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テルモピュライの戦い

2017年8月7日

 

テルモピュライの戦い

 


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ケイトー。。。、テルモピュライの戦いってぇ、あまり耳にしない戦いだけれど、いったい どこでやっている戦いなのォ~?


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今、現在行われている戦いじゃありません。。。

昔の戦いでも、そのような名前は記憶にないわァ~。。。

シルヴィーが覚えないのも無理のないことですよ。。。 テルモピュライの戦いというのは紀元前480年に行われた戦いなのですよ。。。

あらっ。。。 2500年も前の戦いをどういうわけで今日、持ち出してきたのォ~?

別に僕が持ち出してきたわけじゃないのです。。。 実は、カブールで政府軍の将校として一小隊を任されているアフマド・アブダーリー中尉が僕の記事を読んだのですよ。。。

あらっ。。。 マジで。。。? どういうわけでアフマド・アブダーリー中尉がケイトーの記事を読んだと判ったわけぇ~?

ちょっと次のリストを見てください。。。


(liv70804a.png)


『拡大する』

『Sex, Violence, Love』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で8月3日の午後6から4日の午前3時9分までの約9時間の「生ログ」の一部ですよ。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目してください。

あらっ。。。 8月3日の午後6時12分にアフガニスタンのGOOGLEで検索してケイトーのブログの『Sex, Violence, Love』を読みにやって来たのねぇ~。。。

そういうことです。。。

でも。。。、でも。。。、 テルモピュライの戦いなのに、どういうわけで『Sex, Violence, Love』を読んだわけなのォ~?

その質問に答える前に、まず次の検索結果を見て欲しいのですよ。。。


(gog70804a.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

あらっ。。。 「Sex, Violence, Love Thermopylae」と入れて検索したのねぇ~。。。 

そういうことです。。。

アフガニスタンではイスラム教徒が多いからやっぱりアラビア語が使われているのねぇ~。。。 右から左へ読むので、文章が右側に寄せられているのでしょう!?

シルヴィーはアラビア語がしゃべれるのォ~?

話せないけれど、私はインドネシアで生まれて子供時代をジャカルタで暮らしたから、多少はアラビア語も聞き取れるわァ。。。 インドネシア人の8割がイスラム教徒なのよ。。。 私はオランダ人の血が半分以上混じっているから、プロテスタントだけれど。。。

実は、アフガニスタンの公用語はアラビア語ではないのですよ。。。 公用語はパシュトー語とダリー語。。。 パシュトゥーン人が話す言葉がパシュトー語です。。。

アラビア語とは違うわけぇ~?

アラビア語はアフロ・アジア語族のセム語派に属する言語で、 パシュトー語はインドヨーロッパ語族のイラン語派に属する言葉だから、違うのだけれど、アラビア文字の系統のペルシア文字に、アラビア語にもペルシア語にも存在しない音(そり舌音など)の文字を加えて改造したパシュトー文字を使っているのですよ。。。 だから、日本人の目にはアラビア語とほぼ変わりがないように見える。。。

要するに、アフマド・アブダーリー中尉は上の検索結果の赤枠で囲んである記事を読んだわけなのねぇ~。。。

そういうことです。。。

“Thermopylae”を日本語読みにすると“テルモピュライ”となるわけぇ~。。。

そうです。。。

でも。。。、でも。。。、そもそも、どうしてアフマド・アブダーリー中尉が読んだと突き止めたのォ~。。。?

次のようにIPアドレスを調べたのですよ。。。


(ip207164b.png)

『拡大する』

あらっ。。。 上の写真の銃を構えているのがアフマド・アブダーリー中尉のォ~?

そうです。。。

つまり、彼はアフガニスタン政府の軍人なのねぇ~?

シルヴィーには よく判りますねぇ~?

だってぇタリバンならば、民族衣装を着ているでしょう! アメリカ兵のような制服を着てないはずだわァ。。。

確かにその通りです。。。 彼は政府軍の将校なのですよ。

それで、ケイトーが書いた記事の中に“テルモピュライの戦い”が出てくるのォ~?

出てくるから、僕の記事が検索結果の中に表示されたのですよ。。。 “テルモピュライの戦い”というのは次のような戦いです。。。

テルモピュライの戦い

Battle of Thermopylae


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テルモピュライの戦いは、ペルシア戦争における戦いの一つ。
紀元前480年、テルモピュライで、スパルタを中心とするギリシア軍とアケメネス朝ペルシアの遠征軍の間で行われた戦闘である。
テルモピレーの戦いなどとも呼ばれる。
ヘロドトスの『歴史』(第7巻)に記述される。

この戦いはアルテミシオンの海戦と平行して行われ、圧倒的な戦力差にも関わらずギリシア軍は優勢であったが、最終的に背後に回り込まれて敗退した。
しかし、スパルタ軍とテスピアイ軍は全滅するまで戦い、ペルシア軍を3日間に渡って食い止め、クセルクセスの兄弟を二人戦死させた。
これは、スパルタ軍の勇猛さと地形をうまく利用したためと言われている。

背景

ペルシアの侵略に対して対応が混乱していたギリシアの諸都市であったが、ペルシア遠征軍がトラキアへ侵入するに及んで、連合してこれを迎撃することを決した。

先にテンペ峡谷に出兵したギリシア軍は、マケドニア王国のアレクサンドロス1世にペルシア遠征軍の巨大さを説かれてイストモスに撤退していたが、再び会議を開き、ペルシア艦隊をアルテミシオン沖で、クセルクセス本隊をテルモピュライで迎え撃つことを決議した。
テルモピュライ・アルテミシオンの防衛線は、アッティカ以北を防衛するための戦略的に極めて重要な意味を持つものだったが、スパルタはカルネイア祭によって全軍を出仕できず、レオニダス王率いる先遣隊300のみを派遣した。
他のアルカディアの諸都市もオリンピア祭のために少数の部隊のみを動員し、祭りの終了とともに本隊を派遣することとした。

テルマ(現テッサロニキ)を出立したペルシア本隊は、テルモピュライ近郊のトラキスに陣を張った。
その兵力規模のあまりの大きさにギリシア軍は恐慌に陥り、スパルタを除くペロポネソスの兵は、イストモスを防衛すべきとして撤退を主張したが、これにポキスとロクリスが強硬に反対した。
このためレオニダスはテルモピュライでの決戦を決意し、ギリシア諸都市に使者を送って支援を要請した。

ギリシア軍はテルモピュライの街道にあったポキス人の城壁を再建し、これを最終的な防衛ラインとした。
また、この城壁は戦闘にも利用された。
すなわち、戦闘を行う軍はこの城壁の前方に布陣して合戦し、戦闘をしない軍は城壁の後方に退避することで、できるだけ犠牲を最小限にしようとしたのである。

クセルクセスはギリシアの動きを察知していたが、兵力の差からギリシア部隊がまともに戦闘をおこなうとは信じられず、ギリシア部隊が撤退するのを4日間待った。
しかし、5日目になってもギリシア軍が撤退する気配を見せなかったため、クセルクセスはメディア軍に攻撃を命じた。

戦いの影響

この戦いでレオニダスとスパルタ兵は英雄として讃えられ、テルモピュライには討ち死したギリシア全軍の碑ほか、スパルタ軍のみに対する碑も置かれた。
ヘロドトスによれば、「旅人よ、行きて伝えよ、ラケダイモンの人々に。我等かのことばに従いてここに伏すと」(ラケダイモンはスパルタのこと)と唱われたとされている。

この碑文は古来よりシモニデスが草したものとされていたが、ヘロドトスは作者を記しておらず、現在では彼の作ではないとみられている(現在はコロノスにこの言葉を刻んだ石碑が設けられている)。
テルモピュライには現在もなお、レオニダスとスパルタ兵の記念碑が建てられており、観光名所としても有名である。

スパルタとともにテルモピュライに残ったテーバイ兵は、彼らが全滅するに及んでペルシア側に投降し、ペルシア遠征軍に組み込まれた。
テルモピュライを突破されたギリシア軍はアルテミシオンからの後退も余儀なくされた。
テルモピュライ・アルテミシオン防衛線の崩壊は、イストモス以北のポリスにとっては破滅を意味するものであった。

ペルシア遠征軍はテルモピュライを南下し、テッサリア人の手引きでポキス全土を劫略、通過するすべてのポリスを焼き払った。
防衛線が突破されたことを受けて、アテナイ、メガラの市民は次々と街を退去し、ペルシア軍は少数の市民が残る街を占拠した。
しかし、レオニダスとスパルタ兵が時間を稼いだおかげでギリシア軍はサラミスの海戦の準備が整い、海上の決戦ではペルシア軍に歴史的大勝利を収めることができた。

また、遠征中の奴隷反乱を恐れてプラタイアの戦いに参戦するか迷っていたスパルタの王族パウサニアスは、「レオニダスの仇を討て」という神託を得て、レオニダスの仇討ちのためにペルシア全軍と戦う決意を固めた。
プラタイアの戦いでは10,000のスパルタ重装歩兵が動員され、30万と伝えられるペルシア全軍をスパルタ軍だけで打ち破った。

敵の最高指揮官であるマルドニオスも討ち取り、レオニダスの復讐は果たされた。
陸上における決戦でもペルシア軍を叩きのめしたギリシア軍は、ギリシア本土からペルシア軍を一掃することに成功し、ギリシアはペルシア戦争に勝利した。


出典: 「テルモピュライの戦い」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

でも。。。、でも。。。、テルモピュライの戦いを調べたいのならば、「Thermopylae」だけを入れて検索すればいいじゃないの!? どうしてSex, Violence, Loveのような余計な単語を付け足して検索したわけなのォ~?

あのねぇ~、アフマド・アブダーリー中尉は“テルモピュライの戦い”について調べたいわけではなかったのですよ。。。

でも、「Sex, Violence, Love Thermopylae」と入れて検索したじゃないの!

アフマド・アブダーリー中尉は“テルモピュライの戦い”をテーマにした映画が見たかったのですよ。。。 だから、「Sex, Violence, Love」を初めに書いた。。。 実際、映画の中では「Sex, Violence, Love」が出てくる。。。

そういう映画があるわけぇ~?

あるのですよ。。。 その映画についても僕は記事の中で触れているのです。。。

300 〈スリーハンドレッド〉


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『300 〈スリーハンドレッド〉』(原題: 300)は、2007年のアメリカ映画。
フランク・ミラー原作のグラフィックノベル『300』を元にペルシア戦争のテルモピュライの戦いを描いた作品。

紀元前480年、スパルタ王レオニダスの元にペルシア帝国からの使者が訪れ、スパルタに服従を要求した。
レオニダスはこれを拒否し、使者を殺害した。

レオニダスはスパルタ全軍での迎撃を考えていたが、デルポイの神託によって非戦と決定されてしまった。
王と言えども神託には従う義務があり、スパルタ評議会も非戦の方針を支持した。

このままではスパルタは戦わずしてペルシア帝国の支配下に入ってしまう。
レオニダスは「散歩」と称して300名の親衛隊を率い、ペルシア王クセルクセス率いる100万のペルシア軍の迎撃に向かった。

兵力差は圧倒的であったが、スパルタ軍は峻険な山と海に挟まれた狭い街道に布陣して、ペルシア軍が大軍の利を生かし切れないようにした。
ここに、壮絶な死闘となるテルモピュライの戦いが始まる。

 


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出典: 「300 〈スリーハンドレッド〉」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

。。。で、上の映画を見てアフマド・アブダーリー中尉は、その感想をケイトーにメールで知らせたわけなのォ~?

よく分かりましたねぇ~。。。?

だってぇ、ケイトーは「生ログ」を持ち出して記事を書くときには、いつだってメールを受け取ってるじゃない。。。 で、アフマド・アブダーリー中尉はなんて書いてよこしたのォ~?

次のように書いてよこしたのですよ。。。

 


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当時 大国と言われていたロシアや

清国を相手にして、

小国の日本が勝利を収めたことに対し

本官は日本人の勇気と神国日本への

熱烈な信仰に対して敬意を表する者です。

〈スリーハンドレッド〉を観ると

我々の遠い祖先である

ペルシアの勇猛な戦いぶりに感動し、

改めて我々の使命を強く意識しました。

 

それに対してケイトーはどのような返信を書いたわけ?

次のように返信したのです。。。

 

 

僕は全身全霊のパシフィストです。

たとえ日本帝国が過去に

どのような勝利を収めたとしても、

戦争というものは人類史上に

あってはならないものです。

ただちに武器を捨てて

指揮下にある小隊の兵士と共に、

カナダに亡命してください。

お願いします。

 


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【ジューンの独り言】


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ですってぇ~。。。

シルヴィーさんはデンマンさんの返信を読むと

マジで呆れてしまって声が出ませんでした。

うふふふふふふ。。。

あなたは どう思いますか?

〈スリーハンドレッド〉を観て感動した

アフマド・アブダーリー中尉が

武器を捨てて指揮下にある小隊の兵士と共に

カナダに政治亡命すると思いますかァ~?

確かに、ちょっと呆れてしまうような返信ですよねぇ~。

ところで、話は変わりますけれど、シルヴィーさんのことをもっと知りたかったら次の記事を読んでください。


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『角さんと原発と天罰(2013年1月5日)』

『真紀子落選(2013年1月14日)』

『野火(2013年1月18日)』

『タイタニックと国際化(2013年2月1日)』

『宮澤理恵@Macao(2013年2月28日)』


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『チョコレートと軍産複合体』

『チョコレートと甘い権力』

『CIAの黒い糸』

『美しい日本語再び』

『宮沢りえブーム?』

『また、宮沢りえ?』

『浅間山噴火とフランス革命』

『なぜアクセスが急増したの?』

『気になる検索ワード』

『なぜ塩野七生批判』

『その検査、ムカつく!』

『宮沢りえと床上手な女』


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『MH370ミステリー』

『なぜ死刑廃止?』

『真犯人はそこにいる』

『MH370ミステリー裏話』

『お裁きを信じますから』

『ジャルパックと国際化』

『古代ローマのセックス』

『CIAとノーパン』

『エロいローマ再び』

『エロいけれどためになる話』

『えろあくにめ温泉』


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『エロいけれどためになる』

『地球上のネット普及率』

『原発はダメだったのに』

『スカートをはいた兵隊』

『行田シンドローム』

『幻の暴走機関車』

『CIA@NOパンツ』

『やっぱり、セックス』

『セックス風呂具村』

『CIAの黒い手再び』


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『アダムとイブは何を食べたの』

『舞踏会 明子』

『波乱の人生』

『国際化だよね』

『イングナさんを探して』

『美しい日本語 チェーホフ』

『横の道@ニコライ堂』

『また塩野七生批判』

『日航スチュワーデス』


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『クレオパトラ@塩野批判』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に
ネットサーフィンしましょう。
じゃあね。バーィ。


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ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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Art Gallery

2013年5月1日

  
 
Art Gallery


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Kato, how come you’ve posted those lovely and gorgeous pictures!

Diane, you like these pictures, don’t you?

Yes, I love those.  Are you thinking of building a private art gallery?

Oh, no.  It’s beyond my means.

Then why have you come up with the above title—“Art Gallery”?

Well … I read the following newspaper article.

The Vancouver Art Gallery has been granted a 99-year lease for the use of two thirds of the land at Cambie and Georgia streets, Larwill Park, for their new building.
There was not a naysayer in the joint.

If you doubt the effect one iconic art gallery can have on a city, the fellow from Tourism Vancouver reminded council of the impact that Frank Gehry’s Guggenheim Museum has had on the once down-at-the-heels steel town of Bilbao in northern Spain.

So now that this hurdle has passed, and VAG director Kathleen Bartels, her board chair Bruce Wright and their friends and supporters have toasted their victory, there is the matter of the $350 million to be raised for the project, the strings attached to council’s approval.

Earlier this week when the outcome at council seemed obvious once Mayor Gregor Robertson was publicly in support, the headline writers at the Globe and Mail declared the celebration by the folks at the VAG evidence of a “Pyrrhic victory;” the gallery leadership had expended so much energy winning this battle at council, they would not have the resources to win the war; raising the dough would defeat them.

Indeed, the Courier reported a few days later that the federal government was “cool” to the idea that they should put in the $100 million that was part of the gallery’s financial plan.


SOURCE:
“Don’t bet against the Vancouver Art Gallery”
By Allen Garr, “Vancouver Courier”
April 26, 2013

Diane, did you read the Vancouver Courier of April 26?

Yes, I did, but I overlooked the above article.   So we’re gonna see a new art gallery in Larwill Park in the future, aren’t we?

Yes, we are.

Kato, are you happy to see a new art gallery?

Yes, most definitely.  I’m wholeheartedly supporting the idea.


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So, you’re quite enthusiastic about the new gallery, aren’t you?

You’re telling me.

But, Kato, have you ever been to the art gallery?

Yes, of course, I have.  Do you think I’m a hopeless hobo without any sense of beauty?  Look at those beautiful pictures in the above!  I’ve posted them up there so that you would know for sure that I’ve got a sense of appreciation of fine arts.

I know what you mean, Kato, but those are pictures—not paintings.  Most of the works displayed in the gallery are paintings, aren’t they?

Yes, I’d say so.  As far as I’m concerned, however, there is no difference between pictures and paintings.  I can appreciate the beauty of both works.  In any cae, there is another reason I quoted the above newspaper article.

Oh, is there?  Tell me about it.

Well … I was curious about the phrase, namely, “down-at-the-heels” in the above article.  Diane, do you know the meaning of this phrase?

Yes, of course, I know.  It means “seedy” or “dilapidated.”

Gee … amazing!   Diane, you’re quite knowledgeable!

Kato, it’s common sense, isn’t it?

I don’t think so.  I think I’ve heard of the expression before, and I’ve got a rough idea what it means, but I didn’t know the exact meaning for sure.  So I checked with thefreedictionary.com.


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You’re quite right, Diane.  It means “poor” or “shabby.”  But tell me why it means “seedy” or “dilapidated” in the first place?  It doesn’t make sense to me.

Well …

Diane, tell me how come “down-at-the-heels” means “seedy” or “dilapidated.”

Well … come to think of it, …

what?

Kato … come to think of it, … beats the hell out of me.

I’ve come up with the explanation on the net.


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“Down-at-the-heels” means a run-down condition.
It is one of those figurative expressions that many people use all the time without really knowing for sure where it came from and what it literally means.
Actually it originated several hundred years ago in a different form.

From the 16th to the 18th centuries, out at heels was a common phrase in both literal and figurative contexts.

Literally out at heels meant with stockings or shoes worn through at the heel.
For example, “Some riche snudges…go with their hose out at heles” (1553, Oxford English Dictionary).


SOURCE:
Down at Heel: Origin and Meaning of the Expression

Ummm … quite interesting, isn’t it?

Yes, it certainly is!  By the way, there is another phrase, which is quite new to me.

What is it, Kato?

Pyrrhic victory.  Diane, do you know what it means?

Yes, of course, I know.  It means “a victory achieved at too great a cost.”

Gee … Diane, you know it, don’t you?

Kato, it’s common sense, isn’t it?

I don’t think so.  To tell you the truth, I’ve never heard of it.  Well … I might’ve heard of it, but I might’ve simply ignored the phrase because it sounds quite Greek to me.  In any case, when I came across the phrase in the papers, I looked into thefreedictionary.com.


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You’re quite right, Diane.  It means “a victory that is offset by staggering losses.”  But tell me why “Pyrrhic victory” means “a victory achieved at too great a cost”?

Well … once upon a time, there was a big fight called “Pyrrhic War.”

Oh … was there?  Where? and when?

Well … it happened a long time ago.

How long ago?

Probably … thousands of years ago… Maybe, some three thousands years ago, I suppose.

And where did it take place?

In ancient Greece or, maybe, in ancient Rome … I’m not too sure … well … beats the heck out of me.

Pyrrhic War


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The Pyrrhic War (280–275 BC) was a complex series of battles and shifting political alliances among the Greeks (specifically Epirus, Macedonia, and the city states of Magna Graecia), Romans, the Italian peoples (primarily the Samnites and the Etruscans), and the Carthaginians.

The Pyrrhic War initially started as a minor conflict between Rome and the city of Tarentum over a naval treaty violation by one of the Roman consuls.
Tarentum had, however, lent aid to the Greek ruler Pyrrhus of Epirus in his conflict with Korkyra, and requested military aid from Epirus.
Pyrrhus honored his obligation to Tarentum and joined the complex series of conflicts involving Tarentum and the Romans, Samnites, Etruscans, and Thurii (as well as other cities of Magna Graecia).
Pyrrhus also involved himself in the internal political conflicts of Sicily, as well as the Sicilian struggle against Carthaginian dominance.


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Pyrrhus’ involvement in the regional conflicts of Sicily reduced the Carthaginian influence there drastically.
In Italy, his involvement seems to have been mostly ineffectual but had long term implications.
The Pyrrhic war proved both that the states of ancient Greece had essentially become incapable of defending the independent colonies of Magna Graecia and that the Roman legions were capable of competing with the armies of the Hellenistic kingdoms—the dominant Mediterranean powers of the time.

This opened the way for Roman dominance over the city states of Magna Graecia and advanced the Roman consolidation of power in Italy greatly.
Rome’s proven record in international military conflicts would also aid its resolve in its rivalry with Carthage, which was eventually to culminate in the Punic Wars.

Linguistically, the Pyrrhic War is the source of the expression “Pyrrhic victory,” a term for a victory won at too high a cost.
Its origin can be seen in Plutarch’s description of Pyrrhus’ reaction to the report of a victorious battle.


From “Pyrrhic War”
Wikipedia, the free encyclopedia

So, Kato, you looked into Wikipedia for me, didn’t you?

Yes, I did.  Besides, I was quite curious about this particular war, which turned out the source of the expression “Pyrrhic victory.”  It’s really amazing!  The war took place 2300 years ago, and the newspaper man still uses this phrase today.   It is unthinkable in Japan.

I think, it’s an intellectual tradition in the West to refer to the ancient Roman and Greek history.

Yes, come to think of it, it has something to do with the Renaissance.

How do you mean, Kato?

Well … in Europe, people started to study the ancient Roman and Greek history when the Europeans cerebrated the Renaissance.

So, Kato, you don’t know anything about ancient wars, do you?

Yes, of course, I know.

Oh … do you?  Like what?

To me, the battle of Thermopylae is more fascinating and exciting than the Pyrrhic War.


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How come the battle of Thermopylae is more fascinating and exciting you than the Pyrrhic War, Kato?

…’Cause the following DVD gave me the hell of a bloody impression!


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“Actual Shelf Page”


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“Actual Catalogue Page”

Kato, did you see the above movie on June 22, 2012?

Yes, I did.  As I commented, the movie gave me a visual experience of the battle of Thermopylae.

Battle of Thermopylae


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The Battle of Thermopylae was fought between an alliance of Greek city-states, led by King Leonidas of Sparta, and the Persian Empire of Xerxes I over the course of three days, during the second Persian invasion of Greece.
It took place simultaneously with the naval battle at Artemisium, in August or September 480 BC, at the narrow coastal pass of Thermopylae (‘The Hot Gates’).

The Persian invasion was a delayed response to the defeat of the first Persian invasion of Greece, which had been ended by the Athenian victory at the Battle of Marathon in 490 BC.
Xerxes had amassed a huge army and navy, and set out to conquer all of Greece.
The Athenian general Themistocles had proposed that the allied Greeks block the advance of the Persian army at the pass of Thermopylae, and simultaneously block the Persian navy at the Straits of Artemisium.

A Greek force of approximately 7,000 men marched north to block the pass in the summer of 480 BC.
The Persian army, alleged by the ancient sources to have numbered over one million but today considered to have been much smaller (various figures are given by scholars ranging between about 100,000 and 150,000), arrived at the pass in late August or early September.
The vastly outnumbered Greeks held off the Persians for seven days (including three of battle) before the rear-guard was annihilated in one of history’s most famous last stands.

During two full days of battle the small force led by King Leonidas I of Sparta blocked the only road by which the massive Persian army could pass.
After the second day of battle a local resident named Ephialtes betrayed the Greeks by revealing a small path that led behind the Greek lines.

Leonidas, aware that his force was being outflanked, dismissed the bulk of the Greek army and remained to guard the rear with 300 Spartans, 700 Thespians, 400 Thebans and perhaps a few hundred others, most of whom were killed.


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From “Battle of Thermopylae”
Wikipedia, the free encyclopedia

So, Kato, you love this fast-paced, action-packed movie—especially, combined action scenes of slow-motion and fast-forward movement, don’t you?

Yes, I do. These fighting scenes are so impressive and shocking that this technique might have influenced in making the violent scenes of “Spartacus, blood and sand”—a dazzling and fascinating television program in 2010.

Well … I don’t like wars and battles, but I’m glad you’re now familiar with the expression—“Pyrrhic victory.”

Yes, yes, yes, … I think I’m westernized as far as the intellectural tradition is concerned.


【Himiko’s Monologue】

The Vancouver Art Gallery was founded in 1931 and had its first home at 1145 West Georgia Street.

In 1983 it moved to the current Hornby Street location, the former provincial courthouse.


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It was renovated at a cost of $20 million by architect Arthur Erickson, which completed his modern three city-block Robson Square complex.

The Gallery connects to the rest of the complex via an underground passage below Robson Street to an outdoor plaza, restaurants, the University of British Columbia’s downtown satellite campus, government offices, and the new Law Courts at the southern end.


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It is the fifth-largest art gallery in Canada and the largest in Western Canada.

Its permanent collection of about 10,000 artworks includes more than 200 major works by Emily Carr, the Group of Seven, Jeff Wall and Marc Chagall.

When you happen to be in Vancouver, please visit the gallery.

In any case, I hope Kato will write another interesting article soon.
So please come back to see me.

Have a nice day!
Bye bye …

If you’ve got some time,

Please read one of the following artciles:



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“Roly-poly in the wild”

“Silence is dull”

“Zen and Chi Gong”

“Piano Lesson”

“Dangerous Relation”

“Electra Complex”


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“Covent Garden”

“Fatal Relation”

“Notre Dame”

“Anne Frank”

“Biker Babe”

“Diane Girdles the Globe”

“Diane in Casablanca”

“Infidelity Neighbourhood”

“Forest Bathing”

“Enjoy Ramen!”

“Sex, Violence, Love”

“Halifax to Vancouver”

“A Thread of Destiny”

“Fujiyama Geisha”

“Beaver Lake”

“God is Near!”

“Holy Cow@Rose Garden”

“Vancouver Earthquake”

“Birthplace”

“KIFF”

“You Love Japan, eh?”

“Eight Bridges”

“First Love”

“Fright on Flight”

“Boy’s Movie”

“From Summer to Eternity”

“Sōseki & Glenn Gould”


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“Dream Dream Dream”

“In Search of Your Footprint”

“Little Night Music”

“Merry X’mas”

“Happy New Year!”

“Long live Diane!”

“Mona Lisa”

“Flu Shot”

“Selfish TD Bank”

“Talk with Mozart”

“Bliss for Diane!”

“Romantic Bohemian”

“TD Bank or Mozart?”

“Diane@TD Bank”

“Tear Jerker”

“Diane in Chorus Line”

“Pork or Friend?”

“Easter Bloopers”

“Beauty is Heart-deep”

“Romance@South Pacific”

Hi, I’m June Adams.

Bilbao is the capital of the province of Biscay in the autonomous community of the Basque Country in Spain.

With a population of 353,187 as of 2010, it is the largest city of its autonomous community and the tenth largest in Spain.

Bilbao lies within one of the most populous metropolitan areas in northern Spain.


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Since its foundation in the early 14th century by Diego López V de Haro, head of the powerful Haro family, Bilbao was a commercial hub that enjoyed significant importance in the Green Spain, mainly thanks to its port activity based on the export of iron extracted from the Biscayan quarries.

Throughout the nineteenth century and beginnings of the twentieth, Bilbao experienced heavy industrialization that made it the centre of the second industrialized region of Spain, behind Barcelona.

This was joined by an extraordinary population explosion that prompted the annexation of several adjacent municipalities.

Nowadays, Bilbao is a vigorous service city that is experiencing an ongoing social, economic, and aesthetic revitalization process, started by the symbolic Bilbao Guggenheim Museum, and continued by infrastructure investments, such as the airport terminal, the rapid transit system, and the tram line.


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ところで、愛とロマンに満ちた

レンゲさんのお話をまとめて

『レンゲ物語』を作りました。

もし、レンゲさんの記事をまとめて読みたいならば、

次のリンクをクリックしてくださいね。

『愛とロマンのレンゲ物語』

『軽井沢タリアセン夫人 – 小百合物語』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。