Posts Tagged ‘愛の奇跡’

逝く者と残る者

2016年11月8日

 

逝く者と残る者

 


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デンマンさん、お元気ですか?
先月末(4月29日)、久しぶりで芳江さん(注:デンマンの母親)を訪ねてきました。
暮に伺った時「春の彼岸頃また来るから」といって…。
数えたら5ヶ月も経っているのですね。

この冬は例年になく寒く私も含めて高齢者に近づいた人には厳しかった。
芳江さんも大変だったのではと行く前に心配が大きく
電話をして様子を確かめたところ張りのある声が聞こえてきました。

会うと顔色も非常によく案じていたよりは、はるかに健康的で、私の方が薬負けしているせいか、ずっと病的だなあと思いました。
4次元の会話もほとんどなく、しっかりと的を得ていました。
(泥棒の話がひとつだけ出てきましたが。。。)

あと半年したらデンマンさんが帰ってくるからと、もう楽しみにしている状態です。
私はこの日も「芳江さん、りっぱだね」と長寿のことを誉めましたが必要以上に誉めそやすと油断するのが怖いので楽な気持ちで今まで通り気張って欲しいと勇気付けてきました。

人は皆 死に行く道を歩んでゆくわけですが、私は最近すんなりと逝ければいいなあと願うようになっています。
デンマンさんの誕生日のすぐあとに私の誕生日で、この好きな桜の季節にまた年を重ねました。


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隠遁生活者の僻(ひが)みでしょうか?
小さいながらも事業を起こし、それが失敗したことが今でもストレスとなって追いかけてきます。
この僻み根性が顔に出ないうちに喘息という病症から抜け出たい。

デンマンさん想像してみてください。
例えば口を塞がれて鼻が詰まりながらも、かすかに息ができる。
こんな状態が続くと、もう肩で呼吸し体で息が苦しいと叫んでいます。
通常薬で抑えていますが薬は麻薬であって切れると前記のような禁断症状となります。
薬を離そうと何度も試みるのですが繰り返すばかりです。
ある程度健康に関する本は読んでいるので今更どうの、こうのということもないので、この喘息とじっくり向き合っていくより方法はないと近頃へこんでいます。

「健康は人が与えるものでなく 自分で創るもの」
中学校3年間を担任だった理系の先生が後日結核になり見舞った時の言葉を思い出します。

デンマンさんが偉いなあという点はたくさんありますが、そのひとつには健康であるということ。
その健康であるという裏打ちとは、格好をつけて言えば倫理を踏まえた自立かなあと。。。

私にはすべてにそれが欠けていた。
私の年齢では遅しですが、今から出発しようと思います。
実家の両親や芳江さんのように90歳の声は望んではいませんが念じることがとおるなら あと20年は生きたいと思います。
そして指折れば3つばかり成就したいものがあります。
今、そのひとつに挑戦しています。

明日は子供の日で休日です。
佐保姫さまの到来なくして若葉になり 冷暖房の要らない過ごしやすい時期にやっとなりました。
台湾の歌手テレサテンさんのようにならないよう私も気張って生きます。
では、お体に気をつけて。。。


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九条多佳子

2012年5月4日


『テレサテンと叔母』より
(2012年5月11日)


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デンマンさん。。。 どういうわけで4年も前の手紙を持ち出してきたのですか?


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しばらくぶりで忘れかけている手紙を読むのも懐かしいでしょう?

上の手紙は実際に私が書いたものですか?

そうですよ。。。 僕が創作したものではありません。。。 マジで多佳子さんが2012年5月に書いた手紙ですよ。。。

どうして4年前の上の手紙を貼り出したのですか?

この記事を読む人に、多佳子さんを紹介するつもりで貼り出したのです。。。

でも、どういうわけで私を紹介する気になったのですか?

あのねぇ~、実は、土曜日の11月5日に多佳子さんの家を訪ねて、久しぶりに映画音楽を一緒に聞いて盛り上がったでしょう!


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つまり、懐かしいサウンドトラックを聴いて盛り上がったので、その事を言うために わざわざこの記事を書こうと決めたのですか?

いや。。。、1年ぶりに多佳子さんに会って久しぶりに盛り上がったのは、この記事のクスグリのようなものですよ。。。(微笑) それから多佳子さんが作ってくれたエビフライを食べながら、尽きるともない話の途中で、『夢遊伝』という短編小説の原稿を見せてくれたでしょう。。。

自分の作品は人様には見せないのですけれど、ついつい話の流れで取り出してしまったのですわ。。。

実は、その短編小説を僕は何度も読んだのです。。。 ここにその作品全部を書き出したいのは やまやまなのだけれど、ネットで公開すると、多佳子さんが作品を発表する時の妨げになると思ったので、僕はあえてここでは公開したくない。。。

つまり、この記事で私が書いた小作品の批評をするつもりなのですか?

批評と言うほどの大げさなものじゃありません。。。 ただ、多佳子さんの作品を読んで、僕はインスピレーションをもらったのですよ。。。 そして書いたのが次の小文です。。。 ちょっと読んでみてください。

逝く者と残る者


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逝く者は残る者に何を残してくれるというのだろうか?
百歳にあと数歩、母は寿命をまっとうしてあの世へ逝った。
一人残された私は抜け殻同然になった。

脱皮する生き物は身も殻も輝いて美しいが、私には跡形すらもない。
正気を失った顔は垢まみれで人相まで変わってしまった。
延び放題の無精ヒゲがよけいに哀れだ。

母は自由奔放に生きてきた女だ。
私が物心ついた頃には、すでに何人かの男と暮らしてきていた。
新進気鋭の画家としてマスコミにも注目され、美術界にも相当な影響を与えてもいた。
しかし、当時、私が父と思い込んでいた人物は私の実父ではなかった。

もちろん、私はその人物を実父だと信じていたのだけれど中学生になった頃に、ふとしたことで母の女友達から実父の存在を知らされた。
その人物は酒びたりで廃人のようになっており、私には到底彼を実父だと認める心のゆとりなど持ち合わせてはいなかった。
私は、その秘密を封印して心の奥底に仕舞い込んだのだ。

養父は母を師と仰ぎ、また母を愛した年下の画家だった。
私には実父以上に父のごとく接してくれ、むしろ母以上に私に愛情を注いでくれた人だった。

しかし自由奔放で我儘な母にとって、養父はやがて物足りない人物に見え始めたに違いない。
母は別の男を愛人に持つようになった。

それからの波乱に富んだ母の長い歳月は、ここに書き出すこともないだろう。
それは私にとって不快で不幸な記憶でしかなかった。

社会人になった私は母とは一貫して距離を置いた。
出生に問題を持った私は母を誹り、実父を呪い、養父に感謝しながらも、心のどこかで自分を責めた。
母の死をきっかけに一人残された私は会社を辞め四国巡礼の旅に出た。


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『拡大する』

弘法大師ゆかりの88か所の寺院を訪ね歩く旅は、私の心に不思議な平穏をもたらすかのように思えた。
ところが、45番札所の岩屋寺に向かう時に私は不思議な体験を持った。

標高700m。奇峰が天を突き、巨岩の中腹に埋め込まれるように堂宇がたたずむ典型的な山岳霊場である。
神仙境を想わせる境内は、昔から修験者が修行の場としていたようで、さまざまな伝承が残されている。
中腹で私は粗末な僧衣をまとう老人に出くわした。


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手には南天竹の瘤杖を持っている。
杖で地面を突っつきながら私を見て言った。
「供人になれ」
だみ声である。

怪訝な様子でたじろいでいる私にさらに脅威のだみ声が響いた。
「ついて来い」
老人の後を追った。

深い森に入ると常緑樹で日差しは遮られ薄暗い。
私は急ぐことも走ることも不慣れだが、仕方なく疾走する老人の背を見ながら転がるようにあとから続いた。
やがて老人は言った。
「儂は、ここからは行けぬ」
遠くに連なる峰を杖で指して続けた。
「あの頂に御堂がある。
その裏手の坂道を下ると一間四方の鏡がある。
それは己のすべてを映す鏡だ。
特と見るがよい」

私は老人に言われたとおりに御堂に参拝し裏手の坂道を下った。
やがて、ひっそりとした池に出た。
老人の言う鏡とは、この池であり、私を映すのも、この池に違いない。
私は深く透き通った池の水面を見つめた。

その水面に突如老人が出現した。
そして次のように言った。
「生きよ。力強く、強く生きよ」
やがて老人は影もなく消えた。

再び淵に身を乗り出す。
そこには老人よりも更に老いた私がいた。
驚愕のあまり、後ろに退くと尻餅をつき、反射的に手にした石を水面に投げた。
さざ波が輪を広げ、やがて静寂があたりを覆った。


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しかし、私の心は平穏ではなかった。
涙があふれてきた。
私の人生、母の人生、過ぎ去った日々のことが、走馬灯のように私の脳裏を横切ってゆく。
私は夢の中を長い間彷徨していたにすぎないのだろうか?

秘匿した遺骨を母の故郷に納骨したのは、没後13年になろうとする秋だった。


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By デンマン

あらっ。。。 私が書いた『夢遊伝』とは似ているようで、核心の所がだいぶ違ってますわねぇ~。。。

そうです。

でも、どうして上の小文を私に読ませるのォ~?

僕が多佳子さんの作品を批評すると、多佳子さんは表面上はともかく、心の奥でムカつくと思うのですよ。。。

それは、デンマンさんの独断と偏見ですわ。。。 私は批評する方の意見をありがたく受け止めるだけの心のゆとりを持っているつもりです。

そうですか? とにかく、僕は多佳子さんの気持ちを逆なでしたくないので、批評のつもりで上の小文を書いてみたのです。

結局、デンマンさんは何が言いたいのですか?

だから、上の小文を読んでもらえば、聡明で文学の素養がある多佳子さんならば、僕が言おうとしていることを察することができると思うのですよ。

できませんわ。。。 回りくどいことは言わないで細木数子さんのようにズバリ!と言ってくださいなァ。。。

多佳子さんがそのように言うならば一言だけ付け加えたいと思います。

それは何なのォ~?


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   “枯山水の水”

僕は多佳子さんの『夢遊伝』を読んで主人公の心の悩みが見えてこなかった。。。 つまり、多佳子さんの作品が上の写真だとしたら、僕には水を見ることができなかった。。。要するに、枯山水は枯山水のままだったのですよ。

それは、デンマンさんの想像力が足りなかったからですわ。。。 (モナリザの微笑)

確かに、そう言われてしまうと身も蓋もありません。。。 でもねぇ~、凡人でも解るように、僕の小文には主人公の心の悩み見えていると思うのですよ。。。

デンマンさんが、もっと心を研ぎ澄まして私の作品を読めば、枯山水の中に水の流れを読み取ることができますわよう。(更に微笑)


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。
九条多佳子さんという人はデンマンさんの叔母さまでござ~♪~ますわ。

デンマンさんのお母様の一番年下の妹さんですってぇ。。。
だから、デンマンさんとは年が6つしか離れていないのですわ。
つまり、デンマンさんにとっては従姉のような存在なのでござ~♪~ますう。

これまでにも、何度かデンマンさんの記事に登場しています。


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“キャ~ 素敵ィ~♪~”

突然 話は変わりますけれど、ビートルズは、あたくしのアイドルですわァ!
未だに あたくしの魂を震わせるのでござ~ますゥ。
うふふふふふ。。。


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でも、日本も含めて世界中にビートルズの熱狂的な嵐が吹き荒れたのは、あたくしが生まれる以前のことでした。

ところが何度も何度もビートルズを夢で見るようになってから、
軽井沢の万平ホテルに行くと
ジョンレノンとあたくしがカフェテラスで会うのでござ~♪~ますう。


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滞在中のジョン・レノンは朝9時半ごろ、

このカフェテラスに下りてきたのですよ。

わたしたちに「おはようございます」と

日本語であいさつしたものですわ。

いつも庭に面した一番奥の席にすわって、

他のお客様には背を向けるような格好で

腰掛けていました。

ジョン・レノンのお気に入りは

ローヤルミルクティーでしたわ。


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『幸福の谷』より
(2008年4月6日)

あたくしは万平ホテルのカフェテラスでマジでジョン・レノンとローヤルミルクティーをいただいている記憶が鮮明に甦ることがあるのでござ~♪~ます。

あなたは信じられないでしょう?
あたくしだって信じられないのですから。。。
おほほほほほ。。。

われわれの記憶が、

真実と作りものによって

構成されていることに似ている。

記憶というのは時間とともに

どんどん変化していく。

横尾忠則さんが、このようにおっしゃったのでござ~♪~ますわ。
あなたも、そう思いませんか?

とにかく次回も面白くなりそうですう。
だから、あなたも読みに戻ってきてくださいましね。
じゃあねぇ。


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ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

ためになる関連記事



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■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』


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■ 『軽井沢タリアセン夫人 小百合物語』

■ 『今すぐに役立つホットな情報』

■ 『 ○ 笑う者には福が来る ○ 』

『愛とロマンの小包』


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『虹のかなたの奇跡』

『虹のかなたから生還』

『北本から見る富士』

『愛の進化論』


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『愛の奇跡』

『奇跡の回復』

『母上様@行田』


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こんにちは。ジューンです。

デンマンさんの叔母さんは洋画が趣味なのですってぇ。。。

1992年に製作されたアメリカ映画

“クールワールド”をご覧になったらしいですわ。


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アニメーション作家のラルフ・バクシが手掛けた、

実写とアニメの合成映画でした。

全年齢対象であった『ロジャー・ラビット』と違い、

お色気シーンもある作品でした。

キム・ベイシンガーがアニメと実写の奔放で

セクシーなヒロインを演じ、

ブレイク前のブラット・ピットも出演して

話題になりました。

交通事故に遭ったフランク(ピットが演じる)は

“クール・ワールド”に迷い込み、

その世界の捜査官となります。

彼は自らを創造した漫画家とセックスし

人間界で現実化しようとする悪人の企みを

阻止しようとするのです。

きめ細かな背景によりアニメの持つ不思議な世界が

奥行き深く見事に表現されています。

観る値打ちがありました。

日本では未公開でしたが

デンマンさんの叔母さんは

DVDを借りて観たのでしょう。

ところで、卑弥子さんが面白いサイトを

やっています。

興味があったら、ぜひ次のリンクをクリックして

覗いてみてくださいね。


(bitegirl2.gif)

『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ


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愛の奇跡

2013年7月1日

 
 

愛の奇跡


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デンマンさん聞いてください。
文字通り奇跡、不思議な出来事です。
今日12月9日見舞いに行ってきました。
病室の交替もあり、部屋に入るとベットに芳江さん(デンマン注: 僕の母親)がいません。
血流が止まるくらいドキッとしました。

廊下に出て係りに尋ねたところ食堂に行っているとのこと。
気持ちでは走ってゆきました。
まあ、なんと車椅子で食卓に向き合っているではありませんか。
「芳江さんよかったね」と思わず手を握ったら力強く握り返してきました。
そのあと、よかったね、よかったねの連発。百遍も言ったでしょうか。
お互いに涙です。

不謹慎な言い方かも知れませんが芳江さんは死の淵より生還。
まさに奇跡です。
でも私だけが死の淵を考えたのでしょうか?
多分、デンマンさんだって一方ではその想いはあったのではと思います。
何しろ長男としての覚悟もあってか葬儀屋さんまで行かれたのですから。。。

芳江さんの真摯でこのあっぱれな負けず魂に敬意を表し、あとは欲張らず、このくらいの状態でいいから生への記録を大きく延ばして欲しいと心の底から思っています。
病院からの帰り際「デンマンさんに手紙を書くから」と言ったら「私は元気で飛び跳ねているからと書いて」と芳江さん。
車椅子の上で両手を高々に挙げて満面の笑みでした。


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繰り返しになりますがデンマンさんとの話の中、お互いに絶望を意識していたことを芳江さんにお詫びしましょう。
清司さんや正造さんには「お母さんはきっと良くなるから」といつも元気付けてきました。
芳江さんに対して私とデンマンさんの立ち位置が違うにせよ、デンマンさんにきついことを言ったとしたら、その点申し訳なかったなあとお詫びします。

夜7時まで病室にいました。
帰宅してあの元気な芳江さんの回復振りが私の脳を刺激しっぱなしです。


『虹のかなたの奇跡』より
(2012年12月20日)

 

デンマンさん、元気にしてますか。
今日2月2日、突拍子もなく暖かい日でした。
茉莉子・姉さんと泰夫・兄さんが誘ってくれて芳江さん(注:デンマンの母親)の見舞いに行ってきました。
昨晩、泰夫・兄さんから電話があり「迎えに行くから一緒に行こう」と。。。
映画のタイトルのように予期せぬ出来事で病院内で4人、存分に姉兄の“味”を堪能しました。

もちろん芳江さんは伺うたびに元気でいつもの口上よろしく
「ここで死んでなるものか、家族を悲しませることはできないわよ」
人間、この意気ですね。
気に掛けていた尿管も外され、ずいぶんと楽に見えます。
話を示し合わせたように正造さん(注:デンマンの弟)が洗濯物の交換を持ってみえました。
病室がにぎやかだったので正造さんも特別うれしそう。
彼には頭が下がります。

私事ですが、年がデンマンけて1月8日に見舞ったのですが、その直後インフルエンザに感染し発熱、下痢、嘔吐の襲撃に遭い、さんざんでした。
いつも病気の話で申し訳ありません。

1月8日に見舞った際、芳江さんが「また来てね」と言ってくれたので1週間後の1月15日に予定をし、13日にスーパーで新鮮な鯖の安売りがあったのでニンニク、生姜、生葱をたっぷり入れた南蛮漬けを用意しましたが14日から症状があり見舞いを断念しました。


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年末年始でせわしなく動いたので抵抗力が一段と落ちていたのでしょうね。
最近にない苦痛を味わってしまいました。

それから約2週間、保菌者から脱出できたかな、と思っていたら泰夫・兄さんから電話があったというわけです。
芳江さんに感染しないかと迷ったのですが菌力は症状が出る前の潜伏期間の方が強力であるという事を聞いていたので自己判断で見舞いに伺うことにしました。

芳江さんは元来、肌がきれいなので暖かさも手伝って、ほんのりと桜色、シワもなく臥せていなければ健康人そのものに見えました。
早くみんなで退院祝いしたいですね。

帰り際に、デンマンさんに手紙書くからと言ったら芳江さんも1月27日に手紙を書いたそうですね。
「今日で1週間たったから、今日手紙が着くと思うよ」とうれしそうでした。
それにベッドで日記のようなものを書いています。
これも素晴らしい!


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帰りは泰夫・兄さんの車で送ってもらいました。
夕方5時を廻り夕飯には少し早いですが私の家で、茉莉子・姉さんを含めて食事をしました。
日本そばと海老のカキ揚げに腕を振るいました。
「今度は芳江さんも一緒だね」と3人で話しながら楽しく如月(きさらぎ)を迎えました。

明日は節分。
その翌日は立春です。
不謹慎なことですが芳江さんに、こんな喜ばしい日が来るとは正直思いませんでした。
その分、心底うれしいです。

九条多佳子

2013年2月2日

夜の11時。 良くないとは思いながら夜更かししています。
お互いに身体に気をつけて、またみなで会いましょう。


『奇跡の悦び』より
(2013年2月15日)

 

2013年2月14日 (木曜日)

今日はバレンタインデーです。
格別バレンタインデーに対する思い入れはありませんが、こうしてバレンタインデーに返信を書くことになったのも、母親の奇跡的な回復と関係があるのかもしれません。
多佳子さん(注:デンマンの叔母)の手紙は2月12日にマンションに帰り着いた時に手にしました。
昨日、返信を書くつもりでしたがブログの記事を書いていたら時間がなくなってしまい、バレンタインデーに雪崩(なだ)れ込んだというわけです。

母親の回復が予想以上に順調な様子が多佳子さんの手紙から見えるようで、読みながらホッとしています。
帰省を終えて日本から帰る数日前には葬儀屋に出向いて母親の葬式の準備を滞(とどこお)りなく済ませたものでしたが、無駄になって、これほど喜ばしいことはありません。
人間、必ずいつか死がめぐってくるものですが、このような形で喜びを与えてくれる母親の“ありがたみ”も、また格別です。

膀胱にカテーテルを入れて、言葉も発することができなくなったタカ叔母さんを見舞ってから、かれこれ10年近い年月が過ぎようとしていますが、その時も帰省を終えてバンクーバーに戻ってくる数日前のことでした。
それから1週間ほどしてタカさんは亡くなったのでした。

小生がタカさんを見舞った時の様子が、最後に母親を見舞った時の姿と瓜二つでした。
そのようなわけで、母親があと1週間の命だと思ったので葬儀屋に出向いたのです。

それにしても未だに信じることができません。
主治医の三宅医師からも詳しい病状を聞かされ、心臓のレントゲン写真も見ました。
心臓の周りの血管が悪玉コレステロールで詰まって、白くなっているところが少なくとも5箇所ぐらいあるのですよね。
心筋梗塞で、いつあの世に逝っても可笑しくない状態でした。

膝の状態もボロボロで入院前に歩いていたのが信じられないと医者も驚いていました。
しかも腎臓を検査したら検査値が40を越えたら危険なのに、お袋の場合には100をも超えていたのでした。
血圧は高いし、腎不全で、いつあの世に逝っても不思議ではなかった。

とにかく寝たきりで声が出ない。
うっすらと目を開いていました。
それまでに脱水状態で弱りきっていたし、
その後、むくみが出たりで、
“床ずれ”もひどくなるし、
見ていても苦しそうでした。

最後に小生は、母親の手を握り、体温のぬくもりを手のひらで感じながら、これが見納(おさ)めだと思いながら病室を後にしたのでした。
涙は出ませんでした。
すでに母親が逝くものだと心に決めて、数日間イメージトレーニングをしていましたから。。。
その後で葬儀屋に行ったのです。

多佳子さんの手紙を読みながら尿管を外したお袋が、妹の茉莉子さん、多佳子さん、それに弟の泰夫さんと楽しそうに話している様子が目に浮かぶようです。
信じられないけれど、それが事実なのですよね。
全く奇跡だと思います。

お袋が1月26日に書いた手紙を2月4日に手にしました。


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デンマンさん、長いお手紙受けとりました。
多佳子さんの手紙のコピーまで添えてあり大変嬉しく読ませていただきました。
本当にありがとうございました。

私の病気では家族や親戚の皆様にいろいろと御心配をかけてしまいました。
できたら親戚の方々に御礼を兼ねて、よろしくお伝えください。

最近では病状も回復し、リハビリに励んでおります。
そのようなわけで返信を書くのが遅れてしまいました。
すみませんでした。

入院患者の方々とも言葉を交わすようになり、最近ではリハビリを一緒に仲良く行うような事も多くなっております。
そのような訳で楽しい毎日を過ごされていただいております。

行田総合病院では栄養のゆき届いた食事を作っていただいており、感謝しながらいただいております。
回復に向かっているとはいえ、これからは油断せずに、1日1日をしっかりとした気持ちで生きてゆこうと思っております。

すぐにお目にかかる必要はないと思います。
秋になったら、また生まれ故郷へ帰省してください。
その方が楽しみを持ってリハビリに励むことができます。

デンマンさんも、お体には充分に気をつけて元気にお過ごしください。
バンクーバーの皆様にはよろしくお伝えください。
では御幸福と御発展を祈りながら筆をおきます。

母より

平成25年1月26日


『奇跡の回復』より
(2013年2月9日)

母親から手紙をもらうことなど考えてもいなかったので驚きました。

多佳子さんが書いたように、またお袋が望むように今年の秋に一緒に食事ができれば、それは奇跡の喜びになるでしょうね。
小生も、それを願っております。
母親のことでは、特に多佳子さんにはお世話になっております。
いろいろとありがとうございました。

これから春に向かいます。
多佳子さんも、自分の健康についてはくれぐれも注意して細く長く幸せな第2の青春を謳歌してください。
では。。。


『奇跡の悦び』より
(2013年2月15日)

もう死ぬに違いないと思って葬儀屋まで行ったのに、
奇跡的に母親が回復に向かったのはどういうわけなのか?
僕はずいぶんと考えさせられました。

断っておきますが、僕は母親が死ぬことを願っていたわけではありませんよ。
母親が死んだからといって大きな遺産が転がり込んでくるわけでもないのです。

とにかく元気で、できるだけ長生きして欲しい。
この気持ちが偽らざる僕の本音です。

たまたま夕べ本を呼んでいたら次の箇所に出くわしました。

「愛」は免疫力を活性化させる


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「人はパンのみにて生きるのではない」というのはキリスト教の教えですが、これも自然の摂理の一つだったのだということを、私は多くの患者さんから教えてもらいました。
病気の人が、何か目標を得たとき、奇跡的に病気が回復することが実際にあります。
ガンでとても苦しんでいた人が、苦しんだあげくに、何かをきっかけに感謝の気持ちをもてるようになり、そこから病が回復していったという例は世界中にたくさんあります。

人間は誰しも無限の可能性を秘めています。
その可能性が開かれたときには、体中のエンザイムが活性化し、そのエネルギーは死の淵(ふち)からその人を連れ戻してくれることさえあるのです。

逆に、どれほど体が健康であっても、毎日ネガティブなことを考え、毎日不幸だと思いながら一人寂しい人生を送っていたなら、エンザイムはどんどん力を失っていきます。

ですから私は、ガンを治すというのはじつはそれほどむずかしいことではないと思っているのです。
その人が心から自分は治ると信じ、自分が誰かを心から愛していることを悟ることができたら、その人は病を克服するのではないかと思います。

愛する孫が学校を卒業して、結婚して、子供をもつまで自分はどうしても生きていたいと心の底から強く思えば、その人はそこまで生きるのです。
どれだけ強いモチベーションを持つことができるか、それによって無限の可能性が開くのです、

 (中略)

では、何が一番強いモチベーションになるのでしょう。
それはやはり「愛」だと思います。
男女の愛、親子の愛、友への愛、いろいろな愛のかたちがありますが、どのような相手であれ、モチベーションやウェルネス、ハッピネスというのはすべて、人を愛するところから生まれてくるものだと私は思っています。
健康になるには、人を愛するこという気持ちが絶対に必要なのです。

赤字はデンマンが強調のため。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


223-225ページ 『病気にならない生き方』
著者: 新谷 弘美
(米国アルバート・アインシュタイン医科大学外科教授)
2006年5月1日 第26刷発行
株式会社 サンマーク出版

「愛」は免疫力を活性化させる

なるほどねぇ~、と思いました。
僕の母親は愛に囲まれていたのですよ。
だからこそ、次のような強いモチベーションが生まれたのでしょう!
「ここで死んでなるものか、家族を悲しませることはできないわよ」

僕は「愛の奇跡」だと思うのですね。
あなたは、どう思いますか?

【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。
高齢化社会になっている日本でござ~♪~ますわ。
誰でも、ご家族の中に入院中の患者さんだとか、生きるか死ぬかの手術を待ている家族だとか。。。
あるいは、救急病院に担ぎ込まれた家族だとか。。。
そのような病人がいることは充分に考えられますよね。
あなたのご家族の中にも、そのような方がおりますでしょう?

あなたの身近な病人がデンマンさんのお母様のように奇跡的な回復をなさることを、あたくしも切に願っておりますわ。

ところで、デンマンさんの個人的な面白い記事は次のリンクをクリックして読んでみてくださいまし。

『日本女性の愛と美の原点』

『日本女性の愛と情念の原点』

『ん? クラシックと津軽じょんがら節?』

『女の楽園とデンマン』

『テレサテンと叔母』

『母上様@行田』

『母上様@行田 (再度)』

『病院の悪い評判』

『どっちが親切?』

『アルチンボルドと伊藤若冲』

『小百合さんの香り』

『虹のかなたに』

『病院を批判する意味ある?』

『愚かな医者の卵』

『虹のかなたの奇跡』

『結婚できない医者の卵』

『院長の愚かなムスコ』

『医者の卵と評判』

『奇跡の回復』

とにかく、興味深い話題が続きますゥ。
どうか、あなたもまた読みに戻って来てくださいませ。
じゃあ、またねぇ。。。


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(stars.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』


(snowboard.jpg)

■ 『軽井沢タリアセン夫人 – 小百合物語』

■ 『今すぐに役立つホットな情報』


(snowhous2.jpg)

『夢とロマンの横浜散歩』

『愛とロマンの小包』

『下つきだねって言われて…』


(snow05b.jpg)

『銀幕の愛』

『パリの空の下で』

『愛の進化論』

『畳の上の水練(2011年3月15日)』

『軍隊のない国(2011年3月21日)』

『天智天皇は暗殺された』
(2003年7月14日)

『アナクロニズム(2011年3月27日)』


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こんにちは。ジューンです。

スパムメールが相変わらず多いですわよね。

あなたのメールボックスにも、

ジャンクメールがいっぱい入っているでしょう!?

スパムメールを飛ばしているのは

いったい、どういう人たちなのでしょうか?

出会い系サイトのオーナーたちが多いそうですわ。

彼らは会員を集めるためにスパムメールをばら撒きます。

そのためにメールアドレスのリストを購入しています。

では、そのようなリストを販売している人は

どうやってメールアドレスを集めているのでしょうか?

ロボット(自動巡回プログラム)によって

自動収集させているのです。

ところで、サーチエンジンの自動巡回ロボットは

毎日世界中のサイトを訪問し、

その内容をデータベースに書き込んでいます。

同じように、このメールアドレス収集巡回ロボットも、

HTMLソースを分析し、

メールアドレスらしきものをどんどん記録してゆきます。

でも、使っていないメールアドレスが

たくさんあるのですよね。

あなたの使っているメールアドレスのことを

考えてください。

あなたはメールアドレスをいくつ持っていますか?

一つだけではないでしょう?

10以上持っているのではありませんか?

多分、ほとんどのメールアドレスは使ってないでしょう?

そのために、現在実際に使っている

メールアドレスを集めるために、

怪しい人物が使用度の高いメールアドレスを

集めているのですわよ。

だから、あなたもむやみに信用できない人に対して

返信しないようにしてくださいね。

詳しいことはデンマンさんが次の記事で書いています。

『コメント魔』

(2012年4月3日)


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ところで、卑弥子さんが面白いサイトを

やっています。

興味があったら、ぜひ次のリンクをクリックして

覗いてみてください。


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『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ


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