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自殺の波紋

2013年2月5日

 

自殺の波紋
 

母の自殺

忘れもしない小学校3年生の冬、その日はよく晴れていて午後から友達と遊ぶ約束をし、教室を後にした。
それはごく普通の土曜日だった。
家に帰ると、何やら小屋のほうがさわがしい。
好奇心おう盛な私は走って小屋に向かった。
しかし、何やら様子がおかしい。
小屋に入ろうとしたとき、「入るな! 家に戻っていなさい」
おばさんの声に少し驚いた。
しかし、私はみてしまった。
ひもに首をくくり天井からぶらさががっている母の姿を……。
あまりのしょう撃だった。
目の前が真っ白になった。
もう何も考えられなかった。

その日の朝、ノイローゼ気味の母の態度に腹が立ってケンカして家を出た。
あのとき、私が母をもっといたわってあげていれば……。
後悔だけが頭の中で渦巻いていた。
私が母さんを殺したんだ。
一生背負わなければならない「後悔」の二文字。
自殺を考え続けた日々……。


(jisatsu3.jpg)

私の家は農家だった。
一年中休むことなく早朝から夜遅くまで畑仕事をしている。
「だから農業なんて大っ嫌いなんだ」と父に言うと、とても悲しい顔をした。
母は、祖母とも仲が悪く何度も妹を連れて家を出たときもあった。
離婚を考えた直後の出来事だった。
農業のつらさ、子育てのこと、祖母のこと、母はたくさんのストレスでノイローゼになっていたのだ。

大好きだった母。
たった一人の母。
友達の「今日のお弁当なんだろう?」の一言がとてもうらやましかった。
自分で作ったお弁当は大好物のものでもマズイ。
普通に幸せにしているヤツをみると腹が立ってしょうがなかった。
だから私はイジメをしたときもあった。
まだ若い女の先生に母の愛を求めてわがままを言って困らせたときもあった。
本当に大好きだった母。

祖母も70歳を過ぎ、父も障害が悪化し、いつ倒れてもおかしくない状況にある。
こんな状況でも農家の重労働をして生きていかねばならない。
低収入、重労働、精神の苦痛。

今度は後悔なんてしたくない。
大好きな家族はもう失いたくない!
しかし、生きてゆくのはこんなにつらいものかと思うと、悲しくてしょうがない。
祖母は時々言う。
「こんなにもつらいものなら死んだほうがましだ」
とてもやるせない気持ちになる。
もう二度と後悔なんてしたくない。


(jisatsu2.jpg)

(注: 赤字はデンマンが強調。
写真とイラストはデンマン・ライブラリーより
読み易くするために改行を加えています)


352-354ページ 『自殺のサインを読みとる』
著者: 高橋祥友
2008年1月16日 第1刷発行
発行所: 株式会社 講談社

デンマンさん。。。 これは、あんさんの妹さんとお母さんの話やのォ~。。。?

いや。。。、ちゃうねん。。。『自殺のサインを読みとる』という本を夕べ読んだのやがなァ。 その本の中の上の手記を読んだら、わては泣けてしもうたのやァ~。。。

なんで、あんさんが上の手記を読んで泣きはるのォ~。。。

幸いに、わての親戚には自殺をした者はおらへんのやァ。 そやけど最近、奇跡的に助かった、わてのおカアはんから、わてのすぐ下の弟が高校生の頃に通学電車に飛び込み自殺を企てたということを聞かされたのやがなァ~。

あんさんは最近まで知らへんかったのォ~?

そうなのやァ。

どうして、あんさんの弟はんは自殺をしようと思いはったん?

高校の時の担任の先生との人間関係がこじれたらしいのやァ。 わての弟は陸上競技部で埼玉県の体育大会などで優秀な成績を収めるようになった。 埼玉県の名の知れた進学校やったけれど、学業の方はさっぱりで、授業をサボってはグラウンドで練習をしておるというのやァ。 そやから、担任の先生も何度となく注意をしたらしい。

でも、弟はんは先生の言うことを聞かへんかったのォ~?

そうなのやァ。 学校の成績は落ちる。 先生には叱られてばかりいる。 次第にクラスの中でも孤立してゆくようになったのやがなァ。 先生も荒っぽい先生らしかったのやァ。 そやから、弟は先生をかなり恨んでいたらしいのや。

どうして先生を恨んでいたと判るのォ~?

弟が卒業してから数年たって、匕首(アイクチ)で担任の先生の“どてっぱら”を刺す絵まで描いて脅迫状まがいの年賀状を出したのやがなァ。 

それで先生は警察に訴えはったのォ~?

いや。。。 先生も、そこまでして事を大げさにするのは、みっともないと思ったのやろなァ。 わてのオヤジは、当時小学校の校長を退職して鴻巣市の児童相談員をしておったのや。 その担任の先生は、わてのオヤジのところに青い顔をして飛んでいって「お宅の息子さんがこのような脅迫状を送ってきました。 先生からぜひ止めさせるように言ってください」とマジで訴えたと言うのやァ。

つまり、その担任の先生は、その脅しの年賀状を冗談では済まされないと思いはったのやねぇ~?

そうらしいでぇ~。。。 普通ならば「悪ふざけ」と思って、ほおっておいてもいいのやけど、担任の先生には弟から殺されるかもしれないと。。。 心のどこかに思い当たるようなイジメをしていたのやろなァ~?。。。

それで、弟はんが通学電車に飛び込み自殺を企てたのは、その年賀状を書く前やのォ~?

そうやァ。

そやけど、どないなわけで自殺を思いとどまりはったん?

お袋の言うには、「電車に飛び込もうとするのやけど、かあちゃんが悲しむ顔がどうしても目の前にちらついてきて、何度か試したけど、どうにも飛び込めんかった。。。」 そう言ったというのやァ。

そうやのォ~。。。 そのことが思い出されてきて、あんさんは上の手記を読んで涙が出やはったん?

ちゃうねん。。。

ちゃうのやったら、どうして弟はんのエピソードを持ち出して気やはったん?

その後で、めれちゃんの自殺のことが思い出されてきよったのやがなァ~。

存在を否定してくれ

みんなわたしを否定してくれ
わたしの存在を否定してくれ

自分ひとりじゃ間に合わないんだ
みんなでわたしを否定してくれ

石ころのように扱ってくれ
虫けらのように踏みつけてくれ

やりきれない喪失感に
苛まれて生きるのはもうたくさんだ
自分のすべてを否定したいんだ
自分が存在することに吐き気がするんだ

命を断とうとしたさ
何度も何度も自分を破壊しようとしたさ

マヌケな命はそれでもこの世に
未練がましくのさばってるのさ

存在を消してしまいたい
誰からも見られたくない
 
 
めれんげ

August 28, 2009 15:19


『極私的詩集 存在を否定してくれ』より

『愛のコラボ (2009年9月29日)』に掲載

めれちゃんは、こうして何度も死のうとしたのやがなァ~。。。

あんさんは、こないな手記まで保管しておったのォ~?

そうやがなァ~。。。 めれちゃんの書いたものは何であれ、めれちゃんのようにイトオしいものやのやでぇ~。。。

それで、あんさんは何が言いたいねん?

あのなァ~、めれちゃんには生まれながらに生きなければならない運命にあったのやァ。 そやから、めれちゃんも次の「あつ子」さんのように自殺の淵(ふち)から生還したのやがなァ。

ホテルの最上階から飛び降り


(bill008.jpg)

私が最後の大事件を起こしたのは昭和56年(1981年)のことだった。 (略) 私はある男性を追って大阪に来ていた。
恋愛をしたつもりが、どうも相手にとっては恋愛ではなかったようだった。
私は赤坂の店を放り出して神戸のホテルに行き、フロントで「最上階の部屋をお願いします」と頼んだ。

 (中略)

私は大阪府警に電話を入れた。
大阪府警には、東京から出向している警察官僚がいた。
母の人脈に連なる一人である。
その人を呼び出すと、私は電話口に向かっていった。
「これから飛び降りますから発見してください」

 (中略)

新大阪行きの新幹線の中で、母とお兄ちゃんは一切口をきくことはなかった。
娘が飛び降り自殺を図り、大阪の警察病院に救急車で担ぎ込まれたという事態は、これまでのリストカットとはわけが違う。
警察からは私が生きているという連絡を受けていたが、二人は何も考えられない状態になっていた。

病院に入ってきたお兄ちゃんは、ワイヤーで足を固定されている私に何か言葉をかけていたようだ。
しばらくしてお兄ちゃんのこんな声が聞き取れた。
「お前、もう本当にこういうことはやめろよ、本当に!」

引っかかった木がクッションになって、私は助かったのだという。


(tanaka81.jpg)

(注: 赤字はデンマンが強調。
写真はデンマン・ライブラリーより
読み易くするために改行を加えています)


163-165ページ 『昭(あき) 田中角栄と生きた女』
著者: 佐藤あつ子
2012年3月11日 第1刷発行
発行所: 株式会社 講談社


『ビルから飛び降りるの?』に掲載
(2013年1月20日)

わたしも「あつ子」さんのように助かる運命にあったと、アンさんは言わはるのォ~?

その通りやァ。。。 『自殺のサインを読みとる』の中にも、めれちゃんのような「境界性パーソナリティ障害(ボダ)」を患っている人のことが次のように書いてあったのやァ。

境界性パーソナリティ障害では、感情が極端なまでに不安定で、抑うつ気分から、突然、強い不安焦燥感や、激しい怒りへと変化する。
また、他者に対して、正当な評価が下せず、あるときは極端に理想化したかと思うと、突然、すべての価値を否定したりするため、安定した人間関係が保てない。
他者から見捨てられるかもしれないという不安も非常に強い。
他者に対する信頼関係を保てないばかりでなく、自分自身に対しても自信がなく、空虚感や否定的な自己像に悩んでいる。

性的な逸脱行為、薬物乱用、摂食障害、自傷行為などもよく認められる。
短期間ではあるが、統合失調症に類似した症状が出現したり、一時的に記憶を失うようなことも起こる。

 (中略)

安定した対人関係を保つのも難しくなり、再三、自らを傷つける行動にでる。
アルコールや薬物の乱用、摂食障害の合併もめずらしくない。
単に薬物療法だけでは問題は解決せず、人格全体を取り扱い、問題解決能力を広げてゆくような心理療法が必要になる。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています)


80-83ページ 『自殺のサインを読みとる』
著者: 高橋祥友
2008年1月16日 第1刷発行
発行所: 株式会社 講談社

めれちゃんも薬物に依存したり、リストカットをしたり、自殺まがいの事をいろいろとしたのやがなァ~。。。

あんさんは、それ程わたしのことを心配してくれはったん?

もちろんやがなァ~。。。 めれちゃんもおカアはんとは、うまくいってなかったのやがなァ。 そやけど、めれちゃんのおカアはんは冒頭の手記の中の母親のように自殺するような人ではあらへんかった。 でもなァ~、めれちゃんのおカアはんだってぇ、めれちゃんのことを心配しているのやでぇ~。。。 そやから、たまにはめれちゃんのおカアはんが自殺していなくなってしまうことを考えてみィ~なァ。 きっと、手記を書いた女の子のように、めれちゃんも最愛のおカアはんを亡くせば心を悩ませることになるのやでぇ~。。。

そうやろか?

そうやねん。。。 そやから、冒頭の手記を読みながら、わてはめれちゃんに感情移入をして涙がこみ上げてきよったのやがなァ。

でも、それはあんさんの思い過ごしですねん。

さよかァ~。。。?

わたしは次のように「境界性パーソナリティ障害(ボダ)」を克服しましてん。

わたしはボダを克服したんですよ!

投稿日時: 2007-04-09 11:29
 
縁は異なもの妙にして有難きものですね

それにしても
デンマンさんのおっしゃるように、
長いおつきあいになりましたよねっ!(ニコニコ)
ネットで知り合って、紆余曲折はあったものの、
現在もこうして、きわめて親密なやりとりを
続けることができている、ということに、
あらためて「縁」というものを感じています。

そして、今のわたしはデンマンさんを
信頼しています。
信じていると同時に、頼りに思っている面も
あるんですよ(困りますか??)

わたしがデンマンさんに対してキレること…
今は、自分から一方的に決別するようなことは
考えられないんですよ
互いを人間として尊重しつづければ、
何ら恐れるものはないと、思っています。

それに…
しつこいようですが
わたしはボダを克服したんですよ!
とっても苦しい道のりでしたが、
通院するとともに、自分でも勉強して、
回復のための、あらゆるメソッドの中で、
「気付き」というものを、得ることができました。
かたくなで脆い自我を、育てなおすこと…

それは、死ぬまで続けなければならないことですが、
逆戻りなどしたくはありません。
ボダのマイナス面によって、
自分以外の方に、迷惑をかけることが
如何に幼稚で見苦しいものかということを、
血がでるほど、痛感しています。

 
 
by レンゲ


『愛の返歌』より
(2009年2月11日)

あんさん。。。 上の手記はレンゲさんが書きはったのやでぇ~。。。 

うん、うん、うん。。。 めれちゃんも同じようなことを書いていたのやがなァ~。。。

そないなことがありましたかいなァ~?

確かに読んだ記憶があるねん。 そやけど、めれちゃんの気持ちは、それからずいぶんと揺れ動いたなァ~。。。

そうですやろか?

でも、わては次の手記を読んで、めれちゃんの気持ちも、やっと落ち着いてきたと思うようになったのやァ。

小さな赤い花
 
 

 
 
わたしをあなたの庭に咲く

小さな赤い花にしてください

そして、お水を注ぎながら

何かお話を聞かせてください

わたしは何も言えないけれど

あなたの言葉を聞きながら

いろんなことを思うのです

あなたに愛されるように

いつまでも綺麗に

咲いています

だからわたしのことを

忘れずにいてください
 

by merange (めれんげ)

2010.02.19 Friday 10:24


『即興の詩 小さな赤い花』より

『永遠の愛のコラボ』に掲載

あんさんにも解りはるのォ~?

そうやァ。。。 そやから、自殺だけはしてはあかんでぇ~。。。

【レンゲの独り言】


(manila07.gif)

ですってぇ。。。
そうですわよねぇ~。
やっぱり自分の命は大切にしないといけませんよね。
たった一つの命です。

あなたが自殺すると、多くの人が心を痛めるのです。

ええっ。。。 そのような人は思い当たらないってぇ~。。。?

あなたの家族。
あなたの友達。
隣近所の人。
あなたの小さい頃を知っていた人たち。。。
あなたを教えた学校の先生。
数え上げればキリがありません。。。

どうですか? 思い当たるでしょう?

とにかく、次回も面白い話題が続きます。
あなたもどうか、また読みに戻ってきてくださいね。
では、また。。。


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メチャ面白い、

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(june24b.jpg)

こんにちはジューンです。

日本では自殺をする人が増えているようです。

母親の自殺も目立ちますが

幼い子供を見殺しにする母親もいます。

ええっ。。。 一体どんな事件かってぇ。。。?

「苫小牧子殺し事件」ですわ。

あなたも聞いたことがあるでしょう?

痛ましい事件でしたわ。

情事に浸る女が子供が邪魔になって

殺してしまうという悲惨な事件でした。

北海道・苫小牧で、3歳の長男と1歳の三男の兄弟が

鍵の掛かったアパートに閉じ込められ放置されのですわ。

長男は生米や冷蔵庫のマヨネーズやケチャップで

飢えをしのいだのです。

三男は飢餓と低体温症で亡くなってしまいました。

昼間に自動的に入る暖房で、餓死した弟が

無残に腐食する横で、お兄ちゃんは

必死で飢えを凌ぎ生き抜いて、

ママの帰りを待ち続けたというのです。

でも、ママは新しいボーイフレンドの部屋に住み着いて

1ヶ月以上、子供たちの養育を拒み、

ボーイフレンドと遊んで暮らしていたのです。

もう、死んでいるのではないかと思って、

アパートに戻ると、長男は生きていた。

「何で生きてるの?」

冷血女性のママは長男を見て

まず、そう感じたと言うのです。

人間は、それほどまでに非情に

冷血になれるものでしょうか?!

何度読んでみても、亡くなった子供のために

涙が流れてきますわ。(めそめそ。。。)

「苫小牧子殺し事件」のことは

次の記事の中で引用されています。


(kid91.gif)

『愛の進化論』

ところで、卑弥子さんが面白いお話を集めて

楽しいサイトを作りました。

次のリンクをクリックして

ぜひ覗いてみてくださいね。

■ 『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ


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異邦人と他人

2012年9月24日

 

異邦人と他人
 
 

今年の夏は異邦人を

読まなかった

 

もう何年になるのか、
わたしは夏になると必ず
アルベール・カミュ著「異邦人」を
読んでいた。

ここはアルジェでもパリでもない。
しかし、陽射しの強さを感じると
反射的にムルソーに逢いたくなる。

北アフリカの夏を、
わたしは何度も経験する。
アルジェの太陽の熱を感じながら、
砂に足をとられながら、ただ歩く。


(seashore.jpg)

無機質な銃声を聞きながら、
感情もないままに
何発もの弾丸を、
無関係な人間たちに叩き込む。
そして、無関心に立ち去る。

アルジェの海は、
自由で愉快だ。

そして死を意識しつつも、
神を否定する。
・・・そんな彼をわたしは
理解できているのだろうか。

実存の意味を考え続けてきたが、
やはりわたしは過剰な生き方しか
できないのかもしれない。


by tanomu

2006-10-21

『今年の夏は異邦人を読まなかった』より

デンマンさん。。。 あんさんにとって、tanomuさんは“心の恋人”やのォ~?

あきまへんか?

つうことわあああ。。。あのォ~。。。わたしは。。。、わたしは。。。あんさんの“心の恋人”から格下げになったん?

ちゃうがなァ~。。。めれちゃんは、わてにとって永遠の心の恋人やんかァ! うへへへへへ。。。

そないに笑ってごまかして欲しくないねん。

めれちゃん。。。深刻に考えんでもええねん。 こないなことは、さらっと聞き流すところやがなァ。

あんさんは気が多いねん。 少しでも気に入った女性は、すべて心の恋人にしてしまいますやん。

あきまへんか?

それって。。。それって。。。あまりにも気が多すぎますやん。

あのなァ~。。。喧嘩するより、殺し合うよりも、よっぽどましやんかァ。

一頃、あんさんはレンゲさんに夢中でしたなァ。

めれちゃん。。。、この物語は、もともと「レンゲ物語」として書き始めたのやでぇ~。。。

今日はレンゲさんのことやのうて、tanomu さんの話をするのとちゃうのォ~?

もちろん、そうやァ。 そやけど、レンゲさんも大いに「異邦人」と関係あるねん。

どのように。。。?

“レンゲ物語”をこれまで読んだことがある人なら、レンゲさんはたくさんの男に気持ちを奪われて、身を任せてしまう気の多い女性と言うイメージが浮かんでくると思うのやァ。

そうやろか?

tanomuさんも上の手記の中で書いている。 実存の意味を考え続けてきたが、やはりわたしは過剰な生き方しかできないのかもしれないと。。。

つまり、tanomu さんとレンゲさんには共通するところがあると、あんさんは感じはったん?

そやねん。 レンゲさんの恋愛観や人間関係はtanomuさんと似てるねん。 そやから「異邦人」を考える上でメチャ興味深いのやァ。

それほど興味深いん?

めれちゃあんも、ちょっと次の小文を読んで欲しい。

寂しくなると夢と現(うつつ)が

入り乱れるレンゲさん

決別状を僕に突きつけた時もすごかったけれど、仲直りする時もすごかったですよ。僕の都合も聞かずに一方的にバンクーバーにやってきてしまったんですよ。しかも、その夜、怖い夢を見てどうしても眠れない。。。そういう事を言ってレンゲさんは僕の部屋に入ってきたんですよ。もう真夜中をすぎていましたよ。レンゲさんが境界性人格障害を患っている。子供の頃にお母さんから拒絶された経験を持っている。肌のぬくもりを求めていた幼児の頃に、そのぬくもりが得られなかったというトラウマを持っている。そのようなレンゲさんの生い立ちを知っていたけれど、レンゲさんが、このような姿で現れたときには、僕は度肝を抜かれてしまいましたよ。

デンマンさんは、すぐにそうやってドラマチックにしてしまうのですわ。

ドラマチックどころではないですよ。ドラマチックという言葉では表現できないような衝撃を僕は受けたんですよ。真夜中に、レンゲさんが、こういうボイ~♪~ン・ルックで現れたんですよ。一体どういう事なのか?ギョッとして僕はレンゲさんが、もしかして火星からやって来たのではないか?僕は、実際夢ではないかと、自分のひざ小僧をつねってみたほどですよ。

いつものようにデンマンさんはオーバーですわぁ~。

とにかくね、僕にとってあの時の出来事は決してレンゲさんが詩に書いたようなロマンチックなモノではありませんでしたよ。

でも、あたしには。。。あたしには忘れられない思い出になっているんですねん。

レンゲさんの詩の世界は、時によっては夢の世界ですからね。あの夏の出来事がレンゲさんのオツムの中で、すっかり甘美な愛と官能の思い出になってしまっている。

あなたの全てがいとおしい

あなたのまぶたをくちびるで愛撫する

くちびるから全身にしびれるような

熱い波がひろがってゆく

狂おしいまでに

わたしはあなたの腕に

抱きしめられて身悶える

あなたに抱かれて花開く

by レンゲ


『お願い、もう一度抱きしめて』より

あの夏の出来事は、レンゲさんにとってこのような官能的な思い出になっている。しかし、僕は全く違った衝撃として受け止めていましたよ。

でもデンマンさんだってあたしの詩を読んで、うれしいって言ったじゃありませんかぁ~。。。

そ。。。それ。。。それは。。。確かに。。。うれしかったですよ。。。でも。。。、でも、僕はレンゲさんの詩の世界と現実を区別していますよ。だから、詩の世界のことをあたかも事実だと言われると、僕は本当に困ってしまいますよ。

『甘い言葉の裏の性欲』より

つまり、レンゲさんの生き方がtanomuさんのような過剰な生き方をしているというために、わざわざ上の文章を引用しやはったん?

そうやがなァ。 これを読めば「過剰な生き方」がどのようなものか? レンゲさんの恋愛観がどのようなものか? おおよそ見当がつくというものやァ。 めれちゃんかてぇ、そう思うやろう?

う~~ん。。。

めれちゃんが唸(うな)るほど複雑なことを言うてるのとちゃうねん。 レンゲさんは怖い夢を見たと言って、わての部屋にやって来たのやがな。 大人になった女性が怖い夢を見て男の懐(ふところ)を求めて部屋に入って行くなんて普通しやへん。 レンゲさんは失敗に学ぶ事が苦手な人やねん。 毎日愛し合っている清水君とレンゲさんは2週間会えなくなった。 そう言う訳で、休暇を取ってバンクーバーにやってきてしもうたのやァ。 つまり、半分は寂しさを紛らわせるためやった。

それで過剰な行為に出やはったん?

そうやァ。

でも、レンゲさんはデンマンさんに悩みをを聞いて欲しかったのやと思いますわ。

そうかもしれへん。 そやけど、レンゲさんは寂しくなると不倫の苦悩は遠い過去の事になってレンゲさんの記憶の片隅に追いやられてしまうねん。

それで、また失敗を繰り返すと、あんさんは言わはるのォ~?

そうやァ。 レンゲさんの詩を読んでいると、失敗に学んだようには思えん。

そうやろか?

失敗に学ぶ女性は次のような詩を書くものやねん。

わたしが愛しているあなたは誰?

2006.11.05 09:17

現実から逃げ出したわたしは

今でもあなたを愛しつづけている

もうどこにもいないあなたが

今でも存在していると信じている

わたしを悲しませるのは誰?

わたしが愛しているのは誰?

わたしは誰と傷つけあっているの?

あなたではない誰かだと

わかっているのに

どうしてもあきらめられずに

いつまでも現実へ戻れない

誰かをあなただと思いこんだまま

愛される時を待ち続けるわたしの

おろかな心もすでに

死をむかえてしまった

by merange

『わたしが愛しているあなたは誰?』より

あらっ。。。これはわたしが書いたものですやん。

そうやァ。。。めれちゃんも懐かしいやろう?

もう6年前になるのですわね。

そうやァ。。。月日の経つのは早いものやがなァ。

そやけど、こないなところで、わたしの悲しい手記を持ち出して欲しくないねん。

何も恥ずかしく思うことないでぇ~。。。

恥ずかしいのとちゃいますう。。。古傷に触られたようなや~な気がしますねん。

さよかァ~。。。? とにかく、上の手記を読むと、めれちゃんが失敗から学ぼうとしている。。。その苦悩が上の手記に表れていると、わては思うねん。

。。。で、どないなわけで“異邦人”を持ち出してきやはったん?

tanomuさんにも過去に不倫した経験がある。 このこともレンゲさんと良く似てるねん。 しかも、レンゲさんと同じようにアルベール・カミュの「異邦人」が愛読書やねん。

偶然ですやん。

そうかもしれへん。 そやけど、偶然では説明つかん共通点をわては見い出したのやァ。

その共通点って、いったい何やのォ~?

結婚観やがなァ。 レンゲさんが次のメールで書いたように、tanomuさんも束縛を何よりも嫌ってるねん。

送信者: “レンゲ” <renge@chan.co.jp>
宛先: “barclay1720” <barclay1720@aol.com>
件名: RE:寂しくありませんよ。 (*^_^*)キャハハハ。。。
日時: 2006年12月26日 20:24:32

うーーん…

孤独と自由は、切り離せないものでして、

誰であっても、生涯一緒にいたいとは思えないのです

すぐに束縛されてしまうような気がしてしまうのです

なので「彼氏」どまりですね

ははは…

(^Д^)

レンゲ


『小説的人生』より

レンゲさんが書いた上のメールと「異邦人」が関係あると言わはるのォ~?

そうやァ。 レンゲさんもtanomuさんもムルソーに良く似ているやないかいな。 tanomuさんが“陽射しの強さを感じると反射的にムルソーに逢いたくなる”と書いていたけど、その気持ちがわてにも解るような気がするねん。 レンゲさんは、そうやって反射的にバンクーバーのわてに会いにやって来たのやがなァ。 日差しは強くはなかった。 サクラが咲きほころびる頃やったでぇ~。。。 夜桜の下で清水君と愛し合うレンゲさんにとって桜とは切っても切れない関係があるねん。

レンゲさんにとってバンクーバーがアルジェだと、あんさんは言わはるのォ~?

そうやァ。 レンゲさんもtanomuさんもムルソーの生き方に共感してはる。 次の箇所を読んだ時、わてはなるほどと思ったのやァ。

アルベール・カミュ著「異邦人」より


(seashore.jpg)

That evening Marie came by to see me and asked me if I wanted to marry her.

I said it didn’t make any difference to me and that we could if she wanted to.

Then she wanted to know if I loved her.

I answered the same way I had the last time, that it didn’t mean anything but that I probably didn’t love her.

“So why marry me, then?” she said.

I explained to her that it didn’t really matter and that if she wanted to, we could get married.

Besides, she was the one who was doing the asking and all I was saying was yes.

Then she pointed out that marriage was a serious thing. I said, “No.”

She stopped talking for a minute and looked at me without saying anything.

Then she spoke. She just wanted to know if I would have accepted the same proposal from another woman, with whom I was involved in the same way. I said, “Sure.”

Then she said she wondered if she loved me, and there was no way I could know about that.

After another moment’s silence, she mumbled that I was peculiar, that that was probably why she loved me but that one day I might hate her for the same reason.


pp. 40-41
“The Stranger” by Albert Camus
translated by Matthew Ward
published by Everyman’s Library


その晩、マリーは僕に会いにやってきた。僕が彼女と結婚したいかどうか尋ねたんだ。
僕は言ったよ。結婚したところで、それは僕にとって大きな違いをもたらさないだろうって。
でも、彼女が結婚したいのならしてもいいよって。

そしたら彼女は僕が愛しているかどうか知りたがった。
前にも彼女はそう尋ねたのだけれど、今度も同じように答えたんだよ。
愛しているかいないか—そう言う事は、あまり意味の無いことだとね。
多分、マリーのことを愛していないと思うってね。

そしたら、彼女は言ったよ。“それなら、なぜ、あたしと結婚するの?”ってね。

だから説明したんだ。結婚するかどうかは僕にとって重要なことじゃないんだよ。
でも、彼女が結婚したいなら結婚してもイイよって。

“結婚って重要な問題だわ。” そう彼女は言ったよ。
“でも、僕には重要じゃないんだ。”

マリーは黙ったまま、何も言わずにしばらく僕をじっと見ていた。
それから話し出した。そして次のようなことを知りたがった。
もし僕が、ちょうどマリーと同じような状況で関係している女性が居たとして、その女性から結婚したいと言われたら、同意するのかって。。。?
うん、同意するよって、僕は答えたよ。

そしたら、マリーは言ったね。僕のことを愛するかどうか考えてみるわって。。。
彼女の結論について僕は知る術(すべ)を持ってないけれど。

ちょっと黙って考えていたけれど、マリーはつぶやくように言ったものさ。
僕はかなりの変わり者だってね。でも、そういうところが気に入ってマリーは僕を愛していると。
ただ、変わり者だけに、気が変わって僕がマリーを大嫌いになるかもしれない。
そう付け加えたよ。

【デンマン訳】

フランス語の原書やのうて英語の本で読みはったん?

バンクーバー図書館には日本語訳の本がなかったさかいに英語の本を借りて読んだのやがなァ。 いずれにしても、ムルソーの考えている事とレンゲさんの上のメールが共鳴していると、わては思うたのやァ。 めれちゃんも、そう思わへんか?

共鳴しているってぇ。。。?

つまり、結婚と言う枠(わく)の中にはめられるのが、わずらわしい。 ムルソーにとって結婚とは、レンゲさんが言うように正に束縛するモノなのかもしれへん。 ムルソーは、とりわけ結婚を真剣に考えてみたこともないし、どうでもいいと思っていたはずや。 確かに、マリーが言ったようにムルソーは変わり者やねん。

あんさんは、レンゲさんとムルソーが同じように結婚を考えていると思いはったん?

いや、レンゲさんが全く同じように考えているとは思わへんかった。 そやけど、上のレンゲさんからのメールを読んだ時に、「異邦人」の上の箇所が思い浮かんできたのやがなァ。

あんさんは初めて読みはったん?

いや。。。学生の頃一度読んだことがあるねん。 たまたまtanomuさんが「異邦人」の事を書いていたので、読み直してみようと思って何十年ぶりかで本を借りて読んだわけやァ。

それで、レンゲさんとムルソーが似ていると思いはったん?

そうやァ。。。特に、ムルソーが次のように書いているところを読んで、なるほどと思うたのやァ。

マリーは黙ったまま、何も言わずにしばらく僕をじっと見ていた。
それから話し出した。そして次のようなことを知りたがった。
もし僕が、ちょうどマリーと同じような状況で関係している女性が居たとして、
その女性から結婚したいと言われたら、同意するのかって。。。?
うん、同意するよって、僕は答えたよ。

どいういうことォ~。。。?

つまり、レンゲさんには清水君というれっきとしたボーイフレンドが居た。 毎日愛し合っていたのやァ。 少なくとも表面的には相思相愛の萌え萌えのカップルやったのやァ。

それで。。。?

それにもかかわらず、レンゲさんはバンクーバーにやって来た。 怖い寂しい。。。そう言って、わての部屋にやって来て、わての腕に抱かれて眠ったのやァ。 もちろん、エッチはしなかったけど。。。清水君がその事を追及してレンゲさんに尋ねたとしたら、レンゲさんは、おそらくムルソーのように答えたやろなァ。

清水君は黙ったまま、何も言わずにしばらくレンゲさんををじっと見ていた。
それから話し出した。そして次のようなことを知りたがった。
もしレンゲさんが、ちょうど清水君と同じような状況で愛し合っている男が居たとして、
その男の部屋に行くことがあったら、その男の腕に抱かれようなことがあるのか?
うん、抱かれるかもしれない、レンゲさんは答えました。

そやけど、結局、それはあんさんの勝手な空想ですやん。 レンゲさんがそないに答えると、わたしには思えんわ。

さよかァ~。。。?

つまり、この事が言いたかったので、わざわざ「異邦人」を持ち出してきやはったん?

いや、ちゃうねん。。。たまたま夕べ本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのやがなァ。

「L’Étranger」

ふつう「異邦人」という題名に訳されているカミュの小説「L’Étranger」はむしろ「他人」と訳されるべきではなかったかという点について一言しておきたい。
この小説の主人公ムルソーは、永らく別れて養老院で暮らしていた母が死んだ知らせを受け、その葬式に参列するが、何らかの感動も覚えない。
彼はその直後ある女と関係し、また偶然のことで騒動にまきこまれ、その挙句人を殺す羽目に陥る。
しかしそうなったのは特別の激情に駆られたためではなく、したがってその後法廷で裁かれる際にも、何等悔恨の情を覚えない。
彼にとって母も知人もすべての人が自分と無関係の人となってしまったのである。
いいかえれば彼以外のすべての人間が彼にとって他人となったといってもよいし、あるいは彼が彼らに対して他人となったといってもよいであろう。

ところでここで興味あることは、このような意味をあらわすためにフランス語では étranger という見知らぬ人を意味する言葉を使うのに対し、日本語では他人で充分意味が通じるということである。
この場合エトランジェを異邦人と訳したのでは、日本では外国人に対する好奇心が特に強いので、作者の原意にそぐわないのではなかろうか。

もっとも異邦人という言葉は、元来ユダヤ人が軽蔑をこめて使うgentileの訳語として古くから日本語訳聖書の中で使われてきた事実がある。
したがってその意味では他人の意味に近いということもできるかもしれないのだが。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


34-35ページ 『「甘え」の構造』
著者: 土居健郎
1991年12月15日 第3版9刷発行
(通産161刷)
発行所: 株式会社 弘文堂

わては初めて読んだのだけれど、この本は結構有名な本で通産161刷という、よく読まれている本なのやがなァ。 わても日本に居る頃この本の題名はしばしば耳にしたことがあるねん。

。。。で、何がきっかけで読みはったん?

偶然やァ。。。たまたまバンクーバー図書館の本棚に、この本を見かけたのやがなァ。

。。。で、あんさんも「異邦人」というタイトルに違和感を覚えたん?

そうなのやァ。。。わても「異邦人」というタイトルが気にかかっていた。

どうして。。。?

英語のタイトルは”The Foreigner”じゃなくて”The Stranger”なのやァ。 むしろフランス語に忠実に訳したのやと、今ではそう思えるねん。 日本語の「異邦人」は英語に訳したら”The Stranger”にならへん。 ”The Foreigner”になると思うでぇ~。。。

そうやろか?

やはり日本語としたら「異邦人」よりも「他人」とした方が、本の内容によりふさわしいと、わても思うねん。 そやけど、「他人」では、あまりに味も素っ気もないタイトルや。 おそらく日本人の訳者もそう感じたと、わては思うのや。

それで、訳者なわざわざ「異邦人」というタイトルを付けはったん?

そうやァと思うでぇ~。。。著者の土井さんも書いているように、「日本では外国人に対する好奇心が特に強い」さかいに、「他人」というタイトルよりも「異邦人」にした方が本がよう売れると思ったに違いあらへん。

そうやろか?

わてが訳者ならば絶対にそうするでぇ~。。。うししししし。。。

でも、それはお金に目がくらんだ邪道やと、わたしは思いますう。

さよかァ。。。?

【レンゲの独り言】

ですってぇ。。。
そうですわよね。
本が売れるからといってタイトルを売れるようなタイトルにするのは間違っていると思いますわ。
あたしも「異邦人」とするよりも、本の内容に忠実に「他人」とすべきだったと思います。
あなたはどう思いますか?

とにかく、次回も面白い話題が続きます。
あなたもどうか、また読みに戻ってきてくださいね。
では、また。。。

メチャ面白い、

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『1リットルのお尻流出』

こんにちはジューンです。

かつてデンマンさんが小泉八雲を紹介していました。

八雲(ラフカディオ・ハーン)は

次のように言っていたのです。

日本女性を道徳的、宗教的信念を持った

愛らしい倫理的創造物である

明治時代の日本の女性は、

そうであったのかもしれません。

でも、最近になって日本の女性も変わったようですね。

一つの事件を取り上げて、そう言うのも

独断過ぎると思いますけれど、

「苫小牧子殺し事件」は象徴的な事件だったと

思いますわ。そして痛ましい事件でした。

北海道・苫小牧の何処かで、3歳の長男と

1歳の三男の兄弟が鍵の掛かったアパートに

閉じ込められ放置されのですわ。

長男は生米や冷蔵庫のマヨネーズやケチャップで

飢えをしのいだのです。

三男は飢餓と低体温症で亡くなってしまいました。

昼間に自動的に入る暖房で、餓死した弟が

無残に腐食する横で、お兄ちゃんは

必死で飢えを凌ぎ生き抜いて、

ママの帰りを待ち続けたというのです。

でも、ママは新しいボーイフレンドの部屋に住み着いて

1ヶ月以上、子供たちの養育を拒み、

ボーイフレンドと遊んで暮らしていたのです。

もう、死んでいるのではないかと思って、

アパートに戻ると、長男は生きていた。

「何で生きてるの?」

冷血女性のママは長男を見て

まず、そう感じたと言うのです。

人間は、それほどまでに非情に

冷血になれるものでしょうか?!

何度読んでみても、亡くなった子供のために

涙が流れてきますわ。(めそめそ。。。)

「苫小牧子殺し事件」のことは

次の記事の中で引用されています。

『愛の進化論』

ところで、卑弥子さんが面白いお話を集めて

楽しいサイトを作りました。

次のリンクをクリックして

ぜひ覗いてみてくださいね。

■ 『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ

めれちゃんホイ

2012年8月28日

 

めれちゃんホイ


(dog202.jpg)

デンマンさん。。。、どういうわけで妙な掛け声などかけはったん?

実は次の本を読んでいたのやがなァ。

中学生になって間もない日の放課後、教室から出ると、明るい西日に満たされた廊下にギターの音色が響いていた。

 (中略)

「こんにちは」
私が挨拶すると、彼もギターを抱えたまま頭をぺこりとさげ、「こんにちは」と言った。
これが、星進くんとの最初の会話だった。
「星くんでしょう?」
「うん。 斉藤さん、だよね?」
「うん」
「いつから見てたの」
「さっきから。 今の曲なんて曲?」
「パッヘルベルのカノン」
「いい曲だね」
「もっと聴きたい?」
「うん」
星くんは張り切って、ギターをかまえ直す。
きちんと分けた髪、やさしげな切れ長の目、通った鼻筋。
ふだんはおっとりした顔が、うつむくと端整に見える。
細い指、まるく削られた爪が弦に触れると、指先から音楽が流れ出した。

(デンマン注: イラストはデンマン・ライブラリーより
読み易くするために改行を加えています。)


21-22ページ 『犬と私の10の約束』
著者: 川口 晴
2008年2月25日 第11刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋

。。。で、そのギターの曲というのはどないな曲やのォ~?

じゃあ、めれちゃんのために、わてが弾くさかいにジックリと聴いてなァ。

パッヘルベルのカノン(ソロ・ギター)

あんさん!。。。いい加減なことをぬかしたらアッカ~ン! これはあんさんが弾いてるのではあらへん!

どうして、わてが弾いてるのではないと判るねん?

あんさんは、こないに若いはずないやん。

さよかァ~。。。じゃあ、口直しにフル・オーケストラの曲を聴いたらええやん。

Pachelbel’s Canon in D (full orchestra)

聴いてみるとなかなかええ曲やんかァ。。。で、この曲が「めれちゃんホイ」と、どないな関係やねん?

実は、上の話には続きがあるねん。

そのあと一緒に帰りながら、星くんの両親がギタリストで、家はギター教室を経営していることを知った。
星くん自身は、有名なギタリストについて英才教育を受けているらしい。

 (中略)

「星くん、歌は歌わないの?」
「僕のはクラシックギターだからね」

 …

「今度歌ってよ」
「ダメだよ。 歌なんて歌ったらギターに集中できなくなるし、それに禁止されているからね」
「誰に?」
「おとうさんとおかあさん」
「ほんと星くんって素直だね~。 歌うなって言われたら歌わないんだ」

へそまがりの私とはずいぶん違う。
こんなに正直だったら「あっち向いてホイ」は弱いだろうなと思って、ふと、
「あっち向いて、ホイ!」と、星くんの顔の前で上を指さした。
星くんはみごとに引っかかり、私の指と一緒に、雲が茜(あかね)色に輝く空を見た。

(デンマン注: 写真はデンマン・ライブラリーより
読み易くするために改行を加えています。)


23-24ページ 『犬と私の10の約束』
著者: 川口 晴
2008年2月25日 第11刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋

「あっち向いてホイ」から「めれちゃんホイ」というタイトルにしやはったん?

そういうこっちゃ。

そやけど、わたしとは全く関係あらへんでぇ~。。。

上のエピソードの中の中学生の女の子は「斉藤あかり」という名前なのやァ。 二人は大きくなると結婚するのやけど、星くんは実に素直ないい少年なのやァ。 それに対して、あかりちゃんは自分でも言っているように「へそまがり」。。。わてはこの物語を読みながら、めれちゃんがおかあはんとそりが合わずに、しばしば喧嘩したという話を聞いたので思い出したのやがな。

あかりちゃんも、おかあはんとそりが合わへんかったん?

いや。。。そないなことはあらへん。 反抗期を迎えて、そりが合わなくなる前に、あかりちゃんが12歳の頃、おかあはんは膵臓癌で亡くなってしまうねん。

ごめんね、あかり。
おかあさんはあかりを置いて先に逝きます。
ソックスが生きているうちはソックスが私のかわり。
あかりを見守ってくれるよ。
そして、ソックスも、いつかはあかりより先に逝くでしょう。

そのとき、私はいよいよ念願の風になります。
いつかあかりは私を風みたいだってほめてくれたよね。
あれ、かなりうれしかった。
ちょっといたずらな風が吹いたら、私がそばにいると思ってください。

それからもうひとつ。
『犬との10の約束』は覚えてくれてる?
あれにはつづきがあります。
それは約束ではなくて、『虹の橋』という詩です。
ソックスが先に逝ってしまったあとで読んでみてね。


(dog203.jpg)

『虹の橋』
動物は、死んだあとに虹の橋と呼ばれる場所で暮らします。
そこは快適で満ち足りているのですが、ひとつだけ足りないものがあります。
それは特別な誰か、残してきてしまった誰かがそこにはいないこと。
それがさびしいのです。
草原で遊び回っている動物たちのうち一匹が突然遊ぶのをやめ、遠くに目をやります。
一心に見つめるその瞳は輝き、からだはかすかに震えはじめます。
その子は突然草原を飛ぶように走り出します。
あなたを見つけたのです。
あなたとあなたの特別な友だちは再会のよろこびに固く抱き合います。
そして、あなたを心のそこから信じているその友だちの瞳を覗き込みます。
あなたの人生から長い間失われていたけれど、
心からは一日も離れたことのなかったその瞳を。

じゃあ、元気でね。 芙美子 母より

(写真はデンマン・ライプラリーより)


200-201ページ 『犬と私の10の約束』
著者: 川口 晴
2008年2月25日 第11刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋

子を持つ母親とすれば、12歳の娘を置いて先に逝くことを考えて本当に身を切られるようにつらかったと思うでぇ~。。。

そうやろねぇ~。。。

めれちゃんのおかあはんは今でも生きてるのやでぇ~。。。

そやから、どうやとあんさんは言わはるのォ~?

いい加減に仲直りしたらどうなのやァ。

あんさんには関係ないことやんかァ。 わたしと母を仲直りさせるために、わざわざこの話を持ち出してきやはったん?

ちゃうねん。

いったい、あんさんは何が言いたいねん?

あかりちゃんと星くんの淡い心の交流を読みながら、わてはめれちゃんとの甘い心の交流を思い出したのやがなァ~。

心から愛を込めて

浪速の空に咲く
大輪の火の花
こんなにあなたを想ってるのに
待ちきれないこの気持ちを
あなたは分かってくれるだろうか

焦がれる心が痛い・・・
でも、わたしには何もできない

わたしの言葉も
わたしのしぐさも
ありのままでいいと
あなたは教えてくれた

夜は日毎に長く
眠れない時間の
思いは過去をまさぐるだけ

幸せであるはずなのに
かわかない涙
しあわせと呼べる時間は
今どこをさまよっているの

終わることなく愛されている
そう思いたい。
でも、思えない。

すべての記憶
あなたの笑顔
あのよろこび
あの感動の涙
楽しくてしあわせだった
天神祭の日々

ずっとあなたに愛されている
それはけっして終わりなど来ない
そう思いたい
でも、思えない。

ああ、この熱い思い
このやるせない気持ち
あなたに分かってほしい
 
 
by レンゲ

本宮の夜にて


『あんさんに会いたいわ』より
(2011年10月31日)

あんさん。。。これはレンゲさんが書いたものですやん。

めれちゃんも同じようなことを書いていたのやないかいなァ。

そないなことはあらへん。

縁日
 
 

 
 
縁日に

歩く人ごみ

笑顔がはじけ

ふと手をつなぐ

胸がさわいだ
 

 

by めれんげ
 
2009.08.07 Friday 23:13


『即興の詩 縁日』より

『仲直りの接吻』に掲載
(2010年1月23日)

こうして、めれちゃんは短歌を詠んでいたやないかいなァ~!

この短歌が、どうやというのォ~?

縁日の夜のことやないかいなァ~。

縁日の夜ってぇ。。。あんさんは、いつのことを言うてるねん?

いつのことってぇ、めれちゃんと初めて結ばれた縁日の夜やないかいなァ~?

あんさんとわたしで初めて結ばれたァ~?

そうやがなァ~。。。7月25日の夜やった。

あんさんは天神祭のことを言うてるのォ~?

そうやでぇ~。 忘れようとしても忘れられんがなァ~。。。本宮の夜やがなァ~。 大川(旧淀川)に多くの船が行き交って船渡御(ふなとぎょ)が行われたんやでぇ~。
 
 
天神祭 2011 船渡御
 

(funatogyo.jpg)


 
 

あんさんは船渡御(ふなとぎょ)を見たことがありますのォ~?

ありますがなァ~。。。なにを言うてんねん!。。。わてとめれちゃんと二人して見たやんかァ~。。。奉納花火があがってぇ、大川に映る篝火や提灯あかりで、ごっつうきれいやったがなァ~。。。

それっ。。。いつのことォ~。。。

いつのことってぇ~、めれちゃんが桜の花びらを散らした花も恥らう16歳のときのことやないかいなァ~。 めれちゃんは、その時の思い出を短歌に詠んでいたでぇ~

わたしがァ~。。。?

そうやがなァ~。。。もう忘れてしもうたのかァ~?。。。次の短歌を詠んでいたやないかいなァ!

夏祭り

夏祭り

見上げる花火

人ごみの

中でふたりは

固く手つなぎ
  
 

 
 
by めれんげ

2009.07.25 Saturday 10:01


『即興の詩 夏祭り』より

『夏祭り』に掲載
(2009年7月31日)

あんさんは、なんでも、よう覚えていますのやなァ~?

もちろんやでぇ~、天神祭の本宮が7月25日やでぇ~。。。めれちゃんが上の短歌を詠んだのも7月25日やでぇ~。。。

でも。。。、でも。。。、わたし。。。、16歳のときに、あんさんと結ばれたのですやろかァ~?

めれちゃん!。。。何を言うてんねん!。。。めれちゃんは初めての男と熱い契りを交わしたことを忘れてしもうたのかァ~?

もちろん、覚えてますがなァ~。。。

そ~やろう!。。。めれちゃんは、忘れるはずないねん。。。あの夜、めれちゃんも、ごっつう萌えあがったからなア~

わたし、それほど萌え上がりましたんかァ~?

めれちゃんは、感動のあまり、涙ながらに上の詩『心から愛を込めて』を詠んだのやでぇ~。

ちゃいますやん。 それを詠んだのは、わたしではのうてレンゲさんでおますう。

さよかァ~。。。

【レンゲの独り言】

ですってぇ~。。。
確かに『心から愛を込めて』を詠んだのは、あたしですけれど詩の中のお相手はデンマンさんではありませんでしたわ。
でも、天神祭りは幾つになっても胸騒ぎがするぐらい懐かしいお祭りです。
あなたも見たことがなかったら、ぜひ時間を作って見に行かれてはいかがですか?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、また。。。

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

あなたはブログを書いていますか?

ライブドアで書いていますか?

それともGOOで書いていますか?

会員数が多くても実際に活動している会員は

少ないところもあります。

言葉狩りや写真狩りをしているサイトは当然嫌われます。

どうして会員数を誇示しようとするのでしょうか?

会員数が多ければ広告主に対して

広告の効果をアピールすることが出来るからです。

でも、デンマンさんが説明したように

冬眠中の会員が多いところはすぐに判ってしまうのですよね。

アメブロは、会員数にだいぶこだわっているようです。

2000万人どころか、1000万にも居ないということを

次の記事の中で分かり易くデンマンさんが説明しています。

面白いですからぜひ読んでみてくださいね。

『ファシスト管理人』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあ、また。。。


 

愛と禅と茶

2012年8月1日

 

愛と禅と茶

デンマンさん。。。、あんさんは、どうしてまた読者の注目を引くようなタイトルをつけはったん?

あきまへんかァ~?

タイトルを見て期待に胸を膨らませて読みはるネット市民の皆様が、わたしとデンマンさんのお話を聞いてガッカリしやはったら、あんさんはどないするつもりやのォ~?

めれちゃん。。。そないな事まで、めれちゃんが心配せ~へんでもええねん。

そやかてぇ、わたしはネット市民の皆様の期待を裏切るようで、なんとのう申し訳ないように思うてしまいますねん。

あのなァ~、わては読者の気を引くようなタイトルをわざと掲(かか)げたのではあらへん。

あんさんはホンマに「愛と禅と茶」についてのお話をするつもりやのォ~?

当たり前田のクラッカァ~♪~!

あんさん!。。。それは、かれこれ半世紀前のテレビの『てんやもんや三度傘』で藤田まことが言うたセリフですやん。

そうやァ。。。これを読んでいるネット市民の皆様の中にも、きっと懐かしく思う人も居(お)ると思うでぇ~。。。

そないなことよりも、どないなわけで「愛と禅と茶」を持ち出してきやはったん?

あのなァ~、わてはバンクーバー図書館から借りた本を夕べ読んだのやァ。


(lib20801.gif)

赤枠で囲みはった『茶の本』を読みはったん?

よう判ったなァ~。。。

赤枠で囲みはってあるさかいに、誰が見たとてすぐに判りますやん。 その本を読みはってぇ、あんさんは感動しやはったん?

あのなァ~、その本は岡倉天心が英語で書いた本なのやがなァ。

岡倉 天心

誕生:1863年2月14日(文久2年12月26日)
死亡:1913年(大正2年)9月2日
日本の思想家、文人、哲学者。
本名は岡倉覚三(かくぞう)。
幼名は岡倉角蔵。

福井藩の武家の子として横浜に生まれる。
東京美術学校(現・東京藝術大学)の設立に大きく貢献し、また日本美術院を創設した。
近代日本における美学研究の開拓者で、英文による著作での美術史、美術評論家としての活動、美術家の養成といった多岐に渡る啓蒙活動を行い、明治以降に於ける日本美術概念の成立に寄与した。

福井藩の下級藩士の父・岡倉勘右衛門は廃藩後に貿易商となり、教育熱心な父親の命で、漢籍を学ぶと同時に、宣教師のもとで英語も学んだ。
弟の岡倉由三郎は英語学者。
東京開成所(のちの官立東京開成学校、現・東京大学)に入所し、政治学・理財学を学ぶ。
英語が得意だったことから同校講師のアーネスト・フェノロサの助手となり、フェノロサの美術品収集を手伝った。
16歳のとき、13歳の基子と結婚する。
1882年(明治15年)に専修学校(現在の専修大学)の教官となり、専修学校創立時の繁栄に貢献し学生達を鼓舞した。
専修学校での活躍は、文部省専門学務局内記課に勤めていたころである。
また専修学校の師弟関係で浦啓一も岡倉と出会い、岡倉の指導によりその一生に決定的な影響を受けた。

1890年(明治23年)から3年間、東京美術学校でおこなった講義「日本美術史」は日本(の美術史学)における日本美術史叙述の嚆矢とされる。

東京都台東区に岡倉天心記念公園(旧邸・日本美術院跡)がある。
また、ニューヨークで英語で「茶の本」を出版して100年にあたる2006年の10月9日に、天心が心のふるさととしてこよなく愛した福井県の大本山永平寺において“岡倉天心「茶の本」出版100周年記念座談会”が行われた。


出典: 「岡倉 天心」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

1906年にニューヨークで出版しやはったのやァ。

それで、あんさんも英語で読みはったん?

いや。。。わての借りた本は日本語と英語の両方で書いてあるねん。 それほど厚い本でなかったよってに、わては日本語で一気に読んでしもうたのや。

それで、その本の中にあんさんが感動するような事が書いてあったん?

いや。。。とりわけ感動したと言う訳ではあらへん。

それやのに、どうしてこうして『茶の本』を取り上げる気になりはったん?

次の箇所に目が留まったのやァ。

宗教では、未来はわれらの背後にある。
芸術では現在こそが永遠である。
茶人は、芸術を真に理解できるのは芸術から日々影響を受ける者だけだと考えた。
だからこそ日々の生活を、茶室で得られるような高度に洗練された規範で律しようとしたのだ。
どのような状況でも心の平穏を保ち、会話が周囲の調和を乱すことがあってはならない。

着物の形や色も姿勢も歩き方も、すべてその人の芸術的な表現となりうる。
これらを軽々しく扱ってはいけない。
おのれを美しくすることなくして、美へ到達することはできないからだ。
そうしてこそ、茶人は芸術家であることを超え、芸術そのものに近づこうとする。
それこそが禅の美学である。

完璧なものは、見つけることさえできればいたるところにあるものだ。
利休は好んで次の古歌を引用した。

花をのみ 待つらん人に 山里の

雪間の草の 春を見せばや

赤字はデンマンが協調のため。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより。)


168ページ 『茶の本』
著者: 岡倉天心
2008年4月8日 第1刷発行
発行所: IBCパブリッシング株式会社

天心が心のふるさととしてこよなく愛した福井県の大本山永平寺というのは曹洞宗の宗祖・道元和尚の建てたお寺やがなァ。

つまり、岡倉天心さんは禅に嵌(はま)っていたと、あんさんは言うねんなァ?

そういうことやがなァ。

道元と永平寺

曹洞宗の宗祖道元は正治2年(1200年)に生まれた。
父は村上源氏の流れをくむ名門久我家の久我通親であるとするのが通説だが、これには異説もある。

幼時に父母を亡くした道元は仏教への志が深く、14歳で当時の仏教の最高学府である比叡山延暦寺に上り、仏門に入った。
道元には「天台の教えでは、人は皆生まれながらにして、本来悟っている(本覚思想)はずなのに、なぜ厳しい修行をしなければ悟りが得られないのか」という強い疑問があった。
道元は日本臨済宗の宗祖である建仁寺の栄西に教えを請いたいと思ったが、栄西は道元が出家した2年後に、既に世を去っていた。

比叡山を下りた道元は、建保5年(1217年)、建仁寺に入り、栄西の直弟子である明全(1184-1225)に師事した。
しかし、ここでも道元の疑問に対する答えは得られず、真の仏法を学ぶには中国(宋)で学ぶしかないと道元は考えた。
師の明全も同じ考えであり、彼ら2人は師弟ともども貞応2年(1223年)に渡宋する。

道元は天童山景徳寺の如浄に入門し、修行した。
如浄の禅風はひたすら坐禅に打ち込む「只管打坐(しかんたざ)」を強調したものであり、道元の思想もその影響を受けている。
道元は如浄の法を嗣ぐことを許され、4年あまりの滞在を終えて帰国した。
なお、一緒に渡宋した明全は渡航2年後に現地で病に倒れ、2度と日本の地を踏むことはできなかった。

日本へ戻った道元は初め建仁寺に住し、のちには深草(京都市伏見区)に興聖寺を建立して説法と著述に励んだが、旧仏教勢力の比叡山からの激しい迫害に遭う。
旧仏教側の迫害を避け新たな道場を築くため、道元は信徒の1人であった越前国(福井県)の土豪・波多野義重の請いにより、興聖寺を去って、義重の領地のある越前国志比庄に向かうことになる。
寛元元年(1243年)のことであった。

当初、義重は道元を吉峰寺へ招いた。
この寺は白山信仰に関連する天台寺院で、現在の永平寺より奥まった雪深い山中にあり、道元はここでひと冬を過ごすが、翌寛元2年(1244年)には吉峰寺よりも里に近い土地に傘松峰大佛寺(さんしょうほうだいぶつじ)を建立する。
これが永平寺の開創であり、寛元4年(1246年)に山号寺号を吉祥山永平寺と改めている。
寺号の由来は中国に初めて仏法が伝来した後漢明帝のときの元号「永平」からであり、意味は「永久の和平」である。


出典: 「永平寺」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

日本ばかりじゃなく、海外にも目を向けんとアカン!という考えは、道元和尚の影響もあるのやと、わては思うたのやァ。

それで岡倉さんはアメリカにも行きはったん?

そうやと思うでぇ~。。。見聞を広めるために。。。そやけど、アメリカかぶれにならずに日本の素晴らしい物を見出したということは「文明開化」の世の中にあってマジで日本史上貴重な人物やと、わては思うたのやァ。 次のようにも書いている。

禅は仏教の無常観や、物質に対して精神が優位でなければならないという教えから、家屋というものは単に身を置くだけの仮の宿に過ぎないとみなした。
 (中略)
茅葺きの屋根や弱々しい細い柱、軽い竹の支え、ありきたりの材料を使った無造作な造り、そうしたものに茶室における儚(はかな)さの表現を見ることができるのだ。
永遠というものはこうした簡素な四囲に体現されていて、洗練さというほのかな光でその簡素さを美化する精神の内にこそみいだされるのである。

茶室は個人的好みに適するように建てられるものだ、という考え方は、芸術の活力が生まれる原則にかなっている。
芸術が十分に鑑賞されるためには、その時代の生活にあてはまらなければならない。
後世のことを考えないということではなく、現在をより楽しむようにしなくてはいけない。
過去の創造を無視することではなく、それを自分たちの意識の中に取り込んで吸収しなくてはいけない。
伝統と形式に隷属すれば、建築において個性を表現しようというときに足かせとなってしまう。
今日の日本にみられるような、洋風建築を無分別に模倣したものは、嘆かわしいというしかない。

赤字はデンマンが協調のため)


106-108ページ 『茶の本』
著者: 岡倉天心
2008年4月8日 第1刷発行
発行所: IBCパブリッシング株式会社

日本にある良い物までをすべて捨てて西洋の物真似だけしていた当時の政府の高官に対して批判的やったのやがなァ。

鹿鳴館時代を冷(ひ)ややかに見ていたのやねぇ。

めれちゃんも岡倉天心が言うことを理解してるやないかいなァ。

その程度のことは誰でもこれまでの話を読んでくれば解りますやん。

さよかァ~?

それよりも、あんさんは岡倉天心の考え方に、すっかり共鳴してますやん。

いや。。。そうでもないねん。 次の箇所を読んでみて、わては岡倉天心とは見方が違っていると思うたのやがなァ。

自害の当日、利休は主だった弟子を集めて最後の茶会を催した。
 (中略)
利休は皆の前にさまざまな道具を置く。
掛け軸も置く。
皆がその美しさを口々に讃え、利休は客の一人ひとりに1品ずつ形見分けをする。
利休の手元には茶碗だけが残った。

「不運な唇によって汚されたこの茶碗が、二度と使われぬように」
利休はそう言って、その茶碗を粉々に打ち砕いた。
茶会は終わった。

客人たちはあふれ出す涙をこらえ、最後の別れを告げて茶室を出てゆく。
一人だけ、最も近しい者だけが求められて残り、最後を見届けることになる。
利休は茶会の衣装を脱ぎ、きちんとたたんで畳に置く。
もやは身につけているのは純白の死に装束のみ。
利休は刀の白刃を静かにみやり、辞世を詠む。

きたれ、

永遠(とわ)なる剣よ!

仏陀を貫き

達磨をも貫き、

汝は汝の道を貫くがいい

こうして利休は、笑みを浮かべて彼岸へと旅立ったのだ。

赤字はデンマンが協調のため)


174-178ページ 『茶の本』
著者: 岡倉天心
2008年4月8日 第1刷発行
発行所: IBCパブリッシング株式会社

どの部分が、あんさんにとって共感できへんのォ~?

次の部分やがなァ。

利休は刀の白刃を静かにみやり、辞世を詠む。

きたれ、

永遠(とわ)なる剣よ!

仏陀を貫き

達磨をも貫き、

汝は汝の道を貫くがいい

こうして利休は、笑みを浮かべて彼岸へと旅立ったのだ。

この辞世の句は死に臨んだ者が心の平穏を保って詠んだとは、わてにはどうしても思えん。

どないなわけで利休さんの心が乱れていたと、あんさんは思うのォ~?

つまり、心のどこかに死んでも死に切れない豊臣秀吉に対する憎悪の念が心の片隅で燻(くすぶ)っていたのやァ。 その消し去りがたい情念が上の辞世の句を利休に詠ませたのだと、わてには思えるのやァ。

つまり、利休は茶人としてではなく、秀吉に対して負け組みの一人として死んでいったと、あんさんは思うてはるのォ~?

その通りやァ。 利休は、笑みを浮かべて彼岸へと旅立ったのではあらへん。 苦虫(にがむし)を潰(つぶ)したような表情を浮かべてあの世へ逝ったのやァ。 もし、茶人としてあの世へ逝ったのであれば、もう少し心の平穏を保つことができたと、わては思うねん。

どないなわけでぇ~。。。?

岡倉天心は次のように書いてるゥ。

茶人は、芸術を真に理解できるのは芸術から日々影響を受ける者だけだと考えた。
だからこそ日々の生活を、茶室で得られるような高度に洗練された規範で律しようとしたのだ。
どのような状況でも心の平穏を保ち、会話が周囲の調和を乱すことがあってはならない。

もし死に臨んだ利休さんの心が平穏であったら、どのような辞世の句を残したと、あんさんは思いはるのォ~?

あのなァ~。。。わてはたまたま小津安二郎・監督の墓を思い出したのやァ。

小津安二郎之墓

鎌倉 円覚寺

利休さんの心が豊臣秀吉を許して心が平穏であったなら、おそらくただ一言“無”と言ってあの世に逝きはったと思うねん。 千利休こそ辞世の句に、ただ一字—“無”という字を残す事こそふさわしい!。。。わてはそう思うたのやがなァ。

小津安二郎監督も禅にハマッていたのやろか?

わての知る限り小津安二郎監督が禅にハマッていたとは思わん。 そやけど、小津安二郎監督は禅の心を持っていたと、わては思うねん。

どないなわけで。。。?

小津安二郎監督は言うてたのや。 「映画は終わった所から始まる」と。。。

マジで。。。?

岡倉天心は次のようにも書いていた。 

完璧なものは、見つけることさえできればいたるところにあるものだ。

そやけど、完璧なものなど、この世にはあらへん。

そうやろか?

「茶の道」とは「不完全」を学ぶものだと、わては思うでぇ~。。。

「不完全」を学ぶって。。。どういうことやねん?

つまり、どんなものであれ、すべて完璧に仕上がったもなどあらへん。 そやから小津安二郎監督は言うたのやァ。 「映画は終わった所から始まる」と。。。

「映画は終わった所から始まる」とは、どういうことやねん?

例えば『晩春』。。。


(hara111.jpg)

『晩春』 (PART 4 OF 5)

この映画を見終わってから観客は映画の余韻の中で父と娘の愛を考える。。。

『晩春』をめぐる有名な「壺のカット論争」

終盤近くの京都の旅館のシーンにおいて、笠智衆と原節子が枕を並べて眠っていると、一瞬床の間に置かれた壺が写り込むカットの意味をめぐるものである。
アメリカの映画監督ポール・シュレイダーは、これを父と別れなければならない娘の心情を象徴する「物のあわれ」の風情であると評している。
また映画評論家のドナルド・リチーは、壺を見ているのは原節子であり、壺を見つめる原節子の視線に結婚の決意が隠されていると分析する。
一方、この二人に対して異議を唱えているのが、『監督 小津安二郎』で小津映画の評価に新しい方向性を投げかけた蓮實重彦である。

蓮實は、まず小津映画において、父子とはいえ性別の異なる男女が枕を並べて眠っていること自体が例外的であり、またすべてを白昼の光の中に鮮明な輪郭を持って描いてきた小津が、月光によって逆光のシルエットになっている壺を描いたことも例外であるとする。
そして蓮實は、それらから父と娘の間に横たわる見えない性的なイメージを読み取ろうとしている。

娘が父に対して性的コンプレックスを抱いているのではないかという憶測を最初に投げかけたのは、映画評論家の岩崎昶である。
岩崎は壺の意味については言及していないが、『キネマ旬報別冊 小津安二郎・人と芸術』(1964年)の中で、父娘の会話が旅館の寝床の上で交わされていることに注目し、この旅館のシーンを転機とし、父に対して性的コンプレックス(エレクトラコンプレックス)を抱いていた娘が、父から性的に解放される名シーンであるとしている。

なお、杉村春子はこのようなカットを撮影する際に、小津から「気持ちを残したように演技してください」と注文を受けたと語っている。

本作は、リンゴの皮を剥いていた周吉がうなだれるシーンで終わるが、台本上では周吉が慟哭するシーンになっていた。
涙を流す演技を拒否していた笠智衆が、このシーンはできないと申し出たため変更になったのである。
小津の言われるままに演技をしていた笠が、唯一小津に異を唱えたのがこのシーンである。
しかし、評論家からはこのシーンは酷評され、笠は「普段は評論家からの批評は気にしなかったが、この批評には憤りを感じた(『大船日記』)」という。


出典: 「晩春 (映画)」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

つまり、『晩春』という映画は不完全なものやねん。 映画を見終わっためれちゃんが自分の父親との愛情のことを考えないわけにはゆかへん。 それが、まさに小津安二郎監督の『晩春』やと、わては思うたわけやァ。。。

【レンゲの独り言】

ですってぇ~。。。
あなたは『晩春』を観ましたか?
あたしは、とってもいい映画だと思いましたわ。
あなたもぜひお近くの図書館でDVDを借りて観てくださいね。

とにかく、次回も興味深い記事が続きますわ。
だから、また読みに戻ってきてください。
じゃあ、またね。。。

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあ、また。。。


 

お股の花々

2012年7月22日

 
   
お股の花々
 
 

デンマンさん。。。どうして、またヤ~らしい画像を持ち出してきたのですか?

ヤ~らしくないでしょう! これは僕が想い描いた小百合さんですよ。。。きれいな百合が咲きほこる花園でポーズを取っているロマンチックな姿です。

でも、そのポーズがなんだかヤ~らしいのですわ。 私は絶対にこのようなポーズをとりませんわ。 まるでアダルトビデオのタイトルに出てくるようなポーズではありませんか。

あれっ。。。小百合さんは、そのようなアダルトビデオを観たのですか?

観てませんわよ。。。だから、例えばの話ですわ。

僕はヤらしいとは思いませんよ。

タイトルの「お股の花々」もヤ~らしいではありませんか! 今日、もしおシモの話をするのでしたら私は帰らせていただきますわ。

ちょっと小百合さん。。。帰らないでくださいよ。 せっかく面白い話をしようと思っているのに、小百合さんが帰ってしまったら僕の立場がありませんよう。

。。。で、いったい何が「お股の花々」なのですか?

あのねぇ~、バンクーバー図書館から借りてきた本を読んでいたら次の箇所にぶつかったのですよ。

空耳力(そらみみぢから)をつける

「おマタのハナハナ イヤイヤよ~」
娘が今日も朝からたのしそうに歌っている。
「お股の花々が、いやいや?」と思って、ことばのリズムをよく聞いてみると、「ああ、あの歌か!」とわかった。
Old McDonald’s Farm (「マクドナルドじいさん」)という英語の童謡だ。
2歳になったばかりの娘としては、この歌の出だしを歌っているつもりだったのだ。

Omatano hanahana iyaiyayo!

Ol’ McDonald had a farm. E I E I O!

「お まくだ~な はどふぁむ い~あい~あいお~」
空耳アワー的に聞けば、「おマタのハナハナ イヤイヤよ~」と聞こえなくもない。
子供なりに自分の知っている日本語として解釈して歌ったのだろうか。

いや、ひょっとして逆の原理か?
娘は、Ol’ McDonald had a farm. E I E I O!と歌っているのに、母親には「おマタのハナハナ イヤイヤよ~」に聞こえてしまうとか?

 (中略)

知らない語を自分の耳慣れたことばに引きつけてしまうというのは、おとなのほうがやりがちだ。
子供は案外、聞いたままを覚えて使っている。

赤字はデンマンが協調のため。
写真はデンマン・ライブラリーより。)


75-76ページ 『孕むことば』
著者: 鴻巣友季子
2008年5月22日 第1刷発行
発行所: 株式会社 マガジンハウス

小百合さんは上の歌を聞いたことがありますか?

ありますわ。 うちの三男坊が幼稚園の時に歌っていましたわ。

おおォ~。。。最近では幼稚園でも英語の歌を教えるのですか?

そのようですわ。

僕も急に懐かしくなったというか。。。つい最近、この歌を聞いたばかりですよ。

Ol’ McDonald had a farm.

E I E I O!


(farm2.jpg)

あらっ。。。デンマンさんのお孫さんが歌っていたのですか?

やだなあああァ~。。。なんで僕の孫が歌わなければならないのですか!? 僕の孫じゃありませんよ。 実は、この記事を書いているのはバンクーバー図書館の分館(Joe Fortes Library)なのですよ。

この分館には入り口を入ったすぐ左側に幼児コーナーがあるのです。 要するに幼稚園児用のコーナーですよ。 そこで、つい最近3人ぐらいの幼児が上の歌を一緒に歌っていたのですよ。 全く可愛いものでした。 つい、キーボードを叩く手を休めて聞き惚れてしまいましたよ。

デンマンさんも一緒に歌ったのですか? うふふふふふ。。。

どうして僕が幼児と一緒に歌うのですか? 歌いませんよう。 保母さんじゃありませんからね。

つまり、可愛い童謡を聞いたので、嬉しくなってこうして記事を書く気になったというわけですか?

いや。。。それだけじゃないのですよ。 

他にどのような理由があるのですか?

あのねぇ~、上の本を読んで「お股の花々が、いやいや?」という箇所に突き当たって、僕は一瞬ギクリとしたのですよ。 心臓が止まるかと思いましたよ。

心臓が止まるなんてオーバーですわよ。

小百合さんは覚えてませんか?

何をですか?

菊ちゃんのことですよ。 「お股の花々が、いやいや?」で。。。僕はすぐに菊ちゃんの事を思い出してしまったのですよ。 かつて記事にも書きました。 読んでみてください。

菊ちゃんの愛の世界


(theron573.jpg)

僕は自分の部屋でこっそりと輸入品の“Playboy”を眺めていたんですよ。

デンマンさんがいくつの頃のお話なんですの?

中学1年か2年生の頃ですよ。僕の知り合いが引っ越すので欲しければやるけど持って行くか?と言ったので、もうワクワクしながら、10冊ほど持ち帰ってきたんですよ。当時は検閲があって“毛”は見せてはならなかった。だから、黒いインクであの部分が丸く塗りつぶされていたんですよ。僕はどうにかして、あのインクを取り除くことができないものかと、いろいろなもので試してみましたよ。

デンマンさんは研究熱心なんですのねェ~。

レンゲさん、半分呆れていますねェ~~?へへへ。。。とにかく、性に目覚めた頃で、好奇心が旺盛でしたからね。いろいろなもので試したけれど、どうにもインクを取り除くことが出来ないんですよ。僕は、どうしたらいいものか?。。。そう思いながら気に入ったページの(黒いインク以外に)一糸もまとわぬ女性の写真を眺めていたんですよ。

それで。。。

無我夢中だったんでしょうね。菊ちゃんが僕の部屋に入って来たことも僕は分からなかった。お袋だと思って、一瞬、びっくりして僕は肝をつぶしましたよ。お袋は買い物に出かけた、と言うんですよ。菊ちゃんは余りハッキリと言葉が話せないんですよね。僕の名前もハッキリとは言えない。アキラではなく“アキィ~ヤ”と言うんですよ。

その菊ちゃんの表情はどうなんですの?知能が遅れていることが分かりますの?

いや、普通の人と変わらないですよ。だから、いやなセールスマンが来たりすると、お袋は菊ちゃんだけを残して隠れてしまう事がありましたよ。初めての人は菊ちゃんを見ても知能が遅れているとは思わないから、まともな大人に向かうような話し方をしますよ。菊ちゃんもそのような話し方をされると、うれしいんですよね。それで、天気の事から始まって、世間話をし始めるのだけれど、とにかく、僕の名前がまともに言えないほどだから、10分もすると、この人は知能が遅れているというのが分かるんですよね。そう言う時のセールスマンの表情の変わり方を見る事はいつ見ても飽きないものでしたよ。へへへ。。。。

デンマンさんは、いやな趣味をお持ちですのね?

セールスマンの知能が分かって面白いですよ。中には、菊ちゃんの知能が遅れているのが分からない奴が居て、早々に品物の説明をする愚か者が居るんですよ。菊ちゃんは何を言われているのか分からないけれど、一生懸命相槌を打つ。セールスマンも売りたくって仕方ないから、一生懸命に説明する。。。この様子を眺めているのは、どんな漫才を聞くよりも面白かったですよ。。。へへへ。。。

分かりましたわ。それで、菊ちゃんとどのようなことが。。。?

そうですよね。へへへ。。。その話をしようとしたんですよね。僕は、ハッと思って菊ちゃんをじっくりと見ましたよ。インクを取り除かなくても、そこに実物の健康で成人した見ごたえのある女性の体を持った菊ちゃんが居るではないか!。。。“灯台下(もと)暗し!” そう思ったわけなんですよ。

それはデンマンさん、いけない事ですわ。

僕だって、いけない事だとは分かっていましたよ。でも、好奇心がムラムラと湧き上がってきてしまった。それで、“Playboy”のページを菊ちゃんに示して、いろいろと説明したんですよ。“どう、菊ちゃん、きれいな女の人が写っているでしょう。菊ちゃんだって、このようにきれいなんだよ。だから、菊ちゃんも裸になって見せてくれない?” 菊ちゃんは僕になついていて、僕の言う事なら、たいていの事は、“あい、。。。あい、。。。”と言って、聞いてくれるんですよ。むしろ、喜んで僕の言う事に従うんですよ。

それで、菊ちゃんは裸になったんですの?

ところが、この時ばかりは、僕が何と説得しても首を縦には振りませんでしたよ。あとで考えてみれば、お母さんからしっかりとした“家庭教育”を受けていたんでしょうね。菊ちゃんのお母さんはしっかりした人でしたから。。。菊ちゃんを特殊学校にはやらなかったけれど、必要最低限の教育はしていたようです。つまり、自分の体の中で見せてはならないモノは見せてはダメ。触れさせてはいけない所は触れさせてはいけない。そういう女として守らなければならない事はしっかりと教えていたんですよね。あとで僕は反省したんだけれど、しみじみとそう思いましたよ。

それで、デンマンさんはどうなさったんですの?

僕だって、そう思い立ったらぜひとも菊ちゃんの“桜の花”を見てみたい。もう何が何でも見てみたくなったわけですよ。

それで、。。。?

僕は精一杯説得したんですよ。僕が余りにも一生懸命になっているので、菊ちゃんも本当に困ってしまったようでしたよ。“ね、。。ねっ。。。菊ちゃん、いいよね?だから、脱ごうねェ。” 僕は本当に一生懸命になって説得している。お願いしているわけですよ。菊ちゃんにだって、僕の熱意が通じている。それで、菊ちゃんは、すっかり困ってしまっている。しかし、埒(らち)があかないんですよ。

それで、どうなさったんですか?

菊ちゃんは一向に脱ごうとしない。僕は、イライラしてきて菊ちゃんのスカートのすそをたくし上げたんです。そして見たのがこの写真のような“おばさんパンティー”だったんですよ。でも、まさにこのようにフィットした見ごたえのあるもので、思わず僕は生唾をごくりと飲み込みました。心臓が口元まで飛び上がってきたような息苦しさを感じて、目がくらくらしてきましたよ。でも、菊ちゃんだって、大変な思いをしていたんですよね。“もう、それ以上は止めてくれ、。。。あたしは死んでしまう。。。。” そういう感じで、オロオロしているんですよ。泣き顔になって、しゃくりあげているんですよね。体を震わせて、声を殺して泣いているんですよ。僕はバケツの水を頭から浴びせられたようにハッとなりました。やはり、良心があったんですよね。してはいけないことを無理やり菊ちゃんにやっていた。“悪かったよな。。。” 僕は謝りましたよ。

それでどうなったんですの?

僕だって、菊ちゃんと一線を越えようなんて思っても居なかった。ただ、菊ちゃんの“桜の花”を見たくなった。しかし、菊ちゃんが“家庭教育”を受けていた事までは僕は知らない。7歳の「女性」だから、僕になついている菊ちゃんに頼めば見せてくれると思った。中学生の浅はかな頭だったんですよね。“女の操”を初めて感じさせられましたよ。

菊ちゃんは、その後どうしたんですの?

僕は、菊ちゃんという人を改めて見直しましたよ。しかも、そのあとで、僕の部屋にお盆の上にお茶とおやつの“八橋(やつはし)”を載せて入って来たんですよ。時々、お袋に言われて、僕の部屋にそうやっておやつを持ってきてくれたんです。でも、その日は買い物に行ってお袋は居ませんでしたからね。菊ちゃんが自発的におやつを用意してくれたんですよ。僕は本当に菊ちゃんにすまない事をしてしまったと思ったのだけれど、菊ちゃんが根に持たないで、そうやっておやつを用意してくれたことに感激しましたね。“菊ちゃん、一緒に食べようね” “あい” そう言って、菊ちゃんとお茶を飲みながら八橋を食べた思い出がありますよ。

 。。。(中略)。。。

菊ちゃんは字がほとんど読めないんですよ。読めるのはせいぜい平仮名ぐらいでしょうか。だから、買い物も一人では出来ないんですよ。計算が出来ませんからね。本当にオツムは7つぐらいなんですよ。

それで。。。?

菊ちゃんのお母さんだって、何とか菊ちゃんを自立させたいと思う気持ちがあるんでしょうね。だから、買い物にも慣れさせようとして肉屋さんや八百屋さんへ買い物に出すんですよ。でもね、メモ書きを持たせるんですよ。なるべくつり銭の面倒がないようにきっちりと商品代だけのお金が買い物籠に入れてあるんです。

デンマンさんは何がおっしゃりたいのですか?

つまり、菊ちゃんは自発的に物事を考えるような事が極めて苦手なんですよ。お母さんが言った事を守って生活する習慣が出来ている。だからね、僕と気まずい事があったあとで誰からも言われなくても、お盆の上にお茶とおやつの“八橋(やつはし)”を載せて僕の部屋に持ってきてくれた。。。分かりますか?。。。僕は本当に感動しましたよ。

菊ちゃんがデンマンさんに感じていた愛だと。。。?

そう言いたい所ですが、これだけでは不十分ですよね?

まだ他にあたしに話す事があるのですか?

このあとで、僕は『風とともに去りぬ』と言うあの名画をビデオで見たんですよ。

菊ちゃんと一緒にですか?

そうですよ。僕は英語の勉強のつもりでこのビデオを借りてきたんですよ。もちろん吹き替えなしで字幕ですよ。だから、字の読めない菊ちゃんには全く面白くはないはずなんですよ。もちろん英語が分かるはずもないですからね。

それで。。。?

この写真の名場面ですよ。僕はこの場面を何度も何度も繰り返してリプレーしたわけです。どのような事を言っているのか?このラブシーンもすばらしいけれど、この時のせりふに僕は妙に心惹かれるモノを感じたわけですよ。だから、英語の勉強もかねて何度も見たわけです。僕は菊ちゃんがそばに居るのも忘れるくらいに一生懸命に聴き取ろうとして見ているわけですよ。菊ちゃんはそのうちつまらなくなって部屋から出てゆくだろうと思っていたわけです。

それで、出て行ったのですか?

ところが僕と一緒になって一生懸命になって見ているんですよ。言っている事は何も分からないはずなんですよ。でも、僕と一緒になって一生懸命に、。。。僕と同じぐらい熱中して見ているんですよ。“菊ちゃん分かるの?” 僕がそう聞いたら、ニヤニヤってして、うなづくんですよ。しかも分かっているような表情を浮かべているんですよ。分かりっこないだろうに。。。僕はそう思っている。でも、どうなんだろうか?僕は、またムラムラっと。。。好奇心が頭をもたげてきたんですよ。

少年の頃のデンマンさんって、本当に好奇心が旺盛だったんですのね?

今だって旺盛ですよ。だから、僕はレンゲさんと。。。

なんですの。。。?

イヤ、この話をするとまた長くなるから、菊ちゃんの話だけにしておきましょうね。

言い出しておいて止めにしてしまうんですの?

だから、横道にそれると、またこの記事が長くなるでしょう?あとでゆっくりとレンゲさんに話しますよ。

分かりましたわ。それで菊ちゃんにどうしようとしたわけなんですの?

僕は、別にエッチな事をしようとした訳ではありませんよ。

だから、どうなさったのですか?

僕は菊ちゃんに尋ねたんですよ。“菊ちゃんは僕のお嫁さんになりたいんだよね?”

そしたら?

7つの女の子が大好きなお人形さんでも買ってもらえると思うように、にっこりして“あい”って返事をするんですよ。僕は言いました。“菊ちゃん、この映画の中の女の人もね、この男の人のお嫁さんになりたいんだよ。分かる?” そしたら、菊ちゃん、うなづくんですよ。

それで。。。?

僕は半信半疑ですよね。だから言ったんですよ。“じゃあ、この映画のようにキスしようか? ねっ?”

マジで。。。?

冗談で言ったわけではないんですよ。僕は菊ちゃんが本当に分かっているのかどうか?。。。マジで知りたいと思ったんですよ。

それで。。。?

そしたらね、上の写真のように眼をそっと瞑(つむ)って僕を見上げるようにしてキスを受けようとするしぐさをするんですよ。

それで。。。デンマンさんは、どうなさったんですの?

僕は、なんだか言葉にはならないような感動を覚えましたよ。7才の“女性の愛”なのだろうか?。。。菊ちゃんのキスを受け入れようとする表情を見ていたら僕はもう、誘い込まれるように唇を合わせましたよ。菊ちゃんのオツムは7才だとはいえ、菊ちゃんの体は立派な大人のものですよ。僕は菊ちゃんを抱きしめながらおっぱいの感触を胸に感じて無意識に右手でおっぱいを愛撫しようとしたんですよ。

で。。。?

そしたら、菊ちゃんは眼をガバっと見開いて、“それは絶対ダメ!”と言うような表情をして、僕から離れてしまいましたよ。まるでバネ仕掛けでしたね。キスを受け入れようとした時の期待に満ちた表情と、僕の手をおっぱいに感じて拒絶した時の表情の違いが、あまりにも対照的だったので僕には2度目の驚きでしたよ。

デンマンさんは、エッチな事をしようとしたではありませんか?

僕は、その先に進もうとは全く思っていませんでしたよ。


『燃えて悩んで』より
(2007年7月12日)

つまり、「お股の花々が、いやいや?」を読んだらデンマンさんのオツムに菊ちゃんの“桜の花”が思い浮かんできたのですか?

そうなのですよ。 うへへへへへ。。。

デンマンさんは笑って過去の罪をごまかそうとするのですか?

小百合さん。。。「過去の罪」なんてぇ、厳しいことを言わないでくださいよ。 僕は罪を犯す手前で踏みとどまったのですからね。 罪を犯していたら上のエピソードをノー天気に、このように記事にして書けませんよ。

デンマンさんは何でも書いてしまうではありませんか!

あのねぇ~、人間には誰にでも絶対に話したくないことってあるのですよ。 このように古傷にも似たエピソードを公開できるということは、そのエピソードはその人にとって「大人のメルヘン」なのですよ。

つまり、デンマンさんにも誰にも話せずにお墓の中にまでもって行くような絶対秘密のエピソードがあるのですか?

だから言ったでしょう、そのような極秘のエピソードは誰にだってあるのですよ。 小百合さんだってあるはずですよ! 違いますか?

デンマンさんと違って私はもともと自分の事を世間に言うようなタチではないのですわ。 デンマンさんにメールを書いたときも、まさかデンマンさんがブログでネット市民の皆様に公開するなんて思いもよりませんでしたわ。

小百合さんはどうして自分のことを秘密にしたいのですか?

昔から「口は災いの元」と言うではありませんか! 私はもともと個人的な事は自分の胸の内に秘めておくタイプなのですわ。

つまり、小百合さんが僕にいろいろと個人的なエピソードを語ったということは異例のことだったのですか?

そうですわ。 デンマンさんに、いろいろとお世話になったのでついつい心を許してしまったのですわ。 私は目下反省しているのです。

ちょっと、それはオーバーではありませんか?

要するに、私にこの事を言わせるために「お股の花々が、いやいや?」を持ち出してきたのですか?

いや。。。違いますよ。 子供が素直に歌っている歌詞が大人の耳には全く関係ない他の言葉を連想させる。 確かにそのような事ってあるものですよ。 冒頭のエピソードでは、子供は Ol’ McDonald had a farm. E I E I O! と歌っていたのに、大人の耳には「お股の花々が、いやいや?」と聞こえた。

デンマンさんにもそのような経験があるのですか?

あるのですよ。

最近ですか?

いや。。。僕が小さかった頃のことですよ。 その当時、島倉千代子さんが歌った『どうせひろった恋だもの』という歌がはやっていた。

どうせひろった恋だもの

(カラオケ) 映画が背景

(歌声と字幕付き)

ネットで島倉千代子さんが歌う『どうせひろった恋だもの』を探したけれど見当たらなかった。 どうやら初代のコロンビア・ローズさんが歌って、はやらせたらしのですよ。

デンマンさんは島倉千代子さんのファンなのですか?

いや。。。別にファンではありません。 当時の僕は幼稚園に通う年頃でしたからね。 それなのに『どうせひろった恋だもの』の歌を思い出すとき、なぜか島倉千代子さんの歌声が聞こえてくるのですよ。

『東京だよおっ母さん』

(セリフ入り) by 島倉千代子

デンマンさんの記憶の中では、どうして島倉千代子さんが『どうせひろった恋だもの』を歌うのですか?

僕にも理由が判らないのだけれど、島倉千代子さんが歌った『どうせひろった恋だもの』が僕のオツムには印象的だったのでしょうね。 彼女の声は他のどの女性歌手よりも僕には印象的だったのですよ。 いまでも、彼女の歌声を聞くと、すぐに彼女が歌っていると判りますよ。

それで、その歌がデンマンさんにはどのように聞こえたのですか?

すてちゃえ、すてちゃえ

どうせひろった鯉だもの

僕は5歳か6歳でしたからね。 「恋」という言葉など実感としてオツムにない。 捨てる、拾う、のあとに「こい」だから、たとえ「恋」という言葉を知っていたとしても、「恋」を拾うとか、捨てるという考えが理解できなかったと思いますよ。 子供のオツムには「鯉を拾う」、「鯉を捨てる」というようにしか聞こえなかったのですよ。

でも、「鯉を捨てる」は解りますけれど、「鯉を拾う」じゃなくて「鯉を釣る」でしょう?

でも、子供の耳には「恋を捨てる」よりも「鯉を捨てる」の方がずっと現実的なのですよ。 見えない「恋」をどのように手にとって捨てるのか? 「恋」という言葉を知っていても、当時の僕には理解できなかったと思いますよ。 とにかく、どういう訳かこの歌が気に入って。。。特に鯉を拾って捨てる、というところが気に入って、何度も何度も歌ったことを覚えてますよ。

歌の内容も理解しないで「すてちゃえ、すてちゃえ、どうせひろった鯉だもの」と歌っていたのですか?

そうなのですよ。 知らない人が耳にすれば、ずいぶんませた子供だと思ったかも知れませんよ。 うへへへへへ。。。

【卑弥子の独り言】

ですってぇ~♪~。。。
確かにそうでしょうねぇ~。。。
5歳か6歳当時のデンマンさんが何度も何度も歌えば、
それを聞いている大人は
「この子は歌の意味が解っているのだろうか?」
。。。とふと考えてしまうかも知れませんわ。
うふふふふふ。。。

あなたにも、そのような面白い誤解がありますか?
あったら、ぜひコメントに書いてくださいまし。

とにかく、次回も興味深いお話が続きますわ。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、また。。。

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

『風と共に去りぬ』が菊ちゃんのエピソードの中に

出てきましたが、あなたはこの映画を見ましたか?

原題は Gone with the Wind です。

ヴィクター・フレミング監督作のアメリカ映画で

1939年に公開されました。

70年前の映画です。

『風と共に去りぬ』(予告編)

マーガレット・ミッチェルが書いた小説を映画化したものです。

全編で3時間42分という大長編であるにもかかわらず、

当時空前の大ヒットを記録しました。

題名は南北戦争という「風」と共に、

当時絶頂にあったアメリカ南部の貴族的白人文化社会が

消え「去った」事を意味しています。

南北戦争下のジョージア州アトランタ市を背景に、

アイルランド系移民の父とアメリカ南部の

フランス系名家出身の母を持つ気性の激しい

南部の女、スカーレット・オハラの半生を、

彼女を取り巻く人々と共に壮大に描いた作品です。

1939年にアトランタで初公開されたのですが

当時、南北戦争の南軍兵士の生き残りが

招待されたそうです。

「二度と製作することができない豪華さ」と喧伝され、

アメリカ映画協会が選出した「アメリカ映画ベスト100」では

4位となったように映画史上屈指の名作の1つです。

有名なヒロインの最後のセリフは

「After all, tomorrow is another day.

(結局、明日は別の日なのだから)」でした。

「明日は明日の風が吹く」と訳すことが多かったのですが、

最近ではより原文に近い

「明日という日がある」と訳されています。

最も有名なセリフは、

この直前にレットが去り際に吐く捨てゼリフです。

スカーレットに「これから私はどうしたらいいの?」

と聞かれたレットは、

「Frankly, my dear, I don’t give a damn.

(知らないね、勝手にするがいい)」と

振り向きざまに言います。

字幕や吹き替えではそれほど

きついセリフではないものの、

英語の「damn」は実際は強い罵りの言葉で

製作当時は映画において使うべきではない言葉、

いわゆる禁止用語でした。

しかし原作のセリフを一言も変えないという

プロデューサー、デヴィッド・O・セルズニックの

強い意向によって

そのまま盛り込まれたそうです。

ところで、小百合さんの物語を

一つにまとめました。

時間があったら下のリンクをクリックして

覗いてみてくださいね。

■ 『夢とロマンを持って前向きに生きる

小百合さんの物語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。

5歳の愛と死

2012年7月19日

 

5歳の愛と死


(orphan04.jpg)

プノンペンにあるマザーハウスは、20人くらいの孤児を預かる施設だった。
大通りに面しているにもかかわらず、小さな看板に気づかずに素通りしてしまうほど、地味なたたずまいだった。
 …


(phnom_pen.gng)


(phnom_pen2.jpg)

私と同じ日にこのマザーハウスの門をくぐった4歳の男の子は、HIV感染者だった。
両親が亡くなり、ここへ引き取られてきた。
彼の皮膚には、タイのホスピスで見たことのある症状がすでに現れていた。
彼は歩けない。
かろうじてつかまり立ちと、体を支えていれば自分が足を前に踏み出しはするが、まったくと言っていいほど、力が入らない。
体を支えられないのだ。
彼の名はビレアック。

ビレアックは来たばかりではあったが、泣きじゃくるとか、脅えきっているとかという風ではなかった。
そのかわり、あたりの様子をじっとうかがっているようだった。
何度かちょっかいを出してるうちに、口角が上がった。
でも、なかなか心は許してもらえないのか、顔全体で笑うとか、声をあげてはしゃぐとかはしてくれなかった。

そのうち、お絵描きの時間になって、クレヨンと画用紙を持ち出したが、彼はそれをひたすら丸めるのだった。
私はそれで彼の顔をのぞいたり耳打ちしたりしたが、それほどの反応もなく、やはり口角を少し上げるだけだった。

クレヨンがテーブルの上を転がり、落ちそうになったところを“おっとっと~!”と言ってキャッチした時、彼は口を開け、大きな声をあげて笑った。
それから、彼は私で遊ぶようになり、ハイハイをしながらボールを私の足にぶつけて、私の反応を楽しんでいた。
とにかく彼が笑ってくれた。
口を開けて、声をあげて笑ってくれた。


(orphan03.jpg)

木曜日は、孤児院のシスターがエイズホスピスを訪問する日だ。
ホスピスにいるシスターが休息を取るためである。
その日の朝、私はビレアックを抱きかかえ、シスターたちとともにホスピスに向かった。
郊外にあるホスピス。 彼はそこに移るのだ。
車に乗ると、ビレアックは私の胸にしっかりと顔を隠すように押し付け、力が入った両手が掴んだ私のTシャツは、袖が伸びるようだった。

次第に慣れてきたのか、窓の外を眺めたり、私の顔を見てまた口角を上げた。
プノンペンのこぢんまりとした町のはずれにあるホスピスは、どんな所だろう?
子どもはビレアック一人きりなんだろうか?
ちゃんと面倒を見てくれる所なんだろうか?
私はビレアックを抱きしめながら、不安で不安でしょうがなかった。

 (中略)

2階に上がると、広いバルコニーで4,5歳の子どもたちが思い思いに遊んでいた。
勉強している子どももいた。
この子たちもHIV感染者なのだ。
新生児の部屋に入り、シスターの説明を受けると、またもや“貧困”が引き起こす現実に胸が締め付けられる思いがした。
この十数名の赤ちゃんたちはHIV感染者ではなく、親に売られたところを保護されて、ここに引き取られてきたということだった。

ビレアックがシスターに抱っこされて病棟にやってきた。
新しい子どもたち、次から次へと変わる景色、孤児院よりも多い大人の数。
バルコニーの床に座ったビレアックの顔が歪んでいた。
オーストラリア人の女性に寝かせられて、いよいよ涙があふれそうになった。
“この子、泣いてるわ……” とやさしく撫でたはずの手を、ビレアックは嫌がった。

ビレアックと目が合った私は、抱き上げてほっぺにキスをした。
しがみつくビレアックのおでこに何度もキスをした。
それでも、子どもなんだなぁ、また周りの様子をじっとうかがっていたかと思うと、床に降ろしてくれと意思表示をし始めた。
大きくなったら、好奇心旺盛な冒険好きの男の子だな、なんて思って少しホッとした。

 (中略)

お昼少し前に、私たちは帰ることになった。
2階にいるビレアックにサヨナラを言わなければいけない、もう合えないかもしれないからきちんとサヨナラを言っておきたい。
そうシスターに言うと、“言ってらっしゃい”と笑顔で承諾してくれ、その前に手を洗うように言われた。

 (中略)

私は今、彼のことを思うだけで切なくなる。
その幼くて儚(はかな)い命を、そう燃やせと言うのか。
子どもが最初に知る親の愛を十分に受け取ることさえなく、もし彼がエイズで死んでいくのだとすれば、それはあまりにも耐え難い恐怖だ。
怖くて、苦しくて、痛くて……。
どんなにイキがってた大人だって、死ぬのなんて怖くないさと胸を張る大人だって、その瞬間はやっぱり怖くて震えるのに……。

ビレアックより私の方が離れられなくなりそうな予感を残して、なかなか笑ってくれない彼のほっぺに、またキスをした。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真と地図はデンマン・ライブラリーより)


256-261ページ 『愛してるって、どういうの?』
(生きる意味を探すたびの途中で)
著者: 高遠菜穂子
2004年4月26日 初版第5刷発行
発行所: 株式会社 文芸社

デンマンさん。。。、あんさんは、どうして急に、こないな記事を持ち出してきやはったん?

あのなァ~、わてはバンクーバー図書館で『愛してるって、どういうの?』という本を借りてきて夕べ読んでいたのや。

その中に上のエピソードが出てきやはったん?

そうなのや。。。読んでいたら、ずいぶん前にめれちゃんがネットに公開した次の手記が思い出されてきよったのやァ。

不安と焦燥感と寂しさ

2004/10/03 18:28

もう、このままで生きてるんなら、

命いりません。

ドナーカード持ってるから、

心臓でも角膜でも、

なんでも持っていって下さい。

家族はいません。

承諾とらなきゃいけない人は

誰もいません。
 
 
by レンゲ


『ん?体の関係と無責任大国日本』より
(2007年11月21日)

デンマンさん。。。、これはレンゲさんの手記ですやん。

めれちゃんも同じような手記を書いていたのや。 何度も死のうとしたやないかいなァ!

あんさんは、わたしの古傷を掻き毟(むし)るようなことをしますのやねぇ~。

めれちゃんは死にたいという手記を書いていた頃とは変わったと言うのんかァ~?

あたりまえですやん。。。こうして生きているのが何よりの証拠ですう。。。で、あんさんは上の手記を持ち出してきて何が言いたいねん?

あのなァ~、世の中には何の罪もなく生まれてきた者が、それこそ親の因果(いんが)のために生きたくとも生きられない運命を背負わされている。 そないな幼児がいるのやがなァ。

つまり、わたしが死にたいと思ったこと自体が我侭(わがまま)で、身勝手で、短絡的な事やったと、あんさんは言わはるのォ~?

いや。。。わては神様ではないよってに、そないな事はよう言わん。 ただ、本を読んで、めれちゃんの手記を読み返していたら、いろいろなことを考えさせられたのやァ。

いろいろなことってぇ。。。?

この著者は1970年の1月生まれなのや。 めれちゃんの方が若いけれど、それほど年が離れているわけやない。 大学卒業後1年間OLしたあとで再びアメリカへ渡って“どう生きるか”の旅をしやはったのやァ。 めれちゃんも一度アメリカの西海岸を旅したと言ってたなァ~?

そうですう。 ロスとシスコに行きましてん。 もう一度行きたいと思うてますねん。

高遠さんは帰国後、30歳までは経済活動を学ぶ目的でカラオケボックスを始めるねん。 6年後の2000年、30歳を迎えて閉店し、ボランティアに専念するためにインドへ行ったのや。

つまり、それからカンボジアのプノンペンのマザーハウスへ行き、そこで孤児のビレアックに会(お)うた、と言うのォ~?

その通りや。

そやけど、どうしてアメリカからインドになったん?

高遠さんがインドのカルカッタに着いたのは、ちょうどマザーテレサが始めた Missionaries of Charity の50周年の年だったらしい。

“神の家の宣教者会”というものやねぇ。。。

あれっ。。。めれちゃんも知ってるのか?

そうです。 わたしも少しはマザーテレサに関心がありましたさかいに本を探して読みましてん。

さよかァ~。。。今ではマザーテレサが始めた“神の家”は世界120カ国以上に広がったらしい。 本部はカルカッタ。 マザーテレサが1日中、足をマメだらけにして歩き回った活動の拠点やがなァ。 現在では、それこそ全世界からボランティアが集まり、施設も充実しているらしいけど、1950年の発足当初はマザーテレサに対する風当たりは強くて、ずいぶん苦労したと言うこっちゃ。

たとえば。。。?

ある日、台所を受け持っていたシスターがマザーテレサにそっと耳打ちしたのやァ。 “マザー、もう一切れのパンも残っていません。 どうすればよいでしょう”

それで、どうしやはったん?

マザーテレサは答えたのやがなァ。。。“祈りましょう”と。。。

それで。。。?

奇跡が起こったと言うのやァ。 翌日、カルカッタ市内の学校が急遽休校となり、トラックいっぱいのパンがシスターたちのもとへ運ばれてきたという。

マジかいなァ~?

高遠さんが本の中で書いていることやァ。 嘘は書かんやろう! マザーハウスの1階にあるマザーの墓には、ことあるごとにシスターたちが額をつけ、墓にくちづけ、言葉を捧げていくらしい。 シスターたちだけではあらへん。 ボランティアや墓参りに訪れた観光客も墓にお参りしてゆくねん。

それで高遠さんとビレアックはその後どうなりはったん?

引用するから、めれちゃんも読んでみたらええやん。

(2001年)9月に帰国してから10日ほどたった頃、ビレアックは私の夢に出てきた。
しっかりと私にしがみつき、私を見上げた顔に笑顔はなかった。


(orphan02.jpg)

その顔がずっと気になって、私はプノンペン行きのチケットを予約したのだった。

 (中略)

エイズの子どもたちの平均寿命は5歳である。
最初に出会った頃の彼は歩くことも話すことも、そして笑うこともなかった。
人気のない村から連れてこられた所にはたくさんの人がいて、彼の目は始終辺りを見回していた。
周りを取り囲みあやしてくれる大人や、同じように孤児となった子どもたちの遊ぶ姿を見ても、彼は笑うことをしなかった。
口をつぐんだまま、少し口角を上げるだけだった。

ビレアックを抱きかかえる私に、シスターは言った。
“この子、リハビリすれば普通に歩けるようになるのよ”
私はすっかりエイズが原因で足の筋力が衰えたのかと思っていたのだが、それはどうやら見当違いだったようだ。
彼は歩くこと、話すことを教えられなかったのだ。

床に伏した両親は起き上がることもできず、その傍らで彼はただ黙って座り、ハイハイ以上の歩行訓練を習得することができなかったのだ。
そして、そこに言葉はほとんど存在しなかったのだろう。
ビレアックは大きな声で、くちゃくちゃな笑顔で笑うことがなかったのかもしれない。

彼に出会ってから毎日ホスピスに足を運び、歩行のリハビリをした。
そのうち、彼は私の膝につかまりながら、自力で立ち上がるようになった。
両手を引いてあげると、一歩ずつ足をしっかりと前に出すようになっていた。
そして、かわいい笑顔で私を見上げるのだった。
何よりもうれしい瞬間がそんな時だった。

悲しいけれど別れの時が来て、離れたくない気持ちを彼に悟られないように私は帰国の途についた。
日本に帰ってからも写真を眺めては、ビレアックに会いに行くよと声をかけ続けていた。

そして2度目のカンボジア。
いよいよ彼との再会の日。
プノンペンの空港に着くとすぐにバイクタクシーにまたがり、ホスピスに向かった。
久し振りに会う私を覚えているだろうか?と多少不安もあったが、一瞬の戸惑いの後にこぼれた笑顔から、彼が私を覚えていてくれたことを確信した。

彼が夢に出て来たのは、きっと寂しかったのかと思う。
体調はそんなに悪くないようだし、食欲もある。
だけど、昼寝から覚めた彼の目には涙がこぼれていた。

笑顔はやっぱり救われる。
命に彩を添えてくれる。
それは自分の命にも、そして周りの命にも鮮やかな色を与えてくれる。
“親がなくとも子は育つ”とは言うけれど、周囲に色を与えてくれる人がいなければ、その命は目覚めることができない。
たとえその命が儚いものだとしても、命は輝くためにある。

昨日も今日も、私とビレアックはただ笑い合っている。
そして、ビレアックがぎゅーっと私にしがみついて来る時、私はこの上ない幸せを感じる。
この子に出会えたことに、この子のそばにいられることに心から感謝して……。
いつまで続くかわからない私たちを“永遠”と呼んで……。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


282-285ページ 『愛してるって、どういうの?』
(生きる意味を探すたびの途中で)
著者: 高遠菜穂子
2004年4月26日 初版第5刷発行
発行所: 株式会社 文芸社

デンマンさん。。。、あんさんは、わたしのために上のエピソード持ち出してきやはったん?

いや。。。わては上のエピソードを読んでマジで感動したのやがなァ。

その感動をわたしに押し付けるために持ち出してきやはったん?

いや、ちゃうねん。。。マザーテレサといい、ボランティアに専念するシスターといい、ビレアックのような孤児に手を差し伸べている高遠さん。。。その心とは。。。?

やっぱり、宗教と関係あるのとちゃうん?

めれちゃんもそう思うか。。。

そやかてマザーテレサもシスターたちも皆、敬虔なキリスト教徒やないかいなァ。

そのマザーテレサやシスターたちは、どうしてそれほど宗教に打ち込めるのか? どうしてなのか?

あんさんは、わたしに尋ねるのォ~?

そうや。。。めれちゃんはどうしてやと思う?

実は、わたしも夕べ本を読んで考えていましてん。

どの本を読んでいたのや?

『儒教とは何か』という本ですねん。 次のように書いてありましたわ。

宗教の定義


(kierk2.jpg)

キルケゴールという19世紀の哲学者がいる。
彼は神を信じるのか信じないのか、あれかこれかと非常に悩んだ。
私は、学生時代、キルケゴールの著作をわずかながら読んだが、この人がなぜこんなに悩むのか、正直のところ不思議であった。
神を信じるのか信じないのか、という二者択一の場合、一神教であるキリスト教の信徒にとっては、唯一神を捨てると、そのとたんに無宗教となってしまうという大問題かもしれないが、われわれ東北アジア人一般にとっては、大した問題ではない。
なぜなら、神は唯一ではなくて、八百万(やおよろず)ましますからである。
 
 (中略)

東北アジア人は多神感覚だから神のスペアがあり気楽なものである。
あれかこれかではなくて、あれでもいい、これでもいいと自由な選択がきくわけである。
とこう述べると、キリスト教徒は、だから多神教者は不謹慎であり彼らのは宗教ではない、たとえ宗教だと言っても低い水準のものだ、ということであろう。

 (中略)

もっとも、キリスト教徒の中には、自分たち一神教の傲慢さを反省する人もいる。
たとえば、現在の宗教哲学者、J・ヒックに『神は多くの名前をもつ』という著述がある。
現在のイギリス社会では、世界各地からいろいろな民族すなわちいろいろな宗教徒が集まってきている現状を踏み、ヒックはキリスト教のみが中心ではありえないとして、他の宗教との調和を図ろうとする立場でキリスト教神学を考えている。
ヒックは、キリスト教や、ユダヤ教、イスラム教、シク教、ヒンズー教といった諸宗教で礼拝されている神々をつきつめ、究極的にはたがいに同一の神的実在であることを認めようとしている。

その、調和、適正な関わりの方法というものを見ると、何のことはない、多神教的世界にいる東北アジア人がすでにとっくの昔に考え出した方法と、思考類型的にはほとんど同じである。
すなわち、ヒックの説は本地垂迹(ほんじすいじゃく)といった考えに近い。
本地垂迹とは、或る最高神が姿をいろいろと変えてこの世に現れてくるとする立場である。 … 或るときは地蔵さんであり、或るときはお不動産であり、はたまた或るときは八幡さまであり、お稲荷さんであるとする。
だから、どの神、どの仏を拝んでも、心配することなく、結局は最高の神的実在につながるとする。

 (中略)

さて、話を「宗教の定義」にもどす。
われわれは、キリスト教を念頭に置く宗教学の呪縛から解き放たれるべきであろう。
なにもキリスト教が唯一の絶対的宗教ではないからである。

 (中略)

宗教哲学者の西谷啓治氏は、「宗教とは何かといふことは、裏から見れば宗教といふものが我々にとって何のためにあるか、我々になぜ必要かといふことである」と述べる。
西谷氏は、宗教はその人にとって必要ということがあって始めてその姿が現れるものだと考えている。
私はこうした解釈に同意する。
宗教とはそのように「自分にとって」という実存的なものであろう。
必要としない人には宗教は無縁である。

まさに「馬の耳に念仏」である。

それでは、いったいどういうときに宗教を意識し、求め、必要とするのかということになる。
もちろん各人各様であろう。
しかし、大半において宗教が意識に上ってくる大きな機会がある。
それは死である。

赤字はめれんげが強調。
イラストはデンマン・ライブラリーより)


28-33ページ 『儒教とは何か』
著者: 加地伸行
1998年12月20日 第17刷発行
発行所: 中央公論社

なるほど。。。なるほど。。。

デンマンさん。。。、あんさんは、わたしの言おうとしている事が判ってますのォ~?

判っておるがなァ。 わては、めれちゃんの知能指数が140あることを改めて感じさせられたのやがなァ。

なんで、知能指数など持ち出してきやはったん? 関係ないやんかァ!

いや。。。関係あるでぇ~。。。つまり、機転が利(き)くということやァ。 わてが、めれちゃんの「死にたい手記」を持ち出してきたさかいに、めれちゃんは返す刀で上の文章を『儒教とは何か』の中からを引用したのやないかいなァ。

解りますかァ~?

解るでぇ~。。。人は死に向かい合う時に、生きると言うことをマジで考え始めると言うことやなァ。 高遠さんも言うてるやないかいなァ。

たとえその命が儚いものだとしても、

命は輝くためにある。

 。。。

この子に出会えたことに、

この子のそばにいられることに

心から感謝して……。

いつまで続くかわからない私たちを

“永遠”と呼んで……。

【レンゲの独り言】

ですってぇ~。。。
そうですよね。
たとえ5歳の命でも、
それは“永遠”に生きることができるのですよね。
あなたは、どう思いますか?

とにかく、次回も興味深い記事が続きますわ。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、また。。。

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

あなたはブログを書いていますか?

ライブドアで書いていますか?

それともGOOで書いていますか?

会員数が多くても実際に活動している会員は

少ないところもあります。

言葉狩りや写真狩りをしているサイトは当然嫌われます。

どうして会員数を誇示しようとするのでしょうか?

会員数が多ければ広告主に対して

広告の効果をアピールすることが出来るからです。

でも、デンマンさんが説明したように

冬眠中の会員が多いところはすぐに判ってしまうのですよね。

アメブロは、会員数にだいぶこだわっているようです。

2000万人どころか、1000万にも居ないということを

次の記事の中で分かり易くデンマンさんが説明しています。

面白いですからぜひ読んでみてくださいね。

『ファシスト管理人』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあ、また。。。