Posts Tagged ‘浮世絵’

葛飾北斎と太田将宏

2016年11月25日

 

葛飾北斎と太田将宏

 


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デンマンさん、 どういうわけで葛飾北斎とオイラを並べてタイトルにしたのですかァ~?


(kato3.gif)

オマエはうれしくないのォ~?

葛飾北斎のような有名人と並べてオイラの名前を出してもらって とってもうれしいです。。。

でも、オマエはうれしそうじゃないねぇ~。。。?

だってぇ~、急に呼び出されてオイラと葛飾北斎がタイトルに並んで出てきたのを見たら、うれしいどころかマジでビックリしてしまいますよう。。。 どういうわけで、オイラと葛飾北斎を並べたのですか?

だから、オマエを喜ばせようと思ったからだよ。。。

あのォ~、じゃあ マジでうれしがってもいいのですかァ~?

そうだよ。。。 僕はオマエを喜ばせたいのだよ。。。 だから、充分に喜んでもいいのだよ!

わかりました。。。 それでは、遅ればせながらスキップして喜びたいと思いますゥ。


(smilerol.gif)

ワぁ~♪~ うれしいなあああァ~。。。

ルンルンル~♪~ン

ランランラ~♪~ン

やっぱり“仏のデンマンさん”です!

日本では、相手にされなかったオイラを

デンマンさんは優しく相手にしてくれて

葛飾北斎と並べてオイラの名前を

タイトルに書いてくれました!

もうこうなったら、恥も外聞もなく

スキップして喜んでしまおう!


(smilejp.gif)

ルンルンル~♪~ン

ランランラ~♪~ン

も一つおまけに

ルンルンル~♪~ン

ランランラ~♪~ン

しかも、こうしてデンマンさんの記事に

取り上げられると世界の123ヵ国の

ネット市民の皆様に読まれて

オイラは、ますます世界的に

有名になれるのですゥ。

 

海外からのアクセス

 


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『レモンと孤独な老人』@Denman Blog

 

こうなったら、どんなに馬鹿にされようとも

スキップして喜びたいと思います。

ルンルンル~♪~ン

ランランラ~♪~ン

も一つおまけに

ルンルンル~♪~ン

ランランラ~♪~ン


(smilejp.gif)

オイ!。。。 オイ!。。。 太田将宏!。。。 もうそのへんでスキップして喜ぶのを止めておけよ!。。。 それ以上スキップして喜ぶと、オマエはマジで馬鹿だと思われてしまうから。。。

だってぇ~、デンマンさんがオイラを喜ばせようとしたから、オイラは素直に喜んだのですよ。。。 いけませんかァ?

あのさァ~、僕は半分冗談で言ったのだよ。。。 本気にして喜んだら、この記事を読んでいるネット市民の皆様は、オマエのオツムのネジが かなり緩んでいると思ってしまうのだよ。。。

分かりました。。。 ところで、そもそも、どういうわけで葛飾北斎を持ち出してきたのですかァ~?

その質問に答えるには、まず 次の小文を読んで欲しいのだよ。

富嶽百景


(fugaku03.jpg)

3巻からなる絵本で、初編天保5年(1834年)刊行、二編は天保6年(1835年)、三編は刊行年不明(かなり遅れたらしい)。

75歳のときが初版(北斎改為一筆)。

富士山を画題に102図を描いたスケッチ集であるが、当時の風物や人々の営みを巧みに交えたもの。

しかし、広く世に知られているのはこの作品よりもむしろ、尋常ならざる図画への意欲を著した跋文(後書き)である。


(hokusai09.jpg)

己 六才より物の形状を写の癖ありて

半百の此より数々画図を顕すといえども

七十年前画く所は実に取るに足るものなし

七十三才にして稍(やや)禽獣虫魚の骨格草木の出生を悟し得たり

故に八十六才にしては益々進み

九十才にして猶(なお)其(その)奥意を極め

一百歳にして正に神妙ならんか

百有十歳にしては一点一格にして生るがごとくならん

願わくは長寿の君子

予言の妄ならざるを見たまふべし

私は6歳より物の形状を写し取る癖があり、
50歳の頃から数々の図画を表した。
とは言え、70歳までに描いたものは本当に取るに足らぬものばかりである。
(そのような私であるが、)73歳になってさまざまな生き物や
草木の生まれと造りをいくらかは知ることができた。

ゆえに、86歳になればますます腕は上達し、
90歳ともなると奥義を極め、

100歳に至っては正に神妙の域に達するであろうか。
(そして、)100歳を超えて描く一点は
一つの命を得たかのように生きたものとなろう。

長寿の神には、このような私の言葉が
世迷い言などではないことをご覧いただきたく願いたいものだ。


出典: 「葛飾北斎」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

この上の北斎の言葉がどうだと言うのですか?

オマエは葛飾北斎と比べると孤独で悲しい老人に成り果ててしまったのだよ。。。 しかも、決定的に北斎と違うのは、人生に対して極めて消極的になってしまったということだよ。

その証拠でもあるのですか?

あるのだよ。。。 オマエが書いた次の文章を読んで欲しい。。。

私は、この曲集を書き終えたとき、老人見習いから、正真正銘の老人になるのではないか、と思うこの頃である。
真の老人とは、もはや、失うべき何ものも無くなった人のことを言うのではないか。

長女は、私から去った。
次女は、中立を保つ為に、この家に寄りつかない。
家内と言えば、日本語も通じなくなってから何年にもなる。

私には、S.Kierkegaard の言った、一番易しく一番難しいこと、すべてを捨てること、が、案外、無理なくできるのではないか。
いや、その時には、捨てるべき何ものも見当たらなくなった境地であろう。

その意味では、老人になる前に、不慮の死で亡くなった人は気の毒である。
私は、若い時に、死ぬのはいいが風邪をひくのは嫌だ、などと言って、粋がって与太をほざいていた。
今も、願わくは、あまり苦しむことなく死を迎えられたなら、それにこしたことはない、と考えている。

Kierkegaard は、また、永遠とは有限が無限に出会う瞬間である、と言っていた。
私の人生に、かつて、そのような瞬間があったであろうか。
いや、それもまた、超越の命題であろう。

私の人生は、無明に迷ったそれに終わるのかもしれない。
しかし、私の背後には、母の祈りがあった。

ある麻薬中毒患者が、お母さん、僕は、こんな遠くまで来てしまった、と淋しげに呟いていたが、私は、麻薬中毒者ではないけれど、その気持ちが解かっている、と思う。
どのみち、人生は、rehearsal無しの、ぶっつけ本番なのである。

しかし、私は、F.M.Dostoevsky の「白痴」にある、あの「イッポリトの告白」に書かれているように、もし、生まれる前に、この条件を知らされていたとしたならば、私は、生まれるてくることを肯(がえ)んじなかったであろう、とは思っていない。
私は、感謝して死ねるように、今からでも、心の準備をしておこう。

S.D.G

コーダ(蛇足):

私の懐疑なるものが、深いのか、深くないのか、私自身も知る由もない。
仮に、深かったとしても、そもそも、懐疑の深さというものは、誇るべきものであるのか、という疑問が残る。


【デンマン注:】 改行を加え読み易くしました。あしからず。

S.Kierkegaard: キルケゴール (1813-1855) デンマークの哲学者

S.D.G.: Soli Deo Gloria (ラテン語) To God Alone the Glory(英語) 神に栄光あれ。

F.M.Dostoevsky: ドストエフスキー (1821-1881) ロシアの小説家・思想家


56ページ Michel-Richard de Lalande
『後奏曲集(後書きばかり)』 作品3
著者: 太田将宏
初版: 1994年1月 改定: 2006年9月

『馬鹿やって人気?』にも掲載
(2015年8月18日)

つまり、オマエは次のように書いている。 「長女は、私から去った。 次女は、中立を保つ為に、この家に寄りつかない。 家内と言えば、日本語も通じなくなってから何年にもなる。」 オマエは家族に見放されて孤立した老人になってしまったのだよ。。。

いけませんかァ~?

オマエの人生だから、どのように生きるのも結構だけれど、せっかくオマエと葛飾北斎を並べてタイトルにしたのだよ。。。 孤立して孤独で寂しく、死神に感謝して死ねるように、今からでも、心の準備をしておく前に、もう少し北斎を見習って積極的に生きたらどうなのォ~?

やっぱり、北斎を見習うべきでしょうか?

だってぇ、オマエは老人見習いから、正真正銘の老人になるのではないか、と思うこの頃であるという心境なのだよ。。。 そうだろう?

そうです。。。

確かに、現在のオマエは失うべき何ものも無くなった真の老人なのだよ。。。 だけど、オマエはすぐに死ぬ気はないのだろう?

“憎まれ者世にはばかる!”と、昔の人は言いましたから、たぶん、オイラはまだこの世にのさばって 長生きすると思いますゥ。。。 うしししししし。。。

。。。だろう? そうだとしたら、北斎のように100歳に至っては正に神妙の域に達するであろうか。 (そして、)100歳を超えて クラシックについて書く著作は一つの命を得たかのように生きたものとなろうという信念を持ったらどうなのォ~?

デンマンさんは。。。、デンマンさんは。。。、オイラを激励するために わざわざ呼び出してくれたのですか?

いや。。。 それだけじゃないのだよ。。。

あれっ。。。 まだオイラを喜ばせることを言うのですか?

そうだよ。。。 その前に、オマエが去年の12月4日に僕のGOOのブログに書いた 次のコメントを読んで欲しい!

Identity theft をした

デンマンこと加藤明さんについて

コメント記入者: A. I.

2015-12-04 07:11:02

皆様、デンマンこと加藤明さんは以下のような侮蔑笑いをされるような
幼稚な私に応答を返しましたが、如何でしょうか。

A.I.と名乗る愚か者よ!
オマエのIPアドレスは次の通り!

72.140.219.150

ホスト名:
CPE9cd643cf296b-CM0018680ddd68.cpe.net.cable.rogers.com

IPアドレス割当国カナダ: ( ca )

Locator を使って調べると Scarborough と出てくる!
つまり、このような迷惑コメントを書きこむ愚か者で
しかも Scarborough に住んでいる馬鹿者は太田将宏しかいないのだよ!(爆笑)


(oht40918.png)

『拡大する』

オマエ、自分の娘にまで絶交を喰らって寂しいんだろう!?
寂しまぎれに、このような嫌がらせのコメントを書く!
オマエ、ますます家族の者にも嫌われ、孤独を深めてゆくのだなア! 
ばか者! アホ! ボケ!

オマエは改心して まともな人間になっていると思っていたら、
相変わらず孤独な老人のママなんだなア!
オマエ、あの世に逝く前に家族の者にも好かれる真面目な人間いなれよ!
いいな! わかったあああァ~?
じゃあ、いい子だから お利口にするんだよ!じゃあなァ~。。。 
バイバ~♪~イ!

オマエが 相変わらずの孤独な老人だということが判って
僕は、なんだかほっとしているよ!
ギャハハハハハハ。。。


(laugh16.gif)

これは一例でしたが、デンマンこと加藤明さんは、この程度の文しか書けないのですね。
いえ、これは典型的なゴロツキの文ではないですか。

まず、私は、太田さんではありません。
デンマンこと加藤明さんは自分の軽薄な類推や想像、空想をやめることができないのですね。
彼は、私たちのcommentsなんぞは誰も読みやしない、などと息巻いていましたが、では何故commentの fieldなんぞを用意したのでしょうか。

いえ、それ以前に、デンマンこと加藤明さんのwebsitesそのものに入った人自身があまりにもの下らなさに辟易して数秒で出てしまうからではないでしょうか。
それは、デンマンこと加藤明さんに自責の念と共に反省の可能性を差上げようとしているような奇特な私たちのcomments以外が殆ど見当たらないことが証明していませんか。

デンマンこと加藤明さんは太田さんの家族のことをあれこれ中傷していますが、余計なお世話という以上に、いえ、以前に、とりわけ娘さんたちのことを事更に如何にも曲解、歪曲して下卑た文で書かれているか、それは彼が引合いに出してゲスの勘繰りをした太田さん自身の著作、<<あれかこれか>>を直接読まれるならば、推察、了解されるのではないでしょうか。

デンマンこと加藤明さんこそが、「孤独な老人」ではないですか。
I. A.も言ったように、白人女性の裸の写真がpin-upされたbachelor用のapartment/condominium のなかで、猥雑卑猥な文や煽情的な絵が満載されたwebsitesを書きながら、一人自慰にふけっているのは、一体、何処の老人の方なのでしょうか。


(bikini08.gif)

また、例えば「ばか者! アホ! ボケ!……ギャハハハハハハ」、などとは低能まるだしの駄文そのものではないですか。


(laughx.gif)

これでもまた、I. A.も言ったように、デンマンこと加藤明さんなどを相手にしていると、自分自身が汚されるような嫌悪感におそわれるのですね。
それで、太田さんのみでなく、私たち三人も当分の間はデンマンこと加藤明さんを相手にしないことに致しますが。

A. I.


『親愛なる将宏ちゃんへ』のコメント欄より
(2006年12月28日)

『レモンと孤独な老人』に掲載
(2016年1月26日)

オマエは A. I.に成りすましてコメントを書いたのだけれど、オマエが書いたということは世界的に知れ渡っているのだよ!

やっぱり、オイラが書いたということがバレているのですか?

当たり前だろう! オマエが他人に成りすましても、IPアドレスを調べると オマエが使っているパソコンのIPアドレスと いつも同じなのだよ!

それで、上のコメントがどうだと言うのですか?

あのさァ~、オマエは上のコメントで次のように書いているのだよ!

白人女性の裸の写真がpin-upされた

bachelor用のapartment/condominium のなかで、

猥雑卑猥な文や煽情的な絵が満載された

websitesを書きながら、

一人自慰にふけっているのは、

一体、何処の老人の方なのでしょうか。


(june500.jpg)


(peel01.jpg)

上の2つの写真は猥雑卑猥で煽情的な絵だと思います。

オマエは、多少クラシックについて知識を持ち合わせているけれど、芸術一般については全くと言うほど理解することができないんだねぇ~。。。

その証拠でもあるのですか?

上の2枚の写真が猥雑卑猥で煽情的な絵だと言うオマエの独断と偏見が、まさしく美術についての理解力が欠如しているということを物語っているのだよ! ちょっと次の小文を読んで欲しい。

映画『北斎漫画』


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富士映画(のち、松竹富士)による昭和56年(1981年)製作の日本映画。

矢代静一原作の戯曲『北斎漫画』を映画化した作品。

春画の大家としても知られる北斎とその娘・お栄(応為)の生涯と、刎頸の友・曲亭馬琴との交流を描いている。

監督・脚本:新藤兼人。
演者:緒形拳(鉄蔵〈葛飾北斎〉役)、
西田敏行(左七〈曲亭馬琴〉役)、
田中裕子(お栄〈北斎の娘・応為〉役)、
樋口可南子(お直、春画「蛸と海女」の海女のモデル役)。


(tako05b.jpg)

   春画「蛸と海女」


出典: 「葛飾北斎」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

葛飾北斎は日本を代表する素晴らしい芸術家の一人なのだよ! だから映画にもなっている。。。 おまえだってぇ葛飾北斎の名前ぐらい知っているだろう?

もちろん知ってますよ。。。

その葛飾北斎は、有名な春画「蛸と海女」という作品を残している!

オイラは、この作品も猥雑卑猥で煽情的な絵だと思います。

だから、オマエの芸術に対する理解力がないと僕は言うのだよ!

だってぇ~、上の絵は春画ですよゥ。。。 青少年の純粋な心を毒するものです。

あのさァ~、オマエは僕よりも浦島太郎になっていると思うのだけれど、最近の日本の青少年の心はすでに毒されているのだよ! テレビのニュースを見ればわかるように、人の命など蚊やハエのように つまらないものだと思い込んでいる。。。 だから、すぐに人を殺したら、自殺してしまう。。。 もし、毒された心を持ている青少年が、葛飾北斎の浮世絵や漫画や春画を見れば、生きるということは本当に巣晴らしいという事実に気づくのだよ。。。 それこそ、美術や音楽が秘めている“芸術力”というものだよ!

そうでしょうか?

オマエは多少のクラシックの知識を持っているけれど、芸術というものを本当には理解していない! だから、オマエは、「(死神に)感謝して死ねるように、今からでも、心の準備をしておこう」と恥ずかしげもなく書いてしまうのだよ!

やっぱり、真の老人になって死に急ぐのはまずいのでしょうか?

だから、僕はオマエを呼び出して、葛飾北斎の“老人力”を示したのだよ。。。

デンマンさんは、オイラにも長生きして世界の有名人としてネットで広く知れ渡ることを期待しているのですか?

その通りだよ!


(smilerol.gif)

ワぁ~♪~ うれしいなあああァ~。。。

ルンルンル~♪~ン

ランランラ~♪~ン

やっぱり“仏のデンマンさん”です!

日本では、相手にされなかったオイラを

デンマンさんは優しく相手にしてくれて

貴重な助言までしてくださるのでした!

もうこうなったら、恥も外聞もなく

スキップして喜んでしまおう!


(smilejp.gif)

ルンルンル~♪~ン

ランランラ~♪~ン

も一つおまけに

ルンルンル~♪~ン

ランランラ~♪~ン


(laugh16.gif)

やれやれぇ~。。。

馬鹿とは付き合いきれません。

あなただってそう思うでしょう!?

でもねぇ~、見ていてください。

この愚か者が、

また手のひらを返したように

忘れた頃になって

他人に成りすまして

僕の記事にコメントを書きますよ。

とにかく、この男は

境界性人格障害の他にも

多重人格障害を患っているようです。

更に躁鬱病も患っているので、

ウツの状態の時には、

かなり落ち込んでしまうのですよ。

そうなると、また 悲観して

以前の状態に戻ってしまいます。

でも、仕方ないから、この孤独な男を

真人間にするために

付き合うことにします。

他に誰も相手にしないのですから。。。


(foolw.gif)

【レンゲの独り言】


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ですってぇ~。。。
あたしは、太田さんの娘さんにも、奥様にもお会いした事はありません。
でも、娘さんは、二人とも カナダで女医さんになっているほどですもの。。。
娘さんにしても、奥様にしても、決して悪い人ではないと思いますわ。

それなのに、太田さんは 娘さんとも、奥様ともうまくやっていないという事は、
太田さんに、問題があると思うのです。

あなたは、どう思いますか?

とにかく、ネットには “めちゃキモい”人たちがウヨウヨしています。
太田将宏さんは、まだ良い方ですわ。

中には、まるで得意になって、愚かな事をして遊んでいる オツムの足りない人たちがたくさん居ます。
また、見かけは普通のブログでも、悪徳スパマーが手を変え品を変えて 悪徳サイトへ誘い込もうとしています。
また、スパムコメントで褒められると、ついついその気になって、相手のブログへ飛んでゆき、お返しに、あるいはお礼にと思って 読者に登録してしまったりするものですわァ。
どうか スパマーの思う壺にはまらないでくださいね。

悪徳スパマーは悪徳サイトへ誘おうと
てぐすね引いて待っているのですから。。。

悪徳サイトを利用して、
メールアドレスで登録したりすると、
あなたのメールアドレスは第3者や第4者に売られてしまう危険性があります。

あなたは、そのようなスパム・コメントや 成りすましスパマーには騙されないと思い込んでいるでしょう?
でもねぇ~、もしかすると騙されているかもよ。。。

とにかく気をつけてくださいね。

次回も、さらに面白い話題が続きます。
あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてください。
では。。。


(hand.gif)

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黙庵 四睡図 エピソード

2013年2月23日

 

  
黙庵 四睡図 エピソード


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デンマンさん。。。今日は三題噺(さんだいばなし)でござ~♪~ますか?

卑弥子さんは題目3つを折り込んで即興で演じる僕の落語が聴きたいのですか?

面白そうですわ。 黙庵 四睡図 エピソードという3つのお題を並べたのでござ~ますから、当然、面白いお話をしてくださるのでしょう?

卑弥子さんがお望みならば三題噺をしてもいいですよ。 でもねぇ、この3つの言葉は関連しているから、このまま話を続ければ何の苦労もなく三題噺になってしまうのですよ。

じゃあ、このままお話を続けてくださいましな。

あのねぇ~、僕はたまたま上の浮世絵を目にしたのですよ。 これは絵の中にも書いてあるように「風流四睡」というタイトルなのです。 高 崇谷(こう すうとく)という江戸時代の。。。18世紀後半に活躍した絵師が描いたものです。 花魁(おいらん)と二人の禿(かむろ)と猫が眠っているのですよ。

つまり、高級娼婦と見習いの女の子二人、それに猫を含めた4つの人物と動物が眠っているので「四睡」でござ~ますか?

その通りです。

。。。で、「黙庵 四睡図 エピソード」というタイトルの中の「四睡図」は上の絵のことなのでござ~ますか?

いや。。。 僕の記事のタイトルの中の「四睡図」は冒頭に掲げた「風流四睡」のことじゃなくて、大元(おおもと)の「四睡」のことです。

大元の「四睡」ってぇ、どういうことでござ~ますか?

実は、「風流四睡」を描いた高崇谷の師匠が英 一蝶(はなぶさ いっちょう)という弟子の門下なのですよ。

つまり、英一蝶の孫弟子ですわね?

その通りです。 この一蝶先生の絵の中に同じ構成の絵があるのですよ。

つまり、高崇谷は大先生の絵を真似して描いたということでざ~ますか?

その通りです。 しかも、この大先生の英一蝶は狩野探幽の「四睡之図」を真似て描いた。 さらに、この狩野探幽がお手本にしたのが黙庵の「四睡図」なのですよ。

それで、デンマンさんは「黙庵 四睡図 エピソード」というタイトルにしたのですか?

いや。。。 実は、そうではないのですよ。 僕は黙庵の描いた「四睡図」を見たことがある。 


(4sleep3.jpg)

これが黙庵さんの描いた「四睡図」でござ~ますか?

そうです。 驚くべきことに「四睡図」を描いた人はたくさんいる。 次の2つの「四睡図」は長沢芦雪(ながさわ ろせつ)という絵師が描いた。


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次の「四睡図」は仲春洋という絵師が描いたものです。


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あの有名な喜多川 歌麿(きたがわ うたまろ)も「四睡図」を描いている。

。。。んで、どうして「黙庵 四睡図 エピソード」というタイトルにしたのですか?

これほど真似をされる大元の「四睡図」を描いた黙庵さんだから、きっと有名なエピソードがあるに違いない! 僕はそう思ってGOOGLEで検索したのですよ。 その検索結果を見てください。


(gog30222d.gif)

あらっ。。。 「黙庵 四睡図 エピソード」入れて検索した時の“複合キーワード”をそのままタイトルにしたのですわね?

そうなのです。 (微笑)

。。。んで、枠で囲んであるのがデンマンさんが書いた記事なのですか?

下の2つは僕のブログなんだけれど、上の2つはGOOの「評価・レビュー・口コミ・感想」のページなのですよ。 つまり、キーワードに関連したブログを紹介しているページなのです。 赤枠で囲んだタイトルをクリックすると次のページが表示されます。


(goo30218b.gif)

あらっ。。。「谿明」という絵師のことがデンマンさんが書いた『癒しと水墨画(PART 2)』に出てくるのでござ~ますか?

実は、僕は「谿明」という絵師の名前を聞いたことがない。 それでウィキペディアで調べてみたのですよ。 


(wik30223.gif)

見れば分かるようにサンマーメン(生碼麺、生馬麺、三碼麺)と呼ばれる神奈川県の“ご当地ラーメン”を出す「谿明飯店」というレストランがヒットするだけなのですよ。 


(sanma02.jpg)

まず間違いなく「谿明」という名前は有名な水墨画家の名前じゃないですよ。

それなのにどうしてデンマンさんの記事が紹介されているのですか?

記事の中に“谿”と“明”が出てくるからでしょうね。

。。。んで、青枠で囲んだページはどうなのでござ~ますか?

タイトルをクリックすると次のページが表れます。


(goo30218.gif)

あらっ。。。 「牧谿(もっけい)」は有名な中国の宋の時代の水墨画家ですわね。 あたくしも存じ上げておりますわ。。。で「牧谿」は『癒しと水墨画(PART 2)』に出てくるのでござ~ますか?

もちろん出てきますよ。 ちょっとその部分を読んでみてください。

(sesshu2.jpg)

あらっ、デンマンさん。。。上のイラストの中のあたくしは水墨画の中で癒されているのでござ~♪~ますか?

その通りですよ。 卑弥子さんが平安朝の絵巻の中から出てきて雪舟の時代の山水画の中で癒されているのですよ。 うへへへへ。。。

でも、どうして急に山水画などを持ち出してきたのですか?

卑弥子さんは急に水墨画の世界にタイムスリップしたように思うかもしれないけれど、実は、僕は7月の下旬に日本美術史の本をバンクーバー図書館から借りてきて水墨画の世界にかなり浸っていたのですよ。


(lib20802c.gif)

赤枠と青枠で囲んである2冊ですか?

そうです。

デンマンさんは源氏物語の世界ではなくて水墨画の世界にハマッているのでござ~ますか?

いや。。。ハマッているというほど水墨画が好きではありません。 でもねぇ、赤枠で囲んである本をパラパラめくっていたら水墨画に出くわしたのですよ。

あたくしの背景にある水墨画は雪舟さんが書いたのでござ~ますか?

その通りです。 でも、雪舟さんの自筆のものではなくて他の人が模写したものですよ。 だけど、まるで本物のように良く描けています。

デンマンさんは、この背景になっている水墨画が気に入ったのですか?

いや。。。気に入ったというより僕の心がスウ~ッと吸い込まれてゆくようなすがすがしさを感じたのですよ。

あたくしには、なんだか落書きのように思えるのですけれど。。。おほほほほほ。。。んで、どういう所がそれほど良いのでござ~ますか?

もともと僕は幻想的なものに惹かれる感性を持っているのかもしれません。 (微笑)

マジで。。。? 上の背景の水墨画は幻想的なのですか?

あのねぇ~、雪舟さんが生きていた頃、水墨画を描くということは日本の風景ではなく中国の風景を描くことだったらしい。 上の方に霞(かす)んで見えるのは霧がかかってうっすらと見える中国の山ですよ。 なんとなく幻想的な気分が表現されていると思いませんか?

そうでしょうか?

あのねぇ~、僕が初めて水墨画を見た小学生の頃、どうしてこんな出鱈目(でたらめ)な山を書くものかと不思議に思ったというよりも呆れたものですよ。 こんな山があるはずないじゃないか! 山と言えば富士山のような山が典型的な日本の山ですからね。。。 僕が生まれ育った行田市からは、よく晴れた日には富士山が見えるのですよ。

あらっ。。。今度は富士山を背景にあたくしが癒されているのですわね。 うふふふふふ。。。でも、デンマンさんのふるさとからマジで富士山がこんなにきれいに見えるのですか?

マジですよ。 僕の実家から自転車で20分ぐらい行ったところに久下橋がある。 その橋の袂から見たのが上の写真の富士山ですよ。

あたくしも一度、デンマンさんのふるさとから富士山を見てみたいものですわ。

僕の実家の東北の方には赤木山、それに北の方には榛名山。。。どの山も裾を引いて山水画に書かれているような垂直にそそり立っているような山とは大違いですよ。 初めて水墨画に描かれている山を見たとき、とても山とは思えなかった。 こんな山があるはずがない! 下手糞な絵を描くものだと子供心に馬鹿にしていたものですよ。 でもねぇ、中国へ行って初めて水墨画で描かれているような実物の山を見た時にはビックリしましたよ。


(sesshu0.jpg)

「桂林水墨画」の世界

「百聞は一見にしかず」。。。たぶん、これは雪舟が中国へ行って実物の山を見た時に言った言葉じゃないか! そう思ったほどですよ。

あらっ。。。デンマンさんは実物の変な山を見るために中国に行ったのですか?

もちろん、山だけを見るためではありません。 上海に行ったついでに水墨画の世界に浸りたいと思って田舎に言ったのですよ。

ところで、雪舟さんも中国に行ったことがあるのですか?

あるのですよ。 本には次のような書いてあります。

雪舟は、日本の水墨画の転換期にいる。
雪舟によって「水墨画の日本化」が“始まる”、あるいは“達成された”ということになっているからだ。
雪舟は「日本的水墨画の完成者」ということになっていて、「それまでは“本場の中国の方がエラくて、日本製のものはオリジナリティーのない二流だ”と思われていたのを雪舟が覆(くつがえ)した」ということになっている。
がしかし、これは別に室町時代の評価ではなくて、ず~っとあとの近代になってからの評価である。

 (中略)

中国から日本に帰ってきた雪舟は、大内氏の山口県には行かず、大友氏のいる大分県に行く。
なにしろ当時は応仁の乱でゴタゴタしていた。
雪舟は大分県に天開図画楼(てんかいとがろう)というアトリエを開く。
大友氏の援助があったのは当然のことだろう。
天開図画楼で制作に励んだ後、しばらくの間、雪舟は日本各地を転々と旅する。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易いように改行を加えています)


156ページ 『ひらがな日本美術氏 2』
著者: 橋本治
1997年8月25日発行
発行所: 株式会社 新潮社

遣唐使は廃止されて定期的に中国へ行くことはなくなっていたけれど、中国文化・芸術は当時ではやはり現在の“アメリカ映画”や“欧米ファッション”のようにもてはやされていた。 だから雪舟も当然、本場の水墨画に触れたいと思って当時の明国に渡ったに違いないのですよ。

。。。で、中国で絵の勉強してきたのですか?

ところが雪舟はそのつもりで中国へ行ったのだけれど、ついに素晴らしい絵の先生に恵まれなかったらしく、自分が日本で師事していた先生である周文(しゅうぶん)。 それに周文の先生である如拙(じょせつ)の絵の方が素晴らしくて、ますます日本人の二人を尊敬したと言うのですよ。

つまり、“灯台もと暗し”だったのですわね。

そうなのです。

でも、雪舟は日本各地を転々として、どうして京都に住まなかったのですか?

あのねぇ~、雪舟が生きていた頃は京都は応仁の乱で大変だったのですよ。 なにしろ、応仁の乱で戦国時代が幕を開けたようなものですからね。 雪舟が生まれたのは1420(応永27)年ですよ。 明国に渡ったのが1468(応仁2)年。 つまり、応仁の乱が勃発したので、まるで逃げるようにして中国に渡ったのですよ。 中国の各地を回り、約2年間本格的な水墨画を勉強しようとした。 結局、あまりいい先生に恵まれずに1469(文明元)年に日本へ帰ってきた。

でも、応仁の乱の最中でしょう?

そうですよ。 だから、京都を離れて各地を放浪したのですよ。 周防、今の山口県や。。。、豊後、今の大分県、それに石見にまで行って水墨画を描いた。

でも、戦国時代になるから京都以外でも戦いが始まっているのではありませんか?

でも、京都はすっかり興廃してしまって、むしろ地方に行った方がいいスポンサーが居たのですよ。 冒頭の卑弥子さんの背景になっている「破墨山水図(はぼくさんすいず)」を雪舟が描いたのは1495年、雪舟が76歳の時なのです。 今の山口県で描いたのですよ。

あらっ。。。76歳になっても、まだ絵を描いていたのでござ~ますか?

そうなのです。 1501(文亀元)年にも「天橋立(あまのはしだて)」まで行って水墨画を描いていますよ。 没年は確実な記録はないのだけれど 1506(永正3)年に87歳で亡くなったと言われているのです。 どうやら死ぬまで水墨画を描き続けていたようです。

あらっ。。。87歳まで生きたのですか。。。現在でも長寿者の仲間入りができるではござ~ませんか!

そうなのですよ。

それで雪舟さんが87歳まで生きられた事と水墨画が関係あるとデンマンさん言いたいのですか?

当然でしょう! 雪舟が生きていたのは騒乱の時代ですよ。 現在のように平和な時代ならば80歳を過ぎても生きている人は珍しくないけれど、今から500年ほど昔ですよ。 平均寿命はおそらく40歳から、長くても50歳ですよ。 織田信長が「人間50年。。。」という謡(うたい)を唸(うな)っていた頃ですからね。

つまり、水墨画を描くことによって雪舟さんは癒しを得られてストレスから開放され、癌にかからず戦争にも巻き込まれないで長く生きられたと言うのですか?

そうですよ。 だから雪舟さんが死ぬまで水墨画を描いていた事が何よりの証拠じゃありませんか!

でも、ちょっと信じられませんわ。

信じてくださいよ。 「信じる者は救われる」と言うじゃありませんか! (微笑)

それと、これとは違いますわ。 冗談言ってないで、その長寿の秘訣を話してくださいな。

あのねぇ~、雪舟さんより百年ほど前に黙庵(もくあん)さんという禅僧が居たのですよ。 この人は鎌倉幕府が滅亡する10年ほど前に、元の時代の中国に渡った。

禅の修業のためにでござ~ますか?

そうです。 日本に帰ってくる気持ちはあったようだけれど、結局日本には帰ってこないで、1345年に中国で亡くなったのですよ。

あらっ。。。まあ。。。じゃあ、デンマンさんと同じように異国で骨になったのでござ~♪~ますわね。

卑弥子さん!。。。んもお~~。。。僕はまだバンクーバーで骨になってませんよ!

冗談ですわよ。 そのようにムキにならないでくださいな。 それで、その黙庵さんがどうだとおっしゃるのでござ~ますか?

あのねぇ~、黙庵さんよりも100年後に、明の時代に中国に渡った雪舟さんは「中国にはロクな先生はいない」と言って日本へ帰ってきたのだけれど、当時の中国人で水墨画を描く連中は雪舟さんのことなど全く知らなかったに違いない。

あらっ。。。それでは、黙庵さんは中国人の間で有名だったのですか?

そうなのですよ。 中国では水墨画でチョー有名人である牧谿(もっけい)の「再来」とまで言われたのですよ。

マジで。。。?

だから日本では、ある時期まで黙庵さんを中国人だと思っていた人がほとんどだったと言うのです。

それはすごいことでござ~ますわ! それで、黙庵さんはどのような水墨画を描いたのでござ~ますか?

あのねぇ~、雪舟さんや黙庵さのように禅僧で絵を描く専門の人を「画僧」と呼んでいたのだれど、この人たちは元々禅の修業の一環として水墨画を描いた。 だから、何を描いてもいいと言うようなものではなかった。

。。。んで、「画僧」さんは何を描いていたのでござ~ますか?

本来、「道釈画(どうしゃくが)」を描く人を「画僧」と言ったのですよ。 “道”は道教、 “釈”は“釈迦”で、禅の思想にかかわってくる道教系の仙人と仏教系の人物を描いたのですよ。

それなのに雪舟さんはどうして風景画などを描いたのですか?

「道釈画」だけじゃつまらないので風景画を“禅の心”で描いたのですよ。

。。。んで、具体的に黙庵さんは、どのような「道釈画」を描いたのでござ~ますか?

僕が最も感銘を受けたのは次の「四睡図」ですよ。


(mokuan2.jpg)

こんなものにデンマンさんは感銘を受けたのですか?

あのねぇ~、これも誰かが模写したもので本物ではない。 でもねぇ~、本物を写真で見ると、それでも素晴らしさが心にひしひしと染み透って来るのですよ。

それで、具体的に何に感銘を受けたのでござ~ますか?

描く人の心が円満で癒されてなければ、とてもこの二人の表情を一筆では描けないと思ったのですよ。

二人の表情というのは中央の人物と、向かって左側の目を細めて薄ら笑いを浮かべている人のことですか?

その通りですよ。

薄ら笑いがそれほどにデンマンさんの心に染み込んだのでござ~ますか?

あのねぇ~、中央の人は「豊干禅師(ぶかんぜんじ)」という禅僧なのですよ。 なぜかいつも虎を連れているお坊さんです。 その両側の二人は寒山(かんざん)と拾得(じっとく)ですよ。 禅の修行をして悟りを開く、それで自由人になる。 寒山と拾得は子供のままジジーになったと言う自由人です。 この薄笑いには自由で癒されて満ち足りている様子が見える。

そうかしら。。。?

つまり、禅の修業を通して「道釈画」を描き、「道釈画」を描くことによって禅の修行をしている。 その禅の心がこの二人の表情に良~く出ているなァ~。。。そう思って僕は感動したのですよ。

じゃあ、「破墨山水図」を描いた雪舟さんは禅の修行をおろそかにしていたと、デンマンさんは言うのですか?

いや。。。雪舟さんは「道釈画」を書く境地で「破墨山水図」を描いたと思いますよ。 京都は応仁の乱で荒廃している。 世は戦国時代に向かって荒(すさ)んでゆく。 そのような不安で未来がないような時代にあって雪舟さんがどうして87歳まで水墨画を描いていられたのか?

雪舟さん自身が子供ジジーの心境にでもならない限り、87歳まで生きられなかったと。。。?

その通りですよ。。。水墨画を通して禅の心。。。無と、すべてのもからの自由をゲットしていたのですよ。 そうでなければ、僕の心に訴えるものがなかったはずです。


『癒しと水墨画』より
(2012年8月22日)

水墨画のことで卑弥子さんは僕とこうして対話したのをすっかり忘れていたのでしょう?

デンマンさんだってぇ、忘れていたのでしょう?

いや。。。僕は覚えてましたよ。 なぜなら、上のエピソードを見つけるために「黙庵 四睡図 エピソード」を入れて検索したのだから。。。

【ジューンの独り言】

ですってぇ~。。。
デンマンさんの説明もかなり無理をしているように見えますわ。

でも、「四睡図」を描いた黙庵さんが、初めは中国人ではないかと思われていたというのは面白いですよね。
おそらく中国人になりきったつもりで水墨画を一生懸命に描いていたのだと思います。
その執念のようなものが絵を見る日本人に“中国人”という印象を与えたのだと思います。

ところで、卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


(hime003.jpg)


『感じてストで和露他』

『笑える漢字クイズ』

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『プロメテウスの第2の火』

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『コギャルと甘え』

『癒しと水墨画』

『東電八分』

『怒りっぽいあなたに』

『床上手だよ!』

『床上手@docomo』

『漢字で体操ざ~ます』

『曲屁(きょくべ)』

『天神様と東日本大震災』

『日本は良い国か?』

『日本を良い国に…』

『エロい熟女』

『アッと驚くマキアベリ!』

『良寛さんの顔』

『あなたの中の阿修羅』

『蝦夷って悪い意味?』

『伎楽は呉の音楽?』

『呉越の謎』

『オバマ大統領と継体天皇』

『色男不比等』

『目の前で米軍のヘリが落ちた』

『見ちゃだめよ!』

『白い鯛焼き』

『真夜中のマリア』

『女に溺れる清盛』

『北本から見る富士』

『エロい源氏物語』

『ロマンと弥勒と阿修羅』

『冷血頼朝』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に
ネットサーフィンしましょう。
じゃあね。バーィ。

ィ~ハァ~♪~!

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『下つきだねって言われて…』

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『パリの空の下で』

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『畳の上の水練(2011年3月15日)』

『軍隊のない国(2011年3月21日)』

『アナクロニズム(2011年3月27日)』

ワンワンちゃん

2013年2月20日

 
 
ワンワンちゃん


(dog202.jpg)

デンマンさん。。。 今日はお犬さんの話題ですか?

そうです。 小百合さんはつまらなそうですね。

別に、つまらないとは思いませんわ。

でも、なんだか、小百合さんは溜息をついて、つまらなそうな顔をしてますよ。 

そんなことより、どうしてお犬さんの事など取り上げる気になったのですか?

あのねぇ~、夕べ、たまたまバンクーバー市立図書館から借りてきた浮世絵の本を見ていたのですよ。


(lib30217.gif)

上のリストの赤枠で囲んだ本ですか?

そうです。


(hirosh02.jpg)

この上の本の95ページに次の浮世絵が載っていたのです。


(hirosh03.jpg)

これは「木曾街道六十九次」の「長久保」の宿場です。

『広重と歩こう東海道五十三次』に、どうして「木曾街道六十九次」の「長久保」が出てくるのですか?

あのねぇ~、上の浮世絵は本文に出てくるのではなくて歌川広重の「闇の表現」という箇所に出てくる。 広重の作品の中で夜空の表現のさまざまなバリエーションを紹介しているページに出てくるのですよ。

上の「長久保」の絵は、そのバリエーションの一つということですか?

そうです。 上の絵は、実は、夜なのですよ。

夜には見えませんわね。

だから、広重が夜をどのように表現しているのかを95ページで説明しているわけです。

つまり、その事が言いたくてお犬さんを取り上げたのですか?

いや、違いますよ。 「長久保」の絵の中のワンワンちゃんをもう一度じっくりと見てください。


(hirosh05.jpg)

あらっ。。。 小さな子供がお犬さんの背中にまたがって、なんだか楽しそうですわね。

そうでしょう! 僕も子供が犬にまたがっている様子に目が留まったのですよ。

それほど上の場面がデンマンさんにとっては印象深かったのですか?

そうです。 猫の背中に子供がまたがっている絵も、あるいは写真も僕はこれまで見たことがない。 浮世絵の中で子供がワンワンちゃんの背中に乗っているのも初めて見たのですよ。

つまり、小さな子供がお犬さんの背中に乗っていることが珍しいので「ワンワンちゃん」というタイトルにしたのですか?

もちろん、それだけではありません。

他にどのような理由があるのですか?

僕は盲導犬を見るたびに、いつも感心させられるのですよ。


(dog119.jpg)

猫は子供を背中に乗せることは絶対にないと思うのです。 もちろん、「盲導猫」なんてぇ見たことがない。 やっぱり猫よりも犬の方が人間と過ごしてきた期間が長かったから犬と人間は友達のようになったのではないかと思ったたわけです。

でも、猫でも人に懐(なつ)いた頭のいい猫がいますわよ。


(cat900.jpg)

あれれっ。。。 これがその人に懐(なつ)いた頭のいい猫なのですか?

そうですわ。 最近、私が面倒を見ている野良ちゃんですわ。 とても好奇心が旺盛で何にでも興味を示すのですわ。

名前は何と言うのですか?

「デンマン」と名付けました。 うふふふふふふ。。。

やだなあああァ~。。。 僕のハンドル名を野良猫に付けてしまったのですか?

いけませんか?

いや。。。 駄目とは言わないけれど、栃木の田舎で小百合さんに野良猫扱いされているようで、ちょっとガッカリしましたよ。

そんなにガッカリしなくてもいいですわよ。 私はこの猫のデンマンちゃんをずいぶんと可愛がっているのですから。。。 (微笑)

「可愛がっている猫」で思い出したけれど、めれんげさんが三匹の猫を可愛がっているのですよ。

美女にゃ
 
 

 

我が家の長女猫です!

親バカですが、

とびっきりの美猫です

おまけに頭脳明晰!

ふと気付くと、

見とれていることも…
 
 
by めれんげ

2008.07.20 Sunday 14:10


『即興の詩 美女にゃ』より

『美女猫』に掲載
(2009年10月19日)

 

姿がいいねぇ~

うん、うん、うん。。。

猫らしい猫だよね。

姿がいいねぇ~。

テレビ出演できるよう。

\(^Д^)/ギャハハハハ。。。。

しかし、長女と次女の違いが

ものすごいねぇ~ (爆笑!)

まさか同じ親から

生まれたんじゃないよね?

\(@_@)/ キャハハハ。。。

長女も次女も個性的だけれど、

あまりにも違いすぎるよね。

でも、小説を書くとしたら、

ボクちゃんは

次女猫をモデルにしたいよう。

なんか、とっても面白い

小説になりそうジャン。

うしししし。。。

でも、一番かわゆいのは

やっぱり三女猫だよね。

まだ、個性がなくて

不安そうな様子だよう。

こういう不幸な国に生まれて

どうしたらいいニャン?

本能的に、日本の本質を

見抜いたような不安が

表情に見えますよう!

なんだか、3匹のうちでは、

一番哲学的にオツムが

良くなるような印象を

ボクちゃんは持ちますよう。

うしししし。。。

この三匹の猫を相手にしていたら、

1日退屈しないよねぇ~。

くだらない男と付き合って、

人生を無駄にするよりは、

三匹の猫ちゃんの生態を

じっくりと眺めながら、

小説を書いた方が

表現者のめれちゃんの才能が

花を咲かせると言うものですよう。

うしししし。。。

3匹の猫ちゃんは、めれちゃんに

幸せをもたらすために、

この世に生まれてきたのですよう。

ボクちゃんは、マジで、

そう信じていますよう!

ところで、平安朝の小説できた?

それもいいけれど、

『めれちゃん一家女三代記』

この方が素晴しいと思うよう。

めれちゃんのおばあちゃんの話が

特に面白そうだよう。

でも、『三匹の猫とめれちゃん』

これが、ミーちゃんハーちゃんには

最も受けるよう!

うへへへへ。。。

♪┌(・。・)┘♪ キャハハハ。。。

題材が何であれ、

めれちゃんは、間違いなく、

面白い小説を書くと

ボクちゃんは信じていますよう。

応援していますからね。

ノーベル文学賞も夢じゃないよう!

頑張ってね。

めれちゃん、バンザ~♪~イ

三匹の猫ちゃん、ばんにゃ~♪~い

(≧Д≦)ノ彡 ニャ~オウ。。。

(≧Д≦)ノ彡 プニィ~♪~

(≧Д≦)ノ彡 ニャンニャン

by デンマン

2008/07/20 6:08 PM


うちの三姉妹は、血はつながってないです~
長女はペットショップで

次女は「猫もらって下さい」の貼り紙を見て

三女は純粋の野良ちゃん

確かに次女を主人公にすると楽しそうですね!
メタボなのに、運動神経
抜群なんですよ!
そして甘え方が、最高に
可愛くて…
(今もわたしに寄り添って、のどを鳴らしてます!)

小説のほうは、進んでいません…(;Д;)
勉強する習慣が、疎かになってしまっています

うちのおばあちゃんには
楽しいエピソードが
たくさんあります♪
そして母も、かなりユニークな人なんですよ
父と母の夫婦漫才を
聞きながら、成長したわたしです

by めれんげ

2008/07/20 6:53 PM


うん、うん、うん。。。

どう見ても血がつながっているようには

見えないよね。うしししし。。。

\(^_^)/キャハハハ。。。

でも、素晴しい組み合わせですよう!

次女猫がとにかくユニークで面白いですよう。

文学的に魅力のある小説は

やっぱり、『めれちゃん一家、女三代記』だと思うよう。

これならば、直木賞か芥川賞は間違いないね。

うん、うん、うん。。。

僕ちゃんが太鼓判を押しますよう。

でも、選考委員を誰も知らないから、

裏金をつかませないと、ダメだよね。

うへへへへ。。。

でも、そこまでして、めれちゃんが

直木賞と芥川賞を欲しいとは思いませんよう。

やっぱり、狙うのはノーベル文学賞だよね。

ん。。。?

話が大きすぎるゥ?

そうかもねぇ~~

あまり大きすぎると、

次女猫が呆れて、

また眠ってしまいそうだよねぇ~。

オイ!次女猫!

眠ってる場合じゃないぞォ~

起きて、めれちゃんの小説のモデルになれ!

素晴しい作品をめれちゃんに書かせてね。

デンマンからのお願いィ~♪~

聞いてよにゅ~♪~あん。。。

デンマン!

いつまでも、バカやってる場合じゃない!

バンクーバーは午前4時になるんだよう!

では、めれちゃん、おやすみなさ~♪~い

次女猫も、しっかりと眠ってね。

じゃあね。

\(^o^)/ キャハハハ。。。

by デンマン

2008/07/20 7:54 PM


次女猫は、ぷーぷー言ってわたしに甘えた後、
ぽちゃぽちゃの身体を
横たえて寝ていますよ♪

さっきまでは、壁のぼり
上までのぼったら、
腕の力で、ドアの上の壁
にぶらさがって移動

すごい運動神経です…

by めれんげ

2008/07/23 3:19 PM


次女猫は、本当に楽しくて面白そうな

キャラクターだね。

1日中見ていても飽きないね。

次女猫の記事がたくさん書けそうですよう。

『めれんげと猫三匹ブログ』を書いたら、

きっと面白いものができあがるよう!

個性的な三匹の猫と

三人の異なる女が同居しているような

めれちゃんと織り成す愉快な物語。

考えただけでも楽しそうですよう。

うしししし。。。

めれちゃんも、時間が余って退屈したら、

そうゆうブログを立ち上げてね。

期待していますよう。

うへへへへ。。。

\(^_^)/キャハハハ。。。

by デンマン

2008/07/23 5:31 PM


猫ブログ。
楽しそうですね!
ん~。良さそうな所
探してみようかな?

by めれんげ

2008/07/23 6:26 PM


『即興の詩 美女にゃ』のコメント欄より

『美女猫』(2009年10月19日)に掲載

つまり、めれんげさんが可愛がっている三匹の猫の事が言いたかったので広重の浮世絵を持ち出してきたのですか?

もちろん、それだけじゃありませんよ!

まだ他に言いたいことがあるのですか?

ちょっと次の小文を読んでみてください。


(sky002.jpg)

その日、私は防波堤から砂浜に駆け降り、風に舞い上がって耳あてのついた帽子のような形になって、ふわふわと飛んでゆくコンビニの袋を追いかけていた。
母がコンビニで買ったアイスクリームを取り出したとき、風にあおられて袋が飛ばされ、私はそれを追いかけているのだけれど、母は防波堤に腰かけ、アイスを食べながらそんな私を見て笑っているのだった。

意外に遠くまで飛んだビニール袋に追いつき、ジャンプしてつかまえたとき、何かが走ってくる気配を感じた。
逆光でよく見えないその何かは、私の足元まで駆け寄って来て止まった。
何?
私が見下ろすと、それは黒い子犬で、その子も私を見ている。
くりくりした黒い瞳。


(dog101.jpg)

前世以来の再会だとでも言うように、その子犬は私をじっと見つめる。
私はドキドキしながら思わずしゃがんで、子犬の頭をなでた。
子犬はぶんぶんとシッポを振り、もっとなでてとばかりに小さな頭を私の手のひらにグイグイと押しつけてくる。
その間も、目はじっと私を見つめている。
私の中に何かが流れ込んでくる。
この子を連れて帰りたい!と思わず抱き上げると、私の腕の中で子犬は安心したように丸まった。

「つかまえてくれて、ありがとう」
声のほうを振り返ると、セーラー服の女の人が私の横にいた。
「ダイスケが人になつくの、はじめて見た」
女の人が両手をさしのべるようにすると、それに反応して子犬は私の腕をすりぬけて、ピョンと彼女の胸に飛び込んだ。
私は放心してしまって、ただそこに立ちつくしていた。
彼女は子犬の前足を持ち、「バイバイ」と振った。
私も「バイバイ」とつぶやき、遠ざかってゆく子犬を、姿が見えなくなるまで見つめていた。

「行こうか」
いつのまにか横に来た母に肩を叩かれた。
「見た? 今の犬見た?」
私は興奮していた。
「見てたよ。 あかりは犬、怖くないんだね」
「かわいい……」
私を見つめていた黒い瞳。
腕の中にいた温かみと重み。
それから私は街や海辺で犬を見かけると、じっと見つめてしまうようになった。


(hamabe03.jpg)

(写真はデンマン・ライブラリーより)


12-13ページ 『犬と私の10の約束』
著者: 川口 晴
2008年2月25日 第11刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋

犬と人間の心の交流があるようで、ほのぼのとした気持ちになりませんか?

そうですわねぇ~。。。


(hirosh05.jpg)

僕は浮世絵の中のこのワンワンちゃんを見た時に、上の文章が心の中に浮かんできたのですよ。

デンマンさんにも、このような経験があったのですか?

僕は子供の頃、子犬が飼いたくて仕方がなかった。 でも、母親が許してくれなかった。

デンマンさんのお母さんは犬が嫌いなのですか?

いや、好きですよ。 でも、僕に世話ができるのか? 僕は飽きっぽい性格だったから、結局、僕の母親が自分で世話をする羽目になると思ったのでしょうね。 それで、とても犬の世話どころではない!と思ったらしく、僕の気まぐれを嗜(たしな)めたのですよ。

つまり、この事が言いたかったのですか?

違いますよ。

他に何が言いたかったのですか?

上の文章には続きがあるのですよ。 上の子犬を見た「あかり」ちゃんは、当時はまだ小学校1年生か2年生なのですよ。 でも、上の様子を見ていたお母さんが「あかり」ちゃんに後で子犬のプレゼントをするのです。 それで「あかり」ちゃんは、その子犬に「ソックス」という名前を付けた。 その後、お母さんは「あかり」ちゃんが12歳の時に癌で亡くなってしまうのですよ。

あらっ。。。 「あかり」ちゃんが12歳のときにですか? 可哀想に。。。

そうなのです。 やがてお父さんと引越しをする時に犬小屋を片付けていると、奥の方から封筒が出てきた。 その手紙が次の文章です。 読んでみてください。

ごめんね、あかり。
おかあさんはあかりを置いて先に逝きます。
ソックスが生きているうちはソックスが私のかわり。
あかりを見守ってくれるよ。
そして、ソックスも、いつかはあかりより先に逝くでしょう。
そのとき、私はいよいよ念願の風になります。
いつかあかりは私を風みたいだってほめてくれたよね。
あれ、かなりうれしかった。
ちょっといたずらな風が吹いたら、私がそばにいると思ってください。

それからもうひとつ。
『犬との10の約束』は覚えてくれてる?
あれにはつづきがあります。
それは約束ではなくて、『虹の橋』という詩です。
ソックスが先に逝ってしまったあとで読んでみてね。


(dog203.jpg)

『虹の橋』
動物は、死んだあとに虹の橋と呼ばれる場所で暮らします。
そこは快適で満ち足りているのですが、ひとつだけ足りないものがあります。
それは特別な誰か、残してきてしまった誰かがそこにはいないこと。
それがさびしいのです。


(rainbow9.jpg)

草原で遊び回っている動物たちのうち一匹が突然遊ぶのをやめ、遠くに目をやります。
一心に見つめるその瞳は輝き、からだはかすかに震えはじめます。
その子は突然草原を飛ぶように走り出します。
あなたを見つけたのです。
あなたとあなたの特別な友だちは再会のよろこびに固く抱き合います。
そして、あなたを心のそこから信じているその友だちの瞳を覗き込みます。
あなたの人生から長い間失われていたけれど、
心からは一日も離れたことのなかったその瞳を。

じゃあ、元気でね。 

母より

 (写真はデンマン・ライプラリーから)


200-201ページ 『犬と私の10の約束』
著者: 川口 晴
2008年2月25日 第11刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋

なんだか、ジ~ンときますわねぇ~。。。

そうでしょう!? 猫では、こうはならないと思うのですよ。

【卑弥子の独り言】

ですってぇ~。。。
どうして小百合さんが「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれるのか?
ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよ。
小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。
小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですって。
分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。
現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


(suikyu9.jpg)

それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

とにかく、興味深い話題が続きますう。
どうか、あなたもまた読みに戻って来てくださいませ。
じゃあ、またねぇ。。。

ィ~ハァ~♪~!

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■ 『愛の追憶』

■ 『午前3時のあなた』

■ 『ビミョ~っていうか』

■ 『お股の花々』

■ 『ロマンの追憶』

■ 『ヒシしようよ』

■ 『デンマンと松本清張』

■ 『愛犬と神さま』

■ 『思い出@天の川』

■ 『ばあやと小百合さん』

■ 『座薬と軽井沢タリアセン夫人』

■ 『東電社員と愛の自転車』

■ 『梅から桜の国へ』

■ 『小百合さん@行田』

■ 『夢をかなえる』

■ 『やっぱり魂あるよね』

■ 『名物先生と斜陽日本』

■ 『言うことは誰でもできるけど…』

■ 『病気を診ずして病人を診よ』

■ 『ネットと行田中央総合病院』

■ 『行田中央総合病院』

■ 『病院の悪い評判』

■ 『どっちが親切?』

■ 『小百合さんの香り』

■ 『桜と名女優』

■ 『小さな親切』

■ 『病院を批判する意味ある?』

■ 『おいしいぬくもり』

■ 『ひねくれた大人』

■ 『虹のかなたの奇跡』

■ 『虹のかなたから生還』

■ 『義理チョコと十三夜』

■ 『愛のゼフィルス』

■ 『義理チョコと本命チョコ』

■ 『肥後ずいきと洲浜』

■ 『北本と洲浜』

■ 『小百合さんお呼びですよ』

こんにちは。ジューンです。

盲導犬の歴史は古いのですわ。

盲目の人の歩行補助に犬が使われた例で最も古いのは、ポンペイの発掘品の中に見られます。

すでに2000年以上も前に介助犬として人間のために働いていたのですね。

13世紀の中国の絵の中にも同じような絵が発見されていますが、それらはどれも長いロープで繋がれた犬が、視覚障害者を引っ張っている様子です。

確実な資料では、1819年、ヨハン・ウイルヘルム・クライン (Johann Wilhelm Klein) というウィーンの神父が、犬の首輪に細長い棒をつけ盲導犬として正式に訓練したのが最初です。

その後1916年に、ドイツ赤十字のシュターリンとドイツシェパード犬協会のシュテファニッツが、第一次世界大戦中、戦盲者のために盲導犬を育成しようとオルテブルクに学校を設立し、翌年に盲導犬が作出されて戦盲者の誘導に役立てました。

1923年にはポツダムに国立の盲導犬学校が設立され、多数の盲導犬が誕生し戦盲者の社会復帰を促しました。

警察犬の実用化を研究するためヨーロッパに滞在中であったアメリカ人のドロシー・ユーステス夫人は盲導犬の活躍に関心を抱き、スイスのヴェヴェイにある盲導犬学校での研究の後、1929年にニュージャージー州のモーリスタウン近くのホイッパニーに盲導犬育成の学校を設立しました。

これが現在、世界で最も歴史と実績のある協会 The Seeing Eye, Inc.です。

現在、アメリカ合衆国にはこの他にそれぞれが独立した組織として9つの育成施設があります。

英国では、1930年にThe Seeing Eye, Inc.より1人の指導者を招聘し、1931年に4頭の盲導犬が誕生しました。


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その後、1934年にThe Guide Dogs(The Guide Dogs for the Blind Association) が設立されました。

現在1つの本部の下に9つの訓練所があります。

盲導犬はその他豪州・オランダ・フランス・イタリア・フィンランド・スイス・ノルウェー・南アフリカ共和国、日本などで育成されています。

ところで、英語の面白いお話を集めました。

時間があったら覗いてみてくださいね。

■ 『あなたのための愉快で面白い英語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。

エロい源氏物語

2013年2月8日

 

エロい源氏物語

 


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デンマンさん。。。 「源氏物語」をエロいと決め付けるのは非常識というものでござ~♪~ますわア。


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。。。ん? 非常識。。。?

そうでござ~ますわ。。。 非常識でないならば教養が無いということですわ。

あのねぇ~。。。 「エロい源氏物語」というのは僕が言っているわけではないのですよ。

どなたが言っているのでござ~ますか?

古本屋のおっさんですよ。 ちょっと次の小文を読んでくださいよ。


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昔、「須磨返り」という言葉があって、『源氏物語』を通読しようとした者の大抵が、12帖目の「須磨」の巻あたりで息切れし、いやになって投げだしたという。
そんな自嘲(あるいは、ひやかしか)の語が流行するくらいだから、54帖全巻を読み通した者は稀なのであろう。

 (中略)

江戸時代はどうだったのだろう。
国学者はともかく、一般庶民は、この世界最古の長編小説を読んでいたのだろうか?
庶民文芸の川柳に、次のような句が見える。
「又文(またふみ)か そこらへ置けと 光る君」
「膳立(ぜんだて)を してはよばれる 光る君」

いずれも女性にもてもての主人公を詠んでいる。
文はラブレター、二句目の膳立は、女性のお誘い。
「据え膳」のことである。

 (中略)

江戸人はどこで『源氏物語』を知り、読んだのだろう?
現代のように、手軽に原文が入手でき、読めるような時代ではない。
川柳に詠むほどの知識を、どこから得たか。

庶民にとって最も身近な情報源、といえば、貸本屋だろう。
風呂敷に書物を包んで、家々を回った。
しかし、これらの貸本屋は、いわゆる古典は持ち歩かない。
ほとんど読み物である。
古典の引き合いは、まず無かったのではないか。
かわりに、備えていた本がある。
春本である。
江戸の貸本屋は実はこちらで稼いでいた節がある。

そうだ、江戸っ子は、春本で紫式部を知り、『源氏物語』を学んだのではないだろうか。
「本歌取り」を得手とする春本だから、貴公子の恋の遍歴『源氏物語』は、格好の種本ではあるまいか。

そこで調べてみた。 ある、ある。
『亥中(いなか)源氏須磨琴(ごと)』 『偽紫(にせむらさき)女げんじ』 『偽勢(にせ)紫浪華(なにわ)源氏』 『源氏思男貞女(しなさだめ)』 ……
いづれも枕絵といわれる春画本(艶本〔えほん〕という)である。
『艶紫娯拾余帖(えんしごじゅうよじょう)』 『花鳥余情吾妻源氏』 『正写(しょううつし)相生(あいおい)源氏』


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  『艶紫娯拾余帖』


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  『花鳥余情吾妻源氏』


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  『正写相生源氏』

この三冊は、浮世絵師、不器用亦平(ぶきようまたへい)こと歌川国貞の枕絵本で、「国貞三源氏」と呼ばれ有名である。

(読み易いように改行を加えました。
赤字はデンマンが強調。
写真はデンマン・ライブラリーより)


146-149ページ 『春本を愉しむ』
著者: 出久根達郎
2009年9月20日 第1刷発行
発行所: 株式会社新潮社

あらっ。。。 江戸の庶民は春本によって『源氏物語』を知ったというのでしょうか? 京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している身にとって、この事実はいささか不本意でござ~ますわ。

でもねぇ~、あんな長編の物語を庶民が読むのは無理ですよ。

そうでしょうかしら?

だってねぇ、正直に言うと僕だって源氏物語の54帖全巻を読んでませんよ。

あらっ。。。 でも、デンマンさんは知ったような事を記事に書いているではござ~ませんかア?

実は、54帖全巻には目を通しましたよ。 でもねぇ~、僕は現代文のダイジェストを読んだだけなのですよ。 原本で読む気はさらさら起こらない。

でも、高校生の頃、古文で勉強したのでしょう?

だから、その時、先生に源氏物語の本の一部を読まされたけれど、まったく面白くなかった。 それで、食わず嫌いになったのですよう。 第一、『源氏物語』の原文を読むことは現代日本人にとって、かなり難しい。 他の王朝文学と比べても語彙は格段に豊富で、内容は長くて複雑で、専門的な講習を受けないと『源氏物語』の原文を理解するのは難しいのですよ。

だったら、谷崎さんや、円地文子さん。。。あるいは瀬戸内寂聴さんの現代語訳を読めばいいではありませんか!?

源氏物語に関しては評論やエッセーや、いろいろなものを読んだから、もう知ったつもりになってしまったのですよ。 だから、「今更、原文を読むなんてぇ~。。。」という気持ちになってしまって、駄目ですよう。 とても読む気になれません。

ダイジェストで済ませているなんてぇ古典を勉強する邪道ですわ。

でも、何も読まないよりはダイジェストでもいいでしょう。 アメリカには、ちゃんとリーダーズ・ダイジェストという会社がありますよう。

アメリカはアメリカですわ。 日本には日本の古典という素晴らしい物が存在するのでざ~ますう。 だから、原文で読まなくても、せめて現代語訳で54帖全巻を読むべきですわ。

あのねぇ~、源氏物語は、昭和初期には「皇室を著しく侮辱する内容がある」との理由で、不敬の読み物だとされていた。 光源氏と藤壺女御の逢瀬などを二次創作物に書き留めたり上演したりすることなどを大日本帝国の政府は厳しく禁じたのですよ。

それは軍国主義が華やかな頃でござ~ますわ。 一時的な現象ですう。 そのような狭い考え方に凝り固まっている人たちが大日本帝国の政府に居たから戦争に負けてしまったのでござ~ますわ。 デンマンさんも書いていたではござ~ませんか!

ん。。。? 僕が。。。? なんてぇ~。。。?

アメリカは戦争に勝つためには日本人の心と文化を研究しなければならないと一生懸命に日本語を情報将校に学ばせたにもかかわらず、日本では英語の使用を大日本帝国政府が禁止してしまったと。。。

うん、うん、うん。。。 確かに日本では軍国主義や皇国史観に毒された人たちが政治や文化を主導していた時期には源氏物語はワリを喰ったのですよ。 でもねぇ~、室町時代や江戸時代にだってぇ、『源氏物語』は猥褻な書物であり、子供に読ませてはならないというような事を言ったり書いた人が居たのですよ。

つまり、江戸時代に源氏物語の春本が出回らなかったら、『源氏物語』は死滅したとデンマンさんは言うのでござ~ますか?

いや。。。 そこまでは言いません。 でもねぇ~、古本屋のおっさんが書いていたように春本に惹かれて『源氏物語』を知った人は江戸時代の庶民にはたくさん居たと思いますよ。

。。。んで、今日はその『源氏物語』の春本のエピソードをデンマンさんが披露するのでござ~ますか?

卑弥子さんだってぇ京都の女子大学で「日本文化と源氏物語」を講義しているのだから興味があるでしょう?

あたくしはエロいお話には興味がありませんわ。

卑弥子さん。。。 無理しなくてもいいのですよ。 ネット市民の皆様にバレてしまうからってぇ、そのような心にもないことを言わないでくださいよ。

デンマンさん!。。。 いい加減にしてくださいましなア! んもおォ~。。。! あたくしに「エロい女」のレッテルを貼り付けないと気が済まないのでござ~ますか? 

いや。。。 そう言う訳ではありませんよ。 僕はただ卑弥子さんの心の内が解っているから、そう言ってるまでですよ。

まるで解ってませんわア!

とにかく、せっかくここまで話を進めてきたのだから「エロい源氏物語」の話をしないことにはこの記事を終わりにすることはできないのですよ。

解りましたわ。 じゃあ、あたくしに遠慮なしにお話を進めてくださいな。

そう言いながら卑弥子さんも興味があるのでしょう!?

そのようなことはどうでもよろしいのですわ。 ガタガタ言わずに早く話してくださいなァ。

解りました。 じゃあ、「国貞三源氏」の一つである『正写相生源氏』のエピソードを話しますよ。 昭和30年4月10日に原文が伏字無しで初めて出版されたのですよ。

つまり、映倫に引っかかるような極めてエロい。。。 うふふふふふ。。。 猥褻な。。。 やらしい文章で書かれているのでござ~ますか?

卑弥子さん。。。、鼻息を荒々しくして、そのように身を乗り出さなくてもいいですよ。 ちょっと近寄りすぎです。 もう少し離れてください。 卑弥子さんの鼻息が僕の顔にマジで吹きかかっているのですよう。 んもおォ~。。。 歌川国貞の枕絵は4枚のみ。。。 でもねぇ、ノーカットで掲載されているのです。 エロに厳しかった昭和30年代としては勇気のいる出版だったのですよ。

。。。んで、『源氏物語』のどの帖なのでござ~ますか?

あのねぇ~、それが『源氏物語』の54帖のどれとも直接のかかわりはないのですよ。 ただし「ここに何れの御時にや。。。」と『源氏物語』の書き出しに似せて始まっているのです。 京は北嵯峨のあたりに、表に冠木の門を構え、築山(つきやま)や川の流れを備えた庭のある洒落(しゃれ)た屋敷があり、40歳ばかりの未亡人と14歳のひとり娘、それに二、三人の女中、老僕が住んでいるのですよ。

それで。。。?

母を浅香(あさか)といい、娘を音勢(おとせ)というのです。 家屋敷は借金の抵当(かた)に入っている。 つまり、この母と娘は貧乏な暮らしをしているのですよ。 でも、娘がチョ~美人で京の都では評判になっている。 その噂を聞きつけた21歳になる光源氏ならぬ吉光公(よしみつこう)が御所に上げよと言ってきた。

。。。で、母親はお金に目がくらんで娘を御所に上げるのでござ~ますか?

そうしないと話が進まない。 でも、この母親がどこからか吉光公の噂を聞きつけてきた。

どのような。。。?

この吉光公は好色で、その上、巨根の持ち主だという。 まだ初潮を迎えたばかりの音勢(おとせ)には荷が重過ぎる。 そこで母親は近所のお金持ちで弓削道足(ゆげのみちたる)という名の50歳になる男に性教育を頼んだのですよ。

あらっ。。。 なんとなく、あの有名な弓削道鏡をもじったような名前ですわね。

それもそのはず。 この弓削道足(ゆげのみちたる)という男も巨根の持ち主なのですよ。

あらっ。。。 50歳になる巨根の持ち主に14歳の娘の性教育を頼んだのでござ~ますか?

そうなのですよ。 娼家では生娘(きむすめ)を店に出す前に、世慣れた年寄りに「水揚(みずあ)げ」をしてもらう。 つまり、男女の道を実地に教えるわけですね。 この初老の男は、かなり乗る気で「10両出すからぜひワシにやらせてくれ」と言う。 母親はお金が欲しいから二つ返事でお願いしますと言った。

でも、14歳の娘には、母親は何と言って説得したのでござ~ますか?

御殿勤めに必要な作法だから一生懸命に勉強するようにと。。。

あらっ。。。 そのようなことを。。。? マジでござ~ますか?

そのように話が進んでゆくのですよ。

あのォ~。。。 前置きはこのぐらいでけっこうでござ~ますから。。。 あのォ~。。。 エロいお話をしてくださいなァ。 うふふふふふ。。。 そろそろこの記事を読んでくださっているネット市民の皆様も退屈していると思うのでござ~ますわァ。

あれっ。。。 卑弥子さんも退屈し始めているのですか?

あたくしの事はどうでもよいのですわ。 それよりも、この記事を読んでくださっているネット市民の皆様にエロいお話をしないといけませんわ。 「エロい源氏物語」というタイトルを掲げたのですものォ~。。。、エロいお話がないと誇大広告になってしまいますわァ。

解りました。 じゃあ、すぐにエロい場所に飛躍しますね。 卑弥子さんもじっくりと読んでみてください。

音勢(おとせ)は夜に入っても帰らない。
(母親の)浅香の酌で酒を飲んだ吉光公は、したたかに酔い、横になる。
浅香がまめまめしく尽くす。
当然のなりゆきとなる。

 (ここからは読み下し文)

浅香は久しく男の傍らを、遠ざかりつることなれば、歳はとっても何となく、初々しさに気もときめき、自由になれば吉光は、やがて抱きしめ手をやつて、山繭の腰巻を、探りひらきて内股へ、わり込み給へば思ひの外、肌ざわりさへすべすべし、毛はふつさりと房やうじを、並べていぢる如くなる、


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だんだん奥へさしこむ手先に、紅舌(さね)はさはれどこの辺り、吐淫ぬらぬら溢れ出て、滑(ぬめ)りて紅舌もつままれず、況(ま)して陰門の両淵は、流るるばかりのありさまに、吉光もはや堪(たま)りかね、両手でぐつと内股を、おし広げて足を割込み、鉄火に等しき一物をあてがひて二腰三腰、おせば下より持ち上げる、はずみにぬるぬる毛際まで、何の苦もなく押し込めば、その開(ぼぼ)中の温かさは、いふも更なり忽地(たちまち)に、子宮(こつぼ)ひらけて鈴口を、しつかと咥(くわ)へて内へひく、その心よさ気味よさは、何に喩(たと)へんものもなく、吉光は目を細くなし、口をすぱすぱ吸いながら、大腰小腰九浅一深、上を下へとつき立て給ふに、浅香は子供を二三人産みたる開(ぼぼ)にて、さまざまの道具だてさへ多ければ雁首(かりくび)より胴中へ、ひらひらしたもの巻きついて出しいれのたび玉茎(たまぐき)をしごくやうにてえも言はれず、吉光あまたの側室を抱へ、いろいろ楽しみたりといへど、かかる稀代の上開(ぼぼ)は、いまだ覚えぬばかりにて、それいくいくア、またいくと、浅香が背中へ手をまわし、力一ぱい抱きしめて、嬌(よが)り給へばさらぬだに、浅香は誠に久しぶり、殊(こと)には太く逞しき、一物に突きたてられ、ヒイヒイフウフウム、フウと、声をも立てず最初から、精をやりつづけて息もはづみ、正体もなき折からに、


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アアソレいくよまたいくよと、男に嬌(よが)りたてられて、何かは以(もっ)てたまるべき、五臓六腑を絞るばかり、陰水どろどろずるずると限りもあらず流れ出て、昔を今にかへり花、たのしく其夜を明したり。

 (ここから現代文)

そもそも浅香は色好みの性で、15歳で大納言蟻盛卿のおそば勤め中にお手がつき、というより浅香の方から手を取りて、あげくは妊娠、卿は実家に帰らせる。


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産まれたのが音勢である。
世間の手前、出産前に婿を迎えたが、とんでもない食わせ物で、すぐさま離縁した。

(読み易いように改行を加えました。
赤字はデンマンが強調。
写真はデンマン・ライブラリーより)


158-160ページ 『春本を愉しむ』
著者: 出久根達郎
2009年9月20日 第1刷発行
発行所: 株式会社新潮社

デンマンさん。。。 どうして読み下し文を現代文になさらないのでござ~ますか?

「読み下し文」そのままの方が、なんだかずっとエロいのですよう。 卑弥子さんも、そう思いませんか?

そうかしら? でも、娘の「水揚げ」の場面がないではござ~ませんか?

あのねぇ~、 この場合、娘の音勢(おとせ)よりも色好みの母親・浅香の方がエロっぽいのですよう。

それはデンマンさんの個人的な意見でざ~ますわ。 音勢(おとせ)のことを思わせぶりに語っておきながら、「水揚げ」の場面がないので、この記事をお読みになっているネット市民の皆様方はガッカリしていると思いますわ。

あのねぇ~。。。、音勢(おとせ)の場面を読みたい人は地元の図書館で『春本を愉しむ』を借りて読んでみてください。

【ジューンの独り言】


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ですってぇ~。。。
わたしもバンクーバー図書館で『春本を愉しむ』を借りて読んでみたいと思いますわ。

歌川 国貞(うたがわ くにさだ)は1786(天明6)年に生まれ、1865(元治元)年に亡くなっています。
79歳でした。
のちの三代目・歌川豊国のことです。
墓所は亀戸の光明寺にあり、墓も現存しています。
明治維新になる3年ほど前に亡くなったのですわね。

作品の数は浮世絵師の中で最も多いそうです。
その作品数は1万点以上に及ぶと言われています。

柳亭種彦『偐紫田舎源氏』の挿絵は「源氏絵」ブームを巻き起こし、歌舞伎にも影響するほどでした。
また国貞時代の春画も彼の力量を良く伝えるものです。
代表作として「浮世名異女図会」、「思事鏡写絵」、「当世美人合」、「当世美人流光好」、「時世江戸鹿子」、「江戸名所百人美女」、「星の霜当世風俗」などといった美人画シリーズに秀作があります。
春画もたくさん描いたのですわね。

ところで、卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


『感じてストで和露他』

『笑える漢字クイズ』

『哀れなネアンデルタール』

『佐伯今毛人は臆病者か?』

『笑わせる漢字でござ~ます』

『卑弥子@婚活』

『プロメテウスの第2の火』

『うむうむ、ふむふむ人間』

『コギャルと甘え』

『癒しと水墨画』

『東電八分』

『怒りっぽいあなたに』

『床上手だよ!』

『床上手@docomo』

『漢字で体操ざ~ます』

『曲屁(きょくべ)』

『天神様と東日本大震災』

『日本は良い国か?』

『日本を良い国に…』

『エロい熟女』

『アッと驚くマキアベリ!』

『良寛さんの顔』

『あなたの中の阿修羅』

『蝦夷って悪い意味?』

『伎楽は呉の音楽?』

『呉越の謎』

『オバマ大統領と継体天皇』

『色男不比等』

『目の前で米軍のヘリが落ちた』

『見ちゃだめよ!』

『白い鯛焼き』

『真夜中のマリア』

『女に溺れる清盛』

『北本から見る富士』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に
ネットサーフィンしましょう。
じゃあね。バーィ。


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ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』


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■ 『軽井沢タリアセン夫人 – 小百合物語』

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『夢とロマンの横浜散歩』

『愛とロマンの小包』

『下つきだねって言われて…』


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『銀幕の愛』

『パリの空の下で』

『愛の進化論』

『畳の上の水練(2011年3月15日)』

『軍隊のない国(2011年3月21日)』

『アナクロニズム(2011年3月27日)』


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かわゆらしそう

2012年12月31日

 
 
かわゆらしそう
 


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デンマンさん。。。 あんさんは浮世絵などを持ち出してきて何をしようとしやはるのォ~?

めれちゃん。。。 上の浮世絵をじっくりと見てみィ~なァ。

母親が赤ちゃんをいかにも愛(いと)おしそうに抱っこしてはりますやん。

そうやァ。。。 右上の隅を見て欲しいねん。

何やらぼんやりとしてよう分からへんわ。

次のように書いてあるねん。


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「かわゆらしさう」と書いてありますやん。 それで、あんさんは「かわゆらしそう」というタイトルにしやはってんなァ。

そうやァ。。。 旧仮名遣いで書くと「かわゆらしそう」は「かわゆらしさう」と書くねん。

現代仮名遣いでは「かわいらしそう」と書くのとちゃうのォ~?

わても、実は、そう思ったのやがなァ。 「内室」とは身分の高い奥さんのことをそう呼ぶねん。 つまり、身分の高い母親が赤ん坊を可愛くてたまらんようにして抱っこしているのが上の浮世絵やがなァ~。

どないなわけで上の浮世絵には「かわゆらしさう」と書いてあるん?

あのなァ~、上の浮世絵を描いたんは月岡芳年という人やねん。

月岡 芳年(つきおか よしとし)


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生年: 1839年4月30日(天保10年3月17日)
没年: 1892年(明治25年)6月9日

日本の画家。幕末から明治前期にかけて活動した浮世絵師である。
姓は吉岡(よしおか)、のちに月岡。本名は米次郎(よねじろう)。
画号は、一魁斎芳年(いっかいさい よしとし)、魁斎(かいさい)、玉桜楼(ぎょくおうろう)、咀華亭(そかてい)、子英、そして最後に大蘇芳年(たいそ よしとし)を用いた。

河鍋暁斎、落合芳幾、歌川芳藤らは歌川国芳に師事した兄弟弟子の関係にあり、特に落合芳幾は競作もした好敵手であった。
また、多くの浮世絵師や日本画家とその他の画家が、芳年門下もしくは彼の画系に名を連ねている。

歴史絵、美人画、役者絵、風俗画、古典画、合戦絵など多種多様な浮世絵を手がけ、各分野において独特の画風を見せる絵師である。
多数の作品があるなかで決して多いとは言えない点数でありながら、衝撃的な無惨絵の描き手としても知られ、「血まみれ芳年」の二つ名でも呼ばれる。
浮世絵が需要を失いつつある時代にあって最も成功した浮世絵師であり、門下からは日本画や洋画で活躍する画家を多く輩出した芳年は、「最後の浮世絵師」と評価されることもある。

昭和時代などは、陰惨な場面を好んで描く絵師というイメージが勝って一般的人気(専門家の評価とは別)の振るわないところがあったが、その後、画業全般が広く知られるようになるに連れて、一般にも再評価される絵師の一人となっている。


出典: 「月岡芳年」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

幕末から明治前期にかけて活動した浮世絵師やのね。

そうやァ。。。 そやから当然、旧仮名遣いで説明が書いてあるというわけやァ。

。。。んで、どないなわけで、あんさんは「かわゆらしそう」を取り上げはったん?

現在生きている日本人は「かわいらしそう」と言う人がほとんどやと思うねん。

そうですう。 「かわゆらしそう」なんて言う人はまずおまへん。

そうやろう?。。。 そやから、幕末から明治前期にかけて生きていた日本人は、どないなわけで「かわゆらしそう」と言うたのか気になったのやがなァ。

それで、こうして記事に取りあげはったん?

あきませんか?

かめへんけど、あんさんはその理由を突き止めはったん?

そうやァ。

もったいぶらないで教えてくれへん。

あのなァ~、天照大神と関係あるねん。

てんしょうだいじんって何。。。?

めれちゃん、笑ってもらおうとして、そないに無理して読まんでもええねん。 わてのブログを読みはる人は、ほとんどすべての人が「あまてらすおおみかみ」と読むことを知っておるねん。

。。。んで、その神さんがどないしやはったん?

あのなァ~、わては、たまたまバンクーバー図書館から『平家物語』を借りて読んだのやがなァ。


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(■『女に溺れる清盛』より)

そう言えば『女に溺れる清盛』の記事の中で、そないな事を書いてましたなァ。。。で、『平家物語』にどないな事が書いてありましてん?

ここに書き出すよってに、めれちゃんも読んでみィ~なァ。


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ところで内侍所(ないしどころ)の神鏡というのは、むかし天照大神が天岩戸に閉じこもろうとなされた節、どうぞして自分の姿かたちを写しておき、子孫に見せてやりたいという御心から、御鏡を鋳造された。
最初のものは気にいらないというので、さらに二つめの物を造りかえられた。
最初にできた御鏡は、紀伊国日前(きいのくにひのまえ)、国懸(くにかかす: 和歌山市秋口)の社(やしろ)にまつられた。
二番目の御鏡を、御子(みこ)の天忍穂耳尊(あまのにいほみのみこと)に授けられ、「同じ御殿のうちに置きなさい」と仰(おお)せられた。

さて天照大神が天岩戸に閉じこもられ、天下がくら闇となったので、八百万代(やおよろずよ)の神々がより集まり、岩戸の口で御神楽(みかぐら)を奏したところ、天照大神が感心され、岩戸を細めにひらいて見物なされた時、神々の顔が互いにほの白く見えたことからして、面白いという言葉がはじまったと聞いている。


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(デンマン注:読み易いように改行を加えました。
イラストはデンマン・ライブラリーより)


187ページ 『平家物語(下)』
2004年10月20日 初版発行
現代語訳: 中山義秀
発行所: 河出書房新社

『平家物語』は鎌倉時代に書かれましたのやろう?

そうやァ。

。。。つうことわァ~、鎌倉時代にも天照大神の天岩戸(あまのいわと)伝説は広く知られておりましたのやねぇ?

そういうことになるなァ~。。。 そやけど、不思議なことに天宇受売命(あめのうずめのみこと)が出てきよらん。 天下がくら闇となったので、八百万代(やおよろずよ)の神々がより集まり、その時、人気者の天宇受売命がやって来たのやがなァ。 天の香久山のひかげのかづらをたすきにかけ、まさきのかづらを髪飾りにし、魔よけの笹の葉を手に持って、ステージがわりの大きなおけを伏せてその上に乗り、とんとんリズムをとりながら面白おかしく踊り始めたのやがなァ。

あんさんは見てきたようなことを言うけれどホンマかいなァ~?

あのなァ~、この場面はチョー有名なんやでぇ~。。。そやから、たいていの人が天照大神の岩戸の伝説といえば、天宇受売命を思い出すねん。

それで、あめのうずめのみことは、どうしやはりましてん?

ドンちゃん騒ぎが始まったのやがなァ。。。 調子に乗った天宇受売命は、しだいしだいに神がかり状態になり、踊り狂い出しはった。 しかも、オッパイは左へ右へ、上へ下へと揺れ動き、裾はめくれて大切な物があらわに見え隠れしたのやがなァ。。。


(uzume05b.jpg)

あらっ。。。 この天宇受売命(あめのうずめのみこと)は卑弥子さんに似てますやん。。。

うん、うん、うん。。。 たぶん、天宇受売命は卑弥子さんのような陽気な人だったのやがなァ。 とにかく、これが日本初のストリップということになってるねん。

。。。で、そのことが「かわゆらしそう」と関係あるのォ~?

もちろんやがなァ。 関係ない事をこれほどクドクド話すかいなァ。 要するに、神々の顔が互いにほの白く見えたことからして、面白いという言葉がはじまったのやがなァ。 つまり、「面」とは顔のことやんかァ。 それに「面映い」という言葉があるねん。 めれちゃんも聞いたことがあるやろう?

おますう。

この「面映い」と言うのんは、そやから「面」は顔、「映い」は照り輝いてまぶしいと言うことやんかァ。 「面」と「顔」は同じ意味やから、「顔映い(かおはゆい)」とも言えるねん。 それが転じて「かわゆらしい」→「かわいらしい」になったということやがなァ。

ホンマかいなァ?

昔の人は、恥ずかしがっている様子を「かわいい」と思ったのやァ。

そやけど天宇受売命(あめのうずめのみこと)はんは、恥ずかしそうに踊ってえ~へんでぇ~。。。

あのなァ~、天宇受売命はんは卑弥子さんに似ておったさかいに、得意になって踊ってしもうたけど、天宇受売命はんが平安時代に生まれておったら「恥ずかしい」そうに踊るねん。 つまり、「かわいい」という感じになるわけやがなァ。

つまり、恥ずかしそうにしてへんと、「かわいい」と言ってもらえへんかったのォ~?

昔はそうらしかったでぇ~。。。 そやけど、現在では恥ずかしそうにすると「ぶりっ子」に見られてしまうので恥ずかしそうにせ~へんようになったまでやァ。

ホンマかいなァ~。。。?

【ジューンの独り言】

ですってぇ。。。
あなたも、そう思うでしょう?

ところで、月岡芳年(つきおか よしとし)は、歴史絵、美人画、役者絵、風俗画、古典画、合戦絵など多種多様な浮世絵を手がけ、各分野において独特の画風を見せた絵師です。
衝撃的な無惨絵もたくさん描いたので、「血まみれ芳年」としても知られていました。
それでも、浮世絵が需要を失いつつある時代にあって最も成功した浮世絵師です。
そのようなわけで、「最後の浮世絵師」と評価されることもあります。

また次のように奇妙な絵を描く絵師でもありました。


(muma08.jpg)

これは月岡芳年の「幽霊画」です。
奇妙でありながら面白い発想で「幽霊」を描いています。

さらに、次のように陰惨な場面も好んで描いています。


(muma05.jpg)

そのようなわけで、陰惨な絵を描く絵師というイメージが勝っており、
江戸時代後半の他の有名な浮世絵師と比べると一般的人気は振るわなかたようです。

でも、最近になって、月岡芳年の画業全般が広く知られるようになるに連れて、一般にも再評価される絵師の一人となっています。

とにかく、次回も面白い話題が続きます。
あなたもどうか、また読みに戻ってきてくださいね。
では、また。。。

メチャ面白い、

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(uzume06b.jpg)

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『自殺の名所』

『マジで自殺したいの?』

こんにちはジューンです。

かつてデンマンさんが小泉八雲を紹介していました。

八雲(ラフカディオ・ハーン)は

次のように言っていたのです。

日本女性を道徳的、宗教的信念を持った

愛らしい倫理的創造物である

明治時代の日本の女性は、

そうであったのかもしれません。

でも、最近になって日本の女性も変わったようですね。

一つの事件を取り上げて、そう言うのも

独断過ぎると思いますけれど、

「苫小牧子殺し事件」は象徴的な事件だったと

思いますわ。そして痛ましい事件でした。

北海道・苫小牧の何処かで、3歳の長男と

1歳の三男の兄弟が鍵の掛かったアパートに

閉じ込められ放置されのですわ。

長男は生米や冷蔵庫のマヨネーズやケチャップで

飢えをしのいだのです。

三男は飢餓と低体温症で亡くなってしまいました。

昼間に自動的に入る暖房で、餓死した弟が

無残に腐食する横で、お兄ちゃんは

必死で飢えを凌ぎ生き抜いて、

ママの帰りを待ち続けたというのです。

でも、ママは新しいボーイフレンドの部屋に住み着いて

1ヶ月以上、子供たちの養育を拒み、

ボーイフレンドと遊んで暮らしていたのです。

もう、死んでいるのではないかと思って、

アパートに戻ると、長男は生きていた。

「何で生きてるの?」

冷血女性のママは長男を見て

まず、そう感じたと言うのです。

人間は、それほどまでに非情に

冷血になれるものでしょうか?!

何度読んでみても、亡くなった子供のために

涙が流れてきますわ。(めそめそ。。。)

「苫小牧子殺し事件」のことは

次の記事の中で引用されています。

『愛の進化論』

ところで、卑弥子さんが面白いお話を集めて

楽しいサイトを作りました。

次のリンクをクリックして

ぜひ覗いてみてくださいね。

■ 『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ

ムカつく写真狩り

2011年8月11日

 
ムカつく写真狩り
 
  


 
 

『写真狩りでワロタ』

(2011年8月8日)

デンマンさん。。。あんさんの記事が、また写真狩りに遭(あ)いはったん?

そうやァ。 まったくムカつくでぇ~。。。

ムカつくだけ損やんかァ。

さよかァ~。。。?

そやかてアメブロで言葉狩りや写真狩りに遭(お)うているブロガーは延べ 614,000人も居(お)りますのやでぇ~。。。

あれっ。。。めれちゃんも調べてみたのんかァ?

調べてへん。 あんさんと小百合さんが対話している次の記事を読みましてん。

『写真狩りでワロタ』

(2011年8月8日)

この上の記事の中に検索結果が出てましてん。 要するに、アメーバ・ブログ(http://ameblo.jp/)の管理人さんが教養のない愚かな人物やということですやん。

めれちゃんも、そう思うのか?

そやかて、次の記事は他のサイトでは問題にされてへんのやろう?

“Amazing Grace”

(August 5, 2011)

その通りやがなァ。 まったく問題にされておらんのや。 その証拠に次の記事をクリックすると、すべて公開されてるねん。


“Amazing Grace” (Denman Blog)
(August 5, 2011)

“Amazing Grace” (次郎のブログ)
(August 6, 2011)

“Amazing Grace” (徒然ブログ)
(August 6, 2011)

“Amazing Grace(PART 1 OF 3)”
(August 6, 2011) (デンマンのブログ)

“Amazing Grace(PART 2 OF 3)”
(August 6, 2011) (デンマンのブログ)

“Amazing Grace(PART 3 OF 3)”
(August 6, 2011) (デンマンのブログ)

“Amazing Grace(PART 1 OF 3)”
(August 6, 2011) (EXBLOG)

“Amazing Grace(PART 2 OF 3)”
(August 6, 2011) (EXBLOG)

“Amazing Grace(PART 3 OF 3)”
(August 6, 2011) (EXBLOG)

“Amazing Grace” (アニセン ブログ)
(August 6, 2011)

“Amazing Grace” (Edita ブログ)
(August 6, 2011)

“Amazing Grace” (Blogspot ブログ)
(August 6, 2011)

他のサイトではまったく問題にされておらんのに、アメーバ・ブログ(http://ameblo.jp/)ではアカンのやろォ~?

アカンのやァ。 そやさかいに次のように写真狩りされて未公開にされてしもうてるのやァ。

ホンマやわァ~。。。アメブロ(http://ameblo.jp/)の管理人さんは愚かな事をやっていることがどうして分からへんのやろか?

自分では正しい事をしておると思い込んでおるねん。 つまり、太平洋戦争中に言論統制をしやはった日本帝国の愚かな役人と変わりがないねん。

お粗末な言論統制

日本帝国政府と表現の自由

昭和15(1940)年3月、(日本帝国)政府は映画会社やレコード会社に、芸名が「ふまじめ」「不敬」「外国人と間違えやすい」ものを改名するように命じました。 国粋主義で徹底しようというわけですね。

漫才師のミス・ワカナ、歌手のディック・ミネ、東宝映画の藤原釜足(かまたり)、日活の映画の尼(あま)リリスなどがだめで、ディック・ミネはたしか、「三根耕一(みねこういち)」と改名したと思います。 黒澤明監督の『七人の侍』などに出演した藤原釜足も、後に元に戻しましたが、戦争中は藤原鶏太(けいた)と改名したはずです。

また戦争なんかしていないのに、「敵性言葉」を使うな、というのでプラットフォームは「乗車廊(じょうしゃろう)」、ビラは「伝単(でんたん)」、ラグビーは「闘球(とうきゅう)」、パーマネントは「電髪(でんぱつ)」、ペニシリンは「碧素(へきそ)」、カビだから緑なんですね。 またアメリカンフットボールは「鎧球(がいきゅう)」、スキーは「雪艇(せきてい)」、野球のスタルヒン投手は須田博(すだひろし)と変えられました。

ストライクは「よし」、ボールは「だめ」、というのは有名な話ですが、実際そこまでやったかはさだかでないものの、少なくとも横文字は片っ端から禁止と槍玉にあげられた記憶があります。 とにかくすべては国粋主義でいかねばならなくなった。

また時局にあわない不真面目なことはいかん、という命令が出て、落語協会までが、あるまじきことながら「自粛」して、遊郭、妾(めかけ)、不義、好色など53の噺を演じないことにし、浅草本法寺に「はなし塚(づか)」をつくて葬ってしまいました。 いやはや、お粗末な話でした、というしかありません。

(注: イラストはデンマン・ライブラリーより
赤字はデンマンが強調)


276 – 277ページ
『昭和史 (1926-1945)』
著者: 半藤一利
2009年6月11日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 平凡社

ホンマに笑えますやん。 うふふふふふ。。。それやのにアメブロ(http://ameblo.jp/)の管理人さんは自分が愚かな事をやっているのがマジで分からへんのやろか?

分からへんねん。 そやからドアホなのやァ。 それで愚かな言葉狩りや写真狩りをやって 614,000件もの記事を未公開にしてしもうたのやがな。

あんさんがアメブロ(http://ameblo.jp/)の愚かな管理人さんにも分かり易いように説明してあげたらどうなん?

そうやなァ~。。。でもなァ、アメブロ(http://ameblo.jp/)の愚かな管理人は、わてが噛んで含めるように説明したとて理解できへんと思うでぇ~。。。

そないな事を言わんでアメブロ(http://ameblo.jp/)の愚かな管理人さんにも理解できるように説明してあげてぇ~なァ!

あのなァ~、ジューンさんがアメブロ(http://ameblo.jp/)の愚かな管理人にも分かるように説明してあげてるねん。

どこで。。。?

次のようにジューンさんがアメブロ(http://ameblo.jp/)の愚かな管理人にも分かるように説明してあげてたのやがなァ。

こんにちは。ジューンです。

何をもって言葉狩りとするのでしょうか?

差別そのものと同様、

言葉狩りは、用語が使用された場合ごとの

関係者の主観に基く部分が大きいですよね。

規制が過剰あるいは

不適切な場合が多いようです。

たとえば、かつて、フルーツブログでは

「セックス」が禁止語でした。

「セックス」を禁止用語にするなんて、

ちょっと考えられませんよね。

呆れて開いた口がふさがりませんわ。

葛飾北斎の漫画を表示禁止にするのも

「セックス」を禁止用語に指定するほど

滑稽だと思います。

あなたも、滑稽な事をすることはあっても、

愚かな人間にだけはならないでくださいね。

うふふふふふ。。。


 
ところで、英語の面白い話をまとめました。

興味があったら、

次のリンクをクリックして

読んでください。

■ 『あなたのための 楽しい英語』


『写真狩りでワロタ』より
(2011年8月8日)

あらっ。。。ホンマやわ。 つまり、アメブロ(http://ameblo.jp/)の愚かな管理人さんの主観に基づいて写真狩りの基準が過剰か不適切になっておるねんなァ。

その通りや。

そやけど、その証拠でもあるのォ~?

もちろんやァ。 実は次の写真が問題になってるねん。

この上にはたくさんの写真が貼ってあるやん。 これすべてが一つの写真になってるのォ~?

そうなのやァ。

つまり、素っ裸になっているおっちゃんが居るのでアメブロ(http://ameblo.jp/)の愚かな管理人さんがアッカ~ンと言うてるねんなァ。

そうやァ。。。でもなァ~、これはギャグやねん。 言ってみればユーモアやがなァ~。。。青少年の精神衛生上に害悪を催すようなものではあらへん。 そやから、他のサイトではまったく問題にされておらんのやァ。

つまり、アメブロ(http://ameblo.jp/)の愚かな管理人さんの判断基準が愚かで可笑しい、笑えると、あんさんは言わはるの?

そのとおりやァ。 しかも、アメブロ(http://ameblo.jp/)の愚かな管理人だけでは、あまりにも調べる記事が多いので、愚かな管理人は手下を使っておるねん。

どうして、あんさんにそないな事が判りはるのォ?

つまり、愚かな管理人と、そのスタッフの判断基準がまちまちやから。。。、要するに自分勝手に、その場の気持ちで判断しているのやァ。 そやから『Amazing Grace』では禁止されている同じ写真が『Roly-poly in the North』では問題にされておらん。

マジで。。。?

ウソだとおもうなら、次のリンクをクリックして読んでみィ~なァ。

“Roly-poly in the North”

(2011年7月31日)

あらっ。。。ホンマやわ。 素っ裸になっているおっちゃんの写真が出てきますやん。

そうやろう!?。。。それにもかかわらず、アメブロ(http://ameblo.jp/)の管理人もスタッフも自分の気の向くままに他の記事では“amebaの健全なサイト運営にふさわしくない表現”と勝手に決め付けておるねん。 つまり、明確な判断基準をアメブロ(http://ameblo.jp/)の愚かな管理人は設定しておらんのやァ。 そやから、どの写真が写真狩りに遭(あ)ったのかも明確に表示しておらへん。 要するに、やる事が大日本帝国の言論統制の役人よりもお粗末なのやがなァ。 そやから、わてはアメブロ(http://ameblo.jp/)の管理人が愚かで教養がなく芸術が全く理解できないダメな人間だと言うてるねん。

あんさん。。。そのように、はっきりと言うたらアッカ~♪~ン!

どうしてアカンのやァ~?

アメブロ(http://ameblo.jp/)のアホな管理人さんが気い悪くしやはる。

あのなァ~。。。アメブロ(http://ameblo.jp/)の愚劣な管理人のおかげで、わてこそムカついて気を悪くしてるねん。

それほどムカつくのやったら、アメブロに投稿するのを止めればええやん?

あのなァ~、わては言論の自由と表現の自由を守りたいねん。

愚かな管理人さんが居るアメブロ(http://ameblo.jp/)以外のほとんどのサイトではちゃんと言論の自由と表現の自由を守っていますやん。

そやけどな、アメブロ(http://ameblo.jp/)の愚かな管理人のようなダサい人間が増えては困るのやァ。 そやから、わてはこないに批判しておるねん。 この愚かな管理人は歴史を学んでおらへん。

歴史を学ばない者は

過去の過ちを繰り返す

そやから太平洋戦争中の大日本帝国の役人のような愚かな過ちを犯してるねん。 戦前の日本人の3分の2が戦争は避けられると思っていたのにもかかわらず、あの悲惨な戦争に走ってしまったのはアメブロ(http://ameblo.jp/)の愚かな管理人のようなダサい人間が言論統制をしたことによって、日本人の多くの人が知るべき真実を知らされなかったのやがなァ。

不穏(ふおん)表現取締り

その年(昭和15年)の12月頃、雑誌「文藝春秋」が「日米戦争は避けられるか」というアンケートをしました。
掲載は翌年1月号で、回答は「避けられる」412人、「避けられない」262人、「不明」11人。
この時すでに約3分の1の日本国民は、もはや戦争は避けられないと思っていたのですが、逆に3分の2の人はまだ避けられると考えていたわけです。
ただ、雑誌がこんなことをやっていたのもこの頃までで、昭和16年に入りますと統制は厳しさを増します。
治安維持法、国家総動員法、言論出版集会等臨時取締法、軍機保護法、不穏(ふおん)文章臨時取締法、戦時刑事特別法など、マスコミはありとあらゆる法令によってがんじがらめとなり、息もつけないような状態になるのです。

(注: イラストはデンマン・ライブラリーより
赤字はデンマンが強調)


319ページ
『昭和史 (1926-1945)』
著者: 半藤一利
2009年6月11日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 平凡社

分かるやろう!? 本来ならば、アメーバ・ブログ(http://ameblo.jp/)の管理人のような人物こそ、言論の自由や表現の自由を守らなければならない。 そやけど、ドアホなことに、教養のない、芸術がどういうものか理解できないアメブロの管理人は太平洋戦争中の日本帝国政府の愚かな役人に成り下がってしもうた。

そうやろか?

そないな愚かな管理人が多くなると、日本はますます悪い方向に進んでゆくねん。

見れども見えず

昭和10年代の日本人は、世界そして日本の動きがシカと見えていなかったのじゃないか。 そう思わざるをえない。
つまり時代の渦中にいる人間というものは、まったく時代の実像を理解できないのではないか、という嘆きでもあるのです。 とくに一市民としては、疾風怒濤の時代にあっては、現実に適応して一所懸命に生きていくだけで、国家が戦争へ戦争へと坂道を転げ落ちているなんて、ほとんどの人は思ってもいなかった。

これは何もあの時代にかぎらないのかもしれません。 今だってそうなんじゃないか。
なるほど、新聞やテレビや雑誌など、豊富すぎる情報で、われわれは日本の現在をきちんと把握している、国家が今や猛烈な力とスピードによって変わろうとしていることをリアルタイムで実感している、とそう思っている。 
でも、それはそうと思い込んでいるだけで、実は何もわかっていない、何も見えていないのではないですか。
時代の裏側には、何かもっと恐ろしげな大きなものが動いている、が、今は「見れども見えず」で、あと数十年もしたら、それがはっきりする。

歴史とはそういう不気味さを秘めていると、私には考えられてならないんです。 ですから、歴史を学んで歴史を見る眼を磨け、というわけなんですな。 いや、これは駄弁に過ぎたようであります。

(注: イラストはデンマン・ライブラリーより
赤字はデンマンが強調)


267 – 268ページ
『昭和史 (1926-1945)』
著者: 半藤一利
2009年6月11日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 平凡社

つまり、アメーバ・ブログ(http://ameblo.jp/)の愚かな管理人さんは「言論の自由」も「表現の自由」も、その大切さが分からへんと、あんさんは主張しやはるのォ~?

その通りやァ。 歴史を学んでへんから、「言論の自由」と「表現の自由」を守らなければならない立場にある者が、愚かにも「表現の自由」を自分で統制してるねん。 自分で自分の首を絞めてることが、愚かだから理解できへん。

そやったら、あんさんが直接アメーバ・ブログ(http://ameblo.jp/)の愚かな管理人さんに注意すればええやん?

あのなァ~、言っても愚かな管理人には分からへん。

その根拠は。。。?

なぜなら、これまでにも、わてはGOOGLE検索結果を何度も記事の中で表示してるねん。

『あなたが読んでいる現時点での検索結果』
( ↑ ここをクリック!)

当然、アメーバ・ブログ(http://ameblo.jp/)の愚かな管理人も、この検索結果を見てる。 それやのに、未だに分からへん。 とにかく、表現の自由を認めず、言葉狩り・写真狩りをしているようなサイトからはメンバーが離れてゆくねん。 

そやけど、何をするのもアメーバ・ブログ(http://ameblo.jp/)の管理人さんの自由やん。

その通りやァ。 でもなァ、自分が愚かな事をしていると気づいていれば、写真狩りなどやらへん。

そやけど、どうしてくどくどとアメーバ・ブログ(http://ameblo.jp/)の愚かな管理人さんを話題にしやはるのォ~?

あのなァ~、わてはアメブロの管理人のためと言うよりも、他のサイトで管理人をしているネット市民の皆様のために書いてるのやァ。 表現の自由を認めず、言葉狩り・写真狩りをしているようなサイトの管理人は、その教養が疑われるねん。

人の振り見て我が振り直せ!

アメブロの愚かな管理人は、太平洋戦争中の愚かな言葉狩りや、“不真面目統制”をしていることが未だに分からへん。 本人は教養がないから芸術的に価値のある、国際的にも認められている葛飾北斎の絵まで記事の中に表示することを禁止してはる。

そやけどど、10年も経ってみィ~なァ。。。、いや、3年も経ってみれば、自分がアホな事やっていたと判るようになるねん。

そやろか?

それが教養を身につけた大人になるということやねん。 (微笑)

そやけど、アメーバ・ブログ(http://ameblo.jp/)の愚かな管理人さんに分かる時がくるやろか?

いずれ分かる時がくるねん。。。わては人間の良識を信じてるからなァ。。。(苦笑)

【レンゲの独り言】

ですってぇ~。。。
確かにそうですよね。
葛飾北斎の絵は国際的にも認められている芸術性の高い作品です。
その絵をポルノチックだと思うのは個人の自由ですけれど、その絵を管理人として表示できないようにしてしまうのは、人間として極めて愚かなことだと思います。
あなたは、どう思いますか?

とにかく、次回も面白くなりそうですわ。
あなたもどうか、またあさって読みに戻ってきてくださいね。
では、また。。。

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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『士風と「葉隠」(2011年3月23日)』

『アナクロニズム(2011年3月27日)』

こんにちは。ジューンです。

かつて、フルーツブログでは「セックス」が禁止語でした。

「セックス」を禁止用語にするなんて、

ちょっと考えられませんよね。

呆れて開いた口がふさがりませんわ。

葛飾北斎の漫画を表示禁止にするのも

「セックス」を禁止用語に指定するほど

滑稽だと思います。

北斎の絵師としての地位は

「富嶽三十六景」の発表により、

不動のものとなっただけでなく、

風景画にも新生面を開いたのです。

北斎の業績は、読本(よみほん)・挿絵芸術に

新機軸を見出したことや、

『北斎漫画』を始めとする絵本を多数発表したこと、

毛筆による形態描出に敏腕を奮ったことなどは、

絵画技術の普及や庶民教育にも

益するところが大きかったのです。

葛飾派の祖となり、後には、

フィンセント・ファン・ゴッホなどの

印象派画壇の芸術家を始め、

工芸家や音楽家にも影響を与えました。

1999年には、アメリカ合衆国の

雑誌『ライフ』の企画で

「この千年で最も重要な功績を残した

世界の人物100人」をピックアップしました。

日本人として唯一ランクインしたのが葛飾北斎です。

つまり、このような葛飾北斎の作品を

健全なサイト運営にふさわしくない表現”と

決め付ける言葉狩り・写真狩りは

愚かな事だと思います。

あなたも、滑稽な事をすることはあっても、

愚かな人間にだけはならないでくださいね。

うふふふふふ。。。


 
ところで、英語の面白い話をまとめました。

興味があったら、

次のリンクをクリックして

読んでください。

■ 『あなたのための 楽しい英語』

■ 『性の俗説 (2008年3月4日)』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。