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串カツと黒豚

2014年7月4日

 

串カツと黒豚

 


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デンマンさん。。。 なんだか妙な取り合わせですわねぇ~。。。 串カツと黒豚ですか。。。?


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いけませんかァ?

別に、かまいませんけれど。。。、どうして“串カツと黒豚”に私を呼んだのですか? バレンタインの小包には“串カツ”も“黒豚ジャッキー”も入れませんでしたけれど。。。

あのねぇ~、実は夕べ、本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。


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みなさんは串カツをご存知だろうか。
薄く切った牛肉に衣をつけ油で揚げたごく安直な食い物で昔は丁稚やなんかが身に油をつけるために二銭とかそんなんで食っていた。

揚げたてを出すので店はたいていカウンター方式になっていて、客は職人に直接、カツ三本、などと注文する。
注文を聞いた職人はやる気なげな態度でカツを揚げ、客の前に置いてある網のはまった金属製のバットに揚がったカツを置く。
客は同じく、バットになみなみと入ったソースにカツを浸し、ふうふういってこれを食らうのである。


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カウンターには山盛りのキャベツが入ったバットも置いてあってこれはいくら食べても無料である。
それ以外にも玉葱やししとうを揚げたもの、茹でた鶏卵やヒロシマといって牡蠣を揚げたものもあって、なにをとっても一本百円かそこらだった。

 (中略)

驚いたのは他でもない、あろうことかこの串カツ店では、串カツに味噌汁、白飯、サラダを添付したものに、雅、花、風、菜、猿。
猿なんて名前はないが、そんな洒落臭い名前をつけ、定食仕立てにしてあるのである。


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なんたることであろうか。
と嘆声を上げつつ周囲を観察すると、大抵の人は花か雅を頼んでいて、その都度、和服のおばはんが、花一丁、雅一丁、と虚空に向けて絶叫するのである。
いったいいつから串カツはこんなことになってしまったのだろうか。

 (中略)

私の頼んだ「花」は実は恥ずかしい話であるがもっとも安い定食で、安い材料を使った串カツ八本ついているはずである。
そして先ほどの兄ちゃんは、これでお終いです、と言った。

ところが私はまだ七本しかカツを貰っていない。
これはいったいいかなる禍事であろうか。
私は驚き惑い、思わずカウンターのなかの兄ちゃんの顔を見たが、兄ちゃんは、なんか文句あるのか、というような目つきで睨みかえしてきたので慌てて目を逸らし、それから、なんというあさましい行為であろうか、左右の客の皿の上にある串の数をひそかに数えた。


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どちらも私と同じ、「花」を頼んでいて、空き皿には串が八本あった。
やはり私だけ七本しか貰っていないのだ!

 (中略)

どう転んでも私があと一本串カツを貰えるのは間違いないが、しかしそんなことをして嬉しいだろうか。
柳眉を逆立て、眦(まなじり)を決して、「俺の串カツ、なめとんのかあっ」と叫んだ後で、果たして人はにこにこ笑ってカツを食べられるだろうか。

 (中略)

しかしそれがもはや一本のカツでは埋められない心の寂しさなのである。
私は悲しい気持ちで席を立ち、悲しい気持ちで勘定を済ませた。
会計を担当したおばはんは、自分たちはなにひとつ誤りをおかしていないというような顔でレジを操作して紙幣を受け取った。

(注: 赤字はデンマンが強調。
写真はデンマン・ライブラリーより
読み易くするために改行を加えています)


158-167ページ 『東京飄然』
著者: 町田康
2005年11月10日 再版発行
発行所: 中央公論新社

なるほどねぇ~。。。

何がなるほどねぇ~、なのですかァ~?

デンマンさんが、どうして上のエピソードを取り上げたのか理解できたからですわァ。

ほおォ~。。。 僕がなぜ上のエピソードを取り上げたのか? 小百合さんは、すぐに理解できたのですか?

ええ。。。 すぐに解りましたわァ。。。 デンマンさんならば、8本串カツが出てくるまで カウンターの中の兄ちゃんに文句を言うと思うからですわ。

うへへへへへ。。。 小百合さんも、そう思うのですか? 僕の心の奥まで見透かされてしまったようですねぇ~。。。

もちろんですわ。 デンマンさんのやることは解りますわ。 「花」は もっとも安い定食で、安い材料を使ったとしても、串カツ八本ついているはずだから、デンマンさんならば八本食べるまでは「個人の権利」を主張して、食べ終わるまでは勘定を払わないと思いますわァ。

その通りですよ。 僕ならば大人しく引き下がりません。

でも。。。、そういうのは日本人らしくないのですわ。

あれっ。。。 “日本人”を持ち出してきたのですか? 確かに、僕は典型的な日本人ではありません。 でもねぇ~、7本で我慢して諦めるのが典型的な日本人だとしたら、僕はそういう日本人にはなりたくないですね。 「花」には、8本串カツがついてくるのですよう。 そうだとしたら、7本でお終いにするのはカウンターの中の兄ちゃんも無責任だし、客としても、そのような無責任を見逃すのは無責任だと僕は思いますよ。 だから、当然のことだけれど、僕なら、兄ちゃんに注意しますよ。

でも、そのようなことをして8本目を貰えたとしても、お互いに言い合いになるようで、気分が悪いから嬉しい気持ちでは8本目を食べられないと思いますわ。 だから、上の本のお客さんは、7本でお終いにして勘定を払ったのですわ。 それが日本人の“謙譲の美徳”というものですわ。

あれっ。。。 今度は“謙譲の美徳”を持ち出してきたのですか?

だってぇ、気分よく8本目が食べられないのなら、7本しか食べなくても、それで満足できれば、そのまま勘定を払ってもいいではありませんか!

でもねぇ、上のエピソードのお客さんは、決して満足したわけではないのですよ。 なぜなら「それがもはや一本のカツでは埋められない心の寂しさなのである」と心の奥で嘆いているのですよ。 そうだとしたら、あくまでもカウンターの中の兄ちゃんに“義務”を怠っていること、つまり、8本串カツを出すべきところを、まだ7本しか出してないことを指摘し、お客としての“権利”を主張すべきだったのですよ。

でも、私にはできませんわ。 串カツの8本目で嫌な思いをするくらいならば7本で満足して気持ちよく勘定を済ませますわ。

あのねぇ~、小百合さんは軽井沢に別荘を持ち、高級車を乗り回せる身分だから串カツの1本や2本など問題がないと思えるけれど、その辺のおばさんやおじさんにとっては、串カツの1本や2本は重要なのですよ。

どうしてですか?

だってぇ、同じ「花」を注文したのに、左右のお客は間違いなく8本を貰って食べた。 ところが自分だけ、どういうわけか差別されて7本だけしか貰えない。 それで、ちょっとムカついて兄ちゃんを見たら、なんか文句あるのか、というような目つきで睨みかえしてきたので慌てて目を逸らし、それから、なんというあさましい行為であろうか、左右の客の皿の上にある串の数をひそかに数えたのですよ。

だから、このお客さんは気弱な人だったのですわ。 そういう日本人は結構たくさんいると思いますわ。 

僕は、そう思いませんね。 最近の日本人はむしろ僕のように個人の権利をどこまでも主張する人が多くなっているのではないかと思いますよ。

でも、上のエピソードは典型的な日本人を描いているように私には思えますわ。

でもねぇ~、上のエピソードには続きがあるのですよう。

どのような。。。?

このお客さんは、実は、本の著者なんですよ。 つまり、町田康(こう)という作家なのです。 面白おかしくするつもりで書いたのかもしれないけれど、8本食べられるのに7本しか貰えなかったことが気になって、それから1週間近くも、そのことに拘(こだわ)り続けるのですよ。 小百合さんだったら、確かに、簡単に諦められることかもしれないけれど、この作家は諦めようとしても諦めきれずに、1週間近くも、拘っていた。 こうなると、“謙譲の美徳”なんて言ってられない。

デンマンさんの言おうとしている事が なんとなく解りましたわ。。。 でも、「串カツと黒豚」の「黒豚」はどうなってしまったのですか?

そのことですよ。。。 もう小百合さんは忘れてしまったと思うのだけれど、以前、僕は次の記事を書いたのです。 思い出してください。


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たまたまテレビを見ていたらワイドショーで“黒豚”のことを取り上げていたのですよ。

それで黒豚のトンカツを食べさせることで有名なお店をメモしておいたのですか?

そうなのですよ。 上のメールでは水上温泉が出てきたけれど、その前の年か?次の年?に伊香保温泉にも行ったのですよ。 どちらの時に食べたのか忘れてしまったけれど、とにかく、帰りに前橋に差し掛かった頃お昼時だった。

でも、見つからなかったのですか?

20分ぐらい探しても見つからなかったのですよ。

それで、前橋警察署に訊きに行ったのですか?

そうなのですよ。

それにしても、黒豚のトンカツ屋を探しに警察署に行くなんて聞いたことがありませんわ。

警察ならば間違いなく知っていると思ってね。

それで教えてくれたのですか?

ところが最初に尋ねた受付の婦人警官は分からないのですよ。

。。。で、どうなさったのですか?

カナダから10年ぶりに帰省したので、ぜひ黒豚のトンカツが食べたい、と大げさに話したら近くで昼飯の弁当を食べていた男の警官が “。。。ん? わざわざカナダから黒豚のトンカツを食べにやって来たのォ~。。。う~ん。。。 黒豚のトンカツねぇ~。。。この近くには黒豚のトンカツを食べさせる所なんて無いと思うけど。。。”

デンマンさん。。。黒豚のトンカツで有名なのは群馬県では無くて鹿児島県ですわよ。


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僕も後で調べたら黒豚は鹿児島県が有名なのですよ。 でもねぇ、テレビの番組では前橋の黒豚のトンカツを話題にしていたのです。 ドライブで前橋を通るので、それで僕はメモを取っていたのですよ。

昼飯中に僕が訪ねたものだから、警察官は一生懸命に探そうとしないのですよ。

それで結局分からなかったのですか?

イエローページでも探してみればすぐに分かるだろうと思ったのだけれど。。。

それで婦人警官が電話帳で調べたのですか?

いや。。。その婦人警官は明らかに新米(しんまい)なのですよ。 高校生が制服を着た感じで、見たところ全く頼りなさそうなのですよ。 18歳か19歳ぐらいに見えました。

それで、分かったのですか?

どのように探したらよいのか、その婦人警官は全く分かっていないようなのですよ。 僕は呆れましたよ。

呆れたのは、その婦人警官の方ですわ。 「黒豚のトンカツを食べさせてくれる所を教えてくれ」なんてぇ、日本人ならば、そのような事を警察署に聞きに行く人は居ませんわ。

でも、交番の警官ならば教えてくれるでしょう?

交番のお巡りさんならば慣れているでしょうけれど、前橋警察署のお巡りさんはそのような質問を受けたことなど無いでしょうから分からなくて当たり前ですわ。

婦人警官がイエローページで探せばいいじゃないですか?

デンマンさんが警察に行く前にイエローページで探せばよかったのですわ。。。で、結局イエローページで探したのですか?

いや。。。僕は前の日に目的地(水上か伊香保温泉?)に向かう途中で“黒豚”の看板を国道17号線バイパス沿いに見た覚えがあるのですよ。 だから、時間がかかるけれど、バイパス沿いを走ってみれば分かると思った。 昼休みに警察官に尋ねても一生懸命になって探してくれないと思ったので諦めたのですよ。 でも、結局分からなかった。

それで、車に戻って探し始めたのですか?

しかし、なかなか見つからなくて、バイパス沿いのお土産屋さんに寄って尋ねましたよ。 それで、やっと分かったのです。 探すのに30分ほどかかりました。

デンマンさんはそれほど黒豚トンカツにハマッているのですか?

あのねぇ、実を言うと僕は四足の肉はあまり好きでない。 肉よりもむしろ、そばやラーメン、うどん、パスタの方がいいのですよ。 しかも、肉の中でも豚肉は、あの臭いがきついので、僕は肉の内では豚肉を最後に手を出すのです。

それなのに黒豚トンカツをわざわざ探し出してまで食べようと思ったのですか?

あのねぇ、テレビの番組を見ていたら旨そうだったのですよ。 黒豚の肉なんて食べたことがなかったから興味が湧いてきた。 それで、どうせドライブの途中だから前橋の黒豚トンカツ屋に、ぜひ立ち寄ろうと決めたわけです。

でも、デンマンさんは豚肉の臭いがダメなのでしょう?

それは選択肢がたくさんある場合のことですよ。 他に食べるのもが無くって腹が減っていたら僕は何でも食べますよ。

つまり、黒豚トンカツを食べるために朝食を抜かしていたとか。。。?

うへへへへへ。。。。そうなのですよ。 旅館では軽く朝ごはんを食べたきりだった。 お昼まで飲まず食わずで居たのですよ。 それでドライブインに着いたら、もう豚肉の臭いなど気にならなかったですよ。

そこで食べた黒豚トンカツは、とびっきり美味しかったのですか?

とにかく空(す)きっ腹でしたからね。 何を食べても旨かったに違いない。 実際、黒豚の肉は柔らかくて旨かった。 臭いもそれほどきつくはなかった。 たぶん上等のロースだと思いましたよ。 オヤジもお袋も弟たちも十分に満足していましたよ。

つまり、お腹が空いていたから美味しかったのでしょう?

そうですよ。 でもねぇ、僕の弟たちは肉が大好きなのですよ。 その二人とも黒豚トンカツには十分満足していたから、やっぱり旨かったのだと思いますよ。 僕は自分のためと言うよりも僕の家族に旨いものを食べさせてあげたかったのですよ。

つまり、その事が言いたかったのですか?

いや。。。それだけじゃない。 実は、面白いエピソードがあるのですよ。

もったいぶらないで余計なことは抜きにして手短に話してくださいな。

あのねぇ、手短に話すと面白くないのですよ。 この話をするためには、一見、全く関係ない話から切り出さねばならない。 まず次の話を読んでみてください。

秦野章氏と一緒に、大蔵省の二人の幹部と酒を飲んでいたとき、その二人のうちのいずれかから「小沢さんと会ってみませんか」といわれ、私はすぐオッケーと答えた。 結局、秦野氏はつい先ごろまで政治家であったから小沢氏が遠慮するかもしれないので、そのかわりに慶応大学で小沢氏と同期生であった(らしい)栗本慎一郎を呼ぼう、というふうに大蔵省のがわが按配した。

 (中略)

築地の料亭に赴くと、その部屋には大蔵省の方々と栗本氏のほかに店の女将(おかみ)をはじめとする女たちが4,5人入り込んでいた。 女たちがいるのはかまわないが、彼女たち、いささか興奮気味とみえた。 女将みずからがいうに、「小沢さんはプロの女たちに大人気なのよ」ということなのであった。 少し遅れて小沢登場となるや、室内にキャアーキャアーと嬌声が挙がった。

小沢氏が私の隣に座してからも、女たちは「スキッ」といってそろって笑い、小沢氏も「こんな顔なのに、アッハッハッハ」と上を向いて大笑いする。 女たちが「女にもてるんでしょっ、ずいぶん遊んだんでしょっ」といって、こぞってキャッキャッと笑い、小沢氏が「そんなことないよ、アッハッハッハ」と大口を開けて大笑いする。 その間、心臓疾患ありと新聞で噂されていたのに、コップの冷酒が次々と小沢氏の口に運ばれていく。 思わず私は「そんな急ピッチで大丈夫ですか」と小声で口を挟んだが、小沢氏は「これくらい、なんてことありませんよ」といって、また大笑いである。


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 (中略)

政治家の大笑いも私にはみっともないものにみえる。 豪快さを演出するものであるらしいその大口笑いは、むしろ臆病さの現われとみえてならない。 大口を開けて笑うほどの話題や話の展開がそうあるはずもない。 それなのに、政治家たちは選挙民の前、記者たちの前、政敵の前で、ひっきりなしにガハハハッと笑っている。 それは、心底から朗(ほが)らかな、あるいは何もかも見通した炯眼(けいがん)の持ち主の、哄笑(こうしょう)とは異なる。

笑いは、たしかに、人間関係の潤滑油ではある。 しかし、のべつまくなし大笑いとなれば、油を差しすぎた車と同じく、言葉が空回りする、さらには言葉が停止する。 皆して勇気や聡明そして自信や信頼を異常に大量に喪失しながら、異常に大きくかつ異常に高く笑っている、それが日本政治の水準の低さを示す風景だとつねづね思ってきた。 (中略) 私は、時計を見て、「ああ、もう1時間も経ったなあ」と確認したのをはっきり覚えている。

 (中略)

「皆さん、ちょっくら待って下さいな。私もまったくの暇人というんじゃない。 小沢さんがせっかくきて下さったんだ。 下らない話をこれ以上続けるのはよしましょうよ」

座が一瞬にしてシラケ、栗本氏が「まあ、まあ」とあわてているのがみえた。 そのとき、誰かが「そうだ、天下国家についてそろそろ語りましょうや」と軽口を叩いてくれればよかったのだが、そんな機転の利く者がいないから、座が乱れっ放しとなっていたのである。 逆に、皆が黙ってくれていれば、私が「小沢氏の謦咳(けいがい)に触れたんですから、ついでに経綸(けいりん)にも触れてみたいですねえ」ということもできた。 ところが、女将が「ああっ、全学連が怒った」と間髪(かんぱつ)を入れずに茶々を入れてきた。 その声質も顔付きも、私には、どう感じてみたとて、品が悪いとしかいえなかった。 「ウルセエ、クソッタレ女、俺は帰るぞ」といって、私はその場から姿を消した。

(注: 写真はデンマン・ライブラリーから貼り付けました。
赤字はデンマンが強調)


131 – 135ページ
『小沢一郎は背広を着たゴロツキである』
2010年8月14日 第2刷発行
著者: 西部邁
発行所: 株式会社 飛鳥新社

この小沢一郎さんってぇ、民主党のあの小沢さんですか?

そうですよ。

。。。で、「私」というのは本の著者の西部邁さんですか?

その通りです。 バンクーバー図書館で僕は上の本を読んで初めて名前を知ったのですよ。 でも、この西部さんは日本では、結構名前が知られているらしい。 本の「著者略歴」には次のように書いてありました。

著者略歴

西部邁(にしべ・すすむ)
1939(昭和14)年、北海道生まれ。
東京大学経済学部卒。 評論家。
東大在学中は東大自治委員会長、全学連の中央執行委員として「60年安保闘争」で指導的役割を果たす。
1961(昭和36)年、左翼過激派と決別。 

横浜国立大学助教授、東大助教授を経て、1986(昭和61)年、東大教授(社会経済学専攻)に就任するも、1988(昭和63)年、辞任。
旧来の経済学を批判して経済行為の象徴的意味の解釈を思考する「ソシオ・エコノミックス」で注目され、社会経済学の構築をめざした。
また、高度大衆社会・アメリカニズム批判と西洋流保守思想の提唱とを基軸にした評論活動を活発に行った。

つまり、西部さんは60年安保の時の全学連のリーダーの一人だったのですね。

そうです。 それで料亭の女将が「全学連が怒った」とからかったわけなのですよ。

つまり、上のエピソードと黒豚トンカツが関係あるのですか?

あのねぇ、エピソードにはまだ続きがあるのですよ。 ついでだから次の小文も読んでみてください。


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小沢氏と三回目の会見をした際の印象のことも関係している。 その会見を設定したのはある政治家の奥さんで、彼女自身、選挙に立候補したこともある。 私は、ある出版社の重役みたいな人が、定年退職後にデスクを置く場所を探しているというので、彼女にその世話を頼んだことがあり、その縁で彼女には恩義を感じていた。 その彼女がいうに「小沢さんに会ってほしい。小沢さんもあなたに会ってもいいといっている」とのことである。

 (中略)

彼女には彼女なりの思惑があって、小沢氏と私の会見をしつらえたのであろうということである。 しかし、そんな思惑のことなど、私の関知するところではない。 それで、全日空ホテル内の中華料理店に出向いた。
予想通り、小沢氏はほとんど口を開かなかった。 私は、致し方なく、「小泉改革が国を滅ぼす。アメリカン・ヘゲモニーはかならず失態をさらす。どんなに小さくとも真正保守の政治勢力を創る必要がある」などということについて喋っていた。小沢氏は、退屈至極といった顔付きで、「うーん」とか「まあ」とかしか反応しなかった。

いや、思い出したことが一つある。 私が「真正保守の可能性があるとしたら自民党内しかなかったのですから、小沢さんには自民党への説得をしてもらいたかった。 そうされていれば、小沢主導で保守党ができていたかもしれない」というようなことを御世辞としていったら、小沢氏は「まあ、今になって考えれば、そうしておいたほうがよかったという気もするけれどね」と答えた。 しかし、大概は、楊子(ようじ)を歯に挟んで、それを掌(てのひら)で隠すことすらせずに、「シー、ハアッ」とやっているのが小沢氏の振る舞いであった。

そして私が「大衆政治は有能な人材をボロにしてゆく。私が小沢さんの兄貴だとしたら、私は“弟よ、傷つくだけだから、政治家なんて辞めたほうがいいぜ”と小声でいいますね」と愛嬌でいったら、傍らにいた彼女が突然に怒り出した。 思うに、「小沢氏を怒らせてはならぬ」という配慮でも彼女にはあったのであろう。 「あなた、政治を莫迦(ばか)にしちゃあいけませんよ。政治の恐ろしさも奥深さも何も知らないくせに」と彼女は大変な剣幕であった。 私も、本人としては「君子は豹変(ひょうへん)す」のつもりで、言い返した。

「うるせえや、こちとらは政治のことで鉄格子の独房に、半年間、座っていたんだ。4年も5年も、食うや食わずで生きていたこともあるんだ。政治についてふたたび発言するには20年の沈黙もあったんだ。筋を通して大学だって辞めてやったんだ。言論だって、家を焼かれる成り行きの中で、守り通しているんだ。たかだかカネや情報を動かしたくらいで政治の恐ろしさなんていってもらいたかあないんだ」

やがて小沢は、相変わらず楊子を口に咥(くわ)えたまま、全日空ホテルの廊下をぶらりぶらりと歩いて、姿を消していった。 私に残ったのは、またしても、予想していたこととはいえ、何とまあ不毛な一夜であったことか、という納得めいた思いのみであった。

(注: 写真はデンマン・ライブラリーから貼り付けました。
赤字はデンマンが強調)


142 – 145ページ
『小沢一郎は背広を着たゴロツキである』
2010年8月14日 第2刷発行
著者: 西部邁
発行所: 株式会社 飛鳥新社

この上の引用されている部分も黒豚トンカツと関係あるのですか?

いや。。。直接の関係はないのだけれど、西部さんは料亭の女将にはからかわられるし、同じ世代の政治家の奥さんからもムカつかれて「政治の恐ろしさも奥深さも知らないくせに」と言われてしまった。 この2つのエピソードを読むと西部さんの「人となり」がなんとなく分かってくる。小百合さんだって西部さんと会ったことがなくても、どんな感じの人か?上の2つのエピソードを読めば、なんとなくイメージが浮かんでくるでしょう?

ええ。。。西部さんがどういう感じの人なのか?なんとなくイメージが浮かんできますわ。。。でも、この西部さんはマジで東大の教授を辞めて(政治?)評論家になったのですか?

実は、バンクーバー図書館には西部さんの本が2冊ある。 もう1冊は『国民の道徳』という673ページもある分厚い本で。。。

デンマンさんは、その本を全ページ読んだのですか?

読みましたよ!。。。西部邁という男は、一体どのような考え方を持っているのだろうか?

分かりました?

分かりましたよ。。。小林よしのりさんと同じで、半年以上海外で生活したことがないはずですよ。

その根拠は。。。?

僕の経験ですよ。。。自慢するつもりではないけれど、僕は海外生活が20年以上に及んでいますからね。。。小林さんの漫画を読んでも、西部さんの本を読んでも観念的で理屈を捏ね回している部分が実に多い! そういう所は、日本という島国にどっぷりと使っている人が書(描)いたものだということが、ページのそこ、ここに表われているのですよ。

つまり、視野が狭いとデンマンさんはおっしゃりたいのですか?

少なくとも西部さんが中年のおばさん二人に、なぜ反感をもたれたのか?僕は分かった気がしましたよ。

なぜ反感をもたれたのですか?

小林さんが描いた漫画本の次の箇所を読んで、なるほどと思ったのですよ。


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渡部(昇一)は、日本の戦後には先の大戦を悪と決め付けた「東京裁判史観」と、これに反対した「パール判事の史観」があったと書いた。
これに対して西部は、この両者が対立する構図は成り立たないとして、パールは東京裁判史観に対立する史観、すなわち大東亜戦争を自衛戦争とする歴史観ではないと批判する。
そしてその根拠をこう書く。

「ガンジー『主義者』(にすぎなかった)パール判事がそんな見方をするはずがない」
なぜ「そんな見方をしていない」ではなく「するはずがない」と書くのか?
西部がパール判決書を読んでいないからである。

読みもせず、パールが「ガンジー『主義者』(にすぎなかった)」という印象だけで、「ガンジー主義者の史観に立つと、大東亜戦争を(基本的に)肯定することなどできない」はずだと、憶測だけで語っているのである。
これがあの周到で緻密な文章を書いていた西部邁か?

ネットおたくのウヨ言論じゃあるまいし、信じられないほど杜撰で不誠実な文章である。
渡部はパール判決書の内容を紹介しながら論を展開しているのに、それを一瞥もせず「ガンジー主義者が書いたものだから」だけで切り捨てて批判している!

今回の西部の文章はすべてがこのように杜撰な論理で成り立っている。
つまり、「パールは平和主義者で、ガンジー主義者で、世界連邦主義者だった。そんな者が書いた判決書は保守思想とは無縁だ。
それなのに、都合よくパールを利用している自称保守派がいる」というのだ。

 (中略)

その根拠が、何一つ史料に基づかない、西部が勝手に頭の中だけで偏見を元に作り上げた妄想でしかないのだから、わしは一読して呆然としてしまった。

(注: 写真はデンマン・ライブラリーから貼り付けました。
赤字はデンマンが強調)


74 – 75ページ 『パール真論』
2008(平成20)年6月28日 初版第1刷発行
著者: 小林よしのり
発行所: 株式会社 小学館


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つまり、「パール判決書」を読んでいないにもかかわらずに西部さんは批判していると、デンマンさんは指摘したいのですか?


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その通りですよ! 小林さんが「信じられないほど杜撰で不誠実な文章である」と書いているけれど、『パール真論』の第6章「西部邁氏の誤謬を正す」を読むと“西部邁さんがいかに不誠実な人間か!”ということが充分過ぎるほど良く分かる!

でも、西部さんは東大の教授だったのですわ!

あのねぇ、東大の教授であろうが、ケンブリッジ大学の教授であろうが、ハーバード大学の教授であろうが、批判するときに問題の本(「パール判決書」)を読まずに、その本にかかわる問題を批判するなんて、やってはいけないことですよ! 人間の尊厳を自分で貶(おとし)めているようなものですよ。 小林さんは議論するために「パール判決書」を充分に読みこなしている。 本を読んで理解している人が西部さんの批判文を読めば、西部さんが本を読まずに書いた批判文章であることがすぐに判ってしまう! 西部さんは議論の相手と読者をナメている!

西部さんは小林さんによって、その不誠実さを暴(あば)かれたのですか?

その通りですよ。

つまり、料亭の女将と政治家の奥さんは、その“不誠実”さに共通するものを西部さんに感じ取ったと、デンマンさんはおっしゃるのですか?

まず間違いない! もちろん、100%の善人も居なければ、100%の悪人も居ない! 西部さんにも人に好かれる部分が間違いなくあると僕は信じていますよ。 しかし、あたかも相手に非があるようなエピソードを自分の本に書いている。 だけど、読む人は、むしろ西部さんの方に問題があると感じる。 僕はそう思う! しかし、西部さん自身は、そう思っていたようには感じられない。

要するに、読む人が読むと、西部さんは自分の欠陥を自分で書いた本の中に晒していると、デンマンさんは、そうおっしゃるのですか?

そうですよ。

分かりましたわ。。。でも、これほど長く書いてきて、一体どこが黒豚トンカツと関係あるのですか?

あのねぇ、ここまで読んでこないと僕のエピソードの意味が分からないのですよ。

あのォ~。。。前置きはもうたくさんですから余計なことは言わずに、その面白いエピソードを細木数子さんのようにズバリ!と言ってくださいな。

分かりました。。。前橋の国道17号線バイパスのドラインブ・インで黒豚トンカツを食べて、もうあとは実家に帰るばかりでした。 オヤジもお袋も、弟たちも温泉に浸かって命の洗濯をして、しかも黒豚トンカツまで食べて満足していたのですよ。

それで。。。?

ところが、どう言う訳か?お袋が車の中で気になることを話し始めた。


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黒豚トンカツが旨いとみえて、あのお店は混んでいたわね。 私が最初にそのお店のドアを開けて入ったのだけれど、お店の人は誰もが忙しそうに立ち働いていて私に気づかなかった様子だったわ。 次にお父ちゃん(僕のオヤジ)がお店に入ったのだけれど、お店の人は相変わらず忙しそうで、お父ちゃんにも気づかないようなのよねぇ。 でも、次にあんた(僕のことです)が入ったと思ったら、お店の奥に居る人も、ウェイトレスも、皆、声を合わせるように「らっしゃい! イラッシャイ いらっしゃい! ラッシャイ!。。。」
まるで、どこかの大旦那が入ってきたように急に態度が変わったのよ! まったくアレッて、どういうのかしら? 私はどこかの、しょうもないバアさんだと思われたらしいわ。 全く無視されたのよ。 まあ。。。私が無視されたのは分かるけれど、小学校の校長先生まで勤め上げたお父ちゃんまでが無視されたのよ。。。
あんたには不思議なオーラがあるみたいなのよねぇ~。

お袋。。。僻(ひが)むなよ。。。商売人は誰がサイフを持っているかを見極めるカンがあるんだよ! 金を払う人に対して気持ちを込めて「いらっしゃい!」と言うんだよ。

何言ってんのよ! お金を払ったのは私なのよ。

うふふふふ。。。 マジで、こういう事があったのですか?

そうなのですよ。 「押しが利(き)く」という言葉があるけれど、確かに、その人の生き様がその人の表情や姿に表われると言う事はありますよ。 僕のお袋は20代の前半に遠い親戚の池袋にある寿司屋に女中奉公をした。 女中根性が染み付いている。 僕のオヤジも小学校だけしか出ていない。 どことなく学歴がないのを“ひけめ”と思っていた影が尾を引いている。 ところが僕には、そういう“ひけめ”は全くない。 大旦那ではないけれど、人生の半分以上を一匹狼として海外で生きてきたという経験が、やっぱり僕のオーラになっているのかもしれない。

つまり、デンマンさんは自慢したいのですわね?

いや。。。自慢したいのじゃありません。 お袋の話から“オーラ”が気になっていたのですよ。 西部さんが、どういうつもりで上の2つのエピソードを本に書き込んだのか? 僕は考えさせられたのです。 小百合さんは、どう思いますか?

料亭の女将と政治家の奥さんの方に非があると、西部さんは思ったのでしょうね。 それで、西部さんは読者に自分のオーラを知ってもらいたかったのではないかしら?

多分、そうだと思いますよ。 常識として自分の欠陥をわざわざ自分の本の中に書く人は居ませんよ。 西部さんは自慢できる“オーラ”を上の2つのエピソードの中に盛り込んだつもりなのかもしれません。

。。。で、デンマンさんは西部さんの“オーラ”を見つけることができました?

いや。。。残念ながら見つけることができませんでした。 二人のおばさんは小林さんが指摘した“不誠実さ”を感じ取ったのではないか? 僕はそんな印象を持ったのですよ。

それで二人の女性は“不誠実さ”のオーラを感じてムカつき、西部さんに反抗的な態度をとったのですか?

僕は、そう思いますよ。


『黒豚トンカツ』より
(2011年3月26日)

。。。で、このエピソードと“串カツのエピソード”がどのように関係しているのですか?

あれっ。。。勘(かん)の冴え渡っている小百合さんには、僕が言おうとしている事が解るでしょう!?

余計なことはいいですから、細木数子のようにズバリ!と言って下さいなァ。

あのねぇ~、料亭の女将が西部さんの感じの良くない“オーラ”から「ああっ、全学連が怒った」と間髪(かんぱつ)を入れずに茶々を入れたのですよ。  その言葉に対して西部さんは「ウルセエ、クソッタレ女、俺は帰るぞ」と捨て台詞を残して、西部さんは帰ってしまったのですよ。

だから、それが“串カツのエピソード”とどのように関係しているのですか?

この女将よりも、カウンタ-の中の兄ちゃんの方がよっぽど人を見る目があったのですよ。 おそらく、材料が足りなくなって、お客の中の誰かが7本だけを食べる羽目になったのです。

つまり、串カツを作っている兄ちゃんは、お客の中で7本でも我慢して勘定を払うお客を見定めたというのですか?

その通りですよ。 女将も、カウンターの兄ちゃんも 何百人、いや何千人というお客を見ていますからねぇ。。。 この人が7本貰ったらどのような反応を示すだろうか? それを目ざとく判別したわけですよ。

それで、他のお客でなく、兄ちゃんは町田康さんに白羽の矢を当てたというわけですか?

そうです。 実際、町田さんはムカついたけれど、なんか文句あるのか、というような目つきで睨みかえしてきたので慌てて目を逸らし、それから、なんというあさましい行為であろうか、左右の客の皿の上にある串の数をひそかに数えたのですよ。 でも、、仕方ないと思って、諦めて勘定を払った。

要するに、カウンターの中の兄ちゃんは料亭の女将よりも人を見る目があったというのですか?

その通りですよ。 兄ちゃんの落ち度なのに、町田さんは文句も言わずに諦めた。 僕だったら、おそらく警察沙汰になっていたか? 少なくとも、僕は8本目を食べてから外へ出ましたからねぇ。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。
あたくしは それほど“串カツ”には拘(こだわ)りがありませんわ。
だから、7本でも我慢できます。

それよりも、今、何が食べたいかと言うと、
実は、“たいやき”が 食べたいのでござ~♪~ますわァ。

最近では、餡に替わってクリームや溶かしたチョコレート、キャラメル、カスタードクリームなどの洋菓子素材を詰めたものもでてきましたわ。
サンドウィッチ式に肉類や生野菜、各種ソースやリゾットなどを挟む「おかずたい焼き」もあらわれました。


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あなたも 好きなものを“たいやき”に詰めてみませんか?

そういう面白い“たいやき選手権”があったのですわよう。
うふふふふふ。。。

では、あなたのためにビデオクリップを貼り付けますので ご覧になってくださいまし。

お腹がすいてきて、“たいやき”が食べたくなってきたでしょう?
でも、この記事を最後まで読んでから台所に走ってくださいね。

では、小百合さんのお話に戻りますけれど、
どうして「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれるのか?
ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。
小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。
小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。
分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。
現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


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それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。
だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ~~。


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メチャ面白い、

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別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』

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■ 『お役所仕事@ロシア』

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■ 『チーズケーキドタバタ』

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(byebye.gif)
 

愛と死のオーラ

2011年12月5日

 

愛と死のオーラ

 


(bearhug00.jpg)

 


(foolw.gif)

Subj:小百合さん、おはよう!

明日か、あさって、

また会いたいですね。

デンマンより愛を込めて…

きゃはははは。。。


(daibuts85.jpg)

From: denman@infoseek.jp
To: sayuri@hotmail.com
Cc: barclay1720@aol.com
Date: 2011年10月24日
(月曜日)午前11時53分

小百合さん元気ですか?
10月22日の土曜日には叔母が北鴻巣からやって来ました。
翌日23日の日曜日に来るものだと思い込んでしまっていた僕は朝ごはんをゆっくりと食べてから8時半に実家を出ました。
それで自転車をこいで「自遊空間」へ行ったのです。

午後4時に実家に戻ったら
お袋は応接室で昼寝をしており、誰かがキッチンでカタカタと料理しているのでした。
誰かな?と思ったら叔母がポテトサラダを作り、天ぷらを揚げ、サツマイモの煮込みを作り、割子ソバを茹でていました。

叔母は何もせずにお客さんで居ればよいのですが、お袋が自由に動けないので代わりに夕食の用意をしていたのでした。
僕のお袋が長女で叔母は10人兄弟姉妹の一番下です。
僕よりも6歳年上なだけなのです。

僕にとって親戚中で誰よりも話が分かる叔母です。
僕のお袋がやきもちを焼くほど叔母と僕は仲が良いのですよ。

僕がまだ大学生の頃、
叔母と二人だけで日光へ旅したのだけれど、
その旅は日帰りだったのです。

ところが、お袋の記憶の中で僕と叔母は日光で一泊したと思い込んでいるのですよね。
それほど僕と叔母の間が親密だと思い込んでいるのですよ。
今回もお袋がその話しをするのですよ!んもお~~!

もちろん近親相姦などあるはずもないのですが。。。(苦笑 & 爆笑)
お袋が心のどこかで、そう思い込むほどに僕と叔母の関係が親密なのですよ。

そのような訳で夕食が済んだ後で、しばらく皆で和気藹々(わきあいあい)とオシャベリしたのでした。
そのあと僕と叔母だけで大長寺のすぐそばの「馬車道」へ行ったのでした。


(pasta11.jpg)

叔母はポテトグラタン。


(basha002.jpg)

僕はヴォンゴレ・ロッソを食べました。

ヴォンゴレ


(basha001.jpg)

ヴォンゴレ (vongole) は、アサリなどの二枚貝を使ったイタリア料理(本来はナポリ料理)のパスタ料理である。

イタリア語の vongole は、本来はアサリ類・ハマグリ類などのマルスダレガイ科の二枚貝を指すヴォンゴラ (vongola) の複数形で、料理のことはイタリアでは spaghetti alle vongole(ヴォンゴレスパゲッティ)などとよぶ。

種類

代表的なものにナポリ名物のイタリア料理「スパゲッティ・アッレ・ヴォンゴレ」(spaghetti alle vongole)がある。

本場イタリアでは地中海産のガリアハマグリ (Chamelea gallina) やヨーロッパアサリ (Venerupis decussata) などが使用されるが、近年では日本から移入されたアサリも多く利用され、日本でもアサリを用いるのが一般的であるが、どれもマルスダレガイ科の二枚貝である。

トマトソースを使ったヴォンゴレ・ロッソ(ロッソ=赤)と、使わないヴォンゴレ・ビアンコ(ビアンコ=白)にわけられるが、トマトを潰していない中間的な物も良く見られる。
ペスト・ジェノヴェーゼなどのバジリコを使った「ヴォンゴレ・ヴェルデ」(ヴェルデ=緑)やイカスミを使った「ヴォンゴレ・ネロ」(ネロ=黒)を供する店も出てきている。

使用するパスタは、スパゲッティやスパゲッティーニ、ヴェルミチェッリ、リングイネ等のロングパスタである。


出典: ヴォンゴレ
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

午後6時半から9時半まで話が弾(はず)んでシャベリまくりました。
実家に戻ったら、またお袋が「一晩中でも話を続けているだろうね」とヤキモチを焼くのでした。(爆笑)

日曜日は、のんびりとテレビを見て過ごしました。
NHK総合テレビで午後1時50分から「私が選んだあの番組」をやっていましたよ。
ゲストは森村誠一さんで
1989年に放映された画家の池田満寿夫が解説する「みちのく紀行」を再放送しました。
もちろん僕は1989年の放送を見ていない。

芭蕉がたどった奥の細道を池田満寿夫が画家の目線でたどってゆくという番組でした。
なかなか見ごたえがありました。


(yama901.jpg)

 

山寺や

 

岩にしみいる

 

セミの声

 


(semi100.jpg)

山形県の「立石寺」が出てきて懐かしい風景を映し出していたけれど、やはり日本の風景の中でも日本をしみじみと感じさせてくれる風景でした。


(yama900.jpg)

森村誠一さんは「写真俳句」というのをやっている。

写真と俳句を合わせて表現するのは邪道だという人も居るらしい。

「表現方法は無限だから写真と俳句を組み合わせても良いではないか!」

森村さんはそう言っていたけれど、もっともだと思いながら聞きましたよ。

番組の最後の方で東日本大震災で被災した人の印象に残る俳句を森村さんは挙げていました。


(summer001.jpg)

 

抱きしめて

 

君の瞳に

 

夏の雲

大震災に遭い、死んでしまったのではないかと諦めていた。

しかし、お互いに生存していたと知って再会し、抱き合った時に詠んだ人の句なのですよ。

う~~ん。。。いいですよね。

僕も上の句をしみじみと味わいながら1年ぶりで小百合さんと再会して、Hよりも感じるハグをした時を思い出しながら詠んでみました。


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抱きしめる

 

きみのぬくもり

 

秋の空

 


(autumn02.jpg)

どうですか、さゆりさん。。。?

いいでしょう!?

明日か、あさって、また会いたいですね。

楽しみにしています。

じゃあね。


(denman01.gif)


『抱きしめて』より
(2011年10月24日)



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デンマンさん…今日は日本に帰省中のメールを持ち出してきたのですわね。


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いけませんか?

なんだか恥ずかしいですわ。

小百合さんが恥ずかしがることはないでしょう!?

だってぇ。。。、「1年ぶりで小百合さんと再会して、Hよりも感じるハグをした時を思い出しながら詠んでみました」なんてぇネット市民の皆様の前で言ってほしくありませんわ。

あのねぇ~。。。誰も本気にしませんよ。

つまり、現実には、そのような事はなかったとネット市民の皆様は考えるとデンマンさんは言うのですか?

そうですよ。

中にはマジでデンマンさんが私とHよりも感じるハグをしたと信じる人だって居ますわ。

10人10色ですからね、いろいろな事を考える人が居るでしょう!

だから、「1年ぶりで小百合さんと再会して、Hよりも感じるハグをした時を思い出しながら詠んでみました」なんてぇネット市民の皆様の前で言ってほしくないのですわ。

あのねぇ~、いちいち、そんな事を気にしていたらブログなんて書けないのですよ。

分かりましたわ。 それで今日は昨日の続きなのですか?


(summer42b.jpg)

『死の奇妙な匂い』

そうですよ。 僕の手違いだと思うのだけれど、FC2 の編集用ディスクに下書きを全部保存したつもりが、半分しか保存されてなかった。 たぶん、下書きを書き終えた時に保存ボタンをクリックしなかったのかもしれません。

。。。で、どうして上のメールを持ち出してきたのですか? 愛と死のオーラが上のメールと関係しているのですか?

あのねぇ~、ヒトミさんはオーラを色として感じる。


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ヒトミには人のオーラが見えた。 … ある日、むこうから歩いてくるおじさんを見てヒトミが、ああ、きれいだなあ、いいなあ、といったのだ。
えっ? となんのことかわからずぼくは聞き直した.

おじさんはたぶん50歳と60歳のあいだ、小柄で禿げかかって猫背でみすぼらしい格好をしてサンダル履きで歩いていた。
まるで「きれい」ではないが、表情はおだやかだった。

あの人はいい色、とヒトミはいった。
内側が黄色で縁がはっきりしたオレンジ色になってとげとげが元気に動いている。 すごく明るくて力がある。
ぼくとマオリはぽかんとして聞いていた。

するとヒトミが説明してくれた。
人間にはみんな色があるんだよ。 わたしには見える。

聞くとヒトミは子供のころからずっとそれが見えていて、それをあたりまえのことだと思っていたのだが、幼稚園の年長組のときにどうやら他の人たちにはそれが見えていないということに気づいてひどく驚いた。
一年生のとき、ある近所のおばあさんの色が大変に悪いので夕食のとき両親にそう告げると、両親は奇妙な顔をして、どんな色?とたずねた。

濃い緑灰色、皮蛋(ピータン)みたいな色、ただしぜんぜんつやつやしてなくて、いかにも病気の色。
おばあさんはその二日後に亡くなった。

直前までぴんぴんしていたので周囲の人は驚いた。
そのとき母親があまりに騒いで来る人ごとにその話をしたので、ヒトミは気まずく思い、見える色について誰にもいわなくなった。
それからはじめて、いま、マオリとぼくにその秘密を教えてくれたのだった。

赤字はデンマンが強調。
読み易いように改行を加えています。
写真はデンマンライブラリーより)


169 – 171ページ 『ホノルル、ブラジル』
著者: 管 啓次郎
2007年2月15日 初版第2刷発行
発行所: 株式会社 インスクリプト

僕はオーラを匂いとして感じるのですよ。

それは昨日デンマンさんが話しましたわ。

あのねぇ~、愛と死のオーラを感じたのは、何を隠そう叔母に対してなのですよ。

あらっ。。。メールに出てくるデンマンさんの叔母様にですか?

そうなのですよ。

映画『禁じられた遊び』の

メインテーマ曲「愛のロマンス」を

僕がギターで弾いて、

初めて聴いてくれたのが叔母でした。

今夜(2008年7月19日)は、午後10時に、珍しい事に鴻巣市に住む叔母から電話がかかってきました。
半年振りでした。
この叔母は僕のお袋の一番下の妹で、僕よりも6歳年上です。

親戚中で僕とは最も気の合う人物です。
その叔母も暑いと言ってましたよう。
35度と言ったのかな?

なぜか35度と言う数字がオツムに残っています。
零時10分まで、つまり、2時間10分話し込みました。

現在は行田市に編入されましたが
南河原村と言うのが僕の母親の実家があったところです。
もちろん、現在でも、同じところにあります。


(baby01.jpg)

お袋が僕を産んで1年した頃、僕を連れて実家へ帰ると、
7歳の叔母がどうしても僕を“おんぶ”したいと言ったのだそうです。

お袋も、仕方なく“おんぶ”させたとか。。。
近所の人に見せたいと。。。
赤ん坊なのに“わかいし(若者)”のような顔をしている、と近所の人が言ったそうです。
そのような話をしていました。

もちろん、僕には記憶の無いことです。

行田女子高校に入学して初めて僕の家に来たときには、
僕を自転車の後ろに乗せて本町通りの川島本屋まで連れてゆきました。
そこで、スーパーマンか何かの消しゴムのついた鉛筆を買ってくれました。

叔母が16歳のときですから、僕は10歳。4年生ですよね。
まてよう。。。
違いますね。
僕は小学校に上がるか上がらない年頃でしたよう。
だったら、6つか7つの頃のはずです。

第一、小学校4年生ならば、スーパーマンの形の消しゴムがついている鉛筆などもらっても、うれしくも何とも無いはず。
それなのに覚えていると言うことは、小学校1年生の頃の事に違いないですよう。


(girl201.gif)

だとすると、叔母は中学1年生ですよう。
セーラー服を着ていたから、まず間違いありません。
自転車に乗って僕の家まで遊びに来たのでしょう!

とにかく、この叔母とは、それ以来よく出かけました。
日光に行ったり、上高地に行ったり。。。
そう言えば帝国ホテルで食事した事もありました。
よく喫茶店にも一緒に出かけましたよう。
もちろん、バンクーバーにもやって来ました。

大学生の頃は、とりわけ叔母と良く出かけました。
叔母はちょうど結婚前で、結婚する前に思いっきり羽を伸ばしておこうと言うつもりだったのでしょうね。
知らない人が見れば、僕と叔母は、まさに恋人同士のように見えたでしょうね。
叔母にしてみれば、安心して連れて行ける“ボーイフレンド”だったのでしょう。
ずいぶんとおごってもらいました。


(breakup0.gif)

ある時、今でも忘れませんが、熊谷の駅の近くの“田園”と言う喫茶店に入りました。
その夜、テレビでアランドロンの主演する映画「太陽の季節」(もしかすると「太陽がいっぱい」)をぜひ見たいと言っていたのですよう。
叔母はアランドロンの熱烈なファンでした。
ところが、どう言う訳か、時間に間に合わなかった。

後で、僕のせいにされてしまったのですよう。
それ程見たければ、“これからテレビで映画を見なければならないから、もう出ようね。”
そう言えば良かったじゃないか!


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なぜか、この時の事を何度も聞かされたものです。
どうして、僕が責められるのか、未だに訳が分かりませんが。。。
僕のせいじゃないよう!

電話の声を聞く限り、喫茶店“田園”で話した頃と全く変わっていません。
その声には、今でも夢とロマンを感じます。

2時間10分。

20年以上時計がタイムスリップして
熊谷駅の近くの喫茶店“田園”でダベッた2時間10分でした。


『夢とロマンの軽井沢』より
(2008年7月19日)

『杜の都のギター』にも掲載
(2009年3月14日)

デンマンさんが、この叔母様に感じた「愛と死のオーラ」ってどのようなものなのですか?

叔母は、もちろん、現在でも生きているから「死のオーラ」ではなく、「愛のオーラ」を感じたのですよ。

あらっ。。。デンマンさん。。。叔母様に感じる「愛のオーラ」ってぇ。。。、もしかして、それってぇ、危険な近親相姦のオーラになってしまうではありませんか!

やだなあああァ~。。。、小百合さんとも思えないような事を言わないでくださいよ! それは飛躍しすぎた考えですよ。

だってぇ~、これを読んでいる人だって、そのようにかんぐってしまう人も居ると思いますわ。

10人10色で死すからねぇ、そう考える人も居るでしょう。 でもねぇ~、アランドロン主演のフランス映画『太陽がいっぱい』まで持ち出してきたのですよ。 格調高いのですよ。 近親相姦のオーラになるはずがないじゃありませんか!

でも、『禁じられた遊び』が出てきましたわ。 うふふふふふ。。。

やだなあああァ~、小百合さん。。。! 笑い事じゃありませんよ。 ヤ~らしく考えないでくださいよ。

冗談ですわよ。 (微笑)

こう言う時にヤ~らしい冗談を言わないでくださいよう。

それで、匂いで感じた「愛のオーラ」ってぇ、いったいどのようなものだったのですか?

あのねぇ~、僕は叔母とJR熊谷駅の近くにあった『田園』という喫茶店で初めてコーヒーを飲んだのですよ。

マジで。。。? 生まれて初めてですか?

紅茶は小学校3年生の時に同級生の小野田君の家で初めて飲んだのだけれど、コーヒーは叔母と一緒に行った『田園』で飲んだのが初めてだった。

そのような事はありませんわよ。 中学生の時か高校生の時に飲んでいますわよ。 デンマンさんの記憶に残っていないだけですわ。

だから。。。『田園』で飲んだコーヒー・モカの香りが、それ程までに「愛のオーラ」として僕の記憶に焼きついてしまったのですよ。

でも、コーヒー・モカの香りは叔母様から出ているオーラではなくて、コーヒーから出ているオーラでしょう?

あのねぇ~、そのように言ってしまったら身も蓋(ふた)もないじゃありませんか! 「愛」というものを叔母から感じる時。。。そのような時には不思議とモカの香りを感じるのですよ。 たとえば、叔母と待ち合わせて、目が合った時に叔母がニコリと微笑む。。。そのような時に叔母の表情から、その体全体から、なんとも言えないモカの香りがにおいたつ。。。分かりますか?。。。その香りはコーヒーが無くても僕は感じるのですよ。

分かりましたわ。。。で、「死のオーラ」というのは、どのような匂いなのですか?

あのねぇ~、これも叔母に感じたのですよ。

でも、叔母様は現在も生きているのでしょう?

もちろんですよ。 僕よりも6歳年上なだけですからね。 「死のオーラ」を感じた叔母というのは、僕のお袋のすぐ下の叔母ですよ。 つる叔母さんというのですよ。 つる叔母さんのすぐ下に年子のかめ叔母さんが居るのですよ。 この二人のおばさんたち「つる・かめ叔母さん」は年子だということもあって、二人は仲が良かった。 僕が実家に帰省する時には、たいてい二人一緒にやって来たものですよ。

つる叔母様は亡くなられたのですか?

そうなのですよ。 今から7,8年前です。 つる叔母さんという人は陽気で気さくで面白い叔母さんなのですよ。 その人が入院した。

どのような病気で。。。?

その時は病名を誰も言いませんでしたよ。 多分、ほとんどの見舞い客は知らなかったのでしょう。 でも、あとで亡くなってから知ったのだけれど、すい臓癌でしたよ。 僕がバンクーバーへ戻る予定の4,5日前でした。 だから、お袋と二人で従弟の次郎さんの運転する車で熊谷市にある病院にすぐに見舞いに行ったのです。 病室に寝ていたつる叔母さんは、男ならば次のような状態でした。


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あらっ。。。つる叔母様は男であれば、このような陽気で面白い人なのですか?

そうなのですよ。 人に好かれるタイプだから、示し合わせて行ったわけではないのだけれど、僕とお袋の他にも5人ばかり親類の人たちがやって来ていた。 従弟を含めると、総勢8人の見舞い客が病室に居た。 だから一人部屋の病室は、まるでパーティーの会場のように明るく朗らかな雰囲気だったのですよ。


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僕を見ると、つる叔母さんは「こんな格好でベッドに寝ていて申し訳ないわね」と言うように申し訳なさそうな表情を浮かべたけれど、見舞い客はまるでパーティーを楽しむように陽気に明るくペチャクチャと話し合っているのですよ。 もちろん、その中には、つる叔母さんと仲の良い、かめ叔母さんも居ました。 病人を元気付けるためとはいえ、その陽気さは僕には異常に見えた。

。。。で、その時にデンマンさんは、つる叔母様に「死のオーラ」を匂いで感じたのですか?

そうなのですよ。 その匂いを説明するのは難しい。 でも、僕は「死のオーラ」を直感しましたよ。 鼻の奥にツーンと来るものがあった。 それは「死の匂い」としか言いようのないものですよ。


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ムンクのあの有名な”Scream”という絵があるけれど、僕はマジでこのような思いに駆られた。 ”Oh my God! She’s gonna die!” 僕は思わずそう叫ぼうとした。 でも声を出すのはみっともないので必死にこらえた。 だけど、叔母を見つめながら涙が溢れ出してきた。 もうどうしようもないくらい涙が溢れてきて、僕は思わずその場にしゃがむと顔をベッドカバーに埋めたのですよ。 涙が止めようも無い! 声を必死に抑えたけれど、おそらく誰が見ても僕の様子は異状だったかもしれない。

「あらっ。。。デンマンさんは何年かぶりで、

つるさんに会ったもんだから、

嬉し涙にむせんでいるじゃない!」

そばに居た、かめ叔母さんは、その場を取り繕うように、そう言って皆を笑わせようとしたのですよ。 そう長い時間ではなかったかもしれないけれど、僕はしばらく顔を上げることができなかった。 でも、ようやく涙が収まったので、顔を上げると、僕のお袋などはケロッとしている。 白けている! 僕のその悲しみは無視されているのですよ。

他の親戚の方は、つる叔母様が亡くなることを感じなかったのでしょうか?

あのねぇ~、そこが日本人の本音と建前ですよ。 おそらく誰もが、つる叔母さんの死期が近いことを悟っていたのだろうと僕は思うのですよ。 でもねぇ、見舞いに行ったのだから病人を元気付けるのが日本人としての心構えで、僕のように素直に悲しみを表現するなんて、やってはならないことなのですよ。 黙ってはいても、僕のお袋の目は僕にそう言っていましたよ。 でもねぇ、つる叔母さんの夫の妹さんだけは僕の様子を見て感じるものがあったと見え、見舞い客の中では一人だけ僕の様子に共感して目を真っ赤にしていましたよ。 

それで、つる叔母様はいつ亡くなられたのですか?

僕がバンクーバーに戻ってから4日目に亡くなったそうです。 つまり、僕が見舞いに行ってから約1週間後ですよ。

その「死のオーラ」、つまり「死の匂い」と言うのは説明できないものなのですか?

鼻の奥にツーンと来るものですからね。。。匂いと言うよりも刺激なのですよ。。。ちょっと言葉では十分に説明しきれないものですよ。

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~
なんだか縁起でもないようなお話ですわ。
あたくしまでが身震いするような、ぞくぞくするものを感じてきましたわ。
「死のオーラ」なんてぇ、考えたくもないのでござ~♪~ますう。

ところでデンマンさんはご家族で冬の榛名山へ行ったのですけれど、公魚(わかさぎ)釣りは見ていても面白そうですわね。

公魚釣り

 

冬の榛名湖もよいですけれど秋の紅葉も見事ですわ。

榛名湖紅葉
 

榛名湖へ行ったら榛名山の中腹にある伊香保温泉に寄らないで帰ったら損をしますわよ。
あたくしも伊香保温泉は好きでござ~♪~ます。
ええっ。。。どうしてかってぇお聞きですか?

だってぇ、伊香保温泉は竹久夢二ですわよ。
竹久夢二の記念館もござ~♪~ますわ。

秋の伊香保温泉
 

そして帰りにはデンマンさんのように黒豚トンカツを食べるのもようござ~♪~ますわ。
あたくしもいただきました。

黒豚トンカツ

次回も、面白い話題が続きそうでござ~♪~ますう。
あなたも、どうか、また読みに戻ってきてくださいましね。
では。。。


(hand.gif)


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

ためになる関連記事



(linger65.gif)

■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』

■ 『軽井沢タリアセン夫人 – 小百合物語』

■ 『今すぐに役立つホットな情報』

『夢とロマンの横浜散歩』

『愛とロマンの小包』

『下つきだねって言われて…』


(hara16.jpg)

『銀幕の愛』

『パリの空の下で』

『愛の進化論』

『畳の上の水練(2011年3月15日)』

『軍隊のない国(2011年3月21日)』

『アナクロニズム(2011年3月27日)』

■ 『愛と詩のレンゲ物語』


(june09b.jpg)

こんにちは。ジューンです。

小百合さんは「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれています。

どうして。。。?

あなたは不思議に思うかもしれませんわね。

あのねぇ~、小百合さんは

軽井沢がとっても好きなのですわ。

特に軽井沢タリアセンが気に入っているのです。

軽井沢タリアセン

 

 

デンマンさんとご一緒に出かけた時には閉まっていましたわね。


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 レストラン 湖水

小百合さんは、このレストランを知っていたのですか?

私は軽井沢タリアセンには子供をつれて何度か行ったことがありましたから知っていますわ。


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 睡鳩荘(すいきゅうそう)

 

小百合さんと一緒に行った時には睡鳩荘(すいきゅうそう)を見て、それからレストラン・ソネットへ行ったのですよね。


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 レストラン ソネット
(1階がレストランで2階は「深沢虹子・野の花美術館」)


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そうでしたわ。 チーズケーキをいただきながらコーヒーを飲んだのでしたわね。

そうでした。 寒い日で、園内には数えるほどの人しか居なかった。 「レストラン湖水」 が閉まっていたのも納得がゆきましたよう。 確か11月の寒い日で、季節外れだったのですよね。

でも、またいつか行く機会があると思いますわ。

じゃあ、来年の秋に、小百合さんと一緒にブイヤベースを食べましょう。


(bouilla.jpg)

ブイヤベースはないと思いますわ。 うふふふふ。。。

マジで。。。?

デンマンさんは、何かといえばブイヤベースですわね? 他に気のきいた料理の名前を覚えてないのですか?

もちろん、他にも料理の名前ぐらい覚えていますよう。。。でもねぇ、ブイヤベースの響きが、なんとなく格調高くありませんか?

そうでしょうか?


『しんみりした曲ですね』より
(2010年12月27日)


(june001.gif)

小百合さんは、なぜ軽井沢タリアセンが

気に入っているのでしょうか?

なぜなら、睡鳩荘(すいきゅうそう)に

ロマンを感じているのですわ。

あなたは軽井沢に出かけたことがありますか?

私はデンマンさんとご一緒に

一度だけ訪れたことがあります。


(karuswan.jpg)

この湖は“Swan Lake”という

英語名がついているのですわ。

昔、宣教師の方が軽井沢に

別荘を持っていたのですって、

その家族の人たちが名づけたらしいのですわ。

10月でしたが、紅葉が見ごろになっていました。

 

軽井沢・雲場池の紅葉

 

まだ冬景色には程遠かったのですけれど、

湖にしては小さなその池のほとりに立ったら、

どこからともなく白鳥が飛んできそうな

感じがしましたわ。


(swan0023.jpg)

そう言えば、バンクーバーの

クイーン・エリザベス・シアターで

デンマンさんとご一緒に

バレー『白鳥の湖』を見たことがありましたわ。

 

 

あの時のチャイコフスキーの曲が

聞こえてきたものですわ。

それで、私はいつになく

感傷的になったことを覚えています。

ところで、日本に帰省してから

デンマンさんが小百合さんのことで

次のような記事を書いています。

時間があったら覗いてみてください。

『白鳥はどこに?(2011年10月8日)』

『思い出の軽井沢(2011年10月7日)』

『日本は汚染される(2011年10月4日)』

『おばんざい(2011年10月4日)』

『バーナビーと小百合さん(2011年10月3日)』

『杜の都で食べる PART 1(2011年10月2日)』

『杜の都で食べる PART 2(2011年10月2日)』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。


(rengfire.jpg)


(byebye.gif)

死の奇妙な匂い

2011年12月4日

 
死の奇妙な匂い

『思い出の映画をあなたに!』より

Subj:小百合さんの風邪が全快するように

バンクーバーの空からマリア様に

お願いいたしますよ。

Date: 19/12/2007 12:39:12 AM
Pacific Standard Time
From: barclay1720@aol.com
To: fuji@adagio.ocn.ne.jp

 

少し 頭痛が残ってますが薬を飲むほどでなく
今日は母のところに行くつもりです。

健康第一ですよ。
無理しないようにね。
ヽ(´ー`)ノ

健全な心は
健全な体に宿る。

幸せを感じる心は
健全な体に宿る、ですからね。

日曜の納骨はとても遠いところでした。
朝はやく8時半に家をでて、実家の仏壇に父の遺骨を
迎えにいき、群馬の榛名山まで午後の供養に
間に合うよう連れて行きました。 

榛名山ですか。。。
懐かしいですよ。
僕の親父がまだ生きていた頃だから、
(亡くなったのが1999年の1月でした。)
確か1998年の11月か1997年の11月でしたよ。
僕が運転して家族で水上へ行き
その帰りに榛名山までドライブしました。

榛名湖が凍っていて公魚釣り(わかさぎつり)をしている人がたくさん居ましたよ。
なぜ水上(みなかみ)だったのか?
今思い出したら、親父が小学校の校長先生をしていたので、退職後も共済会で安く泊まれる旅館が水上にあったのです。
その旅館を利用するために水上にしたのでした。

親父がビデオ撮影に凝っていて、
カメラを始終動かしていましたよ。
その時のビデオもあるはずです。

家族旅行のビデオを得意げに見せる愚か者が多いのですが、あれを面白がるのは写っている家族だけですよ。(微笑)

でも、いつか機会があったら小百合さんにも見せますよ。(爆笑)
うへへへへ。。。
\(@_@)/

その日はとても風が冷たく
屋根に雪の積もった車がずいぶん走ってました。

うん、うん、うん。。。
分かりますよ。
“赤城おろし”は寒いですからねぇ~。
“榛名おろし”と言うのは、(なぜか?)聞いた事がないですが。。。

帰りの途中 前橋、伊勢崎は
ここ佐野市より大きな町で
子供の好きな本屋 おもちゃ屋 かわったレストラン(外見)があり、せっかく遠くまできたからあちこち寄り道して…

家につくと夜7時。
1日中私の運転でずーっと つかれて
帰り道 頭痛がはじまって風邪をぶり返しました。

そうですよ。
うちの家族も、ドライブインに寄って山菜そばやうどんを食べるのが何よりの楽しみでしたね。

あれは、前橋の近くだったか?
名物の“黒豚”のトンカツ屋を探しても見つからず、
前橋警察署まで聞きにいったのですよ。
(前橋だったか?はっきりと覚えていませんが。。。)

父はどんな風景を毎日をみていくのかな~?
と思い、墓石のうしろにまわり正面をみました。
何もさまたげる物もなく180度いっぱい
大地と空だけでした。
大地なんておおげさで 普段使わない言葉です。
榛名山の裾のように広がる だだっ広い高原です。
子供達も「ここに納骨するの?」と寂しそうでした。

うん、うん、うん。。。
榛名山のあたりは、なぜか、寂しそうですよね。
群馬の寒々とした空風(からっかぜ)のイメージですよね。

父の好きだった、ビールや どらやき りんご 赤飯
手ずくりしたクッキー、すはま(ピンクのもち)を備えて
しばらく一緒に冷たい風の中にいたのです。

うん、うん、うん。。。
小百合さんは父親思いですねぇ~
父と娘のほのぼのとした家族ドラマが思い浮かぶようですよ。
(#´ー`) フッ

ん。。。? “すはま”? 初めて聞きました。
ピンクと白のもちは、お供えなどで、よく僕の母の実家でも目にしますが。。。

私の祖母、祖父も先にはいってます。
父はやっと病気に開放されて、親の元に戻っていきました。

うん、うん、うん。。。
そうでしょう。。。そうでしょう!
一緒に仲良く眠っている事でしょう!

来春、暖かい日にお弁当でも持っていきます。

そうですよ。
亡くなってからでも親孝行は大切ですよね。

そう言う僕は墓参りなど全くしない新人類ですよ。うしししし。。。
でも、カナダの空の下から、いつも亡くなった父親の冥福を祈願しています。

小百合さんのお父さんも、小百合さんの心温まる墓参を草葉の陰で、きっと喜んでいると思いますよ!
軽井沢の“山の家”をお父さんに見せる事ができないので残念でしょうが、でも、軽井沢の“幸福の谷”はお父さんの眠る榛名山の裾に続いていますからねぇ~。
バーナビーとは違いますよねぇ。
ヽ(´ー`)ノ

そう言う訳で、いつか、“幸福の谷”を小百合さんと歩きながら、亡くなった人の冥福を祈りたいですね。
そして、このメールの話もしたいものですよね。
(・_・;) 
これは、全く脇道にそれてしまいましたア。
(#´ー`) フッ

ところで、今日(日本時間の19日)は“レンゲ物語”の記事を書きました。
H系のすっご~♪~いレンゲさんの恋愛詩が載せてあります。
時間があったら小百合さんもぜひ読んでみてくださいね。
風邪がすっかり治りますよ!(^ー^*)

僕が保証いたします。 
(^_-)

■ 『恋心とロマンがムカつかせるのよ』
 (2007年12月19日)

では、風邪を治すために上のリンクをクリックしてくださいね。
僕も小百合さんの風邪が全快するようにバンクーバーの空からマリア様にお願いいたしますよ。

では。。。 \(^-^)/


『榛名山の小百合さん』より
(2007年12月20日)

『実家の思い出』に掲載
(2011年3月16日)

デンマンさん…また古いメールを持ち出してきましたわね? このメールに奇妙な死の匂いを感じたのですか?

いや。。。何と言うか?。。。久しぶりに小百合さんのメールを読んで懐かしくなったのですよ。

何が。。。?

父と娘のほのぼのとした心の交流と言うか。。。「私の祖母、祖父も先にはいってます。 父はやっと病気に開放されて、親の元に戻っていきました」。。。小百合さんのこの言葉に人生の無常と言うか?。。。人間の定めのようなものを感じて、考え深いのですよ。

でも、どうして急に「死の奇妙な匂い」の事などを話す気になったのですか?

あのねぇ、たまたま夕べ、僕はベッドにもぐると本を読み始めたのですよ。 しばらく読んでいると次の箇所に出くわした。

ヒトミには人のオーラが見えた。 … ある日、むこうから歩いてくるおじさんを見てヒトミが、ああ、きれいだなあ、いいなあ、といったのだ。
えっ? となんのことかわからずぼくは聞き直した.
おじさんはたぶん50歳と60歳のあいだ、小柄で禿げかかって猫背でみすぼらしい格好をしてサンダル履きで歩いていた。
まるで「きれい」ではないが、表情はおだやかだった。
あの人はいい色、とヒトミはいった。
内側が黄色で縁がはっきりしたオレンジ色になってとげとげが元気に動いている。 すごく明るくて力がある。
ぼくとマオリはぽかんとして聞いていた。
するとヒトミが説明してくれた。
人間にはみんな色があるんだよ。 わたしには見える。

聞くとヒトミは子供のころからずっとそれが見えていて、それをあたりまえのことだと思っていたのだが、幼稚園の年長組のときにどうやら他の人たちにはそれが見えていないということに気づいてひどく驚いた。
一年生のとき、ある近所のおばあさんの色が大変に悪いので夕食のとき両親にそう告げると、両親は奇妙な顔をして、どんな色?とたずねた。
濃い緑灰色、皮蛋(ピータン)みたいな色、ただしぜんぜんつやつやしてなくて、いかにも病気の色。
おばあさんはその二日後に亡くなった。

直前までぴんぴんしていたので周囲の人は驚いた。
そのとき母親があまりに騒いで来る人ごとにその話をしたので、ヒトミは気まずく思い、見える色について誰にもいわなくなった。
それからはじめて、いま、マオリとぼくにその秘密を教えてくれたのだった。

赤字はデンマンが強調。
読み易いように改行を加えています。
写真はデンマンライブラリーより)


169 – 171ページ 『ホノルル、ブラジル』
著者: 管 啓次郎
2007年2月15日 初版第2刷発行
発行所: 株式会社 インスクリプト

あらっ。。。このような事が現実にあるのでしょうか?

僕はあると思いますね。 上の阿弥陀さんの写真には後光が輝いて見えるけれど、昔の人は阿弥陀様の像に、ちょうど“後光”のようなオーラを目で見て感じたのでしょう。 少なくとも、そのように感じた人が仏師の中に居たはずです。 だから、上の写真の阿弥陀像が作られたのですよ。

そうでしょうか? でも、この事と上のメールが関係あるのですか?

ありますよ。 黒豚トンカツが出てきたでしょう! 

黒豚トンカツと阿弥陀様の後光が関係あるのですか?

あのねぇ~、後光というのは見える人には見えるものだと僕は思いますよ。 ちょうど、ヒトミさんが人の周りに出ているオーラを色として感じ取ったように。。。

つまり、ヒトミさんのような人が実際に居るとデンマンさんも信じているのですか?

居るでしょうね。 残念ながら僕にはオーラを色として感じることはできないけれど。。。

では、もしかしてデンマンさんはオーラを匂いとして感じることができるのですか?

実は、そうなのですよ。 うししししし。。。

あらっ。。。マジで。。。?

小百合さんだってオーラを感じることがあるでしょう?

私はオーラーを目でも鼻でも感じませんわ。

あのねぇ~、小百合さんは自覚していないかもしれないけれど、オーラを感じていますよ。

私自身が感じていないと言うのですから、信じてくださいな。

小百合さんは、おそらくそう言うだろうと思っていました。 だから、僕はわざわざ黒豚トンカツのメールを持ち出してきたのですよ。

つまり、オーラを感じることと黒豚トンカツが関係あると、デンマンさんは言うのですか?

いや。。。オーラと黒豚が直接関係しているわけじゃないけれど、黒豚トンカツ屋で次のようなエピソードを僕はかつて記事で書きました。 小百合さんだって覚えているでしょう? 僕と母親との対話を次のように書いたのですよ。

黒豚トンカツが旨いとみえて、あのお店は混んでいたわね。 私が最初にそのお店のドアを開けて入ったのだけれど、お店の人は誰もが忙しそうに立ち働いていて私に気づかなかった様子だったわ。 次にお父ちゃん(僕のオヤジ)がお店に入ったのだけれど、お店の人は相変わらず忙しそうで、お父ちゃんにも気づかないようなのよねぇ。 でも、次にあんた(僕のことです)が入ったと思ったら、お店の奥に居る人も、ウェイトレスも、皆、声を合わせるように「らっしゃい! イラッシャイ いらっしゃい! ラッシャイ!。。。」
まるで、どこかの大旦那が入ってきたように急に態度が変わったのよ! まったくアレッて、どういうのかしら? 私はどこかの、しょうもないバアさんだと思われたらしいわ。 全く無視されたのよ。 まあ。。。私が無視されたのは分かるけれど、小学校の校長先生まで勤め上げたお父ちゃんまでが無視されたのよ。。。
あんたには不思議なオーラがあるみたいなのよねぇ~。

お袋。。。僻(ひが)むなよ。。。商売人は誰がサイフを持っているかを見極めるカンがあるんだよ! 金を払う人に対して気持ちを込めて「いらっしゃい!」と言うんだよ。

何言ってんのよ! お金を払ったのは私なのよ。


『黒豚トンカツ』より
(2011年3月26日)

おそらく誰でも、ある人がかもし出す雰囲気というものを微妙に感じているものですよ。 それは色とか匂いとか。。。特別なものではないかもしれないけれど、ある人の態度だとか、歩き方とか、姿勢だとか、服装だとか、手振りだとか、話し方とか。。。そういうものからオーラのようなものを無意識に感じているのではないか?

要するに黒豚トンカツ屋で働いていた人はデンマンさんの態度だとか服装だとか、歩き方だとか目線だとか。。。そういうものから「お勘定を払う人」だという事を微妙に感じ取って、お母さんにではなく、お父さんにでもなく、デンマンさんに向かって一斉に挨拶したと言うのですか?

その通りですよ。 この程度のオーラならば誰にでも感じる事ができると思うのですよ。 黒豚トンカツ屋の人々の反応が何よりの証拠ですよ。

そうかしら? それで、デンマンさんが匂いでオーラを感じるというのは、どのようなことなのですか?

あのねぇ、僕はさっきまで、すぐそこのバンクーバー市立図書館の分館(Joe Fortes Library)でパソコンを使ってこの記事を書いていたのですよ。 今日(12月3日:日本時間では12月4日)は土曜日だから午後5時に図書館は閉館になった。 仕方ないから途中で止めて下書きを リライタブルCDに保存してマンションに戻ってきた。 夕食を軽く済ませて記事を投稿しようと思ったら、保存したはずの下書きが FC2の編集用ディスク保存されてない。

リライタブルCDに保存してある記事を使えばよいではありませんか!?

ところが僕のパソコンは調子が悪くて 投稿はできるけれど、CDドライブ が使えない。 そう言う訳で、今日はここまでで終わりにします。 次回に残りを書きたいと思います。 あしからず。

【卑弥子の独り言】

ですってぇ~
ケチらずに新しいパソコンを買えばよいのでござ~♪~ますわ。
あなただってぇ、そう思うでしょう?
とにかく、匂いでオーラを感じるデンマンさんには、いったいどのような体験談があるのでござ~♪~ましょうか?
次回が楽しみですわ。

ところで、デンマンさんの祖先が百済からやって来たというお話があるのですわよ。
眉唾物(まゆつばもの)ですけれど、面白いからぜひ次のリンクをクリックして読んでみてくださいまし。

『デンマンの祖先は百済からやって来た』

次回も、わくわくするような面白い話題が続きそうでござ~♪~ますう。
あなたも、どうか、また読みに戻ってきてくださいましね。
では。。。

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

旅は道ずれ世は情け

日本にはこのような諺がありますわね。

でも、最近の日本では危険が多すぎて

どこの馬の骨とも判らない人物とは

道ずれにはならないような雰囲気があります。

そうでしょう? うふふふふ。。。

英語にも、これにあたる諺がありますよ。

どのように言うか考えてみた事がありますか?

文字通りに英訳すれば次のようになります。

just as it is reassuring

to have a companion

when traveling,

it is important for us

to care for each other

as we pass through this life.

もっと短く諺らしく言えば次のようになります。

No road is long with good company.

あなたも、時には旅に出て

普段会えないような人たちと触れ合って

人の輪を広げてくださいね。

世界の平和と幸福のためにも。。。

ところで、デンマンさんと卑弥子さんが

宮城県鬼首(おにこうべ)温泉郷にある

吹上温泉の湯滝について書いています。

男女混浴の露天風呂なんですよ。

興味があったら次のリンクをクリックして

覗いてみてくださいね。

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では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。

黒豚トンカツ

2011年3月26日

 
 
黒豚トンカツ

 


(tonkatsu2.jpg)

 


(kato3.gif)

Subj:小百合さんの風邪が全快するように

バンクーバーの空からマリア様に

お願いいたしますよ。


(maria05.jpg)

Date: 19/12/2007 12:39:12 AM
Pacific Standard Time
From: barclay1720@aol.com
To: fuji@adagio.ocn.ne.jp


(sayuri55.gif)

少し 頭痛が残ってますが薬を飲むほどでなく
今日は母のところに行くつもりです。

健康第一ですよ。
無理しないようにね。
ヽ(´ー`)ノ

健全な心は
健全な体に宿る。

幸せを感じる心は
健全な体に宿る、ですからね。

日曜の納骨はとても遠いところでした。
朝はやく8時半に家をでて、実家の仏壇に父の遺骨を
迎えにいき、群馬の榛名山まで午後の供養に
間に合うよう連れて行きました。 

榛名山ですか。。。
懐かしいですよ。
僕の親父がまだ生きていた頃だから、
(亡くなったのが1999年の1月でした。)
確か1998年の11月か1997年の11月でしたよ。
僕が運転して家族で水上へ行き
その帰りに榛名山までドライブしました。

榛名湖が凍っていて公魚釣り(わかさぎつり)をしている人がたくさん居ましたよ。
なぜ水上(みなかみ)だったのか?
今思い出したら、親父が小学校の校長先生をしていたので、退職後も共済会で安く泊まれる旅館が水上にあったのです。
その旅館を利用するために水上にしたのでした。

親父がビデオ撮影に凝っていて、
カメラを始終動かしていましたよ。
その時のビデオもあるはずです。

家族旅行のビデオを得意げに見せる愚か者が多いのですが、あれを面白がるのは写っている家族だけですよ。(微笑)

でも、いつか機会があったら小百合さんにも見せますよ。(爆笑)
うへへへへ。。。
\(@_@)/

その日はとても風が冷たく
屋根に雪の積もった車がずいぶん走ってました。

うん、うん、うん。。。
分かりますよ。
“赤城おろし”は寒いですからねぇ~。
“榛名おろし”と言うのは、(なぜか?)聞いた事がないですが。。。

帰りの途中 前橋、伊勢崎は
ここ佐野市より大きな町で
子供の好きな本屋 おもちゃ屋 かわったレストラン(外見)があり、せっかく遠くまできたからあちこち寄り道して…

家につくと夜7時。
1日中私の運転でずーっと つかれて
帰り道 頭痛がはじまって風邪をぶり返しました。

そうですよ。
うちの家族も、ドライブインに寄って山菜そばやうどんを食べるのが何よりの楽しみでしたね。


(tenzaru5.gif)


(tonkatsu0.jpg)

あれは、前橋の近くだったか?
名物の“黒豚”のトンカツ屋を探しても見つからず、
前橋警察署まで聞きにいったのですよ。
(前橋だったか?はっきりと覚えていませんが。。。)

父はどんな風景を毎日をみていくのかな~?
と思い、墓石のうしろにまわり正面をみました。
何もさまたげる物もなく180度いっぱい
大地と空だけでした。
大地なんておおげさで 普段使わない言葉です。
榛名山の裾のように広がる だだっ広い高原です。
子供達も「ここに納骨するの?」と寂しそうでした。

うん、うん、うん。。。
榛名山のあたりは、なぜか、寂しそうですよね。
群馬の寒々とした空風(からっかぜ)のイメージですよね。


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父の好きだった、ビールや どらやき りんご 赤飯
手ずくりしたクッキー、すはま(ピンクのもち)を備えて
しばらく一緒に冷たい風の中にいたのです。

うん、うん、うん。。。
小百合さんは父親思いですねぇ~
父と娘のほのぼのとした家族ドラマが思い浮かぶようですよ。
(#´ー`) フッ

ん。。。? “すはま”? 初めて聞きました。
ピンクと白のもちは、お供えなどで、よく僕の母の実家でも目にしますが。。。

私の祖母、祖父も先にはいってます。
父はやっと病気に開放されて、親の元に戻っていきました。

うん、うん、うん。。。
そうでしょう。。。そうでしょう!
一緒に仲良く眠っている事でしょう!


(kakizu3.jpg)

来春、暖かい日にお弁当でも持っていきます。

そうですよ。
亡くなってからでも親孝行は大切ですよね。

そう言う僕は墓参りなど全くしない新人類ですよ。うしししし。。。
でも、カナダの空の下から、いつも亡くなった父親の冥福を祈願しています。

小百合さんのお父さんも、小百合さんの心温まる墓参を草葉の陰で、きっと喜んでいると思いますよ!
軽井沢の“山の家”をお父さんに見せる事ができないので残念でしょうが、でも、軽井沢の“幸福の谷”はお父さんの眠る榛名山の裾に続いていますからねぇ~。
バーナビーとは違いますよねぇ。
ヽ(´ー`)ノ

そう言う訳で、いつか、“幸福の谷”を小百合さんと歩きながら、亡くなった人の冥福を祈りたいですね。
そして、このメールの話もしたいものですよね。
(・_・;) 
これは、全く脇道にそれてしまいましたア。
(#´ー`) フッ

ところで、今日(日本時間の19日)は“レンゲ物語”の記事を書きました。
H系のすっご~♪~いレンゲさんの恋愛詩が載せてあります。
時間があったら小百合さんもぜひ読んでみてくださいね。
風邪がすっかり治りますよ!(^ー^*)

僕が保証いたします。 
(^_-)

■ 『恋心とロマンがムカつかせるのよ』
 (2007年12月19日)

では、風邪を治すために上のリンクをクリックしてくださいね。
僕も小百合さんの風邪が全快するようにバンクーバーの空からマリア様にお願いいたしますよ。


(foolw.gif)

では。。。 \(^-^)/


『榛名山の小百合さん』より
(2007年12月20日)

『実家の思い出』に掲載
(2011年3月16日)

デンマンさん…また同じメールを持ち出してきましたわね?

あのねぇ~…確かに、ちょっとくどいけれど、“黒豚”のトンカツが今日の記事のタイトルなのですよ。

黒豚のトンカツがそれほど珍しかったのですか?

いや。。。珍しかったというより、たまたまテレビを見ていたらワイドショーで“黒豚”のことを取り上げていたのですよ。

それで黒豚のトンカツを食べさせることで有名なお店をメモしておいたのですか?

そうなのですよ。 上のメールでは水上温泉が出てきたけれど、その前の年か?次の年?に伊香保温泉にも行ったのですよ。 どちらの時に食べたのか忘れてしまったけれど、とにかく、帰りに前橋に差し掛かった頃お昼時だった。

でも、見つからなかったのですか?

20分ぐらい探しても見つからなかったのですよ。

それで、前橋警察署に訊きに行ったのですか?

そうなのですよ。

それにしても、黒豚のトンカツ屋を探しに警察署に行くなんて聞いたことがありませんわ。

警察ならば間違いなく知っていると思ってね。

それで教えてくれたのですか?

ところが最初に尋ねた受付の婦人警官は分からないのですよ。

。。。で、どうなさったのですか?

カナダから10年ぶりに帰省したので、ぜひ黒豚のトンカツが食べたい、と大げさに話したら近くで昼飯の弁当を食べていた男の警官が “。。。ん? わざわざカナダから黒豚のトンカツを食べにやって来たのォ~。。。う~ん。。。 黒豚のトンカツねぇ~。。。この近くには黒豚のトンカツを食べさせる所なんて無いと思うけど。。。”

デンマンさん。。。黒豚のトンカツで有名なのは群馬県では無くて鹿児島県ですわよ。


(pigs03.jpg)


(tonkatsu3.jpg)

僕も後で調べたら黒豚は鹿児島県が有名なのですよ。 でもねぇ、テレビの番組では前橋の黒豚のトンカツを話題にしていたのです。 ドライブで前橋を通るので、それで僕はメモを取っていたのですよ。

昼飯中に僕が訪ねたものだから、警察官は一生懸命に探そうとしないのですよ。

それで結局分からなかったのですか?

イエローページでも探してみればすぐに分かるだろうと思ったのだけれど。。。

それで婦人警官が電話帳で調べたのですか?

いや。。。その婦人警官は明らかに新米(しんまい)なのですよ。 高校生が制服を着た感じで、見たところ全く頼りなさそうなのですよ。 18歳か19歳ぐらいに見えました。

それで、分かったのですか?

どのように探したらよいのか、その婦人警官は全く分かっていないようなのですよ。 僕は呆れましたよ。

呆れたのは、その婦人警官の方ですわ。 「黒豚のトンカツを食べさせてくれる所を教えてくれ」なんてぇ、日本人ならば、そのような事を警察署に聞きに行く人は居ませんわ。

でも、交番の警官ならば教えてくれるでしょう?

交番のお巡りさんならば慣れているでしょうけれど、前橋警察署のお巡りさんはそのような質問を受けたことなど無いでしょうから分からなくて当たり前ですわ。

婦人警官がイエローページで探せばいいじゃないですか?

デンマンさんが警察に行く前にイエローページで探せばよかったのですわ。。。で、結局イエローページで探したのですか?

いや。。。僕は前の日に目的地(水上か伊香保温泉?)に向かう途中で“黒豚”の看板を国道17号線バイパス沿いに見た覚えがあるのですよ。 だから、時間がかかるけれど、バイパス沿いを走ってみれば分かると思った。 昼休みに警察官に尋ねても一生懸命になって探してくれないと思ったので諦めたのですよ。 でも、結局分からなかった。

それで、車に戻って探し始めたのですか?

しかし、なかなか見つからなくて、バイパス沿いのお土産屋さんに寄って尋ねましたよ。 それで、やっと分かったのです。 探すのに30分ほどかかりました。

デンマンさんはそれほど黒豚トンカツにハマッているのですか?

あのねぇ、実を言うと僕は四足の肉はあまり好きでない。 肉よりもむしろ、そばやラーメン、うどん、パスタの方がいいのですよ。 しかも、肉の中でも豚肉は、あの臭いがきついので、僕は肉の内では豚肉を最後に手を出すのです。

それなのに黒豚トンカツをわざわざ探し出してまで食べようと思ったのですか?

あのねぇ、テレビの番組を見ていたら旨そうだったのですよ。 黒豚の肉なんて食べたことがなかったから興味が湧いてきた。 それで、どうせドライブの途中だから前橋の黒豚トンカツ屋に、ぜひ立ち寄ろうと決めたわけです。

でも、デンマンさんは豚肉の臭いがダメなのでしょう?

それは選択肢がたくさんある場合のことですよ。 他に食べるのもが無くって腹が減っていたら僕は何でも食べますよ。

つまり、黒豚トンカツを食べるために朝食を抜かしていたとか。。。?

うへへへへへ。。。。そうなのですよ。 旅館では軽く朝ごはんを食べたきりだった。 お昼まで飲まず食わずで居たのですよ。 それでドライブインに着いたら、もう豚肉の臭いなど気にならなかったですよ。

そこで食べた黒豚トンカツは、とびっきり美味しかったのですか?

とにかく空(す)きっ腹でしたからね。 何を食べても旨かったに違いない。 実際、黒豚の肉は柔らかくて旨かった。 臭いもそれほどきつくはなかった。 たぶん上等のロースだと思いましたよ。 オヤジもお袋も弟たちも十分に満足していましたよ。

つまり、お腹が空いていたから美味しかったのでしょう?

そうですよ。 でもねぇ、僕の弟たちは肉が大好きなのですよ。 その二人とも黒豚トンカツには十分満足していたから、やっぱり旨かったのだと思いますよ。 僕は自分のためと言うよりも僕の家族に旨いものを食べさせてあげたかったのですよ。

つまり、その事が言いたかったのですか?

いや。。。それだけじゃない。 実は、面白いエピソードがあるのですよ。

もったいぶらないで余計なことは抜きにして手短に話してくださいな。

あのねぇ、手短に話すと面白くないのですよ。 この話をするためには、一見、全く関係ない話から切り出さねばならない。 まず次の話を読んでみてください。

秦野章氏と一緒に、大蔵省の二人の幹部と酒を飲んでいたとき、その二人のうちのいずれかから「小沢さんと会ってみませんか」といわれ、私はすぐオッケーと答えた。 結局、秦野氏はつい先ごろまで政治家であったから小沢氏が遠慮するかもしれないので、そのかわりに慶応大学で小沢氏と同期生であった(らしい)栗本慎一郎を呼ぼう、というふうに大蔵省のがわが按配した。

 (中略)

築地の料亭に赴くと、その部屋には大蔵省の方々と栗本氏のほかに店の女将(おかみ)をはじめとする女たちが4,5人入り込んでいた。 女たちがいるのはかまわないが、彼女たち、いささか興奮気味とみえた。 女将みずからがいうに、「小沢さんはプロの女たちに大人気なのよ」ということなのであった。 少し遅れて小沢登場となるや、室内にキャアーキャアーと嬌声が挙がった。

小沢氏が私の隣に座してからも、女たちは「スキッ」といってそろって笑い、小沢氏も「こんな顔なのに、アッハッハッハ」と上を向いて大笑いする。 女たちが「女にもてるんでしょっ、ずいぶん遊んだんでしょっ」といって、こぞってキャッキャッと笑い、小沢氏が「そんなことないよ、アッハッハッハ」と大口を開けて大笑いする。 その間、心臓疾患ありと新聞で噂されていたのに、コップの冷酒が次々と小沢氏の口に運ばれていく。 思わず私は「そんな急ピッチで大丈夫ですか」と小声で口を挟んだが、小沢氏は「これくらい、なんてことありませんよ」といって、また大笑いである。


(ozawa006.jpg)

 (中略)

政治家の大笑いも私にはみっともないものにみえる。 豪快さを演出するものであるらしいその大口笑いは、むしろ臆病さの現われとみえてならない。 大口を開けて笑うほどの話題や話の展開がそうあるはずもない。 それなのに、政治家たちは選挙民の前、記者たちの前、政敵の前で、ひっきりなしにガハハハッと笑っている。 それは、心底から朗(ほが)らかな、あるいは何もかも見通した炯眼(けいがん)の持ち主の、哄笑(こうしょう)とは異なる。

笑いは、たしかに、人間関係の潤滑油ではある。 しかし、のべつまくなし大笑いとなれば、油を差しすぎた車と同じく、言葉が空回りする、さらには言葉が停止する。 皆して勇気や聡明そして自信や信頼を異常に大量に喪失しながら、異常に大きくかつ異常に高く笑っている、それが日本政治の水準の低さを示す風景だとつねづね思ってきた。 (中略) 私は、時計を見て、「ああ、もう1時間も経ったなあ」と確認したのをはっきり覚えている。

 (中略)

「皆さん、ちょっくら待って下さいな。私もまったくの暇人というんじゃない。 小沢さんがせっかくきて下さったんだ。 下らない話をこれ以上続けるのはよしましょうよ」

座が一瞬にしてシラケ、栗本氏が「まあ、まあ」とあわてているのがみえた。 そのとき、誰かが「そうだ、天下国家についてそろそろ語りましょうや」と軽口を叩いてくれればよかったのだが、そんな機転の利く者がいないから、座が乱れっ放しとなっていたのである。 逆に、皆が黙ってくれていれば、私が「小沢氏の謦咳(けいがい)に触れたんですから、ついでに経綸(けいりん)にも触れてみたいですねえ」ということもできた。 ところが、女将が「ああっ、全学連が怒った」と間髪(かんぱつ)を入れずに茶々を入れてきた。 その声質も顔付きも、私には、どう感じてみたとて、品が悪いとしかいえなかった。 「ウルセエ、クソッタレ女、俺は帰るぞ」といって、私はその場から姿を消した。

(注: 写真はデンマン・ライブラリーから貼り付けました。
赤字はデンマンが強調)


131 – 135ページ
『小沢一郎は背広を着たゴロツキである』
2010年8月14日 第2刷発行
著者: 西部邁
発行所: 株式会社 飛鳥新社

この小沢一郎さんってぇ、民主党のあの小沢さんですか?

そうですよ。

。。。で、「私」というのは本の著者の西部邁さんですか?

その通りです。 バンクーバー図書館で僕は上の本を読んで初めて名前を知ったのですよ。 でも、この西部さんは日本では、結構名前が知られているらしい。 本の「著者略歴」には次のように書いてありました。

著者略歴

西部邁(にしべ・すすむ)
1939(昭和14)年、北海道生まれ。
東京大学経済学部卒。 評論家。
東大在学中は東大自治委員会長、全学連の中央執行委員として「60年安保闘争」で指導的役割を果たす。
1961(昭和36)年、左翼過激派と決別。 横浜国立大学助教授、東大助教授を経て、1986(昭和61)年、東大教授(社会経済学専攻)に就任するも、1988(昭和63)年、辞任。
旧来の経済学を批判して経済行為の象徴的意味の解釈を思考する「ソシオ・エコノミックス」で注目され、社会経済学の構築をめざした。
また、高度大衆社会・アメリカニズム批判と西洋流保守思想の提唱とを基軸にした評論活動を活発に行った。

つまり、西部さんは60年安保の時の全学連のリーダーの一人だったのですね。

そうです。 それで料亭の女将が「全学連が怒った」とからかったわけなのですよ。

つまり、上のエピソードと黒豚トンカツが関係あるのですか?

あのねぇ、エピソードにはまだ続きがあるのですよ。 ついでだから次の小文も読んでみてください。


(ozawa002.jpg)

小沢氏と三回目の会見をした際の印象のことも関係している。 その会見を設定したのはある政治家の奥さんで、彼女自身、選挙に立候補したこともある。 私は、ある出版社の重役みたいな人が、定年退職後にデスクを置く場所を探しているというので、彼女にその世話を頼んだことがあり、その縁で彼女には恩義を感じていた。 その彼女がいうに「小沢さんに会ってほしい。小沢さんもあなたに会ってもいいといっている」とのことである。

 (中略)

彼女には彼女なりの思惑があって、小沢氏と私の会見をしつらえたのであろうということである。 しかし、そんな思惑のことなど、私の関知するところではない。 それで、全日空ホテル内の中華料理店に出向いた。
予想通り、小沢氏はほとんど口を開かなかった。 私は、致し方なく、「小泉改革が国を滅ぼす。アメリカン・ヘゲモニーはかならず失態をさらす。どんなに小さくとも真正保守の政治勢力を創る必要がある」などということについて喋っていた。小沢氏は、退屈至極といった顔付きで、「うーん」とか「まあ」とかしか反応しなかった。

いや、思い出したことが一つある。 私が「真正保守の可能性があるとしたら自民党内しかなかったのですから、小沢さんには自民党への説得をしてもらいたかった。 そうされていれば、小沢主導で保守党ができていたかもしれない」というようなことを御世辞としていったら、小沢氏は「まあ、今になって考えれば、そうしておいたほうがよかったという気もするけれどね」と答えた。 しかし、大概は、楊子(ようじ)を歯に挟んで、それを掌(てのひら)で隠すことすらせずに、「シー、ハアッ」とやっているのが小沢氏の振る舞いであった。

そして私が「大衆政治は有能な人材をボロにしてゆく。私が小沢さんの兄貴だとしたら、私は“弟よ、傷つくだけだから、政治家なんて辞めたほうがいいぜ”と小声でいいますね」と愛嬌でいったら、傍らにいた彼女が突然に怒り出した。 思うに、「小沢氏を怒らせてはならぬ」という配慮でも彼女にはあったのであろう。 「あなた、政治を莫迦(ばか)にしちゃあいけませんよ。政治の恐ろしさも奥深さも何も知らないくせに」と彼女は大変な剣幕であった。 私も、本人としては「君子は豹変(ひょうへん)す」のつもりで、言い返した。

「うるせえや、こちとらは政治のことで鉄格子の独房に、半年間、座っていたんだ。4年も5年も、食うや食わずで生きていたこともあるんだ。政治についてふたたび発言するには20年の沈黙もあったんだ。筋を通して大学だって辞めてやったんだ。言論だって、家を焼かれる成り行きの中で、守り通しているんだ。たかだかカネや情報を動かしたくらいで政治の恐ろしさなんていってもらいたかあないんだ」

やがて小沢は、相変わらず楊子を口に咥(くわ)えたまま、全日空ホテルの廊下をぶらりぶらりと歩いて、姿を消していった。 私に残ったのは、またしても、予想していたこととはいえ、何とまあ不毛な一夜であったことか、という納得めいた思いのみであった。

(注: 写真はデンマン・ライブラリーから貼り付けました。
赤字はデンマンが強調)


142 – 145ページ
『小沢一郎は背広を着たゴロツキである』
2010年8月14日 第2刷発行
著者: 西部邁
発行所: 株式会社 飛鳥新社

この上の引用されている部分も黒豚トンカツと関係あるのですか?

いや。。。直接の関係はないのだけれど、西部さんは料亭の女将にはからかわられるし、同じ世代の政治家の奥さんからもムカつかれて「政治の恐ろしさも奥深さも知らないくせに」と言われてしまった。 この2つのエピソードを読むと西部さんの「人となり」がなんとなく分かってくる。小百合さんだって西部さんと会ったことがなくても、どんな感じの人か?上の2つのエピソードを読めば、なんとなくイメージが浮かんでくるでしょう?

ええ。。。西部さんがどういう感じの人なのか?なんとなくイメージが浮かんできますわ。。。でも、この西部さんはマジで東大の教授を辞めて(政治?)評論家になったのですか?

実は、バンクーバー図書館には西部さんの本が2冊ある。 もう1冊は『国民の道徳』という673ページもある分厚い本で。。。

デンマンさんは、その本を全ページ読んだのですか?

読みましたよ!。。。西部邁という男は、一体どのような考え方を持っているのだろうか?

分かりました?

分かりましたよ。。。小林よしのりさんと同じで、半年以上海外で生活したことがないはずですよ。

その根拠は。。。?

僕の経験ですよ。。。自慢するつもりではないけれど、僕は海外生活が20年以上に及んでいますからね。。。小林さんの漫画を読んでも、西部さんの本を読んでも観念的で理屈を捏ね回している部分が実に多い! そういう所は、日本という島国にどっぷりと使っている人が書(描)いたものだということが、ページのそこ、ここに表われているのですよ。

つまり、視野が狭いとデンマンさんはおっしゃりたいのですか?

少なくとも西部さんが中年のおばさん二人に、なぜ反感をもたれたのか?僕は分かった気がしましたよ。

なぜ反感をもたれたのですか?

小林さんが描いた漫画本の次の箇所を読んで、なるほどと思ったのですよ。


(pal001.jpg)

渡部(昇一)は、日本の戦後には先の大戦を悪と決め付けた「東京裁判史観」と、これに反対した「パール判事の史観」があったと書いた。 これに対して西部は、この両者が対立する構図は成り立たないとして、パールは東京裁判史観に対立する史観、すなわち大東亜戦争を自衛戦争とする歴史観ではないと批判する。 そしてその根拠をこう書く。
「ガンジー『主義者』(にすぎなかった)パール判事がそんな見方をするはずがない」
なぜ「そんな見方をしていない」ではなく「するはずがない」と書くのか?
西部がパール判決書を読んでいないからである。
読みもせず、パールが「ガンジー『主義者』(にすぎなかった)」という印象だけで、「ガンジー主義者の史観に立つと、大東亜戦争を(基本的に)肯定することなどできない」はずだと、憶測だけで語っているのである。 これがあの周到で緻密な文章を書いていた西部邁か?
ネットおたくのウヨ言論じゃあるまいし、信じられないほど杜撰で不誠実な文章である。
渡部はパール判決書の内容を紹介しながら論を展開しているのに、それを一瞥もせず「ガンジー主義者が書いたものだから」だけで切り捨てて批判している!

今回の西部の文章はすべてがこのように杜撰な論理で成り立っている。
つまり、「パールは平和主義者で、ガンジー主義者で、世界連邦主義者だった。そんな者が書いた判決書は保守思想とは無縁だ。それなのに、都合よくパールを利用している自称保守派がいる」というのだ。

 (中略)

その根拠が、何一つ史料に基づかない、西部が勝手に頭の中だけで偏見を元に作り上げた妄想でしかないのだから、わしは一読して呆然としてしまった。

(注: 写真はデンマン・ライブラリーから貼り付けました。
赤字はデンマンが強調)


74 – 75ページ 『パール真論』
2008(平成20)年6月28日 初版第1刷発行
著者: 小林よしのり
発行所: 株式会社 小学館


(sayuri55.gif)

つまり、「パール判決書」を読んでいないにもかかわらずに西部さんは批判していると、デンマンさんは指摘したいのですか?


(kato3.gif)

その通りですよ! 小林さんが「信じられないほど杜撰で不誠実な文章である」と書いているけれど、『パール真論』の第6章「西部邁氏の誤謬を正す」を読むと“西部邁さんがいかに不誠実な人間か!”ということが充分過ぎるほど良く分かる!

でも、西部さんは東大の教授だったのですわ!

あのねぇ、東大の教授であろうが、ケンブリッジ大学の教授であろうが、ハーバード大学の教授であろうが、批判するときに問題の本(「パール判決書」)を読まずに、その本にかかわる問題を批判するなんて、やってはいけないことですよ! 人間の尊厳を自分で貶(おとし)めているようなものですよ。 小林さんは議論するために「パール判決書」を充分に読みこなしている。 本を読んで理解している人が西部さんの批判文を読めば、西部さんが本を読まずに書いた批判文章であることがすぐに判ってしまう! 西部さんは議論の相手と読者をナメている!

西部さんは小林さんによって、その不誠実さを暴(あば)かれたのですか?

その通りですよ。

つまり、料亭の女将と政治家の奥さんは、その“不誠実”さに共通するものを西部さんに感じ取ったと、デンマンさんはおっしゃるのですか?

まず間違いない! もちろん、100%の善人も居なければ、100%の悪人も居ない! 西部さんにも人に好かれる部分が間違いなくあると僕は信じていますよ。 しかし、あたかも相手に非があるようなエピソードを自分の本に書いている。 だけど、読む人は、むしろ西部さんの方に問題があると感じる。 僕はそう思う! しかし、西部さん自身は、そう思っていたようには感じられない。

要するに、読む人が読むと、西部さんは自分の欠陥を自分で書いた本の中に晒していると、デンマンさんは、そうおっしゃるのですか?

そうですよ。

分かりましたわ。。。でも、これほど長く書いてきて、一体どこが黒豚トンカツと関係あるのですか?

あのねぇ、ここまで読んでこないと僕のエピソードの意味が分からないのですよ。

あのォ~。。。前置きはもうたくさんですから余計なことは言わずに、その面白いエピソードを細木数子さんのようにズバリ!と言ってくださいな。

分かりました。。。前橋の国道17号線バイパスのドラインブ・インで黒豚トンカツを食べて、もうあとは実家に帰るばかりでした。 オヤジもお袋も、弟たちも温泉に浸かって命の洗濯をして、しかも黒豚トンカツまで食べて満足していたのですよ。

それで。。。?

ところが、どう言う訳か?お袋が車の中で気になることを話し始めた。


(oldcoup2.gif)

黒豚トンカツが旨いとみえて、あのお店は混んでいたわね。 私が最初にそのお店のドアを開けて入ったのだけれど、お店の人は誰もが忙しそうに立ち働いていて私に気づかなかった様子だったわ。 次にお父ちゃん(僕のオヤジ)がお店に入ったのだけれど、お店の人は相変わらず忙しそうで、お父ちゃんにも気づかないようなのよねぇ。 でも、次にあんた(僕のことです)が入ったと思ったら、お店の奥に居る人も、ウェイトレスも、皆、声を合わせるように「らっしゃい! イラッシャイ いらっしゃい! ラッシャイ!。。。」
まるで、どこかの大旦那が入ってきたように急に態度が変わったのよ! まったくアレッて、どういうのかしら? 私はどこかの、しょうもないバアさんだと思われたらしいわ。 全く無視されたのよ。 まあ。。。私が無視されたのは分かるけれど、小学校の校長先生まで勤め上げたお父ちゃんまでが無視されたのよ。。。
あんたには不思議なオーラがあるみたいなのよねぇ~。

お袋。。。僻(ひが)むなよ。。。商売人は誰がサイフを持っているかを見極めるカンがあるんだよ! 金を払う人に対して気持ちを込めて「いらっしゃい!」と言うんだよ。

何言ってんのよ! お金を払ったのは私なのよ。

うふふふふ。。。 マジで、こういう事があったのですか?

そうなのですよ。 「押しが利(き)く」という言葉があるけれど、確かに、その人の生き様がその人の表情や姿に表われると言う事はありますよ。 僕のお袋は20代の前半に遠い親戚の池袋にある寿司屋に女中奉公をした。 女中根性が染み付いている。 僕のオヤジも小学校だけしか出ていない。 どことなく学歴がないのを“ひけめ”と思っていた影が尾を引いている。 ところが僕には、そういう“ひけめ”は全くない。 大旦那ではないけれど、人生の半分以上を一匹狼として海外で生きてきたという経験が、やっぱり僕のオーラになっているのかもしれない。

つまり、デンマンさんは自慢したいのですわね?

いや。。。自慢したいのじゃありません。 お袋の話から“オーラ”が気になっていたのですよ。 西部さんが、どういうつもりで上の2つのエピソードを本に書き込んだのか? 僕は考えさせられたのです。 小百合さんは、どう思いますか?

料亭の女将と政治家の奥さんの方に非があると、西部さんは思ったのでしょうね。 それで、西部さんは読者に自分のオーラを知ってもらいたかったのではないかしら?

多分、そうだと思いますよ。 常識として自分の欠陥をわざわざ自分の本の中に書く人は居ませんよ。 西部さんは自慢できる“オーラ”を上の2つのエピソードの中に盛り込んだつもりなのかもしれません。

。。。で、デンマンさんは西部さんの“オーラ”を見つけることができました?

いや。。。残念ながら見つけることができませんでした。 二人のおばさんは小林さんが指摘した“不誠実さ”を感じ取ったのではないか? 僕はそんな印象を持ったのですよ。

それで二人の女性は“不誠実さ”のオーラを感じてムカつき、西部さんに反抗的な態度をとったのですか?

僕は、そう思いますよ。

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。
デンマンさんの“オーラ”のお話は、ちょっと考えさせられますわ。
確かに、ありますわよねぇ。
グループの中で、どう言う訳か注目される人が居るのですわよ。

実を言うと、あたくしは飛びっきりの美人ではござ~♪~ません。
でも、これでも、あたくしは、結構注目されるのですわ。

ええっ。。。十二単を着てるからだろうってぇ~?

いやですわ。
あたくしが十二単を着ているのは記事の中だけですわ。
こんな格好で大学で講義できるはずもないのです。

でもねぇ、注目されても、ありがた迷惑なのがレストランへお友達と行った時なのですわ。
どう言う訳かお店の人にあたくしは大切にされて、
お勘定の時に、ついついあたくしが払う羽目になってしまうのです。

。。。で、そのあとで喫茶店へ女の子ばかりで入ったりするでしょう。
すると、隣のテーブルの男の子のグループから代表の人があたくしに声をかけるのでござ~♪~ますわ。
そういう時ってぇうれしゅうございますう。

ところが、後で合コンになって、最後までカップルにならずに一人だけ残ってしまうのがあたくしなのですわ。
これってぇ、どう言う事なのでしょうか?

とにかく次回も面白くなりそうですわ。
だから、あなたも読みに戻ってきてくださいましね。
じゃあねぇ。


(hand.gif)


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

あたくしも日本でトンカツをいただいたことがありますわ。

美味しかったですわ。

でも、わたしはポークよりもビーフの方が好きです。

デンマンさんが久しぶりにご馳走してくれると言うので

イングリッシュベイを散歩しながら

シルビアホテルの近くの

イタリア・フランス料理専門レストランへ行きました。


(ebeach2.jpg)


(ebay7.jpg)


(ebay5.jpg)


(sylvia9.jpg)

デンマンさんが、何が食べたいの?ときくので、

ちょっとおねだりして仔牛と

フォアグラのローストをリクエストしました。


(din005.jpg)

う~♪~ん。 期待していた通りですう。

仔牛は、フランス語で「ヴォー」veau、

英語では「ヴィール」vealですよね。

まだ脂肪が少なくて赤い色も薄い感じです。

特徴は香りやクセがなく、

とても柔らかいのですわ。

その分、バターなどコクのある食材と

あわせる場面が多いようです。

今回は春キャベツで包んだ乳飲仔牛と

フォアグラのローストです。

マルサラ酒とリコッタチーズのソースが

とっても合っていました。

2色のアスパラガスが添えてあって、

落ち着いた感じを与えています。

フレッシュでクセの無い乳飲仔牛に合わせるのは

贅沢にも濃厚なフォアグラですう。

やわらかな春キャベツと季節のアスパラは、

お肉とぴったりと相性が合っていましたよ。

ソースはしっかり目に全体をまとめていました。

普段、口にする機会がないヴィールと

フォアグラなので、とっても期待していました。

デンマンさんが特別に注文してくれた

カクテル「楊貴妃」が、まず出てきました。


(youkihi9.jpg)

わたしが首を長くして待っている間

デンマンさんは楊貴妃の大理石像を見るために

わざわざ中国の西安に行ったときの事を、

いろいろと話してくれました。


(youkihi2.jpg)

料理が出てくるのを待ちながら、

わたしは「楊貴妃」をチビリチビリお口に運びました。

いつものようにデンマンさんは、

かなり詳しい歴史のお話をしてくれましたが、

わたしは半分、上の空で聞いていました。

うふふふふ。。。


(din002.jpg)

次に出てきたのはイタリア料理の

バヴェッティーネでした。

焼穴子、あさりと松茸に、たっぷりの

芽葱(ネギのスプラウト)があしらってありました。

食べた瞬間、京都の老舗(しにせ)で味わうような

上質の和食を連想させる優しい味わいでした。


(din001.jpg)

そして、デザートにはクレームエペスでした。

クレームエペスと言うのは、

フランス・ノルマンディー地方の

生クリームの一種です。

乳酸発酵させた爽やかな

酸味と芳醇なコクが特徴です。

クリーミーなヨーグルトといった感じの味わいですわ。

エペス(epaisse)とはフランス語で

「厚い」「濃い」という意味の形容詞で、

その味わいを表現しています。

なぜか、どこか懐かしいキュートなテイストでしたわ。

フレッシュな巨峰との相性が抜群でした。

お酒を絶対に口にしないデンマンさんが、

その場の雰囲気にすっかり酔ってしまったように、

わたしにちょっとベタベタした一幕もありましたわ。


(dinner3.jpg)

「ジューンさん、ボーイフレンドと別れてから、

寂しくない?」

「あらっ。。。、どうして別れたことを

ご存知なのですか?」

「僕は地獄耳を持っているからね、

うへへへへ。。。ちょっと、このあと、

僕のマンションに寄らない。。。?」

「ええ。。。そうしたいのですけれど。。。

わたし、明日は仕事で朝が早いのですわ」

「僕が起こしてあげるから。。。うしししし。。。」

「でも、デンマンさんのところには

目覚ましがないから、

わたし、やっぱり自分のマンションに

まっすぐに帰りますわぁ」

デンマンさんはガッカリしていましたわ。

でも、思慮分別のある心の広い方ですから、

キレることもなく、ムカつく事もなく、

私のマンションまでエスコートしてくださいました。

ただし、お休みのキスは、

かな~♪~りディープになって長かったのですわ。

あまり長くなるとちょっと問題ですので、

「もうやめて」と言うつもりで、

舌を咬ませてもらいましたわ。

うふふふふ。。。


(vanc700.jpg)

ところで、卑弥子さんが面白い記事をまとめました。

楽しいですから、ぜひ読んでみてくださいね。

■ 『笑って幸せな気分になれるサイト』


(laugh16.gif)

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


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