Posts Tagged ‘黒いオルフェ’

古代米カレー

2017年3月18日

 

古代米カレー

 


(kodaika01.jpg)


(kodaika02.png)


(sayuri201.jpg)

 

日付: 2017年3月5日 (日) 午前10時53分
(バンクーバー時間:Sat, Mar 4, 2017 at 5:53 PM)
差出人: “sayuri@hotmail.com”
宛先: “denman@coolmail.jp”


(sayuri2.gif)

件名:飛行機の中では一睡もしないで

また映画を見続けたのですか?

\(*^_^*)/

バンクーバーに着いたのは午前中だったようですが
そのまますぐにマンションに帰らずに、
中央図書館に寄ってブログを書くなんてちょっと信じがたいですね。
帰りの飛行機の中では一睡もしないでまた映画を見続けたのでしょう!?

行田ではお母さんのお葬式を取り仕切ったりで
大変でしたね。
お疲れ様でした。
お母さんは天国で安らかな眠りについているでしょう。


(grandma6.jpg)

今回、デンマンさんが行田に帰省したのは
予想外のことでしたけれど、
しばらくぶりに会えて楽しい思い出がたくさんできました。

デンマンさんには“古代米カレー”につき合わせてしまったようで、ちょっぴり反省しています。
でも、インドカレーにハマッた私にとって 行田の“古代米カレー”は歴史を感じさせるような味わいがありました。

「行田古代米カレー地図」を片手に できるだけ多くの店を回ってみましたが、
デンマンさんと一緒に出かけたのは2軒にとどまりました。

最後に「カフェ音時計」を探しましたが、残念ながら発見できませんでしたよね。
あとで私一人で探してみたら、川のそばにあるお店を見つけました。
どちらかと言えば、珈琲・紅茶と手作りケーキがメインのようです。
古代米カレーは土曜日だけだそうです。

古墳の形の古代米ごはんと行田の食材を使うことだけが一緒で、
あとは各店舗が自慢のカレー味で競いあっているようです。

お店ごとに飾りつけも、付け合わせも、トッピングも、もちろん味もみんな違います。
どのお店も、それらしい味を創作していて、
どのお店の古代米カレーも世界に一つのオリジナルであることは間違いないようです。


(ondokei02.jpg)

今度お会いするときには、「カフェ音時計」でカレーを味わいたいですね。
それまで、お元気でお過ごしください。
では。。。

 

さゆりより


(sayuri15.gif)


(sayuri55.gif)

デンマンさん。。。 バンクーバーに戻って落ち着きを取り戻しましたか?


(kato3.gif)

もちろんですよ。。。 またバンクーバー図書館で映画を見始めました。



(lib70316a.png + lib70316a2.png)

『実際のリスト』

あらっ。。。 3月15日までに 1568本の映画を見たのですわねぇ~。。。

そうです。。。 実は、1、555番の “Forrest Gump” は3月3日の帰りの飛行機の中で見たのですよ。。。


(ac001.png)


『拡大する』

『実際のページ』

上のページの赤枠で囲んだのが “Forrest Gump” です。。。

つまり、上のページの色の付いた枠で囲んである4本の映画を帰りの飛行機の中で観たのですか?

そうです。。。 食事しながら4本の映画を観ている間にバンクーバーに着きました。

やっぱり、一睡もしないで映画を観たのですわねぇ~!

いけませんかァ~?

それでバンクーバーに着いたら、そのまま図書館に寄ってブログの記事を書いたのですか?

そうです。。。 いけませんか?

かまいませんけれど、寝不足でぶったおれませんでしたァ~?

36時間ぐらい眠らずにいてもぶっ倒れることはありませんよ。。。 それにしても、小百合さんは相変わらず“古代米カレー”に拘(こだわ)っているのですねぇ~。。。

いけませんかしら。。。

かまいませんけれど、飽きませんかァ~?

飽きたら、またインドカレーに戻りますわァ~。 (モナリザの微笑)

デンマンさんは、イヤイヤ私に付き合って“古代米カレー”巡りをしたのではありませんか?

いや。。。 けっして、そんなことはありませんよ。。。 僕が行田で暮らしていた頃は“古代米カレー”はありませんでしたからねぇ~。。。 ご飯の形を見たら前方後円墳の形になっているのですねぇ~。。。


(kodaika01c.jpg)


(gyodamap80.jpg)

『拡大する』


(gyodamap81.jpg)

『拡大する』

小百合さんと“古代米カレー”巡りをして楽しかったですよ。。。

そうでしたか? 上の地図は わかり難くて、ずいぶんと道に迷って 結局デンマンさんと訪ねたのは2軒だけでしたわねぇ~。。。


(takao01.jpg)


(takao02.jpg)

この店で食べながら旦那と奥さんと話をしていたら 5番の“カフェギャラリー高澤記念館”の話が出た。。。


(takaza02.jpg)


(takaza01.jpg)

デンマンさんが中学時代の同級生の家なんですってねぇ~。。。

そうなのですよ。。。 まさか、カフェになって“古代米カレー”を出す店になっているとは想像もしていませんでした。。。 僕が中学生の頃は、周りは田んぼでしたよ。。。 近くの東小学校も古い木造の校舎だった。。。 僕の親父はこの小学校で教師をしていたことがあったのです。。。

同級生の高澤君のお爺さんが 昔の長野村の村長さんだったのですか?

そうなのです。。。 太平洋戦争前は長野村では一番の大地主だったのですよ。。。 今では行田市の一部になっているけれど。。。

せっかく車で行ってみたのに、当日は休業日みたいで閉まっていましたわねぇ~。。。

残念でしたよ。。。 オープンしていても、かつての同級生がネジリ鉢巻で“古代米カレー”を作っているとは思えなかったけれど。。。


(cafecozy01.jpg)


(cafecozy02.jpg)

Cafe Cozy はシャレた店だったですねぇ~。。。

このお店もずいぶんと探して やっと見つけたのでしたわァ~。。。

とにかく、あの地図はわかり難い。。。 もっと分かり易いように書けばいいのに。。。 ゼリーフライの地図も分かり難い。。。 どうして行田の観光課は分かり難い地図ばかりを書くのだろうか!? ところで、小百合さんは「カフェ音時計」を見つけたのですか?

見つけましたわ。。。


(ondokei05.jpg)


(ondokei06.jpg)


(ondokei04.jpg)


(ondokei07.jpg)


(ondokei01.jpg)

デンマンさんとご一緒に お花見しながら“古代米カレー”を食べたいと思いますわァ~。。。。

ところで、どういうわけで地図に“スープカレー”のNecoが載っているのですか?

Necoも“古代米カレー”をだすのですわよう。。。

しかし。。。、しかし。。。、これまでに何度も行ったけれど、小百合さんは一度も“古代米カレー”を注文しませんでしたよね。。。

だってぇ、あそこはボサノバの“黒いオルフェ”のお店ですもの。。。 “古代米カレー”はお店の雰囲気に合いませんわァ~。。。

2014年11月4日、小百合さんは 行田市にあるスープカレーの店で ハンバーガー スープカレーを思う存分食べたではありませんかア!


(neco002.jpg)


(neco001.png)

『実際のページ』

あらっ。。。見てたのですか?

やだなあああァ~。。。小百合さんは僕の目の前で ハンバーガー スープカレーを思う存分食べたのですよう。 見たくなくとも見えてしまうでしょう!


(neco003.jpg)


(neco006.png)

デンマンさんは、ご自分のスープカレーを食べないで 私の食べる様子をしみじみと眺めていたのですかァ~?

あのねぇ~。。。 僕は小百合さんのリクエストに圧倒されてしまったのですよ。

ええっ。。。私のリクエストですか?

そうですよう。。。

私が何をリクエストしたとデンマンさんはおっしゃるのですかァ~?

あれっ。。。 やだなあああァ~。。。忘れてしまったのですか?

だってぇ~。。。私は自分のスープカレーをいただくのに夢中でしたもの。。。うふふふふふふ・・・

うふふふじゃありませんよう! 小百合さんは、「このカレーのお店はデートスポットとしても有名なのですわァ・・・うふふふふ。。。」と言ったのですよう。

私がですかァ~?

そうですよう! それで、小百合さんは僕に次のウェブページを見せたじゃありませんか!


(neco001b.png)

『実際のページ』

小百合さんは上の赤枠で囲んだ箇所を指差して「ほらねぇ、ここに“デートにもぴったり”と書いてあるでしょう!? うふふふふ。。。」と言ったのですよう。

あらっ。。。 そのような事を私が言ったのですか?

そうですよう!。。。昨日のことですよう! もう忘れてしまったのですか?

だってぇ~、私は自分のスープカレーに夢中になっていたのですもの。。。うふふふふふ。。。

やだなあああァ~、惚(とぼ)けないでくださいよう!。。。しかも。。。、しかも。。。、驚いたことに 小百合さんは「デンマンさんのためにロマンチックなボサノバを演奏していただきますわ」と言ったのですよう。

あらっ。。。 私が、そのような事をマジで言ってしまったのですかァ~?

そうですよう。。。「デンマンさんとも、また来年までお会いできないので、この瞬間を思い出深いものにしたいのですわァ~。 うふふふふふ。。。」と微笑みながら言ったのですよう。

マジで。。。?

やだなあああァ~。。。このような時に冗談や嘘を僕は言いません!。。。忘れようとしても忘れることができません。

それで。。。、それで。。。、私はどのようなボサノバの曲を演奏するようにリクエストしたのですか?

小百合さんは「リオの浜辺を眺めながら。。。スープカレーを食べているような夢心地に浸りたいのですわァ。。。うふふふふふ。。。」と言ったのですよう。


(orphe800.jpg)


(orphe801.jpg)

どうですか?。。。「リオの浜辺を眺めながら。。。スープカレーを食べているような夢心地に浸りたい」と言ったのですよう。 上の写真を見たら思い出したでしょう?

思い出せませんわ。

やだなあああァ~。。。 僕をさんざ、その気にさせておきながら、小百合さんは覚えてないのですかァ~?

覚えてませんわ。。。それで、どのボサノバが流れたのですか?

次の曲ですよう。


(orphe802.jpg)


『スープカレー@行田』より
(2014年11月5日)

あれっ。。。 小百合さんは、マジで「デンマンさんのためにロマンチックなボサノバを演奏していただきますわ」と言ってリクエストしたのですか?

デンマンさんは忘れてしまったのォ~。。。

忘れてませんよ。。。 あの店には生でボサノバを演奏するようなステージはありませんよゥ。

今回は、私が白日夢を見たようですわ。。。 うふふふふふ。。。


(laugh16.gif)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~~

そうですわよねぇ~。。。 思えば、もうお花見の季節でござ~ますわァ~。。。

月日の流れは、本当に“光陰矢のごとし”でざ~ますゥ。

デンマンさんと、つい最近、ご一緒に那須高原へ出かけたと思っていましたのに。。。


(nasu102b.jpg)

紅葉のきれいな那須高原で、「自在荘」に泊まって温泉にも浸かってまいりましたわァ~。。。

うふふふふふ。。。


(jizai08b.jpg)

でも、ちょっとばかり はしゃぎすぎてしまったようでござ~ますう。


(aerobics5.gif)

『衝撃の角度』

デンマンさんに、また得意のアクロバットを見せてしまったのでござ~ますわよう。。。

うふふふふふふふ。。。

ところで、小百合さんがどうして「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれるのか?

ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。

小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。

小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。

分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


(suikyu9.jpg)

それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。
だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ~~。


(hand.gif)


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

ためになる関連記事



(linger65.gif)

■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』


(house22.jpg)

■ 『カナダのバーナビーと軽井沢に

別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)

■ 『蕎麦屋と軽井沢タリアセン夫人』

■ 『おしまいでございます』

■ 『軽井沢タリアセン夫人 愛の写真』

■ 『菊ちゃんと阿部忠秋』

■ 『菊ちゃん、知恵伊豆、忠秋』

■ 『丸墓山は誰の墓?』

■ 『外国人SEXデンマン再訪』

■ 『日本最高?』

■ 『短歌に込められた愛の真実』

■ 『3月のバレンタイン』


(fragran11.jpg)

■ 『かぎろいミステリー』

■ 『40代女性の魅惑』

■ 『私のバレンタイン』

■ 『バレンタイン@4月』

■ 『豆まき@バレンタイン』

■ 『夢のココナッツ』

■ 『日本の失敗』

■ 『しじみ@愛のロマン』

■ 『とろけるカレー@バレンタイン』

■ 『バレンタイン夫人』

■ 『昭和の表象空間』

■ 『ズロースなの?』

■ 『焼きそばサンド』

■ 『平成の表象空間』

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)

■ 『手作り弁当@船着き場』

■ 『盛り上がる@馬車道』

■ 『ゼリーフライ@鐘つき堂』

■ 『愛と憎しみの丸墓山』

■ 『忘れられない!』

■ 『大名行列@行田』

■ 『別れの朝も…』

■ 『婚外恋愛』

■ 『婚外恋愛と人間失格』


(noten15.jpg)

■ 『月夜の美人』

■ 『ふるさと 行田』

■ 『愛の偶然と必然』

■ 『田中角栄と軽井沢』

■ 『うさぎ追いしかの山』

■ 『アブラッソ不在の美』

■ 『ロマンの昔話』

■ 『海を渡ったバレンタイン』

■ 『バレンタインが老人を狂わせた』

■ 『マルちゃん海を渡る』

■ 『銀座からバレンタイン』

■ 『仙台からバレンタイン』


(sayuri201.jpg)

■ 『パリからバレンタイン』

■ 『ジャズ@バンクーバー』

■ 『タイからバレンタイン』

■ 『たまご麺@バレンタイン』

■ 『愛犬とゴッド』

■ 『ザ・バレンタイン女』

■ 『週刊誌deヌード』

■ 『愛と天の夕顔』

■ 『ジェミマおばさんのシロップ』

■ 『夏日に、お帰りなさい』

■ 『コイ、鯉、恋がいっぱい!』

■ 『スープカレーなのね』

■ 『忍城時代まつり』

■ 『夜道のルート66』

■ 『上を向いて歌おう』

■ 『霧積温泉のロマン』

■ 『元気が一番!』

■ 『行田のスープカレー』

■ 『パンツとブラジャーと餃子』

■ 『軽井沢を文学散歩する』

■ 『ばァ~の面影』

■ 『バレンタイン@行田』

■ 『軽井沢タリアセン夫人@遠藤家』

■ 『桃の節句@天国』


(bare02b.gif)

こんにちは。ジューンです。

「上を向いて歩こう」がアメリカで人気が出るきっかけは

何だったのでしょうか?

通説によると、1963年の春、

アメリカ西海岸のローカルラジオ局のDJが、

異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手元にあった

日本の曲をオンエアーしたところ、

リスナーからリクエストが殺到したために

人気に火がついたと言われています。

果たして、その話はどこまで本当なのでしょうか?

アメリカで「上を向いて歩こう」をシングルとして

最初に発売したレコード会社はキャピトルです。

同じ時期にキャピトルはイギリスの親会社であるEMIが

ビートルズのシングルを出すようにと要請してきたのです。

ところがアメリカでは人気が出ないと断っているのですね。

では、いったい誰が「上を向いて歩こう」をシングルとして

発売したのでしょうか?

その発売を決定した人の名前が

デンマンさんが描いた次のチャートに出ています。


(qchan90.gif)

デイブ・デクスター・ジュニアさんなのです。

「A&Rマン」と言われていた人で、

売れる可能性のあるアーティストを発掘し、契約を結び、

制作を担当する仕事をしていた人です。

ローカルラジオ局のDJからある日電話がかかってきて

「上を向いて歩こう」が人気が出ていると聞いて、

さっそく自分でも聞いてみたそうです。


(qchan03.jpg)

九ちゃんが日本語で歌っているので

詞の内容は理解できなかったけれど、

これならイケそうだと直感して売り出すことに決めたそうです。

つまり、ビートルズの曲はヒットしないと蹴ったけれど、

九ちゃんの「上を向いて歩こう」は直感的に

ヒットすると思ったのだそうです。

ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて

次のサイトを立ち上げました。

時間があったら下のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。

『夢とロマンを持って前向きに生きる

小百合さんの物語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


(ebay5.jpg)


(byebye.gif)

オルフェと聖徳太子

2014年9月6日

 

オルフェと聖徳太子

 


(annasalleh.jpg)


(taishi01.gif)

『黒いオルフェ』 主題歌

『黒いオルフェ』 (予告編)

『黒いオルフェ』 (全編 フルムービー)


(himiko22b.gif)

デンマンさん。。。 今日は マジでロマンチックな映画のテーマ音楽で始まりましたけれど、“聖徳太子”とは時代も何も全く関係ないじゃござ~♪~ませんかァ!


(kato3.gif)

あのねぇ~、全く関係ない事を僕が持ち出すはずがないでしょう!

つまり、“黒いオルフェ” と “聖徳太子” が関係あるのでござ~ますかァ~?

もちろんですよ。 あのねぇ~、もうずいぶん以前のことになるのだけれど、バンクーバー市立図書館の分館で Joe Fortes Library というのが僕のマンションの近くにあるのですよ。


(westend2.jpg)

日本で言えば公民館の中にある図書館でござ~ますわねぇ~。。。

そうです。 その分館で もう古くなって要らなくなった本をダンボールの箱の中に詰めて“どうぞご自由にお持ち帰りください”という札をつけて入り口の近くに置いてあった。

そのダンボールごとデンマンさんはマンションに持ち帰ったのでござ~ますか?

いや。。。 それほどあつかましいことは僕にはできませんよ。 30冊ぐらい あったのだけれど、その内のいくつかを手にとって 興味のある本を5冊ほど持ち帰ったのですよ。 その内の一冊に“The Age of Fable”という本があった。


(fable02.jpg)

“神話の時代” あるいは “おとぎ話の時代”とでも言うのですか?

そうです。 Thomas Bulfinch というおっさんが書いた本なのだけれど、初版が出たのが なんと 1855年。。。 今から 159年も前のことですよ。

そのタダの本をデンマンさんは読み始めたのでござ~ますか?

そうなのですよ。 10年ぐらいほったらかしにしておいたのだけれど、たまたま1週間ほど前に手にとって見たのですよ。 そしたら、けっこう面白い。 その話の中に“オルフェとユリディス(Orpheus and Eurydice)”の話が出てきたのです。 もう著作権が切れてパブリックドメインで公開されているようで、ネットで調べたら次のサイトで ほぼ全文が公開されていましたよ。

Orpheus and Eurydice


(fable03.jpg)

ORPHEUS was the son of Apollo and the Muse Calliope.
He was presented by his father with a Lyre and taught to play upon it, which he did to such perfection that nothing could withstand the charm of his music.
Not only his fellow-mortals but wild beasts were softened by his strains, and gathering round him laid by their fierceness, and stood entranced with his lay.
Nay, the very trees and rocks were sensible to the charm.
The former crowded round him and the latter relaxed somewhat of their hardness, softened by his notes.

Hymen had been called to bless with his presence the nuptials of Orpheus with Eurydice; but though he attended, he brought no happy omens with him.
His very torch smoked and brought tears into their eyes.
In coincidence with such prognostics, Eurydice, shortly after her marriage, while wandering with the nymphs, her companions, was seen by the shepherd Aristæus, who was struck with her beauty and made advances to her.
She fled, and in flying trod upon a snake in the grass, was bitten in the foot, and died.
Orpheus sang his grief to all who breathed the upper air, both gods and men, and finding it all unavailing resolved to seek his wife in the regions of the dead.
He descended by a cave situated on the side of the promontory of Tænarus and arrived at the Stygian realm.
He passed through crowds of ghosts and presented himself before the throne of Pluto and Proserpine.


SOURCE: “Orpheus and Eurydice”

話の前半部を書き出したのだけれど、日本語に訳すと“あらすじ”は次のようになるのですよ。


(fable04.jpg)

オルフェの妻ユリディスが毒蛇にかまれて死んだとき、オルフェは妻を取り戻すために冥府に入った。

彼の弾く竪琴の哀切な音色の前に、ステュクスの渡し守カローンも、冥界の番犬ケルベロスもおとなしくなり、冥界の人々は魅了され、みな涙を流して聴き入った。

ついにオルフェは冥界の王ハーデースとその妃ペルセポネーの王座の前に立ち、竪琴を奏でてユリディスの返還を求めた。

オルフェの悲しい琴の音に涙を流すペルセポネに説得され、ハーデースは、「冥界から抜け出すまでの間、決して後ろを振り返ってはならない」という条件を付け、ユリディスをオルフェの後ろに従わせて送った。

目の前に光が見え、冥界からあと少しで抜け出すというところで、不安に駆られたオルフェは後ろを振り向き、妻の姿を見たが、それが最後の別れとなった。

あらっ。。。 このお話は 日本の神話の“イザナギとイザナミ”のお話と瓜二つではござ~ませんかァ!

京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授も そう思いますか?

そうですわ。 そのお話を知らないネット市民の皆様のために あたくしが書き出しますから、知らない人は読んでくださいまし。

イザナギとイザナミ


(fable05.jpg)

イザナギ神は、亡き妻に会いたい気持ちが募り、
とうとう死者の国である黄泉国(冥界)まで
イザナミ神を追って行きました。

そして、黄泉の国の御殿の内側にいる
妻のイザナミ神に向かって、言いました。

「いとしい妻よ。
私とオマエで作っている国は、
まだできあがっていない。
どうか、帰ってきておくれ。」

「残念です。あなたが なかなか来なかったので、
私は、黄泉の国で作った食べ物を
食べてしまいました。 だから、もう帰れません。
でも、いとしい夫のあなたが来てくれたので できたら帰りたい。
黄泉の国の神と相談しますわ。
その間、けっして私を見ないでください
そう言って、イザナミ神は御殿の奥に入ってゆきました。

イザナギは、ずいぶん長い間待ちましたが、
イザナミ神は現れません。

待っていられなくなったイザナギ神は、
ついに髪の左のみづらにさしていた、
くしの歯を一本折って火をともし、
御殿の中に入ってゆきました。

そこで見たイザナミ神の姿には、
なんと、イザナミの体にはうじ虫がたかり、
頭、胸、腹などには雷神がいました。

それを見たイザナギ神は恐れおののき、
黄泉の国から逃げ帰ろうとしました。

すると、イザナミ神は、
「よくも私に恥をかかせましたね。」
と言って追いかけてきました。

イザナギ神は、千人で引くほどの重い大きな岩で、
黄泉比良坂を塞ぎ、イザナミ神と、
その岩を間に置いて向かい合って立ちました。

イザナミ神は、言いました。
「いとしい私の夫よ。
あなたがこのようなことをするのなら、
あなたの国の人を一日千人、殺しましょう。」

イザナギ神が応えました。
「いとしい妻よ。
あなたが千人殺すなら、
私は、一日に千五百の産屋を建てよう。」
こういうわけで、
一日に必ず千人死に、
千五百人が生まれるのです。

こうしてイザナミ神は、
黄泉津大神という名になりました。

この話に出てくる黄泉比良坂は、
出雲国の「伊賦夜坂」 のことであると言われています。


(fable06.jpg)

どうして2つの話が これほど似ているのか? 卑弥子さんは どう思いますか?

偶然ですわ。

あのねぇ~、偶然にしてはできすぎているのですよ。

だってぇ~、“オルフェとユリディス(Orpheus and Eurydice)”のお話はギリシャの神話でしょう! 「イザナギとイザナミ」のお話は日本の古代の神話ですわ。 ギリシャと日本という距離を考えれば、偶然だとしか言いようがござ~ませんわァ。

あのねぇ~、よ~く考えてみてください。 時間も距離も越えて『黒いオルフェ』という映画か 1959年に作られた。 つまり、“オルフェとユリディス(Orpheus and Eurydice)”という話には、それほど人の心に訴えるものがある。

つまり、ギリシャ神話の“オルフェとユリディス”というお話が  「イザナギとイザナミ」のお話の出所だとデンマンさんは言うのですか?

もちろんですよ。 ちょっと次の小文を読んでみてください。

なぜ厩戸王子なの?

母親の穴穂部間人皇女が宮中を見回るうちに、馬屋の前で産気づき、そこで出産したからという逸話が日本 書紀などに見られます。
これはキリストの生誕を彷佛とさせます。

実際、キリスト教の一派であるネストリウス派が中国に伝わったのは唐の時代ですから、後世それを拝借して太子の誕生を脚色したのではないか、という説があります。

確証はないけれど、面白い話ですね。

上のようなウェブページを見かけますが、果たして確証がないのだろうか?私が初めてこの話に出くわした時には、 「必ず関連があるはずだ」、という思いに駆られたものです。
なぜか?
すぐに正倉院の宝物が思い浮かびました。


(winglass.jpg)

世界で最も古くガラスが作られたのは,紀元前2300年代以前にさかのぼると言われています。
また、カットによってガラス容器の表面を飾る技法は、 紀元前8世紀ごろ始められたと言われています。
バビロニアのサルゴン王(紀元前722-705)の時代に透明なガラスが出来、カットの技法により削り出し、容器に仕上げる方法が発達しました。
この技法はペルシャのアケネメス王朝(紀元前558-331)のガラス工芸にも受けつがれ、素晴らしいガラス器を生み出すことになります。

ペルシャのササーン王朝時代(226-651)には、アケネメス時代のカットグラスが更に発展し、盛んに製作されるようになりました。
私たちが訪れる奈良の正倉院に現存する、上に示した紺瑠璃杯(こんるりはい)は、このササーングラスの一つです。
(現物はもう少し色が濃いです)


(silkrd5.jpg)

正倉院というのは、ご存知のように聖武天皇の宝物などを収めた校倉(あぜくら)造りの建物です。
同天皇が没した756年にはすでに建立されていたということが、 最近の研究によって分かりました。
この上に示した紺瑠璃杯(こんるりはい)は4世紀か5世紀に作られたらしいのです。
従って、もし、4世紀に作られていたとすれば、それが、何百人かの商人の手を経て300年から400年かかって、上のシルクロードをたどりながらペルシャから大和へもたらされたことになります。

ということは、もうこの当時から、ペルシャから大和に至る人の流れがあったわけです。
物が運ばれるということは、同時に珍しい話や面白い物語なども、商人の口を通して伝わってくるわけです。
キリストが生まれたのは、紺瑠璃杯が作られた時よりも更に300年程前です。
従って、キリスト生誕にまつわる話が商人の口を通して、聖徳太子が生まれるかなり以前に日本へ伝えられたとしても、時間的に十分考えられることです。

秦氏の祖・弓月君(ゆづきのきみ)

日本書紀」応神天皇14年条に、弓月君(ゆづきのきみ)が百済より人夫120県を領(ひき)いて「帰化する」とあって、この弓月君を「新撰姓氏録」では秦氏の祖としています。
しかし、この弓月君とは、一体どういう人物だったのでしょう?
この人について調べてみたいと思います。

京都には太秦(うずまさ)と呼ばれる土地があります。
太秦(だいしん)とは中国語ではローマ帝国のことを、そう呼びます。
紀元前221年に始皇帝がうち立てた秦という国は、すでに述べたとおり、ペルシャ人を通して西アジアの文明をたっぷり取り入れています。
中国人の目には、西方にあると言う点で、太秦(だいしん)と秦は関連のある国として映っていたのかもしれません。

紀元前207年に、この秦が滅びます。
この滅亡の民の一部が朝鮮に逃れ、秦韓に住んだといわれます。
この人たちの長者が弓月君(ゆづきのきみ)で、応神天皇の時代に、この一族が大挙して日本へ渡来してきました。
弓月君は融通王とも呼ばれる秦氏の祖で、すでに述べたように、応神14年百済より帰化したと書紀に載っています。
秦の始皇帝の5世の孫ともいわれ、のち波多姓を賜っています。

秦氏は、ユダヤ人の景教徒だった?

この「弓月」には、どのような意味があるかと調べてみると、「ユヅキ」は、「ユダ」のことで、太秦の「ウズ」も同じ意味ではないかと述べている研究者がいました。
太子の死後、腹心の秦河勝は追善のため太秦に広隆寺を興しました。
この秦氏の「ハタ」も、司教を意味するヘブライ語「パトリアーク」からきたものだ、と言います。

ハタとは、ネストリウス派では全教会の総主教のことをそう呼ぶそうです。
太秦はイエスを意味するヘブライ語「イシュ・マシャ」から来たものだとも言われています。
このようなことから、秦氏は、ユダヤ人の景教徒だったのではないかと述べています。

また、広隆寺には「伊佐良井の井戸」がありますが、これはイスラエルのことだ、と言う説があります。
この寺域には、また、大酒神社という社(やしろ)があります。
もともとは大闢(だいびゃく)神社といい、この大闢とはダビデのことをいうそうです。
しかも、太秦には非常に珍しい三柱鳥居というのがあります。
ユダヤの「ダビデの星」を模したものだそうで、これは、また、キリスト教の三位一体を表すとも言われています。

なんとなく眉唾くさいと思いながら調べてゆくと、次のような記述に出くわしました。
世界中の神殿で、日本の神社に似たものは紀元前10世紀頃のイスラエル王国のものしかないそうです。

イスラエルの檜づくりの神殿には鳥居に似た二本の柱が立っていました。

神官は禊(みそぎ)をし、白の着物を着て、神に酒と初穂を捧げました。

また、柏手(かしわで)を打って拝みます。

しかも、清めに塩を使い、榊(さかき)に似た小枝でおはらいをしました。

こうしたことから、 日本神道は古代のユダヤ人が持ち込んだと、昭和初期、小谷部全一郎という人が言い出しました。


『なぜ厩戸王子なの?』より
(2003年8月3日)

どうですか、卑弥子さん。。。 古代のユダヤ人が“オルフェとユリディス”という話を持ち込んだとしても決して不思議じゃないでしょう!?

つまり、古事記を編纂させた藤原不比等が その話を基にして 「イザナギとイザナミ」の話を作らせたのでござ~ますか?

そうですよ。

でも、なぜ。。。?

だってぇ、考えてもみてください。 1959年に“オルフェとユリディス”を基にして『黒いオルフェ』を映画にした人が居るじゃないですかァ~! 藤原不比等も、この話を『古事記』に載せれば“ウケル”と思ったのですよ。

でも、それは ちょっと考えすぎではござ~ませんかァ~?

いや。。。 これまでの話を素直に読んでくれば 卑弥子さんだって なるほどと納得できるでしょう!? 


(laugh16.gif)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。
あなたは どう思いますか?

ところで、エジプトのギザのピラミッドは誰が何のために造ったのか?
知っていますか?
伝統的な歴史家の解釈では、古代エジプト人がファラオのお墓にするために造ったということになっています。

でも、最近、人類学者、地質学者、土木技術者、天文学者、地球物理学者、考古学者、自称歴史学者などによる、新たな発掘や、発見などから、ピラミッドがファラオのお墓であるという解釈は退(しりぞ)けられているのでござ~ますわ。
少なくとも、ギザのあの3つのピラミッドは墓ではないという見方が大勢を占めています。

それに、いつ頃 あのギザのピラミッドが造られたのか?
いわゆる“エジプトロジー学会”の言うところではピラミッドは 2575BC から 2150 BCにかけて造られたということになっています。

しかし、この考え方にも疑問を持っている研究者は多数いるのでござ~ますわ。
例えば、ギザの三大ピラミッドおよびナイル川の(当時の)流れ、そして他の多数のピラミッドとの配置に着目し、ピラミッド群は現在から1万500年前の天体の配置を模したものであるという説もあります。
すなわち、ナイルが天の川で、三大ピラミッドがオリオン座のベルト、即ち中央を横切る三つ星に相当、他のピラミッドも星の位置に対応しそれを反映しているということです。
三大ピラミッドのうち、メンカウラー王のピラミッドが他の2つの頂点を結んだ線からずれている点、大きさも他の2つよりも小さいことについて説明する有力な説とも言われています。
ただし、この説はいわゆる“エジプトロジー学会”では認められていません。

ちなみに、聖書は地球の年齢を約6,000年と教えています。
おそらく一部の狂信的な聖書信奉者を除いて、地球の年齢が約6,000年だと考えている人は居ないでしょうね!
つまり、ダーウィンの『種の起源』が1859年に出版される以前は、多くの人が地球の年齢が約6,000年だと考えていたのでござ~ますわ。
それから、まだ200年経っていません!
驚きですわ。

要するに、“エジプトロジー学会”の定説は、言ってみれば“聖書の教え”のような教条主義に陥(おちい)っているようですわねぇ。
そのような教条主義から脱却して、意欲的で、自由な、創造的な発想でエジプトロジーを考える動きがすでに始まっています。
次に示すビデオ・クリップは3時間以上に渡る長いものですが、そのような人たちによる 新しいエジプトロジーの動きです。
英語ですが、映像がふんだんにあって、講義はありません。
実に興味深いビデオです。
3時間見る価値がありますわァ。

なぜ。。。?
かつて、戦争のない平和な世界を出現させた高度な文明を持った人たちが、この地球上にいたのですわ。
その人たちのことが次のビデオクリップには出てきます。


(himiko22b)

どうでした?
上のビデオを見ると、最近のエジプトロジーの動向と未来が見えてくると思いますう。

ところで、エジプト文明も面白いですけれど、日本の古代も面白いですわよ。
たまには、日本の古代史の記事も読んでくださいね。

そういうわけで あなたのために平安史、古代史の記事を用意しました。
ぜひ 覗いてみてください。

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。


(hand.gif)

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)


(surfing9.gif)


(sayuri5.gif)

ところで、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。
卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


『曲屁(きょくべ)』

『天神様と東日本大震災』

『日本は良い国か?』

『日本を良い国に…』

『エロい熟女』

『アッと驚くマキアベリ!』

『良寛さんの顔』

『あなたの中の阿修羅』

『蝦夷って悪い意味?』

『伎楽は呉の音楽?』

『呉越の謎』

『紅のボートピープル』

『蕎麦屋と忠臣蔵』

『ピンクと桃色』

『妻の不貞』

『卑弥子さん、ご指名ですよ!』

『カン違い大岡越前』

『ロマンのカシオペア』

『カシオペアの現実』

『エロい徳子を探して』

『紫式部と皇国史観』

『エロい道鏡と薬師如来』

『天平の麗しき淑女』

『元からの饅頭』

『なぜ唐に留まったの?』

『下着美人』

『一所懸命』

『ねぇ、ねぇ、ねぇ効果』

『遊女と三つ子』

『布袋さんの魅力』

『今、エジプトに?』

『鍋かむり祭り』

『日本人はどこから来たの?』

『卑弥子も待ってます』

『卑弥子の源氏物語』

『源氏物語もエッチなのに』

『失意の紫式部』

『めちゃムカつく足枷』

『床上手な女になりたい』

『日本へ、紀元前のメイフラワー号』

『日本の死海文書』

『今さら聞けない、床上手』

『兄妹の恋と大乱』

『えっ、ヒトラーはベジタリアン?』

『外人に乗っ取られた日本?』

『失われたバレンタイン』

『軽井沢夫人@日本王国』

『都知事になれなかった男』

『落選男の正体?』

『カナダはカエデの国なの?』

『海外飛躍遺伝子』

『ふるさとは遠きにありて…』

『芭蕉と遊女の出会い』

『芭蕉と遊女が…あれぇ~!』

『宮沢りえと3723人の観客』

『血のつながり』

『チョー有名な三角関係』

『日本の真ん中』

『デンマンの死@玉淀』

『血の絆』

『イジメられたら?』

『アタマにくる一言をかわすには』

『顔文字がダメなら?』

『日本の一番長い日』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)


(byebye.gif)