのですよ。

どうしてですか?

バーナビーで夏休みを過ごすことは小百合さんにとって心の支えだったと書いてあるでしょう?

ええ。。。確かに。。。

実はお父さんが病気になって、それでバーナビーに毎夏行くことを断念したのですよ。でもねぇ、残念ながら、僕とメールをやり取りしている最中にお父さんが亡くなってしまったのですよ。本来ならば軽井沢に別荘を持って、お父さんと一緒に行きたかったのですよ。でも、お父さんは亡くなってしまった。判るでしょう?

ええ。。。判るような気がしますわ。。。つまり、軽井沢に別荘を持つ事は小百合さんにとって長年の夢だったのでござ~♪~ますわね?

そうですよ。やっとその夢を実現しようとしている。でも、お父さんは亡くなってしまった。それなのになぜ軽井沢の別荘に固執するのか?

なぜですの。。。?

つまり、軽井沢に別荘を持つ事が小百合さんのためばかりではなくて、お父さんの供養にもなるのですよね。もちろん、バーナビーで夏休みを過ごすことの延長線上に軽井沢で別荘を持ちたいというロマンが10年以上前に小百合さんの胸に根付いていたのですよ。僕は上のメールを読むことによってその事が理解できました。

それが本当に小百合さんの思いなのでしょうか?

それは小百合さんだけが答える事ができるでしょうね。。。ところで、軽井沢には「幸福の谷」と呼ばれているところがあるのですよ。

これがその場所でござ~♪~ますか?

そうですよ。

どのような訳でここが「幸福の谷」なのでござ~♪~ますか?

旧軽井沢のはずれ、軽井沢万平ホテルの裏手にあるのが、この谷なのですよ。美しいカラマツ林の木立のなかに苔むした石垣と焼き石を敷き詰めた石畳の道がずっと続いてます。周囲は静かな別荘地帯で、心静かに散策を楽しむには絶好の場所ですよ。

でも、そこがどうして幸せの谷なのでござ~♪~ますか?

「幸福の谷(ハッピーバレー)」と呼ばれるようになったのは明治時代です。

明治時代でござ~♪~ますか?いったい誰がそのような名前をつけたのですか?

もちろん、ここに別荘を構えた外国人宣教師たちですよ。


『軽井沢と小百合さん(2007年12月4日)』より

上の文章はデンマンさんが何度となくブログの『小百合物語』の中に引用しましたけれど、11月18日に“幸福の谷”を一緒に歩くことができて本当に良かったと思いますわ。

小百合さんに、そう言ってもらえると僕もうれしいですよう。

デンマンさんが“幸福の谷”を話題にしてから1年ぶりですものね。。。でも、三男坊の順一郎が一緒だったから、デンマンさんは心のどこかでウザイ思いをしていたのではないのォ~?(苦笑)

そんな事はありませんよう。僕は小百合さんと一緒に幸福の谷を歩いて十分にロマンチックな気分になりましたよう。

そうでしょうか?(微笑)順一郎は5才ですけれど、あの子はハイパーテンションで、とにかく、じっとしていないで動き回るし、静かにしているのが苦手な子だから。。。

うん、うん、うん。。。でも、元気で陽気で愉快で、僕には好感の持てる良い子ですよう。子供の反応を見ていると僕が小百合さんにどのように受け止められているのかが良~くわかりましたよう。

そうですか?

そう言うものですよう。小百合さんの僕に対する思いは子供にも伝わるものです。僕は順ちゃんに去年、一度会ったきりだけれど、僕を覚えていましたよね。。。と言うより小百合さんが僕のことを順ちゃんに折に触れて話していたようだと感じ取れました。順ちゃんは僕に対して“良いおじさん”だと言う印象を持っていたようですしね。。。僕は内心ホッとしていましたよ。

そうでしたの?そんな事まで感じ取っていたの。。。?知りませんでしたわ。

順ちゃんは居たけれど、“幸福の谷”に入ってから万平ホテルのカフェテラスに戻るまで小百合さんと二人でしたからね、上の写真のように十分にロマンを味わいましたよう。うしししし。。。

デンマンさんと去年(2007年)の11月に行田市の大長寺で会った時には、軽井沢に別荘を持つ前だったから、“幸福の谷”を一緒に歩くなんて考えてもいませんでしたわ。

うん、うん、うん。。。そうかもね。。。だから軽井沢の“幸福の谷”を一緒に歩いたことはマジで感慨無量でしたよう。

。。。で、なぜ“幸福の小徑(こみち)”じゃなくて“幸福の谷”なのか?デンマンさんには判(わか)りました?

判りましたよう。僕が質問した時に、小百合さんはその場で答えてくれなかったけれど、歩いてみてすぐに判りましたよう。

写真で見ると“幸福の小徑(こみち)”なのですよう。“幸福の谷”と言うイメージは上の写真からは全く想像がつかない。実際に自分の足で歩いてみればすぐに谷だと分かる。

デンマンさんも初めてだったの?

実は、初めてだったのですよう。名前は聞いていたのです。でも、実際に“幸福の谷”を歩いたのは初めてだった。

■ 『軽井沢と小百合さん(2007年12月4日)』

去年の12月4日に書いたのが多分、僕のブログで“幸福の谷”が出てくる初めだと思うのですよう。それからほぼ1年ぶりに小百合さんと一緒に歩いたと言うわけですよね。。。

デンマンさんにも楽しい思い出になりました?

懐かしい思い出になりましたよう。僕は初め、全く違う場所が“幸福の谷”だと思い込んでいたのですよう。

ガイドブックを読んだら万平ホテルの駐車場に向かって右手の小道を進んでゆくようなことが書いてあって。。。(実際には左手に進む!同志社シーモアハウスのすぐ北の道が本当の“幸福の谷”)。。。だから、カフェテラスから見た庭の後ろの方に“幸福の谷”があるとばっかり思い込んでしまった。それで、上の地図にもそのように書き込んだのですよう。実際に地図の場所を歩いてみると“幸福の谷”と名前をつけたくなるような場所は無いのです。小百合さんが案内してくれた場所は、間違いなく“幸福の谷”でした。写真と見比べて間違いないです。

意外に有名な場所ではないようですね。

“知る人ぞ知る”— そのような場所かもしれませんよ。だから、ガイドブックの中には、場所を確かめずに、いい加減な事を書いてあるモノもあるのでしょうね。おそらく文学に関心があって川端康成が軽井沢に別荘を持ったエピソードなどを読んでいれば、行ってみようと思うのでしょう。そうでもなければ、つまらない所ですよう。実際、何も知らずに歩いてみれば、とりわけ印象に残るような場所ではないものねぇ。。。何の変哲も無い石畳の道・・・ただそれだけの印象ですよう。

デンマンさんは、あまり良い場所だとは思わなかったの?

いや。。。やっぱり行って良かったと思いますよう。季節外れの“幸福の谷”— 小百合さんと僕と順ちゃんだけ。。。他の人には誰一人会いませんでしたからね。。。夏場のシーズンでは考えられないでしょう。。。何度となく“幸福の谷”の事を書いただけに小百合さんと一緒に歩いて幸せな気分になったのですよう。。。うしししし。。。

マジで。。。?

もちろんですよう。でも、さゆりさんは“幸福の谷”よりも室生犀星の旧居の方に惹かれたようですね?

ええ。。。私は、目下コケにハマッているので、どうしてもコケのたくさん生えている場所の方に惹かれるのォ・・・

うん、うん、うん。。。そう言われてみれば小百合さんの別荘の中庭のコケは見事ですねぇ~

スギゴケがビッシリと生えている様子は、まるで緑の絨毯が敷き詰められたようで贅沢で豪華な感じですよう。たぶん、小百合さんは祗王寺(ぎおうじ)の苔庭をイメージしているのではないのか?僕は、そう思いましたよう。

デンマンさんも祗王寺(ぎおうじ)の苔庭が気に入っているの?

僕は、しっとりと落ち着いて、こじんまりとした感じが好きですよう。小百合さんが案内してくれた室生犀星の別荘ねぇ。。。意外に庶民的でこじんまりとした造りになっていたので、犀星らしいと思って僕は好感を持ちましたよう。彼の生い立ちを読んでみて、なるほどォ~、これならば室生犀星が家の中に居ても似合うなぁ~、という印象を持ちました。

デンマンさんは派手なもの。。。豪華なもの。。。そういうものは嫌いなの?

そうだね。。。目立たない庶民的な方が僕の性(しょう)に合ってますよう。

上の写真の“二手橋”を渡って室生犀星の文学碑を見たけれど、ずいぶん意外な所に意外な碑を建てたものだと。。。考えてみたら室生犀星はお寺育ちだったんだよね。。。あの文学碑とそばに並んで建っている二つの墓石のような石像を見ると、犀星がお寺で少年時代を過ごした事がなんとなく分かるような気がしましたよう。

ちょっと陰気でしたぁ?

いや。。。すぐそばを流れている矢ヶ崎川のせせらぎの音が陰気なモノを打ち消しているようで清らかな印象を受けました。小百合さんと一緒にせせらぎの音を聞けて良かったですよう。できたら、朝早く“ささやきの小徑”を小百合さんと二人で歩きたかったですよう。

それは、またの機会に楽しみに取っておきますわ。

【卑弥子の独り言】

ですってぇ~。。。
今日も完全にあたくしは閉め出されてしまいましたわア。
デンマンさんのオツムの中は小百合さんの事で一杯で、あたくしの事など全く眼中に無いのですわよう。

後であたくしが文句を言わないように引用の中にあたくしを登場させておりますけれど、本文中に、あたくしは出てこないのでござ~♪~ますわ。

デンマンさんは軽井沢で小百合さんに“愛のプレゼント”を贈るのでござ~♪~ましょうか?
最後に残った一つですってぇ~。
楽しみにしていたのに、その事については何一つ書いていないのですわよう。

あたくしは、とっても気になるのですわア。
最後に残った一つをあたくしにではなく、小百合さんに上げてしまうのですう。

あたくしは、もう5年近くもデンマンさんのために一生懸命にお手伝いしてきたのに、デンマンさんは、最後に残ったモノをあたくしに下さらないのですわ。
“愛のプレゼント”を軽井沢で小百合さんにあげなかったと言う事は栃木の“山の家”であげるのでしょうか?
それとも行田の“夢とロマンと愛の小徑”であげるのでござ~♪~ましょうか?

嗚呼!何ということでござ~♪~ましょう!
あたくしは、全くの仲間はずれ!
あたくしの気持ちがお分かりでしょうか?

もう、こうなっているのですわよう。んもお~~。
デンマンさんが小百合さんに上げようとしているものは、いったい何なのでござ~♪~ましょうか?

とにかく、あさって、まだ面白いお話が続くと思います。
あなたも、どうか、読みに戻って来てくださいましね。
じゃあ、また。。。

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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■ 『夏は過ぎ…(2008年10月17日)』

上の記事の中でデンマンさんと小百合さんの

投稿のやり取りを読みました。

コニーアイランドの事が書いてあったので

懐かしく読みました。

そうですよね。

ホットドッグが有名です。

その名も“コニーアイランド”と呼ばれています。

マリアさんは6つ食べたそうです。

わたしもホットドックが好物ですけれど、

3つ食べたのが最高記録です。

ところで、コニーアイランドには

もう一つ有名なものがあります。

Coney Island Whitefish

どのような魚なのだろうか?

わたしは、長い間忘れていたのです。

それで、ブルックリンに住む

別のマリアさんに尋ねたのですわ。

デンマンさんが知り合ったマリアさんは

黒人のお父さんとプエルトリコ人のお母さんの

ハーフですけれど、

私のお友達のマリアさんの両親は

イタリアから移民してきたのです。

ねえ、ねえェ~、

Coney Island Whitefishって、

どういう魚なの?

ジューン、あなた、マジで聞いてんの?

そうよ。マジよ。

あなた、知らなかったの?

それって、使った後のコンドームよ。 スラングよ。

うっそ~。。。?!

マリアさんに言われて初めて納得がゆきましたわ。

そう言えば、時たま川などに

プカプカ浮いているものがあるのですよね。

よく見ると死んだ魚が白いお腹を上にして

プカプカと浮いているように見えるのですわよ。

なるほどォ~。。。うまい事を言ったものだわぁ~

Coney Island の Beach に

打ち上げられている Whitefish。

そう言われてみれば、わたしも見たことがあるのですわよ。

うふふふふ。。。

でも、こういうのって時々困りますよね。

仲の良いお友達に尋ねるのなら問題がありませんけれど、

会社のパーティーなどで男の人に聞くのはヤバイですよね。

うふふふふ。。。

ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて

次のサイトを立ち上げました。

時間があったら下のリンクをクリックして

覗いてみてくださいね。

■ 『夢とロマンを持って前向きに生きる

小百合さんの物語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。

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