Posts Tagged ‘断琴’

結婚するの?しないの?

2016年6月27日

 

結婚するの?しないの?

 


(wed001.jpg)


(question.gif)


(merange12.jpg)

デンマンさん。。。 どういうわけで わたしを呼び出して結婚のことを訊きはるのォ~?


(kato3.gif)

そやから、めれちゃんが 結婚するのか?しないのかァ~?。。。それが気になるさかいに、こうして呼び出したのやないかいなァ~。。。

そやけど、あんさんには全く関係あらへんことやん。。。

めれちゃん。。。 そないな えげつない事を言わんで欲しいねん。。。 めれちゃんとわては ネットで10年以上の付き合いなのやでぇ~。。。 めれちゃんが結婚するのか? それとも結婚せんで一生独身で通す気ぃなのかァ~。。。? 当然、わてにも関係するのやがなァ~。。。

どないにぃ~。。。?

めれちゃんが結婚して 家庭に入ると、これまでのように気楽に呼び出すこともできへん。。。

そないなことはあらへん。。。 あんさんは わたしが結婚しようが、独身でいようが、そないな事にかまわずに、わたしを呼び出したい時に呼び出すねん。

めれちゃんは、そないに思い込んでおるのんかァ~。。。?

そうですう。。。 そないなことより、ホンマは、どないなつもりで上のようなタイトルにしやはったん?

実は、わての Denman Blog でアクセス解析しておったら次のようなリストに出くわしたのやがなァ~。。。


(wp60624a.png)

これは6月24日の「人気記事リスト」やねん。。。 この日、249人のネット市民の皆様が Denman Blog にやって来たのやでぇ~。。。 その内 147人のネット市民が、つまり、半分以上のネット市民が次の記事を読んだのやがなァ~。。。


(hara16.jpg)

『結婚するか?独身で通すか?』

あらっ。。。 あんさんのアイドルの原節子さんやないのォ~。。。!?

めれちゃんは、よう知ってるなあああァ~。。。

そやけど、原節子さんは、残念ながら去年の9月5日に肺炎のため神奈川県内の病院で95歳の生涯を閉じはりましてん。。。

原節子


(hara112.jpg)

(1920年6月17日 – 2015年9月5日)

「永遠の処女」と呼ばれ、戦前から戦後にかけて活動し、日本映画の黄金時代を体現した。
代表作に『わが青春に悔なし』、『青い山脈』、『めし』、『東京物語』などがある。

1963年に女優業を引退し、2015年に死去するまで隠遁生活を送っていた。

2000年に発表された『キネマ旬報』の「20世紀の映画スター・女優編」で日本女優の第1位に輝いた。

1963年12月12日、小津監督が東京医科歯科大学附属病院で没し(その日は小津監督の還暦の誕生日だった)、その通夜に出席したのを最後に原は女優業を事実上引退し、以降表舞台には一切姿を見せなくなった。
晩年の原は鎌倉市で親戚と暮らしているとされた。

高橋治は原が「小津の死に殉じるかのように」公的な場から身を引いたと表現している。

当時、その理由として「畳の上での芝居がしづらくなったから」と岡田茉莉子に語っている。

小津安二郎監督は「一時世間から美貌がわざわいして演技が大変まずいというひどい噂をたてられたこともあるが、僕はむしろ世間で巧いといわれている俳優こそまずくて彼女の方がはるかに巧いとすら思っている」とし、1951年には「原節子ほど理解が深くてうまい演技をする女優は珍しい。『原節子は大根だ』と評するのはむしろ監督が大根に気づかぬ自分の不明を露呈するようなものだ。実際、お世辞抜きにして、日本の映画女優としては最高だと私は思っている」とも語っている。

現役女優の頃は美貌のトップ女優で、その早い引退と引退後の完全な隠遁生活、生涯独身を貫いたことなども同じことから『日本のグレタ・ガルボ』と言われている。

原と同様、小津作品に多数出演した俳優の笠智衆は著書『大船日記』で「原さんは、きれいなだけじゃなく、演技も上手でした。ほとんどNGも出しません。めったなことでは俳優を褒めなかった小津先生が、『あの子はウマいね』とおっしゃっていたのですから、相当なもんです」
「普段はおっとりとして、気取らない方でした。美人に似合わずザックバランなところもありました。撮影の合間に、大きな口を開けて『アハハ』と笑っとられたことを覚えています」と回想している。

原と共演したことがある女優の司葉子は原の一番の魅力を「清潔感」と指摘、「演技では出せない生地の魅力」としている。


出典: 「原節子」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

原節子さんは小津安二郎監督の死に殉じるかのように公的な場から身を引いた、と書いてありますけど、独身で通したのも、そのためやろかァ~。。。?

それは原節子さん本人に訊いてみないことには解らんことやけど、わては原さんが一番信頼していた映画監督は小津安二郎さんやと思うねん。

どないなわけで。。。?

小津安二郎監督が原節子さんの素晴らしさを一番理解していたと思うのやァ~。。。 「琴の緒を断つ」という故事があるのを めれちゃんも知ってるやろう? 断琴(だんきん)とか絶弦(ぜつげん)とも言われる故事やがなァ~。。。

琴の緒絶ゆ(ことのおたゆ)


(dankin12.jpg)

中国の春秋時代、琴の名人伯牙(はくが)が、友人の鍾子期(しょうしき)が死んだとき、もはや自分の琴を理解する者が居ないと言って琴の緒を絶ち、生涯琴を弾かなかったという。

「呂氏春秋」本味の故事から
親友・知己に死別するたとえ。

琴の緒を断つ。

伯牙断琴(はくがだんきん)

伯牙絶弦(はくがぜつげん)

上の説明を読めば めれちゃんにも分かるやろう?

つまり、原さんにとって自分を本当に理解してくれる人は小津監督しか居ないと思いつめたのやろかァ~?

そういうことやと わては思うでぇ~。。。

二人のどちらが欠けても駄目であった例は

小津と原以外にない。

映画界の中でも、そないに言う人がおるのやがなァ~。。。 つまり、原さんと小津監督が働く現場で感じ取っていた“銀幕の愛”は、信頼に育(はぐく)まれた愛の絆なのやがなァ~。。。

つまり、原節子さんはその“愛”に殉じて一生を独身で通しはったと あんさんは思うのォ~。。。?

わては、たぶんそうやないかなァ~。。。、と考えておるわけやァ~。。。

。。。で、『結婚するか?独身で通すか?』という記事は、Denman Blogでは よく読まれておるのォ~。。。?

その質問に答えるには、前日、つまり、6月23日の「人気記事リスト」を見て欲しい。。。


(wp60623a.png)

6月23日には『結婚するか?独身で通すか?』を読んだネット市民が一人もおらんのやねぇ~。。。

そういうことやがなァ~。。。 いつも『床上手な女の7つの見分け方』がダントツで読まれておるねん。


(kiss007.gif)

『床上手な女の7つの見分け方』

それやのに、6月24日には上の記事を追い越して『結婚するか?独身で通すか?』がダントツで読まれたのは、どないなわけやのォ~?

女子高か、あるいは女子大のクラスで“結婚するか?独身で通すか?”が討論の話題になったのやがなァ~。。。

その証拠でもあるのォ~。。。?

ちょっと次のリストを見て欲しいねん。


(wp60624b.png)

『拡大する』

これは6月24日の「リファラ (リンク元URL)」のリストやがなァ~。。。 見れば解るように Yahoo!の検索エンジンで検索してやって来たネット市民が 147人おるねん。。。 つまり、『結婚するか?独身で通すか?』を読んだネット市民の数と偶然にも一致するのやがなァ~。。。

その147人の人たちは、どのキーワードで検索してDenman Blogにやって来やはったん?

次の検索結果を見て欲しい。


(yah60626a.png)

『結婚するか?独身で通すか?』

『現時点での検索結果』

「結婚するか 独身で通すか」を入れてYahoo!で検索した結果やんかァ~。。。 498,000件ヒットするねん。。。 Denman Blogに掲載された『結婚するか?独身で通すか?』がトップから4番目に出てきよる。。。

つまり、女子高か?女子大のクラス? で討論しやはった生徒たちが 上のようにYahoo!で検索しやはったん?

アクセス解析の記録を見れば、そうとしか考えられへん。。。 ところで、めれちゃんは“結婚するの?しないの?”。。。

わたしは 結婚したい人が現れたら結婚するような気がするねん。。。 そやけど、わたしが、そう思うても、相手の男性が、そう思うてくれへんかったら結婚できへん。。。 (苦笑)

そういうことやなァ~。。。

あんさんは、わたしが結婚した方がええと思うてるん?

あのなァ~、実は夕べ、バンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次のようなことが書いてあったのやがなァ~。。。

性格が運命をつくる


(100sai.jpg)

芥川龍之介は、運命は性格の中にあると言った。
運命が性格をつくるんじゃない。
性格の中に運命はある。
近ごろほんとうだ、と思うようになった。
さまざまな境遇に遭ったけど、私の性格が自分の運命をつくったということはたしかですね。

ああいう運命だからあの人はああいう性格になった、と言うんじゃないのね。
性格というのはずいぶん先天的なもの、もって生まれちゃったもの。
運命は後天的でしょうね。

私はきょうだいがおおぜいいましたが、同じ父母で同じ境遇で育って、同じものを食べているのに、きょうだいみんなそれぞれちがった運命を歩んでいる。
同じ境遇にあっても運命は別だから、境遇が運命をつくっていない。

たとえば、小さいときに両親がうまくいかなくて、境遇が性格をつくるということもあるけれど、その性格の中で運命がつくられる、そう思った。
芥川さんの言うとおりだと思う。

性格が運命を拓(ひら)き、もって生まれた性格というものが、いい作用をするときにいい運命になって、悪いほうに働いてしまうと悪い結果をもたらす。
勘みたいなものですね。
勘がいい働き方をするときと、そうでないときがあるように。

自分の勘は、絶対まちがいないなんて、誰もそういうことは言えないけれど、ある種の勘というもので、人の運命が開いたり閉じたりすることはありますよね。
運命はだから性格の中にあるというのは、ほんとうにそう。
私にはそういうことが幾度か思いあたります。

努力することも性格。
性格というのは一切です。
だからあたりまえと言えばあたりまえ。
そういう性格の中で運命が決まっていくというのは、何も取り立てて言うほどのことではない。

私は、理性的なものを大事にして生きていかなけらばいけないと思っていて、理性を尊ぶ性格ではあるけれど、どうしてもおさまらない自分というものがいた。
それが私の性格で私は生きてきた。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


49-51 ページ 『百歳の力』
著者: 篠田桃紅
2015年7月13日 第8刷発行
発行所: 株式会社 集英社

この本を書いたのは、現在 103歳の篠田桃紅さんという水墨の抽象画を書く美術家なのやがなァ~。。。

篠田桃紅

本名:篠田 満洲子。
1913年(大正2年)3月28日生まれ。
日本の美術家。
映画監督の篠田正浩は従弟にあたる。

日本の租借地だった関東州大連に生まれる。
5歳頃から父に書の手ほどきを受ける。

その後、女学校時代以外はほとんど独学で書を学ぶ。
1950年から数年、書道芸術院に所属して前衛書の作家たちと交流を持つが、1956(昭和31)年に渡米。

抽象表現主義絵画が全盛期のニューヨークで、作品を制作する。
文字の決まり事を離れた新しい墨の造形を試み、その作品は水墨の抽象画=墨象と呼ばれる。
アメリカ滞在中、数回の個展を開き高い評価を得るが、乾いた気候が水墨に向かないと悟り、帰国。
以後は日本で制作し各国で作品を発表している。

和紙に、墨・金箔・銀箔・金泥・銀泥・朱泥といった日本画の画材を用い、限られた色彩で多様な表情を生み出す。
万葉集などを記した文字による制作も続けるが、墨象との線引きは難しい。
近年はリトグラフも手掛けている。

2014年5月、沼津市役所特別応接室に1966年に納入した壁画「泉」が、30年以上存在が忘れられた状態から再発見されたことが報じられた。


(100saib.jpg)

『拡大する』

2015年、『一〇三歳になってわかったこと』が45万部を超えるベストセラーになる。


出典: 「篠田桃紅」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

この篠田桃紅さんという老女は、自分では“ちょっと変わった人”ぐらいに思っておったようやけど、かなりユニークな人やねん。。。 この人の作品の良さが戦後 アメリカ人に認められて、それで昭和31年にアメリカに招かれたのやがなァ~。。。 当時、日本には外貨がなかったさかいに、外交官か商社員しか海外にはゆけんかった。。。 2ヶ月の予定が2年ほどアメリカで暮らすことになったのやがなァ~。。。

。。。で、篠田桃紅さんも原節子さんのように、ずっと独身やったのォ~。。。?

そういうことやがなァ~。。。 つまり、自分の性格が、そういう独身で生活する運命を導いたと言うわけやなァ~。。。

わたしの性格も、独身で暮らすように わたしを運命づけてるのやろかァ~。。。?

めれちゃんが結婚するにしても、独身で通すにしても、めれちゃんの性格しだいということやろなァ~。。。

でも、それってぇ~、何の答えにもなってえ~へんやんかァ~。。。

さよかァ~。。。?


(laugh16.gif)

【レンゲの独り言】


(manila07.gif)

ですってぇ~。。。

あたなは、どう思いますかァ~?

確かに、芸術家の方は、原節子さんにしろ、篠田桃紅さんにしろ、何かしら強い信念を持って生きているように感じられますよねぇ~。。。

それが、とりもなおさず その人の性格なのでしょう!?

ところで、あたしも めれんげさんと同様、まだ独身ですわァ~。。。

良い人が現われれば結婚しようと思いますが。。。相手のあることですから。。。 うふふふふふふ。。。

ところで、話は変わりますけれど、

かつて、めれんげさんの熱烈なファンがたくさんいたのでした。

でも、うっかり めれんげさんが会費を滞納したために、
サイトを削除されてしまったのですわ。

けれども、2013年の6月にライブドアで『即興の詩』サイトを再開しました。

めれんげさんの『即興の詩』サイト

再開して間もないのに 検索結果 3,960,000件中の 9位に躍り出るなんてすごいですよね。


(gog30703.gif)

『現時点での検索結果』

現在、めれんげさんは お休みしています。
でも、これからも、ブログを通して「愛のコラボ」を続けて欲しいですよねぇ~。。。

かつて めれんげさんの「即興の詩をはじめました!」の『極私的詩集』サイトは 次の検索結果で見るようにトップを占めていたのです。


(gog30928a.png)

でも、現在は、5位です。

また、ブログを更新して トップに返り咲いて欲しいものです。

ところで あなたは「どうしたら、上位に掲載されるのォ~?」と考えているかもしれません。

その秘訣を知りたかったらデンマンさんが面白い記事を書いていますわ。

次のリンクをクリックして読んでみてください。


(seo001.png)

『おばさんの下着に見るSEO』

話は変わりますけれど、めれんげさんは可愛い猫を飼っています。

あなたも、猫ちゃんを飼っていますか?

ええっ。。。 ワンワンちゃんを飼っているのですか?

そういえばデンマンさんが『ワンワンちゃん』という面白い記事を書いていました。

気が向いたら下のリンクをクリックして読んでみてください。


(dog202.jpg)

『ワンワンちゃん』

とにかく、次回も興味深い話題が続きます。

あなたもどうか、また読みに戻ってきてくださいね。

では、また。。。


(hand.gif)


(surfing9.gif)

メチャ面白い、

ためになる関連記事


(linger49.gif)


■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』

■ 『軽井沢タリアセン夫人 – 小百合物語』

■ 『今すぐに役立つホットな情報』

■ 『 ○ 笑う者には福が来る ○ 』

■ 『あなたもワクワクする新世代のブログ』


(rengfire.jpg)

『えっちなんです』

『エロマンガ島』

『マカオのおかま』

『わたしの生きる意味』

『愛と信頼と絶望』

『天平の裸婦もビックリ』

『愛の真実を探して』

『最大限の本音で…』

『こわ~い話』

『道鏡伝説の謎』

『市長選挙とおばさんパンツ』

『夢みるわたし』

『あげまん女』

『日本で一番長い五月』

『5月だよ!全員集合!』

『また、スパイ?』

『わたしと詩』


(babdol6.jpg)

『かわゆいベビードールワンピ』

『ああ、さびしい』

『恋する女でありたい』

『生きてることが気持ち悪い』

『焼き滅ぼさむ』

『一人で飲みに行く女』

『あなたをさがして』

『早く気づいてほしい』

『気づいたのね』

『あなたに逢いたい』

『やらしい検索』

『わたしを見つけて』

『小笠原玲子』

『ふたりだけの場所』

『命のともし火』


(sayuri201.jpg)

『ふたりの思い出』

『愛は終わることなく』

『凍りついた心の言葉』

『冠詞の悲劇再び』

『焼き滅ぼさむ再び』

『漱石のラブレターを読みたい』

『森田伸二と即興の詩』

『きみの夢』

『指きり』


(renge62e.jpg)

『あしたみる夢』

『ネット殺人事件』

『失楽園のモデル』

『スパムに追われて』

『心にしるす』

『復楽園がいいの?』

『今をだきしめ想いかなえし』

『きみ待ちわびて』

『朝の来ぬ国』

『離れがたき』

『めれちゃんがいいね』


(kimo911.jpg)

『愛はスミレの花のように』

『思い出の夕顔』

『スミレの花咲く頃』

『クリスマスのコメント』

『消え行く愛など無く』

『ひとりかも寝む』

『レモンと性と愛』

『少女と下着の秘密』

『いとしき言葉』

『無我の愛と自我の愛』

『めれちゃんde人間失格』

『愛@文明開化』

『愛と共感とストレス』

『愛欲と空海』

『きみはやさしく』

『愛の擬人法』

『めれちゃんと南方熊楠』

『めれちゃんの人気再び』

『愛はスミレの花よ』

『肥後ずいきで検索』

『加賀の千代』

『千代に再会』

『カフカの銀河鉄道』

『12歳少女の死』


(june24b.jpg)

こんにちはジューンです。

卑弥子さんが面白いお話を集めて

楽しいサイトを作りました。

次のリンクをクリックして

ぜひ覗いてみてくださいね。

■ 『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ


(beach02.jpg)


(byebye.gif)

厳しさの中の愛の絆

2010年8月20日

 
厳しさの中の愛の絆

     原節子

    「東京物語」の一コマ

杉村春子 笠智衆 山村聡 大坂志郎 原節子 香川京子

大坂(志郎)の歩く演技も同じだった。小津は駄目を出し続ける。十月も半ばを過ぎていたが、大坂は全身汗みずくだった。小津のワイシャツもしぼるほどの汗にぬれている。
「ほう、脂汗かいな。じゃ、汗ふいて、もう一度」

大坂にテストのやり直しを命じておいて、小津はそっぽを向いている。このシーンに出番がある原はセットの隅に座ったままである。
「大坂、大物になったな、原節子さんを待たしてるんだものな」

小津の厭味(いやみ)は回を増すごとにひどくなった。
「原さん、余り気の毒だから麻雀の牌でも持って来させましょうか」
大坂は遂に自分の手足も思うように動かない羽目に追い込まれた。

その頃になって、やっと小津が演出家らしいことをいった。_
「大坂、ついこの間も平山家のセットで君の芝居を注意しただろう」
「はい」
「いってみろ、なんていわれた」
「僕の芝居は全部説明で、人にわからせようわからせようとする」
「その通りだよ。わからせるのは俺の仕事で君の領分じゃない」
「はい」
「ちょっと考えてみろ、君のおふくろが死んだ、友達がお母さん亡くなったそうだねという。君はなんと答える。そうなんです、おふくろが可哀相でとおいおい泣いてみせるか」
「いいえ」
「いやあ、おふくろももう年でしたからと微笑するんじゃないか」
「そうです」
「笑っちゃったら悲しみが消えるか」
「消えません」
「悲しみをこらえて笑っているから、人はぐっと来るんじゃないのか」
「…はい」
「人間ってものはな、感情をモロに出すことは滅多にないんだ。逆に感情のバランスをとろうとする。この場面だって同じことだ。頼むから科白の先読みをしないでくれ。来て座る。出そうな涙をこらえている。だから悲しみが客に伝わる。お前さんに悲しみぶら下げたチンドン屋みたいな顔で来られたんじゃ全部ぶちこわしだ。ちょっと最後の科白喋ってみろ」
「いま死なれたらかなわんわ…。さればとて墓に蒲団は着せられずや…」
「それ、涙ながらにやってみろ、追っかけて来た原さんは一体なにすりゃ良いんだ」
「…わかりました」

大坂は心身共に疲れきったように座ったままで立てなかった。カメラの脇で小津と厚田の密談が始まった。
「どうだい」
「ええ、どうやら、ウトウトと、二、三時間ってとこですね」
「行ってみるか」
「もう二、三度」
うなづいて小津は立ち上がった。
「じゃ、テスト」

大坂は力なえた体を引きずるようにセットの奥へ向かった。見送りながら小津が私にいった。
「大坂は良い役者になるよ。でも、あいつは昨夜ぐっすり寝たんだよ。夜行でも死に目に間に合わなかった、通夜も眠れなかった顔になってねえだろう」
「はあ」
「厚田家はこわいよ。睡眠時間一時間の顔になるまで撮らねえっていうんだ」
このカットでは本番前に大坂の座る畳一枚をとり替えた。大坂の汗でぐっしょりぬれて畳の色が変わってしまったのだ。しかし、大坂の顔に漂った一種のやつれは、甘えさせてもらった三男の母への思いを実に雄弁に語っていた。


58-61ページ 「絢爛たる影絵 – 小津安二郎」
著者: 高橋治 2003年3月6日 第1刷発行
発行所: 株式会社講談社

『厳しさの中の名演 (2010年8月18日)』に掲載

 

小津監督は大坂志郎さんに対してずいぶん厳しいのですね。

あのねぇ、大阪さんに対して特に厳しいと言う訳ではなかったらしい。

もしかして原節子さんに対しても厳しかったのですか?

映画を作ることに関しては誰に対しても厳しい人だったようですよう。

大坂さんにしたように、原節子さんに対しても特訓したのですか?

高橋さんの本の中では次のように書いてありますよう。

小津は冗談のように言っている。
「脚本を書いているときが一番楽しい。それを配役する段になってがっかりする。現場で俳優を動かしてみてもう一度がっくりと来る」

おそらく本音だろう。
小津の脚本は発送の段階から俳優に当てはめて書かれたというが、空想の中では俳優はどんな顔も作るし、どんな動きもする。だが、生身の人間が動けば、必ずそれは破れる。はみ出す。つまり、小津の演出とは、脚本でこれまでと見きって計算したものに、俳優の演技をいかに削りとってはめこむかにかかっていた。
その上に小津独特の審美観が加わった。感情の激するままに泣くことは醜であって、歓びをかすかな微笑に表現することが床(ゆか)しさなのである。
原にとってこの抑制は地獄の責苦だったろう。しかもそれが三ヶ月続く。

「背中が泣いていない」
『秋日和(あきびより)』の撮影中、そういって小津が原をいじめぬいた話がある。勿論、小津のことだから、嗚咽(おえつ)をこらえるように背中を動かせといっているのではない。
カメラに向けたまま動かさぬ背中で泣くことを表現しろと注文したのだ。 原は無限に繰り返されるテストに耐えて小津の要求するものを出した

小津はいっている。
「原さんはいい人だね。こういう人があと四、五人いるといいのだがね」
だが、この信頼を小津が原にわからせていたとは思えない。小津にすれば、映画は監督の作るものであって、俳優の理解の上に立つ協力を期待するなどは恥ずべき所業なのだった。


73-74ページ 「絢爛たる影絵 – 小津安二郎」
著者: 高橋治 2003年3月6日 第1刷発行
発行所: 株式会社講談社

嗚咽(おえつ)をこらえるように背中を動かして“泣く”のは理解できますけれど、カメラに向けたまま背中を動かさないで“泣く”ってぇ。。。いったい、どのようにするのでしょうか?

あのねぇ~、僕に尋ねても分かりませんよう。

デンマンさんは『秋日和(あきびより)』の中で原さんが背中で泣くのを観たのですか?

多分、観てないと思うのですよう。観たとしたら僕の記憶に焼きついているはずです。。。ちょうど、大坂さんが畳一枚を汗でぬらすほどの稽古を積んで演技したように。。。

原は無限に繰り返されるテストに耐えて

小津の要求するものを出した。

このように書いてありますけれど、畳を一枚濡らして取り替えるほどの苦労を原さんがしたようには見えないのですわ。。。具体的にどのような苦労をしたのですか?

本には次のように書いてありますよう。

この作品(『東京物語』」)を通じて最も強く感じたのは小津と原節子の間にくりひろげられた一種の暗闘だった。
原節子というと“大輪の花”のようなという枕詞(まくらことば)がよく使われた。だが、私の思い出す原節子は違う。背骨をはさんで二列にびっしりとトクホンが貼ってあった。背中がうつる本番前には必ず私を手招きして、念を押すように、
「高橋さん、背中、大丈夫ね」
という原節子だった。

『東京物語』は真夏の話である。原は純白のブラウス一枚で出演することが多かった。当時、衣装の下をすかして体の線を狙うような照明は使われなかった。薄物一枚でも衣服は衣服としてうつす。背中のトクホンがうつる心配は絶無といっても良かったが、そこは演技の質といい、人気の高さといい、並ぶ者のない地位にあった原の誇りが許さなかったのだろう。

 (中略)

初めての日、トクホンの白さを見た時私はわれにもなく立ち止まってしまった。原が背中ごしに振り仰いだ。
「お願い、気をつけてほしいの」
あの、全国を魅了した、音を立てて来るような笑いがその言葉に続いた。トクホンへの説明は一切なかった。だが、二列で確か八枚のトクホンは原の癒しようのない疲労の深さを如実に感じとらせた
小津の死に殉ずるかのように原はあらゆる公的な場から身を退(ひ)いてしまった。

 (中略)

あらゆる人との接触を頑(かたく)なに拒む背後になにがあるのか。それはもう探りようもないだろう。
しかし、誰にも疑いをさしはさむ余地のない事実がひとつだけある。
小津安二郎あっての原節子であり、原あっての小津だったということだ。

世に監督と俳優のコンビは少なくない。
溝口健二と山田五十鈴。同じ溝口と田中絹代。
黒澤明と三船敏郎。黒澤と志村喬。
木下恵介と高峰秀子。
小林秀樹と仲代達也。
小津自身にも、笠智衆があり杉村春子があった。
だが、二人のどちらが欠けても駄目であった例は小津と原以外にない。
意外なことだが笠の演技賞は総て他の監督との組合せで得られた。
この事実が示すように笠は小津以外との仕事でも力を発揮した。
しかし、原には小津以外にこれぞ原節子という仕事はなく、小津の戦後の傑作は悉(ことごと)く原によって作り得たものだった。
それだけの二人であれば、なにもかも呑み込み合って、僅かな水洩れもない関係が想像される
だが実情は違っていた。
信頼を持つゆえの厳しさを、小津は原に対して常に持ち続けていたように見える。


61-62ページ 「絢爛たる影絵 – 小津安二郎」
著者: 高橋治 2003年3月6日 第1刷発行
発行所: 株式会社講談社

トクホンが原さんの気苦労のすべてを物語っているのですわね。

その通りですよう。 トクホンを背中に貼れば撮影の時にフィルムに映ってしまうかもしれない。それを原さんもかなり気にしていたのですよ。 女優の誇りとして、トクホンなど貼りたくなかったに違いない。それにもかかわらず、トクホンを貼らずにはいられないというところに、特訓を受けた大坂さんの汗で畳一枚を取り替えねばならなかったほどに、原さんも精神的な気苦労を感じていたのだと僕は思うのですよう。

小津の死に殉ずるかのように

原はあらゆる公的な場から

身を退(ひ)いてしまった。

ところで、小津監督の死後、原さんはどうしてあらゆる人との接触を断ってしまったのですか?

もちろん、僕に原さんの本当の理由が分かるわけがない。。。でもねぇ、僕は中国の故事を思い出すのですよう。

どのような故事ですか?

「琴の緒を断つ」という故事ですよう。断琴(だんきん)とか絶弦(ぜつげん)とも言われる故事です。

琴の緒絶ゆ(ことのおたゆ)

中国の春秋時代、琴の名人伯牙(はくが)が、友人の鍾子期(しょうしき)が死んだとき、もはや自分の琴を理解する者が居ないと言って琴の緒を絶ち、生涯琴を弾かなかったという。
「呂氏春秋」本味の故事から
親友・知己に死別するたとえ。
琴の緒を断つ。
伯牙断琴(はくがだんきん)
伯牙絶弦(はくがぜつげん)


 
上の説明を読めばレンゲさんにも分かるでしょう?

つまり、原さんにとって自分を本当に理解してくれる人は小津監督しか居ないと思いつめたのですか?

高橋さんも本の中で次のように書いていますよう。

二人のどちらが欠けても駄目であった例は

小津と原以外にない。
 
つまり、タイトルの“厳しさの中の愛の絆”というのは、原さんと小津監督が働く現場で感じ取っていた信頼に育(はぐく)まれた愛情なのですか?

そうですよう。。。僕はそのつもりでタイトルに選んだのですよう。

でも、それだけの愛の絆を感じていながら、小津監督は独身を通し、原さんとも結婚しようとはしなかったですよね?

そうです。

なぜですか?

う~~ん。。。核心にせまる質問ですねぇ。。。もちろん、僕に真相が分かるはずがないじゃありませんか。

でも、答えが見つからなかったら、デンマンさんはこの記事を書き始めなかったはずですわ。

ほおォ~。。。さすがに丸々6年の付き合いのレンゲさんですね。僕のことが良く分かるようになりましたね。うししししし。。。

そのような事はどうでも良いですから、細木数子さんのようにズバリ!とおっしゃってくださいな。

あのねぇ、長くなったのでパソコンがシャットダウンする前に、これまでの内容を一まとめにして予約投稿しますよう。続きは、また次回と言う事で、レンゲさんも楽しみにして待っててね。

【レンゲの独り言】

ですってぇ~。。。
パソコンがシャットダウンするので、デンマンさんは気が気ではないようですわ。
仕方ありませんわ。
でも、どうして新しいパソコンを買わないのかしら?

シャットダウンと再起動を繰り返している時間は、まったくの無駄だと思うのですよね。
あなただって、そう思うでしょう?!
とにかく、あなたと一緒に待つことにしましょうね。

どうか、あなたもまた明後日、読みに戻ってきてください。
では、また。。。

あなたが絶対、

見たいと思っていた

面白くて実にためになるリンク


■ 『あなたのための愉快で楽しい英語

■ 『今、すぐに役立つ情報をゲットしよう!』

■ 『あなたのためのサイト 立ち上げ ガイド』

■ 『あなたのための クレジット カード ガイド』

■ 『あなたのための ローン ガイド』

■ 『住宅ローン・ビジネスローン ガイド』

■ 『なつかしの映画・TV番組(うら話)掲示板』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『現在に通じる古代オリエント史の散歩道』

■ 『見て楽しい、読んで面白い 私版・対訳ことわざ辞典』

■ 『ブログに記事を書いてお小遣いをもらおう!』

■ 『笑って楽しめる 私版・対訳 慣用句・熟語辞典』

■ 『辞書にのってない英語スラング』

■ 『オンライン自動翻訳利用法』

『プッタネスカ(2009年10月18日)』

『国敗れて山河あり(2009年10月22日)』

『鰻重と阿波踊り(2009年10月26日)』

『人のための医療(2009年10月30日)』

『病める日本(2009年11月5日)』

『住めば都(2009年11月15日)』

 『あなたもワクワクする新世代のブログ』

■ 『バンクーバーの寒中水泳』

『猫ちゃんの出迎え(2009年11月17日)』

『名物先生(2009年11月19日)』

『ぶんぶく茶釜(2009年11月21日)』

おほほほほ。。。。

卑弥子でござ~♪~ますわ。

“断琴の交わり”に似た故事に

“刎頚(ふんけい)の交わり”というのが

ござ~♪~ますわ。

これは、かなり血なまぐさい話なのですわ。

ええっ。。。?

どのように血なまぐさいのかってぇ。。。?

あなたは血に飢えているのですか?

ええっ。。。?

つべこべ言わずに早く話せ!

あなたは、そのように強い口調で

あたくしに強要するのでござ~♪~ますか?

分かりましたわ。

そのために、今日はここに出てきたのですから。。。

うふふふふふ。。。

あのねぇ、これは中国の戦国時代の

お話なのでござ~♪~ますわよう。

趙(ちょう)と呼ばれる国があったのですわ。

紀元前403年に誕生して、

紀元前228年に秦によって

滅ぼされてしまったのでござ~♪~ます。

このお話は滅ぶ前のお話ですわ。

藺相如(りんそうじょ)という立派な大臣が居たのです。

でも、歴戦の名将である廉頗(れんぱ)は、

口先だけで大臣になったと言って

藺相如を批判したのです。

それ以降、藺相如は病気と言って

外にあまり出なくなりました。

ある日、藺相如が外出した際に

偶然、廉頗と出会いそうになったのです。

藺相如は別の道を取って廉頗を避けました。

その日の夜、藺相如の家臣たちが集まり、

主人の気弱な態度は目に余ると言って

辞職を申し出たのでした。

しかし、藺相如は、今、廉頗と自分が争っては

秦の思うつぼであり、国のために廉頗の行動に

目をつぶっているのだと諭(さと)したのです。

この話が広まって廉頗の耳にも入りました。

すると、廉頗は上半身裸になり、

いばらの鞭を持って、これまでの無礼な行為の罰として

自分を鞭で叩くように、と藺相如に申し出たのでした。

でも、藺相如はこれを許しました。

そして、廉頗に服を着させたのでござ~♪~ます。

廉頗はこれに感動し

「あなたに首を斬られても悔いはない」と言い、

藺相如も同様に「あなたに首を斬られても

悔いはありません」と言ったのです。

こうして二人は互いのために頸(首)を刎(は)ねられても

悔いはないとする誓いを結んだのでござ~♪~ますわ。

…んで、ここに「刎頸の友」という言葉が生まれたのでした。

どう。。。? 面白かったア~?

ええっ? あまり面白くなかったの?

どうしてよう?

ええっ。。。?もっと面白いことを話せと

あなたは、あたくしに強要するのですかァ~?

いやなお方ぁああぁ~♪~

分かりましたわ。

どうよ、これ。。。?

この女の子、パンツに噛み付かれているのよ。

笑えるでしょう?

あなたも、もっと笑って楽しい気分にならない?

次のリンクをクリックして覗いてみてね。

『あなたのための笑って

幸せになれるサイト』

ダメよ!生返事だけして

この場を誤魔化そうとしちゃぁあ~♪~

絶対見てよねぇ~。 

貴方が面白い話をしてってぇ、

強要したのですからねぇ~。

見ないとダメよォ~

おほほほほ。。。。

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。バーィ