Posts Tagged ‘嵯峨野’

徳子と小督の悲話

2013年4月18日

 

徳子と小督の悲話

 


(tokuko05.jpg)


(bond350.gif)


(shibagaki4b.jpg)


(himiko22b.gif)

デンマンさん。。。 「悲話」というタイトルが見えてますけれど上の画像を見ていると、なんとなくエロい雰囲気が漂ってくるのでござ~♪~ますわァ~。。。


(kato3.gif)

。。。ん? エロい雰囲気ですか?

そうですわ。。。 3枚目の画像ですわよう。。。 どう見てもエロいではござ~♪~ませんか! だからボカシが入っているのですわ。 そうでしょう?

卑弥子さんはエロい画像ばかりに注目するからですよ。

だってぇ、どうしてもエロい画像に目が釘付けになってしまうのですわ。 うふふふふふ。。。

それは卑弥子さんがエロい事に興味があるからですよ。

あらっ。。。 デンマンさんは、あたくしがエロい女だと思っているのでござ~ますか?

違うのですか?

んもおおおォ~。。。 ムカつきますことォ~!。。。 あたくしは、これでも京都の女子大学で「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授でざ~ますわ。 言うに事欠いてエロい女などとォ~。。。 あたくしの母親が聞いたら涙を流して悲しみますわよう。。。

そうでしょう。。。 そうでしょう。。。 だから、今日は悲話の話しをするのですよ。

あらっ。。。 エロいお話ではないのでござ~♪~ますか?

あれっ。。。 卑弥子さんは、エロい話の方がいいのですか?

だってぇ。。。、だってぇ~。。。 デンマンさんがせっかくエロい画像を貼り付けたのでござ~ますから、あたくしはかまいませんけれど、エロい画像を見た世界のネット市民の皆様の多くがエロいお話を期待していると思うのでござ~ますわ。

あのねぇ~、何も卑弥子さんが他のネット市民の皆様のエロい興味の事を考える必要はないのですよ。 卑弥子さん自身はどうなのですか? エロい話の方がいいのですか?

デンマンさん! いい加減にしてくださいましなァ! 出だしからこのような下らない事でガタガタ言わないで細木数子のようにズバリ!と本題に入ってくださいましなァ。 んもおおおォ~!

分かりました。 卑弥子さんがそのように言うのであれば、まず次のリストを見てください。


(lib30413.gif)


(lib30413d3.gif)


(lib30413e.gif)

赤い枠で囲んだ本をバンクーバーの市立図書館から借りて読んだのでござ~ますか?

その通りですよ。 よく分かりましたね。

だってぇ~、昨日も上のリストを持ち出したではござ~ませんか!


(hana009.jpg)

この本はなかなか読み応え、見応えのある本ですよ。 素晴らしい写真がたくさん貼ってあるので眺めているだけでも飽きないのです。 バンクーバーでこの本を手にとって眺めていると京都の風景が本当に懐かしくなってきますよ。

あらっ。。。 それほど京都の風景が懐かしいのでござ~ますか?

そうです。。。 京都生まれで京都育ち。。。、 しかも、京都にある女子大学でエロい腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を教えている卑弥子さんが実に羨(うらや)ましいですよう。

「エロい腐女子」が余計でござ~ますわ。 それで、上の御本の中に「徳子と小督の悲話」が出てくるのでござ~ますか?

そうなのですよ。 ちょっと次の小文を読んでみてください。

『平家物語』で歩く紅葉名所

建礼門院徳子は、平家全盛の頃清盛の次女として生まれ、15歳で高倉天皇の中宮になる。
その後、西海壇ノ浦で我が子の安徳天皇と平家一門の悲劇を目の当たりにする。

都へと戻された彼女は、安徳天皇と平家一門の菩提を弔うために剃髪し出家した。
それが落飾の地・東山の長楽寺(ちょうらくじ)で本堂の左手に建礼門院の落飾の塔ともいう、燃えるような紅葉に包まれた供養等が建っている。


(choraku2.jpg)


(choraku3.jpg)

 (中略)

一方、小督(こごう)の悲恋物語は『平家物語』の中に描かれる女人の話として哀切極まるものである。
高倉天皇の寵愛を受けた小督が徳子より先に子を生む。
すると清盛は怒り、小督を無理やり尼にして追放した。

黒染めの衣をまとった小督は最初嵯峨野に隠れ、その後、東山清閑寺(せいかんじ)に籠もって、23歳で死去したと伝えられている。
境内には小督塚が舞い落ちる紅葉を受けて建っている。


(seikan2.jpg)


(seikan3.jpg)

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


88ページ 『花物語で歩く京都』
著者: 川端洋之
2006(平成18)年3月15日 第1刷発行
発行所: 株式会社 淡交社

僕は『平家物語』を現代語訳で一通り読んではいたのだけれど、なぜか小督さんの悲話を見逃していたのですよ。

なぜでござ~ますか? エロいお話ではないので読み飛ばしていたのですわね。 うふふふふふ。。。

やだなあああァ~。。。 卑弥子さんは僕をエロい男だと思っているのですか?

殿方はすべてエロい生き物でござ~ますわよう。 おほほほほほ。。。

確かに、男はエロい話が好きですからね。。。 言われてみれば建礼門院徳子さんには次のようなエロ話が伝わっているのですよ。

私に合わせて腰を上下に

徳子が結婚したのは18歳、夫はわずかに12歳だったし、その夫婦生活もたったの9年だから、真の快美を知らぬのも無理はなかった。
まして閨技など、義経に教えられるまで、こんな世界があるなんて思いもよらない。
「私は怨むわ。 あなたのお節介を。 でも、これを知らないで死んだら、どんなにか悔いることでしょうね」うわごとのように、くり返す。

義経は半身を起こして、玉唇の紫龍をくわえる様を、つらつらと眺める。
徳子は恥ずかしく、脱いだ衣を集めて半身をおおう。
義経はわざと激しく出没させる。
「ああ、やめて」と止めるのも聞かず、かえって一の指を玉中に加え、「私のは細いから、これでちょうど良くなりましょう」とからかう。
徳子は両手で顔をおおい、悶えた。
「痛い。 裂けるわ。 やめて」
「お産の時は、もっと広げたでしょうに」
「恥を捨てて任せたのに、更に辱めるのですか」
「とおっしゃるなら、別の方法もありますよ。 教えてあげよう」


(bond010.gif)

右手に徳子の腰を、左手に肩を抱えて身を起こす。
自分はあぐらをかき、その上に徳子の尻を載せ、跨(またが)らせる。
「ああ、何をするの?」

義経は手をのばし襯衣(シャツ)を取り、徳子の背にかぶせた。
徳子の方は夜具を引き、これまた義経をおおう。
義経は襯衣(シャツ)の外から背を抱き、もう一方の手で尻を、こちらは襯衣(シャツ)の内から抱えた。
徳子は両手で義経の首につかまる。
彼の顎をおのが肩に載せさせる。
顔を傾ければ唇は斜めに義経の口に接した。
舌と舌で互いの口中を洗う。
股間の陽は陰をつき、陰は陽を噛まんとする。


(shibagaki4b.jpg)

(注: 赤字はデンマンが強調。
イラストはデンマン・ライブラリーより
読み易くするために改行を加えています)


44-46ページ 『春本を愉しむ』
著者: 出久根達郎
2009年9月20日 第1刷発行
発行所: 株式会社 新潮社

『徳子はエロカワ?』に掲載
(2013年1月25日)

あらっ。。。 もろにエロいお話でござ~♪~ますわ。 うふふふふふ。。。

卑弥子さん!。。。 鼻息が荒くなって。。。 眼が。。。 眼がギラギラと輝いてますよ! あのォ~。。。 そんなに近づかないでくださいよ。 卑弥子さんの鼻息が僕の顔に吹きかかるのですよ!

デンマンさん!。。。 悪い冗談はお止めになってくださいましなァ! どうして私の鼻息が京都からバンクーバーに吹きかかるのですかァ~?

とにかく、徳子さんには、このようなエロい話が伝わっているのですよ。

。。。んで、小督(こごう)さんのエロ話は。。。?

それが無いのですよ。

マジで。。。? どういう訳で小督さんにはエロいお話が無いのでござ~ますか?

だから、なぜだろうと思って僕はこの記事を書くことにしたのですよ。 

でも、探せばどこかに小督さんにのエロいお話があるでしょうに。。。?

それが無い! 探したけれど、どこにも見当たらないのですよ。 ただ、次のような悲しい物語だけが伝わっているのです。

小督哀話


(kogo4.jpg)

『嵯峨野の月』(月岡芳年『月百姿』)源仲国と小督時は平氏全盛の平安朝最末期、時の帝であった高倉天皇は最愛の寵姫を亡くし悲嘆に暮れていた。
見かねた中宮(清盛の娘である建礼門院徳子)は天皇を慰めようと、美貌と音楽の才能で名高かった中納言・藤原成範の娘を紹介する。

宮中に上がった成範の娘は小督局と呼ばれ、天皇の寵愛を一身に受けた。

しかし、中宮の父である平清盛は、天皇が中宮である娘を差し置いて小督に溺れる事に怒り狂い、小督を宮中から追い出してしまった。

小督は清盛を恐れて嵯峨に身を隠し、天皇とも音信不通となってしまう。
天皇の嘆きは深く、密かに腹心の源仲国(宇多源氏・源仲章の兄)を呼び出して小督を秘密裏に宮中に呼び戻すよう勅を賜った。


(kogo3.jpg)

ちょうど仲秋の夜のこと、月が白々と照る中を嵯峨野に出かけた仲国は、小督が応えることを期待して得意の笛を吹いた。
すると、見事な「想夫恋」の調べがかすかに聞こえてくるので、音のするほうに向かうと、果たして粗末な小屋に小督が隠れ住んでいた。


(kogo2.jpg)

最初、小督は清盛を恐れて宮中に帰るのをしぶるが、「想夫恋」の曲で彼女の真意を悟っていた仲国に押し切られこっそりと天皇の元に帰ってきた。
2人はひっそりと逢瀬を重ねるが、清盛におもねる者から秘密が漏れて、小督は無理やり出家させられてしまう。

能の「小督」はこのうち嵯峨野の場面に取材したもので、伝金春禅竹作の四番目物。
現在も比較的盛んに上演される、美しくも哀切な名作である。


出典: 「小督(こごう)」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

確かに、悲しいお話ですわ。 小督さんには何の落ち度も無いのに宮中から追い出されて、しかも天皇とこっそりと逢っているのが知れると平清盛によって無理やり尼さんにされてしまう。 本当に悲しいお話だと思いますわ。

ほおォ~。。。 卑弥子さんが目に涙まで溜めて悲しむなんて珍しいですねぇ~。。。

だってぇ~、 小督さんの身になって考えると本当に悲しいことですわ。。。んで、あたくしに悲しいお話を聞かせて涙ぐませるために小督さんの悲話を持ち出してきたのでござ~ますか?

いや、違いますよ。。。 そうじゃないのですよ。

では、なぜ。。。?

あのねぇ~、徳子さんにはエロ話があって、小督さんにはない。

それがデンマンさんにとって、それほど不思議なのでござ~ますか?

そうですよ。 だってぇ、考えてみてください。 小督さんは徳子さんよりも明らかに美人で音楽の才能もあった女性ですよ。。。 言ってみれば、男にとってこれ以上の魅力的な女性は居ないと思える。 実際、高倉天皇は徳子さんよりも小督さんに惹きつけられてしまった。 だから、小督さんは美人である以上に性格も良い女性であったに違いない。 男がそれほど恋い焦がれてしまう女性にもかかわらず小督さんにはエロ話がない。 

どうしてでござ~ますか?

つまり、小督さんの悲話は余りにも悲し過ぎるのですよ。 だから誰しもが同情してしまう。

でも、徳子さんのお話だって充分に悲しいと思いますわ。

確かに、徳子さんの話も悲しい物語に違いない。 でもねぇ、大きな違いがある。 小督さんの運命を狂わせたのは、そもそもが徳子さんの父親の平清盛なのですよ。 だから、徳子さんのエピソードも小督さんの哀話も悲しいものには違いないのだけれど、平清盛が徳子さんの父親であるために、民衆は小督さんの味方になったのですよ。

つまり、小督さんをネタにエロ話をするには、余りにも可哀想だと。。。 あまりにも恐れ多いと。。。 それで、徳子さんの方がエロ話のネタにされたと言うことでござ~ますか?

まず間違いなく、そういうことだと思うのですよ。


(laugh16.gif)

【小百合の独り言】


(sayuri5.gif)

ですってぇ~。。。
あなたは、どう思いますか?

確かに、徳子さんだってずいぶんと悲しい目にあっているのですわよね。
でも、小督さんは、徳子さんのお父さんである平清盛のために悲運に泣くことになったのです。
それで、民衆は徳子さんよりも小督さんに同情を寄せたのでしょうね。

ところで、お話は変わりますけれど、私の祖先は百済から難民としてやってきたのです。

ええっ。。。? どうして、そのようなことが解ったのかってぇ~。。。?
実は、デンマンさんに教えていただいたのですわ。
それまで全く知りませんでした。

百済から当時の平城京(現在の奈良市)に行ったようです。
でも、土地があまりなさそうなので開拓団に加わって、デンマンさんの祖先と一緒に武蔵国まで行ったのですってぇ~。

ええっ。。。? 「それはデンマンがでっち上げた御伽噺」だとおっしゃるのですか?

とにかく、私の実家は館林にあるのですわ。
デンマンさんのご実家から車で20分から30分です。
ホントに、目と鼻の先です。

そのような近くに住んでいたのにデンマンさんと私は日本で出会ったことがなかったのです。
不思議な事に、私がデンマンさんに初めてお会いしたのはカナダのバーナビー市でした。
私が13年間借りていた“山の家”で巡り合ったのですわ。


(burnamap2.gif)

バーナビー市というのはバンクーバー市の東隣にある町です。
上の地図の赤い正方形で示した部分を拡大すると次のようになります。


(burnamap3.gif)

この地図の Deer Lake (鹿の湖)の畔(ほとり)に私が借りていた“山の家”が会ったのですわ。


(deerlak3.jpg)


(house22.jpg)


(house23.jpg)

この家でデンマンさんと15年ほど前に初めてお会いしました。


(room007.jpg)

この上の写真は、デンマンさんがコラージュしてでっち上げたのですけれど、ちょうど、このように寅さんのような格好をしていたのですわ。
うふふふふふ。。。
それだけに、私は強烈な第一印象を持ちました。

でも、どうして私の祖先とデンマンさんの祖先が一緒に百済からやって来たの?

私にはよく理解できなかったのです。
デンマンさんは、おっしゃいました。

DNA に“海外飛躍遺伝子”が焼きついているのですってぇ。
デンマンさんと同じようにして、その DNAの飛躍遺伝子が1400年の眠りから覚めて、私は館林から佐野を経由してカナダのバーナビーに渡ったのです。
そして、デンマンさんと“山の家”で出会ったのでした。

ところで、卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


『感じてストで和露他』

『笑える漢字クイズ』

『哀れなネアンデルタール』

『佐伯今毛人は臆病者か?』

『笑わせる漢字でござ~ます』

『卑弥子@婚活』

『プロメテウスの第2の火』

『うむうむ、ふむふむ人間』

『コギャルと甘え』

『癒しと水墨画』

『東電八分』

『怒りっぽいあなたに』

『床上手だよ!』

『床上手@docomo』

『漢字で体操ざ~ます』

『曲屁(きょくべ)』

『天神様と東日本大震災』

『日本は良い国か?』

『日本を良い国に…』

『エロい熟女』

『アッと驚くマキアベリ!』

『良寛さんの顔』

『あなたの中の阿修羅』

『蝦夷って悪い意味?』

『伎楽は呉の音楽?』

『呉越の謎』

『紅のボートピープル』

『蕎麦屋と忠臣蔵』

『ピンクと桃色』

『妻の不貞』

『卑弥子さん、ご指名ですよ!』


(byebye.gif)

 
メチャ面白い、

ためになる関連記事



(linger49.gif)

■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』


(vansnow2.jpg)

■ 『カナダのバーナビーと軽井沢に別荘を持つことを

夢見る小百合さんの物語』

■ 『今すぐに役立つホットな情報』

■ 『 ○ 笑う者には福が来る ○ 』

■ 『あなたもワクワクする新世代のブログ』


(june888.jpg)

■ 『バンクーバーの寒中水泳』

『お受験と教育ママ(2009年9月8日)』

『四季桜(2009年9月14日)』

『熊校の思い出(2009年9月16日)』

『「田舎教師」と行田(2009年9月18日)』

『小百合さんの存在感(2009年9月20日)』


(bnose2.jpg)

『大阪の歴史馬鹿(2009年9月22日)』
 
『「蒲団」と「田舎教師」(2009年9月24日)』

『卑弥子さんの存在感(2009年9月26日)』

『ロマンとデジャヴ(2009年9月28日)』

『夫婦風呂(2009年9月30日)』

『露悪趣味(2009年10月2日)』

『カプリ島と香水(2009年10月10日)』

『小百合さんの香水(2009年10月14日)』


(cow02.jpg)


(surfing9.gif)

桜のメルヘン

2012年4月8日

 

桜のメルヘン


(kyoto85.jpg)


(cherry21.jpg)


(swhite2.jpg)


(foolw.gif)

Subj:小百合さん、おはよう!

春ですね。

元気にお目覚めですか?


(sleepgal.gif)

From: denman@infoseek.jp
To: sayuri@hotmail.com
Cc: barclay1720@aol.com
Date: Thu, Apr 5, 2012 9:51 am
Pacific Daylight Saving Time
(日本時間: 4月6日午前1:51分)

小百合さん、元気ですか?

春ですね。
大長寺の桜も きれいに咲き始めている頃でしょう。


(cherry02.jpg)

忍川の堤に二人で並んで座りながら2匹の白鳥を眺めたことがまるで御伽噺の一風景のように思い出されてきますよ。
あんな現実離れした事が本当にあったのだろうか?


(2awan10.jpg)


(swan0023.jpg)

ところで、昔、昔、。。。もう遠い童話のような世界になってしまいましたが。。。
僕が、まだ4つか5つぐらいでしたでしょうか?
僕の親父(オヤジ)が初めて釣りをしたのを見たことがあります。
一人で釣りをするのは間が持たないと思ったのか。。。?
僕の手を引いて小百合さんと並んで座って白鳥を眺めた辺りで釣りを始めたのですよ。
桜が咲いていた頃ではなかった。
でも天気はよかった。
10人以上の釣り人が土手に並んで釣りをしていましたよ。

しばらくして大きなフナがかかりました。
ところが、そのフナを釣上げて手で受け取ろうとしたところで釣竿が真ん中あたりでポキリと折れてしまったのです。
フナはピチピチ跳(は)ねながら水面にポッチャリ!と落ちた。
針を呑んだままだったから、たとえ水に戻っても、あのフナは長くは生きられなかったかもしれない。
親父は大きな獲物を逃して僕の顔を見てテレ笑いというか?苦笑していましたよ。

でも、それ程の後悔はなかったようで。。。
しかし、釣竿が折れて他の釣り人の注目を集めて格好が悪いと思ったのでしょうね。
それで釣りを止めて、僕の手を引いて家に帰ったのです。

親父が釣りをしたのを見たのは、それが初めで最後になりました。
僕は、そんな親父を見たからか。。。?
たぶん、それがトラウマとなったわけではないけれど、
今まで釣りをしたことがないのですよ。
きゃはははは。。。

小百合さんと見た白鳥と。。。
親父が釣り逃がしたフナが。。。なんとなくダブって僕の記憶に戻ってきたのです。

そして。。。バンクーバーの春の記憶と言えば
ロブソン・スクエアに面した美術館の裏の青空喫茶ですよ。


(vga10.jpg)


(robson90.jpg->vga08.jpg)


(robson99.jpg-vga01.jpg)


(robson98.jpg->vga09.jpg)

バンクーバー市立中央図書館に歩いてゆくたびに通る道すがら、晴れた日には決まって目にする青空喫茶が見えてくると、そこのテーブルに小百合さんが座って微笑んでいるのですよ。
現実にはなかった光景なのに、なぜか鮮明に僕のオツムのスクリーンに浮かんでくる。
幻想。。。デジャブ。。。既視感。。。?


(sayuri44.jpg)

ハローストリートの桜並木にきれいに桜が咲き誇っています。
淡いピンクの花がトンネルを作っているのですよ。
そのトンネルの中を歩いていると、
メルヘンの世界にいるようで。。。、まるで夢の中です。

たまたま図書館で借りた1983年市川崑・監督作品の『細雪(ささめゆき)』を観ました。
映画の初めに出てくる嵯峨野の花見のシーンはきれいでしたねぇ~。。。


(sasame2.jpg)

『細雪』

(The Makioka Sisters)

バンクーバーで見ると、あの映画の中にきれいな日本が箱庭のようにして見えてくる。
昭和13年と字幕に出ていたけれど、昔の日本が御伽噺のように出てくる。
桜と小百合さんと昔の日本が、メルヘンの中で混ざり合いました。

小百合さんも、しばらくぶりに大長寺で桜の花を見ながらバンクーバーを懐かしんでね。
じゃあ、また。。。


(denman01.gif)


(sayuri55.gif)

デンマンさん。。。『細雪』をご覧になったのですか?


(kato3.gif)

そうですよう。。。実に良かったです。 なんと言うかァ~。。。嵯峨野で蒔岡(まきおか)家の四姉妹が花見シーンをするところなどは、僕はうっとりしてしまいましたよ。。。

美しい四姉妹にですか?

もちろん、四姉妹も美しいのだけれど。。。、何と言ってもあの桜のシーンは本当に日本だなァ~。。。と、僕の思い出の中から、純粋に日本的なものを感じさせてくれましたよ。。。


(arashi02.jpg)

嵐山の桜


嵐山 渡月橋~中之島公園

【お花見】

京都府京都市右京区嵯峨中ノ島町付近

嵐山一帯は桜の名所として、とても人気があります。
その昔、後嵯峨上皇が吉野から持ち帰ったのがはじまりで、渡月橋・中之島公園付近では、ヤマザクラ・ソメイヨシノなど約1500本が咲きほこります。
満開時における緑と桜のコントラストは絶景で、山全体が彩られて一見の価値があります。
ライトアップは3月下旬~4月上旬頃行われます。
最寄り駅は、阪急河原町駅。
京阪四条駅から市バス 東山安井停下車、東へ徒歩5分。

(上のYouTube の説明書きより)

バンクーバーに居るので、なおさら日本的な素晴らしさに衝撃を受けたほどです。 僕は惚れ惚れするように桜のシーンと四姉妹の美しさにうっとりとしながら何度も何度も眺めたものですよ。

それほど良かったのですか?

もちろんですよ。。。それに何よりも、館林の「つつじが岡公園」で去年(2011年)の10月、小百合さんと一緒に見た冬桜が思い出されてきたのです。


(tate100.jpg)

館林 つつじが岡公園


(tate101.jpg)

つつじが岡公園の冬桜


館林 つつじが岡公園

デンマンさんが春に日本へ帰省するのであれば一緒にきれいなつつじが見られるのに冬桜では、ちょっと残念ですわ。

いや。。。そんなことはありませんよ。 むしろ10月から11月にかけての晩秋の「つつじが岡公園」も風情があって、なかなか良いものです。 それに、4月の下旬から5月にかけて「館林つつじまつり」で公園は人波でごった返すでしょう! 小百合さんとゆっくりと落ち着いて、公園を散歩しながら思い出を語るようなロマンチックな雰囲気ではありませんよう。

そうでしょうか?

そういうものなのですよ。 

。。。で、『細雪』を観て、どう思いました?

実を言うと僕は『細雪』を小説で読んだことがないのですよ。

どうして。。。?

喰わず嫌いです。 あまりに有名な小説だから読む気がしなかった。

普通の人は有名な小説だから手にとって読む気になると思うのですけれど、デンマンさんちょっと変わってますわね。

うん。。。そうかもしれません。 僕は「有名作品」だとか「有名人」に対しては拒否反応を示すことがあるのですよ。

。。。で、映画を観てどうでした?

花見のシーンも良かったけれど、なかなか面白い話でしたよ。

細雪(ささめゆき)

『細雪』(ささめゆき)は、日本の作家谷崎潤一郎の長編小説。
全編の会話が船場言葉で書かれた異色の作品である(谷崎自身は東京出身)。
上流の大阪人の生活を描き絢爛でありながら、それゆえに第二次世界大戦前の崩壊寸前の滅びの美を内包し挽歌的切なさをも醸しだしている。
阪神間モダニズム時代の阪神間の生活文化を描いた作品としても知られる。
舞台は阪神間だが、本質的には大阪(船場)文化の崩壊過程を描いている。

谷崎は第二次世界大戦中の1942年秋に山梨県の河口湖畔の勝山(富士河口湖町)に滞在し、月刊誌『中央公論』で『細雪』の執筆を始める。
夫人の松子、義姉、義妹たち四姉妹の生活を題材にした大作だが、1943年に軍部から「内容が戦時にそぐわない」として掲載を止められる。
1944年(昭和19年)には私家版の上巻を作り、友人知人に配ったりしていたが、それも軍により印刷・配布を禁止される。
疎開を経て、戦後は京都鴨川べりに住まいを移し、1948年(昭和23年)に作品を完成させる。

その後『細雪』は評価され、谷崎は毎日出版文化賞(1947年)や朝日文化賞(1949年)を受賞する。
また、作家の三島由紀夫をはじめ、『細雪』は作家たちにより多くの文芸随想等で幾度か取り上げて高く評価され、読書アンケートや名著選でも必ず近代文学の代表作に挙げられる。

『細雪』の舞台となった神戸市東灘区の谷崎の旧邸は、保存運動がNPO法人「谷崎文学友の会」と地元住民によって進められ、六甲ライナー建設による移築保存を1990年に成しとげ、「倚松庵」と名づけられている。

なお、作中には年号の表記が出てこないが、作中で四季の移り変わりと大きな気象災害が克明に描かれているため、この作品は1937年から1941年までのことを書いているものだとする研究結果も発表されている。

あらすじ

大阪船場で古い暖簾を誇る蒔岡家の四人姉妹、「鶴子」「幸子」「雪子」「妙子」の繰り広げる物語。
三女雪子の見合いから話は始まる。
三女雪子は美人なのであるが、なぜか縁遠く、三十路に入っても嫁げず姉の幸子夫婦が奔走している。
一方四女妙子は始終恋愛事件をおこして姉達をてこずらせている。
なお、兵庫県芦屋市に居を構える蒔岡家の分家で傍観者的な既婚者として登場する二女幸子は、(谷崎の夫人の)松子のことである。

映画

『細雪』はこれまで3度映画化されている。いずれも日本映画史を代表するトップ女優が出演して話題となった。

『細雪』(1950年、新東宝)  監督:阿部豊、出演:花井蘭子、轟夕起子、山根寿子、高峰秀子、伊志井寛、河津清三郎、田中春男、田崎潤、浦辺粂子、藤田進、香川京子、横山運平、ほか

『細雪』(1959年、大映)  監督:島耕二、出演:轟夕起子、京マチ子、山本富士子、叶順子、川崎敬三、根上淳、菅原謙二、船越英二、信欣三、山茶花究、浦辺粂子、三宅邦子、北原義郎、川上康子、八潮悠子、藤田佳子、穂高のり子、瀧花久子、村田知英子、ほか

『細雪』(1983年、東宝)  監督:市川崑、出演:岸惠子、佐久間良子、吉永小百合、古手川祐子、伊丹十三、石坂浩二、岸部一徳、桂小米朝、江本孟紀、小坂一也、小林昭二、辻萬長、常田富士男、浜村純、横山道代、三宅邦子、細川俊之、三條美紀、仙道敦子、頭師孝雄、橋爪淳、ほか


出典: 「細雪」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

長女の鶴子を岸惠子さんが演じているのです。 気品のある貴族的な美しさがありますよね。 二女の幸子を佐久間良子さん、三女の雪子を吉永小百合さん。。。そして四女の妙子を古手川祐子さんが演じているのだけれど、どの姉妹もきれいで、本当に惚れ惚れとするようでした。

。。。で、どの姉妹の生き方にデンマンさんは共感しました?

それは、何と言っても四女の妙子ですよ。 堅苦しい封建的な家の制度だとか世間体を気にする事に反抗するような。。。自分の生き方は自分で決めるという姿勢に僕は共感しましたよ。

でも、そういう生き方は戦前では蓮っ葉な不良娘だと思われていたのでしょう?

そうですよ。 でも、おそらく現在の若い人たちは僕と同じように妙子の生き方に共感すると思うのですよう。 小百合さんはどうですか?

そうですわねぇ~。 でも、現在の日本でも妙子のような生き方を押し通すと生き難いですわ。

わかりますよ。。。解ります。。。吉永小百合さんが演じている三女・雪子の生き方が日本的なのですよ。 自分の考え方をしっかりと持っているけれど、波が立つからそれを表面に出さないで、なんとなく世間と折り合いを見つけながら、できるだけ目立たないように生きてゆく。 そういう女の生き方が日本では世間的に認めれれていたのですよ。 僕のお袋などは、そういう生き方をしてきたのです。 結果的には雪子は何度も何度も見合いを経て、最終的には外国で長いこと暮らしてきた東谷子爵と縁談が決まるのですよ。

そうですわね。 四女の妙子さんがいろいろと問題を起こしたので雪子さんは、正直に東谷子爵に妹のことを話すのですよね。

そうなのです。 「私は妙子さんと結婚するのではありませんから、どうでもよい事ですよ」。。。 東谷子爵は、そう言うのです。 三女の雪子さんの幸せな結婚生活を暗示するようなエピソードですよ。

私は4人の姉妹の内では誰に似ているとデンマンさんは思いますか?

小百合さんは、三女の雪子と四女の妙子の性格を併(あわ)せ持っていますよ。

あら、どう言う訳で。。。?

小百合さんは次のように書いてましたからね。。。

ロマンとバンクーバー


(sayuri777.jpg)

Subj:長い電話お疲れ様でした

Date: 01/10/2007 1:52:14 AM
Pacific Daylight Saving Time
日本時間: 2007年10月1日 午後5時52分 
From: fuji@adagio.ocn.ne.jp
To: barclay1720@aol.com


(sayuri5.gif)

長い電話お疲れ様でした。
良くわかりました。

経理をしなくてはいけない。
それも13年分。
誰にたのもうか?
レシートもなくてと迷って朝方まで寝られない夜が毎晩だった時、デンマンさんと話して、ここまで経理が進んだことをホットしてます。

いくら 請求がきても カナダに納めるのならいいやと思いはじめました。 
バーナビーで夏休みを過ごすことは 毎年私の支えの時間でした。

あの古い家は、夏休みで休むというより
ペンキ、芝のクローバむしり、
りんごの木の手入れ、
玄関まで高く長い階段のペンキはがしや、
しばらくみがかないガラス、
シミだらけのじゅうたん、
BASEMENTはランドリーのホコリとくもの巣、
行けば、掃除ばかりの家に大変でしたが
また戻りたいと思っていました。


(house23.jpg)

実父の病気に、もう自分勝手にしていては駄目だ。
と今年決意しました。

こんな私でも欲しい物があります。
別荘です。
場所は長野です。
買ったら元家主の藤田桃子さん夫婦も招きたいです。
よかったらデンマンさんも。

日本だったら、親をおいていくことなく、ゆけます。

でも、29才からバーナビーで夏休みを過ごすことができた事は私の人生にとって良かったと思います。
ではまた。。。


(sayuri15.gif)

小百合より


『ロマンと悪妻』(2008年7月31日)より

懐かしいですわ。 こんな事を書いていたのですわね。

そうですよ。。。見方によったら小百合さんは悪妻と思われかねない。

そうでしょうね。 夫と離れて自分だけで夏休みをカナダで過ごすのですからね。

しかも、小百合さんは自分が夫に求められているような女じゃないとまで自覚している。

デンマンさんは、私がレンゲさんのような

ロマンチックな女だと期待しているようですが、

私は、そのような女っぽい女ではないのですゥ。

主人は私のことを「中性脂肪」だと言います。

つまり、女っぽくない脂肪の塊だと。。。


『夢とロマンの軽井沢 (2008年7月19日)』より

でも、小百合さんはウジウジとグチをこぼしながら自分の殻に閉じこもるわけではない。。。そういうところは四女の妙子のように行動的なのですよ。 自分の考えている事に従って行動を起こす。


(house22.jpg)

(13年間)バーナビーで夏休みを過ごすことは
毎年私の支えの時間でした。

あの古い家は、夏休みで休むというより
ペンキ、芝のクローバむしり、
りんごの木の手入れ、
玄関まで高く長い階段のペンキはがしや、
しばらくみがかないガラス、
シミだらけのじゅうたん、
BASEMENTはランドリーのホコリとくもの巣、
行けば、掃除ばかりの家に大変でしたが
また戻りたいと思っていました。

「中性脂肪」だと言われた妻が、そうなのだろうか? いいえ、決して中性脂肪だけの女じゃないわ!。。。内心では、そう思いながら行動を起こしたわけですよ。 違いますか?

そうですわね。。。確かに、中性脂肪だけの女じゃないと思っている自分も居ましたわ。

それで、夏の期間、夫と離れてバーナビーの“山の家”で過ごしながら、家事をやり、子育てをして自分にだって“女らしいことができる事”を行動して自分で確かめている。 その事を、小百合さんは“(心の)支えの時間”だったと言っているのですよ。 そうでしょう?

そんな風にデンマンさんに言われると、そのような気もしてきますわ。 でも、どうして私に三女の雪子さんのような性格があると思ったのですか?

小百合さんは次のように決断したからですよう。

実父の病気に、もう自分勝手にしていては駄目だ。

と今年決意しました。

それで、これからはバーナビーの別荘をたたんで日本をベースに生活してゆこうと決めたわけですよ。 ちょうど三女の雪子さんが東谷子爵との結婚を決意したように。。。

デンマンさんは、そのように解釈しているのですか?

そうですよ。。。でもねぇ、小百合さん。。。ロマンを忘れては駄目ですよ。。。これからも、まだまだ小百合さんの長い人生は続いてゆくのだから。。。生きがいとは何か?。。。常に考え続けなければならないということでしょうね。

そうかしら。。。?

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~
小百合さんは表面的に見れば、その辺に居る普通のおばさんと、ちっとも変わらないのでござ~♪~ますわ。
たぶん、街で見かけても、誰もデンマンさんが書いている「小百合さん」だとは気づかないでしょう。
それほど、小百合さんという人物は目立たない、あまりにも普通の女性です。

でも、こうして小百合さんの内面と、小百合さんが今まで起こしてきた行動を見てゆくと、『細雪』にでてくる四女の妙子もビックリするほどに波乱の人生を歩んできたのです。
だから、これからの小百合さんの人生も決して尻すぼみにならないと、あたくしには信じているのでござ~♪~ますわ。

とにかく、次回も、面白い話題が続きそうでござ~ますう。
どうか、また読みに戻ってきてくださいましね。
では。。。


(hand.gif)


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

ためになる関連記事



(linger65.gif)

■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』


(house22.jpg)

■ 『軽井沢タリアセン夫人 – 小百合物語』

■ 『今すぐに役立つホットな情報』


(snowhous2.jpg)

『夢とロマンの横浜散歩』

『愛とロマンの小包』

『下つきだねって言われて…』


(snowboard.jpg)

『銀幕の愛』

『パリの空の下で』

『愛の進化論』

『畳の上の水練(2011年3月15日)』

『軍隊のない国(2011年3月21日)』

『アナクロニズム(2011年3月27日)』

■ 『愛と詩のレンゲ物語』


(bare02b.gif)

こんにちは。ジューンです。

日本のハーブティーは、なんといっても桜湯だそうですけれど、


(sakurate.jpg)

カナダ、アメリカ、イギリスではハーブティーとして

ローズティーが好まれています。

普通、ローズヒップティーと呼ばれます。

ローズヒップ(rose hip)とは

バラ科バラ属の植物の果実。

つまり、バラの実です。

ローズヒップ生産のため、バラの特定品種、

特にRosa canina(ドッグ・ローズ)が栽培されています。

ハイビスカスとブレンドしたハーブティとして飲用されることもあります。

また、ローズヒップオイルは食用油として、

ジャム、ジェリー、マーマレードにも用いられるほか、

スキンケアにも用いられます。

こんなエピソードがありました。

第二次世界大戦中、

イギリスはドイツ海軍Uボートの海上封鎖により

オレンジの輸入がストップしたのです。

ビタミンCの補給ができなくなったのです。

それで、英国の学童たちは生垣に生えている

ローズヒップの採集を命じられました。

ローズヒップティーにして飲んで

ビタミンCを補給したのですって。。。


(rosehip.jpg)

なんだか信じられないようなお話ですよね。

ところで、英語の面白い話を集めました。

時間があったら覗いてみてください。

■ 『あなたのための愉快で面白い英語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。


(chirashi.jpg)


(bravo.gif)

愛憎と苔の祗王寺

2010年12月15日

 
愛憎と苔の祗王寺
 
  

 
 

白拍子になってしまいましたわア~。
うふふふふ。。。

デンマンさんが小百合さんのために
出ろっつうんでござ~♪~ますわよう。

ええっ? どうしてかって。。。?

苔にハマッている小百合さんのために
美しい苔のある風景をお見せしなさいって
言われたのでござ~♪~ますわ。
そう言う訳で、祗王(ぎおう)寺を紹介しますわ。

美しいでしょう!
苔の美しい庭がいいですよね。
その向こうに見えるのが祗王寺でござ~♪~ますわ。
祗王や清盛の仏像がまつられているのですゥ。

法然上人の門弟・良鎮によって建てられた
往生院の境内地にあったのですが、
往生院が荒廃した後は小さな尼寺として残り、
祗王寺と呼ばれるようになったのでござ~♪~ます。
でも、江戸末期に廃寺となってしまったのですわ。

明治28(1895)年に当時の府知事であった北垣国道さんが
茶室を寄進して再建したのでござ~♪~ます。

現在では大覚寺の塔頭(たっちゅう【わきでら】)となっていて、
紅葉の名所、また、
平家物語の悲恋物語の舞台として知られているのです。

平清盛の寵愛を受けた白拍子・祗王が、清盛に捨てられた後、
妹の祗女とお母さんと仏御前(ほとけごぜん)と
過ごした寺でござ~♪~ますわ。
このお話は「平家物語」・祗王に詳しく描かれています。

小さな庵と苔が美しい庭園を見ていると、
「平家物語」の時代にタイムスリップした気分になりますわ。
嵐山の奥のほう、竹と楓(かえで)に囲まれた、
どこか女性的な感じを受ける草庵でござ~♪~ます。

庭は苔のじゅうたんで覆われ、
つくばいを流れ落ちた水が小川となり、
楓の足元を大きくうねりながら流れてゆくのですわ。

紅葉の見ごろは、少し遅めの12月上旬でござ~♪~ます。
なぜなら、庭苔の緑に、散り始めた紅葉が
朱をさして美しいからですわ。

デンマンさんとご一緒に見たいものですわぁ~。
おほほほほ。。。

では、平家物語「巻第一 祗王の章」の
あらすじをお話いたしますわ。

ところで白拍子というのは、平安時代後期に活躍した、
一口で分かりやすく申し上げるならば、
芸者のような者でござ~♪~ますわ。

このように白の水干(すいかん)に
立烏帽子(たてえぼし)、白鞘巻(しろさやまき)という男装で
「今様」と呼ばれる歌を謡(うた)いながら、
男舞と呼ばれる舞を舞うのでござ~♪~ます。

白拍子であった祗王は、時の権力者・平清盛の寵愛を受け、
彼の館で幸せに暮らしておりました。
あるとき、清盛に歌舞を披露したいという
別の白拍子が現れたのです。
その者が仏御前だったのですわ。

ただの白拍子に過ぎない仏御前を清盛は追い返そうとしました。
でも、遠路はるばるやってきた彼女を見かねて、
心の優しい祗王がとりなしたのでござ~♪~ますわ。
それで、仏御前は清盛に舞を見せることになりました。
しかし、これを見た清盛は心を奪われ、
仏御前を寵愛するようになってしまったのでござ~♪~ます。

皮肉なものでござ~♪~ますわねぇ~。
男と言うのは本当に浮気なものでござ~♪~ますわ。
祗王の座を奪う気持ちのない仏御前は辞退しようとしました。
しかし、それに気づいた清盛は、
邪魔な祗王を追放してしまったのですわ。
本当に悲しい事でござ~♪~ますゥ。

萌え出づるも

枯るるも同じ

野辺の花

いづれか秋に

あわではづべき

館を出る祗王がせめてもの忘れ形見にと
詠んだ句でござ~♪~ます。

さらに翌春、清盛は退屈している仏御前を慰めるためといって、
祗王に仏御前の前で舞を披露することを強要したのです。
祗王は、あまりの屈辱に死を決意するのでござ~♪~ました。
しかし、五逆罪になることを母親が説き、
やむなく祗王は清盛の館へ向かうのです。

仏もむかしは凡夫なり

われらも遂には仏なり

いずれも仏性具せる身を

隔つるのみこそ悲しけれ

このように謡(うた)いながら舞い踊り、
諸臣の涙を誘ったのでござ~♪~ます。

祗王は都に居れば、
また同じような思いをしなければならないと、
母、妹と共に尼となり、嵯峨の山里で仏門に入るのでした。

当時、祗王21歳、妹の祇女は19歳、
母の刀自(とじ)は45歳でござ~♪~ました。

ところが、ある秋の夕べ、仏御前は祗王の元を訪れたのです。
なぜ。。。? どうした事でござ~♪~ましょうか?

実は、祗王の運命を自分に重ねて世の無常を思い、
仏御前は、清盛の館を抜け出して
尼となっていたのでござ~♪~ます。

それからのち、祗王一家と仏御前は、余念無く仏道に励み、
みな往生の本懐を遂げたのでござ~♪~ます。

小百合さん、いかがでござ~♪~ますか?
女の身として涙なくしては読めないですよね。
おほほほほ。。。

それにしても、祗王寺のお庭は
苔がとっても美しいですことォ~。。。
見とれてしまいますわぁ~。
あああぁ~。。。デンマンさんとご一緒に見たいわぁ。。。
うしししし。。。


『愛憎と苔寺 (2008年10月7日)』より

 

日本時間: 2008年10月2日 午後10時6分
バンクーバー時間: 10月2日午前6時6分

(461) 10月2日
Name: 小百合 (HOME) E-MAIL
Date: 2008/10/02 22:06

は~い 夜になってしまいました。
昼 山小屋へ行き、 苔が心配になって 見てきました。
今 増やしてますが・・・
そう言えば デンマンさんがブログに苔の事 何か言ってましたね?
よく わからなかったけど。。。

デンマンさん。。。またずいぶん前の記事とメールを持ち出してきましたわね。

あのねぇ~、久しぶりに『おそめ』を読み返していたら祗王寺(ぎおうじ)が出てきたのですよう。

それで、懐かしくなって上の記事と私が書いたメールを持ち出してきたのですか?

そうですよう。 小百合さんは、2008年の秋には苔にハマッていたでしょう!?

そうでしたかしら?

忘れてしまったのですか? 次のように書いていましたよう。

軽井沢の別荘は芝生でなく
苔を庭に生やすのです。
高い木の下では 日光が当たらず、
苔がはえて ジュウタンのようです。

苔は芝のように 刈らなくていいのですが
その上に寝転んで 遊ぶわけには いきません。
すぐ はがれたり 痛みます。
でも そーっと 歩くと 楽しいです。

この前から 苔にはまって
何種類もの 苔を見つけて 移植したり
楽しいひと時。。。、

もし デンマンさんが山小屋を訪ねて来るのでしたら
見ておどろくでしょう。 全滅してたら ごめんなさいネ!
乾燥すると 色が悪くなって 汚い ジュウタンとなるでしょう。


『愛憎と苔寺 (2008年10月7日)』より

苔を育てるのってぇ、意外に難しいのですわ。

そうかなァ~。。。あんなものは、ほおって置くだけで自然に増えてゆくのではないのォ~?

そうゆうわけにはゆきませんわ。。。手入れが、なかなか大変なのですわ。 乾燥すると 色が悪くなって 汚いジュウタンのようになってしまうのです。

栃木の「山の家」の苔は、結局、汚いジュウタンのようになってしまったのですか?

うふふふふふ。。。

小百合さん。。。笑ってごまかさないでくださいよう。。。きれいなジュウタンのようになっているのを見たかったなあああァ。。。

そのうち暇ができたら、また一から始めますわ。。。ところで、『おそめ』に祗王寺(ぎおうじ)のことが出てきたってぇ、どのような事が書いてあったのですか?

ここに書き出すから読んでみてください。

祗王寺の庵主は智照尼(ちしょうに)と呼ばれる尼で、元は妓籍に身をおいていた人である。

大阪花柳界で半玉(はんぎょく)として売り出し名を挙げたが、当時、恋仲だった贔屓客に操を疑われ、その潔白を証明するために自ら小指を切り落としたという伝説の持ち主である。
小指を失ってからは東京・新橋花柳界に移り、照葉の名で人気を集めたが、その後、結婚、離婚を繰り返し、職も芸者から女優、バーのマダムと流転を重ね、剃髪して尼になった人だった。
瀬戸内晴美著『女徳』のモデルとしても知られる智照尼は、芸妓時代から俳句を嗜(たしな)み、文学好きであった。
そのため、東京の文士や芸術家たちと親交が深く伊藤(道郎)のほかにも川口松太郎や里見弴らが、よく祗王寺を訪ねた。

そんな縁から秀(ひで:「おそめ」のマダム)も智照尼と親しくつき合っていた。女友達のできにくい秀であったが、その一方で年上の剛毅な気性の女たちからは徹底して好かれる。智照尼も、二周り以上も年下である秀のことを可愛がった。

秀は、ふらりと弁当と酒を持って祗王寺を訪ねた。今でこそ観光スポットとして人気を集める祗王寺だが、当時は荒れ果てた状態で、「おそめ」の客に奉加帳を回して修繕の費用を作り、届けたこともあった。また、智照尼も、御高祖頭巾(おこそずきん)をかぶって、ちょくちょく「おそめ」まで飲みにきた。そんな間柄のふたりだった。

(注1: 写真はデンマンが貼り付けました。)
(注2: 「里見(とん)らが、よく祗王寺を訪ねた」 この部分が文字化けするかもしれません。 名前の「とん」は常用漢字ではないので、もし、あなたのシステムに、この文字を表示するフォント[font]が無いと文字化けします)


149-150ページ
『おそめ』 著者: 石井妙子
2006年1月24日初版発行
発行所: 株式会社 洋泉社

あらっ。。。祗王寺の庵主さんは波乱に飛んだ人生を歩まれたのですわね。

そうなのですよう。 まるで祗王のような波乱に飛んだ人生ではありませんか!

つまり、祗王寺の庵主さんの人生をデンマンさんは祗王の人生に重ねて見たのですか?

そうなのですよう。。。なんとなく不思議ではありませんか。。。因縁(いんねん)というのか。。。祗王の霊を鎮魂し、祀(まつ)る庵主さんが同じような波乱の人生を歩んでいた。

デンマンさんは、その事が言いたかったのですか?

いや。。。その事だけじゃないのですよう。

他に何を。。。?

あのねぇ~、智照尼さんは瀬戸内晴美著『女徳』のモデルとしても知られているのですよ。

瀬戸内晴美さんと言うと、現在の寂聴さんですわね?!

そうですよう。 寂聴さんの人生も波乱に富んでいるのですよう。

マジで。。。?

ウィキペディアには次のように書いてあります。

瀬戸内寂聴

1922年5月15日生まれ。
日本の小説家、天台宗の尼僧。
旧名は瀬戸内 晴美(せとうち はるみ)。
僧位は僧正。
1997年文化功労者、2006年文化勲章。

学歴は徳島県立高等女学校(現:徳島県立城東高等学校)、東京女子大学国語専攻部卒業。
徳島県徳島市名誉市民の称号を取得。
京都市名誉市民。
元天台寺住職現名誉住職。
比叡山延暦寺禅光坊住職。
元敦賀短期大学学長。

代表作には『夏の終り』や『花に問え』『場所』など多数。
近年では『源氏物語』に関連する著作が多い。
これまでの著作により多くの文学賞を受賞した。

経歴

徳島県徳島市塀裏町の仏壇店(瀬戸内商店)を営む三谷家の次女として生まれ、後に父が従祖母の家である瀬戸内家養子となり、女学校時代に晴美も瀬戸内に改姓。

東京女子大学在学中に結婚し、夫の任地北京に同行。
1946年に帰国し、夫の教え子と恋に落ち、夫と長女を残し家を出て京都で生活。
大翠書院などに勤めながら、初めて書いた小説「ピグマリオンの恋」を福田恆存に送る。
1950年に正式な離婚をし、東京へ行き本格的に小説家を目指し、三谷晴美のペンネームで少女小説を投稿し『少女世界』誌に掲載され、三谷佐知子のペンネームで『ひまわり』誌の懸賞小説に入選。
少女世界社、ひまわり社、小学館、講談社で少女小説や童話を書く。
また丹羽文雄を訪ねて同人誌『文学者』に参加、解散後は『Z』に参加。
長女とは後年和解する。

1956年、処女作「痛い靴」を『文学者』に発表、1957年に「女子大生・曲愛玲」で新潮同人雑誌賞を受賞。
その受賞第1作『花芯』で、ポルノ小説であるとの批判にさらされ、「子宮作家」とまで呼ばれるようになる。
その後数年間は文芸雑誌からの執筆依頼がなくなり、『講談倶楽部』『婦人公論』その他の大衆雑誌、週刊誌等で作品を発表。
1959年から同人誌『無名誌』に『田村俊子』の連載を開始。
並行して『東京新聞』に初の長編小説『女の海』を連載。
この時期の不倫の恋愛体験を描いた『夏の終り』で1963年の女流文学賞を受賞し、作家としての地位を確立する。

以後数多くの恋愛小説、伝記小説を書き人気作家となるが、30年間、純文学の賞も大衆文学の賞ももらえないという秘かな不遇のうちにあった。
1992年、西行を描いた『花に問え』で谷崎潤一郎賞を受賞した。
『源氏物語』の現代語訳でもその名を知られている。

1973年に今春聴(今東光)大僧正を師僧として中尊寺にて天台宗で得度、法名を寂聴とする。
翌年、比叡山で60日間の行を経て、京都嵯峨野で寂庵と名付けた庵に居す。
尼僧としての活動も熱心で、週末には青空説法(天台寺説法)として、法話を行っていた。
1988年に出した『寂庵 般若心経』は1年で43万部を売るベストセラーとなる。

2005年には、彼女を主人公としたテレビドラマ『女の一代記』が放映された。
この中でも、東京に住みだした後、二人の男性と恋愛関係にあった、と語っている。
僧侶になったあとは男性との関係をいっさい断っている。
地方講演などでは主に「笑うこと」が大切であるということを説き、座右の銘は「生きることは愛すること」だという。

2008年には、いわゆる「ケータイ小説」のジャンルにも進出。
スターツ出版が運営するケータイ小説サイト「野いちご」にて、小説「あしたの虹」を「ぱーぷる」のペンネームで執筆していたことを、9月24日の記者会見で明らかにした。

出典:
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

瀬戸内さんが尼さんになったのは、智照尼(ちしょうに)さんの影響があったとデンマンさんは見ているのですか?

そうですよう。 小百合さんだって、智照尼さんの略歴を読めば寂聴さんの波乱に富んだ人生と似ていると思うでしょう? 

そうですわね。

しかも、寂聴さんは智照尼さんをモデルにして小説を書いているほどですからね。

つまり、寂聴さんも智照尼さんも、尼になったという心の軌跡をたどってゆくと祗王にゆきつく。。。デンマンさんは、その事が言いたかったのですか?

小百合さんは、僕の心が読めるのですねぇ~。。。うししししし。。。

【卑弥子の独り言】

ですってぇ~。。。
小百合さんでなくても、そのぐらいのことは誰だって分かるのでござ~♪~ますわ。
んもお~~。
あなただってぇ、そう思うでしょう?

とにかく、次回も興味深い話題になるはずですわ。
だから、あなたもどうか、また明後日、読みに戻ってきてくださいませぇ。
じゃあねぇ~。。。

 
メチャ面白い、

ためになる関連記事


■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』

■ 『カナダのバーナビーと軽井沢に別荘を持つことを

夢見る小百合さんの物語』

■ 『今すぐに役立つホットな情報』

■ 『 ○ 笑う者には福が来る ○ 』

 『あなたもワクワクする新世代のブログ』

■ 『バンクーバーの寒中水泳』

こんにちは、ジューンです。

祗王寺のお庭って、

本当にきれいですよね。

わたしにも少しは日本の庭園の美しさが

分かるようになりました。

祗王寺の紅葉の見ごろは、

少し遅めの12月上旬ですって。

庭苔の緑に、散り始めた紅葉が

朱をさして美しいでしょうね。

わたしの紅葉の思い出は、何と言っても

安芸(あき)の宮島です。

わたしが行ったのは、もう10年ほど前になりますが、

今から 5年ほど前に大きな台風の被害にあって

修復工事が行われたと聞いていますが、

現在、どうなっているのでしょうか?

機会があったら、また、素晴しい紅葉を

見に行きたいと思っています。

ところで、わたしが面白い英語の話を集めました。

時間があったら、ぜひ次のリンクをクリックして

読んでくださいね。

■ 『あなたのための愉快で面白い英語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。