愛と死のオーラ


 

2011年12月5日 (月曜日)

 

愛と死のオーラ

 


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Subj:小百合さん、おはよう!

明日か、あさって、

また会いたいですね。

デンマンより愛を込めて…

きゃはははは。。。


(daibuts85.jpg)

From: denman@infoseek.jp
To: sayuri@hotmail.com
Cc: barclay1720@aol.com
Date: 2011年10月24日
(月曜日)午前11時53分

小百合さん元気ですか?
10月22日の土曜日には叔母が北鴻巣からやって来ました。
翌日23日の日曜日に来るものだと思い込んでしまっていた僕は朝ごはんをゆっくりと食べてから8時半に実家を出ました。
それで自転車をこいで「自遊空間」へ行ったのです。

午後4時に実家に戻ったら
お袋は応接室で昼寝をしており、誰かがキッチンでカタカタと料理しているのでした。
誰かな?と思ったら叔母がポテトサラダを作り、天ぷらを揚げ、サツマイモの煮込みを作り、割子ソバを茹でていました。

叔母は何もせずにお客さんで居ればよいのですが、お袋が自由に動けないので代わりに夕食の用意をしていたのでした。
僕のお袋が長女で叔母は10人兄弟姉妹の一番下です。
僕よりも6歳年上なだけなのです。

僕にとって親戚中で誰よりも話が分かる叔母です。
僕のお袋がやきもちを焼くほど叔母と僕は仲が良いのですよ。

僕がまだ大学生の頃、
叔母と二人だけで日光へ旅したのだけれど、
その旅は日帰りだったのです。

ところが、お袋の記憶の中で僕と叔母は日光で一泊したと思い込んでいるのですよね。
それほど僕と叔母の間が親密だと思い込んでいるのですよ。
今回もお袋がその話しをするのですよ!んもお~~!

もちろん近親相姦などあるはずもないのですが。。。(苦笑 & 爆笑)
お袋が心のどこかで、そう思い込むほどに僕と叔母の関係が親密なのですよ。

そのような訳で夕食が済んだ後で、しばらく皆で和気藹々(わきあいあい)とオシャベリしたのでした。
そのあと僕と叔母だけで大長寺のすぐそばの「馬車道」へ行ったのでした。


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叔母はポテトグラタン。


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僕はヴォンゴレ・ロッソを食べました。

ヴォンゴレ


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ヴォンゴレ (vongole) は、アサリなどの二枚貝を使ったイタリア料理(本来はナポリ料理)のパスタ料理である。

イタリア語の vongole は、本来はアサリ類・ハマグリ類などのマルスダレガイ科の二枚貝を指すヴォンゴラ (vongola) の複数形で、料理のことはイタリアでは spaghetti alle vongole(ヴォンゴレスパゲッティ)などとよぶ。

種類

代表的なものにナポリ名物のイタリア料理「スパゲッティ・アッレ・ヴォンゴレ」(spaghetti alle vongole)がある。

本場イタリアでは地中海産のガリアハマグリ (Chamelea gallina) やヨーロッパアサリ (Venerupis decussata) などが使用されるが、近年では日本から移入されたアサリも多く利用され、日本でもアサリを用いるのが一般的であるが、どれもマルスダレガイ科の二枚貝である。

トマトソースを使ったヴォンゴレ・ロッソ(ロッソ=赤)と、使わないヴォンゴレ・ビアンコ(ビアンコ=白)にわけられるが、トマトを潰していない中間的な物も良く見られる。
ペスト・ジェノヴェーゼなどのバジリコを使った「ヴォンゴレ・ヴェルデ」(ヴェルデ=緑)やイカスミを使った「ヴォンゴレ・ネロ」(ネロ=黒)を供する店も出てきている。

使用するパスタは、スパゲッティやスパゲッティーニ、ヴェルミチェッリ、リングイネ等のロングパスタである。


出典: ヴォンゴレ
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

午後6時半から9時半まで話が弾(はず)んでシャベリまくりました。
実家に戻ったら、またお袋が「一晩中でも話を続けているだろうね」とヤキモチを焼くのでした。(爆笑)

日曜日は、のんびりとテレビを見て過ごしました。
NHK総合テレビで午後1時50分から「私が選んだあの番組」をやっていましたよ。
ゲストは森村誠一さんで
1989年に放映された画家の池田満寿夫が解説する「みちのく紀行」を再放送しました。
もちろん僕は1989年の放送を見ていない。

芭蕉がたどった奥の細道を池田満寿夫が画家の目線でたどってゆくという番組でした。
なかなか見ごたえがありました。


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山寺や

 

岩にしみいる

 

セミの声

 


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山形県の「立石寺」が出てきて懐かしい風景を映し出していたけれど、やはり日本の風景の中でも日本をしみじみと感じさせてくれる風景でした。


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森村誠一さんは「写真俳句」というのをやっている。

写真と俳句を合わせて表現するのは邪道だという人も居るらしい。

「表現方法は無限だから写真と俳句を組み合わせても良いではないか!」

森村さんはそう言っていたけれど、もっともだと思いながら聞きましたよ。

番組の最後の方で東日本大震災で被災した人の印象に残る俳句を森村さんは挙げていました。


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抱きしめて

 

君の瞳に

 

夏の雲

大震災に遭い、死んでしまったのではないかと諦めていた。

しかし、お互いに生存していたと知って再会し、抱き合った時に詠んだ人の句なのですよ。

う~~ん。。。いいですよね。

僕も上の句をしみじみと味わいながら1年ぶりで小百合さんと再会して、Hよりも感じるハグをした時を思い出しながら詠んでみました。


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抱きしめる

 

きみのぬくもり

 

秋の空

 


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どうですか、さゆりさん。。。?

いいでしょう!?

明日か、あさって、また会いたいですね。

楽しみにしています。

じゃあね。


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『抱きしめて』より
(2011年10月24日)



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デンマンさん…今日は日本に帰省中のメールを持ち出してきたのですわね。


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いけませんか?

なんだか恥ずかしいですわ。

小百合さんが恥ずかしがることはないでしょう!?

だってぇ。。。、「1年ぶりで小百合さんと再会して、Hよりも感じるハグをした時を思い出しながら詠んでみました」なんてぇネット市民の皆様の前で言ってほしくありませんわ。

あのねぇ~。。。誰も本気にしませんよ。

つまり、現実には、そのような事はなかったとネット市民の皆様は考えるとデンマンさんは言うのですか?

そうですよ。

中にはマジでデンマンさんが私とHよりも感じるハグをしたと信じる人だって居ますわ。

10人10色ですからね、いろいろな事を考える人が居るでしょう!

だから、「1年ぶりで小百合さんと再会して、Hよりも感じるハグをした時を思い出しながら詠んでみました」なんてぇネット市民の皆様の前で言ってほしくないのですわ。

あのねぇ~、いちいち、そんな事を気にしていたらブログなんて書けないのですよ。

分かりましたわ。 それで今日は昨日の続きなのですか?


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『死の奇妙な匂い』

そうですよ。 僕の手違いだと思うのだけれど、FC2 の編集用ディスクに下書きを全部保存したつもりが、半分しか保存されてなかった。 たぶん、下書きを書き終えた時に保存ボタンをクリックしなかったのかもしれません。

。。。で、どうして上のメールを持ち出してきたのですか? 愛と死のオーラが上のメールと関係しているのですか?

あのねぇ~、ヒトミさんはオーラを色として感じる。


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ヒトミには人のオーラが見えた。 … ある日、むこうから歩いてくるおじさんを見てヒトミが、ああ、きれいだなあ、いいなあ、といったのだ。
えっ? となんのことかわからずぼくは聞き直した.

おじさんはたぶん50歳と60歳のあいだ、小柄で禿げかかって猫背でみすぼらしい格好をしてサンダル履きで歩いていた。
まるで「きれい」ではないが、表情はおだやかだった。

あの人はいい色、とヒトミはいった。
内側が黄色で縁がはっきりしたオレンジ色になってとげとげが元気に動いている。 すごく明るくて力がある。
ぼくとマオリはぽかんとして聞いていた。

するとヒトミが説明してくれた。
人間にはみんな色があるんだよ。 わたしには見える。

聞くとヒトミは子供のころからずっとそれが見えていて、それをあたりまえのことだと思っていたのだが、幼稚園の年長組のときにどうやら他の人たちにはそれが見えていないということに気づいてひどく驚いた。
一年生のとき、ある近所のおばあさんの色が大変に悪いので夕食のとき両親にそう告げると、両親は奇妙な顔をして、どんな色?とたずねた。

濃い緑灰色、皮蛋(ピータン)みたいな色、ただしぜんぜんつやつやしてなくて、いかにも病気の色。
おばあさんはその二日後に亡くなった。

直前までぴんぴんしていたので周囲の人は驚いた。
そのとき母親があまりに騒いで来る人ごとにその話をしたので、ヒトミは気まずく思い、見える色について誰にもいわなくなった。
それからはじめて、いま、マオリとぼくにその秘密を教えてくれたのだった。

赤字はデンマンが強調。
読み易いように改行を加えています。
写真はデンマンライブラリーより)


169 – 171ページ 『ホノルル、ブラジル』
著者: 管 啓次郎
2007年2月15日 初版第2刷発行
発行所: 株式会社 インスクリプト

僕はオーラを匂いとして感じるのですよ。

それは昨日デンマンさんが話しましたわ。

あのねぇ~、愛と死のオーラを感じたのは、何を隠そう叔母に対してなのですよ。

あらっ。。。メールに出てくるデンマンさんの叔母様にですか?

そうなのですよ。

映画『禁じられた遊び』の

メインテーマ曲「愛のロマンス」を

僕がギターで弾いて、

初めて聴いてくれたのが叔母でした。

今夜(2008年7月19日)は、午後10時に、珍しい事に鴻巣市に住む叔母から電話がかかってきました。
半年振りでした。
この叔母は僕のお袋の一番下の妹で、僕よりも6歳年上です。

親戚中で僕とは最も気の合う人物です。
その叔母も暑いと言ってましたよう。
35度と言ったのかな?

なぜか35度と言う数字がオツムに残っています。
零時10分まで、つまり、2時間10分話し込みました。

現在は行田市に編入されましたが
南河原村と言うのが僕の母親の実家があったところです。
もちろん、現在でも、同じところにあります。


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お袋が僕を産んで1年した頃、僕を連れて実家へ帰ると、
7歳の叔母がどうしても僕を“おんぶ”したいと言ったのだそうです。

お袋も、仕方なく“おんぶ”させたとか。。。
近所の人に見せたいと。。。
赤ん坊なのに“わかいし(若者)”のような顔をしている、と近所の人が言ったそうです。
そのような話をしていました。

もちろん、僕には記憶の無いことです。

行田女子高校に入学して初めて僕の家に来たときには、
僕を自転車の後ろに乗せて本町通りの川島本屋まで連れてゆきました。
そこで、スーパーマンか何かの消しゴムのついた鉛筆を買ってくれました。

叔母が16歳のときですから、僕は10歳。4年生ですよね。
まてよう。。。
違いますね。
僕は小学校に上がるか上がらない年頃でしたよう。
だったら、6つか7つの頃のはずです。

第一、小学校4年生ならば、スーパーマンの形の消しゴムがついている鉛筆などもらっても、うれしくも何とも無いはず。
それなのに覚えていると言うことは、小学校1年生の頃の事に違いないですよう。


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だとすると、叔母は中学1年生ですよう。
セーラー服を着ていたから、まず間違いありません。
自転車に乗って僕の家まで遊びに来たのでしょう!

とにかく、この叔母とは、それ以来よく出かけました。
日光に行ったり、上高地に行ったり。。。
そう言えば帝国ホテルで食事した事もありました。
よく喫茶店にも一緒に出かけましたよう。
もちろん、バンクーバーにもやって来ました。

大学生の頃は、とりわけ叔母と良く出かけました。
叔母はちょうど結婚前で、結婚する前に思いっきり羽を伸ばしておこうと言うつもりだったのでしょうね。
知らない人が見れば、僕と叔母は、まさに恋人同士のように見えたでしょうね。
叔母にしてみれば、安心して連れて行ける“ボーイフレンド”だったのでしょう。
ずいぶんとおごってもらいました。


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ある時、今でも忘れませんが、熊谷の駅の近くの“田園”と言う喫茶店に入りました。
その夜、テレビでアランドロンの主演する映画「太陽の季節」(もしかすると「太陽がいっぱい」)をぜひ見たいと言っていたのですよう。
叔母はアランドロンの熱烈なファンでした。
ところが、どう言う訳か、時間に間に合わなかった。

後で、僕のせいにされてしまったのですよう。
それ程見たければ、“これからテレビで映画を見なければならないから、もう出ようね。”
そう言えば良かったじゃないか!


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なぜか、この時の事を何度も聞かされたものです。
どうして、僕が責められるのか、未だに訳が分かりませんが。。。
僕のせいじゃないよう!

電話の声を聞く限り、喫茶店“田園”で話した頃と全く変わっていません。
その声には、今でも夢とロマンを感じます。

2時間10分。

20年以上時計がタイムスリップして
熊谷駅の近くの喫茶店“田園”でダベッた2時間10分でした。


『夢とロマンの軽井沢』より
(2008年7月19日)

『杜の都のギター』にも掲載
(2009年3月14日)

デンマンさんが、この叔母様に感じた「愛と死のオーラ」ってどのようなものなのですか?

叔母は、もちろん、現在でも生きているから「死のオーラ」ではなく、「愛のオーラ」を感じたのですよ。

あらっ。。。デンマンさん。。。叔母様に感じる「愛のオーラ」ってぇ。。。、もしかして、それってぇ、危険な近親相姦のオーラになってしまうではありませんか!

やだなあああァ~。。。、小百合さんとも思えないような事を言わないでくださいよ! それは飛躍しすぎた考えですよ。

だってぇ~、これを読んでいる人だって、そのようにかんぐってしまう人も居ると思いますわ。

10人10色で死すからねぇ、そう考える人も居るでしょう。 でもねぇ~、アランドロン主演のフランス映画『太陽がいっぱい』まで持ち出してきたのですよ。 格調高いのですよ。 近親相姦のオーラになるはずがないじゃありませんか!

でも、『禁じられた遊び』が出てきましたわ。 うふふふふふ。。。

やだなあああァ~、小百合さん。。。! 笑い事じゃありませんよ。 ヤ~らしく考えないでくださいよ。

冗談ですわよ。 (微笑)

こう言う時にヤ~らしい冗談を言わないでくださいよう。

それで、匂いで感じた「愛のオーラ」ってぇ、いったいどのようなものだったのですか?

あのねぇ~、僕は叔母とJR熊谷駅の近くにあった『田園』という喫茶店で初めてコーヒーを飲んだのですよ。

マジで。。。? 生まれて初めてですか?

紅茶は小学校3年生の時に同級生の小野田君の家で初めて飲んだのだけれど、コーヒーは叔母と一緒に行った『田園』で飲んだのが初めてだった。

そのような事はありませんわよ。 中学生の時か高校生の時に飲んでいますわよ。 デンマンさんの記憶に残っていないだけですわ。

だから。。。『田園』で飲んだコーヒー・モカの香りが、それ程までに「愛のオーラ」として僕の記憶に焼きついてしまったのですよ。

でも、コーヒー・モカの香りは叔母様から出ているオーラではなくて、コーヒーから出ているオーラでしょう?

あのねぇ~、そのように言ってしまったら身も蓋(ふた)もないじゃありませんか! 「愛」というものを叔母から感じる時。。。そのような時には不思議とモカの香りを感じるのですよ。 たとえば、叔母と待ち合わせて、目が合った時に叔母がニコリと微笑む。。。そのような時に叔母の表情から、その体全体から、なんとも言えないモカの香りがにおいたつ。。。分かりますか?。。。その香りはコーヒーが無くても僕は感じるのですよ。

分かりましたわ。。。で、「死のオーラ」というのは、どのような匂いなのですか?

あのねぇ~、これも叔母に感じたのですよ。

でも、叔母様は現在も生きているのでしょう?

もちろんですよ。 僕よりも6歳年上なだけですからね。 「死のオーラ」を感じた叔母というのは、僕のお袋のすぐ下の叔母ですよ。 つる叔母さんというのですよ。 つる叔母さんのすぐ下に年子のかめ叔母さんが居るのですよ。 この二人のおばさんたち「つる・かめ叔母さん」は年子だということもあって、二人は仲が良かった。 僕が実家に帰省する時には、たいてい二人一緒にやって来たものですよ。

つる叔母様は亡くなられたのですか?

そうなのですよ。 今から7,8年前です。 つる叔母さんという人は陽気で気さくで面白い叔母さんなのですよ。 その人が入院した。

どのような病気で。。。?

その時は病名を誰も言いませんでしたよ。 多分、ほとんどの見舞い客は知らなかったのでしょう。 でも、あとで亡くなってから知ったのだけれど、すい臓癌でしたよ。 僕がバンクーバーへ戻る予定の4,5日前でした。 だから、お袋と二人で従弟の次郎さんの運転する車で熊谷市にある病院にすぐに見舞いに行ったのです。 病室に寝ていたつる叔母さんは、男ならば次のような状態でした。


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あらっ。。。つる叔母様は男であれば、このような陽気で面白い人なのですか?

そうなのですよ。 人に好かれるタイプだから、示し合わせて行ったわけではないのだけれど、僕とお袋の他にも5人ばかり親類の人たちがやって来ていた。 従弟を含めると、総勢8人の見舞い客が病室に居た。 だから一人部屋の病室は、まるでパーティーの会場のように明るく朗らかな雰囲気だったのですよ。


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僕を見ると、つる叔母さんは「こんな格好でベッドに寝ていて申し訳ないわね」と言うように申し訳なさそうな表情を浮かべたけれど、見舞い客はまるでパーティーを楽しむように陽気に明るくペチャクチャと話し合っているのですよ。 もちろん、その中には、つる叔母さんと仲の良い、かめ叔母さんも居ました。 病人を元気付けるためとはいえ、その陽気さは僕には異常に見えた。

。。。で、その時にデンマンさんは、つる叔母様に「死のオーラ」を匂いで感じたのですか?

そうなのですよ。 その匂いを説明するのは難しい。 でも、僕は「死のオーラ」を直感しましたよ。 鼻の奥にツーンと来るものがあった。 それは「死の匂い」としか言いようのないものですよ。


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ムンクのあの有名な”Scream”という絵があるけれど、僕はマジでこのような思いに駆られた。 ”Oh my God! She’s gonna die!” 僕は思わずそう叫ぼうとした。 でも声を出すのはみっともないので必死にこらえた。 だけど、叔母を見つめながら涙が溢れ出してきた。 もうどうしようもないくらい涙が溢れてきて、僕は思わずその場にしゃがむと顔をベッドカバーに埋めたのですよ。 涙が止めようも無い! 声を必死に抑えたけれど、おそらく誰が見ても僕の様子は異状だったかもしれない。

「あらっ。。。デンマンさんは何年かぶりで、

つるさんに会ったもんだから、

嬉し涙にむせんでいるじゃない!」

そばに居た、かめ叔母さんは、その場を取り繕うように、そう言って皆を笑わせようとしたのですよ。 そう長い時間ではなかったかもしれないけれど、僕はしばらく顔を上げることができなかった。 でも、ようやく涙が収まったので、顔を上げると、僕のお袋などはケロッとしている。 白けている! 僕のその悲しみは無視されているのですよ。

他の親戚の方は、つる叔母様が亡くなることを感じなかったのでしょうか?

あのねぇ~、そこが日本人の本音と建前ですよ。 おそらく誰もが、つる叔母さんの死期が近いことを悟っていたのだろうと僕は思うのですよ。 でもねぇ、見舞いに行ったのだから病人を元気付けるのが日本人としての心構えで、僕のように素直に悲しみを表現するなんて、やってはならないことなのですよ。 黙ってはいても、僕のお袋の目は僕にそう言っていましたよ。 でもねぇ、つる叔母さんの夫の妹さんだけは僕の様子を見て感じるものがあったと見え、見舞い客の中では一人だけ僕の様子に共感して目を真っ赤にしていましたよ。 

それで、つる叔母様はいつ亡くなられたのですか?

僕がバンクーバーに戻ってから4日目に亡くなったそうです。 つまり、僕が見舞いに行ってから約1週間後ですよ。

その「死のオーラ」、つまり「死の匂い」と言うのは説明できないものなのですか?

鼻の奥にツーンと来るものですからね。。。匂いと言うよりも刺激なのですよ。。。ちょっと言葉では十分に説明しきれないものですよ。

【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~
なんだか縁起でもないようなお話ですわ。
あたくしまでが身震いするような、ぞくぞくするものを感じてきましたわ。
「死のオーラ」なんてぇ、考えたくもないのでござ~♪~ますう。

ところでデンマンさんはご家族で冬の榛名山へ行ったのですけれど、公魚(わかさぎ)釣りは見ていても面白そうですわね。

公魚釣り

 

冬の榛名湖もよいですけれど秋の紅葉も見事ですわ。

榛名湖紅葉
 

榛名湖へ行ったら榛名山の中腹にある伊香保温泉に寄らないで帰ったら損をしますわよ。
あたくしも伊香保温泉は好きでござ~♪~ます。
ええっ。。。どうしてかってぇお聞きですか?

だってぇ、伊香保温泉は竹久夢二ですわよ。
竹久夢二の記念館もござ~♪~ますわ。

秋の伊香保温泉
 

そして帰りにはデンマンさんのように黒豚トンカツを食べるのもようござ~♪~ますわ。
あたくしもいただきました。

黒豚トンカツ

次回も、面白い話題が続きそうでござ~♪~ますう。
あなたも、どうか、また読みに戻ってきてくださいましね。
では。。。


(hand.gif)


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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(linger65.gif)

■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

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こんにちは。ジューンです。

小百合さんは「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれています。

どうして。。。?

あなたは不思議に思うかもしれませんわね。

あのねぇ~、小百合さんは

軽井沢がとっても好きなのですわ。

特に軽井沢タリアセンが気に入っているのです。

軽井沢タリアセン

 

 

デンマンさんとご一緒に出かけた時には閉まっていましたわね。


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 レストラン 湖水

小百合さんは、このレストランを知っていたのですか?

私は軽井沢タリアセンには子供をつれて何度か行ったことがありましたから知っていますわ。


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 睡鳩荘(すいきゅうそう)

 

小百合さんと一緒に行った時には睡鳩荘(すいきゅうそう)を見て、それからレストラン・ソネットへ行ったのですよね。


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 レストラン ソネット
(1階がレストランで2階は「深沢虹子・野の花美術館」)


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そうでしたわ。 チーズケーキをいただきながらコーヒーを飲んだのでしたわね。

そうでした。 寒い日で、園内には数えるほどの人しか居なかった。 「レストラン湖水」 が閉まっていたのも納得がゆきましたよう。 確か11月の寒い日で、季節外れだったのですよね。

でも、またいつか行く機会があると思いますわ。

じゃあ、来年の秋に、小百合さんと一緒にブイヤベースを食べましょう。


(bouilla.jpg)

ブイヤベースはないと思いますわ。 うふふふふ。。。

マジで。。。?

デンマンさんは、何かといえばブイヤベースですわね? 他に気のきいた料理の名前を覚えてないのですか?

もちろん、他にも料理の名前ぐらい覚えていますよう。。。でもねぇ、ブイヤベースの響きが、なんとなく格調高くありませんか?

そうでしょうか?


『しんみりした曲ですね』より
(2010年12月27日)


(june001.gif)

小百合さんは、なぜ軽井沢タリアセンが

気に入っているのでしょうか?

なぜなら、睡鳩荘(すいきゅうそう)に

ロマンを感じているのですわ。

あなたは軽井沢に出かけたことがありますか?

私はデンマンさんとご一緒に

一度だけ訪れたことがあります。


(karuswan.jpg)

この湖は“Swan Lake”という

英語名がついているのですわ。

昔、宣教師の方が軽井沢に

別荘を持っていたのですって、

その家族の人たちが名づけたらしいのですわ。

10月でしたが、紅葉が見ごろになっていました。

 

軽井沢・雲場池の紅葉

 

まだ冬景色には程遠かったのですけれど、

湖にしては小さなその池のほとりに立ったら、

どこからともなく白鳥が飛んできそうな

感じがしましたわ。


(swan0023.jpg)

そう言えば、バンクーバーの

クイーン・エリザベス・シアターで

デンマンさんとご一緒に

バレー『白鳥の湖』を見たことがありましたわ。

 

 

あの時のチャイコフスキーの曲が

聞こえてきたものですわ。

それで、私はいつになく

感傷的になったことを覚えています。

ところで、日本に帰省してから

デンマンさんが小百合さんのことで

次のような記事を書いています。

時間があったら覗いてみてください。

『白鳥はどこに?(2011年10月8日)』

『思い出の軽井沢(2011年10月7日)』

『日本は汚染される(2011年10月4日)』

『おばんざい(2011年10月4日)』

『バーナビーと小百合さん(2011年10月3日)』

『杜の都で食べる PART 1(2011年10月2日)』

『杜の都で食べる PART 2(2011年10月2日)』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。


(rengfire.jpg)


(byebye.gif)

コメント / トラックバック2件 to “愛と死のオーラ”

  1. ねえ、ねえ、ねえ見て | Denman Blog Says:

    […] ■『愛と死のオーラー』 […]

  2. 宗長の奥の細道 | Denman Blog Says:

    […] 『愛と死のオーラ』より (2011年12月5日) […]

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