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伯母と叔母

2017年11月25日

 

伯母と叔母

 


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デンマンさん。。。、どういうわけで“伯母と叔母”というタイトルでオイラを呼び出したのですかァ~?


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オマエの伯母と僕の叔母について語り合おうと思ったわけなんだよ。

デンマンさんはオイラの伯母に会ったことがあるのですか?

いや。。。、ない。。。

それなのに、どういうわけでオイラの伯母を取り上げる気になったのですか?

オマエが書いた次の文章に出くわしたからだよ。。。

2.11 Hildegard von Bingen (1098 – 1179)

 

私の伯父と伯母が通う横浜のあるバプテスト教会では、聖餐式の際に、葡萄酒の代わりに醗酵していない葡萄汁を使っていた。それを、伯母に話した時、教会でお酒を飲むわけがないじゃあない、との返事が返ってきた。当時、普段に私が行っていた別の教会だけではなく、普通は、新約に書かれてあるとおり、葡萄酒を使用している。それも言ったとき、だから、田舎の教会は困る、というのが彼女の返事であった。私は、こうした専業主婦の知的怠慢を憎む。こういう連中が、この世の中をおかしくしているのではないか。それに較べるなら、窃盗、詐欺などは一過性である(草子地:行間を読む、という体裁の良い言葉があるが、何のことは無い、これは勘繰りながら読むということではないか)。
日本で、一般消費税が導入されようとしていたとき、難しいことは解らないけれど、反対だ、といった主婦団体の代表がいた。解らなかったのならば、反対も賛成も言えないと思うのが常識であろう。こちら、カナダでは、もう少しは、知的訓練ができているのではないか。自分の利益にならないこと、自分の損になることには、反対して、梃子でも動かない、という態度は、どこの社会でも受け入れられるべきではない。日本の彼女らに、本当に、選挙権が必要か。
女は教会で話してはならない、と新約のコリント前書14章34節に書かれている(草子地:唱うのはいいのか)。しかし、これは、後代の加筆である、つまり、Paulus自身が書いた文ではない、という説が有力である、とのことである。ただ、この文に限らず、新約のその種の節が削除されたとか、削除の方向にある、などの話は、私は、未だかつて聞いたためしがない。それ故、この節を保持する限り、私は、Johannes-Paulus IIの女性の聖職(草子地:そんなものがあったとしての話ではあるが、)についての否定的な決裁だけは支持する。それに不満であるのならば、自分自ら新しい宗派を創るなり、新しい宗教でもでっちあげれば良いではないか。
さて、本論に入ろう。古代、中世で有効であったことが、現代に於いても意味をなすかどうかの議論は、慎重を要する。時代による差異よりも、同時代の人々の見解の違いによる差異のほうが大きいのではないか。それを推察する想像力が肝要なのであろう。次の例はどうであろうか:
Et dixerunt;<>.
こうなのよ、そしてこうなのよ、といった、私から見ると、たわごとの説明が散々続いた後で、こうした見てきたような話にぶつかるのである。
次のはどうであろうか:
Favus distillans Ursula virgo fuit, quae Agnum Dei amplecti desideravit.
Mel et lac sub lingua eius, quia pomiferum hartum et flores flolum,
in turba virginum ad se collegit.
これがérotismeでなかったとしたら、この世界の何であろうか。そして、別の処では、次のように言っている:
Hec omnia Eva contempsit.
単純に言おう。女性の性愛の対象がAgnus Deiのときは至上の愛で、Adamに代表される人間の男である時には蔑視する、ということに他ならない。Jesusは、彼の譬話そのものが誤解の源であった、と知ったであろうか。否、Jesusには責任は無い。Jesusは、あくまで、自身と信者の
関係を花婿と花嫁に喩えたのであって、自身と女性、とくに処女との間に擬えた訳ではなかったことは明白であろう。
以上は、全てHildegard von Bingenの作品からの引用である。こうした作品のLP, CDを収集している私も、演奏家と同様に悪趣味の人間ではある。
ところで、Ursulaは、聖人に列せられたのであるが、Hildegardの方は、法王庁がそれを拒否、却下したとのことである。私は、聖別とは、超越の業であって、教皇などの分別ではない、と考える側にいるので、する方も、される方も同程度だ、と見做す一方、聖女とは神につかえるマゾヒスト(草子地:倉橋由美子の<聖少女>より引用)を思ってみると、Hildegardに関して、ある程度は、教皇庁の決定も納得できるのである。
私は、J.S. Bachと同時代の詩人C. M. von Zieglerに、神を見た、と言ったHildegardに共通するような嫌らしさを感じる。これは、ある種の神秘主義の故か、とも思われるが、女性の知的怠慢の、超主観的な、神秘主義ほど嫌悪すべきものはないであろう。磯山雅も、Zieglerに対するバッハの評価は、そう高かったわけでもなさそうである、と控えめに書いている(バッハ=魂のエヴァンゲリスト)。それでも、Bachは、彼女の歌詞によるKirchenkantatenを9曲書いていた。例を<<Auf Christi Himmelfahrt Allein>>(BWV 128)から挙げておく:
Ich bin bereit, comm, hole nicht! Hier in der Welt ist Jammer, Angst und Pein;
hingegen dort, in Salems Zelt, werd ich verkläret sein.
Da seh ich Gott von Angesicht zu Angesicht,
wie mir sein heilig Wort verspricht.
……
Ich sehe durch die Sterne, das er sich schon von ferne zur Rechten Gottes zeigt.
コーダ (蛇足):
良い方を選んだ、とJesusから言われた、妹Mariaは、新約の全部を通して沈黙していた。私は、むしろ、Marthaをひいきにしているので、彼女を弁護する。姉Marthaだって、シナゴグや教会でしゃべった訳ではない、と。


赤字はデンマンが強調)

49-50 ページ
『後奏曲集―後書きばかり-作品 3』より

あのさァ~、いつも思うのだけれど、オマエの文章はとっても読みづらいのだよ! 英語やドイツ語やラテン語が入り混じっている。。。

デンマンさん! 人のことは言えませんよ! デンマンさんの文章だってぇ、長くて読み始めると、じきに飽きてしまうのですよ。。。

それは、オマエの個人的な見解だと思うのだよ! 僕の記事は、日本語が解る世界のネット市民の 多くの皆様に読まれているのだよ!

 

海外からのアクセス@Denman Blog

 


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『葛飾北斎と太田将宏』@Denman Blog

 

133ヵ国のネット市民の皆様に読まれていることを自慢したいのですか?

いや。。。 自慢したいわけじゃない! オマエが「デンマンさんの文章だってぇ、長くて読み始めると、じきに飽きてしまうのですよ」と言ったから、僕の長い記事でも まめに読んでくれる常連さんが居る、と言いたかったまでだよ。。。 とにかく、オマエの文章は読みづらいので、多くの人が上の文章を読み飛ばしたと思うのだよ。。。

マジで。。。?

僕だってぇ、読みたくなかった。。。 でも、この記事を書く都合があるので、次のように読み易くして読んだのだよ。

2.11 ヒルデガルト・フォン・ビンゲン (1098 – 1179)


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私の伯父と伯母が通う横浜のあるバプテスト教会では、聖餐式の際に、葡萄酒の代わりに醗酵していない葡萄汁を使っていた。


(oba008.jpg)

それを、伯母に話した時、教会でお酒を飲むわけがないじゃあない、との返事が返ってきた。
当時、普段に私が行っていた別の教会だけではなく、普通は、新約に書かれてあるとおり、葡萄酒を使用している。
それも言ったとき、だから、田舎の教会は困る、というのが彼女の返事であった。

私は、こうした専業主婦の知的怠慢を憎む。
こういう連中が、この世の中をおかしくしているのではないか。
それに較べるなら、窃盗、詐欺などは一過性である。
(草子地:行間を読む、という体裁の良い言葉があるが、何のことは無い、これは勘繰りながら読むということではないか)

日本で、一般消費税が導入されようとしていたとき、難しいことは解らないけれど、反対だ、といった主婦団体の代表がいた。
解らなかったのならば、反対も賛成も言えないと思うのが常識であろう。

こちら、カナダでは、もう少しは、知的訓練ができているのではないか。
自分の利益にならないこと、自分の損になることには、反対して、梃子でも動かない、という態度は、どこの社会でも受け入れられるべきではない。
日本の彼女らに、本当に、選挙権が必要か。

女は教会で話してはならない、と新約のコリント前書14章34節に書かれている。
(草子地:唱うのはいいのか)
しかし、これは、後代の加筆である、つまり、パウロ自身が書いた文ではない、という説が有力である、とのことである。

ただ、この文に限らず、新約のその種の節が削除されたとか、削除の方向にある、などの話は、私は、未だかつて聞いたためしがない。
それ故、この節を保持する限り、私は、ヨハネ・パウロ2世(ローマ教皇)の女性の聖職(草子地:そんなものがあったとしての話ではあるが、)についての否定的な決裁だけは支持する。
それに不満であるのならば、自分自ら新しい宗派を創るなり、新しい宗教でもでっちあげれば良いではないか。

さて、本論に入ろう。
古代、中世で有効であったことが、現代に於いても意味をなすかどうかの議論は、慎重を要する。
時代による差異よりも、同時代の人々の見解の違いによる差異のほうが大きいのではないか。
それを推察する想像力が肝要なのであろう。次の例はどうであろうか:

Et dixerunt;<>.

こうなのよ、そしてこうなのよ、といった、私から見ると、たわごとの説明が散々続いた後で、こうした見てきたような話にぶつかるのである。
次のはどうであろうか:

Favus distillans Ursula virgo fuit, quae Agnum Dei amplecti desideravit.
Mel et lac sub lingua eius, quia pomiferum hartum et flores flolum,
in turba virginum ad se collegit.

これがエロティシズムでなかったとしたら、この世界の何であろうか。
そして、別の処では、次のように言っている:

Hec omnia Eva contempsit.

(さて、このすべてをイブは拒否しました。)

単純に言おう。
女性の性愛の対象が神の子羊のときは至上の愛で、アダムに代表される人間の男である時には蔑視する、ということに他ならない。

イエス・キリストは、彼の譬話そのものが誤解の源であった、と知ったであろうか。
否、イエス・キリストには責任は無い。

イエス・キリストは、あくまで、自身と信者の関係を花婿と花嫁に喩えたのであって、自身と女性、とくに処女との間に擬えた訳ではなかったことは明白であろう。
以上は、全てヒルデガルト・フォン・ビンゲンの作品からの引用である。
こうした作品のLP, CDを収集している私も、演奏家と同様に悪趣味の人間ではある。


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   聖人 ウルスラ

ところで、ウルスラは、聖人に列せられたのであるが、ヒルデガルトの方は、法王庁がそれを拒否、却下したとのことである。
私は、聖別とは、超越の業であって、教皇などの分別ではない、と考える側にいるので、する方も、される方も同程度だ、と見做す一方、聖女とは神につかえるマゾヒスト(草子地:倉橋由美子の<聖少女>より引用)を思ってみると、ヒルデガルトに関して、ある程度は、教皇庁の決定も納得できるのである。

私は、J.S.バッハと同時代の詩人C. M. フォン ジーグラーに、神を見た、と言ったヒルデガルトに共通するような嫌らしさを感じる。
これは、ある種の神秘主義の故か、とも思われるが、女性の知的怠慢の、超主観的な、神秘主義ほど嫌悪すべきものはないであろう。
磯山雅も、ジーグラーに対するバッハの評価は、そう高かったわけでもなさそうである、と控えめに書いている(バッハ=魂のエヴァンゲリスト)。


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C. M. フォン ジーグラー

それでも、バッハは、彼女の歌詞によるKirchenkantatenを9曲書いていた。
例を『ただキリストの昇天によりてのみ』(BWV 128)から挙げておく:

Ich bin bereit, comm, hole nicht! Hier in der Welt ist Jammer, Angst und Pein;
hingegen dort, in Salems Zelt, werd ich verkläret sein.
Da seh ich Gott von Angesicht zu Angesicht,
wie mir sein heilig Wort verspricht.
……
Ich sehe durch die Sterne, das er sich schon von ferne zur Rechten Gottes zeigt.

コーダ (蛇足):

良い方を選んだ、とイエス・キリストから言われた、妹マリアは、新約の全部を通して沈黙していた。
私は、むしろ、マルタをひいきにしているので、彼女を弁護する。
姉マルタだって、シナゴグや教会でしゃべった訳ではない、と。


赤字はデンマンが強調)

49-50 ページ
『後奏曲集(後書きばかり)作品 3』より

ところで、オマエが上の文章をPDF形式でネットで公開したようだけれど、上のリンクをクリックしたら、もう削除されてないよ。。。 オマエ、また管理人に抗議してシカトされたのだろう!?

判りますか?

あのさァ~、オマエは以前にも「ボイジャー」の社長の鎌田純子さんに掲載を断られてしまった。 それなのに、オマエは自分の欠点を棚に上げて 「ボイジャー」の社長に次のように文句を言っている! 

太田将宏著作集 (E-Book Mode)

告発状以下の筆者自身の著作がボイジャー、ロマンサー(社長:鎌田純子)の一方的な暴挙で読めなくなりました。

その一切の経過につき、筆者の告発文書、<<ボイジャー、ロマンサーへの抗議録>>を
上の告発状をclickして御参照願います。


Ⅰ あれかこれか

哲学 (実践知性批判、Sartreを中心に)、

神学(純粋意識批判、Kierkegaardを中心に)


Ⅱ 愛と生命の摂理

文学(ドストエフスキーを中心に)


Ⅲ 前奏曲集 第一集

音楽(あるアマチュアの覚書、(批評の批評 ⅰ)


Ⅳ 前奏曲集 第二集

音楽(私はアマチュアである、(批評の批評 ⅱ)


Ⅴ 間奏曲集

音楽(主題なき変奏、(言葉と音楽 ⅰ)


Ⅵ 後奏曲集

音楽(後書きばかり、(言葉と音楽 ⅱ)


Ⅶ 瞬間

書簡集


『EBOOK MODE』より

『失意の太田将宏』にも掲載
(2015年12月12日)

オマエは太田将宏の著作がボイジャー、ロマンサー(社長:鎌田純子)の一方的な暴挙で読めなくなりましたと書いたけれど、重要な2つのことでオマエは間違いを犯している。

その重大な 2つの間違いとは、いったい何ですか?

まず、オマエは“著作”と書いているけれど、オマエの書いたものは“下書き”なのだよ!。。。 作品というには程遠い。。。 ヒルデガルト・フォン・ビンゲンについての文章を見れば一目瞭然なのだよ!

やっぱり、日本語が理解できる人のために解り易く できるだけ日本語で書くべきですか?

当たり前だろ! 要するに、オマエは“現実感を喪失”しているのだよ。。。 ネット市民の皆様が読むようには書かれてない! 英語の単語がやたらに散りばまられて、しかも、似非ドイツ語や、似非ラテン語までが注釈なしに散りばめられている。。。 極めて読みづらい。。。 改行がなく、やたらに長い持ってまわった言い回しになっている。。。 オマエの文章を見ると読む気がしなくなるのだよ!

デンマンさんの“バカ野郎文章”の方が、もっと酷(ひど)いと思うのですけれど。。。で、2番目の重大な間違いとは。。。?

だから、すでに言ったように、オマエは自分の欠点を棚に上げて 「ボイジャー」の社長に文句を言っている! 悪いのは 「ボイジャー」の社長じゃなく、オマエの未熟な“下書き”なのだよ!  「ボイジャー」の社長は当然のことをしたまでだよ! オマエの“下書き”はネット市民の皆様に公開されるには 未熟で未完成なのだよ!

それは、デンマンさんの個人的な意見ですよ!

僕の個人的な判断じゃなくて、現に 「ボイジャー」の社長の鎌田純子さんが掲載を拒否したのだよ! 当然のことだよ! しかも、止せばいいのに、僕に対する抗議文までネットで公開している!


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『実際の抗議録』

つまり、オマエは、文章の中だけじゃなくて、どこへ行っても人間関係を破綻に導いているのだよ!

要するに、オイラと伯母の関係も破綻していると言いたいのですか?

その通りだよ! オマエは「私は、こうした伯母の知的怠慢を憎む」と明言している! しかも、「日本の彼女らに、本当に、選挙権が必要か」とまで書いている! これでは、女性蔑視に他ならないじゃないかァ!

そうでしょうか?

だから、オマエは女性系家庭で孤立してしまうのだよ!

私は、この曲集を書き終えたとき、老人見習いから、正真正銘の老人になるのではないか、と思うこの頃である。
真の老人とは、もはや、失うべき何ものも無くなった人のことを言うのではないか。

長女は、私から去った。
次女は、中立を保つ為に、この家に寄りつかない。
家内と言えば、日本語も通じなくなってから何年にもなる。

私には、S.Kierkegaard の言った、一番易しく一番難しいこと、すべてを捨てること、が、案外、無理なくできるのではないか。
いや、その時には、捨てるべき何ものも見当たらなくなった境地であろう。

その意味では、老人になる前に、不慮の死で亡くなった人は気の毒である。
私は、若い時に、死ぬのはいいが風邪をひくのは嫌だ、などと言って、粋がって与太をほざいていた。
今も、願わくは、あまり苦しむことなく死を迎えられたなら、それにこしたことはない、と考えている。


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Kierkegaard は、また、永遠とは有限が無限に出会う瞬間である、と言っていた。
私の人生に、かつて、そのような瞬間があったであろうか。
いや、それもまた、超越の命題であろう。

私の人生は、無明に迷ったそれに終わるのかもしれない。
しかし、私の背後には、母の祈りがあった。

ある麻薬中毒患者が、お母さん、僕は、こんな遠くまで来てしまった、と淋しげに呟いていたが、私は、麻薬中毒者ではないけれど、その気持ちが解かっている、と思う。
どのみち、人生は、rehearsal無しの、ぶっつけ本番なのである。

しかし、私は、F.M.Dostoevsky の「白痴」にある、あの「イッポリトの告白」に書かれているように、もし、生まれる前に、この条件を知らされていたとしたならば、私は、生まれるてくることを肯(がえ)んじなかったであろう、とは思っていない。
私は、感謝して死ねるように、今からでも、心の準備をしておこう。

S.D.G

コーダ(蛇足):

私の懐疑なるものが、深いのか、深くないのか、私自身も知る由もない。
仮に、深かったとしても、そもそも、懐疑の深さというものは、誇るべきものであるのか、という疑問が残る。


【デンマン注:】 改行を加え読み易くしました。あしからず。

S.Kierkegaard: キルケゴール (1813-1855) デンマークの哲学者

S.D.G.: Soli Deo Gloria (ラテン語) To God Alone the Glory(英語) 神に栄光あれ。

F.M.Dostoevsky: ドストエフスキー (1821-1881) ロシアの小説家・思想家


56ページ Michel-Richard de Lalande
『後奏曲集(後書きばかり)』 作品3
著者: 太田将宏
初版: 1994年1月 改定: 2006年9月

『馬鹿やって人気?』にも掲載
(2015年8月18日)

デンマンさん! いったい何度この手記を引用すれば気が済むのですかァ~?

あれっ。。。 オマエは覚えてるのォ~?

覚えてますよう! これまでに上の手記をデンマンさんは何度も何度も記事の中で引用したのですよ!

とにかく、オマエは性格的に人間関係をうまくやってゆくことができないのだよ。

そのように決め付けないでください。。。 ちなみに、デンマンさんは叔母さんとうまくやっているのですか?

当たり前だろう! オマエと伯母の関係を比較するために、僕の叔母を取り上げたのだよ!

デンマンさんは叔母さんとルンルン気分の関係なのですか?

そうだよ。。。 ちょっと次の小文を読んでごらんよ。


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多佳子・叔母さんは デンマンさんにとっては“お姉さん”のような人なのですわねぇ~。。。

そうなのです。。。 僕の母親の一番下の妹で。。。 20歳も年が離れていたので、まるで母親と娘のように親しくしていました。。。 僕と叔母とは6歳しか年が離れてないのです。。。 僕が生まれて間もない頃、お袋が実家の田植えの手伝いに行ったら、7歳の叔母が小さな僕を見て どうしても僕をおぶるんだと言ったらしのですよ。。。

それで、7歳の叔母さんはデンマンさんを背中に おぶったのですか?

ちょっと危なげだったけれど、どうしてもと言って聞かないので、仕方なく お袋が おんぶさせたというのです。。。


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それ以来、デンマンさんは実のお姉さんのように親しく付き合っているのですか?

そういうことです。。。

私も、一度だけ多佳子・叔母さんを遠くから見たことがありましたけれど。。。

そういうことがありました。。。 小百合さんが運転する車で鴻巣市の叔母の家まで行ったのですよ。。。 でも、小百合さんは、どういうわけか 「ちょっと今日は遠慮しておきますわ」と言って、会わなかった。。。

デンマンさんが、急に行こうと言い出したので、私には心の準備ができてませんでしたから。。。


『行田物語 古代蓮』より
(2017年8月10日)

つまり、多佳子・叔母さんがデンマンさんをおんぶしたので親しい関係にあると言いたいのですか?

そうだよ。。。 オマエは伯母さんにおんぶされたことがないだろう?

ありません。。。 オイラも伯母もお互いに嫌悪しているので、オイラが伯母におんぶされるというようなことはあり得ようがありませんでした。

要するに、オマエが幼児の頃から、伯母さんとは犬猿の間柄だったんだよなァ~。

やっぱり、オイラが幼児の頃に伯母におんぶされなかったということが宿命的にオイラと伯母の嫌悪関係を育(はぐく)んだのでしょうか?

そうだよ! たぶん、オマエは“姥捨て山”に伯母さんを捨てに行く時だけ ルンルン気分で老婆を背負ってゆくと思うのだよ。


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【レンゲの独り言】


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ですってぇ~。。。

これまでに、デンマンさんは太田さんのことで いろいろと記事を書いてますから、

太田さんとしても次のサイトだけは残しておきたいのかもしれませんわァ。。。


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『実際の抗議録』

 

すると、デンマンさんも上の抗議録を読んで ムキになって反論しています。

『嘘を書く日記』

 

太田さんはこれに対しては反論ができないのか、それ以降 無言で通しています。

でも、そのうち忘れた頃にまたコメントを書き込むかもしれません。。。

あなたは、どう思いますか?

とにかく、ネットには “めちゃキモい”人たちがウヨウヨしています。

太田将宏さんは、まだ良い方ですわ。

中には、まるで得意になって、愚かな事をして遊んでいる オツムの足りない人たちがたくさん居ます。

また、見かけは普通のブログでも、悪徳スパマーが手を変え品を変えて 悪徳サイトへ誘い込もうとしています。

スパムコメントで褒められると、ついついその気になって、

相手のブログへ飛んでゆき、お返しに、あるいはお礼にと思って

読者に登録してしまったりするものですわァ。

どうか スパマーの思う壺にはまらないでくださいね。

悪徳スパマーは悪徳サイトへ誘おうと

てぐすね引いて待っているのですから。。。

悪徳サイトを利用して、

メールアドレスで登録したりすると、

あなたのメールアドレスは第3者や第4者に売られてしまう危険性があります。

あなたは、そのようなスパム・コメントや 成りすましスパマーには

騙されないと思い込んでいるでしょう?

でもねぇ~、もしかすると騙されているかもよ。。。

とにかく気をつけてくださいね。

次回も、さらに面白い話題が続きます。

あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてください。

では。。。


(hand.gif)

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逝く者と残る者

2016年11月8日

 

逝く者と残る者

 


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デンマンさん、お元気ですか?
先月末(4月29日)、久しぶりで芳江さん(注:デンマンの母親)を訪ねてきました。
暮に伺った時「春の彼岸頃また来るから」といって…。
数えたら5ヶ月も経っているのですね。

この冬は例年になく寒く私も含めて高齢者に近づいた人には厳しかった。
芳江さんも大変だったのではと行く前に心配が大きく
電話をして様子を確かめたところ張りのある声が聞こえてきました。

会うと顔色も非常によく案じていたよりは、はるかに健康的で、私の方が薬負けしているせいか、ずっと病的だなあと思いました。
4次元の会話もほとんどなく、しっかりと的を得ていました。
(泥棒の話がひとつだけ出てきましたが。。。)

あと半年したらデンマンさんが帰ってくるからと、もう楽しみにしている状態です。
私はこの日も「芳江さん、りっぱだね」と長寿のことを誉めましたが必要以上に誉めそやすと油断するのが怖いので楽な気持ちで今まで通り気張って欲しいと勇気付けてきました。

人は皆 死に行く道を歩んでゆくわけですが、私は最近すんなりと逝ければいいなあと願うようになっています。
デンマンさんの誕生日のすぐあとに私の誕生日で、この好きな桜の季節にまた年を重ねました。


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隠遁生活者の僻(ひが)みでしょうか?
小さいながらも事業を起こし、それが失敗したことが今でもストレスとなって追いかけてきます。
この僻み根性が顔に出ないうちに喘息という病症から抜け出たい。

デンマンさん想像してみてください。
例えば口を塞がれて鼻が詰まりながらも、かすかに息ができる。
こんな状態が続くと、もう肩で呼吸し体で息が苦しいと叫んでいます。
通常薬で抑えていますが薬は麻薬であって切れると前記のような禁断症状となります。
薬を離そうと何度も試みるのですが繰り返すばかりです。
ある程度健康に関する本は読んでいるので今更どうの、こうのということもないので、この喘息とじっくり向き合っていくより方法はないと近頃へこんでいます。

「健康は人が与えるものでなく 自分で創るもの」
中学校3年間を担任だった理系の先生が後日結核になり見舞った時の言葉を思い出します。

デンマンさんが偉いなあという点はたくさんありますが、そのひとつには健康であるということ。
その健康であるという裏打ちとは、格好をつけて言えば倫理を踏まえた自立かなあと。。。

私にはすべてにそれが欠けていた。
私の年齢では遅しですが、今から出発しようと思います。
実家の両親や芳江さんのように90歳の声は望んではいませんが念じることがとおるなら あと20年は生きたいと思います。
そして指折れば3つばかり成就したいものがあります。
今、そのひとつに挑戦しています。

明日は子供の日で休日です。
佐保姫さまの到来なくして若葉になり 冷暖房の要らない過ごしやすい時期にやっとなりました。
台湾の歌手テレサテンさんのようにならないよう私も気張って生きます。
では、お体に気をつけて。。。


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九条多佳子

2012年5月4日


『テレサテンと叔母』より
(2012年5月11日)


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デンマンさん。。。 どういうわけで4年も前の手紙を持ち出してきたのですか?


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しばらくぶりで忘れかけている手紙を読むのも懐かしいでしょう?

上の手紙は実際に私が書いたものですか?

そうですよ。。。 僕が創作したものではありません。。。 マジで多佳子さんが2012年5月に書いた手紙ですよ。。。

どうして4年前の上の手紙を貼り出したのですか?

この記事を読む人に、多佳子さんを紹介するつもりで貼り出したのです。。。

でも、どういうわけで私を紹介する気になったのですか?

あのねぇ~、実は、土曜日の11月5日に多佳子さんの家を訪ねて、久しぶりに映画音楽を一緒に聞いて盛り上がったでしょう!


(sunfla02.jpg)

つまり、懐かしいサウンドトラックを聴いて盛り上がったので、その事を言うために わざわざこの記事を書こうと決めたのですか?

いや。。。、1年ぶりに多佳子さんに会って久しぶりに盛り上がったのは、この記事のクスグリのようなものですよ。。。(微笑) それから多佳子さんが作ってくれたエビフライを食べながら、尽きるともない話の途中で、『夢遊伝』という短編小説の原稿を見せてくれたでしょう。。。

自分の作品は人様には見せないのですけれど、ついつい話の流れで取り出してしまったのですわ。。。

実は、その短編小説を僕は何度も読んだのです。。。 ここにその作品全部を書き出したいのは やまやまなのだけれど、ネットで公開すると、多佳子さんが作品を発表する時の妨げになると思ったので、僕はあえてここでは公開したくない。。。

つまり、この記事で私が書いた小作品の批評をするつもりなのですか?

批評と言うほどの大げさなものじゃありません。。。 ただ、多佳子さんの作品を読んで、僕はインスピレーションをもらったのですよ。。。 そして書いたのが次の小文です。。。 ちょっと読んでみてください。

逝く者と残る者


(grave02.jpg)

逝く者は残る者に何を残してくれるというのだろうか?
百歳にあと数歩、母は寿命をまっとうしてあの世へ逝った。
一人残された私は抜け殻同然になった。

脱皮する生き物は身も殻も輝いて美しいが、私には跡形すらもない。
正気を失った顔は垢まみれで人相まで変わってしまった。
延び放題の無精ヒゲがよけいに哀れだ。

母は自由奔放に生きてきた女だ。
私が物心ついた頃には、すでに何人かの男と暮らしてきていた。
新進気鋭の画家としてマスコミにも注目され、美術界にも相当な影響を与えてもいた。
しかし、当時、私が父と思い込んでいた人物は私の実父ではなかった。

もちろん、私はその人物を実父だと信じていたのだけれど中学生になった頃に、ふとしたことで母の女友達から実父の存在を知らされた。
その人物は酒びたりで廃人のようになっており、私には到底彼を実父だと認める心のゆとりなど持ち合わせてはいなかった。
私は、その秘密を封印して心の奥底に仕舞い込んだのだ。

養父は母を師と仰ぎ、また母を愛した年下の画家だった。
私には実父以上に父のごとく接してくれ、むしろ母以上に私に愛情を注いでくれた人だった。

しかし自由奔放で我儘な母にとって、養父はやがて物足りない人物に見え始めたに違いない。
母は別の男を愛人に持つようになった。

それからの波乱に富んだ母の長い歳月は、ここに書き出すこともないだろう。
それは私にとって不快で不幸な記憶でしかなかった。

社会人になった私は母とは一貫して距離を置いた。
出生に問題を持った私は母を誹り、実父を呪い、養父に感謝しながらも、心のどこかで自分を責めた。
母の死をきっかけに一人残された私は会社を辞め四国巡礼の旅に出た。


(iwaya02.jpg)


(shikoku09.png)

『拡大する』

弘法大師ゆかりの88か所の寺院を訪ね歩く旅は、私の心に不思議な平穏をもたらすかのように思えた。
ところが、45番札所の岩屋寺に向かう時に私は不思議な体験を持った。

標高700m。奇峰が天を突き、巨岩の中腹に埋め込まれるように堂宇がたたずむ典型的な山岳霊場である。
神仙境を想わせる境内は、昔から修験者が修行の場としていたようで、さまざまな伝承が残されている。
中腹で私は粗末な僧衣をまとう老人に出くわした。


(bonzu08.jpg)

手には南天竹の瘤杖を持っている。
杖で地面を突っつきながら私を見て言った。
「供人になれ」
だみ声である。

怪訝な様子でたじろいでいる私にさらに脅威のだみ声が響いた。
「ついて来い」
老人の後を追った。

深い森に入ると常緑樹で日差しは遮られ薄暗い。
私は急ぐことも走ることも不慣れだが、仕方なく疾走する老人の背を見ながら転がるようにあとから続いた。
やがて老人は言った。
「儂は、ここからは行けぬ」
遠くに連なる峰を杖で指して続けた。
「あの頂に御堂がある。
その裏手の坂道を下ると一間四方の鏡がある。
それは己のすべてを映す鏡だ。
特と見るがよい」

私は老人に言われたとおりに御堂に参拝し裏手の坂道を下った。
やがて、ひっそりとした池に出た。
老人の言う鏡とは、この池であり、私を映すのも、この池に違いない。
私は深く透き通った池の水面を見つめた。

その水面に突如老人が出現した。
そして次のように言った。
「生きよ。力強く、強く生きよ」
やがて老人は影もなく消えた。

再び淵に身を乗り出す。
そこには老人よりも更に老いた私がいた。
驚愕のあまり、後ろに退くと尻餅をつき、反射的に手にした石を水面に投げた。
さざ波が輪を広げ、やがて静寂があたりを覆った。


(pond01.jpg)

しかし、私の心は平穏ではなかった。
涙があふれてきた。
私の人生、母の人生、過ぎ去った日々のことが、走馬灯のように私の脳裏を横切ってゆく。
私は夢の中を長い間彷徨していたにすぎないのだろうか?

秘匿した遺骨を母の故郷に納骨したのは、没後13年になろうとする秋だった。


(urn001.jpg)

By デンマン

あらっ。。。 私が書いた『夢遊伝』とは似ているようで、核心の所がだいぶ違ってますわねぇ~。。。

そうです。

でも、どうして上の小文を私に読ませるのォ~?

僕が多佳子さんの作品を批評すると、多佳子さんは表面上はともかく、心の奥でムカつくと思うのですよ。。。

それは、デンマンさんの独断と偏見ですわ。。。 私は批評する方の意見をありがたく受け止めるだけの心のゆとりを持っているつもりです。

そうですか? とにかく、僕は多佳子さんの気持ちを逆なでしたくないので、批評のつもりで上の小文を書いてみたのです。

結局、デンマンさんは何が言いたいのですか?

だから、上の小文を読んでもらえば、聡明で文学の素養がある多佳子さんならば、僕が言おうとしていることを察することができると思うのですよ。

できませんわ。。。 回りくどいことは言わないで細木数子さんのようにズバリ!と言ってくださいなァ。。。

多佳子さんがそのように言うならば一言だけ付け加えたいと思います。

それは何なのォ~?


(sansui07.jpg)

   “枯山水の水”

僕は多佳子さんの『夢遊伝』を読んで主人公の心の悩みが見えてこなかった。。。 つまり、多佳子さんの作品が上の写真だとしたら、僕には水を見ることができなかった。。。要するに、枯山水は枯山水のままだったのですよ。

それは、デンマンさんの想像力が足りなかったからですわ。。。 (モナリザの微笑)

確かに、そう言われてしまうと身も蓋もありません。。。 でもねぇ~、凡人でも解るように、僕の小文には主人公の心の悩み見えていると思うのですよ。。。

デンマンさんが、もっと心を研ぎ澄まして私の作品を読めば、枯山水の中に水の流れを読み取ることができますわよう。(更に微笑)


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。
九条多佳子さんという人はデンマンさんの叔母さまでござ~♪~ますわ。

デンマンさんのお母様の一番年下の妹さんですってぇ。。。
だから、デンマンさんとは年が6つしか離れていないのですわ。
つまり、デンマンさんにとっては従姉のような存在なのでござ~♪~ますう。

これまでにも、何度かデンマンさんの記事に登場しています。


(beat44.jpg)

“キャ~ 素敵ィ~♪~”

突然 話は変わりますけれど、ビートルズは、あたくしのアイドルですわァ!
未だに あたくしの魂を震わせるのでござ~ますゥ。
うふふふふふ。。。


(bmania22.jpg)


(bmania03.jpg)

でも、日本も含めて世界中にビートルズの熱狂的な嵐が吹き荒れたのは、あたくしが生まれる以前のことでした。

ところが何度も何度もビートルズを夢で見るようになってから、
軽井沢の万平ホテルに行くと
ジョンレノンとあたくしがカフェテラスで会うのでござ~♪~ますう。


(karuman52.jpg)

滞在中のジョン・レノンは朝9時半ごろ、

このカフェテラスに下りてきたのですよ。

わたしたちに「おはようございます」と

日本語であいさつしたものですわ。

いつも庭に面した一番奥の席にすわって、

他のお客様には背を向けるような格好で

腰掛けていました。

ジョン・レノンのお気に入りは

ローヤルミルクティーでしたわ。


(karuman62.jpg)

『幸福の谷』より
(2008年4月6日)

あたくしは万平ホテルのカフェテラスでマジでジョン・レノンとローヤルミルクティーをいただいている記憶が鮮明に甦ることがあるのでござ~♪~ます。

あなたは信じられないでしょう?
あたくしだって信じられないのですから。。。
おほほほほほ。。。

われわれの記憶が、

真実と作りものによって

構成されていることに似ている。

記憶というのは時間とともに

どんどん変化していく。

横尾忠則さんが、このようにおっしゃったのでござ~♪~ますわ。
あなたも、そう思いませんか?

とにかく次回も面白くなりそうですう。
だから、あなたも読みに戻ってきてくださいましね。
じゃあねぇ。


(hand.gif)


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

ためになる関連記事



(linger65.gif)
■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』


(house22.jpg)

■ 『軽井沢タリアセン夫人 小百合物語』

■ 『今すぐに役立つホットな情報』

■ 『 ○ 笑う者には福が来る ○ 』

『愛とロマンの小包』


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『虹のかなたの奇跡』

『虹のかなたから生還』

『北本から見る富士』

『愛の進化論』


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『愛の奇跡』

『奇跡の回復』

『母上様@行田』


(chiwawa5.gif)

こんにちは。ジューンです。

デンマンさんの叔母さんは洋画が趣味なのですってぇ。。。

1992年に製作されたアメリカ映画

“クールワールド”をご覧になったらしいですわ。


(world2.jpg)

アニメーション作家のラルフ・バクシが手掛けた、

実写とアニメの合成映画でした。

全年齢対象であった『ロジャー・ラビット』と違い、

お色気シーンもある作品でした。

キム・ベイシンガーがアニメと実写の奔放で

セクシーなヒロインを演じ、

ブレイク前のブラット・ピットも出演して

話題になりました。

交通事故に遭ったフランク(ピットが演じる)は

“クール・ワールド”に迷い込み、

その世界の捜査官となります。

彼は自らを創造した漫画家とセックスし

人間界で現実化しようとする悪人の企みを

阻止しようとするのです。

きめ細かな背景によりアニメの持つ不思議な世界が

奥行き深く見事に表現されています。

観る値打ちがありました。

日本では未公開でしたが

デンマンさんの叔母さんは

DVDを借りて観たのでしょう。

ところで、卑弥子さんが面白いサイトを

やっています。

興味があったら、ぜひ次のリンクをクリックして

覗いてみてくださいね。


(bitegirl2.gif)

『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ


(monroe92.jpg)


(byebye.gif)

母上様@行田

2012年9月8日

 
 
母上様@行田
 
 

(maiko19.png)
 

2012年8月16日 (木曜日)

母上様、元気でお過ごしですか?
バンクーバーも真夏ですが、日本の夏と比べると最高気温は27度でしのぎやすいです。
バンクーバーの市立図書館には日本語の本が2000冊ぐらい置いてあるので時たま借りてきます。
『関東と関西の違い』という本を読んでいたら「ところてん」が出てきました。
考えてみたらカナダにやって来てから今まで20年以上経ちますが「ところてん」を食べたことがない!

行田に帰省するのはいつも秋だから当然「ところてん」を食べる季節じゃない。
そういうわけで、すでに25年近く「ところてん」を食べてません。


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特に食べたいわけじゃないけれど、25年も食べてないと無性に懐かしくなります。
夏、酢醤油をかけた冷たい「ところてん」は実に旨かった。
大長寺の門前の市川さんで売っていたのかな?

子供の頃、母上様が作ってくれたようにも思うのですが、振り返って思い出してみると、どこで食べたのか?はっきりと思い出せません。

関西では酢醤油ではなく黒蜜をかけて食べるそうですよ。
つまり、黒砂糖水をかけて食べるのですって。。。
「甘いところてん」なんて考えただけでもまずそうですよね。
オエ~と吐き出してしまいそうです。


(tokoroten1.jpg)

バンクーバーのダウンタウンには日本食レストランが少なくとも50軒ぐらいはあると思うけれど、「ところてん」を食べさせてくれる店はなさそうです。
「ところてん」は夏の食べ物だから秋になったら「おでん」の方がいいですよね。

早いもので、先日、母上様にお会いしたと思っていたら、すでに8月。
来月は9月ですよ。
そろそろ飛行機の切符を買う時がやってきました。
今年は10月1日頃を目安に帰省しようと思います。
その内、切符を手配したらまた手紙を書きますね。

行田の「とんでん」と「おおぎや」で、また旨いものでも食べましょう。
また家で「おでん」も作って食べましょう。

夏は「冷やし中華」が旨いですよね。
日本に居る頃、母上様が冷やし中華を作ってくれましたが、懐かしく思い出されます。
去年の夏は多佳子さん(デンマンの叔母: お袋の一番下の妹)が行田にやって来て冷やし中華を作ってくれたと言ってましたが、今年の夏は多佳子さんはやって来ましたか?

年は取りたくないけれど、誰もが間違いなく年をとってゆくので、こればかりはどうしようもありません。
高齢社会になったから日本には80歳以上の人がたくさん居るけれど、年をとると毎日、毎日、ただ生きているだけでも大変なのでしょうね。
80歳も越えると「生きているよりも死んだ方が楽だよ」という人が多くなるけれど、死んでしまったら旨いものが食べられませんからね。
そういうわけで母上様も、たまには旨いものを楽しみに食べてください。

「さきたま古墳公園」に「田舎っぺきのこ汁うどん」を食べさせてくれる店があります。
テレビでも紹介された店で、店の中で手打ちうどんを作っています。
店の外からでも見えるようになっていて、3人ぐらいで手打ちうどんを作っているのですよ。

小百合さんが行田にやって来たときに食べに行ったのです。
きのこ汁の味がよく出ていました。
「腰」がシコシコして、歯ごたえのある太いうどんは実に旨かったですよ。

今度、帰省した時には母上様にぜひ食べさせてあげたいと思います。
楽しみにしていてください。
たまには家族みんなで食べに行ってもいいではありませんか。
家の中に閉じこもってばかりいるとつまらないですからね。。。
久しぶりに「さきたま古墳公園」の紅葉でも見て、それからうどんを食べると一味も二味も旨く食べられると思います。

夕べは珍しく子供の頃の夢を見ましたよ。
「大正座」が出てきました。
いつ頃あの映画館を壊してしまったのか?
「大正座」のあった所は、もう全く昔の面影がありませんよね。

小生は母上様の背中におんぶして羽生の伯母さんと、うちのお婆さんと小生を含めて4人で映画を見に行った夢でした。
実際にそのようなことがあったのです。
その時には、もちろん、映画の題名など解りませんでしたが『愛染かつら』を観にいったようです。
白衣を着た医者と看護婦が白樺林を歩いているシーンが記憶に残っていますよ。
医者になっているのが上原謙。
看護婦を演じているのが田中絹代だったかもしれません。

背中におんぶされている情景で、もう一つ覚えているのが行田市立中央小学校の講堂です。
現在の市役所があるところに建っていた昔の小学校の講堂です。
オヤジが講堂にあるグランドピアノを弾いているのですよ。
お昼の弁当を作って母上様がピアノの練習をしている親父に弁当箱を届けに行った時だと思います。
その時、ピアノを弾いていたオヤジの姿をはっきりと覚えていますよ。
でも、どのような曲を弾いていたのか?までは思い出せません。

もう少し大きくなった頃のことで思い出すのが宮本公園です。
滑り台があって、その日陰になるところに大きな箱をひっくり返して、その上に座って母上様は手甲と脚半のボタン付けの内職をしていたものです。
正造さん(デンマンの一番下の弟)がまだ生まれる前のことだったと思います。
小生と清正さん(デンマンのすぐ下の弟)がまだヨチヨチ歩きの頃だったでしょう。
母上様は、どこであの箱を見つけてきたのか?
1メートルの立方体ぐらいの大きさがある木の箱でした。
一度や二度ではなく、2週間か3週間、毎日、あの滑り台の所で母上様は箱の上に座って内職していたように思うのです。
傍らで二人の子供を遊ばせなから。。。
そして半日ぐらい内職をしてから家に帰ったようです。

玄関にあった靴や傘を入れる箱の中に、スッポリと体を忍び込ませて隠れたりしたのも、その頃のことだったと思います。
あのような狭い所によく入ったものだと母上様がビックリするのが面白くて、そうしたのだと思います。

その玄関のそばの障子のサンを壊して、子供がくぐれる位の大きな穴を開けて小生と清正さんで、犬になってサーカスのワッカをくぐるつもりになって、行ったり来たりしながら遊んだのも覚えています。
大きな穴の開いた障子戸をそのままにしておけないので、近くの川島薪店から薪の切れ端をもらってきて母上様がサンの修繕をしていたのを覚えていますよ。
その修繕している母上様の姿を見ながら、子供心に「めんどうをかけてしまった」と思ったでしょうね。
少し反省したようです。
それ以来、障子を壊すことを止めたものです。

それにしても、母上様はよく内職が続いたものです。
何もしないでぼんやりとしている姿を一度として見かけたことがありませんでした。
常に何かしていたようでした。
お婆さんは一時、大沢縫製工場のズボンのボタン付けの仕事を手伝ったことがあったようですが長くは続かなかったのを覚えています。
でも、小生の子守だけは一生懸命になってしてくれました。
あのおばあさんは母上様には厳しい人だったけれど、小生はずいぶんと可愛がってもらいました。
しかし子供だったから、お返しに「お婆さん孝行」をしてあげようという気持ちは、まだ起こらなかったようです。
その気持ちが起こる前にお婆さんは屋根から落ちて亡くなってしまいました。

あのお婆さんも、もう少し自分を抑えて母上様と仲良くしていれば、あのような最後を迎えることもなかったと思うのです。
でも、考えてみれば、あの時代には「意地悪ばあさん」は普通でしたね。

今では時代がすっかり変わってしまい、お嫁さんが威張っているとか。。。
姑さんが小さくなっているそうですよね。
変われば変わるものです。

ところで、多佳子さんはお盆に行田にやって来ましたか?
年を重ねたけれど多佳子さんはずいぶんと若々しく見えます。
しかし、大きな病気になったり、手術をしたりで体はかなり無理をしているようです。
ずいぶんと健康には気をつけているようだから寝込むようなことはないと思いますが。。。
多佳子さんがやって来たらよろしくお伝えください。

では、またお目にかかることを楽しみにしています。
母上様も風邪など引かないように気をつけてくださいね。
旨いものを食べるためにも元気を出して頑張ってください。
では。。。

デンマンより

 

デンマンさん、うれしいお手紙ありがとう。
長いお手紙にカナダの様子がなんとなく分かりますよ。

お盆を過ぎても行田では35度以上の日が続いています。
お盆には犬塚の今田さんから牡丹餅をもらいました。
泰夫さん(お袋の弟)が様子を伺いに2週間に1回くらいやってきます。
私も含めて家族みんなが熱中症にならないように心を合わせて一生懸命に頑張っております。
正造さんが小まめに美味しい物や冷たい物を買ってきてくれますので美味しくいただいております。

多佳子さんも「電話をくれれば行くよ」と言ってくれますが、喘息の発作が起きると申し訳ないので頼みません。
それでも時折やって来て美味しい物を作ってくれます。
多佳子さんは行田へやって来てもデンマンさんが居ないとつまらなそうです。

私も9月より10月の方が体が楽に動かせるので良いと思っております。
でも、残暑が続いておりますから油断ができません。
最高気温が36度から37度の日が多いのです。
バンクーバーの最高気温が27度聞いてうらやましい限りです。

夜になっても行田では28度くらいあります。
それで夜になっても扇風機を使っています。
日本では、今、香港の活動家が尖閣諸島に上陸したとかで問題になっております。
戦争に発展することはないと思いますけれど、
太平洋戦争の悲惨さを体験したものには心配の種です。

日本は戦争を放棄したのですから、世界も平和であってほしいものです。
でも、東日本大震災の政府の対応や東電の対応を見ていると
上の人たちは嘘ばっかりついているので、
果たして今後日本が平和のままでいられるのか?

孫の代にも日本が平和であって欲しいと思います。
では10月の帰省を心よりお待ちしております。

平成24年8月28日

母より

 

【卑弥子の独り言】

ですってぇ~。。。
あたくしも平安時代の十二単に身を包んでこうして出てまいりますけれど、
デンマンさんはお母様をお手紙の中で「母上様」と、まるで江戸時代の武士の総領息子が書いているような呼び方をするのですよね。
驚きですわ。

山本周五郎とか藤沢修平とかの時代小説の読みすぎではないのかしら?
うふふふふふ。。。

「e-メールではなく、どうしてお手紙を書くのですか?」
そう尋ねたらお母様はパソコンはテレビで見るだけで、キーボードに触れたことなど一度もないそうですわ。
だから、お手紙にして欲しいとのことです。

とにかく、興味深い話題が続きますゥ。
どうか、あなたもまた読みに戻って来てくださいませ。
じゃあ、またねぇ。。。

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

ためになる関連記事


■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』

■ 『カナダのバーナビーと軽井沢に

別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』

■ 『今すぐに役立つホットな情報』

■ 『 ○ 笑う者には福が来る ○ 』

■ 『桜のメルヘン』

■ 『愛とロマンとダイエット』

■ 『愛の追憶』

■ 『午前3時のあなた』

■ 『ビミョ~っていうか』

■ 『お股の花々』

■ 『ロマンの追憶』

■ 『ヒシしようよ』

■ 『デンマンと松本清正張』

■ 『愛犬と神さま』

■ 『思い出@天の川』

■ 『ばあやと小百合さん』

■ 『座薬と軽井沢タリアセン夫人』

■ 『東電社員と愛の自転車』

■ 『梅から桜の国へ』

こんにちは。ジューンです。

日本のハーブティーは、なんといっても桜湯だそうですけれど、


(sakurate.jpg)

カナダ、アメリカ、イギリスではハーブティーとして

ローズティーが好まれています。

普通、ローズヒップティーと呼ばれます。

ローズヒップ(rose hip)とは

バラ科バラ属の植物の果実。

つまり、バラの実です。

ローズヒップ生産のため、バラの特定品種、

特にRosa canina(ドッグ・ローズ)が栽培されています。

ハイビスカスとブレンドしたハーブティとして飲用されることもあります。

また、ローズヒップオイルは食用油として、

ジャム、ジェリー、マーマレードにも用いられるほか、

スキンケアにも用いられます。

こんなエピソードがありました。

第二次世界大戦中、

イギリスはドイツ海軍Uボートの海上封鎖により

オレンジの輸入がストップしたのです。

ビタミンCの補給ができなくなったのです。

それで、英国の学童たちは生垣に生えている

ローズヒップの採集を命じられました。

ローズヒップティーにして飲んで

ビタミンCを補給したのですって。。。


(rosehip.jpg)

なんだか信じられないようなお話ですよね。

ところで、英語の面白い話を集めました。

時間があったら覗いてみてください。

■ 『あなたのための愉快で面白い英語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。

テレサテンと叔母

2012年5月11日

 

テレサテンと叔母

 


(kyoto85.jpg)

デンマンさん、お元気ですか?
先月末(4月29日)、久しぶりで芳江さん(注:デンマンの母親)を訪ねてきました。
暮に伺った時「春の彼岸頃また来るから」といって…。
数えたら5ヶ月も経っているのですね。
この冬は例年になく寒く私も含めて高齢者に近づいた人には厳しかった。
芳江さんも大変だったのではと行く前に心配が大きく
電話をして様子を確かめたところ張りのある声が聞こえてきました。

会うと顔色も非常によく案じていたよりは、はるかに健康的で、私の方が薬負けしているせいか、ずっと病的だなあと思いました。
4次元の会話もほとんどなく、しっかりと的を得ていました。
(泥棒の話がひとつだけ出てきましたが。。。)

あと半年したらデンマンさんが帰ってくるからと、もう楽しみにしている状態です。
私はこの日も「芳江さん、りっぱだね」と長寿のことを誉めましたが必要以上に誉めそやすと油断するのが怖いので楽な気持ちで今まで通り気張って欲しいと勇気付けてきました。

人は皆 死に行く道を歩んでゆくわけですが、私は最近すんなりと逝ければいいなあと願うようになっています。
デンマンさんの誕生日のすぐあとに私の誕生日で、この好きな桜の季節にまた年を重ねました。


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隠遁生活者の僻(ひが)みでしょうか?
小さいながらも事業を起こし、それが失敗したことが今でもストレスとなって追いかけてきます。
この僻み根性が顔に出ないうちに喘息という病症から抜け出たい。

デンマンさん想像してみてください。
例えば口を塞がれて鼻が詰まりながらも、かすかに息ができる。
こんな状態が続くと、もう肩で呼吸し体で息が苦しいと叫んでいます。
通常薬で抑えていますが薬は麻薬であって切れると前記のような禁断症状となります。
薬を離そうと何度も試みるのですが繰り返すばかりです。
ある程度健康に関する本は読んでいるので今更どうの、こうのということもないので、この喘息とじっくり向き合っていくより方法はないと近頃へこんでいます。

「健康は人が与えるものでなく 自分で創るもの」
中学校3年間を担任だった理系の先生が後日結核になり見舞った時の言葉を思い出します。

デンマンさんが偉いなあという点はたくさんありますが、そのひとつには健康であるということ。
その健康であるという裏打ちとは、格好をつけて言えば倫理を踏まえた自立かなあと。。。

私にはすべてにそれが欠けていた。
私の年齢では遅しですが、今から出発しようと思います。
実家の両親や芳江さんのように90歳の声は望んではいませんが念じることがとおるなら あと20年は生きたいと思います。
そして指折れば3つばかり成就したいものがあります。
今、そのひとつに挑戦しています。

明日は子供の日で休日です。
佐保姫さまの到来なくして若葉になり 冷暖房の要らない過ごしやすい時期にやっとなりました。
台湾の歌手テレサテンさんのようにならないよう私も気張って生きます。
では、お体に気をつけて。。。


(aunt201.jpg)

九条多佳子

2012年5月4日



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今日手紙を受け取りました。
消印を見たら5月5日です。
子供の日で休日だと思うのですが、郵便局はやっているのですね。
民営化になったので郵便局員も一生懸命に頑張っているのでしょうか?
カナダでは、郵便は国営ですがサービスが遅いというので、民間の業者が介入するようになってから、かなり改善したようです。
日本でも事情が同じなのでしょうか?

それにしても鴻巣の郵便局がこの手紙を受け取ってから4日後にバンクーバーの小生のメールボックスに届くのだから10年ほど前と比べると早くなったものですよ。
日本側とカナダ側のサービスがスピードアップしてほぼ半分の時間で届くようになったわけです。

それと比較するとイギリスの郵便事情は最低ですね。
ロンドンで投函した絵葉書がバンクーバーに届くのに3週間かかるのですよ。


(postcd2.gif)

これはダイアンが3月6日に書いて投函した絵葉書です。
本人が10日間の旅を終えて帰ってきたのが3月14日。
絵葉書がバンクーバーの小生の手に届いたのが3月29日でした。

イギリスの郵便サービスは信じがたいほどのろい!
このことは次の記事の中でダイアンも書いてます。
時間があったら読んでみてください。


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“Biker Babe”

(2012年4月12日)

この事だけを見てもイギリスの文化も産業も半世紀前から停滞しているのがよく理解できます。

ところで、4月29日にお袋に会ったそうで、感謝しております。
いつ、あの世に逝っても不思議ではないので、最近は、行田から手紙をもらったり電話を受けたりすると一瞬、血の気が引きますよ。
いい知らせよりも悪い知らせの可能性の方が高いので、「死亡通知だろうか?」と無意識のうちに身構えている自分が居るのですよね。

小生の誕生日に間に合うように、お袋が手紙を書いてくれたのですが、その手紙の内容よりも、字体が弱々しくなっているのを見て、思わず涙が噴き出しました。
字が弱々しく震えているのです。
眼も悪くなっているだろうし、手紙を書くのも大変だろうと思います。
それでも、やはり、親心なのでしょうね。
気持ちを込めて手紙を書いているのが感じられます。
その様子が思い浮かんできました。

「死亡通知だろうか?」という小生の不安! 恐れ。。。心配。。。
お袋の手紙の字の弱々しさ。
それでも、気持ちを込めて手紙を書いているという健気(けなげ)さ。
そういうものが寸時の内に小生の胸に迫ってきて、無意識のうちに涙が吹き零(こぼ)れてきたのですよ。
思わず涙が止めど無く流れたというのは初めての経験でした。

80代90代になると生きるだけでも、しんどいという事が解るだけに、また、そういうお袋を実際に見てきただけに、お袋も大変だろうと思いますよ。
30代、40代の頃から腎臓病で、むくみがあったのを小生も見てますから、思えば、80まで生きられたという事の方が不思議です。
亡くなった親父でさえ、お袋が先に行くものだと信じて疑いませんでしたからね。。。

「おめえが歩けなくなったら車椅子に乗せて後から押してやるからな。。。」
そう言っていた親父の方が1999年に先に逝ってしまったのですから。。。
本当に人間の寿命なんて判らないものです。

お蔭様で小生はずっと健康で、カナダにやって来てから医者にも歯医者にも行った事がないのです。
現在、お袋の体が弱いとは言え、犬塚の家系は長寿の家系ですから、お袋も元気に産まれのでしょうね。
先に生まれた上の二人の男の子は産まれて、まもなく亡くなったと言ってました。
昔のことですから、健康な遺伝子だけを持っている幼児だけが生き残ったのでしょう。
だから、お袋も健康体に産まれのですよ。
結婚してから無理して働いたことが健康を害するようになった原因のようです。

健康な遺伝子をお袋からもらっているわけで、それで小生が健康で居られるのです。
小生が健康でいられるのは、そのような理由だと理解している次第です。
だから、健康体に産んでくれたお袋に感謝していますよ。
ありがたいことです。

「健康は人が与えるものでなく自分で創るもの」
多佳子さんの担任の先生が言ったことも真理だと思います。
どんなに健康に生まれた人でも、暴飲暴食をすれば命をちじめますからね。


(911terror.jpg)

しかし、どんなに健康に気をつけていても、9.11のような事件に巻き込まれることが、可能性として誰にでもあるわけで、健康は一番だけれども、やはり運命というものがあるような気もします。
寿命は神様だけが決めるものなのかもしれませんね。

健康だった人が、ある日ポックリと逝くようなことも珍しくありません。
寿命というものは、やはり自分では知り得ないものなんでしょう。

多佳子さんの喘息も大変だと思います。
でも、現実の大変さは、小生には10分の1も理解できないかもしれません。
小生が小学生の頃、担任だった志保田先生は結核のために寅さんと同じように肺を片方取ってしまった人でした。
「壊れた茶碗も、くっつけて大事に使えば使える。 その気持ちで気をつけながら命を大切にしてゆくほかにない」
そう言ってました。

現実を受け入れ、
悲観するでもなく、落ち込むでもなく、諦めるでもなく、
精一杯残された命を大切に、大切に生きてゆく。
自分にも、そう言い聞かせ、生徒にも命の大切さ、健康の大切さを訴えたかったのでしょうね。

生きがいを持って命の続く限り寿命を全(まっと)うする。
その事に尽きるでしょう!
「指折れば3つばかり成就したいものがある。今そのひとつに挑戦しています。」
多佳子さんから、そのように思う気持ちが無くならない限り、大丈夫ですよ。


(ieyasu2.gif)

徳川家康が言いました。
「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し。急ぐべからず。。。」
目標を決めたら、あせらずゆっくりと一歩一歩進むと言う事でしょうね。


(teresa2.jpg)

テレサテンが若くして亡くなったことは知っていましたが、喘息発作が死因だとは知りませんでした。
ウィキペディアで調べたら42歳で亡くなっているのですね。
富と名声があるのに孤独な独身生活を送っていた、と書いてあります。
同じようにブルースリーも若くして亡くなりましたが、多分そういうことが噂に火をつけるのでしょうね。

Yahoo!の知恵袋では次のように書いてありました。
「私の情報だとテレサはテレビと違って私生活はかなり荒れてて酒やタバコは凄まじかったらしいです。
同姓(誤字:同棲でしょう?! ミーハーが書いたものだとすぐに判ってしまう! 微笑)したフランス人の彼ともかなりアブノーマルなプレイにはまっていたとか・・・・そのフランスのピーエルとかなんとかという男はジャンキーでちゃラ男で全身刺青だったらしいです。
彼女も薬物S○Xに溺れて死んでいったとか。
私の情報間違ってないですよねー」

だいたい「同棲」を「同姓」と書いて平気で居られるという精神の持ち主の情報が当てになるはずがない! (苦笑)

「補足: 悲劇のヘロインの歌姫ですか・・・彼女の落ちぶれ方に見かねた中国政府が首の血管に青酸カリを注射して暗殺したとか。」

根も葉もない愚かな噂としか言いようがないですね!

「なんか我が国のH末R子を想起しますな」

この“H末R子”は、たぶん広末涼子なのでしょうね。
どうでもいいことだけれど。。。微笑

テレサ・テンは1970年代から1990年代にかけて、母国台湾のみならず香港・マカオを含む中華文化圏全域ないし日本などの東アジア文化圏ならびにその他の地域において広く人気を博したその業績から、生前から没後も「アジアの歌姫」と呼ばれている。
英語名のテレサ (Teresa) は、彼女自身が尊敬するマザー・テレサに因んでつけたものと言われてきたが、実際はカトリック信徒だった彼女の洗礼名を転用したことが明らかにされている。
テンは本名の姓『鄧』の中国語音をウェード式表記し、英語読みしたものである。
作品の累計売上は、控えめに見積もっても1億枚を超えるという。

これだけの実績を上げたのだから、噂のような荒れた生活を送っていたはずがない。
どのような商売であれ、一芸に秀でるためには荒れた生活などしている余裕があるはずがないのです。
下らない噂話で横道にそれました。
あしからず。

ところで、最近、ブログに嵌っていて、一生懸命に記事を書いてます。
以前、多佳子さんが小生のブログを読もうとすると記事が長くて読み込みに時間がかかるというようなことを言ってましたが、確かに時間がかかるのですよ。
小生のパソコンは、すでに10年以上使っているので、最近のパソコンと比べると実に遅く感じます。
自分のブログを読むにも、時間がかかってムカつくほど遅いのですよ。

多佳子さんのパソコンも遅いはずなのです。
使い始めてから、かれこれ15年になるのではないですか?
なにしろ 多佳子さんは Windows 98 を使っているのですからね。
小生は Windows XP を使ってます。

ついさっき調べたら、4月5日から5月9日までの35日間に小生のブログを読みにやって来た延べ 17,599人の内で、Windows 98を使っている人は、たったの6人ですよ。
もしかすると、その6人の内に多佳子さんが入っているのかもしれませんね。


(hg20509.gif)

早く読みたかったら、GOOGLEで検索してみてください。
“デンマン 叔母”と入れて検索すれば、トップに表示されるのが、なんと『叔母からの手紙』という記事ですよ。


(gog20511.jpg)

『叔母からの手紙』

(2011年4月28日)

“デンマン 行田”と入れても小生が行田の事について書いた記事がたくさん表示されます。
このようにして検索すれば、小生の記事がすぐに読めるはずです。


(gog20511b.gif)

最初のページに表示された記事はすべて小生が書いたものです。
ツイッターでツイートしたモノも表示されています。
暇ができたら覗いてみてください。

とにかく、あまり無理をせず、のんびりと過ごしてくださいね。
ストレスを溜めるのが健康にとって一番悪いようです。

徳川家康のように「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し。急ぐべからず。。。」と思いながら生きるのが正解なのかもしれません。
では、10月に元気で会えるのを楽しみにしています。


(denman01.gif)

2012年5月9日(水)

PS :

お袋はパソコンで打ち出す手紙よりも肉筆の手紙の方がもらってうれしと言ってましたが、肉筆で書くのは倍以上疲れるのですよ。
馴れてしまうとパソコンで書く方がよっぽど楽で簡単なんですよね。
それに小生の字は読み難いので定評がある。
肉筆で書くとなると辞書を引いたり、
間違いを消したり、
いろいろと大変なのです。
ストレスが溜まる原因にもなります。


(gyaha.gif)

そのような訳で、この手紙はパソコンで打ち出しますのであしからず。

では、お元気で。。。

 

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。
九条多佳子さんという人はデンマンさんの叔母さまでござ~♪~ますわ。
デンマンさんのお母様の一番年下の妹さんですってぇ。。。
だから、デンマンさんとは年が6つしか離れていないのですわ。
つまり、デンマンさんにとっては従姉のような存在なのでござ~♪~ますう。
これまでにも、何度かデンマンさんの記事に登場しています。

叔母様はテレサテンのことを持ち出しましたけれど、
あたくしにとって芸能人といえば、やっぱりビートルズなのですわ。
うふふふふふ。。。


(beat44.jpg)

“キャ~ 素敵ィ~♪~”


(bmania22.jpg)


(bmania03.jpg)

でも、日本も含めて世界中にビートルズの熱狂的な嵐が吹き荒れたのは、あたくしが生まれる以前のことでした。
ところが何度も何度もビートルズを夢で見るようになってから、
軽井沢の万平ホテルに行くと
ジョンレノンとあたくしがカフェテラスで会うのでござ~♪~ますう。


(karuman52.jpg)

滞在中のジョン・レノンは朝9時半ごろ、

このカフェテラスに下りてきたのですよ。

わたしたちに「おはようございます」と

日本語であいさつしたものですわ。

いつも庭に面した一番奥の席にすわって、

他のお客様には背を向けるような格好で

腰掛けていました。

ジョン・レノンのお気に入りは

ローヤルミルクティーでしたわ。


(karuman62.jpg)

『幸福の谷』より
(2008年4月6日)

あたくしは万平ホテルのカフェテラスでマジでジョン・レノンとローヤルミルクティーをいただいている記憶が鮮明に甦ることがあるのでござ~♪~ます。
あなたは信じられないでしょう?
あたくしだって信じられないのですから。。。
おほほほほほ。。。

われわれの記憶が、

真実と作りものによって

構成されていることに似ている。

記憶というのは時間とともに

どんどん変化していく。

横尾忠則さんが、このようにおっしゃったのでござ~♪~ますわ。
あなたも、そう思いませんか?

とにかく次回も面白くなりそうですう。
だから、あなたも読みに戻ってきてくださいましね。
じゃあねぇ。


(hand.gif)


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

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こんにちは。ジューンです。

デンマンさんの叔母さんは洋画が趣味なのですってぇ。。。

1992年に製作されたアメリカ映画

“クールワールド”をご覧になったらしいですわ。


(world2.jpg)

アニメーション作家のラルフ・バクシが手掛けた、

実写とアニメの合成映画でした。

全年齢対象であった『ロジャー・ラビット』と違い、

お色気シーンもある作品でした。

キム・ベイシンガーがアニメと実写の奔放で

セクシーなヒロインを演じ、

ブレイク前のブラット・ピットも出演して

話題になりました。

交通事故に遭ったフランク(ピットが演じる)は

“クール・ワールド”に迷い込み、

その世界の捜査官となります。

彼は自らを創造した漫画家とセックスし

人間界で現実化しようとする悪人の企みを

阻止しようとするのです。

きめ細かな背景によりアニメの持つ不思議な世界が

奥行き深く見事に表現されています。

観る値打ちがありました。

日本では未公開でしたが

デンマンさんの叔母さんは

DVDを借りて観たのでしょう。

ところで、卑弥子さんが面白いサイトを

やっています。

興味があったら、ぜひ次のリンクをクリックして

覗いてみてくださいね。


(bitegirl2.gif)

『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ


(monroe92.jpg)


(byebye.gif)