Posts Tagged ‘橘卑弥子・准教授’

源氏物語の性描写

2016年7月19日

 

源氏物語の性描写

 


(genjiero4.jpg)


(saiko01.jpg)


(genjiero2.png)


(himiko22b.gif)

デンマンさん。。。 今日はどういうわけでエッチな話題を取り上げたのでござ~ますかァ~?


(kato3.gif)

卑弥子さんが喜ぶと思ったのですよ。。。 うしししししし。。。

そのような下卑(げび)た笑いを浮かべながら、実は、デンマンさんご自身がエッチな話題が何よりもお好きなのでしょう!?

やだなあああァ~。。。 卑弥子さんは僕がそれほど性に飢えていると信じ込んでいるのですかァ~?

だってぇ~、タイトルを見れば、そうとしか考えられませんわァ~!

あのねぇ~、実は、エッチな話題を取り上げたのは僕ではないのですよ。

でも。。。、でも。。。、上のタイトルを書くのはデンマンさん以外にはおりませんわァ~。。。

信じられないのならば、ちょっと次のリストを見てください。


(liv60717c.png)

『拡大する』

あのねぇ~、これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の7月1日から17日までの約2週間の「人気検索キーワード」のリストですよ。。。 赤枠で囲んだ 10番に注目してください。

あらっ。。。 「源氏物語 性描写 現代語訳」を入れて検索してデンマンさんのブログにやって来られたネット市民の方が 3名いたのですわねぇ~。。。

そうなのですよ。。。 だから、その人たちのために“源氏物語の性描写”というタイトルにしたわけですよ。。。 そういうわけで僕も「源氏物語 性描写 現代語訳」と入れてGOOGLEで検索してみました。。。 その結果を見てください。


(gog60718a.png)

『現時点での検索結果』

あらっ。。。 280,000件もヒットするのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。 2013年2月8日に僕と卑弥子さんで語り合った記事『エロい源氏物語』が 6番目に表示されるのですよ。


(liv30208e.png)

『実際の記事』

上の記事の中に、現代語訳された性描写が出てくるのでござ~ますかァ?

だから僕も調べてみました。。。 次の箇所が、その“性描写”に最もふさわしい所ですよ。。。

音勢(おとせ)は夜に入っても帰らない。

(母親の)浅香の酌で酒を飲んだ吉光公は、

したたかに酔い、横になる。

浅香がまめまめしく尽くす。

当然のなりゆきとなる。

 (ここからは読み下し文)

浅香は久しく男の傍らを、遠ざかりつることなれば、

歳はとっても何となく、初々しさに気もときめき、

自由になれば吉光は、やがて抱きしめ手をやつて、

山繭の腰巻を、探りひらきて内股へ、

わり込み給へば思ひの外、肌ざわりさへすべすべし、

毛はふつさりと房やうじを、並べていぢる如くなる、


(kunisa52b.jpg)

だんだん奥へさしこむ手先に、紅舌(さね)はさはれどこの辺り、

吐淫ぬらぬら溢れ出て、滑(ぬめ)りて紅舌もつままれず、

況(ま)して陰門の両淵は、流るるばかりのありさまに、

吉光もはや堪(たま)りかね、両手でぐつと内股を、

おし広げて足を割込み、鉄火に等しき一物をあてがひて

二腰三腰、おせば下より持ち上げる、

はずみにぬるぬる毛際まで、何の苦もなく押し込めば、

その開(ぼぼ)中の温かさは、いふも更なり忽地(たちまち)に、

子宮(こつぼ)ひらけて鈴口を、しつかと咥(くわ)へて内へひく、

その心よさ気味よさは、何に喩(たと)へんものもなく、

吉光は目を細くなし、口をすぱすぱ吸いながら、

大腰小腰九浅一深、上を下へとつき立て給ふに、

浅香は子供を二三人産みたる開(ぼぼ)にて、

さまざまの道具だてさへ多ければ雁首(かりくび)より胴中へ、

ひらひらしたもの巻きついて出しいれのたび玉茎(たまぐき)を

しごくやうにてえも言はれず、吉光あまたの側室を抱へ、

いろいろ楽しみたりといへど、かかる稀代の上開(ぼぼ)は、

いまだ覚えぬばかりにて、それいくいくア、またいくと、

浅香が背中へ手をまわし、力一ぱい抱きしめて、

嬌(よが)り給へばさらぬだに、浅香は誠に久しぶり、

殊(こと)には太く逞しき、一物に突きたてられ、

ヒイヒイフウフウム、フウと、声をも立てず最初から、

精をやりつづけて息もはづみ、正体もなき折からに、


(kunisa53b.jpg)

アアソレいくよまたいくよと、男に嬌(よが)りたてられて、

何かは以(もっ)てたまるべき、五臓六腑を絞るばかり、

陰水どろどろずるずると限りもあらず流れ出て、

昔を今にかへり花、たのしく其夜を明したり。

 (ここから現代文)

そもそも浅香は色好みの性で、

15歳で大納言蟻盛卿のおそば勤め中にお手がつき、

というより浅香の方から手を取りて、

あげくは妊娠、卿は実家に帰らせる。


(kunisa54b.jpg)

産まれたのが音勢である。

世間の手前、出産前に婿を迎えたが、

とんでもない食わせ物で、すぐさま離縁した。


(saiko01.jpg)

 

(読み易いように改行を加えました。
赤字はデンマンが強調。
写真はデンマン・ライブラリーより)


158-160ページ 『春本を愉しむ』
著者: 出久根達郎
2009年9月20日 第1刷発行
発行所: 株式会社新潮社

でも、この部分は紫式部が書いた『源氏物語』には出てこないのでござ~ますわァ。

卑弥子さんが そのような事を言ったら、せっかく上の文章を読んで刺激を受けたネット市民の皆様がガッカリするではありませんかァ!

でも。。。、でも。。。、あたくしは京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授として、本当の事を申し上げねばなりませんわァ。

確かに、卑弥子さんの言う通りなのですよ。。。 上に引用した文章は、実は、「国貞三源氏」の一つである『正写相生源氏』のエピソードなのですよ。。。 昭和30年4月10日に原文が伏字無しで初めて出版されたのです。

つまり、映倫に引っかかるような極めてエロい。。。 うふふふふふ。。。 猥褻な。。。 ヤ~らしい文章で書かれているのでござ~ますか?

そうなのです。。。 エロに厳しかった昭和30年代としては勇気のいる出版だったのですよ。

。。。んで、『源氏物語』のどの帖と関係あるのでござ~ますか?

それが『源氏物語』の54帖のどれとも直接のかかわりはない。。。 ただし「ここに何れの御時にや。。。」と『源氏物語』の書き出しに似せて始まっているのです。 京は北嵯峨のあたりに、表に冠木の門を構え、築山(つきやま)や川の流れを備えた庭のある洒落(しゃれ)た屋敷があり、40歳ばかりの未亡人と14歳のひとり娘、それに二、三人の女中、老僕が住んでいるのですよ。

それで。。。?

母を浅香(あさか)といい、娘を音勢(おとせ)というのです。 家屋敷は借金の抵当(かた)に入っている。 つまり、この母と娘は貧乏な暮らしをしているのですよ。 でも、娘がチョ~美人で京の都では評判になっている。 その噂を聞きつけた21歳になる光源氏ならぬ吉光公(よしみつこう)が御所に上げよと言ってきた。

。。。で、母親はお金に目がくらんで娘を御所に上げるのでござ~ますか?

そうしないと話が進まない。。。 この母親がどこからか吉光公の噂を聞きつけてきた。

どのような。。。?

この吉光公は好色で、その上、巨根の持ち主だという。。。 まだ初潮を迎えたばかりの音勢(おとせ)には荷が重過ぎる。 そこで母親は近所のお金持ちで弓削道足(ゆげのみちたる)という名の50歳になる男に性教育を頼んだのですよ。

あらっ。。。 なんとなく、あの有名な弓削道鏡をもじったような名前ですわねぇ~。。。

それもそのはず。 この弓削道足(ゆげのみちたる)という男も巨根の持ち主なのですよ。

あらっ。。。 50歳になる巨根の持ち主に14歳の娘の性教育を頼んだのでござ~ますか?

そうなのです。 娼家では生娘(きむすめ)を店に出す前に、世慣れた年寄りに「水揚(みずあ)げ」をしてもらう。 つまり、男女の道を実地に教えるわけですね。 この初老の男は、かなり乗る気で「10両出すからぜひワシにやらせてくれ」と言う。 母親はお金が欲しいから二つ返事でお願いしますと言った。

でも、14歳の娘には、母親は何と言って説得したのでござ~ますか?

御殿勤めに必要な作法だから一生懸命に勉強するようにと。。。

なんだか、はしたないお話ですわねぇ~。。。 だから、このようなエロいお話は本物の『源氏物語』にはないのでござ~ますわァ~。。。

確かに、卑弥子さんの言うことはもっともなことなのですよ。。。 だから、その事については検索結果のトップに出てきた青枠で囲んだYahoo!知恵袋でも言及しているのですよ。

どのように。。。?

卑弥子さんのためにここに書き出しますから、じっくりと読んでみてください。


(questgal.jpg)

源氏物語の性描写って

そんなにすごいんですか?

例えばどのように描写されてるんですか?

学校でも習わなかったので。

lady3chさん 2011/12/620:33:40


ベストアンサーに選ばれた回答

eldorado992002さん 2011/12/1214:16:43

あの尾木ママがテレビで『源氏物語』の性描写はスゴイ、などと言ってしまったので、ますます誤解を招いているようですが…

結論から言うと、『源氏物語』にはスゴイというほどの性描写はありません。

エロ小説やポルノ画像に囲まれている現代人にとっては、物足りないどころか「何もしていない」に等しい描写しかありませんよ。

性描写横溢説をとる人たちは、物語に出てくる様々なものを、やれ男性器(ファルス)の暗喩(メタファー)だ、やれ肛門期の性的不安だ、などと象徴づけたがるのですが、こういう牽強付会を許してしまうと、すべての物語はポルノ小説となるでしょう。……フロイト学説の、誤った応用です。

『更級日記』には、伯母からもらった『源氏物語』に耽読していた少女時代の筆者が記されていますが、当時の筆者は14歳程度でしょう。

そんな少女にポルノまがいの物語をプレゼントする伯母がいますか?

いかに当時の婚期が現代人より早いとは言え、夫婦の夜の営みの解説書を贈呈する風習など、当時だってありません。

つまり、当時の人たちも『源氏物語』を大河ドラマとして受け取っていたわけです。

性描写がリアルな古典なら、もっとエグイのがありますよ。

『源氏物語』が未だにポルノ小説呼ばわりされているのは、みなウワサばかり信じてそもそもの本文を読んでいないからです。

尾木ママは読んでいるとは思いますが、あの発言はテレビ用ですから。 ←つまりウワサの助長ですね。

彼のあの発言は、世の人が『源氏物語』に少しでも触れる機会がありますように、という教育者のご親切な動機付けじゃないでしょうか。


注: イラストとYouTubeはデンマンが貼り付けました。

『Yahioo!知恵袋』より

その通りなのでござ~ますわァ~。。。 『源氏物語』にはスゴイというほどの性描写はありません。 尾木ママは、世の人が『源氏物語』に少しでも触れる機会がありますように、という教育者のご親切な動機付けなのでござ~ますわよう。

確かにその通りなのですよ。。。 でもねぇ~、よ~く考えてみると、上のエピソードが書かれた『正写相生源氏』が出版されたのは、『源氏物語』では物足りないものを補(おぎな)うつもりだったのですよ。。。 要するに、『源氏物語』が無ければ生まれることのなかった作品です。

つまり、『源氏物語』からインスピレーションを受けて『正写相生源氏』が生まれ出たということでござ~ますかァ?

そういうことですよ。。。 かつて、司馬遼太郎先生が言ってました。


(shiba3.gif)

“作品は作者だけのものと違うんやでぇ~。。。

作者が50%で読者が50%。。。

そうして出来上がるモンが作品なんやでぇ~”

つまり、『正写相生源氏』の作者は、『源氏物語』を読んで、残りの50%の部分で上のエピソードを書いたとデンマンさんは主張するのでござ~ますか?

そうですよ。。。 “行間を読む”というのは、そういうことですよ。。。


(laugh16.gif)


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。
確かに、“行間を読む”というの重要なことですわァ。。。

でも、あたくしが思うに、『正写相生源氏』の作者は妄想をたくましくしたのでござ~ますわよう。
うふふふふふふ。。。

いずれにしても、平安時代には性に関して 大変おおらかでござ~ましたわァ。。。
それで、子供に話して聞かせられないようなお話もたくさんありますわ。

ところで、あたくしにも お子様に見せられないような魅力があるのでござ~ますわァ。
あたくしの“女の魅力”ですわよう。
うふふふふふふ。。。

ええっ。。。 そんな魅力が あたくしにあるのかってぇ~。。。?

それが、あるのですわよ。。。
この際、あなたにも ご覧に入れますわァ!

 

“タラァ~。。。!”

 


(buttdimp5.jpg)

あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”でござ~ますわァ~。。。

ええっ。。。 上のお写真が、あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?

どうしてよう?

ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?

あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、
最後には上のようなおヌードになるのですわよう。

信じてくださいましなァ~。。。

うふふふふふ。。。

ところで、源氏物語のお話も、大変興味深いですけれど、

他にも いろいろな面白いお話がござ~ますわァ。

たまには、日本古代の面白いお話にも関心を示してくださいまし。

あなたのために古代史の記事を用意しましたわァ。

ぜひ お読みくださいねぇ。

では。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。


(hand.gif)

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)


(surfing9.gif)


(sayuri5.gif)

ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。



(hama10.jpg)

『ハマグリにハマる』

『ハマグリの誘惑』

『ハマグリの足跡を追って』

『芭蕉と遊女』

『光源氏もビックリ』

『エロエロ源氏物語』

『悲痛の紫式部』

『卑弥子のえっち』

『白妙の和歌を探して』

『キーワード診断』

『紅のボート難民』

『ん?ネトウヨ』


(miya08.jpg)

『下衆のかんぐり』

『桓武天皇のママがネットで』

『ござが天皇とGOOGLE』

『エロ 建礼門院』

『一敗が三人に!』

『行田の黒い霧をはらう』

『ペルシャ人が飛鳥に』

『小柴垣草子』

『後白河上皇ダントツ』

『ブスと美人』

『エロい話が好き?』

『死んでも生きてる』

『失意の太田将宏』


(annasalleh.jpg)

『オルフェと聖徳太子』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

『ゴヤと三島由紀夫』

『仏陀とキリストと娼婦』

『ズロースと戦争』

『伊藤若冲ブーム?』

『ブッダと物理学』

『加藤清正ブーム?』

『愛憎と三輪山』

『松原智恵子 お尻ペンペン』

『坂本龍馬は流れ者か?』

『野ざらし』

『紫式部堕獄説』

『日本最古のポルノ?』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)


(byebye.gif)

紫式部堕獄説

2016年6月16日

 

紫式部堕獄説

 


(genjiero2.png)


(himiko22b.gif)

デンマンさん。。。 今日はどういうわけで“紫式部堕獄説”というタイトルにしたのでござ~ますかァ~?


(kato3.gif)

よく訊いてくれました。。。 ちょっと次のリストを見てください。


(ame60612b.png)

『拡大する』

これはアメブロの僕のブログの6月6日から12日までの1週間の「リンク元URL」のリストですよ。。。 赤枠で囲んだ 50番に注目して欲しいのですよ。

あらっ。。。 リストの最後に「紫式部堕獄説」を入れてYahoo!で画像検索したネット市民が居たことが記録されていますわねぇ~。。。

そうなのです。。。 50番のリンクをクリックすると次のページが出てきます。


(yah60614a.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

あらっ。。。 なんだか ヤ~らしい画像が出てきたではござ~ませんかァ~! 紫式部の『現代語訳 源氏物語』の挿絵でござ~ますかァ~?

違うのですよ。。。 試しに青枠で囲んだ画像をクリックすると次のページが表示されます。


(yah60614c.png)

『拡大する』

あらっ。。。 やだあああァ~。。。 オスとメスが交尾している画像ではござ~ませんかァ!

卑弥子さん。。。 カブトムシのメスとオスじゃないのだから“交尾している”というような昆虫記を眺めているようなことを言わないでくださいよ。。。 赤枠で囲んであるリンクをクリックすると、次のページが出てくるのです。


(ame60614t.png)

『実際のテーマのページ』

あらっ。。。 このページは“平成の紫式部”について書かれた記事を集めた“テーマのページ”ですわねぇ~。。。

その通りです。

。。。で、赤枠で囲んである画像は拡大すると、どうなるのでござ~ますか?

次のようなページが出てくるのですよ。


(yah60614b.png)

『拡大する』

わあああァっ。。。 やだあああァ~。。。 これは、もろにスッポン、スッポンしているところではござ~ませんかァ~。。。!

卑弥子さん! 興奮して、あまり衝撃的な事を言わないでくださいよ!。。。 落ち着いてください。。。 僕はこれから“平成の紫式部”について語るために、卑弥子さんを呼び出したのですから。。。

あらっ。。。 画像検索したネット市民は、あたくしの事を調べるためにアメブロのデンマンさんのブログにやって来たのでござ~ますかァ~?

そうなのですよ。。。 上の画像の赤枠で囲んであるリンクをクリックすると、やっぱり次のページが出てくるのですよ。


(ame60614t.png)

『実際のテーマのページ』

つまり、上の2つのエロい画像をクリックすると、どちらも共に“平成の紫式部”について書かれた記事を集めた“テーマのページ”に行き着くのでござ~ますわねぇ~。。。

そういうことです。。。 このテーマのページを見て、画像検索したネット市民は、“平成の紫式部”が、京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授であることを突き止めたのですよ。。。

つまり、あたくしのことを調べるために、わざわざ画像検索したのでござ~ますかァ~?

もちろん、初めは“紫式部堕獄説”について調べようとしたのです。。。 たまたまYahoo!で画像検索した時に、上の2つのエロい画像に出くわして、この画像こそ“紫式部が堕落して地獄に落ちたという学説”。。。、つまり “紫式部堕獄説”を説明しているのではないか!? そう思ったわけです。

それで、上の赤枠で囲んであるリンクをクリックして“平成の紫式部”について書かれた記事を集めた“テーマのページ”を見たのでござ~ますか?

そういうことですよ。。。 どちらの画像をクリックしても“平成の紫式部”について書かれた記事を集めた“テーマのページ”が出てくるのですからね。。。

なるほどォ~。。。 検索しながら、興味が他に移ってゆくということってぇ よくあることですわァ~。。。

。。。でしょう!?。。。 それで、画像検索した人は“平成の紫式部”と呼ばれている橘卑弥子という女性は、一体どのような人物なのだろうか?。。。 このネット市民は、急に卑弥子さんに興味を抱いて、更に調べたわけです。

どうやって調べたのでござ~ますかァ?

次の検索結果を見てください。


(gog60615a.png)

『現時点での検索結果』

「平成の紫式部 卑弥子さん」と入れてGOOGLEで検索したのですよ。。。 すると、上のような記事がリストアップされるわけです。。。

あらっ。。。トップには、デンマンさんが書いてDenman Blogに投稿した『平成の紫式部』が出て来るのでござ~ますわねぇ~。。。


(wp40927e.png)

『実際の記事』

このような美しい女性のイラストを見て、橘卑弥子・准教授も、もしかすると才色兼備の美しい女性ではないだろうか?。。。 そのような想いが胸にこみ上げてきて ワクワクしながら更に卑弥子さんのことを調べるわけですよ。

でも。。。、でも。。。、何のためにでござ~ますかァ~?

もちろん、橘卑弥子・准教授が、もし素晴らしい女性であれば、ぜひとも会って話がしたいという抑えがたい熱望が その人の心を捉えたからですよ。。。 (微笑)

マジで。。。?

卑弥子さんは僕の言う事が信用できないのですかァ~?

だってぇ~、これまでにデンマンさんの記事を読んで あたくしにプロポーズした男性が一人も現れていないのでござ~ますわァ~。。。

あのねぇ~、こんどこそ卑弥子さんにプロポーズする素晴らしい男性が現れるかもしれません。。。

その証拠でもあるのでござ~ますかァ?

もう一度「リンク元URL」のリストを見てください。


(ame60612b.png)

『拡大する』

青枠で囲んだ 29番に注目してください。。。 これは“平成の紫式部”について書かれた記事を集めたアメブロの“テーマのページ”ですよ。。。 Denman Blog の『平成の紫式部』を読んでから、画像検索した男性は 更にGOOGLEの検索結果に戻ったのです。


(gog60615a.png)

『現時点での検索結果』

青枠で囲んだ③番に注目してください。。。 

あらっ。。。 ③番のリンクをクリックすると、やっぱり、デンマンさんのブログの“平成の紫式部”について書かれた記事を集めた“テーマのページ”に行き着くのですわねぇ~。。。

そういうことですよ。。。 この人物は、このリンクをクリックしてアメブロの僕のブログに、再びやって来たわけですよ。

あたくしについて更に調べるためにですかァ~?

もちろんですよ。。。 何が何でも卑弥子さんについの詳しい情報をゲットしようと思い立ったわけです。

何のために。。。?

だから、橘卑弥子・准教授が、もし素晴らしい女性であれば、ぜひとも会って話がしたいという抑えがたい熱望が その人の心を捉えたからですよゥ。

ちょっと。。。、ちょっと、素直には信じられませんわァ~。

どうして、素直に信じられないのですか?

だってぇ、デンマンさんは、あたくしを喜ばせるために、そのようなワクワク、ルンルン気分にさせるような事を言ってくださるのでしょうけれど、これまでに何度となく、あたくしはガッカリさせられたのでござ~ますわァ。。。

だから、今度こそ 画像検索した男性は 卑弥子さんの文学的な教養と性格の良さに引かれてプロポーズするかもしれないのですよ。

でも。。。、でも。。。、これまでの経験から、あたくしは“ぬか喜び”するわけには ゆかないのでござ~ますわァ。。。 で、画像検索した男性は 最終的にどの記事を読んだのでござ~ますか?

ピンクで囲んだ⑧番を読んだのですよ。。。

あらっ。。。 “卑弥子のえっち”というタイトルではござ~ませんかア!。。。 このような記事を読んで欲しくはござ~ませんわァ~。。。 これでは、あたくしがエッチな女だと思われてしまいますわァ~。。。

いや。。。 必ずしも、画像検索した男性が そのように思うとは限らないのですよ。。。 卑弥子さんも、ちょっと読んでみれば分かります。

卑弥子のえっち(PART 2)

デンマンさんも源氏物語がエロいと思っているのでしょう!?

。。。ん? 僕ですか。。。? 僕の個人的な意見では、源氏物語は読者の興味を刺激するような興味深い人間の性心理が語られていると思うのですよ。

つまり、エロくてエッチだと言いたいのでしょう?

やだなあああァ~。。。 卑弥子さんは僕に、そう言わせたいのですか? エロくてエッチなことにこだわるのですねぇ~。。。

だってぇ~、タイトルに「源氏物語もエッチなのに」と書いたのはデンマンさんなのでござ~ますわ。

確かに、タイトルを書いたのは僕ですよ。 でもねぇ~、その心は 卑弥子さんの内心を代弁したつもりなのですよ。

あたくしの心の内をデンマンさんが代弁したということでござ~ますか?

その通りですよ。 まず次のリストを見てください。


(liv31126a.gif)

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の(2013年)11月1日から今朝(26日)までのアクセスの記録なのですよ。 次に、この人たちが検索エンジンで検索して読んだ関連記事のリストを見てください。


(liv31126b.gif)


2) 『床上手と肥後ずいき』

3) 『床上手な女の7つの見分け方』

4) 『肥後ずいきと龍之介』

あらっ。。。 上位の3つの関連記事は どれもがエロくて エッチな記事ではござ~ませんかア! “肥後ずいき”はあの有名な。。。オリジナルは現在の熊本県で作られた性具ですわァ。 それに。。。 それに、“床上手”というのは女性がベッドに入って。。。 あの時に男性の取り扱いがお上手だと言うことでござ~ますわァ~。。。

あれっ。。。 卑弥子さんはエロくて エッチなことに詳しいのですねぇ~。

いやですわァ。。。 おほほほほほ。。。 あたくしは特にエロくて エッチなことに詳しいとは思っておりませんわ。

いや。。。 それだけ知っていれば充分にエロくて エッチですよう。

失礼なア! あたくしは これでも京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授でござ~ますう。 “エロくて エッチだ”なァ~んてぇ~ レッテルを貼って欲しくないのでござ~ますわァ。


『卑弥子のえっち(PART 2)』より
(2015年5月25日)

どうですか。。。 最後に卑弥子さんが「失礼なア! あたくしは これでも京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授でござ~ますう。 “エロくて エッチだ”なァ~んてぇ~ レッテルを貼って欲しくないのでござ~ますわァ」と絶叫しているでしょう!

だから。。。?

だから、この画像検索した男性も 改めて卑弥子さんを見直すわけですよ。。。

画像検索した男性は、あたくしが“エロくて エッチな女”じゃないと 思ってくださるかしらァ~?

大丈夫ですよ。。。 これだけ熱心に“平成の紫式部”について書かれた記事を集めた“テーマのページ”に飛んで、卑弥子さんのことを調べたのですから。。。

あらっ。。。 もしかして。。。、もしかして。。。、あたくしと交際をしたいというようなお気持ちになってくださるかしら。。。?

大丈夫ですよ。。。 その男性は、必ずこの記事も読むはずです。。。 もし読んだら、アメブロのメッセージ機能を使って、僕にメールアドレスを知らせてくれるはずです。。。 そうすれば、僕が卑弥子さんのメールアドレスを教えますから。。。

でも。。。、でも。。。、マジで、この記事を読んでくださるかしら。。。?

“果報は寝て待て”と昔の人は言いましたからねぇ~。。。 だから、今夜は、卑弥子さんも夜更(よふ)かし しないで早めに寝て、ルンルン気分な夢を見てくださいねぇ~。。。


(laugh16.gif)


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。
でも、これまで いつも期待に胸を膨らませて果報を待ったのですけれど、
いつも ガッカリさせられたのでござ~ますわァ~。。。

あたくしには イマイチ“運”がないのでござ~ますう。

だから、この際 取って置きの あたくしの“女の魅力”をネットで公開してしまいますわァ~。。。

ええっ。。。 そんな魅力が あたくしにあるのかってぇ~。。。?

だったら、ここで その魅力をあなたに ご覧に入れますわよう!

 

“タラァ~。。。!”

 


(buttdimp5.jpg)

あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”でござ~ますわァ~。。。

ええっ。。。 上のお写真が、あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?

どうしてよう?

ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?

あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、
最後には上のようなおヌードになるのですわよう。

信じてくださいましなァ~。。。

うふふふふふ。。。

ところで、源氏物語のお話も、大変興味深いですけれど、

他にも いろいろな面白いお話がござ~ますわァ。

たまには、日本古代の面白いお話にも関心を示してくださいまし。

あなたのために古代史の記事を用意しましたわァ。

ぜひ お読みくださいねぇ。

では。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。


(hand.gif)

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)


(surfing9.gif)


(sayuri5.gif)

ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。



(hama10.jpg)

『ハマグリにハマる』

『ハマグリの誘惑』

『ハマグリの足跡を追って』

『芭蕉と遊女』

『光源氏もビックリ』

『エロエロ源氏物語』

『悲痛の紫式部』

『卑弥子のえっち』

『白妙の和歌を探して』

『キーワード診断』

『紅のボート難民』

『ん?ネトウヨ』


(miya08.jpg)

『下衆のかんぐり』

『桓武天皇のママがネットで』

『ござが天皇とGOOGLE』

『エロ 建礼門院』

『一敗が三人に!』

『行田の黒い霧をはらう』

『ペルシャ人が飛鳥に』

『小柴垣草子』

『後白河上皇ダントツ』

『ブスと美人』

『エロい話が好き?』

『死んでも生きてる』

『失意の太田将宏』


(annasalleh.jpg)

『オルフェと聖徳太子』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

『ゴヤと三島由紀夫』

『仏陀とキリストと娼婦』

『ズロースと戦争』

『伊藤若冲ブーム?』

『ブッダと物理学』

『加藤清正ブーム?』

『愛憎と三輪山』

『松原智恵子 お尻ペンペン』

『坂本龍馬は流れ者か?』

『野ざらし』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)


(byebye.gif)

破戒僧円載

2016年2月5日

 

破戒僧円載

 


(hakaiso2.jpg)


(himiko22b.gif)

デンマンさん。。。 破戒僧のお話でござ~ますか?


(kato3.gif)

そうです。。。 いけませんか?

この平和な平成の世の中で“破戒僧”のお話など“猫に小判 豚に大判”でござ~ますわァ。。。

その諺、この場合にはふさわしくないのじゃありませんかァ~?

とにかく、ネット市民の皆様の関心を引かない話題ですわよう。

じゃあ、40年中国に滞在して日本に帰ろうと船に乗ったら、暴風雨にあって溺死してしまった可哀想なお坊さんの話だと言ったら卑弥子さんは興味を持ちますか?

あらっ。。。 そういうお坊さんがいたのでござ~ますか?

僕も知らなかったのだけれど、夕べ、バンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。

円載(えんさい) ?-877


(ensai02.jpg)

最澄以来の初期天台留学僧の歴史を綴る縦糸は上のごときだが、ここに横糸である円載についても触れておかねばならない。
円載は奈良県の出身、幼くして叡山に登り師と仰ぐは最澄だった。
円仁と共に留学僧として唐にわたる。

現存の『唐決』(未決疑問30条)は、入国を拒まれた円仁(実は帰国と見せて脱走、山東省に上陸、10年余の留学)が円載に託したものを天台山国清寺で長老広修(こうしゅ)とその高足維袷(いこう)から回答を得、従僧仁好に携帯帰国させたもの。
何故か?
実は円載は金に困っていたらしい。

兄弟子円仁から分与されたのはとうに蕩尽、円仁宛学資金(文字通り奥州産出の砂金だ)までも無断で借用、これは身を持ち崩した不良留学生の常の姿だ。
朝廷はしかし両人に砂金200両を贈っている。
そこに会昌の法難が降りかかる。

円仁にとっては塗炭の苦しみの仏教弾圧だったが、円載にとってはどうだったか?
いわれるままに円載は還俗して妻帯し児をもうけ、農地も購入し養蚕もして俗人生活に入った。
しかし、破仏俳仏もやがて収まる、846年武宗が死に、会昌が大中となるや社会は旧に復していく。

円載も再び僧衣を纏い天台山に住するようになったが、どうやら聖俗二重生活をしていたようで手元はいつも不如意、円載は再度朝廷に学資の無心をしている(今度の送金100両)。

そこに円珍が留学してくる。
不良ながら語学に長じ中国社会の表裏に通じた円載と頑迷固陋、狷介孤高な円珍、それでも水と油の二人は長安に同行して法全から金・胎・蘇の三部大法を受けている。
「天台(山)で相見えし日より長安に至るまで、総て無量のことあるも具さには記す能はず」(『行歴抄』)という割には円珍は、受法中に抜け出して食事の招待に与りその後円珍のノート筆写で間に合わす円載をしっかりと記録している。

862年真如(しんにょ)親王が入唐、864年に長安に到着する。
円載はまめまめしくお世話申し上げる。
親王はすでに66歳。
しかし親王は、長安そして中国の仏教に飽きたらず滞在半年にも満たずして、天竺を目指して唐を去っていった。

在唐40年、70の声を聞くと円載、望郷の念抑えがたく、帰国の途につく。
唐の商人李延孝の船で帰るつもりだ。
円載、思えば紆余曲折の留学40年だったが、不良非行の老比丘で終わりたくなかったのだろう。

唐朝廷は紫衣を送り、晩唐の高名な詩人皮日休の「円載上人帰日本国」の「重送」(『全唐詩』巻614)もある。


(sail990.jpg)

雲濤万里最東頭

射馬台深玉署秋

無限属城為裸国   

幾多分界是柩洲

取経海底開竜蔵

誦咒空中散蜃楼

不奈此時貧且病

乗桴直欲伴師遊


雲濤万里、東の東

ヤマトの秋は深かろう

中華の外はみな野蛮国

(徐福の裔たる)柩洲(おくに)は一体どこにある?

海の底、竜蔵開いて経を取り

空の中、蜃気楼散らし咒を誦す

貧と病では、仕方がない 

ご一緒したいは、やまやまなれど

社交辞令の文飾を割り引いても、晩年の円載は円珍が罵るほどの悪僧ではなかったかもしれない。
877年、大暴風雨に巻き込まれて李ともども溺死。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


479-480ページ 『仏教の事典』
編集者: 末木文美士 下田正弘 堀内伸二
2014年6月25日 初版第2刷発行
発行所: 株式会社 朝倉書店

あらっ。。。 ずいぶん昔のお坊さんではござ~ませんかァ!

でも、可哀想だとは思いませんかァ~?

確かに、海に投げ出されて溺れそうになりながら、“どうしてこうなるのォ~?”と荒れ狂う暴風雨の中で天に向かって叫んだでしょうね!?

そうですよ。。。 僕がこの円載の立場だったら、死ぬに死に切れないですよ。

デンマンさんなら、何が何でも日本に泳いで帰るのですか?

そうです。。。 40年も中国で仏教を勉強して、やっと日本に帰れることになったというのに、暴風雨に巻き込まれて溺れ死ななければならない! “神も仏もいないのかア! どうして俺を助けてくれないのだア! 今まで神と仏を信じながら40年も異郷の地で頑張って来たというのに! この仕打ちはどういうわけなんだア!”。。。 と円載は嘆きながら死んだと思うのですよ。

デンマンさんにも経験があるのですか?

そうです。。。 僕ならば帰れそうですよ。

まさかァ~。。。!?

あのねぇ~、僕も溺れ死にそうになったことがあるのですよゥ。。。 でも、神様が助けてくれたのです。。。 その事は次の記事で書きました。


(tamayod9.jpg)

『デンマンの死@玉淀』

デンマンさんが助かったのは偶然だったのですわァ~。

だから、その偶然は、僕が日頃から行いが正しいので神様が僕を見捨てずに、“偶然”を引き起こしてくれたわけですよ。

それは、デンマンさんが そう思い込もうとしているだけでござ~ますわァ。

卑弥子さんが 何がなんでも偶然で片付けたい気持ちは解ります。。。 でも、ここで円載が生きていた西暦800年代の海外旅行のことを考えてみてください。

あなたも知らない日本の悲劇

          (funny3.gif)


(kamatari2.jpg)


(kato3.gif)

こんにちは。。。
デンマンです。

ところで写真の上で小さなアイコンが笑っているように見えますが、
これは、涙を流しているのですよ。
悲しんでいるのですよ。
念のため。。。

写真の中の大きな人物が藤原鎌足です。
この人の名前は歴史を知らないあなたでも聞いたことがあるかもしれません。
日本史では、誰もが無視できない藤原氏の祖先です。

その下の左に座っている小さな人物が鎌足の次男の藤原不比等です。
この人こそ藤原氏の基礎をしっかりと築いた人です。
しかしあまり知られていないのが、右側に座っているお坊さんの定慧(じょうえ)です。
この定慧(じょうえ)は鎌足の長男です。

藤原不比等の名前を知っていても定慧(じょうえ)の名前を知っている人は少ない。
あなたはまず、聞いたことが無いと思います。

実は、この人ほど古代日本で悲劇の人物は居ないと僕は思っています。
古代日本どころか、現在に至るまでの長い日本の歴史で、この人ぐらい悲劇の主人公にふさわしい人も居ないと思うのです。
でも、日本史では知られていません。
なぜ?

ところで、どのような悲劇なの?

それを、これから僕がお話しようと言うわけです。
どうか、最後まで読んでくださいね。

定慧は白雉4年(653)5月に出家し、遣唐使に従って入唐します。
なんと!わずか11歳の時の事でした。
彼と共に中臣渠毎連(こめのむらじ)の息子・安達(あんだち)、春日粟田臣百済(かすがのあわたのおみくだら)の息子・道観などが共に出家しているとはいえ、権臣、藤原(中臣)鎌足の長男が出家するということは、全く異例の事です。

この時、まだ鎌足の次男、不比等は生まれていません。
つまり、定慧は一人息子だったわけです。
どうして鎌足はこの一人息子を、
しかもまだ11歳の幼少の身を出家させて、
危険な船旅へ出したのでしょう。

ご存知のように、この当時の唐への船旅は死を覚悟しなければなりません。
遣唐使の歴史を見れば分かるとおり、千人以上の人が、嵐にあったり、難破したり、座礁したりして、命を落としています。


(planeold3.gif)


(newy001.jpg)

ロンドンからパリ行き、あるいは、ロスアンジェルスからニューヨーク行きの飛行機に乗ってハイジャックされ、エッフェル塔やエンパイア・ステートビルディングに突っ込まれて、全員が命を落とすことは、ないとはいえません。
しかし、仕事のために、明日、ニューヨークへ行ってください、パリへ出張してください、あるいはLAへ飛んでくださいと言われた時に、ハイジャックされることを理由に僕が断ることは、まずありません。

しかし、もし、この当時僕が生きていたとして、一ヶ月後に、舟で唐に渡ってくださいと言われれば、真剣になって考え込んでしまうでしょう。
なぜなら、4艘で船団を組んで出発したとしても、先ずその内の一艘か二艘は途中で難破したり座礁したりして海の藻屑となって消えてしまうのが、当時の常識でした。

要するに、10円硬貨を上に放り投げて手のひらで受け取った時の裏が出る確率にほぼ近い。
表が出たら、めでたく命拾いをする。
裏の場合には、海底に沈む運命だと思って諦める。

実際、遣唐使が船出するシーンなどを映画で見ても分かるとおり、もう涙の別れです。
念の入った映画では、水杯(みずさかずき)を交わして、これがこの世で会う最後だといって、見送るのです。

僕は、すでに20年以上をカナダで暮らしています。
しかも旅行好きですから、500回近く航空会社の飛行機に乗っています。
しかも趣味でセスナを運転しますから、少なく見積もっても、1000回ほどは飛行機に乗っているはずです。

しかも、僕は馬鹿だから、女の子を3人乗せて宙返りをするという馬鹿げた事をしてしまったことがあります。


(cess82x.jpg)


(macao801.jpg)

絶対にしてはならないことです!
反省しています。
この記事を読んでいる女の子の中できっと、ああぁ~、あの人がデンマンさんなのかぁ~!
と呆れる人が出て来ると思います。

馬鹿は死ななきゃ治らない!
僕もそういう馬鹿だったんですよ。
でも、死ぬ前に馬鹿を止めました!
うへへへへ。。。

とにかく、このことを当時の船旅に置き換えてみれば、僕は500回命を落としていることになります。
仮に確率を10回に一度にしても、100回程、命を落としていたことになります。
今、僕が生きていることが不思議なほどですよ。

当時の船旅が、いかに危険と隣り合わせていたかということは、以上述べたことでお分かりいただけたと思います。
もう、これ以上、くどくど述べる必要はないでしょう。


(sail350.jpg)

それほど危険な船旅に、

なぜ定慧を出したのか?

ここで鎌足と定慧の話に戻りますが、11歳の一人っ子を持つ親の身になってください。
もしあなただったら、このような小学生を、生きるか死ぬか分からない、唐への船旅に出しますか?
一ヶ月どころの話ではありません。10年、15年はざらです。
長いのになると、30年帰ってこれない。

もっとひどい例になると、阿倍仲麻呂のように、帰ってきたくとも、もう年をとりすぎて、船旅に耐えてゆけそうにないので、あきらめてしまった。
結局、唐で亡くなってしまったわけです。
これはもう、ひどい話です。


『藤原鎌足の長男』より
(2011年9月4日)

円載さんが生きていた頃のお坊さんというのは結婚できなかったのでしょう!?

確かに、妻帯することは固く禁じられていた。。。 でもねぇ~、円載さんの場合には事情があるのですよ。。。 “会昌の法難”という仏教弾圧があって、多くの坊さんが還俗させられた。。。 それで、円載さんは坊さんを辞めて妻を娶(めと)って子供を作り、農地も購入して蚕も飼って俗人生活を始めたわけです。

だから、罰(バチ)が当たって日本へ帰るときに暴風雨に遭(あ)って溺死してしまったのですわ。

要するに、僕は品行方正で清く正しい生活をしていたので、玉淀で溺れそうになったけれど、仏様も神様も僕を助けてくれたと卑弥子さんも認めてくれるわけですねぇ~?

いいえ。。。 デンマンさんが溺れそうになって助かったのは、単なる偶然ですわ。。。 死んだ方がいいと思っていた人の方が多かったと思いますわァ~。。。

卑弥子さんは血も涙も無いことを言うのですねぇ~。。。

。。。で、一体デンマンさんは何が言いたいのですか?

あのねぇ~、円載さんも可哀想だけれど、実は、もっと可哀想な人が居たのですよ。

それは いったいどなたですか?

上の本の中にも出てくる真如(しんにょ)親王ですよ。


(takaoka7.jpg)

862年真如(しんにょ)親王が入唐、864年に長安に到着する。

円載はまめまめしくお世話申し上げる。

親王はすでに66歳。

しかし親王は、長安そして中国の仏教に飽きたらず滞在半年にも満たずして、天竺を目指して唐を去っていった。

あらっ。。。 66歳の高齢で天竺(インド)を目指してテクテクと歩いていったのでござ~ますか?

いや。。。 インドまで歩いてゆくのは大変なので現在の香港の近くまで歩いて、そこから船に乗ってインドを目指したのですよ。

。。。で、この真如親王というのは、どういうお方なのでござ~ますか?

真如というのは法名で、俗世界では高岳(たかおか)親王という名前で通っていた人ですよ。 次のような人物です。

高岳(たかおか)親王

(真如親王から転送)


(takaoka3.jpg)

(延暦18年(799年) – 貞観7年(865年)?)

平安時代初期の皇族・僧侶。 法名は真如。
平城天皇の第三皇子。
異母兄に阿保親王、甥に在原業平がいる。品位は四品。

大同4年(809年)に父・平城天皇が譲位して嵯峨天皇が即位すると皇太子に立てられるが、翌大同5年(810年)の薬子の変に伴い皇太子を廃される。
弘仁13年(822年)、四品に叙せられ名誉回復がなされるが、出家し真如と名乗った。

奈良の宗叡・修円、また空海(弘法大師)の弟子として修行した。
弘法大師の十大弟子の1人となり、高野山に親王院を開いた。
阿闍梨の位をうけ、また『胎蔵次第』を著した。
承和2年(835年)に空海が入定すると、高弟の1人として遺骸の埋葬に立ち会っている。

斉衡2年(855年)、地震により東大寺大仏の仏頭が落ちたとき、東大寺大仏司検校に任じられ修理を行う。
老年になり入唐求法を志して朝廷に願い出、貞観3年(861年)に親王の一行23人は奈良より九州に入り、翌貞観4年(862年)に大宰府を出帆して明州(現在の寧波)に到着する。

貞観6年(864年)、長安に到着。
在唐40年になる留学僧円載の手配により西明寺に迎えられる。
しかし、当時の唐は武宗の仏教弾圧政策(会昌の廃仏)の影響により仏教は衰退の極にあったことから、親王は長安で優れた師を得られなかった。

このため天竺行きを決意。
貞観7年(865年)、皇帝の勅許を得て従者3人とともに広州より海路天竺を目指し出発したが、その後の消息を絶った。
16年後の元慶5年(881年)、在唐の留学僧・中瓘らの報告で親王は羅越国(マレー半島の南端と推定されている)で薨去したと伝えられている。
虎の害に遭ったという説もある。

現在、マレーシアのジョホール・バルの日本人墓地には、親王院が日本から御影石を運んだ親王の供養塔が建立されている。


(jpgrave2.jpg)

  ジョホール・バルの日本人墓地


出典: 「高岳親王」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

皇太子になって、ゆくゆくは天皇になるという身分なのに、どうしてお坊さんなどになってしまわれたのでござ~ますか?

あのねぇ~、言わば“平安のクレオパトラ”と呼ぶにふさわしい藤原薬子さんが陰謀をめぐらせたのですよ。。。 でも、結局失敗して薬子さんは毒を飲んで死んでしまったという事件に高岳親王は巻き込まれてしまったのです。。。 巻き込まれたと言うよりも、とばっちりを受けたのですよ。 高岳親王自身は何も悪いことをしていない。

あらっ。。。 その薬子さんの事件というのはどのような陰謀だったのでござ~ますか?

次のような事件だったのです。

薬子(くすこ)の変


(kusuko02.jpg)

薬子の変は、平安時代初期に起こった事件。

延暦25年(806年)、桓武天皇が崩御して皇太子・安殿親王(平城天皇)が即位、平城天皇は弟の神野親王を皇太弟とした。
これは平城天皇が病弱でその子供達も幼かった事を考えて、嫡流相続による皇位継承を困難と見た父・桓武天皇の意向があったともいわれている。

だが、翌大同2年(807年)には早くも天皇の異母弟・伊予親王が突然謀反の罪を着せられて死に追い込まれるなど、皇位継承を巡る宮廷内部の紛争は収まる事を知らなかった。

大同4年(809年)4月、平城天皇は発病するが、病を叔父早良親王や伊予親王の祟りによるものと考えた天皇は、禍を避けるために譲位を決意する。
天皇の寵愛を受けて専横を極めていた尚侍・藤原薬子とその兄の参議・藤原仲成は極力反対するが、天皇の意思は強く、同年4月13日に神野親王が即位する(嵯峨天皇)。
皇太子には平城天皇の三男・高岳親王が立てられた。

大同4年12月(810年1月または2月)、平城上皇は旧都である平城京へ移る。
平城上皇が天皇の時に設置した観察使の制度を嵯峨天皇が改めようとしたことから平城上皇が怒り、二所朝廷といわれる対立が起こる。
平城上皇の復位をもくろむ薬子と仲成はこの対立を大いに助長した。

しかも、薬子が任じられていた尚侍の職は、天皇による太政官への命令書である内侍宣の発給を掌っており、当時の太上天皇には天皇と同様に国政に関与できるという考えがあった(例:孝謙上皇と淳仁天皇の職権分割)ことから、場合によっては上皇が薬子の職権で内侍宣を出して太政官を動かす事態も考えられた。

嵯峨天皇は大同5年(810年)3月に蔵人所を設置し、同年6月には観察使を廃止して参議を復活した。
このことは平城上皇を刺激した。

二所朝廷の対立が深まる中で、同年9月6日に平城上皇は平安京を廃して平城京へ遷都する詔勅を出した。
このことは嵯峨天皇にとって思いがけない出来事であったが、ひとまず詔勅に従うとして、坂上田村麻呂・藤原冬嗣・紀田上らを造宮使に任命する。

嵯峨天皇は遷都を拒否することを決断する。
9月10日、嵯峨天皇は使節を発して伊勢国・近江国・美濃国の国府と関を固めさせる。
その上で、藤原仲成を捕らえて右兵衛府に監禁の上で佐渡権守に左遷し、薬子の官位を剥奪して罪を鳴らす詔を発した。
嵯峨天皇は造宮使だった坂上田村麻呂を大納言に昇任させる。

嵯峨天皇の動きを知った平城上皇は激怒し、自ら東国に赴き挙兵することを決断をする。
中納言・藤原葛野麻呂ら平城上皇方の群臣は極力これを諌めたが、上皇は薬子とともに輿にのって東に向かった。

平城上皇の動きを知った嵯峨天皇は坂上田村麻呂に上皇の東向阻止を命じる。
田村麻呂は出発に当たってかつて蝦夷征討の戦友だった綿麻呂の禁錮を解くことを願い、綿麻呂は許されて参議に任じられる。
この日の夜に仲成は射殺された。
これは平安時代の政権が律令に基づいて死刑として処罰した数少ない事例であり、これ以降保元元年(1156年)の保元の乱で源為義が死刑執行されるまで約346年間一件も無かった。

平城上皇と薬子の一行は大和国添上郡田村まで来たところで、嵯峨天皇側の兵士が守りを固めていることを知り、とても勝機がないと悟ってやむなく平城京へ戻った。
9月12日、平城上皇は平城京に戻って剃髮して出家し、薬子は毒を仰いで自殺した。

事件後、嵯峨天皇は関係者に寛大な処置をとることを詔した。
高岳親王は皇太子を廃され、代わって天皇の弟・大伴親王(後の淳和天皇)が立てられた。
なお、弘仁15年(824年)の平城上皇の崩御の際に、既に退位していた嵯峨上皇の要望によって、淳和天皇の名で関係者の赦免が行われている。

なお、僧・空海は嵯峨天皇側の勝利を祈念し、以降、日本仏教界一の実力者になる契機となった。


出典: 「薬子の変」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

高岳親王という人はマジでついてない人なのですよ。。。 本人は立派な人なのだけれど、周りの人に悪い人がいっぱいいて、その陰謀のとばっちりを受けて、皇太子を廃されてしまった。

。。。で、世を儚(はかな)んで仏教に救いを求めたわけでござ~ますわねぇ~。。。

高岳親王の足跡を追ってゆくと、そうとしか考えられない。。。 とにかく、66歳にもかかわらず本当の仏教を求めてインドまで行こうというのだから、たいしたものですよ。。。 現在だって、66歳で仏教に救いを求めてインドまで行く人はまずいませんよ。

。。。で、現在のシンガポールの近くでトラに食われて亡くなってしまったのでござ~ますかァ~?

そうだと思いますよ。

なぜ、そうだと思うのですか?

あのねぇ~、僕は真如親王という人は聖徳太子のような悟りを得た人だと思うのですよ。

何で、聖徳太子が出てくるのですか?

あの有名な聖徳太子の捨身飼虎(しゃしんしこ)というエピソードを卑弥子さんは聞いたことがありますか?

もちろん、存じ上げておりますわァ~。。。 お釈迦様が前世である国の王子だった時、修行中に虎の親子が飢えに苦しんでいるのを見かねて、自ら虎の餌となって命を捨てるお話でしょう!?

あれっ。。。 卑弥子さんは結構 仏教に詳しいのですねぇ~。。。

うふふふふふ。。。 こう見えても京都の女子大学で橘卑弥子・准教授として腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しておりますので、仏教のことも基礎知識として学ばせてもらいましたわ。

だったら、話は早いですよ。。。 聖徳太子も この話には感銘を受けたのです。。。 だから、法隆寺にある国宝の玉虫厨子にも このエピソードが描かれている。


(tora009.jpg)

つまり。。。、つまり。。。、シンガポールの近くでお腹を空かせたトラに出くわしたので、真如親王は自らトラのエサとなって命を捨てた、とデンマンさんは断定するのでござ~ますか?

僕は、そうとしか考えられないのですよ。。。。 南無阿弥陀仏。。。 南無阿弥陀仏。。。 アーメン。。。 ラーメン。。。


(pray03.gif)


(laugh16.gif)


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。
あなたは信じることができますかァ~?

とにかく、66歳になっても夢と希望を失わずにインドまで行くという意欲に脱帽ですわよねぇ~。

あなたも、夢と希望を持ち続けておりますか?
66歳の真如親王を見習って、あなたも夢と希望をいつまでも持ち続けてくださいね。

でも、トラにだけは喰われないように。。。
うふふふふふふ。。。

ところで、円載さんと真如親王のお話も、大変興味深いですけれど、
古代には いろいろな面白いお話がござ~ますわァ。

あなたのために平安史、古代史の記事を用意しましたわァ。
ぜひ お読みくださいまし。
では。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。


(hand.gif)

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)


(surfing9.gif)


(sayuri5.gif)

ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。



(annasalleh.jpg)

『オルフェと聖徳太子』

『寅さんの本棚』

『平成の紫式部』

『心にしみるウンチ』

『念願のトップページへ』

『愛とロマンの昔話』

『愛とロマンのアクセス解析』

『兄妹の恋のつづき』

『源氏物語エロいの?』

『酒が行って着物目変境』

『日本は外人に乗っ取られたの?』

『ん?ヒトラーはベジタリアン?』

『ふるさとの選挙と黒い霧』


(hama10.jpg)

『ハマグリにハマる』

『ハマグリの誘惑』

『ハマグリの足跡を追って』

『芭蕉と遊女』

『光源氏もビックリ』

『エロエロ源氏物語』

『悲痛の紫式部』

『卑弥子のえっち』

『白妙の和歌を探して』

『キーワード診断』

『紅のボート難民』

『ん?ネトウヨ』


(miya08.jpg)

『下衆のかんぐり』

『桓武天皇のママがネットで』

『ござが天皇とGOOGLE』

『エロ 建礼門院』

『一敗が三人に!』

『行田の黒い霧をはらう』

『ペルシャ人が飛鳥に』

『小柴垣草子』

『後白河上皇ダントツ』

『ブスと美人』

『エロい話が好き?』

『死んでも生きてる』

『失意の太田将宏』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)


(byebye.gif)