Posts Tagged ‘原発事故’

ブッダと物理学

2016年4月19日

 

ブッダと物理学

 


(buddha01.jpg)


(einstein08.jpg)


(war001.jpg)


(atombomb.jpg)


(himiko22b.gif)

デンマンさん。。。 今日はお釈迦様と物理学のお話でござ~ますかァ~?


(kato3.gif)

いけませんかァ?

だってぇ~、お釈迦様と物理学が関係しているなんてぇちょっと考えられませんわァ~。。。

ところが、意外に関係しているのですよ。

どのように。。。?

ちょっと次の記事を読んでみてください。

偶然と必然のあいだ


(yugawa01.jpg)

19世紀の科学者達の多くは、精密科学の領域で得られた豊富な、そして確実な成果によって裏づけられた力学的な世界観の上に立って、あらゆる細部にわたる決定論を避け難いものと結論した。
彼等にとっては「偶然」とは結局人間の無知に基づくものであった。

ある日の午後、私が道を歩いている時に、偶然旧友に出遭ったとする。
私がこれを偶然と感じるのは、彼等の考えによれば、私が旧友の最近の動静を知らなかったからである。
もしも超人的な能力を持った、いわゆるラプラスの魔物がいて、私と旧友の行動に目をつけていたとするならば、その日の朝から二人の出会いを予知し得たであろう。

それどころではない。
この魔物がこの世界の状態をもっと広く、もっと詳細に調べていたならば、何千年、何万年も前に二人の出会いを推定し得たであろう。

私どもの視野が狭く、知識が足りないために、思いがけない事件が起こるように感じるのである。
この意味において偶然はすべて主観的なものであるといわれる。

【昭和22(1947)年8月号】

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


65-66ページ
『「文藝春秋」で読む戦後70年』
【第1巻】終戦から高度成長期まで
編集人: 石橋俊澄
平成27(2015)年7月21日 発行
発行所: 株式会社 文藝春秋

『愛の偶然と必然』に掲載
(2016年3月28日)

あらっ。。。 また湯川秀樹博士を持ち出してきたのでござ~ますかァ~?

いけませんかァ~。。。

ちょっと くどいのではござ~ませんかァ~。。。? つい先日、4月16日にも次の記事を書いて湯川博士を持ち出してきたばかりじゃござ~ませんかァ!


(dance011.jpg)

『ダンスとノーベル賞』

つまり、卑弥子さんは湯川博士の話に、もう うんざりしているのですか?

いいえ、そういうわけではござ~ませんわァ。。。 ただ、何度も何度も同じ記事を見せられると、ちょっとゲップが出てくるのですわァ~。。。

あのねぇ~、今日の話は面白いはずですよ。。。 卑弥子さんも話を聞いて絶対にがっかりしないはずです。

分かりましたわァ。。。 では、その面白い話をさっそく聞かせてくださいましなァ~。。。

じゃあ、まず次の小文を読んでみてください。

日本文化と仏教


(higan02.jpg)

春と秋の「お彼岸」、「お盆」、年末年始にかけての2年参りなど、日本人の中にしっかりと根づいている慣習、あるいは「醍醐味」「億劫」など、日常生活に溶け込んでいる仏教用語に至るまで、広い意味での文化を論じるに当たっても、それぞれの次元において仏教を抜きに論じることは難しい。

それほど仏教は、日本文化一般に大きな影響を及ぼしている。

 (中略)

仏教との関わりということを考えた場合、(略) より限定された意味での文化を考えてみても論ずべきことは少なくない。

たとえば、学問の分野における仏教との関わりに照準するならば、いわゆる「仏教学」が所属する人文科学とはやや距離があると思われる自然科学の一分野・物理学をとりあげても、それは決して仏教と無縁ではない。

さしずめ日本で初めてノーベル賞を受賞した湯川秀樹博士が、中間子論を発想するにあたり「科学がすべてであると思っている人は、科学者として未熟である」「素粒子の研究に、ギリシャ思想は全く役に立たないが、仏教には多くを教えられた」と語っていることあたりから話を始めればよいであろうか。

あるいは、物とは異なる実体としての心の考え方、物の理(ことわり)とは別に心の理を学問的に探求するようになった心理学においても、深層の真理を明らめようとするユング派の精神分析者.河合隼雄が『ユング心理学と仏教』なる書物を著していることなどをあげておけば一応の説明となろうか。

このように、知的ないとなみによる物や心の真理の究明を主として行う諸科学においてさえも、仏教との関わりという観点から論ずべきことは少なくない。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


496-497ページ 『仏教の事典』
編集者: 末木文美士 下田正弘 堀内伸二
2014年6月25日 初版第2刷発行
発行所: 株式会社 朝倉書店

この上の引用文のどこが面白いのでござ~ますか?

素粒子の研究に、ギリシャ思想は全く役に立たないが、仏教には多くを教えられた」と湯川博士は、このように語っていたのですよ。

つまり、湯川博士は仏教から中間子論のインスピレーションを得たということでござますわねぇ~。。。?

そういうことですよ。。。 ちょっと面白いでしょう?

でも。。。、でも。。。、具体的に、仏教のどういうところからインスピレーションを得たのでござ~ますか?

ちょっと次の文章を読んでみてください。

永遠の釈迦を説く『大般涅槃経』

ここで説かれる釈迦は、この世においては80歳の生涯を送ったが、その死はあくまでも方便であり、実は法身(ほつしん)の釈迦が存在していると説く。
「常楽我浄(じょうらくがじょう)」とは、ふつう仏教ではこの世は無常で苦に満ちていると説くが、ここでは仏の教えはその世界を浄化し、救うのが本来の目的だと説く。
「悉有仏性(しつうぶっしょう)」とは、すべて生あるものは仏になる性質があるとし、だからこそだれしも安心して仏道に励むことができると説いている。

ここで問題になるのは、それならまったく仏となる可能性のない人でさえも成仏できるのかということである。
『大般涅槃経(だいはつねはんきょう)』はそうした人でさえも救われると説き、この説を天台宗ではさらに発展させて「草木国土悉皆成仏(そうもくこくどしつかいじょうぶつ)」を説き、自然界のすべての生物さえも成仏できるとし、『法華経』とともに重要視している。


(dna0091.gif)

最近の生化学研究の成果によると、われわれの体内にあるDNAの遺伝子は、ほかの生物と構造が異なるだけで、素成は共通であると考えられようになり、「悉皆成仏」の説はその先駆(さきがけ)といってよかろう。
もしこれが事実だとすると、人間だけが霊長動物として特権を振りかざし、ほかの生物を支配する根拠が失われることになる。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


77 ページ
『お経の基本がわかる小事典』
著者: 松濤弘道
2004年11月1日 第1刷発行
発行所: PHP研究所

われわれの体内にあるDNAの遺伝子は、ほかの生物と構造が異なるだけで、素成は共通であると考えられようになり、「悉皆成仏」の説はその先駆(さきがけ)だと言ってるのですよ。 つまり、「悉皆成仏(しつかいじょうぶつ)」という説は、自然界のすべての生物も成仏(じょうぶつ)できるということです。。。 それは、あたかも、人間ばかりではなく、自然界のすべての生物が共通の素成を持つDNAの遺伝子を持っている事実と同じようだ、と言ってるのですよ。

それが、湯川博士が受けたインスピレーションなのですか?

いや。。。 これは生化学者が受けたインスピレーションでしょうねぇ~。。。

だから、湯川博士は、どのようなインスピレーションを受けたのでござ~ますか?

その質問に答える前に、次の文章を読んでみてください。

大乗仏教のはしり『大般若経』

般若というのは、梵語のプラジュニャーの俗語形「パンニャー」の音訳で、「完全なる知恵」ということである。
この知恵とはオーストリアの仏教学者ウィンテルニッツが述べているように、「一切を無と説き、すべての存在をただ“否”とするところの否定主義、すなわち空論の認識である」と定義することができよう。


(nishida02.jpg)

かつて哲学者の西田幾多郎氏は、この般若思想の影響を受けて一切の有を否定し、それによってかえって一切の有の根拠となるものを見いだす「絶対無」を説いた。

「大般若経」は実践的な大乗仏教の根本になる重要な般若思想を説いたものであるにもかかわらず、インドや中国で発展したその精緻な考え方はどういうわけか日本人の肌に合わず、かろうじてそのエッセンスを収めた短い『般若心経』のみがよく読まれるにとどまっている。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


93-94 ページ
『お経の基本がわかる小事典』
著者: 松濤弘道
2004年11月1日 第1刷発行
発行所: PHP研究所

般若思想の影響を受けて一切の有を否定し、それによってかえって一切の有の根拠となるものを見いだす「絶対無」を哲学者の西田幾多郎が説いたのですよ。。。 つまり、これは無からビッグバンで宇宙が生まれたことに通じると卑弥子さんも思いませんかァ~?


(bigbang02.jpg)

上のビデオに出てくるおっさんも、宇宙というのは仏教の曼荼羅(まんだら)のような物だと言ってるのですよ。

要するに、湯川博士も仏教の般若思想と曼荼羅からインスピレーションをゲットした、とデンマンさんはおっしゃるのでござ~ますか?

僕は湯川博士から直接聞いたわけじゃないけれど、そういう事だと思うのですよ。

つまり、この事を言うためにわざわざお釈迦様を持ち出してきたのでござ~ますか?

いや、そればかりじゃないのですよ。。。 次の記事も読んでください。

湯川秀樹


(yukawa02.jpg)

1934年(昭和9年)、中間子理論構想を発表。

1935年(昭和10年)、「素粒子の相互作用について」を発表、中間子(現在のπ中間子)の存在を予言する。

すでに日中戦争中であった日本人学者は、海外からはなかなか評価されなかったがソルベー会議に招かれ、以後、アインシュタインやオッペンハイマーらと親交を持つ。


(yukawa13.jpg)

米国のプリンストン高級科学研究所の前で語り合う
オッペンハイマー、湯川秀樹、朝永振一郎の日米3博士
(左から)=1949年11月撮影

この研究が評価され、1940年(昭和15年)に学士院恩賜賞を受賞。
1943年(昭和18年)には最年少で文化勲章受章。

さらに、1947年(昭和22年)にセシル・パウエル等が実際にπ中間子を発見したことで1949年(昭和24年)にノーベル物理学賞を受賞した。

これはアジア人としては作家のタゴールや物理学者のチャンドラセカール・ラマンに次ぐ3人目の受賞者だったが、日本人として初めてのノーベル賞受賞であり、このニュースは敗戦・占領下で自信を失っていた日本国民に大きな力を与えた。

2000年に湯川のノーベル賞選考関連文書を調査した岡本拓司は、推薦状の大半が外国の推薦者から出されていた点などを挙げ、「ノーベル賞の歴史の中でもまれなほど、研究成果との関係が明瞭であるように思われる」と述べている。

戦後は非局所場理論・素領域理論などを提唱したが、理論的な成果には繋がらなかった。
一方、マレー・ゲルマンのクォーク理論については「電荷が3分の1とか3分の2とか、そんな中途半端なものが存在する訳が無い」と否定的であった。

またその一方で、反核運動にも積極的に携わり、ラッセル=アインシュタイン宣言にマックス・ボルンらと共に共同宣言者として名前を連ねている。
ただし、戦前・戦中には荒勝文策率いる京大グループにおいて、日本の原子爆弾開発に関与したことが確認されている。

1956年(昭和31年)原子力委員長の正力松太郎の要請で原子力委員になる。

しかし湯川は、正力の原子炉を外国から購入してでも5年目までには実用的な原子力発電所を建設するという持論に対して、湯川は基礎研究を省略して原発建設に急ぐことは将来に禍根を残すことになると反発、1日で委員を辞めようとしたが森一久らになだめられ踏み止まった。

しかしその後も対立は深まり、結局体調不良を理由に翌年には在任1年3か月で辞任した。

1956年(昭和31年)1月に、宮中歌会始に召人として臨み「春浅み藪かげの道おほかたは すきとほりつつ消えのこる雪」が詠んだ。
1970年(昭和45年)、京都大学を退官し、京都大学名誉教授となる。

晩年には生物学にも関心を抱き、特に生命現象における情報の役割に関心を抱いた。
また江戸時代後期の思想家三浦梅園への傾倒を深めた。
揮毫を頼まれると、しばしば『荘子』の「秋水」の最後の一句から「知魚樂」(魚ノ楽シミヲ知ル)と書した。

京都大学退官後の1975年(昭和50年)に前立腺癌を発症し手術を受ける。
手術により癌の進行は抑えたが、その後は自宅で療養を続けながら学術活動を行っていた。

米ソ両国の緊張激化を受け、第4回科学者京都会議の発起人の一人となって1981年(昭和56年)6月、15年ぶりに開催を実現する。
このときすでに健康状態が悪化しており、会議には車椅子姿で出席して核廃絶を訴えた。

3か月後の同年9月、肺炎に心不全を併発し京都市左京区の自宅で死去する。満74歳。
墓所は京都市東山区の知恩院にある。

広島平和公園にある若葉の像の台座には、湯川による短歌「まがつびよ ふたたびここにくるなかれ 平和をいのる人のみぞここは」が刻まれている。


出典: 「湯川秀樹」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

つまり、湯川博士は基礎研究を省略して原発建設に急ぐことは将来に禍根を残すことになると反発したのですよ。

つまり、その当時の政治家が湯川博士の意見に耳を傾けていたら、あの福島第一原発の事故はなかったというのでござ~ますか?

そういうことですよ! マジで湯川博士はあの事故を予測していたのですよ。。。 だから、基礎研究を省略して原発建設に急ぐことは将来に禍根を残すと言ったのですよ。

要するに、現実として禍根が残ったわけでござ~ますか?

そういうことですよ!


(fukujiko2.jpg)

湯川博士は仏教から命の大切さをちゃんと感じ取っていたのですよ。。。 基礎研究を省略して原発建設を急いで事故を起こし 住民の命が危険にさらされることを心配したのですよ!

つまり。。。、つまり。。。、“おトイレのないような家を建てるな!”ということでござ~ますか?

その通りですよ。。。 放射性廃棄物をどうするのか? まだ、どこの国でもその処理をもてあましている! 原発建設に励むということは マジでトイレのない家を建てるようなものですよ。

要するに、この事を言うために、わざわざ湯川博士を持ち出してきたのでござ~ますか?

いや、そればかりじゃありません! 次の小文も読んでみてください。

日本で原発建設が始まったのは米国の意向


(daigo02.jpg)

日本で原子力開発が始まったのは、米国の意向を反映したものでした。
その理由は、第五福竜丸の被爆によって日本人が、急速に半原子力、反米に動くのを阻止することでした。 (略)

日本に原子力発電所を作る動きは1950年代に確立しています。
日本の経済はまだ高度成長が始まる前の段階で、石油が自由に手に入る時代です。
なのに1955年12月に原子力基本法が成立し、翌年1月に原子力委員会が設立され、原子力発電への流れが本格化します。
いったいそれはなぜだったのでしょう。

それは米国の意向を反映したものでした。
1950年代、原子力開発に積極的に関与した人物に中曽根康弘氏と正力松太郎氏がいます。
二人とも米国と強い結びつきを持っています。
CIAは正力氏にポダムというコードネームを与えて利用しようとしていました。

 (中略)

第五福竜丸がビキニ環礁水爆実験で被爆します。
これを契機に、杉並区の女性が開始した原水爆実験反対の署名運動はまたたくまに3000万人の賛同を得、運動は燎原の火のごとく全国に広がった。 (略)
ワシントン政府までが深刻な懸念を抱くようになり、日米双方ともに日夜対策に苦慮する日々がつづいた。

 (中略)

(正力氏の)読売新聞が中心になって、日本国内に原子力平和利用の動きが展開されていきます。
正力松太郎氏はその後入閣し、初代の原子力委員会委員長になります。 (略)
湯川秀樹、石川一郎、藤岡由夫、有沢広巳が委員となります。

こうして、正力松太郎がしかけた原子力発電所への道は大成功を収めます。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


174-177ページ 『戦後史の正体』
著者: 孫崎 享
2012年8月20日 初版第2刷発行
発行所: 株式会社 創元社

あらっ。。。 原発にはアメリカのCIAも絡(から)んでいたのでござ~ますわねぇ~。。。

そういうことですよ。。。 CIAは日本の政治やメディアや科学の分野にまで深くかかわっているのですよ。


(foolx.gif)


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。
CIAがそれほどまでに日本の政治やメディアや科学の分野にまで深くかかわっているのでしょうか?

あなたは、どう思いますか?

たまには、あなた自身で調べてみてください。

まず、「日本とCIA」と入れてGOOGLEで検索してみてくださいねぇ~。

驚くべき事実を発見できると思いますわ。

CIAは戦後日本で、いろいろな事件に関わりを持ってきました。

田中角栄のロッキード事件。
竹下登が内閣総辞職することになったリクルート事件。
橋本龍太郎が派閥会長を辞任することになった日歯連事件。
小沢一郎が強制起訴を食らった西松建設事件と陸山会事件。

どれにもCIAの関与がウワサされています。

あなた自身で調べてくださいまし。。。

ところで、話は変わりますけれど、
実は、あたくしは毎日ジムに通って女の魅力を鍛えたのでござ~ますわ。

ええっ。。。 どんな女の魅力かってぇ~。。。?

“ヴィーナスのえくぼ”でござ~ますわよう!

うふふふふふ。。。

あなたは信じられないでしょう?

じゃあ、ここでお見せしますわねぇ~。。。


(buttdimp5.jpg)

どうでござ~ますかァ?

この魅力によって あたくしの人気が出てきたのだと思うのですわァ。

うふふふふふふ。。。

ええっ。。。 あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?

どうしてよう?

ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?

あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、
最後には上のようなおヌードになるのですわよう。

信じてくださいましなァ~。。。

戦後のノーベル賞のお話も、大変興味深いですけれど、

日本の古代にも いろいろな面白いお話がござ~ますわァ。

だから、あなたのために平安史、古代史の記事を用意しましたわァ。

ぜひ お読みくださいまし。
では。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。


(hand.gif)

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)


(surfing9.gif)


(sayuri5.gif)

ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。



(annasalleh.jpg)

『オルフェと聖徳太子』

『寅さんの本棚』

『平成の紫式部』

『心にしみるウンチ』

『念願のトップページへ』

『愛とロマンの昔話』

『愛とロマンのアクセス解析』

『兄妹の恋のつづき』

『源氏物語エロいの?』

『酒が行って着物目変境』

『日本は外人に乗っ取られたの?』

『ん?ヒトラーはベジタリアン?』

『ふるさとの選挙と黒い霧』


(hama10.jpg)

『ハマグリにハマる』

『ハマグリの誘惑』

『ハマグリの足跡を追って』

『芭蕉と遊女』

『光源氏もビックリ』

『エロエロ源氏物語』

『悲痛の紫式部』

『卑弥子のえっち』

『白妙の和歌を探して』

『キーワード診断』

『紅のボート難民』

『ん?ネトウヨ』


(miya08.jpg)

『下衆のかんぐり』

『桓武天皇のママがネットで』

『ござが天皇とGOOGLE』

『エロ 建礼門院』

『一敗が三人に!』

『行田の黒い霧をはらう』

『ペルシャ人が飛鳥に』

『小柴垣草子』

『後白河上皇ダントツ』

『ブスと美人』

『エロい話が好き?』

『死んでも生きてる』

『失意の太田将宏』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

『ゴヤと三島由紀夫』

『仏陀とキリストと娼婦』

『ズロースと戦争』

『伊藤若冲ブーム?』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)


(byebye.gif)

都知事になれなかった男

2014年3月30日

 
 
 
都知事になれなかった男
 

(aoshima2.jpg)


(himiko22b.gif)

デンマンさん。。。 都知事になれなかった男というのはデンマンさんのことでござ~ますか?


(kato3.gif)

確かに、僕は都知事になったことがないのですよ。 でもねぇ、僕は別に都知事になろうと思ったことないし。。。、それに、東京都に住んだこともないのですよ。 また、今後 東京に住みたいとも思わない。

じゃあ、いったい都知事になれなかった男というのは どなたのことでござ~ますか?

あのねぇ~、夕べ本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。


(hanshin2.jpg)

もちろん、地震に備えた町づくりも大切だ。
1995年の都知事選に私が立候補したとき、阪神・淡路大震災が1月、都知事選は4月だった。
そこで掲げた公約は、公共の場所に非常用の発電機であるとか緊急食糧とか若干の医療器具とかを常備しておく。
すべての電線は地下に埋設する。
液状化しやすい軟弱地盤を作り変える。
液状化させない技術を今の建設会社はみな持っているからだ。
それらの政策を時間と資金を投入して実行し、同時に町の整備をしていこうと提案したわけだ。
以降16年(青島氏4年、石原氏12年)たっているが、何ひとつ手がつけられていない。
いまやるべき優先順位の1位は、あのときの公約の実行ではないだろうか。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


33ページ 『日本復興計画』
著者: 大前研一
2011年4月30日 第1刷発行
2011年5月10日 第2刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋

あらっ。。。 大前さんは都知事になりたかったのでござ~ますか?

あれっ。。。 卑弥子さんは日本に住んでいながら知らなかったのですか?

だってぇ、あたくしは京都市民ですものォ~。 東京都とは関係ござ~ませんわァ。

でも、ニュースで東京都知事の選挙のことを卑弥子さんの家のテレビでもやっていたでしょう!

もちろん、そのようなニュースもあったでしょうけれど、とにかく、もう かれこれ20年以上も前の お話でござ~ますわァ。 あたくしは、東京都知事選などというものに 全く関心がありませんでしたわ。

あのねぇ~、卑弥子さんは京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義している准教授なのですよ。 少しぐらい日本の政治に興味を持ったらどうですか?

あたくしは京都府の政治には関心がありますけれどォ、都政にまでは興味がありませんわァ。

でも、東京は一応 日本の中心都市ですよ。

でも、はっきり申し上げて、京都さえ良ければ、東京はどうでもいいのですわ。 うふふふふ。。。

卑弥子さんが そう言うのも 解らないこともないけれど、東京が良くならなければ、日本も良くなりませんよ。

そうでしょうかしら。。。? 。。。んで、デンマンさんは、どうして大前さんのことを取り上げたのですか?

あのねぇ~、大前さんは『日本復興計画』という本を2011年4月30日に出版しているのですよ。 つまり、あの東日本大震災が起きた2011年3月11日から、51日後に本を出しているわけですよ。

素早いですわねぇ~。

そうですよ。 6ページに次のように書いてありました。

私は、ちょうど福島第一原発の炉が設計・建設・稼動を始める1960年代の後半に、マサチューセッツ工科大学で原子力工学を学び、博士号を取得後、1970年に日立製作所に入社、原子炉の設計に携わった。
そうした背景があったために、地震直後から、福島原発が、今日判明するような事態にまでいきつくことがすぐにわかった。

でも、地震が起きてからそんな事を言っても仕方がないでしょう!?

どうして。。。? この本は10日後に第2刷を出版しているのだから売れたみたいですよ。 

でも、あれだけ大きな地震ですもの、福島原発が非常事態になることぐらい、素人だってうすうす感じられますわァ。

あれっ。。。 卑弥子さんも、そう感じたのですかァ~?

だってぇ~、あたくしは次の記事を読んでいましたわ。

闇に葬られた秘密報告書

この当時(1960年4月)、わが国最初の商業用原子炉として計画が進められていた茨城県の東海発電所で最悪の大事故が起こった場合に、どれほどの被害が発生し、日本政府がその被害を補償できるか、保険会社がそれを引き受けられるかどうかを、真剣に検討したものである。

秘密報告書であるから、沖縄返還における外務省の「核密約」文書と同じように、私たち国民はまったくその内容を知らされずに今日まできたが、私の知る限り一度、この秘密報告書の存在を毎日新聞が報道した。
この1974年の報道では、これを書いた日本原子力産業会議にその存在を確認しても、外務省と同じように「報告書はない」とシラをきったという。

 (中略)


(japan13b.jpg)

「物的損害は、最高では農業制限地域が長さ1000Km以上に及び、損害額は1兆円以上に達しうる」と小さく書かれており、東海村からの半径が同心円で示されていた。
つまり図にやや濃く描いた園内の矢印範囲は、農業できない地域になる。
日本全土で農業ができないのだから、日本人が日本列島に住めないと考えてよいだろう。

 (中略)

三段論法に従ってここまでの説明をまとめると

①原発の大事故は起こりうる。

②大事故が起これば日本はほぼ壊滅する。

③その可能性が最も高く、こわい原因として大地震が考えられる、という結論になる。

原発震災の被害を誰も償えないので、外国の保険会社は日本との契約を放棄した。
それなのに、当の被害者になる日本人がそれを知らずに生きているのは、大変不思議なことであると、読者はお考えにならないか。

 (中略)

いよいよ迫る東海大地震と、

予期される浜岡原発震災


(hamaoka2.jpg)

日本列島のちょうど真ん中、静岡県の駿河湾に面した御前崎というところに、トヨタ自動車などの名古屋経済圏のために建設された、中部電力の原子力発電所がある。
この浜岡原発には現在、三基の原子炉が稼動している。
浜岡原発は、今を去る34年前の1976年3月17日に、1号機が営業運転を開始した。

その運転開始からわずか5ヶ月後の8月23日に、当時東京大学理学部助手だった石橋克彦氏が地震予知連絡会で「駿河湾でマグニチュード8クラスの巨大地震が起こる」と、東海地震説にもとづく重大な警告を発した。
マグニチュード8.0とは、10万人を超える死者を出した関東大震災の、さらに1.4倍の破壊力を持った大地震ということになる。

 (中略)

こうして、石橋氏の警告は、後年に確立されるプレート運動の理論によってその正しさが、次々と実証されてきた。
ところが、その警告が発せられて以来34年間にわたって、浜岡原発はこのとてつもない巨大地震の危険性と同居しながら、綱渡りの原子炉運転を続けてきた。
石橋氏は東京大学理学部で地球物理学課を学んだ屈指の地震学者であり、神戸大学の教授として、浜岡原発の危険性を裁判で訴え続けてきた。

(中略)

2004年には、浜岡原発を止めるために起こされた「原発震災を防ぐ全国署名」の賛同人に、京セラ創業者の稲盛和夫氏が名を連ねた。
「東海地震が今後30年間に起こる確率は87%」というのが、政府の地震調査研究推進本部の判断である。
これは、30年後に起こるということではない。
30年後かそれとも明日か、確率は発生時期を教えてくれない。
しかし87%なのだから、必ず起こる、ということは断言できる。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています
写真と地図はデンマン・ライブラリーより)


12-21ページ、28-29ページ
『原子炉時限爆弾』 著者: 広瀬 隆
2011年4月28日 第6刷発行
発行所: ダイヤモンド社

『日本の崩壊』に掲載
(2012年6月17日)

東日本大震災が起こるずっと以前から、解っている人は解っていたのですわよ。 だから、2004年には、浜岡原発を止めるために起こされた「原発震災を防ぐ全国署名」が行われたのですわよ。

つまり、大前さんは東日本大震災が起こる以前に、原発廃止に向けて運動を起こすべきだったと卑弥子さんは言うのですか?

その通りですわ。 せっかく、マサチューセッツ工科大学で原子力工学を学び、博士号を取得したのじゃありませんかァ! 原発が危険なものであることぐらい専門家なのですから理解していたでしょうに。。。!

でもねぇ~、大前さんは原子力推進論者ですよ! 本の中で次のように書いてました。


(genshiro2.jpg)

さて、今回はっきりとしているのは、これまで日本の原子力輸出政策は終わり、日立・東芝などの原子炉メーカーとしての未来もこの段階で終わったということである。

これまで、原子力技術者を多く要する日本企業が非常に有利なポジッションにいたことは間違いなく、私も、日本は原子力を「国技」として優秀な人材を投入し、CO2削減をめざす世界に売り込みをかけるべきだと提言してきた。
もちろん原子力推進論者である。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
イラストはデンマン・ライブラリーより)


29ページ 『日本復興計画』
著者: 大前研一
2011年4月30日 第1刷発行
2011年5月10日 第2刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋

これでは、戦前の軍国主義者・戦争推進者が戦後になって戦争反対論者・民主主義者に転向したようなものじゃありませんか! せっかく、マサチューセッツ工科大学で原子力工学を学んだのですから、ラルフ・ネーダーさんのように原発の恐ろしさを日本人に、もっと知ってもらうように努力すべきだったのですわ。

確かに、良識ある科学者は原子力の開発には反対するようになりましたからね。 アインシュタイン、湯川秀樹、それに、あの原爆を開発したオッペンハイマー博士までが原爆・水爆の開発には反対するようになりました。

そうですわ。 大前さんは原発事故が起きてから しゃしゃり出て本を書いて『日本復興計画』などというタイトルを付けていますけれど、すべて“後知恵”ですわ。 つまり、先を見る“ビジョン”を持ってないのですわ。 だから、都知事にも落選してしまうのですわ。

あのねぇ~、大前さんが落選したのは都知事選ばかりではないのですよ。

あらっ。。。 他の選挙でも落選しているのですか?

ウィキペディアには次のように書いてありますよ。


(ishin2.jpg)

1992年11月、新自由主義を標榜する市民団体・平成維新の会を設立し、同会代表に就任。
翌1993年、文藝春秋3月号で「新・薩長連合結成宣言」を発表。
知事連盟構想を掲げて1995年東京都知事選挙に立候補したが青島幸男に敗れ落選する。
同月の北海道知事選挙では、大前の構想に呼応した友人の三浦雄一郎が出馬したが落選した。1994年マッキンゼー・アンド・カンパニーを退職。

第17回参議院議員通常選挙に比例区から、平成維新の会公認で大前、三浦を含め10人が出馬したが、10人全員が落選した。

 (中略)

平成維新の会は参院選惨敗後に事実上解散した…


出典: 「大前研一」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

でもねぇ~、大前さんは素晴らしい経歴の持ち主なのですよ。

あらっ。。。 そうですのォ~?

ちょっと次の著者紹介ページを読んでくださいよ。

大前研一


(atom99.jpg)

1943年福岡県生まれ。早稲田大学理工学部卒業後、東京工業大学大学院原子核工学科で修士号を取得。
マンハッタン計画に携わった科学者が多数在籍していたマサチューセッツ工科大学(MIT)大学院に移り、
原子核工学科で博士号を取得。
日立製作所に入社し、原子炉プラントの設計に携わる。
72年、マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社。
日本支社社長、アジア太平洋地区会長を務める。
92年に政策市民集団「平成維新の会」を設立する以前から、日本国のビジョンを提言。
今回は震災の直後より、自らが持つビジネスブレークするの衛星放送「大前研一ライブ」などを通して、震災や原発事故の評価・見通し・分析をいちはやく発信してきた。
本書では、今回の機能不全がなぜ起こったか、さらには震災以前から20年にわたる日本国の危機の実態を明らかにし、日本復興への道程を提言する。

(127ページ 『日本復興計画』)
写真はデンマン・ライブラリーより

大前さんが都知事選に、それと参議院選に落選した原因がわかりましたわ。

卑弥子さんに、大前さんが二つの選挙に落選した原因が マジで解ったのですかァ~?

簡単なことですわ。 マンハッタン計画というのは、広島と長崎に落とした原爆を開発した計画でござ~ますでしょう!?

そうですよ。

1995年、2004年の選挙の有権者は、多くの人たちがベトナム反戦の運動に関わらなかったとしても、反米ニュースを見て育った人たちですわ。

うん、うん、うん。。。 確かに その通りですよ。

大前さんはマンハッタン計画に携わった科学者が多数在籍していたマサチューセッツ工科大学(MIT)大学院に移り、と得意げに書いてますけれど、これでは庶民の反発を煽(あお)るだけですわ。

どうして。。。?

だってぇ~、広島と長崎に落とした原爆のメッカに、問題を起こしそうな原発の勉強に行ったわけでしょう?

まああァ~。。。 簡単に言ってしまえば そういうことになるでしょうねぇ~。。。

つまり、大前さんはKYだったのですわよ。

。。。ん? KY?

ああらァァ~♪~。。。 ごめんなさいましィ~~。。。 うふふふふ。。。 デンマンさんは浦島太郎だったのですわねぇ。 日本語で“KY”というのは“空気が読めない人”のことを言うのですわ。 つまり、庶民の目線で物事を考えることができなかったのですわ。

それで、1995年には、庶民受けのする青島幸男さんが都知事に当選したのですか?

そうでござ~ますわァ。


(laugh16.gif)


(himiko22.gif)

あなただってぇ、そう思うでしょう?
今どき、アメリカのブランド大学を有難がる日本人はいないのですわァ。
あの悪名高い森口尚史氏を思い出してくださいまし。

肩書きに“東京大学”を書いたり“ハーバード大学”を書いたり。。。
あなただって、最近のブランド大学を出た人で、
どうしようもない人が居るのをご存知でしょう?

肩書きやブランドに惑わされないようにしてくださいね。

現代史も面白うござ~ますけれど たまには、あなたも古代の日本の歴史について 覗いてみませんか?
平安史、古代史の記事を用意しました。
ぜひ お読みくださいまし。
では。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きますわ。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。


(hand.gif)

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)


(surfing9.gif)


(sayuri5.gif)

ところで、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。
卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


『曲屁(きょくべ)』

『天神様と東日本大震災』

『日本は良い国か?』

『日本を良い国に…』

『エロい熟女』

『アッと驚くマキアベリ!』

『良寛さんの顔』

『あなたの中の阿修羅』

『蝦夷って悪い意味?』

『伎楽は呉の音楽?』

『呉越の謎』

『紅のボートピープル』

『蕎麦屋と忠臣蔵』

『ピンクと桃色』

『妻の不貞』

『卑弥子さん、ご指名ですよ!』

『カン違い大岡越前』

『ロマンのカシオペア』

『カシオペアの現実』

『エロい徳子を探して』

『紫式部と皇国史観』

『エロい道鏡と薬師如来』

『天平の麗しき淑女』

『元からの饅頭』

『なぜ唐に留まったの?』

『下着美人』

『一所懸命』

『ねぇ、ねぇ、ねぇ効果』

『遊女と三つ子』

『布袋さんの魅力』

『今、エジプトに?』

『鍋かむり祭り』

『日本人はどこから来たの?』

『卑弥子も待ってます』

『卑弥子の源氏物語』

『源氏物語もエッチなのに』

『失意の紫式部』

『めちゃムカつく足枷』

『床上手な女になりたい』

『日本へ、紀元前のメイフラワー号』

『日本の死海文書』

『今さら聞けない、床上手』

『兄妹の恋と大乱』

『えっ、ヒトラーはベジタリアン?』

『外人に乗っ取られた日本?』

『失われたバレンタイン』

『軽井沢夫人@日本王国』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)


(byebye.gif)

放射能に汚染される山河

2011年9月10日

 
放射能に汚染される山河

件名:バンクーバーは3連休でした

きゃはははは。。。

Tue, Sep 6, 2011 2:22 pm.
Pacific Daylight Saving Time
日本時間: 9月7日(水曜日)午前6時22分
From: denman@coolmail.jp
To: sayuri@hotmail.com
CC: barclay1720@aol.com

小百合さん元気ですか?
今日、月曜日(9月5日)はLabor Day で土、日、月と3連休でした。
バンクーバー図書館は、土日は開いていたけれど今日は閉館で、だからパソコンもネットも使えません。
それで、今朝はクロワッサンとカフェオレで朝食を済ませてからイングリッシュ・ベイを散歩したのですよ。

雲一つない快晴で、これ以上すばらしい天気は望めないほどにカラッとした青空がどこまでも続いていました。
気温は午前10時で20度。

スタンレーパークのSeawall のベンチに座って『ヨーロッパ・カルチャーガイド イギリス』(株式会社トラベルジャーナル)を読み始めました。
33ページに面白いことが書いてあった。
イギリスの映画界には「映倫カット」がないとか。。。
ビクトリア朝時代には椅子の脚を露出させることもワイセツだとされて曲線を隠さねばならなかったとか。。。
どうりでビクトリア朝の時代の女性は足を見せないように長いスカートをはいていた。

しかし、椅子の脚の曲線がなぜワイセツなのか?
マジで理解できませんよ。

でも、思い当たることがありました。
そう言われてみると『裸はいつから恥ずかしくなったか』(新潮社)の31ページに次のように書いてあった。
「ピアノの足に小さいスカートを巻き付けて、その曲線を隠した」
しかもビクトリア時代の男の中には
「初めて見る新妻の恥毛に腰を抜かした」新郎が居たとも書いてある。
マジかよう!?

とにかく、その反動で映画界では「映倫カット」がないのだそうです。

読んでいて呆れたと言うか、バカバカしくなったので本を閉じてハイキングでもしようと思いたちました。
10数年ぶりにスタンレーパークを一周しようと歩き出したのです。
午前11時に歩き出してマンションに戻ったのが午後5時。
ゆっくり歩いて途中で1時間休憩して昼食代わりにバナナを二本食べたけれど、結構しんどかった。
右足の親指に小さなマメができた。
最高気温は午後2時に26度。

コペンハーゲンにある「人魚の像」と瓜二つのように見える“Girl in Wetsuit”というブロンズ像が岸辺の岩の上に座っているのですよ。
その辺りに人だかりがしていたので何かな?と思って近寄ったら、
なんとカワウソの一家(両親と子ども2匹)が岸壁の石段に上がって来て、じゃれているのですよ。
よく見ると通行人から餌をもらったようで、それを取り合うようにして食べているところでした。
野生のはずだけれど人に馴れてしまって餌をねだったりしている。
子どもたちは「かわいい、かわいい」といいながらデジカメで写真を取りまくっていました。

今年の夏はいつもより日焼けしました。
例によって秋には行田に帰省する予定です。
また小百合さんと会いたいですね。
たぶん、僕があまりに日焼けして黒くなったので小百合さんは驚くことでしょう!?

また、「さきたま古墳公園」の休息パビリオンで“アイリッシュ・コーヒー”を飲みましょう!
SAFEWAYで Irish coffee beans を一袋買ってゆきます。
今度はパビリオンの向かいにある「田舎っぺうどん」を小百合さんと一緒にぜひ食べたいですね。

小百合さんもたまには息抜きをするつもりで、
癒しも兼ねて、
それに、思い出を作るためにも愉快なプランを考えておいてください。
楽しみにしています。
じゃあね。

パソコンとネットが使えないとデンマンさんはバンクーバーの休日を楽しむのですわね?

そうですよ。。。マンションにパソコンがあると、のべつ幕なしにキーボードをたたいてしまうので休む暇がないのです。

マンションにある自分のパソコンは相変わらずダウンしたままなのですか?

そうです。。。しばらく図書館のパソコンを使うことにしたのですよ。

どうして。。。?

図書館に通うとなれば毎日往復、1時間かけて歩きますからね。。。いい運動になるのですよ。 街路樹にはさまれて森林浴をしながらルンルン気分で散歩するのです。 いい気分ですよ。 それにシルヴィーさんとダイアンさんも、ほとんど毎日図書館にやってきますからね。。。

仲良しのお友達ができたようですわね。

うししししし。。。パソコンがダウンしたおかげですよ。

それに大きなお尻のMarwa (マーワ)さんとも知り合いになれたようですわね?

あれっ。。。小百合さんはよく知ってますねぇ~。。。

次の記事を読みましたわよ。

『美尻 (2011年9月9日)』

面白かったでしょう?

写真狩りに遭(あ)わなかったのですか?

いや、実は、またアメーバ・ブログ(http://ameblo.jp/)の写真狩りに遭いましたよ!

やっぱり大きなお尻の写真がダメだったのですか?

多分、裸で写っている別の大きな尻の写真がダメだったと思いますよ。 でもねぇ、問題の写真が掲載されている次の記事は Tripod のサイトで、すでに10年近くも問題にされてないのです。

“Sticking-out Buttocks”

(2002年9月26日)

他のブログではどうなのですか?

全部チェックしたわけじゃないけれど、僕の知る限り『美尻』が未公開にされたのはアメーバ・ブログ(http://ameblo.jp/)だけですよ。

僕の記事に関する限り、アメブロの愚かな管理人だけが言葉狩りと写真狩りをしているようです。

デンマンさんが書いた「美尻」についての記事が 2,800件以上も表示されているではありませんか!

そうなのですよ。 僕の知る限り、アメーバ・ブログ(http://ameblo.jp/)の管理人が最悪です。 芸術を理解する教養を持ってないし、記事を読んで判断していない。 つまり、文字離れして国語の読解力がからっきし無いのですよ。 無教養な管理人がムキになって言葉狩り・写真狩りをしているのです。

その証拠でもあるのですか?

ありますよ。 次の検索結果を見てください。

分かるでしょう! アメーバ・ブログ(http://ameblo.jp/)の芸術が理解できない、国語の読解力がからっきし無い管理人がムキになって 990,000件以上の記事を検閲して未公開にしているのですよ。

デンマンさんも、あまりムキにならずに、寛容の心を持って見守ってあげたらどうですか?

あのねぇ~、アメブログ(http://ameblo.jp/)の愚かな管理人のような人間が日本に多くなると日本はますます暮らしにくくなるのですよ。

ところでデンマンさんは、いつ日本へやって来るのですか?

9月の下旬です。 また例によって1ヶ月ほど日本に滞在しますよ。

「さきたま古墳公園」へも行くつもりですか?

そうです。 小百合さんも「さかもと」でまたゼリーフライが食べたいでしょう?

そうですわね。。。上の写真を見たら無性に懐かしくなってきましたわ。

また休憩パビリオンで小百合さんといっしょにローズティーを飲みましょうね。

そうですわねぇ~。。。私ものんびりとローズティーでも飲みながら生八ツ橋を食べたいですわ。

小百合さんは栃木に居るのだから、出かける気になればいつでも「さきたま古墳公園」に行けるでしょう?

でも、子供が学校で、なにかと問題を起こすのですわ。 のんびりとした気持ちで「さきたま古墳公園」へ行くようなわけにはゆかないのです。

あのねぇ~、子供の世界で子供はいろいろと悩んでいるのだから、小百合さんまでが子供と一緒に悩んでも仕方がないのですよう。

そうでしょうか?

そういう時には母親はおおらかな気持ちで子供を温かく見守っていればいいのですよ。 子供が母親の笑顔を見てホッとするような、そんな場を作ってやることですよ。 家に帰ってきて母親の笑顔を見ると子供はホッとして安心できる。 家に帰って来た時ぐらい子供は学校での嫌な事を忘れたいのですよ。 小百合さんにだって、そんな子供の頃があったでしょう?

確かに、言われてみればそうかもしれませんわね。 でも、うちの子供は手に負えないのですわ。

あのねぇ~、母親がそう思ってしまってはダメですよ。 先生や友達がダメな奴だ!と思っていても、小百合さんだけは常に子供の味方をしてやらないと。。。そうでないと、子供がホッと一息つく場所がまったく無くなってしまうでしょう。 子供をますます追い込む結果になってしまいますよ。

でも、子供の味方になるということは甘やかすことになりますわ。

でもね、子供が孤立してしまって、さらに母親がガミガミ小言を言ったら子供はますますひねくれてしまいますよ。 最悪、自殺に追い込んでしまうかもしれませんよ。

そうでしょうか?

だからねぇ、悪い事を言わないから、そういう時には小百合さんが自分の気持ちを静めるのですよ。 冷静になって子供を温かく見守るつもりになるのですよ。

でも、なかなか、そのような温かな気持ちになれないのですわ。

だから、そういう時には無理をしてでも気分転換に外出するのですよ。

「さきたま古墳公園」へ行くのですか?

「さきたま古墳公園」が飽きたら「古代蓮の里公園」か「水城公園」へ行けばいいじゃありませんか? 小百合さんも懐かしいでしょう!?

件名:おはよう!昨日はお袋を見舞った後で、

叔母と「つるや」で手打ち蕎麦を食べました。

きゃはははは。。。♪┌(・。・)┘♪

日付: Sun, 01 Nov 2009 12:32:49 +0900
差出人: “denman@coolmail.jp”
宛先: “sayuri@hotmail.com”
CC: “barclay1720@aol.com”

10月30日の金曜日は盛りだくさんの一日になりました。
僕の実家の近くにある「とんでん」で食べた“茶蕎麦”はメチャうまかった。
10年ほど前に親父がまだ生きていた頃、両親と一緒に食べた茶蕎麦の味でした。

本当に懐かしかった。
小百合さんは伝統的な昔ながらの蕎麦を食べたけれど、今度は、ぜひ僕の好物の茶蕎麦を食べて行田の思い出を懐かしんでね

蕎麦を食べてから「古代蓮の里公園」へ行って直売店で行田市で取れるいろいろな野菜やお土産物を見たけれど、改めて行田の豊かさを感じましたよう。

“ふるさとは遠くにありて思うもの”

うん、うん、うん。。。室生犀星の言葉だけれど、
こうして故郷にやって来ると改めて故郷の豊かさに気づきます。
小百合さんと一緒に古代蓮の神秘的な花を見ながら語り合えたら、さらに幸せな気分に浸ることができたかもしれません。
残念ながら古代蓮の花は咲いてなかった。
8月だけでなく、秋にも咲く古代蓮を作れないものか?

もし、秋に古代蓮が咲いているなら、
今度は古代蓮を見ながら“Hよりも感じるハグ”をして
再会を喜び合いたいものです。

\(^ヮ^)/ ギャハハハハ。。。

「古代蓮の里公園」でのんびりと散策した後で「水城公園」へ行きました。
まさか小百合さんがまた“とうもろこし”を焼いてくれるとは思いませんでした。
簡易コンロを持ってきて、刷毛(はけ)でタレを塗りながら旨そうに焼けた“とうもろこし”は小百合さんの真心の味がしました。
マジで。。。!

\(*^_^*)/ キャハハハ。。。

公民館の前の池の端(はた)で、何も知らない人が見たらホームレスのカップルが貧しい夕食を取っているように見えたかもしれません。
ちょうで池に住む一匹のガチョウのために近所で暮らす30代の女性が餌をやりにやって来ていました。
パンの耳とレタスをガチョウにあげていたけれど、とうもろこしの焼ける旨い匂いがガチョウの食欲をそそるのか?小百合さんがコンロでとうもろこしを焼いている池の端(はた)に寄ってくるのでした。

“チョウ助”も、とうもろこしが食べたいの?”

その女性はそんなことを冗談で笑いながら言っていたけれど、小百合さんが答えて言いました。

“このガチョウは、とうもろこしを食べませんよね(笑)”

そうなんだよね。10月16日に小百合さんが初めて水城公園にやって来た時、Pure Whiteのとうもろこしを僕に焼いてくれたけれど、その前に、生のとうもろこしを COB からとって僕は“チョウ助”に食べさせようとしたのでした。
でも、食べなかった。
たぶん、量が少なかったのでガチョウには良く見えなかったのかも?

水城公園で黄色い“とうもろこし”を食べてから小百合さんと一緒にイオン(eaon)モールへ行きました。
“シナモンメルツが食べたいわ。”
小百合さんは、かなりこだわっているようでした。
僕は、別に食べたいとは思わなかったけれど。。。

でも、モールの中にあるマクドナルドの店でのんびりと語り合うことができました。
カナダで食べるシナモンメルツとは形や感じがちょっと違うんだよね。
ほんの少しだけシナモンメルツを小百合さんが食べさせてくれたけれど、
味はシナモンロールとあまり変わらなかった。

小百合さんによると、サワークリームに砂糖を混ぜてあるらしい。
そう言われて味わってみると、確かにサワークリームのすっぱさが舌に感じられたような。。。
でも、言われなければ分からないすっぱさでした。

マクドナルドでコーヒーを飲んだ後で小百合さんと一緒にお袋を見舞いに行田中央総合病院へ行きました。
小百合さんと再会してお袋も喜んでいましたよう。
小百合さん、ありがとう!
お袋は、小百合さんと再会して元気をもらったようでした。

昨日(10月31日)は、叔母と一緒にお袋を見舞いました。
その後で「つるや」で手打ち蕎麦を食べました。
小百合さんも手打ち蕎麦にこだわっているけれど、叔母も蕎麦にはかなりのこだわりを持っています。

それで、10月30日に小百合さんと一緒に見つけた手打ち蕎麦の「つるや」に行ったのですよう。
蕎麦屋らしい昔ながらのインテリアに、日本に居る事を実感させられました。

「つるや」のあとで行田中央総合病院の近くのBelc の敷地内にある Mos Burger でコーヒーとコロッケを食べながら2時間ほど粘(ねば)って積もる話をしたのでした。

ところで、昨日、行田観光協会のフライマップには出ていないゼリーフライの店を見つけました。
お袋を見舞いに小百合さんと行田中央総合病院へ行ったけれど、まだ小百合さんの記憶にあると思います。
国道125号線からそれて病院の駐車場へ行く、その道の角。
つまり、駐車場の前の道に進入する角のすぐ近くの肉屋さんでゼリーフライを作っていますよ。
一枚60円です。
買って食べなかったけれど、多分、衣(ころも)にはパン粉が入っているかも?
今度、行田へ行く機会があったら食べてみたらいいよ。

大体書き終わったので、これから「ネットカフェ・ミルミル」で牡蠣フライカレーを食べ、その後でウィンナコーヒーを飲みながらブログの記事を書きます。
記事のタイトルは「心のぬくもりを感じさせる医療」
小百合さんと再会した幸せを噛み締めながら。。。

ヽ(´ー`)ノ きゃはははは。。。

ありがとう。

じゃあね。

(V__/)
(+’.’+)
(“)_(“)


『心のぬくもりを感じさせる医療』より
(2009年11月2日)

そうですわね。。。デンマンさんがやって来れば出かける気になるかもしれませんわ。

小百合さん一人でも「水城公園」に出かけてガチョウの“チョウ助”と遊んでやってくださいよ。

あのガチョウ、まだ生きているかしら?

独りぼっちになって寂しそうに生きてましたからね。 どうしているのか? 行田市役所も独りぼっちになってしまったガチョウの気持ちになって仲間を連れて来てやればいいのだけれど。。。

日本は原発の放射能汚染騒ぎで、気分的にガチョウの寂しさまで考えてあげるゆとりがないのですわ。

あのねぇ~。。。日本は狭い国に人が多すぎるのですよ。 だから人が住んでいるすぐそばに危険な原子力発電所を建ててしまう。

でも今更、原子力発電所を他の場所に移すのは遅すぎますわ。

だから、いっそのこと日本政府に不満を抱いている人たちがブータン王国に移住すればよいと思うのですよ。

ブータン王国ってそれほど素晴らしい国なのですか?

今、僕は『幸福王国ブータンの智恵』という本を読んでいるのですよ。 その本によると、国民の97%が幸せだと感じているそうですよ。 日本のいったい何パーセントの人が幸せだと感じていますか? 小百合さんはどうですか?

幸福王国

2005年の調査で、国民の97パーセントが幸福だと感じているという結果が出たそうです。 今はどうなのか、政府関係者にたずねてみました。 「数字で表すのはむずかしいけれど、多くの人が幸せだと思っているはず」との答えが返ってきました。 いま、実際には失業者もわずかですが存在します。 多くの人たちが幸せそうではありますが、貧富の差があることを首相も認めています。

しかし、国民の多くが幸せだと感じているこの国は、世界中の国々とくらべてもまれな存在です。 町の人たちに聞くと「ブータンに生まれてよかった」と口々に言います。 「ブータンにいるから幸せだ」と胸を張ります。 ただの能天気なのかと一瞬思えるほどです。 日本で同じ問いかけをしたら、いったいどれほどの人が幸せだと答えるでしょう。

(注: 赤字はデンマンが強調
写真はデンマン・ライブラリーから)


91ページ 『幸福王国ブータンの智恵』
2009年7月8日 初版第1刷発行
著者: アスペクトブータン取材班
発行所: 株式会社アスペクト

“BHUTAN: Taking The Middle Path

To Happiness” Trailer

私の場合、日本政府に対しては不満だらけですわ。

でしょう!? だから、小百合さんの場合にはカナダに移住すればよいのですよ。

でも、そのようなわけにもゆきませんわ。 私一人ならば移住してもかまいませんけれど、一家で移住なんて、まず主人が反対しますわ。 土地、家、事業まで、すべてを売り払うなんて考えられませんわ。

でも、昔の移住者たちは皆そのようにして移住したのですよ。 だからねぇ、やってできないことはない。 意識の問題ですよ。

じっくり考えてみますわ。

【卑弥子の独り言】

ですってぇ~。。。
あたくしはイギリスへ移住しようかしら?
ええっ。。。なぜイギリスなのかってぇ。。。?
だってぇ、あたくしはビートルズの熱烈なファンなのでござ~♪~ますもの。。。
うふふふふふ。。。

“キャ~ 素敵ィ~♪~”

でもねぇ~、日本も含めて世界中にビートルズの熱狂的な嵐が吹き荒れたのは、あたくしが生まれる以前のことでしたわ。
ところが何度も何度も、あたくしはビートルズの夢を見るのでござ~♪~ますわ。
軽井沢の万平ホテルに行くと
ジョンレノンとあたくしがカフェテラスで会うような気が、マジでするのでござ~♪~ますう。

滞在中のジョン・レノンは朝9時半ごろ、

このカフェテラスに下りてきたのですよ。

わたしたちに「おはようございます」と

日本語であいさつしたものですわ。

いつも庭に面した一番奥の席にすわって、

他のお客様には背を向けるような格好で

腰掛けていました。

ジョン・レノンのお気に入りは

ローヤルミルクティーでしたわ。

『幸福の谷』より
(2008年4月6日)

あたくしは万平ホテルのカフェテラスでマジでジョン・レノンとローヤルミルクティーをいただいている記憶が鮮明に甦ることがあるのでござ~♪~ますわ。
あなたは信じられないでしょう?
あたくしだって信じられないのですから。。。
おほほほほほ。。。

とにかく次回も面白くなりそうですわ。
だから、あなたも読みに戻ってきてくださいましね。
じゃあねぇ。

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

ためになる関連記事


■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』

■ 『カナダのバーナビーと軽井沢に

別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』

■ 『今すぐに役立つホットな情報』

■ 『 ○ 笑う者には福が来る ○ 』

『夢とロマンの横浜散歩』

『愛とロマンの小包』

『下つきだねって言われて…』

『銀幕の愛』

『パリの空の下で』

『夢の中華パン』

『愛の進化論』

『漫画家と平和(2011年3月6日)』

『漫画家の壁(2011年3月10日)』

『漫画家と奴隷(2011年3月12日)』

『畳の上の水練(2011年3月15日)』

『パール判事とゴーマン(2011年3月18日)』

『軍隊のない国(2011年3月21日)』

『士風と「葉隠」(2011年3月23日)』

『アナクロニズム(2011年3月27日)』

こんにちは。ジューンです。

デンマンさんはコラージュの名人ですわ。

これもコラージュで、でっち上げたのですわ。

この上のサイクリングの写真は次のようにして

コラージュしたのですわ。

この上の写真がバックグラウンドになるのです。

この写真から3人のサイクリストを取り出します。

余計な部分を取り除きます。

そして一人をコピーして描き加えます。

それから背景の上に重ね合わせます。

わたしも、おばさんパンツを穿かせられて

何度となくデンマンさんのブログに

登場していますけれど、

すべてコラージュですわ。

これもコラージュです。

実物のわたしは、もう少し

太っているのですわ。

うふふふふふ。。。

写真を撮ってお見せできるような

スタイルではありません。

減量してスマートになったら、

実物のわたしをお見せできると思います。

期待しないで待っててくださいね。

ところで、卑弥子さんが面白いサイトを

やっています。

興味があったら、ぜひ次のリンクをクリックして

覗いてみてくださいね。

『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ