愛の偶然と必然


 

2016年3月28日 (月曜日)

 

愛の偶然と必然

 


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デンマンさん。。。今日は“意味シン”なタイトルですわねぇ~!? どういうわけで哲学的なタイトルを選んだのですか?


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あのねぇ~、実は夕べ、バンクーバー市立図書館から借りている本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。

偶然と必然のあいだ


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19世紀の科学者達の多くは、精密科学の領域で得られた豊富な、そして確実な成果によって裏づけられた力学的な世界観の上に立って、あらゆる細部にわたる決定論を避け難いものと結論した。
彼等にとっては「偶然」とは結局人間の無知に基づくものであった。

ある日の午後、私が道を歩いている時に、偶然旧友に出遭ったとする。
私がこれを偶然と感じるのは、彼等の考えによれば、私が旧友の最近の動静を知らなかったからである。
もしも超人的な能力を持った、いわゆるラプラスの魔物がいて、私と旧友の行動に目をつけていたとするならば、その日の朝から二人の出会いを予知し得たであろう。

それどころではない。
この魔物がこの世界の状態をもっと広く、もっと詳細に調べていたならば、何千年、何万年も前に二人の出会いを推定し得たであろう。

私どもの視野が狭く、知識が足りないために、思いがけない事件が起こるように感じるのである。
この意味において偶然はすべて主観的なものであるといわれる。

【昭和22(1947)年8月号】

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


65-66ページ
『「文藝春秋」で読む戦後70年』
【第1巻】終戦から高度成長期まで
編集人: 石橋俊澄
平成27(2015)年7月21日 発行
発行所: 株式会社 文藝春秋

あのねぇ~、これは日本で初めてノーベル賞をもらった湯川秀樹博士が書いたエッセイの一部なのですよ。 昭和24年11月3日の文化の日、コロンビア大学客員教授だった湯川秀樹博士が、日本人として初めてのノーベル賞を受賞した。。。 このエッセイはその2年前、プリンストン高等学術研究所に招かれて渡米するに際し、『文藝春秋』昭和22年8月号に掲載された科学エッセイなのですよ。。。

上の写真は湯川博士と娘さんがダンスをしている写真ですか?

違いますよ。 奥さんのスミさんと授賞式後のパーティーでダンスを踊っているときの写真です。

それで、上のエッセイのどこにデンマンさんは感銘を受けたのですか?

もっと詳細に調べていたならば、何千年、何万年も前に二人の出会いを推定し得たであろう”と書かれているところですよ。

この部分に それ程の感銘を受けたのですか?

そうですよ。。。 実は、僕も小百合さんとの出会いをかなり以前に推定していたのです。。。 小百合さんと僕はカナダで偶然に出会ったわけではないのですよ。

信じられませんわ。

だったら次の記事を読んでみてください。

デンマンの祖先は百済からやって来た


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僕の家は徳川時代には忍城下で“木のくりもの屋”をしていた。僕の祖父の代までこれが続いて、大正時代に作品の品評会があって、これに出品して埼玉県知事からもらった2等賞の賞状が家宝のようにして2階の床の間に飾ってありましたよう。つまり、僕の祖父は腕のいい木工職人だったのですよう。家にも祖父が作ったと言う置物がたくさんありました。僕のオヤジが行田市の博物館にすべて寄付したようです。


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それで徳川以前はどうだったのでござ~♪~ますか?

後北条氏に仕えていた騎馬武者だった。 つまり、『更級日記』の作者が見たと言う騎馬武者の末裔(まつえい)だったのですよう。

つうことわあぁ~。。。デンマンさんの遠い祖先は百済から逃げてきた難民だったのでござ~♪~ますわね?

難民と言うと響きは悪いけれど、唐と新羅の連合軍と戦った騎馬隊の一員だった訳ですよう。

それで、戦いに負けて百済の国が滅びてしまったので仕方なしに日本へ逃れて来たと言うことでござ~♪~ますか?

そう言う事ですよう。

。。。んで、デンマンさんのご実家には家系図が残っているのですか?

そんなモノは残っていませんよう。

。。。んで。。。、んで。。。、どうして上のような事を、さも史実のように言うことができるのでござ~♪~ますか?

僕の体の中にある DNA に僕の祖先から伝わっている遺伝子が刻み込まれているからですよう。

その。。。その遺伝子って。。。いったい、どういうモノでござ~♪~ますか?

“海外飛躍遺伝子”ですよう。うしししし。。。

つまり、デンマンさんの遠い祖先は戦い敗れて百済から“海外”である日本へ渡ってきた。それから、京都に下って行ったけれど、生活の糧を得るためには畑仕事でもして食料を得なければならない。でも、近畿地方には土地がないので開拓団に入って関東まで落ちていったのでござ~♪~ますか?

そうですよう。

でも、結局、後北条氏に仕えたけれど、秀吉の小田原征伐で後北条氏が滅びると、騎馬武者から“くりもの屋”になって忍城下でお店を開いたのでござ~♪~ますか?

その通りですよう。

。。。んで、その“くりもの屋”が大正時代まで続いて、デンマンさんの代になると、1400年近く眠っていた“海外飛躍遺伝子”が眠りから覚めて、デンマンさんは34カ国を放浪した末に、カナダに安住の地を求めて定住した、と言う訳でござ~♪~ますか?

全く、その通りですよう。。。うしししし。。。どうですか?。。。これが、僕のつむぎだした壮大な叙事詩ですよう。


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。。。んで、小百合さんの祖先も百済からやって来て武蔵国に定住したのでござ~♪~ますか?

そうですよう。おそらく、百済から当時の平城京(現在の奈良市)に行ったけれど、土地があまりなさそうなので開拓団に加わって一緒に武蔵国まで行ったのですよう。

どうして、そのような事が分かるのでござ~♪~ますか?

小百合さんの実家は館林にあるのですよう。僕の実家から車で20分から30分ですよう。目と鼻の先ですよう。

そのような近くに住んでいたのにデンマンさんは日本で小百合さんにお会いした事は無かったのでござ~♪~ますか?

不思議な事に小百合さんと僕が初めて出会ったのはカナダのバーナビー市で小百合さんが13年間借りていた“山の家”だったのですよう。


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バーナビー市というのはバンクーバー市の東隣にある町です。上の地図の赤い正方形で示した部分を拡大すると次のようになります。


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この地図の Deer Lake (鹿の湖)の畔(ほとり)に小百合さんが借りていた“山の家”があるのですよう。


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この家でデンマンさんは10数年前に小百合さんと初めてお会いになったのでござ~♪~ますか?

そうですよう。次のように小百合さんの“山の家”の応接間で会ったのですよう。


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これって、またデンマンさんがコラージュしてでっち上げたのでござ~♪~ますわね?

確かに、上の写真は僕がでっち上げたのだけれど、現実でもねぇ、僕は、こうやって小百合さんと会ったのですよう。

でも、どうして小百合さんの祖先とデンマンさんの祖先が一緒に百済からやって来たと分かるのですか?

小百合さんの DNA にも“海外飛躍遺伝子”が焼きついているのですよう。僕と同じようにして、その DNAの飛躍遺伝子が1400年の眠りから覚めて、小百合さんは佐野からカナダのバーナビーに渡ったわけですよう。そして僕と“山の家”で出会ったのですよう。

ただ、それだけの事でござ~♪~ますでしょう?

ただ、それだけじゃないですよう。ちょっとジューンさんの言ったことを思い出してくださいよう。


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こんにちは。ジューンです。

袖触れ合うも他生の縁

(そでふれあうもたしょうのえん)

聞いたことがあるでしょう?

なかなか味わいのある諺ですよね。

袖が触れ合うようなちょっとしたことも、

前世からの深い因縁によって

起こるものである、と言う事です。

わたしは、初め、“袖触れ合うも多少の縁”

だと思ったのですわ。うふふふふ。。。

つまり、袖が触れ合ったのは、

全く偶然ではなくて、少しは

そうなる運命にあったのよう。。。

私は、そのように思い込んでいたのです。

でも、「多少」じゃなく「他生」だと。。。

「他生」というのは「前世」の事だと、

デンマンさんに教わったのですわ。

調べてみたら、「他生」とは

「前世」と「来世」の事を言うのですって。

上の諺では、文脈から

「前世」となる訳ですよね。

この世の事は「今生(こんじょう)」と言うのです。

そう言えば「今生の別れ」と言う語句を

何度か耳にしたことがありました。

仏教の輪廻(りんね)と

関係のある諺なのでしょうね。

わたしは英語には、この諺は

無いと思っていたのですけれど、

調べてみたら、次のようなものがありましたわ。

A chance acquaintance

is a divine ordinance.

Even a chance meeting is

due to the karma in previous life.

つまり、「偶然の出会いは神の定め」

と言う事なのです。

多分、日本の諺を英訳したのでしょうね。

カナダでは耳にしたことがありませんわ。


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『デンマンの祖先は百済からやって来た』より
(2010年8月4日)

あらっ。。。 6年前に卑弥子さんと こんなことを語り合っていたのですか?

そですよ。。。 小百合さんも思い出したでしょう?

いいえ。。。 読むのはこれが初めてですわ。

やだあなあああァ~。。。 僕が書いた他の記事も読んでくださいよう!

でも、上の記事はあくまでもデンマンさんが想像して書いたのでしょう!?

あのねぇ~、想像じゃないのですよ。。。 湯川博士のエッセイには、“いわゆるラプラスの魔物がいて。。。 もっと詳細に調べていたならば、何千年、何万年も前に二人の出会いを推定し得たであろう”と書かれている。。。 実は僕は“ラプラスの魔物”ならぬ“デンマンの魔物”なのですよ。。。 うへへへへへ。。。 だから、僕の家系には奈良時代からの伝承が家に伝わっているのですよ。

ラプラスの悪魔


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ラプラスの悪魔とは、主に近世・近代の物理学の分野で未来の決定性を論じる時に仮想された超越的存在の概念であり、フランスの数学者、ピエール=シモン・ラプラスによって提唱されたもののこと。
ラプラスの魔物あるいはラプラスの魔とも呼ばれる。

ニュートン力学(古典物理学)が席巻した近世科学・近代科学において見えていた世界観、演繹的な究極概念、「因果律」なる概念の終着点といってよい。
量子論登場以後は、既に古いもの、ともされるようになった世界観・パラダイム。

ラプラスは自著において以下のような主張をした。
もしもある瞬間における全ての物質の力学的状態と力を知ることができ、かつもしもそれらのデータを解析できるだけの能力の知性が存在するとすれば、この知性にとっては、不確実なことは何もなくなり、その目には未来も(過去同様に)全て見えているであろう。

つまり、世界に存在する全ての原子の位置と運動量を知ることができるような知性が存在すると仮定すれば(ひとつの仮定)、その存在は、古典物理学を用いれば、これらの原子の時間発展を計算することができるだろうから(別の仮定)、その先の世界がどのようになるかを完全に知ることができるだろう、と考えた。

この架空の超越的な存在の概念を、ラプラス自身はただ「知性」と呼んでいたのだが、後にそれをエミール・デュ・ボワ=レーモンが「ラプラスの霊(Laplacescher Geist)」と呼び、その後広く伝わっていく内に「ラプラスの悪魔(Laplacescher Dämon)」という名前が定着することとなった。

この概念・イメージは、未来は現在の状態によって既に決まっているだろうと想定する「決定論」の概念を論じる時に、ある種のセンセーショナルなイメージとして頻繁に引き合いに出された。

その後の評価

20世紀前半から始まった量子力学では、原子の位置と運動量の両方を正確に知ることは原理的に不可能(不確定性原理)であり、原子の運動は確率的にしか把握できない。
全てを知ることは出来ないのならラプラスの悪魔でさえも未来を完全に計算することはできないということになる。

一方、エヴェレット解釈の立場を取れば、観測者も確率とは無縁であり、決定論的であるとする人もいる。
その意味では、ラプラスの悪魔は古典的な意味とはまた別の意味で生き続けているとも考えられる。

また、コンピュータが実現し、情報科学が進歩した現在では、より具体的な分析をし、情報処理の速度というものを考慮すれば、たとえラプラスの悪魔が全原子の状態を把握していたとしても、その1秒後の状態を予測するのに1秒以上かかったのでは未来を知った事にはならず、間違いなく現実の速度より計算速度は劣るので、ラプラスの悪魔のような知性は、科学的・現実的に見れば絶対に実現不可能、と断定されることもある。

ただ、その場合はラプラスの悪魔が把握していなかった過去を時間をかければ把握できるようになるということであるから、いずれにせよ決定論的考えは残っている。


出典: 「ラプラスの悪魔」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

分かるでしょう!? 僕の家にはデンマンの魔物が昔から住んでいるのですよ。 (微笑)

でも、それは上の『ウィキペディア』に書いてあるように、量子力学が登場する以前のニュートンの古典物理学の世界のお話ですわ。

あれっ。。。 小百合さんは見かけによらず物理学に詳しいのですねぇ~。。。 

だってぇ~、ちゃんと上の説明の中に、そう書いてあるではありませんか!

でもねぇ~、湯川博士は量子力学が絶対的に正しいとは言ってないのですよ。。。 ちょっとエッセイの後半を読んでみてください。

偶然と必然のあいだ


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いずれにしても20世紀における物理学の進歩の結果として私どもが知り得たことは、必然性と偶然性とが従来想像されていたほど互いに相反する概念でなかったことである。
それどころか自然の奥底にまで立ち入って見ると、そこでは必然と偶然とが実に不思議な形で緊密に結びついているのである。

「偶然」という言葉は古来多くの思想家にとって好個の題目であった。
それは一つにはどこまで行っても正体のつかめないものであったからでもあろう。
私自身もまだその正体をつかんだとはいえない。

何故かといえば私がこの肉体と環境に不可分につながった私であるということ自体が、どうにもできない。
しかし偶然の事実であることを認めざるを得ないからである。

それはもはや科学の問題ではないかも知れない。
しかしそれは私にとってこの世界に永遠にして普遍な法則があることと同じくらいに不思議なことである。
これを不思議なことと感じることがすなわち、私が人間であることの一つの証拠であるかもしれない。

【昭和22(1947)年8月号】

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


69ページ
『「文藝春秋」で読む戦後70年』
【第1巻】終戦から高度成長期まで
編集人: 石橋俊澄
平成27(2015)年7月21日 発行
発行所: 株式会社 文藝春秋

量子力学が登場したとはいえ自然の奥底にまで立ち入って見ると、そこでは必然と偶然とが実に不思議な形で緊密に結びついている、と湯川博士は言っているのですよ。

でも、湯川博士は書いていますわ。。。“私がこの肉体と環境に不可分につながった私であるということ自体が。。。偶然の事実であることを認めざるを得ない”と。。。

確かに、そう書いてあります。。。 でもねぇ~、湯川博士は“それはもはや科学の問題ではないかも知れない”と書いている。

だから。。。?

だから、それは“信念”の問題。。。“信条”の問題なのですよ。

どういうことですか。。。?

あのねぇ~、実は夕べ、別の本も読んでいたのですよ。。。 その中には次のように書かれていた。 

あとがきにかえて


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現代の女性には理解できないかもしれませんね。
「すべてを受け入れる」だけの人生でした。
あの洗うがごとき赤貧の日々も、たしかに辛かったけれど、私は不幸ではありませんでした。

もちろん、惨めだったこと、寂しかったこと、いまも納得できない理不尽なことが、数え上げればキリがないほどあります。
でも、「終わりよければ、すべてよし」なのです。

なんだかいまは、「家庭環境」、「結婚」、「就職」など、人生の入り口でどれだけ幸運をつかむかで、その後のすべてが決まってしまうかのように思い込んでしまう人が多いと聞きます。

人生の入り口での状態は、といえば、水木も私も、お世辞にも、幸運だったとはいえないでしょう。
でも、「いろいろなことがあったけれど、幸せだ」と素直にいえるのは、「水木が自分自身を信じ続け、私も水木を信じ続けてきた」からだと思います。

自分が選んだ道をひたむきに生きていれば、「来るべき時が必ず来る」とふたりとも信じていたのです。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


248-249ページ 『ゲゲゲの女房』
著者: 武良布枝
2010年年3月31日 初版第11刷発行
発行所: 株式会社 実業之日本社

あらっ。。。 デンマンさんは映画も見たのですか?

いや。。。 映画ができていたとは知らなかった。。。 本を読んだだけでも充分に感動的でしたよ。。。

。。。で、“ゲゲゲの女房”まで持ち出してきてデンマンさんは何が言いたいのですか?

だから、小百合さんと僕は偶然ではなく必然的に出会う運命にあったということですよ。。。 昔の人も次のように言ってますからね。。。

 

“信じる者は救われる!”

 

でも、それだけでは信じられませんわァ~。。。

だったら次の検索結果を見てください。


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『現時点での検索結果』

もしですよ。。。 デンマンと軽井沢タリアセン夫人(小百合さん)の出会いが偶然だとしたら、ネットで 17,100件も「軽井沢タリアセン夫人」が散らばってないのですよ。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。
あなたは信じられますか?

とにかく、“愛の偶然と必然”のお話も興味を駆り立てられますけれど、
やっぱり愛よりも食べ物のお話の方が現実的ですわ。

あたくしはデンマンさんのふるさとの行田を訪れたことがござ~ますわァ。

「行田のフライ」というのが名物なのですけれど、
喰い意地がはっている あたくしは さっそくいただきましたわァ。

なんとなく素朴な味わいでした。

それから、「さきたま古墳公園」を訪ねたのですけれど、
駐車場の近くに「さかもと」というおみやげ物屋さんがあるのです。
そこでゼリーフライを売っていましたわァ。


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これは なんだか複雑なお味がしましたわァ。
デンマンさんは食べながら 子供の頃の思い出が湧き上がってきたと言いましたわァ。
その当時は“ゼリーフライ”とは言わずに“ゼニ(銭)フライ”と呼んでいたそうです。

このようなことを書いていたら、なんだか お腹が空いてきました。
あたくしも何かを作って食べようと思いますゥ。

あたくしの好物は 具のたくさん入った“あんかけ焼きそば”でござ~♪~ますう。
あなたのために、作り方を教えますわねぇ。


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どうですか? 美味しそうでしょう?

でも、あたくしは これだけでは満足できませんのよう。
デザートに“たいやき”をいただくのでざ~♪~ますわよう。
うふふふふふふ。。。

最近では、餡に替わってクリームや溶かしたチョコレート、キャラメル、カスタードクリームなどの洋菓子素材を詰めたものもでてきましたわ。

サンドウィッチ式に肉類や生野菜、各種ソースやリゾットなどを挟む「おかずたい焼き」もあらわれました。


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あなたも 好きなものを“たいやき”に詰めてみませんか?

では、あなたのために あたくしが育った地元の京都の“たいやき”をお見せしますわね。
うふふふふふ。。。

お腹がすいてきて、“たいやき”が食べたくなってきたでしょう?
でも、この記事を最後まで読んでから、近くの“たいやき屋さん”に走ってくださいね。

ところで、小百合さんがどうして「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれるのか?
ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。
小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。
小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。
分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


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それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。
だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ~~。


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