Posts Tagged ‘芥川龍之介’

舞踏会 明子

2017年2月13日

 

舞踏会 明子

 


(nobelbanquet.jpg)


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旧ソビエト連邦時代のグルジア出身の

アルメニア人音楽家アラム・ハチャトゥリアンの作曲した

仮面舞踏会はミハイル・レールモントフの戯曲

『仮面舞踏会』を題材にした音楽作品で、

当初は劇音楽として作曲されたが、

後に作者本人によって管弦楽のための

組曲に編成された。

この組曲の最初の“ワルツ”に合わせて

ヒロインのナターシャ・ロストワが

初めての舞踏会でアンドレイ・ボルコンスキー公爵と

踊るのだけれど、このシーンが

デンマンの心を最も捉(とら)えたのでした。


ケイトーは明子さんじゃなくて真由美ちゃんと舞踏会で踊ったのォ~?


(kato3.gif)

ん。。。? 僕が明子さんじゃなくて真由美ちゃんと舞踏会で踊ったのですかァ~。。。

私が質問しているのよ。。。 真由美ちゃんとケイトーが踊っている写真が上の中にあるじゃない!

あのねぇ~、それらしい写真がないと面白くないので、真由美ちゃんと僕の写真を貼り付けたのですよ。。。

じゃあ、明子さんというのは、いったい誰なのよゥ?

ちょっと次のリストを見て欲しいのです。。。


(liv70123a3.png)

『拡大する』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の1月22日の日本時間で午後2時9分から午後2時39分までの30分間の「生ログ」です。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しいのですよ。。。

あらっ。。。 1月22日の午後2時31分に Yahoo!で画像検索して『美しい日本語』を読みにやって来たのねぇ~。。。

そういうことです。。。

“美しい日本語”と舞踏会が どのように関係しているのォ~?

あのねぇ~、「リファラ」のリンクをクリックすると次の検索結果が出てくるのですよ。。。


(yah70123c.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

あらっ。。。 「舞踏会 明子」と入れてYahoo!で画像検索したのねぇ~。。。

そうなのですよ。。。  78,500件ヒットするのだけれど、画像検索したネット市民は赤枠で囲んだ写真をクリックしたのです。。。 すると次のページが出てきます。


(yah70123d.png)


『拡大する』

『美しい日本語』

あらっ。。。 この写真の女性が“明子”さんなのォ~?

いや。。。 この女性は明治時代に実在した皇族の女性ですよ。。。 たまたま“舞踏会”という雰囲気にふさわしいと思って記事に載せたのだけれど、明子さんではありません。。。 検索したネット市民は、明らかに芥川龍之介が書いた「舞踏会」という作品に出てくる“明子”さんを探していたようです。。。

芥川龍之介 「舞踏会」


(rokumei02.jpg)

(略) …が、鹿鳴館の中へはいると、間もなく彼女はその不安を忘れるような事件に遭遇した。
と云うは階段のちょうど中ほどまで来かかった時、二人は一足先に上って行く支那の大官に追いついた。
すると大官は肥満した体を開いて、二人を先へ通らせながら、呆れたような視線を明子へ投げた。

初々しい薔薇色の舞踏服、品好く頸へかけた水色のリボン、それから濃い髪に匂っているたった一輪の薔薇の花—実際その夜の明子の姿は、この長い辮髪(べんぱつ)を垂れた支那の大官を驚かすべく、開化の日本の少女の美を遺憾なく具えていたのであった。 (中略)


(rokumei12b.jpg)

二人が階段を上り切ると、二階の舞踏室の入口には、半白の頬髯(ほおひげ)を蓄えた主人役の伯爵が、胸間に幾つかの勲章を帯びて、路易(ルイ)15世式の装いを凝らした年上の伯爵夫人と一緒に、大様(おおよう)に客を迎えていた。
明子はこの伯爵でさえ、彼女の姿を見た時には、その老獪(ろうかい)らしい顔のどこかに、一瞬間無邪気な驚嘆の色が去来したのを見のがさなかった。

人の好(い)い明子の父親は、嬉しそうな微笑を浮かべながら、伯爵とその夫人とへ手短に娘を紹介した。
彼女は羞恥と得意とを交(かわ)る交(がわ)る味わった。
が、その暇にも権高(けんだか)な伯爵夫人の顔立ちに、一点下品な気があるのを感づくだけの余裕があった。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


72-74ページ
『日本人が忘れてしまった美しい日本語』
著者: 佐藤 勝 
2002年8月19日 第1版発行
発行所: 株式会社 主婦と生活社

「舞踏会」は大正9年1月に発表された芥川が書いた短編なのですよ。 鹿鳴館での舞踏会の一夜を描いた前半と、32年後の秋の日を描いた後半とから成り立っているのです。 前半は、明治19年11月3日、今で言えば天皇誕生日に、鹿鳴館での舞踏会にデビューした数え年17歳の明子が経験した忘れえぬ一夜の物語なのです。 上の部分は、その前半の一部です。 明子さんがマジで美しいので彼女を見た「主人公の伯爵」の「老獪らしい顔」にさえ「無邪気な驚嘆の色」が表れてしまうというのですよ。

。。。で、後半は?

後半では、上の場面から32年後の秋の日の事が書かれているのです。 つまり、大正7年の秋なのです。 汽車の中で青年小説家が明子さんと一緒になる。 その時、32年前の舞踏会の思い出を小説家に語るのです。

その思い出というのが上のエピソードの中の老獪(ろうかい)な顔をした伯爵のことですか?

違うのですよ。 実は、伯爵に出会った後で明子さんはフランス海軍将校と踊るのです。 そのフランス人が明子さんの美しさを「ワットオの画の中の御姫様のよう」だと言うのです。

ワットオというのはフランス人の画家なのォ~?

実は、ワットオという呼び方は大正時代の呼び方だったらしい。 ウィキペディアで調べたらアントワーヌ・ヴァトー(Antoine Watteau: 1684年10月10日 – 1721年7月18日)のことですよ。 


(watt00.jpg)

300年前に活躍していた画家です。 Watteau は次のような女性の絵を描いたのです。


(watt06.jpg)


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(watt05.jpg)


(watt02.jpg)


(watt01.jpg)

ケイトーも、こういうタイプの女性が美しいと思うの?

いや。。。 僕が思っている「美しい女性」のタイプとはかなり違いますよ。

ケイトーが想っている「美しい女性」のタイプってぇ、どういうタイプなのォ~?

例えば、イタリア映画 “I girasoli (Sunflower)” に出てきたロシア人 (Masha) を演じた Ludmila Savelyeva (リュドミラ・サベーリエワ) のような女性ですよ。


(sunf07.jpg)

I girasoli – TRAILER

Henry Mancini

Love theme from SUNFLOWER

Ludmila Savelyeva (リュドミラ・サベーリエワ) のような女性が「美しい女性」なのォ~? つまり、ケイトーは白人女性志向なのねぇ~?

違いますよ。 たまたま Watteau の描いた絵にフランス女性が出てきたから白人の女性を取り上げたまでですよ。

日本人だったら。。。?

そうですねぇ~。。。 日本人だったら次のような可愛らしい舞妓さんですよ。

あらっ。。。 ケイトーってぇ、どちらかと言えば幼い感じの女性が好みなのねぇ~。。。? もしかしてロリコンじゃないのォ~?

やだなあああァ~。。。 ロリコンじゃありませんよう! シルヴィーはダイアンも幼い感じを与える女性だと思うわけぇ~?


(2004f.gif)

どちらかと言えばダイアンも熟女と言うよりは幼い感じを与える女性だと思うわ。

でも、いくらなんでもオッパイの感じといい、ヒップのムキムキした感じといい。。。 ロリコンとは違うでしょう!?

とにかく、ケイトーの美人観はフランス人将校とはだいぶ違ってるわよねぇ~。。。

その通りですよ。 僕もかなり違っていると意識しましたよ。

それで、明子さんはその将校と忘れられない思い出があるのォ~?

いや。。。 その夜、鹿鳴館で会っただけですよ。 ただ、二人でバルコニーに出て「ほとんど悲しい気を起こさせるほどそれほど美し」い花火を見ながら言葉を交わすのです。

どのような。。。?

「私は花火のことを考えていたのです。 我々の生(ヴィ)のような花火の事を」とフランス人の将校は言うのです。 花火は一瞬美しく輝いて永遠に真暗な闇の中に沈んでゆくので、そこにフランス人将校は「我々の生(ヴィ)」の象徴を見ていたと言いたかったのですよ。 つまり、人形のように美しい明子も、一瞬輝いて闇に消えてゆく。。。 美しさとはそのようなものと芥川は捉(とら)えていたのですよ、多分。。。 おそらく芥川がフランス人の口を借りて、そのように言わせたのですよ。

ただ、それだけのことですか?

そうです。 フランス人将校と明子さんとの間にそれ以上の発展はない。 ただ、物語を読んでゆくと僕はハッとしてある驚きを感じたのですよ。

どのような。。。?

明子さんの話を聞きながら、小説家は話の中の海軍将校がピーエル・ロティである事を知るのです。

あの『Madame Chrysanthème (お菊夫人)』を書いた作家ですか?

そうです。 芥川は短編の中で49歳の明子さんに次のように言わせているのですよ。


(hara901.jpg)

存じて居りますとも。 Julien Viaud (ジュリアン・ヴィオ)と仰有る方でございました。


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あなたも御承知でいらっしゃいましょう。 これはあの『お菊夫人』を御書きになった、ピエール・ロティと仰有る方の御本名でございますから。。。


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「お菊」さんのモデルになった「オカネ」さん


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ケイトーにとってぇ、明子さんが鹿鳴館でピエール・ロティに出会ったということがそれほどの驚きなのォ~?

あのねぇ~、ピエール・ロティは1885年と1900~1901年の二度、日本へやって来ているのですよ。 鹿鳴館のパーティに出たのは1885年に日本へやって来た時なのです。 でもねぇ~、『お菊夫人』の中では芥川が『舞踏会』で書いているようなことは言ってないのですよ。

どのよなことを言ってるのですか?

鹿鳴館でダンスを踊る日本人を「しとやかに伏せた睫毛の下で左右に動かしている、巴旦杏(アーモンド)のようにつり上がった眼をした、大そうまるくて平べったい、小っぽけな顔」「個性的な独創がなく、ただ自動人形のように踊るだけ」「何と醜く、卑しく、また何とグロテスクなことだろう!」と書いている。

あらっ。。。 ピエール・ロティは日本人に対して蔑視に近い念を抱いていたということじゃない!?

だから、そのように言う評論家も多いのですよ。 でもねぇ、もしピエール・ロティが『Madame Chrysanthème (お菊夫人)』を書かなかったら、ヨーロッパやアメリカでの日本女性の人気はなかったのですよ。

でも、「(鹿鳴館でダンスを踊る日本人は)何と醜く、卑しく、また何とグロテスクなことだろう!」と書いているのでしょう?

でもねぇ~、そういう悪い事ばかりを書いているわけじゃない。 ヨーロッパ人やアメリカ人が読んだら、「日本へ行って、ぜひとも日本のきれいな女性とロマンスを味わいたい」というような夢を膨らませるようなことも書いている。

マジで。。。?

もちろんですよ。 あの有名なプッチーニのオペラ『蝶々夫人 (Madame Butterfly)』も。。。、また最近では、1989年9月20日にロンドンのウエストエンドで初演されたミュージカル『ミス・サイゴン (Miss Saigon)』も、ピエール・ロティの『お菊夫人(Madame Chrysanthème)』をストーリーのベースにしているのですよ。

Madame Butterfly

Miss Saigon

でも、ピエール・ロティがそれほどの影響をマジで与えたのかしら?

じゃあねぇ~、駄目押しのエピソードをシルヴィーのために、ここに載せますよ。 読んでみてください。


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チェーホフは2月に日露戦争がはじまったあとの明治37(1904)年7月15日(グレゴリ暦)に亡くなった。
その3日前の友人あての手紙で、日本が戦争に敗北するのを予想して、「悲しい思いにかられている」と記した。
そして死の床についたとき、ぽつんと「日本人」(単数形)と呟いたという。
夫人のクニッペルがちょっとシャンパンを口に含ませた。
するとチェーホフはドイツ語ではっきりと医師に「Ich sterbe」(死にます)といい、それから夫人の顔を見て微笑んで「長いことシャンパンを飲んでいなかったね」と語りかけ、静かに横になり、眼をつむり、そのまま永遠の眠りについた。
午前3時であった。

まるで一場の芝居をみるようであるが、日本に来たこともないチェーホフが、死の床で日本と日本人にたいして何やらの想いを吐露しているようで、すこぶる不思議ではないか。

ところが、そのナゾが中本信幸氏の『チェーホフのなかの日本』(大和書房)を読むことでスパッと解けた(ような気がする)。

明治23(1890)年の春、彼はサハリン(樺太)への長途の旅にでた、その帰り道の途中のこと。
ときは6月26日、ところは中国と国境が接しているアムール河ぞいのブラゴヴェシチェンスクである。
ここで何事かが起こった。

翌27日、チェーホフは友人の作家スヴォーリンに手紙を書いているそうな。
「……羞恥心を、日本女は独特に理解しているようなのです。
彼女はあのとき明かりを消さないし、あれやこれやを日本語でどういうのかという問いに、彼女は率直に答え……ロシア女のようにもったいぶらないし、気どらない。
たえず笑みを浮かべ、言葉少なだ。
だが、あの事にかけては絶妙な手並みを見せ、そのため女を買っているのではなくて、最高に調教された馬に乗っているような気になるのです。
事がすむと、日本女は袖から懐紙をとりだし『坊や』をつかみ、意外なことに拭いてくれます。
紙が腹にこそばゆく当たるのです。
そして、こうしたことすべてをコケティッシュに、笑いながら……」
と書き綴ってきて、最後に記すのである。

「ぼくはアムールに惚れこんでいます。
2年ほどここで暮らせたらもっけの幸いと思うのです。
美しく、広々として、自由で、暖かい。
スイスやフランスでも、このような自由を1回も味わったことはありません」
アムール河畔でのたった一夜の契り。
だが「ぼくはアムールに惚れこんでいる」とまでいう。

当時、シベリア沿海州には、日本人の“からゆきさん”が多くいたことは記録にも見えている。
その中の一人が、チェーホフに優しさと暖かさというイメージ(夢)を抱かせ、その想いがふくらみ、ついに名作『桜の園』を生ましめた。
「庭は一面真っ白だ。 …… 月光に白く光るんだ」(ガーエフ)、
「すばらしいお庭、白い花が沢山」(ラネーフスカヤ)、
こうした日本の桜の純白の美しさを教えたのは、実に、その言葉少なな日本女であった。


(chehogh4.jpg)

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


237-239ページ
『ぶらり日本史散策』
著者: 半藤一利 
2010年4月15日 第1版発行
発行所: 株式会社 文藝春秋

つまり、チェーホフがアムール河ぞいのブラゴヴェシチェンスクで日本人の「からゆきさん」に会ったのはピエール・ロティの『Madame Chrysanthème (お菊夫人)』の影響だと言いたいのォ~?

その通りですよ。 チェーホフは1890年の4月から12月にかけて当時流刑地として使用されていたサハリン島へ「突然」でかけたのですよ。

どうして。。。?

あのねぇ~、ピエール・ロティの『Madame Chrysanthème (お菊夫人)』が出版されたのは1887年なのですよ。

つまり、チェーホフは『Madame Chrysanthème (お菊夫人)』を読んで、それでサハリン(樺太)への長途の旅の帰り道にアムール河ぞいのブラゴヴェシチェンスクに立ち寄り日本人の「からゆきさん」に会ったと。。。?

その通りですよ。 『Madame Chrysanthème (お菊夫人)』には、それほどの影響力があったということです。


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【ジューンの独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたはオペラ『蝶々夫人』を観たことがありますか?

もし、興味があったらここに2時間のオペラを貼り出しますので、

時間があったら観てください。。。


(chocho87.jpg)

ところで、シルヴィーさんのことをもっと知りたかったら次の記事を読んでください。


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『角さんと原発と天罰(2013年1月5日)』

『真紀子落選(2013年1月14日)』

『野火(2013年1月18日)』

『タイタニックと国際化(2013年2月1日)』

『宮澤理恵@Macao(2013年2月28日)』


(sunwind2.gif)

『チョコレートと軍産複合体』

『チョコレートと甘い権力』

『CIAの黒い糸』

『美しい日本語再び』

『宮沢りえブーム?』

『また、宮沢りえ?』

『浅間山噴火とフランス革命』

『なぜアクセスが急増したの?』

『気になる検索ワード』

『なぜ塩野七生批判』

『その検査、ムカつく!』

『宮沢りえと床上手な女』

『MH370ミステリー』

『なぜ死刑廃止?』

『真犯人はそこにいる』

『MH370ミステリー裏話』

『お裁きを信じますから』

『ジャルパックと国際化』

『古代ローマのセックス』

『CIAとノーパン』

『エロいローマ再び』

『エロいけれどためになる話』

『えろあくにめ温泉』

『エロいけれどためになる』

『地球上のネット普及率』

『原発はダメだったのに』

『スカートをはいた兵隊』

『行田シンドローム』

『幻の暴走機関車』

『CIA@NOパンツ』

『やっぱり、セックス』

『セックス風呂具村』

『CIAの黒い手再び』

『アダムとイブは何を食べたの』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に
ネットサーフィンしましょう。
じゃあね。バーィ。


(hand.gif)


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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平成の紫式部、橘卑弥子でござ~ます
(himiko92.jpg)

『卑弥子の源氏物語』

『平成の紫式部』

■ めれんげさんの『即興の詩』

■ めれんげさんの『極私的詩集』

Jagel - Soft Japanese Bagel
(bagel702.jpg)

■ “JAGEL – Soft Japanese Bagel”


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肥後ずいき人気

2014年8月29日

 

肥後ずいき人気

 


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(hasuimo5.jpg)


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デンマンさん。。。 今日は、“肥後ずいき”を使った料理の話やのォ~。。。?


(kato3.gif)

ん。。。? “肥後ずいき”を使った料理の話。。。?

そやかてぇ~、おいしそうな料理が4つも並んでおりますやん。 どれも“肥後ずいき”を使ってますのやろう?

確かに、上の4品は どれも“肥後ずいき”を使っておるねん。

そやから、誰がこの記事を読み始めても、当然 “肥後ずいき”を使った料理の話やと思いますねん。

そやけど ちゃうねん。

そんなら どないなわけで おいしそうな料理の品を並べやはったん?

あのなァ~、この記事を読む人に 楽しい驚きを与えるためやんかァ~。。。

楽しい驚きってぇ~、いったい、どないなことやねん?

ちょっと次のリストを見て欲しい。


(liv40827d.png)

これはライブドアの わての『徒然ブログ』の8月1日から27日の27日間の「リンク元URL」のリストやねん。。。 赤枠で囲んである箇所を見れば解るように “肥後ずいき”がタイトルに含まれている記事を読みはったネット市民の皆様が仰山(ぎょうさん)おるねん。

あらっ。。。 4番の『肥後ずいきと龍之介』というのんは、芥川龍之介が“肥後ずいき”を使った料理を好んでいたということを書いたものやのォ~?

何度も言うように、“肥後ずいき”を使った料理とは関係あらへん!

。。。んで、4番のリンクをクリックすると どないなページが出てくるのォ~?

次のページが出てきよる。


(mat40829.png)

『実際のページ』

リストの6番目に『肥後ずいきと龍之介』が出てくるねん。

あらっ。。。 やっぱり、“肥後ずいき”を使った料理の写真が出てきますやん。

あのなァ~、上のページのタイトルを見てみィ~なァ~!

“江戸の性具”と書いてありますやん。

そうやァ~。。。 そやから、上のページも“肥後ずいき”を使った料理を紹介しているわけやあらへんでぇ~。。。

つまり、江戸時代の大人のおもちゃかいなァ~。。。

そういうこっちゃがなァ~。。。

つまり、芥川龍之介も江戸時代の“大人のおもちゃ”を愛用していたと、あんさんは言わはるのォ~?

めれちゃんも、そう思うのかァ~?

ちゃいますがなァ~。。。 わたしは、あんさんに お尋ねしてますねん。 はよう答えんかいなァ~!

あのなァ~、実は記事の中でめれちゃんと対話しているのやでぇ~。。。 めれちゃんはすっかり忘れてしもうたようやなァ~。。。 とにかく、その箇所を書き出すさかいに、じっくりと読んでみたらえ~やん。


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芥川が「知っている」書の中に、『如意君伝』なるタイトルが見える。
この本は、作家・駒田信二氏によれば、「中国風流本の四大奇書」の一書だそうである。
他の三書は『痴婆子伝』 『肉蒲団』 『杏花天』 だそうで、芥川は全部読んでいたことになる。
駒田氏の教示に従い、『如意君伝』の素性を紹介しよう。

この本は中国では禁書となり、押収されて滅びてしまった。
ところが、わが国に伝わり、宝暦13(1763)年に日本橋南通3丁目の小川彦九郎、同庄七の手で和訓本の体裁で発行された。

その4年後、翻訳書が出版された。
『通俗如意君伝』である。


(nyoi02.jpg)


(nyoi03.jpg)

翻訳者は「自辞矛斎蒙陸(じじむさいもうろく)」という。
中野三敏氏の研究では、この狂号のぬしは山口輝雄(きゆう)という。
通俗は、わかりやすいという意味である。

 (中略)

本編の主人公は、独裁者、則天武后である。
この恐るべき女傑のお相手をつとめるのが、「如意君」、彼は何者であるか?

薛敖曹(せつごうそう)という。
背が高く、色白のはなはだ美しい若者で、色男に似ず頭が優れており、読書を好み諸芸に通じ、おまけに酒が強い。
変わっているのは、「肉具ハナハダ壮大ニシテ常ノ人」ならず、男の一物が馬鹿に大きかったというのである。
何でも頭から根まで筋ばっていてミミズのようで、怒ると頭は蝸牛(かたつむり)の如く、竿は皮を剥ぎたる兎の如し、突き立つ雁首に一斗の粟(あわ)を入れた袋を下げてもたるることなし、というから力も強い。
遊郭の女は皆恐れて、叫びながら逃げ去る。

 (中略)


(sokuten2.jpg)

「頃(このころ)太后スデニ六十余歳に及ビ玉ヘドモ。 淫心サカンナルママニ」肉具の大なる男を召し入れては寵愛する。

牛晋卿(ぎゅうしんけい)という宦官(かんがん)が、武后のかすかな溜息を聞き、恐れながら、としゃしゃりでる。
声をひそめて奏上することは、かの薛敖曹のことである。
武后の目が光る。
晋卿の郷里の者という。
聞くに従い、よだれをが流れだした。
そなた、早速その者を連れて参れ、と命ず。

 (中略)

晋卿、ささやきていわく、君の肉具に合う容器は武后以外に無し、この機会を逸すと君は、人道(男女の交わり)を知らないで終わるぞ。
この時、敖曹、30歳である。
晋卿の、人道うんぬんに、たちまち心がぐらついたというのだから、まあ大した男ではない。
もっとも大した男だったら、春本に登場するはずがない。
春本の読者にすれば、こんな嬉しい人物はいないのである。

 (中略)


(asura2.jpg)

奈良後期の女帝、孝謙帝に重用された、河内の人、弓削道鏡(ゆげのどうきょう)は実在の僧だが、彼は宮中に入って病気を治した功で帝に信頼されたのだった。
このくだりは、ロシア帝政末期の怪僧ラスプーチンと似ている。
道鏡は太政大臣禅師に昇任し、ついには法王にもなった。
野望はさらに募り、宇佐八幡のお告げと称して皇位の継承を企てた。
孝謙帝が亡くなられて失脚したが、道鏡が女帝に目をかけられた理由が巨根だったから、という俗説は、恐らく『如意君伝』がわが国に伝えられてからのことと考えて間違いあるまい。

『如意君伝』が成立したのは明代らしく、日本の室町時代である
いつごろ原本が伝来したのか不明だが、江戸期には知識人の間で読まれていた様子である
紹介した『通俗如意君伝』が出版された前後から、道鏡と巨根を結びつけた川柳が、続々と詠まれている。


(doukyoux.gif)

道鏡はすわるとひざが三つ出来

「ちんぽこめらと公卿(くげ)を嘲弄す」

「公家めらがやきおりますと道鏡言い」

(注: 写真とイラストはデンマンが貼り付けました。
読み易いように改行を加えています。
赤字はデンマンが強調のため)


175-187ページ 『春本を愉しむ』
著者: 出久根達郎 2009年9月20日発行
発行所: 株式会社 新潮社

『肥後ずいきと龍之介』に掲載。
(2012年7月7日)

上の小文を読んでも“性具”が出てこんやないのォ~?

そやから、上の記事で不満になったネット市民は更に GOOGLE で“肥後ずいき”を入れて検索するねん。


(gog20707.gif)

“肥後ずいき”を入れて検索すると『肥後ズイキが性具になったきっかけは?』が出てきよる。


(liv50307e.png)

『実際の記事』

でもなァ~、この記事は2005年の3月7日に投稿したものやがなァ~。。。

字ばっかりでぇ~、写真を一枚も貼り付けておらんやないのォ~。。。 なんやァ、つまらんわァ~。。。

そうやろなァ~。。。 わても そう思うたさかいに、上の記事を目指して読みにやって来るネット市民の皆様のために更新したのやがなァ~。。。 ちょっと、次の検索結果を見て欲しい。


(gog40829z.png)

『現時点での検索結果』

赤枠で囲んであるのが その更新した記事やがなァ~。。。

22時間前と書いてありますやん。

そうやァ~、昨日 更新したばかりでぇ~。。。


(wp40828e.png)

『実際の記事』

上の記事を読むと不満を持った人たちも満ち足りた気分になれるん?

めれちゃんも、絶対に ワクワクしながら読めるねん。 なぜなら大奥のビデオ・クリップも貼り付けたさかいになァ~。。。


(ooku201.jpg)



(laugh16.gif)

【レンゲの独り言】


(manila07.gif)

ですってぇ~。。。
大奥のお話は あたしも興味がありますわァ。
テレビでも 以前やっていましたよねぇ~。。。
あなたはご覧になりましたか?


(ooku200.jpg)

ところで、めれんげさんは『即興の詩』サイトを再開することにしました。

つまり、ブログを通して「愛のコラボ」を続けようと決めました。

めれんげさんの『即興の詩』サイト

再開して間もないのに 検索結果 3,960,000件中の 9位に躍り出るなんてすごいですよね。


(gog30703.gif)

『現時点での検索結果』

すぐ上のリンクをクリックしてみれば解るように

現在では めれんげさんの「即興の詩をはじめめました!」の『極私的詩集』サイトがトップを占めています。


(gog40824.png)

検索エンジン最適化をいつも考えて頑張っている人には

「どうしたら、そんなに上位に掲載されるのォ~?」と不思議に思えたり羨ましく思えるかもしれません。

その秘訣を知りたかったらデンマンさんが面白い記事を書いていますわ。

次のリンクをクリックして読んでみてください。

『おばさんの下着に見るSEO』

ところで、めれんげさんは可愛い猫を飼っていますが
あなたも、猫ちゃんを飼っていますか?
ええっ。。。 ワンワンちゃんを飼っているのですか?

そういえばデンマンさんが『ワンワンちゃん』という面白い記事を書いていました。
気が向いたら下のリンクをクリックして読んでみてください。


(dog202.jpg)

『ワンワンちゃん』

とにかく、次回も興味深い話題が続きます。
あなたもどうか、また読みに戻ってきてくださいね。
では、また。。。


(hand.gif)


(surfing9.gif)

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『花火の愛と小さな赤い花』

『めれちゃん、元気出して!』

『めれちゃんとカフカ』

『めれちゃんと詩と下着』

『めれちゃんの人気』

『めれちゃん、お呼びですやん!』

『平成の悲しい実話』

『乱交パーティーとめれちゃん』

『居酒屋とめれちゃん』

『立ち上がるめれちゃん』

『愛にあふれる未来』

『乱交パーティーと表現者』

『めれちゃん@天国と地獄』

『めれちゃんとにこちゃん』

『塩野七生とめれちゃん』

『午前4時の薄着の女』

『地球の最後に』

『めれちゃんと愛のピアノ』

『めれちゃんとサビーナ』

『どMなの?』

『愛は大海原を越えて』

『2度目の火あぶり』

『ニーチェとエロい画像』

『ニーチェとめれちゃん』

『ニーチェと吉田兼好』

『めれちゃん、すごいね』

『めれちゃん、おはよう』

『夏目漱石と南方熊楠』

『めれちゃん、どうちたのォ~?』

『めれちゃんの悦び』

『性愛サイトとめれちゃん』

『Myぬこが便秘で…』

『Myぬこの愛と恋愛』

『寂しがり屋のめれちゃん』

『くだる本とくだらない本』

『腑に落ちる話』

『めれちゃん、落ち込んでるの?』

『フルトヴェングラーの愛』

『忘れられない愛の言葉』

『死に向かう心の旅路』

『イメージの魅惑と衝撃』

『フルトヴェングラーと芭蕉』

『愛という名の心の旅路』

『永遠の愛と世界』

『世界に広がる愛』

『かわいい@ネット』

『愛の絆・永久の絆』

『すごいネット』

『表現者 めれちゃん』

『めれちゃんとすごいネット』

『下つき上つき』

『愛の現実@ネット』

『すべてを解き放って』

『みたよの喜びとムカツキ』

『2億年後の愛』

『赤ちょうちんとそば湯』

『猫と裸エプロン』


(june24b.jpg)

こんにちはジューンです。

卑弥子さんが面白いお話を集めて

楽しいサイトを作りました。

次のリンクをクリックして

ぜひ覗いてみてくださいね。

■ 『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ


(beach02.jpg)


(byebye.gif)

乱交パーティーと表現者

2013年11月4日

 
 
乱交パーティーと表現者
 
 

(party999.jpg)


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乱交パーティーとめれちゃん
 
 

(beach02.jpg)


(merange12.jpg)
 
 
2013年10月31日 7:15 PM

めれんげです。
この記事読んで、ドッキリ(;一_一)ですよ。
図星を突かれたと言うか・・・

”めれちゃんは自分のおかれている
現実にたいして
多くの不満を持ち、
そのうち想像と妄想を結実させ、
「乱交パーティー」を書いた。


(yapuh1.gif)

人の欲望、不平、不満は、
時に妄言などを生み出し、
何らかの「アンチ」な行動に向かわせる。
それが社会を動かす力となるか、
ただの変人呼ばわりで終わるかは、
本人の死後、評価が決まるかもしれない。”

デンマンさん・・・
さすがと言うか、「めれんげオタク」ですね。
わたしのネット関係での、
最も古い知り合いの方たちの中の、
長老がデンマンさんですよ・・・

参りました(>_<)


『乱交パーティーとめれちゃん』のコメント欄より
【デンマンのブログ】

デンマンさん。。。 また“乱交パーティー”を取り上げはったん?

あきまへんかァ~。。。

そやかて、何度も何度も繰り返し取り上げはったら、この記事を読みはるネット市民の皆さんも“ええかげんにせ~へんかァ!”と思いはるでぇ~。。。

そないなことはあらへん。

なんでぇ、あんさんはそないに断定しやはるのォ~?

そやかて、めれちゃんが書いた「乱交パーティー」はダントツで読まれたのやがなァ!

その証拠でもあるのォ~?

もちろんやァ! 次のスクリーン・ショットを見てみィ~なァ。


(mer31005b.gif)

『実際のページ』

上の画面の“人気記事”のリストを見てみィ~なァ。 9月28日から10月4日までの1週間に、述べ97人のネット市民の皆様が読みはったのやでぇ~・・・ つまり、この週にめれちゃんの『極私的詩集』サイトを訪れた ほとんどすべての人が「乱交パーティー」を読んだということになるねん。

つまり、この事を言いたいために、この記事を書き始めたん?

いや。。。 それだけとちゃうでぇ~。。。

他に何が言いたいねん?

ちょっと次のメッセージのやり取りを読んで欲しいねん。

差出人めれんげ(merange)
受信日時2013.11.01 05:00:02

件名: ルンルン気分で

更新してね。

メッセージ

> 人生は一度だけです。
> 表現者のメレンゲになって人生を十二分に謳歌してね。
> きゃははははは。。。
> 期待してます。
> 応援してますよ。

ありがとうございます。
今回は私生活でアクシデントが
立て続けに起きて、
「めれんげ」としてのわたしが
瀕死の状態に陥りました。
でも、思い出しました。
戯作三昧。
虚構の春。
いやいや・・・
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E7%8D%84%E5%A4%89
それくらいのパワーがあれば・・・
怖いけど。

 

宛先merange_as 送信日時2013.11.04

件名: 表現者は自然死するまで

表現するのが宿命です!

> ありがとうございます。
> 今回は私生活でアクシデントが
> 立て続けに起きて、
> 「めれんげ」としてのわたしが
> 瀕死の状態に陥りました。
> でも、思い出しました。
> 戯作三昧。
> 虚構の春。
> いやいや・・・

> http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E7%8D%84%E5%A4%89
 (ウィキペディア「地獄変」)

> それくらいのパワーがあれば・・・
> 怖いけど。

メッセージ

うん、うん、うん。。。
表現者ねぇ~

地獄変


(hell100.jpg)

良秀には娘がいた。親に似もつかないかわいらしい容貌とやさしい性格の持ち主で、当時権勢を誇っていた堀川の大殿に見初められ、女御として屋敷に上がった。


(hell103.jpg)


(hell102.jpg)

娘を溺愛していた良秀はこれに不満で、事あるごとに娘を返すよう大殿に言上していたため、彼の才能を買っていた大殿の心象を悪くしていく。一方、良秀の娘も、大殿の心を受け入れない。

そんなある時、良秀は大殿から「地獄変」の屏風絵を描くよう命じられる。話を受け入れた良秀だが、「実際に見たものしか描けない」彼は、地獄絵図を描くために弟子を鎖で縛り上げ、梟につつかせるなど、狂人さながらの行動をとる。こうして絵は8割がた出来上がったが、どうしても仕上がらない。


(hell104.jpg)

燃え上がる牛車の中で焼け死ぬ女房の姿を書き加えたいが、どうしても描けない。つまり、実際に車の中で女が焼け死ぬ光景を見たい、と大殿に訴える。話を聞いた大殿は、その申し出を異様な笑みを浮かべつつ受け入れる。

当日、都から離れた荒れ屋敷に呼び出された良秀は、車に閉じ込められたわが娘の姿を見せつけられる。


(hell105.jpg)

しかし彼は嘆くでも怒るでもなく、陶酔しつつ事の成り行きを見守る。やがて車に火がかけられ、縛り上げられた娘は身もだえしつつ、纏った豪華な衣装とともに焼け焦がれていく。その姿を父である良秀は、驚きや悲しみを超越した、厳かな表情で眺めていた。娘の火刑を命じた殿すら、その恐ろしさ、絵師良秀の執念に圧倒され、青ざめるばかりであった。やがて良秀は見事な地獄変の屏風を描き終える。日ごろ彼を悪く言う者たちも、絵のできばえには舌を巻くばかりだった。絵を献上した数日後、良秀は部屋で縊死する。


出典: ウィキペディア「地獄変」

でもねぇ~。。。 自殺するのは自分に対する冒涜だと思うんだよね。
書き続けて、表現し続けて死ぬのが表現者の宿命だとデンマンは信じています。

めれちゃんも、飽くことなく表現しきって寿命を全うしてください。
表現者は自然死するまで表現するのが宿命です!
自殺は表現者自身を冒涜することです。
きゃはははは・・・

あんさんは笑いでしめくくりはってるけど、これってぇ、マジやのォ~・・・?

わては真面目に言うてるのやでぇ~・・・ わては、めれちゃんの「乱交パーティー」を読んで、マジで「地獄変」を描いた良秀の才能と同じような狂気に似た才能をめれちゃんの中に見たのやがなァ~。

ホンマにィ~・・・?

もちろんやァ!

・・・つうことわァ~、あんさんも わたしが良秀のように最後には、わたしの部屋で縊死すると思うてはるのォ~?

そうやがなァ~。。。 それで、そないなアホな真似だけはせんようにと、こうして記事を書き始めたのやないかいなァ。


(laugh16.gif)

【レンゲの独り言】


(manila07.gif)

ですってぇ~。。。
たぶん、デンマンさんの思い過ごしですわ。
めれんげさんは、そう簡単に、あの世に逝かないと思いますう。

ところで、めれんげさんは長い休止期間の後で『即興の詩』サイトを再開しました。
愛の詩や愛の短歌を投稿してきました。

めれんげさんの『即興の詩』サイト

再開して間もないのに 検索結果 3,960,000件中の 9位に躍り出るなんてすごいですよね。


(gog30703.gif)

『現時点での検索結果』

検索エンジン最適化をいつも考えて頑張っている人には
「どうしたら、そんなに上位に掲載されるのォ~?」と不思議に思えたり羨ましく思えるかもしれません。

その秘訣を知りたかったらデンマンさんが面白い記事を書いていますわ。
次のリンクをクリックして読んでみてください。

『おばさんの下着に見るSEO』

あなたも、猫ちゃんを飼っていますか?
ええっ。。。 ワンワンちゃんを飼っているのですか?

そういえばデンマンさんが『ワンワンちゃん』という面白い記事を書いていました。
気が向いたら下のリンクをクリックして読んでみてください。


(dog202.jpg)

『ワンワンちゃん』

とにかく、次回も興味深い話題が続きます。
あなたもどうか、また読みに戻ってきてくださいね。
では、また。。。


(hand.gif)


(surfing9.gif)

メチャ面白い、

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(linger49.gif)


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『めれちゃんの人気』

『めれちゃん、お呼びですやん!』

『「即興の詩」と応援アプリ』

『平成の悲しい実話』

『乱交パーティーとめれちゃん』

『居酒屋とめれちゃん』

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(beach02.jpg)


(byebye.gif)

美しい日本語

2013年3月16日

 

美しい日本語

 

 
(kuge03.jpg+maiko19.png)


ケイトーは日本語が美しいと思っているの?


(kato3.gif)

いや。。。 特に日本語が美しいとは思いませんよ。

でも、タイトルにそう書いてあるじゃない?

僕がそう思ったから書いたのではないのですよ。

じゃあ、誰がそう思ったのよ?

実は、バンクーバー市立図書館で次の本を借りたのです。


(lib30305b.gif)

つまり、赤枠で囲んである本を読んだのね?

そうです。 『日本人が忘れてしまった美しい日本語』というタイトルなのですよ。

それで今日はその日本人が忘れてしまった美しい日本語の話をするの?

そうです。。。 いけませんか?

別にいけなくはないけれど、それほど美しい日本語がマジであるのォ~?

やっぱり、シルヴィーもそう思う?

だってぇ~、言葉なんて生活に欠かせない、いわば道具でしょう? 普段使っている言葉を特に美しいと感じることなんてないわよね。

だから、本の著者も、たぶん、そう思っていたのですよ。 でもねぇ、古い本を取り出して読んでみると、もう普段使わなくなってしまった。。。つまり、ほとんどの日本人が忘れてしまった言葉の中に美しい日本を再発見したというのですよ。

。。。で、具体的にどのような言葉が美しいと言ってるのォ~?

じゃあ、次の小文を読んでみてください。

芥川龍之介 「舞踏会」


(rokumei02.jpg)

(略) …が、鹿鳴館の中へはいると、間もなく彼女はその不安を忘れるような事件に遭遇した。
と云うは階段のちょうど中ほどまで来かかった時、二人は一足先に上って行く支那の大官に追いついた。
すると大官は肥満した体を開いて、二人を先へ通らせながら、呆れたような視線を明子へ投げた。
初々しい薔薇色の舞踏服、品好く頸へかけた水色のリボン、それから濃い髪に匂っているたった一輪の薔薇の花—実際その夜の明子の姿は、この長い辮髪(べんぱつ)を垂れた支那の大官を驚かすべく、開化の日本の少女の美を遺憾なく具えていたのであった。 (中略)


(rokumei12b.jpg)

二人が階段を上り切ると、二階の舞踏室の入口には、半白の頬髯(ほおひげ)を蓄えた主人役の伯爵が、胸間に幾つかの勲章を帯びて、路易(ルイ)15世式の装いを凝らした年上の伯爵夫人と一緒に、大様(おおよう)に客を迎えていた。
明子はこの伯爵でさえ、彼女の姿を見た時には、その老獪(ろうかい)らしい顔のどこかに、一瞬間無邪気な驚嘆の色が去来したのを見のがさなかった。
人の好(い)い明子の父親は、嬉しそうな微笑を浮かべながら、伯爵とその夫人とへ手短に娘を紹介した。
彼女は羞恥と得意とを交(かわ)る交(がわ)る味わった。
が、その暇にも権高(けんだか)な伯爵夫人の顔立ちに、一点下品な気があるのを感づくだけの余裕があった。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


72-74ページ
『日本人が忘れてしまった美しい日本語』
著者: 佐藤 勝 
2002年8月19日 第1版発行
発行所: 株式会社 主婦と生活社

著者は赤字で書いてある老獪(ろうかい)が美しい日本語だと言ってるのォ~?

そうらしいのですよ。

私は特に美しいとは思わないけれど。。。

僕も同感ですよ。。。 むしろ「老獪」という言葉には僕は醜さを感じますよ。 ただ、引用されている芥川龍之介の「舞踏会」という作品は美しいと思いました。

どういうところが。。。?

「舞踏会」は大正9年1月に発表された短編なのですよ。 鹿鳴館での舞踏会の一夜を描いた前半と、32年後の秋の日を描いた後半とから成り立っているのです。 前半は、明治19年11月3日、今で言えば天皇誕生日に、鹿鳴館での舞踏会にデビューした数え年17歳の明子が経験した忘れえぬ一夜の物語なのです。 上の部分は、その前半の一部です。 明子さんがマジで美しいので彼女を見た「主人公の伯爵」の「老獪らしい顔」にさえ「無邪気な驚嘆の色」が表れてしまうというのですよ。

。。。で、後半は?

後半では、上の場面から32年後の秋の日の事が書かれているのです。 つまり、大正7年の秋なのです。 汽車の中で青年小説家が明子さんと一緒になる。 その時、32年前の舞踏会の思い出を小説家に語るのです。

その思い出というのが上のエピソードの中の老獪(ろうかい)な顔をした伯爵のことですか?

違うのですよ。 実は、伯爵に出会った後で明子さんはフランス海軍将校と踊るのです。 そのフランス人が明子さんの美しさを「ワットオの画の中の御姫様のよう」だと言うのです。

ワットオというのはフランス人の画家なのォ~?

実は、ワットオという呼び方は大正時代の呼び方だったらしい。 ウィキペディアで調べたらアントワーヌ・ヴァトー(Antoine Watteau: 1684年10月10日 – 1721年7月18日)のことですよ。 


(watt00.jpg)

300年前に活躍していた画家です。 Watteau は次のような女性の絵を描いたのです。


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(watt01.jpg)

ケイトーも、こういうタイプの女性が美しいと思うの?

いや。。。 僕が思っている「美しい女性」のタイプとはかなり違いますよ。

ケイトーが想っている「美しい女性」のタイプってぇ、どういうタイプなのォ~?

例えば、イタリア映画 “I girasoli (Sunflower)” に出てきたロシア人 (Masha) を演じた Ludmila Savelyeva (リュドミラ・サベーリエワ) のような女性ですよ。


(sunf07.jpg)

I girasoli – TRAILER

Henry Mancini

Love theme from SUNFLOWER

Ludmila Savelyeva (リュドミラ・サベーリエワ) のような女性が「美しい女性」なのォ~? つまり、ケイトーは白人女性志向なのねぇ~?

違いますよ。 たまたま Watteau の描いた絵にフランス女性が出てきたから白人の女性を取り上げたまでですよ。

日本人だったら。。。?

だから、この冒頭に取り上げたような可愛らしい舞妓さんですよ。

あらっ。。。 ケイトーってぇ、どちらかと言えば幼い感じの女性が好みなのねぇ~。。。? もしかしてロリコンじゃないのォ~?

やだなあああァ~。。。 ロリコンじゃありませんよう! シルヴィーはダイアンも幼い感じを与える女性だと思うわけぇ~?


(2004f.gif)

どちらかと言えばダイアンも熟女と言うよりは幼い感じを与える女性だと思うわ。

でも、いくらなんでもオッパイの感じといい、ヒップのムキムキした感じといい。。。 ロリコンとは違うでしょう!?

とにかく、ケイトーの美人観はフランス人将校とはだいぶ違ってるわよねぇ~。

その通りですよ。 僕もかなり違っていると意識しましたよ。

それで、明子さんはその将校と忘れられない思い出があるのォ~?

いや。。。 その夜、鹿鳴館で会っただけですよ。 ただ、二人でバルコニーに出て「ほとんど悲しい気を起こさせるほどそれほど美し」い花火を見ながら言葉を交わすのです。

どのような。。。?

「私は花火のことを考えていたのです。 我々の生(ヴィ)のような花火の事を」とフランス人の将校は言うのです。 花火は一瞬美しく輝いて永遠に真暗な闇の中に沈んでゆくので、そこにフランス人将校は「我々の生(ヴィ)」の象徴を見ていたと言いたかったのですよ。 つまり、人形のように美しい明子も、一瞬輝いて闇に消えてゆく。。。 美しさとはそのようなものと芥川は捉(とら)えていたのですよ、多分。。。 おそらく芥川がフランス人の口を借りて、そのように言わせたのですよ。

ただ、それだけのことですか?

そうです。 フランス人将校と明子さんとの間にそれ以上の発展はない。 ただ、物語を読んでゆくと僕はハッとしてある驚きを感じたのですよ。

どのような。。。?

明子さんの話を聞きながら、小説家は話の中の海軍将校がピーエル・ロティである事を知るのです。

あの『Madame Chrysanthème (お菊夫人)』を書いた作家ですか?

そうです。 芥川は短編の中で49歳の明子さんに次のように言わせているのですよ。


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存じて居りますとも。 Julien Viaud (ジュリアン・ヴィオ)と仰有る方でございました。


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あなたも御承知でいらっしゃいましょう。 これはあの『お菊夫人』を御書きになった、ピエール・ロティと仰有る方の御本名でございますから。。。


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「お菊」さんのモデルになった「オカネ」さん


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ケイトーにとってぇ、明子さんが鹿鳴館でピエール・ロティに出会ったということがそれほどの驚きなのォ~?

あのねぇ~、ピエール・ロティは1885年と1900~1901年の二度、日本へやって来ているのですよ。 鹿鳴館のパーティに出たのは1885年に日本へやって来た時なのです。 でもねぇ~、『お菊夫人』の中では芥川が『舞踏会』で書いているようなことは言ってないのですよ。

どのよなことを言ってるのですか?

鹿鳴館でダンスを踊る日本人を「しとやかに伏せた睫毛の下で左右に動かしている、巴旦杏(アーモンド)のようにつり上がった眼をした、大そうまるくて平べったい、小っぽけな顔」「個性的な独創がなく、ただ自動人形のように踊るだけ」「何と醜く、卑しく、また何とグロテスクなことだろう!」と書いている。

あらっ。。。 ピエール・ロティは日本人に対して蔑視に近い念を抱いていたということじゃない!?

だから、そのように言う評論家も多いのですよ。 でもねぇ、もしピエール・ロティが『Madame Chrysanthème (お菊夫人)』を書かなかったら、ヨーロッパやアメリカでの日本女性の人気はなかったのですよ。

でも、「(鹿鳴館でダンスを踊る日本人は)何と醜く、卑しく、また何とグロテスクなことだろう!」と書いているのでしょう?

でもねぇ~、そういう悪い事ばかりを書いているわけじゃない。 ヨーロッパ人やアメリカ人が読んだら、「日本へ行って、ぜひとも日本のきれいな女性とロマンスを味わいたい」というような夢を膨らませるようなことも書いている。

マジで。。。?

もちろんですよ。 あの有名なプッチーニのオペラ『蝶々夫人 (Madame Butterfly)』も。。。、また最近では、1989年9月20日にロンドンのウエストエンドで初演されたミュージカル『ミス・サイゴン (Miss Saigon)』も、ピエール・ロティの『お菊夫人(Madame Chrysanthème)』をストーリーのベースにしているのですよ。

Madame Butterfly

Miss Saigon

でも、ピエール・ロティがそれほどの影響をマジで与えたのかしら?

じゃあねぇ~、駄目押しのエピソードをシルヴィーのために、ここに載せますよ。 読んでみてください。


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チェーホフは2月に日露戦争がはじまったあとの明治37(1904)年7月15日(グレゴリ暦)に亡くなった。
その3日前の友人あての手紙で、日本が戦争に敗北するのを予想して、「悲しい思いにかられている」と記した。
そして死の床についたとき、ぽつんと「日本人」(単数形)と呟いたという。
夫人のクニッペルがちょっとシャンパンを口に含ませた。
するとチェーホフはドイツ語ではっきりと医師に「Ich sterbe」(死にます)といい、それから夫人の顔を見て微笑んで「長いことシャンパンを飲んでいなかったね」と語りかけ、静かに横になり、眼をつむり、そのまま永遠の眠りについた。
午前3時であった。

まるで一場の芝居をみるようであるが、日本に来たこともないチェーホフが、死の床で日本と日本人にたいして何やらの想いを吐露しているようで、すこぶる不思議ではないか。

ところが、そのナゾが中本信幸氏の『チェーホフのなかの日本』(大和書房)を読むことでスパッと解けた(ような気がする)。

明治23(1890)年の春、彼はサハリン(樺太)への長途の旅にでた、その帰り道の途中のこと。
ときは6月26日、ところは中国と国境が接しているアムール河ぞいのブラゴヴェシチェンスクである。
ここで何事かが起こった。

翌27日、チェーホフは友人の作家スヴォーリンに手紙を書いているそうな。
「……羞恥心を、日本女は独特に理解しているようなのです。
彼女はあのとき明かりを消さないし、あれやこれやを日本語でどういうのかという問いに、彼女は率直に答え……ロシア女のようにもったいぶらないし、気どらない。
たえず笑みを浮かべ、言葉少なだ。
だが、あの事にかけては絶妙な手並みを見せ、そのため女を買っているのではなくて、最高に調教された馬に乗っているような気になるのです。
事がすむと、日本女は袖から懐紙をとりだし『坊や』をつかみ、意外なことに拭いてくれます。
紙が腹にこそばゆく当たるのです。
そして、こうしたことすべてをコケティッシュに、笑いながら……」
と書き綴ってきて、最後に記すのである。

「ぼくはアムールに惚れこんでいます。
2年ほどここで暮らせたらもっけの幸いと思うのです。
美しく、広々として、自由で、暖かい。
スイスやフランスでも、このような自由を1回も味わったことはありません」
アムール河畔でのたった一夜の契り。
だが「ぼくはアムールに惚れこんでいる」とまでいう。

当時、シベリア沿海州には、日本人の“からゆきさん”が多くいたことは記録にも見えている。
その中の一人が、チェーホフに優しさと暖かさというイメージ(夢)を抱かせ、その想いがふくらみ、ついに名作『桜の園』を生ましめた。
「庭は一面真っ白だ。 …… 月光に白く光るんだ」(ガーエフ)、
「すばらしいお庭、白い花が沢山」(ラネーフスカヤ)、
こうした日本の桜の純白の美しさを教えたのは、実に、その言葉少なな日本女であった。


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(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


237-239ページ
『ぶらり日本史散策』
著者: 半藤一利 
2010年4月15日 第1版発行
発行所: 株式会社 文藝春秋

つまり、チェーホフがアムール河ぞいのブラゴヴェシチェンスクで日本人の「からゆきさん」に会ったのはピエール・ロティの『Madame Chrysanthème (お菊夫人)』の影響だと言いたいのォ~?

その通りですよ。 チェーホフは1890年の4月から12月にかけて当時流刑地として使用されていたサハリン島へ「突然」でかけたのですよ。

どうして。。。?

あのねぇ~、ピエール・ロティの『Madame Chrysanthème (お菊夫人)』が出版されたのは1887年なのですよ。

つまり、チェーホフは『Madame Chrysanthème (お菊夫人)』を読んで、それでサハリン(樺太)への長途の旅の帰り道にアムール河ぞいのブラゴヴェシチェンスクに立ち寄り日本人の「からゆきさん」に会ったと。。。?

その通りですよ。 『Madame Chrysanthème (お菊夫人)』には、それほどの影響力があったということですよ。


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【ジューンの独り言】


(bare02b.gif)

ですってぇ~。。。
ピエール・ロティの小説『Madame Chrysanthème (お菊夫人)』が、チェーホフにサハリンへの長旅に駆り立てる“公表できない動機”を与えたのでしょうか?
そのよなことは聞いたことがありませんわ。
でも、可能性としてはありそうですよねぇ。

プッチーニも日本へ行ったことはありません。
それにもかかわらずオペラ『蝶々夫人 (Madame Butterfly)』を作ってしまったのですから。。。
その内、チェーホフに関しても動かぬ証拠が出てくるかもしれませんわ。

ところで、シルヴィーさんの事をもっと知りたかったら次の記事を読んでくださいね。


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『シルヴィー物語(2011年4月27日)』

『波乱の半生(2011年4月29日)』

『シルヴィーとネット革命(2011年5月6日)』

『シルヴィーとデヴィ夫人(2011年5月30日)』

『シルヴィーとケネディ夫人(2011年6月15日)』

『バンクーバー暴動と平和(2011年6月25日)』

『ビルマからの手紙(2011年7月3日)』

『ブッシュの戦争(2011年7月7日)』

『国際的愚か者(2011年7月11日)』

『あばたもえくぼ(2011年7月14日)』

『あなたも国際市民(2011年7月18日)』

『リビエラ夫人のハンバーグ(2011年7月22日)』

『芸術とブルックリン(2011年7月26日)』

『思い出のパリ(2011年7月30日)』

『海外志向とおばさんパンツ(2011年8月5日)』


(sunwind2.gif)

『地球の平和(2011年8月9日)』

『愚かな写真狩り(2011年8月13日)』

『死の写真狩り(2011年8月17日)』

『キモい写真狩り(2011年8月21日)』

『生パンツと床上手(2011年8月25日)』

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とにかく、今日も一日楽しく愉快に
ネットサーフィンしましょう。
じゃあね。バーィ。


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ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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肥後ずいきと龍之介

2012年7月7日

 

肥後ずいきと龍之介

 


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この上の食べ物は何でしょうか?


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肥後ずいきだよ!


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あんさんのために一生懸命作りましたのやでぇ~。。。


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マジかいなァ。。。?

結婚して熊本に行きはった友達が「肥後ずいき」の茎を送ってくれましてん。


(hasuimo90.jpg)

これがその「肥後ずいき」の茎かいなァ?

そうですう。 「ハスイモ」とも呼ばれてますのやでぇ~。。。茎のなかに気泡のような空洞がありますねん。 それが蓮根に似ているよってに、この名前がついたと聞いてますう。

ほおォ~。。。そういう訳やったのかい。。。

この茎を乾燥させたものがデンマンさんの愛用している「肥後ずいき」という大人のおもちゃの原料になりますねん。 うふふふふふ。。。

わては「肥後ずいき」を愛用してへんでぇ~。 根の部分はどうしたのやァ?

根の部分は食べられへんと言うて、送ってよこしまへんでしたわ。 そないな事よりも、まず一口食べてみてくれへん?

おおおォ~。。。シャキシャキした食感がええやないかいなァ!

そうですねん。 清涼感があるさかいに、夏の食べ物にええと思いますわァ。

そうやなァ~。 それで、この紫色はどないしてつけたん?

水前寺菜の色素を使いましてん。

ほおォ~。。。そないもので、こないな色がつくのんかいなァ~!?

ちょっとアクがあるので皮を手でむいて熱湯を潜らせ冷水に晒し、それから水分を抜いて芥子味噌で「えぐみ」を抜きましてん。

ほおォ~。。。案外、手間、暇がかかるのやなァ~。。。?

そうでおますう。 あんさんのために心を込めて作りましたのやでぇ~。。。

マジかいなァ。。。? 隣からのおすそ分けとちゃうん?

あんさん!。。。わたしの言うことが信用できへんのォ~?

そないにムキにならんでも、ええやんかァ。。。めれちゃんに、こないな料理の才能があるなんて、全く夢にも思わんかったでぇ~。。。知能指数が140もあると、こないな料理まで作れるのやなァ~。。。

知能指数とは関係あらへん。

さよかァ~。。。じゃあ、もう一ついただきまっさァ~。。。


『愛駅を探して』より
(2012年5月24日)


デンマンさん。。。、あんさんはまた「肥後ずいき」を持ち出してきやはったん?

あきまへんか? 相変わらず「肥後ずいき」を入れて検索して「デンマン・シンジケート」のブログやウェブページを読む人が多いねん。 次のリストを見てみィ~なァ。


(hg20705.gif)

6月26日から7月5日までの10日間に延べ 401人が「肥後ずいき」を検索して「デンマン・シンジケート」へやって来たのやがなァ。 つまり、1日につき延べ40人が 「肥後ずいき」を入れて検索してやって来たわけやァ。

つまり、わたしが「肥後ずいき」を使って作った料理がネット市民の皆様に受けて人気が急上昇して来たのやね?

めれちゃん。。。マジでそう思ってるのかァ~? そないな事があるわけないやろう! 何をぬかしてけつかんねん。 「性具」という検索ワードも出てるやんかァ~。 「肥後ずいき」の料理で人気が出てきたのとちゃうねん。

そやけど、それは最近10日間に限って急に誰かが集中的に検索したのとちゃうのォ~?

めれちゃんがそう言うやろうと思うたから、わては去年の11月から今年の6月までの記録もソフトカメラで撮っておいたのやァ。 めれちゃんも見たらええやん。


(hg20705b.gif)

あらっ。。。8ヶ月間に延べ 3,777人が「肥後ずいき」を入れて検索してますやん。

そうやろう!。。。「肥後ずいき」は常に人気があるねん。 1ヶ月に平均 472人が「肥後ずいき」を入れて検索したことになるねん。

それでどの記事を読みはったん?

それを見極めるために、わてもGOOGLEで「肥後ずいき」を入れて検索してみたのやァ。 めれちゃんもその結果を見て欲しい。


(gog20707.gif)

上の赤枠で囲んである記事が「デンマン・シンジケート」のブログとウェブページに掲載されているということやのォ~?

そういうこっちゃァ。 最近デンマン・シンジケートのブログが読まれてるねん。


(denmansyn.gif)


(hg20704.gif)

つまり、「肥後ずいき」を目当てに来る人が増えたのでアクセス数が月ごとに上昇していると、あんさんは言わはるのォ~?

それも理由の一つやと、わては思うてるねん。

。。。で、読者は何を知りたがってるん?

おそらく「性具」のことやろなァ。

そないな事が書いてあるのォ~?

あるねん。 めれちゃんも読んでみたらええやん。

『道鏡鎧甲(よろいかぶと)』


(doukyox1.jpg)

上の絵は葛飾北斎の「魂胆遣曲道具」の一部を忠実に再現したものです。
『道鏡鎧甲(よろいかぶと)』と画題がついていますが、道鏡が鎧兜をつけて戦いに臨んだということはもちろん記録にありません。
奈良時代の僧には、鎌倉時代のようにまだ僧兵として活躍できる場はありませんでした。では、なぜ、道鏡の鎧甲という画題で、葛飾北斎が上の絵を描いたのでしょうか?
よく絵を見てください。
確かに鎧兜らしきものが2つ描かれていますが、私たちが普通頭に思い浮かべる鎧兜とは格好がかなり違っています。

もちろん、これは戦争で身につける鎧兜ではありません。
江戸時代に使われた性具を描いたものです。左が鎧で右が兜なのです。
鎧はペニスに装着します。これを男根に嵌(は)めるこことによって太さが増すと共に、この凹凸が腰を使った前後運動に伴い女性の膣壁をしっかりと摩擦することになります。
つまり、これによってGスポットが、確実に愛撫されるというわけですね。江戸時代の研究家が、性生活の知恵としてこういうものを考え出したようです。

兜は亀頭にかぶせます。
リングだと思えばどのような効果があるか想像がつくと思います。
しかし、使ったことがない場合、この絵だけで判断しますから、とても実用的とは思えませんね。
これでは、すぐに外れてしまいそうです。何か仕掛けがあるんでしょうか?
この性具に詳しい方が居たらぜひ教えて欲しいものです。

『光謙帝香合(こうけんていこうごう)』


(kouken82.jpg)

上の絵も葛飾北斎の「魂胆遣曲道具」の一部を忠実に再現したものです。
『光謙帝香合(こうけんていこうごう)』という画題がついています。
気がついたと思いますが、孝謙女帝の『孝』の字が『光』になっています。
おそらく、天皇の名を性具の名にかぶせるのは恐れ多いことだとして、わざと一字だけ変えたのでしょう。
中国では、皇帝の名は庶民は使えませんでした。
現在よりも、中国の文化の影響が強かった時代ですから、葛飾北斎か、あるいは、この煉香(ねりこう)媚薬の考案者が、そのように配慮したものだと思います。

この香合(こうごう)というのは国語辞典で引くと「香の入れ物(香盒とも書く)」と出ていますが、この場合の香合は「こうあわせ」のことです。
つまり、二種の香木をたいて、その匂いや香銘の優劣を競うゲームのようなものです。

孝謙女帝はご存知のように、巨根の道鏡を愛人にしていたと、下世話では昔から言い伝えられてきました。
最近では、多くの研究家がそれはデマだと言うようになりました。

従来どおり下世話に従うなら、巨根の道鏡を愛人として受け容れていたわけですから、この女帝はたぐい希な巨マンの持ち主だったというわけです。
その孝謙女帝の巨陰の姿をそのまま写した煉香(ねりこう)が、上の絵に描かれているわけです。


『道鏡と孝謙女帝は性具でも有名』より
(2004年3月1日)

デンマンさん。。。あんさんは、ずいぶんと詳しいやんか。。。道鏡さんの鎧甲(よろいかぶと)を使いはったん?

めれちゃん、言うに事欠いて何を言うねん? わては道鏡さんの鎧甲(よろいかぶと)を使う必要ないねん。

つまり、使わんでも道鏡さんの鎧甲(よろいかぶと)に太刀打(たちう)ちできると、あんさんは自慢したいん?

めれちゃん。。。脱線しているやんかァ!。。。脇道にそれたらアッカ~♪~ン!

分かりましたわ。。。あとでゆっくりと見せてもらいますよってにィ。。。うふふふふふふ。。。それで、他に何が言いたいねん?

わては、たまたまバンクーバー図書館からおもろい本を借りてきたのやがなァ。

何がそれほどおもろいのォ~?

芥川龍之介がエロ本を探して欲しいという依頼の手紙を書いてるねん。 ちょっと次の部分を読んで欲しいねん。


(akuta01.jpg)

大正10年3月、芥川はある人にこんな手紙を書いている。

「拝啓 支那の本中楊貴妃の生殖器なぞの事を書いた本と云(い)ふのは何と云う本ですか御教示下されば幸甚です
なほそんな本で面白いのがあつたら御教へくださいませんか
僕の知つてゐる誨淫(かいいん)の書は金瓶梅。
肉蒲団。 杏花天。 牡丹奇縁。 痴婆子。 貪官報。 歓喜奇観。 殺子報。 野嫂曝言(やそうばくげん)。 如意君伝(にょいくんでん)。 春風得意奇縁(しゅんぷうとくいきえん)。 隔簾花影(かくれんかえい) 等です
以上」

(写真はデンマン・ライブラリーより)


172ページ 『春本を愉しむ』
著者: 出久根達郎 2009年9月20日発行
発行所: 株式会社 新潮社

あらっ。。。あの有名な芥川さんがエロ本に関心がありはったん?

あのなァ~、男なら誰でも、まず間違いなくエロ本に関心があるねん。

そうやろか?

『春本を愉しむ』を読むと、森鴎外、北原白秋、石川啄木なども春本をずいぶんと愛読していたと書いてある。

あんさんもエロ本を愛読してはるのォ~?

最近は、それほどでもないんやけど、日本に居た頃にはずいぶんとあさって読んだものなのやァ。 うししししし。。。

あんさん!。。。下卑た笑いを浮かべている場合と違いますやろう?。。。それで何が言いたいねん?

上の続きがあるねん。 ちょっと読んでみて欲しい。


(nyoi03.jpg)

芥川が「知っている」書の中に、『如意君伝』なるタイトルが見える。
この本は、作家・駒田信二氏によれば、「中国風流本の四大奇書」の一書だそうである。
他の三書は『痴婆子伝』 『肉蒲団』 『杏花天』 だそうで、芥川は全部読んでいたことになる。
駒田氏の教示に従い、『如意君伝』の素性を紹介しよう。

この本は中国では禁書となり、押収されて滅びてしまった。
ところが、わが国に伝わり、宝暦13(1763)年に日本橋南通3丁目の小川彦九郎、同庄七の手で和訓本の体裁で発行された。

その4年後、翻訳書が出版された。
『通俗如意君伝』である。


(nyoi02.jpg)

翻訳者は「自辞矛斎蒙陸(じじむさいもうろく)」という。
中野三敏氏の研究では、この狂号のぬしは山口輝雄(きゆう)という。
通俗は、わかりやすいという意味である。

 (中略)

本編の主人公は、独裁者、則天武后である。
この恐るべき女傑のお相手をつとめるのが、「如意君」、彼は何者であるか?

薛敖曹(せつごうそう)という。
背が高く、色白のはなはだ美しい若者で、色男に似ず頭が優れており、読書を好み諸芸に通じ、おまけに酒が強い。
変わっているのは、「肉具ハナハダ壮大ニシテ常ノ人」ならず、男の一物が馬鹿に大きかったというのである。
何でも頭から根まで筋ばっていてミミズのようで、怒ると頭は蝸牛(かたつむり)の如く、竿は皮を剥ぎたる兎の如し、突き立つ雁首に一斗の粟(あわ)を入れた袋を下げてもたるることなし、というから力も強い。
遊郭の女は皆恐れて、叫びながら逃げ去る。

 (中略)


(sokuten2.jpg)

「頃(このころ)太后スデニ六十余歳に及ビ玉ヘドモ。 淫心サカンナルママニ」肉具の大なる男を召し入れては寵愛する。

牛晋卿(ぎゅうしんけい)という宦官(かんがん)が、武后のかすかな溜息を聞き、恐れながら、としゃしゃりでる。
声をひそめて奏上することは、かの薛敖曹のことである。
武后の目が光る。
晋卿の郷里の者という。
聞くに従い、よだれをが流れだした。
そなた、早速その者を連れて参れ、と命ず。

 (中略)

晋卿、ささやきていわく、君の肉具に合う容器は武后以外に無し、この機会を逸すと君は、人道(男女の交わり)を知らないで終わるぞ。
この時、敖曹、30歳である。
晋卿の、人道うんぬんに、たちまち心がぐらついたというのだから、まあ大した男ではない。
もっとも大した男だったら、春本に登場するはずがない。
春本の読者にすれば、こんな嬉しい人物はいないのである。

 (中略)


(asura2.jpg)

奈良後期の女帝、孝謙帝に重用された、河内の人、弓削道鏡(ゆげのどうきょう)は実在の僧だが、彼は宮中に入って病気を治した功で帝に信頼されたのだった。
このくだりは、ロシア帝政末期の怪僧ラスプーチンと似ている。
道鏡は太政大臣禅師に昇任し、ついには法王にもなった。
野望はさらに募り、宇佐八幡のお告げと称して皇位の継承を企てた。
孝謙帝が亡くなられて失脚したが、道鏡が女帝に目をかけられた理由が巨根だったから、という俗説は、恐らく『如意君伝』がわが国に伝えられてからのことと考えて間違いあるまい。

『如意君伝』が成立したのは明代らしく、日本の室町時代である
いつごろ原本が伝来したのか不明だが、江戸期には知識人の間で読まれていた様子である
紹介した『通俗如意君伝』が出版された前後から、道鏡と巨根を結びつけた川柳が、続々と詠まれている。


(doukyoux.gif)

道鏡はすわるとひざが三つ出来

「ちんぽこめらと公卿(くげ)を嘲弄す」

「公家めらがやきおりますと道鏡言い」

(注: 写真とイラストはデンマンが貼り付けました。
読み易いように改行を加えています。
赤字はデンマンが強調のため)


175-187ページ 『春本を愉しむ』
著者: 出久根達郎 2009年9月20日発行
発行所: 株式会社 新潮社

ずいぶん長々と引用しやはったけど、『通俗如意君伝』が日本で読まれるようになってから道鏡さんの巨根伝説が生まれたと、あんさんは言わはるの?

そうや。。。めれちゃんかて上の文章をじっくりと読めば中国の則天武后と薛敖曹(せつごうそう)の話が孝謙女帝と道鏡のエロ話の元になっているのが判るはずやねん。

そやけど、則天武后は唐時代の女帝ですやん。 当時の日本は奈良時代やった。 それなのに江戸時代まで則天武后のエロ話が日本に伝わってき~へんかったと言うのはおかしいんとちゃうん?

あのなァ~、則天武后が生きていた時代に則天武后が登場するエロ話を書いて出版したら首が飛ぶねん。 則天武后が亡くなったあとかて中国の女帝になった人をエロ話に登場させて出版したら、当局の役人に睨(にら)まれて出世の道はなくなってしまうねん。

つまり、則天武后が悪女やと言う事が世間で受け入れられる明の時代まで『如意君伝』のような書物は出版できへんかったと、あんさんは言わはるのォ~?

そうや。。。それが証拠に明朝の時代といえども『如意君伝』は禁書となって押収されて滅びてしまったのやがな。 日本に密輸入された物が日本に残って、その原本が 1767年に翻訳されて出版された。 それが『通俗如意君伝』やんかァ!

要するに、『如意君伝』が中国で出版されへんかったら道鏡伝説は日本に広まらなかったと、あんさんは言わはるの?

そうやァ。。。

そやけど、日本の庶民が独自に道鏡さんの巨根伝説を作ったと言う事だって考えられるんとちゃうん?

それは、ありえないと、わては思うでぇ~。。。

どうして。。。?

あのなァ~、もともと道鏡さんは悪い事をしてへん。 藤原氏が政権を奪い取って思いのままに日本を動かそうとすることに対して孝謙女帝と道鏡さんが立ち向かったのやがな。 そやから、道鏡さんをからかうような戯(ざ)れ歌など奈良時代や平安時代にできるわけないねん。

その証拠でもあるん?

そのことでは、すでに、わては次の記事の中で書いたのや。 めれちゃんも読んでみィ~なァ!

『日本女性の愛と情念の原点』

それで、則天武后さんは、それほどエッチやったのォ~?

悪女としていろいろと噂のある人やァ。。。


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極めてユニークだった人やさかいに、いろいろと言われてるねん。 根も葉もないような事もずいぶんと書かれたと思うでぇ~。。。映画にもなってるから、めれちゃんも観たらええやん。

武則天 WU ZETIAN

(1995 VERSION)

【レンゲの独り言】


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ですってぇ~。。。


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それにしても、この「肥後ずいき」はおいしそうですわねぇ~。
めれんげさんに、このような料理の才能があるなんて、あたしも知りませんでしたわ。
高知では、「肥後ずいき」の茎を寿司のネタにするそうです。
また、炒めて食べることもあるそうですわ。
あなたも試してみたらいかがですか?

とにかく、次回も面白くなりそうです。
あなたもどうか、また読みに戻ってきてくださいね。
では、また。。。


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こんにちは。ジューンです。

人間は性的動物だと思いますよね。

あなたも、そう思いませんか?

1960年代にDesmond Morris(デズモンド・モリス)

が『Naked Ape (裸のサル)』という本を書きました。

これは日本でも話題になりました。

人間もApe の一種です。

“裸のサル”とは、つまり、人間の事なのです。

純粋に動物学的な立場から

ヒトという生物を記述した本で

当時、中学生などが性の参考書として読んでいた、

と言う事を聞いたことがありますわ。

いろいろと面白い事を書いているのですが、

他のサルと違って

人は発情期が無くなったのです。

つまり、1年中セックスができるようになったのです。

サルは性器を露出し、

発情期にはフェロモンを発散させて、

相手を求めます。

でも、ヒトは性器を露出することもなく

発情期がなくなったので

フェロモンを出す事も無くなりました。

それで、ヒトは相手を求めるために

コミュニケーションが必要になり

言葉を使い始めた、と言うような事が書いてあります。

面白い解釈ですよね。


(baboon7.jpg)

ところで、これまで書いたレンゲさんの記事を集めて

デンマンさんが一つにまとめました。

もし、レンゲさんの記事をまとめて読みたいならば、

次のリンクをクリックしてくださいね。

■ 『最近のレンゲ物語 特集』


(maid03.gif)

■ 『性の俗説 (2008年3月4日)』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしてくださいね。

じゃあね。


(byebye.gif)