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チョー有名な三角関係

2014年5月29日

 

チョー有名な三角関係

 


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デンマンさん。。。 なんだか おもろい画像でござ~♪~ますわねぇ~。 おほほほほほ。。。 でも、どうしてベッドルームが日本間なのでござ~ますか?


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だから、日本のお話ですよう。

ムカついている女性は、日本人には見えませんわ。。。んで、最近のお話でござ~ますか?

いや。。。 ずいぶんと昔の話ですよ。 卑弥子さんは最近の“チョー有名な三角関係”を知っているのですか?

いいえ。。。 あたくしは、そのような事には興味がござ~ませんわァ。

あれっ。。。 マジで。。。? 女性は、けっこう そういう事には興味があるじゃありませんかァ! 女性週刊誌が売れるのも芸能界の乱れた関係やゴシップが たくさん書いてあるからじゃないのですかァ?

。。。んで、ずいぶん昔の“チョー有名な三角関係”というのは、いったい誰のことでござ~ますかァ~?

卑弥子さんも良く知っている人物ですよ。 ちょっと次の和歌を読んでください。

茜(あかね)さす 

紫野行き

標野(しめの)行き 

野守(のもり)は見ずや 

君が袖振る

 

作者:

額田王(ぬかたのおおきみ)


現代語訳:

茜色の光に満ちている紫の野、

天智天皇御領地の野で、

あぁ、あなたはそんなに

袖を振ってらして、

野守が見るかもしれませんよ。

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あらっ。。。 このお歌は、あの有名な額田王(ぬかたのおおきみ)がお詠みになったものではござ~ませんかァ!

そうですよう。

懐かしいですわァ。 確か以前にデンマンさんは『日本で最も有名な三角関係』というタイトルで記事を書いていましたわね。


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『日本で最も有名な三角関係』

。。。んで、どう言う訳で、また額田王のお歌を取り上げたのでござ~ますか?

あのねぇ~、実は夕べ本を読んでいたら次の箇所にぶち当たったのですよ。

「天智・天武」兄弟の争いか

『日本書紀』や『万葉集』はこの二人と額田王の関係を文芸的、映像的に描くが、歴史学者や文学研究者のなかにできすぎの話とする見解が増えてきた。

天智・天武兄弟説の矛盾には「大化の改新」でも触れたが、この二人をめぐる額田王の恋歌にしても早くから白川静、沢潟久治、池田弥三郎、山本健吉らによって否定されている。

短歌の文体も初期の漢詩体ではなく数十年後の文体であり、後世の造作の疑いが大きい。


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(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
イラストはデンマン・ライブラリーより)


298ページ 『ゼロからの古代史事典』
編著者: 藤田友治、伊ヶ崎淑彦、いき一郎
2012年8月10日 第2刷発行
発行所: 株式会社 ミネルヴァ書房

つまり、上の歌は額田王がお詠みになったのではなくて、誰か他の人が作ったというのでござ~ますか?

そうですよゥ。。。

。。。んで、デンマンさんも、そう思うのでござ~ますか?

そうです。。。 「大化の改新」だとか。。。 いろいろと考えてゆくと、この当時、不思議な謎が多すぎるのですよ。


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「大化の改新」はマジでなかったのでござ~ますかァ?

もちろん「乙巳の変(いっしのへん)」という大事件はあったのですよ。 つまり、中大兄皇子(後の天智天皇)と中臣鎌子(藤原鎌足)らが宮中で蘇我入鹿を暗殺して蘇我氏(蘇我本宗家)を滅ぼしたのですよ。 でもねぇ~、その後、中大兄皇子は体制を刷新して大化の改新と呼ばれる改革を断行したことになっている。 でも、この一連の政治改革について、歴史研究者の間で、いろいろな疑問を投げかけている人がいるわけですよ。

上のビデオクリップは、その疑問についてのことでござ~ますか?

そういうことです。

。。。んで、額田王のお歌とされているものも、「大化の改新」と関係あるのでござ~ますか?

僕は関係していると思うのです。。。 だから、こうして また“チョー有名な三角関係”を取り上げたわけなのですよ。

分かりましたわ。。。 では、その訳をさっそく 伺いたく思いますわァ~。

あのねぇ~。。。 上の引用の中で次のように書いてあることに注目してください。


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『日本書紀』や『万葉集』は

この二人と額田王の関係を

文芸的、映像的に描くが、

歴史学者や文学研究者のなかに

できすぎの話とする見解が増えてきた。

できすぎの話というのは、いったい どういうことでござ~ますか?

つまり、あまりにも都合のいいような話ということですよ。

誰にとってでござ~ますか?

もちろん、天智天皇の後に政権の座につく天武天皇に都合のいい話になっているのですよ。

そうでしょうか?

だってぇ、そうじゃありませんか!? 上の歌を読む限り額田王が 後に天武天皇になる大海人皇子に惹かれているのがよく解る。 この歌を後世の我々が読むと、どうやら人間的に見て天智天皇よりも天武天皇の方がすぐれているのではないか! だから、額田王も天武天皇の方に惹かれているのではないか! 僕は、初めて上の歌を読んだ時に、そのような印象を持ったのですよ。 ところで、この時大海人皇子(後の天武天皇)は額田王の上の歌に答えている。


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紫草(むらさき)の 

にほえる妹(いも)を

憎くあらば 

人妻ゆえに 

われ恋ひめやも

額田女王は、大海人皇子の間に十市皇女をもうけていますが、
その後、額田女王は天智天皇に召され、大海人から見れば“人妻”となったのです。
この歌は、二人の“秘めた恋心”を大胆に告白したものと解釈している人が多いですよ。
つまり、後の天武天皇が、こう詠(うた)っているんですよね。

今のオマエは天皇の妻であるかもしれない。

でも、ボカァ~、オマエのことが忘れられないんだよ。

こんなに愛してしまっているんだよ。

もう、恥も外聞もないよ。

ボカァ~、だから、オマエ見ると、どうしても、

あのように手を振ってしまったんだよ。

分かるだろう?

こんな気持ちだと思うのですよね。
この歌は、668年の蒲生野での遊猟のあと、大津宮での浜楼での宴の際に衆目の中で詠まれた、と言われています。
後に額田女王をめぐって大海人皇子と天智天皇(兄弟)との確執を招き、壬申の乱の遠因になったという歴史家も居るほどです。

この歌は、“戯れ”の歌という見方もあり、戯れの中にこそ真実が秘められているといった解釈もあります。
いずれにしてもこの古代のロマンにあふれるこの歌が、今も多くの万葉ファンを魅了していることは疑いのないことです。

天智天皇の死後、その子である大友皇子と大海人皇子の間で皇位継承をめぐって戦われたのが672年に起こった壬申の乱です。
この乱は額田女王にとって大きな悲劇でした。
大海人皇子とは十市皇女をなした仲です。
一方の大友皇子は十市皇女の夫です。

つまり、かつての愛人と娘の夫が戦ったわけです。

戦いは大海人皇子に有利に展開し、瀬田の合戦に破れた大友皇子は山背国、山前の地で首をくくり自害したのです。
十市皇女も夫の後を追って自殺したと言われています。
乱後の大海人皇子は天武天皇となり、その時、彼を側で支えたのは額田女王ではなく、天智天皇の娘(後の持統天皇)鸕野讚良(うののさらら)皇女だったのです。

その後、額田女王の身の上にどのような変化があったのかは史実としては不明ですが、彼女は自分自身の時代の終焉を悟ったに違いありません。
大津宮は遷都からわずか6年余りで廃都となりました。

額田女王は“万葉の女王”で

あるにもかかわらず、

なぜ謎の女性なのか?


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額田女王こそ、万葉集という現代人には無縁のような歌集にロマンをちりばめている日本史上屈指の女流歌人だと僕は思いますね。
また、僕だけではなく、多くの歴史家や、文学愛好家や、歌人、詩人たちがそう信じていると思います。
額田女王は大化の改新から壬申の乱にかけて活躍し、
万葉随一の女流歌人と言われた。

彼女はまた絶世の美女とも言われ、天智天皇・天武天皇に深く愛された。

激動の歴史の中で、額田女王は、ひたすら自らの思いに忠実に生きた。
美しく、才知にあふれ、強く情熱的な女性であった。

あなたもそう思いませんか?
だからこそ、万葉集の額田女王の歌はロマンを漂わせながら光り輝いている。

なぜ、光り輝いているのか?
もちろん歌そのものがロマンに満ちている。
しかし、それならば、なぜ、『日本書紀』には、額田女王の記述がたったの1行なのか?
なぜなのか?

額田女王のすばらしい業績が万葉集の中で光っている!
それなのになぜ?

僕はこのことでずいぶんと考えさせられました。
何も僕が深刻ぶって悩まなくても良いのですが、僕にとって、額田女王が、あたかも“古代のレンゲさん”のような存在になっている。

叶わぬ僕の片思いなんですよ。
つまり、“心の恋人”です。うへへへへ。。。。
僕は気が多いのですよ。

では、マジになって。。。

あれほど万葉集の中で輝いている額田女王が『日本書紀』の中では、なぜ1行の記述なのか?
それは次の天皇家の系図を見ると実に良く分かりますよ。


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この当時の実権を握っていたのは持統天皇と藤原不比等だったんです。
この二人の結びつきがこの系図にありありと表れています。
この二人の人物は政治的に2人3脚で律令政治を確立させて実施した同志だったんですよね。

『日本書紀』の編集長は誰か?
藤原不比等です。
壬申の乱の後、大海人皇子は天武天皇となった。
その時、彼を側で支えたのは額田女王ではなく、天智天皇の娘(後の持統天皇)鸕野讚良(うののさらら)皇女だった。
天武天皇はあれほど額田女王を愛していたのに!
なぜ?

あなたにも分かりますよね?
水面下で額田女王と持統天皇との女の確執がある。
額田女王は人から愛される性格だった。
それは、この女性が二人の天皇から愛されたことでも良く分かることです。

ところが持統天皇は人から愛されるような性格ではなかったのです。
持統天皇にしてみれば、同じ女として面白くあろうはずがない!

これは歴史家が誰も言っていないことですが、僕は持統天皇が境界性人格障害者だと信じることができます。
もちろん、当時、そのような病名はない!
他に、このようなことを言う人も居ませんよ!

とにかく持統天皇は独占欲の強い人だった!

それは、天武天皇の血を引く天皇後継者の息子たちがたくさん居たにもかかわらず、持統天皇は断固として、自分の血が流れていない者には皇位に就(つ)かせなかったことからも実に良く表れています。


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上の系図を見てください。
これだけ女帝を立てたのもそのためです。
それを藤原不比等が自分の娘を皇室に入れてサポートしたんですよ。

つまり、この点で、この二人の権力独占志向の人間の気持ちがひとつになったのです。
つまり、幼少の頃から、この二人は、信じることのできるものは“権力”しかないということを身にしみながら自分の目で見てきたんですよ。
このことについては、あとで詳しく書きたいと思います。

では、万葉集の中でこれだけ額田女王を輝かせたのは誰なのか?
それは、『万葉集』の編集長の大伴家持です。
ここで大伴家持の事を書くと長くなるので書きません。
すでに次の記事の中で詳しく書いたので関心のある人はぜひ読んでみてくださいね。

『性と愛と批判—万葉集の中の政治批判?』

大伴家持は反骨精神を持った人物です。
藤原不比等が横暴の限りを尽くしたことを苦々しく思っていた人です。
大伴家持自身も“藤原政権”に反抗して時の権力者によって“逮捕”され罰を受けたこともあります。
上の記事の中で、そのことも書きました。

つまり、持統天皇のごり押しによって、額田女王の記述が『日本書紀』の中にたった1行しか書いてないことも、大伴家持は苦々しく思っていたことでしょう。
『万葉集』は大和朝廷の正史ではありません。
だから、時の権力者は見逃してしまったのでしょうね。

「愛の歌を載せたんですよ。
政治とは関係ありませんからね。。。」

“発禁処分検閲官”が調べにやってきた時に、おそらく大伴家持はそう言ったでしょうね。

「まあ、そういうことならば、いいでしょう。。。」

馬鹿な検閲官は愛の歌と聞いて見逃してしまったのでしょうね。
でも、よく読めば、この相聞歌の裏には、生々しい政治的な“三角関係”が秘められている。
つまり、天智天皇が暗殺されて天武政権が出来上がって行く過程をこの相聞歌として万葉集に載せている。

『天武天皇と天智天皇は

 同腹の兄弟ではなかった』

『天智天皇は暗殺された』

『天智天皇暗殺の謎』

持統女帝は天智天皇の娘です。
しかし、崩壊家庭に生まれ育ったこの娘は、自分の母親とおじいさんがこの非情な父親のために死に追いやられたことを恨んでいました。
この娘は、父親に利用されて、腹違いの兄(弟ではない。実は兄)、大海人皇子の妻になるようにと言われて、実の姉と共に大海人皇子の妻になったのです。
でも、大海人皇子の心は上の歌でも明らかなように額田女王を愛している。

実の姉が亡くなり、名実ともに天武天皇の皇后になったけれど、夫の心は自分にはないと分かっている。
腹の中では夫に対しても、額田女王に対しても頭にきている!
天武天皇が亡くなる。
自分の血がつながっていない夫の子供たちには、何が何でも皇位を渡したくはない!
持統女帝として、自分で皇位を継ぐ。

同志の藤原不比等が『日本書紀』の編集長になる。
持統天皇は言ったはずす。

「あのね、史(ふひと)さん、額田女王のことは1行だけ書けばいいのよ。。。
あなたにも私の気持ちが分かっているわよね。。。」

「かしこまりました。そのように手配いたします。」

女帝と藤原不比等の会話はこのようなものだったでしょうね。

しかし、万葉集の編集長の大伴家持は反骨精神に燃えています。

おまえたちの思うようにはこの世界は動かんぞ!
読む人が読めば分かるように万葉集の中に真実を載せるだけさ!
いづれ、分かる時が来るさ!

僕は大伴家持のそのような呟(つぶや)きを聞きながら万葉集を読んでいます。 うへへへへ。。。。


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ですってぇ~。。。
あなたは、どう思いますか?

古代史は遠い昔のことには違いありません。
でも、現代にも通じるような人間ドラマが秘められているように思うのでござ~ますわ。

そう考えながら読めば、新しい発見があるかもしれませんわ。
そういうわけで あなたのために平安史、古代史の記事を用意しました。
ぜひ お読みください。

では。。。

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きますわ。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。


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ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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ところで、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。
卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


『曲屁(きょくべ)』

『天神様と東日本大震災』

『日本は良い国か?』

『日本を良い国に…』

『エロい熟女』

『アッと驚くマキアベリ!』

『良寛さんの顔』

『あなたの中の阿修羅』

『蝦夷って悪い意味?』

『伎楽は呉の音楽?』

『呉越の謎』

『紅のボートピープル』

『蕎麦屋と忠臣蔵』

『ピンクと桃色』

『妻の不貞』

『卑弥子さん、ご指名ですよ!』

『カン違い大岡越前』

『ロマンのカシオペア』

『カシオペアの現実』

『エロい徳子を探して』

『紫式部と皇国史観』

『エロい道鏡と薬師如来』

『天平の麗しき淑女』

『元からの饅頭』

『なぜ唐に留まったの?』

『下着美人』

『一所懸命』

『ねぇ、ねぇ、ねぇ効果』

『遊女と三つ子』

『布袋さんの魅力』

『今、エジプトに?』

『鍋かむり祭り』

『日本人はどこから来たの?』

『卑弥子も待ってます』

『卑弥子の源氏物語』

『源氏物語もエッチなのに』

『失意の紫式部』

『めちゃムカつく足枷』

『床上手な女になりたい』

『日本へ、紀元前のメイフラワー号』

『日本の死海文書』

『今さら聞けない、床上手』

『兄妹の恋と大乱』

『えっ、ヒトラーはベジタリアン?』

『外人に乗っ取られた日本?』

『失われたバレンタイン』

『軽井沢夫人@日本王国』

『都知事になれなかった男』

『落選男の正体?』

『カナダはカエデの国なの?』

『海外飛躍遺伝子』

『ふるさとは遠きにありて…』

『芭蕉と遊女の出会い』

『芭蕉と遊女が…あれぇ~!』

『宮沢りえと3723人の観客』

『血のつながり』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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紫式部と皇国史観

2013年7月6日

   
 
紫式部と皇国史観

デンマンさん。。。 今日はあたくしを試そうとするのでござ~♪~ますか?

。。。ん? 僕が卑弥子さんを試そうと。。。?

だってぇ~、タイトルに紫式部と皇国史観と書いてあるではござ~ませんかア!

そうです。。。 でも、まさかァ~、僕が卑弥子さんを試そうなんてぇ~。。。 そのような大それた事をするはずがないじゃありませんか。

じゃあ、どう言う訳で「紫式部と皇国史観」というタイトルにしたのでござ~ますか?

卑弥子さんは紫式部女史が出て来ると、かなり精神的に過敏に反応するのですね?

もちろんでござ~ますわァ! あたくしは、これでも京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているのですもの。。。 デンマンさんだって、この事は充分にご存知のはずでござ~ますわァ。 それにもかかわらず、あえて「紫式部と皇国史観」というような非常にセンシティブなタイトルをあたくしの目の前にたたきつけたのでござ~ますもの。。。 これは、デンマンさんがあたくしの足元をすくいあげようと画策しているのか? あるいは、あたくしに対する挑戦を挑(いど)んでいるのか? 事と場合によると由々しき問題に発展することになると。。。

あのねぇ~。。。 卑弥子さんは過敏に反応しすぎですよう。 僕は何も橘卑弥子・准教授に対して知的な戦闘を挑(いど)もうとしているわけではないのですよ。

でも、あたくしの専門分野に対する挑戦としか受け取れませんわ。

僕はたまたまバンクーバー市立図書館から次の本を借りてきたのですよう。


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上のリストの赤枠で囲んだ御本でござ~ますか?

そうです。

でも、これは「古代史事典」ではござ~ませんかァ!

そうですよ。

あらっ。。。 デンマンさんは事典を小説のようにお読みになるのでござ~ますか?

いけませんか?

だけどォ~「広辞苑」を小説のように毎日読む人はおりませんわよう。。。 うふふふふふ。。。

いや。。。 居るかも知れませんよう。。。 そういう物好きな人も。。。

でも、いくら歴史に興味があるといっても、まさか事典は毎日読むほど面白いとは思えませんわ。

あのねぇ~、それがこの『ゼロからの古代史事典』というのは、なかなか面白いのですよ。

あらっ。。。 ギャグやパロディーが本の中にたくさん挿入されているのでござ~ますか?

いや。。。 そういうお笑いは一つも書いてありません。

それなのに面白いのでござ~ますか?

そうです。。。

例えばどういうところが。。。?

次のような箇所ですよ。


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早くも11世紀、「にほん紀の局」といわれた紫式部は『源氏物語』蛍の段で、玉かづらに対して光源氏にこう言わせている。
玉かづらが退屈しのぎに読んだ物語をけなしたのに対して、源氏は、「にほん紀などはただ片そばぞかし。」と語った。

どうやら皇族、貴族のトップには日本紀はつくりものという伝承がずっとあったようである。


233ページ 『ゼロからの古代史事典』
編著者: 藤田友治・伊ヶ崎淑彦・いき一郎
2012年8月10日 初版第2刷発行
発行所: 株式会社 ミネルヴァ書房

このような箇所がデンマンさんにはそれほど面白いのでござ~ますか?

じゃあ。。。卑弥子さんにとって、上の箇所はつまらないのですか?

もちろん、『源氏物語』を専門に研究している者にとって、紫式部が『日本書紀』を取り上げたということは確かに注目に値することですわ。

そうでしょう!? 卑弥子さんにとっても、この事実は興味を引くことだと僕は思ったのですよ。 うへへへへへ。。。

それで、わざわざこうして記事で取り上げたのでござ~ますか?

もちろんですよ。 卑弥子さんの感想をぜひ聞きたいと思ったからですよ。

そのように「よいしょ」をするような煽(おだ)てをかまして、実は、あたくしの足元を掬(すく)うのがデンマンさんの狙いではござ~ませんのォ? (苦笑)

やだなあああァ~。。。 悪い方に悪い方に解釈しないでくださいよう。 京都の女子大学で「日本文化と源氏物語」を教えている卑弥子さんの専門知識を値踏みするというような大それたことは考えていません。

でも、デンマンさんの前では用心しないわけにはゆきませんわ。

あのねぇ~、それ程緊張しなくてもいいのですよう。 僕は卑弥子さんと嵐山の辺りを散歩するつもりで話題にしているだけなのですから。。。

それで、あたくしに何をお尋ねになるのですか?

だから。。。 玉かづらが退屈しのぎに読んだ物語をけなしたのに対して、源氏が「にほん紀などはただ片そばぞかし」と語ったと。。。 ここの所を卑弥子さんはどのように捉(とら)えているのですか?

これは真面目なご質問なのですか?

もちろんですよう。 僕は橘卑弥子・准教授をからかうつもりなど全くありません。

解りましたわ。 では、あたくしがその箇所を現代語に訳してお目にかけますわ。

長雨が例年よりもひどく続いて、晴れるときがなく手持ち無沙汰なので、六条院の女君たちは絵や、物語などを慰みにして夜を明かし暮らしていらっしゃる。
明石の君は、そういう物語に趣向を凝らして仕立てられて、(明石の)姫君にさし上げられる。
西の対の玉鬘の姫君は、なおさら珍しく興味のあることなので、明け暮れ(物語を)読んだり写したりしていらっしゃる。
(ここには物語を写すのを)得意にしている若い女房も大勢いる、(物語には)世にも珍しいさまざまな(主人公の)身の上などを、本当なのか嘘なのか、たくさん集めてあるが そういう中でも、〈わたしのような(波瀾に富んだ)身の上はなかった〉と(姫君は)ご覧になっている。
『住吉物語(継子いじめの物語)』の姫君がさまざまな悲惨な目にあったその当時はもちろん、現在でもやはり評判は格別のようだが、(物語の中で)主計頭(かぞえのかみ)がもう少しで(姫君を)奪おうとしたところなど、あの大夫監(たゆうのげん)の恐ろしさと比べていらっしゃる。  

源氏の君も、こういう絵や物語などがあちこちに散らばっていて、目につくので、(姫君に)


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困ったものだな。女は面倒がりもしないで、人にだまされるために生まれてきたらしい。
たくさんある物語の中に本当のことはすごく少ないのに、それをよくわかっていながら、こういうつまらない話に心を奪われて、真に受けて、この暑苦しい五月雨どきに、髪の乱れてるのも気づかないで書き写していらっしゃるとは…  

とおっしゃって、笑われるものの、また、

でもこういう昔の物語がないと、実際紛らわしようもない(この頃の)手持ち無沙汰を慰めることもできないな。
それにしてもこういう数々の作り話の中に、〈なるほどそういうこともあるだろう〉としみじみとした表現で、もっともらしく書いてあると、一方では、嘘だとはわかっていながらも、無性に興味をそそられて、(物語の主人公である)可愛い姫君が悲しみに沈んでいる様子に多少は心が惹かれるものだ。
また〈こんなことはあるはずがない〉 とわかっていながらも、大げさな誇張した表現にかえって魅了されて、落ち着いてもう一度読み直すときにはつまらないにしても、ふと感心させられることもあるだろう。
この頃明石の姫君が、女房などに時々(物語を)読ませているのを立ち聞きすると、〈口のうまい者が世間にはいるものだな。(こんな話は)嘘ばっかり言っている人の 口からのでまかせだろう〉 と思うが そうでもないかな…

とおっしゃると、(姫君は)


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おっしゃるように嘘ばっかり言っている人は、そんなふうにいろいろと思われるかもしれません。
(わたしには)本当のこととしか思われません。

と言って、硯を押しやられるので、(源氏の君は)

失礼なことを言って(物語を)けなしてしまったね。
(物語は)神代から世の中に起こったことを書き残したものです。
(それに比べると)日本紀(『日本書紀』)などはほんの一部分にすぎないのです。
こういう物語にこそ道理にかなった細かいことが書いてあるでしょう。

とおっしゃって笑われる。

(物語は)誰かの身の上を、ありのままに書くことはないが、良いことも悪いことも、この世に生きている人のありさまの、見ても飽きない聞いても聞き流せないような、後世に語り伝えたい事柄を、心におさめておけないで書き残したのが物語の始まりなのです。
(物語というものは)(作中の人物を)よく言おうとする場合、そのよいことばかりを選び出して書くことになるし、また読者の要望に応じると、ありそうもない悪いことばかりを集めて書くことになるが、(でもそれは)善悪それぞれの面で誇張しただけのことで(その事柄は)この世にないことでもない。
異朝の物語は、書き方が違うし、同じように日本の物語でも昔と今では違うだろうし、(その内容に)深い浅いの違いはあるだろうが、(物語を)まったくの作り話だと断定してしまうのも、物語の本質を無視することになる。
仏がとても立派な心から説かれた経典でも、方便というもの(虚構)があって、悟りのない者は、あちこちで矛盾しているのではないかと疑念を持つだろう、(方便の説は)方等経(ほうどうきょう)の中に多いが、突き詰めてゆくと、(結局は)同一の趣旨によっていて、菩提(悟り)と煩悩(悩み)との違いは、物語の中の、善人と悪人との違いのようなものである。
いい意味に解釈すると、すべてどんなことも無駄なものはない。

と、物語をとても大切なもののように説明された。

ところでこういう昔の物語の中に、わたしのように律儀な愚か者の話はありますか。
ひどく人間離れした、物語の姫君でも、あなたのように冷たくて、知らないふりをしている人もいないだろう。
さあ、(二人のことを)世にも珍しい物語にして、後世に伝えさせよう。

と、近くに寄り添っておっしゃるので、(姫君は)顔を襟に引き入れて、

それでなくても、こんな珍しい関係は、後世の語り草になるでしょう。

とおっしゃると、(源氏の君は)

(あなたも)珍しいと思われますか。
(わたしもこんな気持ちは)またとないと思います。

とおっしゃって寄り添っていらっしゃる様子は、まったくけじめがない。

う~ん。。。 さすがは京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授ですね。 やっぱり、こうして卑弥子さんの説明を聞くだけの値打ちがありましたよ。

あらっ。。。 そうでござ~ますかァ? でも、あまり煽(おだ)てないでくださいましなァ。 おほほほほほ。。。

卑弥子さんは「にほん紀などはただ片そばぞかし」を(物語は)神代から世の中に起こったことを書き残したものです。(それに比べると)日本紀(『日本書紀』)などはほんの一部分にすぎないのです。 こういう物語にこそ道理にかなった細かいことが書いてあるでしょう。と現代語に訳したのですね。

そうでざ~ますわァ。 どこか、いけないところでもござ~ますか?

いや。。。 きわめて妥当だと僕は思いますよ。 つまり、玉かづらが退屈しのぎに読んだ物語の中にこそ道理にかなった細かいことが書いてあって、『日本書紀』などのような政府の作ったものには、自分たちの政権が正当なものだという作り事が書き込まれているということを暗に言っているわけですよね。

いいえ。。。 あたくしは別に『日本書紀』が道理にかなっていない事が書かれているとは言ってませんわ。 デンマンさんは『日本書紀』が“つくりもの”だと考えているのでござ~ますか?

いや、僕だけじゃありませんよう。 『ゼロからの古代史事典』には次のように書いてありました。


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西園寺公望公爵(1849~1940)は貴族のトップにいて第二次大戦まで裕仁(昭和)天皇の首相推薦に参与した。
このよう要人中の要人が、こう書き残した。
不幸にしてこの日記は約百年、陽の目を見なかった。
西園寺は明治憲法起草者の井上毅文相を評して「妄誕(もうたん)の書(でたらめの書-古事記、日本書紀)を重んずるごときは大いに国に損あり」と記したが、100年後の1990年10月に立命館大学で発見されたものである。

この西園寺の発言は白鳥(庫吉・東京帝国大学の東洋史学科の教授)とは正反対のリベラルさをしめすもので、20世紀の日本史学者に知らせるのが遅すぎたことが惜しまれてならない。
徹底した日本書紀の否定、蔑視である。
「明治以降、78年」の狂信は「大いに国に損あり」どころではなかった。
皇国史観による国の壊滅をもたらしたといえるだろう。
歴史学は学部の一部門ではなく民族の帰趨を決める基礎の科学でなければならないことを思い知らされたのである。


233ページ 『ゼロからの古代史事典』
編著者: 藤田友治・伊ヶ崎淑彦・いき一郎
2012年8月10日 初版第2刷発行
発行所: 株式会社 ミネルヴァ書房

あらっ。。。 西園寺公爵は『古事記』や『日本書紀』は日本を壊滅に導くような悪書だと予言したのでござ~ますか?

今から西園寺公爵の日記を読み返せば、そう受け止められるのですよ。 でもねぇ~、西園寺自身、自分の日記を公開できないことは知っていたようです。

どうして。。。?

だってぇ、戦前、彼の日記が公開されたら狂信的な軍人か? あるいは熱狂的な右翼の人間に暗殺されていましたよ。

そうでしょうか?

それでなくとも昭和11年(1936年)の2・26事件の時には、決起将校の一部に西園寺公爵は「君側の奸」の最たるものと見なされた暗殺されるリストに載っていた。 でも、反対派の者は、西園寺を天皇とのパイプとして利用することを言い出したので、暗殺は実行されなかったと言われているのですよ。

西園寺公爵はそれ程のリベラルだったのでござますか?

明治4年(1871年)にフランスのソルボンヌ大学に留学した経験がありますからね。 フランスでリベラルな思想を身に着けたらしい。 それでいながら天皇制に反対していたわけじゃない。 むしろ天皇を守りたててゆこうという強い信念も持っていた。 でも、他の狂信的な天皇一辺倒な帝国主義者と違って、西園寺は絶対天皇制の持つ、やがては皇室の存続をも危うくさせる危険性を早くから見抜いていたのですよ。 そういう意味で皇国史観に反発していたのです。

それで、古事記や日本書紀は“でたらめな書”だと言うような過激な事を日記に書いたのでござ~ますわね。

そうらしいですよ。

それにしても紫式部さんが日本書紀の本質を見抜いていたというのはマジでござ~ましょうか?

たぶん、知る人の間では、その当時からそういう噂が根強くあったのですよ。 大伴家持が『万葉集』の中に批判めいた歌をたくさん集めたのも『古事記』や『日本書紀』に対抗するためだったのですよう。

そうかしら?

信じてください。 「信じる者は救われる」と言うでしょう!?

【小百合の独り言】

ですってぇ~。。。
卑弥子さんの『源氏物語』の知識は、やっぱり相当なものですわ。
感心しました。

西園寺公爵は1849年12月7日、旧暦では嘉永2年10月23日に清華家の一つ徳大寺家の次男として誕生しています。
4歳の時に、同族で清華家の西園寺家へ養子に入り家督を相続しました。
幼少時には、住まいが御所に近く、年齢も近かったことから、祐宮(後の明治天皇)の遊び相手として、たびたび召されました。

岩倉具視や三条実美と異なり、幕末期における政治的功績はほとんどありませんでした。
ただ鳥羽・伏見の戦いがはじまると、朝廷ではこれを徳川家と島津家の私闘と見なす意見が出る中にあって、積極的な関与・主戦論を主張し岩倉ら倒幕派公卿に注目されました。
以後の戊辰戦争では山陰道鎮撫総督、奥羽征討越後口大参謀として各地を転戦します。
その後は新潟府知事などを歴任しました。
また公卿の中で初めて散髪・洋装で宮中に参内し、大原重徳ら未だ多く残る攘夷派公卿の怒りを買ったエピソードも自著(『陶庵随筆』)に書いています。

官を辞した西園寺はフランス留学を考えるようになり、東京や長崎でフランス語の勉強を始めました。
やがて大村益次郎の推薦によって明治4年(1871年)、官費でフランスに留学しました。

フランス行きの船内で、地球が球体であることをなっとくしたそうです。
また、白人少年に別れのキスを求められて戸惑うといったエピソードも手紙に書いています。

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見ちゃだめよ!

2012年12月9日

 

見ちゃだめよ!

 


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デンマンさん。。。どうして、あたくしのエロい写真を貼り付けたのでござ~♪~ますか?


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だから卑弥子さんが「見ちゃだめよ!」と叫んでいるのですよ。

あらっ。。。いやだわ。。。 「見ちゃだめよ!」と叫んでいるのであれば、このようにニコニコしていませんわよ。 あたくしは、たくさんの殿方にこの写真を見て欲しいのでざ~ますわ。

どうして。。。?

だってぇ、いつまでも婚活を続けるのはしんどいのですものォ~。。。 そろそろ素晴らしい殿方に、あたくしのセクシーな体型をご覧になっていただいて求婚してもらいたいのでござ~ますわ。 おほほほほほ。。。

あのねぇ~、上のようなポーズではエロいと思うのですよ。 卑弥子さんだって「エロい写真」だと出端(でばな)で言っていたではありませんか!

でも、この「エロい写真」が堪(たま)らないとおっしゃる殿方だってぇいらっしゃるかもしれませんわ。 うふふふふふ。。。

そういう男が現れることを僕も期待していますよ。

つまり、今日はデンマンさんがあたくしの婚活のお手伝いをしてくださるのでござ~ますか?

いや。。。そうではないのですよ。 実は夕べ『日本の神話』という本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。

見るなの座敷」という昔話があります。
日本の各地で語られた話の一つなので、ごぞんじの方が多いでしょう。
鹿児島県の徳之島ではこの話は、こんな風に語られているのだそうです。

むかし、一人っ子でちょっとわがままなところのある若者がいました。
でもまじめな美青年だったので、妻になりたがる娘が大勢いて、親たちも早く身を固めるようにすすめていたのですが、言うことを聞かず、独身のままでいました。

親たちはしまいに、嫁を選んできて、むりに結婚させようとしました。
そうすると若者は、「妻は自分で探しますから、もうかまわないでください」と言って、家を出て行ってしまいました。

(略) 山の奥にどんどん入ってゆくうちに、日が暮れてきました。
野宿しようと思ったのですが、遠くに燈火の光が見えます。
「こんな山奥に、人が住んでいるのは、不思議なことだが、家があるのなら、木の下に寝るよりは、泊めてのらったほうがよいだろう」
こう思って行ってみますと、大きくて立派な家があり、中をのぞくと、びっくりするほどきれいな女の人が、せっせと機織をしていました。


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「ごめんください」と声をかけると、その女の人が愛想よく立ってきて、「何かご用ですか」と鈴をふるわすような声で優しく聞いてくれたので、「道に迷って難儀をしているので、今晩一晩だけ泊めてもらえませんか」と、たのんでみました。
そうすると女の人は、「それはお困りでしょう。 こんなむさくるしいところでもおよろしければ、どうぞお泊まりになってください」と言って、家に招き入れてくれ、たくさんのご馳走をどんどん出してきて、食べるようにすすめてくれました。

(注: 赤字はデンマンが強調。
イラストはデンマン・ライブラリーより
読み易くするために改行を加えています)


56-57ページ 『日本の神話』
著者: 吉田敦彦
2002年8月30日 第1刷発行
発行所: 株式会社 青土社

あらっ。。。デンマンさん。。。 このお話の中に出てくる女の人はまるであたくしのようではござ~♪~ますか?

卑弥子さんは自分ではそう思うのですか?

あらっ。。。 デンマンさんの言い方には奥歯に物が挟まったような言い方に聞こえますわ。

いや。。。別に、卑弥子さんの気持ちを逆なでするようなことを僕は言いたくないけれど、そのような事を言うと、この記事を読んでいる人が白けてしまうと思うのですよ。

どうしてでござ~ますか?

だってぇ、この話に出てくる女性は次のような格好では出てこないのですよ。


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あらっ。。。このような格好で出てきてはまずいのですか?

まずい!。。。絶対にまずいのですよ。

どうして。。。?

やはり次のようなおしとやかな格好で出てこないと話にならない。


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あらっ。。。このように和服でないとまずいのでござ~ますか?

もちろんですよ。。。 日本の昔話ですからね。

。。。んで、 その後お話はどうなるのでござ~ますか?

若者は翌朝お礼を言って出てゆこうとすると、その女性は「せっかくいらしたのですから、もう2,3日ごゆっくりしていらしてはいかがですか?」と若者を引き止めるのですよ。

あらっ。。。 あたくしと違ってかなり強引な女性なのですわね。

卑弥子さんが上の女性の立場にいたら美男子を引き留めなのですか?

あたくしならば、どこの馬の骨ともわからない男性を女一人で住んでいる家の中に引き入れないと思いますわ。

あれっ。。。 ネット市民の皆様にセクシーな身なりを披露するのにもかかわらず、卑弥子さんは意外に封建的なのですね。

だってぇ、小学校の「道徳」の先生がそのように教えたのですわ。 うふふふふふ。。。 で、その後どうなったのですか?

若者は「急ぐ用事もないから。。。じゃあ、お言葉に甘えてもう少しお世話になります」。。。 そう言って、もう二晩泊まったのですよ。 それでお別れしようと女性にお礼を述べると、その女性は「なんだかお別れするのがつらくなりましたわ。 どうか、もうしばらくお泊まりくださいませんか?」 そう言うのですよ。

あらっ。。。 かなり積極的な女性なのですわね?

卑弥子さんだって婚活しているのだから、ハンサムな若者が訪ねてくれば家に泊めて帰さないようにするのではありませんか?

いいえ。。。 あたくしは小学校の時の道徳の先生がそのようなはしたない事はしてはいけませんと教えてくださったので、どこの馬の骨だか判らない見も知らぬ男の人を家などにあげたりしませんわ。 おほほほほほ。。。

卑弥子さんは意外に超封建的なのですね。

そうかしら。。。? それで、その後どうなってゆくのでござ~ますか?

そんな事を繰り返しているうちに、結局若者はその女性と夫婦になってしまったのですよ。

あらっ。。。まあ。。。いやだわ。。。 結婚式もしないで同棲するなんてぇ~。。。 小学校の時の道徳の先生は、そのようなはしたない事をしては、大和撫子(やまとなでしこ)の名がすたると教えてくださったものですわ。

卑弥子さんは悲劇的に封建的なのですね。

あたくしは、そのようには思いませんわ。 大和撫子の純潔を守ろうと。。。そんな事よりも、その後どうなったのですか?

その女性と一緒に暮らすようになってから4,5年が瞬(またた)く間に過ぎてしまったのですよ。 その間、女性は毎日ただせっせと機織をしているだけで、どこにも売りに行くわけでもない。 買い物にも出かけません。 でも食事の時になると、山奥にあるはずのない魚や野菜などをふんだんに使った素晴らしいご馳走が山のように出てくるのですよ。

あらっ。。。 つまりその女性は魔法使いのおばあさんが変身した仮の姿だったのですわね。

あのねぇ~。。。 そのように先を急がないでくださいよ。 僕の話をおしまいまで静かに聞いてくださいよ。

わかりましたわ。。。 それで。。。どうなるのですか?

あのねぇ~。。。、ある日、その女性は若者に言うのですよ。 「用事ができて、故郷の村に行ってこなければなりません。 あたたに一つだけお願いせねばなりません。 私がいつも機織をしているお部屋の左右と奥のふすまは、どんなことがあっても決してお開けにならないでください。 もし、あなたが開けたら私はもう夫婦でいられなくなるのです」 若者はそう言われたものだから固く約束して妻を送り出したのですよ。

あらっ。。。 そのような事を言われたら、あたくしなら絶対にふすまを開けて覗いてみたくなりますわ。

そうでしょう!? 誰だって、そうなのですよ。 「見ちゃだめよ!」なんて言われたら見たくなるものなのですよ。 だから、18歳未満は見てはだめな映画を僕はよく変装して子供の頃見に行ったものですよ。

あらっ。。。 デンマンさんは子供の頃からや~らしかったのですわね!?。。。 んで、その若者はどうしたのですか?

最初の数日は我慢できたけど、やっぱり好奇心が頭をもたげてくるのですよ。 見るな!と言われたから余計に見たくなる。

それが人情と言うものでござ~ますわ。。。 それで結局覗いてしまうのですか?

そうなのですよ。 妻の部屋に入って行き右のふすまを開けたのですよ。 そしたら、なんと、そこには広い海があってさまざまな魚が泳いでいた。 左のふすまを開けると畑が広がっていて、あらゆる野菜がどっさり植わっていた。 それから奥のふすまを開けると、そこには米や大豆が山のように積んであったのですよ。 山奥にいながら、食事時には魚でも野菜でも米でも、どっさり出てきたのがこれで判った。

それで。。。?

そのうち妻が帰ってきたのです。 それで家の中を見ながら言いました。 「あなたは、とんでもないことをなさいましたね。 あれほど固く約束なさったのに、なぜふすまを開けたのですか?」

バレてしまったのでござ~ますか?

そうなのですよ。 妻は言いました。 「もう一度ふすまを開けて御覧なさい」 言われたとおりの若者がふすまを開けてみると、あら不思議! 海も畑も米俵もすべて消えてしまった!

それで若者はどうなさったのですか?

「これからは私が働いて不自由のない暮らしをさせるから、どうか今までどおり夫婦でいてくれ」と何度も何度もお願いしたのですよ。 でも、妻の心を変えることはできなかった。 その晩、若者がふと目を覚ますと、妻は真っ白な長い衣をひらひらさせながら、天へ飛んでゆくのが見えた。 それからしばらく若者は待っていたけれど、二度と戻ってくることはなかった。 こういう話だったのですよ。

ふん、ふん、ふん。。。 多分そのようなお話だと思いましたわ。

あれっ。。。 卑弥子さんは気づいていたのですか?

だってぇ~、そのお話が書いてある本は『日本の神話』でしょう!? 『古事記』や『日本書紀』に書いてある神話の中に出てくる女神には、ちょうどお話の中に出てくるような食べ物を出す女神がいるのですわよ。

マジで。。。?

『日本書紀』には「ウケモチ」という女神が出てくるのでござ~ますわ。 「ツクヨミ」の命(みこと)という神様が訪ねてくると「ウケモチ」女神は陸の方に顔を向けてご飯を口から吐き出し、それから海の方に顔を向けて、いろいろな魚を吐き出し、その次に山の方に向いて、いろいろな鳥や獣を吐き出したのですわ。 それをおいしく料理して山のように盛り上げ、「ツクヨミ」に食べさせたのでござ~ますう。

あれっ。。。『日本書紀』にそういう話が出てくるのですか?

デンマンさんは見過ごしていたのですわ。

つまり、「見るなの座敷」の昔話は日本の各地で語られているけれど、そのネタになった話は神話の中に出てくる話だと卑弥子さんは言いたいのですか?

そうですわ。 しかも、「見るなの座敷」の話は、やがて『雨月物語』に受け継がれてゆくのでござ~ますわ。

雨月物語


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『雨月物語』は、上田秋成によって江戸時代後期に著わされた読本(よみほん)の代表作。
5巻5冊。明和5年(1768年)序、安永5年(1776年)刊。

日本・中国の古典から脱化した怪異小説9篇から成る。
近世日本文学の代表作で、現代でも引用されることが多い。

 

浅茅が宿

「浅茅が宿」の原拠は、『剪灯新話』「愛卿伝」と、それを翻案した浅井了意『伽婢子』「藤井清六遊女宮城野を娶事」である。
戦国時代の下総国葛飾郡真間郷に、勝四郎と妻の宮木が暮らしていた。

元々裕福な家だったが、働くのが嫌いな勝四郎のせいで、家勢はどんどん傾いていき、親戚からも疎んじられるようになった。
勝四郎は発奮し、家の財産をすべて絹にかえ、雀部曽次という商人と京にのぼることを決める。
勝四郎は秋に帰ることを約束して旅立っていった。

関東はそのうち、享徳の乱によって乱れに乱れることになる。
宮木の美貌にひかれた男共が言い寄ることもあったが、これを退けるなどして、宮木は心細く夫の帰りを待ちわびる。
だが、約束の秋になっても、勝四郎は帰ってこないのだった。

一方夫の勝四郎は京で絹を売って、大もうけをした。


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そして関東のほうで戦乱が起きていることを知って、急ぎ故郷に帰る途中、木曽で山賊に襲われて財産を全て奪われてしまった。
また、この先には関所があって、人の通行をゆるさない状態だと聞く。

勝四郎は宮木が死んでしまったと思い込み、近江へと向かった。
ここで勝四郎は病にかかり、雀部の親戚の児玉の家に厄介になることになる。
いつしかこの地に友人もでき、居つくようになり、七年の月日が過ぎた。

近頃は近江や京でも戦乱がおき、勝四郎は宮木のことを思う。
そして、故郷に帰ることにした。
十日余りで着いたのは、夜になってのことだった。
変わり果てた土地で探すと、やっと我が家にたどり着いた。

よく見ると、隙間から灯がもれている。
もしやと思って咳をすると、向うから「誰(たそ)」と声がしたのは、しわがれてはいるけれどまさしく妻、宮木のものだった。

扉の向うからあられた妻は、別人かと思われるほど、変わり果てたすがたであった。
宮木は勝四郎のすがたをみて、泣き出し、勝四郎も思わぬ展開に動転するばかり。

やがて、勝四郎はことの経緯、宮木は待つつらさを語り、その夜はふたり、ともに眠った。
次の朝勝四郎が目がさめると、自分が廃屋にいることに気づいた。


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一緒に寝ていたはずの宮木のすがたも見えない。
勝四郎はやはり妻は死んでいたのだ、と分かり、家を見てまわっていると、元の寝所に塚がつくられているのがあった。

そこに、一枚の紙があった。
妻の筆跡で歌が書いてある。

「さりともと思ふ心にはかられて世にもけふまでいける命か」
これをみて、勝四郎は改めて妻の死を実感し、伏して大きく泣いた。

 


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雨月物語 (映画)


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1953年製作の日本映画。
監督溝口健二。
「浅茅が宿」と「蛇性の婬」の2編を川口松太郎と依田義賢が脚色した。
出演は京マチ子、水戸光子、田中絹代、森雅之、小沢栄など。
舞台は近江国と京に設定されている。
ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞を受賞した。


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出典: 「雨月物語」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ほおォ~。。。 『日本書紀』から「見るなの座敷」になって、それから『雨月物語』になったのですか。。。?

当たらずとも遠からずですわ。。。おほほほほほ。。。


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【ジューンの独り言】


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ですってぇ~。。。
映画では主人公は貧農の源十郎という名前です。
近江の国琵琶湖北岸の村に暮らしています。
彼は、畑の世話をする傍らで焼物を作り町で売っています。

賤ヶ岳の戦いの前に長浜が羽柴秀吉の軍勢により占領され、賑わっていることを知った源十郎は、妻の宮木と子を残し、焼物を載せた大八車を引いて長浜へ向かいます。
義弟の藤兵衛は、侍になりたいと源十郎に同行します。
源十郎は大銭をもって村へ帰ってきます。
藤兵衛は市で見かけた侍に家来にするよう頼み込みますが、具足と槍を持って来いとあしらわれます。

源十郎は戦が続くうちに、さらに焼物を作り大儲けをしようと、人が変わったように取り組みますが、宮木は夫婦三人が幸せに暮らせればそれで充分なのに、とつぶやきます。
源十郎と藤兵衛は焼物を窯へ入れ、火を付けますが、折り悪く柴田勝家の軍勢が村へ近づいて来ます。
男は人足として徴用され、女は乱暴される。

村の人々は山へと逃げだします。
窯の火は消えていましたが、焼物は綺麗に焼けていました。
村人は裏道を使い湖畔に出て、そこから捨て船で長浜へ向かいますが、海賊に襲われたという瀕死の男が乗る船と出会い、宮木と子はやはり村へ帰ります。

ところで長浜では源十郎の焼物は飛ぶように売れました。
市で焼物を届けるように頼まれた源十郎は、若狭という上臈風の女の屋敷へ向かいますが、座敷へ上げられ、饗しを受けます。
織田信長に滅ぼされた朽木氏の生き残りであるという若狭に惹かれ、源十郎はこの家に居つくのです。

その頃、湖岸で別れた宮木と子は落武者勢に見つかり、槍を一突きされ殺されていました。

町の着物屋で源十郎は買い物をしますが、朽木屋敷へ届けるよう言うと、店の主は恐れ代金も売れとろうとしない。
帰り道では神官から死相が浮かんでいる、家族の元へと帰りなさいと諭され、死霊が触れられぬように呪文を体に書いてもらいます。

家族の元へと帰りたいと切り出した源十郎を若狭は引きとめようとしますが、呪文のために触れることができない。
源十郎は倒れ、気を失います。

翌朝、目を覚めると、朽木家の屋敷跡だという野原の中で目を覚ましているのでした。
金も侍に奪われた源十郎は村へ戻りますが、家々は荒らされ、家族の姿もないのです。
源十郎は囲炉裏で飯の用意をする妻の宮木の幻を見て、自らの過ちを悟るのでした。

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じゃあね。バーィ。


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ィ~ハァ~♪~!

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