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逝く者と残る者

2016年11月8日

 

逝く者と残る者

 


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デンマンさん、お元気ですか?
先月末(4月29日)、久しぶりで芳江さん(注:デンマンの母親)を訪ねてきました。
暮に伺った時「春の彼岸頃また来るから」といって…。
数えたら5ヶ月も経っているのですね。

この冬は例年になく寒く私も含めて高齢者に近づいた人には厳しかった。
芳江さんも大変だったのではと行く前に心配が大きく
電話をして様子を確かめたところ張りのある声が聞こえてきました。

会うと顔色も非常によく案じていたよりは、はるかに健康的で、私の方が薬負けしているせいか、ずっと病的だなあと思いました。
4次元の会話もほとんどなく、しっかりと的を得ていました。
(泥棒の話がひとつだけ出てきましたが。。。)

あと半年したらデンマンさんが帰ってくるからと、もう楽しみにしている状態です。
私はこの日も「芳江さん、りっぱだね」と長寿のことを誉めましたが必要以上に誉めそやすと油断するのが怖いので楽な気持ちで今まで通り気張って欲しいと勇気付けてきました。

人は皆 死に行く道を歩んでゆくわけですが、私は最近すんなりと逝ければいいなあと願うようになっています。
デンマンさんの誕生日のすぐあとに私の誕生日で、この好きな桜の季節にまた年を重ねました。


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隠遁生活者の僻(ひが)みでしょうか?
小さいながらも事業を起こし、それが失敗したことが今でもストレスとなって追いかけてきます。
この僻み根性が顔に出ないうちに喘息という病症から抜け出たい。

デンマンさん想像してみてください。
例えば口を塞がれて鼻が詰まりながらも、かすかに息ができる。
こんな状態が続くと、もう肩で呼吸し体で息が苦しいと叫んでいます。
通常薬で抑えていますが薬は麻薬であって切れると前記のような禁断症状となります。
薬を離そうと何度も試みるのですが繰り返すばかりです。
ある程度健康に関する本は読んでいるので今更どうの、こうのということもないので、この喘息とじっくり向き合っていくより方法はないと近頃へこんでいます。

「健康は人が与えるものでなく 自分で創るもの」
中学校3年間を担任だった理系の先生が後日結核になり見舞った時の言葉を思い出します。

デンマンさんが偉いなあという点はたくさんありますが、そのひとつには健康であるということ。
その健康であるという裏打ちとは、格好をつけて言えば倫理を踏まえた自立かなあと。。。

私にはすべてにそれが欠けていた。
私の年齢では遅しですが、今から出発しようと思います。
実家の両親や芳江さんのように90歳の声は望んではいませんが念じることがとおるなら あと20年は生きたいと思います。
そして指折れば3つばかり成就したいものがあります。
今、そのひとつに挑戦しています。

明日は子供の日で休日です。
佐保姫さまの到来なくして若葉になり 冷暖房の要らない過ごしやすい時期にやっとなりました。
台湾の歌手テレサテンさんのようにならないよう私も気張って生きます。
では、お体に気をつけて。。。


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九条多佳子

2012年5月4日


『テレサテンと叔母』より
(2012年5月11日)


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デンマンさん。。。 どういうわけで4年も前の手紙を持ち出してきたのですか?


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しばらくぶりで忘れかけている手紙を読むのも懐かしいでしょう?

上の手紙は実際に私が書いたものですか?

そうですよ。。。 僕が創作したものではありません。。。 マジで多佳子さんが2012年5月に書いた手紙ですよ。。。

どうして4年前の上の手紙を貼り出したのですか?

この記事を読む人に、多佳子さんを紹介するつもりで貼り出したのです。。。

でも、どういうわけで私を紹介する気になったのですか?

あのねぇ~、実は、土曜日の11月5日に多佳子さんの家を訪ねて、久しぶりに映画音楽を一緒に聞いて盛り上がったでしょう!


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つまり、懐かしいサウンドトラックを聴いて盛り上がったので、その事を言うために わざわざこの記事を書こうと決めたのですか?

いや。。。、1年ぶりに多佳子さんに会って久しぶりに盛り上がったのは、この記事のクスグリのようなものですよ。。。(微笑) それから多佳子さんが作ってくれたエビフライを食べながら、尽きるともない話の途中で、『夢遊伝』という短編小説の原稿を見せてくれたでしょう。。。

自分の作品は人様には見せないのですけれど、ついつい話の流れで取り出してしまったのですわ。。。

実は、その短編小説を僕は何度も読んだのです。。。 ここにその作品全部を書き出したいのは やまやまなのだけれど、ネットで公開すると、多佳子さんが作品を発表する時の妨げになると思ったので、僕はあえてここでは公開したくない。。。

つまり、この記事で私が書いた小作品の批評をするつもりなのですか?

批評と言うほどの大げさなものじゃありません。。。 ただ、多佳子さんの作品を読んで、僕はインスピレーションをもらったのですよ。。。 そして書いたのが次の小文です。。。 ちょっと読んでみてください。

逝く者と残る者


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逝く者は残る者に何を残してくれるというのだろうか?
百歳にあと数歩、母は寿命をまっとうしてあの世へ逝った。
一人残された私は抜け殻同然になった。

脱皮する生き物は身も殻も輝いて美しいが、私には跡形すらもない。
正気を失った顔は垢まみれで人相まで変わってしまった。
延び放題の無精ヒゲがよけいに哀れだ。

母は自由奔放に生きてきた女だ。
私が物心ついた頃には、すでに何人かの男と暮らしてきていた。
新進気鋭の画家としてマスコミにも注目され、美術界にも相当な影響を与えてもいた。
しかし、当時、私が父と思い込んでいた人物は私の実父ではなかった。

もちろん、私はその人物を実父だと信じていたのだけれど中学生になった頃に、ふとしたことで母の女友達から実父の存在を知らされた。
その人物は酒びたりで廃人のようになっており、私には到底彼を実父だと認める心のゆとりなど持ち合わせてはいなかった。
私は、その秘密を封印して心の奥底に仕舞い込んだのだ。

養父は母を師と仰ぎ、また母を愛した年下の画家だった。
私には実父以上に父のごとく接してくれ、むしろ母以上に私に愛情を注いでくれた人だった。

しかし自由奔放で我儘な母にとって、養父はやがて物足りない人物に見え始めたに違いない。
母は別の男を愛人に持つようになった。

それからの波乱に富んだ母の長い歳月は、ここに書き出すこともないだろう。
それは私にとって不快で不幸な記憶でしかなかった。

社会人になった私は母とは一貫して距離を置いた。
出生に問題を持った私は母を誹り、実父を呪い、養父に感謝しながらも、心のどこかで自分を責めた。
母の死をきっかけに一人残された私は会社を辞め四国巡礼の旅に出た。


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『拡大する』

弘法大師ゆかりの88か所の寺院を訪ね歩く旅は、私の心に不思議な平穏をもたらすかのように思えた。
ところが、45番札所の岩屋寺に向かう時に私は不思議な体験を持った。

標高700m。奇峰が天を突き、巨岩の中腹に埋め込まれるように堂宇がたたずむ典型的な山岳霊場である。
神仙境を想わせる境内は、昔から修験者が修行の場としていたようで、さまざまな伝承が残されている。
中腹で私は粗末な僧衣をまとう老人に出くわした。


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手には南天竹の瘤杖を持っている。
杖で地面を突っつきながら私を見て言った。
「供人になれ」
だみ声である。

怪訝な様子でたじろいでいる私にさらに脅威のだみ声が響いた。
「ついて来い」
老人の後を追った。

深い森に入ると常緑樹で日差しは遮られ薄暗い。
私は急ぐことも走ることも不慣れだが、仕方なく疾走する老人の背を見ながら転がるようにあとから続いた。
やがて老人は言った。
「儂は、ここからは行けぬ」
遠くに連なる峰を杖で指して続けた。
「あの頂に御堂がある。
その裏手の坂道を下ると一間四方の鏡がある。
それは己のすべてを映す鏡だ。
特と見るがよい」

私は老人に言われたとおりに御堂に参拝し裏手の坂道を下った。
やがて、ひっそりとした池に出た。
老人の言う鏡とは、この池であり、私を映すのも、この池に違いない。
私は深く透き通った池の水面を見つめた。

その水面に突如老人が出現した。
そして次のように言った。
「生きよ。力強く、強く生きよ」
やがて老人は影もなく消えた。

再び淵に身を乗り出す。
そこには老人よりも更に老いた私がいた。
驚愕のあまり、後ろに退くと尻餅をつき、反射的に手にした石を水面に投げた。
さざ波が輪を広げ、やがて静寂があたりを覆った。


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しかし、私の心は平穏ではなかった。
涙があふれてきた。
私の人生、母の人生、過ぎ去った日々のことが、走馬灯のように私の脳裏を横切ってゆく。
私は夢の中を長い間彷徨していたにすぎないのだろうか?

秘匿した遺骨を母の故郷に納骨したのは、没後13年になろうとする秋だった。


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By デンマン

あらっ。。。 私が書いた『夢遊伝』とは似ているようで、核心の所がだいぶ違ってますわねぇ~。。。

そうです。

でも、どうして上の小文を私に読ませるのォ~?

僕が多佳子さんの作品を批評すると、多佳子さんは表面上はともかく、心の奥でムカつくと思うのですよ。。。

それは、デンマンさんの独断と偏見ですわ。。。 私は批評する方の意見をありがたく受け止めるだけの心のゆとりを持っているつもりです。

そうですか? とにかく、僕は多佳子さんの気持ちを逆なでしたくないので、批評のつもりで上の小文を書いてみたのです。

結局、デンマンさんは何が言いたいのですか?

だから、上の小文を読んでもらえば、聡明で文学の素養がある多佳子さんならば、僕が言おうとしていることを察することができると思うのですよ。

できませんわ。。。 回りくどいことは言わないで細木数子さんのようにズバリ!と言ってくださいなァ。。。

多佳子さんがそのように言うならば一言だけ付け加えたいと思います。

それは何なのォ~?


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   “枯山水の水”

僕は多佳子さんの『夢遊伝』を読んで主人公の心の悩みが見えてこなかった。。。 つまり、多佳子さんの作品が上の写真だとしたら、僕には水を見ることができなかった。。。要するに、枯山水は枯山水のままだったのですよ。

それは、デンマンさんの想像力が足りなかったからですわ。。。 (モナリザの微笑)

確かに、そう言われてしまうと身も蓋もありません。。。 でもねぇ~、凡人でも解るように、僕の小文には主人公の心の悩み見えていると思うのですよ。。。

デンマンさんが、もっと心を研ぎ澄まして私の作品を読めば、枯山水の中に水の流れを読み取ることができますわよう。(更に微笑)


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。
九条多佳子さんという人はデンマンさんの叔母さまでござ~♪~ますわ。

デンマンさんのお母様の一番年下の妹さんですってぇ。。。
だから、デンマンさんとは年が6つしか離れていないのですわ。
つまり、デンマンさんにとっては従姉のような存在なのでござ~♪~ますう。

これまでにも、何度かデンマンさんの記事に登場しています。


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“キャ~ 素敵ィ~♪~”

突然 話は変わりますけれど、ビートルズは、あたくしのアイドルですわァ!
未だに あたくしの魂を震わせるのでござ~ますゥ。
うふふふふふ。。。


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でも、日本も含めて世界中にビートルズの熱狂的な嵐が吹き荒れたのは、あたくしが生まれる以前のことでした。

ところが何度も何度もビートルズを夢で見るようになってから、
軽井沢の万平ホテルに行くと
ジョンレノンとあたくしがカフェテラスで会うのでござ~♪~ますう。


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滞在中のジョン・レノンは朝9時半ごろ、

このカフェテラスに下りてきたのですよ。

わたしたちに「おはようございます」と

日本語であいさつしたものですわ。

いつも庭に面した一番奥の席にすわって、

他のお客様には背を向けるような格好で

腰掛けていました。

ジョン・レノンのお気に入りは

ローヤルミルクティーでしたわ。


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『幸福の谷』より
(2008年4月6日)

あたくしは万平ホテルのカフェテラスでマジでジョン・レノンとローヤルミルクティーをいただいている記憶が鮮明に甦ることがあるのでござ~♪~ます。

あなたは信じられないでしょう?
あたくしだって信じられないのですから。。。
おほほほほほ。。。

われわれの記憶が、

真実と作りものによって

構成されていることに似ている。

記憶というのは時間とともに

どんどん変化していく。

横尾忠則さんが、このようにおっしゃったのでござ~♪~ますわ。
あなたも、そう思いませんか?

とにかく次回も面白くなりそうですう。
だから、あなたも読みに戻ってきてくださいましね。
じゃあねぇ。


(hand.gif)


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

ためになる関連記事



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■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』


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■ 『軽井沢タリアセン夫人 小百合物語』

■ 『今すぐに役立つホットな情報』

■ 『 ○ 笑う者には福が来る ○ 』

『愛とロマンの小包』


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『虹のかなたの奇跡』

『虹のかなたから生還』

『北本から見る富士』

『愛の進化論』


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『愛の奇跡』

『奇跡の回復』

『母上様@行田』


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こんにちは。ジューンです。

デンマンさんの叔母さんは洋画が趣味なのですってぇ。。。

1992年に製作されたアメリカ映画

“クールワールド”をご覧になったらしいですわ。


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アニメーション作家のラルフ・バクシが手掛けた、

実写とアニメの合成映画でした。

全年齢対象であった『ロジャー・ラビット』と違い、

お色気シーンもある作品でした。

キム・ベイシンガーがアニメと実写の奔放で

セクシーなヒロインを演じ、

ブレイク前のブラット・ピットも出演して

話題になりました。

交通事故に遭ったフランク(ピットが演じる)は

“クール・ワールド”に迷い込み、

その世界の捜査官となります。

彼は自らを創造した漫画家とセックスし

人間界で現実化しようとする悪人の企みを

阻止しようとするのです。

きめ細かな背景によりアニメの持つ不思議な世界が

奥行き深く見事に表現されています。

観る値打ちがありました。

日本では未公開でしたが

デンマンさんの叔母さんは

DVDを借りて観たのでしょう。

ところで、卑弥子さんが面白いサイトを

やっています。

興味があったら、ぜひ次のリンクをクリックして

覗いてみてくださいね。


(bitegirl2.gif)

『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ


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北本から見る富士

2013年2月2日

 

  
北本から見る富士


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デンマンさん。。。 「北本から見る富士」ってぇ、どこから見る富士でござ~♪~ますか?

北本市の荒川堤から見る富士のことですよ。

それが上の写真なのでござ~ますか?

そうです。 なかなかきれいでしょう!?

そうですわね。 富士山が見える所に住んでいるなんてぇ、なんだか羨(うらや)ましいですわ。 デンマンさんは北本市に住んでいたことがあるのですか?

いや。。。 住んだことはないのだけれど、僕が親戚で一番親しくしている叔母が北本市に30年ばかり住んでいたのですよ。 だから僕は北本市には、幾度となく行ったことがあるのです。

その叔母様ってぇ、もしかしてブログにも何度か登場した「九条多佳子」さんでござ~ますか?

そうですよ。 卑弥子さんはよく覚えていますねぇ~。 次の手紙を書いた人ですよ。

デンマンさん聞いてください。
文字通り奇跡、不思議な出来事です。
今日12月9日見舞いに行ってきました。
病室の交替もあり、部屋に入るとベットに芳江さん(デンマン注: 僕の母親)がいません。
血流が止まるくらいドキッとしました。

廊下に出て係りに尋ねたところ食堂に行っているとのこと。
気持ちでは走ってゆきました。
まあ、なんと車椅子で食卓に向き合っているではありませんか。
「芳江さんよかったね」と思わず手を握ったら力強く握り返してきました。
そのあと、よかったね、よかったねの連発。百遍も言ったでしょうか。
お互いに涙です。

不謹慎な言い方かも知れませんが芳江さんは死の淵より生還。
まさに奇跡です。
でも私だけが死の淵を考えたのでしょうか?
多分、デンマンさんだって一方ではその想いはあったのではと思います。
何しろ長男としての覚悟もあってか葬儀屋さんまで行かれたのですから。。。

芳江さんの真摯でこのあっぱれな負けず魂に敬意を表し、あとは欲張らず、このくらいの状態でいいから生への記録を大きく延ばして欲しいと心の底から思っています。
病院からの帰り際「デンマンさんに手紙を書くから」と言ったら「私は元気で飛び跳ねているからと書いて」と芳江さん。
車椅子の上で両手を高々に挙げて満面の笑みでした。

繰り返しになりますがデンマンさんとの話の中、お互いに絶望を意識していたことを芳江さんにお詫びしましょう。
清司さんや正造さんには「お母さんはきっと良くなるから」といつも元気付けてきました。
芳江さんに対して私とデンマンさんの立ち位置が違うにせよ、デンマンさんにきついことを言ったとしたら、その点申し訳なかったなあとお詫びします。

夜7時まで病室にいました。
帰宅してあの元気な芳江さんの回復振りが私の脳を刺激しっぱなしです。


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私と話しながら芳江さんは病院食を食べました。
食べるのが遅いので看護士さんに「集中して」と言われながらも話についつい夢中になってしまいました。
1時間半もかかりましたが芳江さんは完食しました。お見事です。


P.S.: 【虹のかなたに】

Israel Kamakawiwo’ole

Over the Rainbow/What a Wonderful World

ついに歌手がわかりました。神秘な歌声。
これに恋してDVDを何度か借り、この曲だけを聴きました。
他に2曲、全3曲のハーモニー。 音楽家ってすごいです。
なぜかうるうるになります。

ハワイに関係したTV放映で耳にしたことがありますがうなずけます。
TV局に問い合わせようと考えましたがデンマンさんが教えてくれてすごくうれしいです。


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Israel Kamakawiwo’ole
イズラエル カマカヴィヴォオレ

脳がだいぶ衰退したので覚えられるかどうか?
イズなら大丈夫そうです。
年明けに早々CDを買おうかな。

今年も20日余りで終わります。
一年が早い。
芳江さんも快方に向かっているので気を引き締めながら明るく行きましょう。

欧米式にクリスマスおめでとう。そして良い2013年を!
健康に気をつけてください。

九条多佳子

2012年12月9日は過ぎ10日の日付に変わっています。
勝手な生活をしているので昼夜逆転しても大丈夫です。


『虹のかなたの奇跡』より
(2012年12月20日)

デンマンさんのお母様が奇跡的に回復したということが劇的でしたので、それで覚えていたのですわ。 。。。で、荒川の堤から多佳子さんと富士を眺めたこともあるのでござ~ますか?

ありましたよ。 荒川堤をそぞろ歩きながら、よくきれいな富士を眺めたものですよ。 マジで懐かしいです。


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でも、どうして急に「北本から見る富士」を取り上げたのですか?

あのねぇ~、先日Hirioshiさんにコメントの返事を書いたのですよ。


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覚えていますわ。 そのメールに、またHirioshiさんがお返事を書いたのでござ~ますか?

そうです。 読んでみてください。

From: i-hiroshi@******.plala.or.jp
To: barclay1720@aol.com
Date: Sun, Jan 27, 2013 7:17 pm

拝読
ご貴殿HP拝見。感銘受けました。
エコ・シテーにお住まいでいらっしゃる。
天然鮭も豊富でしょうか、羨ましい限り。
小生は埼玉の土人、埼玉古墳群に近い北本市で人生の大方を過ごしてきました。
荒川水域が少年時代の遊び場でした。

ご貴殿HPで三郷が重視されているのは如何なる訳でございましょうか。

同地の古い地名が、町村合併で消えていくはさみしい限り。
「葛飾」の地名解析もまだまだ。
我が村にも「勝林カッパヤシ」なる集落がありましたが、その意味も分からずに消えてしまいました。
思うにカツ・シカと我が村カッ・パヤシの両語頭部は同義でありましょう。
記紀時代既にこれら地名の解読は困難となり、その故でありましょうアヅマ由来の伝説を大和政権が実しやかに虚構したのは。
精神界・言霊支配まで試みた大和政権でありましょう。
この虚構打破にも天皇陵調査はその前提となりましょうか。
長々と失礼いたしました。

頓首

 

あらっ。。。 「荒川水域が少年時代の遊び場でした」と書いてありますわね。

そうです。 つまり、Hiroshiさんも何度となく上の写真で見る富士を見ていたのですよ。

もしかして、デンマンさんの叔母様とHiroshiさんは隣同士ではなかったのですか?

いや。。。 違うのです。 Hiroshiさんは高崎線を挟んで叔母が住んでいる地区とは反対側に住んでいるのですよ。

どうして、そのような事が解るのですか?

“我が村にも「勝林カッパヤシ」なる集落がありました”とHiroshiさんは書いている。 「勝林」という地名でGOOGLEで検索したら「勝林公民館」が出てきた。


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赤いピンが刺さった所が「勝林公民館」ですよ。 たぶん、Hiroshiさんのメールの中にある「勝林カッパヤシ」なる集落は、公民館の近くにあったに違いない。

Hiroshiさんは「我が村」と書いていますわ。 北本市の中に村があるのでござ~ますか?

あるわけないでしょう! 北本市の歴史を調べたら次のような変遷をたどっているのですよ。


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上の青枠で囲んだ「下石戸上村」とその下の「下石戸下村」に注目してください。

あらっ。。。「下石戸上村」と「下石戸下村」、それに「石戸宿村」、「高尾村」、「荒井村」が1889(明治22)年に合併して「石戸村」になっているのですわね。

そうです。 その上の地図を見ると「下石戸上」と「下石戸下」という地名が今でも残っているのですよ。

つまり、Hiroshiさんは、まだ「下石戸上」と「下石戸下」が村だった時代に生まれたのでござ~ますか?

まさかァ~。。。! 1889年以前に生まれていたら現在、120歳を越えていますよ! Hiroshiさんは自分の住んでいる地区が、かつて村だったということを両親から聞いていたのですよ。

。。。で、デンマンさんの叔母様はどの地区に住んでいらしたのですか?

中仙道の北本宿です。


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中仙道の傍に住んでいたのですか?

そうです。 地図で見ると赤丸の「パイオニア書店」という場所です。


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上の地図の164号線が「中仙道」の現在の姿ですよ。

叔母様は本屋さんを経営していたのですか?

そうです。 すぐ隣が浅間神社です。


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旧中仙道を挟んで向かい側には「和食レストラン・夢庵」の看板が見えるのですよ。


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デンマンさんもこの和食レストランで食べたことがあるのですか?

ありますよ。


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これが僕のお気に入りです。 「牡蠣の味わいせいろ御飯膳」。。。 安くて旨いですよ。

。。。で、Hiroshiさんが「ご貴殿HPで三郷が重視されているのは如何なる訳でございましょうか」という疑問を投げかけていますけれど、どうしてデンマンさんはHIroshiさんが三郷市に住んでいると決めたのですか?

あのねぇ~、IPアドレスを調べたら、次のような結果が表示されたのですよ。なんと埼玉県の三郷市に住んでいるのですよ。 僕は埼玉県行田市出身だから同郷なのですよ。


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あらっ。。。 埼玉県の Misato (三郷市)と書いてありますわね。

でしょう! だから僕はてっきりHiroshiさんが三郷市に住んでいると思い込んでしまったのですよ。 でも実は、Hiroshiさんは北本市に住んでいるということが判った。

だから、どうして北本市ではなくて三郷市が表示されたのでござ~ますか?

解ってしまえば簡単なことですよ。 つまり、アクセス・ポイントが三郷市にあるのです。 要するに三郷市にある中継所が北本市もカバーしているということなのですよ。 だから、IPアドレスを調べるとアクセス・ポイントとして三郷市が表示されるわけです。

【ジューンの独り言】

ですってぇ~。。。
分かりましたか?
アクセスポイントは、電話回線で、パソコン通信やインターネットサービスプロバイダなどへアクセスするためのダイヤルアップ接続先の電話番号、または電話番号が設定されている地域を指します。

パソコン通信が開始された1980年代から1990年代末期までは、一般家庭などからパソコン通信のホストやインターネットへアクセスする場合、ほとんどのケースではアナログ回線やISDN回線などの一般的な電話回線を使い、発信場所から最も近いアクセスポイントへ接続を行い通信をすることが主流でした。
たいてい、ひとつの市外局番に2つから4つ程度のアクセスポイントが設けられていますが、都心など人口の多い地域かつ加入者の多いプロバイダでは数十ものアクセスポイントが設置されていることがあります。

ブロードバンド・インターネット接続が主流となった2001年以後はADSLやCATVなどの普及により、個々の地区に設置されたダイヤルアップ接続用アクセスポイントを廃止し、「全国共通アクセスポイント」などと呼ばれる、距離に関係なく3分8~10円に設定された特殊な電話番号への移行が進んでいます。
ところが、この移行によって、テレホーダイ等の一部の料金割引サービスが適用できなくなるデメリットもあります。

ところで、卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


『感じてストで和露他』

『笑える漢字クイズ』

『哀れなネアンデルタール』

『佐伯今毛人は臆病者か?』

『笑わせる漢字でござ~ます』

『卑弥子@婚活』

『プロメテウスの第2の火』

『うむうむ、ふむふむ人間』

『コギャルと甘え』

『癒しと水墨画』

『東電八分』

『怒りっぽいあなたに』

『床上手だよ!』

『床上手@docomo』

『漢字で体操ざ~ます』

『曲屁(きょくべ)』

『天神様と東日本大震災』

『日本は良い国か?』

『日本を良い国に…』

『エロい熟女』

『アッと驚くマキアベリ!』

『良寛さんの顔』

『あなたの中の阿修羅』

『蝦夷って悪い意味?』

『伎楽は呉の音楽?』

『呉越の謎』

『オバマ大統領と継体天皇』

『色男不比等』

『目の前で米軍のヘリが落ちた』

『見ちゃだめよ!』

『白い鯛焼き』

『真夜中のマリア』

『女に溺れる清盛』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に
ネットサーフィンしましょう。
じゃあね。バーィ。

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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