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ジャータカと今昔物語

2016年3月15日

 

ジャータカと今昔物語

 


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デンマンさん。。。 どうして 私が“ジャータカと今昔物語”にビキニで登場するのですか?


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あのねぇ~、今日はジューンさんの祖先が“ジャータカと今昔物語”に登場する話をするのですよ。

ご冗談でしょう!。。。 わたしは、そのようなお話を聞いたことがありませんわァ~。。。

当然ですよ。。。 僕はその話を初めてネット市民の皆様の前でするのですから。。。

つまり、デンマンさんがデッチあげたお話ですわねぇ~。。。

いや。。。 その話は、マジで“ジャータカと今昔物語”に登場する話ですよ。

分かりましたわ。。。 とにかく、眉唾物(まゆつばもの)だろうとは思いますけれど、一応デンマンさんのお話を聞くことにいたしますわァ~。。。 余計な事は言わなくても結構ですから、細木数子さんのように“ズバリ!”と そのお話をしてくださいなァ。

ジューンさんがそう言うならば、さっそく次の話から読んでみてください。

恋の虜となって

仏道に励む話

今は昔のこと、比叡山の若い僧が、ある日京都の法輪寺に祈願に出かけた。

その帰途、いつの間にか日が暮れてしまい、とある家に一夜の宿をお願いした。

招じ入れられてみると、麗しい女主人が住んでいるではないか。


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その夜はまんじりともせず、とうとう女主人の寝室に忍び込み、誘惑しようとした。

女主人は、「尊い僧侶と思えばこそ一夜の宿を差し上げたのです。 悔しうございます」と拒んだ。

僧は望みを遂げられず苦しみもだえた。


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するとその女主人は、「あなたは『法華経』をそらで読めますか。 それならりっぱな僧であるからいっしょになってもよろしいけれど」と言う。
僧は正直にまだ読めないことを告白すると、「それならば寺に戻り、読めるようになってからいらっしゃい。 そのときにはあなたの言いなりになりましょう」と約束した。

僧は翌朝急いで寺に帰り、一心不乱に『法華経』を覚えた。
そして女主人の家を訪れると。
「せっかくのご縁なので、人から後ろ指をさされないようなりっぱな僧の後見人となりとうございます。 3年間山にこもって修業したら、あなたの自由になりましょう」と言う。
僧もなるほどと思い、修行に励んだ。

こうして美しい女主人に身を変じた法輪寺の虚空蔵(こくうぞう)菩薩の導きによって、彼はりっぱな僧になったという。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


182-183 ページ
『お経の基本がわかる小事典』
著者: 松濤弘道
2004年11月1日 第1刷発行
発行所: PHP研究所

あらっ。。。 上のお話に出てくる女主人が わたしの祖先なのですかァ~?

そうなのですよ。。。 上の写真の女性は どことなくジューンさんに似ているところがあると思いませんか!?

つまり、わたしには日本人の血が流れているとデンマンさんは思うのですか?

そうですよ。。。 だから、ジューンさんは日本語がペラペラに話せる遺伝子を持っているのですよ。

上のお話はマジでバンクーバー市立図書館でデンマンさんが借りた本の中に書いてあったものなのですか?

もちろんですよ。。。 ここまで出所をはっきりと書いたのだから、間違いがありません。。。 信用できないのならば、ジューンさんも図書館で借りて読んでみてください。

それにしても上のお話のお坊さんはあまりにも衝動的で、本能的で、単純で、まるで肉食系の人間が衣を着ているようなものではありませんか!?

でもねぇ~、この話は『今昔物語』の中にあるエピソードの一つなのですよ。

今昔物語集


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『今昔物語集』とは平安時代末期に成立したと見られる説話集である。
全31巻。ただし8巻・18巻・21巻は欠けている。
『今昔物語集』という名前は、各説話の全てが「今ハ昔」という書き出しから始まっている事に由来する便宜的な通称である。
成立年代と作者は現在も不明である。

11世紀後半に起こった大規模な戦乱である前九年の役、後三年の役に関する説話を収録しようとした形跡が見られる事から、1120年代以降の成立であることが推測されている。
一方、『今昔物語集』が他の資料で見られるようになるのは1449年のことである。

成立時期はこの1120年代~1449年の間ということになるが、保元の乱、平治の乱、治承・寿永の乱など、12世紀半ば以降の年代に生きた人ならば驚天動地の重大事だったはずの歴史的事件を背景とする説話がいっさい収録されていないことから、上限の1120年代からあまり遠くない白河法皇・鳥羽法皇による院政期に成立したものと見られている。

天竺(インド)、震旦(中国)、本朝(日本)の三部で構成される。
各部では先ず因果応報譚などの仏教説話が紹介され、そのあとに諸々の物話が続く体裁をとっている。

『今昔物語集』の話はすべて創作ではなく、他の本からの引き写しであると考えられている。
元となった本は『日本霊異記』、『三宝絵』、『本朝法華験記』などが挙げられる。
また、平安時代の最初の仮名の物語といわれる『竹取物語』なども取り込まれている。

本朝世俗部の話には典拠の明らかでない説話も多く含まれる。


出典: 「今昔物語集」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

上の『ウィキペディア』の説明には元となった本は『日本霊異記』、『三宝絵』、『本朝法華験記』などが挙げられると書いてあるけれど、その元となった話は『ジャータカ』に出てくるのですよ。

その『ジャータカ』と言うのは、日本の物語集なのですか?

いや。。。 インドで作られた物語集なのです。

ジャータカ


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ジャータカ(Jātaka)とは、仏教でいうお釈迦様の前世の物語のこと。

パーリ語版は、パーリ語経典経蔵小部に収録され、漢訳『本生経』(ほんしょうきょう)は、大蔵経の本縁部に各種の話が収録されている。

本生譚(ほんしょうたん)ともいう。
十二部経の1つ。

法隆寺蔵の玉虫厨子には、ジャータカ物語として施身聞偈図の雪山王子や、捨身飼虎図の薩埵王子が描かれていることで知られる。


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捨身飼虎図

仏教経典には、さまざまな前世の因縁物語が説かれ、主には釈迦仏の前世による因縁を明かし、現世や来世を説いている。
これをジャータカというが、広義には釈迦のみならず、釈迦の弟子や菩薩などの前世の因縁も含めてジャータカ、あるいは本生譚と呼ぶ場合もある。

しかし、本来ジャータカとは特別な形式と内容をそなえた古い文学の種類を称して呼んだものである。
また漢訳仏典ではこれらの経典を『本生経』と総称し、パーリ語仏典には22篇に分けて計547もの物語がジャータカとして収録されている。
この形式には、現世物語・前世物語・その結果(あるいは来世物語)という三世で構成されている。

散文と韻文とで構成され、紀元前3世紀ごろの古代インドで伝承されていた説話などが元になっており、そこに仏教的な内容が付加されて成立したものと考えられている。

しかるに仏教がインドから各地へ伝播されると、世界各地の文学に影響を与え、『イソップ物語』や『アラビアンナイト(千夜一夜物語)』にも、この形式が取り入れられたといわれる。

また『今昔物語集』の「月の兎」なども、このジャータカを基本としている。


出典: 「ジャータカ」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

つまり。。。、つまり。。。、『イソップ物語』や『アラビアンナイト(千夜一夜物語)』。。。 また『今昔物語集』なども、このジャータカを基本としているのですか?

そういうことですよ。。。


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要するに、上の地図でインドで成立した“ジャータカ”の話が “絹の道”をインド方面から西に向かってまずペルシアに伝わって風土化し、のちに(現在のバクダットの)アラブ人に伝わって成立したのが『アラビアンナイト(千夜一夜物語)』なのですよ。。。


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それに対して“ジャータカ”に出てくる“捨身飼虎(しゃしんしこ)”の話が “絹の道”をインド方面から東に向かって日本に伝わり、その図が 法隆寺蔵の玉虫厨子に描かれたのです。。。 

。。。で、上の『今昔物語』に出てくる「恋の虜となって仏道に励む話」のエピソードも、“ジャータカ”の中に、その原話が出てくるのですか?

その通りですよ。。。 次のような話です。

王妃と菩薩の話


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サーヴァッティに住むある良家の息子が、お釈迦さまの説法を聞き、三宝に帰依して出家しました。
彼は、仏道を実践し、修行に励み、冥想の修習を怠ることはありませんでした。
ところがある日、サーヴァッティで托鉢をしているとき、一人の美しく着飾った女性を見て、「ああっ。。。 なんてきれいなんだ!」とじっと眺めてしまいました。

そのとき彼の心の中に動揺が湧きおこり、欲情がムラムラと頭をもたげたのでした
彼はそれ以来欲情の虜になり、身体の安らぎも心の安らぎも感じることはなくなりました。

彼の立ち居振舞いの乱れを見た仲間の比丘達は「友よ、君の振る舞いは以前とまったく変わったようですが、どうしたのですか」とたずねました。

彼は「友らよ、私は修行に魅力を感じなくなりました。」と答えたので、比丘達は彼をお釈迦さまのもとへ連れて行きました。

お釈迦さまは
「比丘達よ、どうしてあなた方は無理にこの比丘を連れて来たのか」とたずねられました。

「尊師よ、この比丘は修行に興味を失いました。」

お釈迦さまはその比丘本人に
「比丘よ、それは本当か」とたずねました。
「本当です」
「だれがあなたをそうさせたのか」
「尊師よ、私は托鉢中に冥想の修習を忘れ、一人の女性を『美しい』とじっと眺めてしまいました。そのとき私に欲情がわきおこり、そのために私は修行に魅力を感じられなくなりました」

そこでお釈迦さまは言われました。
「比丘よ、それは不思議ではありません。異性を、冥想修習の見方を忘れて『美しい』と眺めるならば、煩悩が湧き起こるのです。
空を飛行することもできた菩薩でさえ、感官の自制を失って異性を眺めたために、禅定を失い、欲情にかられて大きな苦悩を味わうことになりました。
例えば、大樹を根こそぎにするような大風が吹けば、崖に生えた小さな潅木は耐えきれない。
それと同じ様に、最高の智慧をもち、心の清らかな菩薩たちさえも無智な状態にしてしまうほどの強い欲情には、あなたなど、ひとたまりもないのだから、そのことを恥じることはないのです。
心の清らかな者たちでも、欲情を起こすことがあり、最高の名声を得た者たちでも、恥をかくことはあるのです」と言って、過去のことを話されました。

その昔バーラーナシーにおいてブラフマダッタ王が国を統治していたとき、菩薩はカーシ国の、ある大富豪のバラモンの家に生まれました。
分別のある年頃になると、あらゆる学芸に熟達し、やがて俗世間を捨て去って出家生活に入り、ヒマラヤ地方で暮らしていました。

あるとき彼は塩や酢を求めてヒマラヤ山から降りバーラーナシーに行き、王家の遊園に一泊しました。
翌日彼は身なりを整えて、樹皮で出来た褐色の衣を身に纏い、一方の肩にはカモシカの皮をかけ、髪を丸く束ねて、荷物を担ぐ棒を携え、バーラーナシーを托鉢して廻るうちに王宮の門に到着しました。

王様は彼の立ち居振る舞いを好ましく思い、彼を招いておいしい硬軟の食べ物をご馳走して満足させ、彼が礼を述べたときに、ここに住んでくれるように懇願しました。
彼は承諾して、その後はいつも宮中で食事をとり、王家の人々に教えを説きながら、十六年間そこに住みました。

さて、ある日、王は国境で起こった反乱を鎮圧するために出陣することになりましたが、そのとき「ムドゥラッカナー(優相)」という名前の王妃に対し「心を尽くして菩薩に仕えなさい」と言い残して、出征の途につきました。
王が出立して以降、菩薩は、自分の気が向いた時刻に王宮に出掛けるようになりました。

そんなある日のこと、ムドゥラッカナー王妃は、菩薩のための食事を用意させておいてから「今日は尊者の帰りが遅いわね」と思いながら、
よい香りの付いた水で沐浴をし、美しく着飾ってから広間へ小さな寝台を用意させ、菩薩の来訪を待っていました。


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菩薩もまた時間が遅くなったのに気が着いて、禅定から出ると、空中を飛行して王宮へ向かいました。

王妃は樹皮の衣の音を聞いて「尊者が来られたわ」と急いで起き上がりましたが、彼女があわてて急に起き上がったために絹の上衣が滑り落ちてしまいました。
丁度そのとき菩薩が窓から入って来ましたが、彼は王妃の美しい体に我を忘れてすっかり見とれてしまいました。

すると彼の心の中に動揺がわきおこり、欲情が頭をもたげたのです。
たちまち彼の禅定の力は消滅し、翼を切り落とされた鳥のようになってしまいました。

彼は立ったままで食べ物を受け取りましたが、少しも口をつけられず、欲情にかられながら宮中から退き、遊園に帰りました。
そして自分の草庵に入ると、寝台の下に食べ物を放置したまま、異性の体に心を縛り付けられ、煩悩の炎に焼かれながら飲まず食わずの状態で憔悴し、七日のあいだ寝込んでしまいました。

国境での反乱を鎮圧した国王は七日目に帰還し、都を右回りに廻って王宮に帰ってきました。

王は「尊者に会おう」と遊園に出掛け草庵を訪ねましたが、彼が横たわっているのを見て「きっとなにかの病気にかかられたのだろう」と思い、草庵を家来に掃除させてから、彼の足に頭をつけて

「尊者よ、御病気でしょうか」とたずねました。
「大王よ、私は別に病気ではありません。欲情のために心が魅せられてしまったのです」
「尊者よ、あなたの心は何に魅せられてしまったのですか」
「ムドゥラッカナーに対してです大王よ」


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大王は「よろしい尊者よ、ムドゥラッカナーはあなたに差し上げましょう」と言って、美しく着飾らせた王妃を菩薩に与えましたが、そのときひそかに王妃に「お前は自分の力で尊者を守るように努めなければならない」と指示を与えました。
王妃は「わかりました王様、私はあの方をお守りします」と自分の使命を了解しました。

菩薩は王妃を貰い受けると王宮から退出し、大門から出ようとしましたが、そのとき王妃が「尊者よ、私達の住む家を一軒、王に要求して下さい」と言ったので、菩薩は王のところに舞い戻って行き、家を要求しました。

王は人々が便所として使っていた廃屋を与えたので、菩薩は王妃を連れてそこへ行きましたが、彼女はそこに入ろうとはしません。

「何故入らないのですか」
「汚いからです」
「ではどうすればよいのですか」
「綺麗になるように手入れをして下さい」

ということで、王妃は「さあ鍬を持ってきなさい。籠も持ってきなさい」と、また菩薩を王のところに行かせ、汚物とガラクタを捨てさせ、牛糞を運ばせて壁に塗りこめさせました。

それが済むとまたまた菩薩を王のところに行かせ「さあ寝椅子を運びなさい。次は腰掛けを運びなさい。次は敷物。今度は壷を運びなさい。瓶を運びなさい」と何度も何度も命令をしながら、ひとつひとつを運ばせました。
さらに王妃は彼に命じて、瓶を使って水を運ばせ、壷を満たして水浴の用意をさせ、寝床を敷かせました。

そして彼らが一緒に寝床に坐ろうとしたときに、王妃は菩薩の鬚をつかんで
「あなたは自分が修行者であり、バラモンであることを忘れてしまったのですか!」
と言って、自分の方へ菩薩の顔をぐっと引き寄せました。


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そのとき彼は正気を取り戻しました。
それまでのあいだ、彼は無智なものになっていたのでした。

正気を取り戻した彼はこう考えました。
「この愛執は増大すれば、私を四悪趣(畜生・餓鬼・修羅・地獄)に堕とし、頭をあげることも出来なくさせる。いまこそ私はこの王妃を王に返し、ヒマラヤ山に入るべきである」と。。。

彼は彼女を連れて王のところへ行き「大王よ、私にはあなたの王妃はもう必要ありません。私には愛執が増大するだけのことでした」と悟ったのです。
そのとき菩薩は、かつての神通や禅定を取り戻し、天空に坐って説法をして王に訓戒を授け、ヒマラヤ山に向かって飛行して行き、二度と再び人里へは出て来ませんでした。
その後彼は、清浄な行を修め禅定を失うこともなく、遂に梵天界に生まれました。

お釈迦さまは、この話を終えると「四聖諦」を解き明かされ、それを聞いたかの悩める比丘は、預流果の悟りに達しました。

そしてお釈迦さまは、過去と現在を結び付けられて「そのときの王はアーナンダであり、王妃はウッパラヴァンナー、そして菩薩は実に私であった」と説かれました。


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『ジャータカ』より

つまり、この長いお話が元になって、『今昔物語』の「恋の虜となって仏道に励む話」が作られたのですか?

それ以外に考えられないでしょう!?


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。
あなたは デンマンさんの言うことを素直に信じられますかァ~?

確かに、考えさせられるお話でござ~ますわァ。

菩薩といえども美しい女性の体には、ついつい見惚れてしまうものなのでござ~ますわねぇ~。。。
実は、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”をお目当てのネット市民の皆様も たくさん居るのでござ~ますわァ~。。。
うふふふふふ。。。

ちょっと次の検索結果を見てくださいましなァ~。。。


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『現時点での検索結果』

「卑弥子 あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”」を入れて検索し、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”を探し当てたのですわ。

あなたのために拡大してご覧に入れますわねぇ~。。。

うふふふふふふ。。。


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どうでござ~ますかァ?

ええっ。。。 あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?

どうしてよう?

ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?

あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、
最後には上のようなおヌードになるのですわよう。
信じてくださいましなァ~。。。

ところで、あなたは『万夜一夜物語』を読んだことがござ~ますかァ~?

“千夜一夜物語”ではなくてぇ、“万夜一夜物語”ですわ。


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『万夜一夜物語』

デンマンさんが書いたのでござ~ますわよう。

ええっ。。。 10,001の話が書かれているのかってぇ~。。。?

とにかく、上のリンクをクリックして読んでみてくださいませぇ~。。。

あなたも、絶対にビックリするようなお話が出てきますわァ。

あたくしも、そのお話にあやかってウェディング ドレスを着てみました。

ええっ。。。 どんなドレスかってぇ~。。。?

あたくしのウェディング ドレスは“プーフィー(poofy)”なのですわよう。

つまり、ふわふわと膨らんでいるようなドレスなのですわ。

極秘の お写真なのですけれど、あなたのために、ここに貼り出しますわねぇ~。。。

じっくりとご覧になってくださいまし。。。


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ジューンさんの真似をして金髪に染めてみましたわァ。

いかがでござ~ましょうかァ?

このお写真を見れば、きっと あたくしと結婚したい ハンサムな殿方が
プロポーズしてくれると思うのでござ~♪~ますわァ。

おほほほほほ。。。

ところで、ジューンさんが登場する面白いお話はたくさんあります。

興味のある方は、どうか次のリンクをクリックして読んでくださいましねぇ~。。。

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『最新混浴風景なのね』

『下着にこだわるのね』

『男心をそそる女の秘密』

『デンマンさん、おかえり』

『なぜヴィーナスのえくぼ』

『マドンナと行田の黒い霧』

『お○○こ画像』

『タイトルの魔術』

『なぜ処女とおばさん?』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人
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『やっぱり処女とおばさん』

『ウンコで走るバス』

『レダの卵』

『正月の熟女』

『新春画ネット散歩』

『愛と下着の美学』

『モナリザもビックリ』

『象が泣く』

『国際化に加速』

『美しき未亡人』

『ジューンさん、バイザイして』

『ジューンさん“いいね”が付いてるよ』

ジューンさんの熟女下着
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『床上手なのねぇ~』

『外国人SEXデンマン』

『外国人SEXデンマン再び』

『大きいことはいいことじゃない』

『デンバー直行便でジューンさんの下着』

『ジューンさんのヌードを探して』

『半分のお尻で…』

『プーフィードレス』


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『万夜一夜物語』

『ゆかじょうず』

『日本語じょうず』

『モナリザがニーハオ』

『おばさんの下着がいいの?』

『なぜ、ヤノマミ?』

『マタハラ』

『マタハラとrundll32』

ジューンさんの熟女下着
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『お尻のえくぼ』

『なぜカウチポテト?』

『あなたの混浴』

『夢の出会いを求めて』

『乙女と処女』

『戦場に行くことを教えた女教師』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人
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『桜井の別れと母上様』

『ダイアモンドは女の親友』

『愛のコリーダを訳す』

『マルタ島のロマン再び』

『大前研一 奇妙な検索』

『ついに千夜一夜』

『いいね攻略と良妻賢母』

『批判が無いとヒトラーがのさばる』

『混浴入浴風景』

『9日間の女王』

『あなたは敬語?』

『原節子とジューンさん』

『モナリザの妹』

『ナイアガラとマリリンモンロー』

『おばさんパンツ@大晦日』

『ヴィーナスのえくぼ@ジューン』

『乳房振動とブラの研究』

『G線上のアリア』

『悲愴と白鳥』

『ブッダと千夜一夜物語』

『絹の道と千夜一夜物語』

『ヤノマミの乙女』

とにかく、次回も興味深い記事が続きますわ。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、また。。。


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こんにちは。ジューンです。

スパムメールが相変わらず多いですわよね。

あなたのメールボックスにも、

ジャンクメールがいっぱい入っているでしょう!?

スパムメールを飛ばしているのは

いったい、どういう人たちなのでしょうか?

出会い系サイトのオーナーたちが多いそうですわ。

彼らは会員を集めるためにスパムメールをばら撒きます。

そのためにメールアドレスのリストを購入しています。

では、そのようなリストを販売している人は

どうやってメールアドレスを集めているのでしょうか?

ロボット(自動巡回プログラム)によって

自動収集させているのです。

ところで、サーチエンジンの自動巡回ロボットは

毎日世界中のサイトを訪問し、

その内容をデータベースに書き込んでいます。

同じように、このメールアドレス収集巡回ロボットも、

HTMLソースを分析し、

メールアドレスらしきものをどんどん記録してゆきます。

でも、使っていないメールアドレスが

たくさんあるのですよね。

あなたの使っているメールアドレスのことを

考えてください。

あなたはメールアドレスをいくつ持っていますか?

一つだけではないでしょう?

10以上持っているのではありませんか?

多分、ほとんどのメールアドレスは使ってないでしょう?

そのために、現在実際に使っている

メールアドレスを集めるために、

怪しい人物が使用度の高いメールアドレスを

集めているのですわよ。

だから、あなたもむやみに信用できない人に対して

返信しないようにしてくださいね。

詳しいことはデンマンさんが次の記事で書いています。

『コメント魔』

(2012年4月3日)


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ところで、卑弥子さんが面白いサイトを

やっています。

興味があったら、ぜひ次のリンクをクリックして

覗いてみてください。

『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。 バーィ


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万夜一夜物語

2015年4月21日

 

万夜一夜物語

 


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デンマンさん。。。 “万夜一夜物語”というのは“千夜一夜物語”の間違いではありませんかァ~?


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いや。。。 決して間違いではありません。

でも。。。、“万夜一夜物語”というのを これまでに聞いたことがありませんわァ~。

当然ですよ。。。 だってぇ、“万夜一夜物語”というの僕の物語ですから。。。

あらっ。。。 それってマジですか?

僕が“万夜一夜物語”を書いてはいけませんか?

でも。。。、でも。。。、千夜ならともかく。。。 万夜も物語を語り続けることなど不可能ではありませんか?

しかし、ナポレオンの辞書には“不可能”という言葉はありませんよ。

でも。。。、デンマンさんの辞書には“不可能”という言葉が ちゃんと載っているでしょう?

いや。。。 そのページは破り捨てましたから、僕の辞書にも“不可能”という言葉はないのですよ。 (爆笑)

でも、デンマンさんが その辞書を買った時には、ちゃんと載っていたのですわァ! そうでしょう?

確かに、その通りです。。。 だけど、僕が“万夜一夜物語”を書いてもいいではありませんか!?

しかし、千夜一夜物語のようなエロチックな話を 万夜も話し続けるほど デンマンさんは エロチックなエピソードを自分で経験したのですか?

千夜一夜物語


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千夜一夜物語は、八世紀頃に中世ペルシャ語からアラビア語に訳された、インド説話の影響の強い一大説話集である。
現在では、ムフシン・マフディー(Muhsin Mahdi 1926年–2007年)による詳細な研究とこれによるガラン写本の校訂版(1984年)が、原型を保った最良のものと評価されている。

『千夜一夜物語』は、日本語では『千一夜物語』、『アラビアンナイト』とも呼ばれている。
初期の翻訳においては、永峯秀樹訳『開巻驚奇 暴夜(あらびや)物語』や、日夏耿之介訳『壹阡壹夜譚』の題名も見られた。

内容

ドゥンヤザード姫妻の不貞を見て女性不信となったシャフリヤール(英語版)王が、国の若い女性と一夜を過ごしては殺していたのを止めさせるため、大臣の娘シェヘラザード(シャハラザード)が自ら王の元に嫁ぐ。
シェヘラザードは毎夜、王に興味深い物語を語る。
王は続きの話を聞きたいがために二百数十夜に渡ってシェヘラザードを生かし続け、ついに殺すのを止めさせるという物語が主軸となっている。
話が佳境に入った所で「続きはまた明日」とシェヘラザードが打ち切るため、王は次の話が聞きたくてシェヘラザードを殺すのを思いとどまり、それが二百数十夜続いた。

説話は、冒険商人たちをモデルにした架空の人物から、アッバース朝のカリフであるハールーン・アッ=ラシードや、その妃のズバイダのような実在の人物までが登場し、多彩な物語を繰り広げる。
説話は様々な地域に起源をもち、中世のイスラム世界が生き生きと描き出されている。

本来の夜数と物語数

アラビアンナイトは、9世紀ごろに原型ができてから、多くの人の手によるさまざまな発展段階を経た。
原型が作られたイスラム世界でも多様な版が存在し、やがて東方諸国、ヨーロッパに紹介されていくにつれ数多くのバリエーションが生まれたことが、この物語の大きな特徴である。

アラビアンナイトの原形はそれほど長大な物語ではなかった。
その理由は、現存するいろいろな版を比較すると、収録されている話も順序もかなり違うが、最初の二百数十夜くらいはほぼ共通しているからである。

ガラン写本ではその夜数は282夜(物語の数は40話)、マフディーによる校訂版では271夜(物語の数は35話)に過ぎない。

しかし、「千一夜」という題名のゆえに、本来は1001夜の「完本」があるはずだとガラン自身も信じていた。
このことから、ヨーロッパでの「残りの物語」探しが盛んになり、それに応じて中東でその後に多くの物語が無秩序に付加されて、ついに19世紀には現在の1001夜分を含む形で出版されるに至った。

現存する写本としては最古のものとされるガラン写本に収録されていたのは、東洋文庫版でいうと、第1巻、第2巻、そして第3巻冒頭の「ヌールッ・ディーン・アリーとアニースッ・ジャリースの物語」、第6巻の「アリー・ビン・バッカールとシャムス・ウン・ナハールとの物語」、それに続く「カマル・ウッ・ザマーンの物語」冒頭部分、第15巻の「ホラサーンのシャフルマーン王の物語(ジュナールの物語)」くらいであり、残りはすべてガラン写本以外の資料を典拠としている。
現在のアラビアンナイト物語集は、成立当時の姿の何倍にも膨らんでいる。

結局のところ、アラビアンナイトは「これ」という底本がない古典であり、底本がないゆえにどんどん新しい物語が加えられ、さらにヨーロッパと中東という二つの文明の間を行ったり来たりするうちに変形が進んだ物語といえる。
偽写本の捏造もしばしば行われた。
しかしオリジナルがないゆえに、どれが正しくどれが誤りといった判断をするのは困難である。
いつ、どの話が加えられたのかという判断も難しく、また、いつの段階までに収録された話を正式のアラビアンナイトと呼ぶのか、といった定義のようなものがあるわけではない。


出典: 「千夜一夜物語」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

いや。。。 もちろん、“万夜一夜物語”の すべてのエロい話が 僕の体験談ではありませんよ。

つまり、デンマンさんの“万夜一夜物語”には 10、001の話が載っているのですか?

当然でしょう!

信じられませんわァ。

あのねぇ~、昔の人は“信じる者は救われる!”と言ったのですよ。。。 だから、ジューンさんも僕の言うことを信じて幸せになってくださいねぇ。 (微笑)

。。。で、その“万夜一夜物語”には、わたしも登場するのですか?

当然でしょう! だから、ジューンさんの写真も貼り出したのですよ。


(june901.jpg)

でも、わたしは、この写真に見覚えがありませんわ。

やだなあああァ~。。。、 ジューンさんは もう忘れてしまったのですか?

第一、デンマンさんの“万夜一夜物語”のどの話に わたしが登場するのですか?

次の話ですよ。

美容と入浴と

アラビアン・ナイト

(千夜一夜物語)


(harem1b.gif)

知ってますか?
古来より人は脱毛、入浴、化粧を非常に大切なものと考えていました。

アラビアン・ナイトには、人々が浴場に入って身体を洗い、
体毛を剃り、精神を安定させる話があります。

彼らは温められた大理石の上にクッションを置いて横になり、
毛抜師が石灰状のもので体を擦って、ムダ毛を取りました。
そしてその後ハーブ入りのオリーブオイルで、体を磨き上げたのです。
これは現在でいう垢すりのようなものです。

実際、彼らは麻を叩いて柔らかくした布で、
指先や足先から体の中心に向かって、擦りあげていきました。

そもそもコーランの教えに「体毛は不潔なものであり、体から取り除くこと」というのがあります。
そういうわけで男も女も体中のムダ毛を取っていたのです。
そのあとで薔薇水を飲み、体の内側から臭いを消したのです。

また女性の場合は小袋に入れたじゃこう(麝香)を陰部に差し入れ、
体臭を消していたそうです。


(june901.jpg)

アラビアン・ナイトに出てくる第五代教王ハルン・アル・ラシッドは400人の寵姫を囲い繁栄を極めました。
その頃の教王は三大陸にまたがる広大な土地を持ち、今のバグダットからナイル河に至るまでがその領土でした。
彼は入浴をこよなく愛し、常に香料を神聖なものとしてインドから輸入していました。

他にもアラビアン・ナイトは、「アリババと40人の盗賊」や「シンドバッドの冒険」、「ヤムリカ姫」、「海のザクロ姫」などの興味深い話に満ちています。
しかし、生活の基本は一般の人から教王に至るまで、浴場で体を磨き上げることだったことが、どの物語にも書かれています。

ところで、当時ヨーロッパ人はほとんど体を洗わない生活をしていました。
フランスで香水がはやったのも、風呂にほとんど入らなかったので、香水で匂いを消すためだったというのもうなづける話です。
つまり、当時中近東に住んでいた人たちは世界でも類まれな清潔を好む人たちだったのです。


(kinuga25.jpg)

日本人もけっこう風呂好きですよね。
では、日本人の入浴の習慣はいつ頃から始まったのでしょうか?
多雨多湿な日本の気候風土が入浴と大きく関係しているのでしょうか。
それとも「湯水のごとく」という言葉があるように、
豊かな水に恵まれていたことと関係があるのでしょうか?

寒い冬、たっぷりと湯を張った風呂に肩までつかれば、冷え切った体は芯から温まります。
日本人の約8割は、毎日風呂に入るといわれていますが、こうした習慣ができたのは、
実は一般家庭に風呂が普及し始めた40~50年くらい前からです。
ちょっと、驚きでしょう?
また、風呂といえば湯を張った浴槽を連想しますが、風呂とはもともと蒸し風呂のことでした。

古事記や日本書紀には、水の中へ入り体を清める「みそぎ」の場面がしばしば登場します。
体の汚れとともに、心の穢も洗い清めるという意味がありました。
もちろん、それ以前から水の中で体を洗うという行為は、縄文人や弥生人も行っていたことでしょう。
こうした行為が入浴の起源といえるのかもしれません。

しかし、入浴とはたんに水で体を清潔にすることではありません。
入浴は湯を使うことが前提です。
当然、火と湯を沸かす道具が必要となってきます。

都市部において井戸がかなり自由に使えるようになったのは、江戸時代になってからのことです。
でも、庶民が毎日入浴できるほどには水が豊富にはなかったのです。
例えば、埼玉県で江戸時代になってから新田開発された地域では「芝行水」という風習がありました。
水が乏しいため、干した芝で体を拭いて垢や汗をぬぐいとったというのです。

風呂を沸かす燃料についても同じです。
農村ならば里山などから柴を刈ってくることもできるでしょうが、
毎日、風呂を沸かすほど大量の柴を取ってくることはできません。
さらに、浴槽を作るのにもかなりの技術と費用がかかり、
江戸の庶民が自宅に浴槽をもつことはとても無理な話でした。
実際には、日本人は風呂好きどころか、現代人ほどには入浴の習慣はなかったのです。

つまり、風呂好きだと思われている日本人も、
風呂に毎日入るようになったのは歴史的に見れば、ごく最近の事だったんですね。
そういうわけで、アラビアン・ナイトの時代に遡(さかのぼ)れば、
日本人もアラブ人の清潔好きには及ばなかったという事です。

日本人の平均寿命が世界一になった理由として、医学の進歩がまず言われますが、
中には、日本人の入浴の習慣もそのひとつではないかと考えている人もいるほどです。
考えてみれば納得がゆきますよ。

なぜなら、風呂に入る事で清潔が保てるし、
風呂に入る事でリラックスできてストレスが発散できます。
最近の研究では、ストレスが原因で発病する病気がかなりあるということが分かってきました。
例えば、胃がんなどはその良い例ですよね。

そういうことを考えながら、今夜もゆっくりと入浴して疲れとストレスをとってくださいね。


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『美容と入浴とアラビアン・ナイト(千夜一夜物語)』より
(2006年6月26日)

このお話は2006年6月26日に書かれたものではありませんかア! かれこれ9年前ですわ。 覚えているはずがないじゃありませんか!

だから、この話の続きとして最近でもジューンさんは登場しているのですよ。

それは、どのお話ですか?

次のエピソードです。

ジューンさん、バイザイして

 


(june72b.jpg)

どうして わたしが出だしにバンザイしなければならなかったのですか?

ジューンさんの脇の下を見るためですよ。 上のイタリア映画の感想で僕は次のように書いたのですよ。


カップルが愛し合う場面で、

僕はある点に気づいたのです。


(linno04.jpg)

西欧のほとんどの国の女性が

今日では腋毛を定期的に剃っているのですが、

ギリアーナの腋毛が剃ってないのです。

19世紀のイタリアでは貴族の女性でも 

腋毛を剃らずに そのままにしていたようです。


(armpit2.jpg)

デンマンさんは、腋毛を剃らずに そのままにしていた女性を見てムラムラときたのですか?

いや。。。 とりわけ ムンムン、ムレムレになったわけではないのですよ。 ただ、いつ頃から女性が腋毛を剃るようになったのか? ちょっとばかり興味を持ったのです。

。。。で、調べてみたのですか?

そうです。。。 次のように書いてありました。

現代では、西洋社会を中心に、多くの女性が化粧同様定期的に腋毛を剃るのが習慣となっている。
それまでは、女性が頭髪、眉毛、まつげを除くほぼ全身の体毛を剃っていたローマ帝国時代を除き、長年にわたり腋毛を剃る習慣がなかったものの、1915年にアメリカの女性向けファッション誌”Harper’s Bazaar”に掲載された広告に記載された、”Summer Dress and Modern Dancing combine to make necessary the removal of objectionable hair”(サマードレスとモダンダンスには、好ましくない毛の除去が必要)という一文が火付け役になり、その後安全カミソリの発明とともに、腋毛の剃毛が一般化していったとされている。


(harpers1929.jpg)

まずはアメリカ、カナダで一般化し、第二次世界大戦後西ヨーロッパに普及、1990年代の冷戦崩壊後、旧東ヨーロッパにも普及した。

なお、イスラム教徒の場合、宗教的清めの意味として、男女とも腋毛を剃る習慣がある。

日本においては、大正時代以降、まずダンスホールで肩が露出する夜会服を着用する上流階級の女性を中心に腋毛の剃毛が普及した。
谷崎潤一郎の小説「痴人の愛」(1924年)にも「洋服を着るには腋の下を剃るもんよ、此処が見えたら失礼じゃない」と、既にそのような習慣があったことを示す一文がある。

しかし、一般女性に普及するのは、一般女性の多くが洋服を着用するようになった太平洋戦争後である。
特に1950年代になりアメリカで流行したノースリーブが日本でも紹介され普及した際に、同時に腋毛を剃る習慣も普及、さらにノースリーブを着用しない女性にも、集団心理が拍車を掛けたこともあってか、女性のたしなみとして一般化するに至った。


(ken005.jpg)

マンガ・アニメ等では腋毛は原則として男性でも省略して描かれるのが定番であり、成人向けのマニアックなものや剛毛であることを表現するために、腋毛そのものを描くことが目的でない限りあえて描かれることはまずない。
男らしい剛毛の記号としての胸毛やすね毛が描かれているキャラクターであっても、腋毛はないことがほとんどである。


出典: 「腋毛」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

デンマンさんは女性の腋毛にかなり関心を持っているようですわね。

いや。。。 それほど関心があるわけではありません。。。 ただ、ジューンさんは脇毛をどうしているのかなァ?。。。とちょっとばかり気になったのですよ。。。 でも、ジューンさんの脇の下を見て安心しました。


(june72b.jpg)


『ジューンさん、バイザイして』より
(2015年2月1日)

このようなお話の中に登場したくありませんわ。 男性週刊誌に載っているような“囲み記事”ではありませんかァ!。。。 そのようなエピソードの中で バンザイしたくありません。

でも、“万夜一夜物語”はネットで公開されているのですよ。 だから、100年後、いや。。。400年後になってからでも、ちょうど “千夜一夜物語”が現在でも読み続けられているように、ジューンさんが登場するエピソードが読まれ続けるかもしれないのですよ。

だけど、マジで、10,001のお話が“万夜一夜物語”の中に出てくるのですかァ~?

マジですよ。。。 信じられませんか?。。。 だったら、ジューンさんも信じられるように、ここに証拠を見せますからねぇ~。。。 じっくりと見てください。


(goo50416d.png)

『拡大する』

あらっ。。。 本当に 10001件の記事が投稿されたのですわねぇ~。。。


(bigcash.jpg)

『稼げばそれでいいのか?(PART 1 OF 3)』

。。。で、GOOのデンマンさんの“万夜一夜物語”は読まれているのですか?

読まれているのですよ。 次のアクセス記録を見てください。


(goo50416a.png)

『拡大する』

一週間に 約 1、300人のネット市民の皆様がやって来て、一人が 約 10のエピソードを読んでいるのですよ。

信じられませんわ。

信じてくださいよう。。。 昔の人は“信じる者は救われる!”と言ったのだから。。。 ジューンさんも僕の“万夜一夜物語”を読んで幸せな気分に浸ってくださいねぇ~。。。


(laugh16.gif)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。
あたくしも デンマンさんのお言葉を信じて“万夜一夜物語”を読んでみようと思いますわ。

それで、今年こそ 素晴らしい結婚相手を見つけて
ウェディング ドレスを着ようと思っているのでござ~ますう~♪~。
すでに、ドレスを買って用意してあるのですわァ。

ええっ。。。 どんなドレスかってぇ~。。。?

あたくしのウェディング ドレスも“プーフィー(poofy)”なのですわよう。
つまり、ふわふわと膨らんでいるようなドレスなのですわ。

極秘の お写真なのですけれど、あなたのために、ここに貼り出しますわァ。
じっくりとご覧になってくださいまし。。。


(poofy09.jpg)

ジューンさんの真似をして金髪に染めてみましたわァ。
いかがでござ~ましょうかァ?

このお写真を見れば、きっと あたくしと結婚したい ハンサムな殿方が
プロポーズしてくれると思うのでござ~♪~ますわァ。
おほほほほほ。。。

ところで、ジューンさんが登場する面白いお話はたくさんあります。
興味のある方は、どうか次のリンクをクリックして読んでくださいましねぇ~。。。


ジューンさんの熟女下着
(30june.jpg)

『国際化でおばさんバンザイ!』

『真夜中の乙女たち』

『おばさんの下着@リアルタイム』

『つぶやきブログとジューンさん』

『熟女下着』

『熟女下着に見るSEO』

『ドーハからの人』

『パラグアイからコンニチワ』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人
(godiva05.jpg)

『ツイッターの誘惑』

『ノートルダムからジェーン・エア』

『ジューンさん、人気が出てますよ』

『モザンビークからこんにちは』

『ジューンさんの下着姿』

『脳と恋とチョコレート』

『ジューンさんの人気』

『白い下着の熟女』

『床上手な女と塩野七生』

『白い熟女の誘惑』

『寒中水泳 女の子』

『ヤノマミの1万年』

『マルタ島のロマン』

『とっちゃん坊やも日本を滅ぼす』

『混浴人気』

『人間としての誇り』

『ヴィーナスのえくぼ』

『動物感動物語』

(roten101.jpg+cleoani.gif)

『最新混浴風景なのね』

『下着にこだわるのね』

『男心をそそる女の秘密』

『デンマンさん、おかえり』

『なぜヴィーナスのえくぼ』

『マドンナと行田の黒い霧』

『お○○こ画像』

『タイトルの魔術』

『なぜ処女とおばさん?』

『やっぱり処女とおばさん』

『ウンコで走るバス』

『レダの卵』

『正月の熟女』

『新春画ネット散歩』

『愛と下着の美学』

『モナリザもビックリ』

『象が泣く』

『国際化に加速』

『美しき未亡人』

『ジューンさん、バイザイして』

『ジューンさん“いいね”が付いてるよ』

『床上手なのねぇ~』

『外国人SEXデンマン』

『外国人SEXデンマン再び』

『大きいことはいいことじゃない』

『デンバー直行便でジューンさんの下着』

『ジューンさんのヌードを探して』

『半分のお尻で…』

『プーフィードレス』

とにかく、次回も興味深い記事が続きますわ。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、また。。。


(hand.gif)


(surfing9.jpg)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

ためになる関連記事



(linger65.gif)

■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』

■ 『軽井沢タリアセン夫人 – 小百合物語』

■ 『今すぐに役立つホットな情報』


(house22.jpg)

『夢とロマンの横浜散歩』

『愛とロマンの小包』

『下つきだねって言われて…』


(chiwawa5.gif)

こんにちは。ジューンです。

スパムメールが相変わらず多いですわよね。

あなたのメールボックスにも、

ジャンクメールがいっぱい入っているでしょう!?

スパムメールを飛ばしているのは

いったい、どういう人たちなのでしょうか?

出会い系サイトのオーナーたちが多いそうですわ。

彼らは会員を集めるためにスパムメールをばら撒きます。

そのためにメールアドレスのリストを購入しています。

では、そのようなリストを販売している人は

どうやってメールアドレスを集めているのでしょうか?

ロボット(自動巡回プログラム)によって

自動収集させているのです。

ところで、サーチエンジンの自動巡回ロボットは

毎日世界中のサイトを訪問し、

その内容をデータベースに書き込んでいます。

同じように、このメールアドレス収集巡回ロボットも、

HTMLソースを分析し、

メールアドレスらしきものをどんどん記録してゆきます。

でも、使っていないメールアドレスが

たくさんあるのですよね。

あなたの使っているメールアドレスのことを

考えてください。

あなたはメールアドレスをいくつ持っていますか?

一つだけではないでしょう?

10以上持っているのではありませんか?

多分、ほとんどのメールアドレスは使ってないでしょう?

そのために、現在実際に使っている

メールアドレスを集めるために、

怪しい人物が使用度の高いメールアドレスを

集めているのですわよ。

だから、あなたもむやみに信用できない人に対して

返信しないようにしてくださいね。

詳しいことはデンマンさんが次の記事で書いています。

『コメント魔』

(2012年4月3日)


(himiko92.jpg)

ところで、卑弥子さんが面白いサイトを

やっています。

興味があったら、ぜひ次のリンクをクリックして

覗いてみてください。


(sylvie122.jpg)

『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。 バーィ


(juneswim.jpg)


(byebye.gif)

紫式部の涙

2010年2月23日

 

紫式部の涙

 


(murasa3.jpg)



(kato3.gif)

卑弥子さん。。。この上の画像の中の紫式部は泣いているのですか?


(himiko22b.gif)

そうでござ~♪~ますわ。デンマンさんは、上の絵の中の紫式部がルンルン気分でスキップを始めるように見えますか?

あのねぇ~。。。紫式部は卑弥子さんのように十二単を着ているのですよう。スキップしたくてもできないでしょう。うへへへへ。。。。

確かに紫式部さんはスキップしなかったかもしれませんわ。。。でも、あたくしならば、素敵なボーイフレンドが見つかれば、もう何が何でもスキップしてしまいますわよう。うししししし。。。

う~~ん。。。確かに卑弥子さんならば、裸でもスキップしてしまいそうですよねぇ~。うへへへへへ。。。

デンマンさん。。。いい加減に、そのようなエロい妄想はお止めくださいましなァ。あたくしはこれから大切なお話をしたいのでござ~♪~ますわァ。

ほおォ~。。。珍しいですねぇ~。。。卑弥子さんから話を切り出すとは。。。

だってぇ~、先日、デンマンさんは、あたくしの心にグサリと突き刺さるような痛烈で情け容赦のない罵倒の言葉を浴びせかけたのでござ~♪~ますわ。

。。。ん? 卑弥子さんの心をグサリと突き刺すような罵倒の言葉。。。?

そうですわ。

まさかア~!?僕がそのような無慈悲な言葉を卑弥子さんに投げかけるはずがないでしょう!?

でも。。。、でも。。。、マジで、あたくしの繊細な心は、まるで抉(えぐ)り出されるように傷ついたのでござ~♪~ますわ。

いったい。。。、いったい。。。、僕が何と言ったのですか?

デンマンさんは、まったく心当たりがないのでござ~♪~ますかァ~。

僕は、いつでも卑弥子さんには優しく接しているつもりですよう。。。心を抉(えぐ)り出すような事を僕が言うはずがないじゃないですかア!

いいえ。。。エグい事を吐き出したのですわ。次のように、あたくしの心を抉(えぐ)り出したのでござ~♪~ますう。


(tantra20.jpg)

『萌える愛欲』

(2010年2月10日)

この上の記事は、かなり萌え萌えのお話なのでござ~♪~ますか?

あれっ。。。卑弥子さんは、まだ読んでないのですか?

だってぇ、あたくしは源氏物語の研究に忙しかったのですわ。おほほほほ。。。

あのねぇ、それってぇ、言い訳のように聞こえるのですよう。

つまり、デンマンさんは、あたくしの言ったことを全く信じていないのでござ~♪~ますわね?

だいたい、卑弥子さんが源氏物語の研究をしているなんて、おそらく、ほとんどの人が信じていないと思うのですよう。

あ~♪~らあああぁ~。。。デンマンさんまでが。。。デンマンさんまでが。。。あたくしを架空の女だと思っているのでござ~♪~ますか?

もちろん、僕は卑弥子さんが実在の人物だと思っていますよう。

だったら、あたくしが京都の女子大学で「日本文化と源氏物語」を講義していることを知っているでしょう?

もちろん知っていますよう。でもねぇ~、これまでに源氏物語の研究成果をこの記事の中で話してくれたことがないでしょう!?


『愛のギガバイト(2007年2月17日)』より

デンマンさんは、このようにグサリとあたくしの繊細な心を抉(えぐ)り出したのでござ~♪~ますわア!

それはちょっとオーバーでしょう?

オーバーでも、サーバーでも、ドーバーでもござ~♪~ませんわ。あたくしはマジで傷ついたのでござ~♪~ますわ。

それで、卑弥子さんは、ひねたような、僻(ひが)んでいるような、すねているような不機嫌な表情の紫式部を持ち出してきたのですか?

あらっ。。。上の絵の中の紫式部は、デンマンさんの目には、そのようにしか見えないのでござ~♪~ますか?

どう見たって喜んでルンルン気分になっているようには見えませんよう。

あたくしは自分の気持ちを上の絵に込めたわけではないのでござ~♪~ますわァ。

卑弥子さんの気持ちを込めたのでなければ、何のために紫式部の絵を持ち出してきたのですか?

だから、言ったではござ~♪~ませんか!

なんてぇ。。。?

大切なお話をしたいと。。。

つまり、その大切な話と言うのは紫式部のことですか?

そうでござ~♪~ますわ。

でも、何で紫式部。。。?

デンマンさんが、これまでに源氏物語の研究成果をこの記事の中で話してくれたことがないでしょう!?。。。と言ったからでござ~♪~ますわ。

分かりました。。。そう言う事であるならば、じっくりと卑弥子さんの話を聞きますよう。。。で、紫式部の何を話そうと言うのですか?

デンマンさんは六畳の御息所のことを次のように書いていましたわ。


(bond010.gif)

六条の御息所は
光源氏の初めての恋人。
年上の教養ある女性です。

気位の高い彼女は
源氏の心が自分から
離れそうになると、
自分の方から身を引きます。

でも、心の中では
光源氏への思いを断ちがたく、生霊(いきすだま)となり、源氏の正妻「葵の上」をとり殺してしまいます。

六条の御息所は
それ程の激しい愛情で
光源氏を愛していたのでしょう。

平安の昔、
家柄が高く、
やんごとなき貴家ともなれば、女児は未通で嫁入りする事が絶対条件でした。
男児は元服が筆おろしの
目安だったようです。

その“筆おろし”ですが、
天皇や将軍などの場合だと、
その介添えをするのは乳母
の場合が多かったと
言われています。

乳母といっても
だいたい24~5歳の
当時としては
女盛りの年増。

元服(男児の成人式)が
12~16歳の間ですから、
互いに理想的な
相手です。

少年の未知への
飽くなき好奇心と
有り余る精力。

女盛りで少年の心を
充分に知っている“熟女”は
勢い教育熱心な余り、
乳母であるよりも女として、
つい愛欲に溺れてしまうのも
自然な成り行き。

その結果、
乳母が妊娠する事も
あったようです。

男にとって最初の女に
特別な思いを抱くのは当然で、こうして乳母がそのまま正室になることも珍しくなかった。

入念に手ほどきを受け、
手練手管を仕込まれたら、
男たるもの、女好きにならないわけがない。

しかも乳母なるがゆえに、
他にさしたる仕事はなく、
男は心置きなく色事に専念できる。

光源氏にとって
六条の御息所は
乳母のような存在だったのでしょう。
それも、乳母と言うより
次第に女として愛してゆく。

六条の御息所も
“乳母”のように
源氏をいつくしみながらも
熟女として
源氏との愛に溺れてゆく。

でも、熟女の思慮と分別に
目覚めて身を引くのです。
しかし、萌え盛った
女の情念は止み難く
生霊(いきすだま)となり、
源氏の正妻「葵の上」を
とり殺してしまう。

光源氏と
六条の御息所の間に萌え盛った情念の激しさが見えるようです。

by デンマン


『エロい女と六条の御息所』より
(2007年1月19日)

つまり、六条の御息所について僕が上のように書いたことが気に喰わないのですか?

いいえ、そうではござ~♪~ませんわ。

それでは、いったい何が気に喰わないのですか?

そのあとでデンマンさんは太田将宏さんの次の文章を持ち出してきたのでござ~♪~ますわ。

ある日本の西洋哲学者が、源氏物語、あれはたいしたことないよ、と言ったのを憶えている。こういう人を典型的な学者馬鹿という。
(西洋)哲学の思考を基準にするとしたならば(草子地: また、この文は仮定法である。)、源氏物語がたいしたものでないことは、私にですら明白である。
あの作品の凄さは、そんな処にはない。

作者は(草子地: ここからは直説法)、私は、未だかつて、女の人の誰をでも愛した男を見たことが無かった。それどころか、自分の息子、娘ですら愛した男を、一人だに知らない、と言っているのである。
そうした世界を描ききった芸術としての文学がこの作品である、と私は評価しているのである。
それは、作者の意図ではないにしても、これは、男の孤独である。

私がまだ小学生の頃に、国語(草子地: 嫌な言葉だ。「日本語」でいい。)の先生が、…では、作者は何をいわんとしているのか、と生徒たちに質問したときに、私は、ひそかに、そんなことが他の言葉で言えたのならば、作者は、手っ取り早く、それを言っていただろう、と呟いたのを思い出す。
あの哲学者は、この国語教師の程度である(草子地:逆も真である)。

【デンマン注:】 改行を加えて読み易くしてあります。あしからず。


34ページ Aribert Reimann (1936-)
『間奏曲集 (主題なき変奏)』 作品2
著者: 太田将宏
初版: 1994年1月 改定: 2006年6月

つまり、僕が太田さんの文章を引用したのが気に喰わないのですか?

いいえ、そうではござ~♪~ませんわ。太田さんの文章を持ち出してきてからデンマンさんは、めれんげさんと次のように対話なさったのでござ~♪~ますう。


(merange12.jpg)

この(上の太田さんの)文章がどうだとデンマンさんは言わはるのぉ~?

あのなァ~、太田さんの源氏物語の評価が、わてとは全く違っているのやがなァ。

どこが、どう違いはるのぉ~?

太田さんは次のように書いているねん。


(seisho05.gif)

紫式部は、未だかつて、女の人の誰をでも

愛した男を見たことが無い。

それどころか、自分の息子、娘ですら愛した男を、

一人だに知らない、

作者の意図ではないにしても、

これは、太田さんにとって男の孤独である。

わては上の文章を読んで、まずビックリしたでぇ。。。おい!マジかよう?いったい、「源氏物語」のどこを読むと、そのような無鉄砲な結論が出てくるねん?

あんさんは、マジで、そう思いはったのぉ~?

マジやがなァ~。。。第一、上の光源氏と六条の御息所を読んでも、光源氏が御息所を愛したことは明白やがなァ~!確かに、光源氏は夕顔を愛するようになってゆく。しかし、だからと言って、光源氏が御息所を愛さなかったとは言えない!

確かに、わたしも、そう思いますわ。

そうやろう?。。。上の六条の御息所を誰が読んだってぇ、光源氏が物語の中で、かつて六条の御息所を愛したことがはっきりしている!

太田さんは、どうして、上のような評価をしたのやろか?

わても、じっくりと考えてみたでぇ~。。。

。。。で、分かりはったのぉ~?

分かった。。。太田さんは別の本の中で次のように書いていたのや。

私は、この曲集を書き終えたとき、老人見習いから、正真正銘の老人になるのではないか、と思うこの頃である。
真の老人とは、もはや、失うべき何ものも無くなった人のことを言うのではないか。
長女は、私から去った。次女は、中立を保つ為に、この家に寄りつかない。家内と言えば、日本語も通じなくなってから何年にもなる。

私には、S.Kierkegaard の言った、一番易しく一番難しいこと、すべてを捨てること、が、案外、無理なくできるのではないか。
いや、その時には、捨てるべき何ものも見当たらなくなった境地であろう。

その意味では、老人になる前に、不慮の死で亡くなった人は気の毒である。
私は、若い時に、死ぬのはいいが風邪をひくのは嫌だ、などと言って、粋がって与太をほざいていた。
今も、願わくは、あまり苦しむことなく死を迎えられたなら、それにこしたことはない、と考えている。

Kierkegaard は、また、永遠とは有限が無限に出会う瞬間である、と言っていた。
私の人生に、かつて、そのような瞬間があったであろうか。
いや、それもまた、超越の命題であろう。
私の人生は、無明に迷ったそれに終わるのかもしれない。
しかし、私の背後には、母の祈りがあった。

ある麻薬中毒患者が、お母さん、僕は、こんな遠くまで来てしまった、と淋しげに呟いていたが、私は、麻薬中毒者ではないけれど、その気持ちが解かっている、と思う。
どのみち、人生は、rehearsal無しの、ぶっつけ本番なのである。

しかし、私は、F.M.Dostoevsky の「白痴」にある、あの「イッポリトの告白」に書かれているように、もし、生まれる前に、この条件を知らされていたとしたならば、私は、生まれるてくることを肯(がえ)んじなかったであろう、とは思っていない。
私は、感謝して死ねるように、今からでも、心の準備をしておこう。

S.D.G

コーダ(蛇足):

私の懐疑なるものが、深いのか、深くないのか、私自身も知る由もない。
仮に、深かったとしても、そもそも、懐疑の深さというものは、誇るべきものであるのか、という疑問が残る。


【デンマン注:】 改行を加え読み易くしました。あしからず。

S.Kierkegaard: キルケゴール (1813-1855) デンマークの哲学者

S.D.G.: Soli Deo Gloria (ラテン語) To God Alone the Glory(英語) 神に栄光あれ。

F.M.Dostoevsky: ドストエフスキー (1821-1881) ロシアの小説家・思想家


56ページ Michel-Richard de Lalande
『後奏曲集(後書きばかり)』 作品3
著者: 太田将宏
初版: 1994年1月 改定: 2006年9月

この文章がどうやと、あんさんは言わはるのぉ~?

この文章を表面的に読めば、太田さんは二人の娘と奥さんとも、うまくいってないのやァ。。。つまり、源氏物語のところで言っている“男の孤独”を太田さんは味わっているのやがなァ~。

太田さんは二人の娘さんも奥さんも愛していないと、あんさんは言わはるのぉ~?

いや。。。違う!。。。表面的に読めば、その通りや。。。でもなァ~、わては太田さん夫婦を良く知っているつもりや。わてと太田さんは、実は、絶交している。でもなァ、太田さん夫婦は、どちらも善良な人なのや。

それなのに、太田さんは、どうして家族を愛していないように、また、愛されていないように書いてはるのぉ~?

あのなぁ~、太田さんが妻に寄せる、また、二人の娘に寄せる愛が、太田さんの思うようには受け留められていない。。。そのために太田さんは“男の孤独”を感じているのやがなァ。

つまり、太田さんは感情的と言うか?愛情的に不器用な人なのねぇ~?

そうなのや。。。親密な付き合いでない。。。要するに、ある程度距離を保ちながら付き合っている場合には、太田さんという人は実に人当たりの良い善良な印象を与える人なのやァ。次のエピソードを読めば、めれちゃんにも良く分かると思うのやァ。


(bus005.gif)

バスに乗り込んだ途端、ハーーイ、Mister Ota, Helloオーオ!、という女の子の大声が一番後ろの席から聞こえた。見ると、我が家の隣のChristineが、腕を170度ぐらいに大きく振って、にこにこしている。他の乗客は、いっせいに私を見ている。彼女が高校生のときであった。そして、大学に進んでドイツ文学を専攻した。それ以来、しょっちゅうドイツに行っている。今でも、まったく、彼女は天真爛漫である。

それが、彼女の母親、Victoriaの悩みの種なのだ。なにせ、三ヶ月と言って出て行って、一年以上、半年と言って、一年半も家に帰って来ないのである。大学も除籍になりかかったことがある。叱っても、娘の返事は、“Don’t worry”だそうだ。そして、Victoria は、Masahiro、今月の電話代いくらかかったと思う?$5,000以上よ、とこぼしていた。Christineが collect callで掛けてよこすからであろう。その挙句、先日は、金送れ、と言ってきたので、喧嘩してしまった、としょげていた。


145ページ Robert Schumann
『前奏曲集』 (私はアマチュアである) 作品1の2
著者: 太田将宏
初版:1989年7月 改定:2006年5月

(注: イラストはデンマンが貼り付けました。)

『女とクラシック (2009年9月23日)』に掲載

つまり、隣人同士の付き合い程度ならば良い印象を与える人なのやねぇ。

そうなのや。。。ところが、親密感が増してくると、こじれる場合が多い。その典型的な例が太田さんの二人の娘と奥さんですよう。

つまり、太田さんという人は親密感が増すほど、むき出しの自分の感情を見せてしまいはるのねぇ~?

そうなのやァ。

でも、どうして親密感が増すとこじれてしまいはるのぉ~?

雨降って地固まる

普通、ちょっとした感情のこじれや口喧嘩の後では、かえって以前よりもお互いの理解が進むものなのや。。。それで、以前よりも深い関係に進むことだってある。

太田さんには、それができへんのぉ~?

できない。。。太田さんは善良な人で、知的な教養人なのやァ。わては太田さんの本から結構たくさんの文章を引用しているねん。どの文章を読んでも知的なところが良く表れている。ところが、一つだけ大きな欠陥がある。

それってぇ、何?

考え方をちょっと改めて、めれちゃんのように仲直りする事ができへん。

2006-11-02 18:08:07
posted by merange

ちょいとマジな話やねんけど・・・

(テーマ:日記のつもり)


(merange42.jpg)

反省しきり。

わたし気がついたんやけど、
自分のことをずーっと考えてくれてる人の気持ちを、もっと冷静になって、考える必要があったよ・・・

固定観念にしばられて、自分の尺度で相手のことを、評価するのは、あまりにも心のせまいことやった。
人それぞれの個性を考慮せずに、好きだの嫌いだの、いいとか悪いとか、決め付けたまんまで、態度を硬化させて、そのまんまで、再考しようともしなかった自分は、なんちゅー視野のせまい人間やったことか。

いくら相手に理解を求めても、いっこうに気持ちがつたわらないことがある。
それはお互いの個性が、相容れないものであって、どれだけの言葉をつくしても、関係は平行線のまんま。
まして相手が他人の性格や表現様式を、理解できなければ、気持ちをつたえることは、あまりにもむずかしい。


(pray08.gif)

わたしは長年、固定された評価でしか、その人の自分への気持ちを考えずにいた。
確かに人間として、相容れない部分はある。

でも、自分のものさしで、その人を判断して、その判断を、見直そうともせずに態度を硬化させたままだった。
人それぞれの表現法や、思考の違いを考慮せずに、一度拒絶の気持ちを持ったら、それを頑なに変えようとせず、そのままで、思考をストップさせたままだった。

自分のことを、どんなかたちであれ、考え続けてくれるということの意味を、もっと尊重すべきだったことに、ようやく気がついた。

あらためて「ごめんなさい」と言います。
少なくとも、あなたを精神的に拒絶することをやめます。
わたしの存在を忘れずにいてくれる人がいるということを、素直に受け入れるようにします。
それ以上のことは、
わたしにはできないけれど、
感謝の気持ちを忘れないようにしようと思います。


(girl100.jpg)


【デンマン注】 原文には全く手を加えていませんが、構成、背景や画像はデンマン流に変えてあります。

『めれんげの原材料 (第3ページ)』より

『出会い系の悪魔』に掲載
(2008年9月10日)

(mereheart2.jpg)

太田さんは頑固に自分の考えにこだわりはるのぉ~?

おそらく、相手の考え方を多少は認めるようにはなるのやろなァ。。。でもなァ、オツムでは分かっていても、実際に仲直りという行動にでることがができない。それで、次のようになってしまう。

長女は、私から去った。

次女は、中立を保つ為に、

この家に寄りつかない。

家内と言えば、

日本語も通じなくなってから

何年にもなる。

たぶん、気持ちの上では仲直りができているのですやろねぇ。。。わたしは、そう思うねん。ただ、太田さんは「男の沽券(こけん)」にこだわって、歩み寄ることができへんと思うわ。

そうやろな。そやから、めれちゃんが絶交状を書いてから仲直りしたのは、すっご~い事やがなァ!

『仲直りが不可能と思われる、

めれちゃんが書いた絶交状』

あんさんは、マジでそう思ってくれはるのォ~?

そうやでぇ~。。。


『愛の涙 (2007年2月16日)』より

卑弥子さんは『レンゲ物語』も読んでるのォ~?

たまたま源氏物語が出てきたので、あたくしは注意深く読んだのでござ~♪~ますわ。

それで卑弥子さんは何が言いたいのですか?

良くぞ聞いてくださいました。あたくしは太田さんがおっしゃった次の言葉がしばらくオツムの中を駆け巡っていたのでござ~♪~ますわ。

私(紫式部)は、未だかつて、

女の人の誰をでも愛した男を

見たことが無かった。

それどころか、自分の息子、

娘ですら愛した男を、

一人だに知らない、と

言っているのである。

そうした世界を描ききった

芸術としての文学が

この作品である、と

私は評価しているのである。

それは、作者の意図ではないにしても、

これは、男の孤独である。

この太田さんの言葉がそれ程卑弥子さんにインパクトを与えたのですか?

そうでござ~♪~ますわ。それに対してデンマンさんは、全く的外れな理解の仕方をしていると、あたくしは思ったのでござ~♪~ますわ。

あのねぇ~、太田さんは、あくまでも極めて個人的な解釈をしたのであって、源氏物語を普遍的に評価したわけではないのですよう。

そうでしょうか?

あれっ。。。卑弥子さんは僕が書いた事をしっかり読んだのでしょう?

読みましたわ。

だったら、上の文章を読めば、太田さんが自分自身の“男の孤独”を基準にして源氏物語を評価しているのが見え見えではないですか!

あたくしは、そのようには考えないのですわ。

卑弥子さんが、そう思わなくても、太田さんの評価は極めて個人的な経験に基づいた個人的な評価なのですよう。

だったら、デンマンさんが書いた次の文章をお目にかけますわ。

当時の“女流文学”は藤原道長によって

権力闘争の道具と見なされたのですよう。

そこに藤原道長は、当時の“女流文学”の

有用性を見たのですよう。

デンマンさんはこのように書いていましたわ。

確かに、そのように書いたことがありました。

あたくしが、その有用性は。。。?とお尋ねしたら、デンマンさんはジューンさんの「千夜一夜物語」を持ち出してきたのでござ~♪~ますわ。


(chiwawa5.gif)

こんにちは。ジューンです。

「千夜一夜物語」を読んだことがありますか?

「アラビアン・ナイト」とも呼ばれますよね。

わたしは映画で見たことがあります。

どのようにして物語が始まったのか?

実は、妻の不貞を見て

女性不信となったシャフリヤール王が

国の若い女性と一夜を過ごしては、

その女性を殺していたのです。


(harem2b.gif)

それを憂いた大臣が娘のシャハラザードを

王に嫁がせたのです。

娘は、千夜に渡って毎夜王に話を聞かせて

王の気を紛らわさせ、

ついに殺すのを止めさせたというのです。

話がクライマックスに近づくと

「続きはまた明日ね」と言って

娘は話を打ち切るのです。

王は次の話が聞きたくて

別の女性に伽(とぎ)をさせるのを思い留まり、

それが千夜続いたというのでした。

船乗りシンドバッドのような

実在の冒険商人たちをモデルにした話や

アッバース朝のカリフである

ハールーン・アッ=ラシードや、

その妃のズバイダのような

実在の人物が登場する話など、

多彩な物語が繰り広げられます。

面白いですよ。

あなたも、ぜひ読んでみてくださいね。


(pergal.jpg)

ところで、英語の面白いお話を集めました。

時間があったら覗いてみてくださいね。

■ 『あなたのための愉快で面白い英語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


(stars.gif)


『私論・源氏物語 (2009年5月17日)』より

その通りですよう。『源氏物語』の有用性は、まさに『千夜一夜物語』と同じです。

あたくしは、デンマンさんの目の付け所に驚かされたのでござ~♪~ますわ。

ほおォ~。。。そうだったのですか?

さらにデンマンさんは次の表を見せて説明してくださいました。

1) 皇后:藤原定子(977-1000)
 - 関白藤原道隆長女

第一皇女:脩子内親王(996-1049) – 一品准三宮
第一皇子:敦康親王(999-1018) – 一品式部卿
第二皇女:媄子内親王(1000-1008) – 東三条院養女

2) 中宮:藤原彰子(988-1074)
 - 左大臣藤原道長長女

第二皇子:敦成親王(後一条天皇)(1008-1036)
第三皇子:敦良親王(後朱雀天皇)(1009-1045)


『愛の涙 (2007年2月16日)』より

これを見るとねぇ、はっきりと分かるのですよう。青組の彰子と道長が赤組の定子と道隆に勝利しているのですよう。

つまり、青組が天皇を二人出しているという事でござ~♪~ますか?

その通りですよう。道長は娘の彰子に教養を身につけさせ一条天皇が頻繁に彰子の部屋を訪れるように企(たくら)んだのです。

そのために紫式部をスカウトして彰子に仕えさせたのでござ~♪~ますか?

そうですよう。『源氏物語』は彰子のために書かれたものですよう。

つまり、『千夜一夜物語』のシャハラザードのように、『源氏物語』を読んだ彰子が寝室で一条天皇にお話を聞かせたのでござ~♪~ますか?

その通りですよう。それで、次のような結果になったのです。

話がクライマックスに近づくと

「続きはまた明日ね」と言って

彰子は話を打ち切った。

一条天皇は次の話が聞きたくて

別の女性に伽(とぎ)をさせるのを

思い留まり、

それが毎夜続くようになって

将来天皇になる二人の皇子を

お生みになったのでした。

デンマンさんから、このお話を聞いて“目からウロコ”でござ~♪~ましたわ。たまには源氏物語研究家以外の人の意見を聞くのも勉強になると思いましたわ。

その事が言いたかったのですか?

もちろん違いますわよう。

だったら、いったい、何が言いたいのですか?

デンマンさんは覚えているでしょうか?あたくしはビートルズと源氏物語についてデンマンさんとお話したことがあったのでござ~♪~ますわ。

覚えていますよう。卑弥子さんが熱狂しましたからね。


(beat44.jpg)

キャー すてきィ~

卑弥子さん!。。。また熱狂しないでくださいよう!今日はビートルズの話じゃないのだから。。。

失礼いたしましたわ。。。ついつい、熱狂してしまいましたわ。。。ごめんあそばせぇ~♪~うふふふふ。。。

それで、どうしてビートルズなどを持ち出してきたのですか?

あたくしがビートルズに熱狂したように、紫式部さんは白楽天に熱狂していたのですわ。デンマンさんとお話して改めて、そのように認識したのでござ~♪~ますわ。

卑弥子さんも、『桐壺』には「長恨歌」の影響が、ありありと見えることを認めるのですね?

そうですわ。

僕は『源氏物語』のテーマは、まさに「長恨歌」のテーマそのものだと信じているほどです。

そのテーマとは。。。?

だから、長い恨(うら)みの歌ですよう。。。英語では「長恨歌」は Everlasting Regret (果てしない悔恨) と訳されています。

つまり、『源氏物語』のテーマも「果てしない悔恨」でござ~♪~ますか?

そうですよう。

でも、源氏物語の主要テーマは未だに議論がなされていて、決着はついてないのでござ~♪~ますわ。

主要テーマ(主題)の諸説

「源氏物語の主題が何であるのか」については古くから様々に論じられてきたが、『源氏物語』全体を一言で言い表すような「主題」については「もののあはれ」論がその位置に最も近いとは言えるものの、未だに広く承認された決定的な見解は存在しない
古注釈の時代には「天台60巻になぞらえた」とか「一心三観の理を述べた」といった仏教的観点から説明を試みたものや、『春秋』、『荘子』、『史記』といったさまざまな中国の古典籍に由来を求めた儒教的、道教的な説明も多くあり、当時としては主流にある見解と言えた。
『源氏物語』自体の中に儒教や仏教の思想が影響していることは事実としても、当時の解釈はそれらを教化の手段として用いるためという傾向が強く、物語そのものから出た解釈とは言い難いこともあって、後述の「もののあはれ」論の登場以後は衰えることになった。

これに対し、本居宣長は『源氏物語玉の小櫛』 において、『源氏物語』を「外来の理論」である儒教や仏教に頼って解釈するべきではなく『源氏物語』そのものから導き出されるべきであるとし、その成果として「もののあはれ」論を主張した。
この理論は源氏物語全体を一言で言い表すような「主題」として最も広く受け入れられることになった。
その後明治時代に入ってから藤岡作太郎による「源氏物語の本旨は、夫人の評論にある。」といった理論が現れた。

明治時代以後、坪内逍遥によって『小説神髄』が著されるなどして西洋の文学理論が導入されるに伴いさまざまな試みがなされ、中には部分的にはそれなりの成果を上げたものもあったものの、

○ そもそも『源氏物語』に西洋の文学理論でいうところの「テーマ」が存在するのか。
○ 『源氏物語』に対して西洋の文学理論を適用することおよびそれに基づく分析手法を用いた結果導き出された「テーマ」に意味があるのか

といった前提が問い直されていることも多く、それぞれがそれぞれの関心に基づいて論じているという状況であり、源氏物語全体を一言で表すような主題を求める努力は続けられており、三谷邦明による反万世一系論や、鈴木日出男による源氏物語虚構論などのような一定の評価を受けた業績も現れてはいるものの、一方で『源氏物語』には西洋の文学理論でいうところの「テーマ」は存在しないとする見解も存在するなど広く合意された結論が出たとは言えない状況である。
源氏物語のそれぞれの部分についての研究がより精緻になるに従って源氏物語全体に一貫した主題を見つけることは困難になり、「読者それぞれに主題と考えるものが存在することになる。」という状況になる。
平成10年(1998年)から平成11年(1999年)にかけて風間書房から出版された『源氏物語研究集成』では全15巻のうち冒頭の2巻を「源氏物語の主題」にあて、計17編の論文を収録しているが、源氏物語全体の主題について直接論じたものはなく、すべて特定の巻または「○○物語」といった形でまとまって扱われることの多い関連を持った一群の巻々についての主題を論じたものばかりである。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

あのねぇ、テーマのない文学作品ってないですよう。

そうでしょうか?。。。あたくしは、西洋の文学理論でいうところの「テーマ」は存在しないと思うのでござ~♪~ますわ。

たとえそうだとしても、紫式部が『源氏物語』を書いた動機があるはずですよう。それがテーマですよう。

その動機って何でござ~♪~ますか?

紫式部は宮本武蔵のように「長恨歌」にハマッていたのですよう。

つまり、式部さんは日本語版「長恨歌」を書くつもりだったのでござ~♪~ますか?

そうですよう。僕にはそれ以外に思いつきません。だから、源氏物語のテーマは「果てしない悔恨」ですよう。

でも、本居宣長は、『源氏物語』を「外来の理論」である儒教や仏教に頼って解釈するべきではなく『源氏物語』そのものから導き出されるべきであるとし、その成果として「もののあはれ」論を主張したのでござ~♪~ますわ。

うん、うん、うん。。。確かに、そういう考え方もあるでしょう。でもねぇ、ビートルズの影響を無視して日本の現代ポピュラー音楽を語ることができないように、「長恨歌」を無視して『源氏物語』を語ることなどできないのですよう。しかも、卑弥子さんが指摘しているように源氏物語の第一巻の『桐壺』にありありと、「長恨歌」からの引用がある。

つまり、デンマンさんは、何が何でも紫式部さんが「長恨歌」にハマッていたとおっしゃるのでござ~♪~ますわね?

もちろんですよう。


(beat44.jpg)

キャー すてきィ~


(murasa3.jpg)

紫式部が生きていたら、ちょうど卑弥子さんのようにビートルズに熱狂したはずですよう。うしししし。。。

分かりましたわ。。。式部さんが「長恨歌」にハマッていたとして、その「果てしない悔恨」とは、いったい何でござ~♪~ますか?

良くぞ聞いてくれました。僕は何度も何度も源氏物語を読み返しました。源氏物語研究家の卑弥子さんを前にして説明するのは「釈迦に説法」になるけれど、僕はあえて素人なりの僕の考えを書いてみました。

『源氏物語』の第一部(「桐壺」から「藤裏葉【ふじのうらば】」まで)の終わりに近づいた「蛍(ほたる)」の帖で、紫式部は源氏の口を借りてつぎのように言う。
「そらごと」、つまり虚構と言われる物語の中にこそ人生の真実を書くことができると。。。

『源氏物語』の第二部は「若菜(わかな)上」から「幻(まぼろし)」までの8帖。
ここでは、主人公の光源氏のもとに、兄の朱雀(すざく)院の女三の宮が嫁(とつ)ぐ。
六条院の調和が崩れる。
つまり、源氏と紫の上との間に隙間風が吹き始める。
やがて、女三の宮と内大臣の子息・柏木(かしわぎ)との密通から、不義の子・薫(かおる)が生まれる。

源氏をめぐる女性は次々と出家。
あるいは他界する。
生涯の伴侶だった紫の上も亡くなる。

この世の栄華を極めた光源氏も、忍び寄る老いには勝てず、苦渋と孤独のうちにやがてその生涯を閉じる。
光源氏も、所詮(しょせん)は一人の人間でしかなかったと書き終えて、紫式部はさらに、源氏の次の世代に筆を進める。
第三部である。

第三部は、「匂宮(においのみや)」「紅梅(こうばい)」「竹河(たけかわ)」の三帖を介して、いわゆる「宇治十帖」に語り継がれる。
源氏の孫に当たる風流貴公子・匂の宮と罪の子・薫が主人公として登場。
この二人の相手になるのが源氏の零落(れいらく)した異母弟・八の宮の姫君たち。
主要舞台は京の都から暗鬱(あんうつ)な宇治の山里に移る。

この宇治の山里では、不毛な恋に身を焼いて何の救いもない。
浮舟は、心の中では信頼感の持てる薫をしたいながら、官能の炎にもえる匂の宮に惹かれてゆく。
オツムは薫に、体は匂の宮になびいてゆく。
自らの意思によって、いずれが真実なのか見極めることができない浮舟の性格には、女の持つ弱さ、はかなさがにじみ出ている。

いよいよ浮舟は薫か、匂の宮か?二人のどちらかを選ばねばならないのだが、決心がつかない。
浮舟は、悩んだ末、宇治川へ投身自殺をする。
ところが、彼女は死なず、助けられる。
愛の惑溺(わくでき)から逃れるため、浮舟は出家する。

こうして、最終帖「夢浮橋(ゆめのうきはし)」では、薫と匂の宮に愛された浮舟の、かたくなな出家の意思と、行き悩む薫の姿を描いて、この大河小説は終わるともなく終わってゆく。


『紫式部の生没年はなぜ分からないの?』より
(2009年6月30日)

つまり、デンマンさんにとって、源氏物語の第三部にこそ、「果てしない悔恨」が描かれているとおっしゃるのですか?

その通りですよう。第一部の「明石」の帖あたりまでは、紫式部が藤原道長に見出されて、彼の娘の彰子に仕えるまでに書き終えていたと思うのですよう。

第14巻の「澪標(みおつくし)」からあとの帖を道長様がプロデユーサーになって紫式部さんが書き進めたとおっしゃるのでござ~♪~ますか?

その通りです。紫式部は頭がいい女性だから、やがて自分が利用されていることに気づいたでしょう。

彰子様が一条天皇の子供を宿すために『千夜一夜物語(アラビアン・ナイト)』ならぬ、『源氏物語』を持って一条天皇の伽をなさったとデンマンさんはおっしゃるのですわね?

そうですよう。紫式部のおかげで彰子は勝ち組になったのですよう。清少納言は定子に仕えて敗者の側から道長と道隆(彼の遺児の伊周・隆家)の権力闘争を見ていた。『枕草子』とは、枕のみが自分の涙を知っているという意味で、藤原道長を憚(はばか)って明記されていないが明らかに定子・伊周の立場に立って道長を告発している書ですよう。

。。。んで、具体的に何が「果てしない悔恨」なのでござ~♪~ますか?

紫式部には、書きたいことがたくさんあったのですよう。でも書けなかった。

どうして、そのような事がデンマンさんには分かるのでござ~♪~ますか?

紫式部は「雲隠(くもがくれ)」の本文を書いたと思うのですよう。でもねぇ、プロデューサーである道長が、「それは一条天皇が読むのにふさわしくない」と言って削除させたのですよう。

つまり、一条天皇が読んだら、イヤな感じを抱いて彰子様から定子さんへ乗り換えると。。。?うふふふふ。。。

そうですよう。それで、紫式部は、しぶしぶ応じなければならなかったので、現在でも巻名のみで本文が欠如している。

つまり、式部様は利用されている自分に気づきながらも、プロデユーサーである道長様に従わねばならなかったと。。。

そうですよう。。。でも、やがて目的を達した。

彰子様が一条天皇のお子を宿したのですわね?

そうですよう。それで第三部では自由に書くことができた。

。。。んで、「果てしない悔恨」とは。。。?

だから、浮舟の苦悩こそ、紫式部が感じた悔恨ですよう。浮舟は薫と匂の宮の間でゆれた。紫式部自身も「薫」と「匂の宮」の間でゆれた。

どう言う事でござ~♪~ますか?

つまり、「薫」とは、紫式部が「長恨歌」から感じ取ったロマンですよう。この事が書きたかった。

それで、「匂の宮」とは。。。?

プロデユーサーである道長が紫式部に「このようなことを書けば一条天皇が喜ぶはずだ。。。」と言って書かせた物語ですよう。つまり「雲隠(くもがくれ)」までのハッピーエンドな物語ですよう。

書きたいものが書けなかった、道長様に利用された、という紫式部さんの「果てしない悔恨」が第三部になったとデンマンさんはおっしゃるのでござ~♪~ますか?

そうですよう。そのようなテーマを借りて第三部で道長を含めた上流貴族社会の実像を描いて見せたのですよう。道長も当然第三部を読んだのです。にがにがしく思ったでしょう。その空気を周りの者も微妙に察したはずです。

それで。。。?

あれだけ有名な源氏物語を書き上げたのに、紫式部の晩年が、なぜ、これほどまでに夜霧の彼方に霞(かす)んで見えなくなったのか?

道長様の思惑を察して、誰もが相手にしなかったのでござ~♪~ますか?

そうとしか考えられないでしょう!だから、紫式部の生没年は分からない。彼女の本名さえも伝わっていない。紫式部は道長に嫌われることを承知で断固として書くべきことを最後に書いたのですよう。そして、夜霧の彼方に消えて行ったのですよう。

可哀想に。。。

それで、卑弥子さんは僕に何が言いたかったのですか?

あたくしは太田さんが書いていたことを何度も考えてみたのです。

私(紫式部)は、未だかつて、

女の人の誰をでも愛した男を

見たことが無かった。

それどころか、自分の息子、

娘ですら愛した男を、

一人だに知らない、と

言っているのである。

そうした世界を描ききった

芸術としての文学が

この作品である、と

私は評価しているのである。

それは、作者の意図ではないにしても、

これは、男の孤独である。

卑弥子さんは、しつこいなあああァ~!僕が何度も言っているように、太田さんのこの評価は極めて個人的な経験に基づいて書いたまでのことですよう。普遍性はないのですよう。

あたくしは、そうは思いませんわ。

普遍性があるとでも言うのですか?

そうでござ~♪~ますわ。

どう言う訳でぇ。。。?

デンマンさんは第二部がハッピーエンドだとおっしゃいましたが、あたくしは違うと思うのでござ~♪~ます。

どうして。。。?

数々の女性と愛し合った光源氏は、この世の栄華を極めるのですけれど、忍び寄る老いには勝てず、苦渋と孤独のうちにやがてその生涯を閉じるのでござ~♪~ますわ。一見、幸せに終わったかのように見えますが、それは表面的な栄華であって、第三部の「果てしない悔恨」を書くための中継(なかつ)ぎのようになっているのでござ~♪~ますわ。

つまり、光源氏も太田さんが言う“男の孤独”を感じながらあの世に行ったと卑弥子さんは言うのですか?

そうでござ~♪~ますわ。その延長線上に第三部が展開されてゆくのですわ。

しかし、白楽天に熱狂した紫式部が源氏物語で“男の孤独”を書こうとしたとは思えない。

もちろん、紫式部女史は“男の孤独”を書こうとしたのではありません。“人間の孤独”を書こうとしたのでござ~♪~ますわ。

しかし、白楽天に熱狂した紫式部は玄宗皇帝と楊貴妃の愛の物語を源氏物語の中でも書こうとしたはずですよう。

そうなのですわ。でも、結果として、そうはならなかったのでござ~♪~ます。

どうして。。。?

紫式部はレンゲさんのようなジレンマを感じたのでござ~♪~ますわ。

初めの意図とは、

ずれまくってるよ。


(lonely15.jpg)

最初はいろんな形の愛を探したかった。

でも、今はわたしの感情の吐き出し口。

更新も全然できないし・・・

て言うか、パソコン自体いじってない。

先日から、少し調子がいいのかな?

今まで「死にたい」すら書けなかったし。

 

by レンゲ

2004/12/09 13:07


『心の痛みを話す気になりましたか?』より
(2005年11月26日)

紫式部も玄宗皇帝と楊貴妃のような愛の物語を書こうとしたのですわ。

どうして書かなかったのですか?

自分が藤原道長に利用されていると知ったからですわ。それからは、宮人たちの淋しい孤独な面ばかりが見えるようになってくる。挙句の果てに道長との関係も冷え切ってゆくのですわ。それで、やがては人知れず当時の社交界から消えて行ったのでござ~♪~ますう。

つまり、源氏物語は紫式部の“人間の孤独の書”だと卑弥子さんは見ているのですか?

そうでござ~♪~ますわ。。。いけませんかしら?おほほほほ。。。

【小百合の独り言】


(sayuri5.gif)

ですってぇ~。。。
卑弥子さんの知られざる源氏物語研究家としての一面を見る思いがしましたわ。
私は源氏物語をじっくりと読んだ経験がありません。
あなたはいかがですか?
外国語を読むようで、ちょっととっつきにくいですよね。

でも、卑弥子さんとデンマンさんのお話を聞いていると、なんだか、じっくりと読んでみようという気持ちになりますわ。
あなたは、どう思われたでしょうか?

卑弥子

の検索結果

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(himiko22.gif)

1) 卑弥子とは – @PEDIA(アットペディア) 卑弥子さんは京都にある女子大学で「日本文化と源氏物語」を講義しています。30代で独身です。結婚を希望していますが良い人がなかなか現れません
http://atpedia.jp/word/卑弥子

2) 卑弥子 の まとめ- @PEDIA(アットペディア) 卑弥子さんは京都にある女子大学で「日本文化と源氏物語」を講義しています。30代で独身です。結婚を希望していますが良い人がなかなか現れません
http://atpedia.jp/matome/卑弥子

4) 卑弥子の何でも屋風呂具 卑弥子が顔を出す記事をすべて網羅したブログです。 … 卑弥子の何でも屋風呂具のHOTキーワード☆. 愛; ざ; 女; デンマンさん; 目; 人; 小百; 卑弥子さん; 記事; バンクーバー; 次; jp; PART; ブログ; 小百合さん; 英語; ランジェリー; クリック; ネット
http://www.edita.jp/himiko/

5) 卑弥子の何でも屋風呂具 卑弥子が顔を出す記事をすべて網羅したブログです。 … 卑弥子でござ〜♪〜ますわよ。 くどいようですけれど、また現れましたわ。 ええっ、何で英語の記事に 顔を出すのかって? あたくしも、英語を勉強して ワーホリしたいのですわよ。
http://www.edita.jp/himiko/archive/200709-new.html

6) 徒然ブログ:武蔵と卑弥子さん (PART 1) あのねぇ~、僕がせっかく宮本武蔵のことを書こうとしているのに卑弥子さんが協力してくれないからですよう。んも~~ …. あのねぇ、僕にとって卑弥子さんも大切な人なのですよう。でもねぇ~、今日は宮本武蔵と小百合さんのことなのですよう。
http://blog.livedoor.jp/barclay1720/archives/51512104.html

7) 徒然ブログ:武蔵と卑弥子さん (PART 2)2009年6月20日 … 実際、素晴しい授業でしたよ。僕も引き込まれるように、この先生の熱のこもった説明に魅了されたものでした。まるで人間国宝級の講談師が講釈をしているような熱の入れ方なのですよ。卑弥子さんも『長恨歌』を知っているでしょう?
http://blog.livedoor.jp/barclay1720/archives/51512085.html

11) 卑弥子 – Blog Keyword VisualizerBlog Keyword Visualizer (ブログキーワードビジュアライザー) はBlogの最近の話題を知ることができるサイトです.
http://bkv.so-net.ne.jp/keyword/卑弥子

12) 武蔵と卑弥子さん PART 5 OF 5 – デンマンのブログ 2009年6月20日 … ご内儀の申し出に鼻の下を伸ばして褥(しとね)を共にしたならば、卑弥子さんと同じように腹が膨らんでしまったかもしれないのですよう。そうなったら、ご内儀は離縁されて人生の破滅になるかもしれない。
http://blog.goo.ne.jp/denman/e/5632488f62fef8741a0f69b336c6dbd7

13) 武蔵と卑弥子さん PART 4 OF 5 – デンマンのブログ 卑弥子さんも『長恨歌』と言う名前は知っていても、内容までは良く知らない。。。そうでしょう? デンマンさんは、大島先生の …. 卑弥子さんと同姓同名のご内儀も、心の優しい女性だから武蔵と打ち解けてゆくわけですよう。しかも、武蔵は僕と同じよう
http://blog.goo.ne.jp/denman/e/eea7cf0ca895ec4d71c02a82b1768b57

14) エディタ・コミュニティ(edita) – 卑弥子の何でも屋風呂具 エディタ・コミュニティ:のコミュニティ。卑弥子が顔を出す記事をすべて網羅したブログです
http://community.edita.jp/c_top/c-45f8fd038bd73

2010年2月21日現在

『卑弥子 のGOOGLE検索結果』より

“卑弥子”を入れた検索結果ですわ。
やっぱり、すごいですわよねぇ。

でも、“小百合”を入れて検索してみたら、なんと 2、730,000件も見つかりました。
トップは、なんと言っても吉永小百合さんでしたわ。
しかし、私は100番以内にも入っていませんでした。(苦笑)

それを考えると卑弥子さんが約 69,100 件中のトップを占めているという存在感はすごいですよね。
そのうち、卑弥子さんにも素晴らしい男性からファンレターかラブレターが届くと思いますわ。
ちなみにデンマンさんが名づけてくださった“軽井沢タリアセン夫人”を入れて検索してみたら、次のような結果が得られました。

軽井沢タリアセン夫人

の検索結果

約 8,090 件中 1 – 10 件目


(sayuri43.jpg)

1) 軽井沢タリアセン夫人 PART 1 OF 4 – デンマンのブログ 2009年6月12日 … 実は、「軽井沢タリアセン夫人」も小百合さんと僕の対話形式の話になるのですよう。 小百合さんは、ヤらしい話が嫌い … 「軽井沢タリアセン夫人」では、小百合さんの胃の調子が可笑しくなるような写真やイラストは使わないつもりです。
http://blog.goo.ne.jp/denman/e/e3d2e3f8d7bef351ff05b52b2fb8795d

2) タリアセン夫人(PART 3 OF 3) – デンマンのブログ 分かりました。。。でも、僕のことよりも小百合さんこそ軽井沢タリアセン夫人としてルンルン気分で暮らしてね。 でも、私はデンマンさんが考えているようなタリアセン夫人ではないのですわ。 あのねぇ~、小百合さんは自分の事を良く見てないのですよう。
http://blog.goo.ne.jp/denman/e/97ef3014bf52508e44b0f24a9d15b5c7

3) 軽井沢タリアセンのクチコミ | 【デート通.jp】 – デートスポット …『エマニエル夫人特集』 じゃあ、いつものように小百合さんが「軽井沢タリアセン夫人」として夢とロマンの人生が送れるように応援しています。 … エマニエル夫人は、やっぱり軽井沢タリアセン夫人と関係あるのですよね。 きゃははははは。
http://www.date2.jp

4) デンマンの書きたい放題 : 軽井沢タリアセン夫人 (PART 2 OF 4)軽井沢タリアセン夫人 (PART 2 OF 4). 2009年 06月 12日. 軽井沢タリアセン夫人 (PART 2 OF 4). 日付: Fri, 29 May 2009 14:01:23 +0900 (JST) (バンクーバー時間: 5月28日 木曜日 午後10時1分) 差出人: “domini@yahoo.co.jp”
http://denman705.exblog.jp/10415276/

5) デンマンの書きたい放題 : 軽井沢タリアセン夫人と馬鹿犬(PART 3 OF 4)軽井沢タリアセン夫人と馬鹿犬(PART 3 OF 4). 2009年 08月 17日. 軽井沢タリアセン夫人と馬鹿犬(PART 3 OF 4) 読みました。 そんなに早く読めるわけねぇ~♪~だろう! いえ。。。オイラは縦読みするから、ほんのわずかな時間で読んでしまうんです。
http://denman705.exblog.jp/10880918/

6) 徒然ブログ:軽井沢タリアセン夫人 (PART 2) それだけ、軽井沢が小百合さんにとって子供の頃からの夢とロマンになっていたんだよね。 僕が小百合さんのために「軽井沢タリアセン夫人」を書こうと思ったのも小百合さんの夢とロマンを感じ取ったからなのですよう。 うん、うん、うん。
http://blog.livedoor.jp/barclay1720/archives/51508145.html

7) 徒然ブログ:軽井沢タリアセン夫人と馬鹿犬(PART 2)2009年8月17日 … 軽井沢タリアセン夫人と馬鹿犬(PART 2) 読みました。 そんなに早く読めるわけねぇ~♪~だろう! いえ。。。オイラは縦読みするから、ほんのわずかな時間で読んでしまうんです。 だから、オマエは話の内容をいつも理解していないんだな?
http://blog.livedoor.jp/barclay1720/archives/51537742.html

8) 軽井沢タリアセン夫人と馬鹿犬(PART 1 OF 4)2009年8月17日 … その中で「軽井沢タリアセン夫人」が一人で読んだら、噴出してしまうような話があります。 294ページにあります。 タイトルは“The odd couple (奇妙なカップル)” オナラの話なのですよう。 僕は、これまで犬がオナラをするのを聞い
http://www.edita.jp/goo705/one/goo7052674.html

9) タリアセン夫人(PART 3 OF 3)2010年2月15日 … でも、僕のことよりも小百合さんこそ軽井沢タリアセン夫人としてルンルン気分で暮らしてね。 でも、私はデンマンさんが考えているようなタリアセン夫人ではないのですわ。 あのねぇ〜、小百合さんは自分の事を良く見てないのですよう。
http://www.edita.jp/goo705/one/goo7053226.html

10) 保険とローンについて考えるさいと: 軽井沢タリアセン夫人と馬鹿犬 …2009年8月17日 … 軽井沢タリアセン夫人と馬鹿犬(PART 4 OF 4). JCB ETCカードの普及には、例の高速料1000円の影響があることは認めざるを得ない。 業界をリードしているJCBは、クレジットカードのトップランナーとしての威信を、JCB ETCカードに賭けて
http://hokentoloan.seesaa.net/article/125855070.html

2010年2月21日現在

『軽井沢タリアセン夫人 のGOOGLE検索結果』より

上位10位は、すべて私のことが書いてあるのですけれど、ほとんどデンマンさんが書いた記事ですわ。(微笑)
“軽井沢タリアセン夫人”の名に恥じないように現代語訳の源氏物語でも暇なときに読んでみようと思います。

とにかく、まだ面白い話題が続くと思いますわ。
あなたもどうか、またあさって読みに戻ってきてくださいね。
では、また。。。


(byebye.gif)

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こんにちは。ジューンです。


(genji20.jpg)

本の紹介ページ: 『英訳源氏物語』

『源氏物語』は、1882年に

末松謙澄さんが英訳して

ロンドンで刊行されました。

デンマンさんもこの事で

次の記事を書いています。

『ヴィクトリア女王と源氏物語』

ヴィクトリア女王は

「源氏物語」を読んだでしょうか?

ヴィクトリア女王が亡くなったのは

1901年です。

だから、読んだかもしれません。

ただ、「源氏物語」を読まないとしても、

紫式部の名前を知っていたかもしれません。

ええっ。。。どうしてかって。。。?

ヴィクトリア女王は「紫」が好きだったそうです。

うふふふふ。。。

人類が最初に発明した合成染料は

紫色だったのです。

1856年にイギリスの化学生パーキンが

解熱剤を合成する実験中に

偶然発見したそうですよう。

その薄い紫はモーヴと名付けられたのです。

モーヴ(mauve)とはフランス語で

葵(アオイ)の意味です。

ヴィクトリア女王は、その紫色が好きだったのです。

1862年に開かれたロンドンの万国博に

ヴィクトリア女王がこの合成染料モーヴで染めた

ドレスを着て現れたのです。


(mauve12.jpg)

【合成染料モーヴで染めた

ヴィクトリア朝のドレスを着た女性】

そのような訳でモーヴはヴィクトリア朝の

流行色となりました。

ところで、愛とロマンに満ちた

レンゲさんのお話をまとめて

『レンゲ物語』を作りました。

もし、レンゲさんの記事をまとめて読みたいならば、

次のリンクをクリックしてくださいね。

■ 『愛とロマンのレンゲ物語』


(renge730.jpg)

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


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