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幻の暴走機関車

2016年12月10日

 

幻の暴走機関車

 


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ケイトーは機関車に関心があるのォ~?


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僕が子供の頃は機関車の運転手になりたかったのですよ。

なんで、バスの運転手じゃなくて 機関車の運転手なのォ~?

あのねぇ~、僕の実家は埼玉県の行田市なのだけれど、実家のすぐ近くに秩父鉄道の電車が走っていたのですよ。。。 でも電車よりも、貨物列車を長く引っ張る電気機関車に興味があって、小学生の1年生か2年生の頃には、父親の座り机をひっくり返して電気機関車に見立てて、その後に、机の引き出しをいくつも並べて、ひっくり返した座り机にすわって、運転手になったつもりで1時間ぐらいは、じっと座って、実際に機関車を走らせているような気分に浸ったものですよ。

でも、なんで急に“幻の暴走機関車”を取り上げたのォ~?

あのねぇ~、11月23日にバンクーバー市立図書館でDVDを借りて 機関車の暴走を描いた『アンストッパブル』というアクション映画を観たのです。


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『拡大する』

『実際のカタログページ』

アンストッパブル

 


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『アンストッパブル』(原題: Unstoppable)は、2010年公開のアメリカ映画。
通算5回目にして最後となるトニー・スコットとデンゼル・ワシントンのコラボレーション作品で、さらにトニー・スコットにとって最後の監督作品にもなった。
2001年5月にオハイオ州で発生したCSX8888号暴走事故を題材に制作された。

ある日、ペンシルベニア州のフラー操車場で、アレゲニー・アンド・ウェストバージニア鉄道(Allegheny and West Virginia Railroad、略称AWVR)の最新鋭ディーゼル機関車「777号(通称トリプルセブン)」と「767号」の重連での牽引による39両編成・全長800mの貨物列車が、別の場所に移動しようとしていた。

移動中、線路の分岐器が切り替えられていなかった為、運転を担当する機関士・デューイは自らポイントの切り替えを行うべく、相棒の機関士・ギリースの制止を無視して単独ブレーキを掛けて運転席を離れるが、この時ある操作をしていなかった為、無人で暴走を始めた。

その報告を聞いたフラー操車場の操車場長・コニーは、当初、デューイ達の言葉から操作ミスによる惰性走行が起きていると推測し、777号は牽引する貨車のエアーブレーキのホースが外れているので外部から緊急停止の操作は出来ないが、単独ブレーキを掛けている為、減速ないし停車すると考えていた。

その為コニーは、通勤中のフラー操車場の溶接工主任・ネッドに777号の進路上のポイントを切り替えて側線に入らせるように指示し、デューイ達にも777号を後方から追跡するよう命じるが、ネッドがポイントを切り替えても777号は通過せず、それどころか追跡していたはずのデューイ達に出会う。

ネッドから現状報告を受けたコニーは、777号の状況を不審に思いデューイに当時の状況を問い詰めると、単独ブレーキは掛けたものの、マスコンの出力を最大にしたままだったことが明らかになる。

このことから、出力を最大にしていた関係で単独ブレーキは効力を失い、777号は猛スピードで力行している事に気づく。

しかもこの列車には19万リットルのディーゼル燃料に加え、発火性の強い有毒化学物質(溶融フェノール)を大量に積載していることが判明する。

このまま暴走を続けていると、スタントン郊外の急カーブで脱線した際に、積載している可燃物と周辺の可燃物タンクによって大惨事になることは避けられないため、AWVR社の運行部長・ガルビンの指示で777号の停止作戦を実施したがことごとく失敗してしまった。

同時刻、ブルースター操車場から旧式機関車「1206号」で貨物の輸送中だったベテラン機関士フランクと新米車掌ウィルは、777号の状況を知って修繕線に入線して衝突を回避するが、777号が牽引する貨車の最後尾車両の連結器が解除されているのを視認。

1206号を逆向きに連結して後部から引っ張り強制停車させることを決意したフランクはウィルと共に777号の追跡を始める。


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出典: 「アンストッパブル (映画)」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

この映画は2001年に実際に起こった事故に基づいて作られた映画なんですよ。。。

なんだか、観ながら心臓がバクバク、ヒヤヒヤするような すごい映画じゃない?。。。

そうなのですよ。。。 機関車が暴走始めたら、トイレにも立てないほど画面に釘付けになってしまうようなアクション映画です。。。

。。。で、何が“幻の暴走機関車”なのォ~?

あのねぇ~、黒澤明監督がかつて アメリカに渡って『暴走機関車』という映画を作ることになっていたのです。。。 


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この上の『暴走機関車』という映画を黒澤明監督が作ったのォ~?

いや。。。、上の映画は黒澤監督の脚本を基にして大幅に話の内容を変えて アンドレイ・コンチャロフスキー監督が作ったのですよ。

暴走機関車 (Runaway Train)

 


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『暴走機関車』(原題: Runaway Train)は、1985年公開のパニック映画。

黒澤明、菊島隆三(ノンクレジット)、小國英雄(ノンクレジット)が書いた脚本を基にしているが、大幅に改稿されている。

また黒澤は完成した映画を批判している。

ジョン・ヴォイトとエリック・ロバーツがそれぞれアカデミー賞にノミネートされた。

ストーリー

アラスカ州の監獄から脱走した囚人マニーとバックが操車場に停車していた4重連の回送用ディーゼル機関車に隠れて乗り込む事に成功。

そして機関車は発車し、彼らには自由が訪れたかのように思えた。

しかし、機関車の機関士(運転士)が心臓発作を起こして意識を失い機関車から転落してしまう。

機関出力が全開のままだった為に非常ブレーキも焼き切り、列車は無人の状態で暴走を始めてしまう。

速度は上がり続け、側線に退避しようとしている対向する貨物列車に突っ込んで最後尾の緩急車を粉砕してなおも走り続ける。

そして彼らもまたこの異常な事態で自分たちの乗っている機関車に異変が起きていることに気付く。


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   予告編

   全編


出典: 「暴走機関車」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

どういうわけで黒澤監督が自分で作らなかったのォ~?

黒澤監督は自分で作りたかったのですよ。。。 でもねぇ~、そうはならなかった。

だから、なぜなのォ~?

実は次のような経緯(いきさつ)があったのですよ。

2001年5月にオハイオ州で発生したCSX8888号暴走事故以前にも 1960年代にアメリカ・ニューヨーク州で、四台連結のディーゼル機関車が暴走した事故があった。

機関士を振り飛ばして運転が出来ない3人の男をのせて、最高時速145キロで1時間45分に渡り暴走した事故である。

黒澤明監督はこの事件を題材とした映画を作ることを、かなり早くから密かに心に決めていた。

この企画を考えた黒澤の動機は、子供の頃から機関車が大好きだったからだという。

これを映画化するという企画に、黒澤映画ファンを自認するタイム・ライフ社のへドリー・ドノバン会長がわざわざ黒澤監督の自宅を訪れ、この企画に積極的に係わりたいとの旨を伝えていた。

ドノバンの友人であるエンパシー・ピクチャーズのジョセフ・レビン社長も英訳された企画段階の脚本に惚れ込み、黒澤プロとの間で契約交渉が始まった。

レビンは、「クロサワがアメリカで初仕事の相手に私を選んでくれたのは大変光栄だ」と話し、「クロサワのハリウッド進出は、四半世紀前アルフレッド・ヒッチコックが英国から来たとき以来の快挙だ」と語った。

黒澤原案の脚本を英語の芝居の台本にするにあたり、アメリカ側のシナリオライターの援助が必要なことは黒澤も承知していた。

当初黒澤は、次のように話していた。


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映画という、同じ世界で仕事している人間たちの間に言語の壁が障害になるとは思わない。

世界的に名の知れた指揮者カラヤンはタクト(指揮棒)一本で世界中の人々に自分の音楽を理解させ、画家は絵筆1つで世界中の人に自分の考えを伝える。

自分にキャメラとフィルムを渡してくれれば、僕は世界中の人に理解してもらえる映画を創れると確信している。

映画は言語を超越して心に響く。

共同で脚本執筆した菊島も「映画に国境はない」と延べており、日本語のシナリオを英語に訳すということも、そう難しくないと思う。

しかし、日本語の脚本を、そのまま翻訳するのではなく、アメリカ映画の台本として通用するように英語で書き直すというプロセスに、危険な落とし穴があることを黒澤監督は全く気にしていなかった。

日本の映画製作システムはあくまでの監督中心なのに対して、ハリウッドのシステムはプロデューサー中心であって、監督は撮影部隊をまとめ上げる現場監督のようなものだ。

監督が特に偉いといった日本の感覚ではなく、それぞれのプロが分業して決まったことを遂行していく。

監督はそれぞれのプロを尊重して誠意ある対応をとる。

黒澤監督は脚本、撮影、演出、編集をこなすということもあり、他人には分からなくでも自分の中にあるイメージを呼び起こさせるような脚本で今までは問題はなかった。

しかし、それではアメリカ側のスタッフは動かないので、アメリカ流に書き直してくれという駄目出しを受けた。

それで、黒澤監督は脚本を修正して提出して、それを何度も繰り返した。

そのうちアメリカ側が構成にまで踏み込んで来る。

アメリカ人の考えは俺たちと大分違うな。

この映画は、言わばアメリカ人のための映画でもあるから、

多少は妥協しなければならないと思うけど、

ラストなんか俺のシナリオでは、アメリカじゃ駄目だっていうんだ。

そういう訳で黒澤監督は途方にくれてしまう。

実はシナリオの基本的構想について、レヴィン/キャロル側と黒澤監督との間に食い違いがあり、その調整に手間取っているうちに時間的に撮影開始は無理となったので、黒澤監督の方から取りあえず1年間の撮影開始延期を提案したのだった。

最大の問題はレヴィン側から「暴走機関車」にあるひとつのメッセージを盛り込んでほしいという注文があったことだった。

この点について、黒澤監督は当時のインタビューで以下のように語っている。

ところが、『暴走機関車』は、徹底的なアクション作品でしょう。

僕としては、そういうテーマみたいなものは、機関車の暴走というアクションに徹した作品構想で描写を一貫させても、作品を見終わったら、自然に画面からにじみ出てくるものだ、という考えなんです。

映画というものは、作品の中でメッセージを説明口調で言うべきものではないと思う。

このへんが、もっとも大きな食い違いでした。

アメリカ人の眼から見た登場人物のキャラクターを、こういう風に直したい、というシドニー・キャロル氏の意見は、立派なものでした。

しかし、構想の根本でひっかかりが出てきたので、シナリオ作りが、えんえんと延びてしまった。

それと、もっと具体的なドラマ作りの問題としても、困ったことが出てきました。

たとえば僕は、映画とは、表現するドラマの内容を、時間的に正確に組合わせねばならないものだ、と思っています。

実際に機関車が3分間で走る時間内に起こる出来事は、その3分間のうちに描くべきなので、そこに20分間分のエピソードが出てきたりすることはあり得ない。

3分間の出来事は、3分間以内で総てを描いてこそ、スリルやサスペンスも出てくる、と思う。

そうしないと、僕の映画的表現というものは、成り立たない。そのへんの考え方にも、違いがありました。

機関車が暴走をはじめる、という発端を描くのでも、僕は、何が原因かはっきりわからなくても、とにかく機関車が突然、暴走をはじめてしまった。

その突発的な出来事に対して、関係者たちは、とにかく何かをしなければならない。

いったい、どうしたらいいのか、というスリルでスタートさせるべきだと考えるわけです。

これに対して、まず一つの環境が設定されて、その中にこういう人間がいて、その環境と人間のからまり合いの中から、機関車の暴走という事故が起こる、という描き方をすべきだ、という考え方がある。

このへんも、映画を作る上では、大きな考え方の違いです。

初めてのハリウッド進出で若干弱気でもあった黒澤監督だけれど、シナリオ執筆に当たって両者の調整がつかず、一年延期となり、結局 黒澤監督はこの映画から撤退した。

撤退の原因は、初のアメリカ映画進出で弱気になっていた黒澤監督と、日本側プロデューサー青柳哲郎の製作経験不足ではないかと言われている。

つまり、アメリカ側とのコミュニケーションがうまく取れてなかったのねぇ~。。。

そういうことなのですよ。。。 黒澤監督は1958年に「黒澤プロダクション」を設立して、果敢に新作に取り組んだのです。。。 でもねぇ~、“ワンマン”とか“黒澤天皇”と呼ばれた徹底した完璧主義だったから、企画・製作された映画が途中で座礁したものも多い。 東京オリンピックの記録映画も黒澤監督が作るという案もあった。。。 でも、それは実現しなかった。。。 『暴走機関車』も、ハリウッドから招致されて一時は、主演にピーター・フォークとヘンリー・フォンダという配役でやろうという案も出た。

あらっ。。。 そうだったのォ~?

『暴走機関車』は黒澤監督の手から離れて、かなり違った内容でアンドレイ・コンチャロフスキー監督が制作することになった。。。 実は、この後でも日米合作の『トラ!トラ!トラ!』を黒澤監督がメインになって作るという話があった。

それも、ダメになったのォ~?

そうなのですよ。。。 明らかに、アメリカ側とのコミュニケーションがうまく取れないで、誤解が生まれて『トラ、トラ、トラ』の監督を降ろされてしまったのですよ。

黒澤監督は誰もが認める世界的に名の知れた名監督なのに、どうしてそういうことになってしまったのォ~?

黒澤監督が英語に堪能だったら、うまく言ったかもしれないのですよ。。。

つまり、黒澤監督に英語力が無いばっかりにコミュニケーションがうまくとれずに、誤解が生じて『トラ、トラ、トラ』の監督を降ろされてしまったのォ~?

僕は、そう思っているのですよ。

黒澤明と『トラ・トラ・トラ!』

もともと本作は、英米仏独のスタッフを結集してノルマンディー上陸作戦を描いた大作『史上最大の作戦』が成功したことに気をよくした20世紀フォックスが、ラディスラス・ファラゴのノンフィクション『破られた封印』(The Broken Seal)を原作に、日米双方の視点から真珠湾攻撃を描こうとした企画であった。
豪腕で知られた当時の社長ダリル・F・ザナックは『史上最大の作戦』をまとめあげた実績を持つエルモ・ウィリアムズを起用して製作がスタートした。

アメリカ側、日本側双方の場面を別個に撮影して組み合わせる方針であったため、日本側シークエンスの監督に誰を起用するかという意見を求められたエルモは迷わず黒澤明の名をあげた。
この話を聞いた当時の黒澤明はそれほど乗り気でなかったというが、東宝の手を離れて黒澤プロダクション(以下黒澤プロ)を完全に独立させた直後という事情もあり、黒澤プロのスタッフにとってはハリウッドと組んで大作を撮るという話は願ってもないチャンスであった。

黒澤も当時力をいれて進めていた『暴走機関車』の製作が一時中断になったことから『トラ・トラ・トラ!』の製作にのめりこんでいく。

黒澤は膨大な資料を収集した上で、小国英雄、菊島隆三と共同で脚本を執筆し、1967年5月3日に準備稿『虎・虎・虎』を完成させた。
黒澤明は脚本執筆のため阿川弘之の『山本五十六』からも多くのアイデアを得たが、後に黒澤が降板したことから阿川の名前がクレジットに入ることはなかった。

1968年12月2日、京都の太秦にある東映京都撮影所でいよいよ『トラ・トラ・トラ!』日本側シークエンスの撮影が開始された。
ところがそのわずか三週間後の12月24日、20世紀フォックスは病気という理由で黒澤の降板を発表することになる。

この三週間の間、撮影はほとんど進まなかった。
その原因として黒澤の異常なセットへのこだわり(スタッフに作り直しや塗りなおしを命じる)や黒澤の精神的不安定(スタジオ内が危険だとしてヘルメット着用やガードマンの常駐を求める)、黒澤の独特のやり方(山本五十六役の俳優がスタジオ入りするたびにファンファーレの演奏とスタッフ全員による最敬礼を求めたことなど)にスタッフがついていけなかったこと、黒澤が選んだ素人俳優たちがスタッフを満足させる演技を行えなかったこと、あるいは黒澤が酒に酔った状態で何度もスタジオに現れたことなどがあげられている。
スタッフからの不満が常に耳に入っており、現場でも黒澤の状態を確認していたエルモだったが、なんとか黒澤をフォローしながら撮影を続けさせようとした。
しかし撮影がほとんど進まなかったため、12月24日苦渋の決断を下し、黒澤に直接会ってその監督降板を伝えた。

「病気による降板」(黒澤の「病気」の問題は後に映画にかけられていた保険の支払いに関する争いにつながる)という形で行われた監督降板劇の真相はいまだに不明な点が多いが、黒澤と20世紀フォックスの間の契約に関する詳細な問題や、撮影方針の食い違い、黒澤が自らの権限に関しての認識が不十分だったことなどさまざまな問題が背景にあったとされている。
この降板劇の経緯から以後日本では、黒澤の「気難しい完全主義者」というイメージが強くなったとも言われる。

黒澤が降板したことで20世紀フォックスは新たに舛田利雄と深作欣二を日本側シークエンスの監督として起用して撮影を続けた。
日本側シークエンスの脚本の大半は黒澤らが執筆したものがほとんどそのまま使われることになったが、黒澤の強い要望から製作会社との協定が結ばれ、本編では一切黒澤の名前がクレジットに出なかった。

また、黒澤が意欲的に抜擢した素人俳優たちは撮影遅延の一因となったことから、黒澤降板後に解雇され、あらためてプロの俳優たちが起用された(山本五十六役の山村聰など)。
源田実役が予定されていた山崎努も降板し、三橋達也と交代したが、近衛公爵役の千田是也、駐米大使館書記官役の久米明らは、黒澤解任後も降板することなく撮影を続けた。

この監督解任騒動は黒澤のキャリアに大きな傷を残すことになった。
それから3年後の1971年12月22日、黒澤明は自宅で自殺を図る。

「3年も熱中していた企画を突然打ち切られたら、監督は殺されるのと同じことだ。」と語った。

赤字はデンマンが強調のため)


出典: 「トラ・トラ・トラ!」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

だけど、黒澤監督が英語力の無いために降板させられたとは上の説明の中には一言も出てないじゃないのォ~。。。

確かに出てない。。。

それなのに、ケイトーは黒澤監督が英語力が無いために降板させられたと信じているのォ~?

あのねぇ~、上の説明にもあるように「真相はいまだに不明な点が多いが、黒澤と20世紀フォックスの間の契約に関する詳細な問題や、撮影方針の食い違い、黒澤が自らの権限に関しての認識が不十分だった」と言うことなのですよ。。。

つまり、「病気による降板」というのは黒澤監督の名誉のために建前としての理由で、本音のところでは降板の原因は黒澤監督の英語力不足にあったと、ケイトーは思うのォ~?

そうです。。。

だけど、黒澤監督に英語力が無かったとしても、有能な通訳さんが居(お)れば問題は無いんじゃないのォ~?

その有能な通訳さんが居なかったのですよ。。。 アメリカ側との交渉は、ほとんどすべてを青柳哲郎プロデューサーがとりしきっていた。

その青柳さんの英語力がイマイチだあったのォ~?

英語力以前に青柳さんの性格にも問題があったようなのですよ。。。 もちろん、黒澤監督の性格にも問題があった。 人間は、結局、誰もが完璧じゃないからねぇ~。。。


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1968年12月24日の解任を境にして、黒澤の身辺で最も劇的に変化したことは、それまでフォックスとの連絡調整の要(かなめ)を握る自分の右腕として信頼してきた青柳哲郎プロデューサーが、監督にとって、突然「獅子身中の虫」になってしまったことである。
黒澤監督は、青柳に対して、クロサワの名において締結されたフォックスとの契約書を、すべて渡せと要求する。

青柳は言を左右にして、契約書をなかなか渡さない。
そうした中で、青柳に対する監督の疑念が次第に深まり、いつしか、青柳こそ自分を裏切り、『トラ・トラ・トラ!』から自分を降板させた“ペテン師たち”の首魁(しゅかい)であるに違いない、という“確信”に変わる。

監督解任から1ヶ月足らずの1969年1月下旬に相次いで開かれた黒澤と青柳の記者会見では、公然と互いを非難し合うという異常事態意に発展した。

赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


402-403ページ
『黒澤明 vs. ハリウッド』
著者: 田草川 弘
2006年4月25日 第1刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋

つまり、黒澤監督は契約書を見てなかったのォ~?

そうなのですよ。。。 英語力が無いから、すべてを青柳哲郎プロデューサーにまかせきっていたのです。

それで、具体的に何が問題だったのォ~?

要するに、黒澤監督も日本の黒澤ファンも「黒澤監督が総監督になって20世紀フォックスのお金で映画を作る」と思い込んでいたのです。


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黒沢明『虎・虎・虎』を総監督
(日本経済新聞)

黒澤明、フォックスと提携 『虎 虎 虎』総監督
日米二班で来春撮影開始
(読売新聞)

黒澤監督総指揮で『虎 虎 虎』
真珠湾攻撃がテーマ
ワシントンなどでロケ
(デイリースポーツ)

ところが、契約書には「黒澤監督が総監督」なんて書いてない。。。 あくまでも、黒澤監督は20世紀フォックスのプロデューサーであるエルモ・ウィリアムズの指示に従って日本側シークエンスの監督だけを務めるという文面になっていた。。。

黒澤監督はその契約書を全く読まなかったのォ~?

撮影を開始してからも、解雇されてからも、一度も読まなかった。 すべてを英語ができる青柳哲郎プロデューサーにまかせきっていたのですよ。。。 もし、黒澤監督に英語が理解できて読んでいたら、見苦しい降板劇は無かったかも知れない。。。 挫折感にさいなまれて自殺を図るよなことも無かったかも知れないのです。。。

やっぱり、国際語を身につけるってぇ大切なのねぇ~。。。

そういうことですよ。。。

【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。
確かに、そうですわよねぇ~。

あたくしも 英語にはほとほと苦労させられているのでござ~ますわァ。
シアトルで源氏物語研究会の学会があったのですけれど、
デンマンさんは忙しいからと言って、全く あたくしの発表原稿に目を通してくださらなかったのですわァ。

仕方ないので、あたくしは、自己流の英語で、どうにか発表いたしました。
そしたら、デンマンさんが会場にお見えになったではありませんかァ!

“あたくしの発表を聞いて、どうでしたか?”と尋ねたら、

“無理が通れば道理が引っ込む!”

呆れたように こう言うのでござ~ますわよう。。。

つまり、あたくしが自己流の英語で無理やり
ダラダラと発表したので、
聴いていた研究者の方々が、呆れて何も質問する気力がなくなったんだろうと、
デンマンさんが解説してくれたのですわァ。

全く、馬鹿にしていますわァ~。。。 んもおおおォ~。。。

ところで、シルヴィーさんのことをもっと知りたかったら次の記事を読んでください。


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『角さんと原発と天罰(2013年1月5日)』

『真紀子落選(2013年1月14日)』

『野火(2013年1月18日)』

『タイタニックと国際化(2013年2月1日)』

『宮澤理恵@Macao(2013年2月28日)』


(sunwind2.gif)

『チョコレートと軍産複合体』

『チョコレートと甘い権力』

『CIAの黒い糸』

『美しい日本語再び』

『宮沢りえブーム?』

『また、宮沢りえ?』

『浅間山噴火とフランス革命』

『なぜアクセスが急増したの?』

『気になる検索ワード』

『なぜ塩野七生批判』

『その検査、ムカつく!』

『宮沢りえと床上手な女』

『MH370ミステリー』

『なぜ死刑廃止?』

『真犯人はそこにいる』

『MH370ミステリー裏話』

『お裁きを信じますから』

『ジャルパックと国際化』

『古代ローマのセックス』

『CIAとノーパン』

『エロいローマ再び』

『エロいけれどためになる話』

『えろあくにめ温泉』

『エロいけれどためになる』

『地球上のネット普及率』

『原発はダメだったのに』

『スカートをはいた兵隊』

『行田シンドローム』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に
ネットサーフィンしましょう。
じゃあね。バーィ。


(hand.gif)


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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三好栄子なの?

2016年7月6日

 

三好栄子なの?

 


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僕は暇ができるとアクセス解析のグラフやリストを見るのです。

たまたまライブドアの僕の『徒然ブログ』のアクセス解析をしていたら次のリストが目に飛び込んできました。


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『拡大する』

このリストは7月1日から5日までの5日間の「リンク元URL」のリストです。

相変わらず『宮沢りえブーム?』がダントツで読まれています。


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『宮沢りえブーム?』

宮沢りえさんは年を取っても、結構 人気が続いているのですよねぇ~。。。

どうして人気があるの?

それは上の記事を読んでもらえば判ると思います。

ところで上のリストの赤枠で囲んだ 18番に注目してください。

おそらく40歳以下の若い人たちは、「三好栄子」さんの名前を知らないかもしれません。

もし知っているとしたら、日本映画にハマっているオタクだと思います。

とにかく、上のリストを見るとGOOGLEで検索して『なぜ三好栄子?』という記事を読んだネット市民が5日間に二人居たということが記録されています。

それで、僕も「三好栄子」を入れてGOOGLEで検索してみたのです。。。 その結果を見てください。


(gog60705a.png)

『現時点での検索結果』


 
19,200件ヒットするうちのトップから5番目に僕が書いた『なぜ三好栄子?』という記事が出てくるのですよ。


(liv20507e.png)

『実際の記事』

この上の記事は2012年の5月7日に書いたものです。。。 今けら4年前ですよね。。。 この時も、三好栄子さんには隠れた人気があったのです。。。 どうして分かるのか?

それは次のリストを見てください。


(hg20504.gif)

この「検索キーワード」のリストは2012年4月25日から5月4日までの10日間の記録です。

「デンマン・シンジケート」のブログとウェブページに、どのような検索ワードを使ってアクセスしたのかを調べたものです。

「デンマン・シンジケート」とは、左サイドに書かれている18のブログと 1つのウェブページ(Beaverland Web)をまとめて一つのグループにしたものです。

見れば解るように15位までに個人の名前が使われたのは「三好栄子」だけなのです。

これを見ただけでも、三好栄子さんには隠れた人気があることが分かります。

個人の名前で検索して「デンマン・シンジケート」にやって来る人は1年とか2年とか長期的に見ると極めて少ないのですよ。

例えば、次のリストは2011年の11月から2012年の4月までの半年間の記録です。


(hg111-04.gif)

見れば判るように人の名前のような固有名詞は一つもないのです。

時には固有名詞がリストに載ることがあります。

例えば、次のアメブロの記録です。


(ame20114.gif)

これは2011年の12月16日から2012年の1月14日までの30日間の記録です。

「小笠原玲子」で検索して僕のアメブロの記事を読んだ人が17人居たのです。

なぜ?

理由は簡単です。

僕は次のようなメールを記事の中で引用したのです。

Subj:突然のメールで

失礼いたします。


(bouncy.gif)

Date: 10/03/2010 5:48:19 PM
Pacific Standard Time
日本時間:3月11日(木曜日)午前10時48分
From: ********@***.biglobe.ne.jp
To: barclay1720@aol.com

デンマンさんにメールを出そうかどうか、ずいぶんと迷いましたが思い切って書くことにしました。
私は小笠原玲子(仮名)と申します。
デンマンさんのブログを3年前より拝見しております。
レンゲさん、めれんげさん、小百合さん、それに卑弥子さん。。。それぞれ皆さん個性的で、いつも楽しみにして読ませていただいております。 私自身も BIGLOBE のウェブリブログでブログをやってます。 デンマンさんのブログを拝見しながら、いつも勉強させていただいてます。

今朝9時半ごろ「次郎のブログ」で『遠い恋・悔恨の涙』を読みました。 文中の『愛の涙』をクリックしたら Denman Blog のページへ誘導されました。 デンマンさんがたくさんのブログをお持ちであることは存じ上げておりましたが Denman Blog を見るのは初めてでした。

源氏物語について書かれていましたが、私も「六条の御息所」には関心を持っております。 東京に住む専業主婦の私にとって、気晴らしと言えばブログに記事を書くこと、それに買い物ぐらいです。 2児の子供の母親ですが、自分だけの時間を持つことがほとんどありません。 子供を保育園に送って、やっと一息つくのが9時半ごろです。

今朝、たまたま「六条の御息所」を読んで、いつか書こうと思っていた自分の肩を優しく押されたような気がしました。 それで失礼とは思いながらメールさせていただきました。

めれんげさんの豊満な肉体に対抗するわけではないですけれど、自己紹介のつもりで私の写真を貼り付けます。


(ogasa012.jpg)

結婚前に撮った写真です。
私のお気に入りの一枚です。
巨乳ブームの昨今、私が誇れるものは、おっぱいが平均よりも大きめなことぐらいです。
「六条の御息所」を読んで勇気が出ました。
また、そのうち、気が向いたらメールを書かせてください。

このメールがいたずらメールや、スパムメールでないことをデンマンさんならば、ご理解していただけますよね。
いづれにしても、失礼を省みず不躾に書いてしまいました。
これも「六条の御息所」の“生霊”のなせる業だと思います。
お笑いくださいませ。

かしこ。


『中年女性の愛の生活』より
(2010年3月19日)

小笠原玲子という名前は仮名なのですよ。。。 でも、素直に信じない人が中には居るのです。

たいていの人は、僕が自作自演してメールを書いたと信じ込んで、「くだらない!」と呟(つぶや)いて他のブログへ飛んでしまうのです。。。(微笑)

でも、複雑なオツムを持っている人は記事の中に出てくる次の写真もじっくりと見るのです。


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この写真は僕がコラージュして、でっち上げたものなのだけれど、素直な人は信じますよ。

でも、ひねくれたものの考え方をする人は、「ウソだろう! 手間、暇かけて作るわけがない。 コラージュしたと言いつつ、実は、本物の写真を載せたんだろうよ! その方が簡単でてっとり早い!」

そう思う人が、たぶん「小笠原玲子」で検索して実物の玲子さんを突き止めてやろうと検索エンジンに向かったのですよ。 たぶんね。。。 (微笑)

この時には30日間で「小笠原玲子」で検索した人は17人でした。

ところが、「三好栄子」は10日間に28人がこの名前で検索しているのですよ。

この事実からして、三好栄子さんには隠れた人気があるということがマジで理解できます。

じゃあ、なぜ。。。?

あなたも、当然そのような疑問を持つはずです。

実は、三好栄子さんは脇役として黒澤監督の映画にはよく出てきました。

彼女は美人ではありません。。。 むしろ、その辺で見かけるおばさんとあまり変わりがない。 でも、地味でいながら個性的ないい演技を見せました。

すでに1963(昭和38)年に亡くなっていますから、亡くなってからすでに半世紀が経っているのです。

それなのに、今更どうして「三好栄子」で検索して僕の記事を読みにやって来たの?

あなただって不思議に思うでしょう?

小笠原玲子のモデルになっている人は、今でも生きていますよ。。。 それでも30日間で17人です。

ところが、三好栄子さんが亡くなってから約半世紀が過ぎている。

三好さんを個人的に知る人物は、三好栄子さんの魅力について次のように書いてます。

鼻息ジャンプ

高橋とよさんが生まれ付いての小津調名脇役なら、三好栄子さんは、欧風の灰汁(あく)の強い名演技者だった。


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  高橋とよ

同じ新劇出身の俳優さんとも思えないが、灰汁の強い演出家であった私の師匠渋谷実監督は三好さんの方を好んだ。
きだみのる原作の映画「気違い部落」(渋谷実 ’57)は題名が災いしてヴィデオ化期待薄の渋谷作品である。

…さて、この作品に脇で出演した三好さんは、素顔と演技の落差の大きさで私をびっくり仰天させた。
待機中の俳優さんを撮影順に呼びに行くのも助監督の仕事のうちである。

ある時、三好さんを迎えに行くと、車の都合で大船到着が遅れたらしく、メイクがまだ終わっていなかった。
しかし、開始時間には余裕があったので、その旨を告げたが、彼女は今にも泣き出さんばかりに、済みません、済みません、本当に間に合いますか、間に合いますかの連続であった。
勿論、撮影時間には十分間に合って、スタジオに入ったときはまだ余裕があった。


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        三好栄子

三好さんは監督に静かに挨拶した後、セットの片隅に控えたが、まるで水を打ったようにひっそりと静かであった。
おとなしい農婦だが、いざとなると怖い女、といった役だったと記憶する。
なにしろ30年以上も昔のこと、台本もないのではっきりしないが、その日は彼女の怒りが大爆発する件(くだり)を撮影したのである。

テストが何回かあって、いよいよ本番である。
それ迄の迫力も大したものだったが、いざ本番は想像を絶して凄く、喚き散らしたあと、鼻息も聞こえんばかりの勢いで周りを睨み回し、最後の目線がカチンコを持ってカメラの脇に立っていた私に当たって動かなくなった時は、そのあまりの迫力に思わず後ろの誰かを睨んでいるのかと振り返ったくらいである。

勿論誰もいない。
怖さのあまりに遂に私は何か悪いことをしたみたいにうなだれてしまった。
本番は1回でOK、渋谷さんは大満足であった。

三好さんは腰が折れるくらいに深い最敬礼をしてセットを出て行き、私は監督の、丁重にお送りしての声を背にこわごわと控え室までお送りしたのである。
途中、三好さんは今にも泣き出さんばかりに、渋谷先生は本当にご満足なさったのでしょうか、と何度も何度も念を押される。
私も負けずに大丈夫です、凄かったです、最高ですと褒め称えながら、水がいきなり沸騰する湯に変化したようなものすごい落差に圧倒されていた。

いま目の前にいる三好さんは偽者で本物はは未だセットにいるのではないかという錯覚に捕らわれかけた。
映画界暮らしも長いが、三好さん以上に激しいジャンプ力の持ち主は未だに知らない。

今は、化けるという演技の原点を失った俳優ばかりだが、怖い、しかし最初の観客としての監督という存在が、すっかり権威を失ったことと無関係ではあるまい。

 

by 石堂淑朗

赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


85ページ 『キネマの美女』
編者: 文藝春秋 
1999年5月30日 第1刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋

 

三好栄子

1894年4月8日 – 1963年7月28日

出生名は宮田 ハル(みやた はる)、結婚後の本名は森田 ハル(もりた はる)。
東京市神田区神保町出身。

1912年、跡見高等女学校を卒業後、島村抱月が結成し、松井須磨子らが所属する芸術座の演劇学校に入校する。
1915年、三好栄子の芸名を名乗り、浪花座での大阪公演『清盛と仏御前』で初舞台を踏む。
トルストイ作の『復活』や『アンナ・カレニナ』などの舞台に立ち、着実にキャリアを積むが、松井須磨子と衝突して芸術座を脱退し、同じく芸術座を脱退していた沢田正二郎に誘われて、1917年、新国劇結成に参加する。

しかし、沢田夫人である渡瀬淳子と衝突して新国劇を脱退、芸術座に復帰を許されるが、島村抱月や松井須磨子の相次いで亡くなったことで芸術座は解散。
1919年、辻野良一、五月信子らと大衆劇の劇団である新声劇の結成に参加し、中心女優として活躍する。

1925年、新声劇の奥役を務めていた森田信義と結婚、翌1926年、新声劇を退団し、小林一三や坪内士行らが結成した宝塚国民座に入り、森田も文芸部長として共に所属する。
国民座ではトップ女優として人気を得るが、同じく幹部女優だった出雲美樹子との確執からまたも脱退、以降はさまざまな劇団を渡り歩き、大阪松竹歌劇団の講師となり演技を指導する。
舞台にも終戦時まで出演を続けていたが、主に脇役にまわされることが多くなった。

第二次世界大戦後は、黒澤明監督に請われたのがきっかけで映画界入りし、1946年、黒澤の戦後第1作『わが青春に悔なし』で52歳にしてはじめて映画に出演、


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かつての艶姿とは打って変わって、ギョロ目と大きな口が特徴の性格女優として活躍し、以降は50年代にかけて黒澤作品をはじめ木下恵介、成瀬巳喜男、小津安二郎、溝口健二、五所平之助、市川崑、豊田四郎といった日本を代表する監督の作品に立て続けに起用された。

また、東宝のサラリーマン喜劇では森繁久彌演じる主人公が最も恐れる社長会長(先代社長の未亡人)という役どころで多数出演し、順風満帆の役者生活を送っていた。

しかし、私生活では1951年、夫の森田が完成試写を見るために自宅から撮影所へ自動車で向かう途中、急行電車と衝突し死亡する悲劇に見舞われている。

1959年、仲代達矢主演の『野獣死すべし』での出演を最後に病気のために引退、映画出演は13年間で110本を数える。

1963年7月28日午後5時10分、老衰で世を去った。


出典: 「三好栄子」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

。。。ということなのですよ。。。 つまり、見い出される人というのは、主演を演じるにしろ、脇役を演じるにしろ、それなりの素質の人、努力の人なのだと思いますねぇ~。。。 もちろん、性格的にも優れているところがあるはずです。

しかも上の文章を書いた石堂淑朗さんは、後日、名脚本家として知られることになりますが、かなり変わった経歴の持ち主です。

石堂淑朗


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1932年7月17日 – 2011年11月1日

石堂 淑朗(いしどう としろう)は、日本の脚本家、評論家。
広島県尾道市久保町出身。
実家は『東京物語』の撮影が行われた浄土寺の近く。

旧制尾道中学校(現・広島県立尾道北高等学校)在学中に学制改革を経験するが、男女共学化に反対して岡山県立岡山朝日高等学校に転校。
しかし翌年秋からここも共学化されるのを知り、同校を2年生の夏に中退。

大学入学資格検定を受けて同級生よりも1年早く広島大学に入学したがまた中退して、東京大学文学部独文学科に入学した。
東大在学中から、同期の種村季弘、吉田喜重らと「同人誌」を刊行。

東京大学卒業後、1955年、吉田と松竹大船撮影所に入社。渋谷実のもとで助監督修行。

1960年に『太陽の墓場』で脚本家デビュー。
大島渚、吉田喜重、篠田正浩、田村孟らとともに、“松竹ヌーヴェルヴァーグ”と言われた1960年代初頭の映画革新運動の中心的役割を果たした。

同年、大島と共同脚本を執筆した『日本の夜と霧』が浅沼稲次郎刺殺事件を理由に上映禁止になると、翌1961年、松竹を退社した大島と行動をともにし、大島主宰の「創造社」の同人となった。

大島渚作品の『太陽の墓場』、吉田喜重作品の『水で書かれた物語』、実相寺昭雄作品の『無常』、浦山桐郎作品の『非行少女』などは彼の初期代表作である。

大島と袂を分った1965年以後は、フリーの脚本家となりテレビでの活動が増え、『マグマ大使』、『シルバー仮面』や『帰ってきたウルトラマン』などの特撮ヒーローもの、『必殺仕掛人』や『子連れ狼』といった時代劇、SFドラマ『七瀬ふたたび』、銀河テレビ小説の第1回作品『楡家の人びと』などさまざまなジャンルの作品を手がけているが、一貫して反俗的作風となっている。
映画では1989年の『黒い雨』が、多くの賞を獲得した。

俳優として、テレビドラマ『必殺仕掛人』や映画『飼育 (映画)』、『必殺! THE HISSATSU』で悪役を、大島渚の映画『絞死刑』でコミカルな拘置所の教誨師役を演じている。
また『ウルトラマンタロウ』第24話に父親役でゲスト出演、大河ドラマ『花神』には力士役で出演した。

脚本家としては左派色の強い監督達とのコンビで多くの作品を残したが、晩年の評論・エッセーなどでは保守派の論客とされた。
亀井龍夫が編集長をつとめていた頃の月刊誌『新潮45』に随筆を寄せていた。

1991年に日本シナリオ作家協会会長、1992年に日本映画学校校長、1993年に近畿大学文芸学部客員教授に就任するなど後進の指導にもあたった。
近大時代には清水崇らを育てている。

2008年に発売された著作『偏屈老人の銀幕茫々』の序文にて、「私の文筆の仕事は本書で終わりました。後は冥界で実相寺昭雄や今村昌平と会うだけです」と記した。
ジャーナリストの有田芳生はブログにて本書を「比類なく面白い」と述べ、序文の言葉を受けて「そんなことをおっしゃらずに、もっともっと書いてくださいよ。お会いしたこともない石堂淑朗さんにそう伝えたい。」と結んだ。

2011年11月1日、膵臓がんで死去。79歳没。
なお、訃報は親族の希望により1か月伏せられた後に公表された。


出典: 「石堂淑朗」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

石堂淑朗さんは、数々の映画やテレビドラマの脚本を書いてます。。。 石堂さんが脚本を書いた映画やテレビドラマを あなたも知らずに見たはずですよ。

三好さんと石堂さんの生き様(いきざま)を眺めると、僕は103歳で現役の篠田桃紅さんの言葉を思い出すのです。

性格が運命をつくる


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芥川龍之介は、運命は性格の中にあると言った。
運命が性格をつくるんじゃない。
性格の中に運命はある。
近ごろほんとうだ、と思うようになった。
さまざまな境遇に遭ったけど、私の性格が自分の運命をつくったということはたしかですね。

ああいう運命だからあの人はああいう性格になった、と言うんじゃないのね。
性格というのはずいぶん先天的なもの、もって生まれちゃったもの。
運命は後天的でしょうね。

私はきょうだいがおおぜいいましたが、同じ父母で同じ境遇で育って、同じものを食べているのに、きょうだいみんなそれぞれちがった運命を歩んでいる。
同じ境遇にあっても運命は別だから、境遇が運命をつくっていない。

たとえば、小さいときに両親がうまくいかなくて、境遇が性格をつくるということもあるけれど、その性格の中で運命がつくられる、そう思った。
芥川さんの言うとおりだと思う。

性格が運命を拓(ひら)き、もって生まれた性格というものが、いい作用をするときにいい運命になって、悪いほうに働いてしまうと悪い結果をもたらす。
勘みたいなものですね。
勘がいい働き方をするときと、そうでないときがあるように。

自分の勘は、絶対まちがいないなんて、誰もそういうことは言えないけれど、ある種の勘というもので、人の運命が開いたり閉じたりすることはありますよね。
運命はだから性格の中にあるというのは、ほんとうにそう。
私にはそういうことが幾度か思いあたります。

努力することも性格。
性格というのは一切です。
だからあたりまえと言えばあたりまえ。
そういう性格の中で運命が決まっていくというのは、何も取り立てて言うほどのことではない。

私は、理性的なものを大事にして生きていかなけらばいけないと思っていて、理性を尊ぶ性格ではあるけれど、どうしてもおさまらない自分というものがいた。
それが私の性格で私は生きてきた。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


49-51 ページ 『百歳の力』
著者: 篠田桃紅
2015年7月13日 第8刷発行
発行所: 株式会社 集英社

『結婚するの?しないの?』にも掲載
(2016年6月27日)

どう思いますか?。。。 あなたも、たまには自分の性格のことを考えてみたらいかがですか?


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ですってぇ~。。。
そうですわよねぇ~。。。
世の中には性格が良くないために、不幸な人生を歩んできている人がおりますわァ~。。。

ええっ。。。 具体的にどういう人かってぇ~。。。?

デンマンさんが、太田将宏さんのことで たくさんの記事を書いていますわァ~。

昨日、デンマンさんは太田将宏さんのことで次の記事を書いたばかりでござ~ますわァ。


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『ウソの雪ダルマ』

面白いですから、ぜひ読んでくださいませぇ~。。。
おほほほほほ。。。

ところで、性格と運命についてのお話も結構でござ~ますけれど、
たまには古代の日本の歴史についても 探求してくださいませ。

平安史、古代史の記事を用意しました。
ぜひ お読みくださいまし。
では。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。


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ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。



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『外人に乗っ取られた日本?』

『失われたバレンタイン』

『軽井沢夫人@日本王国』

『都知事になれなかった男』

『落選男の正体?』

『カナダはカエデの国なの?』

『海外飛躍遺伝子』

『ふるさとは遠きにありて…』

『芭蕉と遊女の出会い』

『芭蕉と遊女が…あれぇ~!』

『宮沢りえと3723人の観客』

『血のつながり』

『チョー有名な三角関係』

『日本の真ん中』

『デンマンの死@玉淀』

『血の絆』

『イジメられたら?』

『アタマにくる一言をかわすには』

『顔文字がダメなら?』

『日本の一番長い日』


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『オルフェと聖徳太子』

『寅さんの本棚』

『平成の紫式部』

『心にしみるウンチ』

『念願のトップページへ』

『愛とロマンの昔話』

『愛とロマンのアクセス解析』

『兄妹の恋のつづき』

『源氏物語エロいの?』

『酒が行って着物目変境』

『日本は外人に乗っ取られたの?』

『ん?ヒトラーはベジタリアン?』

『ふるさとの選挙と黒い霧』


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『ハマグリにハマる』

『ハマグリの誘惑』

『ハマグリの足跡を追って』

『芭蕉と遊女』

『光源氏もビックリ』

『エロエロ源氏物語』

『悲痛の紫式部』

『卑弥子のえっち』

『白妙の和歌を探して』

『キーワード診断』

『紅のボート難民』

『ん?ネトウヨ』

『下衆のかんぐり』

『桓武天皇のママがネットで』

『ござが天皇とGOOGLE』

『エロ 建礼門院』

『一敗が三人に!』

『行田の黒い霧をはらう』

『行田市長@夢の対談』

『「自分の壁」の嘘』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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ナイアガラとマリリンモンロー

2015年12月29日

 

ナイアガラとマリリンモンロー

 


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デンマンさん。。。 どうしてナイアガラとマリリンモンローを持ち出してきたのですか?


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実は夕べ、バンクーバー市立図書館で借りた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。


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かつてアメリカには、そのナイアガラ瀑布のうえに縄を張り、細長い棒を手にバランスをとりながら渡る冒険野郎があとをたたなかった。
その成功を賭けて一攫千金を夢見たのである。

またビヤ樽のなかにもぐりこみ、瀑布のうえから下流まで一気に流れ降りる命知らずもいた。
これまた賭金めあての一大ショウを演出しようとしたものだった。
それに成功すれば巨額の賞金がふところに入り、失敗すれば命を失ったのである。

そういえば、1953年、ハリウッドは新人女優のマリリン・モンローを使って、映画『ナイアガラ』を撮った。
このヒロインは愛人といっしょに夫殺しをたくらむ悪女を官能的に演じたのだが、そのとき滝の前を歩くかの女のヒップが大きく揺れた。


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それはのちに「モンロー・ウォーク」と呼ばれ、かの女のトレードマークになった。
マリリン・モンローもナイアガラの滝によって一攫千金の幸運をつかんだのである。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


92-93ページ
『日本人の情感はどこからくるのか』
著者: 山折哲雄
2003年5月9日 第一刷発行
発行所: 株式会社草思社

つまり、マリリン・モンローがナイアガラの滝の前をヒップを揺らせて歩いたので 今日の記事のタイトルを“ナイアガラとマリリンモンロー”としたのですか?

いけませんか?

別に、かまいませんけれど、たぶんこの記事を読み始めたネット市民の皆様が呆れていると思いますわ。

どうしてジューンさんは そう思うのですか?

だってぇ~、女性のお尻が揺れたぐらいでタイトルに取り上げるなんて、あまりにも単細胞だと思いますわ。

あのねぇ~、もちろん、マリリンモンローのヒップが揺れただけで今日の記事を書こうと思ったわけではないのですよ。

だから、その理由を初めに言えばよいではありませんか!?

まず、『ナイアガラ』という映画が衝撃的ではありませんか!


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確かに、日常的な出来事とは違い、“夫殺し”というのは、ちょっとギョッとさせられますわねぇ~。。。

。。。でしょう!? でも、ただ“夫殺し”だけだと、あまりにもショッキングだからマリリン・モンローのヒップが揺れるのを見せてショックを和(やわ)らげたわけですよ。


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マリリンモンローがお尻を揺らせて歩くのは、そういう目的があったのですか?

要するに、“夫殺し”という惨(むご)たらしい事実から観客の目をマリリンモンローのヒップに向けさせて衝撃を和らげたわけですよ。

ホントに、そのような意味があるのですか?

いや。。。 ホントかどうか知らないけれど、僕はそう思ったわけですよ。

つまり、その事を言うために わざわざ“ナイアガラとマリリンモンロー”というタイトルにしたのですか?

もちろん、それだけじゃありませんよ。

だから、その理由を初めに言えばいいではありませんか!

あのねぇ~、ぼくが借りた本の題名をもう一度見てください。

『日本人の情感はどこからくるのか』という題名の本をバンクーバー市立図書館で借りたのですわねぇ~。。。

そうです。。。

それなのに、どういうわけで本の中に“ナイアガラとマリリンモンロー”が出てくるのですか?

あのねぇ~、実は、ナイアガラの滝は日本の滝を持ち出すために 著者が学界の会合でカナダを訪れた時の体験を書いたわけですよ。。。 日本の滝とは比べ物にならないほどに雄大だという印象を強く持ったわけです。

。。。で、ナイアガラの滝とは対照的な日本の滝というのはどの滝なのですか?

“那智の滝”ですよ。


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この滝は日本では有名なのですか?

おそらく日本人ならば誰でも知っていると思うのですよ。。。 関東では日光にある“華厳の滝”の方が有名だけれど、この“那智の滝”は昔から絵などに描かれて本の中にはよく出てきたものです。


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なんだか神秘的な滝ですわね。

。。。でしょう!? 。。。 ナイアガラの滝とは違った、いかにも日本的なものを感じさせますよ。

その日本的なものって何ですか?

だから、今、ジューンさんが言ったばかりじゃありませんか! “神秘的”だと。。。 ナイアガラの滝は神秘的と言うよりも、雄大というか、見るものを圧倒するような自然の凄(すご)さを感じさせますよ。。。

つまり、この事を言うために、わざわざ“ナイアガラとマリリンモンロー”というタイトルにしたのですか?

いや。。。、もちろん、それだけじゃありませんよ。

だから、それを初めに言えばいいではありませんかァ!

ジューンさん!。。。 そんなにせかせないでくださいよ。。。 物事には順序というものがあるのですよ。。。 その順序に従わないでズバリ!ズバリ!と言ってしまうと誤解を招いて細木数子のようにテレビ局の重役に睨まれてテレビに出られないようになってしまうのですよ。

分かりましたわ。。。 じゃあ、順を追って話してくださいなァ。

あのねぇ~、『ナイアガラ』という映画にマリリン・モンローが出てきた。 ナイアガラの滝にはマリリン・モンローのように衝撃的な女性がふさわしいと僕はしみじみと思ったのですよ。

。。。ということは“那智の滝”にふさわしい日本的な女性がいるとデンマンさんは言いたいのですか?

その通りですよ。

。。。で、“那智の滝”にふさわしい日本的な女性ってぇ、いったいどなたですか?

もう一度“那智の滝”を見てください。


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この滝の姿から思い浮かぶ 繊細で柳腰の日本的な女性というのは、竹久夢二が描く次のような女の姿なのですよ。


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でも、竹久夢二が描く女性というのは大正時代から昭和の初期の女性でしょう?

あれっ。。。 ジューンさんは、日本美術について けっこう詳しいのですねぇ~。。。

一応、日本美術を勉強しましたから。。。

分かりました。。。 じゃあ現実の女性をここに出しますよ。。。 じっくりと見てください。


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あらっ。。。 この女性は『東京物語』に出てくるあの“永遠の処女”の原節子さんではありませんか!

そうです。。。

でも。。。、でも。。。、原節子さんは今年の9月5日に、94歳で亡くなられたばかりですわ。。。 このように申し上げては失礼かもしれませんけれど、もう日本には存在しない幻のような女性ではありませんか!

ジューンさんは、なかなか厳しい事を言うのですねぇ~。。。 つまり、“那智の滝”にふさわしいような日本的な女性は、もう日本には居ないと言いたいのですか?

いけませんか?

分かりました。。。 じゃあ、ちょっと次の小文を読んでください。

デンマンさん。。。 実は、私も早く英語がペラペラに話せるようになりたくてカナダ人の男性と付き合い始めたのですわ。

あれっ。。。 マジで。。。? まさかァ、同棲を始めたわけじゃないだろうねぇ~!?

やっぱり、気になりますか? うふふふふふふ。。。

笑っている場合じゃないですよ。。。 僕はマジで気になります。

その人はトムと言うのですけれど、ちょっと問題があるのですわ。

。。。ん? 問題がある?

そうです。。。 半年ほど前に付き合っていた日本人の女性がいて、その女性が急に日本へ帰ってしまったんですってぇ~。。。

要するに、トムは日本人の女性に愛着を持ってるんだァ~。。。?

そうなんです。。。 どうやらフラれてしまったようなのですわ。 私はお友達のまんまで英会話を勉強したいと思っているのですけれど、トムはぜひ結婚して欲しいと言うのですよ。。。

ん。。。? だいたい、付き合い始めてからどれくらい経つのォ~?

2ヵ月ぐらいですわ。

2ヵ月ぐらいで結婚しようと言うのは早すぎるじゃない! しかも、過去に日本人女性にフラれてしまったという事実は 真由美ちゃんは深刻に受け止めなければならないですよ。

私も、そう思って1ヵ月経った頃から 会うのを控えているのですわ。

つまり、付き合って1ヵ月経った頃にトムは結婚を言い出したわけ?

そうなのですわ。

それはマジで早すぎるじゃない! いくらなんでも 付き合って1ヵ月で結婚を申し出るなんてぇ~。。。 やっぱり、その男には問題があるよ。

トムとは、ノースバンクーバーの図書館で知り合ったのですけれど、私が会うのを止めてからも、毎日のようにノースバンクーバーの図書館に通っていたのですってぇ~。。。


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どうして、トムが毎日 図書館に通っていると判ったわけぇ~?

コーヒーショップで働いている女性とお友達になって、その人が私に知らせてくれたのですわ。

トムは ホームステー先までは押しかけてこなかったのォ~?

私にも、ちょっと感じるものがあったので、住んでいる場所までは 教えてなかったのですわ。

トムは、つまり、ストーカー行為を始めたわけじゃない!?

そうなのです。。。 私はなんだか怖くなってきて最近はノースバンクーバーの図書館へは足を運んでないのです。

当然ですよ。。。 絶対に トムとは縁を切るべきですよ。。。

やっぱり、そうすべきでしょうか?

当然でしょう! 日本でも、優柔不断で決断を渋っている間に、ストーカーに殺されてしまったと言う事件がありましたからね。。。 真由美ちゃんもテレビのニュースで見たことがあるでしょう?


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ええ。。。 このニュースならば覚えてますわァ。

真由美ちゃんも気をつけてねぇ~。。。 英会話を勉強するためにカナダ人の欠陥男性と付き合って、殺されてしまうようなことがあったら、本末転倒ですからねぇ~。。。 もしですよ。。。 もし、そういうことで仮に恋愛に発展したとしたら、次のようなことになってしまうのですよ。

 

恋愛は美しき誤解であり、

結婚は残酷な理解だ。

 

カナダ人の欠陥男性と恋に落ちるということは誤解で、もし まかり間違って結婚まで発展したら、その結婚はマジで残酷な結末ですよ。


『ニュートンの暗い秘密』より
(2015年12月23日)

つまり、繊細で日本的な真由美ちゃんは日本女性を代表してノースバンクーバーのストーカー男と はっきりと縁を切ったということですか?

いや。。。、再び出会って縁を切ろうとすると、いつまでも男が追いかけてくるから、断固として彼の前から姿を消したわけですよ。

どのように。。。?

メガネをかけて変装して。。。

マジで。。。

それは冗談としても、まんまと欠陥男に騙されないような繊細で思慮深い日本女性がまだ現在でも居るのですよ。

つまり、真由美ちゃんが“那智の滝”に象徴されるような繊細で思慮深い日本女性だとデンマンさんは言いたいのですか?

その通りですよ!


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。
確かに、ストーカーの餌食にならないように
断固として縁を切ると決心をした真由美ちゃんは
さすがだと思うのでござ~ますわァ。

日本女性として、あたくしも誇りに思いますわ。

あなたも、海外旅行をして日本人女性を狙っているヤバイ男に出会ったら、
スケコマされないように充分に注意してくださいね。
そういう男性が、世界のどこにでも居るのですわよ。

ところで あなたは“万夜一夜物語”ってぇ、聞いたことがござ~ますかァ~♪~。

“千夜一夜物語”ではなくてぇ、“万夜一夜物語”ですわ。


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『万夜一夜物語』

デンマンさんが書いたのでござ~ますわよう。

ええっ。。。 10,001の話が書かれているのかってぇ~。。。?

とにかく、上のリンクをクリックして読んでみてくださいませぇ~。。。

あなたも、絶対にビックリするようなお話が出てきますわァ。

あたくしも、そのお話にあやかってウェディング ドレスを着てみました。

ええっ。。。 どんなドレスかってぇ~。。。?

あたくしのウェディング ドレスは“プーフィー(poofy)”なのですわよう。

つまり、ふわふわと膨らんでいるようなドレスなのですわ。

極秘の お写真なのですけれど、あなたのために、ここに貼り出しますわねぇ~。。。

じっくりとご覧になってくださいまし。。。


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ジューンさんの真似をして金髪に染めてみましたわァ。

いかがでござ~ましょうかァ?

このお写真を見れば、きっと あたくしと結婚したい ハンサムな殿方が
プロポーズしてくれると思うのでござ~♪~ますわァ。

おほほほほほ。。。

ところで、ジューンさんが登場する面白いお話はたくさんあります。

興味のある方は、どうか次のリンクをクリックして読んでくださいましねぇ~。。。

(roten101.jpg+cleoani.gif)

『最新混浴風景なのね』

『下着にこだわるのね』

『男心をそそる女の秘密』

『デンマンさん、おかえり』

『なぜヴィーナスのえくぼ』

『マドンナと行田の黒い霧』

『お○○こ画像』

『タイトルの魔術』

『なぜ処女とおばさん?』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人
(godiva05.jpg)

『やっぱり処女とおばさん』

『ウンコで走るバス』

『レダの卵』

『正月の熟女』

『新春画ネット散歩』

『愛と下着の美学』

『モナリザもビックリ』

『象が泣く』

『国際化に加速』

『美しき未亡人』

『ジューンさん、バイザイして』

『ジューンさん“いいね”が付いてるよ』

ジューンさんの熟女下着
(30june.jpg)

『床上手なのねぇ~』

『外国人SEXデンマン』

『外国人SEXデンマン再び』

『大きいことはいいことじゃない』

『デンバー直行便でジューンさんの下着』

『ジューンさんのヌードを探して』

『半分のお尻で…』

『プーフィードレス』


(sylvie122.jpg)

『万夜一夜物語』

『ゆかじょうず』

『日本語じょうず』

『モナリザがニーハオ』

『おばさんの下着がいいの?』

『なぜ、ヤノマミ?』

『マタハラ』

『マタハラとrundll32』

ジューンさんの熟女下着
(30june.jpg)

『お尻のえくぼ』

『なぜカウチポテト?』

『あなたの混浴』

『夢の出会いを求めて』

『乙女と処女』

『戦場に行くことを教えた女教師』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人
(godiva05.jpg)

『桜井の別れと母上様』

『ダイアモンドは女の親友』

『愛のコリーダを訳す』

『マルタ島のロマン再び』

『大前研一 奇妙な検索』

『ついに千夜一夜』

『いいね攻略と良妻賢母』

『批判が無いとヒトラーがのさばる』

『混浴入浴風景』

『9日間の女王』

『あなたは敬語?』

『原節子とジューンさん』

『モナリザの妹』

とにかく、次回も興味深い記事が続きますわ。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、また。。。


(hand.gif)


(surfing9.jpg)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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(linger65.gif)

■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』

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■ 『今すぐに役立つホットな情報』


(house22.jpg)

『夢とロマンの横浜散歩』

『愛とロマンの小包』

『下つきだねって言われて…』


(chiwawa5.gif)

こんにちは。ジューンです。

スパムメールが相変わらず多いですわよね。

あなたのメールボックスにも、

ジャンクメールがいっぱい入っているでしょう!?

スパムメールを飛ばしているのは

いったい、どういう人たちなのでしょうか?

出会い系サイトのオーナーたちが多いそうですわ。

彼らは会員を集めるためにスパムメールをばら撒きます。

そのためにメールアドレスのリストを購入しています。

では、そのようなリストを販売している人は

どうやってメールアドレスを集めているのでしょうか?

ロボット(自動巡回プログラム)によって

自動収集させているのです。

ところで、サーチエンジンの自動巡回ロボットは

毎日世界中のサイトを訪問し、

その内容をデータベースに書き込んでいます。

同じように、このメールアドレス収集巡回ロボットも、

HTMLソースを分析し、

メールアドレスらしきものをどんどん記録してゆきます。

でも、使っていないメールアドレスが

たくさんあるのですよね。

あなたの使っているメールアドレスのことを

考えてください。

あなたはメールアドレスをいくつ持っていますか?

一つだけではないでしょう?

10以上持っているのではありませんか?

多分、ほとんどのメールアドレスは使ってないでしょう?

そのために、現在実際に使っている

メールアドレスを集めるために、

怪しい人物が使用度の高いメールアドレスを

集めているのですわよ。

だから、あなたもむやみに信用できない人に対して

返信しないようにしてくださいね。

詳しいことはデンマンさんが次の記事で書いています。

『コメント魔』

(2012年4月3日)


(himiko92.jpg)

ところで、卑弥子さんが面白いサイトを

やっています。

興味があったら、ぜひ次のリンクをクリックして

覗いてみてください。

『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。 バーィ


(juneswim.jpg)


(byebye.gif)

死んでも生きてる

2015年10月26日

死んでも生きてる

 


(death013.jpg)


(angel03.gif)


(himiko22b.gif)

デンマンさん。。。 なんで急に抹香(まっこう)臭いタイトルを持ち出してきたのでござ~ますか?


(kato3.gif)

。。。ん? 抹香臭い?

そうでござ~ますわ。。。 なんだか お葬式のお線香の匂いがするではござ~ませんか?

あのねぇ~、実は、夕べ バンクーバー市立図書館で借りた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。

人は死んだとき、

まわりの声が聞こえている


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人間の死には、まずふたつの段階があります。
「個体の死」と「細胞の死」です。
「個体の死」というのは、全体の統合が取れなくなった状態です。

つまり、脳による全体のコントロールが止まるとか、あるいは血液の流れが止まり、脳に酸素が行かなくなって脳死になる、ということ。
人間は、どれかひとつの歯車がなくなると、全体のシステムが壊れてしまう機械のようなものですから、統合性を保つことができなくなると、意識を保って理解をする、ということが困難になります。

しかし、統合性が失われる「個体の死」が訪れても、細胞はしばらく生きています。
細胞というのは、自分の持っている酸素がつづくかぎり、細胞の中で酸素呼吸をしますから、そのあいだはミトコンドリアも発熱するし、しばらく体温も維持できる。
そして、各所にある酸素が全部使い果たされてしまうと、ミトコンドリアも死んで、細胞も死に、だんだん冷たくなっていきます。

それは、「酸素の供給が止まった」ということ。
その酸素を供給していたものが、心臓のポンピング作用と肺におけるガス交換ですから、それら循環器系の機能が停止すると、あらゆる機関の統合性がどんどん失われていきます。

そのため、心臓の動きが止まったときに「ご臨終です」と、人間は死を迎えたとされるわけです。
しかし、このあともまわりの声が聞こえている可能性があります。

細胞内に酸素があるかぎり、脳もおそらくしばらくは働いています。
個体の死、つまり統合性が失われていても、脳にまだ酸素があるうちは最後まで働こうとするのです。

心臓の動きが止まり、お医者さんが「ご臨終です」と告げたあとも、残された家族が悲しむ声が本人に聞こえている可能性は十分にあるのです。
ただ、それを統合的に理解するだけの酸素が脳に残っているかどうかはむずかしい問題です。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


168-170ページ 『脳がしびれる科学の時間』
著者: 長沼毅
2013年1月10日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 河出書房新社

つまり、デンマンさんは死をまじかに控えて 心の準備をしているのでござ~ますか?

何で僕が死をまじかに控えているのですか?

だってぇ~、デンマンさんは、まもなく飛行機でバンクーバーから成田に飛び立つのですわ。。。 すると、その飛行機はハイジャックされ デンマンさんが止せばいいのにスーパーマンになったつもりでハイジャッカーに立ち向かうので、ついに悪者たちが爆弾を破裂させて飛行機は北太平洋の上空で木っ端微塵(こっぱみじん)に破裂して、デンマンさんはあの世に逝くのでしょう?


(plane900.jpg)

やだなあああァ~。。。 卑弥子さんは、どうして そのような人の嫌がる不吉な事を言うのですか?

なぜか、あたくしは夕べ そのような夢にうなされたのでござ~ますわァ。

あのねぇ~、そのような悪夢にうなされるような不吉な事は 当事者の前では言わないものですよ。。。 言霊(ことだま)というのを卑弥子さんも聞いたことがあるでしょう?

ありますわ。。。

人によったら、卑弥子さんの悪夢は悪霊のお告げだと思って予定をキャンセルして貨物船か何かで日本へ行くのですよ。

デンマンさんも、そうするのでござ~ますか?

いや。。。 僕は、人の言う事は どちらかというと疑ってかかる性格ですからね。。。 たとえ卑弥子さんが何と言おうと、もう予定は変えないのですよ。

。。。で、もし あたくしの悪夢が本当になったら。。。?

そしてら、卑弥子さんを恨んであの世に逝きますよ。

そして、デンマンさんがあの世に逝ってから あたくしを呪い殺すのでござ~ますか?

たぶん、そうなるでしょうねぇ~。。。。 うへへへへへへ。。。

あのォ~。。。、あのォ~。。。 今の悪夢のお話はウソですわァ。。。 実は、デンマンさんは無事に成田について、それから新幹線で京都に向かい、あたくしとエッチよりも感じるハグをして再会を果たしたのでござ~ますわァ~。。。 そういう夢だったのでござ~ますう。。。 うふふふふふ。。。


(bearhug05.jpg)

あのねぇ~、今更、そのような事を言っても遅いのですよ。

分かりましたわァ~。。。 いつまでも下らない事を言っていると ここまで読んできたネット市民の皆様が他のブログへ飛んでしまいますから、なぜ“死んでも生きてる”のか? その理由を説明してくださいなァ。

だから、すでに僕が読んだ本の重要な箇所を引用したでしょう!

つまり、ただその箇所を引用しただけで、終わりにするのですか?

いや。。。 もちろん、それだけじゃ卑弥子さんを呼んだ意味がないですからねぇ~。。。

だから、もったいぶらないで細木数子のようにズバリ!ズバリ!と核心を突いてくださいなァ~。

あのねぇ~、実は、先月(9月21日) 僕はバンクーバー市立図書館でDVDを借りて次の映画を見たのですよ。


(lib51024a.png)

『実際のカタログページ』

あらっ。。。 日本映画ではござ~ませんかァ!

そうですよ。。。 この映画は、それ以前に僕は見たことがあった。

それなのに、どうしてまた同じ映画を DVD を借りてみたのでござ~ますか?

日本語のタイトルが目につかなかったのですよ。。。 だから初めて観る映画だと思ってDVDを借りたわけです。

そしたら、すでに観た事があると思ったのでござ~ますか?

そうですよ。。。 しかも、僕は、その映画のことで記事まで書いていたのですよ。。。 卑弥子さんは覚えてないでしょう?

どうして。。。、どうして。。。、あたくしが覚えていないといけないのでござ~ますか?

なぜなら、その映画のことで卑弥子さんと対談しているからですよ。

マジで。。。?

だから、僕は卑弥子さんを呼び出したのです。。。 その箇所を引用するから読んでみてください。

卑弥子さんはナウい映画よりも時代劇の方が趣味なのですか?

だってぇ、あたくしは源氏物語を研究している者ですわ。 京都の女子大学では「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~♪~ますう。 当然、時代劇には関心がありますわ。

ローズティーには関心がないのですか?

もちろん、関心がありますわ。。。でも、今日はおとといの続きですわ。 11月19日には『ローズティーと生ツ八橋』というタイトルでお話して、『必死剣鳥刺し』がローズティーと生八ツ橋に関係あると、デンマンさんはおっしゃったのでござ~♪~ますわ。

よく覚えていますねぇ~?

まだ、おとといのことですもの。。。それで、上の映画のどういう所にデンマンさんは感銘を受けたのでござ~♪~ますか?

あのねぇ~、上の説明にも書いてあるけれど、映画の内容は現代にも通じるのですよう。 時代劇だけれど、人間普遍の物語として描かれている。

だから、具体的には、どういうことなのですか?

要約すれば次のようになるのですよ。

剣豪ゆえに陥る宿命に対し、

最後は己を爆発させる主人公の姿は

「人生のままならなさ」、

「人はいかに命を全うするか」という

永遠の問いを観る者の胸に刻みこむ。

そして文字通り激烈なクライマックスは、

邦画史における新たな神話となるであろう。

デンマンさん!。。。これは上の説明の中に書いてある事をそのまま書き出しただけではござ~♪~ませんか!

いけませんか?

ダメですよう! 引用でごまかさないでくださいなァ。 デンマンさんは実際に(成田からバクーバーまでの)飛行機の中で上の映画を見たのでしょう?

もちろんですよう。

だったら、ご自分の言葉で説明してくださいなァ。

分かりました。 卑弥子さんがそれ程までに言うのならば僕の言葉で説明します。。。まず次のニュース記事を読んでみてください。

ロッキード事件


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元運輸省事務次官の若狭得治が(全日空の)天下り副社長に就任した。

1972年に社長に就任する。

その後若狭の指導のもとにマクドネルダグラスDC-10の発注は取り消され、代わりにロッキード L-1011 トライスターの発注が決定された。

ロッキード L-1011 トライスターの導入が進んでいた1976年2月4日に行われたアメリカ上院外交委員会の多国籍企業小委員会公聴会において、ロッキード副会長のアーチボルド・カール・コーチャンと元東京駐在事務所代表のジョン・ウイリアム・クラッターが、全日空がマクドネルダグラスDC-10の発注を取り消し、L-1011 トライスターを導入するように働きかけるために、日本においてロッキード社の裏の代理人的役割をしていた児玉誉士夫に対し、1972年10月に「(全日空へL-1011 トライスターを売り込むための)コンサルタント料」として21億円あまりを渡したこと、次いで児玉から、政商の小佐野賢治やロッキード社の日本における販売代理店の丸紅などを通じ、当時の首相である田中角栄に対して5億円が密かに渡されたことを証言した。

この証言は日本国内で大きな波紋を呼び、その後捜査が進められ、マクドネルダグラスDC-10型機の導入を進めた大庭社長を「M資金」に絡むスキャンダルをでっち上げて追い落した若狭社長と複数の全日空幹部が、全日空から政界への贈賄工作を行ったとして逮捕された。

さらに、政界工作の謝礼として、ロッキードから児玉や小佐野を通じて流れ込んだ5億円を受け取った容疑で田中元首相他多数の政財界人が逮捕され、さらに数人の不審死者や自殺者を出すなど、「ロッキード事件」と呼ばれる大疑獄事件となった。


出典: 「ロッキード事件」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

ロッキード事件と『必死剣鳥刺し』が関係あるのでござ~♪~ますか?

上の説明の中で数人の不審死者や自殺者を出したと書いてあるでしょう。 この不審死者や自殺者は明らかにされてない。

どうしてでござ~♪~ますか?

明らかにすると、その上司の首が飛ぶからですよう。 つまり、疑獄事件では、たいてい“スケープゴート”と呼ばれる人間が自殺などをして事件がうやむやになって、黒幕が罪から逃れる。

『必死剣鳥刺し』にもスケープゴートが登場するのでござ~♪~ますか?

そのスケープゴートこそが主人公の近習頭取・兼見三佐ェ門ですよう。。。そのような意味で、『必死剣鳥刺し』は現代に通じる人間普遍の物語なのですよう。

三佐ェ門さんは自殺なさるのでござ~♪~ますか?

いや。。。殺されてしまうのですよう。。。でも、ただ殺されるのではない。 利用されつくした挙句、不条理に殺されてしまう。

どういうことですか?

あのねぇ~、三佐ェ門さんは幸せで平凡な人生を歩んでいたのです。


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左が三佐ェ門さん、真ん中が最愛の妻の睦江(むつえ)さん。 右が妻の姪で、里尾(りお)さんですよ。 しかし、幸せな生活は長くは続かなかった。

なぜですの?

妻の睦江(むつえ)さんは病弱だった。 それで子供もないまま若くして亡くなってしまうのです。。。ちょうどその頃、東北の海坂藩(架空の藩)には大問題があった。

どのような。。。?

藩主・右京太夫の愛妾・連子(れんこ)さんが、藩主のお気に入りなのをよいことに勝手気ままな事をして、浪費はするわ、気に喰わない人は切腹させるわで、もう、ニッチもサッチもゆかなくなっていた。 何とかしなければならないと誰もが思っていた。 しかし、連子さんは藩主のお気に入りだから、誰もどうすることもできない。

。。。んで、三佐ェ門さんが連子さんに立ち向かうのでござ~♪~ますか?

そうなのですよう。。。もう、特攻隊員になった気持ちで、能の観劇会の後で廊下で連子さんに追いすがり脇差で胸を一突きにして殺してしまう。

つまり、最愛の妻の睦江(むつえ)さんを病気で亡くし、跡継ぎも居ないので三佐ェ門さんは、藩の皆様のためにと思いながら、死に場所を求めた訳なのですわね。

そうなのですよう。 死を覚悟の悪女天誅(てんちゅう)なのですよう。。。本来ならば、藩主の愛妾を殺してしまったのだから、誰が考えたって即刻の切腹ですよ。

でも、切腹にならなかったのでござ~♪~ますか?

死刑にはならなかった。

どうして。。。?

悪賢い中老・津田民部が三佐ェ門さんをスケープゴートにするために、激怒していた藩主を説得して死刑にしないことにしたのです。

何のためのスケープゴートなのでござ~♪~ますか?

それを説明する前に言っておかなければならない事がある。 三佐ェ門さんは平凡な男なのだけれど、唯一つ非凡な特技を持っていた。

それは何でござ~♪~ますか?

「鳥刺し」という必勝の技です。 三佐ェ門さんは剣の達人なのですよう。 それを見込んで中老・津田民部は彼を生かしておいたのですよ。

悪い奴ですわ。。。つまり、三佐ェ門さんを利用して中老の津田民部様は、誰かを殺そうとしたのでござ~♪~ますか?

そうなのですよう。 東北の海坂藩では、お家騒動が持ち上がりそうになっていた。 できの悪い藩主に成り代わって別家の帯屋隼人正が藩主になろうという意欲を持っていた。 しかし、この帯屋隼人正は直心流の剣の達人だった。

要するに、中老の津田民部様は三佐ェ門さんを利用して別家の帯屋隼人正様を殺そうと企(くわだ)てたのでござ~♪~ますわね?

その通りです。 しかし、別家の当主と言えども藩主の実弟。 実弟が殺されれば、もしかすると、お家騒動ということで江戸幕府は海坂藩を取り潰しにしてしまうかもしれない。 そうなったら、元も子も無くなる。 海坂藩の全員が浪人になってしまいますからね。

。。。んで、悪賢い中老・津田民部様は、どのようにしたのでござ~♪~ますか?

三佐ェ門さんは剣の達人だけれど、もともと平凡な男なのですよう。 悪女の連子さんを殺してしまったことでも分かるように直情径行なのですよ。 あまり物事を深く考えるような性格ではない。 だから、悪賢い中老・津田民部の思いのままになってしまった。

結局、三佐ェ門さんは別家の帯屋隼人正様に立ち向かっていったのですか?

そうですよ。 中老・津田民部の命令を受けて藩主の実弟と一対一で対決してしまった。

。。。んで、どうなったのでござ~♪~ますか?

もちろん、負傷はしたけれど三佐ェ門さんが勝った。 別家の帯屋隼人正は、血の海の中に倒れて息を引き取った。

だったら、藩主の実弟が殺されたのを理由にして江戸幕府は海坂藩を取り潰しにしてしまうのではありませんか?

だから、そこが中老・津田民部のあくどい所ですよう。 初めから三佐ェ門さんをスケープゴートにするつもりで生かしておいたのですからね。。。

。。。んで、三佐ェ門さんの結末は。。。?

そこがこの映画の一番の見せ場ですよう。 中老・津田民部は三佐ェ門さんに向かって言った。

「三佐ェ門、良くぞ成し遂げた。殊勝であるぞ」

中老・津田民部様は三佐ェ門様を褒めたのでござ~♪~ますか?

その通りです。 満面に笑顔を浮かべて褒めたのですよう。

三佐ェ門さんは、お家騒動に発展しなくて済むと思って、マジで喜んだのでござ~♪~ますか?

そうです。。。でも、喜びはそこまでだった。。。中老・津田民部は、三佐ェ門さんの加勢にと思って待機させておいた武士に向かって次のように言い放ったのですよう。

「皆の者、良く聞け! 近習頭取・兼見三佐ェ門は、只今、気が触れて(頭がおかしくなって)別家の帯屋隼人正様を殺害した。 このような事は断じて許されることではない! よって、これより兼見三佐ェ門を成敗せよ! 皆の者!かかれ!」

あらっ。。。中老・津田民部様は、今度は加勢の武士たちに向かって三佐ェ門さんを殺すように命令なさったのでござ~♪~ますか?

そうですよう。 近習頭取が発狂して別家の帯屋隼人正を殺害したと江戸幕府に届け出て、海坂藩が取り潰しにならないようにという計略だったのですよう。

それで、三佐ェ門さんは、まんまと殺されてしまったのですか?

確かに殺されてしまうのだけれど、その殺されぶりが凄(すさ)まじいのですよう。

どのように。。。?


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この場面のすぐ後で、子供たちが“鳥モチ”で鳥を取ろうとするシーンが現れる。

“鳥モチ”でござ~♪~ますか?

そうです。 竹竿の先に“鳥モチ”というネバネバした物を巻きつけて、それで空を飛ぶ昆虫や鳥をとるのですよう。 僕が小学生の頃には“鳥モチ”を使ってセミを取るのがはやっていた。 僕も“鳥モチ”で何十匹もセミを取りましたよう。 でもねぇ、“鳥モチ”で鳥を取れるとは思えなかったから、僕は一度も鳥を取ろうとしたことは無かった。

実際、取れるものなんですか?

映画の中では、子供たちは失敗するのですよ。 そこで三佐ェ門さんが子供から“鳥モチ”の付いた竹竿を受け取って、鳥をとって見せるのです。 つまり、三佐ェ門さんは“鳥モチ”で鳥を取ることから「鳥刺し」という必勝の技を編み出した、という事を“伏線”としてこの場面で見せている。 この技は捨て身の技なのですよう。

。。。んで、三佐ェ門さんは、その技を最後に使うのですか?

使います。 


(tori14.jpg)

最後の15分の剣戟(けんげき)は見ものですよ。

15分もチャンバラが繰り広げられるのでござ~♪~ますか?

ただのチャンバラじゃないのですよう。 もう手に汗握るチャンバラです。 卑弥子さんがまだ一度も見たことが無いような、すっごいチャンバラですよう。

。。。んで、三佐ェ門さんは、どうなるのですか?

4度か5度も死んでしまうような刀傷を受けるのだけれど、それでも必死で生きながら相手をバタバタ切るのですよう。。。でも、さすがの剣の達人も、何十人とかかってきたら、どうにもならない。 中老・津田民部に一太刀浴びせようと座敷に上がって必死で詰め寄るのだけれど、三佐ェ門さんは事切れてしまう。

死んでしまうのですか?

「死んでいるのかどうか確かめてみよ」 中老・津田民部が、そう言うと、座ったままで事切れている三佐ェ門さんの首筋に、家来の一人が手を当てて動脈が動いているかどうか確かめてみた。 家来は言うのです、「脈がございません」と。。。

つまり、死んでしまったのですか?

誰もがそう思った。 中老・津田民部も三佐ェ門さんが死んだものと思って、座ったまま事切れている死体に近づいてゆく。 首筋の動脈は動いてなかったけれど、心臓が完全に停止していたわけじゃない。 「三佐ェ門よ、連子様を殺害したときに、お主(ぬし)の命は、すでに無きものに等しかった。。。」 しかし、中老・津田民部が言い終わらぬ内に、閃光のごとくに三佐ェ門さんの右手が刀を抜き、津田民部の心臓を一突きして、刀の切っ先が背中に抜けているのですよう。 それは、誰もが息を呑むような衝撃的なシーンでした。

。。。んで。。。んで。。。その事とローズティーが関係あるのでござ~♪~ますか?

いや。。。直接関係があるわけじゃない。 僕はただ、感銘を語っただけですよう。 現実と違い、映画の中では三佐ェ門さんには、スケープゴートにされた恨みを中老・津田民部を最後に殺す事で晴らす機会が与えられた。

現実には、そのような事は無いのでござ~♪~ますか?

ロッキード事件を見てください。 現実には、スケープゴートにされた人は次の一行で片付けれれている。

田中元首相他多数の政財界人が逮捕され、

さらに数人の不審死者や自殺者を出した。

この名も無い自殺者は本当に無念だったと思いますよう。

分かりましたわ。 いつものようにデンマンさんは関係ない事を長々とお話してきたようでござ~♪~ますけれど、ローズティーと直接関係ある事をお話しくださいなァ。

あのねぇ~、悲惨な運命に翻弄された三佐ェ門さんにも心温まる交流があったのですよう。

その心温まる交流とは、どのようなものでござ~♪~ますか?


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三佐ェ門さんは最愛の妻の睦江(むつえ)さんを若くして病気で亡くしてしまうのだけれども、亡妻の姪である里尾(りお)さんが同じ屋根の下に住んで面倒を見てあげたのですよう。 悪女の連子を殺害して死刑は免(まぬが)れたといえども三佐ェ門さんは蟄居謹慎(ちっきょきんしん)を命じられた。

里尾(りお)さんは嫁入り前の娘さんですか?

いや。。。一度結婚したのだけれど、訳があって離縁され、実家に戻れず、叔母の睦江(むつえ)さん夫婦と一緒に暮らすようになったのですよう。 そのような訳で睦江(むつえ)さんが亡くなると里尾(りお)さんが三佐ェ門さんの世話をしてあげたのです。

蟄居謹慎中も里尾(りお)さんが三佐ェ門さんの面倒を見てあげたのでござ~♪~ますか?

そうなのです。 里尾(りお)さんのおかげで、一度は死を覚悟した三佐ェ門さんも、再び生きる力を取り戻したのですよ。

なんだか出来過ぎたお話ですわァ。。。そのような事だと、当然、男と女の関係になる事も予測できますよね。うふふふふふ。。。

やだなあああァ~。。。卑弥子さんは、すぐにそちらの方向に妄想をたくましくしてしまうのですね。

だってぇ~、デンマンさんのお話を聞いていれば、誰だってぇそのように考え付くものですわ。うふふふふふ。。。

実は、そのようにになってゆくのですよ。。。あのねぇ~、里尾(りお)さんを演じている池脇千鶴さんのラブシーンに僕はドキドキさせられましたよ。。。恋慕いながらも、それを表に出さない。。。でも、その秘めたものが表に出るときの妖艶な魅力は、一見の価値がありますよう。

デンマンさん!。。。このような時に涎(よだれ)を流さないでくださいなァ。んもお~。。。んで、そのきっかけは、どのようなものでござ~♪~ましたの?


(tonko220.jpg->miso900.jpg)

やっぱり、食べ物でしょうね。

思い出を食べる軽井沢タリアセン夫人を持ち出そうとするおつもりですか?

あのねぇ~、里尾(りお)さんは三佐ェ門さんに心から尽くしている。 その思いは映画を見る人の心にもヒシヒシと伝わってくるのですよう。 味噌汁や、お澄ましや、うどんやそばの味が亡妻の睦江(むつえ)さんの味に似てくる。 三佐ェ門さんも、知ってか知らずか?その味を味わいながらいただいている。 お互いに複雑な気持ちを味わいながらも二人の思いは暖かく溶け合うものがある。

分かりましたわ。。。もう余計な事はよろしいですから、ローズティーとの関係を脱線しないでお話してくださいな。

話しますよ。。。でも、初めて読む人も居るだろうから、まず、次のメールを読んでみてくださいね。


(foolw.gif)

Subj:小百合さん、おはよう!

山の家の秋も深まってるでしょうね!?

きゃはははは…


(maple10.jpg->maple11.jpg)

From: denman@coolmail.jp
To: sayuri@hotmail.com
Cc: barclay1720@aol.com
Date:Mon, 15/11/2010 3:06:24 PM
Pacific Standard Time
日本時間:11月16日(火)午前8時6分

 


(rose22.jpg)

なぜかローズティーが懐かしく思いだされてきましたよ。
10月25日、月曜日、インターネット・コミックカフェ「自遊空間」で待ち合わせてから「印度市場」で本場のインドカレーを食べました。
小百合さんは甘口カレー。僕は激辛カレー。
食べてから「さきたま古墳公園」へ。

広い駐車場に着くと通りを挟んだ向かいに「田舎っぺうどん」の看板があった。
“思い出を食べる”軽井沢タリアセン夫人。

10月16日、テレビ東京(12チャンネル)の「埼玉・行田」グルメ特集で「田舎っぺうどん」を見たという小百合さん。
「あれがそうだわ!!」と叫びました。
小百合さんが思い出を食べる女であることを改めて感じた瞬間でした。

休息パビリオンで食後のデザート。
小百合さんが Irish cream-flavored coffee beans をわざわざ栃木の田舎から持ってきてコーヒーを入れてくれました。
その時に、「ローズティー」と「生八ツ橋」も持って来てくれたよね。


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「生八ツ橋」は菊ちゃんのエピソードを小百合さんが覚えていて、ふと思い付いて持って来てくれたのだろうね。
でも、どうして「ローズティー」?
なぜだろう?

うん、うん、うん。。。思い出しましたよ!
10月15日の金曜日、大長寺の大仏を見ながら、その前の白いテーブルでアイリッシュコーヒーを小百合さんと一緒に飲んだのでした。
その朝、空は曇っていたけれど散歩に出て忍川の堤(つつみ)をそぞろ歩いて戻ってくると前庭にピンクのバラがきれいに咲いているのが目に付いた。
バラの木が3メートルも伸びていて、その先に6つほどピンクの花を咲かせていたのです。

そうだ!小学生の頃、足袋の資産家の大邸宅の庭に見た白いテーブルの上には一輪挿しのバラが飾ってあったに違いない!
なぜかそう思えた。
玄関に埃をかぶって空になっていた花瓶を洗って、孔雀のように葉を広げていた棕櫚の葉を切って挿した。
その真ん中に一輪のバラを差し込んでみたのです。


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この花瓶を大長寺の白いテーブルの上に置いて小百合さんと一緒にコーヒーを飲もう!
うしししし。。。

小百合さんが思い出を食べるなら、僕は思い出を飲もうというわけですよ。
きゃはははは。。。

小百合さんが「ローズティー」を持ってきたのは白いテーブルの上のピンクのバラが小百合さんのオツムに印象強く残っていたのではないか!?
そんな風に思えたのでした。

小学生の頃に見た白いテーブルの上に果たしてピンクのバラが飾ってあっただろうか?
はっきりと、あったとは言えないけれど大長寺の白いテーブルの上には一輪のピンクのバラがきれいに咲いていたのでした。

そのバラの花を見ながら小百合さんとコーヒーを飲みつつ、バラの香りとアイリッシュコーヒーの香りをしみじみと味わいながらロマンの香りに浸ったのでした。
きゃはははは。。。

では、小百合さんも山の家でアイリッシュコーヒーを飲みながらロマンの香りを楽しんでね。
じゃあ、バ~♪~イ。


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上のメールを改めて読んだ卑弥子さんならば、僕が何を言おうとしているかが良く分かるでしょう?

分かりませんわ。

マジで分からないのですか?

だから、お話してくださいなと、マジでお願いしているではござ~♪~ませんかァ! んもお~~。。。

あのねぇ~、里尾(りお)さんは三佐ェ門さんに心から尽くしている。 その思いは味噌汁や、お澄ましや、うどんやそばの味となって三佐ェ門さんの心に伝わってゆく。そうやって二人の思いは暖かく溶け合うのですよう。

だから。。。?

だから、僕がバラの一輪挿しを白いテーブルの上に置いて小百合さんと一緒にアイリッシュコーヒーを飲むのですよう。


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。。。すると、どうなるのでござ~♪~ますか?

すると、次回に白いテーブルで顔を合わせると、小百合さんはローズティーを入れてくれるのですよう。


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つまり、里尾(りお)さんと三佐ェ門さんのように、何も言わなくても心が通じ合っている。 僕がバラの一輪挿しを白いテーブルの上に置くと、その次には小百合さんがローズティーを入れてくれる。

要するに、ローズティーと『必死剣鳥刺し』の関係を無理して、そのようにこじつけたのでござ~♪~ますわね?

こじつけたように聞こえますか?

聞こえますわ。。。最後に、そのような話を聞かせられると、マジで白けますわよう。 んもお~。。。

そうかなあああァ~。。。僕は素直な気持ちで話しているのだけれどォ。。。

そのようなお話は内緒にしておくものでござ~♪~ますわ。


『ローズティーと必死剣鳥刺し』より
(2010年11月21日)

つまり。。。、つまり。。。、“死んでも生きてる”というタイトルを持ち出してきて 里尾(りお)さんと三佐ェ門さんのエピソードを持ち出しながら、結局は、デンマンさんと軽井沢タリアセン夫人の“ローズティーの思い出”を話したかったのでござ~ますわねぇ~。。。

いけませんか?

白けてしまいましたわァ~。。。


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ですってぇ~。。。
あなただって白けたでしょう!?

ところで、時代劇も結構でございますけれど
あたくしは格調高い色っぽいお話が好きなのですわァ。
それで『源氏物語』にハマッてしまったのでござ~ますう。

古代にも いろいろな不思議なお話がございますわァ。
お時間があったら、古代の人の不思議なお話も 探求してくださいませぇ。

平安史、古代史の記事を用意しましたわァ。
ぜひ お読みくださいまし。
では。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。


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ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。



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『オルフェと聖徳太子』

『寅さんの本棚』

『平成の紫式部』

『心にしみるウンチ』

『念願のトップページへ』

『愛とロマンの昔話』

『愛とロマンのアクセス解析』

『兄妹の恋のつづき』

『源氏物語エロいの?』

『酒が行って着物目変境』

『日本は外人に乗っ取られたの?』

『ん?ヒトラーはベジタリアン?』

『ふるさとの選挙と黒い霧』


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『ハマグリにハマる』

『ハマグリの誘惑』

『ハマグリの足跡を追って』

『芭蕉と遊女』

『光源氏もビックリ』

『エロエロ源氏物語』

『悲痛の紫式部』

『卑弥子のえっち』

『白妙の和歌を探して』

『キーワード診断』

『紅のボート難民』

『ん?ネトウヨ』


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『下衆のかんぐり』

『桓武天皇のママがネットで』

『ござが天皇とGOOGLE』

『エロ 建礼門院』

『一敗が三人に!』

『行田の黒い霧をはらう』

『ペルシャ人が飛鳥に』

『小柴垣草子』

『後白河上皇ダントツ』

『ブスと美人』

『エロい話が好き?』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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イタリアのベーグルとサルサ

2015年7月29日

 

イタリアのベーグルとサルサ

 


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今日はイタリアのベーグルを

食べましたよ! きゃははははは…


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FROM: barclay1720@aol.com
TO: mayumi2525@yahoo.co.jp
Sunday, July 19, 2015 9:40 PM

今日も素晴らしい一日でした。
雲一つなく晴れ渡っていました。

朝、ロブソンストリートを歩いていると、
Breka Bakery & Cafe の四つ角のところで
ルンルン気分で踊りを踊っている20歳代のカナダ人の女の子がいるのに
ちょっとギョッとしましたよ。


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よく見ると、ケイタイからヘッドフォーンをつけてルンルンな音楽を聴いているのですよ。
天気もいいし、踊りたくなるようなリズムが、耳の中でガンガンと響いていたのでしょうんね。

ヘッドフォーンで音楽を聴いていなかったら、
まるで、精神病院から逃げ出してきたのじゃないか!?
。。。そう思われても仕方がないような踊り方なのですよ。

もう、本人は、周りの人など気にならないらしくて、ルンルン気分で一人で夢中で踊っているのです。
“踊る阿呆に見る阿呆! 同じ阿呆なら踊りゃにゃ損、損。。。”という阿波踊りの歌の文句を思い出して
僕も、彼女のところに行って、一緒に手をつないで踊ったのですよ! (爆笑)

(そんなわけないよねぇ~。。。 それは冗談です。)

でも、踊りを踊っていた女の子がいたのは事実ですよ! (信じてね。)

。。。で、踊りで思い出したけれど、
今日は日曜日で、ロブソン・スクウェアで3時から7時まで“サルサ(salsa)”という踊りを踊るのですよ。
参加無料で誰でも参加できるのです。


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そばを通ると、音楽がガンガン聞こえてきました。
たくさんの人たちが踊っていました。
気温は29度でした。

僕は大学時代に社交ダンスにハマッたことがあるのです。
だから、ルンバ、ジルバ、ワルツ。。。など、けっこう踊れるのですよ。 (マジで。。。!)

真由美ちゃんが、今度の日曜日にバンクーバー図書館にやって来ることがあったら、
“サルサ(salsa)”を踊りましょうね。 (マジで。。。!)

。。。で、今日は日曜だから図書館は6時に閉館です。
残念ながら、今日も Vicky を見かけませんでした。


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けっこう、がっしりとした体格をしているけれど、本人は病弱だと言っていたからね。
この1週間ばかり、例年になく暑い日が続いたのですよ。
だから、熱射病にでもなったのではないだろうか?

とにかく、ここ2週間ばかり姿を見かけないのです。
夏バテで寝込んでいるのではないだろうか?
もし時間があったら、Vicky の様子を見てきてください。

ところで、話は違いますが、食料が底をついたので、
すぐそこの 安売りのジョーのスーパーマーケットで食料を買い込んだのですよ。

珍しくベーグルが棚に並んでいたのです。
4個で1ドルのベーグルがずらりと並んでいたのですよ。

でも、どれもwholewheat のベーグルのようでした。
その中で一つだけ whitewheat のベーグルがあったのです。
7月19日が賞味期限の最終日だったので半額になってました。
見ると、イタリアのベーグルらしい。

4つで 340グラム。
これは半額で1ドル50セントでした。

ちょっと小ぶりで、真由美ちゃんが作ったのとよく似ているのです。
柔らかめで、決して固い感じではない。
味も、まろやかで甘みがある。

トロントのパン屋さんで作られたものです。
真由美ちゃんのために、URL を貼り出しますねぇ~。。。


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『トロントのベーグル屋さん』

上の写真を見てください。
パッケージにイタリアの国旗が貼り付けてあります。

レセピも書いてありますよ。
真由美ちゃんがベーグルを作るときの参考になるでしょう!

今日の記事は『わたしを見つけて』という めれんげさんの即興の愛の詩を紹介したものです。


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『わたしを見つけて』

楽しみながら読めると思うので、
真由美ちゃんも是非 リンクをクリックして読んでみてね。

あまり働きすぎにならないように、休日には、骨休みしてください。
そして、時には、ルンルン気分で 命の洗濯をしてね。

そういうわけで、日曜日に時間があったら、“サルサ(salsa)”を踊りましょう。

とにかく、体調管理に気をつけて、
ルンルン気分で、元気に毎日を送ってください。
じゃあねぇ~。。。


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バイバ~♪~イ


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デンマンさん。。。 “イタリアのベーグル”を食べたのですか?

そうですよ。

イタリアのベーグルってぇ、聞いたことがありませんわ。

実は、僕もちょっと意外でしたよ。 ベーグルと言えば、東ヨーロッパが起源だと思っていましたからね。。。 そこから移民でやってきたユダヤ人がニューヨークやカナダのモントリオールに住み着いて ベーグルを広めたと僕は思い込んでいたのですよ。

私も、そうだと思っていましたわ。

でもねぇ~、ちょっと調べたら、起源はイタリアかもしれないと書いてありましたよ。

ベーグルの起源

ベーグルは中央ヨーロッパ、おそらくはポーランドで発祥した。

この形や製法はポーランドで確立したとみられているが、もとは中世の古い時代に南ドイツからユダヤ人がポーランドに製法を持ち込んだプレッツェルから着想を得たものと推測する研究者がいる。


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ただしプレッツェルそのものも起源は古代ローマの南イタリアだとも、それ以前の大昔に東西ヨーロッパに広がっていた古代ケルト文化だとも、さらにそれをさかのぼると東ヨーロッパに興ったのち中国西部(東トルキスタン)に定住したウイグル族の祖先のインド・ヨーロッパ語族の民族トハラ人だとも言われ、厳密にこういったシンプルなパンの起源を遡ればきりがない。


出典: 「ベーグル」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ベーグルの製法がプレッツェルから着想を得たという研究者もいるのですよ。 そうだとすれば、プレッツェルそのものも起源は古代ローマの南イタリアだから、イタリアでベーグルが作られたとしても不思議ではないのですよ。

でも、今まで、イタリアのベーグルってぇ、マジで聞いたことがありませんでしたわ。。。 だから、もちろん 私はまだ食べたことがないのですけれど、どんな味わいでしたァ~?

あのねぇ~、ユダヤ人が作る本場のベーグルと比べると、一回り小さめで、それに、幾分 柔らかい感触ですよ。 味は、ちょっと甘い感じが舌に残ります。 どちらかと言えば、真由美ちゃんが作るベーグルに似ていますよ。

じゃあ、今度、ダウンタウンに行ったら、ジョーのスーパーマーケットに立ち寄って ココナッツパンと一緒にイタリアのベーグルも買って食べてみますわ。


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そうしてください。。。 真由美ちゃんがベーグルを作るのに参考になると思いますよ。


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ところで、デンマンさんは学生時代に社交ダンスにハマっていたのですか?

そうなのですよ。。。 僕が大学2年生の時に同じクラスの小川君のガールフレンドの恵子さんが仙台の尚絅女学院短期大学(現在の尚絅学院大学)の1年生だったのです。 その縁で、僕のクラスと恵子さんのクラスで、合同のダンス講習会をやろうということになったのです。 その事は後で知ったことなのだけれど。。。、とにかく、僕はその講習会に参加したのですよ。

つまり、それまでデンマンさんは社交ダンスをしたことがなかったのですか?

もちろん、したことがなかった。 なぜなら、高校は埼玉県立熊谷高校という男子校でしたからねぇ~、“質実剛健”が学校の気風だったから、社交ダンス部とか、社交ダンス愛好会なんていう“ナンパな”クラブはありませんでしたよ。 (微笑)

。。。で、大学に入ってから、デンマンさんは“ナンパな”社交ダンスに興味を持ったのですか?

あのねぇ~、僕は工学部だったから、女の子が実に少なかったのですよ。。。 実際、僕が卒業するまで僕のクラスにも研究室にも女性は一人もいませんでした。

要するに、女性と出会う機会がなかったので、社交ダンスの合同講習会が開かれるというので、その機会を利用してナンパしようとしたのですか?

やだなあああァ~。。。 そのように飛躍したことを言わないでくださいねぇ~。。。 ナンパしようという下心はなかったけれど、女性とダンスするということは、僕にとっては“必須科目”なのですよ。

あらっ。。。 それは、どういうわけで。。。?

僕はその頃から、海外に出ようという気持ちがありましたからね。。。 アメリカ、カナダ、オーストラリア、イギリス。。。 将来、この4ヶ国のうちのどれかに移住しようと考え始めていたのですよ。。。 つまり、この4カ国に行けば、当然のことだけれど、パーティーでダンスする機会があると思いましたからねぇ~。。。 しかも、僕は当時、フレッド・アステアとジンジャー・ロジャーズ(Fred Astaire & Ginger Rogers)の映画にハマッていたのですよ。


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フレッド・アステアを目指して社交ダンスを習得しようとしたのですか?

そうですよ。。。で、面白いエピソードがあるのです。。。 合同講習会には男女合わせて80人ぐらいが参加しました。。。 先生は40歳ぐらいの男性で、小柄で、見てくれは悪かったけれど、踊るのを見れば、僕の目にもプロのダンサーのように見えました。。。 一通りステップを教えてから、“では、皆さん、パートナーと組んで踊ってみましょう”ということになったのですよ。

どのようにしてパートナーを見つけたのですか?

早い者勝ちでしたよ。 100人が入れるホールで、男性と女性が分かれて向かい合ったわけです。 それで先生が“男性は気に入った女性をパートナーに選んでください”と言ったものだから、僕は真っ先に一番きれいで可愛い女性のところに行って、“お願いします”と言って手をとったのですよ。

マジで。。。?

さっき言ったとおり、僕にとっては遊びではありませんでしたからねぇ~。。。 “必須科目”ですよ。。。 だから、真剣でしたねぇ~。。。 どうせ踊るなら、きれいで可愛い女性がいい!と思いましたから。。。 でもねぇ~、他の男子学生は、にやけて煮え切らなくて、モタモタしていたのですよ。。。 僕が一人だけ真っ先に女性陣の中に入って行ったものだから、“アイツは恥知らずの馬鹿か!?”というような声にならない視線を感じましたよ。 (微笑)

そうでしょうねぇ~。。。 それでデンマンさんのお相手の女性の反応は。。。?

ビックリしたのでしょうね。。。 僕が手を取ったら、感電したように、ビビッてましたよ。。。 彼女の手の震えが僕の手にもはっきりと感じ取れました。

それは、もしかして拒否反応じゃなかったのですかァ~? うふふふふふ。。。

やだなあああァ~。。。 違いますよう。。。 驚きと感動の震えだと思うのですよ。。。 あとで知ったのだけれど、その女性が、小川君のガールフレンドの恵子さんだったのですよ。。。 “オマエ、俺の彼女をナンパしないでくれよなァ~!”と釘を刺されましたよ。 (爆笑)

。。。で、デンマンさんは諦めてしまったのですか?

いや。。。 恵子さんが気を利かせて、もっときれいで可愛い順子さんを紹介してくれました。 (微笑)


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マジで。。。?

“残り物には福がある”と昔の人は言いましたからね。。。

その譬(たとえ)は、この場合、当てはまらないのじゃありませんかァ~? 

とにかく、そういうわけで、僕はワルツ、ルンバ、ジルバ、タンゴ、。。。 を一通り習ったわけです。

サルサ(salsa)も習ったのですか?

いや。。。 日本にいる時には、聞いたことがない名前でした。 でもねぇ~、ロブソンスクウェアで踊っているのを見ていたら、日本で言う“ジルバ”とほとんど変わりがありませんよ。


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どうですか、真由美ちゃん。。。? 上のビデオクリップを見たら、踊ってみようという気持ちになったでしょう?

そうですわねぇ~。。。 でも、心配ですわ。

何が心配なのですか?

デンマンさんは、しばらく社交ダンスを踊ったことがないのでしょう?

考えてみたら、この5年ほど踊ってないですよ。

私と踊って心臓麻痺でも起こされたら、なんだか責任を感じてしまいますわァ~。

あのねぇ~。。。 毎日1時間かけてルンルン気分で歩いているのですよ。。。 心臓は鍛えてあるから大丈夫です!


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【真由美の独り言】


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ですってぇ~。。。
あなたは社交ダンスはできますか?

かつて、日本で『Shall We Dance?』という映画がありましたよね。


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男性が日本で社交ダンスを習うというのは、なんとなく抵抗があるようですよね。

上の映画にも、主人公の男性が、社交ダンス教室に入るのに
かなり迷っています。
そのようなシーンが出てきます。

でも、踊っているのを見ると楽しそうですよね。
私も試してみようと思います。
なんでも経験ですから。。。

ところで、私は小さい頃の夢が叶ってバンクーバーにやって来ました。


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現在、移住を目指して頑張っているところです。

幸運にも、ボランティアでカーネギーセンターのキッチンで働くことができました。

でも、これは無報酬のお仕事です。


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お給料をもらいながらパン職人、ベーグル職人、
あるいは調理師として働くためには、
どうしても語学ができないと駄目です。

私も一応、そのために日本で英会話を勉強しましたが、
実際にバンクーバーにやって来てみると、
私の英会話の能力では、
面接の受け答えには不十分だということが実感できました。

もし、あなたが、カナダ移住を目指しているならば、
ぜひ、語学力をしっかりと身につけてから、渡航してくださいねぇ。

どの程度の語学力が必要なの?
あなたは、そのような疑問を持つかも知れません。

それは、カナダ大使館のウェブサイトを見れば解るはずです。

私は、残念ながら 渡航する前に、語学力のことを充分に調べませんでした。
現地の人とコミュニケーションが充分にとれないと、
大きなハンディーを 最初から背負うことになります。

とにかく、語学力が大切だという事を身にしみて理解することができました。

ところで、あなたはバンクーバーに行ったことがありますか?
とっても素敵な街ですよ。


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世界で最も住みやすい街バンクーバー


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ビデオを見ても、なんだかワクワクしてくるでしょう?

卑弥子さんも バンクーバーにやって来たことがあります。
2008年の元旦の2週間ほど前に来たということです。
クリスマスをバンクバーで過ごして、
それから元旦の“Polar Bear Swim (寒中水泳)”に参加したのですってぇ~。。。


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上のビデオを見ると、まるで真夏のようでしょう?
ところが気温は2度ぐらいだったそうです。 
水の中の方が暖かかったとか。。。

とにかく、バンクーバーには面白い人たちがたくさん居ますゥ。
あなたも、お暇と お金の余裕があったらぜひ出かけてみてください。

デンマンさんが、また興味深い、面白い記事を書くと思います。
だから、どうか、あなたも またやって来てくださいねぇ~~。
では。。。


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If you’ve got some time,

Please read one of the following artciles:



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“My Name is Mayumi”

“Mayumi’s Bagels”

“Mozzarell & smoked chicken

Bagel Sandwich”

“Bagels@Granville Island”

“Matcha Bagels”

“Scones & Puddings”

“Lox and Bagels”

“Oyster Bagel Sandwich”


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“ついに会えました”

“お天道様が見てます”

『真由美ちゃんのカナダ移住』

『真由美ちゃんのカナダ就活』

『ロマンと夢が広がる』

『カナダ就活と英語』

『カナダへの履歴書』

『真由美ちゃんの夢とベーグル』

『真由美ちゃんの命の力』

『迷い、決断、そして行動』

『夢と希望の光』

『下着女装に負けない真由美ちゃん』

『真由美ちゃんの就活面接』

『真由美ちゃんのリクエスト』

『真由美ちゃん@とんでん』

『バンクーバーで面接』

『海外で面接』

『真由美ちゃん、読まれてるよ』

『真由美ちゃん@面接英会話』

『真由美ちゃん@教会』

『真由美ちゃん@バンクーバー渡航』

『真由美ちゃん@バンクーバー』

『心温まるスープ』

『大切な第一印象』


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『サンタ マユミちゃん』

『お汁粉@海外』

『お汁粉@カナダ』

『支払いでトラブル』

『風邪で甘えてる場合じゃねぇ~!』

『バレンタインのお菓子』

『結婚、仕事、人生』

『命の力だね』

『英語と真由美ちゃん』

『海外に目を向ける』

『カーネギーホールじゃないよ』

『やる気があれば道は開ける』


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『ニャンニャンと人生』

『ピラミス@美術館』

『夢のバンクーバー』

『バンクーバーの屋上で』

『オランダ移住』

『カナダ移住の夢』

『ディープコーヴ』

『浴衣のバンクーバー』

『黒豚テリマヨ』


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昭和の表象空間

2015年6月17日

 

昭和の表象空間

 


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デンマンさん。。。なんだか難しいタイトルを書きましたわねぇ~。。。 もしかして、タイトルだけ場違いなモノにして、またバレンタインのことを書くのではないでしょうねぇ~。。。


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いや。。。 いくらなんでも、バレンタインの事を続けざまに書くのは、僕もうんざりしますからねぇ~。。。 今日はバレンタインの話ではありませんよ。

それにしても、難しい。。。 なんだか文学部の卒論のようなテーマですわねぇ~。。。 どういうわけで、上のようなタイトルを付けたのですか?

あのねぇ~、夕べ本を読んでいたら次の箇所にぶち当たったのですよ。


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加藤(周一)氏によれば、「日本文化の中で『時間』の典型的な表象は、一種の現実主義である。

現在または『今』の出来事の意味は、それ自身で完結していて、その意味を汲み尽くすのに過去または未来の出来事との関係を明示する必要がない」(『日本文化における時間と空間』)。

実際、加藤氏の言う通り、『枕草子』も『徒然草』も『玉勝間』も「現在」にしか関心を抱いていないわけで、「今の武蔵野」に対する(国木田)独歩の執着は、結局、そうした随筆文学の系譜の末端にきわめて居心地良くその位置を得て、そこから逸脱するいかなる出来事性も孕んでいない保守的にして伝統的な心的態勢にすぎないように思われる。

「日本では人々が『今=ここ』に生きているようにみえる」と加藤氏の言う、その「今・ここ」を、福地桜痴は「情報」の発信と受信の相互作用のゲームとして組織したのだし、国木田独歩は「今の武蔵野」とそれを描写しつつある「今の自分自身」との完璧な同期・同調として叙述したのである。


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  国木田独歩

「今・ここ」への焦点化に関わる近代文学の試みとして、これより興味深いのはむしろ、名前を持った登場人物のドラマが希薄ながらも素描されているという意味ではむしろ「武蔵野」より物語的な「忘れえぬ人々」(『国民之友』明治31年4月発表)の場合であろう。

溝口の旅籠屋で偶然同宿の客になった「大津」と「秋山」の対話という形式をとるこの短編小説の眼目をなすのは、過去に出会った「忘れえぬ人々」をめぐって展開される「大津」の回想である。

「恩愛の契(ちぎり)もなければ義理もない、ほんの赤の他人であって、本来をいふと忘れて了つたところで人情をも義理をも欠かない」が、にもかかわらず「終(つい)に忘れて了ふことの出来ない人」というものがいるのだと「大津」は言う。

たとえば、「19の歳の春の半頃(なかごろ)」帰郷のために瀬戸内海を航行する汽船に乗っていたとき船上から目撃した、小さな島の磯で「何か頻りに拾つては籠か桶かに入れてゐ」た男。

また、「今から5年ばかり以前」に二人連れの旅の途次、阿蘇の裾野の道で橋の欄干に凭れて休んでいたとき、馬の手綱を引き馬子唄を歌いながら彼らの方を見向きもせずに通り過ぎていった若者。

これらは、記憶の中に頑なに滞留し続けるある特権的な「今・ここ」の表現にほかならない。

そこで重要なのは、その特権性を正当化するものが何一つないという点である。

或る時・或る場所でたまたま立ち会ったどうでもよい(フランス語で言えばquelconqueな)瞬間としての「今・ここ」が、何の理由もないまま「忘れえぬ」体験として結晶する。

それを言葉で表現したものが自分にとっての文学なのだと「大津」は—すなわち独歩は—主張しているかのようだ。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


633-634 『明治の表象空間』
著者: 松浦寿輝
2014年5月30日 発行
発行所: 株式会社新潮社

なるほどォ~。。。 デンマンさんが読んだ本のタイトルが『明治の表象空間』だったので、それを捩(もじ)って“昭和の表象空間”としたのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。

。。。で、赤字で強調した所に、デンマンさんは惹かれたのですか?

その通りですよ。。。 小百合さんにも、「恩愛の契(ちぎり)もなければ義理もない、ほんの赤の他人であって、本来をいふと忘れて了つたところで人情をも義理をも欠かない」が、にもかかわらず「終(つい)に忘れて了ふことの出来ない人」がいるでしょう?

そうですわねぇ~。。。

どうですか?。。。 すぐに思い浮かぶような人がいますか?

ええ。。。 そう言われてみると、私にもそういう印象深く 思い出の中に刻み込まれた人というのがいますわ。

どういう人ですか?

かつて デンマンさんにメールで書いたことがありましたわ。 覚えているかしら?


(sayuri5.gif)

美味しかったです

投稿日時: 2007-11-29 10:13AM

デンマンさんが帰国する前日(11月10日)、お会いしましたが
忙しかったのですね。
あれから デンマンさんにいただいた
フライマップ“を見て
お薦めの「かどや」に寄りました。


(frymap02.png)

『実際のマップ』

夕方だったので お酒をのんでいる人がいて二人。
でも私はきどってないので、その方達と話しながら、
やきそば、ゼリーフライ、
それに、とってもでかい行田のフライを食べました。
あの日もずっと移動でお腹が空いて速く食べたくて 食べたくて。。。

2人のおじさんは 私が地元の人でないと分かると、
すぐ館林と当てました。
学校も。

正田美智子さんの話や花山のことや
分福茶釜のことも飛び出しました。
私はあんな20分位の時間を一生忘れない思い出にしてしまいました。

いつも病院通いです。
移動してばかりいます。
最近の私には楽しいことさえ無く、おいしい物さえ食べてなく
ただ息してました。


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美味しかったです。
特にゼリーフライ(2枚)

なんなんなん?
と思うぐらい不思議なものでした。

コロッケでもなく もちでもなく、
パン粉がついてないのでパクパクと食べられました。

ゼリーといっていいかもしれない。
熱いくず粉のソース味のゼリーでした。 
原料は葛ではないだろうけど感触が私には葛に似ていた。

カラシ付けて食べるお肉のシュウマイでなく、
葛のような色が透明で玉ねぎ味のソースを付けて食べるシュウマイを
デンマンさんは知ってますか? 
おまえ 何でできてるの?といつも不思議です。


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お肉のシュウマイは3個でご馳走様だけど
あれは6個ぐらい 食べられます。

スーパーボウルのように透明で、子供のおもちゃのような、
食堂の入り口に飾ってある食べられないサンプル商品のように
かじったら、口のなか ろうそくの味になってしまいそう。

カナダには無いと思う。
あのシュウマイの次に不思議な食べ物でした。
。。。というか 物体でした。
行田のフライも大きくて色からして物体でした。


(gyoudafry3.gif)

焼きそばは鉄板の味がして
自分が作る物とは違い、屋台の味です。
お腹きつくなって、あの日実家に泊まったのでご飯も作る気もなく
「かどや」で夕飯を済ませました。

こんな コメントでデンマンさん がっかり?
おいしい アツアツの物体でした。  

 

by 小百合


(sayuri3.gif)


『愛しい人』より
(2008年11月14日)

ほおおォ~。。。 小百合さんにも「恩愛の契(ちぎり)もなければ義理もない、ほんの赤の他人であって、本来をいふと忘れて了つたところで人情をも義理をも欠かない」が、にもかかわらず「終(つい)に忘れて了ふことの出来ない人」がいるのですねぇ~。。。

そうですわねぇ~。。。 たった20分の出会いでしたけれど、なぜか私のオツムに焼きついた印象深い思い出ですわァ~。。。で、デンマンさんの場合は。。。?

あのねぇ~、僕の場合は、現実の人々ではないのですよ。

。。。ということは夢の中の人とか。。。 あるいは、悪夢の中に出てきた怖い人だとか。。。?

いや。。。 夢の中の話ではありません。。。 実は映画の中に出てきた怪獣のシーンですよ。


(gozila2.jpg)


(gozila3.jpg)

あらっ。。。 これはゴジラがお城を壊しているところですか?

そうなのですよ。。。 ゴジラが大阪城を壊しているシーンなのですよ。

デンマンさんは意外に子供っぽいところがあるのですわねぇ~?。。。 このシーンが忘れられない思い出なのですかァ~?

あのねぇ~。。。 僕がまだ4つか5つの頃の話ですよ。。。 現在の秩父鉄道・行田市駅のすぐそばに“中央映画館”というのがあったのです。 


(ekimae02.jpg)

上の写真は現在の行田市駅前だけれど、昔の面影は全くなくなってしまいました。 この写真の向かって右の方に“中央映画館”があったのですよ。 当時は“大正座”と“忍館(しのぶかん)”と、この“中央映画館”の3つがあった。。。 昭和30年代の話です。。。


(always02.jpg)

この『3丁目の夕日』の頃ですよ。。。 ゴジラの第1作目ができたのが この10年前の1954年。。。 


(gozila5.jpg)

オヤジが僕を連れて“中央映画館”へ“ゴジラ”を観に行ったのです。

デンマンさんが「“ゴジラ”を観たい!」とねだって お父さんと一緒に見に行ったのですか?

いや。。。 僕はまだ新聞も読めないし、当時はテレビもなかった。 僕の家にテレビが入ったのは小学校3年生の時でしたからねぇ。。。 だから、“ゴジラ”なんてぇ全く知りませんでしたよ。

つまり、デンマンさんのお父さんが観たかったのですわねぇ~? うふふふふふ。。。

そうなのですよ。。。 一人で観に行くのが恥ずかしかったのでしょうねぇ~。。。 僕をダシにして観に行ったと思うのですよ。。。 そういうわけだから、僕は初めて怪獣映画を見て、強烈なイメージがオツムに焼きついたのです。

それが、ゴジラが大阪城を壊しているシーンなのですか?

そうなのです。。。 実は、1ヶ月ほど前の 5月23日にバンクーバー市立図書館で DVD を借りて 2014年に作られたアメリカの“ゴジラ”を観たのです。


(lib50616b.png)

『実際のカタログページ』

観終えたあとで上の赤枠で囲んだコメントを書き込んだのですか?

そうです。。。

1954年に作られた日本映画の方が良かったと書いてありますわねぇ。。。

そうです。。。 2014年のアメリカの“ゴジラ”の予告編を貼り出しますから、小百合さんもちょっと見てください。


(gozila6.jpg)

けっこう面白そうじゃありませんか。。。

でもねぇ~、ゴジラ以外の変な怪獣が出てくるのですよ。。。 ゴジラだけにして欲しかったのですよ。。。 余計な怪獣は見たくない。

。。。で、デンマンさんは 子供の頃に観た 1954年の日本映画も観たのですか?

そうなのです。。。 バンクーバー図書館にあるだろうか?。。。 そう思って探してみたら あったのですよう。 


(lib50616a.png)

『実際のカタログページ』

上の パッケージには2本の DVD が入っていたのですか?

そうです。 DVD 1 には1954年の日本映画。。。 DVD 2 には 1956年に制作されたアメリカ版の“ゴジラ”が入っているのですよ。 アメリカ版のゴジラの予告編があるので観てください。


(gozila7.jpg)

デンマンさんも好きですわねぇ~。。。 うふふふふふ。。。 ネットで上の YouTube のクリップを見つけ出したのですか?

そうです。。。 いけませんか?

いいえ。。。 別に、デンマンさんが怪獣にハマッていてもかまいませんけれど。。。

いや。。。 僕は怪獣映画にハマっているわけじゃないのですよ。。。 実は、カナダにやって来てから、怪獣映画を観たのは“ゴジラ”が初めてなのです。

どうしてゴジラを観る気になったのですか?

だから、大阪城をゴジラが壊すシーンを、もう一度観たいと思ったわけですよ。。。 とにかく、4歳か5歳の頃に見た 特に印象的にオツムに焼きついたシーンでしたからねぇ~。。。 20年経っても、30年経っても記憶に鮮明に残っていて色あせてない。

。。。で、そのシーンを確認できたのですかァ~?

それがねぇ~、どちらのゴジラを観ても大阪城のシーンが出てこないのですよ。


(gozila2.jpg)


(gozila3.jpg)

デンマンさんは他の映画で見たシーンを 1954年のゴジラ映画で見たと思い込んでしまったのではありませんか?

いや。。。 決してそんなことはないはずです。。。 怪獣映画といえば、他には、子供の頃に“ザ・ピーナツ”が出た“モスラ”しか観たことがありませんからねぇ~。。。 


(mosura02.jpg)

大阪城がゴジラに破壊されるシーンは 1954年に作られた“ゴジラ”に間違いがないはずですよ。

でも、思い違いということもあるでしょう?。。 デンマンさんは思い込みが激しい人ですから。。。 うふふふふふ。。。

たぶん、小百合さんがそう言うだろうと思って、念のために調べてみましたよ。。。 ちょっと次のウィキペディアのページを見てください。


(wik50616a.png)

『実際のページ』

なんと大阪城が破壊されるのは第1作目の“ゴジラ”じゃなくて 1955年に作られた第2作目の“ゴジラの逆襲”なのですよ。

つまり、デンマンさんのお父さんは第1作目が人気が出たので、第2作目は見逃さないようにとデンマンさんを連れて観に行ったのですわねぇ~。。。

どうやら、そうらしいですよう。。。


(laugh16.gif)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。
デンマンさんが映画にハマっているのは、どうやら子供の頃に観た映画の影響のようでござ~♪~ますわァ。

とにかく、お母様の背中におんぶされて観た映画を覚えているのですってぇ~。。。
その映画とは、なんと“愛染かつら”ですってぇ~。。。
信じられますか?

興味のある方は次のリンクをクリックして読んでみてくださいませぇ。


(onbu15.gif)

『おんぶされて観た映画』

ところで、話はガラッと変わりますけれど、あたくしは最近 人気が出てきたのですわよう!
あなたは、信じられないでしょう?!

じゃあ、次の検索結果を見てくださいましなァ~。。。


(gog50104a.png)

『現時点での検索結果』

あたくしの熱烈なファンが上のようにして検索したのですう。
ご覧のようにトップに、あたくしの「卑弥子さんの下着姿」が出てくるのですわよう。
うふふふふふ。。。


(himiko32.jpg)

この写真いかがでしょうか?
けっこうイケテルと思いませんかァ~♪~?

ええっ。。。? やっぱり、小百合さんの「おばさんパンツ姿」の方がいいのでござ~ますか?


(sayuri31.jpg)

んもおおおォ~。。。
そのような事を言わないでくださいましなァ~。

ところで、どうして小百合さんが「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれるのか?
あなたは ご存知でござ~♪~ますかァ?

実は簡単な事なのですわよう。
小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。
小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。
分からない事ではござ~ませんわァ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。
現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


(suikyu9.jpg)

それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。
だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ~~。


(hand.gif)

メチャ面白い、

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