Posts Tagged ‘豊臣秀吉’

桜と絹とツイッター

2013年5月23日

 
  
桜と絹とツイッター
 



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(twitter09.jpg)



 
(miya08.jpg+silkanim.gif)

デンマンさん。。。 今日は「おばさんの下着」の話ではないのですか?

あれっ。。。 ジューンさんは「おばさんの下着」の話がしたいのですか?

別に「おばさんの下着」の話がしたいわけではありませんわ。 ただ、訊いてみただけですわ。 デンマンさんの記事のタイトルには「おばさんの下着」が最近たくさん出てきますから。。。

あのねぇ~、実は、今日の話にも「おばさんの下着」が出てくるのですよう。

やっぱりィ~。。。!?

でもねぇ~、またタイトルに「おばさんの下着」を持ち出すとジューンさんが「もう絶対に“おばさんの下着”の話には出たくない!」と言うだろうと思って僕はタイトルには「おばさんの下着」を含めなかったのですよう。

この記事を読み始めたネット市民の皆様は、もう“おばさんの下着”の話には飽き飽きしていると思いますわ。

僕だって飽き飽きしていますよう。 (苦笑)

それなのに、どうしてまた「おばさんの下着」を持ち出そうとするのですか?

いや。。。 「おばさんの下着」を持ち出しません。 あくまでも脇役の脇役としてリストの中に見え隠れするだけです。 実は僕だって“おばさんの下着”には飽き飽きしているのですから。。。

だったら、桜と絹とツイッターの話を始めてくださいなァ。

分かりました。。。 じゃあ、まず次のリストを見てください。


(ame30518b.gif)

これは5月18日の「リンク元URL」のリストなのですよ。 赤枠で囲んだ2番と23番に注目してください。

この2つの短縮形のURLはツイートの中に表示されたURLなのですか?

そうです。 5月18日に呟いた赤枠で囲んだツイートの中に短縮形のURLが出てきます。


(tw30522.gif)

この2つの短縮形のURLをクリックすると次のページが表示されるのですよ。


(ame30518e.gif)

『実際のページ』

あらっ。。。 これは英語で書いた記事ではありませんかァ!

そうです。 

たくさんのネット市民の方が読んだのですか?

英語で書かれた記事にしてはかなりの人が目を通したのですよ。 もう一度「リンク元URL」のリストの1番に注目してください。


(ame30518b.gif)

1番の延べ 258人はアメブロの常連さんなのですよ。 僕のブログを「お気に入り」や「ブックマーク」に登録していて、そのページからやって来たのです。

延べ258人の常連さんの内、何人が“Cherry and Silk”を読んだのですか?

それを知るためには、5月18日の時間別アクセス数のリストを見てください。


(ame30518.gif)

あらっ。。。 日本人のほとんどの人たちがグッスリと眠っているというのに、午前2時から3時前での間に集中して71人もの常連さんがやって来たのですわね。

その通りです。

どうしてこの丑三(うしみ)つ時の1時間にダントツで常連さんがやって来たのですか?

赤枠で囲んだ記事の投稿時間を見てください。


(ame30518e2.gif)

あらっ。。。デンマンさんは5月18日の午前2時32分に投稿したのですか?

そうです。 バンクーバーは日本時間と比べると16時間遅れてますからね、この時刻はバンクーバーでは前日の5月17日、午前10時32分ですよ。

つまり、午前2時から3時の間に読みにやって来た人たちは、デンマンさんが投稿した時にパソコンの目覚まし時計が鳴って起き出して読んだということですか?

まさかァ~! そうじゃありませんよう。。。 この71人と、それに続く 34人はこの時間に起きてネットをやっていたのですよう。

信じられませんわ。

あのねぇ~、ジューンさんは昼型人間だから信じられないだろうけれど、この広い世界には夜型人間もいるのですよ。 僕だって一頃は夜型人間だったから午前1時から3時ごろは最もネットをやっていて効率よく誰にも邪魔されずに、電話も鳴らずに、スイスイ、ネットができるのですよ。

つまり、デンマンさんのブログを読む人は圧倒的に夜型人間が多いということですか?

その通りですよ。

。。。で、5月18日には合計すると一体幾人のネットサーファーが“Cherry and Silk”を読んだのですか?

それを知るには 5月18日の「ページ別アクセス数」のリストを見てください。


(ame30518d.gif)

赤枠で囲んだ人たち、つまり、56 + 37 + 28 + 16 = 137人が“Cherry and Silk”を読んだのですよ。

「ホームページ」と「RRSフィード」がどうして“Cherry and Silk”を読んだことになるのですか?

「ホームページ」と「RRSフィード」が表示されると、その最初に“Cherry and Silk”のページが出てくるからですよ。 どうしてもそのページから目を通すことになる。

なるほどォ~。。。 で、今日はこの話だけで終わりですか?

いや。。。 これだけでは、つまらないのでジューンさんのために面白い話をしますよ。

「おばさんの下着」の話は、もう結構ですから。。。

分かってますよう。。。 僕だって飽き飽きしているのだから。。。 もう一度「リンク元URL」のリストを見てください。


(ame30518b2.gif)

青枠で囲んだ 17番、18番、19番に注目してください。

画像で検索してデンマンさんのブログを読みにやって来たのですわね。

そうです。

17番のサーファーは、どのような画像を探してやってきたのですか?

次の画像ですよ。


(ame30518b3.gif)

あらっ。。。 なんだか逞しい伝法肌の女性ですわね。 。。。で、この人はどの記事を読んだのですか?

上のページの「この画像のサイト」をクリックすると次のページが表示されるのですよ。


(ame30518b4.gif)

『実際のページ』

エロい記事ですわね。

ジューンさんはイラストを見て興味が起こりませんか?

わたしはエロ漫画はめったに読みませんからパスしますわ。 18番の人はどのような画像を探してやって来たのですか?

次の画像です。


(ame30518b5.gif)

女性のreproduction system の解剖図ですわね。 このページの「この画像のサイト」をクリックすると真面目なページが表われるのですか?

もちろんですよ。 ヤらしい記事ではありません。 ジューンさんのためになる記事ですよ。 「この画像のサイト」をクリックすると次の記事が出てきます。


(ame20404.gif)

『実際のページ』

あとで読んでみますわ。。。で、19番の人はどのような画像を探してやって来たのですか?

次の画像です。


(ame30518b6.gif)

この白い像は誰ですか?

「論介(ノンゲ)」さんという韓国人の女性ですよ。

デンマンさんは、この女性のことで記事を書いたのですか?

韓国の晋州(チンジュ)市へ行った時にこの女性を祀(まつ)ったお堂を見たのですよ。 それで、そのことを書いたのです。

。。。で、上のページの「この画像のサイト」をクリックするとデンマンさんが書いたページが表示されるのですか?

僕もそう思ったのだけれど、実は、次のページが出てくるのですよ。


(ame30518b7.gif)

『実際のページ』

これはデンマンさんが書いたページなのですか?

いや。。。 僕が書いたページではないのですよ。

それなのにどうして「リンク元URL」のリストに載っているのですか?

あのねぇ~、実は、その上の白い像の写真は僕には全く見覚えのない写真なのですよ。 でも、この上のページからやって来た事に間違いがない。 そうだとすると考えられるのは「フォトギャラリー」を左右にたどってっゆくと僕がアメブロに投稿した記事の中に貼り付けた写真が出てくるに違いない。 画像検索した人物は、その写真をクリックしてやって来たとしか考えられない。

。。。で、デンマンさんは「フォトギャラリー」の中に入っていって探してみたのですか?

やってみました。 でもねぇ~、僕が朱論介(チュ・ノンゲ)さんについて書いた記事の中に使った写真は出てこないのですよ。

。。。で、デンマンさんが論介(ノンゲ)さんについて書いた記事というのは、いったいどの記事なのですか?

次の記事ですよ。



(thanx01.jpg+thanx03.jpg)

『ありがとうさん』

(2011年11月26日)

デンマンさんは、どのようなわけで論介(ノンゲ)さんに興味を持ったのですか?

あのねぇ~、僕は1990年頃、ふるさとの行田に帰省したのですよ。 友達を訪ねる旅のついでに九州まで足を延ばそうとして新幹線にのったのですよ。 でもねぇ~、途中で気が変わって下関からフェリーで釜山へ行ったのです。

どうして九州旅行が釜山旅行になったのですか?

あのねぇ~、新幹線の中で、たまたま歴史の本を読んでいた。 ちょうど「文禄・慶長の役」の話に興味を覚えたのですよ。

どのようなお話ですか?

普州城(チンジュソン)の戦いの時のエピソードなのですよ。


(fushu34.jpg)


(fushu3.jpg)


(fushu31.jpg)

「文禄の役」には2回の激しい戦闘があった。 第2回目の攻防戦で日本軍は勝った。 それで加藤清正をはじめとして武将やその家来が祝宴を開いたのですよ。 当然のことながら武将たちを喜ばせるために妓生(キーセン)がたくさん集められた。 その中に朱論介(チュ・ノンゲ)さんがいたのです。


(fushu32.jpg)

この人が論介(ノンゲ)さんですか?

そうです。 豊臣軍が「矗石楼」で祝宴の最中、論介(ノンゲ)さんもその祝宴の中に居た。


(fushu11.jpg)

そこに俗に「加藤十六将」の一人とされる貴田孫兵衛(きだ まごべえ)という武将がいたのです。 鉄炮衆四十名を率いて従軍した。 孫兵衛の一族は、加藤家改易の後には細川藩士となっている。 この人は別名毛谷村六助の名で知られている人です。

有名な武将なのですか?

江戸時代の軍記本『豊臣鎮西軍記』に、貴田孫兵衛は前名を毛谷村六助といい、女の仇討ちを助太刀したという物語が載せられ、これが天明年間に人形浄瑠璃『彦山権現誓助剣(ひこさんごんげんちかいのすけだち)』として上演されて流行した。 その後、歌舞伎の演目にもなり、大正時代には映画にもなったのですよ。

この孫兵衛さんとキーセンの論介(ノンゲ)さんが関係あるのですか?

あるのです。 この祝宴の席で酔った孫兵衛さんを「矗石楼」の外の岩場に連れ出し、孫兵衛さんを抱きかかえて、共に南江の川淵に身を投げたというのです。

復讐のためですか?

上の記事『ありがとうさん』を書いた時には詳しいことは知らなかったのですよ。 でもねぇ、この記事を書くために、たまたま訪ねた「韓国観光公社公式サイト」のページを見たら書いてあった。


(ame30518b7.gif)

つまり、論介(ノンゲ)さんの夫の崔慶会将軍は「文禄の役」の2回目の攻防戦で負けて川に身を投げ殉死したのですよ。 それで論介さんは夫の仇を討つために妓生(キーセン)と偽って日本軍の宴会の席に紛れ込んだ。

それで酔ったふりして貴田孫兵衛(きだ まごべえ)さんに抱きついて川に身を投げたわけですか?

そういうことなのですよ。 それで現地の人たちは論介さんの壮絶な気持ちに感動して、その徳を称(たた)えて論介さんを祀った「義妓祠」という祠(ほこら)を建てたわけです。


(fushu35.jpg)

この祠の奥に上の論介(ノンゲ)さんの絵が掛けられているのですよ。 でもねぇ、相手の武将は孫兵衛さんではない可能性がある。

どういうわけで。。。?

大分県中津市には貴田孫兵衛の前名である毛谷村六助の墓があるからですよ。 地元ではこの地で62歳で亡くなったと伝えられている。 つまり、人形浄瑠璃や歌舞伎で有名になったので、1960年代に韓国の論介(ノンゲ)伝説と結び付けられ、晋州城で殺されたことにされたのではないか!?と言われているのですよ。 しかも歌舞伎になっている「彦山権現誓助剣(ひこさんごんげんちかいのすけだち)」では、女ながらも武道の達人である吉岡家の娘お園が、許婚(いいなずけ)の毛谷村六助の助勢を得て父の敵・京極内匠(たくみ)を討つ物語になっている。 それに、六助のモデルは宮本武蔵、内匠は佐々木小次郎と言われている。

いろいろとごちゃ混ぜになっているのですわね?

そうなのですよ。 朱論介(チュ・ノンゲ)さんは実在の人物なのだけれど、そのお相手になった武将は現在では伝説の人物になっている。 歌舞伎の主人公の六助は英彦山の山里毛谷村に育ち、樵(きこり)の生活と信仰の中から剛力と武芸を豊前坊天狗から修得したというのです。 やがて加藤清正軍の武将として文禄の役に出陣し、晋州城の攻略に奮闘したが、戦勝の祝宴で妓生(キーセン)の論介(ノンゲ)さんが身を捨てて六助を掻き抱き、共に南江の川淵に沈んだことになっている。

でも、その身投げした場所ははっきりしているのですか?

はっきりしているのですよ。 今でも「矗石楼」の近くに「義岩」として残っているのです。


(fushu33.jpg)

。。。で、デンマンさんは、その真相を突き止めるために急遽(きゅうきょ)、九州旅行から韓国旅行に切り替えたのですか?

そうなのですよ。 うへへへへへ。。。

【卑弥子の独り言】

ですってぇ~。。。
最後に論介(ノンゲ)さんを持ち出してきて「おばさんの下着」から歴史的に格調高いお話にしているのでござ~♪~ますわ。

ところで、ジューンさんの「おばさんパンツ姿」が人気のようでござ~ますけれど、あたくしの「おばさんパンツ姿」も捨てたものではござ~ませんわ。
ちなみに、あたくしはGOOGLEで「卑弥子のおばさんパンツ姿」と入れて検索してみたのでござ~ますう。
その結果を見てくださいまし。


(gog30505.gif)

ご覧のようにトップに、あたくしの「おばさんパンツ姿」が出てくるのですわよう。
うふふふふふ。。。

この写真いかがでしょうか?
けっこうイケテルと思いませんか?

ええっ。。。? ジューンさんの「おばさんパンツ姿」の方がいいのでござ~ますか?

んもおおおォ~。。。
そのような事を言わないでくださいましなァ~。

でも、ジューンさんの面白いお話はたくさんありますわ。
どうか次のリンクをクリックして読んでくださいましね。


『エロスのバンクーバー』

『世界を駆け巡る日本人』


(june501.jpg)

『あらっ、パンツが…』

『わたし的にはOKです』

『国際感覚ダントツ』


(june913.jpg)

『国際化と英語』

『肥後ずいきと国際化』

『おばさんパンツを旅する』

『カウチポテト』

『やらしくさわるの?』


(newyear13b.jpg)

『下つき肥後ずいき』

『おばさんの下着』

『海に佇むロトの妻』

『紅のおばさんパンツ』

『白人女性志向』

『肥後ずいきとおばさんパンツ』

『ジューンさんとトイさん』

『鼻血が出るぐらいのエロ漫画』

『処女とおばさんの下着』

『ツイッターと国際語』

『おばさんの下着姿に見るSEO』

『おばさんの下着とポスト資本主義』

とにかく、次回も興味深い記事が続きますわ。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、また。。。

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

スパムメールが相変わらず多いですわよね。

あなたのメールボックスにも、

ジャンクメールがいっぱい入っているでしょう!?

スパムメールを飛ばしているのは

いったい、どういう人たちなのでしょうか?

出会い系サイトのオーナーたちが多いそうですわ。

彼らは会員を集めるためにスパムメールをばら撒きます。

そのためにメールアドレスのリストを購入しています。

では、そのようなリストを販売している人は

どうやってメールアドレスを集めているのでしょうか?

ロボット(自動巡回プログラム)によって

自動収集させているのです。

ところで、サーチエンジンの自動巡回ロボットは

毎日世界中のサイトを訪問し、

その内容をデータベースに書き込んでいます。

同じように、このメールアドレス収集巡回ロボットも、

HTMLソースを分析し、

メールアドレスらしきものをどんどん記録してゆきます。

でも、使っていないメールアドレスが

たくさんあるのですよね。

あなたの使っているメールアドレスのことを

考えてください。

あなたはメールアドレスをいくつ持っていますか?

一つだけではないでしょう?

10以上持っているのではありませんか?

多分、ほとんどのメールアドレスは使ってないでしょう?

そのために、現在実際に使っている

メールアドレスを集めるために、

怪しい人物が使用度の高いメールアドレスを

集めているのですわよ。

だから、あなたもむやみに信用できない人に対して

返信しないようにしてくださいね。

詳しいことはデンマンさんが次の記事で書いています。

『コメント魔』

(2012年4月3日)


 
ところで、卑弥子さんが面白いサイトを

やっています。

興味があったら、ぜひ次のリンクをクリックして

覗いてみてください。


(sylvie122.jpg)

『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ


(juneswim.jpg)

播磨灘物語

2010年8月16日

 
播磨灘物語

件名:小百合さん、おはよう!

元気いっぱいで

楽しく夏を過ごしてね。

きゃはははは。。。

Date: 03/08/2010 12:05:38 PM
Pacific Daylight Saving Time
日本時間:8月4日(水曜日)午前4時5分
From: denman@coolmail.jp
To: sayuri@hotmail.com
CC: barclay1720@aol.com

日本の猛暑・酷暑は一つの山を越えたのだろうか?
17日間で82人が熱中症で死亡したというようなニュースを見ましたよう。

カナダでは、まだ一人も熱中症で亡くなったというニュースはないですよう。
やっぱり、猛暑・酷暑に関する限り、カナダはパラダイスですよう。
小百合さんがバンクーバーにやって来たら、もう、天国ですよう!
きゃはははははは。。。

今日のバンクーバーは晴れてはいるのだけれど、雲がうっすらとかかって、ちょうど春先の花曇といった感じですよう。
気温21度です。
空気は澄んで、実に快適ですよう。
もちろん、こうしてメールを書いている限り、汗ばむということもありません。

カラスの巣は相変わらず空っぽだけれど、その周りの青葉はお日様に照り輝いています。
セミが鳴かないので、夏らしくないのですよね。
日本の夏を知っている人には、バンクーバーの夏は物足りないかもしれない。

では、今日も一日ルンルン気分で過ごしてね。

最近、寝る前に司馬遼太郎の「播磨灘物語」を読んでいますよ。
夕べも読みました。

福岡・黒田藩を起こした黒田勘兵衛こと、小寺勘兵衛の物語だけれど、面白いですよう。
つまり、人生とは何か?
その事を語っています。

もちろん、小百合さんと夢とロマンと愛の物語を語ることこそ人生なのですよう。
きゃはははははは。。。
では、小百合さんが軽井沢タリアセン夫人になりきってルンルン気分で楽しく過ごせるように次の記事でも読んでね。

『ルンルン気分 (2009年8月3日)』

じゃあねぇ。

デンマンさん。。。今日はデンマンさんが読んだ「播磨灘物語」のお話ですか?

小百合さんは、なんだかつまらなそうですね。

別に、つまらないと思っている訳ではありませんけれど、歴史に関心のない人はつまらないと思いますわ。

歴史に興味のない人でも面白い話をしますよう。

たとえば、どのような。。。?

あのねぇ、僕のふるさとの埼玉県行田市が出てくるのですよう。

マジで。。。?

もちろん、冗談でも、でまかせでもありませんよう。。。たとえウソをついても、すぐにバレてしまいますからね。

でも、播磨灘物語というのは昔の播磨の国の物語なのでしょう?

まあ。。。そう言う事ですよう。

だったら、現在の兵庫県のあたりのお話でしょう?

小百合さんも、けっこう詳しいのですね。

その程度の事ならば学校の歴史の時間に勉強しましたわ。

でもねぇ、マジで行田が出てくるのですよう。小百合さんのためにここに書き出します。読んでみてね。

余談ながら、水攻めについては後年、石田三成による関東忍城攻めのときに、秀吉の備中高松城攻めにおける成功をそのまま模倣した例がある。
まったくの模倣といっていい。
天正18年、秀吉が関東の北条氏を屈服させるために小田原城をかこんだ。
このとき北条方に加担した関東の小勢力のなかに、忍城の城主成田氏長がいる。
成田氏長はみずからは小田原籠城に参加し、家老(成田泰李ら)を守将として忍城を守らせた。城兵わずか五百余とされる。

これに対し、秀吉は一支隊を派遣し、包囲させた。
支隊とはいえその人数は関東の地元勢力を加えていたから二万を越えた。
その支隊長ともいうべき軍奉行が、秀吉によって抜擢された石田三成だった。

 (中略)

三成はそれに応えるべく気負(きお)うのだが、結局は忍城攻めで醜態ともいうべき失敗をし、豊臣家の緒将から、武の面で軽蔑される因果を背負うにいたる。
忍城は、いまの埼玉県行田市にある。

室町末期にできた城だが、もともと沼地であった土地に築かれた。城のまわりは深田であるという点、備中高松城に似ている。
—水攻め、然るべし。
と三成が決心したのは、三成の秀吉への憧れと無縁ではないかもしれない。

忍城の南を荒川が流れている。これは備中高松城における足守川であった。備中高松城では背後左右は山であるため自然の堤をなすが、忍城の場合は一望の平野である。ただ北方に利根川が流れている。三成はこの二つの川のあいだに堰堤(えんてい)を作ろうとした。堰堤の長さは三里であり、秀吉の場合の三倍であった。

 (中略)

そのうち大雨が降ったことも備中高松城における場合と同じだが、ただちがうのはその大雨で堰堤が切れ、水が逆に三成方の陣地にどっと流れこんだことが異なっている。このため逆に三成方に多数の溺死者を出し、結局、三成は忍城を無傷のまま包囲側が敗退ともいうべき撤収を行わざるをえなかった。


107-108 ページ 「播磨灘物語 (下巻)」
著者: 司馬遼太郎 発行所: 株式会社講談社
1976(昭和51)年7月3日 第15刷

デンマンさんの祖先の騎馬武者は、この時忍城の五百余名の中の一人だったのですか?

そうなのですよう。。。小百合さんはよく知ってますねぇ。

デンマンさんが書いた次の記事を読みましたわ。

デンマンの祖先は百済からやって来た

僕の家は徳川時代には忍城下で“木のくりもの屋”をしていた。僕の祖父の代までこれが続いて、大正時代に作品の品評会があって、これに出品して埼玉県知事からもらった2等賞の賞状が家宝のようにして2階の床の間に飾ってありましたよう。つまり、僕の祖父は腕のいい木工職人だったのですよう。家にも祖父が作ったと言う置物がたくさんありました。僕のオヤジが行田市の博物館にすべて寄付したようです。

それで徳川以前はどうだったのでござ~♪~ますか?

後北条氏に仕えていた騎馬武者だった。つまり、『更級日記』の作者が見たと言う騎馬武者の末裔(まつえい)だったのですよう。

つうことわあぁ~。。。デンマンさんの遠い祖先は百済から逃げてきた難民だったのでござ~♪~ますわね?

難民と言うと響きは悪いけれど、唐と新羅の連合軍と戦った騎馬隊の一員だった訳ですよう。

それで、戦いに負けて百済の国が滅びてしまったので仕方なしに日本へ逃れて来たと言うことでござ~♪~ますか?

そう言う事ですよう。

。。。んで、デンマンさんのご実家には家系図が残っているのですか?

そんなモノは残っていませんよう。

。。。んで。。。、んで。。。、どうして上のような事を、さも史実のように言うことができるのでござ~♪~ますか?

僕の体の中にある DNA に僕の祖先から伝わっている遺伝子が刻み込まれているからですよう。

その。。。その遺伝子って。。。いったい、どういうモノでござ~♪~ますか?

“海外飛躍遺伝子”ですよう。うしししし。。。

つまり、デンマンさんの遠い祖先は戦い敗れて百済から“海外”である日本へ渡ってきた。それから、京都に下って行ったけれど、生活の糧を得るためには畑仕事でもして食料を得なければならない。でも、近畿地方には土地がないので開拓団に入って関東まで落ちていったのでござ~♪~ますか?

そうですよう。

でも、結局、後北条氏に仕えたけれど、秀吉の小田原征伐で後北条氏が滅びると、騎馬武者から“くりもの屋”になって忍城下でお店を開いたのでござ~♪~ますか?

その通りですよう。

。。。んで、その“くりもの屋”が大正時代まで続いて、デンマンさんの代になると、1400年近く眠っていた“海外飛躍遺伝子”が眠りから覚めて、デンマンさんは34カ国を放浪した末に、カナダに安住の地を求めて定住した、と言う訳でござ~♪~ますか?

全く、その通りですよう。。。うしししし。。。


『韓国からようこそ!(2010年8月4日)』より

小百合さんは読んでくれたのですか?

だってぇ、デンマンさんはわざわざメールにまで書いて「読んで欲しい」と言うのですものォ~、読まないわけにはゆきませんわ。

あのねぇ、小百合さんはつまらなそうに言うけれど、忍城の水攻めの話は小百合さんとも関係があるのですよう。

私の祖先が関係していると、デンマンさんはおっしゃるのですか?

いや。。。小百合さんの祖先じゃなくて小百合さん自身ですよう。

私がどう言う訳で忍城の水攻めと関係があるのですか?

やだなあああァ~。。。もう、すっかり忘れてしまったのですね?

私が何を忘れているのですか?

やだなあああァ~。。。小百合さんはマジで忘れてしまったのですね?

だから。。。私が何を忘れているのですか?

あのねぇ~、忍城の水攻めの時に石田三成が本陣を置いたところが丸墓山だったのですよう。その場所へ僕は小百合さんを案内したのですよう。

あらっ。。。そのような事がありました?

ほらねぇ。。。小百合さんは完全に忘れてしまってますよう。んもお~~。

たまには忘れることだってありますわ。

じゃあねぇ~、次の記事を読んで思い出してくださいね。

僕が小学生の頃は、この城が建っている所は行田市本丸球場だった。球場と言ってもグランドがあるだけで、観覧席などは何もなかった。

いつ上のお城が建ったのですか?

1988(昭和63年)年の2月にグランドを移転して、その跡に行田市郷土博物館が開館した。上の御三階櫓は、その時、博物館の一部として復元されたのですよう。ただし、外観や構造は実際にあった建物とは関係ないのです。位置も史実とは異なり、内部は展望室や行田の歴史を写真や資料で紹介する展示室になっています。

お城は太平洋戦争の空襲で焼けてしまったのですか?

いや。。。違うのですよう。明治維新の後、廃藩置県で忍県ができた。埼玉県ができる前です。その時の県庁が二の丸に置かれたのですよう。お城はその時にはあった。

。。。んで、その後どうなったのでござ~♪~ますか?

忍県が埼玉県に吸収合併された時に明治政府の命令で完全に破壊しつくされたのですよう。

なぜ。。。?

あのねぇ~。。。忍城は“忍の浮き城”として難攻不落の城だった。関東七名城の一つですよう。1590(天正18)年の豊臣秀吉の小田原征伐の時、忍城を攻めたのは、あの有名な石田三成。城主の成田氏長は小田原城に出向いて忍城を留守にした。でも、家臣と農民ら三千の兵が忍城に立てこもった。総大将の石田三成は、僕が子供の頃よく遊んだ丸墓山(埼玉古墳群の一つで、日本最大の円墳)に本陣を置き、近くを流れる利根川を利用して水攻めを実行した。

  丸墓山の登り口

 山頂から忍城(おしじょう)方面を望む

  晩秋の丸墓山
  (登り口の右側より撮影)

長さ28kmにも及ぶ“石田堤”を築いて、水を流し込んだ。でも、忍城はついに落城しなかった。

それで。。。?

後北条氏の拠点である小田原城が先に落城したので、話し合いの末、開城することになった。その後、徳川家康が忍城を手に入れたのですよう。

つまり、明治政府が壊さなければ、忍城は現在まで無傷で建っていたのでござ~♪~ますか?

そうですよう。

それなのに、どうして明治政府は壊してしまったのですか?

明治政府は、まだ日本全国を統治する自信がなかった。もし、明治政府に反抗する者たちが忍城に立てこもって反乱を起こしたらどうなるか?

明治政府は小田原征伐の時の石田三成の失敗を思い起こしたのでござ~♪~ますか?

そうですよう。事実、埼玉県では明治政府に対して大掛(おおが)かりな反乱事件が起きた。


『「田舎教師」と行田』より
(2009年9月18日)

小百合さん。。。思い出しましたか?

思い出しましたわ。。。うっかり、ど忘れしていたのですわ。うふふふふふ。。。

やだなあああァ~。。。僕は久しぶりに小百合さんと会って、小百合家とデンマン家の歴史的な深い絆を温めるために丸墓山に登ったのですよう。

そうでしたわ。。。2009年の11月でしたよね。

やっと思い出してくれましたかァ。 かつて上杉謙信も丸墓山に本陣を置いて後北条氏一族と戦ったことがある由緒ある場所なのですよう。

この事が言いたくて「播磨灘物語」を持ち出してきたのですか?

いや。。。もちろん、それだけではないのですよう。

デンマンさんは、まだ他にも言いたいことがあるのですか?

あるのですよう。。。あのねぇ、実は、「播磨灘物語」はバンクーバーの市立図書館で借りたものなんですよう。

わざわざリストまで持ち出してきて、その証拠を見せるのですか?

いや。。。証拠のためと言うよりも「播磨灘物語(上巻)」の barcode を知ってもらうために上のリストを持ち出してきたのですよう。

どうしてですか?

「播磨灘物語(上巻)」は希少本なのですよう。

希少ってぇ、何がそれほど珍しいのですか?

あのねぇ、289ページ、292ページ、それに293ページが真っ白なのですよう。一冊の本に3ページも真っ白なページがあるのは珍しいのですよう。僕はこれまでに一度も見たことがないのですよう。

それは希少本ではなくて欠陥本ですわ。

でもねぇ、このような本は常に見られるものじゃない。僕は生まれて初めて見たのですよう。うしししし。。。

でも、どうして barcode を知ってもらう必要があるのですか?

あのねぇ、 barcode で予約すれば、間違いなく僕が読んだ希少本を見ることができるのですよう。今すぐにネットで予約することができるのです。

でも、日本に居る人は借りられないのでしょう?

もちろん、日本に居る人は借りられません。 僕はバンクーバーに居る人のために上のリストを持ち出したのですよう。

バンクーバーの日本人がデンマンさんのブログを読んでいるのですか?

常連さんが居るのですよう。ちょっと見てください。

上の FEEDJIT のリストに表示されているのはバンクーバーの人ではなくてバレンシアの人ですわ。

もちろん、見れば僕だって分かりますよう。 僕は上のリストの中に表示されている、とは言ってないのですよう。 上の記事を読みにやって来た人の中にバンクーバーの常連さんが居るのですよう。  Real-time view をクリックして、詳しいリストをソフトカメラで撮っておきましたから見てください。

この上のリストのバンクーバーの人がどうして常連さんだと分かるのですか?

よく見ると Direct マークが付いているのですよう。

Direct マークは、検索エンジンの検索結果を見てやってきたのではなく、「お気に入り」や「ブックマーク」から直接やって来たことを示しているのです。バレンシアの人にも Direct マークが付いています。 上のリストを見るだけでも、3度やって来ているのが分かりますよう。

そのバンクーバーの人に欠陥本を見て欲しいのですか?

いや。。。見たくなければ見なくてもいいのだけれど、いつも読みにやって来てくれるので、感謝の印として barcode を持ち出してきたのですよう。

【卑弥子の独り言】

ですってぇ~。。。
確かに珍しい本かも知れませんけれど、小百合さんがおっしゃったように、希少本と言うよりは欠陥本でござ~♪~ますわ。
3ページも空白がある本なんて、あたくしは読みたくないざんすう。
あなただって、そうでしょう?

今日のお話は竜頭蛇尾になりましたわ。
あさっては、もう少し興味深い話題が続きますう。
今日の欠陥本のお話に懲りずに、あなたも明後日、また読みに戻ってきてくださいましねぇ。
では。。。

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

“百済” 

この言葉を初めて目にした時、

わたしは“ひゃくさい”と読んだのですわ。

もちろん、デンマンさんに笑われてしまいました。

日本人で歴史を勉強したら、

まず間違いなく“くだら”と読みますよね。

でも、どうして?

あなたは考えてみたことがありますか?

デンマンさんの説によると

百済は「くんなら」がつづまって

日本人に読み易いように

“くだら”になったと言いました。

“くん”とは大きな国、

“なら”とはやはり国だそうです。

つまり、「大きな国」を意味するそうです。

では、百済寺はどう読むと思いますか?

“くだらじ”ではありません。

“ひゃくさいじ”と読むのです。

このお寺は実際に滋賀県にあります。

今から1400年前の推古14年(606)に、

渡来人のために聖徳太子が建てたのだそうです。

お堂は百済の「龍雲寺」を真似て建てられました。

鎌倉時代には「天台別院」と呼ばれて

お坊さんが1,300人も住む

巨大寺院になったそうです。

ところが、織田信長に敵対する

戦争をする“僧兵”が居たために

天正元年4月11日に信長の焼討ちに遭いました。

お坊さんたちが住んでいた宿坊は

すべて焼けてしまいましたが、

往時の姿は「石垣参道」、「千年菩提樹」をはじめ

樹齢数百年の巨杉、山桜、椿などから

偲ぶことができます。

ところで、卑弥子さんが面白い記事をまとめました。

時間があったらぜひ読んでみてくださいね。

■ 『笑って幸せな気分になれるサイト』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。