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クラシック鑑賞 2

2017年12月19日

 

クラシック鑑賞 2

 


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デンマンさん。。。、今日もクラシックを鑑賞するのですかァ~?


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オマエは不満なのォ~?

いいえ。。。 デンマンさんに馬鹿にされるよりもクラシックを鑑賞する方がいいです。。。 でも、どういうわけで一昨日に引き続いてクラシックを鑑賞するのですか?

あのさァ~、バンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのだよ。。。

ハイドン交響曲第1番

 

ニ長調特有の明るさに満ち、躍動するメロディがノンストップで続く、生気のみなぎった快作である。

どこかの演奏会でこの曲がかかったら、聴きに行って損はしないと思う。

Haydn ”London Trio” No.1

ハイドン ロンドントリオ 第1番

William Bennett & Kate Hill,

Haydn London Trio No 1 in C

 (23ページ)


ハイドンのチェロ協奏曲 ニ長調第2番

 

チェロ協奏曲第2番ニ長調

Hob. VIIb:2 第1楽章

Haydn, Cello Concert Nr 2 D Dur

Mstislaw Rostropowitsch,

Academy of St Martin


ハイドンのチェロ協奏曲 ハ長調第1番

 

チェロ協奏曲第1番ハ長調 Hob.VⅡb-1

 

ニ長調の第2番はとても有名で、たくさんの名演が録音で残っている。

同時に、極め付きの難曲としても知られている。

これに比べたらドヴォルザークなど、まだ技術的に優しいそうだ。

 (中略)

僕はハ長調の第1番の方が好きだった。

これはいかにもハイドンらしい、明朗なユーモアにあふれた作品である。

溌剌として伸びやかなメロディが間断なく続き、退屈なところは一秒もない。

判りやすい主題、分かりやすい転調、分かりやすい名人芸、判りやすい幸福、判りやすい美。

こう書いて、僕がこの曲を馬鹿にしているように見えたとしたら、それは屈託や複雑さこそ芸術と思い込んでいる、誤った色眼鏡のせいである。

「あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするがゆえに尊い」(漱石『草枕』)。

芸術によって人間の精神を撹乱し、悪や不幸を称揚することなど、どんなにたやすい、青臭い技術で事足りることか。

幸福や美を、嘘でなく、真実に生き生きと現出させることに比べたら。

 (64-65ページ)

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより
YouTubeクリップはデンマンが貼り付けました。)


『船上でチェロを弾く』
著者: 藤谷治
2011年3月24日 第1刷発行
発行所: 株式会社 マガジンハウス

つまり、上のクリップを聴いてデンマンさんにもハイドンの良さが解かったと言いたいのですねぇ~。。。

いや。。。 違うのだよ。。。 オマエがハイドンのことを書いたものを一昨日読んだのだよ!


(hydon04.jpg)

『クラシック鑑賞 1』

ところが、オマエが紹介したハイドンの曲を聴いても退屈するだけだったのだよ。。。だから、上の本を読んだ時に、紹介されているハイドンの曲こそ素晴らしいに違いないと思って 僕は期待しながら聴いてみたのだよ。

でも、デンマンさんは やっぱり ハイドンの良さが解からなかったのですかァ~?

あのさァ~、クラシックを聴いても その良さが解かるかどうかは人それぞれなのだよ! 例えば、りんごの嫌いな人に りんごを食べさせるのは無理だろう!

でも、りんごの嫌いな人って居ないでしょう!

居ないと断定できないだろう! 僕の知り合いには、サバを食べると体中がむくんでしまうという人も居るし、ピーナッツを食べると ジンマシンができるという人も居るのだよ! だから、ハイドンを聴くと拒否反応を起こす人が居ても不思議じゃないと思うよ。。。

つまり、デンマンさんはハイドンの曲を聴くと 吐き気を催(もよお)すのですか?

いや。。。 吐き気がするほど生理的にハイドンの曲を嫌っているわけじゃないけれど、これまでにハイドンの曲を聴いて しみじみと感動したことなどないのだよ。。。 つまらなくて、退屈なだけだった!

だから、言ったでしょう! デンマンさんは百姓育ちだから、クラシックを鑑賞するだけの教養も素養も感性もないのですよ!

あのさァ~、オマエは独断と偏見で何事も自分勝手に決め付けてしまうのだよ!

その証拠でもあるのですか?

あるよ。。。 オマエが5人に成りすまして書いた『デンマこと加藤明への抗議録』の中で次のような独断と偏見を述べていた。

 

誰が言ったのか、「従僕は従僕の眼でしか主人を見れない」、というのがありました。
皆様、さしずめデンマンこと加藤明氏は、その伝でありましょう。
いや、彼は、ド百姓の眼でしか貴族の太田氏を見れないのかもしれませんね。

いやいや、デンマンこと加藤明氏についてでは、それでも誉めすぎでしょう。
彼は太田氏にむかって「やい、太田将宏」などと書いていたことがありましたが、斯様な下賤な狼藉に対しては、下郎、控えおれ、としか云えないではないですか。

此処で、私は、つくづく思案するのですが、そもそもデンマンこと加藤明氏の如くのゴロツキというのは人類に属するのかどうかなのです。
もし、もしもですよ、デンマンこと加藤明が人類に属するのではないとすると、奴さんは人非人になりますね。

太田氏に対するにデンマンこと加藤明氏の、時代遅れのBBS以来のデンマンこと加藤明氏の卑猥な品性まる出しのwebsitesで、デンマンこと加藤明氏は、イチャモンづけでなければ雲助の開き直り、つまり、何処までも恥知らずになならなければ気がすまないという奴さんで典型的な人非人なのではないのでしょうか。

でも、デンマンこと加藤明氏に反省の時期をあげようか、と此方三人で打ち合わせたのにも拘わらず、I. A.やA. I.は憤激遣る方無しの憤懣が納まらない様で何やら書き続けている様子ですが、何れにしろ、私もまた彼女たちが書いていた通り、デンマンこと加藤明氏に太田氏に(公開の場で)土下座して謝罪することを要求したいのです。

 (中略)

また、デンマンこと加藤明氏は、internetの中途半端な知識での未熟な推測、彼の程度の技術での推理で、私たちではなく太田氏が書いているのではないかとの疑心暗鬼で無益な詮索をしている様子ですが、それよりも私たちが書いてきたことを吟味し、反省、悔恨するほうがデンマンこと加藤明氏自身の老後、余生にとって多少なりとも意味があるのではないでしょうか。

V. T.

追伸

これは序でなのですが、「デンマンこと加藤明」と繰返すのは、他に同氏同名の加藤明氏がいらっしゃり、その方と区別させて頂いているからですが、デンマンこと加藤明氏の方は、私たちが知る限り、CanadaのVancouverにてとぐろを巻いている老残の男の方です。

全く、I. A.だけでなく私自身が「イチャモンづけ」とか「雲助の開き直り」とかデンマンこと加藤明について書いていると、はしたなくも口汚くなってしまうのですが、これもデンマンこと加藤明と釣合を取ろうとしていた為と宜しく善意で理解して頂けますでしょうか。


17-18ページ
『デンマこと加藤明への抗議録』より

オマエは恥ずかしげもなく V.T.に成りすまして自分のことを“貴族”と言い、僕をド百姓だと決め付けている!

でも。。。、でも。。。、本当のことを言ったまでですよ。。。 うへへへへへへ。。。

だから、オマエは独断と偏見に凝り固まっていると言うのだよ! 僕は行田市の市街地で生まれたのだよ! 周りには畑も田んぼもない! どうして僕がド百姓にならなければならないのォ~?

だってぇ~、デンマンさんはハイドンの良さが解からないでしょう!

あのさァ~、ハイドンの曲を聴いて退屈で退屈で、死ぬほど退屈な思いをする人は僕の他にもたくさん居ると思うのだよ!。。。 そのような人はすべてド百姓なのかァ~?

そうです。。。 音楽的にド百姓なのです!

つまり、オマエはハイドンの良さが解からない人は、何が何でもド百姓だと言いたいのだなァ~?

そうです。。。 いけませんか?

それは差別と言うものなんだよ! 部落民を差別したり、在日朝鮮人を差別したり、黒人を差別したり。。。、 そのような事は このヒューマニズムの時代に反することなんだよ!

オイラはクラシックに限って言ってるのです。。。、部落民を差別したり、在日朝鮮人を差別したり、黒人を差別したりしているわけではありません!

そうだとしても、オマエは独断と偏見に凝り固まっているのだよ!

つまり、この事を言うために、わざわざオイラを呼び出したのですか?

いや。。。 それだけじゃないよ! ちょっと上の本の続きを読んで欲しいのだよ!

2010年の日本クラシック音楽界最大の話題は、なんと言っても小澤征爾氏の闘病と復帰であった。
食道癌の告知を受けた小澤氏は手術とリハビリを経て、8月に松本市で復帰コンサートを開いたが、腰痛悪化のために全プログラム指揮を断念、一曲中の1楽章のみを指揮した。

その一曲、チャイコフスキーの『弦楽セレナーデ』ハ長調、作品48の第1が楽章の演奏はテレビでも放送された。
放送電波を通して送られてきた映像音声ということを完全に忘れさせる名演で、音に魂が宿る現場を目の当たりにして涙が滲んだ。

僕は矢も盾もたまらずといった心持で翌朝CD屋さんに行き、同じ小澤征爾指揮、サイトウ・キネン・オーケストラの演奏によるCDを手に入れた。
復帰後とまったく同じ気魄、というわけではないけれど、決して演奏に遜色はない。

それに当然、CDには『弦楽セレナーデ』の全曲がおさめられている。
同じく昨年(2010年)、『オーケストラ!』という映画を観て以来、僕はチャイコフスキーの音楽を見直してもいた。

センチメンタルな音楽には違いないが、それにしてもこれは上質なセンチメンタリズムだと思う。
『弦楽セレナーデ』は中でも、音の集中力の高い傑作だ。
小澤氏はその集中度を引き出して、引き締まっていながら硬くならない音楽を作り出している。

弦楽セレナーデ ハ長調 Op.48 第1楽章

Tchaikovsky Serenade for Strings in C major, Op. 48

チャイコフスキー 弦楽セレナーデ

P.Tchaikovsky. Serenade for Strings

Tchaikovsky: Serenade for Strings

Ozawa Saito Kinen Orchestra

(1991 Movie Live)

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより
YouTubeクリップはデンマンが貼り付けました。)


206-207ページ 『船上でチェロを弾く』
著者: 藤谷治
2011年3月24日 第1刷発行
発行所: 株式会社 マガジンハウス

この上の文章がどうだと言うのですか?

あのさァ~、実は 僕も『オーケストラ!』という映画をバンクーバー市立図書館でDVDを借りて観たのだよ!


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『拡大する』

『実際のカタログページ』

オマエは知っているかもしれないけれど、『オーケストラ!』というタイトルはフランス語では“Le Concert”、英語では“The Concert”なのだよ。。。

つまり、デンマンさんは、この記事を書くために12月14日にバンクーバー市立図書館でDVDを借りて『オーケストラ!』という映画を観たわけですか?

その通りだよ!

。。。で、わざわざ証拠となるようにカタログページにコメントまで書き込んだのですか?

そうだよ! 証拠を見せないと、またオマエにド百姓と言われるからなァ~。。。

。。。で、デンマンさんが書き込んだコメントは日本語に訳すと どうなるのですか?

次のようになるのだよ!


(concert01.jpg)

 

Directed by Radu Mihăileanu in 2009, this French dramedy cuminates in the concert, which has a wobbly beginning due to the lack of rehearsals then manages to reach the conductor’s ideal of spontaneous harmony once the solo violinist mesmerizes everyone with her magnificent interpretation of the solo part, which she had studied on her mother’s annotated score.

The musical work has a central role in the film.

Played during the final scene is the Violin Concerto in D major, Op. 35 by Tchaikovsky.

Also included on the soundtrack are classical selections by Mahler, Mendelssohn, Mozart and Khachaturian.

If you’re a music lover—Tchaikovsky in particular, this is a must-see.


2009年にラデュ・ミヘイレアニュ監督によって制作されたこのフランスのドラメディ(喜劇的なドラマ)は、最後にコンサートの場面でクライマックスに達する。
リハーサルの欠如のために、その演奏はアマチュアが演奏するような まずい出だしからスタートする。
しかし、まもなく主人公である指揮者の信念でもある“自然に醸(かも)し出されるハーモニー”が生まれてくる。


(concert02.jpg)

やがて この映画のヒロインでもあるソロ・バイオリニストが演奏を始めると、聴衆は彼女の演奏に引き込まれてしまう。
なぜなら、かつて天才的な母親である演奏家の譜面に書き込まれたノートに従って 類(たぐい)まれな演奏をしたからだった。

この映画ではクラシックの曲が重要な役割を担っている。
特に最後のコンサートで演じられる曲はチャイコフスキー作曲のヴァイオリン協奏曲ニ長調 作品35である。

この他にも マーラー、メンデルスゾーン、モーツアルト そして ハチャトゥリアンの曲が映画の中で使われている。

もし、あなたがクラシックの愛好家であり、そして特にチャイコフスキーの曲が好きであるなら、この映画は必見です。

僕だってぇ~、チャイコフスキーの曲には心を揺さぶられるのだよ!

デンマンさん! ド百姓の育ちにしては意外に格調高いコメントを書き込んだのですねぇ~。。。

何度も言うように、僕はド百姓の育ちじゃないんだってばああああああァ~。。。!


(foolw.gif)

【レンゲの独り言】


(manila07.gif)

ですってぇ~。。。

これまで、太田さんはデンマンさんに さんざ馬鹿にされたので

そのお返しをしているようですわァ。

しかも、太田さんは次のサイトで抗議録を公開しているほどです!


(kogiroku9.png)

『実際の抗議録』

デンマン注:しかし太田将宏が上の抗議録を掲載したサイトは消滅してしまいました!

 

デンマンさんも上の抗議録を読んで ムキになって反論しています。

『嘘を書く日記』

 

太田さんはこれに対しては反論ができないのか、それ以降 無言で通しています。

でも、そのうち忘れた頃にまたコメントを書き込むかもしれません。。。

あなたは、どう思いますか?

とにかく、ネットには “めちゃキモい”人たちがウヨウヨしています。

太田将宏さんは、まだ良い方ですわ。

中には、まるで得意になって、愚かな事をして遊んでいる オツムの足りない人たちがたくさん居ます。

また、見かけは普通のブログでも、悪徳スパマーが手を変え品を変えて 悪徳サイトへ誘い込もうとしています。

スパムコメントで褒められると、ついついその気になって、

相手のブログへ飛んでゆき、お返しに、あるいはお礼にと思って

読者に登録してしまったりするものですわァ。

どうか スパマーの思う壺にはまらないでくださいね。

悪徳スパマーは悪徳サイトへ誘おうと

てぐすね引いて待っているのですから。。。

悪徳サイトを利用して、

メールアドレスで登録したりすると、

あなたのメールアドレスは第3者や第4者に売られてしまう危険性があります。

あなたは、そのようなスパム・コメントや 成りすましスパマーには

騙されないと思い込んでいるでしょう?

でもねぇ~、もしかすると騙されているかもよ。。。

とにかく気をつけてくださいね。

次回も、さらに面白い話題が続きます。

あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてください。

では。。。


(hand.gif)

あなたが絶対、

見たいと思っていた

面白くて実にためになるリンク


■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『興味深い写真や絵がたくさん載っている世界の神話』

■ 『現在に通じる古代オリエント史の散歩道』

■ 『見て楽しい、読んで面白い 私版・対訳ことわざ辞典』

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)

■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

『センスあるランジェリー』

■ 『あなたもワクワクする新世代のブログ』

■ 『ちょっと心にぐっと来る動物物語』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Godiva Sayuri
(godiva05.jpg)

■ 『軽井沢タリアセン夫人 – 小百合物語』


(yuri02.jpg)

■ 『相変わらず馬鹿か?』

■ 『馬鹿やめたのね?』

■ 『馬鹿やめて久しぶり』

■ 『馬鹿やって人気?』

■ 『悪事千里を走る』

■ 『悪縁を断つ』

■ 『失意の太田将宏』


(hooker08.gif)

■ 『悪縁を切れ!』

■ 『心の平穏』

■ 『レモンと孤独な老人』

■ 『乙女の祈りと老人』

■ 『ピアノとお座敷老人』

■ 『孤独で寂しい太田将宏』


(yuri03.jpg)

■ 『クラシックを愛すれど』

■ 『女性を愛せない老人ボケ』

■ 『ボダとキレた老人』

■ 『母という病』

■ 『日本人は嘘つき』


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■ 『マジでピッタリ!』

■ 『成りすまし老人』

■ 『バカな大人にならない』

■ 『成りすまし老人の告白』

■ 『だまそうとする老人』

■ 『バカの壁の増設』

■ 『ウソの雪ダルマ』

■ 『知らずの自分史』

■ 『新渡戸稲造と太田将宏』

■ 『ショーペンハウエルと太田将宏』

■ 『ホーキング博士と太田将宏』

■ 『加藤清正と太田将宏』

■ 『老人の性と太田将宏』

■ 『ノブレス・オブリージュと太田将宏』

■ 『世渡りの道と太田将宏』

■ 『フェアプレーと太田将宏』

■ 『ネット恋愛と太田将宏』

■ 『日本語と太田将宏』

■ 『坊主の袈裟と太田将宏』


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■ 『葛飾北斎と太田将宏』

■ 『女の性的飢餓感』

■ 『敵に塩を送る』

■ 『虚構とウソ』

■ 『手紙と絶交』

■ 『短気は損気』

■ 『不思議な日本語』

■ 『乙女の祈りだわ』

■ 『自作自演じゃないよ』

■ 『マリリンdeアイドル』

■ 『マリリンに誘われて』

■ 『かい人21面相事件』

■ 『悪名と名声』

■ 『嘘を書く日記』

■ 『増長慢』

■ 『自然に耳を傾ける』

■ 『老人極楽クラブ』

■ 『伯母と叔母』

■ 『民主主義とロックンロール』

■ 『後奏曲集@危険』

■ 『女3人で姦しい』

■ 『クラシック鑑賞 1』


(juneswim.jpg)


『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

『センスあるランジェリー』


(byebye.gif)

老人極楽クラブ

2017年9月30日

 

老人極楽クラブ

 


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(ohta03.png)

デンマンさん。。。、どういうわけで“老人極楽クラブ”というタイトルでオイラを呼び出したのですかァ~?


(kato3.gif)

あのさァ~、たまにはオマエが幸せな気分になるような話をしようと思ったわけぇ~。。。

いつもオイラを馬鹿にしているデンマンさんらしくない奇特な企画ですねぇ~。。。 うへへへへへへ。。。

オマエもうれしいだろう?

デンマンさん!。。。 そのような高い目線でオイラを見下さないでくださいよう。。。 これでもオイラは早稲田の理工学部の数学科を優秀な成績で卒業したのです。。。 もし、ノーベル賞に数学部門があったら、オイラはとっくの昔にノーベル賞を受賞していたのですよ。。。

あのさァ~、この記事を読んでいるネット市民の皆様が呆れるような事を言うなよ! んもおおおォ~。。。! だから、オマエはネット市民の皆様にも馬鹿にされ、可哀相な孤独な男だと思われて見下されているのだよ!

マジで。。。?

当たり前だろう! オマエはとにかく自尊心と自惚れ(ウヌボレ)だけは、誰よりも肥大しているのだよ!

その証拠でもあるのですか?

あるのだよ。。。 よせばいいのに、オマエは馬鹿だから、ネットで次のように公開しているのだよ!

言葉 - この世話がやける手段

F. M. 様

ご無沙汰をしております。お元気でご活躍かと思われますが、その後、F. M. さんは如何お過ごしですか。
引退は、まだ遠いことなのでしょうか。F. M. さんの近況を知らせて頂けませんか。

…(中略)…

以前に、F. M. さんから、私は読者に親切でないから、と書かれてきたのですが、他の人からも指摘されたことに外来語をカタカナで書かないこともあったのでしょう
(私も一方では、ドストエフスキーについて書くときに限って、ロシア文字を書けないので、カタカナを使わざるを得ない、という不徹底さがあり、残念に思っていますが、しかし、日本で働いていたときでも、外来語がラテン文字である限りは、alphabetを混えて技術書を書いておりました。別に誰からもひんしゅくをかいませんでしたが、皆が呆れて諦めていたのでしょう)。

日本では、何故か、英語では、二重母音を長母音(例を挙げればきりがないのですが、informationをインフォメーション)などの理解できない慣例が多く、ドイツ語では母音が続かないときの子音は無声音であるはずなのに(例として、Burgmuelerをブルグミューラア、また、この例では最後のアは不要でしょう)、などの妙な慣習(更なる例として、Schweizerをシュワイツァー、ドイツ語でのwは英語やフランス語のvの発音)が観られますね。
漢字、平仮名、カタカナ、アラビア数字混じりの現代の日本文で、何ゆえalphabetだけが忌避されるのか疑問に思いませんか。
また、Los Angelesをロスなどといって粋がっている輩もおりますが、Losというスペイン語起源の単語は、英語で言うならばtheにすぎなく(但し、男性複数名詞用の定冠詞)、Los Angelesとは、もともとがThe Angelsの意味であるぐらいのことは、alphabetを使っていたならば、そして、最低限の想像力があるならば、推測できてしかるべきことではないでしょうか。
また、ロスアン…ではなく、ロサン…であるべきということにも敏感にならざるをえないですね。
当方での日本人を見ていても、そうした疑問を抱いております。日頃、言葉そのものについて無神経であるから外国語の習得にも苦労するのですね。
そういえば、F. M. さんのsiteを読んでいたとき、W.A. Mozartの<<Requiem>>を「モツレク」などと言語不明瞭意味不明瞭に略すのを批判しておられましたが、日本では、それに限らず、品の無い造語が氾濫しているではないですか。
こうした若輩に迎合するから、新仮名使い当用漢字の夏目漱石や谷崎源氏などの、低きに合わせた日本文化に堕落しつつある、と思われませんか。
私は、親切ではありたいのですが、迎合はしたくないので私の著作を出版できなかったということで、それでは出版を諦めよう、という心境でした。

此処で、今、また、F. M. さんが、私たちの学生時代に、太田君の妥協は妥協のうちに入らないよ、と言っていたことを思い出しております。
もっと重要なことは、これは日本人には限らないのですが、しかし、とりわけ日本人は、自分が曖昧に考えていたことを誰かが適切に表現し、書いてくれたことに同感、共感、評価するに留まることが多いですね。
彼我の違いを悦ばない、余所者を受け付けない、誰々の論理は理解できる、ではなくて、誰々の気持ちは分るわぁ、といった類です。
それが故に、言葉に於いても彼我の差には敏感になれなく、それどころか自分の母国語ででさえ曖昧になり、更に、思考能力の低下をもたらしているのではないでしょうか。
また、そこでは、自分が賛成するかしないかはさておいての他者の論理の自立、論理の終始一貫性なんぞは等閑に附される傾向が無いでしょうか。
それは理屈だよ、理屈に過ぎない、などと言う人は、生涯なんらの自らの論理体系も形成せずに終るのではないでしょうか。
それでは、ドストエフスキーの小説の登場人物(例えば、<<カラマーゾフの兄弟>>のイワンなど)の思い、自分は、ぎりぎりのところ、こうとしか考えられないけれど、それでは自他が辛すぎる。

むしろ自分が間違っていたらならばよいのだが、のような煩悶、苦悩、願望の弁証法の片鱗も理解できないでしょう。
私は、傲慢な私に戻ったようです。しかし、日本人の謙遜、謙譲のgestureというものは、多くの場合、何のこと無い、自己保身にすぎないのではないでしょうか
(それは、当方の世間、世界では通じない甘えですので、二、三を除いては、こちらの日本人との付き合いは無くなってきました)。
私は、何もかも此方の方がよいとしているわけではありませんが、傲慢になったついでに書きますと、私は、私が書き続けた著作には、高い水準で、日本では、いや世界では始めての見解が此処彼処に読みとれられる、と自負しているのですが、反面、読み手から反応が少ないのは私が浅学で夜郎自大だからかなのだろうか、と小心な私は一方で首を傾げておりますが、如何でしょうか。


赤字はデンマンが強調)
108-109ページ
『書簡集』より

『増長慢』にも掲載
(2017年7月10日)

オマエは、こうして「私(太田将宏)が書き続けた著作には、高い水準で、日本では、いや世界では始めての見解が此処彼処に読みとれられる」と言うような、オマエを哀れむのを通り越して、読む人が恥ずかしくなるような事を ぬけぬけと主張しているのだよ!

分かりました。。。 それで、どういうわけで急に“老人極楽クラブ”を持ち出したのですか?

あのさァ~、バンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのだよ。。。


(shizuko02.jpg)

 

70歳になる私は、毎日が恐怖である。
物忘れの加速が尋常ではない。
何かをするために、立ち上がり、立ち上がった時に、何をするのか忘れている。
そして、ただ呆然と立っている。

呆け始めの母と同じになってしまった。
母は非常に度々、呆然と立っていた。
母が呆然と立っている姿は、周りに5センチぐらいのもやがとりまいている様だった。

私も同じもやにつつまれているにちがいない。
今、私は年相応の物忘れか、母と同じ痴呆症なのか、区別がつかない。
区別がついてどうだと云うのか。 (略)

私も死ぬ。
生まれて来ない子供は居るが、死なない人は居ない。
夜寝るとき、電気を消すと毎晩母さんが小さな子供を3人ぐらい連れて、私の足元に現れる。

夏大島をすかして見る様に茶色いすける様なもやの中に母さんと小さな子供が立っている。
静かで懐かしい思いがする。

静かで、懐かしいそちら側に、私も行く。
ありがとう。
すぐに行くからね。

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


237-238ページ 『シズコさん』
著者: 佐野洋子
2008年7月20日 第8刷発行
発行所: 株式会社 新潮社

つまり、デンマンさんも静かで、懐かしいそちら側に、私も行く。 ありがとう。 すぐに行くからねと言う所に共感したのですか? デンマンさんも、ついに死期が近づいてきたのですねぇ~。。。 うへへへへへへ。。。

あのさァ~、僕はオマエが共感するのじゃないか!?。。。 そう思ったから上の小文を引用したのだよ! オマエは自分が書いたことを忘れてしまったのォ~?

ん。。。? オイラが何を忘れているとデンマンさんは言うのですか?

今朝、ロブソンストリートをバンクーバー図書館に向かって歩いていたら、カード屋さんのショーウィンドウに次のカードが飾ってあった。


(drinking9.jpg)

オマエのことを考えたら、むしろ Drinking よりも Aging にした方が笑えると思ったのだよ。。。

 


(ireba03.jpg)

 

Aging can cause

memory loss…

 

or even worse …

er… er …

memory loss.

 

英語が苦手なオマエでも、この程度のジョークはわかるよねぇ~。。。?! (モナリザの微笑)

。。。で、オイラが何を忘れている、とデンマンさんは言うのですか?

オマエは次のように書いていたじゃないかァ!

私は、この曲集を書き終えたとき、老人見習いから、正真正銘の老人になるのではないか、と思うこの頃である。
真の老人とは、もはや、失うべき何ものも無くなった人のことを言うのではないか。

長女は、私から去った。
次女は、中立を保つ為に、この家に寄りつかない。
家内と言えば、日本語も通じなくなってから何年にもなる。

私には、S.Kierkegaard の言った、一番易しく一番難しいこと、すべてを捨てること、が、案外、無理なくできるのではないか。
いや、その時には、捨てるべき何ものも見当たらなくなった境地であろう。

その意味では、老人になる前に、不慮の死で亡くなった人は気の毒である。
私は、若い時に、死ぬのはいいが風邪をひくのは嫌だ、などと言って、粋がって与太をほざいていた。
今も、願わくは、あまり苦しむことなく死を迎えられたなら、それにこしたことはない、と考えている。

Kierkegaard は、また、永遠とは有限が無限に出会う瞬間である、と言っていた。
私の人生に、かつて、そのような瞬間があったであろうか。
いや、それもまた、超越の命題であろう。

私の人生は、無明に迷ったそれに終わるのかもしれない。
しかし、私の背後には、母の祈りがあった。

ある麻薬中毒患者が、お母さん、僕は、こんな遠くまで来てしまった、と淋しげに呟いていたが、私は、麻薬中毒者ではないけれど、その気持ちが解かっている、と思う。
どのみち、人生は、rehearsal無しの、ぶっつけ本番なのである。

しかし、私は、F.M.Dostoevsky の「白痴」にある、あの「イッポリトの告白」に書かれているように、もし、生まれる前に、この条件を知らされていたとしたならば、私は、生まれるてくることを肯(がえ)んじなかったであろう、とは思っていない。
私は、感謝して死ねるように、今からでも、心の準備をしておこう。

S.D.G

コーダ(蛇足):

私の懐疑なるものが、深いのか、深くないのか、私自身も知る由もない。
仮に、深かったとしても、そもそも、懐疑の深さというものは、誇るべきものであるのか、という疑問が残る。


【デンマン注:】 改行を加え読み易くしました。あしからず。

S.Kierkegaard: キルケゴール (1813-1855) デンマークの哲学者

S.D.G.: Soli Deo Gloria (ラテン語) To God Alone the Glory(英語) 神に栄光あれ。

F.M.Dostoevsky: ドストエフスキー (1821-1881) ロシアの小説家・思想家


56-57ページ Michel-Richard de Lalande
『後奏曲集(後書きばかり)』 作品3
著者: 太田将宏
初版: 1994年1月 改定: 2006年9月

『馬鹿やって人気?』にも掲載
(2015年8月18日)

デンマンさん! いったい何度この手記を引用すれば気が済むのですかァ~?

あれっ。。。 オマエは覚えてるのォ~?

覚えてますよう! これまでに上の手記をデンマンさんは何度も何度も記事の中で引用したのですよ!

でも。。。、でも。。。、オマエは思い出さなかったじゃないかァ!

まさかァ。。。、まさかァ~。。。、上の手記のことをデンマンさんが考えているとは想像がつかなかっただけです。。。 決して忘れていたわけではありません!

とにかく、オマエの長女は、私(太田将宏)から去った。 次女は、中立を保つ為に、この家に寄りつかない。 家内と言えば、日本語も通じなくなってから何年にもなるわけで、結局 オマエは孤独の中で感謝して死ねるように、今からでも、心の準備をしておこうというわけだよ。。。 そうだろう!?

それで、デンマンさんが“老人極楽クラブ”の会長になって、オイラを温かく迎えてくれるというわけですかァ~?

何で僕が“老人極楽クラブ”の会長にならなければならないのォ~?

だってぇ~、デンマンさんは もうすぐに70歳になるじゃありませんかァ!

あのさァ~、オマエは80歳になるので、他の誰もが70歳になるように見えるのだろうけれど、それはオマエの脳力と視力が老化したためだよ。。。 僕は まだ壮年期の真っ最中なんだよゥ!

ウソだァ~♪~い~。。。!

そのように疑り深くなるのもオマエの脳力と視力が老化したためだよ。。。

。。。で、だれが“老人極楽クラブ”の会長になるのですか?

あのオノ・ヨーコさんに会長になってもらおうと考えているのだよ!


(onoyoko.jpg)

70歳になったときは、とても嬉しかった。
よくぞ70歳まで生きながらえたと思いました。

 (中略)

不運か幸運か私の人生には、激しい出来事ばかりが起こったので年齢のことを考えている余裕がありませんでした。
ですから、60歳になったときも、
「あなたも60歳ですね」
などと人から言われても、
「あれ、そお?」
なんて、ぐあいでした。

ところが、70歳を迎えたときはまったく違う感触でした。
ここまで生きながらえたことに対して誇りみたいなものを感じたのです。

 (中略)

自分がやりたい仕事がまだたくさんあります。
「あと50年ちょ~だい」
と言いたい。

自分というものをもっと生きてみたい。
今は私の人生のプロセスだと思っています。
私にとって人生はまだまだ未知数なのです。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


51-54ページ 『今あなたに知ってもらいたいこと』
著者: オノ・ヨーコ
2010年1月15日 第2刷発行
発行所: 株式会社幻冬舎

この文章を読んだときに僕はオノ・ヨーコさんが哀れで愚かで孤独で可哀想な とっくに70歳を過ぎた太田将宏老人のような人物を励ますために書いたのではないかと思ったわけだよ。

デンマンさんは、マジでそう思ってくれたのですか?

そうだよ! だから、少しは反省して、これからは まともなコメントを書いて欲しい。


(foolw.gif)

【レンゲの独り言】


(manila07.gif)

ですってぇ~。。。

これまでに、デンマンさんは太田さんのことで いろいろと記事を書いていますから、

太田さんとしても次のサイトだけは残しておきたいのかもしれませんわァ。。。


(kogiroku9.png)

『実際の抗議録』

 

すると、デンマンさんも上の抗議録を読んで ムキになって反論しています。

『嘘を書く日記』

 

太田さんはこれに対しては反論ができないのか、それ以降 無言で通しています。

でも、そのうち忘れた頃にまたコメントを書き込むかもしれません。。。

あなたは、どう思いますか?

とにかく、ネットには “めちゃキモい”人たちがウヨウヨしています。

太田将宏さんは、まだ良い方ですわ。

中には、まるで得意になって、愚かな事をして遊んでいる オツムの足りない人たちがたくさん居ます。

また、見かけは普通のブログでも、悪徳スパマーが手を変え品を変えて 悪徳サイトへ誘い込もうとしています。

スパムコメントで褒められると、ついついその気になって、

相手のブログへ飛んでゆき、お返しに、あるいはお礼にと思って

読者に登録してしまったりするものですわァ。

どうか スパマーの思う壺にはまらないでくださいね。

悪徳スパマーは悪徳サイトへ誘おうと

てぐすね引いて待っているのですから。。。

悪徳サイトを利用して、

メールアドレスで登録したりすると、

あなたのメールアドレスは第3者や第4者に売られてしまう危険性があります。

あなたは、そのようなスパム・コメントや 成りすましスパマーには

騙されないと思い込んでいるでしょう?

でもねぇ~、もしかすると騙されているかもよ。。。

とにかく気をつけてくださいね。

次回も、さらに面白い話題が続きます。

あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてください。

では。。。


(hand.gif)

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