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女3人で姦しい

2017年12月6日

 

女3人で姦しい

 


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デンマンさん。。。、どういうわけで“女3人で姦しい”というタイトルでオイラを呼び出したのですかァ~?


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あれっ。。。 オマエは“姦しい3人の女”に悩まされていたんじゃないのォ~?

デンマンさんは、どうしてそう思ったのですか?

だってぇ オマエはかつて、そのように書いていたじゃないかァ!

マジで。。。?

信じられないのだったら、オマエが“間奏曲集”として投稿した中の「ヘンリー・パーセル」に関する記事を見てごらんよ!

3.2 Henry Purcell (1659 – 1695)

長女が日本語の勉強をしながら、ひとり言を言っている。それも大声で。黙って聞いていると、次のようなことをしゃべっていた。
あれえ!安い、という字には女が入っているぅ。It’s not fair!…、だけど…、勇ましい、という字には男が入っている。じゃあいいか。
分かってないんだなあ、と思って説明を始めると、勇ましいというのは、やかましいということだ、と言張ってきかない。姦しいという字には、女が三つも入っているよ、と言って早々とひきあげたが、私は、良い父親であろうか。
家内を含めて、そうした女三人に囲まれて過ごしている私ではあるが、それでも女性(少女)ばかりで途惑う音楽作品がある。何と、コーラスを別にしても、七人のソプラノ、一人のメッツオ ソプラノと唯一人のバス バリトンによるオペラである。その作品は、H. Purcellの<<Dido and Aeneas>>である。この少女歌劇を第一級のオペラとすることには、私も異論、異存がないが、さて、それを聴く段になると、持て余してしまうのである。
日本も英国も島国である。後者は、世界を荒らし回ることに成功したが、前者は、結局は、失敗した。しかし、そんなことは、今、本質的なことではあるまい。もっと共通しているのは、ある種の感傷癖であろう。J. Dawlandの<<Lachrynae or seven Tears figured in seven passionate Pavans>>以来のsentimentalismのことを私は言っているのである。
次女は、Act I の<Harm’s our delight>>だとか、Act IIIの<Destruction’s our delight>のlibrettoを読んで笑っていた。今どき、女学生が感傷的だ、などと言ったなら笑いとばされるであろう。わが娘たちの世代が、Act IIIの<When I am laid in earth>を聴いて涙ぐむ、などとは私の想像の彼方である。ただ、ああいう素材を男子学生が上演しよう、などという発想は、現在に於いても、過去に於いても皆無である(あった)であろう、ということは考えられよう。
雄々しい、という言葉が何か肯定的であり、女々しい、という言葉に否定的な感触があるのは、性差別以外にも理由があるのではないか。例えば、boyishな少女には、それなりの魅力があっても、girlishな男について、何か異様なものを感じるのは、むしろ、我々の感性が健全であるからであろう。私は、やはり、人類の意識の中で、或いは、古代以来の無意識の中で、男の性を人の標準とする(した)事には、根拠がある(あった)と思わざるを得ない。
これを言うと、私の娘、特に長女は怒る。パパは二人の娘がありながら、と息巻くのである。標準は、標準であって、優越性は必ずしも意味しない、というようなことを言ってごまかすが、いまだ不満げな顔をしているのである。
このオペラでは、Sailorをソプラノが美しく唱っている。
この作品には、紛失した一曲を含めて、九曲ものダンスが入っている。それらの短い挿入曲は、学芸会の雰囲気をいやがうえにも盛り立てている。いわば、高級なお遊戯、とでもいった作品ではあるが、私としては、父兄でもないのにもかかわらず、ChelseaのJosias Priest’s Boarding Schoolに紛れ込んだような居心地の悪さを感じないわけではない。
言葉を変えて言えば、このオペラは、それほどまでに出演者、演奏家にそって書かれた職人芸としての傑作である、とも言えよう。
蛇足(コーダ):
家内についても何かを書かないと彼女が僻むかもかもしれないので一言:
―― 僕は、僕の曲をどのように弾いて下さっても構わない。やっぱり、それは演奏家のなかで自分自身を新めてぶつけるわけだから、それは、僕にとって嬉しいというほかの何ものでもない。ただね、例えば、三分十五秒にあるフレーズがあるとするでしょう。それは、やっぱり、始まってから三分十五秒という音楽的な体験を経てきたうえでなければ、絶対に演奏できないフレーズなんだな。その意味で、ここからここまでを取ってつなぐというやつ、あれは、どうしても、辛いね。―― 三善晃がレコーディングについて語った言葉である。
その通りであろう。そして、それは、聴き手にとっても同様である。愚妻には、これが解らない。この人は非常に不思議な人で、私が、今は家の中が静かだから音楽を聴こう、として聴き始めると、必ず(草子地:必ずである。)、二回からトコトコと降りてきて皿洗い等をし始めるのである。そして、音楽が一時中断された後には、どうしてそれが聴き続け難いのか、それを理解できかねるらしいのである。多分、Sokratesの奥方に近い人柄の女ではないか、と私は、密かに推察している次第である。
そういえば、Purcellは、夜、帰宅したときに、奥方の締め出しにあって、それがもとでの肺炎で死亡した、と伝えられている。男性は、女性よりも繊細である、ということか。


赤字はデンマンが強調)

41-42ページ
『間奏曲集―主題なき変奏-作品 2』より

あのさァ~、いつも言うようだけれど、オマエの文章はとっても読みづらいのだよ! 英語やドイツ語やラテン語が入り混じっている。。。

デンマンさん! 人のことは言えませんよ! デンマンさんの文章だってぇ、長くて読み始めると、じきに飽きてしまうのですよ。。。

それは、オマエの個人的な見解だと思うのだよ! 僕の記事は、日本語が解る世界のネット市民の 多くの皆様に読まれているのだよ!

 

海外からのアクセス@Denman Blog

 


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『葛飾北斎と太田将宏』@Denman Blog

 

134ヵ国のネット市民の皆様に読まれていることを自慢したいのですか?

いや。。。 自慢したいわけじゃない! オマエが「デンマンさんの文章だってぇ、長くて読み始めると、じきに飽きてしまうのですよ」と言ったから、僕の長い記事でも まめに読んでくれる常連さんが居る、と言いたかったまでだよ。。。 とにかく、オマエの文章は読みづらいので、多くの人が上の文章を読み飛ばしたと思うのだよ。。。

マジで。。。?

僕だってぇ、読みたくなかった。。。 でも、この記事を書く都合があるので、次のように読み易くして読んだのだよ。

3.2 ヘンリー・パーセル (1659 – 1695)


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長女が日本語の勉強をしながら、ひとり言を言っている。

それも大声で。黙って聞いていると、次のようなことをしゃべっていた。


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あれえ!い、という字には女が入っているぅ。

It’s not fair!…、

だけど…、ましい、という字には男が入っている。

じゃあいいか。

分かってないんだなあ、と思って説明を始めると、勇ましいというのは、やかましいということだ、と言張ってきかない。

姦しいという字には、女が三つも入っているよ、と言って早々とひきあげたが、私は、良い父親であろうか。

家内を含めて、そうした女三人に囲まれて過ごしている私ではあるが、それでも女性(少女)ばかりで途惑う音楽作品がある。
何と、コーラスを別にしても、七人のソプラノ、一人のメッツオ ソプラノと唯一人のバス バリトンによるオペラである。
その作品は、ヘンリー・パーセルの歌劇<<ディドーとエネアス>>である。

この少女歌劇を第一級のオペラとすることには、私も異論、異存がないが、さて、それを聴く段になると、持て余してしまうのである。
日本も英国も島国である。
後者は、世界を荒らし回ることに成功したが、前者は、結局は、失敗した。

しかし、そんなことは、今、本質的なことではあるまい。
もっと共通しているのは、ある種の感傷癖であろう。

ジョン・ダウランドの<<Lachrynae or seven Tears figured in seven passionate Pavans(ジョン・ダウランドが作曲した楽器音楽の集まり)>>以来のセンチメンタリズムのことを私は言っているのである。
次女は、第1幕 の<害なす ことは われらが よろこび>>だとか、第3幕の<打ち壊す ことは われらが よろこび>の歌劇の歌詞を読んで笑っていた。
今どき、女学生が感傷的だ、などと言ったなら笑いとばされるであろう。
わが娘たちの世代が、第3幕の<私が地に横たわる時(歌劇「ディドーとエネアス」の17曲目)>を聴いて涙ぐむ、などとは私の想像の彼方である。

ただ、ああいう素材を男子学生が上演しよう、などという発想は、現在に於いても、過去に於いても皆無である(あった)であろう、ということは考えられよう。
雄々しい、という言葉が何か肯定的であり、女々しい、という言葉に否定的な感触があるのは、性差別以外にも理由があるのではないか。

例えば、男っぽい少女には、それなりの魅力があっても、女っぽい男について、何か異様なものを感じるのは、むしろ、我々の感性が健全であるからであろう。
私は、やはり、人類の意識の中で、或いは、古代以来の無意識の中で、男の性を人の標準とする(した)事には、根拠がある(あった)と思わざるを得ない。
これを言うと、私の娘、特に長女は怒る。
パパは二人の娘がありながら、と息巻くのである。
標準は、標準であって、優越性は必ずしも意味しない、というようなことを言ってごまかすが、いまだ不満げな顔をしているのである。

このオペラでは、船乗りの役をソプラノが美しく唱っている。
この作品には、紛失した一曲を含めて、九曲ものダンスが入っている。
それらの短い挿入曲は、学芸会の雰囲気をいやがうえにも盛り立てている。

いわば、高級なお遊戯、とでもいった作品ではあるが、私としては、父兄でもないのにもかかわらず、チェルシーのジョージアス・プリーストの寄宿学校に紛れ込んだような居心地の悪さを感じないわけではない。
言葉を変えて言えば、このオペラは、それほどまでに出演者、演奏家にそって書かれた職人芸としての傑作である、とも言えよう。

 

蛇足(コーダ):

家内についても何かを書かないと彼女が僻むかもかもしれないので一言:


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僕は、僕の曲をどのように弾いて下さっても構わない。
やっぱり、それは演奏家のなかで自分自身を新めてぶつけるわけだから、それは、僕にとって嬉しいというほかの何ものでもない。

ただね、例えば、三分十五秒にあるフレーズがあるとするでしょう。
それは、やっぱり、始まってから三分十五秒という音楽的な体験を経てきたうえでなければ、絶対に演奏できないフレーズなんだな。
その意味で、ここからここまでを取ってつなぐというやつ、あれは、どうしても、辛いね。

三善晃がレコーディングについて語った言葉である。
その通りであろう。
そして、それは、聴き手にとっても同様である。

愚妻には、これが解らない。
この人は非常に不思議な人で、私が、今は家の中が静かだから音楽を聴こう、として聴き始めると、必ず(草子地:必ずである。)、二回からトコトコと降りてきて皿洗い等をし始めるのである。

そして、音楽が一時中断された後には、どうしてそれが聴き続け難いのか、それを理解できかねるらしいのである。
多分、ソクラテスの奥方に近い人柄の女ではないか、と私は、密かに推察している次第である。

そういえば、ヘンリー・パーセルは、夜、帰宅したときに、奥方の締め出しにあって、それがもとでの肺炎で死亡した、と伝えられている。
男性は、女性よりも繊細である、ということか。


赤字緑字はデンマンが強調)

41-42ページ
『間奏曲集―主題なき変奏-作品 2』より

つまり、上のように書くべきだとデンマンさんは主張するのですか?

そうだよ。。。 その方がクラシックを知らないネット市民の皆様にとっても読み易いのだよ! それに、こういう細かい事は言いたくないのだけれど、すぐ上の文中で赤字にした二回は、明らかに二階と書くべきだったのだよ!、

誰にだって、その程度の書き間違いはありますよ。。。 デンマンさんだって、時々 書き間違ってますよ。。。

確かに、書き間違いは誰にでもある。。。 でも、僕は最低でも3度は自分の書いた記事を見直すのだよ。。。 だから、書き間違いは極めて少ないはずなんだよ。。。

オイラの書き間違いが多いとデンマンさんは言いたいのですか?

それよりも、そもそも、オマエの文章は下書きの段階で ネットで公開しているのだよ。。。

それは、デンマンさんの個人的な意見です。。。

いや。。。 オマエの上の下書きを見せられた「ボイジャー」社長の鎌田純子さんも、下書きに違いないと思って掲載を断わったのだよ。。。 それなのに、オマエは自分の欠点を棚に上げて 「ボイジャー」の社長に次のように文句を言っている! 

太田将宏著作集 (E-Book Mode)

告発状以下の筆者自身の著作がボイジャー、ロマンサー(社長:鎌田純子)の一方的な暴挙で読めなくなりました。

その一切の経過につき、筆者の告発文書、<<ボイジャー、ロマンサーへの抗議録>>を
上の告発状をclickして御参照願います。


Ⅰ あれかこれか

哲学 (実践知性批判、Sartreを中心に)、

神学(純粋意識批判、Kierkegaardを中心に)


Ⅱ 愛と生命の摂理

文学(ドストエフスキーを中心に)


Ⅲ 前奏曲集 第一集

音楽(あるアマチュアの覚書、(批評の批評 ⅰ)


Ⅳ 前奏曲集 第二集

音楽(私はアマチュアである、(批評の批評 ⅱ)


Ⅴ 間奏曲集

音楽(主題なき変奏、(言葉と音楽 ⅰ)


Ⅵ 後奏曲集

音楽(後書きばかり、(言葉と音楽 ⅱ)


Ⅶ 瞬間

書簡集


『EBOOK MODE』より

『失意の太田将宏』にも掲載
(2015年12月12日)

オマエは太田将宏の著作がボイジャー、ロマンサー(社長:鎌田純子)の一方的な暴挙で読めなくなりましたと書いたけれど、重要な2つのことでオマエは間違いを犯している。

その重大な 2つの間違いとは、いったい何ですか?

まず、オマエは“著作”と書いているけれど、オマエの書いたものは“下書き”なのだよ!。。。 作品というには程遠い。。。 「ヘンリー・パーセル」についての文章を見れば一目瞭然なのだよ!

やっぱり、日本語が理解できる人のために解り易く できるだけ日本語で書くべきですか?

当たり前だろ! 普通のネット市民の皆様が読むようには書かれてない! 英語の単語がやたらに散りばまられて、しかも、似非ドイツ語や、似非ラテン語までが注釈なしに散りばめられている。。。 極めて読みづらい。。。 改行がなく、やたらに長い持ってまわった言い回しになっている。。。 オマエの文章を見ると読む気がしなくなるのだよ!

。。。で、2番目の重大な間違いとは。。。?

だから、すでに言ったように、オマエは自分の欠点を棚に上げて 「ボイジャー」の社長に文句を言っている! 悪いのは 「ボイジャー」の社長じゃなく、オマエの未熟な“下書き”なのだよ!  「ボイジャー」の社長は当然のことをしたまでだよ! オマエの“下書き”はネット市民の皆様に公開されるには 未熟で未完成なのだよ!

それは、デンマンさんの個人的な意見ですよ!

僕の個人的な判断じゃなくて、現に 「ボイジャー」の社長の鎌田純子さんが掲載を拒否したのだよ! 当然のことだよ! しかも、止せばいいのに、僕に対する抗議文までネットで公開している!


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『実際の抗議録』

つまり、オマエは、文章の中だけじゃなくて、どこへ行っても人間関係を破綻に導いているのだよ!

要するに、オイラは反省が足りないので家族関係も破綻していると言いたいのですか?

その通りだよ! オマエは「(私の家内は)ソクラテスの奥方に近い人柄の女ではないか、と私は、密かに推察している次第である」と書いている。 しかも、「姦しいという字には、女が三つも入っているよ、と言って早々とひきあげたが、私は、良い父親であろうか。 家内を含めて、そうした女三人に囲まれて過ごしている」とも書いている。。。 つまり、うるさい女3人に囲まれて騒々しい人生を送っているという被害妄想に陥っているのだよ!

そうでしょうか?

当たり前だろう! それが理解できないので、オマエは女性系家庭で孤立してしまうのだよ!

私は、この曲集を書き終えたとき、老人見習いから、正真正銘の老人になるのではないか、と思うこの頃である。
真の老人とは、もはや、失うべき何ものも無くなった人のことを言うのではないか。

長女は、私から去った。
次女は、中立を保つ為に、この家に寄りつかない。
家内と言えば、日本語も通じなくなってから何年にもなる。

私には、S.Kierkegaard の言った、一番易しく一番難しいこと、すべてを捨てること、が、案外、無理なくできるのではないか。
いや、その時には、捨てるべき何ものも見当たらなくなった境地であろう。

その意味では、老人になる前に、不慮の死で亡くなった人は気の毒である。
私は、若い時に、死ぬのはいいが風邪をひくのは嫌だ、などと言って、粋がって与太をほざいていた。
今も、願わくは、あまり苦しむことなく死を迎えられたなら、それにこしたことはない、と考えている。


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Kierkegaard は、また、永遠とは有限が無限に出会う瞬間である、と言っていた。
私の人生に、かつて、そのような瞬間があったであろうか。
いや、それもまた、超越の命題であろう。

私の人生は、無明に迷ったそれに終わるのかもしれない。
しかし、私の背後には、母の祈りがあった。

ある麻薬中毒患者が、お母さん、僕は、こんな遠くまで来てしまった、と淋しげに呟いていたが、私は、麻薬中毒者ではないけれど、その気持ちが解かっている、と思う。
どのみち、人生は、rehearsal無しの、ぶっつけ本番なのである。

しかし、私は、F.M.Dostoevsky の「白痴」にある、あの「イッポリトの告白」に書かれているように、もし、生まれる前に、この条件を知らされていたとしたならば、私は、生まれるてくることを肯(がえ)んじなかったであろう、とは思っていない。
私は、感謝して死ねるように、今からでも、心の準備をしておこう。

S.D.G

コーダ(蛇足):

私の懐疑なるものが、深いのか、深くないのか、私自身も知る由もない。
仮に、深かったとしても、そもそも、懐疑の深さというものは、誇るべきものであるのか、という疑問が残る。


【デンマン注:】 改行を加え読み易くしました。あしからず。

S.Kierkegaard: キルケゴール (1813-1855) デンマークの哲学者

S.D.G.: Soli Deo Gloria (ラテン語) To God Alone the Glory(英語) 神に栄光あれ。

F.M.Dostoevsky: ドストエフスキー (1821-1881) ロシアの小説家・思想家


56ページ Michel-Richard de Lalande
『後奏曲集(後書きばかり)』 作品3
著者: 太田将宏
初版: 1994年1月 改定: 2006年9月

『馬鹿やって人気?』にも掲載
(2015年8月18日)

デンマンさん! いったい何度この手記を引用すれば気が済むのですかァ~?

あれっ。。。 オマエは覚えてるのォ~?

覚えてますよう! これまでに上の手記をデンマンさんは何度も何度も記事の中で引用したのですよ!

とにかく、オマエは性格的に人間関係をうまくやってゆくことができないのだよ。

そのように決め付けないでください。。。

とにかく、これからは長女と次女と心優しい奥さんの言う事に素直に耳を傾けて、反省しながら、仲良く暮らすことだよ!


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【レンゲの独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたも信頼の置けない 怪しげなサイトにお金を払ってまで 掲載を依頼しないでくださいね。

信頼が置ける安全で 無料で掲載を引き受けるサイトがたくさんあります。

ところで、デンマンさんは太田さんのことを取り上げて かなり辛辣な批判を浴びせています。

そういうわけで、太田さんとしても次のサイトだけは残しておきたいのかもしれませんわァ。。。


(kogiroku9.png)

『実際の抗議録』

デンマン注:太田将宏が上の抗議録を掲載したサイトも消滅してしまいました!

 

デンマンさんも上の抗議録を読んで ムキになって反論しています。

『嘘を書く日記』

 

太田さんはこれに対しては反論ができないのか、それ以降 無言で通しています。

でも、そのうち忘れた頃にまたコメントを書き込むかもしれません。。。

あなたは、どう思いますか?

とにかく、ネットには “めちゃキモい”人たちがウヨウヨしています。

太田将宏さんは、まだ良い方ですわ。

中には、まるで得意になって、愚かな事をして遊んでいる オツムの足りない人たちがたくさん居ます。

また、見かけは普通のブログでも、悪徳スパマーが手を変え品を変えて 悪徳サイトへ誘い込もうとしています。

スパムコメントで褒められると、ついついその気になって、

相手のブログへ飛んでゆき、お返しに、あるいはお礼にと思って

読者に登録してしまったりするものですわァ。

どうか スパマーの思う壺にはまらないでくださいね。

悪徳スパマーは悪徳サイトへ誘おうと

てぐすね引いて待っているのですから。。。

悪徳サイトを利用して、

メールアドレスで登録したりすると、

あなたのメールアドレスは第3者や第4者に売られてしまう危険性があります。

あなたは、そのようなスパム・コメントや 成りすましスパマーには

騙されないと思い込んでいるでしょう?

でもねぇ~、もしかすると騙されているかもよ。。。

とにかく気をつけてくださいね。

次回も、さらに面白い話題が続きます。

あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてください。

では。。。


(hand.gif)

あなたが絶対、

見たいと思っていた

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■ 『後奏曲集@危険』


(juneswim.jpg)


『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

『センスあるランジェリー』


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伯母と叔母

2017年11月25日

 

伯母と叔母

 


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デンマンさん。。。、どういうわけで“伯母と叔母”というタイトルでオイラを呼び出したのですかァ~?


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オマエの伯母と僕の叔母について語り合おうと思ったわけなんだよ。

デンマンさんはオイラの伯母に会ったことがあるのですか?

いや。。。、ない。。。

それなのに、どういうわけでオイラの伯母を取り上げる気になったのですか?

オマエが書いた次の文章に出くわしたからだよ。。。

2.11 Hildegard von Bingen (1098 – 1179)

 

私の伯父と伯母が通う横浜のあるバプテスト教会では、聖餐式の際に、葡萄酒の代わりに醗酵していない葡萄汁を使っていた。それを、伯母に話した時、教会でお酒を飲むわけがないじゃあない、との返事が返ってきた。当時、普段に私が行っていた別の教会だけではなく、普通は、新約に書かれてあるとおり、葡萄酒を使用している。それも言ったとき、だから、田舎の教会は困る、というのが彼女の返事であった。私は、こうした専業主婦の知的怠慢を憎む。こういう連中が、この世の中をおかしくしているのではないか。それに較べるなら、窃盗、詐欺などは一過性である(草子地:行間を読む、という体裁の良い言葉があるが、何のことは無い、これは勘繰りながら読むということではないか)。
日本で、一般消費税が導入されようとしていたとき、難しいことは解らないけれど、反対だ、といった主婦団体の代表がいた。解らなかったのならば、反対も賛成も言えないと思うのが常識であろう。こちら、カナダでは、もう少しは、知的訓練ができているのではないか。自分の利益にならないこと、自分の損になることには、反対して、梃子でも動かない、という態度は、どこの社会でも受け入れられるべきではない。日本の彼女らに、本当に、選挙権が必要か。
女は教会で話してはならない、と新約のコリント前書14章34節に書かれている(草子地:唱うのはいいのか)。しかし、これは、後代の加筆である、つまり、Paulus自身が書いた文ではない、という説が有力である、とのことである。ただ、この文に限らず、新約のその種の節が削除されたとか、削除の方向にある、などの話は、私は、未だかつて聞いたためしがない。それ故、この節を保持する限り、私は、Johannes-Paulus IIの女性の聖職(草子地:そんなものがあったとしての話ではあるが、)についての否定的な決裁だけは支持する。それに不満であるのならば、自分自ら新しい宗派を創るなり、新しい宗教でもでっちあげれば良いではないか。
さて、本論に入ろう。古代、中世で有効であったことが、現代に於いても意味をなすかどうかの議論は、慎重を要する。時代による差異よりも、同時代の人々の見解の違いによる差異のほうが大きいのではないか。それを推察する想像力が肝要なのであろう。次の例はどうであろうか:
Et dixerunt;<>.
こうなのよ、そしてこうなのよ、といった、私から見ると、たわごとの説明が散々続いた後で、こうした見てきたような話にぶつかるのである。
次のはどうであろうか:
Favus distillans Ursula virgo fuit, quae Agnum Dei amplecti desideravit.
Mel et lac sub lingua eius, quia pomiferum hartum et flores flolum,
in turba virginum ad se collegit.
これがérotismeでなかったとしたら、この世界の何であろうか。そして、別の処では、次のように言っている:
Hec omnia Eva contempsit.
単純に言おう。女性の性愛の対象がAgnus Deiのときは至上の愛で、Adamに代表される人間の男である時には蔑視する、ということに他ならない。Jesusは、彼の譬話そのものが誤解の源であった、と知ったであろうか。否、Jesusには責任は無い。Jesusは、あくまで、自身と信者の
関係を花婿と花嫁に喩えたのであって、自身と女性、とくに処女との間に擬えた訳ではなかったことは明白であろう。
以上は、全てHildegard von Bingenの作品からの引用である。こうした作品のLP, CDを収集している私も、演奏家と同様に悪趣味の人間ではある。
ところで、Ursulaは、聖人に列せられたのであるが、Hildegardの方は、法王庁がそれを拒否、却下したとのことである。私は、聖別とは、超越の業であって、教皇などの分別ではない、と考える側にいるので、する方も、される方も同程度だ、と見做す一方、聖女とは神につかえるマゾヒスト(草子地:倉橋由美子の<聖少女>より引用)を思ってみると、Hildegardに関して、ある程度は、教皇庁の決定も納得できるのである。
私は、J.S. Bachと同時代の詩人C. M. von Zieglerに、神を見た、と言ったHildegardに共通するような嫌らしさを感じる。これは、ある種の神秘主義の故か、とも思われるが、女性の知的怠慢の、超主観的な、神秘主義ほど嫌悪すべきものはないであろう。磯山雅も、Zieglerに対するバッハの評価は、そう高かったわけでもなさそうである、と控えめに書いている(バッハ=魂のエヴァンゲリスト)。それでも、Bachは、彼女の歌詞によるKirchenkantatenを9曲書いていた。例を<<Auf Christi Himmelfahrt Allein>>(BWV 128)から挙げておく:
Ich bin bereit, comm, hole nicht! Hier in der Welt ist Jammer, Angst und Pein;
hingegen dort, in Salems Zelt, werd ich verkläret sein.
Da seh ich Gott von Angesicht zu Angesicht,
wie mir sein heilig Wort verspricht.
……
Ich sehe durch die Sterne, das er sich schon von ferne zur Rechten Gottes zeigt.
コーダ (蛇足):
良い方を選んだ、とJesusから言われた、妹Mariaは、新約の全部を通して沈黙していた。私は、むしろ、Marthaをひいきにしているので、彼女を弁護する。姉Marthaだって、シナゴグや教会でしゃべった訳ではない、と。


赤字はデンマンが強調)

49-50 ページ
『後奏曲集―後書きばかり-作品 3』より

あのさァ~、いつも思うのだけれど、オマエの文章はとっても読みづらいのだよ! 英語やドイツ語やラテン語が入り混じっている。。。

デンマンさん! 人のことは言えませんよ! デンマンさんの文章だってぇ、長くて読み始めると、じきに飽きてしまうのですよ。。。

それは、オマエの個人的な見解だと思うのだよ! 僕の記事は、日本語が解る世界のネット市民の 多くの皆様に読まれているのだよ!

 

海外からのアクセス@Denman Blog

 


(wp71008map.png)



(wp71008.png+wp71008b.png)

『葛飾北斎と太田将宏』@Denman Blog

 

133ヵ国のネット市民の皆様に読まれていることを自慢したいのですか?

いや。。。 自慢したいわけじゃない! オマエが「デンマンさんの文章だってぇ、長くて読み始めると、じきに飽きてしまうのですよ」と言ったから、僕の長い記事でも まめに読んでくれる常連さんが居る、と言いたかったまでだよ。。。 とにかく、オマエの文章は読みづらいので、多くの人が上の文章を読み飛ばしたと思うのだよ。。。

マジで。。。?

僕だってぇ、読みたくなかった。。。 でも、この記事を書く都合があるので、次のように読み易くして読んだのだよ。

2.11 ヒルデガルト・フォン・ビンゲン (1098 – 1179)


(hilde01.jpg)

 

私の伯父と伯母が通う横浜のあるバプテスト教会では、聖餐式の際に、葡萄酒の代わりに醗酵していない葡萄汁を使っていた。


(oba008.jpg)

それを、伯母に話した時、教会でお酒を飲むわけがないじゃあない、との返事が返ってきた。
当時、普段に私が行っていた別の教会だけではなく、普通は、新約に書かれてあるとおり、葡萄酒を使用している。
それも言ったとき、だから、田舎の教会は困る、というのが彼女の返事であった。

私は、こうした専業主婦の知的怠慢を憎む。
こういう連中が、この世の中をおかしくしているのではないか。
それに較べるなら、窃盗、詐欺などは一過性である。
(草子地:行間を読む、という体裁の良い言葉があるが、何のことは無い、これは勘繰りながら読むということではないか)

日本で、一般消費税が導入されようとしていたとき、難しいことは解らないけれど、反対だ、といった主婦団体の代表がいた。
解らなかったのならば、反対も賛成も言えないと思うのが常識であろう。

こちら、カナダでは、もう少しは、知的訓練ができているのではないか。
自分の利益にならないこと、自分の損になることには、反対して、梃子でも動かない、という態度は、どこの社会でも受け入れられるべきではない。
日本の彼女らに、本当に、選挙権が必要か。

女は教会で話してはならない、と新約のコリント前書14章34節に書かれている。
(草子地:唱うのはいいのか)
しかし、これは、後代の加筆である、つまり、パウロ自身が書いた文ではない、という説が有力である、とのことである。

ただ、この文に限らず、新約のその種の節が削除されたとか、削除の方向にある、などの話は、私は、未だかつて聞いたためしがない。
それ故、この節を保持する限り、私は、ヨハネ・パウロ2世(ローマ教皇)の女性の聖職(草子地:そんなものがあったとしての話ではあるが、)についての否定的な決裁だけは支持する。
それに不満であるのならば、自分自ら新しい宗派を創るなり、新しい宗教でもでっちあげれば良いではないか。

さて、本論に入ろう。
古代、中世で有効であったことが、現代に於いても意味をなすかどうかの議論は、慎重を要する。
時代による差異よりも、同時代の人々の見解の違いによる差異のほうが大きいのではないか。
それを推察する想像力が肝要なのであろう。次の例はどうであろうか:

Et dixerunt;<>.

こうなのよ、そしてこうなのよ、といった、私から見ると、たわごとの説明が散々続いた後で、こうした見てきたような話にぶつかるのである。
次のはどうであろうか:

Favus distillans Ursula virgo fuit, quae Agnum Dei amplecti desideravit.
Mel et lac sub lingua eius, quia pomiferum hartum et flores flolum,
in turba virginum ad se collegit.

これがエロティシズムでなかったとしたら、この世界の何であろうか。
そして、別の処では、次のように言っている:

Hec omnia Eva contempsit.

(さて、このすべてをイブは拒否しました。)

単純に言おう。
女性の性愛の対象が神の子羊のときは至上の愛で、アダムに代表される人間の男である時には蔑視する、ということに他ならない。

イエス・キリストは、彼の譬話そのものが誤解の源であった、と知ったであろうか。
否、イエス・キリストには責任は無い。

イエス・キリストは、あくまで、自身と信者の関係を花婿と花嫁に喩えたのであって、自身と女性、とくに処女との間に擬えた訳ではなかったことは明白であろう。
以上は、全てヒルデガルト・フォン・ビンゲンの作品からの引用である。
こうした作品のLP, CDを収集している私も、演奏家と同様に悪趣味の人間ではある。


(ursula02.jpg)

   聖人 ウルスラ

ところで、ウルスラは、聖人に列せられたのであるが、ヒルデガルトの方は、法王庁がそれを拒否、却下したとのことである。
私は、聖別とは、超越の業であって、教皇などの分別ではない、と考える側にいるので、する方も、される方も同程度だ、と見做す一方、聖女とは神につかえるマゾヒスト(草子地:倉橋由美子の<聖少女>より引用)を思ってみると、ヒルデガルトに関して、ある程度は、教皇庁の決定も納得できるのである。

私は、J.S.バッハと同時代の詩人C. M. フォン ジーグラーに、神を見た、と言ったヒルデガルトに共通するような嫌らしさを感じる。
これは、ある種の神秘主義の故か、とも思われるが、女性の知的怠慢の、超主観的な、神秘主義ほど嫌悪すべきものはないであろう。
磯山雅も、ジーグラーに対するバッハの評価は、そう高かったわけでもなさそうである、と控えめに書いている(バッハ=魂のエヴァンゲリスト)。


(ziegler2.jpg)

C. M. フォン ジーグラー

それでも、バッハは、彼女の歌詞によるKirchenkantatenを9曲書いていた。
例を『ただキリストの昇天によりてのみ』(BWV 128)から挙げておく:

Ich bin bereit, comm, hole nicht! Hier in der Welt ist Jammer, Angst und Pein;
hingegen dort, in Salems Zelt, werd ich verkläret sein.
Da seh ich Gott von Angesicht zu Angesicht,
wie mir sein heilig Wort verspricht.
……
Ich sehe durch die Sterne, das er sich schon von ferne zur Rechten Gottes zeigt.

コーダ (蛇足):

良い方を選んだ、とイエス・キリストから言われた、妹マリアは、新約の全部を通して沈黙していた。
私は、むしろ、マルタをひいきにしているので、彼女を弁護する。
姉マルタだって、シナゴグや教会でしゃべった訳ではない、と。


赤字はデンマンが強調)

49-50 ページ
『後奏曲集(後書きばかり)作品 3』より

ところで、オマエが上の文章をPDF形式でネットで公開したようだけれど、上のリンクをクリックしたら、もう削除されてないよ。。。 オマエ、また管理人に抗議してシカトされたのだろう!?

判りますか?

あのさァ~、オマエは以前にも「ボイジャー」の社長の鎌田純子さんに掲載を断られてしまった。 それなのに、オマエは自分の欠点を棚に上げて 「ボイジャー」の社長に次のように文句を言っている! 

太田将宏著作集 (E-Book Mode)

告発状以下の筆者自身の著作がボイジャー、ロマンサー(社長:鎌田純子)の一方的な暴挙で読めなくなりました。

その一切の経過につき、筆者の告発文書、<<ボイジャー、ロマンサーへの抗議録>>を
上の告発状をclickして御参照願います。


Ⅰ あれかこれか

哲学 (実践知性批判、Sartreを中心に)、

神学(純粋意識批判、Kierkegaardを中心に)


Ⅱ 愛と生命の摂理

文学(ドストエフスキーを中心に)


Ⅲ 前奏曲集 第一集

音楽(あるアマチュアの覚書、(批評の批評 ⅰ)


Ⅳ 前奏曲集 第二集

音楽(私はアマチュアである、(批評の批評 ⅱ)


Ⅴ 間奏曲集

音楽(主題なき変奏、(言葉と音楽 ⅰ)


Ⅵ 後奏曲集

音楽(後書きばかり、(言葉と音楽 ⅱ)


Ⅶ 瞬間

書簡集


『EBOOK MODE』より

『失意の太田将宏』にも掲載
(2015年12月12日)

オマエは太田将宏の著作がボイジャー、ロマンサー(社長:鎌田純子)の一方的な暴挙で読めなくなりましたと書いたけれど、重要な2つのことでオマエは間違いを犯している。

その重大な 2つの間違いとは、いったい何ですか?

まず、オマエは“著作”と書いているけれど、オマエの書いたものは“下書き”なのだよ!。。。 作品というには程遠い。。。 ヒルデガルト・フォン・ビンゲンについての文章を見れば一目瞭然なのだよ!

やっぱり、日本語が理解できる人のために解り易く できるだけ日本語で書くべきですか?

当たり前だろ! 要するに、オマエは“現実感を喪失”しているのだよ。。。 ネット市民の皆様が読むようには書かれてない! 英語の単語がやたらに散りばまられて、しかも、似非ドイツ語や、似非ラテン語までが注釈なしに散りばめられている。。。 極めて読みづらい。。。 改行がなく、やたらに長い持ってまわった言い回しになっている。。。 オマエの文章を見ると読む気がしなくなるのだよ!

デンマンさんの“バカ野郎文章”の方が、もっと酷(ひど)いと思うのですけれど。。。で、2番目の重大な間違いとは。。。?

だから、すでに言ったように、オマエは自分の欠点を棚に上げて 「ボイジャー」の社長に文句を言っている! 悪いのは 「ボイジャー」の社長じゃなく、オマエの未熟な“下書き”なのだよ!  「ボイジャー」の社長は当然のことをしたまでだよ! オマエの“下書き”はネット市民の皆様に公開されるには 未熟で未完成なのだよ!

それは、デンマンさんの個人的な意見ですよ!

僕の個人的な判断じゃなくて、現に 「ボイジャー」の社長の鎌田純子さんが掲載を拒否したのだよ! 当然のことだよ! しかも、止せばいいのに、僕に対する抗議文までネットで公開している!


(kogiroku9.png)

『実際の抗議録』

つまり、オマエは、文章の中だけじゃなくて、どこへ行っても人間関係を破綻に導いているのだよ!

要するに、オイラと伯母の関係も破綻していると言いたいのですか?

その通りだよ! オマエは「私は、こうした伯母の知的怠慢を憎む」と明言している! しかも、「日本の彼女らに、本当に、選挙権が必要か」とまで書いている! これでは、女性蔑視に他ならないじゃないかァ!

そうでしょうか?

だから、オマエは女性系家庭で孤立してしまうのだよ!

私は、この曲集を書き終えたとき、老人見習いから、正真正銘の老人になるのではないか、と思うこの頃である。
真の老人とは、もはや、失うべき何ものも無くなった人のことを言うのではないか。

長女は、私から去った。
次女は、中立を保つ為に、この家に寄りつかない。
家内と言えば、日本語も通じなくなってから何年にもなる。

私には、S.Kierkegaard の言った、一番易しく一番難しいこと、すべてを捨てること、が、案外、無理なくできるのではないか。
いや、その時には、捨てるべき何ものも見当たらなくなった境地であろう。

その意味では、老人になる前に、不慮の死で亡くなった人は気の毒である。
私は、若い時に、死ぬのはいいが風邪をひくのは嫌だ、などと言って、粋がって与太をほざいていた。
今も、願わくは、あまり苦しむことなく死を迎えられたなら、それにこしたことはない、と考えている。


(kierke02.jpg)

Kierkegaard は、また、永遠とは有限が無限に出会う瞬間である、と言っていた。
私の人生に、かつて、そのような瞬間があったであろうか。
いや、それもまた、超越の命題であろう。

私の人生は、無明に迷ったそれに終わるのかもしれない。
しかし、私の背後には、母の祈りがあった。

ある麻薬中毒患者が、お母さん、僕は、こんな遠くまで来てしまった、と淋しげに呟いていたが、私は、麻薬中毒者ではないけれど、その気持ちが解かっている、と思う。
どのみち、人生は、rehearsal無しの、ぶっつけ本番なのである。

しかし、私は、F.M.Dostoevsky の「白痴」にある、あの「イッポリトの告白」に書かれているように、もし、生まれる前に、この条件を知らされていたとしたならば、私は、生まれるてくることを肯(がえ)んじなかったであろう、とは思っていない。
私は、感謝して死ねるように、今からでも、心の準備をしておこう。

S.D.G

コーダ(蛇足):

私の懐疑なるものが、深いのか、深くないのか、私自身も知る由もない。
仮に、深かったとしても、そもそも、懐疑の深さというものは、誇るべきものであるのか、という疑問が残る。


【デンマン注:】 改行を加え読み易くしました。あしからず。

S.Kierkegaard: キルケゴール (1813-1855) デンマークの哲学者

S.D.G.: Soli Deo Gloria (ラテン語) To God Alone the Glory(英語) 神に栄光あれ。

F.M.Dostoevsky: ドストエフスキー (1821-1881) ロシアの小説家・思想家


56ページ Michel-Richard de Lalande
『後奏曲集(後書きばかり)』 作品3
著者: 太田将宏
初版: 1994年1月 改定: 2006年9月

『馬鹿やって人気?』にも掲載
(2015年8月18日)

デンマンさん! いったい何度この手記を引用すれば気が済むのですかァ~?

あれっ。。。 オマエは覚えてるのォ~?

覚えてますよう! これまでに上の手記をデンマンさんは何度も何度も記事の中で引用したのですよ!

とにかく、オマエは性格的に人間関係をうまくやってゆくことができないのだよ。

そのように決め付けないでください。。。 ちなみに、デンマンさんは叔母さんとうまくやっているのですか?

当たり前だろう! オマエと伯母の関係を比較するために、僕の叔母を取り上げたのだよ!

デンマンさんは叔母さんとルンルン気分の関係なのですか?

そうだよ。。。 ちょっと次の小文を読んでごらんよ。


(lotustl2.jpg)

多佳子・叔母さんは デンマンさんにとっては“お姉さん”のような人なのですわねぇ~。。。

そうなのです。。。 僕の母親の一番下の妹で。。。 20歳も年が離れていたので、まるで母親と娘のように親しくしていました。。。 僕と叔母とは6歳しか年が離れてないのです。。。 僕が生まれて間もない頃、お袋が実家の田植えの手伝いに行ったら、7歳の叔母が小さな僕を見て どうしても僕をおぶるんだと言ったらしのですよ。。。

それで、7歳の叔母さんはデンマンさんを背中に おぶったのですか?

ちょっと危なげだったけれど、どうしてもと言って聞かないので、仕方なく お袋が おんぶさせたというのです。。。


(komori2.gif)

それ以来、デンマンさんは実のお姉さんのように親しく付き合っているのですか?

そういうことです。。。

私も、一度だけ多佳子・叔母さんを遠くから見たことがありましたけれど。。。

そういうことがありました。。。 小百合さんが運転する車で鴻巣市の叔母の家まで行ったのですよ。。。 でも、小百合さんは、どういうわけか 「ちょっと今日は遠慮しておきますわ」と言って、会わなかった。。。

デンマンさんが、急に行こうと言い出したので、私には心の準備ができてませんでしたから。。。


『行田物語 古代蓮』より
(2017年8月10日)

つまり、多佳子・叔母さんがデンマンさんをおんぶしたので親しい関係にあると言いたいのですか?

そうだよ。。。 オマエは伯母さんにおんぶされたことがないだろう?

ありません。。。 オイラも伯母もお互いに嫌悪しているので、オイラが伯母におんぶされるというようなことはあり得ようがありませんでした。

要するに、オマエが幼児の頃から、伯母さんとは犬猿の間柄だったんだよなァ~。

やっぱり、オイラが幼児の頃に伯母におんぶされなかったということが宿命的にオイラと伯母の嫌悪関係を育(はぐく)んだのでしょうか?

そうだよ! たぶん、オマエは“姥捨て山”に伯母さんを捨てに行く時だけ ルンルン気分で老婆を背負ってゆくと思うのだよ。


(ubasute2.jpg)


(foolw.gif)

【レンゲの独り言】


(manila07.gif)

ですってぇ~。。。

これまでに、デンマンさんは太田さんのことで いろいろと記事を書いてますから、

太田さんとしても次のサイトだけは残しておきたいのかもしれませんわァ。。。


(kogiroku9.png)

『実際の抗議録』

 

すると、デンマンさんも上の抗議録を読んで ムキになって反論しています。

『嘘を書く日記』

 

太田さんはこれに対しては反論ができないのか、それ以降 無言で通しています。

でも、そのうち忘れた頃にまたコメントを書き込むかもしれません。。。

あなたは、どう思いますか?

とにかく、ネットには “めちゃキモい”人たちがウヨウヨしています。

太田将宏さんは、まだ良い方ですわ。

中には、まるで得意になって、愚かな事をして遊んでいる オツムの足りない人たちがたくさん居ます。

また、見かけは普通のブログでも、悪徳スパマーが手を変え品を変えて 悪徳サイトへ誘い込もうとしています。

スパムコメントで褒められると、ついついその気になって、

相手のブログへ飛んでゆき、お返しに、あるいはお礼にと思って

読者に登録してしまったりするものですわァ。

どうか スパマーの思う壺にはまらないでくださいね。

悪徳スパマーは悪徳サイトへ誘おうと

てぐすね引いて待っているのですから。。。

悪徳サイトを利用して、

メールアドレスで登録したりすると、

あなたのメールアドレスは第3者や第4者に売られてしまう危険性があります。

あなたは、そのようなスパム・コメントや 成りすましスパマーには

騙されないと思い込んでいるでしょう?

でもねぇ~、もしかすると騙されているかもよ。。。

とにかく気をつけてくださいね。

次回も、さらに面白い話題が続きます。

あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてください。

では。。。


(hand.gif)

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相変わらず馬鹿か?

2014年9月25日

 

相変わらず馬鹿か?

 


(tora06.gif)


(ohta03.png)

デンマンさん。。。、オイラをお呼びですかァ~?


(kato3.gif)

そうだよゥ。。。 首を長くして待っていたのだよ。

どうして。。。、どうして。。。、オイラを呼び出すのに“寅さん”のセリフを使うのですか?

オマエ、“寅さん”が嫌いなのォ~?

別に嫌いじゃないっすけど、オイラを呼び出すのに“寅さん”のセリフを使うことはないじゃありませんかァ!

要するに、“相変わらず馬鹿か?”と言われるのがオマエは不満なのだなァ~?

当たり前じゃないっすかア! オイラは自分が馬鹿だとは思ってません。

だから、オマエは知らずに馬鹿をやるのだよ。

デンマンさんが そう言うからにはオイラが馬鹿をやった証拠があるのでしょうねぇ~?

もちろんだよ。 何の証拠もなくオマエを馬鹿呼ばわりすれば 誹謗・中傷になるからね。

余計な前置きは言わなくてもいいから、その証拠を見せてくださいよ。

ちょっと次のリストを見て欲しいのだよ。


(wp40917c.png)

これは僕の Denman Blog のコメント・リストなのだよ。 赤枠で囲んだコメントに注目して欲しい。

このコメントをオイラが書き込んだとデンマンさんは言うのですか?

そうだよ。。。 オマエは日本の小さなソフトウェア会社で課長にまでなりながら人間関係をこじらせて辞めることになった。 どうも日本で勤めても、また人間関係で辞めなければならないと思い、覚悟を決めて、オマエはカナダに移住したのだよ。

あれっ。。。 デンマンさんはそんな事まで知っているのですか?

オマエは、忘れてしまったらしいけれど、オマエが僕にそう説明したのだよ。

あれっ。。。 そんな事をオイラはデンマンさんにしゃべったのですか?

そうだよ。。。 そのように忘れっぽくなったのも耄碌(もうろく)の始まりだと僕は思うのだよ。

まさかァ~。。。?

まさかァじゃないのだよ。 オマエはプログラマーとしてコンピューターの事はよく知っているはずなのに、愚かにも次の記事にコメントを書いたァ!


(wp40506e.png)

『実際の記事』

青枠で囲んだのがオマエが書き込んだコメントだよ。

でも。。。、でも。。。、オイラガ書き込んだいう証拠がないじゃありませんかア!

あのさァ~。。。 オマエはプログラマーとしてカナダで働いて定年退職したのだよ! IPアドレスから すぐに調べがつくことぐらい知らないはずがないだろう!?

うへへへへへへ。。。 うっかりしてました。。。

オマエのIPアドレス (72.140.219.150) を調べると次のような結果になるのだよ。


(oht40918.png)

『実際のページ』

品位を欠いたコメントを僕の記事に書き込む愚か者で、しかもカナダのオンタリオ州の Scarborough に住んでいる者といえば。。。 オマエ以外には居ないのだよ!

うへへへへへ。。。 やっぱり判ってしまうものですか?

判らないと思って、品位を欠いた下らないコメントを書く。。。 だから、僕は“相変わらず馬鹿か?”と言って オマエを呼び出したのだよ。

でも、カナダのオンタリオ州の Scarborough に住んでいる日本人は オイラ以外にも居ますよ。

確かに オマエ以外にも居るよ。 でもなァ~、嫌がらせで僕の記事に 品位を欠いたコメントを書き込む愚か者は オマエしか居ないのだよ。 それに、まだ他にも証拠がある。 ちょっと次のリストを見て欲しい。


(ame40904c.gif)

これはアメブロの僕のブログの9月4日の「検索キーワード」リストなんだよ。 赤枠で囲んだ 10番に注目して欲しい。 「太田将宏」を入れて検索して僕のブログにやって来た者が居た。 どの検索エンジンでやって来たのか調べるために「リンク元URL」のリストを見ると ちゃんと次のように出ている。


(ame40904b.gif)

赤枠で囲んだ 26番の URL をクリックすると次の検索結果が出る。


(yah40924a.png)

『現時点での検索結果』

9月4日に「太田将宏」を入れてYahoo!で検索したのだよ。 記録を見ると 2ページ目を見てアメブロの僕のブログにやって来た事になっている。 でも、僕が上の検索結果をゲットしたのは9月23日だから、アメブロの僕の記事は検索結果の中には出てこない。 おそらく、9月4日には 2ページ目にアメブロの僕の記事が出ていたに違いない。

うへへへへへ。。。 やっぱり判ってしまうものですか?! そうなのですよ。 2ページ目に アメブロの記事が出てました。

ついでだから 1ページを見てみると9月23日の時点で次のようになっている。


(yah40924b.png)

『現時点での検索結果』

赤枠で囲んだのが 僕の Denman Blog の記事なんだよ。 つまり、9月4日から オマエが9月12日に『5月のバレンタイン』の記事にコメントを書くまでの 8日間に Denman Blogの記事を暇に任せてオマエは たくさん読んだのだよ。

うへへへへへ。。。 やっぱり判ってしまうものですか?!

判ってしまうのだよ。 ところが、僕には腑に落ちないことが一つあった。

その腑に落ちない事と言うのは何ですか?

あのさァ~、オマエはコメントに次のように書いたのだよ。

このようにして、デンマンこと、加藤明は

自慰にふけっているのではないでしょうか?

でもさァ~、記事を読んでも“オカズ”になるようなものがない。 しいて“オカズ”になりそうなものと言えば次の画像なのだよ。



(lotus102c.jpg+cleoani.gif+spacer.png+sayuri5.gif)

この上の画像を“オカズ”にするには、あまりにも清潔感がありすぎて、とてもじゃないけれど刺激がなさ過ぎる! 例えば、次の記事ならば、オマエが嫌がらせのコメントを書き込むのにふさわしい。


(june500.jpg)

『おばさんの下着姿』

この記事の中ならば、『5月のバレンタイン』よりも刺激の多い画像がたくさん表示されている。 それなのに、どうしてオマエは『5月のバレンタイン』に嫌がらせのコメントを書く気になったのか? 僕は ずいぶんと考えさせられたのだよ。

。。。んで、その理由が解ったのですか?

解ったのだよ! だから、オマエを呼び出して この記事を書く気になったのだよ。

余計な事は言わなくてもいいから、その理由というのを細木数子のようにズバリ!と話してください。

まず、次の部分を読んで欲しい。

バレンタインの小包が郵便局に届いたという通知が5月2日に僕のマンションのメールボックスに入っていたのですよ。

あらっ。。。 マジで。。。?

それで昨日(5月4日)、バンクーバー市立図書館からの帰りに 指定されたロブソン・パブリック・マーケットの中にある郵便局に立ち寄って 小百合からのバレンタインの小包を受け取ってきたのですよ。


(robson60.jpg)


(robson61.jpg)


(robson62.jpg)


(robson63.jpg)

デンマンさんの手元に無事について よかったですわねぇ~。

あれっ。。。 小百合さんは なんだか他人事のように言いますねぇ~。。。 マンションに帰ってから小包を見たら、4月2日に栃木の郵便局から郵送したという消印が付いてましたよゥ。

うふふふふふ。。。。

うふふじゃありませんよう! つまり、上の手紙を書いた時には すでにバレンタインの小包を郵便局に出してから 2週間近く経っていたのではありませんかア!

そうですわ。。。 でも、また小包が行方不明になるかもしれないと思ったので、手紙には郵送したことを伏せていたのです。 もし、知らせて1ヶ月以上も経っても 小包がデンマンさんの手元についてないと、お互いに心配のあまり、ストレスがたまって癌にでもなったらバレンタインどころではありませんわア。

あのねぇ~、その程度のストレスでは 癌になりませんよう。

とにかく、1度あることは2度あると昔の人は言ってましたから。。。 うふふふふふ。。。

僕は、小百合さんが 1度で懲(こ)りて 2度と小包を送らないと思っていましたからねぇ~。。。

どうして、そう思ったのですか?

僕なら、1度で懲りて2度と送りませんよう。 実は、似たようなことが 10年ほど前に僕にもあったのですよう。 それ以来、僕は懲りて 2度と小包を郵便では送ってないのですよ。 でも、小百合さんは、また手間と時間をかけて小包を作って 田舎の郵便局まで車で出かけていってぇ ムカつかせるような郵便局のおっさんに 今度は間違いなくバンクーバーまで届くようにと頼んだわけでしょう?

そうですわ。

僕なら、ムカつかせるような郵便局のおっさんの顔を 2度と見たくないですよう。


『5月のバレンタイン』より
(2014年5月6日)

実は、似たようなことが 10年ほど前に僕にもあったのですよう。 それ以来、僕は懲りて 2度と小包を郵便では送ってないのですよ。 この苦い経験というのは、他でもない、僕がオマエにお礼の印としてポケット計算機を小包で送ったのだよ。 今でこそ、ポケット計算機などもらっても、うれしくも何ともないけれど、その頃は ちょうどポケット計算機が人気がなくなる最後の時期だった。

そうです。。。そうです。。。 そういう事が確かにありました。

ところが、カナダの郵便局の扱い方が悪かったので オマエの手元に届いた時には全く使い物にならないほどに壊れていた。

そうです。。。そうです。。。 そういう事が確かにありました。

オマエが常識と日本人的な気遣いを持っているならば、手紙で「実は、送っていただいたポケット計算機は壊れてました。 でも、お気持ちだけ ありがたく頂戴いたします。 早々。」という葉書でも書けばそれで済むのだよ。 ところが、オマエは そういう常識も気遣いもなく、嫌がらせとしか思われないやり方で、わざわざ壊れたポケット計算機を小包にして僕に送り返してきたのだよ。 僕はオマエのイヤらしい性格をまざまざと見せ付けられて、唖然としたものだよ。

そうです。。。そうです。。。 そういう事が確かにありました。

それから、しばらくして、オマエは僕に本を出版するので、手伝ってくれないか? つまり、要は、経済的な援助をしてくれないか? という事なのだよ。 そうだろう?

そうです。。。

オマエは僕に本の原稿のコピーを送って寄越した。 僕はすべてに目を通した。 3度ぐらい読み返したものだよ。 内容は素晴らしい。

マジでデンマンさんは そう思ったのですか?

そうだよ。。。 僕は 実際、素晴らしいと思ったのだよ。 だから、僕はオマエの原稿を許可を得て僕の記事の中でも使わせてもらったのだよ。

そうです。。。 そういう事がありました。 だから、オイラも出版できると思って喜んでいたのですよう。

ところが、オマエの原稿には、英語の単語がメチャたくさん出てくるのだよ。 僕にとっては、読むのに苦にならないけれど、平均的な日本人向けに出版するには、そのままでは難がある。 たぶん、そのような事を書いたと思う。 とにかく、具体的な事は未だに思い出せないのだけれど、オマエは些細な事でムカついてキレて、それ以来、つまり、2006年以来絶交状態だったのだよ。 そして今年の9月12日に、オマエは上の嫌がらせのコメントを僕の記事に書いた。 なぜ今になって。。。?

なぜでしょうか?

要するに、『5月のバレンタイン』を読んだら、「僕なら、1度で懲りて2度と送りませんよう。 実は、似たようなことが 10年ほど前に僕にもあったのですよう。 それ以来、僕は懲りて 2度と小包を郵便では送ってないのですよ。」 と、僕が書いているのを読んで、オマエは衝動的に嫌がらせのコメントを書く気になったのだよ。 そうだろう?

うへへへへへへ。。。 実は、オイラにもその時の気持ちが良く解らないのですよゥ。

だから、僕としては寅さんの言葉を借りて“相変わらず馬鹿か?”と、オマエを呼び出したのだよゥ。


(laugh16.gif)

【デンマンのの独り言】


(foolw.gif)

あのねぇ~。。。
こういう事は 実は あまり書きたくない。
でもねぇ~、いつの時代でも人間関係は重要ですからね。
このような 絶交状態にならないように、あなたの参考になればと思って、書いたのですよう。

人間は神様じゃないのだから、絶対に完璧な人間など居ません。
長所もあれば短所もある。
でもねぇ~、中には、長所よりも短所が目立つ人が居るのですよ。

その例が 僕の知る限り 太田さんなのですよ。
自分の実の娘とも絶交状態になっていますからね。。。

その実の娘というのは オンタリオ州のハミルトン市にある総合病院の小児科の女医さんです。
聡明で、明るい女の子です。
僕がトロントに居る頃、何度も会った事があります。

僕は口が悪いから、太田さんをボロクソに貶(けな)していますが、
60%ぐらい尊敬しております。

太田さんの書いたクラシックの本の原稿を読むと、本当に感心させられました。
実際、僕は太田夫婦には ずいぶんとお世話になったのです。

だから、このような絶交状態になっても、この一件とは別に、
太田さん夫婦には今でも感謝しております。
特に、気持ちの優しい奥さんには。。。(微笑)

あたなも もし、絶交状態になりそうな相手がいたら、距離を置いて付き合ってください。
気をつけてくださいね。

次回も、さらに興味深い話題が続きます。
あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてください。
では。。。


(hand.gif)

あなたが絶対、

見たいと思っていた

面白くて実にためになるリンク


■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『興味深い写真や絵がたくさん載っている世界の神話』

■ 『現在に通じる古代オリエント史の散歩道』

■ 『見て楽しい、読んで面白い 私版・対訳ことわざ辞典』

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)

■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『あなたもワクワクする新世代のブログ』

■ 『ちょっと心にぐっと来る動物物語』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Godiva Sayuri
(godiva05.jpg)

■ 『軽井沢タリアセン夫人 – 小百合物語』

■ 『プラダスパマー団』

■ 『日中米スパマー団』

■ 『愚かなスパマー団』

■ 『オマエ、タイ人じゃないよね』

■ 『ウザい宣伝スパマー』

■ 『また、オマエか!?』

■ 『スパマー夢太郎』

■ 『モンブランスパマー』

■ 『ほめ殺しスパマー』

■ 『激バカスパマー』

■ 『シャネルスパマー』

■ 『ロレックススパマー』

■ 『つぶやきスパマーの嘆き』

■ 『アドレス収集スパマー』

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■ 『呆れたスパマー』

■ 『キモいスパマー』

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■ 『ルイヴィトンと小百合パンツ』

■ 『デリヘルのキモい女』

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■ 『偽装スパマー鈴木』

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■ 『ハルヴァは見ていた』

■ 『笑わせるスパマー西元』

■ 『女に成りすますスパマー西元』

■ 『めちゃキモいナンパ野郎』

■ 『ヒラリーおばさんも嫌うコメント』

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■ 『激ウザIPアドレス』

■ 『貧しいさもしい心の人』

■ 『スパマー・ブラックリストだよ』

■ 『スパマー道場』

■ 『音楽に向き合え!』

■ 『自滅するナンパ野郎』

■ 『謎の3819人』

■ 『火星人さとみ』

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■ 『ハワイの彩萌』

■ 『キモい文字列』

■ 『キモい旅行好きのマイ』

■ 『キモい女子大生ユリ』

■ 『女になりたいスパマー』

■ 『キモい不幸な情報屋』

■ 『オマエ、何でもできるの?』

■ 『飛んで火に入る夏の虫』

■ 『女子大生ユリの悩める夏』

■ 『謎の3819人がなぜ?』

■ 『カリスマホステス明日香の悩み』

■ 『ダメ社長の無知』

■ 『悪徳スパマーとファシスト管理人』

■ 『哀れなゆうたろう』

■ 『へのへのもへじスパマーと孫悟空』

■ 『殺意を振りまく女』

■ 『アメブロのウザい女』

■ 『ネット馬鹿の不満』

■ 『スパマー石原誠二』

■ 『eeepaiotsuバカ』

■ 『西海岸からのスパム』

■ 『シドニーの悪女』


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それを言っちゃあお仕舞いよ

2014年9月18日

 

それを言っちゃあお仕舞いよ

 


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デンマンさん。。。、オイラをお呼びですかァ~?


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そうだよゥ。。。 首を長くして待っていたのだよ。

どうして。。。、どうして。。。、オイラが“寅さん”の“男はつらいよ”の映画と一緒に呼び出されなければならないのですかァ~?

オマエ、上のビデオクリップを観たァ~?

観ましたよ。

あのさァ~、オマエは上のビデオクリップに出てくる“御前様”と同じ世代なんだよ。

つまり、オイラは笠智衆(りゅう ちしゅう)さん演じる“御前様”と同じ世代だということをネット市民の民様に印象付けるために わざわざ“寅さん”を持ち出してきたのですか?

そればかりじゃないけどねぇ~。。。

それで オイラが“御前様”と同じ世代だと どうだとデンマンさんは言うのですか?

あのさァ~、“御前様”は映画の中では まだ耄碌(もうろく)してないのだよ。

まさかァ~。。。、まさかァ~。。。、オイラが耄碌(もうろく)しはじめていると、デンマンさんは言うのではないでしょうねぇ~?

だから、その事を僕は疑い始めているのだよ。

どうして。。。、どうして。。。、オイラが耄碌(もうろく)しはじめていると、デンマンさんは思ったのですか?

ちょっと次のリストを見て欲しいのだよ。


(wp40917c.png)

これは僕の Denman Blog のコメント・リストなのだよ。 赤枠で囲んだコメントに注目して欲しい。

このコメントをオイラが書き込んだとデンマンさんは言うのですか?

そうだよ。。。 オマエは日本の小さなソフトウェア会社で課長にまでなりながら人間関係をこじらせて辞めることになった。 どうも日本で勤めても、また人間関係で辞めなければならないと思い、覚悟を決めて、オマエはカナダに移住したのだよ。

あれっ。。。 デンマンさんはそんな事まで知っているのですか?

オマエは、忘れてしまったらしいけれど、オマエが僕にそう説明したのだよ。

あれっ。。。 そんな事をオイラはデンマンさんにしゃべったのですか?

そうだよ。。。 そのように忘れっぽくなったのも耄碌(もうろく)の始まりだと僕は思うのだよ。

まさかァ~。。。?

まさかァじゃないのだよ。 オマエはプログラマーとしてコンピューターの事はよく知っているはずなのに、愚かにも次の記事にコメントを書いたァ!


(wp40506e.png)

『実際の記事』

青枠で囲んだのがオマエが書き込んだコメントだよ。

でも。。。、でも。。。、オイラガ書き込んだいう証拠がないじゃありませんかア!

あのさァ~。。。 オマエはプログラマーとしてカナダで働いて定年退職したのだよ! IPアドレスから すぐに調べがつくことぐらい知らないはずがないだろう!?

うへへへへへへ。。。 うっかりしてました。。。

オマエのIPアドレス (72.140.219.150) を調べると次のような結果になるのだよ。


(oht40918.png)

『実際のページ』

品位を欠いたコメントを僕の記事に書き込む愚か者で、しかもカナダのオンタリオ州の Scarborough に住んでいる者といえば。。。 オマエ以外には居ないのだよ!

うへへへへへ。。。 やっぱり判ってしまうものですか?

判らないと思って、品位を欠いた下らないコメントを書く。。。 だから、僕はオマエが耄碌(もうろく)し始めたと思ったのだよ。

それを言うために わざわざオイラを呼び出したのですか?

いや。。。 それだけじゃないのだよ。 たまたま夕べ 本を読んでいたら次の箇所にぶち当たったのだよ。

「それを言っちゃあオシマイよ」を

言わせないルール


(tora019.jpg)

人間どうしが、わかる、わかり合うというのは、いったいどういうことなのでしょうか。
お互いに100%わかり合っているのがいちばんいい人間関係で、そこから数字が下がるほどだんだんよくない人間関係になっていくのでしょうか。

私はそういうことではないと思うのです。
人と人のつながり合い、かかわり合いというものは、そんなふうにモノサシではかれるような単純なものではないと思います。

人間関係というものは、いろいろな見方ができると思いますが、お互いの「思い込み」がバランスよく調和したところで成り立っているようなものなのではないでしょうか。

フーテンの寅さんで有名な映画『男はつらいよ』を見ていると、いつもつくづくそんなことを考えてしまいます。

 (中略)

寅さんがたまに実家に戻ると、最初のうちは、寅さんの旅先談義やご近所の人たちの近況など楽しい会話が盛り上がります。

けれども、下町で質素に暮らすオイチャン、オバチャン、妹のさくら夫婦と、気ままな旅ガラスで心のそこに人一倍寂しい気持ちを抱える寅さんとでは、やはり「常識」や「ものごとの感じ方」にだいぶズレがあるのでしょうか。
いつも決まって、どういうわけか大げんかが始まってしまいます。

そしてとうとうオイチャンがこらえかねて「バカヤロウ! 寅、お前が間違っている! お前さえいなけりゃ俺たちは……」と怒鳴りつけ、それを聞いた寅さんは「オイチャン、それを言っちゃあオシマイよ」と、『男はつらいよ』シリーズで毎回繰り返される名文句を捨てゼリフに、また家を出て行きます。

何度見てもおかしく、もの悲しいやり取りですが、たしかに「お前さえいなければ……」と言われてしまったら、誰だって、相手を追い出すか、そうでなければ自分が出てゆくしかなくなってしまうでしょう。

人間は、どんなに仲が良かったり、気が合うように感じても、やはり違う人間どうしです。
まったく同じ、完全にわかり合えるということはありません。
同じ仕事をしていても、長年の友達どうしでも、家族でも、それぞれの「思い込み」は少しずつ違っています。

そのことをいつも忘れずに、誰かが「それを言っちゃあオシマイよ」という気分に追い込まれてしまわないように、お互いの「思い込み」のバランスをとり、調和をはかっていく。
そういうことが実際の世の中での人間関係なんじゃないかと私は思います。

赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
イラストはデンマン・ライブラリーより)


144-146ページ
『心配性と上手に付き合う方法』
著者: 大野 裕
2003年6月5日 第1刷発行
発行所: 大和書房

つまり、オイラが品のない下らないコメントを書いたので、デンマンさんは「それを言っちゃあオシマイよ」という気分に追い込まれて この記事を書き始めたのですか?

オマエ、ちゃんと解るじゃないか! まだ耄碌してないよう。

オイラは、こう見えても“御前様”と同じ程度の教養のある人間だと思ってますから。。。 うへへへへへ。。。

でもさァ~。。。“御前様”は絶対にオマエが書き込んだようなコメントは書かないよ!

そうでしょうか?

そうだよ! だから、僕はオマエが耄碌し始めたと感じたのだから。。。 それにしても、オマエがキレて絶交状態になったのは もう8年も前のことだよ。 覚えてる? ちょっと次の検索結果を見てごらんよ。


(GOG40918a.png)

『現時点での検索結果』

上のリストのトップに表れた『親愛なる将宏ちゃんへ』を僕が書いた時には、オマエはすでにキレて絶交状態になっっていたのだから。。。

デンマンさんがオイラがキレるような事を言ったからですよ。

あのさァ~、オマエは実に「思い込み」の激しい人間なんだよ。 だから、実の娘とも絶交状態になっている。

なんで、そんな事までデンマンさんは知っているのですか?

オマエが自分で本の中で書いていたことだよ。

オイラは書いた覚えがないのですけれど。。。

最近、オマエは物忘れが激しいねぇ~。。。 だから、オマエは耄碌し始めているのだよ。 ちょっと次の小文を読んでごらんよ。

思い込み


(convent02.jpg)

先日ある国際会議に参加したときのことです。
私は急にある会合に出席しなければならなくなって、その会場をさがしていました。
ところがなかなか見つからずに、だんだん焦ってきたときに、知り合いの精神科医Aさんの姿が目に入りました。
私は彼に軽く目で挨拶して、Aさんのそばを小走りに駆け抜けて会合の場所をさがしつづけました。

後からその精神科医Aさんから、そのとき彼の横に一緒にいたBさんが、私が目も向けずに挨拶もしなかったので気にしていたという話を聞きました。

Bさんと私は、以前に会ったときからもう何年もたっています。
Bさんは私のことを懐かしく思って見ていたのでしょう。
それなのに私に無視されたと思ったようなのです。
「私は何か、大野さんの気を悪くするようなことをしたかなあ」と言っていたといいます。

その後、幸いなことにBさんともう一度会えたので、私はそのときに謝ることができました。
でも実際のところは、私は無視したのではなくて、焦って会合の場所をさがしていたのでBさんに気づかなかっただけなのです。

赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


80-81ページ
『心配性と上手に付き合う方法』
著者: 大野 裕
2003年6月5日 第1刷発行
発行所: 大和書房

オマエは僕の言葉にキレたと言うけれど、僕はオマエがキレるような事を言った覚えがない。 今、具体的には何をオマエに言ったのか思い出せないけれど。。。 つまり そのくらい、その時の言葉は僕にとっては些細なことだったのだよ。 だから、思い出せなくなっている。 たぶん、上のようなことに違いないと思うのだけれど、オマエは その些細なことを「思い込み」で 誤解してキレたのだよ!

いや。。。 絶対に そんなことはありません。 オイラはデンマンさんの悪意を感じました。

あのさァ~。。。、それがオマエの「思い込み」なのだよ! とにかく、2006年の暮れから 絶交状態になっていたオマエが どうして品のない下らないコメントを僕の記事に書いたのォ~?

どうしてでしょうか? うへへへへへへ。。。

あのなァ~、僕が返信で書いたように オマエは実の娘とも絶交状態になっている。 妻ともうまくいってない。 だから、孤独で寂しくなったので、僕にかまってもらいたくなって、コメントを書いたと思うのだよ。 そうだろう!?

デンマンさん! それを言っちゃあオシマイよ!


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【レンゲの独り言】


(manila07.gif)

ですってぇ~。。。
そうですよねぇ~。
誰かが「それを言っちゃあオシマイよ」という気分に追い込まれてしまわないように、お互いの「思い込み」のバランスをとり、調和をはかっていく。
そういうことが実際の人間関係では大切なんでしょうね。

あたなも 気をつけてくださいね。

次回も、さらに面白い話題が続きます。
あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてください。
では。。。


(hand.gif)

あなたが絶対、

見たいと思っていた

面白くて実にためになるリンク


■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『興味深い写真や絵がたくさん載っている世界の神話』

■ 『現在に通じる古代オリエント史の散歩道』

■ 『見て楽しい、読んで面白い 私版・対訳ことわざ辞典』

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)

■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

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■ 『ラッキースパマー』

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■ 『笑わせるスパマー西元』

■ 『女に成りすますスパマー西元』

■ 『めちゃキモいナンパ野郎』

■ 『ヒラリーおばさんも嫌うコメント』

■ 『金儲けがすべてでいいのか?』

■ 『激ウザIPアドレス』

■ 『貧しいさもしい心の人』

■ 『スパマー・ブラックリストだよ』

■ 『スパマー道場』

■ 『音楽に向き合え!』

■ 『自滅するナンパ野郎』

■ 『謎の3819人』

■ 『火星人さとみ』

■ 『月夜の笑子』

■ 『ハワイの彩萌』

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■ 『悪徳スパマーとファシスト管理人』

■ 『哀れなゆうたろう』

■ 『へのへのもへじスパマーと孫悟空』

■ 『殺意を振りまく女』

■ 『アメブロのウザい女』

■ 『ネット馬鹿の不満』

■ 『スパマー石原誠二』

■ 『eeepaiotsuバカ』

■ 『西海岸からのスパム』

■ 『シドニーの悪女』


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Myぬこの愛と恋愛

2014年3月8日

 
 
Myぬこの愛と恋愛
  

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デンマンさん。。。 あんさんは、ぬこを飼いなはってるん?


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わてのマンションはペットを飼(こ)うてはあかんのやがなァ~?

それにしても あんさんの おかあはんは血も涙もあらへんなァ~。。。!

あれっ。。。 めれちゃんは次のエピソードを読んでしもうたのかァ~?

元気にしていたヒヨコがみるみる弱っていき、死んでいく様子を何もしてあげられずにただ見守るのは、辛くて切ない。
3日目に生き残っていたのは一羽となった。
ピーと名付けたこの子は元気で体も大きくなってゆく。
立派な鶏に育ってくれるかもしれないという希望が湧いてきた。
家に来てから1週間目に、さかんに騒ぐので、檻の中が窮屈になったのだろうと、庭に出してやった。
ピーは大喜びで庭の中を徘徊する。
クチバシで地面を突いたかと思うと、もうクチバシには虫やミミズをくわえている。
得意な様子だ。
いきなり黒っぽい塊が目の前をよぎった。
キャーッと泣き叫ぶしかなかった。
よく見かける野良猫がピーをくわえて走り去っていった。
こうしてヒヨコは一羽もいなくなった。


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それから丸々1年間、わたしは鶏肉も卵も一切食べられなくなった。
掌の上で息絶えていったヒヨコたちの姿が二重写しになって、とても口に運べない。
朝の生卵はもちろんのこと、オムライスも茶碗蒸しも卵入りのホットケーキも口を付けられなくなってしまった。

1年ほどして、ある日カステラを頬張っていたら、母が言った。
「あら、それは卵がいっぱい入っているのに」
とたんにヒクヒクと痙攣しながら死んでいったヒヨコたちの面影が目の前にちらついた。
涙が溢れてくる。
それでもわたしはカステラを食べ続けた。
毒を喰らわば皿までの心境だった、というよりも、ものすごく美味いカステラだったのだ。
ヒヨコたちの面影にカーテンを下ろす術をそのとき会得した。

 (中略)

今でも肉料理や卵料理を前にすると、ほんの一瞬だが、ヒヨコたちや獣たちの姿が目前をよぎる。
みな、それは悲しそうな目をしている。
なのに、次の瞬間にはムシャムシャと美味しく食べている自分が、ときどき怖くなる。

もっと心優しく意志の強い人々はベジタリアンになるのだろう。
ヒトラーもベジタリアンだった。


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(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


19-21ページ 『旅行者の朝食』
著者: 米原万里
2002年6月10日 第2刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋

 

僕は、アヒルを2匹飼っていたことがあって、ちょうど米原万里さんのように死なせてしまって、しばらくアヒルの肉や鶏肉は食べられませんでしたよ。

あらっ。。。 野良猫に食べられてしまったのでござ~♪~ますか?

いや。。。 雛から大人に成長しましたよ。


(2ducks.jpg)

でも、1匹は車にはねられて即死したのですよ。 もう1匹は、僕の両親が密かに近所の肉屋さんに持っていって、さばいてもらったのですよ。

あらっ。。。 食べてしまったのですか?

そうなのですよ。 食卓に、そのアヒルの肉が出てきて、弟たちは旨い旨いと言って食べてしまったけれど、僕は食べることができませんでしたよ。

それはそうでしょう! 可愛がっていたアヒルの肉が「北京ダック」になってテーブルにのっていたら、誰だって食べられませんわ。 それにしても、息子が可愛がっていたアヒルを肉屋さんで解体してしまったなんて、デンマンさんのご両親は血も涙もないのですわねぇ~!?

この話をすると、たいていの人がビックリするのだけれど、でもねぇ~、親父は動物が嫌いだったけれど、母親は、動物が好きでしたよ。

それなのに、どうして肉屋さんで解体してしまったのですか?

エサを食べさせるのは子供だけで充分で、アヒルにまでエサ代を使うのがもったいないというのが、母親の本音だったようですよ。

でも、それにしても。。。??

卑弥子さんも呆れてしまうでしょう!? 僕だってぇ、両親に対して怒って抗議するというよりも、呆れてしまいましたよ。 僕がずいぶん可愛がっていたから、後ろめたい気持ちがあったのでしょうね。 僕が呆れたように母親の目を見ると、正視できずに目をそらしましたよ。

それは、そうでしょうねぇ~。。。 で、今でも「北京ダック」は食べられないのでござ~ますか?


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いや。。。 「北京ダック」は僕の好物の一つですよ。 うへへへへへ。。。

つまり、米原万里さんのヒヨコのエピソードにデンマンさんは、マジで共感したわけなのでござ~ますわねぇ~!?

そうなのですよ。


『えっ、ヒトラーはベジタリアン?』より
(2014年3月5日)

めれちゃんも わての母親がむごい母親やと思うかもしれへんけどォ、実は、我が子に対する愛情はメチャ大きかったのやでぇ~。。。 あまりに大きすぎたので、アヒルに対する愛は無くなってしもうたのやないかいなァ~。。。

それにしても、つぶして食べてしまうのは、ちと常軌を逸(いっ)していると思いますねん。 今やったら、動物愛護協会から非難の手紙が舞い込むと思いますわァ~。

めれちゃん。。。 今日は“Myアヒルの愛”やのうてぇ~、“Myぬこの愛”とめれちゃんの恋愛の話をするのやでぇ~。。。

この“Myぬこの愛”というのは、わたしの ぬこの愛のことやのォ~?

そういうこっちゃがなァ~。。。 わては めれちゃんが ぬこたちを愛していることを よう知っておるねん。 

猫のタンタンと

めれちゃんの会話

それに、ぬこたちも めれちゃんに対して豊かな愛情表現をしているのを つねづね読んでいる。 たとえば。。。

さみしがりやのきみへ


(lonely15.jpg)

きみは涙をためて
立ち尽くす
目覚めたときに
きみはひとりきり

夕べの、あの優しさは
何だったのだろうか?
夕べの、あのときめきは
何だったのだろうか?

だ~れも居ない部屋の中で
きみは一人になって
涙を流す

でも、きみは一人やないんやでぇ~
見てみいなぁ~
ねねが、きみの足元で
幸せそうに
安らかな吐息を立てて
眠っておるがなぁ~


(cat110.jpg)

見てみいなぁ~
タンタンがきみの足元にすりよって
やさしくなぐさめておろうがぁ~
 
 

(cat300.jpg)
 
 
見てみいなぁ~
ニコちゃんまでが
またボールをくわえて
きみとあそぼうとしておるがなぁ~
 
 

(cat102.jpg)
 
 
きみは一人やないんやでぇ~
いつもアルジェの浜辺で
きみのことを
思っている
ムルソーもおるのやでぇ~
 
 


(algiers2.jpg)
 
 

(algeri2.gif)
 
 

(seashore2.jpg)

(ムルソーのことを知りたいなら、
 次の記事を読んでね。)

■ 『炎の異邦人 (2007年3月28日)』

■ 『異邦人の夏 (2008年7月18日)』

■ 『萌える慕情 (2008年8月9日)』


『さみしがり屋のきみへ』より
(2009年1月26日)

あんさんは、ずいぶん古い詩を持ち出してきましたやんかァ~。。。

あきまへんかァ~?

。。。で、あんさんは何が言いたいねん?

あのなァ~、たまたま 夕べ本を読んでいたら次の箇所にぶち当たったのやがなァ~。

毎晩エサを食べに来る猫たちは、私になつき、私を頼っている。
親しみも感じているだろう。
そこまできたら、飼い猫だったら、当然濃密な感情表現をして応えてくれる。
家の中にいる3匹の猫たちは、それぞれ表現は違うけれど、みんないろいろな親しみの表現をしてくれて、それを「愛情表現」と言ってほぼ間違いはない。

しかし、家の猫たちがどれだけ私を信頼しているとしても、私に何をされても嬉しいと思っているわけではなくて、たとえば、獣医に連れて行かれるのは嫌で、キャリングケースが出てきたら逃げ回る。


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最年長のペチャはひどい便秘症で、ウンチがどうしても出ないときには私が肛門に指を突っ込んで掻き出すのだが、そのときはもうギャーギャー大騒ぎで、油断したら引っかかれて噛みつかれる。

外の猫たちにとって、人間に直接触られるのは、そのレベルの恐怖なのではないか。
生粋の野良猫として野良猫に育てられる家庭で—しかし人間からエサをもらっていおきながら「生粋の野良猫」もないもんだが—、人間に頭を撫でられたり顎の下を撫でられたりするのもけっこう気持ちいいものだということえお教わらなかった、というような。
ゴロンと仰向けになった姿勢でおなかを撫でられる気持ち良さを知らないのはもったいないが、それは外の猫たちにとって愛情表現の範疇に入らないのだから仕方がない。

人間だって、たとえばアナル・セックスを愛情表現の一環と思える人とそうでない人がいるではないか。
前者(思える人)と後者(思えない人)の恋愛は不幸だろうが、それはともかく、人間に「愛」を教えることは可能だろうか?
逆に言えば、他人から「愛」を教わることは可能だろうか。
サディズムが愛だと思っている人が世の中にはたくさんいて、彼らは猫や人間の幼児をさらってきて切り刻んだりすることに歓びを感じたりする。
彼らは「性欲」の発露を「愛」と誤解しているのだろうが、「普通」と分類される人たちだって、恋愛の最も濃密な段階では「愛」が「性欲」しか意味していない。


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もっとノーマルな人に限っても、嫉妬を感じなければ自分がその人を愛していることを確認できない人がいっぱいいる。
駄々っ子が母親を困らせるように、好きな相手を困らせることが「愛」だと思っている人もいっぱいいる。
かと思えば、相手が事故で入院した途端に恋愛感情が噴出する人がいたり、誰が見ても全然取り柄のない男を心の底から愛している美人で頭のいい人がいたり……と、「愛」は不可解なことだらけだが、だいたい、「愛」と「恋愛」はどこまで同じだと考えていいのか。

(注: 赤字はデンマンが強調
写真はデンマン・ライブラリーから)


72 – 74ページ 
『途方に暮れて、人生論』
著者: 保坂和志
2006年7月19日 第2刷発行
発行所: 株式会社 草思社

つまり、「愛」と「恋愛」はどこまで同じだと考えていいのか? 。。。 わては、この事に考えさせられたのやがなァ~。。。?

どないなわけで、あんさんは 「愛」と「恋愛」 に拘(こだわ)りはるのォ~。。。?

それは。。。、かつて、めれちゃんが次のように喚(わめ)いていたからやないかいなァ!

バカバカしい

テーマ: ヲチヲチヲチ~♪


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ああ。バカバカしい。

男女の愛が、閉鎖的であるのは当然だ。
それを、狭いなどと、何をぬかしているのか。
人間愛と、男女の愛をいっしょくたにしているアナタは、
本音を語っているのなら、一生誰とも
愛を語れないだろう。

それとも、ただのエロなのか?

もう、バカバカしくて、相手にもしたくない。
そんな低能な方と、かかわっていると、
こちらまで、悪影響をうけてしまいますので。

posted by merange

2009-03-08 18:48:47


『バカバカしい』より
(2009年3月8日)
Ameblo 【めれんげの原材料】

『男女の愛は閉鎖的か?』より
(2009年4月4日)
【バークレー(デンマン)の書きたい放題】

男女の愛が閉鎖的と言うのんは、当たり前ですやん!

それはちゃうと思うでぇ~。。。

どないなわけで ちゃうねん?

そやかてぇ、ニーチェのおっさんは次のように言うてるのやでぇ~。。。

友情の才能が良い結婚を呼ぶ


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子供というものは、人間関係を商売や利害関係や恋愛から始めたりなんかしない。

まずは友達関係からだ。

楽しく遊んだり、喧嘩したり、慰め合ったり、競争したり、互いに案じたり、いろいろなことが二人の間に友情というものをつくる。

そして、互いに友達になる。

離れていても、友達でなくなることはない。

良い友達関係を築いて続けていくことは、とってもたいせつだ。

というのも、友達関係や友情は、他の人間との関係の基礎になるからだ。

こうして良い友達関係は、良い結婚を続けていく基礎にもなる。

なぜならば結婚生活は、男女の特別な関係でありながらも、土台には友情を育てるという才能がどうしても必要だからだ。

したがって、良い結婚になるかどうかを環境や相手のせいにしたりするのは、自分の責任を忘れたまったくの勘違いということになる。

『人間的な、あまりに人間的な』 — ニーチェ


84 『超訳 ニーチェの言葉』
訳者: 白取春彦
2010年3月20日 第11刷発行
発行所: 株式会社ディスカバー・トゥエンティワン

つまり、ニーチェのおっさんの言うたことを持ち出すために、なんやァ、かんやァと あんさんはクダクダ、クダクダとこれまで話してきやはったん?

あきまへんか?


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【レンゲの独り言】


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ですってぇ~。。。
そうですよねぇ。
確かに友愛と恋愛は全く違った愛のようにも見えますよね。
でも、よく考えてみれば、ニーチェのおじ様が言ったように
結婚生活は、男女の特別な関係でありながらも、土台には友情を育てるという才能がどうしても必要なのかもしれませんよねぇ。

ところで、めれんげさんは 猫ちゃんたちと仲良く暮らしながら、
長い休止期間の後で、『即興の詩』サイトを再開しました。

めれんげさんの『即興の詩』サイト

再開して間もない時の 検索結果では 3,960,000件中の 9位でした。


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『現時点での検索結果』

でも、現在では トップに躍り出ています。
検索エンジン最適化をいつも考えて頑張っている人には
「どうしたら、そんなに上位に掲載されるのォ~?」と不思議に思えたり羨ましく思えるかもしれません。

その秘訣を知りたかったらデンマンさんが面白い記事を書いていますわ。
次のリンクをクリックして読んでみてください。

『おばさんの下着に見るSEO』

ところで、デンマンさんが『ワンワンちゃん』という面白い記事を書いていました。
気が向いたら下のリンクをクリックして読んでみてください。


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『ワンワンちゃん』

とにかく、次回も興味深い話題が続きます。
あなたもどうか、また読みに戻ってきてくださいね。
では、また。。。


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メチャ面白い、

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こんにちはジューンです。

卑弥子さんが面白いお話を集めて

楽しいサイトを作りました。

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ぜひ覗いてみてくださいね。

■ 『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ


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母上様@行田

2012年9月8日

 
 
母上様@行田
 
 

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2012年8月16日 (木曜日)

母上様、元気でお過ごしですか?
バンクーバーも真夏ですが、日本の夏と比べると最高気温は27度でしのぎやすいです。
バンクーバーの市立図書館には日本語の本が2000冊ぐらい置いてあるので時たま借りてきます。
『関東と関西の違い』という本を読んでいたら「ところてん」が出てきました。
考えてみたらカナダにやって来てから今まで20年以上経ちますが「ところてん」を食べたことがない!

行田に帰省するのはいつも秋だから当然「ところてん」を食べる季節じゃない。
そういうわけで、すでに25年近く「ところてん」を食べてません。


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特に食べたいわけじゃないけれど、25年も食べてないと無性に懐かしくなります。
夏、酢醤油をかけた冷たい「ところてん」は実に旨かった。
大長寺の門前の市川さんで売っていたのかな?

子供の頃、母上様が作ってくれたようにも思うのですが、振り返って思い出してみると、どこで食べたのか?はっきりと思い出せません。

関西では酢醤油ではなく黒蜜をかけて食べるそうですよ。
つまり、黒砂糖水をかけて食べるのですって。。。
「甘いところてん」なんて考えただけでもまずそうですよね。
オエ~と吐き出してしまいそうです。


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バンクーバーのダウンタウンには日本食レストランが少なくとも50軒ぐらいはあると思うけれど、「ところてん」を食べさせてくれる店はなさそうです。
「ところてん」は夏の食べ物だから秋になったら「おでん」の方がいいですよね。

早いもので、先日、母上様にお会いしたと思っていたら、すでに8月。
来月は9月ですよ。
そろそろ飛行機の切符を買う時がやってきました。
今年は10月1日頃を目安に帰省しようと思います。
その内、切符を手配したらまた手紙を書きますね。

行田の「とんでん」と「おおぎや」で、また旨いものでも食べましょう。
また家で「おでん」も作って食べましょう。

夏は「冷やし中華」が旨いですよね。
日本に居る頃、母上様が冷やし中華を作ってくれましたが、懐かしく思い出されます。
去年の夏は多佳子さん(デンマンの叔母: お袋の一番下の妹)が行田にやって来て冷やし中華を作ってくれたと言ってましたが、今年の夏は多佳子さんはやって来ましたか?

年は取りたくないけれど、誰もが間違いなく年をとってゆくので、こればかりはどうしようもありません。
高齢社会になったから日本には80歳以上の人がたくさん居るけれど、年をとると毎日、毎日、ただ生きているだけでも大変なのでしょうね。
80歳も越えると「生きているよりも死んだ方が楽だよ」という人が多くなるけれど、死んでしまったら旨いものが食べられませんからね。
そういうわけで母上様も、たまには旨いものを楽しみに食べてください。

「さきたま古墳公園」に「田舎っぺきのこ汁うどん」を食べさせてくれる店があります。
テレビでも紹介された店で、店の中で手打ちうどんを作っています。
店の外からでも見えるようになっていて、3人ぐらいで手打ちうどんを作っているのですよ。

小百合さんが行田にやって来たときに食べに行ったのです。
きのこ汁の味がよく出ていました。
「腰」がシコシコして、歯ごたえのある太いうどんは実に旨かったですよ。

今度、帰省した時には母上様にぜひ食べさせてあげたいと思います。
楽しみにしていてください。
たまには家族みんなで食べに行ってもいいではありませんか。
家の中に閉じこもってばかりいるとつまらないですからね。。。
久しぶりに「さきたま古墳公園」の紅葉でも見て、それからうどんを食べると一味も二味も旨く食べられると思います。

夕べは珍しく子供の頃の夢を見ましたよ。
「大正座」が出てきました。
いつ頃あの映画館を壊してしまったのか?
「大正座」のあった所は、もう全く昔の面影がありませんよね。

小生は母上様の背中におんぶして羽生の伯母さんと、うちのお婆さんと小生を含めて4人で映画を見に行った夢でした。
実際にそのようなことがあったのです。
その時には、もちろん、映画の題名など解りませんでしたが『愛染かつら』を観にいったようです。
白衣を着た医者と看護婦が白樺林を歩いているシーンが記憶に残っていますよ。
医者になっているのが上原謙。
看護婦を演じているのが田中絹代だったかもしれません。

背中におんぶされている情景で、もう一つ覚えているのが行田市立中央小学校の講堂です。
現在の市役所があるところに建っていた昔の小学校の講堂です。
オヤジが講堂にあるグランドピアノを弾いているのですよ。
お昼の弁当を作って母上様がピアノの練習をしている親父に弁当箱を届けに行った時だと思います。
その時、ピアノを弾いていたオヤジの姿をはっきりと覚えていますよ。
でも、どのような曲を弾いていたのか?までは思い出せません。

もう少し大きくなった頃のことで思い出すのが宮本公園です。
滑り台があって、その日陰になるところに大きな箱をひっくり返して、その上に座って母上様は手甲と脚半のボタン付けの内職をしていたものです。
正造さん(デンマンの一番下の弟)がまだ生まれる前のことだったと思います。
小生と清正さん(デンマンのすぐ下の弟)がまだヨチヨチ歩きの頃だったでしょう。
母上様は、どこであの箱を見つけてきたのか?
1メートルの立方体ぐらいの大きさがある木の箱でした。
一度や二度ではなく、2週間か3週間、毎日、あの滑り台の所で母上様は箱の上に座って内職していたように思うのです。
傍らで二人の子供を遊ばせなから。。。
そして半日ぐらい内職をしてから家に帰ったようです。

玄関にあった靴や傘を入れる箱の中に、スッポリと体を忍び込ませて隠れたりしたのも、その頃のことだったと思います。
あのような狭い所によく入ったものだと母上様がビックリするのが面白くて、そうしたのだと思います。

その玄関のそばの障子のサンを壊して、子供がくぐれる位の大きな穴を開けて小生と清正さんで、犬になってサーカスのワッカをくぐるつもりになって、行ったり来たりしながら遊んだのも覚えています。
大きな穴の開いた障子戸をそのままにしておけないので、近くの川島薪店から薪の切れ端をもらってきて母上様がサンの修繕をしていたのを覚えていますよ。
その修繕している母上様の姿を見ながら、子供心に「めんどうをかけてしまった」と思ったでしょうね。
少し反省したようです。
それ以来、障子を壊すことを止めたものです。

それにしても、母上様はよく内職が続いたものです。
何もしないでぼんやりとしている姿を一度として見かけたことがありませんでした。
常に何かしていたようでした。
お婆さんは一時、大沢縫製工場のズボンのボタン付けの仕事を手伝ったことがあったようですが長くは続かなかったのを覚えています。
でも、小生の子守だけは一生懸命になってしてくれました。
あのおばあさんは母上様には厳しい人だったけれど、小生はずいぶんと可愛がってもらいました。
しかし子供だったから、お返しに「お婆さん孝行」をしてあげようという気持ちは、まだ起こらなかったようです。
その気持ちが起こる前にお婆さんは屋根から落ちて亡くなってしまいました。

あのお婆さんも、もう少し自分を抑えて母上様と仲良くしていれば、あのような最後を迎えることもなかったと思うのです。
でも、考えてみれば、あの時代には「意地悪ばあさん」は普通でしたね。

今では時代がすっかり変わってしまい、お嫁さんが威張っているとか。。。
姑さんが小さくなっているそうですよね。
変われば変わるものです。

ところで、多佳子さんはお盆に行田にやって来ましたか?
年を重ねたけれど多佳子さんはずいぶんと若々しく見えます。
しかし、大きな病気になったり、手術をしたりで体はかなり無理をしているようです。
ずいぶんと健康には気をつけているようだから寝込むようなことはないと思いますが。。。
多佳子さんがやって来たらよろしくお伝えください。

では、またお目にかかることを楽しみにしています。
母上様も風邪など引かないように気をつけてくださいね。
旨いものを食べるためにも元気を出して頑張ってください。
では。。。

デンマンより

 

デンマンさん、うれしいお手紙ありがとう。
長いお手紙にカナダの様子がなんとなく分かりますよ。

お盆を過ぎても行田では35度以上の日が続いています。
お盆には犬塚の今田さんから牡丹餅をもらいました。
泰夫さん(お袋の弟)が様子を伺いに2週間に1回くらいやってきます。
私も含めて家族みんなが熱中症にならないように心を合わせて一生懸命に頑張っております。
正造さんが小まめに美味しい物や冷たい物を買ってきてくれますので美味しくいただいております。

多佳子さんも「電話をくれれば行くよ」と言ってくれますが、喘息の発作が起きると申し訳ないので頼みません。
それでも時折やって来て美味しい物を作ってくれます。
多佳子さんは行田へやって来てもデンマンさんが居ないとつまらなそうです。

私も9月より10月の方が体が楽に動かせるので良いと思っております。
でも、残暑が続いておりますから油断ができません。
最高気温が36度から37度の日が多いのです。
バンクーバーの最高気温が27度聞いてうらやましい限りです。

夜になっても行田では28度くらいあります。
それで夜になっても扇風機を使っています。
日本では、今、香港の活動家が尖閣諸島に上陸したとかで問題になっております。
戦争に発展することはないと思いますけれど、
太平洋戦争の悲惨さを体験したものには心配の種です。

日本は戦争を放棄したのですから、世界も平和であってほしいものです。
でも、東日本大震災の政府の対応や東電の対応を見ていると
上の人たちは嘘ばっかりついているので、
果たして今後日本が平和のままでいられるのか?

孫の代にも日本が平和であって欲しいと思います。
では10月の帰省を心よりお待ちしております。

平成24年8月28日

母より

 

【卑弥子の独り言】

ですってぇ~。。。
あたくしも平安時代の十二単に身を包んでこうして出てまいりますけれど、
デンマンさんはお母様をお手紙の中で「母上様」と、まるで江戸時代の武士の総領息子が書いているような呼び方をするのですよね。
驚きですわ。

山本周五郎とか藤沢修平とかの時代小説の読みすぎではないのかしら?
うふふふふふ。。。

「e-メールではなく、どうしてお手紙を書くのですか?」
そう尋ねたらお母様はパソコンはテレビで見るだけで、キーボードに触れたことなど一度もないそうですわ。
だから、お手紙にして欲しいとのことです。

とにかく、興味深い話題が続きますゥ。
どうか、あなたもまた読みに戻って来てくださいませ。
じゃあ、またねぇ。。。

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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下着・ランジェリーを見つけませんか?』

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■ 『ビミョ~っていうか』

■ 『お股の花々』

■ 『ロマンの追憶』

■ 『ヒシしようよ』

■ 『デンマンと松本清正張』

■ 『愛犬と神さま』

■ 『思い出@天の川』

■ 『ばあやと小百合さん』

■ 『座薬と軽井沢タリアセン夫人』

■ 『東電社員と愛の自転車』

■ 『梅から桜の国へ』

こんにちは。ジューンです。

日本のハーブティーは、なんといっても桜湯だそうですけれど、


(sakurate.jpg)

カナダ、アメリカ、イギリスではハーブティーとして

ローズティーが好まれています。

普通、ローズヒップティーと呼ばれます。

ローズヒップ(rose hip)とは

バラ科バラ属の植物の果実。

つまり、バラの実です。

ローズヒップ生産のため、バラの特定品種、

特にRosa canina(ドッグ・ローズ)が栽培されています。

ハイビスカスとブレンドしたハーブティとして飲用されることもあります。

また、ローズヒップオイルは食用油として、

ジャム、ジェリー、マーマレードにも用いられるほか、

スキンケアにも用いられます。

こんなエピソードがありました。

第二次世界大戦中、

イギリスはドイツ海軍Uボートの海上封鎖により

オレンジの輸入がストップしたのです。

ビタミンCの補給ができなくなったのです。

それで、英国の学童たちは生垣に生えている

ローズヒップの採集を命じられました。

ローズヒップティーにして飲んで

ビタミンCを補給したのですって。。。


(rosehip.jpg)

なんだか信じられないようなお話ですよね。

ところで、英語の面白い話を集めました。

時間があったら覗いてみてください。

■ 『あなたのための愉快で面白い英語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。