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月夜の美人

2016年3月11日

 

月夜の美人

 


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デンマンさん。。。 どういうわけで“月夜の美人”を持ち出してきたのですか?


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あのねぇ~、夕べ久しぶりに谷崎潤一郎の『刺青(しせい)』を読んだのですよ。。。 小百合さんも読んだことがあるでしょう?

いいえ、私は入墨が嫌いなので、喰わず嫌いで『刺青』をまだ読んだことがないのですわ。。。

この作品は谷崎の処女作なのですよ。。。 けっこう有名です。。。 1966年に映画にもなったのですよ。


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あらっ。。。 なんだか ヤ~らしい映画ですわねぇ~。。。 もしかして成人映画ではないのですか?

いや。。。 日本を代表する作家の作品が原作ですからねぇ。。。 けっしてアダルト映画ではありません。。。 でもねぇ~、上の映画で見るよりも原作を読んだ方がよっぽど素晴らしさが解りますよ。

デンマンさんは映画を観なかったのですか?

あのねぇ~、上の映画は原作の素晴らしさを伝えてないのですよ。

あらっ。。。 その原作の素晴らしいところってぇ、どういうところなのですか?

小百合さんのために、ちょっとだけ書き出しますから読んでみてください。

刺青


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清吉(せいきち)という若い刺青師(ほりものし)の腕ききがいた。
刺青会(ほりものかい)で好評を博す刺青の多くは彼の手になるものであった。
元浮世絵師の渡世をしていただけに、刺青師に堕落してからの清吉にもさすがに画工らしい良心と鋭敏さとが残っていた。

 (中略)

彼の年来の宿願は、光輝ある美女の肌を得て、それへ己の魂を刺(ほ)り込むことであった。
その女の素質と容貌にはいろいろの注文があった。

ただ美しい顔、美しい肌のみでは満足できなかった。
まだ見ぬ人の姿かたちを心に描き、3,4年は空しく憧れながらも彼はなおその願いを捨てずにいた。

ちょうど4年目の夏のとある夕べ、深川の料理屋平清(ひらせい)の前を通りかかったとき、彼はふと門口に待っている駕籠(かご)の簾(すだれ)の陰から、真っ白な女の素足のこぼれているのに気がついた。
鋭い彼の目には、人間の足はその顔と同じように複雑な表情をもって映った。

その女の足は、彼にとっては尊い肉の宝玉であった。


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親指から起こって小指に終わる繊細な五本の指の整い方、江ノ島の海辺で獲れる薄紅色の貝にも劣らぬ爪の色合い、珠(たま)のような踵(きびす)のまる味、清冽(せいれつ)な岩間の水が絶えず足下を洗うかと疑われる皮膚の潤沢(じゅんたく)。

この足を持つ女こそは、彼が長年たずねあぐんだ、女の中の女であろうと思われた。
清吉は躍り立つ胸をおさえて、その人の顔が見たさに駕籠のあとを追いかけたが、二、三町行くと、もうその影は見えなかった。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


谷崎潤一郎・作 『刺青』より

駕籠の簾から女の足がこぼれているのを見て、清吉はこれぞ自分の求めていた女だと確信したのですわねぇ~。。。

そういうことですよ。。。

つまり、清吉はフット・フェティッシュなのですわねぇ~。。。 要するに、美しい女の足に異常なまでの魅力を感じてしまう。。。 上の文章を読むと、女の足の表現が異常なまでに細やかに、そして情熱的に書いてありますわァ~。

小百合さんは、そんな風に感じるのですか?

だってぇ、上の文章を読めば、そうとしか考えられないではありませんかァ~! それで、清吉は その女性と会うことができたのですか?

出会わないと物語になりませんからね。。。 次のような出会いがあるのですよ。

清吉の憧れの心地が、激しい恋に変わってその年も暮れ、5年目の春も半ば老い込んだある日の朝であった。

清吉のなじみの辰巳芸伎(たつみはおり)から使いがよこされた。
使いの娘は、近々に私の妹分としてお座敷へ出るが、私のことも忘れずに、この娘も引き立ててやってくれと認(したた)めてある手紙を渡した。

清吉はしげしげと娘の姿を見守った。
年のころは16か7かと思われたが、その娘の顔は、不思議にも長い年月を色里に暮らして、何十人の男の魂をもてあそんだ年増のようにものすごく整っていた。


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それは国中の罪と財(たから)との流れ込む都の中で、何十年の昔から生き代わり死に代わったみめ麗しい多くの男女の夢の数々から生まれ出るべき器量であった。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


谷崎潤一郎・作 『刺青』より

あらっ。。。 なんだか すごく魅力的な女性の写真ですわねぇ~。。。 デンマンさんも、このような女性が好みなのですかァ~?

いや。。。 僕はどちらかと言えば、純日本的な女性よりも ギリシャ女神のようなタイプがいいのですよ。 うへへへへへへ。。。

分かります。。。 分かります。。。 ジューンさんのような方がいいのですわねぇ~。。。


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こういう時にジューンさんの写真を持ち出さないでくださいよ。。。 せっかく、ネット市民の皆様と日本的な情緒に浸っているのに、日本的な雰囲気がぶち壊されてしまうでしょう!

だってぇ~、デンマンさんが「純日本的な女性よりも ギリシャ女神のようなタイプがいい」と、言うから気を利かせてジューンさんの写真を持ち出してきたのですわ。

とにかく、今日はジューンさんの出番じゃないのですよ。

。。。で、どう言うわけで“月夜の美人”と“刺青”が関係あるのですか?

ちょっと次の対話を読んでみて下さい。

山の家と露天風呂


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小百合さんが書いているように“山の家”は、人里離れた山深い所にあるようです。


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やっぱり冬は寒いのでござ~♪~ましょうか?

行田とそれ程変わらないと思うけれど、山深い所にあるようですからね。だから、冬になると小百合さんが書いているように“久しぶりの山は家の中が寒く冷蔵庫のようです”。。。と言う事になるのでしょうね。

それにしても欅の木を切り出してマキにするのでござ~♪~ますか?

卑弥子さんには無理でしょうねぇ~?

あたくしだって。。。、あたくしだってぇ~、やれ!と言われればやりますわよゥ。


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小百合さんは、やれ!と言われずに、自ら進んでやっているのですよ。山で欅を切り出して軽トラックの荷台に積んで、このような山道を2往復する訳ですよ。僕は思うのだけれど、小百合さんは、もう10年以上も前からLOHAS的な生活に馴染んでいたようですよ。LOHASが流行語になってから始めた生活ではないのですよね。しかも、軽トラック2台分も欅の木を女手一つで切り出すのですからね。そうやって、トラックの荷台に積んで、上のような山道を運転して“山の家”に運ぶ訳ですよ。だから、車は絶対に必要になりますよね。

それで、マキをくべる生活でござ~♪~ますか?


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だから、当然、僕は上のような情景を想い浮かべるのですよ。うへへへへ。。。

いやですわあああぁ~。。。また、小百合さんにおばさんパンツを穿かせて暖炉の前に立たせたのですかア~?

こうしてみると。。。なんですねぇ~。。。結構、ロマンチックですよねぇ~? 

デンマンさんがコラージュしてでっち上げた写真を元に妄想しているだけですわあああぁ~

いや、妄想ではありませんよ。マキを暖炉にくべるだけではなくて風呂もマキで沸かすようですよ。

ホントでござ~♪~ますか?

何しろ小百合さんの山の家の風呂は露天ですよ。マキで沸かすより他にないでしょう?

それで。。。それで。。。小百合さんはその露天に裸ではいるのでござ~♪~ますかア?


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あのねぇ~、卑弥子さん。。。、そのような分かりきったことを尋ねないでくださいよゥ。露天だからって服を着たまま入る女性は居ませんよ。

でも、最近は“湯あみ着”と言うムームーのようなモノができているのでござ~♪~ますわ。そういうモノを身につけて混浴の露天風呂に入る女性が多くなったのでござ~♪~ますわよ。

でも、小百合さんは一糸もまとわず全裸ではいるのですよ。

どうして。。。、どうして、デンマンさんはご存知なんですの?

僕は直接、小百合さんに聞いたのですよ。夜は全く風呂の周りには囲いをしないそうですよ。

それで昼間は。。。?

誰か人の気配がするような時には“よしず”で囲うことがあるという事です。でもねぇ、ほとんど人がやって来ないそうです。

でも、もしデンマンさんのように覗きに来る人が居たらどうするのでござ~♪~ますか?

やだなあああぁ~。。。まるで僕が卑弥子さんが風呂に入るのを覗いているような言い方ではないですか?

。。。んで、デンマンさん以外で覗きに来る人が居たらばどうするのですか?

だから上の小百合さんのメールの中に愛犬ゴンと書いてあるでしょう?


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この愛犬がすごいのでござ~♪~ますか?

そうなんですよ。これが土佐犬で熊のようにでかい犬なんですよ。小百合さんの愛犬のゴンが覗きに来るエロい愚か者を退治してくれるそうです。

じゃあ。。。デンマンさんでも覗きに行く気がしなくなるのでござ~♪~ますわねぇ。。。うふふふふ。。。

【デンマンの独り言】

あのねぇ、僕には不思議な才能があるのですよ。
どのようにすごい土佐犬でもブルドッグでも、
僕が笑顔を見せて近づいてゆくと、
どういうわけか狂ったように吠えていた犬も泣き止んでしまうのですよ。

そうして、僕が頭をなでると、
クーンと可愛らしく泣いて僕の手を舐め始めるのですよ。
うしししし。。。

だから、小百合さんが風呂に入っている時に、
僕が小百合さんのヌードを鑑賞しようと露天風呂に近づいても
愛犬のゴンは僕に吠えないのですよう。

でも、この事は卑弥子さんの前では言いません。
言ったら、必ず小百合さんにメールを書いて僕に気をつけろ!と書くのですよ。
だから、あなたも、卑弥子さんには告げ口しないでくださいね。

あなたと僕の秘密ですよ。
うしししし。。。


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『ニューヨークの混浴露天風呂』より
 (2008年5月22日)

卑弥子さんとデンマンさんが対話している中には、“月夜の美人”と“刺青”が関係あるということは全く出てこないではありませんかァ!

確かに、僕と卑弥子さんの対話の中には“刺青”は出てきません。。。 でもねぇ~、見れば分かるように“月夜の美人”が出ているでしょう!


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これは私が山の家の露天風呂に入っているところですか?

そうですよ。。。 小百合さんが月夜の晩に 気分良く露天風呂に浸(つか)かっているところですよ。

でも、私は“刺青”などしていませんわァ~。

あのねぇ~、どうして僕が谷崎潤一郎の『刺青』を持ち出してきたのか?。。。 それには深いわけがあるのですよ。。。 ちょっと次の対話を読んでみてください。

長恨歌の魅惑

英文法の先生で、とてもユニークな先生が居ましたよ。ユニークと言っても、このエピソードがあったから、僕はこの先生がユニークだと思うようになったのですよう。寺田先生と呼ぶ事にします。僕は名前を忘れてしまったのですよ。思い出せません。まだ入学して日の浅い頃でした。春から夏になる頃の話です。

その寺田先生は女性でござ~♪~ますか?

もちろん、男の先生ですよ。女性の先生は一人も居ませんでした。当時、埼玉県の有名校は別学だったのですよ。熊校(県立熊谷高校)は男子校でした。

その先生は、どのような感じの先生でござ~♪~ますか?

山岳部の顧問をしている先生でした。また、油絵を描くのが趣味でしたよ。どちらかと言えば寺田先生は、あまりパッとしない先生なのですよ。40代だったでしょうか。。。山岳部の顧問と言う響きから山男か?というと、そういう印象でもない。がさつな感じでもない。そうかと言って繊細で洗練されている印象でもない。ざっくばらんで自然体、と言う感じでしたね。

。。。んで、どのような事があったのでござ~♪~ますか?

いつものように、とりわけ変わった事もなく授業は進んでいったのですよ。僕は、寺田先生の教え方がうまいと思った事もなく、とりわけ魅力的な授業をする先生だ、と思ったこともない。いわば、いつもどおりにマンネリ化した、興味のあまり感じられない授業を進めていましたよ。

それで。。。?

ふと、先生は窓の外に眼をやったのですよ。当時の校舎は木造で、僕のクラスは学校で最も古い昭和の初期に建てられた木造平屋の教室だったのですよ。寺田先生は、しばらく黙って外を見ていた。生徒の幾人かは、オヤっと思って先生の目線の行き着くところを見定めるような風でした。でも、ほとんどの生徒は無関心に教科書を見たりノートに落書きをしているようでした。僕は先生が何を見ているのだろか?と思って窓の外を見たのだけれど、僕の座席からでは窓の外の風景は垣根と空だけしか見えない。

それで。。。?

先生は、感極まったように言ったものですよ。

“う~ん。。いい尻をしているなあぁ~”

つまり、先生は窓の外を通る女性を眺めていたのですか?

そうですよ。生垣(いけがき)の向こうは砂利道になっていて、そこを女性が歩いてゆくのが見えたのでしょうね。僕の座席からでは人が通る様子は全く見えないのですよ。先生は窓辺に立っていたから見えたのでしょう。

それで。。。?

“オイ、いいケツだとよォ~” クスクスっと笑って、僕の後ろに居た原島君などは、ポルノ雑誌を見たようなエロい笑いをもらしながら、僕の背中を小突(こづ)いたものですよ。教室の、そこここで、くすくす笑いが起こりました。先生も皆に聞こえるような声を出した事に初めて気づいたかのようにニヤニヤしながら、教壇の方に歩いてゆきました。

デンマンさんは、どう思ったのでござ~♪~ますか?

女性の尻を見て、その素晴しさに感極まるような感嘆を漏らす人が僕以外にもやっぱり居るものだ、と僕は半ば同志に巡り会ったような気持ちでしたよ。

つまり、高校1年生のデンマンさんは、すでに女性のお尻を見て“う~~ん。。。いい尻をしているなあぁ~。。。”と、感嘆したことがあったのでござ~♪~ますか?

ありましたよ。声には出さなかったけれど、まさに声に出てしまうほど感嘆したことが何度もありましたよ。

。。。んで、そのように感嘆してしまう素晴しいお尻って、一体、どのようなお尻なのでござ~♪~ますか?

これは個人、個人によってだいぶ違うと思うのですよゥ。美意識の問題ですからねぇ。でも、卑弥子さんが僕にマジで尋ねるのならば、僕はシャロンさんの次の写真を見せる他に思い浮かびませんよう。


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うふふふふ。。。このようなお尻が素晴しいのでござ~♪~ますか?

卑弥子さんは、同性として何か感じるものはないのですか?

確かにシャロンさんは、きれいな方だとは思いますわ。でも、特にお尻に魅力を感じる事はござ~♪~ませんわ。

そうですかぁ~。。。でも、着こなしがセクシーだとか。。。そのように思うことはありませんか?

う~♪~ん。。。確かに、着こなしが洗練されていると思いますわ。でも、芸能人の写真を見るようで、身近な美しさを感じませんわ。

なるほどねぇ~。。。そういうものですかぁ~。。。確かに人体の一部に感じる魅力は人によって違うのでしょうね。寺田先生も、クスクス笑う生徒を見て次のように言ったものですよ。

“まだ、君らには分からないかもしれないなぁ~”

「いえ、先生、僕には分かりますよ」 僕は手を上げて寺田先生に、そう言いたい衝動に駆られたものですよう。

そのようなエピソードがあったので、デンマンさんは寺田先生がユニークだと思うようになったのでござ~♪~ますか?

そうですよ。思っていても、なかなか生徒の前で口に出せるものではないですよ。それを自然体で感嘆し、自然に口に出す。凡人には、なかなかできない事だと僕はその時に思ったものですよ。考えてみたら、寺田先生は油絵をやりましたからね、当然デッサンなどで女性のヌードを描いていたと思うのですよ。

つまり、生垣の外を歩く女性を、寺田先生はヌードをデッサンするような目で眺めていたと。。。デンマンさんは、そう思うのでござ~♪~ますか?


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そうですよ、常日頃から美術的に女性の美しさを見出そうとしているような習慣ができていない限り、授業中に窓から見えた女性の尻の美しさに感嘆できる人はまず居ないですよ。しかも、生徒の前で、自然に感嘆の言葉を漏らすのですからね。

その事がデンマンさんには、とっても感動的だったのでござ~♪~ますか?

そうですよ。ちょうど女性の美しさの話題が出たので、僕はもう一つ心に残るエピソードを思い出しましたよ。

また、女性のお尻でござ~♪~ますか?

いや、今度のエピソードは女性の体の一部ではありませんよ。歴史的に超有名な美人の話ですよ。

クレオパトラでござ~♪~ますか?

いや、中国の楊貴妃ですよ。このエピソードは、高校1年生の時の漢文の先生のことです。名前がどうしても思い出せません。仮に大島先生としましょう。当時50才を越していたと思うのですよ。校長先生にしても可笑しくないような貫禄のある先生でした。小柄な先生でしたが、威厳があって、どこと無く近寄りがたいオーラを感じたものですよ。

つまり、あまり親しみを感じるようなお人柄ではなかったのでござ~♪~ますわね?

そうです。見た目は怖い感じでしたよ。でも、大島先生は教え方が実にうまかった。これほど情熱を込めて教える先生を僕は見たことがありませんでしたよ。

デンマンさんは、何をそれほどまでに感動したのでござ~♪~ますか?

大島先生の『長恨歌』の授業ですよ。今でも一週間前の出来事のように鮮明に思い浮かべる事ができますよ。

どう言う所がそれ程素晴しかったのでござ~♪~ますか?

この先生自身が、若い頃『長恨歌』の授業に感銘を受けて漢文の先生になろうと決めた、と言うのですよ。 だから、とりわけ『長恨歌』には思い入れがあったのでしょうね。 実際、素晴しい授業でしたよ。 僕も引き込まれるように、この先生の熱のこもった説明に魅了されたものでした。 まるで人間国宝級の講談師が講釈をしているような熱の入れ方なのですよ。 卑弥子さんも『長恨歌』を知っているでしょう?

もちろん、名前だけは知っておりますわ。 でも、あたくしの専門は平安時代の源氏物語でござ~♪~ますから、中国文学はイマイチでござ~♪~ますわ。 おほほほほ。。。


『武蔵と卑弥子さん』より
(2009年6月20日)

つまり、大島先生の熱のこもった『長恨歌』を聴いて、デンマンさんは高校時代に感銘を受けたのですか?

そうですよ。。。

いったい『長恨歌』のどこにそれほどの感銘を受けたのですか?

次の部分ですよ。

デンマンの気に入った箇所


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漢皇重色思傾國、御宇多年求不得
楊家有女初長成、養在深閨人未識
天生麗質難自棄、一朝選在君王側
回眸一笑百媚生、六宮粉黛無顏色
春寒賜浴華清池、温泉水滑洗凝脂
侍兒扶起嬌無力、始是新承恩澤時
雲鬢花顏金歩搖、芙蓉帳暖度春宵
春宵苦短日高起、從此君王不早朝
承歡侍宴無閒暇、春從春遊夜專夜
後宮佳麗三千人、三千寵愛在一身


漢の皇帝は美女を得たいと望んでいた。
しかし長年の治世の間に求めても得ることができなかった。

楊家の娘はようやく一人前になるころである。
深窓の令嬢として大切に育てられ、周囲には知られていなかった。

天性の美は自然と捨て置かれず、
ある日選ばれて王の側に上がった。

視線をめぐらせて微笑めば百の媚態が生まれる。
これには後宮の美女の化粧顔も色あせて見えるほどだ。

春まだ寒いころ、華清池の温泉を賜った。
温泉の水は滑らかに白い肌を洗う。


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侍女が助け起こすとなよやかで力ない。
こうして晴れて皇帝の寵愛を受けたのであった。

やわらかな髪、花のような顔、歩みにつれて金のかんざしが揺れる。
芙蓉模様のとばりは暖かく、春の宵を過ごす。

春の宵はあまりに短く、日が高くなって起き出す。
これより王は早朝の執政を止めてしまった。

王の意を受けて宴に侍って途切れる暇もない。
春には春の遊びに従い、夜は夜で王の側に一人で侍る。

後宮には三千人の美女がいたが、
三千人分の寵愛をいまや一身に受けている。


出典: 「長恨歌」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

楊貴妃が華清池の温泉に入る様子を なんとも魅惑的に 大島先生は目に見えるように語ったのですよ。。。 僕も、なんだかワクワクしながら聴いたものです。

それでデンマンさんも、いつか必ずや楊貴妃のような女性が温泉に入るのを見てみたいと心に決めたのですか?

そうですよ。。。 それはちょうど『刺青』の清吉がこの足を持つ女こそは、長年たずねあぐんだ、女の中の女であろうと心に決めたようなものですよ。

つまり、翌年 デンマンさんが山の家を訪れた時に、私が月夜の晩に露天風呂に入っていたのを覗き見ていたのですか?

いや。。。 僕は別に覗き見たわけではないのですよ。。。 小百合さんの愛犬のゴンが“ク~ン、ク~ン”という妙な泣き方をしていたので、どうしたのかな?と思って見ると、小百合さんが露天風呂に入っているのをじっと見つめるようにして泣いていたのですよ。。。 それで僕も居間のガラス戸を開けて、ゴンのそばによって露天風呂の方に目をやると、小百合さんが洗い場に出て手桶から体に上がり湯をかけているところだった。


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僕とゴンはその姿に しばらく呆気(あっけ)にとられたように見とれていたものですよ。

あらっ。。。 そんなことがあったのですか?。。。 全く気づきませんでしたわァ~。。。 つまり、この事を言うために、わざわざ谷崎潤一郎の『刺青』を持ち出してきたのですか?

いや。。。 そればかりではありません。。。 次のリストを見てください。


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これは僕の Denman Blog の 3月11日までの1年間の「人気記事リスト」なのですよ。。。 赤枠で囲んだ記事に注目してください。。。 個別の記事では 小百合さんが登場する『40代女性のヌード』が 2番目によく読まれているのですよ。


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『床上手な女の7つの見分け方』



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『40代女性のヌード』

分かるでしょう?。。。 ネット市民の皆様の中にも、小百合さんの姿に 華清池の温泉に入る楊貴妃の姿を偲ぶ人たちがいるのですよ。

それは、デンマンさんが、そう思い込んでいるだけですわァ~。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。
あなたは どう思いますか?

小百合さんの姿に、華清池の温泉に入る楊貴妃の姿を偲ぶ人たちがいる、と思いますかァ~?

確かに、『40代女性のヌード』は たくさんのネット市民の皆様に読まれているようですわ。

でも、あたくしの おヌードもたくさんの人たちに人気が出ているのでござ~ますわァ。

あなたは信じられないでしょう?

ちょっと次のお写真を見てくださいまし。。。


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どうでござ~ますかァ?
毎日ジムに通って“ヴィーナスのえくぼ”をゲットしたのですわ。

ええっ。。。 あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?

どうしてよう?

ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?

あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、
最後には上のようなおヌードになるのですわよう。
信じてくださいましなァ~。。。

ところで、小百合さんがどうして「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれるのか?
ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。
小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。
小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。
分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


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それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。
だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ~~。


(hand.gif)

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紫式部の涙

2010年2月23日

 

紫式部の涙

 


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卑弥子さん。。。この上の画像の中の紫式部は泣いているのですか?


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そうでござ~♪~ますわ。デンマンさんは、上の絵の中の紫式部がルンルン気分でスキップを始めるように見えますか?

あのねぇ~。。。紫式部は卑弥子さんのように十二単を着ているのですよう。スキップしたくてもできないでしょう。うへへへへ。。。。

確かに紫式部さんはスキップしなかったかもしれませんわ。。。でも、あたくしならば、素敵なボーイフレンドが見つかれば、もう何が何でもスキップしてしまいますわよう。うししししし。。。

う~~ん。。。確かに卑弥子さんならば、裸でもスキップしてしまいそうですよねぇ~。うへへへへへ。。。

デンマンさん。。。いい加減に、そのようなエロい妄想はお止めくださいましなァ。あたくしはこれから大切なお話をしたいのでござ~♪~ますわァ。

ほおォ~。。。珍しいですねぇ~。。。卑弥子さんから話を切り出すとは。。。

だってぇ~、先日、デンマンさんは、あたくしの心にグサリと突き刺さるような痛烈で情け容赦のない罵倒の言葉を浴びせかけたのでござ~♪~ますわ。

。。。ん? 卑弥子さんの心をグサリと突き刺すような罵倒の言葉。。。?

そうですわ。

まさかア~!?僕がそのような無慈悲な言葉を卑弥子さんに投げかけるはずがないでしょう!?

でも。。。、でも。。。、マジで、あたくしの繊細な心は、まるで抉(えぐ)り出されるように傷ついたのでござ~♪~ますわ。

いったい。。。、いったい。。。、僕が何と言ったのですか?

デンマンさんは、まったく心当たりがないのでござ~♪~ますかァ~。

僕は、いつでも卑弥子さんには優しく接しているつもりですよう。。。心を抉(えぐ)り出すような事を僕が言うはずがないじゃないですかア!

いいえ。。。エグい事を吐き出したのですわ。次のように、あたくしの心を抉(えぐ)り出したのでござ~♪~ますう。


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『萌える愛欲』

(2010年2月10日)

この上の記事は、かなり萌え萌えのお話なのでござ~♪~ますか?

あれっ。。。卑弥子さんは、まだ読んでないのですか?

だってぇ、あたくしは源氏物語の研究に忙しかったのですわ。おほほほほ。。。

あのねぇ、それってぇ、言い訳のように聞こえるのですよう。

つまり、デンマンさんは、あたくしの言ったことを全く信じていないのでござ~♪~ますわね?

だいたい、卑弥子さんが源氏物語の研究をしているなんて、おそらく、ほとんどの人が信じていないと思うのですよう。

あ~♪~らあああぁ~。。。デンマンさんまでが。。。デンマンさんまでが。。。あたくしを架空の女だと思っているのでござ~♪~ますか?

もちろん、僕は卑弥子さんが実在の人物だと思っていますよう。

だったら、あたくしが京都の女子大学で「日本文化と源氏物語」を講義していることを知っているでしょう?

もちろん知っていますよう。でもねぇ~、これまでに源氏物語の研究成果をこの記事の中で話してくれたことがないでしょう!?


『愛のギガバイト(2007年2月17日)』より

デンマンさんは、このようにグサリとあたくしの繊細な心を抉(えぐ)り出したのでござ~♪~ますわア!

それはちょっとオーバーでしょう?

オーバーでも、サーバーでも、ドーバーでもござ~♪~ませんわ。あたくしはマジで傷ついたのでござ~♪~ますわ。

それで、卑弥子さんは、ひねたような、僻(ひが)んでいるような、すねているような不機嫌な表情の紫式部を持ち出してきたのですか?

あらっ。。。上の絵の中の紫式部は、デンマンさんの目には、そのようにしか見えないのでござ~♪~ますか?

どう見たって喜んでルンルン気分になっているようには見えませんよう。

あたくしは自分の気持ちを上の絵に込めたわけではないのでござ~♪~ますわァ。

卑弥子さんの気持ちを込めたのでなければ、何のために紫式部の絵を持ち出してきたのですか?

だから、言ったではござ~♪~ませんか!

なんてぇ。。。?

大切なお話をしたいと。。。

つまり、その大切な話と言うのは紫式部のことですか?

そうでござ~♪~ますわ。

でも、何で紫式部。。。?

デンマンさんが、これまでに源氏物語の研究成果をこの記事の中で話してくれたことがないでしょう!?。。。と言ったからでござ~♪~ますわ。

分かりました。。。そう言う事であるならば、じっくりと卑弥子さんの話を聞きますよう。。。で、紫式部の何を話そうと言うのですか?

デンマンさんは六畳の御息所のことを次のように書いていましたわ。


(bond010.gif)

六条の御息所は
光源氏の初めての恋人。
年上の教養ある女性です。

気位の高い彼女は
源氏の心が自分から
離れそうになると、
自分の方から身を引きます。

でも、心の中では
光源氏への思いを断ちがたく、生霊(いきすだま)となり、源氏の正妻「葵の上」をとり殺してしまいます。

六条の御息所は
それ程の激しい愛情で
光源氏を愛していたのでしょう。

平安の昔、
家柄が高く、
やんごとなき貴家ともなれば、女児は未通で嫁入りする事が絶対条件でした。
男児は元服が筆おろしの
目安だったようです。

その“筆おろし”ですが、
天皇や将軍などの場合だと、
その介添えをするのは乳母
の場合が多かったと
言われています。

乳母といっても
だいたい24~5歳の
当時としては
女盛りの年増。

元服(男児の成人式)が
12~16歳の間ですから、
互いに理想的な
相手です。

少年の未知への
飽くなき好奇心と
有り余る精力。

女盛りで少年の心を
充分に知っている“熟女”は
勢い教育熱心な余り、
乳母であるよりも女として、
つい愛欲に溺れてしまうのも
自然な成り行き。

その結果、
乳母が妊娠する事も
あったようです。

男にとって最初の女に
特別な思いを抱くのは当然で、こうして乳母がそのまま正室になることも珍しくなかった。

入念に手ほどきを受け、
手練手管を仕込まれたら、
男たるもの、女好きにならないわけがない。

しかも乳母なるがゆえに、
他にさしたる仕事はなく、
男は心置きなく色事に専念できる。

光源氏にとって
六条の御息所は
乳母のような存在だったのでしょう。
それも、乳母と言うより
次第に女として愛してゆく。

六条の御息所も
“乳母”のように
源氏をいつくしみながらも
熟女として
源氏との愛に溺れてゆく。

でも、熟女の思慮と分別に
目覚めて身を引くのです。
しかし、萌え盛った
女の情念は止み難く
生霊(いきすだま)となり、
源氏の正妻「葵の上」を
とり殺してしまう。

光源氏と
六条の御息所の間に萌え盛った情念の激しさが見えるようです。

by デンマン


『エロい女と六条の御息所』より
(2007年1月19日)

つまり、六条の御息所について僕が上のように書いたことが気に喰わないのですか?

いいえ、そうではござ~♪~ませんわ。

それでは、いったい何が気に喰わないのですか?

そのあとでデンマンさんは太田将宏さんの次の文章を持ち出してきたのでござ~♪~ますわ。

ある日本の西洋哲学者が、源氏物語、あれはたいしたことないよ、と言ったのを憶えている。こういう人を典型的な学者馬鹿という。
(西洋)哲学の思考を基準にするとしたならば(草子地: また、この文は仮定法である。)、源氏物語がたいしたものでないことは、私にですら明白である。
あの作品の凄さは、そんな処にはない。

作者は(草子地: ここからは直説法)、私は、未だかつて、女の人の誰をでも愛した男を見たことが無かった。それどころか、自分の息子、娘ですら愛した男を、一人だに知らない、と言っているのである。
そうした世界を描ききった芸術としての文学がこの作品である、と私は評価しているのである。
それは、作者の意図ではないにしても、これは、男の孤独である。

私がまだ小学生の頃に、国語(草子地: 嫌な言葉だ。「日本語」でいい。)の先生が、…では、作者は何をいわんとしているのか、と生徒たちに質問したときに、私は、ひそかに、そんなことが他の言葉で言えたのならば、作者は、手っ取り早く、それを言っていただろう、と呟いたのを思い出す。
あの哲学者は、この国語教師の程度である(草子地:逆も真である)。

【デンマン注:】 改行を加えて読み易くしてあります。あしからず。


34ページ Aribert Reimann (1936-)
『間奏曲集 (主題なき変奏)』 作品2
著者: 太田将宏
初版: 1994年1月 改定: 2006年6月

つまり、僕が太田さんの文章を引用したのが気に喰わないのですか?

いいえ、そうではござ~♪~ませんわ。太田さんの文章を持ち出してきてからデンマンさんは、めれんげさんと次のように対話なさったのでござ~♪~ますう。


(merange12.jpg)

この(上の太田さんの)文章がどうだとデンマンさんは言わはるのぉ~?

あのなァ~、太田さんの源氏物語の評価が、わてとは全く違っているのやがなァ。

どこが、どう違いはるのぉ~?

太田さんは次のように書いているねん。


(seisho05.gif)

紫式部は、未だかつて、女の人の誰をでも

愛した男を見たことが無い。

それどころか、自分の息子、娘ですら愛した男を、

一人だに知らない、

作者の意図ではないにしても、

これは、太田さんにとって男の孤独である。

わては上の文章を読んで、まずビックリしたでぇ。。。おい!マジかよう?いったい、「源氏物語」のどこを読むと、そのような無鉄砲な結論が出てくるねん?

あんさんは、マジで、そう思いはったのぉ~?

マジやがなァ~。。。第一、上の光源氏と六条の御息所を読んでも、光源氏が御息所を愛したことは明白やがなァ~!確かに、光源氏は夕顔を愛するようになってゆく。しかし、だからと言って、光源氏が御息所を愛さなかったとは言えない!

確かに、わたしも、そう思いますわ。

そうやろう?。。。上の六条の御息所を誰が読んだってぇ、光源氏が物語の中で、かつて六条の御息所を愛したことがはっきりしている!

太田さんは、どうして、上のような評価をしたのやろか?

わても、じっくりと考えてみたでぇ~。。。

。。。で、分かりはったのぉ~?

分かった。。。太田さんは別の本の中で次のように書いていたのや。

私は、この曲集を書き終えたとき、老人見習いから、正真正銘の老人になるのではないか、と思うこの頃である。
真の老人とは、もはや、失うべき何ものも無くなった人のことを言うのではないか。
長女は、私から去った。次女は、中立を保つ為に、この家に寄りつかない。家内と言えば、日本語も通じなくなってから何年にもなる。

私には、S.Kierkegaard の言った、一番易しく一番難しいこと、すべてを捨てること、が、案外、無理なくできるのではないか。
いや、その時には、捨てるべき何ものも見当たらなくなった境地であろう。

その意味では、老人になる前に、不慮の死で亡くなった人は気の毒である。
私は、若い時に、死ぬのはいいが風邪をひくのは嫌だ、などと言って、粋がって与太をほざいていた。
今も、願わくは、あまり苦しむことなく死を迎えられたなら、それにこしたことはない、と考えている。

Kierkegaard は、また、永遠とは有限が無限に出会う瞬間である、と言っていた。
私の人生に、かつて、そのような瞬間があったであろうか。
いや、それもまた、超越の命題であろう。
私の人生は、無明に迷ったそれに終わるのかもしれない。
しかし、私の背後には、母の祈りがあった。

ある麻薬中毒患者が、お母さん、僕は、こんな遠くまで来てしまった、と淋しげに呟いていたが、私は、麻薬中毒者ではないけれど、その気持ちが解かっている、と思う。
どのみち、人生は、rehearsal無しの、ぶっつけ本番なのである。

しかし、私は、F.M.Dostoevsky の「白痴」にある、あの「イッポリトの告白」に書かれているように、もし、生まれる前に、この条件を知らされていたとしたならば、私は、生まれるてくることを肯(がえ)んじなかったであろう、とは思っていない。
私は、感謝して死ねるように、今からでも、心の準備をしておこう。

S.D.G

コーダ(蛇足):

私の懐疑なるものが、深いのか、深くないのか、私自身も知る由もない。
仮に、深かったとしても、そもそも、懐疑の深さというものは、誇るべきものであるのか、という疑問が残る。


【デンマン注:】 改行を加え読み易くしました。あしからず。

S.Kierkegaard: キルケゴール (1813-1855) デンマークの哲学者

S.D.G.: Soli Deo Gloria (ラテン語) To God Alone the Glory(英語) 神に栄光あれ。

F.M.Dostoevsky: ドストエフスキー (1821-1881) ロシアの小説家・思想家


56ページ Michel-Richard de Lalande
『後奏曲集(後書きばかり)』 作品3
著者: 太田将宏
初版: 1994年1月 改定: 2006年9月

この文章がどうやと、あんさんは言わはるのぉ~?

この文章を表面的に読めば、太田さんは二人の娘と奥さんとも、うまくいってないのやァ。。。つまり、源氏物語のところで言っている“男の孤独”を太田さんは味わっているのやがなァ~。

太田さんは二人の娘さんも奥さんも愛していないと、あんさんは言わはるのぉ~?

いや。。。違う!。。。表面的に読めば、その通りや。。。でもなァ~、わては太田さん夫婦を良く知っているつもりや。わてと太田さんは、実は、絶交している。でもなァ、太田さん夫婦は、どちらも善良な人なのや。

それなのに、太田さんは、どうして家族を愛していないように、また、愛されていないように書いてはるのぉ~?

あのなぁ~、太田さんが妻に寄せる、また、二人の娘に寄せる愛が、太田さんの思うようには受け留められていない。。。そのために太田さんは“男の孤独”を感じているのやがなァ。

つまり、太田さんは感情的と言うか?愛情的に不器用な人なのねぇ~?

そうなのや。。。親密な付き合いでない。。。要するに、ある程度距離を保ちながら付き合っている場合には、太田さんという人は実に人当たりの良い善良な印象を与える人なのやァ。次のエピソードを読めば、めれちゃんにも良く分かると思うのやァ。


(bus005.gif)

バスに乗り込んだ途端、ハーーイ、Mister Ota, Helloオーオ!、という女の子の大声が一番後ろの席から聞こえた。見ると、我が家の隣のChristineが、腕を170度ぐらいに大きく振って、にこにこしている。他の乗客は、いっせいに私を見ている。彼女が高校生のときであった。そして、大学に進んでドイツ文学を専攻した。それ以来、しょっちゅうドイツに行っている。今でも、まったく、彼女は天真爛漫である。

それが、彼女の母親、Victoriaの悩みの種なのだ。なにせ、三ヶ月と言って出て行って、一年以上、半年と言って、一年半も家に帰って来ないのである。大学も除籍になりかかったことがある。叱っても、娘の返事は、“Don’t worry”だそうだ。そして、Victoria は、Masahiro、今月の電話代いくらかかったと思う?$5,000以上よ、とこぼしていた。Christineが collect callで掛けてよこすからであろう。その挙句、先日は、金送れ、と言ってきたので、喧嘩してしまった、としょげていた。


145ページ Robert Schumann
『前奏曲集』 (私はアマチュアである) 作品1の2
著者: 太田将宏
初版:1989年7月 改定:2006年5月

(注: イラストはデンマンが貼り付けました。)

『女とクラシック (2009年9月23日)』に掲載

つまり、隣人同士の付き合い程度ならば良い印象を与える人なのやねぇ。

そうなのや。。。ところが、親密感が増してくると、こじれる場合が多い。その典型的な例が太田さんの二人の娘と奥さんですよう。

つまり、太田さんという人は親密感が増すほど、むき出しの自分の感情を見せてしまいはるのねぇ~?

そうなのやァ。

でも、どうして親密感が増すとこじれてしまいはるのぉ~?

雨降って地固まる

普通、ちょっとした感情のこじれや口喧嘩の後では、かえって以前よりもお互いの理解が進むものなのや。。。それで、以前よりも深い関係に進むことだってある。

太田さんには、それができへんのぉ~?

できない。。。太田さんは善良な人で、知的な教養人なのやァ。わては太田さんの本から結構たくさんの文章を引用しているねん。どの文章を読んでも知的なところが良く表れている。ところが、一つだけ大きな欠陥がある。

それってぇ、何?

考え方をちょっと改めて、めれちゃんのように仲直りする事ができへん。

2006-11-02 18:08:07
posted by merange

ちょいとマジな話やねんけど・・・

(テーマ:日記のつもり)


(merange42.jpg)

反省しきり。

わたし気がついたんやけど、
自分のことをずーっと考えてくれてる人の気持ちを、もっと冷静になって、考える必要があったよ・・・

固定観念にしばられて、自分の尺度で相手のことを、評価するのは、あまりにも心のせまいことやった。
人それぞれの個性を考慮せずに、好きだの嫌いだの、いいとか悪いとか、決め付けたまんまで、態度を硬化させて、そのまんまで、再考しようともしなかった自分は、なんちゅー視野のせまい人間やったことか。

いくら相手に理解を求めても、いっこうに気持ちがつたわらないことがある。
それはお互いの個性が、相容れないものであって、どれだけの言葉をつくしても、関係は平行線のまんま。
まして相手が他人の性格や表現様式を、理解できなければ、気持ちをつたえることは、あまりにもむずかしい。


(pray08.gif)

わたしは長年、固定された評価でしか、その人の自分への気持ちを考えずにいた。
確かに人間として、相容れない部分はある。

でも、自分のものさしで、その人を判断して、その判断を、見直そうともせずに態度を硬化させたままだった。
人それぞれの表現法や、思考の違いを考慮せずに、一度拒絶の気持ちを持ったら、それを頑なに変えようとせず、そのままで、思考をストップさせたままだった。

自分のことを、どんなかたちであれ、考え続けてくれるということの意味を、もっと尊重すべきだったことに、ようやく気がついた。

あらためて「ごめんなさい」と言います。
少なくとも、あなたを精神的に拒絶することをやめます。
わたしの存在を忘れずにいてくれる人がいるということを、素直に受け入れるようにします。
それ以上のことは、
わたしにはできないけれど、
感謝の気持ちを忘れないようにしようと思います。


(girl100.jpg)


【デンマン注】 原文には全く手を加えていませんが、構成、背景や画像はデンマン流に変えてあります。

『めれんげの原材料 (第3ページ)』より

『出会い系の悪魔』に掲載
(2008年9月10日)

(mereheart2.jpg)

太田さんは頑固に自分の考えにこだわりはるのぉ~?

おそらく、相手の考え方を多少は認めるようにはなるのやろなァ。。。でもなァ、オツムでは分かっていても、実際に仲直りという行動にでることがができない。それで、次のようになってしまう。

長女は、私から去った。

次女は、中立を保つ為に、

この家に寄りつかない。

家内と言えば、

日本語も通じなくなってから

何年にもなる。

たぶん、気持ちの上では仲直りができているのですやろねぇ。。。わたしは、そう思うねん。ただ、太田さんは「男の沽券(こけん)」にこだわって、歩み寄ることができへんと思うわ。

そうやろな。そやから、めれちゃんが絶交状を書いてから仲直りしたのは、すっご~い事やがなァ!

『仲直りが不可能と思われる、

めれちゃんが書いた絶交状』

あんさんは、マジでそう思ってくれはるのォ~?

そうやでぇ~。。。


『愛の涙 (2007年2月16日)』より

卑弥子さんは『レンゲ物語』も読んでるのォ~?

たまたま源氏物語が出てきたので、あたくしは注意深く読んだのでござ~♪~ますわ。

それで卑弥子さんは何が言いたいのですか?

良くぞ聞いてくださいました。あたくしは太田さんがおっしゃった次の言葉がしばらくオツムの中を駆け巡っていたのでござ~♪~ますわ。

私(紫式部)は、未だかつて、

女の人の誰をでも愛した男を

見たことが無かった。

それどころか、自分の息子、

娘ですら愛した男を、

一人だに知らない、と

言っているのである。

そうした世界を描ききった

芸術としての文学が

この作品である、と

私は評価しているのである。

それは、作者の意図ではないにしても、

これは、男の孤独である。

この太田さんの言葉がそれ程卑弥子さんにインパクトを与えたのですか?

そうでござ~♪~ますわ。それに対してデンマンさんは、全く的外れな理解の仕方をしていると、あたくしは思ったのでござ~♪~ますわ。

あのねぇ~、太田さんは、あくまでも極めて個人的な解釈をしたのであって、源氏物語を普遍的に評価したわけではないのですよう。

そうでしょうか?

あれっ。。。卑弥子さんは僕が書いた事をしっかり読んだのでしょう?

読みましたわ。

だったら、上の文章を読めば、太田さんが自分自身の“男の孤独”を基準にして源氏物語を評価しているのが見え見えではないですか!

あたくしは、そのようには考えないのですわ。

卑弥子さんが、そう思わなくても、太田さんの評価は極めて個人的な経験に基づいた個人的な評価なのですよう。

だったら、デンマンさんが書いた次の文章をお目にかけますわ。

当時の“女流文学”は藤原道長によって

権力闘争の道具と見なされたのですよう。

そこに藤原道長は、当時の“女流文学”の

有用性を見たのですよう。

デンマンさんはこのように書いていましたわ。

確かに、そのように書いたことがありました。

あたくしが、その有用性は。。。?とお尋ねしたら、デンマンさんはジューンさんの「千夜一夜物語」を持ち出してきたのでござ~♪~ますわ。


(chiwawa5.gif)

こんにちは。ジューンです。

「千夜一夜物語」を読んだことがありますか?

「アラビアン・ナイト」とも呼ばれますよね。

わたしは映画で見たことがあります。

どのようにして物語が始まったのか?

実は、妻の不貞を見て

女性不信となったシャフリヤール王が

国の若い女性と一夜を過ごしては、

その女性を殺していたのです。


(harem2b.gif)

それを憂いた大臣が娘のシャハラザードを

王に嫁がせたのです。

娘は、千夜に渡って毎夜王に話を聞かせて

王の気を紛らわさせ、

ついに殺すのを止めさせたというのです。

話がクライマックスに近づくと

「続きはまた明日ね」と言って

娘は話を打ち切るのです。

王は次の話が聞きたくて

別の女性に伽(とぎ)をさせるのを思い留まり、

それが千夜続いたというのでした。

船乗りシンドバッドのような

実在の冒険商人たちをモデルにした話や

アッバース朝のカリフである

ハールーン・アッ=ラシードや、

その妃のズバイダのような

実在の人物が登場する話など、

多彩な物語が繰り広げられます。

面白いですよ。

あなたも、ぜひ読んでみてくださいね。


(pergal.jpg)

ところで、英語の面白いお話を集めました。

時間があったら覗いてみてくださいね。

■ 『あなたのための愉快で面白い英語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


(stars.gif)


『私論・源氏物語 (2009年5月17日)』より

その通りですよう。『源氏物語』の有用性は、まさに『千夜一夜物語』と同じです。

あたくしは、デンマンさんの目の付け所に驚かされたのでござ~♪~ますわ。

ほおォ~。。。そうだったのですか?

さらにデンマンさんは次の表を見せて説明してくださいました。

1) 皇后:藤原定子(977-1000)
 - 関白藤原道隆長女

第一皇女:脩子内親王(996-1049) – 一品准三宮
第一皇子:敦康親王(999-1018) – 一品式部卿
第二皇女:媄子内親王(1000-1008) – 東三条院養女

2) 中宮:藤原彰子(988-1074)
 - 左大臣藤原道長長女

第二皇子:敦成親王(後一条天皇)(1008-1036)
第三皇子:敦良親王(後朱雀天皇)(1009-1045)


『愛の涙 (2007年2月16日)』より

これを見るとねぇ、はっきりと分かるのですよう。青組の彰子と道長が赤組の定子と道隆に勝利しているのですよう。

つまり、青組が天皇を二人出しているという事でござ~♪~ますか?

その通りですよう。道長は娘の彰子に教養を身につけさせ一条天皇が頻繁に彰子の部屋を訪れるように企(たくら)んだのです。

そのために紫式部をスカウトして彰子に仕えさせたのでござ~♪~ますか?

そうですよう。『源氏物語』は彰子のために書かれたものですよう。

つまり、『千夜一夜物語』のシャハラザードのように、『源氏物語』を読んだ彰子が寝室で一条天皇にお話を聞かせたのでござ~♪~ますか?

その通りですよう。それで、次のような結果になったのです。

話がクライマックスに近づくと

「続きはまた明日ね」と言って

彰子は話を打ち切った。

一条天皇は次の話が聞きたくて

別の女性に伽(とぎ)をさせるのを

思い留まり、

それが毎夜続くようになって

将来天皇になる二人の皇子を

お生みになったのでした。

デンマンさんから、このお話を聞いて“目からウロコ”でござ~♪~ましたわ。たまには源氏物語研究家以外の人の意見を聞くのも勉強になると思いましたわ。

その事が言いたかったのですか?

もちろん違いますわよう。

だったら、いったい、何が言いたいのですか?

デンマンさんは覚えているでしょうか?あたくしはビートルズと源氏物語についてデンマンさんとお話したことがあったのでござ~♪~ますわ。

覚えていますよう。卑弥子さんが熱狂しましたからね。


(beat44.jpg)

キャー すてきィ~

卑弥子さん!。。。また熱狂しないでくださいよう!今日はビートルズの話じゃないのだから。。。

失礼いたしましたわ。。。ついつい、熱狂してしまいましたわ。。。ごめんあそばせぇ~♪~うふふふふ。。。

それで、どうしてビートルズなどを持ち出してきたのですか?

あたくしがビートルズに熱狂したように、紫式部さんは白楽天に熱狂していたのですわ。デンマンさんとお話して改めて、そのように認識したのでござ~♪~ますわ。

卑弥子さんも、『桐壺』には「長恨歌」の影響が、ありありと見えることを認めるのですね?

そうですわ。

僕は『源氏物語』のテーマは、まさに「長恨歌」のテーマそのものだと信じているほどです。

そのテーマとは。。。?

だから、長い恨(うら)みの歌ですよう。。。英語では「長恨歌」は Everlasting Regret (果てしない悔恨) と訳されています。

つまり、『源氏物語』のテーマも「果てしない悔恨」でござ~♪~ますか?

そうですよう。

でも、源氏物語の主要テーマは未だに議論がなされていて、決着はついてないのでござ~♪~ますわ。

主要テーマ(主題)の諸説

「源氏物語の主題が何であるのか」については古くから様々に論じられてきたが、『源氏物語』全体を一言で言い表すような「主題」については「もののあはれ」論がその位置に最も近いとは言えるものの、未だに広く承認された決定的な見解は存在しない
古注釈の時代には「天台60巻になぞらえた」とか「一心三観の理を述べた」といった仏教的観点から説明を試みたものや、『春秋』、『荘子』、『史記』といったさまざまな中国の古典籍に由来を求めた儒教的、道教的な説明も多くあり、当時としては主流にある見解と言えた。
『源氏物語』自体の中に儒教や仏教の思想が影響していることは事実としても、当時の解釈はそれらを教化の手段として用いるためという傾向が強く、物語そのものから出た解釈とは言い難いこともあって、後述の「もののあはれ」論の登場以後は衰えることになった。

これに対し、本居宣長は『源氏物語玉の小櫛』 において、『源氏物語』を「外来の理論」である儒教や仏教に頼って解釈するべきではなく『源氏物語』そのものから導き出されるべきであるとし、その成果として「もののあはれ」論を主張した。
この理論は源氏物語全体を一言で言い表すような「主題」として最も広く受け入れられることになった。
その後明治時代に入ってから藤岡作太郎による「源氏物語の本旨は、夫人の評論にある。」といった理論が現れた。

明治時代以後、坪内逍遥によって『小説神髄』が著されるなどして西洋の文学理論が導入されるに伴いさまざまな試みがなされ、中には部分的にはそれなりの成果を上げたものもあったものの、

○ そもそも『源氏物語』に西洋の文学理論でいうところの「テーマ」が存在するのか。
○ 『源氏物語』に対して西洋の文学理論を適用することおよびそれに基づく分析手法を用いた結果導き出された「テーマ」に意味があるのか

といった前提が問い直されていることも多く、それぞれがそれぞれの関心に基づいて論じているという状況であり、源氏物語全体を一言で表すような主題を求める努力は続けられており、三谷邦明による反万世一系論や、鈴木日出男による源氏物語虚構論などのような一定の評価を受けた業績も現れてはいるものの、一方で『源氏物語』には西洋の文学理論でいうところの「テーマ」は存在しないとする見解も存在するなど広く合意された結論が出たとは言えない状況である。
源氏物語のそれぞれの部分についての研究がより精緻になるに従って源氏物語全体に一貫した主題を見つけることは困難になり、「読者それぞれに主題と考えるものが存在することになる。」という状況になる。
平成10年(1998年)から平成11年(1999年)にかけて風間書房から出版された『源氏物語研究集成』では全15巻のうち冒頭の2巻を「源氏物語の主題」にあて、計17編の論文を収録しているが、源氏物語全体の主題について直接論じたものはなく、すべて特定の巻または「○○物語」といった形でまとまって扱われることの多い関連を持った一群の巻々についての主題を論じたものばかりである。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

あのねぇ、テーマのない文学作品ってないですよう。

そうでしょうか?。。。あたくしは、西洋の文学理論でいうところの「テーマ」は存在しないと思うのでござ~♪~ますわ。

たとえそうだとしても、紫式部が『源氏物語』を書いた動機があるはずですよう。それがテーマですよう。

その動機って何でござ~♪~ますか?

紫式部は宮本武蔵のように「長恨歌」にハマッていたのですよう。

つまり、式部さんは日本語版「長恨歌」を書くつもりだったのでござ~♪~ますか?

そうですよう。僕にはそれ以外に思いつきません。だから、源氏物語のテーマは「果てしない悔恨」ですよう。

でも、本居宣長は、『源氏物語』を「外来の理論」である儒教や仏教に頼って解釈するべきではなく『源氏物語』そのものから導き出されるべきであるとし、その成果として「もののあはれ」論を主張したのでござ~♪~ますわ。

うん、うん、うん。。。確かに、そういう考え方もあるでしょう。でもねぇ、ビートルズの影響を無視して日本の現代ポピュラー音楽を語ることができないように、「長恨歌」を無視して『源氏物語』を語ることなどできないのですよう。しかも、卑弥子さんが指摘しているように源氏物語の第一巻の『桐壺』にありありと、「長恨歌」からの引用がある。

つまり、デンマンさんは、何が何でも紫式部さんが「長恨歌」にハマッていたとおっしゃるのでござ~♪~ますわね?

もちろんですよう。


(beat44.jpg)

キャー すてきィ~


(murasa3.jpg)

紫式部が生きていたら、ちょうど卑弥子さんのようにビートルズに熱狂したはずですよう。うしししし。。。

分かりましたわ。。。式部さんが「長恨歌」にハマッていたとして、その「果てしない悔恨」とは、いったい何でござ~♪~ますか?

良くぞ聞いてくれました。僕は何度も何度も源氏物語を読み返しました。源氏物語研究家の卑弥子さんを前にして説明するのは「釈迦に説法」になるけれど、僕はあえて素人なりの僕の考えを書いてみました。

『源氏物語』の第一部(「桐壺」から「藤裏葉【ふじのうらば】」まで)の終わりに近づいた「蛍(ほたる)」の帖で、紫式部は源氏の口を借りてつぎのように言う。
「そらごと」、つまり虚構と言われる物語の中にこそ人生の真実を書くことができると。。。

『源氏物語』の第二部は「若菜(わかな)上」から「幻(まぼろし)」までの8帖。
ここでは、主人公の光源氏のもとに、兄の朱雀(すざく)院の女三の宮が嫁(とつ)ぐ。
六条院の調和が崩れる。
つまり、源氏と紫の上との間に隙間風が吹き始める。
やがて、女三の宮と内大臣の子息・柏木(かしわぎ)との密通から、不義の子・薫(かおる)が生まれる。

源氏をめぐる女性は次々と出家。
あるいは他界する。
生涯の伴侶だった紫の上も亡くなる。

この世の栄華を極めた光源氏も、忍び寄る老いには勝てず、苦渋と孤独のうちにやがてその生涯を閉じる。
光源氏も、所詮(しょせん)は一人の人間でしかなかったと書き終えて、紫式部はさらに、源氏の次の世代に筆を進める。
第三部である。

第三部は、「匂宮(においのみや)」「紅梅(こうばい)」「竹河(たけかわ)」の三帖を介して、いわゆる「宇治十帖」に語り継がれる。
源氏の孫に当たる風流貴公子・匂の宮と罪の子・薫が主人公として登場。
この二人の相手になるのが源氏の零落(れいらく)した異母弟・八の宮の姫君たち。
主要舞台は京の都から暗鬱(あんうつ)な宇治の山里に移る。

この宇治の山里では、不毛な恋に身を焼いて何の救いもない。
浮舟は、心の中では信頼感の持てる薫をしたいながら、官能の炎にもえる匂の宮に惹かれてゆく。
オツムは薫に、体は匂の宮になびいてゆく。
自らの意思によって、いずれが真実なのか見極めることができない浮舟の性格には、女の持つ弱さ、はかなさがにじみ出ている。

いよいよ浮舟は薫か、匂の宮か?二人のどちらかを選ばねばならないのだが、決心がつかない。
浮舟は、悩んだ末、宇治川へ投身自殺をする。
ところが、彼女は死なず、助けられる。
愛の惑溺(わくでき)から逃れるため、浮舟は出家する。

こうして、最終帖「夢浮橋(ゆめのうきはし)」では、薫と匂の宮に愛された浮舟の、かたくなな出家の意思と、行き悩む薫の姿を描いて、この大河小説は終わるともなく終わってゆく。


『紫式部の生没年はなぜ分からないの?』より
(2009年6月30日)

つまり、デンマンさんにとって、源氏物語の第三部にこそ、「果てしない悔恨」が描かれているとおっしゃるのですか?

その通りですよう。第一部の「明石」の帖あたりまでは、紫式部が藤原道長に見出されて、彼の娘の彰子に仕えるまでに書き終えていたと思うのですよう。

第14巻の「澪標(みおつくし)」からあとの帖を道長様がプロデユーサーになって紫式部さんが書き進めたとおっしゃるのでござ~♪~ますか?

その通りです。紫式部は頭がいい女性だから、やがて自分が利用されていることに気づいたでしょう。

彰子様が一条天皇の子供を宿すために『千夜一夜物語(アラビアン・ナイト)』ならぬ、『源氏物語』を持って一条天皇の伽をなさったとデンマンさんはおっしゃるのですわね?

そうですよう。紫式部のおかげで彰子は勝ち組になったのですよう。清少納言は定子に仕えて敗者の側から道長と道隆(彼の遺児の伊周・隆家)の権力闘争を見ていた。『枕草子』とは、枕のみが自分の涙を知っているという意味で、藤原道長を憚(はばか)って明記されていないが明らかに定子・伊周の立場に立って道長を告発している書ですよう。

。。。んで、具体的に何が「果てしない悔恨」なのでござ~♪~ますか?

紫式部には、書きたいことがたくさんあったのですよう。でも書けなかった。

どうして、そのような事がデンマンさんには分かるのでござ~♪~ますか?

紫式部は「雲隠(くもがくれ)」の本文を書いたと思うのですよう。でもねぇ、プロデューサーである道長が、「それは一条天皇が読むのにふさわしくない」と言って削除させたのですよう。

つまり、一条天皇が読んだら、イヤな感じを抱いて彰子様から定子さんへ乗り換えると。。。?うふふふふ。。。

そうですよう。それで、紫式部は、しぶしぶ応じなければならなかったので、現在でも巻名のみで本文が欠如している。

つまり、式部様は利用されている自分に気づきながらも、プロデユーサーである道長様に従わねばならなかったと。。。

そうですよう。。。でも、やがて目的を達した。

彰子様が一条天皇のお子を宿したのですわね?

そうですよう。それで第三部では自由に書くことができた。

。。。んで、「果てしない悔恨」とは。。。?

だから、浮舟の苦悩こそ、紫式部が感じた悔恨ですよう。浮舟は薫と匂の宮の間でゆれた。紫式部自身も「薫」と「匂の宮」の間でゆれた。

どう言う事でござ~♪~ますか?

つまり、「薫」とは、紫式部が「長恨歌」から感じ取ったロマンですよう。この事が書きたかった。

それで、「匂の宮」とは。。。?

プロデユーサーである道長が紫式部に「このようなことを書けば一条天皇が喜ぶはずだ。。。」と言って書かせた物語ですよう。つまり「雲隠(くもがくれ)」までのハッピーエンドな物語ですよう。

書きたいものが書けなかった、道長様に利用された、という紫式部さんの「果てしない悔恨」が第三部になったとデンマンさんはおっしゃるのでござ~♪~ますか?

そうですよう。そのようなテーマを借りて第三部で道長を含めた上流貴族社会の実像を描いて見せたのですよう。道長も当然第三部を読んだのです。にがにがしく思ったでしょう。その空気を周りの者も微妙に察したはずです。

それで。。。?

あれだけ有名な源氏物語を書き上げたのに、紫式部の晩年が、なぜ、これほどまでに夜霧の彼方に霞(かす)んで見えなくなったのか?

道長様の思惑を察して、誰もが相手にしなかったのでござ~♪~ますか?

そうとしか考えられないでしょう!だから、紫式部の生没年は分からない。彼女の本名さえも伝わっていない。紫式部は道長に嫌われることを承知で断固として書くべきことを最後に書いたのですよう。そして、夜霧の彼方に消えて行ったのですよう。

可哀想に。。。

それで、卑弥子さんは僕に何が言いたかったのですか?

あたくしは太田さんが書いていたことを何度も考えてみたのです。

私(紫式部)は、未だかつて、

女の人の誰をでも愛した男を

見たことが無かった。

それどころか、自分の息子、

娘ですら愛した男を、

一人だに知らない、と

言っているのである。

そうした世界を描ききった

芸術としての文学が

この作品である、と

私は評価しているのである。

それは、作者の意図ではないにしても、

これは、男の孤独である。

卑弥子さんは、しつこいなあああァ~!僕が何度も言っているように、太田さんのこの評価は極めて個人的な経験に基づいて書いたまでのことですよう。普遍性はないのですよう。

あたくしは、そうは思いませんわ。

普遍性があるとでも言うのですか?

そうでござ~♪~ますわ。

どう言う訳でぇ。。。?

デンマンさんは第二部がハッピーエンドだとおっしゃいましたが、あたくしは違うと思うのでござ~♪~ます。

どうして。。。?

数々の女性と愛し合った光源氏は、この世の栄華を極めるのですけれど、忍び寄る老いには勝てず、苦渋と孤独のうちにやがてその生涯を閉じるのでござ~♪~ますわ。一見、幸せに終わったかのように見えますが、それは表面的な栄華であって、第三部の「果てしない悔恨」を書くための中継(なかつ)ぎのようになっているのでござ~♪~ますわ。

つまり、光源氏も太田さんが言う“男の孤独”を感じながらあの世に行ったと卑弥子さんは言うのですか?

そうでござ~♪~ますわ。その延長線上に第三部が展開されてゆくのですわ。

しかし、白楽天に熱狂した紫式部が源氏物語で“男の孤独”を書こうとしたとは思えない。

もちろん、紫式部女史は“男の孤独”を書こうとしたのではありません。“人間の孤独”を書こうとしたのでござ~♪~ますわ。

しかし、白楽天に熱狂した紫式部は玄宗皇帝と楊貴妃の愛の物語を源氏物語の中でも書こうとしたはずですよう。

そうなのですわ。でも、結果として、そうはならなかったのでござ~♪~ます。

どうして。。。?

紫式部はレンゲさんのようなジレンマを感じたのでござ~♪~ますわ。

初めの意図とは、

ずれまくってるよ。


(lonely15.jpg)

最初はいろんな形の愛を探したかった。

でも、今はわたしの感情の吐き出し口。

更新も全然できないし・・・

て言うか、パソコン自体いじってない。

先日から、少し調子がいいのかな?

今まで「死にたい」すら書けなかったし。

 

by レンゲ

2004/12/09 13:07


『心の痛みを話す気になりましたか?』より
(2005年11月26日)

紫式部も玄宗皇帝と楊貴妃のような愛の物語を書こうとしたのですわ。

どうして書かなかったのですか?

自分が藤原道長に利用されていると知ったからですわ。それからは、宮人たちの淋しい孤独な面ばかりが見えるようになってくる。挙句の果てに道長との関係も冷え切ってゆくのですわ。それで、やがては人知れず当時の社交界から消えて行ったのでござ~♪~ますう。

つまり、源氏物語は紫式部の“人間の孤独の書”だと卑弥子さんは見ているのですか?

そうでござ~♪~ますわ。。。いけませんかしら?おほほほほ。。。

【小百合の独り言】


(sayuri5.gif)

ですってぇ~。。。
卑弥子さんの知られざる源氏物語研究家としての一面を見る思いがしましたわ。
私は源氏物語をじっくりと読んだ経験がありません。
あなたはいかがですか?
外国語を読むようで、ちょっととっつきにくいですよね。

でも、卑弥子さんとデンマンさんのお話を聞いていると、なんだか、じっくりと読んでみようという気持ちになりますわ。
あなたは、どう思われたでしょうか?

卑弥子

の検索結果

約 69,100 件中 1 – 14 件目


(himiko22.gif)

1) 卑弥子とは – @PEDIA(アットペディア) 卑弥子さんは京都にある女子大学で「日本文化と源氏物語」を講義しています。30代で独身です。結婚を希望していますが良い人がなかなか現れません
http://atpedia.jp/word/卑弥子

2) 卑弥子 の まとめ- @PEDIA(アットペディア) 卑弥子さんは京都にある女子大学で「日本文化と源氏物語」を講義しています。30代で独身です。結婚を希望していますが良い人がなかなか現れません
http://atpedia.jp/matome/卑弥子

4) 卑弥子の何でも屋風呂具 卑弥子が顔を出す記事をすべて網羅したブログです。 … 卑弥子の何でも屋風呂具のHOTキーワード☆. 愛; ざ; 女; デンマンさん; 目; 人; 小百; 卑弥子さん; 記事; バンクーバー; 次; jp; PART; ブログ; 小百合さん; 英語; ランジェリー; クリック; ネット
http://www.edita.jp/himiko/

5) 卑弥子の何でも屋風呂具 卑弥子が顔を出す記事をすべて網羅したブログです。 … 卑弥子でござ〜♪〜ますわよ。 くどいようですけれど、また現れましたわ。 ええっ、何で英語の記事に 顔を出すのかって? あたくしも、英語を勉強して ワーホリしたいのですわよ。
http://www.edita.jp/himiko/archive/200709-new.html

6) 徒然ブログ:武蔵と卑弥子さん (PART 1) あのねぇ~、僕がせっかく宮本武蔵のことを書こうとしているのに卑弥子さんが協力してくれないからですよう。んも~~ …. あのねぇ、僕にとって卑弥子さんも大切な人なのですよう。でもねぇ~、今日は宮本武蔵と小百合さんのことなのですよう。
http://blog.livedoor.jp/barclay1720/archives/51512104.html

7) 徒然ブログ:武蔵と卑弥子さん (PART 2)2009年6月20日 … 実際、素晴しい授業でしたよ。僕も引き込まれるように、この先生の熱のこもった説明に魅了されたものでした。まるで人間国宝級の講談師が講釈をしているような熱の入れ方なのですよ。卑弥子さんも『長恨歌』を知っているでしょう?
http://blog.livedoor.jp/barclay1720/archives/51512085.html

11) 卑弥子 – Blog Keyword VisualizerBlog Keyword Visualizer (ブログキーワードビジュアライザー) はBlogの最近の話題を知ることができるサイトです.
http://bkv.so-net.ne.jp/keyword/卑弥子

12) 武蔵と卑弥子さん PART 5 OF 5 – デンマンのブログ 2009年6月20日 … ご内儀の申し出に鼻の下を伸ばして褥(しとね)を共にしたならば、卑弥子さんと同じように腹が膨らんでしまったかもしれないのですよう。そうなったら、ご内儀は離縁されて人生の破滅になるかもしれない。
http://blog.goo.ne.jp/denman/e/5632488f62fef8741a0f69b336c6dbd7

13) 武蔵と卑弥子さん PART 4 OF 5 – デンマンのブログ 卑弥子さんも『長恨歌』と言う名前は知っていても、内容までは良く知らない。。。そうでしょう? デンマンさんは、大島先生の …. 卑弥子さんと同姓同名のご内儀も、心の優しい女性だから武蔵と打ち解けてゆくわけですよう。しかも、武蔵は僕と同じよう
http://blog.goo.ne.jp/denman/e/eea7cf0ca895ec4d71c02a82b1768b57

14) エディタ・コミュニティ(edita) – 卑弥子の何でも屋風呂具 エディタ・コミュニティ:のコミュニティ。卑弥子が顔を出す記事をすべて網羅したブログです
http://community.edita.jp/c_top/c-45f8fd038bd73

2010年2月21日現在

『卑弥子 のGOOGLE検索結果』より

“卑弥子”を入れた検索結果ですわ。
やっぱり、すごいですわよねぇ。

でも、“小百合”を入れて検索してみたら、なんと 2、730,000件も見つかりました。
トップは、なんと言っても吉永小百合さんでしたわ。
しかし、私は100番以内にも入っていませんでした。(苦笑)

それを考えると卑弥子さんが約 69,100 件中のトップを占めているという存在感はすごいですよね。
そのうち、卑弥子さんにも素晴らしい男性からファンレターかラブレターが届くと思いますわ。
ちなみにデンマンさんが名づけてくださった“軽井沢タリアセン夫人”を入れて検索してみたら、次のような結果が得られました。

軽井沢タリアセン夫人

の検索結果

約 8,090 件中 1 – 10 件目


(sayuri43.jpg)

1) 軽井沢タリアセン夫人 PART 1 OF 4 – デンマンのブログ 2009年6月12日 … 実は、「軽井沢タリアセン夫人」も小百合さんと僕の対話形式の話になるのですよう。 小百合さんは、ヤらしい話が嫌い … 「軽井沢タリアセン夫人」では、小百合さんの胃の調子が可笑しくなるような写真やイラストは使わないつもりです。
http://blog.goo.ne.jp/denman/e/e3d2e3f8d7bef351ff05b52b2fb8795d

2) タリアセン夫人(PART 3 OF 3) – デンマンのブログ 分かりました。。。でも、僕のことよりも小百合さんこそ軽井沢タリアセン夫人としてルンルン気分で暮らしてね。 でも、私はデンマンさんが考えているようなタリアセン夫人ではないのですわ。 あのねぇ~、小百合さんは自分の事を良く見てないのですよう。
http://blog.goo.ne.jp/denman/e/97ef3014bf52508e44b0f24a9d15b5c7

3) 軽井沢タリアセンのクチコミ | 【デート通.jp】 – デートスポット …『エマニエル夫人特集』 じゃあ、いつものように小百合さんが「軽井沢タリアセン夫人」として夢とロマンの人生が送れるように応援しています。 … エマニエル夫人は、やっぱり軽井沢タリアセン夫人と関係あるのですよね。 きゃははははは。
http://www.date2.jp

4) デンマンの書きたい放題 : 軽井沢タリアセン夫人 (PART 2 OF 4)軽井沢タリアセン夫人 (PART 2 OF 4). 2009年 06月 12日. 軽井沢タリアセン夫人 (PART 2 OF 4). 日付: Fri, 29 May 2009 14:01:23 +0900 (JST) (バンクーバー時間: 5月28日 木曜日 午後10時1分) 差出人: “domini@yahoo.co.jp”
http://denman705.exblog.jp/10415276/

5) デンマンの書きたい放題 : 軽井沢タリアセン夫人と馬鹿犬(PART 3 OF 4)軽井沢タリアセン夫人と馬鹿犬(PART 3 OF 4). 2009年 08月 17日. 軽井沢タリアセン夫人と馬鹿犬(PART 3 OF 4) 読みました。 そんなに早く読めるわけねぇ~♪~だろう! いえ。。。オイラは縦読みするから、ほんのわずかな時間で読んでしまうんです。
http://denman705.exblog.jp/10880918/

6) 徒然ブログ:軽井沢タリアセン夫人 (PART 2) それだけ、軽井沢が小百合さんにとって子供の頃からの夢とロマンになっていたんだよね。 僕が小百合さんのために「軽井沢タリアセン夫人」を書こうと思ったのも小百合さんの夢とロマンを感じ取ったからなのですよう。 うん、うん、うん。
http://blog.livedoor.jp/barclay1720/archives/51508145.html

7) 徒然ブログ:軽井沢タリアセン夫人と馬鹿犬(PART 2)2009年8月17日 … 軽井沢タリアセン夫人と馬鹿犬(PART 2) 読みました。 そんなに早く読めるわけねぇ~♪~だろう! いえ。。。オイラは縦読みするから、ほんのわずかな時間で読んでしまうんです。 だから、オマエは話の内容をいつも理解していないんだな?
http://blog.livedoor.jp/barclay1720/archives/51537742.html

8) 軽井沢タリアセン夫人と馬鹿犬(PART 1 OF 4)2009年8月17日 … その中で「軽井沢タリアセン夫人」が一人で読んだら、噴出してしまうような話があります。 294ページにあります。 タイトルは“The odd couple (奇妙なカップル)” オナラの話なのですよう。 僕は、これまで犬がオナラをするのを聞い
http://www.edita.jp/goo705/one/goo7052674.html

9) タリアセン夫人(PART 3 OF 3)2010年2月15日 … でも、僕のことよりも小百合さんこそ軽井沢タリアセン夫人としてルンルン気分で暮らしてね。 でも、私はデンマンさんが考えているようなタリアセン夫人ではないのですわ。 あのねぇ〜、小百合さんは自分の事を良く見てないのですよう。
http://www.edita.jp/goo705/one/goo7053226.html

10) 保険とローンについて考えるさいと: 軽井沢タリアセン夫人と馬鹿犬 …2009年8月17日 … 軽井沢タリアセン夫人と馬鹿犬(PART 4 OF 4). JCB ETCカードの普及には、例の高速料1000円の影響があることは認めざるを得ない。 業界をリードしているJCBは、クレジットカードのトップランナーとしての威信を、JCB ETCカードに賭けて
http://hokentoloan.seesaa.net/article/125855070.html

2010年2月21日現在

『軽井沢タリアセン夫人 のGOOGLE検索結果』より

上位10位は、すべて私のことが書いてあるのですけれど、ほとんどデンマンさんが書いた記事ですわ。(微笑)
“軽井沢タリアセン夫人”の名に恥じないように現代語訳の源氏物語でも暇なときに読んでみようと思います。

とにかく、まだ面白い話題が続くと思いますわ。
あなたもどうか、またあさって読みに戻ってきてくださいね。
では、また。。。


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こんにちは。ジューンです。


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本の紹介ページ: 『英訳源氏物語』

『源氏物語』は、1882年に

末松謙澄さんが英訳して

ロンドンで刊行されました。

デンマンさんもこの事で

次の記事を書いています。

『ヴィクトリア女王と源氏物語』

ヴィクトリア女王は

「源氏物語」を読んだでしょうか?

ヴィクトリア女王が亡くなったのは

1901年です。

だから、読んだかもしれません。

ただ、「源氏物語」を読まないとしても、

紫式部の名前を知っていたかもしれません。

ええっ。。。どうしてかって。。。?

ヴィクトリア女王は「紫」が好きだったそうです。

うふふふふ。。。

人類が最初に発明した合成染料は

紫色だったのです。

1856年にイギリスの化学生パーキンが

解熱剤を合成する実験中に

偶然発見したそうですよう。

その薄い紫はモーヴと名付けられたのです。

モーヴ(mauve)とはフランス語で

葵(アオイ)の意味です。

ヴィクトリア女王は、その紫色が好きだったのです。

1862年に開かれたロンドンの万国博に

ヴィクトリア女王がこの合成染料モーヴで染めた

ドレスを着て現れたのです。


(mauve12.jpg)

【合成染料モーヴで染めた

ヴィクトリア朝のドレスを着た女性】

そのような訳でモーヴはヴィクトリア朝の

流行色となりました。

ところで、愛とロマンに満ちた

レンゲさんのお話をまとめて

『レンゲ物語』を作りました。

もし、レンゲさんの記事をまとめて読みたいならば、

次のリンクをクリックしてくださいね。

■ 『愛とロマンのレンゲ物語』


(renge730.jpg)

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


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