Posts Tagged ‘卑弥子さん’

伎楽は呉から

2017年1月26日

 

伎楽は呉から…?

 


(gagaku51.jpg)


(himiko90.gif)

 


(himiko22b.gif)

デンマンさん。。。どうして急に伎楽を取り上げるのでござ~♪~ますか?


(kato3.gif)

あのねぇ~、伎楽にハマッているネット市民が居るのですよ。。。

どこに。。。?

ちょっと次のリストを見てください。。。


(liv70124a.png)


『拡大する』

『伎楽は呉の音楽?』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の 1月24日の日本時間で午前1時14分から午前3時8分までの「生ログ」の一部ですよ。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目してください。。。

あらっ。。。 1月24日の真夜中。。。 午前1時31分から35分にかけてGOOGLEで検索して 3度もデンマンさんが投稿した『伎楽は呉の音楽?』を開いたのでござ~ますわねぇ~。。。

そうなのですよ。。。 新宿に住んでいる喜楽 美弥子さんは伎楽にハマッているのです。。。

新宿に住んでいる喜楽 美弥子さんがアクセスしたと、どうして判るのですか?

IPアドレスを調べたのですよ。。。


(ip25046b.png)

『拡大する』

でも。。。、でも。。。、アクセスした人の名前までは判らないはずですわ。。。

卑弥子さんの言うこはもっともです。。。 でもねぇ~、僕には判るのです。。。

だから、どのようにしてアクセス者の名前をゲットしたのでござ~ますかァ?

あのねぇ~、伎楽に興味を持つ人の間には、不思議な以心伝心が働くのですよ。。。

以心伝心で喜楽 美弥子さんのお名前をゲットしたのでござ~ますか?

卑弥子さんは僕の言うことが信じられないのですかァ~?

要するに、テレパシーだと言うのでござ~ますわねぇ~。。。

そうです。。。 いけませんかァ~?

そのような子供騙しなことを あたくしが信じるとでも思っているのですかァ~?

分かりました。。。 卑弥子さんは僕の言うことを信じないようだから、この際 卑弥子さんが納得のゆくように説明します。

余計な事は言わなくても結構ですから、なるべく手短にお話しくださいませぇ。。。

あのねぇ~、喜楽 美弥子さんは まず次の小文を読んだのです。。。

獅子の芸能


(lion88.jpg)

 

日本で獅子が最初に登場するのは、「伎楽」という芸能のなかである。(注2)
飛鳥時代(612年)に百済の味摩之(みまし)という人が伝えたとされ、一時はさかんにおこなわれたが、鎌倉時代にはすたれてしまった仮面劇である。

(注2) 呉の国のものなので「呉楽(くれがく)」ともいう。
古代には寺院芸能として栄えた。
大宝令には雅楽寮に専門家がいた記録があり、天平勝宝4(752)年の東大寺大仏開眼会では60名で伎楽を演じている。


103、106ページ 『おもしろ日本音楽』
著者: 釣谷真弓
2005年4月30日初版発行
発行所: 株式会社東京堂出版

この部分を読んで、美弥子さんは「伎楽」を飛鳥時代(612年)に百済の味摩之(みまし)という人が伝えた、ということを知ったのですよ。。。

。。。で、美弥子さんは大学で「伎楽」を勉強しているのですか?

いや。。。 今、大学で勉強しようかどうか考えているのだと思います。。。 とにかく、僕は伎楽はペルシャの流れを汲む音楽だと思っていたのですよ。

どうして、ペルシャの影響を受けているのでござ~ますかァ~?

なぜならば、以前、卑弥子さんが僕を次のように紹介してくれたのですよ。。。 覚えているでしょう?

ペルシャ人が飛鳥にやってきた


(himiko11.jpg)

 


卑弥子でーす。こんにちは。

今回は「卑弥呼」にあやかって

巫女さんの格好で出てまいりましたわ。

似合っているでござ~♪~ましょうか?

うふふふふ。。。

どうして巫女さんになって出てきたのかって。。。?

あたくしの背景になっている

神社のことをちょっとお話しようと思ったからです。

あたくしの両側にあるもの、これ何だかお分かりでしょうか?

そうです。「狛犬(こまいぬ)」だとか

「唐獅子(からじし)」だとか言われていますね。

日本の狛犬のルーツは平安時代、

天皇、皇后の御帖台の前に置かれた

獅子、狛犬ではないかと言われています。

獅子は口を開いていて、たてがみは巻き毛です。

狛犬は口を閉じていて、たてがみは直毛で角があります。

それが神社などの社殿の中や縁に厄除けとして

木製の獅子、狛犬が置かれるようになりました。

社殿中や縁から参道に出されて置かれるようになるのは

1600年代からと言われています。

このときに石造りになったようです。

この神社のように参道をはさんで対になって

配置されているものが多いのですが、

地域、時代によってその姿や形には、

かなりの変化があります。

でも、この「狛犬(こまいぬ)」と「唐獅子(からじし)」、

一体どこから来たのでしょう?

では、デンマンさんにバトンタッチいたします。


(foolw.gif)

うしししし。。。
こんにちは。デンマンです。
そう言う訳で今日は「狛犬(こまいぬ)」と「唐獅子(からじし)」のルーツをたどってゆきたいと思います。

狛犬(こまいぬ)と唐獅子(からじし)は

ペルシャからやって来た


(winglass.gif)

実はカットグラスが飛鳥時代に日本に伝えられています。
長い時間をかけて、シルクロードを伝わって日本にたどり着いたのですよ。
この事については次のページで詳しく説明していますので興味のある人はクリックして読んでみてくださいね。

『飛鳥とシルクロード』

ペルシャから伝わったのは、何もカットグラスだけではありません。
実は狛犬(こまいぬ)と唐獅子(からじし)もペルシャから伝わったようです。
もちろん、これもシルクロードを西から東へと伝わってきたのです。


(silkrd5.jpg)

ペルシャから日本へ伝わるまでに、どのような変化を見せたのか、
次に示す写真で見てください。


(lion02b.jpg)

ペルセポリスの獅子

Lion stone carving at Persepolis

これがペルセポリスの宮殿に飾られていた獅子です。
獅子と言うよりもライオンですよね。
写実的です。
幼稚園児に見せてもライオンを見たことがあるならば、ライオンと答えるでしょう。

このペルセポリスと言う都市は、古代ペルシャの首都です。


(persepo2.jpg)

ペルセポリス遺跡

Persepolis Ruins

紀元前3000年頃よりイランの地にはエラム人が文明を築いていました。
2000年紀に入るとロシア南部で遊牧生活を送っていたアーリア人が南下を開始します。
彼らはエラム人を追放し、さらにはメソポタミアを統治支配していた最強のアッシリアを滅亡させて、メディア王国を築きます。
狭義のペルシア人たちは、そのメディア王国に従属しながらザグロス山脈の南にあるパールサの地に住んでいました。

紀元前550年ごろ、メディア王の臣下でペルシアを統治していたキュロス2世はメディア王家の内紛に乗じてこれに叛旗をひるがえします。
その結果、メディアとペルシアを併合してアケメネス朝ペルシアを建国しました。

キュロス2世(在位BC559~530)はパサルガダエを首都にしました。
しかし、第3代のダレイオス一世が紀元前522年ごろ即位すると、
パサルガダエから西南四十キロの荒涼とした丘陵地に新都建設を命じました。
建設事業はクセルクセス一世(在位BC486~465)、アルタクセルクセス二世(在位BC465~424)へと引き継がれ、完成までに結局60年かかったのです。
これがペルセポリスです。
このペルセポリスの宮殿に飾られていたのが上のライオン像でした。


(lion05.jpg)

トルファン(吐魯蕃)の獅子

これは清朝時代に作られたといわれています。
清の時代ですからだいぶ時代が下ります。
しかもトルファンで作られています。

上の地図で見て分かるとおり、
トルファンはペルシャと日本のちょうど中間地点に位置しています。
ライオンを見たことのある幼稚園児でも、これをすぐ見てライオンだと答える子は10人に3人ぐらいでしょうか?
多分、犬と答えるでしょうね。
怖い顔をした犬のように見えませんか?
明らかに作者はライオンを見たことが無いですよね。


(lion06.jpg)

北京・紫禁城の獅子

これはライオンと言うよりも“獅子”ですよね。
つまり、様式化されて現実のライオンではなくなってしまっています。
完全に中国様式に基づいて作成された“獅子”になっています。


(lion07.jpg)

慶州(キョンジュ)掛陵(クエヌン)の狛犬

掛陵は8世紀末の元聖王の御陵で、
新羅統一時代の陵墓制度が、
完備した時代の代表的な陵とされています。

中国の獅子を真似て作られているのが良く分かります。
しかも、ライオンよりも犬のようになっています。
名前も“狛犬(こまいぬ)”です。
作者はライオンを彫っているとは思っていなかったでしょう。


(lion08.jpg)

八坂神社の獅子

これが日本で製作された獅子です。
上の写真を見てすぐ分かることは、ペルセポリスのライオンがもっとも写実的で、製作者は明らかに、本物のライオンを見たことがあるということが分かります。
しかし、トルファンも含めて、それよりも以東のライオンは、全く想像上の生き物としか思われません。
作者は、明らかに、本物のライオンを見たことがないのです。

獅子が古代韓国に伝わる頃には、獅子は獰猛(どうもう)な犬というイメージで受け入れられたようです。
おそらく、ペルシャ人がライオンをまだ一度も見たことのない中国人や韓国人に説明する時、獰猛な犬のようだ、と言ったのでしょう。
それが日本へ伝わると狛犬(こまいぬ)、つまり「高麗(こま)犬」になったのです。
高麗とは日本書紀では高句麗のことです。

半島では663年に百済が滅び、668年に高句麗が滅んで新羅が朝鮮半島を統一します。
その新羅も918年に滅んで、高麗(こうらい)に取って代わられます。
この王朝が1392年まで続きます。

高麗の武将である李成桂が王位を譲り受けた形で、翌年に新しい王朝を立てます。
これが李氏朝鮮です。
1896年に大韓帝国になり、1910年、日本に併合され、1945年に独立します。

日本人の間では、ライオンは「唐獅子」と共に「狛犬」という言葉になって、語り継がれたわけです。
ペルシャから飛鳥へやって来た石工が獅子像をたくさん作ったはずです。
しかし、写実的なライオン像は日本人の目には、むしろ想像上の生き物に見えたことでしょう。
時代が下るに従って、写実的なライオン像よりも「伝統的な」唐獅子や狛犬の方が主流になってゆき、それが、現在私たちが目にする唐獅子や狛犬となって残っています。

写実的なライオン像は、人気がなくて、作り変えられたか、壊されたのでしょう。
亀石のように大きなものを作っていれば、壊されずに残っていたでしょうが、残念ながら巨大なものは作らなかったようです。

ペルシャの石工がやって来た

証拠でもあるの?

蘇我氏が飛鳥寺を建立するために、百済から招いた寺工、鑪盤(ろばん)博士、瓦博士、画工らはペルシア系の人々であったと言われています。
また、仏師の司馬達等(しばのたつと)親子はペルシャ人であったらしいのです。 
ちなみに、司馬達等は鞍作止利(くらつくりのとり)のおじいさんです。


(himiko12.jpg)

天平八年(736年)、遣唐使に従ってきた李密翳(りみつえい)もペルシャ人でした。
天平勝宝六年(754年)、鑑真和上に随行して来日した安如宝もペルシア人であったと伝えられています。
このように古代日本には、ペルシア人は案外多く来訪して、その文化を伝えていたようです。

「日本書紀」には、トカラ人饗応の記述がみられます。
トカラについては、ペルシア、またタイ、ビルマ、メコン川流域など、いろいろな説があります。
まだ定説というものがありません。

斉明紀六年七月条に「覩貨羅人乾豆波斯達阿(とくわらのひとげんづはしだちあ)」とあって、「乾豆波斯達阿」という名前らしい表記があります。
「日本古典文学大系本」の頭注にしたがうと、固有名詞かどうかは疑問として、乾豆は賢豆などと同じくインド、波斯はペルシャをさし、達阿はインドの人名の語尾らしいとあります。
この表記からおおよそ推定するならば、日本よりはるか西方の南アジアの一地域かと思われます。
しかし、断定できる資料がありません。

もっともオーソドックスな解釈では西域の吐火羅(とから 覩貨邏)、つまり中央アジアのトハラ(現在のブハラ、Bukhara)であるとされています。


(worldmp3.gif)

トハラ族(Tokhara、覩貨邏)は、古代中央アジアの遊牧民で「トカラ」族とも言われます。 
サカ(インド=スキタイ)系と言われ、バクトリアへ移動後、大月氏に征服され、クシャーナ朝の中核となりました。
なお、現在のアフガニスタンの北部にある彼らが住んでいた土地は現在「トハラ」または「トゥハーリスターン」と呼ばれています。
その中心は古代にはバクトラ(現バルフ)、中世はクンドゥズに置かれ、東西交通の要地としてバクトリア王国、大月氏国、クシャーナ朝などの政治・文化の中心でした。

シルクロードの彼方から文物のみか、ペルシア人も渡来したという事については根強い支持があります。

しかし、日本書紀に従うと、ペルシア人だけが船に乗って漂着したり、男だけが本国に一時帰るというのは、ちょっと不自然です。

さらに書紀には『百済』と『都貨羅(トカラ)』の皇子を人質にしたとあります。
この場合、都貨羅を中央アジアのトハラと考えるには無理があります。

結論を先に言えば、僕は「トカラ」が二つの地名をさしていると思います。
一つは中央アジアのトハラ、もう一つは耽羅(トムラ又はタムラ)、つまり継体紀に一度名前の出てくる済州島です。
地理的位置と、百済との服従関係を考慮すると、初期の記述も十分に理解することができます。
従って、飛鳥にはペルシャからも済州島からも石工がやって来ていたと思います。

ただし、個々の石造物を見てゆくと、ペルシャの作風が見て取れるものがあり、ペルシャ人の石工の存在を無視することができません。
では、さらにいくつかの石造物を見てゆきたい思います。
まずは、猿石をジックリと見てください。


(stones3.jpg)

『猿石の謎』

実は、ここまでの事は僕が2003年8月2日に『新しい古代日本史』サイトで書いたことです。
オリジナルは次のリンクをクリックすると読めます。

『ペルシャ人の石工が飛鳥にやって来た』


『ペルシャ人が飛鳥にやってきた』より
(2007年4月6日)

あらっ。。。 懐かしいですわァ~。。。 確かに上のような事をしゃべったことがありましたわァ~。。。

そうでしょう!? それで獅子が出てくるから伎楽はペルシャの流れを汲んでいると僕は思ったわけですよ。

でも、伎楽の中にはペルシャの影響が実際にあるのでござ~ますか?

ありますよ。 伎楽の中で使われているお面、つまり、伎楽面を見てください。


(gagaku02.jpg)
 酔胡従【胡国(ペルシャ)の人】


(gagaku03.jpg)
  力士


(gagaku04.jpg)
  呉公


(gagaku05.jpg)
  呉女

あらっ。。。一番上のお面はペルシャ人なのですわねぇ~。。。

そうなのですよ。 しかも「呉公」「呉女」とは呉の国に住んでいる男と女ということですよ。 つまり、お面の名前を見ても、伎楽がもともと呉の国の音楽だということが判るのですよ。

でも。。。、でも。。。、喜楽 美弥子さんが『徒然ブログ』にアクセスして『伎楽は呉の音楽?』を読んだという証拠がないではありませんか! テレパシーなどという とってつけたようなお話では納得がゆきませんわァ~。。。

もちろん、テレパシーと言ったのは半分冗談ですよ。。。 実は、美弥子さんがコメントを書いてくれたのです。。。

あらっ。。。 マジで。。。?

信用できないのなら、ここに貼り出すから、卑弥子さんもじっくりと読んでみてください。


(liv21120e.png)


『拡大する』

『伎楽は呉の音楽?』

上のページの下の方で赤枠で囲んであるところですよ。。。 見えにくいので、ここに書き出します。

 

 

「伎楽」という芸能は 飛鳥時代(612年)に

百済の味摩之(みまし)という人が

伝えたとしたら

ずいぶん古い芸能なのですね。

ペルシャ人が飛鳥にやって来たというのは、

ちょっと意外でした。

でも、伎楽面を見ると、

ペルシャの影響が実際にあると

分かるような気がいたします。

ついつい引き込まれて

最後まで読んでしまいました。

ありがとうございました。

では…

 

Posted by 喜楽 美弥子

at 2017年01月24日 11:50


『伎楽は呉の音楽?』のコメント欄より
(2012年11月20日)

(ran103b.png)

あらっ。。。喜楽 美弥子さんは、おきれいな方なのですわねぇ~。。。 でも、どこかで見かけたような気がいたしますわァ~。。。

それは卑弥子さんの気のせいですよ。。。

そうかしら。。。?

とにかく、これでテレパシーでないことがよ~♪~く分かったでしょう!?


(laugh16.gif)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif) 

ですってぇ~。。。

あなたは 伎楽に関心がありますか?

お暇があったら、天皇陛下御在位二十年東京都慶祝の会の雅楽を見てくださいまし。。。


(gagaku09.jpg)

ところで、話は変わりますけれど、あたくしは“平成の紫式部”と呼ばれているのでござ~ますわァ。

うふふふふふふ。。。

ええっ。。。 信じられないってぇ~。。。?

じゃあ、『卑弥子の源氏物語』を お読みくださいませぇ~。。。


(genjiero4.jpg)

『卑弥子の源氏物語』

どうですか? あたくしが “平成の紫式部”だと納得がゆきましたか?

ええっ。。。 ちょっと納得がゆかないのでござ~ますかァ?

でも こう見えても 一応 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~ますわァ。

ただし、なかなか あたくしの魅力を認めてもらえないのでござ~ますう。

つまり、結婚相手が 現れないのですわァ。

この際 高望みはいたしません。

“寅さん”のような人でもいいですわ。

旅に出ていることが多いので 手がかからないと思うのでござ~ますう。

ついでだから、寅さんの映画でも見て、希望をつなごうと思います。

“袖触れ合うも他生の縁”と申します。

あなたも 一緒に寅さんのYouTubeでも見てくださいねぇ~。。。


(tora019.jpg)

ちなみに、紫式部のお話も面白いですけれど、古代のお話も心にしみますわァ。

たまには、日本の古代史の記事も読んでくださいませぇ。

そういうわけで あなたのために平安史、古代史の記事を用意しました。

ぜひ 覗いてみてくださいね。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。


(hand.gif)

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)


(surfing9.gif)


(sayuri5.gif)

ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。



(hama10.jpg)

『ハマグリにハマる』

『ハマグリの誘惑』

『ハマグリの足跡を追って』

『芭蕉と遊女』

『光源氏もビックリ』

『エロエロ源氏物語』

『悲痛の紫式部』

『卑弥子のえっち』

『白妙の和歌を探して』

『キーワード診断』

『紅のボート難民』

『ん?ネトウヨ』


(miya08.jpg)

『下衆のかんぐり』

『桓武天皇のママがネットで』

『ござが天皇とGOOGLE』

『エロ 建礼門院』

『一敗が三人に!』

『行田の黒い霧をはらう』

『ペルシャ人が飛鳥に』

『小柴垣草子』

『後白河上皇ダントツ』

『ブスと美人』

『エロい話が好き?』

『死んでも生きてる』

『失意の太田将宏』


(annasalleh.jpg)

『オルフェと聖徳太子』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

『ゴヤと三島由紀夫』

『仏陀とキリストと娼婦』


(zurose2.jpg)

『ズロースと戦争』

『伊藤若冲ブーム?』

『ブッダと物理学』

『加藤清正ブーム?』

『愛憎と三輪山』

『松原智恵子 お尻ペンペン』

『坂本龍馬は流れ者か?』

『野ざらし』

『紫式部堕獄説』

『日本最古のポルノ?』

『源氏物語の性描写』

『寅さんの本棚と急行まつしま』

『ヒトラーは草食系?』

『ブッダとキリストと娼婦』

『顔文字とオナラ』

『宝暦の恨みを明治維新で』

『デウキと紅葉@行田』

『薄い陰毛と紅のボートピープル』

『江戸の閨房術』

『ずるがしこい現代人』

『春画@源氏物語』

『千早振る』

『あれっ、松本清張』

『キスと源信』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)


(byebye.gif)

薄い陰毛と紅のボートピープル

2016年11月24日

 

薄い陰毛と紅のボートピープル

 


(himiko92b.jpg)


(ume001.jpg)


(ume002.jpg)


(boat001.jpg)


(himiko22b.gif)

デンマンさん。。。 どういうわけで“薄い陰毛と紅のボートピープル”というヤ~らしいタイトルにしたのでござ~♪~ますのォ~。。。?


(kato3.gif)

あのねぇ~。。。 僕がタイトルを付けたわけではないのですよゥ。。。

そのような事を言っても誰も騙されませんわァ~。。。 タイトルを付けるのはデンマンさん以外に居ないのでござ~ますから。。。

確かに、タイトルを書き込んだのは僕ですよ。。。 でもねぇ~、タイトルを考え出したのは僕じゃないということですよ。。。

じゃあ、どなたがタイトルを考え出したのでござ~ますかァ~?

その質問に答えるには、まず次のリストを見て欲しいのですよ。


(liv61121b.png)

『拡大する』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の11月20日の生ログの一部です。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しい。

11月20日の午前6時54分にYahoo!で画像検索してデンマンさんのブログにやって来て『紅のボートピープル』を読んだということですわねぇ~。。。

そういうことです。 次の記事を読んだのですよ。


(liv30303f.png)

『紅のボートピープル』

生ログの中の「リファラ」のリンクをクリックすると、どのような結果が表示されるのですか?

次のような結果になるのです。


(yah61121a.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

あららあああァ~。。。 「薄い陰毛」を入れてYahoo!で画像検索したのですわねぇ~。。。 ふんとにもおおおォ~。。。 ヤ~らしい人がいるものでござ~ますわァ~。。。 もしかして。。。、もしかして。。。、デンマンさんが自作自演しているのではござ~ませんかァ?

僕は自作自演までして記事を書こうとは思いません。。。 それにIPアドレス (116.64.5.48) を調べてみれば、すぐに僕じゃないことが はっきりしますよ。


(ip548.png)

画像検索した人物は 川崎市に住んでいるのですよ。

つまり、この人が 「薄い陰毛」を入れてYahoo!で画像検索して『紅のボートピープル』を読んだのでタイトルを“薄い陰毛と紅のボートピープル”にしたのでござ~ますかァ?

そうです。。。 いけませんか?

ちょっと単純すぎるのではありませんかァ?

いや。。。 決して単純すぎるということはないですよ。。。 なぜなら、上の画像検索の結果を見てもわかるように、“陰毛”の写真がまったく出てこない!。。。 どういうわけか薄型のディスクや財布が表示されるのですよ。。。 なぜなのか?。。。 僕はこの謎に惹かれたわけです。

それで“薄い陰毛と紅のボートピープル”とタイトルにして記事を書こうと思ったのですか?

そうです。。。 いけませんか?

つまり。。。、つまり。。。、デンマンさんは、どこまでも“薄い陰毛”の写真にこだわるのでござ~ますか?

いや。。。 僕が拘っているのじゃなくて、Yahoo!で画像検索したネット市民が拘っているのですよ。

。。。で、上の検索結果のどの画像がデンマンさんの記事に中に出てくるのですかァ?

最初のページを一つ一つ見ていっても、どの写真にも僕は心当たりがないのです。。。 だいたい、僕は“陰毛”の写真など記事の中に使ったことがない!

でも、「薄い陰毛」と入れてYahoo!で検索した人が、お目当ての写真を見て、それでデンマンさんの投稿した『紅のボートピープル』を読んだのですわァ。。。 その事がはっきりと記録に出ているのでござ~ますう。

だから、僕は不思議に思って“薄い陰毛と紅のボートピープル”というタイトルにしたのですよ。

解りましたわァ。。。 では、いったいどの“陰毛”の写真をYahoo!で画像検索したネット市民はゲットしたのでござ~ますかァ?

だから、僕もその“陰毛”の写真をゲットしようとして次のように検索したのですよ。


(yah61121b.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

検索結果の5ページぐらいまで一つ一つ順番に写真を見ていったのだけれど、思い当たる写真が全く出てこない。。。 それで「薄い陰毛 blog.livedoor.jp/barclay1720 紅のボートピープル」と入れて検索してみたのです。。。 つまり、僕の『徒然ブログ』のURL と記事のタイトルを付け加えて検索したのです。。。 こうすれば、間違いなく僕の記事の中で使った写真が出てくるはずです。

でも。。。、でも。。。、上の画像の中には、“陰毛”の写真が出てこないじゃござ~ませんかァ!

あのねぇ~、考えてみたら出てくるはずがないのですよ! 僕は“陰毛”の写真を記事の中で使ってないのだから。。。

じゃあ、「薄い陰毛」と入れてYahoo!で検索したネット市民は 上の検索結果の中のどの写真をクリックしたのでござ~ますかァ?

一番初めに画面に出てくる 左上の写真ですよ。


(yah61121c.png)

『拡大する』

上のページの赤枠で囲んだ箇所に注目してください。。。 徒然ブログ: 紅のボートピープル と僕が投稿した記事のタイトルが出てくるのですよ。

つまり、その記事の中に“薄い陰毛”の写真が出てくるのですわねぇ~?

いや。。。 僕は“薄い陰毛”の写真を記事の中で使ってないのです。

でも。。。、そういう写真を記事の中で使っているから、Yahoo!で画像検索したネット市民は デンマンさんの記事をゲットしたのですわ。。。 そうでしょう?!

だから、もしかしたら使っていたのかな?。。。 僕は不思議に思って探し始めたのですよ。。。 まず次の検索結果を見てください。


(liv30303a.png)

『拡大する』

僕の記事をブラウザで開いて FIND機能を使って“薄い陰毛”が記事の中に出てくるかどうか調べてみたのですよ。。。 見れば解るように No matches found と表示されている! 要するに、僕の記事には“薄い陰毛”という語句は出てこないのですよ。

でも。。。、でも。。。、Yahoo!で“薄い陰毛”と入れて検索したらデンマンさんの記事がヒットしたのですわよ。

確かにそうです。。。 だから、さらに調べてみました。。。 次の検索結果を見てください。


(liv30303b.png)

『拡大する』

FIND に“薄い”を入れてクリックすると、確かに記事の中に“薄い”が出てくる。

。。。つうことわァ~、デンマンさんは記事の中で“陰毛”についても書いているということですわよねぇ~。。。

卑弥子さん!。。。 そのように目をぎらつかせて身を乗りださないでくださいよう!。。。 卑弥子さんのために“陰毛”を入れて調べてみました。


(liv30303c.png)


『拡大する』

『紅のボートピープル』

やっぱり。。。、やっぱり。。。、“陰毛”がデンマンさんの記事の中に出てきたではござ~ませんかア!。。。 つまり。。。、つまり。。。、この上のページのすぐ下に樋口可南子さんと宮沢りえさんの“薄い陰毛”の写真が出てくるということですわねぇ~。。。

卑弥子さん!。。。 そのようにヨダレをたらして興奮しないでくださいよう! 卑弥子さんが興奮する必要はないのだから。。。

じゃあ。。。 マジで“薄い陰毛”の写真は出てこないのですかァ~?

出てきません! 信用できないのなら、上のリンクをクリックして『紅のボートピープル』を開いて読んでみてください。。。 がっかりするだけですよう。。。

どうして、“薄い陰毛”の写真を出さないのですかァ~?

あのねぇ~、“薄い陰毛”の写真を出すと、例えば、アメブロのファシスト管理人は絶対にアダルトだと判断して、僕の記事を削除してしまうのです。。。 だから、出せない!。。。 それほど、見たければ卑弥子さんは自分の“薄い陰毛”を見ればいいではありませんかァ!

あらっ。。。 どうして。。。、どうして。。。、あたくしの陰毛が薄いとデンマンさんはご存知なのですかァ~?

やだなあああァ~、卑弥子さんが僕に見せたからですよ!

そんなことはござ~ませんわァ。

だったら次の記事を読んでみてください。


(aerobics5.gif)

『衝撃の角度』


(laugh16.gif)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。

あなたも上の記事をお読みになりましたかァ~?

ちょっと、あたくし お酒が入っていたようですわァ。

うふふふふふ。。。

あまり詳しいことは覚えていないのでござ~ますう。

ところで、個人的なことになりますけれど、あたくしは“平成の紫式部”と呼ばれているのでござ~ますわァ。

ええっ。。。 信じられないってぇ~。。。?

じゃあ、『卑弥子の源氏物語』を お読みくださいませぇ。。。


(genjiero4.jpg)

『卑弥子の源氏物語』

どうですか? あたくしが “平成の紫式部”だと納得がゆきましたか?

ええっ。。。 ちょっと納得がゆかないのでござ~ますかァ?

そうでしょうねぇ~。。。 あたくしだって、デンマンさんの お話を聞いていて なんとなく 騙されているような気になるのですものォ~。。。 

でも こう見えても 一応 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~ますわァ。

ただし、なかなか あたくしの魅力を認めてもらえないのでござ~ますう。
つまり、結婚相手が 現れないのですわァ。

この際 高望みはいたしません。
“寅さん”のような人でもいいですわ。
旅に出ていることが多いので 手がかからないと思うのでござ~ますう。

ついでだから、寅さんの映画でも見て、希望をつなごうと思います。

“袖触れ合うも他生の縁”と申します。
あなたも 一緒に寅さんのYouTubeでも見てくださいねぇ~。。。


(tora019.jpg)

ちなみに、紫式部のお話も面白いですけれど、古代のお話も心にしみますわァ。
たまには、日本の古代史の記事も読んでくださいませぇ。

そういうわけで あなたのために平安史、古代史の記事を用意しました。
ぜひ 覗いてみてください。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。


(hand.gif)

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)


(surfing9.gif)


(sayuri5.gif)

ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。



(hama10.jpg)

『ハマグリにハマる』

『ハマグリの誘惑』

『ハマグリの足跡を追って』

『芭蕉と遊女』

『光源氏もビックリ』

『エロエロ源氏物語』

『悲痛の紫式部』

『卑弥子のえっち』

『白妙の和歌を探して』

『キーワード診断』

『紅のボート難民』

『ん?ネトウヨ』


(miya08.jpg)

『下衆のかんぐり』

『桓武天皇のママがネットで』

『ござが天皇とGOOGLE』

『エロ 建礼門院』

『一敗が三人に!』

『行田の黒い霧をはらう』

『ペルシャ人が飛鳥に』

『小柴垣草子』

『後白河上皇ダントツ』

『ブスと美人』

『エロい話が好き?』

『死んでも生きてる』

『失意の太田将宏』


(annasalleh.jpg)

『オルフェと聖徳太子』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

『ゴヤと三島由紀夫』

『仏陀とキリストと娼婦』


(zurose2.jpg)

『ズロースと戦争』

『伊藤若冲ブーム?』

『ブッダと物理学』

『加藤清正ブーム?』

『愛憎と三輪山』

『松原智恵子 お尻ペンペン』

『坂本龍馬は流れ者か?』

『野ざらし』

『紫式部堕獄説』

『日本最古のポルノ?』

『源氏物語の性描写』

『寅さんの本棚と急行まつしま』

『ヒトラーは草食系?』

『ブッダとキリストと娼婦』

『顔文字とオナラ』

『宝暦の恨みを明治維新で』

『デウキと紅葉@行田』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)


(byebye.gif)

日本最古のポルノ?

2016年6月26日

 

日本最古のポルノ?

 


(saiko01.jpg)


(genjiero2.png)


(himiko22b.gif)

デンマンさん。。。 今日はどういうわけで“日本最古のポルノ”を取り上げたのでござ~ますかァ~?


(kato3.gif)

卑弥子さんが喜ぶと思ったのですよ。。。 うしししししし。。。

そのような下卑(げび)た笑いを浮かべながら、実は、デンマンさんご自身が日本最古のポルノをゲットしたので喜んでいるのでしょう?!

やだなあああァ~。。。 卑弥子さんは僕が日本最古のポルノをネットでゲットしたと思ったのですかァ~?

それ以外には考えようがござ~ませんわァ~!

あのねぇ~、日本最古のポルノをゲットしようとしたのは僕ではないのですよ。

じゃあ、どなたでござ~ますかァ~?

ちょっと次のリストを見てください。


(liv60624b.png)


『拡大する』

 

『後白河上皇とポルノ』

『小柴垣草子』

『宮沢りえブーム?』

あのねぇ~、これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の6月1日から24日までの約3週間の「リンク元URL」のリストですよ。。。 赤枠で囲んだ タイトルに注目してください。

あらっ。。。 GOOGLEで検索してデンマンさんのブログにやって来られて 『後白河上皇とポルノ』を読んだネット市民がダントツなのでござ~ますわねぇ~。。。

そうなのです。。。 これまで、個別の記事では『宮沢りえブーム?』がダントツで読まれていたのだけれど、それを追い越して この3週間に170人以上に『後白河上皇とポルノ』が読まれたのですよ。

。。。んで、このネット市民の方々は“日本最古のポルノ”と入れて検索したのでござ~ますかァ~?

いや。。。 そうではないのです。。。 次のリストを見てください。


(liv60624c.png)

『拡大する』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の6月1日から24日までの同じ期間の「人気キーワード リスト」ですよ。。。 赤枠で囲んだ トップに注目してください。

あらっ。。。 “小柴垣草子”がダントツですわねぇ~。。。

そうです。。。 それで僕も“小柴垣草子”を入れてGOOGLEで検索してみました。。。 その結果を見てください。


(gog60624c.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

 

『小柴垣草子』

『後白河上皇とポルノ』

あらっ。。。 “小柴垣草子”を入れて検索すると、『小柴垣草子』が上位に表示されるのに、『後白河上皇とポルノ』の方が圧倒的に読まれたのでござ~ますわねぇ~。。。

そういうことですよ。。。 つまり、うわさに聞いていたポルノチックな画像が出てくるという“小柴垣草子”絵巻を調べるために検索したのですよ。。。 でも、検索結果を見ると、そのものズバリの『小柴垣草子』という記事よりも 『後白河上皇とポルノ』というタイトルの方に目が惹きつけられてしまったわけです。。。

つまり、検索した殿方たちは、もともとエロい事に興味があったのですわねぇ~。。。?

卑弥子さんも そう思うのですか?

だってぇ~、それ以外に考えられないではござ~ませんかァ!。。。で、後白河上皇はマジでポルノにかかわっていたのでござ~ますか?

その質問に答える前に、ちょっと次の小文を読んでみて欲しいのですよ。


(goshirakawa.jpg)

平安時代の末期である院政期には「日本で一番前衛的な天皇様」である後白河上皇が大活躍をして、絵巻物の黄金時代を現出させた。

(中略)

日本の国宝級の絵巻物を続々と生み出した日本最大の文化プロデューサーである後白河上皇は、ポルノというものが嫌いだったのだろうか?—ということになると、そんなことはない。
彼はちゃんと、ポルノグラフィーの制作に関与している(らしい)のだ。

男女—あるいは人間同士の性交渉を描写した(たぶん)日本で最初の絵巻物《小柴垣草子絵巻》の詞書(ことばがき)は、後白河上皇が直接書いたのだといわれている。
彼はちゃんと、やっている(らしい)のだ。

 (中略)

平安時代には、賀茂神社と伊勢神宮という二つの大きな神社の神に仕える、“斎院”“斎宮”と呼ばれる特別な未婚の女性がいた。
“特別”というのは、この女性たちが内親王をはじめとする皇族の娘たちだったからだ。
“神の花嫁”となって、斎院は京都の賀茂神社へ、斎宮は伊勢神宮へと出向いていった。

彼女たちは当然“未婚の処女”でなければならないし、神に仕える間に男との交渉を持ってはならない。
がしかし、その神聖な処女である伊勢の斎宮が、ある時警護の男性と密通をしてしまった。
大スキャンダルになって、彼女は斎宮の地位を下ろされて出家させられてしまうのだが、《小柴垣草子絵巻》は、その“歴史上の大事件”を題材にした絵巻物なのである。

 (中略)

986年の夏、やがては伊勢に下ってゆくことになる斎宮・済子(さいし)は、京都の野の宮で、身を清めるための潔斎に時を過ごしていた。
決して男を近づけてはならない斎宮を守るために身辺警護の男達がいて、その中に平致光(むねみつ)という武士がいた。

《小柴垣草子絵巻》の詞書によれば、「この男を御簾の間からご覧になった斎宮はポーッとなってしまった」のである。
ポーッとなってしまった斎宮は、夜になって、その致光が庭の小柴垣のそばで横になっているのを発見した。

身辺警護の武士たちが夜勤の時にいつもそうするように、致光も庭の垣根のそばで寝ていたのである。
ポーッとなった斎宮は、御簾から出て、その男を誘惑してしまった。


(shibagaki4c.jpg)

赤字はデンマンが協調のため。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより。)


168ページ 『ひらがな日本美術氏2』
著者: 橋本治
1997年8月25日 第1刷発行
発行所: 株式会社 新潮社

 

つまり、上の写真の映倫カットで肉色に塗りつぶされてある部分は、斎宮・済子(さいし)と平致光(むねみつ)が肉体的につながってるん?

あたりまえやんかア! 本にはカットなしの写真が載ってるねん。 後白河上皇は次のように書いてるのやでぇ~。。。


(shibagaki7.jpg)

御髪(おぐし)はいと心くるしくこぼれかかりて、また、黒くにくさげなるところ、月の影にほのばかり見ゆる心まどひ、言はんかたなし。


(現代語訳)

長い髪は痛ましげにこぼれかかって、黒くてちょっとヤバいところが、月の光でかすかにセクシーに見えてドキドキしてしまうところは、もうなんとも言えないのだよ。

上の写真はぼんやりしてよく解りまへんけど、誘惑された平致光(むねみつ)さんが斎宮の「黒くてちょっとヤバいところ」を見つめているところやのォ~?

そうやァ。 その気持ちが僕にも伝わってくるのやがなァ。 うししししし。。。

そのように下卑た笑いを浮かべんでほしいわ。 結局、男性が喜ぶだけのポルノやんかァ。

いや。。。ただのポルノやから下らんと言ってしもうたら身も蓋もあらへん。

つまり、平安時代のポルノを持ち出したのには理由があると言わはるのォ~?

あたりまえやァ。 実は、わては《小柴垣草子絵巻》が存在することを知らへんかった。 ポルノチックな画像は結構見ているつもりやったのやけど、《小柴垣草子絵巻》に登場するポルノ画像は見たことがあらへん。

好奇心が旺盛な、あんさんでも見逃してしもうたのォ~?

そうなのやァ。 平安時代のポルノはあまり話題に上らへん。。。どうしてだか、めれちゃんには解るかァ~?

分かりますう。。。平安時代には、現在のように性に対するタブーがあまりあらへんかったからやん。

そうやァ。 歴史の本を読んでも、平安時代は性に対しておおらかな考え方を持っていたのやァ。 そやから、現在のように隠れてコソコソとポルノを見るような雰囲気はあらへんかった。 語弊があるかもしれへんけど、現在と比べれば、フリーセックスの時代やったのやァ。 そやから、ポルノの需要がほとんどなかったと思うねん。

そやけど、後白河上皇が性交渉を描写した(たぶん)日本で最初の絵巻物《小柴垣草子絵巻》の詞書(ことばがき)を書いたとなってますやん!

あのなァ~、平安時代には性に対するタブーは現在から比べれば極めて少なかったのやァ。 その少ない中のタブーが“斎院”と“斎宮”にまとわりついていた。

つまり、“斎院”と“斎宮”と呼ばれる女性は“未婚の処女”でなければならないし、神に仕える間に男との交渉を持ってはならないということやのォ~?

その通りやァ。 そやから、当然、このタブーに男たちの関心が注がれるねん。 《小柴垣草子絵巻》という絵巻は、そのタブーを犯した事件があったから、男たちの関心が集まったというわけやァ。 原本は失われてしもうて、現在に伝わってないねん。 そやけど何度となく模写したらしくて、そのコピーが現代に伝わっているのやァ。

要するに性的タブーがあって初めてポルノが生まれると、あんさんは言わはるのォ~?

それが大きな理由の一つやァ。 つまり、タブーを犯したという事実は、いつの時代にも、その当時の社会に衝撃を走らせるねん。 社会に波紋を広げてゆくう。 その波紋が好奇心をくすぐって《小柴垣草子絵巻》という絵巻が出現したと思うねん。


『後白河上皇とポルノ』より
(2012年8月5日)

デンマンさんはポルノに関しては かな~りハマッているのでござ~ますわねぇ~。。。 おほほほほほ。。。

卑弥子さんもそう思うのですかァ~。。。 うへへへへへへ。。。

そのような下卑た笑いを浮かべないでくださいましなァ~。。。で、《小柴垣草子絵巻》が日本最古のポルノでござ~ますか?

いや。。。 僕はそうではないと思うのですよ。

では、日本最古のポルノは、いったい何でござ~ますか?

あのねぇ~、実は夕べ、バンクーバー市立図書館で借りた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。

腰が抜けるほど大変?

逆さスカイツリーで、一躍シャッター・ポイントになった北十間川に沿って東に行くと、江戸六阿弥陀詣でで知られる常光寺である。


(skytree90.jpg)

 

「いらぬこと嫁田端から腰抜かし」と川柳が詠まれたのは、この道程が約20キロもあり、そのこころは北区豊島から足立区西ヶ原、田端をへて台東区池之端をまわって、やっと六番目霊場のここに到着するからである。
その間に、嫁の悪口もいいつくされてしまうというわけだ。

江戸中期に、奈良時代からの足立姫伝説にまつわる信仰から女性に人気を得て、春秋の彼岸に盛んに行われた。
創建は天平9年(737)で奈良の大仏造立に尽力した行基といわれる。

 (中略)

近くの蔵前橋通りを越えて南下すると、亀戸水神宮に行きあたる。


(kamedo01.jpg)

室町時代の12代将軍・足利義晴のころ、この地に水田をひらくために奈良の吉野から丹生川上神社を勧請して、堤に祀った。
以来、周辺一帯は水神森といわれていたという。

いまから1300年前に編纂された「古事記」によれば、水の神はイザナミとイザナキとの間に生まれた火の神カグツチによって女陰を焼かれて、病みに伏したときに漏らした尿(ゆばり)から誕生した。 (略)

この後にイザナミは死んでいき、水を司る女神は全国各所に祀られるが、ここ東国の川際にも水害の守護神となっている。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


110 ページ 『スカイツリー下町歴史の散歩道』
著者: 東京遊歩連
2012年12月10日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 山川出版社

あらっ。。。 水の神はイザナミとイザナキとの間に生まれた火の神カグツチによって女陰を焼かれて、病みに伏したときに漏らした尿(ゆばり)から誕生したのでござ~ますか?

「古事記」には、そう書いてあるわけですよ。

それにしても、このお話は、なんともエログロ・ナンセンスでござ~ますわねぇ~。。。

。。。でしょう? でも、亀戸水神宮は、現在では“エログロ・ナンセンス”としか思われない神話から創建された神社なのですよ。

つまり、日本最古のポルノは「古事記」だ、とデンマンさんは考えているのでござ~ますかァ~?


(kojiki83.jpg)

だってぇ~、考えてみてくださいよ。。。 水の神はイザナミとイザナキとの間に生まれた火の神カグツチによって女陰を焼かれて、病みに伏したときに漏らした尿(ゆばり)から誕生したというシーンをアニメか、あるいは映画にしたら。。。 また、そのシーンを絵に描いたら、それはポルノだと騒がれて映倫カットの対象にされてしまいますよ。


(laugh16.gif)


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。
確かに、神話にはポルノチックなお話がたくさんありますわよねぇ~。。。

平安時代には性に関して 大変おおらかでござ~ましたけれど、
古代は、もしかすると、性に対してはもっとおおらかだったかもしれませんわよねぇ~。。。

とにかく、子供に話して聞かせられないようなお話がたくさんありますわ。

ところで、あたくしにも お子様に見せられないような魅力があるのでござ~ますわァ。
あたくしの“女の魅力”ですわよう。
うふふふふふふ。。。

ええっ。。。 そんな魅力が あたくしにあるのかってぇ~。。。?

それが、あるのですわよ。。。
この際、あなたにも ご覧に入れますわァ!

 

“タラァ~。。。!”

 


(buttdimp5.jpg)

あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”でござ~ますわァ~。。。

ええっ。。。 上のお写真が、あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?

どうしてよう?

ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?

あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、
最後には上のようなおヌードになるのですわよう。

信じてくださいましなァ~。。。

うふふふふふ。。。

ところで、源氏物語のお話も、大変興味深いですけれど、

他にも いろいろな面白いお話がござ~ますわァ。

たまには、日本古代の面白いお話にも関心を示してくださいまし。

あなたのために古代史の記事を用意しましたわァ。

ぜひ お読みくださいねぇ。

では。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。


(hand.gif)

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)


(surfing9.gif)


(sayuri5.gif)

ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。



(hama10.jpg)

『ハマグリにハマる』

『ハマグリの誘惑』

『ハマグリの足跡を追って』

『芭蕉と遊女』

『光源氏もビックリ』

『エロエロ源氏物語』

『悲痛の紫式部』

『卑弥子のえっち』

『白妙の和歌を探して』

『キーワード診断』

『紅のボート難民』

『ん?ネトウヨ』


(miya08.jpg)

『下衆のかんぐり』

『桓武天皇のママがネットで』

『ござが天皇とGOOGLE』

『エロ 建礼門院』

『一敗が三人に!』

『行田の黒い霧をはらう』

『ペルシャ人が飛鳥に』

『小柴垣草子』

『後白河上皇ダントツ』

『ブスと美人』

『エロい話が好き?』

『死んでも生きてる』

『失意の太田将宏』


(annasalleh.jpg)

『オルフェと聖徳太子』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

『ゴヤと三島由紀夫』

『仏陀とキリストと娼婦』

『ズロースと戦争』

『伊藤若冲ブーム?』

『ブッダと物理学』

『加藤清正ブーム?』

『愛憎と三輪山』

『松原智恵子 お尻ペンペン』

『坂本龍馬は流れ者か?』

『野ざらし』

『紫式部堕獄説』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)


(byebye.gif)

エロい話が好き?

2015年10月18日

エロい話が好き?

 


(ogasa012b.jpg)


(ogasa22.jpg)


(wigout2.gif)


(himiko22b.gif)

デンマンさん。。。 まさか あたくしに上の質問をするために呼び出したのではないでしょうねぇ~!?


(kato3.gif)

卑弥子さんはエロい話が嫌いなのですか?

やっぱり。。。、やっぱり。。。、あたくしに質問するために上のようなヤ~らしいタイトルにしたのでござ~ますかァ~?

やだなあああァ~。。。、違いますよゥ。。。 わざわざ上の質問をするために卑弥子さんを呼び出したのではありませんよゥ。

じゃあ、どういうわけで 上のようなヤ~らしいタイトルにしたのでござ~ますか?

あのねぇ~、ちょっと次のリストを見てください。


(liv51015c.png)

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の10月1日から15日までの約2週間の「人気検索キーワード」のリストなのですよ。。。 赤枠で囲んだ 25番、26番、それに30番に注目してください。

あらっ。。。 「艶紫娯拾余帖」を入れて検索してデンマンさんの『徒然ブログ』にやって来たネット市民の皆様が 8名居たということですわね。

そうです。。。

。。。“艶”というのは“艶女(アデージョ)”の“艶”でござ~ますわねぇ~。。。


(sayuri43b.jpg)

“艶女”という言葉があったのですか? 僕は知りませんでしたよ。

やっぱり、デンマンさんは浦島太郎になってしまったのですわねぇ~。。。 女性誌『NIKITA』による造語なのですわ。 モテる中年女性を意味するのでござ~ますう。。。 高収入のキャリアウーマンや比較的裕福な主婦で、ファッションに気を遣い色気を有する大人の女性を指して言うのですわ。。。 で、この“艶女”の事を書いた小説が「艶紫娯拾余帖」と呼ばれるのでござ~ますか?

違いますよ。。。 だいたい“艶女”という言葉を知らなかった僕が艶女を扱っている小説を取り上げるはずがないでしょう!?

じゃあ、いったいどの記事を読んだのでござ~ますか?

次のリストを見てください。


(liv51015b.png)

『拡大する』

これは同じく『徒然ブログ』の10月1日から15日までの約2週間の「リンク元URL」のリストですよ。。。 赤枠で囲ん 19番に注目してください。

あらっ。。。 『エロい源氏物語』を読んだのでござ~ますか?

そうなのですよ。

でも。。。、でも。。。、どうして『エロい源氏物語』を読んだと判ったのでござ~ますか?

「艶紫娯拾余帖」を入れて 実際に GOOGLE で検索してみたのですよ。。。 その結果を見てください。


(gog51017a.png)

『現時点での検索結果』

上のリストには『エロい源氏物語』が出てこないではありませんか!

残念ながら最初のページには出てこないのですよ。。。 ゆっくりと一つ一つ見てゆくと 4ページに出てくるのですよ。


(gog51015a.png)

あらっ。。。 トップから数えると 『エロい源氏物語』が38番目に出てくるのですわね。。。

そういうことですよ。。。

つまり、 『エロい源氏物語』を読んだ人はトップから一つ一つ見ていって38番目の 『エロい源氏物語』にたどり着いたとデンマンさんは言うのですか?

その通りですよ。。。 『エロい源氏物語』を読んだ 6名のネット市民は とても熱心な人たちなのですよ。

でも。。。、でも。。。、どうして 38番まで時間をかけて見ていったのでござ~ますか?

だから、特定のエロい話が好きだからですよ。

どうして、特定のエロい話が好きだと判るのですか?

簡単なことですよ。。。 最初のページには クリックして一つ一つのタイトルを見ていっても とりわけエロい話が出てこないのですよ。。。 それで2ページ目も見てゆく。。。 ここにも、あまりエロい話は出てこない。。。 それで3ページを見てみる。


(gog51017b.png)

青枠で囲んだ記事も面白そうなのだけれど、赤枠で囲んだ記事の方がもっと面白そうなのですよ。。。 それで、覗いてみると次のようなことが書いてある。

春画掲載 週刊文春編集長が処分

“アウト”な内容

大ダコが全裸の海女を…


(tacoxx2.jpg)

2015.10.09

問題となった週刊文春10月8日号の記事。
刺激的な春画がありのままに掲載された。

今、若い女性を中心にブームとなっている“春画”。

とはいえ、堂々と誌面に掲載してしまったことで、週刊文春の新谷学編集長(51)が3カ月の“休養”処分となってしまった。
文藝春秋が8日明らかにした。
「週刊誌の申し子」とも呼ばれた名物編集長を休養に追い込んだ作品とは一体…。

「突然の編集長休養に驚いている。発売前に社の幹部も確認していたはずなのに。不思議だ」

同誌関係者はこう語った。
問題の記事は同誌10月8日号(1日発売)。
「空前のブーム到来」として、カラーグラビアで春画3点を掲載。

喜多川歌麿の「歌満くら」は男女のキスにとどまっているが、歌川国貞の「艶紫娯拾余帖(えんしごじゅうよじょう)」は、男女が結合部もあらわに“励んでいる”作品。
そして、葛飾北斎の「喜能会之故真通」は、大ダコが8本のアシで全裸の海女をまさぐりながら、下半身に吸い付いているという官能的な1枚だ。

注目を集めている「春画」だが、現在、東京都文京区の永青文庫で開催されている「春画展」の会場には、若い女性の姿も多いという。
さらに東京都中央区の永井画廊でも「銀座『春画』展」が開かれている。

今週発売の同誌では、春画ブームを歓迎する読者の声まで掲載していた。
それだけに、前出の関係者は「新谷編集長は優秀で、注目されるスクープを連発していたが、それだけに『やり過ぎだ』と見る敵もいた。
特別な事情があるのかもしれない」と訝しがる。

同社では、読者からのクレームを受けた対応ではなく、社として「読者の信頼を裏切ることになったと判断した」と説明。
休養については「読者の視線に立って週刊文春を見直し、今後の編集に生かしてもらう」としている。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


「春画掲載 週刊文春編集長が処分」より

今、若い女性を中心にブームとなっている“春画”と書いてあるけれど、マジですか?

あらっ。。。 デンマンさんも、あたくしを“若い女性”だと見てくれるのですか? うふふふふふ。。。

いや。。。 あのォ~。。。 まあァ~。。。 そういうことですよ。。。 で、卑弥子さんも注目を集めている「春画」を見に、東京都文京区の永青文庫で開催されている「春画展」の会場に出向いたのですか?

京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義している准教授のあたくしが なぜ注目を集めている「春画」を見に、東京都文京区の永青文庫で開催されている「春画展」の会場に出向かなければいけないのでござ~ますか?

だから、今、若い女性を中心にブームとなっている“春画”を確かめに行くわけですよ。。。 卑弥子さんが教えている腐女子たちも「春画展」を見に行っているはずですよ。。。 そう思いませんか!?

京都から わざわざ注目を集めている「春画」を見に、東京都文京区の永青文庫に行くわけがないじゃありませんかァ!

だから、それを確かめに卑弥子さんも見に行くのですよ。

つまり、この事を言うために、わざわざ上のニュースを取り上げたのですか?

いや。。。 もちろん、それだけではないのですよ。

他に、どういう理由で上のニュースを取り上げたのでござ~ますか?

あのねぇ~、もしもですよ、「艶紫娯拾余帖」を入れて GOOGLE で検索した人たちが 単なるエロい話を探していたとしたら、このページを読んで それ以上は探さなかったのですよ。

つまり、その6人が単なるエロい話を探していたとしたら、4ページの38番目に出てくる『エロい源氏物語』を読まなかったとデンマンさんは言うのでござ~ますか?

そうです。。。 

どうして。。。?

あのねぇ~。。。 単なるエロい話を探している人ならば、次の浮世絵を見るだけで好奇心が満たされるのですよ。


(tacoxx2.jpg)

どうして上の浮世絵を見るだけで好奇心が満たされるのでござ~ますか?

単なるエロい話を求めている人にとって、わざわざ『エロい源氏物語』を読む必要はないのです。。。 上の春画を見た人たちは、ボカシが入ってない、大ダコが8本のアシで全裸の海女をまさぐりながら、下半身に吸い付いているという官能的な 葛飾北斎の「喜能会之故真通」の実物の写真をネットで探し始めるのですよ。

。。。つうことわァ~、3ページの 25番目まで見て、それから「喜能会之故真通」を入れて GOOGLE で画像検索を始めるとデンマンさんは言うのでござ~ますか?

その通りですよ。。。 単なるエロい話を求めている人たちならば、もう『エロい源氏物語』など どうでもいいのです。

なせ。。。、なぜ。。。 デンマンさんは、そのような見てきたような事を言うのでござ~ますか?

あのねぇ~、吉田松陰先生が次のような事を150年前に言ったのです。

ことのはじまり


(shoin02.jpg)

なんでも、
「最初の決心」というものが一番重要です。

これが、どこまでもついてまわるからです。

たとえば
名誉とか利益のためにはじめたことは、
やればやるほど欲が透けて見えてきてしまって
いくら豊かな知識とか、
すばらしい言葉で飾ってもごまかしきれなくなります。

事をはじめるのに、大切なことは、
シンプルに、心の底から、
「この道をきわめたい」
と叫ぶことができるかどうか。
それだけなんです。

いまやっていることはどうでしょうか。

「最初の決心」はどんなものでしたか。

たまには振り返ってみてはいかがでしょうか。

もしずれてきているのでしたら、
勇気を出して、いまのうちに軌道修正しておきましょう。


114ページ 『覚悟の磨き方 超訳 吉田松陰』
編訳: 池田貴将
2013年9月25日 第8刷発行
発行所: サンクチュアリ出版

分かるでしょう!? 松陰先生は「最初の決心」というものが一番重要ですと言ったのですよ。。。 つまり、「艶紫娯拾余帖」を入れて検索して僕の『徒然ブログ』にやって来た人たちは、間違いなく上のニュースも読んだのですよ。。。 でもねぇ~、次の春画を見たからといってそれで満足できなかった。


(tacoxx2.jpg)

つまり、もっと激しい、きわどい春画を求めていたと言うことでござ~ますかァ~?

やだなあああァ~。。。、違いますよう!。。。 「艶紫娯拾余帖」を入れて検索したということは、「最初の決心」というものが一番重要なのですよ。。。 要するに、上の春画を見たからといって、急に気が変わって葛飾北斎の「喜能会之故真通」を入れて検索するような“浮気な心”を起こさなかったのですよ。

要するに、上の春画を見たからといって、ボカシのない実物のコピーをネットで探すような“ナンパ”な心は持ていなかったとデンマンさんは言うのでござ~ますか?

その通りですよ。。。 だから、3ページの 25番目のニュースをさりげなくやり過ごして4ページに進み、 38番目の『エロい源氏物語』を読んだということです。。。 つまり、その6人は吉田松陰先生の言葉を忠実に実行に移した素晴らしい人たちなのですよ。

つまり。。。、つまり。。。、『エロい源氏物語』には、極めてエロい春画が出てくるのでござ~ますか?

やだなあああァ~。。。、『エロい源氏物語』には卑弥子さんも登場するのですよ。。。 卑弥子さんは記事の内容を忘れてしまったのですか?

それほどエロい事を話題にしたのでしょうか!?

やっぱり忘れてしまったのですねぇ~。。。 あのねぇ~、もう一度次のリンクをクリックして卑弥子さんも読んでみてくださいねぇ~。。。


(genji903.jpg)


(genji905.jpg)


(genji902.jpg)

『エロい源氏物語』


(laugh16.gif)


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。
あなたはエロいお話がお好きでござ~ますか?

あたくしは格調高い色っぽいお話が好きなのですわァ。
それで『源氏物語』にハマッてしまったのでござ~ますう。

ところで、江戸時代の春画のお話も面白いですけれども
古代にも いろいろな不思議なお話がございますわァ。
お時間があったら、古代の人の不思議なお話も 探求してくださいませぇ。

平安史、古代史の記事を用意しましたわァ。
ぜひ お読みくださいまし。
では。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。


(hand.gif)

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)


(surfing9.gif)


(sayuri5.gif)

ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。



(miya08.jpg)

『外人に乗っ取られた日本?』

『失われたバレンタイン』

『軽井沢夫人@日本王国』

『都知事になれなかった男』

『落選男の正体?』

『カナダはカエデの国なの?』

『海外飛躍遺伝子』

『ふるさとは遠きにありて…』

『芭蕉と遊女の出会い』

『芭蕉と遊女が…あれぇ~!』

『宮沢りえと3723人の観客』

『血のつながり』

『チョー有名な三角関係』

『日本の真ん中』

『デンマンの死@玉淀』

『血の絆』

『イジメられたら?』

『アタマにくる一言をかわすには』

『顔文字がダメなら?』

『日本の一番長い日』


(annasalleh.jpg)

『オルフェと聖徳太子』

『寅さんの本棚』

『平成の紫式部』

『心にしみるウンチ』

『念願のトップページへ』

『愛とロマンの昔話』

『愛とロマンのアクセス解析』

『兄妹の恋のつづき』

『源氏物語エロいの?』

『酒が行って着物目変境』

『日本は外人に乗っ取られたの?』

『ん?ヒトラーはベジタリアン?』

『ふるさとの選挙と黒い霧』


(hama10.jpg)

『ハマグリにハマる』

『ハマグリの誘惑』

『ハマグリの足跡を追って』

『芭蕉と遊女』

『光源氏もビックリ』

『エロエロ源氏物語』

『悲痛の紫式部』

『卑弥子のえっち』

『白妙の和歌を探して』

『キーワード診断』

『紅のボート難民』

『ん?ネトウヨ』

『下衆のかんぐり』

『桓武天皇のママがネットで』

『ござが天皇とGOOGLE』

『エロ 建礼門院』

『一敗が三人に!』

『行田の黒い霧をはらう』

『ペルシャ人が飛鳥に』

『小柴垣草子』

『後白河上皇ダントツ』

『ブスと美人』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)


(byebye.gif)

小柴垣草子

2015年9月30日

 

小柴垣草子

 


(koshiba09.jpg)


(goshirakawa.jpg)


(koshiba02.jpg)


(himiko22b.gif)

デンマンさん。。。 どうして“小柴垣草子”を持ち出してきたのでござ~ますかァ~?


(kato3.gif)

どうしてでしょう?

惚(とぼ)けた事を言わないでくださいましなァ~。。。 タイトルに“小柴垣草子”と書いてあるではござ~ませんかァ! デンマンさんが持ち出してきたのですわよう!

あのねぇ~、上のタイトルをつけたのは僕じゃないのですよ。

でも、タイトルを書くのはデンマンさんしかいないじゃござ~ませんかァ!

確かに、タイトルを書いたのは僕なんだけれど、タイトルを書くように仕向けたのは僕じゃないのですよ。。。 ちょっと次のリストを見てください。


(liv50928b.png)

『拡大する』

上のリストはライブドアの僕の『徒然ブログ』の3月1日から28日までの4週間の「リンク元URL」のリストなのですよ。 赤枠で囲んだ 15番に注目してください。

あらっ。。。 GOOGLEで検索して『後白河上皇とポルノ』を読んだネット市民の皆様が 14名いたということですわねぇ~。。。

そうなのですよ。。。 次の記事を読んだのです。


(shibagaki4b.jpg)

『後白河上皇とポルノ』

でも。。。、でも。。。、どうして『後白河上皇とポルノ』と“小柴垣草子”が関係あるのでござ~ますか?

確かに、ポルノにハマってない人にとっては、関係があるとは思えないかも知れませんよねぇ~。。。

あらっ。。。 “小柴垣草子”はポルノなのでござ~ますか?

いや。。。 ポルノと言ってしまっては身も蓋もありません。。。 ちょっと次のリストも見てください。


(liv50928c.png)

『拡大する』

上のリストは『徒然ブログ』の3月1日から28日までの4週間の「人気検索キーワード」のリストなのですよ。 赤枠で囲んだ 8番に注目してください。

あらっ。。。 “小柴垣草子”が出てきたではござ~ませんかァ~。。。 8番目に人気があるのですわねぇ~。。。 でも、これだけでは『後白河上皇とポルノ』と“小柴垣草子”の関係がイマイチ分かりませんわァ~。。。

卑弥子さんのために“小柴垣草子”を入れてGOOGLEで検索してみました。。。 その結果を見てください。


(gog50928a.png)

『現時点での検索結果』

“小柴垣草子”を入れてGOOGLEで検索すると、3、440件ヒットして、『徒然ブログ』に掲載された『後白河上皇とポルノ』が 9番目に表示されるのですわねぇ~。

そういうことです。

。。。で、“小柴垣草子”というのはポルノにハマっている人にとっては 人気がある“草子”なのでござ~ますか?

『ウィキペディア』には次のように書いてありますよ。

小柴垣草紙


(koshiba02.jpg)

小柴垣草紙(こしばがきぞうし)は、春画の絵巻物である。
「小柴垣草子」「野宮草紙」とも称され、また後述する長文系統の話末に独自の宗教観に基づく評釈があることから、宗教的な極意伝授を意味する『灌頂巻』と呼ばれることもある。

原本は平安時代末期に描かられたと推測されるが、現在残っているのは江戸時代の模本や写本である。
他にも古春画絵巻は、後世の模写によって何点か残っているが、その中でも『小柴垣草紙』は、官能的な物語を流麗な筆致の詞書と濃密な愛欲描写の挿絵によって描き、日本の古春画最高傑作とみなされている。

寛和2年(986年)花山朝の斎宮済子女王が、天皇の名代として伊勢神宮に奉仕するため洛西嵯峨野の野々宮で潔斎していた折、美男の滝口武者平致光を誘惑し密通したとの噂が流れ、ついには済子の伊勢行きが取りやめになったという、『十訓抄』第五にある物語に基づく秘戯図である。

伝写本は数多いといわれ、さまざまな異本があるが、原本はおそらく12段前後の詞書と挿絵から成っていたと推測される。
画は藤原信実筆、詞は藤原為家筆とも、奥書より画は住吉慶恩(13世紀初頭の絵師。住吉派の祖とされる)筆、詞は後白河天皇または久我通具筆ともいい、ほかに豊後法橋画というもの、土佐光則画というものなどがある。
しかし、あからさまに性愛を扱う内容のため、公開される機会は極めて少ない。

伝承としてこの絵巻物は、承安元年(1171年)高倉天皇に嫁いだ平清盛の娘平徳子に対して、彼女の叔母にあたり後白河天皇の女御だった平滋子が贈ったとする説がある。
後白河天皇は、絵巻物好きで好色な人物だったことを考えると、小柴垣草紙も後白河の意向で制作された可能性が高い。

『小柴垣草紙』は詞書の長短で二種類に分類できる。
一つは斎宮と平致光の一夜の逢瀬を濃密な性表現によって描写した後、この密通が発覚して斎宮群行が取りやめられた結末で終わる短い内容の伝本群。

もう一つは前者の内容に加えて、逢瀬の後に再会し、噂を耳にした女房も加わり、最後は性行為の有り難さについて宗教的言説を用いて解説した、やや長い内容を持った伝本類である。
順序としては、まず短文系統が成立し、次いでこれを増補する形で長文系統が現れたと見られる。


出典: 「小柴垣草紙」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

。。。で、どういうわけで“小柴垣草子”を取り上げたのでござ~ますか?

だから、僕が取り上げたのじゃないと言ってるでしょう!。。。 知る人ぞ知る“小柴垣草子”には 隠れた人気があるのですよ。。。だから 14人が“小柴垣草子”を入れて検索して『後白河上皇とポルノ』を読んだのですよ。

だから、どう言う訳で隠れた人気があるのでござ~ますか?

人間の本性を代弁しているからですよ。

たとえば。。。?

例えば次のように。。。


(goshirakawa.jpg)

平安時代の末期である院政期には「日本で一番前衛的な天皇様」である後白河上皇が大活躍をして、絵巻物の黄金時代を現出させた。

(中略)

日本の国宝級の絵巻物を続々と生み出した日本最大の文化プロデューサーである後白河上皇は、ポルノというものが嫌いだったのだろうか?—ということになると、そんなことはない。
彼はちゃんと、ポルノグラフィーの制作に関与している(らしい)のだ。
男女—あるいは人間同士の性交渉を描写した(たぶん)日本で最初の絵巻物《小柴垣草子絵巻》の詞書(ことばがき)は、後白河上皇が直接書いたのだといわれている。
彼はちゃんと、やっている(らしい)のだ。

 (中略)

平安時代には、賀茂神社と伊勢神宮という二つの大きな神社の神に仕える、“斎院”“斎宮”と呼ばれる特別な未婚の女性がいた。
“特別”というのは、この女性たちが内親王をはじめとする皇族の娘たちだったからだ。
“神の花嫁”となって、斎院は京都の賀茂神社へ、斎宮は伊勢神宮へと出向いていった。
彼女たちは当然“未婚の処女”でなければならないし、神に仕える間に男との交渉を持ってはならない。
がしかし、その神聖な処女である伊勢の斎宮が、ある時警護の男性と密通をしてしまった。
大スキャンダルになって、彼女は斎宮の地位を下ろされて出家させられてしまうのだが、《小柴垣草子絵巻》は、その“歴史上の大事件”を題材にした絵巻物なのである。

 (中略)

986年の夏、やがては伊勢に下ってゆくことになる斎宮・済子(さいし)は、京都の野の宮で、身を清めるための潔斎に時を過ごしていた。
決して男を近づけてはならない斎宮を守るために身辺警護の男達がいて、その中に平致光(むねみつ)という武士がいた。
《小柴垣草子絵巻》の詞書によれば、「この男を御簾の間からご覧になった斎宮はポーッとなってしまった」のである。

ポーッとなってしまった斎宮は、夜になって、その致光が庭の小柴垣のそばで横になっているのを発見した。
身辺警護の武士たちが夜勤の時にいつもそうするように、致光も庭の垣根のそばで寝ていたのである。
ポーッとなった斎宮は、御簾から出て、その男を誘惑してしまった。


(shibagaki4c.jpg)

赤字はデンマンが協調のため。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより。)


168ページ 『ひらがな日本美術氏2』
著者: 橋本治
1997年8月25日 第1刷発行
発行所: 株式会社 新潮社

なるほど。。。 なるほど。。。 うふふふふふ。。。 神聖な処女である伊勢の斎宮が 庭の垣根のそばで寝ていた平致光(むねみつ)さんを見て ポーッとなってぇ、御簾から出て誘惑してしまったのですわねぇ~。。。 とっても。。。、とっても。。。、積極的なのですわねぇ~。。。 うふふふふふ。。。

卑弥子さん。。。 あまり興奮しないでくださいよ。。。 鼻息が荒くなってきましたよ。。。

つまり、平安時代の女性は性的に積極的だったのでござ~ますか?

それは僕よりも京都の女子大学で“腐女子”たちに「日本文化と源氏物語」を講義している卑弥子さんの方がよく知っているでしょう!? 次のような話も源氏物語にはあるじゃありませんか!

好色な老女官(ろうにょかん)をめぐる

恋のさやあて


(seisho05.gif)

頭の中将は「源氏に、自分だと気づかないうちに、ここを抜け出そう」と、無言のまま、怒り狂ったふりをして、太刀を抜くと、源の典侍(げんのないしのすけ)は「あなた様、あなた様。どうかお助けを」と、中将に向かって手をすり合わせるので、もう少しで吹き出すところだった。

典侍(ないしのすけ)は、色っぽく若作りしているので、うわべは何とか見られるが、57、8歳の女がだらしない姿でうろたえて、しかも二十歳(はたち)の若者たちの間で震えているのは、なんともぶざまだ。

頭の中将は、別人をよそおい、恐喝(きょうかつ)するふりを演じて見せたが、源氏はかえって目ざとく見抜いてしまった。

「自分と知ってわざとやったんだ」と気づくと、ばかばかしくなった。

「頭の中将だな」とわかると、おかしくてたまらず、太刀を握った腕を捕らえて、ぎゅっとつねった。

中将のほうも、見破られてしゃくに障るものの、我慢しきれず、吹き出してしまった。

(pp.86-87)

頭の中将が、源氏と老女官の寝ている部屋に忍びこみ、屏風(びょうぶ)をがたつかせて脅(おど)す場面である。
『源氏物語』の滑稽譚(こっけいたん)の最たるものだ。

女性は、早いと30代で床離れするのが、当時の夫婦生活である。
当然、この老女官は淫乱症として、徹底的に嘲笑されることになる。


源の典侍(げんのないしのすけ)は

紫式部の兄嫁か?

源の典侍は、50半ばの好色な老女として描かれている。
徹底的に戯画化して描かれ、彼女の登場は笑いを誘わずにはおかない。

ところが、この源の典侍にはモデルがあって、なんと、作者紫式部の兄嫁だというから驚く。
当時の公家日記に照合すると、確かに源明子という典侍が実在し、年齢も同じ50半ばだという。

しかも、『源氏物語』の評判を恥じて、辞表まで出したと推測されている。
もし事実ならば、紫式部という小姑(こじゅうと)の底意地の悪さは相当なものだ。
もっとも、事の真相は不明だが。

(pp.88-89)


『愛の形』より
(2009年6月6日)

卑弥子さんの専門の源氏物語にも 57、8歳の大年増(おおどしま)の好色な女官が出てくるのですよ。。。 でしょう!?

好色な大年増なら分からないことでもござ~ませんわァ。。。 でも、花も恥らう10代の女性で積極的なのは どうかと思いますわァ~。。。

あのねぇ~、年に関係なく、人間というものは性に関心を持つものなのですよ。。。 卑弥子さんだって10代の頃に性に関心を持ったでしょう!?

それは。。。 それは。。。 少しは。。。

少しどころじゃないでしょう! 10代の頃に性に関心を持ったので卑弥子さんは源氏物語を読み始めたのですよ!。。。 そうでしょう!?

デンマンさん! んもおおおォ~。。。 そのようなことをネット市民の皆様の前でバラさないで欲しいのでござ~ますわァ~。。。

とにかく、後白河上皇も好色な上皇だったのですよ。。。 だから、次のように書いている。


(shibagaki7.jpg)

御髪(おぐし)はいと心くるしくこぼれかかりて、また、黒くにくさげなるところ、月の影にほのばかり見ゆる心まどひ、言はんかたなし。


(現代語訳)

長い髪は痛ましげにこぼれかかって、黒くてちょっとヤバいところが、月の光でかすかにセクシーに見えてドキドキしてしまうところは、もうなんとも言えないのだよ。

上の写真はぼんやりしてよく解りまへんけど、誘惑された平致光(むねみつ)さんが斎宮の「黒くてちょっとヤバいところ」を見つめているところなのでござ~ますかァ~?

そうですよ。。。 その気持ちが僕にも伝わってきますよ。 うししししし。。。

そのように下卑た笑いを浮かべないでくださいましなァ~。。。 要するに、男性が喜ぶポルノですわねぇ~。。。

あのねぇ~、平安時代は性に対しておおらかな考え方を持っていたのですよ。 だから、現在のように隠れてコソコソとポルノを見るような雰囲気はなかった。 語弊があるかもしれへんけど、現在と比べれば、フリーセックスの時代だった。 そういうわけで、ポルノの需要がほとんどなかった。

でも、後白河上皇が性交渉を描写した(たぶん)日本で最初の絵巻物《小柴垣草子絵巻》の詞書(ことばがき)を書いたのでしょう!? ポルノの需要がなかったら、そのような事は書かないでしょうに。。。

あのねぇ~、卑弥子さんも知ってのとおり、平安時代には性に対するタブーは現在から比べれば極めて少なかった。 しかし、その少ない中のタブーが“斎院”と“斎宮”にまとわりついていた。

つまり、“斎院”と“斎宮”と呼ばれる女性は“未婚の処女”でなければならないし、神に仕える間に男との交渉を持ってはならないということですか?

そうですよ。。。 だから、当然、このタブーに男たちの関心が注がれる。 《小柴垣草子絵巻》という絵巻は、そのタブーを犯した事件があったから、男たちの関心が集まったというわけですよ。 原本は失われて、現在に伝わってない。 だけど、何度となく模写したらしく、そのコピーが現代に伝わっている。

要するに性的タブーがあって初めてポルノが生まれたと、デンマンさんは考えているのでござ~ますか?

それが大きな理由の一つだと思いますよ。 つまり、タブーを犯したという事実は、いつの時代にも、その当時の社会に衝撃を走らせる。 社会に波紋を広げてゆく。 その波紋が好奇心をくすぐって《小柴垣草子絵巻》という絵巻が出現したと思うのですよ。

斎宮・済子(さいし)と平致光(むねみつ)の密通事件は、それほどの波紋を投げかけたのでござ~ましょうか?

あのねぇ~、平安時代の性的におおらかな時代に、“斎院”と“斎宮”に厳しい“戒律”を押し付けることがそもそも不自然なのですよ。。。 だから、当然それを破る女性が出てきても不思議じゃない。。。 だから、この話は現代まで語り継がれているのですよ。


(laugh16.gif)


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。
あなたは、実際に斎宮・済子(さいし)と平致光(むねみつ)の密通事件があったと思いますか?

関係者は皆、あの世に逝ってしまっているので、“死人に口無し”でござ~ますわ。
真相は闇の中に隠されたままでござ~ます。

ところで、古代にも いろいろな不思議な謎がございます。
お時間があったら、古代の謎も 探求してくださいませぇ。

平安史、古代史の記事を用意しましたわァ。
ぜひ お読みくださいまし。
では。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。


(hand.gif)

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)


(surfing9.gif)


(sayuri5.gif)

ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。



(miya08.jpg)

『外人に乗っ取られた日本?』

『失われたバレンタイン』

『軽井沢夫人@日本王国』

『都知事になれなかった男』

『落選男の正体?』

『カナダはカエデの国なの?』

『海外飛躍遺伝子』

『ふるさとは遠きにありて…』

『芭蕉と遊女の出会い』

『芭蕉と遊女が…あれぇ~!』

『宮沢りえと3723人の観客』

『血のつながり』

『チョー有名な三角関係』

『日本の真ん中』

『デンマンの死@玉淀』

『血の絆』

『イジメられたら?』

『アタマにくる一言をかわすには』

『顔文字がダメなら?』

『日本の一番長い日』


(annasalleh.jpg)

『オルフェと聖徳太子』

『寅さんの本棚』

『平成の紫式部』

『心にしみるウンチ』

『念願のトップページへ』

『愛とロマンの昔話』

『愛とロマンのアクセス解析』

『兄妹の恋のつづき』

『源氏物語エロいの?』

『酒が行って着物目変境』

『日本は外人に乗っ取られたの?』

『ん?ヒトラーはベジタリアン?』

『ふるさとの選挙と黒い霧』


(hama10.jpg)

『ハマグリにハマる』

『ハマグリの誘惑』

『ハマグリの足跡を追って』

『芭蕉と遊女』

『光源氏もビックリ』

『エロエロ源氏物語』

『悲痛の紫式部』

『卑弥子のえっち』

『白妙の和歌を探して』

『キーワード診断』

『紅のボート難民』

『ん?ネトウヨ』

『下衆のかんぐり』

『桓武天皇のママがネットで』

『ござが天皇とGOOGLE』

『エロ 建礼門院』

『一敗が三人に!』

『行田の黒い霧をはらう』

『ペルシャ人が飛鳥に』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)


(byebye.gif)

ペルシャ人が飛鳥に

2015年9月24日

 

ペルシャ人が飛鳥に

 


(pergal.jpg)


(himiko22b.gif)

デンマンさん。。。 どうしてペルシャ人が飛鳥にやって来るのでござ~ますかァ~?


(kato3.gif)

どうしてでしょう?

惚(とぼ)けた事を言わないでくださいましなァ~。。。 タイトルにペルシャ人が飛鳥にやって来る、と書いてあるではござ~ませんかァ! デンマンさんは、その理由が解っているのでしょう!?

あのねぇ~、上のタイトルをつけたのは僕じゃないのですよ。

でも、タイトルを書くのはデンマンさんしかいないではござ~ませんかァ!

確かに、タイトルを書いたのは僕なんだけれど、タイトルを書くように仕向けたのは僕じゃないのですよ。。。 ちょっと次のリストを見てください。


(liv50923b.png)

『拡大する』

上のリストはライブドアの僕の『徒然ブログ』の3月1日から23日までの約3週間の「リンク元URL」のリストなのですよ。 赤枠で囲んだ 22番に注目してください。

あらっ。。。 短縮形の http://t.co/psrlBqlTwz をクリックして“徒然ブログ”の『ペルシャ人が飛鳥にやってきた』を読んだネット市民の皆様が6名いたということですわねぇ~。。。

そうなのですよ。。。 次の記事を読んだのです。


(himiko11.jpg)

『ペルシャ人が飛鳥にやってきた』

あらっ。。。 あたくしが巫女さんになって登場するのでござ~ますかァ~?

そうなのです。。。 卑弥子さんは覚えてますか?

これは2007年の4月6日にデンマンさんが投稿した記事でござ~ますわねぇ。

そういうことです。

8年以上も前のことでござ~ますわァ。。。 すっかり忘れていましたわ。。。 つまり、その記事の題名から今日の記事を“ペルシャ人が飛鳥に”というタイトルにしたのでござ~ますか?

そうです。。。 いけませんか?

。。。で、いったい、どう言う訳で2007年に投稿した記事『ペルシャ人が飛鳥にやってきた』が急に読まれるようになったのでござ~ますか?

ちょっと次の検索結果を見てください。


(gog50924a.png)

『現時点での検索結果』

「聖徳太子のママはペルシャ人だった」を入れてGOOGLEで検索したのですよ。

なぜ「聖徳太子のママはペルシャ人だった」と入れて検索したのでござ~ますか?

ピンクの枠で囲んだ箇所に注目してください。

“歴史ミステリー 聖徳太子もペルシャ人だった?”という YouTube ですわねぇ~。。。

そうです。。。 次のビデオクリップがネットで観られているのですよ。


(persia001.png)

あらっ。。。 聖徳太子もペルシャ人だったのでござ~ますか?

聖徳太子のママがペルシャ人ならば、当然 聖徳太子もペルシャ人ですよねぇ~。。。

確かに、論理的にはそうなりますけれど、日本史の教科書には聖徳太子がペルシャ人だったとは書いてござ~ませんわァ。

確かに、日本史の教科書には、そのようには書いてありません。。。 だから、上のビデオクリップを観た人は不思議に思ったわけですよ。

それで、それが真実かどうか? ネットで調べ始めたのでござ~ますか?

そうですよ。。。 それ以外に考えられないでしょう!?

つまり、上のビデオクリップを観た人たちは、聖徳太子のママがマジでペルシャ人だったかどうか? それをネットで調べ始めたのでござ~ますか?

そうです。。。 それで次の記事を読んだのですよ。

聖徳太子のママの謎

当時ペルシャ人をハシ人と呼び、波斯人と書きました。
太子の個人教授の一人である覚袈(かくか)がペルシャ系の人ではないかという推測は、太子の母が穴穂部間人(あなほべのはしひと)と書かれている事と、大いに関係があります。

間人(はしひと)とは波斯人(はしひと)でペルシャ人のことではないか!と、いうわけです。
太子が赤い髪の毛をしていたという伝承があります。
この伝承に真実が隠されているのではないか?
もしそうだとするなら、太子の母親がペルシャ人であるということも決して荒唐無稽な事ではありません。

Family tree of Prince Shotoku (shotoku03.gif--366x617)
(shotoku03.gif)

聖徳太子の父は用明天皇、母は蘇我稲目の孫娘です。
この稲目の父は高麗(こま)で、高句麗からやってきたのですが、実は
この人がペルシャのサカ族の出身だと言う研究家も居ます。

しかし、そんな遠いところにペルシャ人を持ってゆかなくてもよいのです。
私はその説よりも、むしろ穴穂部間人の母親、つまり小姉君(おあねぎみ)がペルシャ人の血を受け継いでいるのではないか、とみています。

もし当時、ペルシャ人が日本へやってきて、どの一族を頼りにするかといえば、当然、飛ぶ鳥を落とす勢いの蘇我氏の元を訪れたことでしょう。
その頃、渡来人を掌握していたのが蘇我氏だからです。
ペルシャ人の中には、蘇我氏との絆を確固なものにするために、蘇我稲目に娘を側室として差し出す親も現れたでしょう。
そのようにして穴穂部間人が生まれた、と考えるわけです。

小姉君の父はたしかに稲目なのですが、母親の出自について日本書紀は沈黙しています。
なぜ沈黙する必要があるのか?

その答えを出すには誰が日本書紀を書いたかが分かれば簡単です。
天武天皇の息子の舎人親王が編集長だったと言うように書かれていますが、彼はむしろ発行人であり、実際に編集に当たっていたのは藤原不比等です。
藤原氏は、元、中臣氏ということで、日本古来の氏族となっていますが、不比等のおじいさんの御食子(みけこ)は百済からやって来ました。
従って、自分たちが「よそ者」であるということを書きたくなっかたように、穴穂部間人の出自についても沈黙していたのです。

では、なぜ、不比等は自分の名前を編集長として書紀に書かなかったのか?
それには、これまた事情があります。
そのことについてはこのページ (『壬申の乱』は天智帝暗殺で始まった) で説明しています。

しかし、この説を採ると、飛び越えねばならないハードルがあります。
どういうことかというと、実は、小姉君の母親が物部氏出身と思える節があるのです。

というのは、当時の皇子・皇女は一定の年齢まで母方の実家で養育されるのが普通でした。
そして育った土地の名前をつける慣習がありました。
飛鳥で育った大王の娘なら飛鳥皇女と呼ばれるわけです。

すると穴穂部間人皇女の穴穂も地名に由来することになります。
大和周辺に穴穂の地名は河内と奈良の石上にあります。
皇女がどちらで育ったか分りませんが、どちらも物部氏の領地なのです。

つまり小姉君は蘇我稲目の娘であると同時に、物部氏の娘でもあったのです。
しかも穴穂部間人皇女は物部の土地で成長しました。
しかし、ご存知のように、仏教をめぐって蘇我氏と物部氏は対立し、それまでの史上最大の戦闘を繰り広げました。
したがって、このようなことがあり得るだろうかと、あなたは疑問に思うかもしれません。

ところが、それ以前、朝廷で権力を握っていた大伴氏を退けるため、蘇我氏と物部氏は手を握り合ったことがあります。
どういうことかというと、小姉君は、蘇我氏と物部氏が宮中で勢力を伸ばす方策として、互いに婚姻関係を結んでいた当時の産物ということになります。
「友情の証」として、蘇我稲目かあるいは彼の父親の高麗が自分の側室の中から美しいペルシャ人の娘を物部の氏の長者に与えたのでしょう。
このようなことは、この当時よくあることでした。

軽皇子(後の孝徳天皇)が小足姫(おたらしひめ)を中臣鎌足(藤原鎌足)に与えたのもこのような例です。
このことについては、このページ (藤原鎌足と軽皇子) で述べています。

そのお返しに、今度は、物部氏がペルシャ人の女性から生まれた娘を蘇我稲目の側室として与えたわけです。
その娘から生まれたのが小姉君だというわけです。

したがって、小姉君の体内にはペルシャ人の血が4分の1流れていたわけです。
彼女の娘が穴穂部間人皇女です。
確証があるわけではありませんが、これが事実とするならば、聖徳太子には、16分の1のペルシャ人の血が流れていたことになります。
太子が赤い髪の毛をしていたという伝承は、このことによって説明がつきます。

また、後に推古天皇を生む堅塩媛(きたしひめ)と小姉君の間の確執も、このことによっていっそう良く理解することができます。
つまり、この腹違いの姉妹は共に欽明天皇の後宮に入ります。

ところが、若くてきれいな小姉君へと天皇の愛は傾いてゆきます。
それも分かるような気がします。
エキゾチックなペルシャ人の血を引いている小姉君は、天皇の目には、さぞかし魅惑的に映ったことでしょう。


(bellyan15.gif)

しかし、堅塩媛(きたしひめ)にしてみれば我慢のならないことです。
このようなことを身近に見て来た娘の豊御食炊屋姫(とよみけかしきやひめ)も、当然、この混血児の叔母のことを良く思うはずがありません。
母親からずいぶんとグチをきかされたことでしょう。
この豊御食炊屋姫が推古帝です。

推古天皇は、後年、この小姉君の血を引き継いでいる皇子(聖徳太子も含めて)が天皇になることを極力避けようとしています。
推古帝の身になってみると、2重の意味でこのような皇子を排除したかったでしょう。
先ず「よそ者」の血が流れているということ。
しかも、この混血児の叔母のために、自分の母親がつらい目にあってきたということ。
このように考えてゆくと、つまり小姉君にペルシャ人の血が流れているとすれば、このあたりの事情が非常にすっきりと説明できます。

しかし、これだけに止まりません。
なぜ、聖徳太子は厩戸王子と呼ばれたのか?
母親の穴穂部間人皇女が宮中を見回るうちに、馬屋の前で産気づき、そこで出産したからという逸話が日本書紀などに見られます。
これはキリストの生誕を彷佛とさせます。
しかし、納得ゆくような説明が見当たりません。

ここで、聖徳太子の母親にペルシャ人の血が混じっていたこと、また彼女の回りにペルシャ人を含めて、多くの渡来人が居たことを考えると、このことも、非常にうまく説明がつきます。
では、次のページでもっと詳しくこのことを見て行こうと思います。


『聖徳太子の個人教授にはペルシャ人がいた』より
(2003年8月3日)

この上の記事はデンマンさんが書いたのではござ~ませんかァ!

そうです。。。 いけませんか?

つまり、そもそも、デンマンさんがネットで広めた話ではないのですか?

そんなことはないでしょう!?。。。

でも、2003年の8月にデンマンさんは上の記事を投稿していますわ。

いや。。。 それ以前にも、聖徳太子のママはペルシャ人だったと言っていた人はいましたよ。

それで、上のビデオクリップを見た人たちは、実際にペルシャ人が飛鳥にやって来たのだろうかと疑問を抱いて、更に『ペルシャ人が飛鳥にやってきた』を読んだ、と デンマンさんは言うのでござ~♪~ますか?

そうですよ。 それ以外に考えられないでしょう!?


(laugh16.gif)


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。
あなたは、聖徳太子のママがペルシャ人だったと マジで信じることができますかァ~?

関係者は皆あの世の人になっていますので、死人に口無しでござ~ますわァ。
信じるかどうかは、あなた自身が決めることでござ~ますゥ。

ところで、聖徳太子のママのことを考えるのも結構でござ~ますけれど、
古代の日本史には他にも謎がござ~ますわァ。

お時間があったら、その他の謎も 探求してくださいませぇ。
平安史、古代史の記事を用意しましたわァ。
ぜひ お読みくださいまし。
では。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。


(hand.gif)

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)


(surfing9.gif)


(sayuri5.gif)

ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。



(miya08.jpg)

『外人に乗っ取られた日本?』

『失われたバレンタイン』

『軽井沢夫人@日本王国』

『都知事になれなかった男』

『落選男の正体?』

『カナダはカエデの国なの?』

『海外飛躍遺伝子』

『ふるさとは遠きにありて…』

『芭蕉と遊女の出会い』

『芭蕉と遊女が…あれぇ~!』

『宮沢りえと3723人の観客』

『血のつながり』

『チョー有名な三角関係』

『日本の真ん中』

『デンマンの死@玉淀』

『血の絆』

『イジメられたら?』

『アタマにくる一言をかわすには』

『顔文字がダメなら?』

『日本の一番長い日』


(annasalleh.jpg)

『オルフェと聖徳太子』

『寅さんの本棚』

『平成の紫式部』

『心にしみるウンチ』

『念願のトップページへ』

『愛とロマンの昔話』

『愛とロマンのアクセス解析』

『兄妹の恋のつづき』

『源氏物語エロいの?』

『酒が行って着物目変境』

『日本は外人に乗っ取られたの?』

『ん?ヒトラーはベジタリアン?』

『ふるさとの選挙と黒い霧』


(hama10.jpg)

『ハマグリにハマる』

『ハマグリの誘惑』

『ハマグリの足跡を追って』

『芭蕉と遊女』

『光源氏もビックリ』

『エロエロ源氏物語』

『悲痛の紫式部』

『卑弥子のえっち』

『白妙の和歌を探して』

『キーワード診断』

『紅のボート難民』

『ん?ネトウヨ』

『下衆のかんぐり』

『桓武天皇のママがネットで』

『ござが天皇とGOOGLE』

『エロ 建礼門院』

『一敗が三人に!』

『行田の黒い霧をはらう』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)


(byebye.gif)