Posts Tagged ‘小林よしのり’

冠詞の悲劇再び

2015年8月31日

 

冠詞の悲劇再び

 


(nankin13.jpg->kanshi3.jpg)


(apple03.gif)


(nankin12.jpg->tragedy2.png)

the と a


(poet9.jpg->askroad2.png)

東京の新宿界隈を歩いていたら、知らない男性に英語で話しかけられた。 
アジア系の外国人のようで、私に次のような質問をした。

Can you help me? I’m looking for the department store.

(すみません、デパートを探しているのです)

最初、どう返事をすればいいかわからなかった。
20年以上日本に住んでいて、新宿の周辺もよく知っているが、その簡単な質問にすぐに答えられなかったのだ。
原因は the だ。

the は英語でもっとも使用頻度が高く、もっとも意味深い単語である。
それにもかかわらず、日本人をはじめとして、英語を母国語としない人にとっては、もっとも使いにくい英単語だと思う。
私が新宿で当惑したのは、出会った人が英語のネイティブではなくて、その the の使い方が間違っていたからだ。

the department store の the で何が間違っていたかを説明する前に、先にコミュニケーション(情報伝達)について少し考えたい。

会話、講演、論文などで他の人に情報を伝えようとするときに、もっとも大切なのは、自分が伝えたい内容を相手に正しく理解させることだ。
それはコミュニケーションの基本である。
しかし、知識や理解力は相手によって違うし、時と場合によって、私たちが使う言葉が相手に別の意味に解釈されることもある。

 (中略)

私が新宿で混乱した理由は、this や she や it と同じように the にも「相手が知っている」という意味合いが含まれているからだ。

I’m looking for the department store.

と言えるのは、通例、話し手が探しているのが具体的にどのデパートなのか、聞き手が知っているときだけだ。
しかし、新宿には伊勢丹、小田急、高島屋など、複数のデパートがあるから、初対面のアジア人がどれを探しているのか、わかるはずがなかった。

結局、私は聞き返した。

Which department store are you looking for?

(どのデパートを探していますか)

相手は答えた。

Any department store will do.

(どのデパートでもいいのです)

私は近くにあるデパートに案内した。
もしも彼が最初から

I’m looking for a department store.

と、the の代わりに a を使ってくれたら、こうして問題は起こらなかっただろう。

(注: 写真はデンマン・ライブラリーより
読み易いように改行を加えています。
赤字はデンマンが強調)


14 – 17ページ 『英語のあや』
著者: トム・ガリー(Tom Gally)
2010年10月25日 初版発行
発行所: 株式会社 研究社


(merange12.jpg)

デンマンさん。。。あんさんも the と a の使い方を間違えることがありはるのォ~?


(kato3.gif)

わては英語圏で20年以上暮らしているから、the と a の使い方を間違えることは、まずあらへん。

マジで。。。?

そやけど、うっかりして言い間違えることはあるねん。 まだネイティブ・スピーカーのように完璧にペラペラしゃべれるわけではないからなァ。

あんさんは20年以上も英語をしゃべっておるのに、まだ間違えることがあるのォ~?

当たり前やがな! Such is the imperfect nature of man! という文句もあるねん。

どういう意味やのォ~?

つまり、「人間は完璧ではないから、そういう間違いもするねん」という意味やんかァ!

マジかいなァ!?

めれちゃんも辞書を調べてみればええやんか! そういう意味なのやァ!

それで上のエピソードのアジア人はどうして間違いはったん?

あのなァ~、そのアジア人はかなり英語がしゃべれる人やァ。

どうして、あんさんには、そうやと判りはるのォ~?

なぜなら、そのアジア人はトムさんの質問に答えて次のように言うことができた。

Any department store will do.

(どのデパートでもいいのです)

英会話に慣れておらんと、このような使い方(will do)が咄嗟(とっさ)に出てこんものやァ。

そないなものやろか?

そういうものなのやァ。 つまり、かなり英会話に慣れているアジア人でも、日本人であれ、中国人であれ、韓国人であれ、ネイティブ・スピーカーでない限り the と a の使い方はごっつう難しいということなのやァ。

そないなものですやろか?

あのなァ~、養老猛司さんが『バカの壁』の中でも書いていたでぇ~。

どないに。。。?

ここに書き出すよってに、めれちゃんも読んでみたらええやん。

意識と言葉

日本人には理解しづらい「定冠詞と不定冠詞」の違い、つまり「the(定冠詞)」と「a(不定冠詞)」の違いも分かってきます。
意識の共通性を考える上で、ここでは言葉を脳がどう処理するかを考えてみましょう。
例えば「リンゴ」という言葉を考えて見ます。

リンゴという言葉を全員に書かせると、全員が違う字を書く。
当たり前です。
私の字とあなたの字は違う。


(apple03.gif)

 (中略)

音声にしても同じことです。 英語の正しい発音なんていっているけれど、それじゃあほんとうに正しい英語の発音をしてみろといったら、それはその人の発音にしか絶対にならない。
ネイティブの発音だって人それぞれどこか違う。

「apple」を「アップル」と言うか「アポッ」というか「アッポウ」と言うか、同じ発音をしているつもりでもそれぞれ異なる。
同じ人間が同じ言葉を同じように発音したつもりでも、インクの乗り同様、やはりどこかが違うのです。
しかし、我々はそれを同じリンゴとして、全員が了解している。


(idea001.jpg)


(platon2.jpg)

私の知る限り、この問題を最初に議論したのがプラトンです。
彼はなんと言ったかというと、リンゴという言葉が包括している、すべてのリンゴの性質を備えた完全無欠なリンゴがある。
それをリンゴの「イデア」と呼ぶのだ、と。

そして、具体的な個々のリンゴは、その「イデア」が不完全にこの世に実現したものだと言ったのです。
つまり、言葉は意識そのもの、それから派生したものなのです。
プラトンが言いたいのは平たく言えばこういうことです。

「おかしいじゃないか。 リンゴはどれを見たって全部違う。 なのに、どれを見たって全部違うリンゴを同じリンゴと言っている以上、そこにはすべてのリンゴを包括するものがなきゃいけない」
この包括する概念を彼は「イデア」と定義したのです。

プラトンはこのように全部包括する概念を考えた。
では、我々がリンゴという言葉を文字に書いても、音声にしても、全部違うのに、それを同じリンゴだと言っているのはなぜか。
それは、まさに我々が意識の中で、すべてを同一のものだと認識することが出来るゆえに起こる現象なのです。
本来なら、外の世界は感覚で吟味する限り、全てのものが違う。
あらゆるリンゴは全部違っている。
さっきの文字の話しと同じ。
あらゆる人間は違った人間なのと同じです。
ということは、そこに「人間」という言葉は、本当ならば使えないはずです。
全部が違うことを厳密に考えれば。

ではなぜ意識は、それを無視して、「同じ」リンゴだ、と認識する機能を持たなくてはいけないのか。
脳が、それぞれの情報の同一性を認めないことになると、世界はバラバラになってしまうからです。
耳から認識した世界と目から見た世界が別ではしようがない。
だから同じだと脳=意識は言わざるを得ない。

 (中略)


(apple03.gif)

「机の上にリンゴがあります」と言うときに、英語では「There is an apple on the desk」と言う。
このときの意識の流れはこうなります。

「机の上に何かあって、それが視覚情報として脳に入ってきた時に、私の脳味噌で言語活動が起こった、リンゴ活動が起きた」

その時は「an apple」なんです。
この時点では、あくまでも、視覚情報として入ってきた「赤くて丸い物」に対して脳の中で「リンゴ活動」が発生した結果としての「リンゴ」に過ぎない。
不定冠詞が付く時は脳内の過程に過ぎないのです。

では次に、その外界のリンゴを本当に手で摑んで齧(かじ)ってみます。
もしかするとそれは実際には、蝋細工かもしれません。
ともかく、この時点でようやく実体としてのリンゴになります。
それが英語では「the apple」になります。
実体となったから定冠詞が付く。

大きな概念としてのリンゴではなく、ある特定の私が手にした(場合によっては実は蝋細工のレプリカだった)リンゴになった。
外界のリンゴはそれぞれ別々な特定のリンゴだと言うことです。

(注: 赤字はデンマンが強調
読み易いように改行を加えています。
写真とイラストはデンマン・ライブラリーより)


70 – 75ページ
『バカの壁』 著者: 養老猛司
2004年1月30日 第45刷発行
発行所: 株式会社 新潮社

どうやァ、めれちゃん? 分かるやろう?

なんだかプラトンまで出てきよって、哲学的になってしもうて難しいやん。

そやけど、「the(定冠詞)」と「a(不定冠詞)」の違いがどういうものなのか? 上の説明を読めば分かるやろう?

まあ。。。何となく分かりますわ。。。んで、「冠詞の悲劇」ってなんやのォ~?

あのなァ~、「the(定冠詞)」と「a(不定冠詞)」の使い方を理解してなかったばっかりに日本人の歴史研究者が中国人の女性の心を傷つけてしまい、裁判になってしもうたのや。

マジかいな?

このような時に冗談やウソが言えるかいな。 しかも、挙句の果てに日本人研究者が有罪になったと言う話なのやァ。

ホンマに。。。?

めれちゃんのために、ここに書き出すから読んでみたらええやん。

あのなァ、オマエが本の中でも紹介している亜細亜大学教授の東中野さん—この人も欧米で半年以上暮らしたことが無い。

どうして、そんな事がデンマンさんに分かるのですか?

その質問に答える前にオマエがどのように東中野教授を紹介したか?その部分をもう一度読んでみろよ!


(nanking5.gif->nanking5.jpg)

「南京虐殺」に関する研究は現在急速に進んでいます。
亜細亜大学教授・東中野修道(おさみち)氏の欧米の第一次史料を徹底的に研究し、『「南京虐殺」の徹底検証』(展転社)で、「『南京虐殺』を証明し得る公式記録、即ち歴史学で言う一等史料、二等史料、三等史料が、ひとつもない」
という重大な結論を発表しました。

ニセ写真のケースなどに顕著ですが、「南京虐殺」の証拠として提示されているのは、すべて資料作成者の明らかでない「四等史料」と、いかなる基準で作成されたのかわからない「五等史料」であり、それらを歴史叙述の根拠とすることは事実無根の宣伝(プロパガンダ)である、という結論です。
『新・ゴー宣』でも、それらの研究の成果を踏まえ、第五巻の特集『南京の本当の真実』で『戦争論』よりもさらに詳細に「南京虐殺」の虚構性を指摘しました。

「歴史学」における正当性を評価するのは「史料批判」にある。
つまり歴史資料の信憑性を徹底的に審理しなければならないってことは、はっきり意識しておかなければならないよね。
常に史料批判をしながらじゃないと歴史は語れない。
それなのに、本田勝一とか左翼連中は全く史料を無視して、おそらく当時八路軍(パーロ軍=中国共産党軍)にいたんだろうと思われるじーさん、ばーさんたちから「証言」を集めてくるようなバカなことをずーっとやってきたわけだけど、あんなもんは全然史料に値しないんだから。
思い込みだけでモノ語るんじゃなくて、ちゃんと徹底的に史料批判をやった学者の本も出ているんだから、やっぱり今の時点では「虐殺があった」と主張するなら東中野修道氏に戦いを挑むしかないんじゃないの?

(注: 赤字はデンマンが強調のため。
読み易いように改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーから貼り付けました)


195 – 197ページ 『「個と公」論』
著者: 小林よしのり
2000年5月10日 第2刷発行
発行所: 株式会社 幻冬舎


(doctor23.gif)

つまり、デンマンさんは東中野先生に戦いを挑むつもりなのですか?

もう戦いは済んでいるよ!

マジで。。。?

次の小文を読んでみろよ。


(girl15.jpg->nanking9.jpg)

東中野の論法は、被害者の証言にたいしてもつかわれる。
南京事件当時、八歳の少女だった夏淑琴さんが一家九人も殺害され、四歳だった妹とともに孤児として生きなければならなかったことを証言したのにたいし、東中野は「夏淑琴が事実をありのままに語っていれば、証言に食い違いのおこるはずもなかった」、証言内容に「一点の食い違いがあってもならない」と、証言記録(これも本人ではなく聞いた者が記録したもの)によって年齢や家族数が一致していない、として夏淑琴さんを「ニセ被害者」と書いたのである。
この論法は、東中野が聞き取り調査資料の扱いの基本も知らないことを意味している。

聞き取り調査の場合、証言者の数や年、月日に関する記憶の誤りはさほど問題にならない。
大切なのは基本的な体験記憶である。
夏淑琴さんの証言ではこの体験記憶は一致している。

さらに、ドイツ外交官ローゼンの外交文書にあった夏淑琴さんの家族の惨劇の場面の報告で、夏さんを bayoneted とあるのを「銃剣で突き殺した」と訳して(「銃剣で突き刺した」と訳すべきところ)、夏さんが死んだことにし、その後に the 8-year old girl が負傷して生き残ったと記されているのを、the(その)とある意味が理解できずに、生き残ったのは夏さんでなく、別の少女である、つまり夏淑琴さんは死んだはずなので、負傷して生存したと証言している夏淑琴さんは「ニセ被害者」であるというのである。
英文の初歩的な誤訳にもとづいて、夏淑琴さんを「ニセ被害者」と断定してはばからないのである。

日本人の研究者に「ニセ被害者」と書かれた夏淑琴さんは心に大きな衝撃と傷を受け、憤りと無念さで精神不安定な状態に陥った。
その怒りと悲しみから東中野の本を名誉毀損で提訴したのである(2006年6月)。

夏淑琴さんが来日、東京地裁の法廷に立って、「東中野に直接申し上げたい」と証言したが、東中野は法廷にあらわれることなく、準備書面で自分は「学問的な見解を述べたまで」と繰りかえし、自分の言論が被害者の夏淑琴さんの心を傷つけた「第二の罪」を犯しているという自覚はまったくない。

同裁判の東京地裁の判決が2007年11月2日に出され、夏淑琴さんの名誉毀損を認定し、慰謝料など400万円の支払いを命じた。
判決文は「被告東中野の原資料の解釈はおよそ妥当なものとは言い難く、学問研究の成果というに値しないと言って過言ではない」と言い切った。

東中野の研究者としての資格を否定する厳しいものである。
東中野は「非常に心外だ。控訴する方針だ」とのコメントを出したという(『朝日新聞』2007年11月3日)。

(注: 写真はデンマン・ライブラリーより
読み易いように改行を加えています。
赤字はデンマンが強調)


247 – 249ページ 『南京事件論争史』
著者: 笠原十九司
2007年12月10日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 平凡社

デンマンさんはオイラの本を読んだのでしょう?

もちろんだよ!

だったら、上の本を書いた笠原さんには問題があるのですよ。 知らないのですか?

分かっているよ。 オマエの言おうとしている事は分かっているんだよ! 僕はオマエが言おうとしている事を本の中で読んだよ。


(kotokou2.jpg)

この本の中でも特に「小林よしのり」をムキになって攻撃しているのが、都留文大教授・笠原十九司(とくし)氏です。
この人は、著書『南京事件』(岩波新書)で写真誤用事件を起こし、その経緯を『戦争論』第11章『反戦平和のニセ写真を暴け』に描かれた人です。

日本軍が支那人の農民、女・子供を、敗残支那兵の略奪から守っていたという写真を「日本軍に拉致される中国人女性」として平気で載せてしまう、つまり史料批判をしていないわけだから、結局歴史学者として失格なんだよ。

まあそれでも今まで左翼の中では通用したんだろうけれどね。
写真誤用がバレてもせいぜい二千部の岩波新書の写真を差し替えればいいだけなんだから。

ところがそれが今度は65万部で大宣伝されちゃった。
それでプライドが傷ついたのかもしれんけど、読者の方だって目が肥えてきて、水準が上がってしまっているんだからしょうがないよ。
史料批判も何もしない写真をいくら載せてしまったって、これからはどんどん見破られるよ。


197 – 198ページ 『「個と公」論』
著者: 小林よしのり
2000年5月10日 第2刷発行
発行所: 株式会社 幻冬舎

読んだのだったら笠原さんの本など無視してくださいよ!

あのあァ~、そのように言う事からも、オマエが極めて人生経験が乏しいことが垣間見えるのだよ!

デンマンさんは、オイラを批判するほど人生経験があると自惚(うぬぼ)れているのですか?

人生の半分以上を海外で暮らしているから僕の人生経験がオマエの人生経験よりも2倍もある!なんて事を僕は言うつもりは無い。 でもなァ、半年以上海外で暮らした経験の無いオマエと比べれば僕は海外でさまざまな考え方や独断と偏見を持っているたくさんの人間に出会っている。 この程度の事はオマエにも理解ができると思うんだよ。

だから、どうだと言うのですか?

あのねぇ、これまでの僕の人生経験から、はっきりと言える事は、完璧な人間などこの世界には存在しないと言う事だよ。

オイラだってぇそんな事ぐらい分かっていますよ。

だったら笠原さんに問題があっても人間として当然のことだよ。 要は、同じ間違いを2度としないということだよ。 笠原さんは自分の間違いを謙虚に認めて次のように書いていた。


(chinagals.jpg)

問題の写真は、私がスタンフォード大学フーバー研究所東アジア文庫で閲覧した『日寇暴行実録』(国民政府軍事委員会政治部、1939年)にあった写真を「日本兵に拉致される江南地方の中国人女性たち」というキャプションをつけて掲載したものだった。 

章扉写真なので本文とは関係なかった。

中国語の原文には、「日本軍司令部に護送され、凌辱され、輪姦され、殺害された」という後半の文章があったがそれは翻訳しなかった。

その写真の原典は、『アサヒグラフ』(1937年11月10日号)に「硝煙下の桃源郷—江南の『日の丸部落』」と題して掲載された、上海の宝山県の一農村を日本軍が守る「日の丸部落」があり、「日本兵に守られて女性が野良仕事から部落へ帰る」という、キャプションがつけられたものであった。

『日寇暴行実録』の写真が『アサヒグラフ』で「悪用」されたんものであったことに気がつかずに掲載したのは、私の「写真史料批判」が不足したゆえのミスだったので、「新書『南京事件』の掲載写真について」(『図書』岩波書店、1998年4月号)を発表し、読者ならびに関係者に謝罪し、誤りを指摘してくれた秦(郁彦)に謝意を表した。 


211 – 212ページ 『南京事件論争史』
著者: 笠原十九司
2007年12月10日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 平凡社

。。。で、笠原さんの間違いは許されても東中野先生の間違いは許されないとデンマンさんは信じ込んでいるのですか?

あのなァ、東中野さんの間違いは研究者・学者以前の。。。つまり、人間の尊厳の問題。。。倫理の問題にまで深く喰い込んでいる。 単なるミスではないのだよ。 一人の女性の心に大きな傷を与えてしまった。 しかも判決文では「被告東中野の原資料の解釈はおよそ妥当なものとは言い難く、学問研究の成果というに値しない」と言い切っている。

でも、人間は完璧な人など居ないとデンマンさんは言ったばかりではありませんか! 笠原さんのミスは大目に見るのに東中野先生のミスは許せないのですか?

あのさァ。。。裁判官までが学問研究の成果に値しないと言ってるんだよ! しかも、東中野さんを裁判にかけるほどの精神的な苦痛を夏淑琴さんは強(し)いられた。 単なるミスではない! 一人の人間の存在さえ否定するような致命的な悪意のある間違いを犯している。 しかし、東中野さんのミスは英語のできる中学生だって間違いをしないような初歩的な過ちだった。

それ程初歩的ですか?

あのなァ~、だから、僕はオマエの人生経験を疑うのだよ。 しかも、オマエは本の中で次のように書いている。

亜細亜大学教授・東中野修道(おさみち)氏の欧米の第一次史料を徹底的に研究し、『「南京虐殺」の徹底検証』(展転社)で、「『南京虐殺』を証明し得る公式記録、即ち歴史学で言う一等史料、二等史料、三等史料が、ひとつもない」

という重大な結論を発表しました。

ニセ写真のケースなどに顕著ですが、「南京虐殺」の証拠として提示されているのは、すべて資料作成者の明らかでない「四等史料」と、いかなる基準で作成されたのかわからない「五等史料」であり、それらを歴史叙述の根拠とすることは事実無根の宣伝(プロパガンダ)である、という結論です。

(注: 赤字はデンマンが強調)


195ページ 『「個と公」論』
著者: 小林よしのり
2000年5月10日 第2刷発行
発行所: 株式会社 幻冬舎

あのなァ、東中野さんには欧米の第一次史料を徹底的に研究するだけの語学力がない。 まず、語学力を身につけることこそが先決だよ! 東中野さんの語学力は日本の中学生レベル、良くても高校生レベルだよ。 これまでに東中野さんが欧米で半年以上暮らしたことが無いと言う事が語学力を見ればすぐに分かる。 bayoneted を「銃剣で突き殺した」と訳すのは、うっかり間違えるということがあるかもしれない。 しかし、海外生活が無くても語学力があって定冠詞の意味や使用法を知っていれば文脈(context)から8歳の少女が死んでいないことが理解できる。 だから、bayoneted は「銃剣で突き刺されて傷ついた」という訳になることが理解できる。 もし、北米でアメリカ人やカナダ人と間で英語を使って半年暮らせば、定冠詞の意味や使い方を経験を通して理解できるようになる。

北米で半年以上生活すると、なぜ理解できるのですか?

なぜなら、知らなかったらコミュニケーションがうまくゆかずに、まごつく場面に直面する。 つまり、実際に死んでない女の子が死んだと理解したら会話がうまく成り立たない。 相手からその間違いを指摘されることになる。 それが海外経験というものだよ! そのような愚かな?あるいは苦い経験をすることによって定冠詞の意味や使い方を間違いから学ぶことになる。 経験が大切だということは、こう言う事だよ!

つまり、東中野先生の語学力では欧米の第一次史料を徹底的に研究することは無理だとデンマンさんは主張するのですか?

いや。。。僕が主張しなくても、すでに判決文の中で言い尽くされている! 残念ながら東中野さんは「畳の上の水練」しかやらずに海に入って泳ごうとした。 それで裁判所で溺れてしまったのだよ。 つまり、経験不足ということだね。


『畳の上の水練』より
(2011年3月15日)

どうや、めれちゃん。。。これが「冠詞の悲劇」でのうて、他に何と呼びようがあると思うのや?

う~~ん。。。確かに悲劇やなぁ~。。。南京事件当時、八歳の少女だった夏淑琴さんが一家九人も日本人兵士に殺害され、四歳だった妹とともに孤児として生きなければならなかったさかいに、それだけでも大変な思いをしたに違いあらへん。 それなのに、日本人の研究者から「ニセ被害者」と呼ばれたら夏淑琴さんの心もさらに傷つくと思うわ。 憤りと無念さで精神不安定な状態になるのも無理あらへん。

そうやろう!? 東中野先生が定冠詞の意味や使用法を知っていれば、このような悲劇は起こらなかったのや。 そやから、定冠詞と不定冠詞の使い方は学校でしっかり勉強せんとアッカ~ン!

あんさんは、その事が言いたかったん?

そうやぁ! そやから、めれちゃんも英語の初歩を復習せんとアッカ~♪~ン。。。うししししし。。。

【初出: 2011年6月5日 『冠詞の悲劇』


(laugh16.gif)

【レンゲの独り言】


(manila07.gif)

ですってぇ~。。。
あなたは英語の定冠詞と不定冠詞の使い方を知っていました?
あたしは知っているつもりでしたが、上の記事を読んで自分の知識があやふやだった事を知らされましたわ。
いい勉強になりました。

あなたも時間があったら英語の復習をしてくださいね。
英語は国際語です。
知っていて損はありません。
知らないと、上のような悲劇を知らずに起こしてしまうかもしれませんわ。

とにかく、次回も面白くなりそうです。
あなたもどうか、また読みに戻ってきてくださいね。
では、また。。。


(byebye.gif)


(surfing9.gif)

メチャ面白い、

ためになる関連記事


(linger49.gif)


■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』

■ 『軽井沢タリアセン夫人 – 小百合物語』

■ 『今すぐに役立つホットな情報』

■ 『 ○ 笑う者には福が来る ○ 』

■ 『あなたもワクワクする新世代のブログ』


(renge62e.jpg)

『えっちなんです』

『エロマンガ島』

『マカオのおかま』

『わたしの生きる意味』

『愛と信頼と絶望』

『天平の裸婦もビックリ』

『愛の真実を探して』

『最大限の本音で…』

『こわ~い話』

『道鏡伝説の謎』

『市長選挙とおばさんパンツ』

『夢みるわたし』

『あげまん女』

『日本で一番長い五月』

『5月だよ!全員集合!』

『また、スパイ?』

『わたしと詩』


(babdol6.jpg)

『かわゆいベビードールワンピ』

『ああ、さびしい』

『恋する女でありたい』

『生きてることが気持ち悪い』

『焼き滅ぼさむ』

『一人で飲みに行く女』

『あなたをさがして』

『早く気づいてほしい』

『気づいたのね』

『あなたに逢いたい』

『やらしい検索』

『わたしを見つけて』

『小笠原玲子』

『ふたりだけの場所』

『命のともし火』

『ふたりの思い出』

『愛は終わることなく』


(june24b.jpg)

こんにちはジューンです。

卑弥子さんが面白いお話を集めて

楽しいサイトを作りました。

次のリンクをクリックして

ぜひ覗いてみてくださいね。

■ 『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ


(beach02.jpg)


(byebye.gif)

黒豚テリマヨ

2015年7月13日

 

黒豚テリマヨ

 


(terimayo2.jpg)


(terimayo1.jpg)


デンマンさん。。。 どういうわけで“黒豚”を持ち出してきたのですか?。。。 確か、デンマンさんは豚肉は嫌いなはずだったですよねぇ~。。。

あれっ。。。真由美ちゃんは、よく覚えているねぇ~。。。 

デンマンさんが小学生の頃、お母さんが「お弁当のオカズに何がいいの?」と尋ねた時に、デンマンさんが「豚の焼肉がいい」と答えたら、それから毎日のようにお弁当のオカズに豚の焼肉を入れたので、そのうちに、豚肉の匂いが鼻について、豚肉を見るだけでも、オエぇ~、とモドシそうになるようになってしまった、というお話しを私は印象深く聞いたのですわァ。

そのような話を僕は、真由美ちゃんにしたことがあったァ~。。。?

ありましたわ。。。 だから、私はデンマンさんが風邪を引いて寝込んだ時に、差し入れのお弁当に何を作ろうか?と迷ったのですわァ。 実は、初め、栄養価のよい豚肉のレバーを使ってオカズを作ろうと思ったのです。。。 でも、その時、デンマンさんが話してくれたエピソードを思い出したのですわァ。

うん、うん、うん。。。 そう言えば、そういうことがあったよねぇ~。。。 でも、僕は寝込むほどではなかったのですよ。。。 ただ、図書館まで毎日歩いて行くと、なかなか風邪が治らないので、治るまで自宅のパソコンで記事を書いていたのですよ。。。 そしたら、真由美ちゃんが心配して寝込んでいると思ってしまったのですよ。

とにかく、そのようなわけで、私は“鶏のから揚げ”と“オムスビ”を作ったのですわ。

そうでした。。。 そうでした。。。


(foolw.gif)

真由美ちゃんが作ってくれた弁当を食べて

元気が出ました。

真由美ちゃんが帰ってから、すぐにベッドにもぐって寝て、
さっき、午前1時に目が覚めたばかりです。

ジンジャーを千切りにして、ジンジャー・ティーをいれて
弁当を食べました。


(bento102.jpg)

元気が出ました。


(mayumi40.png)

今日は突然押しかけて、すみませんでした。

僕もビックリしましたよ。
まさか風邪見舞いに、真由美ちゃんがやって来るとは思いませんでした。


(mayumi40.png)

ほんと、お弁当だけ渡して帰るつもりだったのに、
後々、デンマンさんの体調を考えたら長居してしまった事を申し訳なく思いました。
今日はゆっくり、休んでください。

でも、別に迷惑ではありませんでしたよ。

“メリハリ”のある生活をする。。。これが僕のモットーですから。。。
つまり、病気になっても、できるだけ日常通りに過ごすと言うのが、これまでの僕のやり方です。

だから、これまで、風邪のために休んだということはありませんでした。
やっぱり、“気が張っている”ということは病気回復効果もあるのだと思います。

真由美ちゃんが“風邪”を移されなかったのも、“風邪にかかっている場合じゃない!”という気持ちが多少は影響していると思いますよ。


(mayumi40.png)

もし、何かわたしにできる事あったら何でも言って下さいね。
わたしもデンマンさんの力になれる事は なりたいと思っています。

でもねぇ~、“あなたまかせ”の生活になってしまったら、マイナスになってしまいます。
真由美ちゃんが 初めて カレンおばさん夫婦に会った日に、カレンおばさんが旦那のことを愚痴っていましたよ。
覚えてますか?


(angry13.gif)

“あんたは、そばに面倒を見てくれる人がいるから

頼ってしまうねん。 それで、風邪がなかなか治らへん”

だから、真由美ちゃんの気持ちは充分にうれしいのですが、
誰にも頼らない生活を確立しないと、いざという時に苦労するのは自分ですからね。
頼れる人が常にそばに居るとは限らないのだから。。。

僕は、そういうつもりで、これまで生きてきましたから。。。
だから、これまでにカナダでは一度も医者にかかったことがなかったのですよ。
すくなくとも、“一匹狼の気持ち”を持っていたからこそ、健康で居られたのだと思います。

でも、今回の風邪だけは、ちょっと油断していました。
簡単な風邪だと思って、往復1時間かかって図書館まで歩いたのが、どうも風邪が長引く原因だったようです。

そう言うわけで、今日は、すぐそこのJoe Fortes Library で記事を投稿するつもりです。
なるべく早めに寝ます。


(denman01.gif)

Fri., Feb. 6, 2015 at 2:33 AM


『風邪で甘えてる場合じゃねぇ~!』より
(2015年2月11日)

。。。で、今日は どういうわけで“黒豚”を話題にするのですか?

あのねぇ~、真由美ちゃんがキャッシーちゃんと一緒にドライブしてディープ・コーヴへ行ったでしょう!


(drive61.jpg)


(kayak02b.jpg)

『ディープコーヴ』

キャッシーちゃんは 現在、UBC (ブリティッシュ・コロンビア大学) の地球環境学部の3年生で、9月に4年生になるのだけれど、3年生になる前の夏休みに JAPADOG でアルバイトをしたという話を真由美ちゃんが僕に話したのですよ。

そう言われてみたら、そのような事を言った覚えがありますわ。

あのねぇ~、JAPADOG の店はロブソンストリートにあって、毎朝 僕がバンクーバー市立図書館に歩いて行く途中にあるのですよ。。。 


(japadog2.jpg)

今朝、たまたま、いつもよりも早めにマンションを出たので、JAPADOG の店の前を通ったら、入り口にメニューが大きく貼り出してあるのに目が留まった。 時間があったので、しばらくそのメニューを眺めていたら、KUROBUTA TERIMAYO というのが目に付いたのですよ。


(jmenu01.png)

『実際のメニュー』

それで、今日の記事のタイトルを“黒豚テリマヨ”としたのですか?

そうですよ。。。 豚肉が真由美ちゃんの好物だと言っていたので、今度、図書館で会うようなことがあったら、昼食に ぜひ“黒豚テリマヨ”を食べてみようと思ったわけですよ。


(terimayo2.jpg)

でも、デンマンさんは豚肉が嫌いなのでしょう?

もちろん、他に食べ物があれば、僕は豚肉は避けますよ。。。 でもねぇ~、豚肉が食べられないほど嫌いなわけじゃない。。。 腹が空いていれば、何でも食べますよ。。

つまり、メニューに出ていた KUROBUTA TERIMAYO というのは、デンマンさんの眼にも旨そうに見えたのですか?

そうなのですよ。。。 ネットで調べても、なかなか評判がいいのです。


(jmenu03.png)

『口コミのページ』

上のリストの最初の人は、「ちょっと甘すぎて、俺の好みじゃないよ!」と書いてあるのだけれど、他の人は気に入っているのですよ。 僕も口コミを読んでみて、なんだか無性に食べたくなったのですよ。。。 それに、黒豚には思い出があるのです。

どのような。。。?

かつて記事にも書いたのですよ。。。 ちょっと読んでみてください。

黒豚とんかつ


(tonkatsu2.jpg)

黒豚のトンカツがそれほど珍しかったのですか?

いや。。。珍しかったというより、たまたまテレビを見ていたらワイドショーで“黒豚”のことを取り上げていたのですよ。

それで黒豚のトンカツを食べさせることで有名なお店をメモしておいたのですか?

そうなのですよ。 上のメールでは水上温泉が出てきたけれど、その前の年か?次の年?に伊香保温泉にも行ったのですよ。 どちらの時に食べたのか忘れてしまったけれど、とにかく、帰りに前橋に差し掛かった頃お昼時だった。

でも、見つからなかったのですか?

20分ぐらい探しても見つからなかったのですよ。

それで、前橋警察署に訊きに行ったのですか?

そうなのです。

それにしても、黒豚のトンカツ屋を探しに警察署に行くなんて聞いたことがありませんわ。

警察ならば間違いなく知っていると思ってね。

それで教えてくれたのですか?

ところが最初に尋ねた受付の婦人警官は分からないのですよ。

。。。で、どうなさったのですか?

カナダから10年ぶりに帰省したので、ぜひ黒豚のトンカツが食べたい、と大げさに話したら近くで昼飯の弁当を食べていた男の警官が “。。。ん? わざわざカナダから黒豚のトンカツを食べにやって来たのォ~。。。う~ん。。。 黒豚のトンカツねぇ~。。。この近くには黒豚のトンカツを食べさせる所なんて無いと思うけど。。。”

デンマンさん。。。黒豚のトンカツで有名なのは群馬県では無くて鹿児島県ですわよ。


(pigs03.jpg)


(tonkatsu3.jpg)

僕も後で調べたら黒豚は鹿児島県が有名なのですよ。 でもねぇ、テレビの番組では前橋の黒豚のトンカツを話題にしていたのです。 ドライブで前橋を通るので、それで僕はメモを取っていたのですよ。 昼飯中に僕が訪ねたものだから、警察官は一生懸命に探そうとしないのですよ。

それで結局 分からなかったのですか?

イエローページでも探してみればすぐに分かるだろうと思ったのだけれど。。。

それで婦人警官が電話帳で調べたのですか?

いや。。。その婦人警官は明らかに新米(しんまい)なのですよ。 高校生が制服を着た感じで、見たところ全く頼りなさそうなのですよ。 18歳か19歳ぐらいに見えました。

それで、分かったのですか?

どのように探したらよいのか、その婦人警官は全く分かっていないようなのですよ。 僕は呆れましたよ。

呆れたのは、その婦人警官の方ですわ。 「黒豚のトンカツを食べさせてくれる所を教えてくれ」なんてぇ、日本人ならば、そのような事を警察署に聞きに行く人は居ませんわ。

でも、交番の警官ならば教えてくれるでしょう?

交番のお巡りさんならば慣れているでしょうけれど、前橋警察署のお巡りさんはそのような質問を受けたことなど無いでしょうから分からなくて当たり前ですわ。

婦人警官がイエローページで探せばいいじゃないですか?

デンマンさんが警察に行く前にイエローページで探せばよかったのですわ。。。で、結局イエローページで探したのですか?

いや。。。僕は前の日に目的地(水上か伊香保温泉?)に向かう途中で“黒豚”の看板を国道17号線バイパス沿いに見た覚えがあるのですよ。 だから、時間がかかるけれど、バイパス沿いを走ってみれば分かると思った。 昼休みに警察官に尋ねても一生懸命になって探してくれないと思ったので諦めたのですよ。 でも、結局分からなかった。

それで、車に戻って探し始めたのですか?

しかし、なかなか見つからなくて、バイパス沿いのお土産屋さんに寄って尋ねましたよ。 それで、やっと分かったのです。 探すのに30分ほどかかりました。

デンマンさんはそれほど黒豚トンカツにハマッているのですか?

あのねぇ、実を言うと僕は四足の肉はあまり好きでない。 肉よりもむしろ、そばやラーメン、うどん、パスタの方がいいのですよ。 しかも、肉の中でも豚肉は、あの臭いがきついので、僕は肉の内では豚肉を最後に手を出すのです。

それなのに黒豚トンカツをわざわざ探し出してまで食べようと思ったのですか?

あのねぇ、テレビの番組を見ていたら旨そうだったのですよ。 黒豚の肉なんて食べたことがなかったから興味が湧いてきた。 それで、どうせドライブの途中だから前橋の黒豚トンカツ屋に、ぜひ立ち寄ろうと決めたわけです。

でも、デンマンさんは豚肉の臭いがダメなのでしょう?

それは選択肢がたくさんある場合のことですよ。 他に食べるのもが無くって腹が減っていたら僕は何でも食べますよ。

つまり、黒豚トンカツを食べるために朝食を抜かしていたとか。。。?

うへへへへへ。。。。そうなのですよ。 旅館では軽く朝ごはんを食べたきりだった。 お昼まで飲まず食わずで居たのですよ。 それでドライブインに着いたら、もう豚肉の臭いなど気にならなかったですよ。

そこで食べた黒豚トンカツは、とびっきり美味しかったのですか?

とにかく空(す)きっ腹でしたからね。 何を食べても旨かったに違いない。 実際、黒豚の肉は柔らかくて旨かった。 臭いもそれほどきつくはなかった。 たぶん上等のロースだと思いましたよ。 オヤジもお袋も弟たちも十分に満足していましたよ。

つまり、お腹が空いていたから美味しかったのでしょう?

そうですよ。 でもねぇ、僕の弟たちは肉が大好きなのですよ。 その二人とも黒豚トンカツには十分満足していたから、やっぱり旨かったのだと思いますよ。 僕は自分のためと言うよりも僕の家族に旨いものを食べさせてあげたかったのですよ。

つまり、その事が言いたかったのですか?

いや。。。それだけじゃない。 実は、面白いエピソードがあるのですよ。

もったいぶらないで余計なことは抜きにして手短に話してくださいな。

あのねぇ、手短に話すと面白くないのですよ。 この話をするためには、一見、全く関係ない話から切り出さねばならない。 まず次の話を読んでみてください。

秦野章氏と一緒に、大蔵省の二人の幹部と酒を飲んでいたとき、その二人のうちのいずれかから「小沢さんと会ってみませんか」といわれ、私はすぐオッケーと答えた。 結局、秦野氏はつい先ごろまで政治家であったから小沢氏が遠慮するかもしれないので、そのかわりに慶応大学で小沢氏と同期生であった(らしい)栗本慎一郎を呼ぼう、というふうに大蔵省のがわが按配した。

 (中略)

築地の料亭に赴くと、その部屋には大蔵省の方々と栗本氏のほかに店の女将(おかみ)をはじめとする女たちが4,5人入り込んでいた。 女たちがいるのはかまわないが、彼女たち、いささか興奮気味とみえた。 女将みずからがいうに、「小沢さんはプロの女たちに大人気なのよ」ということなのであった。 少し遅れて小沢登場となるや、室内にキャアーキャアーと嬌声が挙がった。

小沢氏が私の隣に座してからも、女たちは「スキッ」といってそろって笑い、小沢氏も「こんな顔なのに、アッハッハッハ」と上を向いて大笑いする。 女たちが「女にもてるんでしょっ、ずいぶん遊んだんでしょっ」といって、こぞってキャッキャッと笑い、小沢氏が「そんなことないよ、アッハッハッハ」と大口を開けて大笑いする。 その間、心臓疾患ありと新聞で噂されていたのに、コップの冷酒が次々と小沢氏の口に運ばれていく。 思わず私は「そんな急ピッチで大丈夫ですか」と小声で口を挟んだが、小沢氏は「これくらい、なんてことありませんよ」といって、また大笑いである。


(ozawa006.jpg)

 (中略)

政治家の大笑いも私にはみっともないものにみえる。 豪快さを演出するものであるらしいその大口笑いは、むしろ臆病さの現われとみえてならない。 大口を開けて笑うほどの話題や話の展開がそうあるはずもない。 それなのに、政治家たちは選挙民の前、記者たちの前、政敵の前で、ひっきりなしにガハハハッと笑っている。 それは、心底から朗(ほが)らかな、あるいは何もかも見通した炯眼(けいがん)の持ち主の、哄笑(こうしょう)とは異なる。

笑いは、たしかに、人間関係の潤滑油ではある。 しかし、のべつまくなし大笑いとなれば、油を差しすぎた車と同じく、言葉が空回りする、さらには言葉が停止する。 皆して勇気や聡明そして自信や信頼を異常に大量に喪失しながら、異常に大きくかつ異常に高く笑っている、それが日本政治の水準の低さを示す風景だとつねづね思ってきた。 (中略) 私は、時計を見て、「ああ、もう1時間も経ったなあ」と確認したのをはっきり覚えている。

 (中略)

「皆さん、ちょっくら待って下さいな。私もまったくの暇人というんじゃない。 小沢さんがせっかくきて下さったんだ。 下らない話をこれ以上続けるのはよしましょうよ」

座が一瞬にしてシラケ、栗本氏が「まあ、まあ」とあわてているのがみえた。 そのとき、誰かが「そうだ、天下国家についてそろそろ語りましょうや」と軽口を叩いてくれればよかったのだが、そんな機転の利く者がいないから、座が乱れっ放しとなっていたのである。 逆に、皆が黙ってくれていれば、私が「小沢氏の謦咳(けいがい)に触れたんですから、ついでに経綸(けいりん)にも触れてみたいですねえ」ということもできた。 ところが、女将が「ああっ、全学連が怒った」と間髪(かんぱつ)を入れずに茶々を入れてきた。 その声質も顔付きも、私には、どう感じてみたとて、品が悪いとしかいえなかった。 「ウルセエ、クソッタレ女、俺は帰るぞ」といって、私はその場から姿を消した。

(注: 写真はデンマン・ライブラリーから貼り付けました。
赤字はデンマンが強調)


131 – 135ページ
『小沢一郎は背広を着たゴロツキである』
2010年8月14日 第2刷発行
著者: 西部邁
発行所: 株式会社 飛鳥新社

この小沢一郎さんってぇ、民主党のあの小沢さんですか?

そうですよ。

。。。で、「私」というのは本の著者の西部邁さんですか?

その通りです。 バンクーバー図書館で僕は上の本を読んで初めて名前を知ったのですよ。 でも、この西部さんは日本では、結構名前が知られているらしい。 本の「著者略歴」には次のように書いてありました。

著者略歴

西部邁(にしべ・すすむ)
1939(昭和14)年、北海道生まれ。
東京大学経済学部卒。 評論家。
東大在学中は東大自治委員会長、全学連の中央執行委員として「60年安保闘争」で指導的役割を果たす。
1961(昭和36)年、左翼過激派と決別。 横浜国立大学助教授、東大助教授を経て、1986(昭和61)年、東大教授(社会経済学専攻)に就任するも、1988(昭和63)年、辞任。
旧来の経済学を批判して経済行為の象徴的意味の解釈を思考する「ソシオ・エコノミックス」で注目され、社会経済学の構築をめざした。
また、高度大衆社会・アメリカニズム批判と西洋流保守思想の提唱とを基軸にした評論活動を活発に行った。

つまり、西部さんは60年安保の時の全学連のリーダーの一人だったのですね。

そうです。 それで料亭の女将が「全学連が怒った」とからかったわけなのですよ。

つまり、上のエピソードと黒豚トンカツが関係あるのですか?

あのねぇ、エピソードにはまだ続きがあるのですよ。 ついでだから次の小文も読んでみてください。


(ozawa002.jpg)

小沢氏と三回目の会見をした際の印象のことも関係している。 その会見を設定したのはある政治家の奥さんで、彼女自身、選挙に立候補したこともある。 私は、ある出版社の重役みたいな人が、定年退職後にデスクを置く場所を探しているというので、彼女にその世話を頼んだことがあり、その縁で彼女には恩義を感じていた。 その彼女がいうに「小沢さんに会ってほしい。小沢さんもあなたに会ってもいいといっている」とのことである。

 (中略)

彼女には彼女なりの思惑があって、小沢氏と私の会見をしつらえたのであろうということである。 しかし、そんな思惑のことなど、私の関知するところではない。 それで、全日空ホテル内の中華料理店に出向いた。
予想通り、小沢氏はほとんど口を開かなかった。 私は、致し方なく、「小泉改革が国を滅ぼす。アメリカン・ヘゲモニーはかならず失態をさらす。どんなに小さくとも真正保守の政治勢力を創る必要がある」などということについて喋っていた。小沢氏は、退屈至極といった顔付きで、「うーん」とか「まあ」とかしか反応しなかった。

いや、思い出したことが一つある。 私が「真正保守の可能性があるとしたら自民党内しかなかったのですから、小沢さんには自民党への説得をしてもらいたかった。 そうされていれば、小沢主導で保守党ができていたかもしれない」というようなことを御世辞としていったら、小沢氏は「まあ、今になって考えれば、そうしておいたほうがよかったという気もするけれどね」と答えた。 しかし、大概は、楊子(ようじ)を歯に挟んで、それを掌(てのひら)で隠すことすらせずに、「シー、ハアッ」とやっているのが小沢氏の振る舞いであった。

そして私が「大衆政治は有能な人材をボロにしてゆく。私が小沢さんの兄貴だとしたら、私は“弟よ、傷つくだけだから、政治家なんて辞めたほうがいいぜ”と小声でいいますね」と愛嬌でいったら、傍らにいた彼女が突然に怒り出した。 思うに、「小沢氏を怒らせてはならぬ」という配慮でも彼女にはあったのであろう。 「あなた、政治を莫迦(ばか)にしちゃあいけませんよ。政治の恐ろしさも奥深さも何も知らないくせに」と彼女は大変な剣幕であった。 私も、本人としては「君子は豹変(ひょうへん)す」のつもりで、言い返した。

「うるせえや、こちとらは政治のことで鉄格子の独房に、半年間、座っていたんだ。4年も5年も、食うや食わずで生きていたこともあるんだ。政治についてふたたび発言するには20年の沈黙もあったんだ。筋を通して大学だって辞めてやったんだ。言論だって、家を焼かれる成り行きの中で、守り通しているんだ。たかだかカネや情報を動かしたくらいで政治の恐ろしさなんていってもらいたかあないんだ」

やがて小沢は、相変わらず楊子を口に咥(くわ)えたまま、全日空ホテルの廊下をぶらりぶらりと歩いて、姿を消していった。 私に残ったのは、またしても、予想していたこととはいえ、何とまあ不毛な一夜であったことか、という納得めいた思いのみであった。

(注: 写真はデンマン・ライブラリーから貼り付けました。
赤字はデンマンが強調)


142 – 145ページ
『小沢一郎は背広を着たゴロツキである』
2010年8月14日 第2刷発行
著者: 西部邁
発行所: 株式会社 飛鳥新社

この上の引用されている部分も黒豚トンカツと関係あるのですか?

いや。。。直接の関係はないのだけれど、西部さんは料亭の女将にはからかわられるし、同じ世代の政治家の奥さんからもムカつかれて「政治の恐ろしさも奥深さも知らないくせに」と言われてしまった。 この2つのエピソードを読むと西部さんの「人となり(人格)」がなんとなく分かってくる。 小百合さんだって西部さんと会ったことがなくても、どんな感じの人か? 上の2つのエピソードを読めば、なんとなくイメージが浮かんでくるでしょう?

ええ。。。西部さんがどういう感じの人なのか?なんとなくイメージが浮かんできますわ。。。 でも、この西部さんはマジで東大の教授を辞めて(政治?)評論家になったのですか?

実は、バンクーバー図書館には西部さんの本が2冊ある。 もう1冊は『国民の道徳』という 673ページもある分厚い本で。。。

デンマンさんは、その本を全ページ読んだのですか?

読みましたよ!。。。西部邁という男は、一体どのような考え方を持っているのだろうか?

分かりました?

分かりましたよ。。。小林よしのりさんと同じで、半年以上海外で生活したことがないはずですよ。

その根拠は。。。?

僕の経験ですよ。。。自慢するつもりではないけれど、僕は海外生活が20年以上に及んでいますからね。。。小林さんの漫画を読んでも、西部さんの本を読んでも観念的で理屈を捏ね回している部分が実に多い! そういう所は、日本という島国にどっぷりと使っている人が書(描)いたものだということが、ページのそこ、ここに表われているのですよ。

つまり、視野が狭いとデンマンさんはおっしゃりたいのですか?

少なくとも西部さんが中年のおばさん二人に、なぜ反感をもたれたのか?僕は分かった気がしましたよ。

なぜ反感をもたれたのですか?

小林さんが描いた漫画本の次の箇所を読んで、なるほどと思ったのですよ。


(pal001.jpg)

渡部(昇一)は、日本の戦後には先の大戦を悪と決め付けた「東京裁判史観」と、これに反対した「パール判事の史観」があったと書いた。 これに対して西部は、この両者が対立する構図は成り立たないとして、パールは東京裁判史観に対立する史観、すなわち大東亜戦争を自衛戦争とする歴史観ではないと批判する。 そしてその根拠をこう書く。
「ガンジー『主義者』(にすぎなかった)パール判事がそんな見方をするはずがない」
なぜ「そんな見方をしていない」ではなく「するはずがない」と書くのか?

西部がパール判決書を読んでいないからである。
読みもせず、パールが「ガンジー『主義者』(にすぎなかった)」という印象だけで、「ガンジー主義者の史観に立つと、大東亜戦争を(基本的に)肯定することなどできない」はずだと、憶測だけで語っているのである。 これがあの周到で緻密な文章を書いていた西部邁か?

ネットおたくのウヨ言論じゃあるまいし、信じられないほど杜撰で不誠実な文章である。
渡部はパール判決書の内容を紹介しながら論を展開しているのに、それを一瞥もせず「ガンジー主義者が書いたものだから」だけで切り捨てて批判している!

今回の西部の文章はすべてがこのように杜撰な論理で成り立っている。
つまり、「パールは平和主義者で、ガンジー主義者で、世界連邦主義者だった。そんな者が書いた判決書は保守思想とは無縁だ。それなのに、都合よくパールを利用している自称保守派がいる」というのだ。

 (中略)

その根拠が、何一つ史料に基づかない、西部が勝手に頭の中だけで偏見を元に作り上げた妄想でしかないのだから、わしは一読して呆然としてしまった。

(注: 写真はデンマン・ライブラリーから貼り付けました。
赤字はデンマンが強調)


74 – 75ページ 『パール真論』
2008(平成20)年6月28日 初版第1刷発行
著者: 小林よしのり
発行所: 株式会社 小学館


(sayuri55.gif)

つまり、「パール判決書」を読んでいないにもかかわらずに西部さんは批判していると、デンマンさんは指摘したいのですか?


(kato3.gif)

その通りですよ! 小林さんが「信じられないほど杜撰で不誠実な文章である」と書いているけれど、『パール真論』の第6章「西部邁氏の誤謬を正す」を読むと“西部邁さんがいかに不誠実な人間か!”ということが充分過ぎるほど良く分かる!

でも、西部さんは東大の教授だったのですわ!

あのねぇ、東大の教授であろうが、ケンブリッジ大学の教授であろうが、ハーバード大学の教授であろうが、批判するときに問題の本(「パール判決書」)を読まずに、その本にかかわる問題を批判するなんて、やってはいけないことですよ! 人間の尊厳を自分で貶(おとし)めているようなものですよ。 小林さんは議論するために「パール判決書」を充分に読みこなしている。 本を読んで理解している人が西部さんの批判文を読めば、西部さんが本を読まずに書いた批判文章であることがすぐに判ってしまう! 西部さんは議論の相手と読者をナメている!

西部さんは小林さんによって、その不誠実さを暴(あば)かれたのですか?

その通りですよ。

つまり、料亭の女将と政治家の奥さんは、その“不誠実”さに共通するものを西部さんに感じ取ったと、デンマンさんはおっしゃるのですか?

まず間違いない! もちろん、100%の善人も居なければ、100%の悪人も居ない! 西部さんにも人に好かれる部分が間違いなくあると僕は信じていますよ。 しかし、あたかも相手に非があるようなエピソードを自分の本に書いている。 だけど、読む人は、むしろ西部さんの方に問題があると感じる。 僕はそう思う! しかし、西部さん自身は、そう思っていたようには感じられない。

要するに、読む人が読むと、西部さんは自分の欠陥を自分で書いた本の中に晒していると、デンマンさんは、そうおっしゃるのですか?

そうですよ。

分かりましたわ。。。でも、これほど長く書いてきて、一体どこが黒豚トンカツと関係あるのですか?

あのねぇ、ここまで読んでこないと僕のエピソードの意味が分からないのですよ。

あのォ~。。。前置きはもうたくさんですから余計なことは言わずに、その面白いエピソードを細木数子さんのようにズバリ!と言ってくださいな。

分かりました。。。前橋の国道17号線バイパスのドラインブ・インで黒豚トンカツを食べて、もうあとは実家に帰るばかりでした。 オヤジもお袋も、弟たちも温泉に浸かって命の洗濯をして、しかも黒豚トンカツまで食べて満足していたのですよ。

それで。。。?

ところが、どう言う訳か?お袋が車の中で気になることを話し始めた。


(oldcoup2.gif)

黒豚トンカツが旨いとみえて、あのお店は混んでいたわね。 私が最初にそのお店のドアを開けて入ったのだけれど、お店の人は誰もが忙しそうに立ち働いていて私に気づかなかった様子だったわ。 次にお父ちゃん(僕のオヤジ)がお店に入ったのだけれど、お店の人は相変わらず忙しそうで、お父ちゃんにも気づかないようなのよねぇ。 でも、次にあんた(僕のことです)が入ったと思ったら、お店の奥に居る人も、ウェイトレスも、皆、声を合わせるように「らっしゃい! イラッシャイ いらっしゃい! ラッシャイ!。。。」
まるで、どこかの大旦那が入ってきたように急に態度が変わったのよ! まったくアレッて、どういうのかしら? 私はどこかの、しょうもないバアさんだと思われたらしいわ。 全く無視されたのよ。 まあ。。。私が無視されたのは分かるけれど、小学校の校長先生まで勤め上げたお父ちゃんまでが無視されたのよ。。。
あんたには不思議なオーラがあるみたいなのよねぇ~。

お袋。。。僻(ひが)むなよ。。。商売人は誰がサイフを持っているかを見極めるカンがあるんだよ! 金を払う人に対して気持ちを込めて「いらっしゃい!」と言うんだよ。

何言ってんのよ! お金を払ったのは私なのよ。

うふふふふ。。。 マジで、こういう事があったのですか?

そうなのですよ。 「押しが利(き)く」という言葉があるけれど、確かに、その人の生き様がその人の表情や姿に表われると言う事はありますよ。 僕のお袋は20代の前半に遠い親戚の池袋にある寿司屋に女中奉公をした。 女中根性が染み付いている。 僕のオヤジも小学校だけしか出ていない。 どことなく学歴がないのを“ひけめ”と思っていた影が尾を引いている。 ところが僕には、そういう“ひけめ”は全くない。 大旦那ではないけれど、人生の半分以上を一匹狼として海外で生きてきたという経験が、やっぱり僕のオーラになっているのかもしれない。

つまり、デンマンさんは自慢したいのですわね?

いや。。。自慢したいのじゃありません。 お袋の話から“オーラ”が気になっていたのですよ。 西部さんが、どういうつもりで上の2つのエピソードを本に書き込んだのか? 僕は考えさせられたのです。 小百合さんは、どう思いますか?

料亭の女将と政治家の奥さんの方に非があると、西部さんは思ったのでしょうね。 それで、西部さんは読者に自分のオーラを知ってもらいたかったのではないかしら?

多分、そうだと思いますよ。 常識として自分の欠陥をわざわざ自分の本の中に書く人は居ませんよ。 西部さんは自慢できる“オーラ”を上の2つのエピソードの中に盛り込んだつもりなのかもしれません。

。。。で、デンマンさんは西部さんの“オーラ”を見つけることができました?

いや。。。残念ながら見つけることができませんでした。 二人のおばさんは小林さんが指摘した“不誠実さ”を感じ取ったのではないか? 僕はそんな印象を持ったのですよ。

それで二人の女性は“不誠実さ”のオーラを感じてムカつき、西部さんに反抗的な態度をとったのですか?

僕は、そう思いますよ。


『黒豚トンカツ』より
(2011年3月26日)

つまり、トンカツ屋さんはデンマンさんがお金を払うものだと思ったのですわねぇ~?

それで、店のみんなが“いらっしゃい!”と一斉にあいさつしたわけですよ。。。 僕は、なんとなく態度がデカイので、そんな風に思われたのでしょうねぇ~。 先にドアを入った時に、オヤジもお袋も、なんとなく無視されたのですよ。

でも、実際には、トンカツ屋の入り口で無視されたお母さんがお金を払ったのですか?! (微笑)

そうなのですよ。。。 それで、お袋は 帰りの車の中で、そのことが気になって面白くなかったみたいですよ。 

つまり、その思い出を、もう一度かみ締めるために、KUROBUTA TERIMAYO を食べたいと思ったのですか?

そうですよ。。。 それに、豚肉は真由美ちゃんの好物だし、KUROBUTA TERIMAYO を食べれば、“黒豚ベーグルサンド”のヒントが得られるかもしれないじゃありませんか!


(laugh16.gif)

【真由美の独り言】


(mayumi40.jpg)

ですってぇ~。。。
確かに、KUROBUTA TERIMAYO は美味しそうですわよねぇ~。。。


(terimayo2.jpg)


(terimayo1.jpg)

今度、バンクーバー図書館に行く機会があったら、ぜひデンマンさんと一緒に食べてみたいものですわ。

ところで、私は小さい頃の夢が叶ってバンクーバーにやって来ました。


(inflight2.jpg)


(airport1b.jpg)

現在、移住を目指して頑張っているところです。

幸運にも、ボランティアでカーネギーセンターのキッチンで働くことができました。

でも、これは無報酬のお仕事です。


(carnegie01.jpg)


(carnegie02.jpg)


(carnegie06.jpg)

お給料をもらいながらパン職人、ベーグル職人、
あるいは調理師として働くためには、
どうしても語学ができないと駄目です。

私も一応、そのために日本で英会話を勉強しましたが、
実際にバンクーバーにやって来てみると、
私の英会話の能力では、
面接の受け答えには不十分だということが実感できました。

もし、あなたが、カナダ移住を目指しているならば、
ぜひ、語学力をしっかりと身につけてから、渡航してくださいねぇ。

どの程度の語学力が必要なの?
あなたは、そのような疑問を持つかも知れません。

それは、カナダ大使館のウェブサイトを見れば解るはずです。

私は、残念ながら 渡航する前に、語学力のことを充分に調べませんでした。
現地の人とコミュニケーションが充分にとれないと、
大きなハンディーを 最初から背負うことになります。

とにかく、語学力が大切だという事を身にしみて理解することができました。

ところで、あなたはバンクーバーに行ったことがありますか?
とっても素敵な街ですよ。


(stanley50.jpg)


(seawall3.jpg)


(seawall2.jpg)

世界で最も住みやすい街バンクーバー


(wetsuit.jpg)


(wetsuit3.jpg)


(gastown20.jpg)


(canplace22.jpg)

ビデオを見ても、なんだかワクワクしてくるでしょう?

卑弥子さんも バンクーバーにやって来たことがあります。
2008年の元旦の2週間ほど前に来たということです。
クリスマスをバンクバーで過ごして、
それから元旦の“Polar Bear Swim (寒中水泳)”に参加したのですってぇ~。。。


(polar10.jpg)

上のビデオを見ると、まるで真夏のようでしょう?
ところが気温は2度ぐらいだったそうです。 
水の中の方が暖かかったとか。。。

とにかく、バンクーバーには面白い人たちがたくさん居ますゥ。
あなたも、お暇と お金の余裕があったらぜひ出かけてみてください。

デンマンさんが、また興味深い、面白い記事を書くと思います。
だから、どうか、あなたも またやって来てくださいねぇ~~。
では。。。


(hand.gif)

If you’ve got some time,

Please read one of the following artciles:



(juneswim.jpg)

“My Name is Mayumi”

“Mayumi’s Bagels”

“Mozzarell & smoked chicken

Bagel Sandwich”

“Bagels@Granville Island”

“Matcha Bagels”

“Scones & Puddings”

“Lox and Bagels”

“Oyster Bagel Sandwich”


(biker302.jpg)

“ついに会えました”

“お天道様が見てます”

『真由美ちゃんのカナダ移住』

『真由美ちゃんのカナダ就活』

『ロマンと夢が広がる』

『カナダ就活と英語』

『カナダへの履歴書』

『真由美ちゃんの夢とベーグル』

『真由美ちゃんの命の力』

『迷い、決断、そして行動』

『夢と希望の光』

『下着女装に負けない真由美ちゃん』

『真由美ちゃんの就活面接』

『真由美ちゃんのリクエスト』

『真由美ちゃん@とんでん』

『バンクーバーで面接』

『海外で面接』

『真由美ちゃん、読まれてるよ』

『真由美ちゃん@面接英会話』

『真由美ちゃん@教会』

『真由美ちゃん@バンクーバー渡航』

『真由美ちゃん@バンクーバー』

『心温まるスープ』

『大切な第一印象』


(santa85b.jpg)

『サンタ マユミちゃん』

『お汁粉@海外』

『お汁粉@カナダ』

『支払いでトラブル』

『風邪で甘えてる場合じゃねぇ~!』

『バレンタインのお菓子』

『結婚、仕事、人生』

『命の力だね』

『英語と真由美ちゃん』

『海外に目を向ける』

『カーネギーホールじゃないよ』

『やる気があれば道は開ける』


(blackcat5.jpg)

『ニャンニャンと人生』

『ピラミス@美術館』

『夢のバンクーバー』

『バンクーバーの屋上で』

『オランダ移住』

『カナダ移住の夢』

『ディープコーヴ』

『浴衣のバンクーバー』


(surfin2.gif)


(dogs17.gif)


(girlxx.gif)

もっとゴーマンかませ!

2014年8月19日

 

 

もっとゴーマンかませ!

 


(goman01.png)



(doctor23.gif)

デンマンさん。。。わしをお呼びですか?


(kato3.gif)

おおォ~。。。マンガ家! 首を長くして待っていたんだよォ。

デンマンさんが わしを批判した記事を書いたのは、もうかなり以前になりますねぇ~。。。


(pal001.jpg)


(hiroshi2.jpg)

『パール判事とゴーマン』

(2011年3月18日)

うん、うん、うん。。。 思い返せば、もう3年以上も前になるんだよ。

どうして急に、また わしのことを書く気になったのですか?

実は、オマエが書いた本をバンクーバー市立図書館で借りていたのだよ。


(goman03.jpg)

上の本を読んでくれたのですか?

うん。。。 なかなか面白かったよ。

。。。で、感激したので、その感想を わしに伝えるために こうして呼び出したのですか?

まあなァ~。。。 そういうことだと思ってくれていいよ。

そう言いながら、デンマンさんは わしをイジメようとするのでしょう!?

いや。。。 僕はオマエの熱烈なファンだから、イジメようなんて全く考えてないのだよ。 でもなァ~、オマエの本の中で、いくつか気になったことがあったのだよ。

たとえば。。。?

例えば、ネットのことでオマエは、かなり時代遅れなことを言っている。

どのような。。。?

156ページで、オマエは次のように書いているのだよ。


(tahara02.gif)

田原総一郎は、小泉首相が再訪朝して帰国した直後、マスコミの評価が辛かったが、拉致被害者の「家族会」が、首相との会談で怒りをぶつけたとき、「2ちゃんねる」を見ていたという。

ネットでは「家族会」へのバッシングが始まっていて、“これは世論が変わる”と思ったらしい。

田原氏は「2ちゃんねる」や世論が、正しい判断を下すと信じているらしい。

驚いたな、こりゃ!

わしに言わせれば、ネットは「便所の落書き」である。

しかも、己のクソでかいた落書きである。


(2chan.gif)


156ページ 『新・ゴーマニズム宣言14』
著者: 小林よしのり
2004(平成16)年12月10日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 小学館

つまり、ネットが「便所の落書き」だ!。。。と わしが言ったことに対してデンマンさんはムカついたのですか?

いや。。。 確かに、ネットで「便所の落書き」をする奴がいる。 僕も、そういう落書きをされたことがあるのだよ。 それで、生まれて初めて 「2ちゃんねる」に書き込みをしたんだよ。

デンマンが生まれて初めて

2ちゃんねるで書いたコメント


(foolw.gif)

85 :& ◆Jpj1cnv6Ck
2005/06/29(水) 12:42:18 (p)ID:AR1aHx8s(14)
>>82

> って、問題ありすぎだよ。
> あと、君のHPを乞われて覗く義務はないし、
> 君のHPに書き込むことは「正々堂々」と全く関係ないので却下します。

オマエみたいなやつが居るから2ちゃんねるの質が落ちるんだよ!
それがオマエには分かっていない!
このスレッドに「病んでいる日本」の最も低級なオマエのような
どうしようもない人間のクズが集まっているんだ!

この管理人がインタビューでこぼしていたんだよ!
オマエは読まなかったのか?
オマエのような、どうしようもない奴が「病んでいる日本」に居るから
いつまでたっても日本が良くならないんだよ!
オマエ分かってんのか?
分かってないよな。愚か者!クズ!

86 :分かるだろ!オマエらのような低脳児童でも?(*^_^*)
2005/06/29(水) 12:43:53 (p)ID:AR1aHx8s(14)
>>82

(続き)

オマエは愚劣で卑怯者なんだよ!「てんね」と同じ人間のクズなんだよ!
2ちゃんねるの最も悪いところでオマエはうごめいている!
つまり人生を無駄にしているわけだよな?
オマエ分かってんのか?
反省しろ!

正々堂々とやるんだよ!
それが日本男児なんだ!
オマエは分かってんのか?
分かってないよな?オマエのような人間のクズに判るはずないよな?
だろう?

豆腐の角に頭をぶちつけて眼を覚ませ!
分かったか?
真人間になって「レンゲのフォーラム」にやって来るんだぞ!
いいな?
いつまでも出来の悪い小学生みたいに
ぐずってるんじゃないの?
分かったか?

87 :分かるだろ!オマエらのような低脳児童でも?(*^_^*):
2005/06/29(水) 12:49:34 (p)ID:AR1aHx8s(14)

(続き)

とにかく、このスレッドで書いている人間のクズは
オマエも他のものも嫌われ者なんだよ!
「病んでいる日本」の癌だ!
オマエには全く自覚がないようだな?
だからオマエは人間のクズなんだよ!

反論がしたかったら、正々堂々と
「レンゲのフォーラム」に来るんだよ!
オマエ分かったか?
分かったらさっそく来るんだぞ!
ガタガタ言うんじゃないの!
愚か者!人間クズ!
「病める日本」の足を引っ張っているロクデナシ!!!


2ちゃんねる
『【毒舌】バークレーのブログのヲチ【自己増殖】』より

『小泉純一郎と名乗る漢字馬鹿 (2009年4月20日)』に掲載。

スレッドをすべて読むと、デンマンさんが かなり暴れまくったのが解りますねぇ~。。。でも、なんだか馬鹿丸出しですよう。

そう思われても仕方がない。。。 とにかく、2006年2月29日の書き込みが最初で最後なんだ。 これからも、「2ちゃんねる」で書き込みをすることはないと思うよ。 でもなァ~、「2ちゃんねる」には質の高い書き込みもあるのだよ。

たとえば。。。?

例えば、次の書き込みがそうだよ。

950 :名無しかましてよかですか?:2014/02/07(金) 22:38:33.84 ID:55sLLx/W
平成攘夷論とか読んでみたら絶句するぞ
今と正反対の主張してるから

951 :名無しかましてよかですか?:2014/02/08(土) 13:42:21.36 ID:v0UAIs+u
「わし」は極右のレッテルの包囲網ね砲弾に耐えきれなくなり
左に再転向したのでしょう。

952 :名無しかましてよかですか?:2014/02/08(土) 16:02:26.61 ID:v0UAIs+u
「わし」は右からも左からも挟み撃ち攻撃を受け
作家、論客としての生命は終焉する運命。

953 :名無しかましてよかですか?:2014/02/08(土) 20:06:42.74 ID:JP7jwhbt
>>950 評価がガタ落ちの2001年以降の主張とすら、もはや真逆になってるしな

954 :名無しかましてよかですか?:2014/02/08(土) 21:44:10.95 ID:9z1nunks
まあでもポストとか朝日新聞とか大手の仕事受けてんだから一応は成功してんじゃないの?
ただ、小林のアホぶりはいつものこととしても、載せてる側の方はプライドないのかって思う

それはそうと大東亜論ってつい最近出たんだよね?
まるで話題に出ないけどあれってどうなの?

955 :名無しかましてよかですか?:2014/02/09(日) 15:06:39.13 ID:B5TbqCfh
「わし」は2月から静かに貝になった。

961 :名無しかましてよかですか?:2014/02/10(月) 19:54:27.93 ID:Jd6IxMNr
「わし」は結局
今度はどちらへ行くのだ?
中道か?

964 :名無しかましてよかですか?:2014/02/12(水) 16:37:21.93 ID:pozjJk5i
小林よしのりってまだいたの?

965 :名無しかましてよかですか?:2014/02/13(木) 22:33:44.79 ID:ONXfZAq8
シャーリー・テンプルの代わりに小林が死ねばよかったのにな

967 :名無しかましてよかですか?:2014/02/14(金) 10:15:41.73 ID:T+NLGF7T
>>954
とうとうネタが尽きて、とうとう政治的に影響の無い右翼の大物とやらの
礼賛漫画まで描かざるを得ない状況にまで追い込まれたのかと言う感じ。
はっきり言って評価する点なんぞ、どこにも無い。 ただ、テロリズムを
礼賛していることだけはよく分かる。 昔からそうだったっけ?

968 :名無しかましてよかですか?:2014/02/14(金) 10:21:14.23 ID:T+NLGF7T
あと頭山に関して言えば、小林が言うほどバランス感覚の有る人間
だとは到底思えない。 まさに極右 反欧米人の極致。 時代が時代
なんだから仕方なかったんだろうが。 レイシストそのもの。
とある戦時中の様子を描いた文庫本に、書いてあった。 右翼の大物
のコメントとして。 

971 :名無しかましてよかですか?:2014/02/15(土) 08:14:57.35 ID:hpaotvZF
小林氏本人曰く
「終わった仕事の内容はどんどん忘れる体質」
とのことです。

972 :名無しかましてよかですか?:2014/02/16(日) 02:02:24.25 ID:0alWUK3P
わしの頭の中の消しゴム とでもいう新しい漫画を描けばいい

977 :名無しかましてよかですか?:2014/02/19(水) 03:19:47.35 ID:mXo262RP
貶した相手を持ち上げるというのは今回の小泉が初めてか

978 :名無しかましてよかですか?:2014/02/19(水) 10:15:02.50 ID:MuWXfSJo
いやいや道場の切通さんとも昔仲違いしたよ
よしりん「お前の顔のイラスト、あれでもわしが大分美化して描いてやってるんだぜ」
よしりん「文句あるなら、もっと写実的にお前の顔を描くよ、リアルなお前の醜悪不細工面を」

喧嘩してたときに上記の様な切通氏の容姿を馬鹿にする文章をSAPIOの欄外に書いてた
あと西部は何回も罵ったり持ち上げたりを繰り返してる。

979 :名無しかましてよかですか?:2014/02/19(水) 10:22:51.87 ID:MuWXfSJo
今さ小林よしのりでググると
小林よしのりWikipediaの次にこのスレが表示される
やっぱりおこっちゃまくんや旧ゴー宣時代からの古参読者の多くも
今の小林よしのりは変だと思ってるんだな。

981 :名無しかましてよかですか?:2014/02/20(木) 02:49:39.98 ID:bR74yXd3
ついに自分の意見が全く支持されない事を
国民の劣化が止まらないからと言い出した。
よしりん1991「それから小林(2013)な、国民が愚民なのはあたりまえやねーけ!
てめーらみたいに本と情報にうもれておまんま食ってるヒマはねーんじゃバカヤロー!
この愚漫画家!わしは頭いいとぬかすんなら、愚民にわかる言葉でしゃべりやがれ!
何が大衆は愚民じゃ!役にも立たん、楽しめもしない戯れ言をもってまわった言い回しで
垂れ流すんじゃねーーーーー!!」

982 :名無しかましてよかですか?:2014/02/20(木) 03:08:29.25 ID:bR74yXd3
よしりん1994「小林よしのり(2014)もうトシだ。年齢の問題ではなく
その精神が老いている。後はもう『愚民と伝統』を念仏のように唱えながら
ネトウヨガー、アメポチガーを連呼する隈の濃いギョロ目小太り2重アゴになって
ハゲさらばえてゆくしかない。恐らく金森嬢がやめた時に
おまえ自信の精神の立ち腐れが始まっていたのだ。
ぐみんぐみんと人の世を…嘆く小林に品位なし」

985 :名無しかましてよかですか?:2014/02/21(金) 09:45:19.41 ID:RxM2i9BS
>>978
相手の容姿を罵倒することほど、人間として最低最悪な行為は無い。
小林は、漫画家以前に、人間としてとっくの昔に終わっている。
しかし、この男は、周りからそう言われただけでも逆上するんだろうなあ。
自分以外の人間は、みんなカスばかりと言う考えの持ち主だから。

986 :名無しかましてよかですか?:2014/02/22(土) 00:48:19.38 ID:0sHk6uQN
金儲けのために国家に対して莫大な損失や人命を奪った反社会的な人間を持ち上げた大東亜論
まあ苦しんで地獄に落ちるわな


『最近の小林よしのりはおかしい!』より

これを読むと最近のオマエの動向がよく解る。

ちっとも質が高くありませんよ~! この上のスレッドも、オイラに言わせてもらえば、「便所の落書き」ですよう!

気になったのは上のスレッドにも書いてあるけれど、西部は何回も罵ったり持ち上げたりを繰り返してるという箇所だよ。

デンマンさんも わしが西部邁さんを何回も罵ったり持ち上げたりを繰り返してる、と言うのですか?

オマエの本の187ベージには次のように書いてあったぞ。

西部邁氏と今のところ3か月に1冊の割合で、『本日の雑談』という本を出している。

これは日々世の中を騒がず事件から、ベストセラー本までを雑談として論じながら、世の大勢を占める安易な言葉や気分に寄り添わない、すなわち俗情と結託しない会話を楽しむというコンセプトで続けている。

(略) 熱心なしファンがいるらしく、毎号増刷されているから、しばらく続くだろう。


187ページ 『新・ゴーマニズム宣言14』
著者: 小林よしのり
2004(平成16)年12月10日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 小学館

それが どうだと言うのですか?

かつてオマエは次のように西部さんを手ひどく批判していたのだよ。


(pal001.jpg)

渡部(昇一)は、日本の戦後には先の大戦を悪と決め付けた「東京裁判史観」と、これに反対した「パール判事の史観」があったと書いた。 これに対して西部は、この両者が対立する構図は成り立たないとして、パールは東京裁判史観に対立する史観、すなわち大東亜戦争を自衛戦争とする歴史観ではないと批判する。 そしてその根拠をこう書く。
「ガンジー『主義者』(にすぎなかった)パール判事がそんな見方をするはずがない」
なぜ「そんな見方をしていない」ではなく「するはずがない」と書くのか?
西部がパール判決書を読んでいないからである。
読みもせず、パールが「ガンジー『主義者』(にすぎなかった)」という印象だけで、「ガンジー主義者の史観に立つと、大東亜戦争を(基本的に)肯定することなどできない」はずだと、憶測だけで語っているのである。 これがあの周到で緻密な文章を書いていた西部邁か?
ネットおたくのウヨ言論じゃあるまいし、信じられないほど杜撰で不誠実な文章である。
渡部はパール判決書の内容を紹介しながら論を展開しているのに、それを一瞥もせず「ガンジー主義者が書いたものだから」だけで切り捨てて批判している!

今回の西部の文章はすべてがこのように杜撰な論理で成り立っている。
つまり、「パールは平和主義者で、ガンジー主義者で、世界連邦主義者だった。そんな者が書いた判決書は保守思想とは無縁だ。それなのに、都合よくパールを利用している自称保守派がいる」というのだ。

 (中略)

その根拠が、何一つ史料に基づかない、西部が勝手に頭の中だけで偏見を元に作り上げた妄想でしかないのだから、わしは一読して呆然としてしまった。

(注: 写真はデンマン・ライブラリーから貼り付けました。
赤字はデンマンが強調)


74 – 75ページ 『パール真論』
2008(平成20)年6月28日 初版第1刷発行
著者: 小林よしのり
発行所: 株式会社 小学館

このように、オマエは何一つ史料に基づかない、西部が勝手に頭の中だけで偏見を元に作り上げた妄想でしかないのだから、わしは一読して呆然としてしまったと、書いているのだよ。

だから、どうだと言うのですか?

あのさァ~、僕は個人的に西部さんとの付き合いはない。 しかし、彼が書いた本を読んでいると、“文は人なり”と昔の人が言ったように、西部さんの人間性が実によく表れているのだよ。

どのようなところにですか?

次の部分だよ。

秦野章氏と一緒に、大蔵省の二人の幹部と酒を飲んでいたとき、その二人のうちのいずれかから「小沢さんと会ってみませんか」といわれ、私はすぐオッケーと答えた。 結局、秦野氏はつい先ごろまで政治家であったから小沢氏が遠慮するかもしれないので、そのかわりに慶応大学で小沢氏と同期生であった(らしい)栗本慎一郎を呼ぼう、というふうに大蔵省のがわが按配した。

 (中略)

築地の料亭に赴くと、その部屋には大蔵省の方々と栗本氏のほかに店の女将(おかみ)をはじめとする女たちが4,5人入り込んでいた。 女たちがいるのはかまわないが、彼女たち、いささか興奮気味とみえた。 女将みずからがいうに、「小沢さんはプロの女たちに大人気なのよ」ということなのであった。 少し遅れて小沢登場となるや、室内にキャアーキャアーと嬌声が挙がった。

小沢氏が私の隣に座してからも、女たちは「スキッ」といってそろって笑い、小沢氏も「こんな顔なのに、アッハッハッハ」と上を向いて大笑いする。 女たちが「女にもてるんでしょっ、ずいぶん遊んだんでしょっ」といって、こぞってキャッキャッと笑い、小沢氏が「そんなことないよ、アッハッハッハ」と大口を開けて大笑いする。 その間、心臓疾患ありと新聞で噂されていたのに、コップの冷酒が次々と小沢氏の口に運ばれていく。 思わず私は「そんな急ピッチで大丈夫ですか」と小声で口を挟んだが、小沢氏は「これくらい、なんてことありませんよ」といって、また大笑いである。


(ozawa006.jpg)

 (中略)

政治家の大笑いも私にはみっともないものにみえる。 豪快さを演出するものであるらしいその大口笑いは、むしろ臆病さの現われとみえてならない。 大口を開けて笑うほどの話題や話の展開がそうあるはずもない。 それなのに、政治家たちは選挙民の前、記者たちの前、政敵の前で、ひっきりなしにガハハハッと笑っている。 それは、心底から朗(ほが)らかな、あるいは何もかも見通した炯眼(けいがん)の持ち主の、哄笑(こうしょう)とは異なる。

笑いは、たしかに、人間関係の潤滑油ではある。 しかし、のべつまくなし大笑いとなれば、油を差しすぎた車と同じく、言葉が空回りする、さらには言葉が停止する。 皆して勇気や聡明そして自信や信頼を異常に大量に喪失しながら、異常に大きくかつ異常に高く笑っている、それが日本政治の水準の低さを示す風景だとつねづね思ってきた。 (中略) 私は、時計を見て、「ああ、もう1時間も経ったなあ」と確認したのをはっきり覚えている。

 (中略)

「皆さん、ちょっくら待って下さいな。私もまったくの暇人というんじゃない。 小沢さんがせっかくきて下さったんだ。 下らない話をこれ以上続けるのはよしましょうよ」

座が一瞬にしてシラケ、栗本氏が「まあ、まあ」とあわてているのがみえた。 そのとき、誰かが「そうだ、天下国家についてそろそろ語りましょうや」と軽口を叩いてくれればよかったのだが、そんな機転の利く者がいないから、座が乱れっ放しとなっていたのである。 逆に、皆が黙ってくれていれば、私が「小沢氏の謦咳(けいがい)に触れたんですから、ついでに経綸(けいりん)にも触れてみたいですねえ」ということもできた。 ところが、女将が「ああっ、全学連が怒った」と間髪(かんぱつ)を入れずに茶々を入れてきた。 その声質も顔付きも、私には、どう感じてみたとて、品が悪いとしかいえなかった。 「ウルセエ、クソッタレ女、俺は帰るぞ」といって、私はその場から姿を消した。

(注: 写真はデンマン・ライブラリーから貼り付けました。
赤字はデンマンが強調)


131 – 135ページ
『小沢一郎は背広を着たゴロツキである』
2010年8月14日 第2刷発行
著者: 西部邁
発行所: 株式会社 飛鳥新社

この「私」というのが本の著者の西部邁さんだよ。 この西部さんは日本では、結構名前が知られているらしい。 本の「著者略歴」には次のように書いてあった。

著者略歴

西部邁(にしべ・すすむ)
1939(昭和14)年、北海道生まれ。
東京大学経済学部卒。 評論家。

東大在学中は東大自治委員会長、全学連の中央執行委員として「60年安保闘争」で指導的役割を果たす。
1961(昭和36)年、左翼過激派と決別。 横浜国立大学助教授、東大助教授を経て、1986(昭和61)年、東大教授(社会経済学専攻)に就任するも、1988(昭和63)年、辞任。

旧来の経済学を批判して経済行為の象徴的意味の解釈を思考する「ソシオ・エコノミックス」で注目され、社会経済学の構築をめざした。
また、高度大衆社会・アメリカニズム批判と西洋流保守思想の提唱とを基軸にした評論活動を活発に行った。

つまり、西部さんは60年安保の時の全学連のリーダーの一人だったのだよ。 それで料亭の女将が「全学連が怒った」とからかったわけなのだよ。

だから、どうだと言うのですか?

あのなァ~。。。 上のエピソードには まだ続きがあるのだよ。 ついでだから次の小文も読んでみてごらんよ。


(ozawa002.jpg)

小沢氏と三回目の会見をした際の印象のことも関係している。 その会見を設定したのはある政治家の奥さんで、彼女自身、選挙に立候補したこともある。 私は、ある出版社の重役みたいな人が、定年退職後にデスクを置く場所を探しているというので、彼女にその世話を頼んだことがあり、その縁で彼女には恩義を感じていた。 その彼女がいうに「小沢さんに会ってほしい。小沢さんもあなたに会ってもいいといっている」とのことである。

 (中略)

彼女には彼女なりの思惑があって、小沢氏と私の会見をしつらえたのであろうということである。 しかし、そんな思惑のことなど、私の関知するところではない。 それで、全日空ホテル内の中華料理店に出向いた。
予想通り、小沢氏はほとんど口を開かなかった。 私は、致し方なく、「小泉改革が国を滅ぼす。アメリカン・ヘゲモニーはかならず失態をさらす。どんなに小さくとも真正保守の政治勢力を創る必要がある」などということについて喋っていた。小沢氏は、退屈至極といった顔付きで、「うーん」とか「まあ」とかしか反応しなかった。

いや、思い出したことが一つある。 私が「真正保守の可能性があるとしたら自民党内しかなかったのですから、小沢さんには自民党への説得をしてもらいたかった。 そうされていれば、小沢主導で保守党ができていたかもしれない」というようなことを御世辞としていったら、小沢氏は「まあ、今になって考えれば、そうしておいたほうがよかったという気もするけれどね」と答えた。 しかし、大概は、楊子(ようじ)を歯に挟んで、それを掌(てのひら)で隠すことすらせずに、「シー、ハアッ」とやっているのが小沢氏の振る舞いであった。

そして私が「大衆政治は有能な人材をボロにしてゆく。私が小沢さんの兄貴だとしたら、私は“弟よ、傷つくだけだから、政治家なんて辞めたほうがいいぜ”と小声でいいますね」と愛嬌でいったら、傍らにいた彼女が突然に怒り出した。 思うに、「小沢氏を怒らせてはならぬ」という配慮でも彼女にはあったのであろう。 「あなた、政治を莫迦(ばか)にしちゃあいけませんよ。政治の恐ろしさも奥深さも何も知らないくせに」と彼女は大変な剣幕であった。 私も、本人としては「君子は豹変(ひょうへん)す」のつもりで、言い返した。

「うるせえや、こちとらは政治のことで鉄格子の独房に、半年間、座っていたんだ。4年も5年も、食うや食わずで生きていたこともあるんだ。政治についてふたたび発言するには20年の沈黙もあったんだ。筋を通して大学だって辞めてやったんだ。言論だって、家を焼かれる成り行きの中で、守り通しているんだ。たかだかカネや情報を動かしたくらいで政治の恐ろしさなんていってもらいたかあないんだ」

やがて小沢は、相変わらず楊子を口に咥(くわ)えたまま、全日空ホテルの廊下をぶらりぶらりと歩いて、姿を消していった。 私に残ったのは、またしても、予想していたこととはいえ、何とまあ不毛な一夜であったことか、という納得めいた思いのみであった。

(注: 写真はデンマン・ライブラリーから貼り付けました。
赤字はデンマンが強調)


142 – 145ページ
『小沢一郎は背広を着たゴロツキである』
2010年8月14日 第2刷発行
著者: 西部邁
発行所: 株式会社 飛鳥新社

要するに、西部さんは料亭の女将にはからかわられるし、同じ世代の政治家の奥さんからもムカつかれて「政治の恐ろしさも奥深さも知らないくせに」と言われてしまった。 この2つのエピソードを読むと西部さんの「人となり」がなんとなく分かってくる。 そうじゃないか!?

確かに、西部さんには、時たま感情的になるところがありますよ。 でも、誰でも長所と短所がありますからね。 短所だけを取り上げて、重箱の隅を突っつくようにアラ捜しをするのはよくないと思いますよ。

でも、なぜ西部さんは中年のおばさん二人に反感をもたれたのか? オマエは、なぜだと思う?

要するに、西部さんが「信じられないほど杜撰で不誠実な文章」を書いた。 それは、とりもなおさず、西部さんが不誠実な人間であると、デンマンさんは言おうとしているのですか?

いや。。。 僕が言っているのじゃなく、オマエが本の中で、そう書いているのだよ! つまり、オマエが西部さんの不誠実さを暴(あば)いたのじゃないかァ!

料亭の女将と政治家の奥さんも、その“不誠実”さを西部さんに感じ取ったと、デンマンさんは言うのですか?

その通りだよ! もちろん、100%の善人も居なければ、100%の悪人も居ない! 西部さんにも人に好かれる部分が間違いなくあると僕は信じているよ。 しかし、あたかも相手に非があるようなエピソードを自分の本に書いている。 だけど、読む人は、むしろ西部さんの方に問題があると感じる。 僕はそう思う! しかし、西部さん自身は、そう思っていたようには感じられない。

要するに、読む人が読むと、西部さんは自分の欠陥を自分で書いた本の中に晒していると、デンマンさんは言うのですか?

その通りだよ! その西部さんとオマエは『本日の雑談』という本を出している。 その後、本の売れゆきはよくないはずだよ。

どうして、そんなことがデンマンさんに解るのですか?

だってぇ~、2008年出版のオマエの『パール真論』を最後に、新しい本がバンクーバー市立図書館に入ってこない。 つまり、オマエのこれまでの読者がオマエの本を買わなくなってきている証拠じゃないかァ!

マジっすかあああァ~?

僕は言わなくても、オマエには解っているはずだよ!

981 :名無しかましてよかですか?:2014/02/20(木) 02:49:39.98 ID:bR74yXd3

ついに自分の意見が全く支持されない事を
国民の劣化が止まらないからと言い出した。

よしりん1991「それから小林(2013)な、国民が愚民なのはあたりまえやねーけ!
てめーらみたいに本と情報にうもれておまんま食ってるヒマはねーんじゃバカヤロー!

この愚漫画家!わしは頭いいとぬかすんなら、愚民にわかる言葉でしゃべりやがれ!
何が大衆は愚民じゃ!役にも立たん、楽しめもしない戯れ言をもってまわった言い回しで
垂れ流すんじゃねーーーーー!!」

オマエ、読者の声を少しは真摯な気持ちで聞いた方がいいよ。

もしかして、上のコメントはデンマンさんが書いたんじゃありませんかァ~?!

僕じゃないよ! 僕は 2006年2月29日以来 1度も2ちゃんねるでカキコしていないのだから。。。


(laugh16.gif)

【レンゲの独り言】


(manila07.gif)

ですってぇ~。。。
ところで、あなたは小林よしのりさんが書いた『戦争論』を読みましたか?
『パール真論』を読みましたか?
デンマンさんが取り上げた『「個と公」論』はどうですか?

『戦争論』は65万部売れたのですって。。。
出版されたのは、もう10年以上も前のことですから、現在までにはもっと売れているもしれません。
かなり話題になりましたよね。

あなたは大東亜戦争を肯定しますか?
戦争が正義か?
平和が正義か?
考えてみたことがありますか?

もし時間があったら次の記事を読んでみてください。


(pal001.jpg)

『パール判事とゴーマン』

とにかく、デンマンさんが明日、また興味ある記事を書くと思います。
だから、あなたも読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ。


(hand.gif)


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

ためになる関連記事



(linger65.gif)

■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』


(karumika.jpg)

■ 『カナダのバーナビーと軽井沢に

別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』

■ 『今すぐに役立つホットな情報』

■ 『 ○ 笑う者には福が来る ○ 』

『夢とロマンの横浜散歩』

『愛とロマンの小包』

『下つきだねって言われて…』

『銀幕の愛』


(eiffel15.jpg)

『パリの空の下で』

『夢の中華パン』

『愛の進化論』


(bare04e.gif)

こんにちは。ジューンです。

わたしもデンマンさんに薦められて

『「個と公」論』を読んでみましたわ。

インタビュー形式で対談のようになっています。

マンガは全く描いてありません。

言葉を惜しみなく駆使した実験だそうです。

インタビュアーが「時浦兼」という人物なんですね。

同書の403ページに書いてあります。

でも、「時浦兼」という人物が実在したとしても

二人の会話がそのまま活字になったのではないと

わたしは思います。

2ちゃんねる流に言えば「自作自演」ですよね。

良くてインタビューに見せかけた「創作」だと思います。

『パール真論』を読んでいたら「時浦兼」という人物は“小林漫画”スタッフの一人だと書いてありましたわ。

このような事は『「個と公」論』の中で明記すべきだと思います。

そうでないと誤解を招きますよね。

デンマンさんのこれまでの記事を読めば

分かると思いますけれど、

上の記事はデンマンさんの「自作自演」です。

マンガ家の「わし」と「僕」はデンマンさんが

一人で二役を演じています。

つまり、「創作」です。

ただし、記事で引用した本の内容は

小林よしのりさんが書いたそのものを引用しています。

誤解がないように老婆心から申し上げました。

ところで、卑弥子さんが面白い記事をまとめました。

楽しいから、ぜひ読んでみてくださいね。

■ 『笑って幸せな気分になれるサイト』


(himiko22.gif)

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


(vanc700.jpg)


(girlxx.gif)

黒豚トンカツ

2011年3月26日

 
 
黒豚トンカツ

 


(tonkatsu2.jpg)

 


(kato3.gif)

Subj:小百合さんの風邪が全快するように

バンクーバーの空からマリア様に

お願いいたしますよ。


(maria05.jpg)

Date: 19/12/2007 12:39:12 AM
Pacific Standard Time
From: barclay1720@aol.com
To: fuji@adagio.ocn.ne.jp


(sayuri55.gif)

少し 頭痛が残ってますが薬を飲むほどでなく
今日は母のところに行くつもりです。

健康第一ですよ。
無理しないようにね。
ヽ(´ー`)ノ

健全な心は
健全な体に宿る。

幸せを感じる心は
健全な体に宿る、ですからね。

日曜の納骨はとても遠いところでした。
朝はやく8時半に家をでて、実家の仏壇に父の遺骨を
迎えにいき、群馬の榛名山まで午後の供養に
間に合うよう連れて行きました。 

榛名山ですか。。。
懐かしいですよ。
僕の親父がまだ生きていた頃だから、
(亡くなったのが1999年の1月でした。)
確か1998年の11月か1997年の11月でしたよ。
僕が運転して家族で水上へ行き
その帰りに榛名山までドライブしました。

榛名湖が凍っていて公魚釣り(わかさぎつり)をしている人がたくさん居ましたよ。
なぜ水上(みなかみ)だったのか?
今思い出したら、親父が小学校の校長先生をしていたので、退職後も共済会で安く泊まれる旅館が水上にあったのです。
その旅館を利用するために水上にしたのでした。

親父がビデオ撮影に凝っていて、
カメラを始終動かしていましたよ。
その時のビデオもあるはずです。

家族旅行のビデオを得意げに見せる愚か者が多いのですが、あれを面白がるのは写っている家族だけですよ。(微笑)

でも、いつか機会があったら小百合さんにも見せますよ。(爆笑)
うへへへへ。。。
\(@_@)/

その日はとても風が冷たく
屋根に雪の積もった車がずいぶん走ってました。

うん、うん、うん。。。
分かりますよ。
“赤城おろし”は寒いですからねぇ~。
“榛名おろし”と言うのは、(なぜか?)聞いた事がないですが。。。

帰りの途中 前橋、伊勢崎は
ここ佐野市より大きな町で
子供の好きな本屋 おもちゃ屋 かわったレストラン(外見)があり、せっかく遠くまできたからあちこち寄り道して…

家につくと夜7時。
1日中私の運転でずーっと つかれて
帰り道 頭痛がはじまって風邪をぶり返しました。

そうですよ。
うちの家族も、ドライブインに寄って山菜そばやうどんを食べるのが何よりの楽しみでしたね。


(tenzaru5.gif)


(tonkatsu0.jpg)

あれは、前橋の近くだったか?
名物の“黒豚”のトンカツ屋を探しても見つからず、
前橋警察署まで聞きにいったのですよ。
(前橋だったか?はっきりと覚えていませんが。。。)

父はどんな風景を毎日をみていくのかな~?
と思い、墓石のうしろにまわり正面をみました。
何もさまたげる物もなく180度いっぱい
大地と空だけでした。
大地なんておおげさで 普段使わない言葉です。
榛名山の裾のように広がる だだっ広い高原です。
子供達も「ここに納骨するの?」と寂しそうでした。

うん、うん、うん。。。
榛名山のあたりは、なぜか、寂しそうですよね。
群馬の寒々とした空風(からっかぜ)のイメージですよね。


(apple03.gif)

父の好きだった、ビールや どらやき りんご 赤飯
手ずくりしたクッキー、すはま(ピンクのもち)を備えて
しばらく一緒に冷たい風の中にいたのです。

うん、うん、うん。。。
小百合さんは父親思いですねぇ~
父と娘のほのぼのとした家族ドラマが思い浮かぶようですよ。
(#´ー`) フッ

ん。。。? “すはま”? 初めて聞きました。
ピンクと白のもちは、お供えなどで、よく僕の母の実家でも目にしますが。。。

私の祖母、祖父も先にはいってます。
父はやっと病気に開放されて、親の元に戻っていきました。

うん、うん、うん。。。
そうでしょう。。。そうでしょう!
一緒に仲良く眠っている事でしょう!


(kakizu3.jpg)

来春、暖かい日にお弁当でも持っていきます。

そうですよ。
亡くなってからでも親孝行は大切ですよね。

そう言う僕は墓参りなど全くしない新人類ですよ。うしししし。。。
でも、カナダの空の下から、いつも亡くなった父親の冥福を祈願しています。

小百合さんのお父さんも、小百合さんの心温まる墓参を草葉の陰で、きっと喜んでいると思いますよ!
軽井沢の“山の家”をお父さんに見せる事ができないので残念でしょうが、でも、軽井沢の“幸福の谷”はお父さんの眠る榛名山の裾に続いていますからねぇ~。
バーナビーとは違いますよねぇ。
ヽ(´ー`)ノ

そう言う訳で、いつか、“幸福の谷”を小百合さんと歩きながら、亡くなった人の冥福を祈りたいですね。
そして、このメールの話もしたいものですよね。
(・_・;) 
これは、全く脇道にそれてしまいましたア。
(#´ー`) フッ

ところで、今日(日本時間の19日)は“レンゲ物語”の記事を書きました。
H系のすっご~♪~いレンゲさんの恋愛詩が載せてあります。
時間があったら小百合さんもぜひ読んでみてくださいね。
風邪がすっかり治りますよ!(^ー^*)

僕が保証いたします。 
(^_-)

■ 『恋心とロマンがムカつかせるのよ』
 (2007年12月19日)

では、風邪を治すために上のリンクをクリックしてくださいね。
僕も小百合さんの風邪が全快するようにバンクーバーの空からマリア様にお願いいたしますよ。


(foolw.gif)

では。。。 \(^-^)/


『榛名山の小百合さん』より
(2007年12月20日)

『実家の思い出』に掲載
(2011年3月16日)

デンマンさん…また同じメールを持ち出してきましたわね?

あのねぇ~…確かに、ちょっとくどいけれど、“黒豚”のトンカツが今日の記事のタイトルなのですよ。

黒豚のトンカツがそれほど珍しかったのですか?

いや。。。珍しかったというより、たまたまテレビを見ていたらワイドショーで“黒豚”のことを取り上げていたのですよ。

それで黒豚のトンカツを食べさせることで有名なお店をメモしておいたのですか?

そうなのですよ。 上のメールでは水上温泉が出てきたけれど、その前の年か?次の年?に伊香保温泉にも行ったのですよ。 どちらの時に食べたのか忘れてしまったけれど、とにかく、帰りに前橋に差し掛かった頃お昼時だった。

でも、見つからなかったのですか?

20分ぐらい探しても見つからなかったのですよ。

それで、前橋警察署に訊きに行ったのですか?

そうなのですよ。

それにしても、黒豚のトンカツ屋を探しに警察署に行くなんて聞いたことがありませんわ。

警察ならば間違いなく知っていると思ってね。

それで教えてくれたのですか?

ところが最初に尋ねた受付の婦人警官は分からないのですよ。

。。。で、どうなさったのですか?

カナダから10年ぶりに帰省したので、ぜひ黒豚のトンカツが食べたい、と大げさに話したら近くで昼飯の弁当を食べていた男の警官が “。。。ん? わざわざカナダから黒豚のトンカツを食べにやって来たのォ~。。。う~ん。。。 黒豚のトンカツねぇ~。。。この近くには黒豚のトンカツを食べさせる所なんて無いと思うけど。。。”

デンマンさん。。。黒豚のトンカツで有名なのは群馬県では無くて鹿児島県ですわよ。


(pigs03.jpg)


(tonkatsu3.jpg)

僕も後で調べたら黒豚は鹿児島県が有名なのですよ。 でもねぇ、テレビの番組では前橋の黒豚のトンカツを話題にしていたのです。 ドライブで前橋を通るので、それで僕はメモを取っていたのですよ。

昼飯中に僕が訪ねたものだから、警察官は一生懸命に探そうとしないのですよ。

それで結局分からなかったのですか?

イエローページでも探してみればすぐに分かるだろうと思ったのだけれど。。。

それで婦人警官が電話帳で調べたのですか?

いや。。。その婦人警官は明らかに新米(しんまい)なのですよ。 高校生が制服を着た感じで、見たところ全く頼りなさそうなのですよ。 18歳か19歳ぐらいに見えました。

それで、分かったのですか?

どのように探したらよいのか、その婦人警官は全く分かっていないようなのですよ。 僕は呆れましたよ。

呆れたのは、その婦人警官の方ですわ。 「黒豚のトンカツを食べさせてくれる所を教えてくれ」なんてぇ、日本人ならば、そのような事を警察署に聞きに行く人は居ませんわ。

でも、交番の警官ならば教えてくれるでしょう?

交番のお巡りさんならば慣れているでしょうけれど、前橋警察署のお巡りさんはそのような質問を受けたことなど無いでしょうから分からなくて当たり前ですわ。

婦人警官がイエローページで探せばいいじゃないですか?

デンマンさんが警察に行く前にイエローページで探せばよかったのですわ。。。で、結局イエローページで探したのですか?

いや。。。僕は前の日に目的地(水上か伊香保温泉?)に向かう途中で“黒豚”の看板を国道17号線バイパス沿いに見た覚えがあるのですよ。 だから、時間がかかるけれど、バイパス沿いを走ってみれば分かると思った。 昼休みに警察官に尋ねても一生懸命になって探してくれないと思ったので諦めたのですよ。 でも、結局分からなかった。

それで、車に戻って探し始めたのですか?

しかし、なかなか見つからなくて、バイパス沿いのお土産屋さんに寄って尋ねましたよ。 それで、やっと分かったのです。 探すのに30分ほどかかりました。

デンマンさんはそれほど黒豚トンカツにハマッているのですか?

あのねぇ、実を言うと僕は四足の肉はあまり好きでない。 肉よりもむしろ、そばやラーメン、うどん、パスタの方がいいのですよ。 しかも、肉の中でも豚肉は、あの臭いがきついので、僕は肉の内では豚肉を最後に手を出すのです。

それなのに黒豚トンカツをわざわざ探し出してまで食べようと思ったのですか?

あのねぇ、テレビの番組を見ていたら旨そうだったのですよ。 黒豚の肉なんて食べたことがなかったから興味が湧いてきた。 それで、どうせドライブの途中だから前橋の黒豚トンカツ屋に、ぜひ立ち寄ろうと決めたわけです。

でも、デンマンさんは豚肉の臭いがダメなのでしょう?

それは選択肢がたくさんある場合のことですよ。 他に食べるのもが無くって腹が減っていたら僕は何でも食べますよ。

つまり、黒豚トンカツを食べるために朝食を抜かしていたとか。。。?

うへへへへへ。。。。そうなのですよ。 旅館では軽く朝ごはんを食べたきりだった。 お昼まで飲まず食わずで居たのですよ。 それでドライブインに着いたら、もう豚肉の臭いなど気にならなかったですよ。

そこで食べた黒豚トンカツは、とびっきり美味しかったのですか?

とにかく空(す)きっ腹でしたからね。 何を食べても旨かったに違いない。 実際、黒豚の肉は柔らかくて旨かった。 臭いもそれほどきつくはなかった。 たぶん上等のロースだと思いましたよ。 オヤジもお袋も弟たちも十分に満足していましたよ。

つまり、お腹が空いていたから美味しかったのでしょう?

そうですよ。 でもねぇ、僕の弟たちは肉が大好きなのですよ。 その二人とも黒豚トンカツには十分満足していたから、やっぱり旨かったのだと思いますよ。 僕は自分のためと言うよりも僕の家族に旨いものを食べさせてあげたかったのですよ。

つまり、その事が言いたかったのですか?

いや。。。それだけじゃない。 実は、面白いエピソードがあるのですよ。

もったいぶらないで余計なことは抜きにして手短に話してくださいな。

あのねぇ、手短に話すと面白くないのですよ。 この話をするためには、一見、全く関係ない話から切り出さねばならない。 まず次の話を読んでみてください。

秦野章氏と一緒に、大蔵省の二人の幹部と酒を飲んでいたとき、その二人のうちのいずれかから「小沢さんと会ってみませんか」といわれ、私はすぐオッケーと答えた。 結局、秦野氏はつい先ごろまで政治家であったから小沢氏が遠慮するかもしれないので、そのかわりに慶応大学で小沢氏と同期生であった(らしい)栗本慎一郎を呼ぼう、というふうに大蔵省のがわが按配した。

 (中略)

築地の料亭に赴くと、その部屋には大蔵省の方々と栗本氏のほかに店の女将(おかみ)をはじめとする女たちが4,5人入り込んでいた。 女たちがいるのはかまわないが、彼女たち、いささか興奮気味とみえた。 女将みずからがいうに、「小沢さんはプロの女たちに大人気なのよ」ということなのであった。 少し遅れて小沢登場となるや、室内にキャアーキャアーと嬌声が挙がった。

小沢氏が私の隣に座してからも、女たちは「スキッ」といってそろって笑い、小沢氏も「こんな顔なのに、アッハッハッハ」と上を向いて大笑いする。 女たちが「女にもてるんでしょっ、ずいぶん遊んだんでしょっ」といって、こぞってキャッキャッと笑い、小沢氏が「そんなことないよ、アッハッハッハ」と大口を開けて大笑いする。 その間、心臓疾患ありと新聞で噂されていたのに、コップの冷酒が次々と小沢氏の口に運ばれていく。 思わず私は「そんな急ピッチで大丈夫ですか」と小声で口を挟んだが、小沢氏は「これくらい、なんてことありませんよ」といって、また大笑いである。


(ozawa006.jpg)

 (中略)

政治家の大笑いも私にはみっともないものにみえる。 豪快さを演出するものであるらしいその大口笑いは、むしろ臆病さの現われとみえてならない。 大口を開けて笑うほどの話題や話の展開がそうあるはずもない。 それなのに、政治家たちは選挙民の前、記者たちの前、政敵の前で、ひっきりなしにガハハハッと笑っている。 それは、心底から朗(ほが)らかな、あるいは何もかも見通した炯眼(けいがん)の持ち主の、哄笑(こうしょう)とは異なる。

笑いは、たしかに、人間関係の潤滑油ではある。 しかし、のべつまくなし大笑いとなれば、油を差しすぎた車と同じく、言葉が空回りする、さらには言葉が停止する。 皆して勇気や聡明そして自信や信頼を異常に大量に喪失しながら、異常に大きくかつ異常に高く笑っている、それが日本政治の水準の低さを示す風景だとつねづね思ってきた。 (中略) 私は、時計を見て、「ああ、もう1時間も経ったなあ」と確認したのをはっきり覚えている。

 (中略)

「皆さん、ちょっくら待って下さいな。私もまったくの暇人というんじゃない。 小沢さんがせっかくきて下さったんだ。 下らない話をこれ以上続けるのはよしましょうよ」

座が一瞬にしてシラケ、栗本氏が「まあ、まあ」とあわてているのがみえた。 そのとき、誰かが「そうだ、天下国家についてそろそろ語りましょうや」と軽口を叩いてくれればよかったのだが、そんな機転の利く者がいないから、座が乱れっ放しとなっていたのである。 逆に、皆が黙ってくれていれば、私が「小沢氏の謦咳(けいがい)に触れたんですから、ついでに経綸(けいりん)にも触れてみたいですねえ」ということもできた。 ところが、女将が「ああっ、全学連が怒った」と間髪(かんぱつ)を入れずに茶々を入れてきた。 その声質も顔付きも、私には、どう感じてみたとて、品が悪いとしかいえなかった。 「ウルセエ、クソッタレ女、俺は帰るぞ」といって、私はその場から姿を消した。

(注: 写真はデンマン・ライブラリーから貼り付けました。
赤字はデンマンが強調)


131 – 135ページ
『小沢一郎は背広を着たゴロツキである』
2010年8月14日 第2刷発行
著者: 西部邁
発行所: 株式会社 飛鳥新社

この小沢一郎さんってぇ、民主党のあの小沢さんですか?

そうですよ。

。。。で、「私」というのは本の著者の西部邁さんですか?

その通りです。 バンクーバー図書館で僕は上の本を読んで初めて名前を知ったのですよ。 でも、この西部さんは日本では、結構名前が知られているらしい。 本の「著者略歴」には次のように書いてありました。

著者略歴

西部邁(にしべ・すすむ)
1939(昭和14)年、北海道生まれ。
東京大学経済学部卒。 評論家。
東大在学中は東大自治委員会長、全学連の中央執行委員として「60年安保闘争」で指導的役割を果たす。
1961(昭和36)年、左翼過激派と決別。 横浜国立大学助教授、東大助教授を経て、1986(昭和61)年、東大教授(社会経済学専攻)に就任するも、1988(昭和63)年、辞任。
旧来の経済学を批判して経済行為の象徴的意味の解釈を思考する「ソシオ・エコノミックス」で注目され、社会経済学の構築をめざした。
また、高度大衆社会・アメリカニズム批判と西洋流保守思想の提唱とを基軸にした評論活動を活発に行った。

つまり、西部さんは60年安保の時の全学連のリーダーの一人だったのですね。

そうです。 それで料亭の女将が「全学連が怒った」とからかったわけなのですよ。

つまり、上のエピソードと黒豚トンカツが関係あるのですか?

あのねぇ、エピソードにはまだ続きがあるのですよ。 ついでだから次の小文も読んでみてください。


(ozawa002.jpg)

小沢氏と三回目の会見をした際の印象のことも関係している。 その会見を設定したのはある政治家の奥さんで、彼女自身、選挙に立候補したこともある。 私は、ある出版社の重役みたいな人が、定年退職後にデスクを置く場所を探しているというので、彼女にその世話を頼んだことがあり、その縁で彼女には恩義を感じていた。 その彼女がいうに「小沢さんに会ってほしい。小沢さんもあなたに会ってもいいといっている」とのことである。

 (中略)

彼女には彼女なりの思惑があって、小沢氏と私の会見をしつらえたのであろうということである。 しかし、そんな思惑のことなど、私の関知するところではない。 それで、全日空ホテル内の中華料理店に出向いた。
予想通り、小沢氏はほとんど口を開かなかった。 私は、致し方なく、「小泉改革が国を滅ぼす。アメリカン・ヘゲモニーはかならず失態をさらす。どんなに小さくとも真正保守の政治勢力を創る必要がある」などということについて喋っていた。小沢氏は、退屈至極といった顔付きで、「うーん」とか「まあ」とかしか反応しなかった。

いや、思い出したことが一つある。 私が「真正保守の可能性があるとしたら自民党内しかなかったのですから、小沢さんには自民党への説得をしてもらいたかった。 そうされていれば、小沢主導で保守党ができていたかもしれない」というようなことを御世辞としていったら、小沢氏は「まあ、今になって考えれば、そうしておいたほうがよかったという気もするけれどね」と答えた。 しかし、大概は、楊子(ようじ)を歯に挟んで、それを掌(てのひら)で隠すことすらせずに、「シー、ハアッ」とやっているのが小沢氏の振る舞いであった。

そして私が「大衆政治は有能な人材をボロにしてゆく。私が小沢さんの兄貴だとしたら、私は“弟よ、傷つくだけだから、政治家なんて辞めたほうがいいぜ”と小声でいいますね」と愛嬌でいったら、傍らにいた彼女が突然に怒り出した。 思うに、「小沢氏を怒らせてはならぬ」という配慮でも彼女にはあったのであろう。 「あなた、政治を莫迦(ばか)にしちゃあいけませんよ。政治の恐ろしさも奥深さも何も知らないくせに」と彼女は大変な剣幕であった。 私も、本人としては「君子は豹変(ひょうへん)す」のつもりで、言い返した。

「うるせえや、こちとらは政治のことで鉄格子の独房に、半年間、座っていたんだ。4年も5年も、食うや食わずで生きていたこともあるんだ。政治についてふたたび発言するには20年の沈黙もあったんだ。筋を通して大学だって辞めてやったんだ。言論だって、家を焼かれる成り行きの中で、守り通しているんだ。たかだかカネや情報を動かしたくらいで政治の恐ろしさなんていってもらいたかあないんだ」

やがて小沢は、相変わらず楊子を口に咥(くわ)えたまま、全日空ホテルの廊下をぶらりぶらりと歩いて、姿を消していった。 私に残ったのは、またしても、予想していたこととはいえ、何とまあ不毛な一夜であったことか、という納得めいた思いのみであった。

(注: 写真はデンマン・ライブラリーから貼り付けました。
赤字はデンマンが強調)


142 – 145ページ
『小沢一郎は背広を着たゴロツキである』
2010年8月14日 第2刷発行
著者: 西部邁
発行所: 株式会社 飛鳥新社

この上の引用されている部分も黒豚トンカツと関係あるのですか?

いや。。。直接の関係はないのだけれど、西部さんは料亭の女将にはからかわられるし、同じ世代の政治家の奥さんからもムカつかれて「政治の恐ろしさも奥深さも知らないくせに」と言われてしまった。 この2つのエピソードを読むと西部さんの「人となり」がなんとなく分かってくる。小百合さんだって西部さんと会ったことがなくても、どんな感じの人か?上の2つのエピソードを読めば、なんとなくイメージが浮かんでくるでしょう?

ええ。。。西部さんがどういう感じの人なのか?なんとなくイメージが浮かんできますわ。。。でも、この西部さんはマジで東大の教授を辞めて(政治?)評論家になったのですか?

実は、バンクーバー図書館には西部さんの本が2冊ある。 もう1冊は『国民の道徳』という673ページもある分厚い本で。。。

デンマンさんは、その本を全ページ読んだのですか?

読みましたよ!。。。西部邁という男は、一体どのような考え方を持っているのだろうか?

分かりました?

分かりましたよ。。。小林よしのりさんと同じで、半年以上海外で生活したことがないはずですよ。

その根拠は。。。?

僕の経験ですよ。。。自慢するつもりではないけれど、僕は海外生活が20年以上に及んでいますからね。。。小林さんの漫画を読んでも、西部さんの本を読んでも観念的で理屈を捏ね回している部分が実に多い! そういう所は、日本という島国にどっぷりと使っている人が書(描)いたものだということが、ページのそこ、ここに表われているのですよ。

つまり、視野が狭いとデンマンさんはおっしゃりたいのですか?

少なくとも西部さんが中年のおばさん二人に、なぜ反感をもたれたのか?僕は分かった気がしましたよ。

なぜ反感をもたれたのですか?

小林さんが描いた漫画本の次の箇所を読んで、なるほどと思ったのですよ。


(pal001.jpg)

渡部(昇一)は、日本の戦後には先の大戦を悪と決め付けた「東京裁判史観」と、これに反対した「パール判事の史観」があったと書いた。 これに対して西部は、この両者が対立する構図は成り立たないとして、パールは東京裁判史観に対立する史観、すなわち大東亜戦争を自衛戦争とする歴史観ではないと批判する。 そしてその根拠をこう書く。
「ガンジー『主義者』(にすぎなかった)パール判事がそんな見方をするはずがない」
なぜ「そんな見方をしていない」ではなく「するはずがない」と書くのか?
西部がパール判決書を読んでいないからである。
読みもせず、パールが「ガンジー『主義者』(にすぎなかった)」という印象だけで、「ガンジー主義者の史観に立つと、大東亜戦争を(基本的に)肯定することなどできない」はずだと、憶測だけで語っているのである。 これがあの周到で緻密な文章を書いていた西部邁か?
ネットおたくのウヨ言論じゃあるまいし、信じられないほど杜撰で不誠実な文章である。
渡部はパール判決書の内容を紹介しながら論を展開しているのに、それを一瞥もせず「ガンジー主義者が書いたものだから」だけで切り捨てて批判している!

今回の西部の文章はすべてがこのように杜撰な論理で成り立っている。
つまり、「パールは平和主義者で、ガンジー主義者で、世界連邦主義者だった。そんな者が書いた判決書は保守思想とは無縁だ。それなのに、都合よくパールを利用している自称保守派がいる」というのだ。

 (中略)

その根拠が、何一つ史料に基づかない、西部が勝手に頭の中だけで偏見を元に作り上げた妄想でしかないのだから、わしは一読して呆然としてしまった。

(注: 写真はデンマン・ライブラリーから貼り付けました。
赤字はデンマンが強調)


74 – 75ページ 『パール真論』
2008(平成20)年6月28日 初版第1刷発行
著者: 小林よしのり
発行所: 株式会社 小学館


(sayuri55.gif)

つまり、「パール判決書」を読んでいないにもかかわらずに西部さんは批判していると、デンマンさんは指摘したいのですか?


(kato3.gif)

その通りですよ! 小林さんが「信じられないほど杜撰で不誠実な文章である」と書いているけれど、『パール真論』の第6章「西部邁氏の誤謬を正す」を読むと“西部邁さんがいかに不誠実な人間か!”ということが充分過ぎるほど良く分かる!

でも、西部さんは東大の教授だったのですわ!

あのねぇ、東大の教授であろうが、ケンブリッジ大学の教授であろうが、ハーバード大学の教授であろうが、批判するときに問題の本(「パール判決書」)を読まずに、その本にかかわる問題を批判するなんて、やってはいけないことですよ! 人間の尊厳を自分で貶(おとし)めているようなものですよ。 小林さんは議論するために「パール判決書」を充分に読みこなしている。 本を読んで理解している人が西部さんの批判文を読めば、西部さんが本を読まずに書いた批判文章であることがすぐに判ってしまう! 西部さんは議論の相手と読者をナメている!

西部さんは小林さんによって、その不誠実さを暴(あば)かれたのですか?

その通りですよ。

つまり、料亭の女将と政治家の奥さんは、その“不誠実”さに共通するものを西部さんに感じ取ったと、デンマンさんはおっしゃるのですか?

まず間違いない! もちろん、100%の善人も居なければ、100%の悪人も居ない! 西部さんにも人に好かれる部分が間違いなくあると僕は信じていますよ。 しかし、あたかも相手に非があるようなエピソードを自分の本に書いている。 だけど、読む人は、むしろ西部さんの方に問題があると感じる。 僕はそう思う! しかし、西部さん自身は、そう思っていたようには感じられない。

要するに、読む人が読むと、西部さんは自分の欠陥を自分で書いた本の中に晒していると、デンマンさんは、そうおっしゃるのですか?

そうですよ。

分かりましたわ。。。でも、これほど長く書いてきて、一体どこが黒豚トンカツと関係あるのですか?

あのねぇ、ここまで読んでこないと僕のエピソードの意味が分からないのですよ。

あのォ~。。。前置きはもうたくさんですから余計なことは言わずに、その面白いエピソードを細木数子さんのようにズバリ!と言ってくださいな。

分かりました。。。前橋の国道17号線バイパスのドラインブ・インで黒豚トンカツを食べて、もうあとは実家に帰るばかりでした。 オヤジもお袋も、弟たちも温泉に浸かって命の洗濯をして、しかも黒豚トンカツまで食べて満足していたのですよ。

それで。。。?

ところが、どう言う訳か?お袋が車の中で気になることを話し始めた。


(oldcoup2.gif)

黒豚トンカツが旨いとみえて、あのお店は混んでいたわね。 私が最初にそのお店のドアを開けて入ったのだけれど、お店の人は誰もが忙しそうに立ち働いていて私に気づかなかった様子だったわ。 次にお父ちゃん(僕のオヤジ)がお店に入ったのだけれど、お店の人は相変わらず忙しそうで、お父ちゃんにも気づかないようなのよねぇ。 でも、次にあんた(僕のことです)が入ったと思ったら、お店の奥に居る人も、ウェイトレスも、皆、声を合わせるように「らっしゃい! イラッシャイ いらっしゃい! ラッシャイ!。。。」
まるで、どこかの大旦那が入ってきたように急に態度が変わったのよ! まったくアレッて、どういうのかしら? 私はどこかの、しょうもないバアさんだと思われたらしいわ。 全く無視されたのよ。 まあ。。。私が無視されたのは分かるけれど、小学校の校長先生まで勤め上げたお父ちゃんまでが無視されたのよ。。。
あんたには不思議なオーラがあるみたいなのよねぇ~。

お袋。。。僻(ひが)むなよ。。。商売人は誰がサイフを持っているかを見極めるカンがあるんだよ! 金を払う人に対して気持ちを込めて「いらっしゃい!」と言うんだよ。

何言ってんのよ! お金を払ったのは私なのよ。

うふふふふ。。。 マジで、こういう事があったのですか?

そうなのですよ。 「押しが利(き)く」という言葉があるけれど、確かに、その人の生き様がその人の表情や姿に表われると言う事はありますよ。 僕のお袋は20代の前半に遠い親戚の池袋にある寿司屋に女中奉公をした。 女中根性が染み付いている。 僕のオヤジも小学校だけしか出ていない。 どことなく学歴がないのを“ひけめ”と思っていた影が尾を引いている。 ところが僕には、そういう“ひけめ”は全くない。 大旦那ではないけれど、人生の半分以上を一匹狼として海外で生きてきたという経験が、やっぱり僕のオーラになっているのかもしれない。

つまり、デンマンさんは自慢したいのですわね?

いや。。。自慢したいのじゃありません。 お袋の話から“オーラ”が気になっていたのですよ。 西部さんが、どういうつもりで上の2つのエピソードを本に書き込んだのか? 僕は考えさせられたのです。 小百合さんは、どう思いますか?

料亭の女将と政治家の奥さんの方に非があると、西部さんは思ったのでしょうね。 それで、西部さんは読者に自分のオーラを知ってもらいたかったのではないかしら?

多分、そうだと思いますよ。 常識として自分の欠陥をわざわざ自分の本の中に書く人は居ませんよ。 西部さんは自慢できる“オーラ”を上の2つのエピソードの中に盛り込んだつもりなのかもしれません。

。。。で、デンマンさんは西部さんの“オーラ”を見つけることができました?

いや。。。残念ながら見つけることができませんでした。 二人のおばさんは小林さんが指摘した“不誠実さ”を感じ取ったのではないか? 僕はそんな印象を持ったのですよ。

それで二人の女性は“不誠実さ”のオーラを感じてムカつき、西部さんに反抗的な態度をとったのですか?

僕は、そう思いますよ。

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。
デンマンさんの“オーラ”のお話は、ちょっと考えさせられますわ。
確かに、ありますわよねぇ。
グループの中で、どう言う訳か注目される人が居るのですわよ。

実を言うと、あたくしは飛びっきりの美人ではござ~♪~ません。
でも、これでも、あたくしは、結構注目されるのですわ。

ええっ。。。十二単を着てるからだろうってぇ~?

いやですわ。
あたくしが十二単を着ているのは記事の中だけですわ。
こんな格好で大学で講義できるはずもないのです。

でもねぇ、注目されても、ありがた迷惑なのがレストランへお友達と行った時なのですわ。
どう言う訳かお店の人にあたくしは大切にされて、
お勘定の時に、ついついあたくしが払う羽目になってしまうのです。

。。。で、そのあとで喫茶店へ女の子ばかりで入ったりするでしょう。
すると、隣のテーブルの男の子のグループから代表の人があたくしに声をかけるのでござ~♪~ますわ。
そういう時ってぇうれしゅうございますう。

ところが、後で合コンになって、最後までカップルにならずに一人だけ残ってしまうのがあたくしなのですわ。
これってぇ、どう言う事なのでしょうか?

とにかく次回も面白くなりそうですわ。
だから、あなたも読みに戻ってきてくださいましね。
じゃあねぇ。


(hand.gif)


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

ためになる関連記事



(linger65.gif)

■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』


(house22.jpg)

■ 『カナダのバーナビーと軽井沢に

別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』

■ 『今すぐに役立つホットな情報』

■ 『 ○ 笑う者には福が来る ○ 』

『夢とロマンの横浜散歩』

『愛とロマンの小包』

『下つきだねって言われて…』

『銀幕の愛』


(eiffel15.jpg)

『パリの空の下で』

『夢の中華パン』

『愛の進化論』

『漫画家と平和(2011年3月6日)』

『漫画家の壁(2011年3月10日)』

『漫画家と奴隷(2011年3月12日)』

『畳の上の水練(2011年3月15日)』


(cute206.gif)

『パール判事とゴーマン(2011年3月18日)』

『軍隊のない国(2011年3月21日)』

『士風と「葉隠」(2011年3月23日)』


(bare04e.gif)

こんにちは。ジューンです。

あたくしも日本でトンカツをいただいたことがありますわ。

美味しかったですわ。

でも、わたしはポークよりもビーフの方が好きです。

デンマンさんが久しぶりにご馳走してくれると言うので

イングリッシュベイを散歩しながら

シルビアホテルの近くの

イタリア・フランス料理専門レストランへ行きました。


(ebeach2.jpg)


(ebay7.jpg)


(ebay5.jpg)


(sylvia9.jpg)

デンマンさんが、何が食べたいの?ときくので、

ちょっとおねだりして仔牛と

フォアグラのローストをリクエストしました。


(din005.jpg)

う~♪~ん。 期待していた通りですう。

仔牛は、フランス語で「ヴォー」veau、

英語では「ヴィール」vealですよね。

まだ脂肪が少なくて赤い色も薄い感じです。

特徴は香りやクセがなく、

とても柔らかいのですわ。

その分、バターなどコクのある食材と

あわせる場面が多いようです。

今回は春キャベツで包んだ乳飲仔牛と

フォアグラのローストです。

マルサラ酒とリコッタチーズのソースが

とっても合っていました。

2色のアスパラガスが添えてあって、

落ち着いた感じを与えています。

フレッシュでクセの無い乳飲仔牛に合わせるのは

贅沢にも濃厚なフォアグラですう。

やわらかな春キャベツと季節のアスパラは、

お肉とぴったりと相性が合っていましたよ。

ソースはしっかり目に全体をまとめていました。

普段、口にする機会がないヴィールと

フォアグラなので、とっても期待していました。

デンマンさんが特別に注文してくれた

カクテル「楊貴妃」が、まず出てきました。


(youkihi9.jpg)

わたしが首を長くして待っている間

デンマンさんは楊貴妃の大理石像を見るために

わざわざ中国の西安に行ったときの事を、

いろいろと話してくれました。


(youkihi2.jpg)

料理が出てくるのを待ちながら、

わたしは「楊貴妃」をチビリチビリお口に運びました。

いつものようにデンマンさんは、

かなり詳しい歴史のお話をしてくれましたが、

わたしは半分、上の空で聞いていました。

うふふふふ。。。


(din002.jpg)

次に出てきたのはイタリア料理の

バヴェッティーネでした。

焼穴子、あさりと松茸に、たっぷりの

芽葱(ネギのスプラウト)があしらってありました。

食べた瞬間、京都の老舗(しにせ)で味わうような

上質の和食を連想させる優しい味わいでした。


(din001.jpg)

そして、デザートにはクレームエペスでした。

クレームエペスと言うのは、

フランス・ノルマンディー地方の

生クリームの一種です。

乳酸発酵させた爽やかな

酸味と芳醇なコクが特徴です。

クリーミーなヨーグルトといった感じの味わいですわ。

エペス(epaisse)とはフランス語で

「厚い」「濃い」という意味の形容詞で、

その味わいを表現しています。

なぜか、どこか懐かしいキュートなテイストでしたわ。

フレッシュな巨峰との相性が抜群でした。

お酒を絶対に口にしないデンマンさんが、

その場の雰囲気にすっかり酔ってしまったように、

わたしにちょっとベタベタした一幕もありましたわ。


(dinner3.jpg)

「ジューンさん、ボーイフレンドと別れてから、

寂しくない?」

「あらっ。。。、どうして別れたことを

ご存知なのですか?」

「僕は地獄耳を持っているからね、

うへへへへ。。。ちょっと、このあと、

僕のマンションに寄らない。。。?」

「ええ。。。そうしたいのですけれど。。。

わたし、明日は仕事で朝が早いのですわ」

「僕が起こしてあげるから。。。うしししし。。。」

「でも、デンマンさんのところには

目覚ましがないから、

わたし、やっぱり自分のマンションに

まっすぐに帰りますわぁ」

デンマンさんはガッカリしていましたわ。

でも、思慮分別のある心の広い方ですから、

キレることもなく、ムカつく事もなく、

私のマンションまでエスコートしてくださいました。

ただし、お休みのキスは、

かな~♪~りディープになって長かったのですわ。

あまり長くなるとちょっと問題ですので、

「もうやめて」と言うつもりで、

舌を咬ませてもらいましたわ。

うふふふふ。。。


(vanc700.jpg)

ところで、卑弥子さんが面白い記事をまとめました。

楽しいですから、ぜひ読んでみてくださいね。

■ 『笑って幸せな気分になれるサイト』


(laugh16.gif)

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


(galette04.jpg)


(byebye.gif)
 

パール判事とゴーマン

2011年3月18日

 
パール判事とゴーマン

本書(『平和の宣言』)では、判決書では語られなかった、日本の戦争に対するパールの考えも読み取ることができる。 300年続いたイギリスによる殖民統制下のインドに生まれ育ったパールは、平和主義者でありながら日露戦争の日本の勝利に喜び、民族の誇りが目覚めたと言い、インドをはじめアジア各地の独立運動はここから始まったと言ってもいいと述べている。

 (中略)

だがその一方では、パールは絶対平和主義者であり、世界連邦を提唱し、日本の再軍備反対を唱えたことも事実である。 現在の価値観では、なぜそれが両立するのか理解できないだろう。 これには、時代の背景を考えなければならない。
大規模な戦争の後には、戦争を二度と起こさないための平和運動や平和機構の提唱が行われるのが歴史の常であり、未曾有の大惨事となった第二次世界大戦の後には、世界中で同時多発的に「世界連邦」の思想が生まれた。
これは各国間の主権と軍備を制限して、世界連邦という国際法による法治共同体の一員として秩序づけようというものである。 誤解されがちであるが、国家を解消して単一の世界国家を作ろうというものではない。

 (中略)

パールが再来日した1952年は朝鮮戦争の真っ最中であり、第三次世界大戦、核戦争、人類滅亡という恐怖はすぐそばにある現実だと、誰もが思っていた。 パールも、核兵器の登場によって戦争も武器も無意味になってしまったと考え、核戦争への恐怖が、人類は団結しなければならないという「紐帯(ちゅうたい)」になったと期待したのだ。

パールは戦前に関しては「アジア開放の戦い」にも共感しているが、戦後に関しては一切の武力を否定している。 戦前と戦後の間に断絶があるといってもいいだろう。 それは一見矛盾しているようだが、核兵器の登場によって世界史は一変し、戦争の意味合いも全く変わってしまったと考えられていた当時としては、それなりに筋が通った思想だったのである。 さすがに人類が核の恐怖にすら慣れてしまうという事態は、パールにも想定外だったのだ。

 (中略)

「戦争のために死ぬ命なら、平和のために死ぬ覚悟を示してもらいたい。恐怖の観念を捨てよ。命を投げ出すとき、そこには恐怖はない」と言っている。「命こそすべて」の日本の反戦平和とは正反対の思想である。 これこそがガンジー主義の真髄なのだ。 ガンジー主義とは、平和のためなら恐怖心もなく自らの命を投げ出さねばならぬという、大変な危険思想なのである。 日本の平和主義者がそこまでの覚悟をした上で、日本国民にも非暴力で死ねと説得できるだろうか。

残念ながらいま見ればパールの平和主義は破綻したと言わざるを得ない。 パールがガンジー主義に基づく平和国家を貫くと信じていた当のインドでさえ、今やNPT(核拡散防止条約)体制を無視したまま、堂々の核保有大国である。


105-107ページ 『パール新論』
著者: 小林よしのり
2008年6月28日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 小学館

デンマン注:写真はデンマンが貼り付けました。
強調のための赤字もデンマンが施(ほどこ)しました。

デンマンさん。。。オイラをお呼びですか?

おおォ~。。。マンガ家! 首を長くして待っていたんだよォ。

今日はパール判事のことですか?

そうだよ。 オマエの『パール真論』をじっくりと読んだよ。

マジで。。。?

もちろんだよ! 最初のページから最後のページまでじっくりと読んだよ。

でも、デンマンさんがオイラの本をじっくりと読んだとは思いません。 もし、じっくりと読んだのであればデンマンさんの読解力には問題があると思うのですよ。

オマエはどうしてそのように思うの?

だってぇ、デンマンさんは次のように書いてましたよ。


 
 
過ちはもう繰り返しません
 
 

広島の原爆死没者慰霊碑には、このように書かれている。 つまり、あのような悲惨な戦争は日本人として2度とやりませんという誓いの言葉だよ。

だから。。。?

だから、この言葉の裏には当然のことながら大東亜戦争を否定する気持ちが込められている。 ところが、オマエは大東亜戦争を肯定している。 そうだろう?

そうです。

なぜ、オマエは大東亜戦争を肯定するの?

デンマンさんはオイラの本をじっくりと読んだのでしょう?

そうだよ。

だったらオイラの大東亜戦争肯定論が理解できたでしょう?

もちろん理解できたよ。 だから、こうしてオマエを呼び出して批判しようとしているんじゃないか!


『漫画家の壁』より
(2011年3月10日)

大東亜戦争肯定論を理解しているのにデンマンさんはオイラを批判するのですか?

あのさァ。。。、正しく理解する事と賛成する事は全く別な事だよ!

つまり、デンマンさんはオイラの大東亜戦争肯定論を愚劣だと決め付けるのですか?

そうだよ!! オマエの知性を僕は疑うよ。 オマエが愚劣だと主張している日本の言論人・知識人よりもオマエの方が愚劣だと僕には思える。

デンマンさんはオイラの『戦争論』が65万部以上売れたのを知っているでしょう?

もちろん、知っている。

2011年までの販売部数を計算すれば100万部を突破しているはずですよ。

つまり、『戦争論』が現在までの販売部数で100万部を突破したからオマエの大東亜戦争肯定論が日本人に迎えられていると、オマエは素直に信じているの?

いけませんか? (満足そうな爆笑)

だからオマエは愚劣だと僕は言うのだよ! 少なくともオマエの読者の一人である僕はオマエの本を数冊読んだけれど大東亜戦争肯定論を読んでオマエが見下している日本の言論人・知識人よりもオマエの方が愚か者だという事を僕はしみじみと理解できたよ。

デンマンさんはオイラがミリオンセラーを出したので、その事が気に喰わないのですか?

愚かな事を言うなよ。 あのなァ、オマエの大東亜戦争肯定論など、僕は端(はな)からおバカタレントの“たわごと”だとしか思えなかった。

それなのにデンマンさんはオイラの本をじっくりと読んだのですか?

そうだよ! なぜなら、オマエは本の中で次のように書いていた。

わしの本も読まずに

愚かな言論人知識人が

わしを批判し自らの底の浅い知識を

曝け出している。

確かにオマエの本を読まずに批判したとしたら、そういう人物は愚人だとしか言いようがないよ。 オマエの『パール真論』を読んだ時に“日本の言論人・知識人”と自他共に認めている人間が、いかに愚人かという事を僕はオマエと一緒に苦笑したものだよ! うししししし。。。

デンマンさんもオイラに同感したのですか?

うん。。。そいつらの本が1万部ぐらいしか売れないのが良く分かったよ。

だったら、オイラの本がミリオンセラーになった事はメチャすごいでしょう!

オマエはバカだねぇ~。。。百万部売れようが千万部売れようが僕はビックリしないんだよ!

なぜ。。。?

オマエの「大東亜戦争肯定論」は所詮売り上げを伸ばそうというキャッチフレーズでしかない。 「売れないでもともと、もしかすると奇抜なキャッチフレーズに飛びつく読者がいるかも。。。?」 オマエはおそらく、このように考えたのだよ! そうだろう?

デンマンさん。。。それこそ愚者のかんぐりですよ。 オイラの本を読んだのであれば、オイラがマジで大東亜戦争肯定論に全力を傾けて書いたということが理解できるはずですよ。

そうだよ! その通りだよ! オマエが大東亜戦争肯定論に全力を傾けて書いたという事が僕にも十分に理解できたよ。

それなのに「大東亜戦争肯定論」は「売り上げを伸ばすための単なるキャッチフレーズ」だと言うのですか?

あのなァ、オマエ、冷静になって考えてごらんよ! オマエの視点は日本国内を出ていない! 僕はすでに人生の半分以上を海外で暮らしてきた。 これまでにソ連、中国、アメリカ、ヨーロッパを含めて34カ国を放浪してきた。 行ってないのは南極大陸だけ。。。北極圏に近いイエローナイフにも2年近く滞在したことがある。

だから。。。?

だから、僕の視点は常に海外と言うか。。。世界にあって。。。日本はその中に含まれている一地方に過ぎない。

だから。。。?

だから、僕がオマエならば「大東亜戦争肯定論」など言い出さない。

どうして。。。?

中国の人口がどれほどか? オマエ、知ってるだろう?

13億人。

日本人は。。。?

多く見積もっても2億人どまり。

中国では反日教育が20年以上行われている事をオマエも知っているだろう?

もちろん、知ってますよう。

だったら「大東亜戦争肯定論」は“数の論理”から言えば、絶対に否定されるのだよ!

どうして。。。?

あのなァ、たとえ日本人すべてが肯定したとしても、せいぜい2億人どまり。 中国の反日教育の成果を考えれば、少なくとも10億人以上が大東亜戦争を否定している! 10億人が大東亜戦争を否定しているのに対して、肯定論はおそらく日本には1000万人も居ないだろうよ。 オマエの大東亜戦争肯定論の本が売れたと言っても、せいぜい100万部留まりだよ! 中国一国だけを取り上げても、これだけ否定論者が多い! 世界の人々に「大東亜戦争を肯定しますか?」と尋ねれば50億近い世界の市民は大東亜戦争を否定するに違いない! もし、オマエの視点がグローバル化しているならば「大東亜戦争肯定論」など端から書かないものだよ!

つまり、絶対多数でオイラの「大東亜戦争肯定論」は反対されるとデンマンさんは主張するのですか?

オマエは「大東亜戦争肯定論」を書いて本が売れればいいと思っている。 でもなァ、読者をナメるなよ!

デンマンさん。。。やっぱり、分かってしまいますか?(微笑しながら苦笑)

だから、オマエは愚か者だと言うんだよ!

でも、日本の愚かな言論人・知識人が出す本は、せいぜい1万部が売れればいいところ。。。自慢する奴でも5万部留りですよ。 ところが、オイラの『戦争論』は、これまでに百万部を突破していますからね。 自慢じゃないけれど大東亜戦争肯定論に共感する読者は多いんですよ!

オマエは、だから、浅はかだと言うんだよ! 読者をナメるなよ!

読者をナメてません!

ナメてるじゃないか! この僕も、その百万部の中の一読者なんだよ!

マジで。。。?

オマエの本を読まずに批判できるわけね~だろゥ!? だから僕もオマエの本をじっくりと読んだ。 それで僕はオマエを愚か者だと思った。 大東亜戦争肯定論など屁のツッパリにもならないと思ってるんだよ。 うへへへへ屁。。。

デンマンさん!。。。真面目にやってくださいよ! 理不尽にオイラをバカにすればマジで東京地方裁判所に「名誉毀損」でデンマンさんを訴えますよ。

オマエは東京地方裁判所が好きだねぇ~?

デンマンさんはオイラが書いた次の部分を読みましたか?

膨大な批判が出たことは出たけれど、まず言いたいのは、まともに『戦争論』を読みもせず、ただレッテル貼りしようってだけの論調が多すぎる!ってこと。
読者をナメてるんだよね。
そんな本いくら出したって、売れるはずないのに。
何冊批判本が出たって、どーしたって1万部にも達しなくて、同じ人間がどの本もどの本も買ってて、左翼が書いて左翼が読んで、内輪だけでぐるぐるぐるぐる回ってるって状態でしょ。

わしの『戦争論』では65万の人間が涙し、感動し、「目からウロコが落ちた」って、今までの戦後民主主義の感覚から雪崩(なだれ)を打つように転向している。
そんな状況すらあるんだよ。
それに対して、批判する側はわしの主張を突き崩し、状況を挽回しようと本気で思っているのかどうか、わしにはそれすらわかんないんだよね。
なにしろ向こうが新刊で出す批判本の全部の部数よりも、『戦争論』の1回の増刷の部数の方が多いくらいなんだから(笑)。

(注: 赤字はデンマンが強調)


28 – 29ページ 『「個と公」論』
著者: 小林よしのり
2000年5月10日 第2刷発行
発行所: 株式会社 幻冬舎

もちろん、この部分を読んだよ。 それがどうだと言うんだい?

65万の人間が涙し、感動し、「目からウロコが落ちた」って、言うんですよ!

だからオマエは愚か者だと僕は言うんだよ。 読者をナメるなよ! その読者の一人が僕なんだよ! 僕はオマエが愚か者だと笑って涙を流したよ(微笑)。 でもなァ、感動したわけでも、目からウロコが落ちたわけでもない。 それどころか、2011年の2月まで僕はオマエの名前も知らず、オマエの本を一冊も読んでない。 ところがバンクーバー図書館でオマエの本を読んだら呆れるほどの愚論を恥ずかしげもなく得意げに展開している。 僕は「平和が正義」だ!という格言に肩を押されて、こうして批判しているわけなんだよ。 65万人の読者の中には僕のように批判的な人間もかなり居ると思うよ。 ところで、「宮台クン」の次の「数値的分析」は興味深かった。

宮台氏の「分析」によると、『戦争論』が発行50万部なら、うち1~2割りは書店の棚にあるから実売は40万+α。
そこから神社本庁や遺族会の「組織票」を差し引き、さらに年長の世代を引くと、若者層(10代後半~20代後半)に売れたのは最大に見積もって15万部、しかも「メディア戦略の成功」で「アンチ」の読者も相当入っているから、若者世代で『戦争論』に賛同したのはたかだか8万~9万、若者2百人に1人、0.5パーセントいるかいないか、意見分布としては「統計誤差の枠内」で「絶対数が多く見えても、まったく問題ない数字であり、少しも危ない現象は生じていません」だそうです。

(注: 赤字はデンマンが強調)


323 – 324ページ 『「個と公」論』
著者: 小林よしのり
2000年5月10日 第2刷発行
発行所: 株式会社 幻冬舎

つまり「宮台クン」の分析によると大東亜戦争肯定論に賛同したのは、たかだか8万から9万。 若者200人に一人という分析結果を出している。

デンマンさんも、そのような下らない分析結果を信じるのですか?

いや。。。僕は信じているわけじゃない。 参考にしているだけ。。。でも、オマエ自身が無意識に信じているのだよ!

何を根拠に、そのような愚かな事をデンマンさんは言うのですか?

だってぇ、オマエは次のように書いていた。

『戦争論』には5000通以上の読者カードが返ってきていて、その年代別集計も公表しているし、「組織票」だの「アンチ」だのって何の根拠もなく言ってるだけじゃないか。
分析間違っているよ。もう一度幻冬舎行ってそろばん弾き直してきなさいって。

(注: 赤字はデンマンが強調)


324ページ 『「個と公」論』
著者: 小林よしのり
2000年5月10日 第2刷発行
発行所: 株式会社 幻冬舎

5000通以上だと言うことは6000通未満だよなァ!?

そうです。

…と言うことは、実際に感動して涙して、読者カードを投函した人は多くても6000人以下だと言うことだろう? その中にはムカついてオマエのことを軍国主義者!とか、国粋主義者!とか、ナチスよりひどい!とか。。。アクタレを書いたカードもあるはずだよな!?

まあ。。。ほんのわずかですが、そういうカードも確かにありましたよ。

ウソつけ! ほんのわずかじゃないだろう? オマエは次のようにも書いていたぞ!

『戦争論』では司馬氏についてはたったの一コマ、
「あの司馬遼太郎だって『日清・日露までの日本人は偉かった 立派な国だった 昭和が魔法にかかったように愚かでダメだった』
そりゃ負けたから言ってるだけだ」
と描いたのですが、「司馬史観」の信奉者からは轟々(ごうごう)たる抗議の手紙が届きました。

(注: 赤字はデンマンが強調)


359ページ 『「個と公」論』
著者: 小林よしのり
2000年5月10日 第2刷発行
発行所: 株式会社 幻冬舎

あのなァ、『戦争論』で司馬さんについてオマエが一コマ描いただけでも『司馬史観』の信奉者からは轟々たる抗議の手紙が届いたと書いてある。 つまり、オマエの本を読むと日本の言論人・知識人からの反対ばかりか、オマエの考え方に反対する者とか抗議する者が読者の中にはかなり居ることが分かる。 こう言う僕自身もオマエの愚かな考え方に批判的な読者の一人なんだよ!

でも、多くの読者はオイラの「大東亜戦争肯定論」に賛成してますよ。

それも当てにならない! 仮に5000通から6000通のカードを出した人が感動して涙を流して賛同したとしても65万の読者の何パーセント?。。。ほんの1パーセント未満なんだよ!

つまり、オイラの本の読者のほとんどが大東亜戦争肯定論に反対だとデンマンさんは思い込んでいるのですか?

そうだよ。。。しかも、オマエ自身が自分の書いた本の内容に対して懐疑的なのだよ!

まさか!

だってぇ、オマエは次のように書いていたじゃないか!

香山(リカ)氏の発言なんですけど、「心理学に少し通じたものなら、『洗脳』の基本は『現実の否定』と『単純で明快な教義の呈示』、ということを連想するかもしれない」って、『戦争論』は「洗脳の書」だということまで示唆しているのですが。

小林: そこまでの洗脳の効果が、作品、本一本にあるって認めてくれるんだったら、それはそれですごい賛美だけどね。
そんなものすごい書物を書いた人間なんか、なかなかいないでしょう。

(注: 赤字はデンマンが強調)


71ページ 『「個と公」論』
著者: 小林よしのり
2000年5月10日 第2刷発行
発行所: 株式会社 幻冬舎

それは言葉のアヤで内心ではオイラは“奇跡の書”を目指して書いていますよ!

いや。。。それはオマエの日和見主義だよ。

その根拠は。。。?

もともとオマエはギャグマンガ家なんであって、あえて大東亜戦争肯定論を仕掛けてみたに過ぎない!

だから、その根拠は。。。?

オマエは評論家の佐藤貴彦氏の次の分析を見事だと、その通りだと言っている。

ギャグ漫画の本質とは「定式化された物語を破綻させる」ことである。 例えば大人社会のタテマエが崩れてホンネがかいま見えた時、人は笑う。
優れたギャグ漫画家・小林よしのりはこういうことは得意である。

 (中略)

戦後民主主義の物語と『戦争論』の物語は両極に位置し、おのれの物語を維持するためには相手の物語を完全に粉砕するしかない。
ところがどちらも相手の物語性を叩けば叩くほど、おのれの拠(よ)って立つ物語性を妙に浮き上がらせてしまう。
そうしたジレンマが『戦争論』には最初から仕掛けられているというわけです。
宮崎哲弥氏は「これはギャグではないか」と言ったが、『戦争論』自体がギャグではなく、『戦争論』をめぐる騒ぎの全体の構造がギャグなのであり、宮崎氏はそれに気づかず、一時ギャグのストーリーの中に完全にハマっていた、そう佐藤氏は言います。

確かに、今まで見てきたとおり、『戦争論』を批判した者は、そのことによって自分がどんな物語の上に立脚しているのかを見事にさらけだしている、そんな気がします。

(注: 赤字はデンマンが強調)


394 – 395ページ 『「個と公」論』
著者: 小林よしのり
2000年5月10日 第2刷発行
発行所: 株式会社 幻冬舎

分かるだろう? たかがマンガ家が、偉そうな事を言う日本の言論人・知識人の底の浅い知性を結果として暴(あば)いて見せたギャグなんだよ! 大東亜戦争肯定論は、そのギャグを見せ付けるための仕掛けなんだよ!

でも、その事はすでに佐藤氏が言っていることですよ。 それを再度繰り返して言うためにデンマンさんはオイラを批判しているのですか?

もちろん、僕の「物語」を語るためにオマエを批判してみようと思い立ったわけだよ。

そのデンマンさんの「物語」とは。。。?

あのなァ、大東亜戦争肯定論の先に何があるのか?

何があるのですか?


 
 
“平和は正義!”
 
 
これがあるのだよ! “日本の平和”ひいては“世界の平和”を建前(たてまえ)で謳(うた)いあげて日本帝国は“一億玉砕”を日本臣民の心に植えつけて大東亜戦争を戦い抜こうとした。

その通りですよ。 だからオイラは大東亜戦争を肯定したのですよ。

でも、それは間違っている!

どうして。。。?

あのなァ、僕が尊敬している世界の James Herriot さんは次のように言っている。

“It’s not what you do,

it’s the way that you do it.”


200 page “The Real James Herriot”
by his son, Jim Wight
published in 1999
by McClelland & Stewart Inc.

つまり、何を成し遂げるかも重要なのだけれど、もっと重要なことがある。 それは、どのように成し遂げるかだ、と言うのだよ。

要するに、日本の平和、ひいては世界の平和を達成するために大東亜戦争をしたことは間違っていたとデンマンさんは主張するのですか?

そうだよ!

大東亜戦争が間違っているという根拠は。。。?

次のエピソードの中の悲惨な少女の姿を思い浮かべてみろよ!

アメリカの空襲を受けて、東京をはじめ都市部はどこも焼け野原。
おまけに政府は戦争を続けるために国債を大量に乱発していたので、敗戦直後はものすごいインフレになった。
物価は数十倍になって、戦前に貯めていた貯金や財産は無に等しくなった。
おまけに空襲で家をなくし、人びとは食糧不足で苦しんだ。

1945年3月の東京大空襲で

焼け野原になった江東区。

「約310万人が死んだ」とか簡単にいうけれど、一人の人間が死ぬことは、遺族や縁者に、大きな傷を残すことだった。
作家の夢野久作の長男だった杉山龍丸という人は、敗戦直後に復員事務の仕事に就いていたときのことを回想して、こう述べている。

「私達は、毎日毎日訪ねてくる留守家族の人々に、貴方の息子さんは、御主人は亡くなった、死んだ、死んだ、死んだと伝える苦しい仕事をしていた」。
「留守家族の多くの人は、ほとんどやせおとろえ、ボロに等しい服装が多かった」。
杉山はある日、小学校二年生の少女が、食糧難で病気になった祖父母の代理として、父親の消息を尋ねにきた場面に出会った経験を、こう書いている。

私は帳簿をめくって、氏名のところを見ると、比島(フィリピン)のルソンのバギオで、戦死になっていた。
「あなたのお父さんは—」
といいかけて、私は少女の顔を見た。 やせた、真っ黒な顔。
伸びたオカッパの下に切れの長い眼を、一杯に開いて、私のくちびるをみつめていた。
私は少女に答えねばならぬ。
答えねばならぬと体の中に走る戦慄を精一杯おさえて、どんな声で答えたかわからない。
「あなたのお父さんは、戦死しておられるのです。」
といって、声がつづかなくなった。
瞬間 少女は、一杯に開いた眼を更にパッと開き、そして、わっと、べそをかきそうになった。

…しかし、少女は、
「あたし、おじいちゃまからいわれて来たの。 おとうちゃまが、戦死していたら、係りのおじちゃまに、おとうちゃまが戦死したところと、戦死した、ぢょうきょう(状況)、ぢょうきょうですね、それを、かいて、もらっておいで、といわれたの。」

私はだまって、うなずいて……やっと、書き終わって、封筒に入れ、少女に渡すと、小さい手で、ポケットに大切にしまいこんで、腕で押さえて、うなだれた。
涙一滴、落さず、一声も声をあげなかった。
肩に手をやって、何か言おうと思い、顔をのぞき込むと、下くちびるを血が出るようにかみしめて、カッと眼を開いて肩で息をしていた。
私は、声を呑んで、しばらくして、
「おひとりで、帰れるの。」と聞いた。 少女は、私の顔をみつめて、
「あたし、おじいちゃまに、いわれたの、泣いては、いけないって。おじいちゃまから、おばあちゃまから電車賃をもらって、電車を教えてもらったの。 だから、行けるね、となんども、なんども、いわれたの。」
…と、あらためて、じぶんにいいきかせるように、こっくりと、私にうなずいてみせた。
私は、体中が熱くなってしまった。

帰る途中で私に話した。
「あたし、いもうとが二人いるのよ。 おかあさんも、しんだの。 だから、あたしが、しっかりしなくては、ならないんだって。 あたしは、泣いてはいけないんだって。」
…と、小さな手をひく私の手に、何度も何度も、いう言葉だけが、私の頭の中をぐるぐる廻っていた。
どうなるのであろうか、私は一体なんなのか、何が出来るのか?

(注: 写真とイラストはデンマンライブラリーから貼り付けました)


84 – 88ページ 『日本という国』
著者: 小熊英二
2006年3月3日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 理論社


『漫画家と平和』に掲載
(2011年3月6日)

小学校2年生の少女をこのような悲惨な状況に追い込んだから大東亜戦争は間違いだとデンマンさんは主張するのですか?

そうだよ。

でも、それ以外に方法は無かったのですよ。

あったじゃないか! 日本は一億玉砕に向かって竹槍だけでも米軍と戦おうとした。 建前(たてまえ)では天皇と皇統を守るために一億玉砕しようとした。 しかし、昭和天皇は一億玉砕をする愚に気づいた。

天皇陛下はどうなさっているのかという国民の声なき声がある、一億玉砕を叫び立て、本土決戦をおこなうことになり、多数の非戦闘員が殺されることになれば、陛下にたいする怨みは噴出すると、二人(高木八尺と南原繁)は言うのだ。

自分にたいする怨みの感情が国民のあいだに起きるという、初めて聞く話に、天皇は当惑し、混乱しはしたものの、理解できたにちがいない。

 (中略)

林のあいだの小道を歩きながら、天皇は南原と高木が説いたとおりだと重ねて思ったにちがいない。
戦争を早くやめなければ「皇室護持」の(元駐日大使)グルーの力は弱まり「皇室抹殺」派の力が強まる。

 (中略)

そのときから13日、昭和20年6月22日、天皇は6人の政府、統帥部の首脳に向かって、戦争終結の決意を述べた。

(注: 写真はデンマンライブラリーから貼り付けました)


149 – 150ページ
『原爆を投下するまで日本を降伏させるな』
著者: 鳥居民
2005年6月7日 第1刷発行
発行所: 株式会社 草思社


『漫画家と平和』に掲載
(2011年3月6日)

でも、大東亜戦争を始めたからこそ天皇の上の英断があったのですよ。

何を愚かな事を言ってるんだよ! その英断を太平洋戦争開戦する前にすべきだったのだよ! 310万人が死んだ後で天皇は大東亜戦争、太平洋戦争の愚に気づいた。

やってみなければ分からなかったのですよ!

あのなァ、日本とアメリカの物量の違いを計算して日本がアメリカと戦争をすると負けます、と戦前の経済企画庁のような役所のお偉いさんが分析していたのだよ! でもなァ、陸軍の愚か者が日本は神の国であるから絶対に勝つといって合理的な分析結果など「屁のツッパリにもならない!」と嘲笑しただけだった! 冷静に、合理的に考える人にとって太平洋戦争は負けることが分かっていた。 負けることが分かっていた戦争をあえて断行したのは、オマエの言う「士風」のためだったのだよ!

でも、オイラはあえて言います! 日本民族にとって「士風」は大切です。

オマエが書いた次の愚論を僕もじっくりと読んだよ。

福沢(諭吉)は『瘠我慢(やせがまん)の説』で三河武士の士風の美を讃え、幕府のために戦って死ななかった勝海舟や、一度は箱根に籠城したのに、負けた後、新政府で出世してしまった榎本武揚(たけあき)を批判しているんだ。
それは徹底的に忠君愛国の武士道の「瘠我慢」を支持しているんだからね。
冒頭、出てくる「立国は私なり、公に非ざるなり」というのは、単なる「自分のことしか考えない私を寄り集めたら国ができる」なんて話じゃないからね。
世界大で見れば、立国は徹底した自己本位の私情を貫くことに他ならない。
他国の利益を考えてやるような公共心は世界大では通用しないという、恐るべきナショナリズムのことなんだよ。
これを戦後の文学者も批評家もすべて読み誤っている。

福沢はまず一般的な人の持つ疑問を並べ立ててみせるんだよ。
人と人はなんで国境を決めて争うんだろう、君主を立てるんだろう。
こんなものはすべて、人間の私情から生じたものなのに、と。
そして現実論を言い始める。
そうは言っても、現実は開国以来、世界中を見てみれば、各種の人民相別れて一群を成し、国や政府を作って忠君愛国が最上の美徳となっている。
忠君愛国は世界大の哲学からみれば人類の私情なんだが、やはり今日までの厳しい世界事情の中では美徳であり、「立国の公道」と言わざるを得ない。
…そういうふうに話は逆転してくるんだ。
そして、ついに福沢は、こう言い始める。

「自国の衰退に際し、敵に対して固(デンマンは【個】だと思いますが…)より勝負なき場合にても、千辛万苦、力のあらん限りを尽くし、いよいよ勝負の極に至りて、始めて和を講ずるか、若しくわ死を決するは、立国の公道にして、国民が国に報ずるの義務と称す可きものなり」

これが福沢の言う「瘠我慢の説」だよ。
つまり合理主義を排している。
負ける戦争と分かってるものをするな、という司馬遼太郎や、最近の保守主義者が言ってるような生ぬるい感覚じゃないんだ。

「士風こそを後世に伝えよ」と言っとるんだ。
まさに大東亜戦争にわしが共鳴するゆえんのところを福沢はすでに、この時点で言ってくれてるんだからね。

これこそが、わしが『戦争論』を描いたモチーフになっとる。
だから最初にわしは『戦争論』の中で、すもう大会のエピソードを描いたんだ。
負けるとわかっているのに、すもう大会に出ていって大恥をかく。
その非合理の中にしか倫理は生まれないだろうって。

あのエピソードと、大東亜戦争の重なりの意味を、誰も見抜けない。
それは戦後の文学者、批評家が福沢諭吉すら、ちゃんと読み解く能力がなかったからに他ならない。

(注: 写真とイラストはデンマンライブラリーから貼り付けました
赤字はデンマンが強調のために施しました)


369 – 370ページ 『「個と公」論』
著者: 小林よしのり
2000年5月10日 第2刷発行
発行所: 株式会社 幻冬舎


『漫画家と平和』に掲載
(2011年3月6日)

オマエは、まだ分からないの? その非合理な「士風」によって大東亜戦争そのものが日本に不幸をもたらしたのだよ! 第3次世界大戦でオマエが戦って戦死したら、オマエの子供は上の小学校2年生の女の子のような悲惨な体験をしなければならない!

でも、日本民族にとって「士風」は大切です!
 
 
歴史を学ばない者は

失敗を繰り返す
 
 
大東亜戦争を肯定するものは、明らかに歴史を学んでないと言う事なのだよ!

でも、デンマンさんは重要なことを見落としてますよ。

何だい? その重要なことってぇ。。。?

パール判事は原爆死没者慰霊碑を見て激怒したのですよ。

この碑を読んでパール判事はどうしてムカついたの?

原爆を投下したという“過ち”を犯したのはアメリカなのに、なぜ日本人が日本人に向かって「過ちは繰り返しませぬ」と誤っているのか、と。

あのなァ~、確かに原爆を落としたのはアメリカ人だけれど、主語は「この地球に住む我々は」という意味なのだよ。

それはデンマンさんの解釈ですか?

いや。。。この碑文を書いた雑賀忠義さんの真意だよ。 ちょっと次の説明を読んでみろよ。

(碑文は)は、自身も被爆者である雑賀忠義・広島大学教授(当時)が撰文・揮毫したもの。
浜井信三・広島市長が述べた「この碑の前にぬかずく1人1人が過失の責任の一端をにない、犠牲者にわび、再び過ちを繰返さぬように深く心に誓うことのみが、ただ1つの平和への道であり、犠牲者へのこよなき手向けとなる」に準じたものであった。

この「『過ち』は誰が犯したものであるか」については、建立以前から議論があった。1952年8月2日、広島市議会において浜井市長は「原爆慰霊碑文の『過ち』とは戦争という人類の破滅と文明の破壊を意味している」と答弁している。同年8月10日の中国新聞には「碑文は原爆投下の責任を明確にしていない」「原爆を投下したのは米国であるから、過ちは繰返させませんからとすべきだ」との投書が掲載された。これにはすぐに複数の反論の投書があり、「広く人類全体の誓い」であるとの意見が寄せられた。浜井市長も「誰のせいでこうなったかの詮索ではなく、こんなひどいことは人間の世界にふたたびあってはならない」と、主語は人類全体とする現在の広島市の見解に通じる主張がなされている。

インド人法学者のラダ・ビノード・パール(極東国際軍事裁判の判事)は、同年11月3日から4日間、講演のため広島を訪問した。慰霊碑を訪れる前日4日の講演(世界連邦アジア会議)でも、「広島、長崎に原爆が投ぜられたとき、どのようないいわけがされたか、何のために投ぜられなければならなかったか。」と、原爆投下と、投下を正当化する主張を強く批判していた。そして5日に慰霊碑を訪れた際、献花と黙祷の後に、通訳を介して碑文の内容を聞くと「原爆を落としたのは日本人ではない。落としたアメリカ人の手は、まだ清められていない」と、日本人が日本人に謝罪していると解釈し非難した。

これを聞いた雑賀は、同年11月10日パールに「広島市民であると共に世界市民であるわれわれが、過ちを繰返さないと誓う。これは全人類の過去、現在、未来に通ずる広島市民の感情であり良心の叫びである。『原爆投下は広島市民の過ちではない』とは世界市民に通じない言葉だ。そんなせせこましい立場に立つ時は過ちを繰返さぬことは不可能になり、霊前でものをいう資格はない。」との抗議文を送った。

このことをきっかけとして、主語は原爆死没者か日本人かアメリカ人もしくは世界人類か、「誰」が過ちを繰り返さないといっているのか。「繰返しませぬから」か「繰り返させませぬ」かといった碑文論争が行われた。

なお雑賀による碑文の英訳は「Let all the souls here rest in peace; For we shall not repeat the evil」で、主語は“We”(われわれは)、これは「広島市民」であると同時に「全ての人々」(世界市民である人類全体)を意味すると、雑賀が1952年11月に広島大学教養部での講義などで述べている。

1970年2月11日には、「碑文は犠牲者の霊を冒涜している」と主張する「原爆慰霊碑を正す会」(岩田幸雄会長、児玉誉士夫顧問、荒木武相談役)なる市民グループによって碑文の抹消・改正を要求する運動が盛り上がった事があった。また、この運動を軍国主義的・民族主義的主張であると反発する市民グループが対抗して「碑文を守る会」を結成し、激しい論戦が繰り広げられた。この運動に対して、時の市長山田節男は「再びヒロシマを繰返すなという悲願は人類のものである。主語は『世界人類』であり、碑文は人類全体に対する警告・戒めである」という見解を示した。この見解が出されて以降、碑文の意図するところは、「日本」「アメリカ」といった特定の国の枠を超えて、全ての人間が再び核戦争をしないことを誓うためのものである、とする解釈が公式見解となった。

また、1983年には、慰霊碑に主語としてトルーマンと記された札が貼り付けられる事件が発生、これを受けて広島市は、浜井市長の答弁を基にした説明版(日本語と英語で表記)を慰霊碑西側の池の中に設置した。説明板では「碑文はすべての人びとが、原爆犠牲者の冥福を祈り、戦争という過ちを再び繰り返さないことを誓う言葉である。」とあり、犠牲者への冥福と不戦の誓いの言葉であると解説されている。

以上の経緯を経て、「碑文の主語は人類」が公式見解となり、大きな論争は無くなったと見られたが、現在も碑文は「日本人の過ち」と解釈される、もしくは「世界市民」という思想に批判的などの理由で、広島市側の見解が受け入れられていない事例も存在している。

出典:
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

でも、やっぱりオイラは「大東亜戦争肯定論」を主張せずには居られません。

オマエは、まだその事にこだわるの?

『パール真論』を読んだのなら、デンマンさんもオイラの気持ちが分かるでしょう?

マスコミも学者もほとんどバカで、中島(岳志)の本を読んでもその狂いに気づかないんだ。

国語力がないから!

まあ、本の中で、小林よしのりや靖国神社が批判されていれば、大マスコミと学者どもはほとんど絶賛なんだけれどね。

ごーまんかましてよかですか?

言っておくが、わしはパールの取り合いしたり、パールを神棚に上げるために描いているのではない。

「国語力」の問題としてやっているのであり、

「権威主義」と「デマゴギー」の問題として、やっている。

そこんとこ、勘違いするなよ!


64ページ 『パール新論』
著者: 小林よしのり
2008年6月28日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 小学館

デンマン注:イラストはデンマンが貼り付けました。
強調のための赤字もデンマンが施(ほどこ)しました。

あのさァ~。。。一人でイカって熱くなっているけれど、オマエには「国語力」の問題というよりも「言葉の認識論」の問題がありそうだよ。

「言葉の認識論」の問題ってぇ何っすかァ?

「肯定」って辞書を引くと次のように出ている。

肯定

(問題となっている事柄について)その通りでまちがっていないと、認めること。

【用例】 肯定判断、肯定表現

【反対語】 否定

三省堂『新明解国語辞典』より

そのような事ぐらいデンマンさんに言われなくても分かってますよ。

だったら次の公理も理解できる?

戦争=悪
 
 
平和=正義

確かに日本人の多くは、そのように思っているでしょうね。

そうだろう!? オマエだってぇ、分かるだろう! それなのに「大東亜戦争肯定」と書くと、大東亜戦争はまちがっていないと、認めることになるんだよ。 良い戦争も正しい戦争もない! 戦争というものは、すべて悪いに決まっているんだよ! つまり、「戦争=悪」とは数学で言うところの公理なんだよ! だからパール判事だって上の公理を認めている平和主義者なんだよ。

でも、そんな事はパール判事は書いてませんよ!

あのなァ~、公理というのはパール判事が判決書の中にも意見書の中にも『平和の宣言』にも書く必要ないんだよ! 世界中のほとんどの人が誰に言われなくとも正しいと理解できるものが公理なんだよ。

もし、上の公理を認めない人が居たら?

そいつは、オマエのような愚か者だよ!(爆笑)

つまり、オイラが「大東亜戦争肯定」と書くのはイカン!とデンマンさんは言うのですか?

いや。。。、日本もカナダも言論の自由・表現の自由が許されているからね。 オマエが何を言っても何を書いても僕はオマエの言論の自由・表現の自由を尊重するよ。

だったら、いつまでも下らない事を書かないでくださいよ。

あのさァ~。。。オマエが、そう言うのだったらオマエこそナンセンスなことを書くなよ! だいたい、「大東亜戦争肯定」など全くのナンセンス! どのような戦争であれ、良い戦争も正しい戦争もない! 戦争はすべて悪いのだよ! だから、「大東亜戦争肯定」などという愚かな事を書けば非難や抗議がわんさと湧き上がる! オマエだってぇ、これまでに嫌と言うほどの非難や抗議を受けただろう?

でも、オイラの『戦争論』は65万部以上売れたのですよ! オイラの「大東亜戦争肯定」は日本人の読者に受けているのですよ!

あのなァ~。。。オマエは、どうしてそれ程の単細胞なの?

オイラがノー天気だとデンマンさんは信じているのですか?

もちろんだよ!

その根拠は。。。?

あのなァ~。。。最近の日本のおバカテレビ番組を見ろよ! その番組に登場するおバカタレントを見ろよ! 驚いたことに、オマエが蔑(さげす)んでいる日本の言論人とか知識人と言われている人物も、そういうおバカ番組に出てくるのだよ。 視聴率が10%としても1270万人のミーちゃんハーちゃんがテレビの前にかじりついて馬鹿笑いしているのだよ。 そういう視聴者がおバカタレントの言うことをすべて信じているとオマエは素直に思い込んでいるの?

思い込んでいません!

そうだろう? だったら、漫画家のオマエが書いたものをすべての読者が支持しているなどと、そのようなノー天気な事を言うなよ!

デンマンさんは、オイラをバカにするのですか?

いや。。。、僕は漫画家のオマエを尊敬していると何度も言ってるだろう!

でも、オイラを尊敬しているようには見えません。

それは僕の問題じゃなくて、オマエの問題だよ! 僕本人がオマエを尊敬していると言っているのに、オマエが否定しているのだよ! ついでだから大東亜戦争も否定してよねぇ。 (微笑)

デンマンさん! 冗談は止めてくださいよ! オイラは真剣にデンマンさんと語り合っているのですから。。。

だったら、読者をナメるなよ! 

ナメてません!

ナメてるじゃないか! オマエは本の中で次のように書いていた。

『SAPIO』連載中、

もう中島(岳志)いじめはいい、

小者は相手にするな

パールの話はあきた、

という反応が読者からあった。

論理を徹底せず、あいまいで済ます

いかにも日本人の反応だ!

そんなことだから戦後の言論空間は

サヨクのデマに支配されたままなんだ!


172ページ 『パール新論』
著者: 小林よしのり
2008年6月28日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 小学館

デンマン注:イラストはデンマンが貼り付けました。
強調のための赤字もデンマンが施(ほどこ)しました。

つまり、読者はオイラから離れているとデンマンさんは言うのですか?

いや。。。僕がそう言ってるんじゃない! オマエが自分で本の中に書いている!

でも、一人だけですよ!

いや。。。一人だけじゃない! 非難や抗議の手紙や読書カードをオマエはたくさんもらっているはずだ! オマエの本の中にそう書いてある。

どうしてオイラは誤解されるのでしょうか?

あのなァ~。。。オマエは一人で熱くなって本の中で狂って居るからだよ!

時が、熱狂と、偏見を
やわらげた暁には、
また理性が、虚偽から
その仮面を剥ぎ取った暁には、
そのときこそ、
正義の女神はその秤を
平衡に保ちながら
過去の賞罰の多くに、
その所を変えることを
要求するであろう

パールが「判決書」の最後に書いたこの予言が、
実現する日は来るのだろうか?


235ページ 『パール新論』
著者: 小林よしのり
2008年6月28日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 小学館

オマエ自身が熱くなって「大東亜戦争肯定」を書いている限り正義の女神は微笑まないんだよ! パール判事は「大東亜戦争肯定」など書いてない!

でも、「判決書」を読めば「大東亜戦争肯定」まで、あと一歩ですよ!

しかし、「判決書」をどう読んでもパール判事は戦争を肯定しているわけではない。 あくまでも平和主義を貫いている。 ところが、オマエは重箱の隅を突っつくようにして法解釈がああだこうだと、クダクダ、クダクダと飽きもせずに書いている。

いけませんか?

ダメだね。 だから、他の読者からも「もう中島(岳志)いじめはいい、小者は相手にするな パールの話はあきた」という声があがるのだよ! つまり、オマエの議論は面白くない! しかも、前向きで建設的じゃない!

どうして。。。?

あのなァ~。。。パール判事を天国から呼び戻して原爆投下を決断したトルーマン大統領や無差別東京大空襲を指揮したカーチス・ルメイ将軍を被告人にして“ワシントン裁判”を開廷すれば「人道に対する罪」でアメリカは有罪になる。 

その通りですよ!

でもなァ~、そんな裁判を開こうとしても、もう不可能だよ! しかも、戦後に開こうとしたって、敗戦国の日本がどんなに叫んだところで実現不可能!
 
 
勝てば官軍!
 
 
このような事は幕末・明治維新の時にも明らかだった。 日本無罪論=ナンセンス アメリカ無罪論=ナンセンス! いつまでもそのような非建設的な議論を続けるよりも、“すべての戦争は悪だ!”という公理に従って“国際連邦”を実現させるために建設的な議論や活動を起こすことこそパール判事が望んでいたことだと僕は思うね。 

戦争=悪
 
 
平和=正義

 

【レンゲの独り言】

ですってぇ~。。。
デンマンさんは言いたい放題のことを言ってますよね。
ところで、あなたは小林よしのりさんが書いた『戦争論』を読みましたか?
『パール真論』を読みましたか?
デンマンさんが取り上げた『「個と公」論』も読みましたか?

『戦争論』は65万部売れたのですって。。。
出版されたのは、もう10年以上も前のことですから、現在までにはもっと売れているもしれません。
かなり話題になりましたよね。

あなたは大東亜戦争を肯定しますか?
戦争が正義か?
平和が正義か?
考えてみたことがありますか?

とにかく、また、あさってが面白くなりそうです。
だから、あなたも読みに戻ってきてくださいましね。
じゃあねぇ。

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

ためになる関連記事


■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』

■ 『カナダのバーナビーと軽井沢に

別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』

■ 『今すぐに役立つホットな情報』

■ 『 ○ 笑う者には福が来る ○ 』

『夢とロマンの横浜散歩』

『愛とロマンの小包』

『下つきだねって言われて…』

『銀幕の愛』

『パリの空の下で』

『夢の中華パン』

『愛の進化論』

こんにちは。ジューンです。

わたしもデンマンさんに薦められて

『「個と公」論』を読んでみましたわ。

インタビュー形式で対談のようになっています。

マンガは全く描いてありません。

言葉を惜しみなく駆使した実験だそうです。

インタビュアーが「時浦兼」という人物なんですね。

同書の403ページに書いてあります。

でも、「時浦兼」という人物が実在したとしても

二人の会話がそのまま活字になったのではないと

わたしは思います。

2ちゃんねる流に言えば「自作自演」ですよね。

良くてインタビューに見せかけた「創作」だと思います。

『パール真論』を読んでいたら「時浦兼」という人物は“小林漫画”スタッフの一人だと書いてありましたわ。

このような事は『「個と公」論』の中で明記すべきだと思います。

そうでないと誤解を招きますよね。

デンマンさんのこれまでの記事を読めば

分かると思いますけれど、

上の記事はデンマンさんの「自作自演」です。

マンガ家の「オマエ」と「僕」はデンマンさんが

一人で二役を演じています。

つまり、「創作」です。

ただし、記事で引用した本の内容は

小林よしのりさんが書いたそのものを引用しています。

誤解がないように老婆心から申し上げました。

ところで、卑弥子さんが面白い記事をまとめました。

楽しいから、ぜひ読んでみてくださいね。

■ 『笑って幸せな気分になれるサイト』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。

漫画家の壁

2011年3月10日

 
 
 
漫画家の壁
 
 

Ludwig van Beethoven

(1770-1827)

L.v.Beethoven の“ Fidelio”(Op.72)は、初演の当時から幾多の論議を呼んできた。それがとりもなおさず、この四つの序曲を持つ彼の唯一のオペラが、ほかならぬBeethovenの作品であるが故であることは、とかく忘れられがちであるのではないであろうか。

その議論のひとつに、夫婦愛などをテーマとしたオペラが成功するはずがない、というのがあった。(中略)しかし、たとえ登場人物が夫婦ではなかったとしても、恋人同士であったとしても、話の筋道は大体つくであろうのに、それを、ことさらに、夫婦とした台本を使用したところに、私は、むしろ、Beethovenの破天荒な意思、意欲を感じるのである。(中略)

この作品は良い作品ではあるが、それでも、W.A.Mozartのオペラに較べれば、太陽を前にした星である、ということを誰かが言っていた。(中略)それはそうであろう。舞台は、貴族の館などではなくして、監獄の中での出来事である。何も、Beethovenの作品に、Mozartの音楽を聴こうとすることもなかろう。そんな風な聴き方は、Mozartだって野暮だと言うであろうし。

第三に、これは、この作品に限らないが、Beethovenの声楽の扱い方に対する批判が後をたたないことである。しかし、思い切って乱暴に言ってしまえば、彼は、彼のやり方で人声を扱ったまでで。それはそれで完成されたものではなかったか、と私は思うのである。

 (中略)

抑圧からの開放。これは、常に現代的、現在的である。ただ、その開放がDon Fernandoの鶴の一声では成らぬことを知るのには、人類は、未だ、一世紀余りを要した。さもなくば、この作品中にDon Fernandoのせいにはすまい。そもそも、彼といえども、なんらの見通しのない時代には、強固の意志に貫かれた、信仰にも近いような信念なくしては、理想などは持ち得ないではないか。その意味では、共和主義者Beethovenは古典であった。

現代であること、現代人であることは、必ずしも幸いなことではない。今、ソヴィエト社会主義連邦共和国や東欧諸国で起きている事態、あれは何であろうか。この様にして、この二十世紀最大の実験は無に帰するのであろうか。それでは、革命に血を流した勇敢なる闘士は浮かばれないであろう。それこそ、Stalinismeによる犬死に、それで終わるのであろうか。

犬死、と言えば、先の太平洋戦争で散った兵士の死もまた、すべて犬死であった。遺族は、それぞれに、戦死者に何らかの意味を見出したいと思い、それもまた当然すぎる心情ではあるが、私は、敢えて言いたい、それは犬死であったと。それである故にこそ、その無意味な悲惨を繰り返してはならない、と。犬死と言う認識ではなかったら、その悲惨さは権力によって薄められるのである。はっきり言おう。遺族団体は、現在、政府に媚びる圧力団体に堕落しているではないか。

言うべきことが言える間に、言うべきことは、きちんと言う、それしかできない私である。また、私は共産主義者でもないが、それを強調するまでもあるまい。

それにしても、私の知る限り、Beethovenの失恋の相手は、貴族の令嬢ばかりであった。奇妙な共和主義者ではあった、と思わざるを得ない。しかしながら、彼のmessageは、いまだ有効である。


出典:13-14ページ 『間奏曲集ー主題なき変奏』(作品2)
著者:太田将宏 初版:1994年1月 改定:2006年6月
Les Interludes – Variations sans Sujet – Opus 2
by Masahiro Ota

デンマン注:写真はデンマンが貼り付けました。強調のための赤字もデンマンが施(ほどこ)しました。


『ベートーベン白熱教室』に掲載
(2010年11月10日)

デンマンさん。。。オイラをお呼びですか?

おおォ~。。。マンガ家! 首を長くして待っていたんだよォ。

でも、どうして全く関係ないベートーベンなどを長々と引用したんすかァ?

上の小文を読んで、オマエにはその理由が分からないの?

だってぇ、オイラは本の中でベートーベンの事など一言も触れてませんよ。 第一、ベートーベンとタイトルにありながら音楽の事についてはほとんど書いてないじゃないっすか!

音楽の事だけしか書かなかったらミーちゃんハーちゃんは退屈してしまう。 それで太田さんは時々脱線するんだよ。 でもなァ、無駄に脱線していない。 次の箇所などはオマエのために実に重要な視点を指摘している。

私は、敢えて言いたい、それは犬死であったと。
それである故にこそ、その無意味な悲惨を繰り返してはならない、と。
犬死と言う認識ではなかったら、その悲惨さは権力によって薄められるのである。

この部分が重要な視点だとデンマンさんは指摘するのですか?

そうだよ! オマエには理解できないと思うよ。 あのなァ、オマエのように大東亜戦争を当時の価値観で考えても無意味なのだよ!

どうしてですか?

太田さんは「犬死という認識ではなかったら、その悲惨さは(国家)権力によって薄められるのである」と言っている。 僕もその考え方に同感なのだよ。 つまりねぇ、オマエのように大東亜戦争を現在の政府が肯定したらどうなるのか?

どうなりますか?


 
 
過ちはもう繰り返しません
 
 
広島の原爆死没者慰霊碑には、このように書かれている。 つまり、あのような悲惨な戦争は日本人として2度とやりませんという誓いの言葉だよ。

だから。。。?

だから、この言葉の裏には当然のことながら大東亜戦争を否定する気持ちが込められている。 ところが、オマエは大東亜戦争を肯定している。 そうだろう?

そうです。

なぜ、オマエは大東亜戦争を肯定するの?

デンマンさんはオイラの本をじっくりと読んだのでしょう?

そうだよ。

だったらオイラの大東亜戦争肯定論が理解できたでしょう?

もちろん理解できたよ。 だから、こうしてオマエを呼び出して批判しようとしているんじゃないか!

オイラの大東亜戦争肯定論を理解しているのにデンマンさんは批判するのですか?

あのさァ、正しく理解する事と賛成する事は全く別な事だよ!

つまり、デンマンさんはオイラの大東亜戦争肯定論を愚劣だと決め付けるのですか?

そうだよ!! オマエの知性を僕は疑うよ。 オマエが愚劣だと主張している日本の言論人・知識人よりもオマエの方が愚劣だと僕には思える。

デンマンさんはオイラの『戦争論』が65万部売れたのを知っているでしょう?

もちろん、知っている。

2011年までの販売部数を計算すれば100万部を突破しているはずですよ。

つまり、『戦争論』が現在までの販売部数で100万部を突破したからオマエの大東亜戦争肯定論が日本人に迎えられていると、オマエは素直に信じているの?

いけませんか? (満足そうな爆笑)

だからオマエは愚劣だと僕は言うのだよ! 少なくともオマエの読者の一人である僕はオマエの本を数冊読んだけれど大東亜戦争肯定論を読んでオマエが見下している日本の言論人・知識人よりもオマエの方が愚か者だという事を僕はしみじみと理解できたよ。

デンマンさんはオイラがミリオンセラーを出したので、その事が気に喰わないのですね?

愚かな事を言うなよ。 あのなァ、オマエの大東亜戦争肯定論など、僕は端(はな)からおバカタレントの“たわごと”だとしか思えなかった。

それなのにデンマンさんはオイラの本をじっくりと読んだのですか?

そうだよ! なぜなら、オマエは本の中で次のように書いていた。

わしの本も読まずに

愚かな言論人知識人が

わしを批判し自らの底の浅い知識を

曝け出している。

確かにオマエの本を読まずに批判したとしたら、そういう人物は愚人だとしか言いようがないよ。 オマエの『パール真論』を読んだ時に“日本の言論人・知識人”と自他共に認めている人間が、いかに愚人かという事を僕はオマエと一緒に苦笑したものだよ! うししししし。。。

デンマンさんもオイラに同感したのですか?

うん。。。そいつらの本が1万部ぐらいしか売れないのが良く分かったよ。

だったら、オイラの本がミリオンセラーになった事はメチャすごいでしょう!

オマエはバカだねぇ~。。。百万部売れようが千万部売れようが僕はビックリしないんだよ!

なぜ。。。?

オマエの「大東亜戦争肯定論」は所詮売り上げを伸ばそうというキャッチフレーズでしかない。 「売れないでもともと、もしかすると奇抜なキャッチフレーズに飛びつく読者がいるかも。。。?」 オマエはおそらく、このように考えたのだよ! そうだろう?

デンマンさん。。。それこそ愚者のかんぐりですよ。 オイラの本を読んだのであれば、オイラがマジで大東亜戦争肯定論に全力を傾けて書いたということが理解できるはずですよ。

そうだよ! その通りだよ! オマエが大東亜戦争肯定論に全力を傾けて書いたという事が僕にも十分に理解できたよ。

それなのに「大東亜戦争肯定論」は「売り上げを伸ばすための単なるキャッチフレーズ」だと言うのですか?

あのなァ、オマエ、冷静になって考えてごらんよ! オマエの視点は日本国内を出ていない! 僕はすでに人生の半分以上を海外で暮らしてきた。 これまでにソ連、中国、アメリカ、ヨーロッパを含めて34カ国を放浪してきた。 行ってないのは南極大陸だけ。。。北極圏に近いイエローナイフにも2年近く滞在したことがある。

だから。。。?

だから、僕の視点は常に海外と言うか。。。世界にあって。。。日本はその中に含まれている一地方に過ぎない。

だから。。。?

だから、僕がオマエならば「大東亜戦争肯定論」など言い出さない。

どうして。。。?

中国の人口がどれほどか? オマエ、知ってるだろう?

13億人。

日本人は。。。?

多く見積もっても2億人どまり。

中国では反日教育が20年以上行われている事をオマエも知っているだろう?

もちろん、知ってますよう。

だったら「大東亜戦争肯定論」は“数の論理”から言えば、絶対に否定されるのだよ!

どうして。。。?

あのなァ、たとえ日本人すべてが肯定したとしても、せいぜい2億人どまり。 中国の反日教育の成果を考えれば、少なくとも10億人以上が大東亜戦争を否定している! 10億人が大東亜戦争を否定しているのに対して、肯定論はおそらく日本には1000万人も居ないだろうよ。 オマエの大東亜戦争肯定論の本が売れたと言っても、せいぜい100万部留まりだよ! 中国一国だけを取り上げても、これだけ否定論者が多い! 世界の人々に「大東亜戦争を肯定しますか?」と尋ねれば50億近い世界の市民は大東亜戦争を否定するに違いない! もし、オマエの視点がグローバル化しているならば「大東亜戦争肯定論」など端から書かないものだよ!

つまり、絶対多数でオイラの「大東亜戦争肯定論」は反対されるとデンマンさんは主張するのですか?

オマエは「大東亜戦争肯定論」を書いて本が売れればいいと思っている。 でもなァ、読者をナメるなよ!

デンマンさん。。。やっぱり、分かってしまいますか?(微笑しながら苦笑)

だから、オマエは愚か者だと言うんだよ!

でも、日本の愚かな言論人・知識人が出す本は、せいぜい1万部が売れればいいところ。。。自慢する奴でも5万部留りですよ。 ところが、オイラの『戦争論』は、これまでに百万部を突破していますからね。 自慢じゃないけれど大東亜戦争肯定論に共感する読者は多いんですよ!

オマエは、だから、浅はかだと言うんだよ! 読者をナメるなよ!

ナメてません!

ナメてるじゃないか! この僕も、その百万部の中の一読者なんだよ!

マジで。。。?

オマエの本を読まずに批判できるわけね~だろゥ!? だから僕もオマエの本をじっくりと読んだ。 それで僕はオマエを愚か者だと思った。 大東亜戦争肯定論など屁のツッパリにもならないと思ってるんだよ。 うへへへへ屁。。。

デンマンさん!。。。真面目にやってくださいよ! 理不尽にオイラをバカにすればマジで東京地方裁判所に「名誉毀損」でデンマンさんを訴えますよ。

オマエは東京地方裁判所が好きだねぇ~?

デンマンさんはオイラが書いた次の部分を読みましたか?

膨大な批判が出たことは出たけれど、まず言いたいのは、まともに『戦争論』を読みもせず、ただレッテル貼りしようってだけの論調が多すぎる! ってこと。
読者をナメてるんだよね。
そんな本いくら出したって、売れるはずないのに。
何冊批判本が出たって、どーしたって1万部にも達しなくて、同じ人間がどの本もどの本も買ってて、左翼が書いて左翼が読んで、内輪だけでぐるぐるぐるぐる回ってるって状態でしょ。

わしの『戦争論』では65万の人間が涙し、感動し、「目からウロコが落ちた」って、今までの戦後民主主義の感覚から雪崩(なだれ)を打つように転向している。
そんな状況すらあるんだよ。
それに対して、批判する側はわしの主張を突き崩し、状況を挽回しようと本気で思っているのかどうか、わしにはそれすらわかんないんだよね。
なにしろ向こうが新刊で出す批判本の全部の部数よりも、『戦争論』の1回の増刷の部数の方が多いくらいなんだから(笑)。

(注: 赤字はデンマンが強調)


28 – 29ページ 『「個と公」論』
著者: 小林よしのり
2000年5月10日 第2刷発行
発行所: 株式会社 幻冬舎

もちろん、この部分を読んだよ。 それがどうだと言うんだい?

65万の人間が涙し、感動し、「目からウロコが落ちた」って、言うんですよ!

だからオマエは愚か者だと僕は言うんだよ。 読者をナメるなよ! その読者の一人が僕なんだよ! 僕はオマエが愚か者だと笑って涙を流したよ(微笑)。 でもなァ、感動したわけでも、目からウロコが落ちたわけでもない。 それどころか、2011年の2月まで僕はオマエの名前も知らず、オマエの本を一冊も読んでない。 ところがバンクーバー図書館でオマエの本を読んだら呆れるほどの愚論を恥ずかしげもなく得意げに展開している。 僕は「平和が正義」だ!という格言に肩を押されて、こうして批判しているわけなんだよ。 65万人の読者の中には僕のように批判的な人間もかなり居ると思うよ。 ところで、「宮台クン」の次の「数値的分析」は興味深かった。

宮台氏の「分析」によると、『戦争論』が発行50万部なら、うち1~2割りは書店の棚にあるから実売は40万+α。
そこから神社本庁や遺族会の「組織票」を差し引き、さらに年長の世代を引くと、若者層(10代後半~20代後半)に売れたのは最大に見積もって15万部、しかも「メディア戦略の成功」で「アンチ」の読者も相当入っているから、若者世代で『戦争論』に賛同したのはたかだか8万~9万、若者2百人に1人、0.5パーセントいるかいないか、意見分布としては「統計誤差の枠内」で「絶対数が多く見えても、まったく問題ない数字であり、少しも危ない現象は生じていません」だそうです。

(注: 赤字はデンマンが強調)


323 – 324ページ 『「個と公」論』
著者: 小林よしのり
2000年5月10日 第2刷発行
発行所: 株式会社 幻冬舎

つまり「宮台クン」の分析によると大東亜戦争肯定論に賛同したのは、たかだか8万から9万。 若者200人に一人という分析結果を出している。

デンマンさんも、そのような下らない分析結果を信じるのですか?

いや。。。僕は信じているわけじゃない。 参考にしているだけ。。。でも、オマエ自身が無意識に信じているのだよ!

何を根拠に、そのような愚かな事をデンマンさんは言うのですか?

だってぇ、オマエは次のように書いていた。

『戦争論』には5000通以上の読者カードが返ってきていて、その年代別集計も公表しているし、「組織票」だの「アンチ」だのって何の根拠もなく言ってるだけじゃないか。
分析間違っているよ。もう一度幻冬舎行ってそろばん弾き直してきなさいって。

(注: 赤字はデンマンが強調)


324ページ 『「個と公」論』
著者: 小林よしのり
2000年5月10日 第2刷発行
発行所: 株式会社 幻冬舎

5000通以上だと言うことは6000通未満だよなァ!?

そうです。

…と言うことは、実際に感動して涙して、読者カードを投函した人は多くても6000人以下だと言うことだろう? その中にはムカついてオマエのことを軍国主義者!とか、国粋主義者!とか、ナチスよりひどい!とか。。。アクタレを書いたカードもあるはずだよな!?

まあ。。。ほんのわずかですが、そういうカードも確かにありましたよ。

ウソつけ! ほんのわずかじゃないだろう? オマエは次のようにも書いていたぞ!

『戦争論』では司馬氏についてはたったの一コマ、
「あの司馬遼太郎だって『日清・日露までの日本人は偉かった 立派な国だった 昭和が魔法にかかったように愚かでダメだった』
そりゃ負けたから言ってるだけだ」
と描いたのですが、「司馬史観」の信奉者からは轟々(ごうごう)たる抗議の手紙が届きました。

(注: 赤字はデンマンが強調)


359ページ 『「個と公」論』
著者: 小林よしのり
2000年5月10日 第2刷発行
発行所: 株式会社 幻冬舎

あのなァ、『戦争論』で司馬さんについてオマエが一コマ書いただけでも『司馬史観』の信奉者からは轟々たる抗議の手紙が届いたと書いてある。 つまり、オマエの本を読むと日本の言論人・知識人からの反対ばかりか、オマエの考え方に反対する者とか抗議する者が読者の中にはかなり居ることが分かる。 こう言う僕自身もオマエの愚かな考え方に批判的な読者の一人なんだよ!

でも、多くの読者はオイラの「大東亜戦争肯定論」に賛成してますよ。

それも当てにならない! 仮に5000通から6000通のカードを出した人が感動して涙を流して賛同したとしても65万の読者の何パーセント?。。。ほんの1パーセント未満なんだよ!

つまり、オイラの本の読者のほとんどが大東亜戦争肯定論に反対だとデンマンさんは思い込んでいるのですか?

そうだよ。。。しかも、オマエ自身が自分の書いた本の内容に対して懐疑的なのだよ!

まさか!

だってぇ、オマエは次のように書いていたじゃないか!

香山(リカ)氏の発言なんですけど、「心理学に少し通じたものなら、『洗脳』の基本は『現実の否定』と『単純で明快な教義の呈示』、ということを連想するかもしれない」って、『戦争論』は「洗脳の書」だということまで示唆しているのですが。

小林: そこまでの洗脳の効果が、作品、本一本にあるって認めてくれるんだったら、それはそれですごい賛美だけどね。
そんなものすごい書物を書いた人間なんか、なかなかいないでしょう。

(注: 赤字はデンマンが強調)


71ページ 『「個と公」論』
著者: 小林よしのり
2000年5月10日 第2刷発行
発行所: 株式会社 幻冬舎

それは言葉のアヤで内心ではオイラは“奇跡の書”を目指して書いていますよ!

いや。。。それはオマエの日和見主義だよ。

その根拠は。。。?

もともとオマエはギャグマンガ家なんであって、あえて大東亜戦争肯定論を仕掛けてみたに過ぎない!

だから、その根拠は。。。?

オマエは評論家の佐藤貴彦氏の次の分析を見事だと、その通りだと言っている。

ギャグ漫画の本質とは「定式化された物語を破綻させる」ことである。 例えば大人社会のタテマエが崩れてホンネがかいま見えた時、人は笑う。
優れたギャグ漫画家・小林よしのりはこういうことは得意である。

 (中略)

戦後民主主義の物語と『戦争論』の物語は両極に位置し、おのれの物語を維持するためには相手の物語を完全に粉砕するしかない。
ところがどちらも相手の物語性を叩けば叩くほど、おのれの拠(よ)って立つ物語性を妙に浮き上がらせてしまう。
そうしたジレンマが『戦争論』には最初から仕掛けられているというわけです。
宮崎哲弥氏は「これはギャグではないか」と言ったが、『戦争論』自体がギャグではなく、『戦争論』をめぐる騒ぎの全体の構造がギャグなのであり、宮崎氏はそれに気づかず、一時ギャグのストーリーの中に完全にハマっていた、そう佐藤氏は言います。

確かに、今まで見てきたとおり、『戦争論』を批判した者は、そのことによって自分がどんな物語の上に立脚しているのかを見事にさらけだしている、そんな気がします。

(注: 赤字はデンマンが強調)


394 – 395ページ 『「個と公」論』
著者: 小林よしのり
2000年5月10日 第2刷発行
発行所: 株式会社 幻冬舎

分かるだろう? たかがマンガ家が、偉そうな事を言う日本の言論人・知識人の底の浅い知性を結果として暴(あば)いて見せたギャグなんだよ! 大東亜戦争肯定論は、そのギャグを見せ付けるための仕掛けなんだよ!

でも、その事はすでに佐藤氏が言っていることですよ。 それを再度繰り返して言うためにデンマンさんはオイラを批判しているのですか?

もちろん、僕の「物語」を語るためにオマエを批判してみようと思い立ったわけだよ。

そのデンマンさんの「物語」とは。。。?

あのなァ、大東亜戦争肯定論の先に何があるのか?

何があるのですか?


 
 
“平和は正義!”
 
 
これがあるのだよ! “日本の平和”ひいては“世界の平和”を建前(たてまえ)で謳(うた)いあげて日本帝国は“一億玉砕”を日本臣民の心に植えつけて大東亜戦争を戦い抜こうとした。

その通りですよ。 だからオイラは大東亜戦争を肯定したのですよ。

でも、それは間違っている!

どうして。。。?

あのなァ、僕が尊敬している世界の James Herriot さんは次のように言っている。

“It’s not what you do,

it’s the way that you do it.”


200 page “The Real James Herriot”
by his son, Jim Wight
published in 1999
by McClelland & Stewart Inc.

つまり、何を成し遂げるかも重要なのだけれど、もっと重要なことがある。 それは、どのように成し遂げるかだ、と言うのだよ。

要するに、日本の平和、ひいては世界の平和を達成するために大東亜戦争をしたことは間違っていたとデンマンさんは主張するのですか?

そうだよ!

大東亜戦争が間違っているという根拠は。。。?

次のエピソードの中の悲惨な少女の姿を思い浮かべてみろよ!

アメリカの空襲を受けて、東京をはじめ都市部はどこも焼け野原。
おまけに政府は戦争を続けるために国債を大量に乱発していたので、敗戦直後はものすごいインフレになった。
物価は数十倍になって、戦前に貯めていた貯金や財産は無に等しくなった。
おまけに空襲で家をなくし、人びとは食糧不足で苦しんだ。

1945年3月の東京大空襲で

焼け野原になった江東区。

「約310万人が死んだ」とか簡単にいうけれど、一人の人間が死ぬことは、遺族や縁者に、大きな傷を残すことだった。
作家の夢野久作の長男だった杉山龍丸という人は、敗戦直後に復員事務の仕事に就いていたときのことを回想して、こう述べている。

「私達は、毎日毎日訪ねてくる留守家族の人々に、貴方の息子さんは、御主人は亡くなった、死んだ、死んだ、死んだと伝える苦しい仕事をしていた」。
「留守家族の多くの人は、ほとんどやせおとろえ、ボロに等しい服装が多かった」。
杉山はある日、小学校二年生の少女が、食糧難で病気になった祖父母の代理として、父親の消息を尋ねにきた場面に出会った経験を、こう書いている。

私は帳簿をめくって、氏名のところを見ると、比島(フィリピン)のルソンのバギオで、戦死になっていた。
「あなたのお父さんは—」
といいかけて、私は少女の顔を見た。 やせた、真っ黒な顔。
伸びたオカッパの下に切れの長い眼を、一杯に開いて、私のくちびるをみつめていた。
私は少女に答えねばならぬ。
答えねばならぬと体の中に走る戦慄を精一杯おさえて、どんな声で答えたかわからない。
「あなたのお父さんは、戦死しておられるのです。」
といって、声がつづかなくなった。
瞬間 少女は、一杯に開いた眼を更にパッと開き、そして、わっと、べそをかきそうになった。

…しかし、少女は、
「あたし、おじいちゃまからいわれて来たの。 おとうちゃまが、戦死していたら、係りのおじちゃまに、おとうちゃまが戦死したところと、戦死した、ぢょうきょう(状況)、ぢょうきょうですね、それを、かいて、もらっておいで、といわれたの。」

私はだまって、うなずいて……やっと、書き終わって、封筒に入れ、少女に渡すと、小さい手で、ポケットに大切にしまいこんで、腕で押さえて、うなだれた。
涙一滴、落さず、一声も声をあげなかった。
肩に手をやって、何か言おうと思い、顔をのぞき込むと、下くちびるを血が出るようにかみしめて、カッと眼を開いて肩で息をしていた。
私は、声を呑んで、しばらくして、
「おひとりで、帰れるの。」と聞いた。 少女は、私の顔をみつめて、
「あたし、おじいちゃまに、いわれたの、泣いては、いけないって。おじいちゃまから、おばあちゃまから電車賃をもらって、電車を教えてもらったの。 だから、行けるね、となんども、なんども、いわれたの。」
…と、あらためて、じぶんにいいきかせるように、こっくりと、私にうなずいてみせた。
私は、体中が熱くなってしまった。 帰る途中で私に話した。
「あたし、いもうとが二人いるのよ。 おかあさんも、しんだの。 だから、あたしが、しっかりしなくては、ならないんだって。 あたしは、泣いてはいけないんだって。」
…と、小さな手をひく私の手に、何度も何度も、いう言葉だけが、私の頭の中をぐるぐる廻っていた。
どうなるのであろうか、私は一体なんなのか、何が出来るのか?

(注: 写真とイラストはデンマンライブラリーから貼り付けました)


84 – 88ページ 『日本という国』
著者: 小熊英二
2006年3月3日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 理論社


『漫画家と平和』に掲載
(2011年3月6日)

小学校2年生の少女をこのような悲惨な状況に追い込んだから大東亜戦争は間違いだとデンマンさんは主張するのですか?

そうだよ。

でも、それ以外に方法は無かったのですよ。

あったじゃないか! 日本は一億玉砕に向かって竹槍だけでも米軍と戦おうとした。 建前(たてまえ)では天皇と皇統を守るために一億玉砕しようとした。 しかし、昭和天皇は一億玉砕をする愚に気づいた。

天皇陛下はどうなさっているのかという国民の声なき声がある、一億玉砕を叫び立て、本土決戦をおこなうことになり、多数の非戦闘員がころされることになれば、陛下にたいする怨みは噴出すると、二人(高木八尺と南原繁)は言うのだ。

自分にたいする怨みの感情が国民のあいだに起きるという、初めて聞く話に、天皇は当惑し、混乱しはしたものの、理解できたにちがいない。

 (中略)

林のあいだの小道を歩きながら、天皇は南原と高木が説いたとおりだと重ねて思ったにちがいない。
戦争を早くやめなければ「皇室護持」の(元駐日大使)グルーの力は弱まり「皇室抹殺」派の力が強まる。

 (中略)

そのときから13日、昭和20年6月22日、天皇は6人の政府、統帥部の首脳に向かって、戦争終結の決意を述べた。

(注: 写真はデンマンライブラリーから貼り付けました)


149 – 150ページ
『原爆を投下するまで日本を降伏させるな』
著者: 鳥居民
2005年6月7日 第1刷発行
発行所: 株式会社 草思社


『漫画家と平和』に掲載
(2011年3月6日)

でも、大東亜戦争を始めたからこそ天皇の上の英断があったのですよ。

何を愚かな事を言ってるんだよ! その英断を太平洋戦争開戦する前にすべきだったのだよ! 310万人が死んだ後で天皇は大東亜戦争、太平洋戦争の愚に気づいた。

やってみなければ分からなかったのですよ!

あのなァ、日本とアメリカの物量の違いを計算して日本がアメリカと戦争をすると負けますと戦前の経済企画庁のような役所のお偉いさんが分析していたのだよ! でもなァ、陸軍の愚か者が日本は神の国であるから絶対に勝つといって合理的な分析結果など「屁のツッパリにもならない!」と嘲笑しただけだった! 冷静に、合理的に考える人にとって太平洋戦争は負けることが分かっていた。 負けることが分かっていた戦争をあえて断行したのは、オマエの言う「士風」のためだったのだよ!

でも、オイラはあえて言います! 日本民族にとって「士風」は大切です。

オマエが書いた次の愚論を僕もじっくりと読んだよ。

福沢(諭吉)は『瘠我慢(やせがまん)の説』で三河武士の士風の美を讃え、幕府のために戦って死ななかった勝海舟や、一度は箱根に籠城したのに、負けた後、新政府で出世してしまった榎本武揚(たけあき)を批判しているんだ。
それは徹底的に忠君愛国の武士道の「瘠我慢」を支持しているんだからね。
冒頭、出てくる「立国は私なり、公に非ざるなり」というのは、単なる「自分のことしか考えない私を寄り集めたら国ができる」なんて話じゃないからね。
世界大で見れば、立国は徹底した自己本位の私情を貫くことに他ならない。
他国の利益を考えてやるような公共心は世界大では通用しないという、恐るべきナショナリズムのことなんだよ。
これを戦後の文学者も批評家もすべて読み誤っている。

福沢はまず一般的な人の持つ疑問を並べ立ててみせるんだよ。
人と人はなんで国境を決めて争うんだろう、君主を立てるんだろう。
こんなものはすべて、人間の私情から生じたものなのに、と。
そして現実論を言い始める。
そうは言っても、現実は開国以来、世界中を見てみれば、各種の人民相別れて一群を成し、国や政府を作って忠君愛国が最上の美徳となっている。
忠君愛国は世界大の哲学からみれば人類の私情なんだが、やはり今日までの厳しい世界事情の中では美徳であり、「立国の公道」と言わざるを得ない。
…そういうふうに話は逆転してくるんだ。
そして、ついに福沢は、こう言い始める。

「自国の衰退に際し、敵に対して固(デンマンは【個】だと思いますが…)より勝負なき場合にても、千辛万苦、力のあらん限りを尽くし、いよいよ勝負の極に至りて、始めて和を講ずるか、若しくわ死を決するは、立国の公道にして、国民が国に報ずるの義務と称す可きものなり」

これが福沢の言う「瘠我慢の説」だよ。
つまり合理主義を排している。
負ける戦争と分かってるものをするな、という司馬遼太郎や、最近の保守主義者が言ってるような生ぬるい感覚じゃないんだ。

「士風こそを後世に伝えよ」と言っとるんだ。
まさに大東亜戦争にわしが共鳴するゆえんのところを福沢はすでに、この時点で言ってくれてるんだからね。

これこそが、わしが『戦争論』を描いたモチーフになっとる。
だから最初にわしは『戦争論』の中で、すもう大会のエピソードを描いたんだ。
負けるとわかっているのに、すもう大会に出ていって大恥をかく。
その非合理の中にしか倫理は生まれないだろうって。

あのエピソードと、大東亜戦争の重なりの意味を、誰も見抜けない。
それは戦後の文学者、批評家が福沢諭吉すら、ちゃんと読み解く能力がなかったからに他ならない。

(注: 写真とイラストはデンマンライブラリーから貼り付けました
赤字はデンマンが強調のために施しました)


369 – 370ページ 『「個と公」論』
著者: 小林よしのり
2000年5月10日 第2刷発行
発行所: 株式会社 幻冬舎


『漫画家と平和』に掲載
(2011年3月6日)

オマエは、まだ分からないの? その非合理な「士風」によって大東亜戦争そのものが日本に不幸をもたらしたのだよ! 第3次世界大戦でオマエが戦って戦死したら、オマエの子供は上の小学校2年生の女の子のような悲惨な体験をしなければならない!

でも、日本民族にとって「士風」は大切です!
 
 
歴史を学ばない者は

失敗を繰り返す
 
 
大東亜戦争を肯定するものは、明らかに歴史を学んでないと言う事なのだよ!

【レンゲの独り言】

ですってぇ~。。。
デンマンさんは言いたい放題のことを言ってますよね。
ところで、あなたは小林よしのりさんが書いた『戦争論』を読みましたか?
デンマンさんが取り上げた『「個と公」論』も読みましたか?

『戦争論』は65万部売れたのですって。。。
出版されたのは、もう10年以上も前のことですから、現在までにはもっと売れているもしれません。
かなり話題になりましたよね。

あなたは大東亜戦争を肯定しますか?
戦争が正義か?
平和が正義か?
考えてみたことがありますか?

とにかく、また、あさってが面白くなりそうです。
だから、あなたも読みに戻ってきてくださいましね。
じゃあねぇ。

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

ためになる関連記事


■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』

■ 『カナダのバーナビーと軽井沢に

別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』

■ 『今すぐに役立つホットな情報』

■ 『 ○ 笑う者には福が来る ○ 』

こんにちは。ジューンです。

わたしもデンマンさんに薦められて

『「個と公」論』を読んでみましたわ。

インタビュー形式で対談のようになっています。

マンガは全く描いてありません。

言葉を惜しみなく駆使した実験だそうです。

インタビュアーが「時浦兼」という人物なんですね。

同書の403ページに書いてあります。

でも、「時浦兼」という人物が実在したとしても

二人の会話がそのまま活字になったのではないと

わたしは思います。

2ちゃんねる流に言えば「自作自演」ですよね。

良くてインタビューに見せかけた「創作」だと思います。

デンマンさんのこれまでの記事を読めば

分かると思いますけれど、

上の記事はデンマンさんの「自作自演」です。

マンガ家の「オマエ」と「僕」はデンマンさんが

一人で二役を演じています。

つまり、「創作」です。

ただし、記事で引用した本の内容は

小林よしのりさんが書いたそのものを引用しています。

誤解がないように老婆心から申し上げました。

ところで、卑弥子さんが面白い記事をまとめました。

寒さを笑って吹き飛ばすために

ぜひ読んでみてくださいね。

■ 『笑って幸せな気分になれるサイト』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。