Posts Tagged ‘行田市’

めれちゃん@富士山

2016年11月4日

 

めれちゃん@富士山

 






(renge62c.gif)


(renge807.gif)

(heartx.gif+kuge03.jpg)

(rengebk2.gif)


(mertitle.png)


苦笑い

2006.06.06 Tuesday 22:14


(nigawarai.jpg)

今度ともだちが

あなたの家の近くに引っ越すよ

なつかしいよ

あの頃いつもふたりで通った道

あれからどれくらいたつのかなあ

何もかも苦笑いで思い出すよ

あなたも苦笑いで思い出すのかなあ

 

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手をつなごう

2006.06.06 Tuesday 07:23


(hands02.jpg)

ふたりいっしょに

おなじものを見よう

泣いたり笑ったりして

いろんな気持ちをわけあおう

今日から

手をつないでいよう

 

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あなたをさがして

2006.06.04 Sunday 11:33


(trek02.jpg)

どこまで行けば

あなたにあえる?

いつまでわたしはさがしつづける?

ただひとりきりの

これは旅なのかもしれない

 

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わが思い

2006.06.04 Sunday 10:40


(birds03.jpg)

鳥たちの

鳴きてつどいし

朝は来る

わが思いには

ひかりありしか

 

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しあわせなかたち

2006.06.02 Friday 13:12


(dreaming5b.jpg)

しあわせにはかたちがある

すぐそばに目の前にある

あなたがたしかにここにいる

 

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あなたにあえる

2006.05.31 Wednesday 16:44


(galinluv.jpg)

明日になれば

あなたにあえる

だけど今夜

きっと夢であえるよね!

 

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夜明け

2006.05.30 Tuesday 18:27


(yoake501.jpg)

見えてくる夜明け

光をもとめて

あなたのもとへ走り出す

 

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思い出があふれてくる

2006.05.30 Tuesday 12:21


(linger39.gif)

思い出って

つぎつぎとあふれてくるね

ほんの少しのできごとも

あなたへとつながっていく・・・

 

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雨に降られても

2006.05.28 Sunday 23:37


(umbrella12.jpg)

ほんとうはね

うれしかったけどね

あなたの傘には入らない

まだ入らないよ

 

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からっぽ

2006.05.27 Saturday 04:10


(empty001.jpg)

あなたをもとめて

わたしはからっぽ・・・

あなたに埋めてほしい

このからっぽを・・・

 

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旧『即興の詩』より

NOTE:

めれんげさんが会費を滞納したために
削除されてしまいました。


(merange12.jpg)

デンマンさん。。。 どないなわけで“めれちゃん@富士山”というタイトルにしやはったん?


(kato3.gif)

あのなァ~。。。 今朝わては、自転車に乗って 散歩のつもりでゆっくりと県道のルート66をこいでいたのやがなァ~。。。


(gmap2016.png)


『拡大する』

『コイ、鯉、恋がいっぱい』

上の地図に書いてある県道ルート66に沿って自転車をこいでいると、はるか南の山並みが霞(かす)んで見えて、その奥に富士山がきれいに見えたのやがなァ~。。。

マジかいなァ~。。。?

わてはウソとめれちゃんの尻は けっして突かんでぇ~。。。 (モナリザの微笑)

そやけど、なんでわたしが富士山と関係あるのォ~?

めれちゃんは、意外に想像力が欠如しているのやなァ~。。。 わての瞼(まぶた)の奥に次のように めれちゃんが出てきよったのやでぇ~。。。


(renge88b.jpg)

あんさんは、また妄想をたくましゅうしやはったのねぇ~!?

妄想やないでぇ~。。。 わてがめれちゃんに会いたいよってに 富士山の風景に めれちゃんが重ねてでてきよったのやがなァ~。。。

それを言うために、わざわざ“めれちゃん@富士山”というタイトルにしやはったん?

いや。。。 そればかりや あらへんでぇ~。。。めれちゃんの旧『即興の詩』サイトの詩と短歌が わての脳裏に浮かんできたのやでぇ~。。。 そやから、冒頭に、写真と並べて、めれちゃんの作品を掲載したのやがなァ~。。。

それは信じられへん。。。

あのなァ~、もちろん、すべて わてが覚えていたわけではあらへん。。。わては、めれちゃんの即興の詩を保存しておいたのがなァ~。。。

マジで。。。?

証拠を見せるよってに、ちょっと次のページを見て欲しいねん。


(mer61207a.png)

『拡大する』

あらっ。。。 これはマジで わたしの旧『即興の詩』サイトですやん。

そうやァ~。。。 サイトをそっくりコピーして保存しておいたのやがなァ~。。。

それってぇ~、他人の作品を盗んだことになりますのやでぇ~。。。

めれちゃん。。。 堅苦しい事を言わんといてぇ~なァ~。。。 めれちゃんと わては10年以上の付き合いになるのやでぇ~。。。 「サイトを削除されてしもうてぇ~、ホンマに落ち込みましてん。。。即興の詩は即興で詠んだ詩やさかいに、どの詩も保存してまへん」。。。と、言うて めれちゃんが後悔しておったさかいに、わてが保存しておいたファイルを探して、見つけ出してきたのやがなァ~。。。

つまり、あんさんは上のサイトに載っているすべての詩を保存しておいたん?

そういうこっちゃ~。。。 次のリストに載っているすべての詩を保存しておいたのやがなァ~。。。


(mer61207b.png)

つまり、2006年5月27日から12月7日までに めれちゃんが詠んだ即興の詩が保存されているということやんかァ~。。。 それで、とりあえず、今日は 上のリストの青枠で囲んである10篇の詩を書き出したというわけやねん。

それにしても、よう盗みやはったなァ~。。。

めれちゃん!。。。 人聞(ひとぎ)きの悪いことを言うたらあっかァ~ん!。。。 わてが保存しておかへんかったら、めれちゃんの即興の詩は永久に失われてしもうたのやでぇ~。。。

そやけど、あんさんが盗んで保存しておいたということを聞くと、なんや けったいな気持ちですねん。

あのなァ~、めれちゃんは素直に喜べばええねん。

つまり、この事を言うために、旧『即興の詩』を持ち出してきやはったん?

いや。。。 もちろん、そればかりやないでぇ~。。。

他に、何が言いたいねん?

ちょっと次の画像を見て欲しい。


(mer61207c.png)

上の画像の赤枠で囲んである箇所に注目して欲しい。。。 即興の詩 85篇と共に、短歌 146首 も保存してあるねん。

つまり、あんさんは盗みの常習犯やのねぇ~。。。?

めれちゃん。。。 人聞きの悪いことを言いないなァ~。。。 わては、こないな事があるかもしれへん、と思うたさかいに、めれちゃんのサイトの詩と短歌を保存しておいたのやでぇ~。。。

要するに、あんさんは わたしに感謝して欲しいと言いたいのォ~?

いや。。。 別に、めれちゃんから感謝の言葉を聞きたいよってに、即興の詩を持ち出したわけやあらへん。

それやったら、何のために持ち出してきやはったん?

めれちゃんの わてに対する気持ちが よう表れていると思うたさかいに 感心したのやがなァ~。。。

あなたをさがして

2006.06.04 Sunday 11:33


(trek02.jpg)

どこまで行けば

あなたにあえる?

いつまでわたしはさがしつづける?

ただひとりきりの

これは旅なのかもしれない

 

▲ めれんげ | 即興詩 | comments(0) | trackbacks(0)

わたしが あんさんのことを想いながら 上の詩を詠んだと思いはったん?

他に考えようがあらへんでぇ~。。。

あんさんは、思い込みが激しいねん。。。 あんさんのことを想いながら詠んだのとちゃいますやん。。。

そうやってぇ~、無理に否定しなくてもええやん。

別に、急に思い立って否定しているのとちゃいますねん。。。 わたしは、かつてデンマンさんに次のように書きましてん。。。


(renge94.gif)

わたしはロマンチストでは

ないのだと思います。

2007-04-28

 

わたしのテーマは、あくまでも人生観,世界観であり、

寓意的な言葉の中に、恋愛の陰喩はほとんどありません。

それは少女時代から今にいたるまで、

性愛はわたしのテーマではないからなのです。

実生活での最大の関心事が、恋愛ではないからです。

例えば、どれほど好きな相手がいても、その気持ちを,詩にあらわすことはほとんどないのです。

自分の書いたものは、どのようにも解釈していただくことも、まったく読者のみなさまの自由です。

しかしながら、完全なる戯作が多い恋愛詩から、わたしの精神が、性愛への渇望に悩まされているかのように、解釈されてしまい、それを事実として認識なさっておられるのだとすれば、少々残念なことです。

人間とは、脳の発達しすぎた生物にすぎず、そのために生じる感情を、美しいものだとは思わないのです。

わたしが特に、追求したいものは、血なまぐさい生命の持つ、発達しすぎた頭脳が引き起こす醜い事件、戦争、葛藤などです。

わたしはロマンチストではないのだと思います。

恋愛を描くのは、あくまでも小説のための習作の延長なのです。

話がそれてしまって申し訳ありません。

デンマンさんを信じて、これからもおつきあいさせていただきたいことを、わかっていただきたくて、忌憚なく書かせていただきました。

どうか、この気持ちを察してください。

 

by merange


『愛と無責任』より
(2008年2月22日)

なるほどォ~。。。、なるほどォ~。。。 2007年4月28日に書いたわけやなァ~。。。

そうですう。。。 そやから、あんさん、誤解せんで欲しいねん。。。

そやけどなァ~、例外ちゅうもんがあるねんでぇ~。。。

あんさんは、何が何でも わたしが あんさんのことを想いながら上の詩を詠んだと思いたいん?

そうやァ~。。。 あきまへんかァ~?

やっぱり、あんさんは思い込みが激しいねんなァ~。。。 かないませんわァ~。。。


(laugh16.gif)

【レンゲの独り言】


(manila07.gif)

ですってぇ~。。。

めれんげさんは 2013年の6月に『即興の詩』サイトを再開しました。

めれんげさんの『即興の詩』サイト

再開して間もないのに 検索結果 3,960,000件中の 9位に躍り出るなんてすごいですよね。


(gog30703.gif)

『現時点での検索結果』

現在、めれんげさんは お休みしています。
でも、これからも、ブログを通して「愛のコラボ」を続けて欲しいですよねぇ~。。。

かつて めれんげさんの「即興の詩をはじめました!」の『極私的詩集』サイトは 次の検索結果で見るようにトップを占めていたのです。


(gog30928a.png)

でも、現在は、10位内に入ってません。

また、ブログを更新して トップに返り咲いて欲しいものです。

ところで あなたは「どうしたら、上位に掲載されるのォ~?」と考えているかもしれません。

その秘訣を知りたかったらデンマンさんが面白い記事を書いていますわ。

次のリンクをクリックして読んでみてください。


(seo001.png)

『おばさんの下着に見るSEO』

話は変わりますけれど、めれんげさんは可愛い猫を飼っています。

あなたも、猫ちゃんを飼っていますか?

ええっ。。。 ワンワンちゃんを飼っているのですか?

そういえばデンマンさんが『ワンワンちゃん』という面白い記事を書いていました。

気が向いたら下のリンクをクリックして読んでみてください。


(dog202.jpg)

『ワンワンちゃん』

とにかく、次回も興味深い話題が続きます。

あなたもどうか、また読みに戻ってきてくださいね。

では、また。。。


(hand.gif)


(surfing9.gif)

メチャ面白い、

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『めれちゃん@画像検索』


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こんにちはジューンです。

卑弥子さんが面白いお話を集めて

楽しいサイトを作りました。

次のリンクをクリックして

ぜひ覗いてみてくださいね。

■ 『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ


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大名行列@行田

2016年1月19日

 

大名行列@行田

 


(tadataka2.jpg)


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デンマンさん。。。 どういうわけで“大名行列”をタイトルに掲げたのですか?


(kato3.gif)

いけませんか?

だってぇ~、“大名行列”なんてぇ、今時 話題にする人など居ないと思いますわァ~。

たまには江戸時代の話も面白いではありませんか!?

そうでしょうか?

それに、小百合さんと“大名行列”が関係あるのですよ。

まさかァ~。。。?

僕が小百合さんにだしたメールを読んでみてください。


(foolw.gif)

Subj:真心のこもった

手作りの弁当ありがとう!

きゃはははは…

From: denman@coolmail.jp
To: sayuri@hotmail.com
Cc: barclay1720@aol.com
Date: Wed, December 2, 2015 0:06 AM
Pacific Standard Time
日本時間:12月2日(水)午後5時6分

 

バンクーバーも行田もそれほど寒さに変わりがありません。
ちょうど行田が寒かったのかもしれません。

でも、12月1日は実に良い天気でしたねぇ。
小百合さんも洗濯物をたくさん干したことでしょう!

ところで、11月29日の日曜には、手作りの弁当をありがとう!
まさか、小百合さんが弁当まで作ってくるとは思いませんでした!(微笑)


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小百合さんが連れてきたトモユキ君が釣りをした場所。。。 と言うよりも僕と小百合さんが弁当を食べて アイリッシュ・クリーム・コーヒーを飲んだ場所は知る人ぞ知る 極めて有名な場所なのですよ。

。。。ていうかあああァ~ 小百合さんと僕のために、わざわざ歴史が用意してくれた場所なのですよ。 
ぎゃははははは。。。

どういうこと。。。? と小百合さんが不思議に思うかもしれません。

僕も、改めて本を読んでみてビックリしているのですよ。
では、その箇所をここに書き出しますから、じっくりと読んでみてね。

行田船着き場跡


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(行田)市の中心から国道(125号線)を東へ約500メートル、下町のT字路の左に、古風な木造洋館(デンマン注: 現在は岡田カメラ店)がある。

田山花袋の『田舎教師』に出て来る斎藤医院(文中では原田医院)、それから北へ左折して150メートル、またT字路で、右側が遊園地になっている。


(funa05.jpg)

この公園の地が、行田船着き場で、長野口御門、番所、高札場があった。 

(略) つい最近まで、石垣があって、如何にも船着き場らしかった。


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(funa06.jpg)


(funa08.jpg)

 (中略)

昔はどんな水路を通って、ここまで来たかわからないが、とにかく、今から400年前には、下町を中心に行田町が出来、一、六の市が立った記録は、成田氏時代からである。

そして300年前には、関西方面から、市日めあての商人が来たことが古文書に見えている。
天正18年(1590年)『家忠日記』に「宮津衆、行田の市(いち)に人を切る」とあって、京都府宮津の商人が来ている事を示している。

特に船着き場が栄えたのは、見沼代用水が出来てからであろう。

八代将軍吉宗が、普請奉行 井沢弥惣兵衛為永(いざわやそうべえためなが 1663-1738)に命じ、大宮市東の見沼干拓事業を起こし、旧芝川の水路を拡張して、見沼の溜水を荒川におとし、利根川の水を行田市下中條の今の利根道水路取入口(今、見沼代用水元圦口公園になっている)から、延々60キロメートルの水路を作り、更に通船堀を設け水運の便に供した、一大工事で、享保13年(1728年)の完成であるから、今から、270年も前の事である。

 (中略)


(eisho02.jpg)

英照皇太后


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昭憲皇后

明治19年5月10日、英照皇太后、昭憲皇后陛下が、館林の「つつじヶ岡」に行啓された時、行田の橋本喜助宅で、御着替えをなされ、その荷物が、船で下町の船着き場に運ばれ、下町から橋本喜助宅まで大変な列で賑わった事を、私は祖母(安政6年生まれ)から聞いたことがある。

ついでに、その模様が、『埼玉県史』第7巻に出ているので書いておこう。

「明治19年5月10日午前7時30分新宿停車場より別仕立汽車にて御発車、9時鴻巣駅にて御下乗遊ばされ、同宿鈴木半右衛門方、行田町橋本喜助方等に御小休、川俣にて利根川を御渡船……」とある。

帰路も、橋本喜助方で御着替、鴻巣駅午後7時40分発、9時10分新宿駅御着とある。

吹上駅は明治18年3月1日開設であるのに、何故鴻巣駅(明治16年7月28日開設)で下車されたかわからない。
吹上駅では近くに小休される適当な家がなかったからだろう。

とにかく、行田の船着き場が、幕末から明治中頃まで栄えた事は、想像出来ない程だったらしい。
番所が今の久保田屋さんの所にあり、その前に長野口御門があって通行人を見張り、高札場がある程の賑わいだったという。
ところがある人から「あそこは晒し首場だったそうですね」といわれたので色々調査した結果、次の様な事情がわかった。

即ち弘化3年(1846年)蘭法医の河津省庵が本町横町で開業し、その名声が高くなり、御典医となった。
省庵は常に研究に励み、特に“腑分け”して医学の進歩をはかったが、当時人体を解剖することは許されなかった。
藩では先生の便宜をはかり、下町の高札場に晒し首をした。
それを近くの大長寺内に運び“腑分け”をして寺に葬ったという。


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省庵が日本の眼科医学史上の人となり、『眼科方規』『医則発揮』はそんな事情で生まれたのだろう。
藩の役人も医学の為に随分イキなはからいをしたものだと思う。
下町の晒し首の事実は、日本医学史上に役立ったわけである。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


5-9ページ 『行田史跡物語』
著者: 大澤俊吉
1979(昭和54)年12月20日 初版発行
発行所: 歴史図書社

ということで、明治19年5月10日、行田の橋本喜助宅で着替えて、あの船着き場から英照皇太后、昭憲皇后が、船に乗って、川俣で利根川を渡り、館林の「つつじヶ岡」に行ったのですよ。


(tutuji91.jpg)

なんと、その船着き場で 僕と小百合さんが弁当を食べたというわけなのです。 (爆笑)

もちろん、それだけではありません!

なんとォ~ 僕と小百合さんは館林の「つつじヶ岡」でも、何度か 10月桜を見たり、白鳥を見たりして、ルンルン気分で散歩したのですよ!

しかも、何度となく白いテーブルで小百合さんとアイリッシュ・クリーム・コーヒーを飲んだ大長寺までが出てくるのですよ!


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ぎゃははははは。。。

そういうわけで、この事でまた今日寝て起きたら バンクーバー市立図書館で記事を書くのです。

面白い記事になるので、小百合さんもぜひ読んでみてね。

とにかく、真心のこもった手作りの弁当ありがとう! きゃははははは。。。

では、今日も一日、小百合さんにとっても 素晴らしい日でありますように。。。
祈ってますねぇ~。

じゃあねぇ。。。バイバ~♪~イ。。。


(denman01.gif)


『手作り弁当@船着き場』より
(2015年12月3日)

上のメールには どこにも“大名行列”は出てないではありませんか!

あのねぇ~、確かに“大名行列”は出てきません。。。 でもねぇ~、上のメールをじっくりと読むと“大名行列”と関わりがることが分かるのですよ。

いったい、どこにその関わりがあるのですか?

小百合さんは、もう忘れてしまったのですか?

何をですか?

やだなあああァ~。。。 小百合さんは釣りに拘(こだわ)っていたのですよ。 三男のトモユキ君が釣りが好きだと言うので、“行田船着き場跡”が 釣りに手ごろな場所だと下見までして拘りましたからねぇ~。。。

いけませんか?

いや。。。 別に釣りに拘ってもかまわないけれど、トモユキ君が釣りをしている間に、“行田船着き場跡”で僕と小百合さんが弁当を広げてピクニックを楽しんだでしょう!


(bento02.jpg)


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確かに、そのようなことがありましたわァ~。。。

僕は、まさか“行田船着き場跡”でピクニックすることになるとは考えてもいませんでした。

いけなかったかしら?

いや。。。 かまいませんけれど。。。 段ボール箱が近くにあったら、ホームレスのカップルが昼飯を食べていると誤解されてしまうだろうと思いましたよ。。。 (微笑)

つまり、その事を言いたくて わざわざ上のメールを持ち出してきたのですか?

いや。。。 もちろん、それだけじゃありません。。。 あのねぇ~、ちょっと次の小文を読んでみてください。

忍の時鐘


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忍の時鐘程、幾回も動かされたものは少ないであろう。
この鐘こそ240年の時の流れを体験した唯一のものといえよう。
鐘が歴史を知っているとでも表現したい様な、波乱の運命を背負っている。

松平侯三代忠雅は相続争いの為(白川騒動)に二代忠弘の孫でありながら、11歳で家督相続し白川城より山形城へ、8年間で福山城(広島県)へ、12年間で桑名城へ移封となった。
正徳元年7月(1711年)のことである。
一生涯で遠隔の地を移封になった藩主は少ないであろう。 (略) そして侍従少将となり異例の出世であった。

忠雅は桑名入城を記念し「永保家国」(銘文)を祈り、享保2年(1717年)11月にこの鐘を桑名城内に完成させた。
260年前の事である。

ところが宝暦5年(1755年)1月12日桑名城下町本町から出火、海風にあふられて320軒、居城各門を焼失する大火となってしまった。
この洪鐘も力一杯乱打され、鐘自身も火を受け、ひびが入ってしまった。

父忠雅が誇っていた洪鐘を破損不能にした事を残念とし、宝暦14年(1764年)2月父忠雅の銘文と自分の銘文を入れて、現在ある洪鐘を改鋳した。
鐘を改鋳したからでなく、偶然にも四代は忠刻(ただとき)という名である。
鋳造した冶工は広瀬出雲大掾藤原道次、彫工は藤原儔次で親子であるらしい。
わざわざ書いたのは桑名市に広瀬家の後裔の方がいらっしゃるので、友好都市として敬意を表したいからである。

それから60年、五代目の忠堯(ただたか)の文政6年(1823年)、突然武州忍へ移封となったのである。


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この鐘も桑名港から海路を渡り、東京湾から利根川を上って酒巻に着き、この地に運ばれたわけである。
そしてここ二階櫓の上に安住し、広い忍沼にその音色を響かせたのである。

六ツ(むつ)と正午の時を報せ、慶応4年(1868年)1月14日大雪の夜、維新の急変の一報を藩士集合と乱打された。
それから5年、明治政府は東京に一番近い親藩である理由で、本年中に忍城の建物等一切の取り壊しを命じて来た。
藩財政は取り壊しをするどころではなかった。
強制入札で借金を棒引きして売りつけ、引きとらせたという。
だから「私の家の門は忍城の木で造った」とか、「家の蔵は忍城のものだそうだ」とかいう人が多い。

この時鐘は二階櫓から降ろされて櫓は取り壊したものの、時鐘の引き取り手がないので、そこに野ざらしにされたままだった。
ところが、“忍城の鐘”の音色がいいのは金がたくさん入っているからだと噂され、イボ(乳頭)を盗む者が出て来てしまった。
今も幾つかないままに昔を物語っている。

明治7年仕方なく東照宮が今の地に移されたので、鐘のみ社務所の前にひと先ずおいて盗難をさけた。
世川農士麿は何としても鐘の響きを聞かせたいと有志をつのり、宅地を提供してそこに今の形のものを造り、昔通りの時を撞いた。
何しろ時計のない時代だから唯一の時を報せるものだったのである。

明治14年1月6日今の中央小学校の地に、埼玉県下最初の洋風二階建ての学校、進修館が新築されたのを機に、その玄関の前に移転した。
それから進修館小学校は移り大正11年、忍高等女学校となり、やはり時の鐘は打ち続けられた。
昭和20年忍高女は進駐軍の病院に接収されたので万一を思い、今の東照宮、諏訪曲輪西端の今の地に移されたのである。

想えば数奇な運命をたどった洪鐘である。
忍城時代ここにあったことを書いておかないと、いつしか昔から東照宮の所にあったと思い込まれてしまう。
多聞櫓、二重櫓の南、白壁の数百米の塀の中、大きな鐘掛松といわれた松の大木の脇の、二階櫓の上から打ち響く鐘の音は広い忍沼を渡り、行田町中はおろか、物の本には“四里四方響く”とさえ書いてある。
16粁四方まではどうかと思うが、風向きでは随分遠くまで聞こえたという。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


134-138ページ 『行田史跡物語』
著者: 大澤俊吉
1979(昭和54)年12月20日 初版発行
発行所: 歴史図書社

桑名藩の城主だった松平忠堯(ただたか)が文政6年(1823年)、突然武州忍へ移封となったのですよ。。。 そして、この時鐘も桑名港から海路を渡り、東京湾から利根川を上って酒巻に着き、この地に運ばれたわけです。。。 つまり、小百合さんとピクニックした場所で“鐘”が船から降ろされたのです。


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『拡大する』

現在の利根川は東京湾ではなく千葉県を通って太平洋に流れ出しているけれど、当時は江戸湾から赤丸で囲んだ古利根川をさかのぼって酒巻までゆき、そこから水路で当時の忍藩の“行田船着き場”まで行ったわけです。 そこで僕と小百合さんがピクニックをしたわけなのですよ。


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でも。。。、でも。。。、大名行列というのは、まさか船でやって来たわけではないでしょう!?

もちろん、当時のことだから、桑名から東海道を通って多くの人たちが行列を作って歩いてやって来たのでしょうねぇ~。。。


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だったら、何も“大名行列”を持ち出さなくてもいいではありませんかァ!

でもねぇ~、すべての人が歩いてやって来たわけじゃない。。。 ちょっと次の小文を読んでみて下さい。

長徳寺跡


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愛宕神社

長徳寺が長久寺の隠居寺として、いつ出来たか不明である。
明治元年に廃寺になり、愛宕社のみにした記録がある。

元年4月20日(旧暦3月28日)に“神仏判然令”が発布され、「神社が仏語を神号とすること、仏像を神体とすることを禁止」した。
その発布により、行田市内の社寺が、社と寺を分けて、一つにした例は多い。

 (中略)

明治元年長徳寺は廃止され、8畳6間の本堂と、庫裡2間の長徳寺は、明治5年8月3日有名な「不学の戸なく、家に不学の人なからしめん事を期す」の学制頒布によって、行田町に小学校を造ることになり、この長徳寺が行田学校となったのである。
明治5年10月13日のことである。

 (中略)

下町の人は、長徳寺がなくなり、さびしくなることを憂いて、当時、だんだん流行してきた“酉の市”を開いて、行田町の名物にしようと、明治40年12月6日に盛大に行うことにした。


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そして20周年を記念して「行田酉之市起源碑」を、大正15年12月6日建碑した。

だが、長徳寺が晴れの舞台になったのは、文政6年11月12日、桑名から国替えになった、松平下総守忠堯(ただたか)候が、忍城に初入城する時、この長徳寺で行列を整えて、本町通り、今の魚七の所を左へ折れ(当時、川に沿って大手門まで高い土手があった)、大手門外の升形門を通り、大手門二つをくぐり、内行田通りに出て、元の登記所の所を右に折れ、今の体育館の玄関あたりにあった沼橋御門を抜け、(ここ一帯は島になっていた)今もある道を中央小学校の方へ行き、太鼓門から二の丸(今の忍中学校の地)へ入った。
それ以外二の丸へ行く道はなかったのである。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


25-28ページ 『行田史跡物語』
著者: 大澤俊吉
1979(昭和54)年12月20日 初版発行
発行所: 歴史図書社


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『拡大する』

大きな荷物や、足の不自由な人とか、年寄りたちは、船でやって来て長徳寺で待機していたのですよ。。。 それで、大名行列も長徳寺で休憩して、ここで鎧兜(よろいかぶと)をつけて行列を整え格調高く忍城に初入城したというわけですよ。

つまり、この事を言うために、わざわざ“大名行列”を持ち出したのですか?

そうですよ。。。 考えてもみてください。。。 小百合さんと弁当を広げてピクニックしたところが 193年前には桑名からやって来た荷物と人でごった返したのですよ。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。
それにしても 193年前には多くの人が桑名から大名行列を作って
行田まで歩いてやって来たのですから、大変だったでしょうねぇ~。。。!?

あたくしが京都から行田を訪れた時には新幹線でしたから、4時間もあれば充分でしたわ。
「行田のフライ」というのが名物なのですけれど、
喰い意地がはっている あたくしは さっそくいただきましたわァ。

なんとなく素朴な味わいでした。

それから、「さきたま古墳公園」を訪ねたのですけれど、
駐車場の近くに「さかもと」というおみやげ物屋さんがあるのです。
そこでゼリーフライを売っていました。


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これも なんだか複雑なお味がしましたわァ。
デンマンさんは食べながら 子供の頃の思い出が湧き上がってきたと言いましたわァ。
その当時は“ゼリーフライ”とは言わずに“ゼニ(銭)フライ”と呼んでいたそうです。

このようなことを書いていたら、なんだか お腹が空いてきました。
あたくしも何かを作って食べようと思いますゥ。

あたくしの好物は 具のたくさん入った“あんかけ焼きそば”でござ~♪~ますう。
あなたのために、作り方を教えますわねぇ。


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どうですか? 美味しそうでしょう?

でも、あたくしは これだけでは満足できませんのよう。
デザートに“たいやき”をいただくのでざ~♪~ますわよう。
うふふふふふふ。。。

最近では、餡に替わってクリームや溶かしたチョコレート、キャラメル、カスタードクリームなどの洋菓子素材を詰めたものもでてきましたわ。

サンドウィッチ式に肉類や生野菜、各種ソースやリゾットなどを挟む「おかずたい焼き」もあらわれました。


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あなたも 好きなものを“たいやき”に詰めてみませんか?

では、あなたのために あたくしが育った地元の京都の“たいやき”をお見せしますわね。
うふふふふふ。。。

お腹がすいてきて、“たいやき”が食べたくなってきたでしょう?
でも、この記事を最後まで読んでから、近くの“たいやき屋さん”に走ってくださいね。

ところで、小百合さんがどうして「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれるのか?
ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。
小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。
小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。
分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


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それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。
だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ~~。


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盛り上がる@馬車道

2015年12月7日

 

盛り上がる@馬車道

 


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Subj:真心のこもった

手作りの弁当ありがとう!

きゃはははは…

From: denman@coolmail.jp
To: sayuri@hotmail.com
Cc: barclay1720@aol.com
Date: Wed, December 2, 2015 0:06 AM
Pacific Standard Time
日本時間:12月2日(水)午後5時6分

 

バンクーバーも行田もそれほど寒さに変わりがありません。
ちょうど行田が寒かったのかもしれません。

でも、12月1日は実に良い天気でしたねぇ。
小百合さんも洗濯物をたくさん干したことでしょう!

ところで、11月29日の日曜には、手作りの弁当をありがとう!
まさか、小百合さんが弁当まで作ってくるとは思いませんでした!(微笑)


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小百合さんが連れてきたトモユキ君が釣りをした場所。。。 と言うよりも僕と小百合さんが弁当を食べて アイリッシュ・クリーム・コーヒーを飲んだ場所は知る人ぞ知る 極めて有名な場所なのですよ。

。。。ていうかあああァ~ 小百合さんと僕のために、わざわざ歴史が用意してくれた場所なのですよ。 
ぎゃははははは。。。

どういうこと。。。? と小百合さんが不思議に思うかもしれません。

僕も、改めて本を読んでみてビックリしているのですよ。
では、その箇所をここに書き出しますから、じっくりと読んでみてね。

行田船着き場跡


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(行田)市の中心から国道(125号線)を東へ約500メートル、下町のT字路の左に、古風な木造洋館(デンマン注: 現在は岡田カメラ店)がある。

田山花袋の『田舎教師』に出て来る斉藤医院(文中では原田医院)、それから北へ左折して150メートル、またT字路で、右側が遊園地になっている。


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この公園の地が、行田船着き場で、長野口御門、番所、高札場があった。 

(略) つい最近まで、石垣があって、如何にも船着き場らしかった。


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 (中略)

昔はどんな水路を通って、ここまで来たかわからないが、とにかく、今から400年前には、下町を中心に行田町が出来、一、六の市が立った記録は、成田氏時代からである。

そして300年前には、関西方面から、市日めあての商人が来たことが古文書に見えている。
天正18年(1590年)『家忠日記』に「宮津衆、行田の市(いち)に人を切る」とあって、京都府宮津の商人が来ている事を示している。

特に船着き場が栄えたのは、見沼代用水が出来てからであろう。

八代将軍吉宗が、普請奉行 井沢弥惣兵衛為永(いざわやそうべえためなが 1663-1738)に命じ、大宮市東の見沼干拓事業を起こし、旧芝川の水路を拡張して、見沼の溜水を荒川におとし、利根川の水を行田市下中條の今の利根道水路取入口(今、見沼代用水元圦口公園になっている)から、延々60キロメートルの水路を作り、更に通船堀を設け水運の便に供した、一大工事で、享保13年(1728年)の完成であるから、今から、270年も前の事である。

 (中略)


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英照皇太后


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昭憲皇后

明治19年5月10日、英照皇太后、昭憲皇后陛下が、館林の「つつじヶ岡」に行啓された時、行田の橋本喜助宅で、御着替えをなされ、その荷物が、船で下町の船着き場に運ばれ、下町から橋本喜助宅まで大変な列で賑わった事を、私は祖母(安政6年生まれ)から聞いたことがある。

ついでに、その模様が、『埼玉県史』第7巻に出ているので書いておこう。

「明治19年5月10日午前7時30分新宿停車場より別仕立汽車にて御発車、9時鴻巣駅にて御下乗遊ばされ、同宿鈴木半右衛門方、行田町橋本喜助方等に御小休、川俣にて利根川を御渡船……」とある。

帰路も、橋本喜助方で御着替、鴻巣駅午後7時40分発、9時10分新宿駅御着とある。

吹上駅は明治18年3月1日開設であるのに、何故鴻巣駅(明治16年7月28日開設)で下車されたかわからない。
吹上駅では近くに小休される適当な家がなかったからだろう。

とにかく、行田の船着き場が、幕末から明治中頃まで栄えた事は、想像出来ない程だったらしい。
番所が今の久保田屋さんの所にあり、その前に長野口御門があって通行人を見張り、高札場がある程の賑わいだったという。
ところがある人から「あそこは晒し首場だったそうですね」といわれたので色々調査した結果、次の様な事情がわかった。

即ち弘化3年(1846年)蘭法医の河津省庵が本町横町で開業し、その名声が高くなり、御典医となった。
省庵は常に研究に励み、特に“腑分け”して医学の進歩をはかったが、当時人体を解剖することは許されなかった。
藩では先生の便宜をはかり、下町の高札場に晒し首をした。
それを近くの大長寺内に運び“腑分け”をして寺に葬ったという。


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省庵が日本の眼科医学史上の人となり、『眼科方規』『医則発揮』はそんな事情で生まれたのだろう。
藩の役人も医学の為に随分イキなはからいをしたものだと思う。
下町の晒し首の事実は、日本医学史上に役立ったわけである。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


5-9ページ 『行田史跡物語』
著者: 大澤俊吉
1979(昭和54)年12月20日 初版発行
発行所: 歴史図書社

ということで、明治19年5月10日、行田の橋本喜助宅で着替えて、あの船着き場から英照皇太后、昭憲皇后が、船に乗って、川俣で利根川を渡り、館林の「つつじヶ岡」に行ったのですよ。


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なんと、その船着き場で 僕と小百合さんが弁当を食べたというわけなのです。 (爆笑)

もちろん、それだけではありません!

なんとォ~ 僕と小百合さんは館林の「つつじヶ岡」でも、何度か 10月桜を見たり、白鳥を見たりして、ルンルン気分で散歩したのですよ!

しかも、何度となく白いテーブルで小百合さんとアイリッシュ・クリーム・コーヒーを飲んだ大長寺までが出てくるのですよ!


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ぎゃははははは。。。

そういうわけで、この事でまた今日寝て起きたら バンクーバー市立図書館で記事を書くのです。

面白い記事になるので、小百合さんもぜひ読んでみてね。

とにかく、真心のこもった手作りの弁当ありがとう! きゃははははは。。。

では、今日も一日、小百合さんにとっても 素晴らしい日でありますように。。。
祈ってますねぇ~。

じゃあねぇ。。。バイバ~♪~イ。。。


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『手作り弁当@船着き場』より
(2015年12月3日)


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デンマンさん。。。 どうして私が明治時代の女学生が着ていた和服と袴で登場するのですか?


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小百合さんと僕は行田船着き場跡で手つくりの弁当を食べた翌日、久しぶりに旧吹上町の『馬車道』レストランで食事をして小保方晴子の話で盛り上がったのですよ。


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STAP細胞事件


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 (略) 週刊誌等の理解しがたいゴシップネタですから、私自身は無視していても、いろいろな意味で私自身の研究展開にマイナスに働くこともあるでしょう。
正直、この津波のようなドリフト状態を生み出すエネルギーが、いつまでどのように続くのか私には見当もつきませんが、今は、調査に協力し、またできる範囲で通常の自分の研究を、ラボメンバーを励ましながら胸を張って進めるしか、私のできることはありません。 (略)

(デンマン注: 後に自殺した笹井芳樹氏から著者の須田桃子さんへのメール)

疑義発覚後の目まぐるしい展開と連日の関連取材で、疲労がたまっていたせいもあるかもしれない。
私はメールを読みながら、涙があふれてくるのを抑えられなかった。
無性に悲しくなったのだ。

論文には深刻な過誤があり、STAP研究の信頼性はもはや崩れている。
この状況で、なおかつ「研究者人生への挽回できないかもしれない打撃」を認識していながら、なぜ笹井氏は、STAP細胞への「確信」をこうまで主張し続けるのだろうか……。
私には、笹井氏が出口のない密室に自らを閉じ込めてしまったように思えてならなかった。

 (中略)

笹井氏は、小保方氏の「研究者としての資質」についてはこう語った。

豊かな発想力があり、これはと思ったときの集中力は非常に高い。
それは採用時の全員が一致するところで、私は今もそう思っている。
同時にとレーニングが足りなかったところ、科学者として非常に早いうちに身につけていなかった部分が多々あることが、論文発表後に明らかになった。
例えばデータ管理で、結果的に取り違えをするようなある種のずさんさがあったと思う。
両極端が一人の中にある。
私が一番、アドバイザーとして、あるいはシニアの研究者として自戒というか後悔しているのは、私や理研の研究者仲間が一生懸命、彼女の強いところを伸ばしたと思うが、弱い部分を慮って、そこを強化してあげる、若い研究者はそういうところがあるということを認識した上で、背伸びさせるだけではなく、足元をきちっと固めてあげることができなかったことは、自分の足りなかったところでは、と非常に辛く思っている。

一部で報道された小保方氏との「不適切な関係」は否定した。

 (中略)

思えば私のSTAP取材は、1月の記者会見に「『絶対に』来るべきです」という笹井氏からの誘いのメールで始まった。
それ以後に受け取ったメールは約40通。

最後の1通の日付は7月14日だった。
査読資料に関する質問への回答で、「論文を撤回してしまったあとは、何を言ってももはや仕方ないと思います」と結ばれていた。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


135-136ページ、191ページ、341ページ
『捏造の科学者』
著者: 須田桃子
2014年12月30日 第1刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋

笹井正樹氏は2014年8月5日の朝に先端医療センター内で首をつっているのが見つかったそうですけれど、本当に惜しい人を日本はなくしてしまったものですわ。 それはそうと、小保方さんは一時、“時の人”として騒がれましたけれど、最近はどうなさっているのでしょうか?

僕も、そのことが気になっていたのでネットで調べてみたのですよ。。。 そしたら次のサイトに出くわしたのです。。。 興味のある所だけ抜き出したので小百合さんもじっくりと読んでみてください。

STAP細胞論文問題で

大きく注目された理化学研究所の

小保方晴子さんの最新情報です。


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◆小保方氏、STAP論文掲載費60万円を返還
STAP(スタップ)細胞の論文不正問題で、理化学研究所は7日、4件の不正があったと認定した小保方晴子・元研究員から、論文掲載費約60万円の返還を受けたと発表した。

理研によると、返還されたのは昨年(2014年)1月に英科学誌ネイチャーに掲載され、その後、撤回されたSTAP細胞論文2本の掲載料。
今月初めに弁護士から返還すると連絡があり、6日付で理研の口座に入金が確認された。

小保方氏からは連絡はないという。
理研は3月、研究不正防止の規定に基づき、英科学誌ネイチャーに論文2本を掲載する手続きでかかった費用の返還を小保方氏に求めた。
論文は昨年1月に掲載されたが、不正判明で約半年後に撤回された。

理研は小保方氏に約2年間で約4600万円の研究費を支給。
さらに、不正調査などに約8360万円をかけたが、小保方氏の研究全体が不正だったわけではないなどとして、返還請求の対象は論文掲載費だけにとどめた。

小保方氏の代理人をつとめる三木秀夫弁護士は「理研の調査結果に納得はしていませんが、係争にかかる負担の大きさを考えて、これ以上の係争を避ける判断をいたしました」というコメントを発表した。

さらに、返還がこのタイミングになった理由について、三木弁護士は次のように説明し、理研への不満を明らかにした。
「そもそも今回は組織として論文の投稿が決めたわけなのに、理研は一番若い研究者に全責任を押し付けて支払いを求めていました。そのような請求に応じることで、『今後の前例をつくるようなことは避けるべき』との意見も多く寄せられていたこともあり、対応に慎重になっていました」

60万円はあくまでもネイチャー誌関連の費用にすぎず、疑惑発覚後もSTAP細胞関連では膨大な費用がかかっている。
報道によると、STAP細胞が存在するかどうかの再実験関連でも法律家への相談費2820万円、検証実験費1560万円などを含め、不正の調査や実験にかけた金額は計8360万円に上る。

「彼女を迎え入れた際、壁をムーミンの図柄にするなど部屋の模様替えに1000万円もかけるなど、一研究員に対する処遇とは思えない。
彼女から返還されたカネも理研に戻るだけで、税金で好き放題してきた理研の責任は問われない。
理研は関連費用全額を国庫に戻すべきだ」(神戸市の医療関係者)など組織の体質を巡る批判はいまだに根強い。

一連の問題で理研は「STAP細胞由来とされた細胞や組織は既存の万能細胞・ES細胞(胚性幹細胞)からできていた」と結論づけ、既に退職していた小保方氏は懲戒解雇相当、と判断された。
理研は刑事告訴も検討したが、「ES細胞を故意に混入させたことを証明できない」として見送っている。

◆理研の元研究者が提出した告発状を兵庫県警が受理

STAP(スタップ)細胞論文を発表した理化学研究所元研究員、小保方(おぼかた)晴子氏(31)が所属していた研究室から、何者かが胚性幹細胞(ES細胞)を盗んだとする告発状を兵庫県警が受理したことが15日、捜査関係者への取材で分かった。

理研の元研究員の男性が窃盗罪で告発し、14日付で受理された。
県警は関係者から事情を聴き経緯を調べる。

元研究者によると、告発状では、小保方氏がSTAP論文共著者の若山照彦氏=現・山梨大教授=の理研研究室に在籍していた2011年4月以降、何者かが研究室からES細胞を盗んだ、としている。
理研の調査委員会は昨年、STAP細胞はES細胞が混入したものだと「ほぼ断定できる」との見解を示している。
県警によると、理研側から被害届は出ておらず、関係者に事情を聴くなどして慎重に調べる。

告発状によると、昨年4月、STAP細胞の論文不正に関する理研の調査が行われた際、小保方氏が使用していた冷蔵庫から、小保方氏がかつて所属していた研究室の研究員が作ったES細胞が見つかった。
何者かが、このES細胞を盗んだ疑いがあるとしている。

理研の調査委員会は昨年(2014年)12月、STAP細胞はES細胞が混入したものとほぼ断定。
小保方氏側は、故意や過失による混入を否定している。

小保方氏の代理人を務める三木秀夫弁護士は「小保方氏に関しては疑義を受けるような点はない」とコメントした。

◆小保方晴子氏の現状を知人が証言 気力なく引きこもり状態?

表舞台から姿を消した小保方晴子氏。
理化学研究所時代と変わらず今も神戸市内のマンションに住んでいるようだ。

体調も精神状態も優れず、部屋に引きこもっている。
千葉県の実家に移る気力もないようです。
親御さんが時折様子を見に来ているようですが……」(小保方氏の知人)

こう聞くと悲劇のヒロインだが、客観的に見て彼女への処分は甘々だ。


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(出典: writerzlab.com)

STAP細胞研究のため支給された研究費は4600万円、不正が指摘されてからの調査・検証費用は8360万円に上る。
にもかかわらず、理研が小保方氏に返還請求したのは論文投稿費のわずか60万円だ。
血税を浪費しておきながら、説明責任すら果たさない幕引きである。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


『NAVER まとめ』より

なるほどォ~。。。 マスコミがずいぶん騒ぎましたけれど、現在は体調も精神状態も優れず、部屋に引きこもっているのですわねぇ~。。。

あれだけ大きな問題になったのだから、相当 精神的に落ち込んだのでしょう。

。。。で、やっぱり男女関係で悩んだ挙句、笹井正樹氏は2014年8月5日の朝に先端医療センター内で首をつったのでしょうか?

あのねぇ~、確かに、そのように考える人もいるのですよ。。。 でもねぇ、僕は、そうじゃないと思うのです。 ちょっと次のやり取りを読んでみてください。

NEWS まとめもりー


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『拡大する』

7: キチンシンク(家)@\(^o^)/ 2014/08/12(火) 22:00:43.62 ID:oEx+wvIF0.net

小保方と楽しい出張を55回もできたんだから本望だろ


22: スパイダージャーマン(東日本)@\(^o^)/ 2014/08/12(火) 22:12:33.42 ID:1fwlTm/C0.net

>>7
ほんこれ。
5回ぐらい俺にも分けて欲しい。


71: アイアンクロー(大阪府)@\(^o^)/ 2014/08/12(火) 23:58:28.39 ID:PzIENwHg0.net

>>22
逆に考えるのだ。
よくもまあ55回も。
君を含めて常人は相手があれなら5回で十分飽きるよ。
惜しまれる人は違うなと感心した。

税金使ったことが後ろめたかったんだろうな。
予算を獲得するのがうまい人は、税金をうまく使う天才なのだな。
策士策にオボ(小保)れるなり。


8: 毒霧(WiMAX)@\(^o^)/ 2014/08/12(火) 22:01:56.38 ID:TobRj+eG0.net

生きていれば今後明らかになる不名誉な事実、死ぬ事で有耶無耶になり、オボちゃんも守った。

仮にオボちゃんであれば、捏造の真相究明は止まらなかった。

自殺が最高最速最良の問題解決手段になった事を恥じるべきだは。


195. 名無しさん@NEWSまとめもりー2014年08月16日 00:44

※31
>不当と表現しているのは以下の2点でしょ。
>精神的に崩壊してもなんら不思議じゃないと思うな。

 〇小保方さんとは男女の関係ではないのに、あたかも男女の関係があったものと
  意図的にミスリードを誘うような報道がされていたこと

事実ではないと否定すればいいだけ、一度もそうしたことはしていない。

デンマン注: 上の本の中に書いてあるように笹井氏は記者会見で否定している。

 〇STAP細胞は存在するのに、的外れな議論ばかりで存在しないものと扱われていること

存在する根拠を出しなさい。
世界中の科学者が科学的に疑義を申し立てているのは無視かよ

最近はマスゴミのせいにして問題の本質を逸らして悪いことした人を擁護する俺かっこいいっていうジンケン屋が流行なのか?


201. 名無しさん@NEWSまとめもりー2014年08月16日 01:24

>>195
同感です。小保方のSTAP細胞の捏造について、異議があるのならさっさと証拠なり、しっかりと説明責任を果たせば良かった。
笹井さんも不倫も、公費流用も、全くの事実無根なら、さっさと名誉毀損で訴えたり、証拠をあげるなり、反論して堂々としてれば良かった。
やましいところがあったから小保方も笹井さんも説明責任と証拠提出責任をちゃんと果たせなかった。

実験に失敗したら小保方が真っ先に処分や責任追求を受けるのは当然だろう。
そして、笹井さんの研究者としての人生も非常に厳しいものになるのは明らか。

おまけに処分を連帯して受けるとともに、不適切な関係がまたクローズアップして家族は大打撃を受ける。

笹井さんにとっては、小保方の捏造だとわかっていたから、実験は失敗に終わると確信して、
それによる自分自身の最悪な結末も確信してたから、
実験結果も見ずに自ら命を断ったのだろう。

擁護派は、日本中、世界中の科学者の意見やSTAP細胞についての批判に全く反論や意見なんか言ってませんから。
最初から科学に関わろうとしないで、信じるか信じないの宗教レベルに過ぎません。

小保方は200回以上成功したにも関わらず今まで、客観的なまともな証拠やサンプルらしいもの出したでしょうか?笑。
それにも関わらず、小保方の言うことを信じるのは、非科学的、宗教レベルか工作員レベルに決まってますよね!
国民の大半は皆さん同じ意見なんで大丈夫だと思います。
まともな意見共感しましたよ!


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「NEWS まとめもりー」より

この“STAP細胞事件”の全貌をよく知らない人は、マスコミが興味本位に取り上げた“同伴出張”を“不倫旅行”と考えているのですよ。。。 つまり、“下衆のかんぐり”です。

記者会見で笹井氏が男女関係を否定したことを、マスコミは報道しなかったのかもしれませんわァ。。。

僕は日本のテレビも新聞も見てないので、実際にはどうだったのか知らないけれど、上のやり取りを見ていると、そうとしか考えられない。。。もう一度次の箇所を読んでみてください。


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195. 名無しさん@NEWSまとめもりー2014年08月16日 00:44

※31
>不当と表現しているのは以下の2点でしょ。
>精神的に崩壊してもなんら不思議じゃないと思うな。

 〇小保方さんとは男女の関係ではないのに、あたかも男女の関係があったものと
  意図的にミスリードを誘うような報道がされていたこと

事実ではないと否定すればいいだけ、一度もそうしたことはしていない。

デンマン注: 上の本の中に書いてあるように笹井氏は記者会見で否定している。

 〇STAP細胞は存在するのに、的外れな議論ばかりで存在しないものと扱われていること

存在する根拠を出しなさい。
世界中の科学者が科学的に疑義を申し立てているのは無視かよ

最近はマスゴミのせいにして問題の本質を逸らして悪いことした人を擁護する俺かっこいいっていうジンケン屋が流行なのか?

デンマンさんは、二人の間に マジで男女関係はなかったと信じているのですかァ~?

あのねぇ~、僕は、須田さんの本を読むまでは“STAP細胞事件”について 詳しい事は何も知らなかったわけですよ。。。 だから、先入観がなかった。。。 著者の須田さんと笹井芳樹氏とのメールのやり取りを読む限り、笹井氏と小保方さんの間に男女関係があったなどとは考えられない。。。 だから、上の“下衆のかんぐり”を読んだ時には、日本人が低俗化したのではないか!?。。。と思ったほどですよ。

でも。。。、でも。。。、そういう事だって考えられるでしょう?

あれっ。。。 小百合さんは、二人が出張という名目で不倫旅行していたと言うのですかァ~?

だから。。。、そういう可能性だってあると思うのですわァ。

でもねぇ~、記者会見では、笹井氏がきっぱりと否定しているのですよ!。。。

どうして、その事実をマスコミは報道しなかったのでしょうか?

だから、マスコミは二人の間に不倫関係があると匂わせておいた方が新聞の購読者数が上昇するし、テレビの視聴率も上がると思って わざと報道を控えたのですよう!

そうでしょうか?

あのねぇ~、もしもですよ。。。 二人の間に男女関係があったら、日本のことだから、笹井さんは一人で自殺しないで小保方さんと心中するのですよ。

そうでしょうか?

やだなあああァ~。。。 日本には心中という伝統があるじゃありませんかァ!


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つまり。。。、つまり。。。、二人の間に男女関係があったなら、二人は心中していたとデンマンさんは考えるのですかァ~?

だってぇ、そうでしょう!? 55回も不倫旅行をしていたとしたら、小保方さんは笹井さんの後を追ってあの世へ逝くのですよ!。。。 それが日本の伝統じゃありませんかア!

デンマンさん!。。。 そういう事を言うと小保方さんにプレッシャーをかけることになりますわア!

小百合さんが二人の間に男女の関係があると言うから、僕は日本の伝統を持ち出してきたまでですよ!

でも、小保方さんに自殺を促すようなことを言ってはいけませんわ。

だから、小保方さんが生きているという事は二人の間に男女関係がなかった証拠なのです!

でも。。。、でも。。。、それはデンマンさんの単なる推測だと思いますわ。

つまり、何が何でも、小百合さんは低俗化した日本人の見本のように、二人の間に男女の関係があったという“下衆のかんぐり”を支持するのですか?

いいえ。。。 そう言う訳ではありません。。。 ただ、人間は弱いものですから、そういう関係になっても仕方がないと。。。

だから、そういうことを“下衆のかんぐり”と言うのですよ! んもおおおァ~。。。

デンマンさん!。。。 ここで また盛り上がらなくてもいいのですわ。。。 で、どういうわけで“馬車道”をタイトルに書き込んだのですか?

あのねぇ~、実は、明治時代に行田にも馬車鉄道が走っていたのですよ。

行田馬車鉄道


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日本鉄道株式会社が、上野熊谷間に汽車を走らせたのは、明治16年7月28日、その時の駅は上野、王子、赤羽、浦和、上尾、鴻巣、熊谷だけ。
更に高崎まで開通したのは明治17年6月25日。
桶川、吹上駅の開通は、明治18年3月1日、大宮駅は3月16日である。
一日三往復、時速30キロの善光号が、四輪50人定員の岡蒸気が走ることになった。
上野熊谷間2時間12分であった。

一日三往復がだんだん増えていき、行田足袋が年産50万足(明治18年)から、150万足(25年)、220万足(30年)と増加し、東京をはじめ各地から商用で出入りする人が多くなり、吹上から行田の5キロの道は、荷物を持つ人には遠かった。
その頃になって、行田人は、鉄道を吹上げに追いやった不便さを後悔した。
だから「行田人は封建的で、岩槻と同じように頑迷だった」という口碑がまことしやかに語り継がれ、80年後、国鉄行田駅開通への悲願となったと、行田人は考えている。

史家としての私は、行田人が果たして、鉄道は稲が穫れなくなるとか、他国者が入って来るからといって、前谷耕地を通るわけだった鉄道を吹上に追いやる程、頑迷であったろうかという疑問を持って、古文書等を随分探しまわった。
しかし、不思議な事に、何らの記録の片鱗すらないばかりか、誰が反対したか、具体的な集団の口碑さえなく、ただ“行田人が追いやった”というばかりである。

 (中略)

行田人が封建で頑迷だったから、鉄道を追いやったという事実はない。
むしろ、鉄道が吹上に行ってしまったので、日本鉄道の大株主の橋本喜助氏を通じて、何とか行田へ近くする運動をしたらしい。
ただ重役だけへの運動で、実際の技師等に働きかけなかったので実現しなかったのは甚だ残念であったと、要路にあたっていた人から聞いた話を大澤専蔵が『落葉集』に書いてある。

明治31年、忍馬車鉄道株式会社を設立し、行田下町から吹上駅までレールを敷いて、馬車鉄道によって乗客を運ぶことにした。
下町から本町、新町、天満、大町、駒形、前谷、鎌塚、吹上、吹上駅を定員18名の一頭引四輪馬車が一日12往復走ったのである。


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全線開通は明治34年6月であった。
料金は片道五銭。
しかし、馬と馭者と車掌等の人件費はまかないきれず改組して貨物を取り扱い、大正10年頃から、レールを取りはずし、トテ馬車となり、自動車を入れ、行田自動車株式会社となったのは大正12年で、昭和15年頃統合されて、歴史を閉じた。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


15-17ページ 『行田史跡物語』
著者: 大澤俊吉
1979(昭和54)年12月20日 初版発行
発行所: 歴史図書社

知りませんでしたわ。。。 馬車鉄道の跡地の近くに「馬車道」レストランが3つもあるのは、行田の馬車鉄道を懐かしんでオーナーが名づけたのでしょうか?

そうかもしれませんよ。

行田船着き場跡でお弁当を食べたのも、行田馬車鉄道の終点の馬車道レストランでカルボナーラを食べたのも、なんだか明治時代に戻ったような気がしますわ。

だから、馬車道レストランのウェイトレスも小百合さんのように明治時代の女学生が着ていた和服と袴で登場したのですよ。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。
デンマンさんと小百合さんがカルボナーラを食べたということを聞いたら
急にお腹がすいてきましたわ。

あたくしも何かを作って食べようと思いますわ。
あたくしの好物は 具のたくさん入った“あんかけ焼きそば”でござ~♪~ますう。
あなたのために、作り方を教えますわねぇ。


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どうですか? 美味しそうでしょう?

でも、あたくしは これだけでは満足できませんのよう。
デザートに“たいやき”をいただくのでざ~♪~ますわよう。
うふふふふふふ。。。

最近では、餡に替わってクリームや溶かしたチョコレート、キャラメル、カスタードクリームなどの洋菓子素材を詰めたものもでてきましたわ。

サンドウィッチ式に肉類や生野菜、各種ソースやリゾットなどを挟む「おかずたい焼き」もあらわれました。


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あなたも 好きなものを“たいやき”に詰めてみませんか?

では、あなたのために あたくしが育った地元の京都の“たいやき”をお見せしますわね。
うふふふふふ。。。

お腹がすいてきて、“たいやき”が食べたくなってきたでしょう?
でも、この記事を最後まで読んでから、近くの“たいやき屋さん”に走ってくださいね。

ところで、小百合さんがどうして「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれるのか?
ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。
小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。
小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。
分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


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それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。
だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ~~。


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メチャ面白い、

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■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』


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■ 『カナダのバーナビーと軽井沢に

別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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■ 『月夜のベリー@バレンタイン』

■ 『カナダのマルサの女』

■ 『思い出を食べる@麻布』

■ 『バレンタイン焼きそば』

■ 『串カツと黒豚』

■ 『阿蘇山@栃木県』

■ 『焼きそばソース@バレンタイン』

■ 『鶏肉ダメなの?』

■ 『泰国酸辣醤のロマン』

■ 『豆腐がチーズに?』

■ 『猫と柚子とロマン』

■ 『トリュフと軽井沢タリアセン夫人』


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■ 『ロマンの香り愛のスパイス』

■ 『愛と人生のスパイス』

■ 『愛と人生の陰で』

■ 『愛のポテトチップサンド』

■ 『インドカレー@熊谷』

■ 『スープカレー@行田』

■ 『軽井沢タリアセン夫人@Bike』

■ 『かねつき堂と亀姫』

■ 『甲斐姫と軽井沢タリアセン夫人』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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■ 『蕎麦屋と軽井沢タリアセン夫人』

■ 『おしまいでございます』

■ 『軽井沢タリアセン夫人 愛の写真』

■ 『菊ちゃんと阿部忠秋』

■ 『菊ちゃん、知恵伊豆、忠秋』

■ 『丸墓山は誰の墓?』

■ 『外国人SEXデンマン再訪』

■ 『日本最高?』

■ 『短歌に込められた愛の真実』

■ 『3月のバレンタイン』

■ 『かぎろいミステリー』

■ 『40代女性の魅惑』

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■ 『豆まき@バレンタイン』

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■ 『日本の失敗』

■ 『しじみ@愛のロマン』

■ 『とろけるカレー@バレンタイン』

■ 『バレンタイン夫人』

■ 『昭和の表象空間』

■ 『ズロースなの?』

■ 『焼きそばサンド』

■ 『平成の表象空間』

■ 『かぎろい夫人』

■ 『人気の40代女性ヌード』

■ 『宗長の奥の細道』

■ 『ネットの接続が遅い』

■ 『元気に再会しましょう』

■ 『スルーパスと芦雪』

■ 『鬼怒川の洪水』

■ 『最後の焼きそばソース@パリ』

■ 『初めてのヌード』

■ 『感じていても分かってない』

■ 『おかえりなさい』

■ 『スープカレー@再会』

■ 『またカレー?』

■ 『手作り弁当@船着き場』


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手作り弁当@船着き場

2015年12月3日

 

手作り弁当@船着き場

 


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Subj:真心のこもった

手作りの弁当ありがとう!

きゃはははは…

From: denman@coolmail.jp
To: sayuri@hotmail.com
Cc: barclay1720@aol.com
Date: Wed, December 2, 2015 0:06 AM
Pacific Standard Time
日本時間:12月2日(水)午後5時6分

 

バンクーバーも行田もそれほど寒さに変わりがありません。
ちょうど行田が寒かったのかもしれません。

でも、12月1日は実に良い天気でしたねぇ。
小百合さんも洗濯物をたくさん干したことでしょう!

ところで、11月29日の日曜には、手作りの弁当をありがとう!
まさか、小百合さんが弁当まで作ってくるとは思いませんでした!(微笑)


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小百合さんが連れてきたトモユキ君が釣りをした場所。。。 と言うよりも僕と小百合さんが弁当を食べて アイリッシュ・クリーム・コーヒーを飲んだ場所は知る人ぞ知る 極めて有名な場所なのですよ。

。。。ていうかあああァ~ 小百合さんと僕のために、わざわざ歴史が用意してくれた場所なのですよ。 
ぎゃははははは。。。

どういうこと。。。? と小百合さんが不思議に思うかもしれません。

僕も、改めて本を読んでみてビックリしているのですよ。
では、その箇所をここに書き出しますから、じっくりと読んでみてね。

行田船着き場跡


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(行田)市の中心から国道(125号線)を東へ約500メートル、下町のT字路の左に、古風な木造洋館(デンマン注: 現在は岡田カメラ店)がある。

田山花袋の『田舎教師』に出て来る斉藤医院(文中では原田医院)、それから北へ左折して150メートル、またT字路で、右側が遊園地になっている。


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この公園の地が、行田船着き場で、長野口御門、番所、高札場があった。 

(略) つい最近まで、石垣があって、如何にも船着き場らしかった。


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 (中略)

昔はどんな水路を通って、ここまで来たかわからないが、とにかく、今から400年前には、下町を中心に行田町が出来、一、六の市が立った記録は、成田氏時代からである。

そして300年前には、関西方面から、市日めあての商人が来たことが古文書に見えている。
天正18年(1590年)『家忠日記』に「宮津衆、行田の市(いち)に人を切る」とあって、京都府宮津の商人が来ている事を示している。

特に船着き場が栄えたのは、見沼代用水が出来てからであろう。

八代将軍吉宗が、普請奉行 井沢弥惣兵衛為永(いざわやそうべえためなが 1663-1738)に命じ、大宮市東の見沼干拓事業を起こし、旧芝川の水路を拡張して、見沼の溜水を荒川におとし、利根川の水を行田市下中條の今の利根道水路取入口(今、見沼代用水元圦口公園になっている)から、延々60キロメートルの水路を作り、更に通船堀を設け水運の便に供した、一大工事で、享保13年(1728年)の完成であるから、今から、270年も前の事である。

 (中略)


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英照皇太后


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昭憲皇后

明治19年5月10日、英照皇太后、昭憲皇后陛下が、館林の「つつじヶ岡」に行啓された時、行田の橋本喜助宅で、御着替えをなされ、その荷物が、船で下町の船着き場に運ばれ、下町から橋本喜助宅まで大変な列で賑わった事を、私は祖母(安政6年生まれ)から聞いたことがある。

ついでに、その模様が、『埼玉県史』第7巻に出ているので書いておこう。

「明治19年5月10日午前7時30分新宿停車場より別仕立汽車にて御発車、9時鴻巣駅にて御下乗遊ばされ、同宿鈴木半右衛門方、行田町橋本喜助方等に御小休、川俣にて利根川を御渡船……」とある。

帰路も、橋本喜助方で御着替、鴻巣駅午後7時40分発、9時10分新宿駅御着とある。

吹上駅は明治18年3月1日開設であるのに、何故鴻巣駅(明治16年7月28日開設)で下車されたかわからない。
吹上駅では近くに小休される適当な家がなかったからだろう。

とにかく、行田の船着き場が、幕末から明治中頃まで栄えた事は、想像出来ない程だったらしい。
番所が今の久保田屋さんの所にあり、その前に長野口御門があって通行人を見張り、高札場がある程の賑わいだったという。
ところがある人から「あそこは晒し首場だったそうですね」といわれたので色々調査した結果、次の様な事情がわかった。

即ち弘化3年(1846年)蘭法医の河津省庵が本町横町で開業し、その名声が高くなり、御典医となった。
省庵は常に研究に励み、特に“腑分け”して医学の進歩をはかったが、当時人体を解剖することは許されなかった。
藩では先生の便宜をはかり、下町の高札場に晒し首をした。
それを近くの大長寺内に運び“腑分け”をして寺に葬ったという。


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省庵が日本の眼科医学史上の人となり、『眼科方規』『医則発揮』はそんな事情で生まれたのだろう。
藩の役人も医学の為に随分イキなはからいをしたものだと思う。
下町の晒し首の事実は、日本医学史上に役立ったわけである。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


5-9ページ 『行田史跡物語』
著者: 大澤俊吉
1979(昭和54)年12月20日 初版発行
発行所: 歴史図書社

ということで、明治19年5月10日、行田の橋本喜助宅で着替えて、あの船着き場から英照皇太后、昭憲皇后が、船に乗って、川俣で利根川を渡り、館林の「つつじヶ岡」に行ったのですよ。


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なんと、その船着き場で 僕と小百合さんが弁当を食べたというわけなのです。 (爆笑)

もちろん、それだけではありません!

なんとォ~ 僕と小百合さんは館林の「つつじヶ岡」でも、何度か 10月桜を見たり、白鳥を見たりして、ルンルン気分で散歩したのですよ!

しかも、何度となく白いテーブルで小百合さんとアイリッシュ・クリーム・コーヒーを飲んだ大長寺までが出てくるのですよ!


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ぎゃははははは。。。

そういうわけで、この事でまた今日寝て起きたら バンクーバー市立図書館で記事を書くのです。

面白い記事になるので、小百合さんもぜひ読んでみてね。

とにかく、真心のこもった手作りの弁当ありがとう! きゃははははは。。。

では、今日も一日、小百合さんにとっても 素晴らしい日でありますように。。。
祈ってますねぇ~。

じゃあねぇ。。。バイバ~♪~イ。。。


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デンマンさん。。。 またプライベートなメールを持ち出してきて、こうして記事を書くのですか?


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いけませんか?

だってぇ~、私たちのプライベートな事を記事にしてブログに出しても、このような事を読まされたネット市民の皆様は間違いなく白けますわァ~。

いや。。。 決してそのようなことはありませんよ。。。 行田市の歴史は日本の歴史でもあるのです。。。 なぜなら、英照皇太后と昭憲皇后が行田にやって来て、船に乗って、川俣で利根川を渡り、館林の「つつじヶ岡」に行ったのですよ。。。 上に貼り出した写真を見ただけでも、ネット市民の皆様はすごい人が行田にやって来たのだと知ってビックリしていますよ。

そうでしょうか?

だってぇ~、小百合さんだって自分が生まれ育った館林に英照皇太后と昭憲皇后がやって来たなんて知らなかったでしょう?

知りませんでしたわ。

だから、こうして記事に書くことも意味があるのですよ。。。 僕は、何もプライベートな事を書いてネット市民の皆様を白けさせるつもりはないのですよ。

でも、白けて、途中で他のブログへ飛んでしまったネット市民の皆様もきっと居ると思いますわ。

だから、そういう人は飛んでしまってもいいのですよ。。。 日本もカナダも自由主義の社会ですからね。。。 白けたい人は白けてもいいのです。。。 でもねぇ~、この記事には知られざる日本の歴史が詰まっているのですよ。

そうでしょうか?

だってぇ~、館林の「つつじヶ岡」だけじゃなくて、田山花袋の『田舎教師』に出て来る斉藤医院も出てくるのですよ。。。 この斉藤先生の孫は、僕が子供の頃のホームドクターだったのですよ。

デンマンさんは、この事が言いたかったのですか?

いや、違いますよ。。。 弘化3年(1846年)蘭法医の河津省庵が本町横町で開業し、その名声が高くなり、御典医となった。。。 さらに、晒し首にした遺体を大長寺内に運び“腑分け”をして寺に葬ったというのです。

要するに、この事が言いたかったのですか?

違いますよ。。。 その大長寺で僕と小百合さんが何度となく 白いテーブルでアイリッシュ・クリーム・コーヒーを飲んだのですよ。


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だから、そういう事を書くとネット市民の皆様が白けるのですわ。

小百合さんは、ちょっとばかりプライベートな事に拘(こだわ)り過ぎるのですよ。。。 この記事を読んでいるネット市民の皆様の中には 井戸端会議に顔を出すような噂好きなおばさんだってたくさん居るのですよ。

その証拠でもあるのですか?

ありますよ。。。 ちょっと次のリストを見てください。

 

海外からのアクセス

 


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『Denman Blog』

分かるでしょう!? 日本語がわかる122ヵ国の世界のネット市民の皆様が僕のブログを読んでいるのです。 小百合さんが最近どうしているだろうか? “小百合物語”を読み続けている読者の中には、その事が気にかかっている噂好きのおばさんたちも居るのですよ。

それで行田からバンクーバーに戻ったばかりのデンマンさんは、早々 この記事を書いたのですか?

その通りですよ。。。 いかませんか?


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。
あなたも少しは日本の歴史を勉強したつもりになりましたか?

世界には 結構 日本語が理解できる たくさんのネット市民の皆様が居るのですわねぇ~。
上のリストを見て、あなたも そう思うでしょう?

話は、変わりますけれど、デンマンさんは“黒いオルフェ”がメチャ好きなのでござ~ますう。。。

だから、あたくしも、この曲に合わせて踊ってしまったのですわ。
うふふふふふ。。。


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『衝撃の角度』

 

ところで、小百合さんがどうして「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれるのか?
ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。
小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。
小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。
分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


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それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。
だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ~~。


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メチャ面白い、

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■ 『きれいになったと感じさせる

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別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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■ 『焼きそばソース@バレンタイン』

■ 『鶏肉ダメなの?』

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■ 『豆腐がチーズに?』

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■ 『軽井沢タリアセン夫人@Bike』

■ 『かねつき堂と亀姫』

■ 『甲斐姫と軽井沢タリアセン夫人』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)

■ 『蕎麦屋と軽井沢タリアセン夫人』

■ 『おしまいでございます』

■ 『軽井沢タリアセン夫人 愛の写真』

■ 『菊ちゃんと阿部忠秋』

■ 『菊ちゃん、知恵伊豆、忠秋』

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■ 『最後の焼きそばソース@パリ』

■ 『初めてのヌード』

■ 『感じていても分かってない』

■ 『おかえりなさい』

■ 『スープカレー@再会』

■ 『またカレー?』


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日本で再会

2015年11月19日

 

日本で再会

 


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デンマンさん。。。 太田将宏さんというのはどういう方なのですか?

。。。ん? 太田将宏。。。?

そうですわ。

真由美ちゃんは どうして太田将宏のことを知ってるのォ~?

デンマンさんが11月16に投稿した『きみ待ちわびて』を読んでいたら次のコメントに出くわしたのですわ。

denman705 Says:

2015年11月10日 3:17 PM | 返信 編集


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相変わらず愚かな

太田将宏ちゃんへ!

オマエは相変わらず馬鹿だね!
きゃはははは。。。

今、日本へ帰省しているのだよ!
やる事が多すぎて、愚かなオマエに付き合っている暇がないのだよ!

真由美ちゃんがVancouver Community Collegeに通っているけれど、
2週間休暇を取って、日本に帰ってきた。

11月11日、つまり、明日、会うことになっている。
それに、軽井沢タリアセン夫人とも12日会う予定なんだよ!

オマエのような愚か者にこうして返信を書いている時間は、本来ならばもったいないのだよ!
でも、オマエのような愚か者と違って紳士の僕ちゃんは、
一応、オマエが愚かにも、同じ内容のたくさんのコメントを書きまくったので、
このままほおって置くと、愚かなオマエが、ますます愚かな行為を続けると思うので、
仕方なくこうして返信を書いているのだよ!(爆笑)

そのうち大切な人たちと会って、時間のゆとりができたら、
じっくりとオマエに関する記事を書くつもりなのだよ!

だから、同じ内容のコメントを もうこれ以上書くのをやめろよな!
オマエも、できたら、愚かな事を止めて、田舎者じゃなく紳士になれよな!
じゃあ、僕がオマエの記事を書くまで、元気にこの世に居て欲しい!
最後に、ぎゃはははははは。。。


『相変わらず馬鹿か?』のコメント欄より


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『きみ待ちわびて』にも掲載
(2015年11月16日)

あのねぇ~、めれんげさんの愛の短歌を読むのはいいことですよ。。。 でもねぇ~、太田将宏の事は無視してください。

でも、やっぱり気になりますわ。

あのねぇ~、真由美ちゃんとの再会の話をしたいのに、ここで愚かな太田将宏のことを取り上げると気分が壊れてしまうのですよ。。。 だから、関心があったら次の記事を後で時間があるときに読んでね。


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『相変わらず馬鹿か?』

デンマンさんの気分が壊れてしまうほど嫌な相手なのですか?

そうですよ。。。 せっかく日本へ帰省して貴重な時間をこうして真由美ちゃんと会って楽しんでいるのですよ。。。 だから、この時間は太田将宏を無視してね。

分かりましたわ。。。 デンマンさんがそこまで言うのでしたら、後で上の記事を読ませてもらいますわ。

そうしてください。。。 今日は真由美ちゃんの母校の話をしましょう。

私の母校の話なんてデンマンさんには面白くないと思いますわ。

いや。。。 そんなことはありませんよ。。。 宇都宮商業高校は餃子で有名な街にありますからね。。。僕はぜひ宇都宮でも真由美ちゃんに会いたいのです。


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『拡大する』

デンマンさんは餃子が好物なのですか?

餃子が嫌いな人ってぇまだお目にかかったことがありませんよ。

私も餃子が大好きですわ。。。 子供の頃から餃子をたくさん食べていました。

どこが旨いのですか?

宇都宮で有名なのは、「まさしの餃子」や、「餃子のみんみん」です。


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こうして行列ができるほど美味しいのですわ。

真由美ちゃんも よくこの店へ行くのォ~?

いえ。。。 私は、どちらかと言えば、「まさしの餃子」へ食べに行きました。


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「まさしの餃子」の方が旨いのォ~?

それほど違いがないと思います。。。私の実家の近くに「まさしの餃子」があったので、子供の頃から このお店の餃子の方が口に合っているのです。

そうですか。。。 そうですか。。。 とにかく、真由美ちゃんと一緒に食べたら一味旨いですよ。。。 ところで、真由美ちゃんは高校時代はどの部活をやってたのォ~?

バトン部ですわ。

バトン部。。。?

そうです。。。マーチングバンド・バトントワーリングをやってました。


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これは私が栃木県大会に参加した時の写真ですわ。

あれっ。。。 こういうセクシーな踊りをやってたんだァ~。。。

別に セクシーだとは思いませんわ。

冗談です。。。 冗談です。。。 でも、どうして AKB49 のオーディションを受けずにベーグルの道に進もうとしたのォ~?


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私はベーグルにハマってしまったのですわ。

そうですか。。。そうですか。。。 じゃあ、事のついでに宇都宮で最も旨いベーグルを売っている店に連れて行ってねぇ。

わかりました。。。 デンマンさんのために見つけておいたお店がありますわ。


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『拡大する』


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ほおォ~。。。 たくさんの旨そうなベーグルが並んでますねぇ~・・・ 旨いベーグルを選ぶのが楽しみですよ。

私も、日本のベーグルの味を楽しみにしています。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。
あなたも時間があったら宇都宮で餃子とベーグルを楽しんでくださいませ。

ところで、真由美ちゃんは小さい頃からの夢が叶ってぇバンクーバーにやって来たのです!


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現在、Vancouver Community College で、パン職人、ベーグル職人を目指して勉強しています。
いづれはカナダに移住するつもりでござ~ます。

ところで、あなたはバンクーバーに行ったことがありますか?

とっても素敵な街ですよ。


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世界で最も住みやすい街バンクーバー


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ビデオを見ても、なんだかワクワクしてくるでしょう?

あたくしが バンクーバーにやって来たのは 2008年の元旦の2週間ほど前でした。

クリスマスをバンクバーで過ごして、それから元旦の“Polar Bear Swim (寒中水泳)”に参加したのです。


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上のビデオを見ると、まるで真夏のようでしょう?

ところが気温は確か2度ぐらいでした。 

水の中の方が暖かかったのですわァ。

とにかく、バンクーバーには面白い人たちがたくさん居ますゥ。

あなたも、お暇と お金の余裕があったらぜひ出かけてみてください。

デンマンさんが、また興味深い、面白い記事を書くと思います。

だから、どうか、あなたも またやって来てくださいねぇ~~。

じゃあね。


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If you’ve got some time,

Please read one of the following artciles:



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“ついに会えました”

“お天道様が見てます”

『真由美ちゃんのカナダ移住』

『真由美ちゃんのカナダ就活』

『ロマンと夢が広がる』

『カナダ就活と英語』

『カナダへの履歴書』

『真由美ちゃんの夢とベーグル』

『真由美ちゃんの命の力』

『迷い、決断、そして行動』

『夢と希望の光』


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『下着女装に負けない真由美ちゃん』

『真由美ちゃんの就活面接』

『真由美ちゃんのリクエスト』

『真由美ちゃん@とんでん』

『バンクーバーで面接』

『海外で面接』

『真由美ちゃん、読まれてるよ』

『真由美ちゃん@面接英会話』

『真由美ちゃん@教会』

『真由美ちゃん@バンクーバー渡航』

『真由美ちゃん@バンクーバー』

『心温まるスープ』

『大切な第一印象』


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『サンタ マユミちゃん』

『お汁粉@海外』

『お汁粉@カナダ』

『支払いでトラブル』

『風邪で甘えてる場合じゃねぇ~!』

『バレンタインのお菓子』

『結婚、仕事、人生』

『命の力だね』

『英語と真由美ちゃん』

『海外に目を向ける』

『カーネギーホールじゃないよ』

『やる気があれば道は開ける』

『ニャンニャンと人生』

『ピラミス@美術館』

『夢のバンクーバー』

『バンクーバーの屋上で』

『オランダ移住』

『カナダ移住の夢』

『ディープコーヴ』

『浴衣のバンクーバー』

『黒豚テリマヨ』

『イタリアのベーグルとサルサ』

『花火大会』

『乙女老い易く学成り難し』

『真由美ちゃん@英語』

『真由美ちゃんダントツ』

『日本よい国天国だ!』

『やっぱりどこか狂ってる』


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おかえりなさい

2015年11月7日

 

おかえりなさい

 


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Subj:小百合さん、おはよう!

再会の日が待ち遠しいですよ!

きゃはははは…

From: denman@coolmail.jp
To: sayuri@hotmail.com
Cc: barclay1720@aol.com
Date:Monday, October 19, 2015 11:16 AM
Pacific Standard Time
日本時間:10月20日(火)午前3時16分

 

元気ですか?
柿がたくさん実っていることでしょう?

僕の実家の玄関前の庭にも大きくなった柿の木があるのですよ。
僕が帰る頃になると、いつでも たくさんの実をつけます。


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たいして旨いものではないけれど、
秋が来たということを実感させてくれますよね。 (微笑)

日本もだいぶ秋らしくなってきたでしょう!
小百合さんも元気で、毎日ルンルン気分で過ごしていますか?

僕も、相変わらず元気で、ルンルン気分で毎日を悔いなく過ごしていますよ。
今日は、かつてのメールを使って、ちょっと真面目な記事を書きました。

題して『感じていても分かってない』 きゃははははは。。。

ちょっとエッチなような感じもしますけど、真面目な話です。
きゃははははは。。。

小百合さんも読む前から 心臓をドキドキさせないでね。 (微笑)

とにかく、掃除と洗濯を済ませてから、コーヒーを飲みながらゆっくりと読んでみてね。


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『感じていても分かってない』

小百合さんも体調管理に気をつけて、
元気な姿を見せてね。

熊谷駅ビルに出かける気持ちのゆとりがありましたか?
たまには、自分にご褒美を上げて、
熊谷駅ビルの中で食べ歩きしてください。

そして 珍しくて、面白そうで、しかも旨い食べ物を見つけておいてね。
きゃははははは。。。

では、今日も一日、小百合さんにとっても素晴らしい日でありますように。。。
祈ってますねぇ~。
バイバ~♪~イ。。。


(denman01.gif)

 


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Subj:いつもお願いして

すいません

From: sayuri@hotmail.com
To: denman@coolmail.jp
Date:Tuesday, October 27, 2015 6:21 PM
Pacific Standard Time
日本時間:10月28日(水)午前10時21分

 

① アイリッシュコーヒー豆500g
(全部豆のまま、ミルがあるのでヒカナイで下さい)

② CLUB HOUSEのアルフレッドの粉(8袋)

③ スマッカーズのラズベリーJAM、大瓶

   SMUCKER’S  (レッドラズベリー)


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このジャムはあまり日本にはありません。
いちご やブルーべりー マーマレードはありますが
ラズベリーは見ません

ブラックベリーは味が好きでは ないので要りません。

(注意)ラズベリー味でお願いします。

④ ホットケーキシロップを大きい方で

  お願いします (Aunt Jemima)


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今回、スパイスはたくさんコストコで買いましたので、必要ないです。

タイのトムヤムペーストもまだ残っていますので必要ないです。

いつもお願いしてすいません。

では、デンマンさんも体調に気をつけてお元気でお過ごしください。

再会を楽しみにお待ちしています。

 

小百合より


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Subj:小百合さんのためです。

一生懸命にジャムを探しますよ!

きゃははははは。。。

From: denman@coolmail.jp
To: sayuri@hotmail.com
Cc: barclay1720@aol.com
Date:Tuesday, October 27, 2015 8:26 PM
Pacific Standard Time
日本時間:10月28日(水)午後12時26分

 

たぶん、raspberry jam ならば、すぐそこの安売りの Joe’s Supermarket で売っていると思います。
でも、大瓶が見つかるかどうか?
これまでに大瓶のジャムを見たことがありません。
たいてい500グラムか500 mLぐらいまでの瓶ですよ。

とにかく、Joe’s Supermarket とSafeway と IGA で探してみます。

SMUCKER’S ブランドがあるかなァ~?
とにかく探してみますね。 

ところで、10月26日には、小百合さんに かなり以前(2010年11月15日)に書いたメールを使って記事を書きました。
最後の方に出てきます。
掃除、選択を済ませてから、コーヒーでも入れて じっくりと読んでみてね。


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『死んでも生きてる』

5年前の11月ですよ。
こういうこともあったのですね。
きゃははははは。。。

では、日本も寒くなるでしょから、小百合さんも体調管理に気をつけて、
元気な姿を見せてね。

熊谷駅ビルに出かける気持ちのゆとりがありましたか?


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熊谷駅ビルの中で食べ歩きしたァ~?

珍しくて、面白そうで、しかも旨い食べ物を見つけておいてね。
きゃははははは。。。

では、今日も一日、小百合さんにとっても素晴らしい日でありますように。。。
祈ってますねぇ~。
バイバ~♪~イ。。。


(denman01.gif)


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デンマンさん。。。 おかえりなさい。。。 元気そうですわねぇ~。。。


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元気だけがとりえですよ。。。 うへへへへへ。。。

それで、たのんだモノ見つかりましたかァ~?

ありましたよ。。。

いつもお願いしてすいません。

かまいませんよ。。。 ついでのことだから。。。

。。。で、いつ いただけるのですか?

あのねぇ~、この記事は行田市の市立図書館のパソコンで書いているのではないのですよ。

あらっ。。。 違うのですか?

何しろ行田市立図書館には、パソコンが3台だけです。。。 それもフィルターがかかっていて、僕のブログは見ることができない。

どうしてですか?

アダルトサイトだと判断されているようなのですよ。

そんな馬鹿な。。。?

とにかく、僕のどのブログも見ることができない。

でも、メールぐらいは出せるでしょう?

メールも出せないのですよ。

マジで。。。?

そうなのですよ。。。 バンクーバー市立図書館ならば、無料で何時間でもパソコン使えるけれど、行田市立図書館のパソコンサービスは全く使い物にならない。。。

。。。で、デンマンさんがマネージャーと口喧嘩した『自遊空間』でネットをやっているのですか?

そういうことです。。。 そろそろ6時間パックが終わるのですよ。。。 だから、電源きりますねぇ~。。。 また実家に帰ってから電話します。。。 じゃあ、あとでねぇ~・・・


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。
確かに日本の市民サービスは海外と比べると、なんだかみすぼらしいですわ。

とにかく、あたくしはネットよりも食欲のシーズンにこだわっているのでござ~ますう。

あたくしの好物は 具のたくさん入った“あんかけ焼きそば”でござ~♪~ますわァ。
あなたのために、作り方を教えますわねぇ~。


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どうですか? 美味しそうでしょう?

でも、あたくしは これだけでは満足できませんのよう。
デザートに“たいやき”をいただくのでざ~♪~ますわよう。
うふふふふふふ。。。

最近では、餡に替わってクリームや溶かしたチョコレート、キャラメル、カスタードクリームなどの洋菓子素材を詰めたものもでてきましたわ。

サンドウィッチ式に肉類や生野菜、各種ソースやリゾットなどを挟む「おかずたい焼き」もあらわれました。


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あなたも 好きなものを“たいやき”に詰めてみませんか?

では、あなたのために あたくしが育った地元の京都の“たいやき”をお見せしますわね。
うふふふふふ。。。

お腹がすいてきて、“たいやき”が食べたくなってきたでしょう?
でも、この記事を最後まで読んでから、近くの“たいやき屋さん”に走ってくださいね。

では、小百合さんのお話に戻りますけれど、
どうして「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれるのか?
ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。
小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。
小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。
分からない事ではござ~ませんわァ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。
現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


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それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。
だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ~~。


(hand.gif)

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