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古代米カレー

2017年3月18日

 

古代米カレー

 


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日付: 2017年3月5日 (日) 午前10時53分
(バンクーバー時間:Sat, Mar 4, 2017 at 5:53 PM)
差出人: “sayuri@hotmail.com”
宛先: “denman@coolmail.jp”


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件名:飛行機の中では一睡もしないで

また映画を見続けたのですか?

\(*^_^*)/

バンクーバーに着いたのは午前中だったようですが
そのまますぐにマンションに帰らずに、
中央図書館に寄ってブログを書くなんてちょっと信じがたいですね。
帰りの飛行機の中では一睡もしないでまた映画を見続けたのでしょう!?

行田ではお母さんのお葬式を取り仕切ったりで
大変でしたね。
お疲れ様でした。
お母さんは天国で安らかな眠りについているでしょう。


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今回、デンマンさんが行田に帰省したのは
予想外のことでしたけれど、
しばらくぶりに会えて楽しい思い出がたくさんできました。

デンマンさんには“古代米カレー”につき合わせてしまったようで、ちょっぴり反省しています。
でも、インドカレーにハマッた私にとって 行田の“古代米カレー”は歴史を感じさせるような味わいがありました。

「行田古代米カレー地図」を片手に できるだけ多くの店を回ってみましたが、
デンマンさんと一緒に出かけたのは2軒にとどまりました。

最後に「カフェ音時計」を探しましたが、残念ながら発見できませんでしたよね。
あとで私一人で探してみたら、川のそばにあるお店を見つけました。
どちらかと言えば、珈琲・紅茶と手作りケーキがメインのようです。
古代米カレーは土曜日だけだそうです。

古墳の形の古代米ごはんと行田の食材を使うことだけが一緒で、
あとは各店舗が自慢のカレー味で競いあっているようです。

お店ごとに飾りつけも、付け合わせも、トッピングも、もちろん味もみんな違います。
どのお店も、それらしい味を創作していて、
どのお店の古代米カレーも世界に一つのオリジナルであることは間違いないようです。


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今度お会いするときには、「カフェ音時計」でカレーを味わいたいですね。
それまで、お元気でお過ごしください。
では。。。

 

さゆりより


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デンマンさん。。。 バンクーバーに戻って落ち着きを取り戻しましたか?


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もちろんですよ。。。 またバンクーバー図書館で映画を見始めました。



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『実際のリスト』

あらっ。。。 3月15日までに 1568本の映画を見たのですわねぇ~。。。

そうです。。。 実は、1、555番の “Forrest Gump” は3月3日の帰りの飛行機の中で見たのですよ。。。


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『拡大する』

『実際のページ』

上のページの赤枠で囲んだのが “Forrest Gump” です。。。

つまり、上のページの色の付いた枠で囲んである4本の映画を帰りの飛行機の中で観たのですか?

そうです。。。 食事しながら4本の映画を観ている間にバンクーバーに着きました。

やっぱり、一睡もしないで映画を観たのですわねぇ~!

いけませんかァ~?

それでバンクーバーに着いたら、そのまま図書館に寄ってブログの記事を書いたのですか?

そうです。。。 いけませんか?

かまいませんけれど、寝不足でぶったおれませんでしたァ~?

36時間ぐらい眠らずにいてもぶっ倒れることはありませんよ。。。 それにしても、小百合さんは相変わらず“古代米カレー”に拘(こだわ)っているのですねぇ~。。。

いけませんかしら。。。

かまいませんけれど、飽きませんかァ~?

飽きたら、またインドカレーに戻りますわァ~。 (モナリザの微笑)

デンマンさんは、イヤイヤ私に付き合って“古代米カレー”巡りをしたのではありませんか?

いや。。。 けっして、そんなことはありませんよ。。。 僕が行田で暮らしていた頃は“古代米カレー”はありませんでしたからねぇ~。。。 ご飯の形を見たら前方後円墳の形になっているのですねぇ~。。。


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『拡大する』


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『拡大する』

小百合さんと“古代米カレー”巡りをして楽しかったですよ。。。

そうでしたか? 上の地図は わかり難くて、ずいぶんと道に迷って 結局デンマンさんと訪ねたのは2軒だけでしたわねぇ~。。。


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この店で食べながら旦那と奥さんと話をしていたら 5番の“カフェギャラリー高澤記念館”の話が出た。。。


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デンマンさんが中学時代の同級生の家なんですってねぇ~。。。

そうなのですよ。。。 まさか、カフェになって“古代米カレー”を出す店になっているとは想像もしていませんでした。。。 僕が中学生の頃は、周りは田んぼでしたよ。。。 近くの東小学校も古い木造の校舎だった。。。 僕の親父はこの小学校で教師をしていたことがあったのです。。。

同級生の高澤君のお爺さんが 昔の長野村の村長さんだったのですか?

そうなのです。。。 太平洋戦争前は長野村では一番の大地主だったのですよ。。。 今では行田市の一部になっているけれど。。。

せっかく車で行ってみたのに、当日は休業日みたいで閉まっていましたわねぇ~。。。

残念でしたよ。。。 オープンしていても、かつての同級生がネジリ鉢巻で“古代米カレー”を作っているとは思えなかったけれど。。。


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Cafe Cozy はシャレた店だったですねぇ~。。。

このお店もずいぶんと探して やっと見つけたのでしたわァ~。。。

とにかく、あの地図はわかり難い。。。 もっと分かり易いように書けばいいのに。。。 ゼリーフライの地図も分かり難い。。。 どうして行田の観光課は分かり難い地図ばかりを書くのだろうか!? ところで、小百合さんは「カフェ音時計」を見つけたのですか?

見つけましたわ。。。


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デンマンさんとご一緒に お花見しながら“古代米カレー”を食べたいと思いますわァ~。。。。

ところで、どういうわけで地図に“スープカレー”のNecoが載っているのですか?

Necoも“古代米カレー”をだすのですわよう。。。

しかし。。。、しかし。。。、これまでに何度も行ったけれど、小百合さんは一度も“古代米カレー”を注文しませんでしたよね。。。

だってぇ、あそこはボサノバの“黒いオルフェ”のお店ですもの。。。 “古代米カレー”はお店の雰囲気に合いませんわァ~。。。

2014年11月4日、小百合さんは 行田市にあるスープカレーの店で ハンバーガー スープカレーを思う存分食べたではありませんかア!


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『実際のページ』

あらっ。。。見てたのですか?

やだなあああァ~。。。小百合さんは僕の目の前で ハンバーガー スープカレーを思う存分食べたのですよう。 見たくなくとも見えてしまうでしょう!


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デンマンさんは、ご自分のスープカレーを食べないで 私の食べる様子をしみじみと眺めていたのですかァ~?

あのねぇ~。。。 僕は小百合さんのリクエストに圧倒されてしまったのですよ。

ええっ。。。私のリクエストですか?

そうですよう。。。

私が何をリクエストしたとデンマンさんはおっしゃるのですかァ~?

あれっ。。。 やだなあああァ~。。。忘れてしまったのですか?

だってぇ~。。。私は自分のスープカレーをいただくのに夢中でしたもの。。。うふふふふふふ・・・

うふふふじゃありませんよう! 小百合さんは、「このカレーのお店はデートスポットとしても有名なのですわァ・・・うふふふふ。。。」と言ったのですよう。

私がですかァ~?

そうですよう! それで、小百合さんは僕に次のウェブページを見せたじゃありませんか!


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『実際のページ』

小百合さんは上の赤枠で囲んだ箇所を指差して「ほらねぇ、ここに“デートにもぴったり”と書いてあるでしょう!? うふふふふ。。。」と言ったのですよう。

あらっ。。。 そのような事を私が言ったのですか?

そうですよう!。。。昨日のことですよう! もう忘れてしまったのですか?

だってぇ~、私は自分のスープカレーに夢中になっていたのですもの。。。うふふふふふ。。。

やだなあああァ~、惚(とぼ)けないでくださいよう!。。。しかも。。。、しかも。。。、驚いたことに 小百合さんは「デンマンさんのためにロマンチックなボサノバを演奏していただきますわ」と言ったのですよう。

あらっ。。。 私が、そのような事をマジで言ってしまったのですかァ~?

そうですよう。。。「デンマンさんとも、また来年までお会いできないので、この瞬間を思い出深いものにしたいのですわァ~。 うふふふふふ。。。」と微笑みながら言ったのですよう。

マジで。。。?

やだなあああァ~。。。このような時に冗談や嘘を僕は言いません!。。。忘れようとしても忘れることができません。

それで。。。、それで。。。、私はどのようなボサノバの曲を演奏するようにリクエストしたのですか?

小百合さんは「リオの浜辺を眺めながら。。。スープカレーを食べているような夢心地に浸りたいのですわァ。。。うふふふふふ。。。」と言ったのですよう。


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どうですか?。。。「リオの浜辺を眺めながら。。。スープカレーを食べているような夢心地に浸りたい」と言ったのですよう。 上の写真を見たら思い出したでしょう?

思い出せませんわ。

やだなあああァ~。。。 僕をさんざ、その気にさせておきながら、小百合さんは覚えてないのですかァ~?

覚えてませんわ。。。それで、どのボサノバが流れたのですか?

次の曲ですよう。


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『スープカレー@行田』より
(2014年11月5日)

あれっ。。。 小百合さんは、マジで「デンマンさんのためにロマンチックなボサノバを演奏していただきますわ」と言ってリクエストしたのですか?

デンマンさんは忘れてしまったのォ~。。。

忘れてませんよ。。。 あの店には生でボサノバを演奏するようなステージはありませんよゥ。

今回は、私が白日夢を見たようですわ。。。 うふふふふふ。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~~

そうですわよねぇ~。。。 思えば、もうお花見の季節でござ~ますわァ~。。。

月日の流れは、本当に“光陰矢のごとし”でざ~ますゥ。

デンマンさんと、つい最近、ご一緒に那須高原へ出かけたと思っていましたのに。。。


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紅葉のきれいな那須高原で、「自在荘」に泊まって温泉にも浸かってまいりましたわァ~。。。

うふふふふふ。。。


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でも、ちょっとばかり はしゃぎすぎてしまったようでござ~ますう。


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『衝撃の角度』

デンマンさんに、また得意のアクロバットを見せてしまったのでござ~ますわよう。。。

うふふふふふふふ。。。

ところで、小百合さんがどうして「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれるのか?

ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。

小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。

小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。

分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


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それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。
だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ~~。


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ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

「上を向いて歩こう」がアメリカで人気が出るきっかけは

何だったのでしょうか?

通説によると、1963年の春、

アメリカ西海岸のローカルラジオ局のDJが、

異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手元にあった

日本の曲をオンエアーしたところ、

リスナーからリクエストが殺到したために

人気に火がついたと言われています。

果たして、その話はどこまで本当なのでしょうか?

アメリカで「上を向いて歩こう」をシングルとして

最初に発売したレコード会社はキャピトルです。

同じ時期にキャピトルはイギリスの親会社であるEMIが

ビートルズのシングルを出すようにと要請してきたのです。

ところがアメリカでは人気が出ないと断っているのですね。

では、いったい誰が「上を向いて歩こう」をシングルとして

発売したのでしょうか?

その発売を決定した人の名前が

デンマンさんが描いた次のチャートに出ています。


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デイブ・デクスター・ジュニアさんなのです。

「A&Rマン」と言われていた人で、

売れる可能性のあるアーティストを発掘し、契約を結び、

制作を担当する仕事をしていた人です。

ローカルラジオ局のDJからある日電話がかかってきて

「上を向いて歩こう」が人気が出ていると聞いて、

さっそく自分でも聞いてみたそうです。


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九ちゃんが日本語で歌っているので

詞の内容は理解できなかったけれど、

これならイケそうだと直感して売り出すことに決めたそうです。

つまり、ビートルズの曲はヒットしないと蹴ったけれど、

九ちゃんの「上を向いて歩こう」は直感的に

ヒットすると思ったのだそうです。

ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて

次のサイトを立ち上げました。

時間があったら下のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。

『夢とロマンを持って前向きに生きる

小百合さんの物語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


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桃の節句@天国

2017年3月4日

 

桃の節句@天国

 


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行田の桜土手で一緒に

桜が見られなかったのが残念でした。

きゃははははは。。。


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日付: Fri., March 3, 2017 1:38 PM
(日本時間:3月4日 土曜日 午前6時38分)
差出人: “denman@coolmail.jp”
宛先: “sayuri@hotmail.com”

母親が天国へ逝ったおかげで 2月に小百合さんと会うことができました。
お葬式は、立派なものでしたよ。

最後に参列した人たちが 白い菊の花を顔の周りに敷き詰めるのですよ。
その後で、遺体の表面にたくさんの花を枝ごと敷き詰めて、花でお棺をいっぱいにするのです。

母親が天国から、その様子を見ていたら、
「ああァ~! とってもきれい! 天国への素敵な旅立ちになったわァ~!」と言って喜んだでしょう!

「私が亡くなっても悲しまないでねぇ~。。。 寿命を全(まっと)うしたのだから、
お通夜でも、お葬式でも、みんなで楽しく 思い出話に花を咲かせてねぇ~」と言っていたものでした。

そのように、通夜でも お葬式の後でも 思い出話に花を咲かせたものです。

奇(く)しくも、桃の節句の3月3日の午後7時に成田を発って、
バンクーバーに着いたのは、日付変更線の関係で3月3日の午前10時40分でした。

3月3日の関東は素晴らしい快晴の天気でしたが
バンクーバーに着いたら どんよりとして小雨が降っていました。
もしかすると、母親のうれし涙かもしれません。。。 (微笑)
気温は7度です。

バンクーバー空港からマンションに帰る途中で、
運転手がいない無人地下鉄電車から降りてバンクーバー中央図書館に立ち寄り、
こうしてメールを書いています。

行田で桜か咲き始めるのは3月25日頃ということです。
天気の良い日に大長寺のそばの忍川の桜を見れば 小百合さんの気持ちもルンルン気分になるでしょう!


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小百合さんはお袋とも何度か会ったので、
今頃、母親は天国で小百合さんのことを懐かしく思い出しているでしょう!

今回の帰省では、お袋が天国に逝ったのを見届けて本当に安心しました。
今後も僕の胸の中で僕が死ぬまで生き続けるでしょう! (モナリザの微笑)

とにかく、たくさんの楽しい思い出をありがとう。。。

アイリッシュ・クリーム・コーヒーを飲みながら 休憩するときには
次のテーマ曲を聴きながらバンクーバーの空を思い浮かべてねぇ~。。。


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■「おもいでの夏」のテーマ曲



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■「ひまわり」のテーマ曲



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■「シャレード」のテーマ曲



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■「別れの朝」のテーマ曲

では、また会う時まで。。。

じゃあねぇ~。。。


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デンマンさんのお母さんのお棺に白い菊のお花を捧げることができなかったのが心残りですわァ~。。。


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でもねぇ~、生前 小百合さんと会って、いろいろと話ができたことを とても喜んでいましたよ。。。 小百合さんも覚えているでしょう!?

もちろん、覚えてますわァ。。。 去年の12月に次のメールをデンマンさんに出したのですわァ。。。 デンマンさんこそ覚えているでしょう!?


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日付: Thu, Dec 8, 2016 at 8:09 PM
(バンクーバー時間:12月9日 金曜日 午後0時9分)
差出人: “sayuri@hotmail.com”
宛先: “denman@coolmail.jp”


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件名:お久しぶりです。

お元気ですか?

\(*^_^*)/

ご無沙汰です。
日本ではデンマンさんが忙しく 
あちらこちらへ出向いていたので
なかなか会えませんでした。

それでも本場のインドカレーを食べたり、
大正時代からやっている「古沢商店」の
行田名物フライや焼きそばを食べたりして
楽しい時間を過ごす事ができました。

久しぶりの「さきたま古墳公園」でも、
素晴らしい秋晴れの空の下で
アイリッシュ・クリーム・コーヒーを1年ぶりに
じっくりと味わうことができました。


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さきたま古墳公園


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新レストハウス


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その後バンクーバーに戻って元気にやってますか?
お母さんの具合はいかがですか?心配してます。

1年前に「ハートフル行田」でお会いしたときには、
車椅子でしたが、元気な笑顔を振りまいて
楽しそうに語らっていたのが印象深く思い出として残っています。


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ところで、バンクーバー時間の午後8時頃に、電話しました。
3日ほど続けて かけたのですが
いつもお留守のようなので、もしかして
悲報でも受け取って、急遽 行田にもどったのかな~?
かなり心配になりました。

12月7日に新しいパスポートができ、取りに行きました。
懐かしいバンクーバーにも年が明けたら行けるかもしれません。

バンクーバーも最近、様変わりして、私が知っている街の風景とはだいぶ変わってしまったようです。
いづれ、時間の都合がついたら、ゆっくりと物見遊山に出かけたいと思います。
それでは、お元気で。。。

さゆりより


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うん、うん、うん。。。 確かに上のメールを受け取りました。。。 母親の様態が悪くなり始めた時期だったのですよ。。。

Subj:小百合さん、おはよう!

元気でやってますか?


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Date: Fri., Dec. 9, 2016 4:56 PM
Pacific Standard Time
日本時間: 12月10日 (土)午前9時56分
From: denman@coolmail.jp
To: sayuri@hotmail.com
CC: barclay1720@aol.com

昨日は図書館 閉館5分前に メールボックスを開けたのでゆっくり返信ができませんでした。(苦笑)

今朝はバンクーバーはマイナス3度で、雪が降っていました。
天気予報によると10センチから15センチぐらい積もるとか。。。
でも、ダウンタウンでは、すぐに解けてしまうでしょう!


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母親の様態は良くありません。
僕は10月19日に行田に着いたのだけれど、
前日の18日に、行田総合病院へ入院したのでした。

20日に母親の見舞いに行ったら、
意識は はっきりしており、言葉もしゃべれたのですよ。。。
「お荷物になってしまったねぇ~」と、はっきりと言いました。

やはり、家族に迷惑をかけて申し訳ないという気持ちだったのでしょう。
病院から出される食事も食べていたのです。

ところが、3,4日したら脳梗塞になって右半身が麻痺してしまったのです。
入院中に脳梗塞になったので、当然のことながら、僕は担当の吉田医師に文句を言ったのですよ。

この辺の事については記事を書いたのです。

(「また、デンマンさんの悪い癖ねぇ~」、という小百合さんの声が聞こえてきそうです。。。【モナリザの微笑】)

詳しい事は次の記事を読んでみてください。


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『行田総合病院と事なかれ主義』

介護施設のハートフル行田で、10月初旬に
母が入浴中に転んで仙骨を骨折したのが、そもそもの始まりで、
当時 僕は行田にいなかったので
担当看護師の瀧澤さんに文句を言わなかったけれど、
上の記事には書きました。

時間があれば、ハートフル行田の所長に会って 
「業務上過失致傷」で裁判所に訴えるというような
強い姿勢で苦情を言うつもりだったのだけれど、
時間がありませんでした。

行田総合病院でも、
脳外科の専門医・波多野医師と病院長に直接会って、
裁判に訴えるつもりで 苦情を言おうと思ったのだけれども、
アポイントをとってもらったら 11月17日だというので、
残念ながら、会うことができませんでした。
僕は11月16日に成田を飛び立ったのです。

そういうわけで、記事を書いたわけです。。。

驚いたことに、僕以外にも 行田総合病院と行田中央総合病院に不満を持っている人が、結構たくさんいるのですよ。。。
だから、僕が書いた記事が、結構読まれているのです。
次のリストを見てください。


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『拡大する』


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『病院の悪い評判』

上のリストの中に出てくる『病院の悪い評判』が読まれている!

上の記事の下の方に『行田総合病院と事なかれ主義』が書き加えられています。

2つの病院の院長も、そのうちネットで悪い評判が立っていると、誰からか耳にすることがあるでしょう!

とにかく、僕が最後に母を見舞いに行った時には、
目を瞑って、話すことはできずに、おそらく、僕が見舞いにやって来たことも認識できていなかったと思います。

担当の吉田医師に最後に会ったときに、三男の健造と僕と3人で、今後の処置について話し合ったのでした。

僕の意見は、自分が母親のような状態になったら、すぐにでも青酸カリをもらって死にたいのですよ。。。
あのような状態(ほぼ植物人間)で生きていても、僕にとってはまるで生きている意味がない!
だから、なるべく早く苦痛がなく、安らかにあの世で眠ってほしい!

でもねぇ~、三男の健造の意見は違うのですよ。。。
植物人間になったとしても、できるだけ長く生きてほしいのですよ。。。
だから、「高カロリーの点滴をして欲しい」と医者に頼んでいるのです。

僕も医者も“低カロリー”の点滴でいいじゃないか!という意見なのです。
(低カロリーだと 死期が近くなる)

僕は決して無常でも非情でもない!
自分が母親のような状態になったら、早く死にたいというのが僕の本音なのですよ。
だから、できるだけ苦痛がないように、早くあの世に逝って欲しい。

でもねぇ~、考えてみると、3人兄弟で、一番母と長く暮らしてきたのは三男の健造です。
次男の靖史は池澤病院に現在も入院中です。
10年ほど前に3年間入院していた松原病院を退院しました。

母に言わせると、次男の靖史は3人のうちでは一番素直で、心が優しいと言うのです。
高校生の時に先生のイジメに遭って 電車に飛び込み自殺を考えたけれど、
「母ちゃんを悲しませたくないから、飛び込む前に、やめたんだよ」と言っていました。

三男の健造は、20年以上、母親と一緒に暮らしています。
病院にも毎日見舞いに行っていました。
僕は、実家に滞在中 1日おきに見舞いに行ってました。

つまり、三男の健造は毎日一緒に暮らしていたから、
母がこの世から居なくなるという事は、非常に耐え難いのでしょうね。
その点、僕は もう20年以上、母と離れて暮らしているから、
「母の存在」は、すでに心の中にあるのですよ。
だから、母があの世に逝っても、特にさびしいとは思わない!

むしろ、現在のように 母が苦痛の中で、ほぼ植物人間と生きていることは、
僕には(自分に置き換えて)考えただけでも耐えられない!
だから、安らかに眠って欲しいと思う!

でも、三男は 母に できるだけ長く、この世にとどまっていて欲しいのです!
やはり、長いこと 一緒に暮らしていると、
母の存在が身近にないということは 精神的に耐えられないのでしょうね。。。

なぜ、こうして書いてきたのか?

それは、小百合さんと 小百合さんの三男・トモユキ君の事が ダブって思い出されたからです。

たぶん、小百合さんと三男は 長いこと一緒に暮らしてきて、
更に、今後も長いこと一緒に暮らすことになるでしょう!?
小百合さんの老後も、たぶん、三男・トモユキ君と一緒に暮らすことが続くのではないか?
 (神様だけが知っている!)

小百合さんは、まだこの先40年ぐらいは、元気で健康だと思います。
そういう心配は、今、する必要はないけれど、(微笑)
母と三男の健造を見ていると、なんだか小百合さんの老後と
成人した小百合さんの三男・トモユキ君がダブって見えてくるのでした。 (モナリザの微笑)

。。。ということで、小百合さんも、現在の幸せをかみ締めながら、
いつまでも健康で元気にいてください。
そして、1日 1日 ルンルン気分で
後悔のないように ポジティブに暮らしてください。
人間の一生なんて、考えてみれば、とても短いものです!

お互いに、元気で、楽しく、愉快な面を見つめながら、
この人生を大いに、充実したものにしましょうねぇ~
きゃははははは。。。

それでは、冬の寒さにもめげずに、楽しいクリスマスを迎えてください。
じゃあねぇ~。。。


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そうですわねぇ~。。。人間の一生なんて、考えてみれば、とても短いものですわァ。。。 1日 1日 後悔のないように ポジティブに考えて暮らしてゆきたいものですわァ。

そうです。。。 健康が一番ですよ。。。 だから、お互いに元気で、楽しく、愉快な面を見つめながら、この人生を大いに充実したものにしましょうねぇ~。。。


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【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~~

確かに、元気が一番ですわァ。。。

でも、やがて、誰もが年取って体が弱ってゆくものです。

だからこそ、元気な今を大切にして、

悔いのない1日1日を だいじにして暮らしてゆきたいものですござ~ますわァ。

あたくしも、悔いのないように毎日を過ごしております。

実は、去年の秋 デンマンさんが行田に帰省した時に、ご一緒に那須高原へ出かけたのですわァ~。。。


(nasu102b.jpg)

紅葉のきれいな那須高原で、「自在荘」に泊まって温泉にも浸かってまいりましたわァ~。。。

うふふふふふ。。。


(jizai08b.jpg)

でも、ちょっとばかり はしゃぎすぎてしまったようでござ~ますう。


(aerobics5.gif)

『衝撃の角度』

デンマンさんに、また得意のアクロバットを見せてしまったのでござ~ますわよう。。。

うふふふふふふふ。。。

ところで、小百合さんがどうして「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれるのか?

ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。

小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。

小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。

分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


(suikyu9.jpg)

それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。
だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ~~。


(hand.gif)


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

ためになる関連記事



(linger65.gif)

■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』


(house22.jpg)

■ 『カナダのバーナビーと軽井沢に

別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)

■ 『蕎麦屋と軽井沢タリアセン夫人』

■ 『おしまいでございます』

■ 『軽井沢タリアセン夫人 愛の写真』

■ 『菊ちゃんと阿部忠秋』

■ 『菊ちゃん、知恵伊豆、忠秋』

■ 『丸墓山は誰の墓?』

■ 『外国人SEXデンマン再訪』

■ 『日本最高?』

■ 『短歌に込められた愛の真実』

■ 『3月のバレンタイン』


(fragran11.jpg)

■ 『かぎろいミステリー』

■ 『40代女性の魅惑』

■ 『私のバレンタイン』

■ 『バレンタイン@4月』

■ 『豆まき@バレンタイン』

■ 『夢のココナッツ』

■ 『日本の失敗』

■ 『しじみ@愛のロマン』

■ 『とろけるカレー@バレンタイン』

■ 『バレンタイン夫人』

■ 『昭和の表象空間』

■ 『ズロースなの?』

■ 『焼きそばサンド』

■ 『平成の表象空間』


(sayuri201.jpg)

■ 『かぎろい夫人』

■ 『人気の40代女性ヌード』

■ 『宗長の奥の細道』

■ 『ネットの接続が遅い』

■ 『元気に再会しましょう』

■ 『スルーパスと芦雪』

■ 『鬼怒川の洪水』

■ 『最後の焼きそばソース@パリ』

■ 『初めてのヌード』

■ 『感じていても分かってない』

■ 『おかえりなさい』

■ 『スープカレー@再会』

■ 『またカレー?』

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)

■ 『手作り弁当@船着き場』

■ 『盛り上がる@馬車道』

■ 『ゼリーフライ@鐘つき堂』

■ 『愛と憎しみの丸墓山』

■ 『忘れられない!』

■ 『大名行列@行田』

■ 『別れの朝も…』

■ 『婚外恋愛』

■ 『婚外恋愛と人間失格』


(noten15.jpg)

■ 『月夜の美人』

■ 『ふるさと 行田』

■ 『愛の偶然と必然』

■ 『田中角栄と軽井沢』

■ 『うさぎ追いしかの山』

■ 『アブラッソ不在の美』

■ 『ロマンの昔話』

■ 『海を渡ったバレンタイン』

■ 『バレンタインが老人を狂わせた』

■ 『マルちゃん海を渡る』

■ 『銀座からバレンタイン』

■ 『仙台からバレンタイン』

■ 『パリからバレンタイン』

■ 『ジャズ@バンクーバー』

■ 『タイからバレンタイン』

■ 『たまご麺@バレンタイン』

■ 『愛犬とゴッド』

■ 『ザ・バレンタイン女』

■ 『週刊誌deヌード』

■ 『愛と天の夕顔』

■ 『ジェミマおばさんのシロップ』

■ 『夏日に、お帰りなさい』

■ 『コイ、鯉、恋がいっぱい!』

■ 『スープカレーなのね』

■ 『忍城時代まつり』

■ 『夜道のルート66』

■ 『上を向いて歌おう』

■ 『霧積温泉のロマン』

■ 『元気が一番!』

■ 『行田のスープカレー』

■ 『パンツとブラジャーと餃子』

■ 『軽井沢を文学散歩する』

■ 『ばァ~の面影』

■ 『バレンタイン@行田』

■ 『軽井沢タリアセン夫人@遠藤家』


(bare02b.gif)

こんにちは。ジューンです。

「上を向いて歩こう」がアメリカで人気が出るきっかけは

何だったのでしょうか?

通説によると、1963年の春、

アメリカ西海岸のローカルラジオ局のDJが、

異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手元にあった

日本の曲をオンエアーしたところ、

リスナーからリクエストが殺到したために

人気に火がついたと言われています。

果たして、その話はどこまで本当なのでしょうか?

アメリカで「上を向いて歩こう」をシングルとして

最初に発売したレコード会社はキャピトルです。

同じ時期にキャピトルはイギリスの親会社であるEMIが

ビートルズのシングルを出すようにと要請してきたのです。

ところがアメリカでは人気が出ないと断っているのですね。

では、いったい誰が「上を向いて歩こう」をシングルとして

発売したのでしょうか?

その発売を決定した人の名前が

デンマンさんが描いた次のチャートに出ています。


(qchan90.gif)

デイブ・デクスター・ジュニアさんなのです。

「A&Rマン」と言われていた人で、

売れる可能性のあるアーティストを発掘し、契約を結び、

制作を担当する仕事をしていた人です。

ローカルラジオ局のDJからある日電話がかかってきて

「上を向いて歩こう」が人気が出ていると聞いて、

さっそく自分でも聞いてみたそうです。


(qchan03.jpg)

九ちゃんが日本語で歌っているので

詞の内容は理解できなかったけれど、

これならイケそうだと直感して売り出すことに決めたそうです。

つまり、ビートルズの曲はヒットしないと蹴ったけれど、

九ちゃんの「上を向いて歩こう」は直感的に

ヒットすると思ったのだそうです。

ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて

次のサイトを立ち上げました。

時間があったら下のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。

『夢とロマンを持って前向きに生きる

小百合さんの物語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


(ebay5.jpg)


(byebye.gif)

軽井沢タリアセン夫人@遠藤家

2017年2月28日

 

 


(endo02b.jpg)


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(sayuri201.jpg)


(sayuri55.gif)

デンマンさん。。。「さきたま古墳公園」に藁ぶき屋根の民家が保存されているとは思いませんでしたわァ~。。。


(kato3.gif)

それほど珍しいものでもないでしょう!

最近では、藁ぶき屋根なんて まず見当たりませんわァ。。。

そうですかァ~。。。

デンマンさんは30年以上も前の日本を知っているかもしれませんけれど、私が物心ついた頃には、藁ぶき屋根の家なんて、見当たりませんでしたわァ。。。

僕が子どもの頃、母親と一緒に母の実家を訪ねると、当時は藁ぶき屋根の家でしたよ。。。 旧遠藤家の台所にも箱膳がしまってあったけれど。。。、


(hakozen2.jpg)


(hakozen3.gif)

僕もこの箱膳でご飯を食べたことを覚えてますよ。。。

まるで江戸時代ですわねぇ~・・・

小百合さんは箱膳で食べたことはないのですか?

ありませんわよう。。。 時代劇の映画で見たことがあるだけですわァ~。。。 まさか、デンマンさんは明治・大正の生まれではないのでしょう!?

僕は戦後生まれですよ。。。

日清戦争ですかァ~? うふふふふふ。。。

太平洋戦争ですよ。。。 「ALWAYS 三丁目の夕日」という映画が日本でヒットしたけれど。。。


(always02.jpg)

昭和30年代の日本の農家は、圧倒的に藁ぶき屋根の家が多かったのですよ。。。 当然、まだ箱膳を前にして食事している家も多かった。。。

デンマンさんのお母さんの実家はどこにあったのですか?

現在は行田市に統合されたけれど、日本が経済大国になる前の昭和30年代には 利根川の近くの南河原村という地区にあったのですよ。。。 この頃から、農家でも次第に箱膳の銘々膳(めいめいぜん)から“ちゃぶ台”になっていったのです。。。

銘々膳からちゃぶ台へ

日本女子大学・北陸大学非常勤講師 東四柳祥子

 

「一家団欒」の象徴とされるちゃぶ台は近世までの銘々膳(めいめいぜん)による配膳形式とは異なり、空間を共有するもの同士が囲む四本脚の共同膳である。
日本における共同膳の歴史は、奈良・平安時代の貴族たちに享受されていた「大饗料理」になかのぼることができる。

その後、武家社会における師従関係の成立により、身分に基づき整列することで、銘々膳によって食事をする形式が定着を見せた。
そして江戸時代を迎え、鎖国化でも交流が許された中国から一つのテーブルを囲み、大皿に盛られた料理を分かち合う「卓袱(しっぽく)料理」が出島に伝来する。
まさにこの形式こそが、ちゃぶ台のルーツともされ、やがては都市部での酒宴形式として人気を誇るようになる。

しかし、根強い儒教的観念に縛られた日常生活の中では、家長を中心に、銘々膳での食事形式が従来どおり踏襲され、しつけの場の重要な空間としての意味も持ち合わせていた。


(table93.jpg)

しかし、幕末の開国以後、流入した西洋文化の影響は、家族の食事風景を大きく変えることになる。
新たに導入された西洋料理は、中国料理同様、テーブルを囲むといった食事形式を呈しており、共同膳で食事をする習慣が上流階級の間から徐々に定着をみせた。 (略)

やがて昭和期になると、『サザエさん』や『ちびまる子ちゃん』などといった国民的な漫画のなかで、ちゃぶ台は家族をつなぐ大切な装置として描かれ、その空間で共有される話題や珍事が、微笑ましい家族関係の理想形を印象づける効果を発揮し始めるようになる。

しかし、昨今の食の課題には、個食や孤食、外食や中食(なかしょく)にたよるといった食の外部化・簡略化への依存などがあり、家族仲良くちゃぶ台を囲むという機会の形骸化も拭えない事実である。
いま私たちは、昭和期を通して形成された家族で共有する時間のあたたかさを、再認識する時代に来ているといえるのではなかろうか。
ちゃぶ台が、人間関係の構築・再生の場であった昭和の風景に学び、守るべき遺産であるという意識も高めていきたいものである。


(table90.jpg)

赤字はデンマンが強調のため。
読み易いように改行を加えています。
イラストはデンマン・ライブラリーより)


139ページ 『暮らしの年表 流行語100年』
講談社編 2011年5月19日 第1刷発行
発行所: 株式会社 講談社

『カウチポテト』にも掲載
(2013年1月9日)

小百合さんにとってぇ遠藤家の民家がそれほど印象に残ったのですか?

そうですわ。。。 普通、文化保存財の展示では、立ち入り禁止が多いでしょう! それなのに次のような「この縁側は休憩場所としてお使いください」という表示があったのには驚かされましたわァ。。。


(endo10.jpg)


(endo06.jpg)


(endo09c.jpg)

近くに池がありましたわァ。。。、ポカポカと日の照る縁側に座りながら しばらく縁側に座って池を眺めながら癒されましたわァ。。。


(endo03.jpg)

なるほどねぇ~・・・

デンマンさんは、何の感慨もなかったのですか?

もちろん、ありましたよ。。。僕は、藁ぶき屋根の民家には とりわけ関心がなかったのだけれど、小百合さんと“新レストハウス”の近くでピクニックした時のことを懐かしく思い出しました。


(endo13b.jpg)

『拡大する』

あらっ。。。 藁ぶき屋根の民家の近くで ピクニックをしたことがありましたァ~?

やだなあああァ~。。。 小百合さんは忘れてしまったのですかァ~?


(sakitama99.jpg)


(valent6.gif)


(tuna08.jpg)


(sayuri55.gif)

デンマンさんはツナ缶が好きなのですか?


(kato3.gif)

特にツナ缶が好きなわけじゃないけれど。。。

でも、タイトルに「ツナ缶@LOVE」と書いてあるではありませんか?

あのねぇ~、それは小百合さんがメールに次のように書いたからですよ。


(yamagoy3.jpg)

用件:

ツナ缶のLemon味も忘れずに!

差出人: sayuri@yahoo.co.jp
送信日時: 2013年10月2日 (水) 20:41:54
宛先: (green@infoseek.jp)

 

買い物リスト

1) アイリッシュコーヒーの豆(挽いてきてください)500グラム

2) LAWRY’S  225グラム以上のボトル入り

3) CLUB HOUSEのアルフレッド 30グラム入り 10パック

4) レモンソルト 量り売りで売ってます 100グラム

5) Super Storeで売っている、黄色い袋に入ってる
サワークリーム&オニオンのポテトチップス  2袋
(Dipper切り) 表面がトタンのように
波波に切れて油であげてある

いろいろとお願いしてしまいましたけれど、
大丈夫ですか?

もうすぐ、行田のお母さんにも会えますね。
暫くぶりに ご家族の皆さんと会えるので たくさん連絡事項もあるでしょう。
時間的に大変だと思いますけれど、
お近くのスーパーにでも行って 上の品をチェックしてみてください。

もうすっかり忘れてると思うけど、ツナ缶のLemon味も忘れずに。
何かあったら、メールしてください

バンクーバー、それにバーナビーで 夏休みを過ごした頃が懐かしく思い出されてきます。


(deerlak3.jpg)


(house22.jpg)


(house23.jpg)

上のリストの品々は ディ-ア・レイク(Deer Lake)の湖畔の別荘に滞在していた頃 愛用していた品々です。
あれから かれこれ10年の月日が経とうとしています。
今でも その頃の味や風味が懐かしく思い出されてきます。

では、宜しくお願いします。


(sayuri15.gif)


『軽井沢タリアセン夫人とツナ缶』より
(2013年10月3日)

小百合さんは もう忘れてしまったのですか?

もちろん、まだよく覚えていますわ。。。 で、今日はしつこく、またツナ缶の話題ですか?

やだなあああァ~。。。 小百合さんは、僕が持って行ったツナ缶が気に入ったではありませんかァ~。。。

でも、くどくどとツナ缶の事を書くのは、いつも読んでくださるネット市民の皆様には退屈だと思いますわ。

あのねぇ~、食べ物ならば、どのような話題よりも多くの人が興味を示すものですよ。

つまり、記事のネタが尽きてきたので、またツナ缶を取り上げるのですか?

やだなあああァ~。。。 決してそう言う訳じゃありませんよう。 小百合さんが「ツナ缶のLemon味も忘れずに!」とメールに書いたのですよ。 だから僕は、真心を込めてバンクーバーからlemon-pepper味のツナ缶を日本へ持ち帰り、わざわざ「さきたま古墳公園」で小百合さんと一緒にピクニックをしたのですよ。


(sakitama95.jpg)


(sakitama98.jpg)


(sakitama97b.jpg)

10月16日の水曜日は、とっても天気がよくて、まさに秋晴れの行楽日和でした。 それで僕もルンルン気分で lemon-pepper 味のツナをのせた“カナペ”を作ったのです。


(canape05b.jpg)


(sakitama99.jpg)

小百合さんもウキウキして白ワインなどを持ち出して“とっても美味しいわァ! 素敵だわァ~!”なんちゃってぇ~、メチャ喜んでいたではありませんかァ!

わたし。。。 そのようなことを言いましたかしら?

あれっ。。。 忘れてしまったのですかァ~? 言ったじゃありませんかァ! 翌日のメールにも次のように書いてましたよう!


(sayuri5.gif)

用件:

ツナ缶も思った以上でした!

差出人: sayuri@yahoo.co.jp
送信日時: 2013年10月17日 (木) 20:02:51
宛先: (green@infoseek.jp)

どうも、たくさんのお土産ありがとうございました。


(vienna2.jpg)

コーヒーもそのまま、想い出の味でした。
TUNAも思った以上にLemonで
Chipsも私の好きなタイプでしたよ。
メール届いていたらイイね
ただ、すぐにブログに出したら怖いね。
 
自転車気をつけて。

さゆり


(sayuri15.gif)

デンマンさん!。。。 このような事をブログに書いても 読んでくださるネット市民の皆様は 面白くも何ともないのですわ。 白けてしまうだけですう。 書いているデンマンさんだけが ルンルン気分になってウキウキしているだけですわ。

あれっ。。。 小百合さんは嬉しくないのですか?

嬉しくありませんわ。

どうして。。。?

だから、メールにも書きました。 すぐにブログに出すと、オツムのおかしな人が読んで デンマンさんや私を狙って 「さきたま古墳公園」で待ち伏せして ドスや匕首(アイクチ)でデンマンさんの どてっぱらに風穴を開けるのですわ。

やだなあああァ~。。。 それは小百合さんの考えすぎですよう。

考えすぎではありませんわ。 ネットで嫌がらせのコメントを書いてイジメるようなことがはやっているのですわ。 アメリカでもカナダでもイギリスでも そのようなネットのイジメを苦にして自殺している人が最近ニュースになってますわ。

イギリスでのネットイジメ-自殺

確かに、アメリカやカナダではニュースになっているけれど、まだ日本ではネットのイジメを苦にして自殺した人は居ないでしょう! しかも、オツムのおかしな人が 小百合さんや僕を狙って どてっぱらに風穴を開けるなんて考えられませんよう。

日本でも学校のイジメで自殺に追い込むような人が居るのですわ。 デンマンさんを狙って どてっぱらに風穴を開ける人が出てきてもおかしくないのですわ。

そのような事はまず起きません。

その確証でもあるのですか?

ありますよう。 僕はかつて次のようなことをブログに書いているのです。


(foolw.gif)

元気で再会しましょうね。

差出人: デンマン (green@infoseek.jp)
送信日時: 2013年10月7日 (日)7:23:21
(Vancouver Time: Sun., October 6 3:23 PM)
宛先: 小百合 (sayuri@yahoo.co.jp)

ルンルン気分で毎日を過ごしてますか?
再会が楽しみですよ。

さきたま古墳公園のパビリオンでピクニックでもしましょう!
Lemon-pepper のツナ缶を持ってゆきます。


(tuna08.jpg)


(tuna10.jpg)


(pavilion90.jpg)

大長寺から さきたま古墳公園へ行く途中でベルクに寄って
厚切りのトースト用のフカフカした食パンと「青海苔ふりかけ」を買って、
パビリオンでピクニック。
きゃはははは。。。

食パンを4つ切りにして、
その上にLemon-pepper のツナ缶から
フレーク・ツナを取り出して載せ
「青海苔ふりかけ」をかけて食べるのですよ。


(vienna2.jpg)

アイリッシュクリームコーヒーを飲みながら食べる
「青海苔ふりかけ」Lemon-pepper のツナのカナペ(canapé )は
小百合さんと一緒に食べれば
ホッペタが落ちそうになるくらいに旨いはずですよ!
きゃははははは。。。

再会が待ち遠しいです!
じゃあね。


(denman01.gif)


『軽井沢タリアセン夫人とカナペ』より
(2013年10月10日)

もしですよォ~、小百合さんや僕を狙って どてっぱらに風穴を開けようと計画しているオツムの可笑しな人が居たとしたら 10月16日に「さきたま古墳公園」で待ち伏せしていましたよ。

だから、たまたまその日、その人は古くなったツナ・サンドイッチを食べて下痢を起こして 外へ出られなかったのですわ。

でも、どうして その人は古くなったツナ・サンドイッチを食べたのですか?

例えですわ。。。 例えですう。。。 もし、下痢を起こしたのでなければ、自転車に乗っていて ひっくり返って足の骨を折って歩けなくなって、それで「さきたま古墳公園」に来られなかったのですわ。

あのねぇ~、それも小百合さんの考えすぎですよう。

でも、用心することに越したことはありませんわ。 デンマンさんは、わざわざ どうでもいいような事をブログに書いて危険を招いているようなものですわ。 デンマンさんが脳卒中を起こして ヨイヨイになって衰弱して亡くなるか。。。 あるいは前立腺癌になってあの世に逝くか。。。 そのような事であれば納得がゆきますけれど、オツムの可笑しな人に どてっぱらに風穴を開けられて あの世に逝くことにでもなったら、死ぬにも死にきれないでしょう!?

確かに どてっぱらに風穴を開けられたくないですよ。 でもねぇ~、僕は小百合さんと「さきたま古墳公園」でツナ缶のカナペをラブラブで食べて、ルンルン気分になったのですよう。 その幸せな気分でブログを書いたつもりなのですよ。

だから、そのような事をわざわざ書くのは、危険を招くだけなのですわ。

でも、ラブラブでピクニックをしてルンルン気分になれたのですよう。 ブログに書きたくなるじゃありませんかァ!

だから、そういうことは あとで一人で読むように日記に書けばいいのですわ。 なにもネットで書いて公開する必要はないでしょう!?

でもねぇ~、僕は日本語が解る 100ヵ国のネット市民の皆様に読んでもらおうと思いながらこうして記事を書いているのですよ。

 

海外からのアクセス

 


(wp31201map.gif)


(wp31201.gif)

“Denman Blog”

現在、91ヵ国からアクセスがあるのです。 あと9ヵ国で100ヵ国になるのですよう。

つまり、自己満足のために こうして「ツナ缶@LOVE」を書いているのですか?

いや。。。 違いますよう。 地球上で殺し合いをしたり、戦争をしたり、ネットでイジメをするよりも 青空の下でツナ缶の“カナペ”でも作ってラブラブのピクニックをした方が世界平和のためになると思いながら記事を書いているのですよう。 いけませんか?

ダメだと言っても、どうせデンマンさんは どうでもいい事をブログに書き続けるのでしょう?

いや。。。 どうでもいいことじゃなくて世界平和につながるようなことを書きますよう。 これでいいでしょう!?


『ツナ缶@LOVE』より
(2013年12月3日)

こうして長々と以前の記事を引用しても、多くのネット市民の皆様はうんざりしているのですわァ~。。。

そのようなことは決してありません。。。

どうして、デンマンさんは、そのように断定するのですか?

あのねぇ~、2013年の12月に上の記事を書いた時には、日本語の解るネット市民の皆様は 91ヵ国からDenman Blogにアクセスしたのですよ。。。 ところが、2017年1月23日現在では 次のように126ヵ国のネット市民の皆様がDenman Blogにアクセスしているのです。。。

 

海外からのアクセス

 


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(wp70123a.png+wp70123a2.png)

“Denman Blog”

 

4年間に 35ヵ国増えたのですわねぇ~・・・

そういうことです。。。 だから、こうして小百合さんのことを書いていてもネット市民の皆様は決してうんざりしながら読んでいるわけではないのです。。。


(laugh16.gif)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~~

最近、あなたも思い出を食べますかァ~。。。?

ええっ。。。 あたくしでござ~ますか?

もちろん、思い出を食べましてござ~ますわァ~。。。

あなたにも、おすそわけをいたしますわねぇ~。。。

実は、去年の秋 デンマンさんが行田に帰省した時に、ご一緒に那須高原へ出かけたのですわァ~。。。


(nasu102b.jpg)

紅葉のきれいな那須高原で、「自在荘」に泊まって温泉にも浸かってまいりましたわァ~。。。

うふふふふふ。。。


(jizai08b.jpg)

でも、ちょっとばかり はしゃぎすぎてしまったようでござ~ますう。


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『衝撃の角度』

デンマンさんに、また得意のアクロバットを見せてしまったのでござ~ますわよう。。。

うふふふふふふふ。。。

ところで、小百合さんがどうして「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれるのか?

ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。

小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。

小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。

分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


(suikyu9.jpg)

それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。
だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ~~。


(hand.gif)


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

ためになる関連記事



(linger65.gif)

■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』


(house22.jpg)

■ 『カナダのバーナビーと軽井沢に

別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)

■ 『蕎麦屋と軽井沢タリアセン夫人』

■ 『おしまいでございます』

■ 『軽井沢タリアセン夫人 愛の写真』

■ 『菊ちゃんと阿部忠秋』

■ 『菊ちゃん、知恵伊豆、忠秋』

■ 『丸墓山は誰の墓?』

■ 『外国人SEXデンマン再訪』

■ 『日本最高?』

■ 『短歌に込められた愛の真実』

■ 『3月のバレンタイン』


(fragran11.jpg)

■ 『かぎろいミステリー』

■ 『40代女性の魅惑』

■ 『私のバレンタイン』

■ 『バレンタイン@4月』

■ 『豆まき@バレンタイン』

■ 『夢のココナッツ』

■ 『日本の失敗』

■ 『しじみ@愛のロマン』

■ 『とろけるカレー@バレンタイン』

■ 『バレンタイン夫人』

■ 『昭和の表象空間』

■ 『ズロースなの?』

■ 『焼きそばサンド』

■ 『平成の表象空間』


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■ 『かぎろい夫人』

■ 『人気の40代女性ヌード』

■ 『宗長の奥の細道』

■ 『ネットの接続が遅い』

■ 『元気に再会しましょう』

■ 『スルーパスと芦雪』

■ 『鬼怒川の洪水』

■ 『最後の焼きそばソース@パリ』

■ 『初めてのヌード』

■ 『感じていても分かってない』

■ 『おかえりなさい』

■ 『スープカレー@再会』

■ 『またカレー?』

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)

■ 『手作り弁当@船着き場』

■ 『盛り上がる@馬車道』

■ 『ゼリーフライ@鐘つき堂』

■ 『愛と憎しみの丸墓山』

■ 『忘れられない!』

■ 『大名行列@行田』

■ 『別れの朝も…』

■ 『婚外恋愛』

■ 『婚外恋愛と人間失格』


(noten15.jpg)

■ 『月夜の美人』

■ 『ふるさと 行田』

■ 『愛の偶然と必然』

■ 『田中角栄と軽井沢』

■ 『うさぎ追いしかの山』

■ 『アブラッソ不在の美』

■ 『ロマンの昔話』

■ 『海を渡ったバレンタイン』

■ 『バレンタインが老人を狂わせた』

■ 『マルちゃん海を渡る』

■ 『銀座からバレンタイン』

■ 『仙台からバレンタイン』

■ 『パリからバレンタイン』

■ 『ジャズ@バンクーバー』

■ 『タイからバレンタイン』

■ 『たまご麺@バレンタイン』

■ 『愛犬とゴッド』

■ 『ザ・バレンタイン女』

■ 『週刊誌deヌード』

■ 『愛と天の夕顔』

■ 『ジェミマおばさんのシロップ』

■ 『夏日に、お帰りなさい』

■ 『コイ、鯉、恋がいっぱい!』

■ 『スープカレーなのね』

■ 『忍城時代まつり』

■ 『夜道のルート66』

■ 『上を向いて歌おう』

■ 『霧積温泉のロマン』

■ 『元気が一番!』

■ 『行田のスープカレー』

■ 『パンツとブラジャーと餃子』

■ 『軽井沢を文学散歩する』

■ 『ばァ~の面影』

■ 『バレンタイン@行田』


(bare02b.gif)

こんにちは。ジューンです。

「上を向いて歩こう」がアメリカで人気が出るきっかけは

何だったのでしょうか?

通説によると、1963年の春、

アメリカ西海岸のローカルラジオ局のDJが、

異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手元にあった

日本の曲をオンエアーしたところ、

リスナーからリクエストが殺到したために

人気に火がついたと言われています。

果たして、その話はどこまで本当なのでしょうか?

アメリカで「上を向いて歩こう」をシングルとして

最初に発売したレコード会社はキャピトルです。

同じ時期にキャピトルはイギリスの親会社であるEMIが

ビートルズのシングルを出すようにと要請してきたのです。

ところがアメリカでは人気が出ないと断っているのですね。

では、いったい誰が「上を向いて歩こう」をシングルとして

発売したのでしょうか?

その発売を決定した人の名前が

デンマンさんが描いた次のチャートに出ています。


(qchan90.gif)

デイブ・デクスター・ジュニアさんなのです。

「A&Rマン」と言われていた人で、

売れる可能性のあるアーティストを発掘し、契約を結び、

制作を担当する仕事をしていた人です。

ローカルラジオ局のDJからある日電話がかかってきて

「上を向いて歩こう」が人気が出ていると聞いて、

さっそく自分でも聞いてみたそうです。


(qchan03.jpg)

九ちゃんが日本語で歌っているので

詞の内容は理解できなかったけれど、

これならイケそうだと直感して売り出すことに決めたそうです。

つまり、ビートルズの曲はヒットしないと蹴ったけれど、

九ちゃんの「上を向いて歩こう」は直感的に

ヒットすると思ったのだそうです。

ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて

次のサイトを立ち上げました。

時間があったら下のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。

『夢とロマンを持って前向きに生きる

小百合さんの物語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


(ebay5.jpg)


(byebye.gif)

めれちゃん@富士山

2016年11月4日

 

めれちゃん@富士山

 






(renge62c.gif)


(renge807.gif)

(heartx.gif+kuge03.jpg)

(rengebk2.gif)


(mertitle.png)


苦笑い

2006.06.06 Tuesday 22:14


(nigawarai.jpg)

今度ともだちが

あなたの家の近くに引っ越すよ

なつかしいよ

あの頃いつもふたりで通った道

あれからどれくらいたつのかなあ

何もかも苦笑いで思い出すよ

あなたも苦笑いで思い出すのかなあ

 

▲ めれんげ | 即興詩 | comments(2) | trackbacks(0)


手をつなごう

2006.06.06 Tuesday 07:23


(hands02.jpg)

ふたりいっしょに

おなじものを見よう

泣いたり笑ったりして

いろんな気持ちをわけあおう

今日から

手をつないでいよう

 

▲ めれんげ | 即興詩 | comments(0) | trackbacks(0)


あなたをさがして

2006.06.04 Sunday 11:33


(trek02.jpg)

どこまで行けば

あなたにあえる?

いつまでわたしはさがしつづける?

ただひとりきりの

これは旅なのかもしれない

 

▲ めれんげ | 即興詩 | comments(0) | trackbacks(0)


わが思い

2006.06.04 Sunday 10:40


(birds03.jpg)

鳥たちの

鳴きてつどいし

朝は来る

わが思いには

ひかりありしか

 

▲ めれんげ | 即興詩 | comments(1) | trackbacks(0)


しあわせなかたち

2006.06.02 Friday 13:12


(dreaming5b.jpg)

しあわせにはかたちがある

すぐそばに目の前にある

あなたがたしかにここにいる

 

▲ めれんげ | 即興詩 | comments(0) | trackbacks(0)


あなたにあえる

2006.05.31 Wednesday 16:44


(galinluv.jpg)

明日になれば

あなたにあえる

だけど今夜

きっと夢であえるよね!

 

▲ めれんげ | 即興詩 | comments(3) | trackbacks(24)


夜明け

2006.05.30 Tuesday 18:27


(yoake501.jpg)

見えてくる夜明け

光をもとめて

あなたのもとへ走り出す

 

▲ めれんげ | 即興詩 | comments(4) | trackbacks(0)


思い出があふれてくる

2006.05.30 Tuesday 12:21


(linger39.gif)

思い出って

つぎつぎとあふれてくるね

ほんの少しのできごとも

あなたへとつながっていく・・・

 

▲ めれんげ | 即興詩 | comments(3) | trackbacks(0)


雨に降られても

2006.05.28 Sunday 23:37


(umbrella12.jpg)

ほんとうはね

うれしかったけどね

あなたの傘には入らない

まだ入らないよ

 

▲ めれんげ | 即興詩 | comments(4) | trackbacks(0)


からっぽ

2006.05.27 Saturday 04:10


(empty001.jpg)

あなたをもとめて

わたしはからっぽ・・・

あなたに埋めてほしい

このからっぽを・・・

 

▲ めれんげ | 即興詩 | comments(4) | trackbacks(0)


旧『即興の詩』より

NOTE:

めれんげさんが会費を滞納したために
削除されてしまいました。


(merange12.jpg)

デンマンさん。。。 どないなわけで“めれちゃん@富士山”というタイトルにしやはったん?


(kato3.gif)

あのなァ~。。。 今朝わては、自転車に乗って 散歩のつもりでゆっくりと県道のルート66をこいでいたのやがなァ~。。。


(gmap2016.png)


『拡大する』

『コイ、鯉、恋がいっぱい』

上の地図に書いてある県道ルート66に沿って自転車をこいでいると、はるか南の山並みが霞(かす)んで見えて、その奥に富士山がきれいに見えたのやがなァ~。。。

マジかいなァ~。。。?

わてはウソとめれちゃんの尻は けっして突かんでぇ~。。。 (モナリザの微笑)

そやけど、なんでわたしが富士山と関係あるのォ~?

めれちゃんは、意外に想像力が欠如しているのやなァ~。。。 わての瞼(まぶた)の奥に次のように めれちゃんが出てきよったのやでぇ~。。。


(renge88b.jpg)

あんさんは、また妄想をたくましゅうしやはったのねぇ~!?

妄想やないでぇ~。。。 わてがめれちゃんに会いたいよってに 富士山の風景に めれちゃんが重ねてでてきよったのやがなァ~。。。

それを言うために、わざわざ“めれちゃん@富士山”というタイトルにしやはったん?

いや。。。 そればかりや あらへんでぇ~。。。めれちゃんの旧『即興の詩』サイトの詩と短歌が わての脳裏に浮かんできたのやでぇ~。。。 そやから、冒頭に、写真と並べて、めれちゃんの作品を掲載したのやがなァ~。。。

それは信じられへん。。。

あのなァ~、もちろん、すべて わてが覚えていたわけではあらへん。。。わては、めれちゃんの即興の詩を保存しておいたのがなァ~。。。

マジで。。。?

証拠を見せるよってに、ちょっと次のページを見て欲しいねん。


(mer61207a.png)

『拡大する』

あらっ。。。 これはマジで わたしの旧『即興の詩』サイトですやん。

そうやァ~。。。 サイトをそっくりコピーして保存しておいたのやがなァ~。。。

それってぇ~、他人の作品を盗んだことになりますのやでぇ~。。。

めれちゃん。。。 堅苦しい事を言わんといてぇ~なァ~。。。 めれちゃんと わては10年以上の付き合いになるのやでぇ~。。。 「サイトを削除されてしもうてぇ~、ホンマに落ち込みましてん。。。即興の詩は即興で詠んだ詩やさかいに、どの詩も保存してまへん」。。。と、言うて めれちゃんが後悔しておったさかいに、わてが保存しておいたファイルを探して、見つけ出してきたのやがなァ~。。。

つまり、あんさんは上のサイトに載っているすべての詩を保存しておいたん?

そういうこっちゃ~。。。 次のリストに載っているすべての詩を保存しておいたのやがなァ~。。。


(mer61207b.png)

つまり、2006年5月27日から12月7日までに めれちゃんが詠んだ即興の詩が保存されているということやんかァ~。。。 それで、とりあえず、今日は 上のリストの青枠で囲んである10篇の詩を書き出したというわけやねん。

それにしても、よう盗みやはったなァ~。。。

めれちゃん!。。。 人聞(ひとぎ)きの悪いことを言うたらあっかァ~ん!。。。 わてが保存しておかへんかったら、めれちゃんの即興の詩は永久に失われてしもうたのやでぇ~。。。

そやけど、あんさんが盗んで保存しておいたということを聞くと、なんや けったいな気持ちですねん。

あのなァ~、めれちゃんは素直に喜べばええねん。

つまり、この事を言うために、旧『即興の詩』を持ち出してきやはったん?

いや。。。 もちろん、そればかりやないでぇ~。。。

他に、何が言いたいねん?

ちょっと次の画像を見て欲しい。


(mer61207c.png)

上の画像の赤枠で囲んである箇所に注目して欲しい。。。 即興の詩 85篇と共に、短歌 146首 も保存してあるねん。

つまり、あんさんは盗みの常習犯やのねぇ~。。。?

めれちゃん。。。 人聞きの悪いことを言いないなァ~。。。 わては、こないな事があるかもしれへん、と思うたさかいに、めれちゃんのサイトの詩と短歌を保存しておいたのやでぇ~。。。

要するに、あんさんは わたしに感謝して欲しいと言いたいのォ~?

いや。。。 別に、めれちゃんから感謝の言葉を聞きたいよってに、即興の詩を持ち出したわけやあらへん。

それやったら、何のために持ち出してきやはったん?

めれちゃんの わてに対する気持ちが よう表れていると思うたさかいに 感心したのやがなァ~。。。

あなたをさがして

2006.06.04 Sunday 11:33


(trek02.jpg)

どこまで行けば

あなたにあえる?

いつまでわたしはさがしつづける?

ただひとりきりの

これは旅なのかもしれない

 

▲ めれんげ | 即興詩 | comments(0) | trackbacks(0)

わたしが あんさんのことを想いながら 上の詩を詠んだと思いはったん?

他に考えようがあらへんでぇ~。。。

あんさんは、思い込みが激しいねん。。。 あんさんのことを想いながら詠んだのとちゃいますやん。。。

そうやってぇ~、無理に否定しなくてもええやん。

別に、急に思い立って否定しているのとちゃいますねん。。。 わたしは、かつてデンマンさんに次のように書きましてん。。。


(renge94.gif)

わたしはロマンチストでは

ないのだと思います。

2007-04-28

 

わたしのテーマは、あくまでも人生観,世界観であり、

寓意的な言葉の中に、恋愛の陰喩はほとんどありません。

それは少女時代から今にいたるまで、

性愛はわたしのテーマではないからなのです。

実生活での最大の関心事が、恋愛ではないからです。

例えば、どれほど好きな相手がいても、その気持ちを,詩にあらわすことはほとんどないのです。

自分の書いたものは、どのようにも解釈していただくことも、まったく読者のみなさまの自由です。

しかしながら、完全なる戯作が多い恋愛詩から、わたしの精神が、性愛への渇望に悩まされているかのように、解釈されてしまい、それを事実として認識なさっておられるのだとすれば、少々残念なことです。

人間とは、脳の発達しすぎた生物にすぎず、そのために生じる感情を、美しいものだとは思わないのです。

わたしが特に、追求したいものは、血なまぐさい生命の持つ、発達しすぎた頭脳が引き起こす醜い事件、戦争、葛藤などです。

わたしはロマンチストではないのだと思います。

恋愛を描くのは、あくまでも小説のための習作の延長なのです。

話がそれてしまって申し訳ありません。

デンマンさんを信じて、これからもおつきあいさせていただきたいことを、わかっていただきたくて、忌憚なく書かせていただきました。

どうか、この気持ちを察してください。

 

by merange


『愛と無責任』より
(2008年2月22日)

なるほどォ~。。。、なるほどォ~。。。 2007年4月28日に書いたわけやなァ~。。。

そうですう。。。 そやから、あんさん、誤解せんで欲しいねん。。。

そやけどなァ~、例外ちゅうもんがあるねんでぇ~。。。

あんさんは、何が何でも わたしが あんさんのことを想いながら上の詩を詠んだと思いたいん?

そうやァ~。。。 あきまへんかァ~?

やっぱり、あんさんは思い込みが激しいねんなァ~。。。 かないませんわァ~。。。


(laugh16.gif)

【レンゲの独り言】


(manila07.gif)

ですってぇ~。。。

めれんげさんは 2013年の6月に『即興の詩』サイトを再開しました。

めれんげさんの『即興の詩』サイト

再開して間もないのに 検索結果 3,960,000件中の 9位に躍り出るなんてすごいですよね。


(gog30703.gif)

『現時点での検索結果』

現在、めれんげさんは お休みしています。
でも、これからも、ブログを通して「愛のコラボ」を続けて欲しいですよねぇ~。。。

かつて めれんげさんの「即興の詩をはじめました!」の『極私的詩集』サイトは 次の検索結果で見るようにトップを占めていたのです。


(gog30928a.png)

でも、現在は、10位内に入ってません。

また、ブログを更新して トップに返り咲いて欲しいものです。

ところで あなたは「どうしたら、上位に掲載されるのォ~?」と考えているかもしれません。

その秘訣を知りたかったらデンマンさんが面白い記事を書いていますわ。

次のリンクをクリックして読んでみてください。


(seo001.png)

『おばさんの下着に見るSEO』

話は変わりますけれど、めれんげさんは可愛い猫を飼っています。

あなたも、猫ちゃんを飼っていますか?

ええっ。。。 ワンワンちゃんを飼っているのですか?

そういえばデンマンさんが『ワンワンちゃん』という面白い記事を書いていました。

気が向いたら下のリンクをクリックして読んでみてください。


(dog202.jpg)

『ワンワンちゃん』

とにかく、次回も興味深い話題が続きます。

あなたもどうか、また読みに戻ってきてくださいね。

では、また。。。


(hand.gif)


(surfing9.gif)

メチャ面白い、

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(linger49.gif)


■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

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(babdol6.jpg)

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『めれちゃん@画像検索』


(june24b.jpg)

こんにちはジューンです。

卑弥子さんが面白いお話を集めて

楽しいサイトを作りました。

次のリンクをクリックして

ぜひ覗いてみてくださいね。

■ 『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ


(beach02.jpg)


(byebye.gif)

大名行列@行田

2016年1月19日

 

大名行列@行田

 


(tadataka2.jpg)


(salon22.jpg)


(sayuri55.gif)

デンマンさん。。。 どういうわけで“大名行列”をタイトルに掲げたのですか?


(kato3.gif)

いけませんか?

だってぇ~、“大名行列”なんてぇ、今時 話題にする人など居ないと思いますわァ~。

たまには江戸時代の話も面白いではありませんか!?

そうでしょうか?

それに、小百合さんと“大名行列”が関係あるのですよ。

まさかァ~。。。?

僕が小百合さんにだしたメールを読んでみてください。


(foolw.gif)

Subj:真心のこもった

手作りの弁当ありがとう!

きゃはははは…

From: denman@coolmail.jp
To: sayuri@hotmail.com
Cc: barclay1720@aol.com
Date: Wed, December 2, 2015 0:06 AM
Pacific Standard Time
日本時間:12月2日(水)午後5時6分

 

バンクーバーも行田もそれほど寒さに変わりがありません。
ちょうど行田が寒かったのかもしれません。

でも、12月1日は実に良い天気でしたねぇ。
小百合さんも洗濯物をたくさん干したことでしょう!

ところで、11月29日の日曜には、手作りの弁当をありがとう!
まさか、小百合さんが弁当まで作ってくるとは思いませんでした!(微笑)


(bento02.jpg)

小百合さんが連れてきたトモユキ君が釣りをした場所。。。 と言うよりも僕と小百合さんが弁当を食べて アイリッシュ・クリーム・コーヒーを飲んだ場所は知る人ぞ知る 極めて有名な場所なのですよ。

。。。ていうかあああァ~ 小百合さんと僕のために、わざわざ歴史が用意してくれた場所なのですよ。 
ぎゃははははは。。。

どういうこと。。。? と小百合さんが不思議に思うかもしれません。

僕も、改めて本を読んでみてビックリしているのですよ。
では、その箇所をここに書き出しますから、じっくりと読んでみてね。

行田船着き場跡


(funa03.jpg)


(funa09.jpg)

(行田)市の中心から国道(125号線)を東へ約500メートル、下町のT字路の左に、古風な木造洋館(デンマン注: 現在は岡田カメラ店)がある。

田山花袋の『田舎教師』に出て来る斎藤医院(文中では原田医院)、それから北へ左折して150メートル、またT字路で、右側が遊園地になっている。


(funa05.jpg)

この公園の地が、行田船着き場で、長野口御門、番所、高札場があった。 

(略) つい最近まで、石垣があって、如何にも船着き場らしかった。


(funa07.jpg)


(funa06.jpg)


(funa08.jpg)

 (中略)

昔はどんな水路を通って、ここまで来たかわからないが、とにかく、今から400年前には、下町を中心に行田町が出来、一、六の市が立った記録は、成田氏時代からである。

そして300年前には、関西方面から、市日めあての商人が来たことが古文書に見えている。
天正18年(1590年)『家忠日記』に「宮津衆、行田の市(いち)に人を切る」とあって、京都府宮津の商人が来ている事を示している。

特に船着き場が栄えたのは、見沼代用水が出来てからであろう。

八代将軍吉宗が、普請奉行 井沢弥惣兵衛為永(いざわやそうべえためなが 1663-1738)に命じ、大宮市東の見沼干拓事業を起こし、旧芝川の水路を拡張して、見沼の溜水を荒川におとし、利根川の水を行田市下中條の今の利根道水路取入口(今、見沼代用水元圦口公園になっている)から、延々60キロメートルの水路を作り、更に通船堀を設け水運の便に供した、一大工事で、享保13年(1728年)の完成であるから、今から、270年も前の事である。

 (中略)


(eisho02.jpg)

英照皇太后


(shoken02.jpg)

昭憲皇后

明治19年5月10日、英照皇太后、昭憲皇后陛下が、館林の「つつじヶ岡」に行啓された時、行田の橋本喜助宅で、御着替えをなされ、その荷物が、船で下町の船着き場に運ばれ、下町から橋本喜助宅まで大変な列で賑わった事を、私は祖母(安政6年生まれ)から聞いたことがある。

ついでに、その模様が、『埼玉県史』第7巻に出ているので書いておこう。

「明治19年5月10日午前7時30分新宿停車場より別仕立汽車にて御発車、9時鴻巣駅にて御下乗遊ばされ、同宿鈴木半右衛門方、行田町橋本喜助方等に御小休、川俣にて利根川を御渡船……」とある。

帰路も、橋本喜助方で御着替、鴻巣駅午後7時40分発、9時10分新宿駅御着とある。

吹上駅は明治18年3月1日開設であるのに、何故鴻巣駅(明治16年7月28日開設)で下車されたかわからない。
吹上駅では近くに小休される適当な家がなかったからだろう。

とにかく、行田の船着き場が、幕末から明治中頃まで栄えた事は、想像出来ない程だったらしい。
番所が今の久保田屋さんの所にあり、その前に長野口御門があって通行人を見張り、高札場がある程の賑わいだったという。
ところがある人から「あそこは晒し首場だったそうですね」といわれたので色々調査した結果、次の様な事情がわかった。

即ち弘化3年(1846年)蘭法医の河津省庵が本町横町で開業し、その名声が高くなり、御典医となった。
省庵は常に研究に励み、特に“腑分け”して医学の進歩をはかったが、当時人体を解剖することは許されなかった。
藩では先生の便宜をはかり、下町の高札場に晒し首をした。
それを近くの大長寺内に運び“腑分け”をして寺に葬ったという。


(daibuts85.jpg)

省庵が日本の眼科医学史上の人となり、『眼科方規』『医則発揮』はそんな事情で生まれたのだろう。
藩の役人も医学の為に随分イキなはからいをしたものだと思う。
下町の晒し首の事実は、日本医学史上に役立ったわけである。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


5-9ページ 『行田史跡物語』
著者: 大澤俊吉
1979(昭和54)年12月20日 初版発行
発行所: 歴史図書社

ということで、明治19年5月10日、行田の橋本喜助宅で着替えて、あの船着き場から英照皇太后、昭憲皇后が、船に乗って、川俣で利根川を渡り、館林の「つつじヶ岡」に行ったのですよ。


(tutuji91.jpg)

なんと、その船着き場で 僕と小百合さんが弁当を食べたというわけなのです。 (爆笑)

もちろん、それだけではありません!

なんとォ~ 僕と小百合さんは館林の「つつじヶ岡」でも、何度か 10月桜を見たり、白鳥を見たりして、ルンルン気分で散歩したのですよ!

しかも、何度となく白いテーブルで小百合さんとアイリッシュ・クリーム・コーヒーを飲んだ大長寺までが出てくるのですよ!


(daibuts8.jpg)


(coffee90.jpg)

ぎゃははははは。。。

そういうわけで、この事でまた今日寝て起きたら バンクーバー市立図書館で記事を書くのです。

面白い記事になるので、小百合さんもぜひ読んでみてね。

とにかく、真心のこもった手作りの弁当ありがとう! きゃははははは。。。

では、今日も一日、小百合さんにとっても 素晴らしい日でありますように。。。
祈ってますねぇ~。

じゃあねぇ。。。バイバ~♪~イ。。。


(denman01.gif)


『手作り弁当@船着き場』より
(2015年12月3日)

上のメールには どこにも“大名行列”は出てないではありませんか!

あのねぇ~、確かに“大名行列”は出てきません。。。 でもねぇ~、上のメールをじっくりと読むと“大名行列”と関わりがることが分かるのですよ。

いったい、どこにその関わりがあるのですか?

小百合さんは、もう忘れてしまったのですか?

何をですか?

やだなあああァ~。。。 小百合さんは釣りに拘(こだわ)っていたのですよ。 三男のトモユキ君が釣りが好きだと言うので、“行田船着き場跡”が 釣りに手ごろな場所だと下見までして拘りましたからねぇ~。。。

いけませんか?

いや。。。 別に釣りに拘ってもかまわないけれど、トモユキ君が釣りをしている間に、“行田船着き場跡”で僕と小百合さんが弁当を広げてピクニックを楽しんだでしょう!


(bento02.jpg)


(funa09b.jpg)

確かに、そのようなことがありましたわァ~。。。

僕は、まさか“行田船着き場跡”でピクニックすることになるとは考えてもいませんでした。

いけなかったかしら?

いや。。。 かまいませんけれど。。。 段ボール箱が近くにあったら、ホームレスのカップルが昼飯を食べていると誤解されてしまうだろうと思いましたよ。。。 (微笑)

つまり、その事を言いたくて わざわざ上のメールを持ち出してきたのですか?

いや。。。 もちろん、それだけじゃありません。。。 あのねぇ~、ちょっと次の小文を読んでみてください。

忍の時鐘


(oshikane2.jpg)


(oshikane3.jpg)

忍の時鐘程、幾回も動かされたものは少ないであろう。
この鐘こそ240年の時の流れを体験した唯一のものといえよう。
鐘が歴史を知っているとでも表現したい様な、波乱の運命を背負っている。

松平侯三代忠雅は相続争いの為(白川騒動)に二代忠弘の孫でありながら、11歳で家督相続し白川城より山形城へ、8年間で福山城(広島県)へ、12年間で桑名城へ移封となった。
正徳元年7月(1711年)のことである。
一生涯で遠隔の地を移封になった藩主は少ないであろう。 (略) そして侍従少将となり異例の出世であった。

忠雅は桑名入城を記念し「永保家国」(銘文)を祈り、享保2年(1717年)11月にこの鐘を桑名城内に完成させた。
260年前の事である。

ところが宝暦5年(1755年)1月12日桑名城下町本町から出火、海風にあふられて320軒、居城各門を焼失する大火となってしまった。
この洪鐘も力一杯乱打され、鐘自身も火を受け、ひびが入ってしまった。

父忠雅が誇っていた洪鐘を破損不能にした事を残念とし、宝暦14年(1764年)2月父忠雅の銘文と自分の銘文を入れて、現在ある洪鐘を改鋳した。
鐘を改鋳したからでなく、偶然にも四代は忠刻(ただとき)という名である。
鋳造した冶工は広瀬出雲大掾藤原道次、彫工は藤原儔次で親子であるらしい。
わざわざ書いたのは桑名市に広瀬家の後裔の方がいらっしゃるので、友好都市として敬意を表したいからである。

それから60年、五代目の忠堯(ただたか)の文政6年(1823年)、突然武州忍へ移封となったのである。


(tadataka2.jpg)

この鐘も桑名港から海路を渡り、東京湾から利根川を上って酒巻に着き、この地に運ばれたわけである。
そしてここ二階櫓の上に安住し、広い忍沼にその音色を響かせたのである。

六ツ(むつ)と正午の時を報せ、慶応4年(1868年)1月14日大雪の夜、維新の急変の一報を藩士集合と乱打された。
それから5年、明治政府は東京に一番近い親藩である理由で、本年中に忍城の建物等一切の取り壊しを命じて来た。
藩財政は取り壊しをするどころではなかった。
強制入札で借金を棒引きして売りつけ、引きとらせたという。
だから「私の家の門は忍城の木で造った」とか、「家の蔵は忍城のものだそうだ」とかいう人が多い。

この時鐘は二階櫓から降ろされて櫓は取り壊したものの、時鐘の引き取り手がないので、そこに野ざらしにされたままだった。
ところが、“忍城の鐘”の音色がいいのは金がたくさん入っているからだと噂され、イボ(乳頭)を盗む者が出て来てしまった。
今も幾つかないままに昔を物語っている。

明治7年仕方なく東照宮が今の地に移されたので、鐘のみ社務所の前にひと先ずおいて盗難をさけた。
世川農士麿は何としても鐘の響きを聞かせたいと有志をつのり、宅地を提供してそこに今の形のものを造り、昔通りの時を撞いた。
何しろ時計のない時代だから唯一の時を報せるものだったのである。

明治14年1月6日今の中央小学校の地に、埼玉県下最初の洋風二階建ての学校、進修館が新築されたのを機に、その玄関の前に移転した。
それから進修館小学校は移り大正11年、忍高等女学校となり、やはり時の鐘は打ち続けられた。
昭和20年忍高女は進駐軍の病院に接収されたので万一を思い、今の東照宮、諏訪曲輪西端の今の地に移されたのである。

想えば数奇な運命をたどった洪鐘である。
忍城時代ここにあったことを書いておかないと、いつしか昔から東照宮の所にあったと思い込まれてしまう。
多聞櫓、二重櫓の南、白壁の数百米の塀の中、大きな鐘掛松といわれた松の大木の脇の、二階櫓の上から打ち響く鐘の音は広い忍沼を渡り、行田町中はおろか、物の本には“四里四方響く”とさえ書いてある。
16粁四方まではどうかと思うが、風向きでは随分遠くまで聞こえたという。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


134-138ページ 『行田史跡物語』
著者: 大澤俊吉
1979(昭和54)年12月20日 初版発行
発行所: 歴史図書社

桑名藩の城主だった松平忠堯(ただたか)が文政6年(1823年)、突然武州忍へ移封となったのですよ。。。 そして、この時鐘も桑名港から海路を渡り、東京湾から利根川を上って酒巻に着き、この地に運ばれたわけです。。。 つまり、小百合さんとピクニックした場所で“鐘”が船から降ろされたのです。


(tome02.jpg)

『拡大する』

現在の利根川は東京湾ではなく千葉県を通って太平洋に流れ出しているけれど、当時は江戸湾から赤丸で囲んだ古利根川をさかのぼって酒巻までゆき、そこから水路で当時の忍藩の“行田船着き場”まで行ったわけです。 そこで僕と小百合さんがピクニックをしたわけなのですよ。


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でも。。。、でも。。。、大名行列というのは、まさか船でやって来たわけではないでしょう!?

もちろん、当時のことだから、桑名から東海道を通って多くの人たちが行列を作って歩いてやって来たのでしょうねぇ~。。。


(line900.jpg)

だったら、何も“大名行列”を持ち出さなくてもいいではありませんかァ!

でもねぇ~、すべての人が歩いてやって来たわけじゃない。。。 ちょっと次の小文を読んでみて下さい。

長徳寺跡


(atago001.jpg)

愛宕神社

長徳寺が長久寺の隠居寺として、いつ出来たか不明である。
明治元年に廃寺になり、愛宕社のみにした記録がある。

元年4月20日(旧暦3月28日)に“神仏判然令”が発布され、「神社が仏語を神号とすること、仏像を神体とすることを禁止」した。
その発布により、行田市内の社寺が、社と寺を分けて、一つにした例は多い。

 (中略)

明治元年長徳寺は廃止され、8畳6間の本堂と、庫裡2間の長徳寺は、明治5年8月3日有名な「不学の戸なく、家に不学の人なからしめん事を期す」の学制頒布によって、行田町に小学校を造ることになり、この長徳寺が行田学校となったのである。
明治5年10月13日のことである。

 (中略)

下町の人は、長徳寺がなくなり、さびしくなることを憂いて、当時、だんだん流行してきた“酉の市”を開いて、行田町の名物にしようと、明治40年12月6日に盛大に行うことにした。


(tori801.jpg)

そして20周年を記念して「行田酉之市起源碑」を、大正15年12月6日建碑した。

だが、長徳寺が晴れの舞台になったのは、文政6年11月12日、桑名から国替えになった、松平下総守忠堯(ただたか)候が、忍城に初入城する時、この長徳寺で行列を整えて、本町通り、今の魚七の所を左へ折れ(当時、川に沿って大手門まで高い土手があった)、大手門外の升形門を通り、大手門二つをくぐり、内行田通りに出て、元の登記所の所を右に折れ、今の体育館の玄関あたりにあった沼橋御門を抜け、(ここ一帯は島になっていた)今もある道を中央小学校の方へ行き、太鼓門から二の丸(今の忍中学校の地)へ入った。
それ以外二の丸へ行く道はなかったのである。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


25-28ページ 『行田史跡物語』
著者: 大澤俊吉
1979(昭和54)年12月20日 初版発行
発行所: 歴史図書社


(atagomap.png)

『拡大する』

大きな荷物や、足の不自由な人とか、年寄りたちは、船でやって来て長徳寺で待機していたのですよ。。。 それで、大名行列も長徳寺で休憩して、ここで鎧兜(よろいかぶと)をつけて行列を整え格調高く忍城に初入城したというわけですよ。

つまり、この事を言うために、わざわざ“大名行列”を持ち出したのですか?

そうですよ。。。 考えてもみてください。。。 小百合さんと弁当を広げてピクニックしたところが 193年前には桑名からやって来た荷物と人でごった返したのですよ。。。


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【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。
それにしても 193年前には多くの人が桑名から大名行列を作って
行田まで歩いてやって来たのですから、大変だったでしょうねぇ~。。。!?

あたくしが京都から行田を訪れた時には新幹線でしたから、4時間もあれば充分でしたわ。
「行田のフライ」というのが名物なのですけれど、
喰い意地がはっている あたくしは さっそくいただきましたわァ。

なんとなく素朴な味わいでした。

それから、「さきたま古墳公園」を訪ねたのですけれど、
駐車場の近くに「さかもと」というおみやげ物屋さんがあるのです。
そこでゼリーフライを売っていました。


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これも なんだか複雑なお味がしましたわァ。
デンマンさんは食べながら 子供の頃の思い出が湧き上がってきたと言いましたわァ。
その当時は“ゼリーフライ”とは言わずに“ゼニ(銭)フライ”と呼んでいたそうです。

このようなことを書いていたら、なんだか お腹が空いてきました。
あたくしも何かを作って食べようと思いますゥ。

あたくしの好物は 具のたくさん入った“あんかけ焼きそば”でござ~♪~ますう。
あなたのために、作り方を教えますわねぇ。


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どうですか? 美味しそうでしょう?

でも、あたくしは これだけでは満足できませんのよう。
デザートに“たいやき”をいただくのでざ~♪~ますわよう。
うふふふふふふ。。。

最近では、餡に替わってクリームや溶かしたチョコレート、キャラメル、カスタードクリームなどの洋菓子素材を詰めたものもでてきましたわ。

サンドウィッチ式に肉類や生野菜、各種ソースやリゾットなどを挟む「おかずたい焼き」もあらわれました。


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あなたも 好きなものを“たいやき”に詰めてみませんか?

では、あなたのために あたくしが育った地元の京都の“たいやき”をお見せしますわね。
うふふふふふ。。。

お腹がすいてきて、“たいやき”が食べたくなってきたでしょう?
でも、この記事を最後まで読んでから、近くの“たいやき屋さん”に走ってくださいね。

ところで、小百合さんがどうして「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれるのか?
ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。
小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。
小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。
分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


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それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。
だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ~~。


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盛り上がる@馬車道

2015年12月7日

 

盛り上がる@馬車道

 


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Subj:真心のこもった

手作りの弁当ありがとう!

きゃはははは…

From: denman@coolmail.jp
To: sayuri@hotmail.com
Cc: barclay1720@aol.com
Date: Wed, December 2, 2015 0:06 AM
Pacific Standard Time
日本時間:12月2日(水)午後5時6分

 

バンクーバーも行田もそれほど寒さに変わりがありません。
ちょうど行田が寒かったのかもしれません。

でも、12月1日は実に良い天気でしたねぇ。
小百合さんも洗濯物をたくさん干したことでしょう!

ところで、11月29日の日曜には、手作りの弁当をありがとう!
まさか、小百合さんが弁当まで作ってくるとは思いませんでした!(微笑)


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小百合さんが連れてきたトモユキ君が釣りをした場所。。。 と言うよりも僕と小百合さんが弁当を食べて アイリッシュ・クリーム・コーヒーを飲んだ場所は知る人ぞ知る 極めて有名な場所なのですよ。

。。。ていうかあああァ~ 小百合さんと僕のために、わざわざ歴史が用意してくれた場所なのですよ。 
ぎゃははははは。。。

どういうこと。。。? と小百合さんが不思議に思うかもしれません。

僕も、改めて本を読んでみてビックリしているのですよ。
では、その箇所をここに書き出しますから、じっくりと読んでみてね。

行田船着き場跡


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(行田)市の中心から国道(125号線)を東へ約500メートル、下町のT字路の左に、古風な木造洋館(デンマン注: 現在は岡田カメラ店)がある。

田山花袋の『田舎教師』に出て来る斉藤医院(文中では原田医院)、それから北へ左折して150メートル、またT字路で、右側が遊園地になっている。


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この公園の地が、行田船着き場で、長野口御門、番所、高札場があった。 

(略) つい最近まで、石垣があって、如何にも船着き場らしかった。


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(funa08.jpg)

 (中略)

昔はどんな水路を通って、ここまで来たかわからないが、とにかく、今から400年前には、下町を中心に行田町が出来、一、六の市が立った記録は、成田氏時代からである。

そして300年前には、関西方面から、市日めあての商人が来たことが古文書に見えている。
天正18年(1590年)『家忠日記』に「宮津衆、行田の市(いち)に人を切る」とあって、京都府宮津の商人が来ている事を示している。

特に船着き場が栄えたのは、見沼代用水が出来てからであろう。

八代将軍吉宗が、普請奉行 井沢弥惣兵衛為永(いざわやそうべえためなが 1663-1738)に命じ、大宮市東の見沼干拓事業を起こし、旧芝川の水路を拡張して、見沼の溜水を荒川におとし、利根川の水を行田市下中條の今の利根道水路取入口(今、見沼代用水元圦口公園になっている)から、延々60キロメートルの水路を作り、更に通船堀を設け水運の便に供した、一大工事で、享保13年(1728年)の完成であるから、今から、270年も前の事である。

 (中略)


(eisho02.jpg)

英照皇太后


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昭憲皇后

明治19年5月10日、英照皇太后、昭憲皇后陛下が、館林の「つつじヶ岡」に行啓された時、行田の橋本喜助宅で、御着替えをなされ、その荷物が、船で下町の船着き場に運ばれ、下町から橋本喜助宅まで大変な列で賑わった事を、私は祖母(安政6年生まれ)から聞いたことがある。

ついでに、その模様が、『埼玉県史』第7巻に出ているので書いておこう。

「明治19年5月10日午前7時30分新宿停車場より別仕立汽車にて御発車、9時鴻巣駅にて御下乗遊ばされ、同宿鈴木半右衛門方、行田町橋本喜助方等に御小休、川俣にて利根川を御渡船……」とある。

帰路も、橋本喜助方で御着替、鴻巣駅午後7時40分発、9時10分新宿駅御着とある。

吹上駅は明治18年3月1日開設であるのに、何故鴻巣駅(明治16年7月28日開設)で下車されたかわからない。
吹上駅では近くに小休される適当な家がなかったからだろう。

とにかく、行田の船着き場が、幕末から明治中頃まで栄えた事は、想像出来ない程だったらしい。
番所が今の久保田屋さんの所にあり、その前に長野口御門があって通行人を見張り、高札場がある程の賑わいだったという。
ところがある人から「あそこは晒し首場だったそうですね」といわれたので色々調査した結果、次の様な事情がわかった。

即ち弘化3年(1846年)蘭法医の河津省庵が本町横町で開業し、その名声が高くなり、御典医となった。
省庵は常に研究に励み、特に“腑分け”して医学の進歩をはかったが、当時人体を解剖することは許されなかった。
藩では先生の便宜をはかり、下町の高札場に晒し首をした。
それを近くの大長寺内に運び“腑分け”をして寺に葬ったという。


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省庵が日本の眼科医学史上の人となり、『眼科方規』『医則発揮』はそんな事情で生まれたのだろう。
藩の役人も医学の為に随分イキなはからいをしたものだと思う。
下町の晒し首の事実は、日本医学史上に役立ったわけである。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


5-9ページ 『行田史跡物語』
著者: 大澤俊吉
1979(昭和54)年12月20日 初版発行
発行所: 歴史図書社

ということで、明治19年5月10日、行田の橋本喜助宅で着替えて、あの船着き場から英照皇太后、昭憲皇后が、船に乗って、川俣で利根川を渡り、館林の「つつじヶ岡」に行ったのですよ。


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なんと、その船着き場で 僕と小百合さんが弁当を食べたというわけなのです。 (爆笑)

もちろん、それだけではありません!

なんとォ~ 僕と小百合さんは館林の「つつじヶ岡」でも、何度か 10月桜を見たり、白鳥を見たりして、ルンルン気分で散歩したのですよ!

しかも、何度となく白いテーブルで小百合さんとアイリッシュ・クリーム・コーヒーを飲んだ大長寺までが出てくるのですよ!


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ぎゃははははは。。。

そういうわけで、この事でまた今日寝て起きたら バンクーバー市立図書館で記事を書くのです。

面白い記事になるので、小百合さんもぜひ読んでみてね。

とにかく、真心のこもった手作りの弁当ありがとう! きゃははははは。。。

では、今日も一日、小百合さんにとっても 素晴らしい日でありますように。。。
祈ってますねぇ~。

じゃあねぇ。。。バイバ~♪~イ。。。


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『手作り弁当@船着き場』より
(2015年12月3日)


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デンマンさん。。。 どうして私が明治時代の女学生が着ていた和服と袴で登場するのですか?


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小百合さんと僕は行田船着き場跡で手つくりの弁当を食べた翌日、久しぶりに旧吹上町の『馬車道』レストランで食事をして小保方晴子の話で盛り上がったのですよ。


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STAP細胞事件


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 (略) 週刊誌等の理解しがたいゴシップネタですから、私自身は無視していても、いろいろな意味で私自身の研究展開にマイナスに働くこともあるでしょう。
正直、この津波のようなドリフト状態を生み出すエネルギーが、いつまでどのように続くのか私には見当もつきませんが、今は、調査に協力し、またできる範囲で通常の自分の研究を、ラボメンバーを励ましながら胸を張って進めるしか、私のできることはありません。 (略)

(デンマン注: 後に自殺した笹井芳樹氏から著者の須田桃子さんへのメール)

疑義発覚後の目まぐるしい展開と連日の関連取材で、疲労がたまっていたせいもあるかもしれない。
私はメールを読みながら、涙があふれてくるのを抑えられなかった。
無性に悲しくなったのだ。

論文には深刻な過誤があり、STAP研究の信頼性はもはや崩れている。
この状況で、なおかつ「研究者人生への挽回できないかもしれない打撃」を認識していながら、なぜ笹井氏は、STAP細胞への「確信」をこうまで主張し続けるのだろうか……。
私には、笹井氏が出口のない密室に自らを閉じ込めてしまったように思えてならなかった。

 (中略)

笹井氏は、小保方氏の「研究者としての資質」についてはこう語った。

豊かな発想力があり、これはと思ったときの集中力は非常に高い。
それは採用時の全員が一致するところで、私は今もそう思っている。
同時にとレーニングが足りなかったところ、科学者として非常に早いうちに身につけていなかった部分が多々あることが、論文発表後に明らかになった。
例えばデータ管理で、結果的に取り違えをするようなある種のずさんさがあったと思う。
両極端が一人の中にある。
私が一番、アドバイザーとして、あるいはシニアの研究者として自戒というか後悔しているのは、私や理研の研究者仲間が一生懸命、彼女の強いところを伸ばしたと思うが、弱い部分を慮って、そこを強化してあげる、若い研究者はそういうところがあるということを認識した上で、背伸びさせるだけではなく、足元をきちっと固めてあげることができなかったことは、自分の足りなかったところでは、と非常に辛く思っている。

一部で報道された小保方氏との「不適切な関係」は否定した。

 (中略)

思えば私のSTAP取材は、1月の記者会見に「『絶対に』来るべきです」という笹井氏からの誘いのメールで始まった。
それ以後に受け取ったメールは約40通。

最後の1通の日付は7月14日だった。
査読資料に関する質問への回答で、「論文を撤回してしまったあとは、何を言ってももはや仕方ないと思います」と結ばれていた。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


135-136ページ、191ページ、341ページ
『捏造の科学者』
著者: 須田桃子
2014年12月30日 第1刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋

笹井正樹氏は2014年8月5日の朝に先端医療センター内で首をつっているのが見つかったそうですけれど、本当に惜しい人を日本はなくしてしまったものですわ。 それはそうと、小保方さんは一時、“時の人”として騒がれましたけれど、最近はどうなさっているのでしょうか?

僕も、そのことが気になっていたのでネットで調べてみたのですよ。。。 そしたら次のサイトに出くわしたのです。。。 興味のある所だけ抜き出したので小百合さんもじっくりと読んでみてください。

STAP細胞論文問題で

大きく注目された理化学研究所の

小保方晴子さんの最新情報です。


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◆小保方氏、STAP論文掲載費60万円を返還
STAP(スタップ)細胞の論文不正問題で、理化学研究所は7日、4件の不正があったと認定した小保方晴子・元研究員から、論文掲載費約60万円の返還を受けたと発表した。

理研によると、返還されたのは昨年(2014年)1月に英科学誌ネイチャーに掲載され、その後、撤回されたSTAP細胞論文2本の掲載料。
今月初めに弁護士から返還すると連絡があり、6日付で理研の口座に入金が確認された。

小保方氏からは連絡はないという。
理研は3月、研究不正防止の規定に基づき、英科学誌ネイチャーに論文2本を掲載する手続きでかかった費用の返還を小保方氏に求めた。
論文は昨年1月に掲載されたが、不正判明で約半年後に撤回された。

理研は小保方氏に約2年間で約4600万円の研究費を支給。
さらに、不正調査などに約8360万円をかけたが、小保方氏の研究全体が不正だったわけではないなどとして、返還請求の対象は論文掲載費だけにとどめた。

小保方氏の代理人をつとめる三木秀夫弁護士は「理研の調査結果に納得はしていませんが、係争にかかる負担の大きさを考えて、これ以上の係争を避ける判断をいたしました」というコメントを発表した。

さらに、返還がこのタイミングになった理由について、三木弁護士は次のように説明し、理研への不満を明らかにした。
「そもそも今回は組織として論文の投稿が決めたわけなのに、理研は一番若い研究者に全責任を押し付けて支払いを求めていました。そのような請求に応じることで、『今後の前例をつくるようなことは避けるべき』との意見も多く寄せられていたこともあり、対応に慎重になっていました」

60万円はあくまでもネイチャー誌関連の費用にすぎず、疑惑発覚後もSTAP細胞関連では膨大な費用がかかっている。
報道によると、STAP細胞が存在するかどうかの再実験関連でも法律家への相談費2820万円、検証実験費1560万円などを含め、不正の調査や実験にかけた金額は計8360万円に上る。

「彼女を迎え入れた際、壁をムーミンの図柄にするなど部屋の模様替えに1000万円もかけるなど、一研究員に対する処遇とは思えない。
彼女から返還されたカネも理研に戻るだけで、税金で好き放題してきた理研の責任は問われない。
理研は関連費用全額を国庫に戻すべきだ」(神戸市の医療関係者)など組織の体質を巡る批判はいまだに根強い。

一連の問題で理研は「STAP細胞由来とされた細胞や組織は既存の万能細胞・ES細胞(胚性幹細胞)からできていた」と結論づけ、既に退職していた小保方氏は懲戒解雇相当、と判断された。
理研は刑事告訴も検討したが、「ES細胞を故意に混入させたことを証明できない」として見送っている。

◆理研の元研究者が提出した告発状を兵庫県警が受理

STAP(スタップ)細胞論文を発表した理化学研究所元研究員、小保方(おぼかた)晴子氏(31)が所属していた研究室から、何者かが胚性幹細胞(ES細胞)を盗んだとする告発状を兵庫県警が受理したことが15日、捜査関係者への取材で分かった。

理研の元研究員の男性が窃盗罪で告発し、14日付で受理された。
県警は関係者から事情を聴き経緯を調べる。

元研究者によると、告発状では、小保方氏がSTAP論文共著者の若山照彦氏=現・山梨大教授=の理研研究室に在籍していた2011年4月以降、何者かが研究室からES細胞を盗んだ、としている。
理研の調査委員会は昨年、STAP細胞はES細胞が混入したものだと「ほぼ断定できる」との見解を示している。
県警によると、理研側から被害届は出ておらず、関係者に事情を聴くなどして慎重に調べる。

告発状によると、昨年4月、STAP細胞の論文不正に関する理研の調査が行われた際、小保方氏が使用していた冷蔵庫から、小保方氏がかつて所属していた研究室の研究員が作ったES細胞が見つかった。
何者かが、このES細胞を盗んだ疑いがあるとしている。

理研の調査委員会は昨年(2014年)12月、STAP細胞はES細胞が混入したものとほぼ断定。
小保方氏側は、故意や過失による混入を否定している。

小保方氏の代理人を務める三木秀夫弁護士は「小保方氏に関しては疑義を受けるような点はない」とコメントした。

◆小保方晴子氏の現状を知人が証言 気力なく引きこもり状態?

表舞台から姿を消した小保方晴子氏。
理化学研究所時代と変わらず今も神戸市内のマンションに住んでいるようだ。

体調も精神状態も優れず、部屋に引きこもっている。
千葉県の実家に移る気力もないようです。
親御さんが時折様子を見に来ているようですが……」(小保方氏の知人)

こう聞くと悲劇のヒロインだが、客観的に見て彼女への処分は甘々だ。


(netsuzo6.jpg)
(出典: writerzlab.com)

STAP細胞研究のため支給された研究費は4600万円、不正が指摘されてからの調査・検証費用は8360万円に上る。
にもかかわらず、理研が小保方氏に返還請求したのは論文投稿費のわずか60万円だ。
血税を浪費しておきながら、説明責任すら果たさない幕引きである。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


『NAVER まとめ』より

なるほどォ~。。。 マスコミがずいぶん騒ぎましたけれど、現在は体調も精神状態も優れず、部屋に引きこもっているのですわねぇ~。。。

あれだけ大きな問題になったのだから、相当 精神的に落ち込んだのでしょう。

。。。で、やっぱり男女関係で悩んだ挙句、笹井正樹氏は2014年8月5日の朝に先端医療センター内で首をつったのでしょうか?

あのねぇ~、確かに、そのように考える人もいるのですよ。。。 でもねぇ、僕は、そうじゃないと思うのです。 ちょっと次のやり取りを読んでみてください。

NEWS まとめもりー


(netsuzo4.jpg)

『拡大する』

7: キチンシンク(家)@\(^o^)/ 2014/08/12(火) 22:00:43.62 ID:oEx+wvIF0.net

小保方と楽しい出張を55回もできたんだから本望だろ


22: スパイダージャーマン(東日本)@\(^o^)/ 2014/08/12(火) 22:12:33.42 ID:1fwlTm/C0.net

>>7
ほんこれ。
5回ぐらい俺にも分けて欲しい。


71: アイアンクロー(大阪府)@\(^o^)/ 2014/08/12(火) 23:58:28.39 ID:PzIENwHg0.net

>>22
逆に考えるのだ。
よくもまあ55回も。
君を含めて常人は相手があれなら5回で十分飽きるよ。
惜しまれる人は違うなと感心した。

税金使ったことが後ろめたかったんだろうな。
予算を獲得するのがうまい人は、税金をうまく使う天才なのだな。
策士策にオボ(小保)れるなり。


8: 毒霧(WiMAX)@\(^o^)/ 2014/08/12(火) 22:01:56.38 ID:TobRj+eG0.net

生きていれば今後明らかになる不名誉な事実、死ぬ事で有耶無耶になり、オボちゃんも守った。

仮にオボちゃんであれば、捏造の真相究明は止まらなかった。

自殺が最高最速最良の問題解決手段になった事を恥じるべきだは。


195. 名無しさん@NEWSまとめもりー2014年08月16日 00:44

※31
>不当と表現しているのは以下の2点でしょ。
>精神的に崩壊してもなんら不思議じゃないと思うな。

 〇小保方さんとは男女の関係ではないのに、あたかも男女の関係があったものと
  意図的にミスリードを誘うような報道がされていたこと

事実ではないと否定すればいいだけ、一度もそうしたことはしていない。

デンマン注: 上の本の中に書いてあるように笹井氏は記者会見で否定している。

 〇STAP細胞は存在するのに、的外れな議論ばかりで存在しないものと扱われていること

存在する根拠を出しなさい。
世界中の科学者が科学的に疑義を申し立てているのは無視かよ

最近はマスゴミのせいにして問題の本質を逸らして悪いことした人を擁護する俺かっこいいっていうジンケン屋が流行なのか?


201. 名無しさん@NEWSまとめもりー2014年08月16日 01:24

>>195
同感です。小保方のSTAP細胞の捏造について、異議があるのならさっさと証拠なり、しっかりと説明責任を果たせば良かった。
笹井さんも不倫も、公費流用も、全くの事実無根なら、さっさと名誉毀損で訴えたり、証拠をあげるなり、反論して堂々としてれば良かった。
やましいところがあったから小保方も笹井さんも説明責任と証拠提出責任をちゃんと果たせなかった。

実験に失敗したら小保方が真っ先に処分や責任追求を受けるのは当然だろう。
そして、笹井さんの研究者としての人生も非常に厳しいものになるのは明らか。

おまけに処分を連帯して受けるとともに、不適切な関係がまたクローズアップして家族は大打撃を受ける。

笹井さんにとっては、小保方の捏造だとわかっていたから、実験は失敗に終わると確信して、
それによる自分自身の最悪な結末も確信してたから、
実験結果も見ずに自ら命を断ったのだろう。

擁護派は、日本中、世界中の科学者の意見やSTAP細胞についての批判に全く反論や意見なんか言ってませんから。
最初から科学に関わろうとしないで、信じるか信じないの宗教レベルに過ぎません。

小保方は200回以上成功したにも関わらず今まで、客観的なまともな証拠やサンプルらしいもの出したでしょうか?笑。
それにも関わらず、小保方の言うことを信じるのは、非科学的、宗教レベルか工作員レベルに決まってますよね!
国民の大半は皆さん同じ意見なんで大丈夫だと思います。
まともな意見共感しましたよ!


(netsuzo5.png)


「NEWS まとめもりー」より

この“STAP細胞事件”の全貌をよく知らない人は、マスコミが興味本位に取り上げた“同伴出張”を“不倫旅行”と考えているのですよ。。。 つまり、“下衆のかんぐり”です。

記者会見で笹井氏が男女関係を否定したことを、マスコミは報道しなかったのかもしれませんわァ。。。

僕は日本のテレビも新聞も見てないので、実際にはどうだったのか知らないけれど、上のやり取りを見ていると、そうとしか考えられない。。。もう一度次の箇所を読んでみてください。


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195. 名無しさん@NEWSまとめもりー2014年08月16日 00:44

※31
>不当と表現しているのは以下の2点でしょ。
>精神的に崩壊してもなんら不思議じゃないと思うな。

 〇小保方さんとは男女の関係ではないのに、あたかも男女の関係があったものと
  意図的にミスリードを誘うような報道がされていたこと

事実ではないと否定すればいいだけ、一度もそうしたことはしていない。

デンマン注: 上の本の中に書いてあるように笹井氏は記者会見で否定している。

 〇STAP細胞は存在するのに、的外れな議論ばかりで存在しないものと扱われていること

存在する根拠を出しなさい。
世界中の科学者が科学的に疑義を申し立てているのは無視かよ

最近はマスゴミのせいにして問題の本質を逸らして悪いことした人を擁護する俺かっこいいっていうジンケン屋が流行なのか?

デンマンさんは、二人の間に マジで男女関係はなかったと信じているのですかァ~?

あのねぇ~、僕は、須田さんの本を読むまでは“STAP細胞事件”について 詳しい事は何も知らなかったわけですよ。。。 だから、先入観がなかった。。。 著者の須田さんと笹井芳樹氏とのメールのやり取りを読む限り、笹井氏と小保方さんの間に男女関係があったなどとは考えられない。。。 だから、上の“下衆のかんぐり”を読んだ時には、日本人が低俗化したのではないか!?。。。と思ったほどですよ。

でも。。。、でも。。。、そういう事だって考えられるでしょう?

あれっ。。。 小百合さんは、二人が出張という名目で不倫旅行していたと言うのですかァ~?

だから。。。、そういう可能性だってあると思うのですわァ。

でもねぇ~、記者会見では、笹井氏がきっぱりと否定しているのですよ!。。。

どうして、その事実をマスコミは報道しなかったのでしょうか?

だから、マスコミは二人の間に不倫関係があると匂わせておいた方が新聞の購読者数が上昇するし、テレビの視聴率も上がると思って わざと報道を控えたのですよう!

そうでしょうか?

あのねぇ~、もしもですよ。。。 二人の間に男女関係があったら、日本のことだから、笹井さんは一人で自殺しないで小保方さんと心中するのですよ。

そうでしょうか?

やだなあああァ~。。。 日本には心中という伝統があるじゃありませんかァ!


(amishim3.jpg)

つまり。。。、つまり。。。、二人の間に男女関係があったなら、二人は心中していたとデンマンさんは考えるのですかァ~?

だってぇ、そうでしょう!? 55回も不倫旅行をしていたとしたら、小保方さんは笹井さんの後を追ってあの世へ逝くのですよ!。。。 それが日本の伝統じゃありませんかア!

デンマンさん!。。。 そういう事を言うと小保方さんにプレッシャーをかけることになりますわア!

小百合さんが二人の間に男女の関係があると言うから、僕は日本の伝統を持ち出してきたまでですよ!

でも、小保方さんに自殺を促すようなことを言ってはいけませんわ。

だから、小保方さんが生きているという事は二人の間に男女関係がなかった証拠なのです!

でも。。。、でも。。。、それはデンマンさんの単なる推測だと思いますわ。

つまり、何が何でも、小百合さんは低俗化した日本人の見本のように、二人の間に男女の関係があったという“下衆のかんぐり”を支持するのですか?

いいえ。。。 そう言う訳ではありません。。。 ただ、人間は弱いものですから、そういう関係になっても仕方がないと。。。

だから、そういうことを“下衆のかんぐり”と言うのですよ! んもおおおァ~。。。

デンマンさん!。。。 ここで また盛り上がらなくてもいいのですわ。。。 で、どういうわけで“馬車道”をタイトルに書き込んだのですか?

あのねぇ~、実は、明治時代に行田にも馬車鉄道が走っていたのですよ。

行田馬車鉄道


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日本鉄道株式会社が、上野熊谷間に汽車を走らせたのは、明治16年7月28日、その時の駅は上野、王子、赤羽、浦和、上尾、鴻巣、熊谷だけ。
更に高崎まで開通したのは明治17年6月25日。
桶川、吹上駅の開通は、明治18年3月1日、大宮駅は3月16日である。
一日三往復、時速30キロの善光号が、四輪50人定員の岡蒸気が走ることになった。
上野熊谷間2時間12分であった。

一日三往復がだんだん増えていき、行田足袋が年産50万足(明治18年)から、150万足(25年)、220万足(30年)と増加し、東京をはじめ各地から商用で出入りする人が多くなり、吹上から行田の5キロの道は、荷物を持つ人には遠かった。
その頃になって、行田人は、鉄道を吹上げに追いやった不便さを後悔した。
だから「行田人は封建的で、岩槻と同じように頑迷だった」という口碑がまことしやかに語り継がれ、80年後、国鉄行田駅開通への悲願となったと、行田人は考えている。

史家としての私は、行田人が果たして、鉄道は稲が穫れなくなるとか、他国者が入って来るからといって、前谷耕地を通るわけだった鉄道を吹上に追いやる程、頑迷であったろうかという疑問を持って、古文書等を随分探しまわった。
しかし、不思議な事に、何らの記録の片鱗すらないばかりか、誰が反対したか、具体的な集団の口碑さえなく、ただ“行田人が追いやった”というばかりである。

 (中略)

行田人が封建で頑迷だったから、鉄道を追いやったという事実はない。
むしろ、鉄道が吹上に行ってしまったので、日本鉄道の大株主の橋本喜助氏を通じて、何とか行田へ近くする運動をしたらしい。
ただ重役だけへの運動で、実際の技師等に働きかけなかったので実現しなかったのは甚だ残念であったと、要路にあたっていた人から聞いた話を大澤専蔵が『落葉集』に書いてある。

明治31年、忍馬車鉄道株式会社を設立し、行田下町から吹上駅までレールを敷いて、馬車鉄道によって乗客を運ぶことにした。
下町から本町、新町、天満、大町、駒形、前谷、鎌塚、吹上、吹上駅を定員18名の一頭引四輪馬車が一日12往復走ったのである。


(basha22.jpg)


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全線開通は明治34年6月であった。
料金は片道五銭。
しかし、馬と馭者と車掌等の人件費はまかないきれず改組して貨物を取り扱い、大正10年頃から、レールを取りはずし、トテ馬車となり、自動車を入れ、行田自動車株式会社となったのは大正12年で、昭和15年頃統合されて、歴史を閉じた。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


15-17ページ 『行田史跡物語』
著者: 大澤俊吉
1979(昭和54)年12月20日 初版発行
発行所: 歴史図書社

知りませんでしたわ。。。 馬車鉄道の跡地の近くに「馬車道」レストランが3つもあるのは、行田の馬車鉄道を懐かしんでオーナーが名づけたのでしょうか?

そうかもしれませんよ。

行田船着き場跡でお弁当を食べたのも、行田馬車鉄道の終点の馬車道レストランでカルボナーラを食べたのも、なんだか明治時代に戻ったような気がしますわ。

だから、馬車道レストランのウェイトレスも小百合さんのように明治時代の女学生が着ていた和服と袴で登場したのですよ。


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(laugh16.gif)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。
デンマンさんと小百合さんがカルボナーラを食べたということを聞いたら
急にお腹がすいてきましたわ。

あたくしも何かを作って食べようと思いますわ。
あたくしの好物は 具のたくさん入った“あんかけ焼きそば”でござ~♪~ますう。
あなたのために、作り方を教えますわねぇ。


(joe306.jpg)

どうですか? 美味しそうでしょう?

でも、あたくしは これだけでは満足できませんのよう。
デザートに“たいやき”をいただくのでざ~♪~ますわよう。
うふふふふふふ。。。

最近では、餡に替わってクリームや溶かしたチョコレート、キャラメル、カスタードクリームなどの洋菓子素材を詰めたものもでてきましたわ。

サンドウィッチ式に肉類や生野菜、各種ソースやリゾットなどを挟む「おかずたい焼き」もあらわれました。


(taiyaki5.jpg)

あなたも 好きなものを“たいやき”に詰めてみませんか?

では、あなたのために あたくしが育った地元の京都の“たいやき”をお見せしますわね。
うふふふふふ。。。

お腹がすいてきて、“たいやき”が食べたくなってきたでしょう?
でも、この記事を最後まで読んでから、近くの“たいやき屋さん”に走ってくださいね。

ところで、小百合さんがどうして「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれるのか?
ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。
小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。
小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。
分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


(suikyu9.jpg)

それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。
だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ~~。


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