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タリアセン夫人とリンドバーグ夫人

2011年9月5日

 
タリアセン夫人とリンドバーグ夫人

女一人の部屋

我々が一人でいる時というのは、我々の一生のうちで極めて重要な役割を果たすものなのである。
或る種の力は、我々が一人でいる時だけにちか湧いて来ないものであって、芸術家は創造するために、文筆家は考えるために、音楽家は作曲するために、そして聖者は祈るために一人にならなければならない。
しかし女にとっては、自分というものの本質を再び見出すために一人になる必要があるので、そのとき見出した自分というものが、女のいろいろな複雑な人間的な関係の、なくてはならない中心になるのである。
女は、チャールス・モ-ガンが言う、「回転している車の軸が不動であるのと同様に、精神と肉体の活動のうちに不動である魂の静寂」を得なければならない。
 
 (中略)

機械的な意味では、私たちはこの何十年間かに多くのものを獲得したが、精神的には、却(かえ)って失ったもののほうが多いと私は思う。 昔は、女がそれを知っていたかどうかは別として、女の生活に一つの中心を与えるのにもっと多くの源泉があった。
女が家の中に閉じ籠(こ)められているということ自体が、女が一人でいられる時間を作った。 女の仕事の多くは、静かに自分というものを眺めてこれを知るのに適した性質のもので、昔の女は今日の女よりももっと多くの創造的な仕事を持ていた。

料理とか、裁縫というようなものさえも、自分というものの糧になる創造的な仕事に属していて、パンを焼いたり、布を織ったり、漬(つ)けものを作ったり、子供を教えたり、歌を歌ってやったりするのは、今日の女が自動車を運転したり、百貨店に買いものに行ったり、各種の機械的な手段で家の仕事をしたりするのよりも、遥(はる)かに多くのものを女に与えたに違いない。

(注: 赤字はデンマンが強調
写真はデンマン・ライブラリーより)
 


45 – 47ページ 『海からの贈物』
著者: リンドバーグ夫人 吉田健一・訳
2000(平成12)年7月15日 第63刷発行
発行所: 株式会社 新潮社

デンマンさん。。。またリンドバーグ夫人が書いたものを引用したのですか?

いけませんか?

ちょっと、しつこいのではありませんか?

でも、読んでみて、なかなか味わいのある文章だとは思いませんか?

確かに、そう言われてみると昔の女は今日の女よりももっと多くの創造的な仕事を持ていたような気もしますわ。

そうでしょう!? それに旦那から離れて自分一人になって考える時間も小百合さんにとって必要だったのですよ。

デンマンさんは、どうしてそのような事を言うのですか?

だってぇ、小百合さんは次のように書いていましたよ。

Subj:長い電話お疲れ様でした。

Date: 01/10/2007 1:52:14 AM
Pacific Daylight Saving Time
日本時間: 10月1日 午後5時52分 
From: fuji@adagio.ocn.ne.jp
To: barclay1720@aol.com

長い電話お疲れ様でした。
良くわかりました。

経理をしなくてはいけない。
それも13年分。
誰にたのもうか?
レシートもなくてと迷って朝方まで寝られない夜が毎晩だった時、
デンマンさんと話して、ここまで経理が進んだことをホットしてます。

いくら 請求がきても カナダに納めるのならいいやと思いはじめました。 
バーナビーで夏休みを過ごすことは
毎年私の支えの時間でした。

あの古い家は、夏休みで休むというより
ペンキ、芝のクローバむしり、
りんごの木の手入れ、
玄関まで高く長い階段のペンキはがしや、
しばらくみがかないガラス、
シミだらけのじゅうたん、
BASEMENTはランドリーのホコリとくもの巣、
行けば、掃除ばかりの家に大変でしたが
また戻りたいと思っていました。

実父の病気に、もう自分勝手にしていては駄目だ。
と今年決意しました。

こんな私でも欲しい物があります。
別荘です。
場所は長野です。
買ったら元家主の藤田桃子さん夫婦も招きたいです。
よかったらデンマンさんも。

日本だったら、親をおいていくことなく、ゆけます。

でも、29才からバーナビーで夏休みを過ごすことができた事は
私の人生にとって良かったと思います。

ではまた。。。

小百合より

『カナダのバーナビー』より
(2008年11月18日)

つまり、夏休みになると、旦那から離れて一人になって“山の家”で小百合さんは人生を深く考えながら生活したのですよ。 そのようにして29才からバーナビーで夏休みを過ごすことができた事は
小百合さんの人生にとって良かったと思います、と言っているではないですか。

そうですわね。。。私は主人から距離を置いて自分の人生を。。。自分自身をリンドバーグ夫人のように改めて考えたのかもしれませんわ。

あの古い家は、夏休みで休むというより
ペンキ、芝のクローバむしり、
りんごの木の手入れ、
玄関まで高く長い階段のペンキはがしや、
しばらくみがかないガラス、
シミだらけのじゅうたん、
BASEMENTはランドリーのホコリとくもの巣、
行けば、掃除ばかりの家に大変でしたが
また戻りたいと思っていました。

小百合さんはこのように書いていたけれど、考えてみればリンドバーグ夫人が書いているように「各種の機械的な手段で家の仕事をしたりするのよりも、遥(はる)かに多くのものを」小百合さんに与えたに違いないのですよ。 そう思いませんか?

言われてみれば、確かにそうかもしれませんわ。

そのように一人になりながら小百合さんは旦那との関係をリンドバーグ夫人のように考えていたのですよ。

リンドバーグ夫人はご主人との関係をどのように考えていたのですか?

次のように考えていたのです。

歓喜はやがて冷める

相手と初めのうち結ばれていた関係は変わって、世間との接触でもっと複雑な、もと厄介なものになる。 …確かに、この二人が結ばれた当時の関係というのは美しいものである。
それはそれだけで充実したものであって、春になった頃の朝の感じがあり、我々はやがては夏が来るのを忘れて、二人の人間が過去にも未来にも煩わされずに、個人と個人として向き合うこの愛の早春をいつまでも続かせたいと思う。

どんな変化も、それが人生と人生の進展の一部をなしている自然なものであることが解っていても、不愉快に感じられるのであるが、肉欲と同じことであって、人と人の関係も、初めの歓喜の状態が同じ烈(はげ)しさをいつまでも失わずにいるということはあり得ない。
それは成長して別の段階に入り、我々はそれを恐れずに、春の次に夏が来たのを喜んで迎えるべきである。

(注: 赤字はデンマンが強調
写真はデンマン・ライブラリーより)
 


57 – 58ページ 『海からの贈物』
著者: リンドバーグ夫人 吉田健一・訳
2000(平成12)年7月15日 第63刷発行
発行所: 株式会社 新潮社

つまり、私と主人との関係も冷たくなっているとデンマンさんは思っているのですか?

いや。。。特に世間の一般的な夫婦と比べて冷たくなりすぎていると言っているわけじゃないのですよ。

でも、なんだか、そのように聞こえますわ。

いや。。。それは極めて一般的なことなのですよ。 かつて太田老人も次のように書いていたのですよ。

音楽は、世界共通の言語か?

音楽は、けっして、世界共通の言語などではない。
異なる時代にも亘る言語ですらなかった。
それでは、ヨーロッパ音楽の伝統とは、そもそも、いったい何であったのだろうか。

小澤征爾が言っていたことであるが、彼が若い頃、東洋人がヨーロッパの音楽をする意味、可能性について問われたとき
(そういうことを聞く田舎者が
 世界のどこにもいるものである。)、
音楽は、世界の共通の言語であるからと、
(当たり障り無く)返事をしていたところが、近頃では、
何か自分が壮大な実験をしているのではないか、と思うようになってきたそうである。

壮大な実験、これは、彼だけのことではないであろう。
ようやく我々が西洋音楽を扱うことに関して
欧米(を超える)水準に達した今日の、この倦怠は何であろう。
かといっても、我々が邦楽に戻るなどとは、
一般的にいって、非現実的であり、できない相談である。
バスク語を話せ、と言われた方が、まだしも抵抗が少ないのではないか。

(中略)

いつだったか、小澤征爾と H.V.Karajanの指揮する M.Ravel の “Bolero” を聞き比べたことがあった。
小澤の演奏は、英語で言う too square であったが、Karajanのそれは、なんとも sexyで妖艶ですらあった。
フランス人でもないのに。
やはり、小澤のような指揮者でさえ日本人では及びがたいところが今なおある。

(中略)

わたしは、何々至上主義、といったものが嫌いである。
例えば、恋愛至上主義。
大体、恋愛感情などというものは、ある年頃の男女が肉体に触発された心理現象にすぎないのではないか。
そもそも、成熟した夫婦が、夫婦であるのにもかかわらずに仲が良い、などというのは、どこか異常ではないか。
長い間、生活を共にしていて、まだ互いにsexualityを感じたとしたならば、それは近親相姦に近くはないか。

J.S.Bach は、
前妻、後妻と共に仲が良かった様子であるので、
私はここを書いていて、少し、困っているが。

芸術至上主義も同じ。
人生は芸術を演出する時空ではない。

(注: イラストはデンマンが貼り付けました。
改行を加えて読みやすくしてあります。)


pages 5 & 6
『間奏曲集 (主題なき変奏) その2』 
著者: 太田将宏
初版: 1994年1月 改定: 2006年6月


『デンマンと音楽』に掲載
(2011年1月8日)

J.S.Bach のようなごく一部の夫婦を除いて夫婦の関係は新婚の頃の熱々な情熱は冷めてくるのですよ。 つまり、空気のような関係になってくるということですよ。

要するに、夫婦というのはそのようなものだとデンマンさんも考えているのですか?

だってぇ、そうでしょう! 40代、50代の成熟した夫婦が20代の新婚のカップルのようにベタベタ、ルンルン気分でスキップしながらキスしていたら、ちょっと滑稽ではありませんか!?

まさか、それほどアツアツにはならないでしょうけれど、世の中には40代、50代になっても仲の良い夫婦はいるものですわ。

でもねぇ、外から見るのと内から見るのでは大違いなのですよ。

その根拠でもあるのですか?

ありますよ。 ジューンさんが次のように書いていました。

こんにちは。ジューンです。

リンドバーグ夫人は

1906年6月22日に生まれました。

亡くなったのは2001年2月7日です。

94歳の長寿でした。

1929年に、あの飛行士で有名な

チャールズ・リンドバーグと結婚しました。

夫人は夫の勧めでパイロットや

無線通信士の技術を身につけ、

乗務員として調査飛行に

同行するようになりました。

1歳8ヶ月の彼らの息子ジュニアは

1932年3月1日に自宅から誘拐され、

10週間に及ぶ探索と誘拐犯人との

身代金交渉の後に、

ニュージャージー州ホープウェルで

5月12日に死んでいるのが見つかったのです。

夫人の悲しみは想像に難(かた)くありません。

彼女は後年、作家となり、

さらに5人の子供をもうけました。

世間ではリンドバーグ夫妻は

おしどり夫婦で通っていましたが、

2003年11月、リンドバーグと

ミュンヘンの帽子屋ブリギッテ・ヘスハイマーの間に

3人の非嫡出子が生まれていたことが

DNAテストによって証明されました。

3人は、それぞれ1958年、

1960年、1967年に

ドイツで生まれました。

リンドバーグとヘスハイマーの関係は

1957年に始まり、

彼の死まで継続されたということです。

ヘスハイマーは2001年に74歳で亡くなりました。

ちなみにリンドバーグ大佐は

1974年8月26日に亡くなりました。

72歳でした。

人生というのは表面からだけでは

見えない部分があるものですよね。


『愛と孤独』より
(2011年8月31日)

 

【卑弥子の独り言】

ですってぇ~。。。
そうですわよねぇ。
夫婦の間のことは外からではなかなか見えないものでござ~♪~ますわ。
あなただってぇ、そう思うでしょう?

だから、あたくしも結婚してよいものかどうか、最近、改めて考えさせられているのですわよう。
生涯独身で通そうか?

でも、一度は結婚してみないことには解りませんものね?
うふふふふふ。。。

とにかく次回も面白くなりそうですわ。
だから、あなたも読みに戻ってきてくださいましね。
じゃあ、また。。。

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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下着・ランジェリーを見つけませんか?』

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『軍隊のない国(2011年3月21日)』

『アナクロニズム(2011年3月27日)』

こんにちは。ジューンです。

話はガラリと変わりますけれど、

道鏡さんについて次のような川柳が知られています。

つまり、生涯を独身で貫いたと言われている称徳女帝は

実は道鏡さんと、あらぬ関係になってしまった。

なぜ?

それで江戸時代の人々は、道鏡さんの一物が

素晴らしかったので称徳女帝を

虜にしてしまったのではないか?

そのように勘ぐって上の川柳を考え出したのです。

ずいぶんと笑い者にされた道鏡さんですが

実は優秀な人だったそうです。

語学にも才能があったと見え、

留学僧でもない道鏡さんが兄弟子・良弁に付き添って

唐招提寺に居る鑑真さんを訪れた時、

二人の会話が理解できたと言います。

道鏡さんはさらに難解なサンスクリット語にも

精通していたのです。

辞書も教科書も、ましてやテープもない時代に

異国語を習得することは大変なことでした。

あなただって、想像がつくでしょう?

だから、道鏡さんが相当の頭脳の持ち主であったことは

まず間違いないようです。

でも当時、悪い僧侶も確かに居ました。

仏教が隆盛するに伴い、

様々な問題も現れ始めていたのです。

まず、僧侶としての戒律を守る者が少なくなってきました。

生活の苦しい多くの庶民が、税を免れるために、

勝手に出家し僧を名乗るようになってきたのです。

これに困った朝廷は、正式に僧侶としての資格を与える

“受戒”を行える僧を、唐から招請することを決めました。

それに応え、鑑真和上が多くの困難を乗り越えて

日本にやって来たというわけです。

以来、僧侶として認められるためには、

“受戒”の儀式を受けなければならない決まりとなりました。

この“受戒”の儀式を行える場所=「戒壇」(かいだん)を

持つ寺院が、畿内の東大寺、九州諸国の筑紫観世音寺、

そして東国の下野(しもつけ)薬師寺の

3カ所と定められました。

これらは、総称して「三戒壇」と呼ばれました。

道鏡さんのレベルの僧侶になると、

セックスにむちゃくちゃをするような僧は

まずその地位を保つことが出来ません。

この当時の宗教界は、それ程腐ってはいません。

とにかく鑑真和上が居た頃の話ですから。。。

だから、称徳女帝と道鏡さんのあらぬ関係は

後世の作り話だとわたしは考えています。

ところで、卑弥子さんにもちょっと信じがたいような

恋物語がありますわ。

関心があったらぜひ次のリンクをクリックして

じっくりと読んでみてくださいね。

『平助さんが卑弥子さんに

恋をしたのがウンのつき』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。

愛と孤独

2011年8月31日

 
愛と孤独

愛すること

自分を愛することが難しすぎる
それができなければ
他人を愛することもできないのか?

愛だと感じていることは
まったくのまやかしなのか?

醜い自己愛には陥りたくない
自分を大切にすることすら
嫌らしい自己満足に思える

愛さなければ愛されないのか?
などと卑しいことを考えてみる
 
 
by merange (めれんげ)

November 24, 2009 15:41


『極私的詩集 愛すること』より

『最後の愛』に掲載
(2009年11月30日)

デンマンさん。。。あんさんは、またわたしの古い手記を持ち出してきましたのやね?

あきまへんか?

アッカ~ンとは言わへんけど、ちょっとくどいやんか!

決してそないなことはあらへん。。。「愛と孤独」は古くて新しい話題やねん。 人間が生きている以上いつでも心のどこかに愛と孤独についての疑念が巣くっているねん。

それは、あんさんの個人的な意見とちゃうん?

いや。。。わてだけの問題とちゃうでぇ~。。。リンドバーグ夫人かてぇ、愛と孤独についてずいぶん昔に次のように考えていたのやァ。

孤独という砂漠

私は一人でいて私の同類にも前よりも親しみを持つことができた。 なぜなら、我々を他の人間から切り離すのは地理的な意味での孤独ではなくて、精神的な孤独だからである。

我々を我々が愛している人たちから遠ざけるのは無人島や、砂漠ではない。 それは我々の頭の中に広がる砂漠、また心の中の荒地であって、そこを我々は行く所もなくてさ迷っている。

自分が自分に対して他人であるならば、我々は他人に対しても他人であることになって、自分と接触がなければ、他人に近づくこともできない。

私は大きな都会の中にいて、誰か友達と握手しながら、その間に荒野が横たわっているのを何度感じたことだろうか。 私たちは二人とも、かつては私たちの生命を養っていてくれた泉を見失うか、或いはそれがいつの間にか涸(か)れてしまったのを発見して、そうして荒野の中をさ迷っているのだった。

自分自身の心臓部と繋がっている時にだけ、我々は他人とも繋がりがあるのだということが、私には漸(ようや)く解ってきた。 そして私にとっては、その心臓部、或いは内的な泉を再び見つけるのには一人になるのが一番いい。

(注: 赤字はデンマンが強調
写真とイラストはデンマン・ライブラリーより)


39-40ページ 『海からの贈物』
著者: リンドバーグ夫人 訳者: 吉田健一
2000(平成12)年7月15日 第63刷発行
発行所: 株式会社 新潮社

どうや、めれちゃん。。。覚えがあるやろう? 孤独というのは地理的な意味での孤独ではなくて、精神的な孤独やんか!

そないなことは、あんさんに言われなくても、リンドバーグ夫人に言われなくて分かってますねん。

さよかァ~? そやけど、めれちゃんは次のように寂しくなって死にたいと言うてたのやでぇ~。。。

不安と焦燥感と寂しさ

2004/10/03 18:28

もう、このままで生きてるんなら、

命いりません。

ドナーカード持ってるから、

心臓でも角膜でも、

なんでも持っていって下さい。

家族はいません。

承諾とらなきゃいけない人は

誰もいません。
 
 
by レンゲ


『ん?体の関係と無責任大国日本』より
(2007年11月21日)

あんさん。。。これはレンゲさんが書いたものですやん。

めれちゃんも同じような事を書いていたのやア! めれちゃんも、こないに今にも死にそうな事を言うてたのやでぇ~。。。

あんさんは何にも分かってえ~へんなァ。。。時にはネットで、こないな手記を公開して誰かに同情してもらいたいという気分になるねん。

つまり、同情を誘うために書いたのかァ?

そやから、そないに心細(こころぼそ)うなるときがあるんねん。 あんさんには分からへんやろう?

分からん! ネットで寂しさを紛らわせるためにゲームをしたりコメントを書いたりするのは分かるけど、同情を誘うために「孤独で死にたい」なんてぇ、わてにはよう書けへん。

そやから、あんさんには孤独というもんが分からへん。

そないなことはないでぇ~。。。わてはめれちゃんの孤独に答えて次のように返信したのやないかいなァ。

レンゲさん、本当の寂しさはマイナス42度の原野で
人っ子一人居ないところで
上のようなオーロラを見るときに感じるものですよ。

イエローナイフに2年近く居ましたが、
このオーロラを見るたびに人間は
一人一人皆、孤独だということを
しみじみと感じましたね。

政府の職員官舎から5分も歩くと
こういう原野がず~と、ず~と広がっています。
寂しさというよりも、孤独ですよね。

こういうところにゆくと、しみじみと一人なんだと感じます。
でもね、結局、誰もが一人で生きているんですよ。

このオーロラは写真では黄色がかって見えますが、
実物は、いぶし銀のように光っています。
とにかく神秘的で、幻想的で、
自分が吸い込まれて行きそうな感じを覚えながら
ポケー。。。として見上げるんですよ。

それからバンクーバーに出てきました。
対話の世界です。

レンゲさん、寂しさをなくす、
孤独で居たくないということは、
対話を持つことですよ。
そしてこの対話が切れたとき、
人間はますます孤独になってゆくものです。

これから、時たま見に来ますね。
そう、深刻に考えることもないですよ。
じゃあね。。。。
 
 
(^Д^)ギャハハハハ。。。

Denman (デンマン)

2004/09/04 00:00


『群衆の中の孤独』より
(2005年12月31日)

あんさんは、こないな事を書いても、ホンマのわたしの孤独が分かってへんと思うねん。

わては分かってたつもりやでぇ~。。。

いいえ、分かってえ~へん。

しかしなァ~。。。めれちゃんは死にたいほどの孤独を味わっているというけど、その死にたいほどの孤独が、わての胸にはひしひしと伝わってき~へんかったでぇ~。

それは、あんさんにホンマの孤独を経験したことがあらへんからやア!

そやけどなァ、次の小文を読むと死にたくなるような気持ちが、わてにも分かるねん。

及川島の悲劇

及川島という呼称は正式の呼び名ではない。 私が後になって手に入れたカナダの地図には、ドーン・アイランドと記されていた。 地図で探すと、それは島というよりも、フレーザー川の河口に形成された中洲である。 …すぐそばに、アナシス・アイランドという大きめの島がある。 その小さな島で及川しまさんは生まれ、13歳の5月、日本に帰国するまで暮らしていた。
 

 (中略)

ある日しまさんは、自分と二つ違いの兄が、フレーザー川で溺死した日のことを、ポツリポツリと語ってくれた。 明治45年の5月、そのときしまさんは8歳だった。

「どうして、そのような事が起きたのか、私は今でもわかりません。 とても賢くて、敏捷な兄でしたから……。 目撃者もいないのです。 多分、ボートに乗ろうとして落ちたのだろうって、父は言ってました。

とにかく、夜になっても帰ってこないので、母が探しにいって、どこにもいないので、それから島中大騒ぎになって、ずーっと川下のスチーブストンという港町に近い河口で、白人の方が死体をみつけて、『日本人の子供だ』ってね、それで知らせてくださって……。

そのことがあってから、母は寝こんでしまいました。 川を見るのが嫌だって、ね。 川の流れる音を聞くだけで、気が狂いそうだって……。 お葬式にも出ませんでした。 あんなに気丈で、あんなに我慢づよかった母が、一度に気が弱くなって……、夢遊病にかかったようになって、寝ていたかとおもうと、突然起き上がって、急に『栄治!栄治!』って叫んで、川に飛び出していったり……。

私は幼かったし、恐ろしいのと心配とがいっしょになって、どうしたらよいか、ただオロオロするばかりでね。 『母ちゃんから絶対に眼をはなすなよ』。 私は父から、そのように言いつかっていましたからね。 これは子供心に、私に対する父の絶対の命令だなって……。 私は、この命令を必死で守りましたよ」

(注: 赤字はデンマンが強調
地図はデンマン・ライブラリーより)


125 – 127ページ 『失われた風景』
著者: 山形孝夫
1996年11月15日 第1刷発行
発行所: 株式会社 未来社

上の文章を読むと子供を亡くした母親が死にたくなる気持ちが、わての胸にもひしひしと伝わってくるねん。

つまり、わたしが死にたいほどの孤独を味わってたことが、あんさんには理解できへんかったのやァ!

それほど言うなら、わてにも理解できるように書いたらええやん。 ところで、わてが上の小文を持ち出してきたのには、もう一つ理由があるねん。

その理由とは。。。?

リンドバーグ夫人は当時1歳8ヶ月の息子を誘拐されて、新聞やラジオで大センセーションを巻き起こした挙句、可愛い息子は殺されていたのやァ。 そのリンドバーグ夫人の心の内は上の母親よりももっと悲惨だったに違いないと、わてにも察しがつくねん。

つまり、「死んでしまいたい」と思ったことはリンドバーグ夫人にとって一度や二度ではないと、あんさんは言わはるのォ~?

そうやァ。。。死にたいほど悲惨な思いをしたにもかかわらず、リンドバーグ夫人は立ち直って、その後、五人の子供を生み育てて長寿を全(まっと)うしたのやァ。 その中で書いたのが次の文章や。 もう一度味わいながら読んでみィ~なァ。

孤独という砂漠

私は一人でいて私の同類にも前よりも親しみを持つことができた。 なぜなら、我々を他の人間から切り離すのは地理的な意味での孤独ではなくて、精神的な孤独だからである。

我々を我々が愛している人たちから遠ざけるのは無人島や、砂漠ではない。 それは我々の頭の中に広がる砂漠、また心の中の荒地であって、そこを我々は行く所もなくてさ迷っている。

自分が自分に対して他人であるならば、我々は他人に対しても他人であることになって、自分と接触がなければ、他人に近づくこともできない。

私は大きな都会の中にいて、誰か友達と握手しながら、その間に荒野が横たわっているのを何度感じたことだろうか。 私たちは二人とも、かつては私たちの生命を養っていてくれた泉を見失うか、或いはそれがいつの間にか涸(か)れてしまったのを発見して、そうして荒野の中をさ迷っているのだった。

自分自身の心臓部と繋がっている時にだけ、我々は他人とも繋がりがあるのだということが、私には漸く解ってきた。 そして私にとっては、その心臓部、或いは内的な泉を再び見つけるのには一人になるのが一番いい。

(注: 赤字はデンマンが強調
写真とイラストはデンマン・ライブラリーより)


39-40ページ 『海からの贈物』
著者: リンドバーグ夫人 訳者: 吉田健一
2000(平成12)年7月15日 第63刷発行
発行所: 株式会社 新潮社

要するに、わたしが感じていた孤独は取るに足りない孤独やったと、あんさんは言いたいねんなァ。

ちゃんねん。。。孤独というのは比較できへん性質のものやと、わては思うねん。 そやけどなァ、リンドバーグ夫人のように深い悲しみを経験して感じ取った愛を考えてみると、めれちゃんにも「愛と孤独」が改めて身近なものというか? 考え直してみたくなるというか? そないな風に感じ取れると思うねん。

。。。で、リンドバーグ夫人が深い悲しみを経験して感じ取った愛って、どないなものやねん?

次のような愛やんかァ。

一種類の愛だけではない

結婚の絆ということはよく言われるが、この段階に達してそれは多くの、性質も抵抗力も違った絆の集まりになって、容易なことでは破れない一つの網が作られる。 それは愛でできているのであるが、ただ一種類の愛だけではなくて、最初の憧憬に満ちた愛、それから次第に生じた献身の情、そしてそのいずれもを絶えず支えているのは友愛である。

この網はお互いに相手に対して忠実であることや、相手に依存していることや、共同の経験ででき上がっている。 それは巡り合いや、失望の記憶で編んである。 それは共通の言語、また、言語の不足を共通に受入れることからできている。 網でもあり、相手の好みや、癖や、ものごとに対する反応の仕方の知識もその中に入っている。 それは本能や、直覚や、意識された、また、無意識の交流で作られているもので、こうしてこの網は毎日を一緒に過ごして同じ方向を眺め、その方向に一緒に仕事をすることからくる親しみから生じて、それは時間的にも、空間的にも、人生と同じ性質のものなのである。

(注: 赤字はデンマンが強調
写真はデンマン・ライブラリーより)


71ページ 『海からの贈物』
著者: リンドバーグ夫人 訳者: 吉田健一
2000(平成12)年7月15日 第63刷発行
発行所: 株式会社 新潮社

それ程すばらしいことが書いてあるとは思えんわ。。。こないな事は、いわば常識とちゃうん?

ん。。? 常識。。。?

そうですう。 誰かて結婚の絆が一種類の愛だけででき上がっているとは思ってへん。

めれちゃんもマジで、そう思うのか?

そうですう。 あんさんがわざわざ引用するほどの文章ではあらへん。

つまり、めれちゃんも人生経験を積んで学習するようになって、結婚の絆がさまざまな愛ででき上がっていると理解できるようになったのかァ~?

わたしは10代の頃より、そないに思うてますねん。

何をぬかしてけつかんねん! めれちゃん!。。。いいかげんにしいやァ~。。。めれちゃんはムカついて次のように書いたのやでぇ~。。。

バカバカしい

テーマ:

ヲチヲチヲチ~♪

ああ。バカバカしい。

男女の愛が、閉鎖的であるのは当然だ。
それを、狭いなどと、何をぬかしているのか。
人間愛と、男女の愛を
いっしょくたにしているアナタは、
本音を語っているのなら、一生誰とも
愛を語れないだろう。

それとも、ただのエロなのか?

もう、バカバカしくて、相手にもしたくない。
そんな低能な方と、かかわっていると、
こちらまで、悪影響をうけてしまいますので。
 
 
posted by merange(めれんげ)

2009-03-08 18:48:47


『バカバカしい』より
(2009年3月8日)

『雨降って仲直り?』に掲載
(2009年4月6日)

あんさんは、わたしを虚仮(コケ)にするために、上の手記を持ち出してきやはったん?

ちゃうねん。。。そないな悪意があって持ち出したんとちゃうでぇ~。。。めれちゃんがいい加減な事を言わんようにと、証拠のつもりで載せたのやがなァ。

そやかて、なんとのう、わたしをギャフンと言わせるために持ち出したように思えるねん。

さよかァ~。。。でもなァ、めれちゃんにもリンドバーグ夫人の言う愛が理解できるようになったのなら、わてもうれしいでぇ~。。。ついでやから、『即興の詩』サイトも再開したらどうやねん?

【レンゲの独り言】

ですってぇ~。。。
そうですよねぇ。
めれんげさんが『即興の詩』サイトを閉鎖してしまったので嘆いているファンの方もたくさんおられると思うのですわ。
この際、気持ちを新たに再開して欲しいものですわ。
あなただってぇ、めれんげさんの『即興の詩』をもっと読みたいと思うでしょう?

とにかく、興味深い話題がさらに続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
では、また。。。

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

リンドバーグ夫人は1906年6月22日に生まれました。

亡くなったのは2001年2月7日です。

94歳の長寿でした。

1929年に、あの飛行士で有名な

チャールズ・リンドバーグと結婚しました。

夫人は夫の勧めでパイロットや無線通信士の技術を身につけ、

乗務員として調査飛行に同行するようになりました。

1歳8ヶ月の彼らの息子ジュニアは

1932年3月1日に自宅から誘拐され、

10週間に及ぶ探索と誘拐犯人との身代金交渉の後に、

ニュージャージー州ホープウェルで

5月12日に死んでいるのが見つかったのです。

夫人の悲しみは想像に難(かた)くありません。

彼女は後年、作家となり、さらに5人の子供をもうけました。

世間ではリンドバーグ夫妻はおしどり夫婦で通っていましたが、

2003年11月、リンドバーグと

ミュンヘンの帽子屋ブリギッテ・ヘスハイマーの間に

3人の非嫡出子が生まれていたことが

DNAテストによって証明されました。

3人は、それぞれ1958年、1960年、1967年に

ドイツで生まれました。

リンドバーグとヘスハイマーの関係は1957年に始まり、

彼の死まで継続されたということです。

ヘスハイマーは2001年に74歳で亡くなりました。

ちなみにリンドバーグ大佐は

1974年8月26日に亡くなりました。

72歳でした。

人生というのは表面からだけでは

見えない部分があるものですよね。

ところで、英語の面白いお話を集めてみました。

もし、時間があったら読んでみてくださいね。

■ 『あなたのための 楽しい英語』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。

愛を信じて

2011年8月7日

 
愛を信じて


 
  

自分だけが愛されたい

我々は皆、自分ひとりだけ愛されたい。
「林檎(りんご)の木の下で、私の他の誰とも一緒に座(すわ)っちゃいや」という古い歌の文句の通りである。
そしてこれは、W・H・オーデンが言っているように、人間というものが持っている一つの根本的な欠陥なのかもしれない。

どの女も、男も、
持って生まれた迷いから、
適(かな)えられないことに心を焦がし、
普遍的な愛だけではなくて、
自分だけが愛されることを望む。

しかしこれは、それほど罪なことなのだろうか。
私はこの句に就いて或るインド人の哲学者と話をしていて、非常にいいことを聞いた。
「自分だけが愛されることを望むのは構わないのですよ」とその哲学者は言った。

「二人のものが愛し合うというのが愛の本質で、その中に他のものが入ってくる余地はないのですから。 ただ、それが間違っているのは時間的な立場から見た場合で、いつまでも自分だけが愛されることを望んではならないのです」というのは、我々は「二つとないもの」、—二つとない恋愛や、相手や、母親や、安定に執着するのみならず、その「二つとないのも」が恒久的で、いつもそこにあることを望むのである。

つまり、自分だけが愛されることの継続を望むことが、私には人間の「持って生まれた迷い」に思える。
なぜなら、或る友達が私と同じような話をしていた時に言った通り、「二つとないものなどなくて、二つとない瞬間があるだけ」なのである。

(注: 赤字はデンマンが強調
写真とイラストはデンマン・ライブラリーより)


62-63ページ 『海からの贈物』
著者: リンドバーグ夫人 訳者: 吉田健一
2000(平成12)年7月15日 第63刷発行
発行所: 株式会社 新潮社

デンマンさん。。。あんさんは久しぶりに愛の本質について話しますのやね。

そうやでぇ~。。。めれちゃんも、なんとのう、わくわくとしてきたやろう?

してきませんがなァ~。。。

どうして。。。?

どうしても、こうしても、わたしに対するあてつけがましい事を引用してはりますやん。

さよかァ~?

何を惚(とぼ)けてますねん! あんさんは、どうせわたしの次の手記を引用しますのやろう!?

行き違う愛という言葉
 
 

 
 
わたしに必要なのは

わたしひとりを

愛してくれるひと

わたしひとりが

そのひとに抱かれる
 
・ 
 
愛という言葉を

ふりまくひとに

わたしは別れを告げる
 
  
by めれんげ
 
2009.02.10 Tuesday 11:01


「即興の詩」
『行き違う愛という言葉』より

『裏切られた愛』に掲載
(2009年6月13日)

あれっ。。。めれちゃんは、こないな事を書きよったのかァ?

何を言うてますねん。。。惚けんで欲しいわァ!。。。あんさんは、この手記を持ち出そうと思ってリンドバーグ夫人の書いたものを引用しやはったのやろ?

いや。。。それは、めれちゃんの考えすぎやと思うでぇ~。。。被害妄想とちゃうかァ~?

それやったら、あんさんはどないの手記を持ち出すつもりやったん?

よう聞いてくれたなァ~。。。わては次の手記を持ち出すつもりやったのやでぇ~(微笑)

頼りに思っています

投稿日時: 2007-04-09 11:29
 
縁は異なもの妙にして有難きものですね

デンマンさん♪
まずは50万ヒット達成おめでとうございます!
継続は力なり。
そして、凡庸へのアンチテーゼへの、
様々なリアクションが、社会の縮図として
ネット上で展開されてきたことに、
ますます好奇心と関心をそそられています!

…と、話題を「不倫」にしますね
わたしの実生活でのスタンスは、
「羹にこりてナマスを吹く」なんですよー
不倫経験は、例の件の後にも先にも全くありません…

既婚者であるか否か、ということを
神経質なほどに気にかけて、
男性とのおつきあいを
するようになりました。

当然、いくら懇意になったとしても
既婚者の方とは、決して何があろうとも
never、 never、 never
肉体関係を持つことは、避けておりますー

男子「ええやんか。おまえのことホンマに大事にするって!」
わたし「アッカーン!あんたは友達ですう!」
まあ、こんな具合ですね

男ともだちとして、
つきあっている既婚男性は、いるのですが
冗談?本気?で迫ってこられても、
キック.パンチなどを、お見舞いして、
「ヨメさんとしなさーい!」
と、一喝するわたしですよ…
かなりカタくなってしまいましたね。ははは。

学習能力というものが、
わたしには強烈に作用しているようですね。

それにしても
デンマンさんのおっしゃるように、
長いおつきあいになりましたよねっ!(ニコニコ)
ネットで知り合って、紆余曲折はあったものの、
現在もこうして、きわめて親密なやりとりを
続けることができている、ということに、
あらためて「縁」というものを感じています。

そして、今のわたしはデンマンさんを
信頼しています。
信じていると同時に、頼りに思っている面も
あるんですよ(困りますか?)

わたしがデンマンさんに対してキレること…
今は、自分から一方的に決別するようなことは
考えられないんですよ
互いを人間として尊重しつづければ、
何ら恐れるものはないと、思っています。

それに…
しつこいようですが
わたしはボダを克服したんですよ!
とっても苦しい道のりでしたが、
通院するとともに、自分でも勉強して、
回復のための、あらゆるメソッドの中で、
「気付き」というものを、得ることができました。
かたくなで脆い自我を、育てなおすこと…

それは、死ぬまで続けなければならないことですが、
逆戻りなどしたくはありません。
ボダのマイナス面によって、
自分以外の方に、迷惑をかけることが
如何に幼稚で見苦しいものかということを、
血がでるほど、痛感しています。

by レンゲ


『あなたのロマン』より
(2007年9月28日)

あんさん。。。マジで上の手記を持ち出すつもりやったん?

もちろんやァ!。。。めれちゃんがマジで「気付き」をゲットして、リンドバーグ夫人のように次の事実に気づいたのやないかいなァ!

自分だけが愛されることの継続を望むことが、

私には人間の「持って生まれた迷い」に思える。

なぜなら、「二つとないものなどなくて、

二つとない瞬間があるだけ」なのである。

それで、わたしがこの事実に気づいたという証拠でも、あんさんはゲットしやはたん?

もちろんやァ!。。。めれちゃんは次のように短歌を詠んで告白していたやないかいなァ。


 
 
朝まだき

眠れぬふたり

闇ふかく

重ねる身体

心みだれて
 
 
めれんげ


『裏切られた愛』より
(2009年6月13日)

分かるやろう、めれちゃん。。。? めれちゃんは自分だけが愛されたいという独占的な愛を望んでいたので心が乱れてしもうたのやァ。 そうやろう?

あんさんは、こないな短歌まで保存しておきはったん?

そうやァ。。。こないな時に利用価値があるねん。 うししししし。。。

こないな時に笑わんで欲しいねん。 つまり、あんさんの言う「広い愛」で愛し合うならば心が乱れへんと、あんさんは言わはるのォ~?

そうやァ! なぜならば、お互いに人間として尊重し合って、許し合えるからやァ。 めれちゃんかて「気付き」をゲットしたのやさかいに理解できるやろう?

そやけど、それはおかしいねん。

どうして。。。?

男女の愛は、もともと閉鎖的ですねん。 わたしは、はっきりとあんさんに言ったつもりでっせぇ~。。。

バカバカしい

テーマ: ヲチヲチヲチ~♪

ああ。バカバカしい。

男女の愛が、閉鎖的であるのは当然だ。
それを、狭いなどと、何をぬかしているのか。
人間愛と、男女の愛をいっしょくたにしているアナタは、
本音を語っているのなら、一生誰とも
愛を語れないだろう。

それとも、ただのエロなのか?

もう、バカバカしくて、相手にもしたくない。
そんな低能な方と、かかわっていると、
こちらまで、悪影響をうけてしまいますので。

posted by merange (めれんげ)

2009-03-08 18:48:47


『バカバカしい (2009年3月8日)』より

『雨降って仲直り?』に掲載
(2009年4月6日)

あのなァ~、めれちゃんは時たま感情の爆発を起こすねん。

わたしがブチギレて上の手記を書いたと、あんさんは言わはるのォ?

そうやァ!。。。めれちゃんかてぇ分かってるねん。 そやから次のような手記を書いていたやないかいな。

 

シロとクロの世界

 

2004-09-08 11:45

わたしは精神障害者です。
しかも、誰もが関わりたがらない
境界性人格障害者です。
時に、感情の爆発という
発作も起こります。

愛憎にあやつられる人生です。
わたしの世界には、
シロかクロしかありません
誰かに愛着をかんじすぎると、
怖いのです。
見捨てられ感、迫害妄想で、
全面的に愛していた人のことを、
全面的に否定してしまうのです。

そのうえ、わたしはある人に対して、
“ほれこむ”ということも、
よくあります。

でも、その場合でも、
相手から見れば全く理不尽な
理由で、ほれこんでいた人のことを、
全否定してしまうのです。

これらは、精神の発達が
未熟であるのはもちろん、
幼少時の体験によって
「見捨てられる恐怖」が、
頭にこびりついていて、
見捨てられる
つらさを味わうくらいなら、
こっちから先に、
相手との関係を絶つ、という
逃げの行動なのです。

わたしは、この障害で
苦しんでいます。
わたしに関わったことで、
理不尽な気持ちで去ってゆく
“被害者”の方々も、
多いと思います。

治せるものなら治したい。
でも、幼い頃の心の傷が、
真人間になることを、
かたくなに拒み続けます。
二度と傷つきたくないから、
防衛するのです。
この硬い殻を、
どうすればこわせるのか・・・

治療はうけていますが、
今は目先の“うつ”
の治療が主です。
それも、最近容態が悪いようで、
心理テストなどばかり受けています。

長々と書いてしまいましたが、
こんな迷惑な人間も
いるのだということを、
書き連ね、より自虐的に、
とことんどんぞこまで
落ち込み、自分への罰と
したいとおもいます。

by レンゲ


『信頼と思い込み』より
(2007年6月4日)

めれちゃんかてぇ、ちゃんとこうして気付いておるねん。 そうやろう?

もちろん、冷静に考えてみればわたしにも分かりますう。

そうやろう!? 

そやけど、あんさんの言い方が、また気になってムカつきますねん。

うん、うん、うん。。。わてにも少しは分かってるでぇ~。。。めれちゃんは次のように書いていたさかいになァ。

裏切りはやさしく
 
 

 
 
うらぎりは

やさしい言葉で

つつまれて

それがわたしを

深く傷つける
 
  
by めれんげ
 
2009.02.12 Thursday 13:39


「即興の詩」
『裏切りはやさしく』より

『昇華とカタルシス』に掲載。
(2009年5月10日)

分かっているなら、わたしの心を深く傷つけんで欲しいわア。

そやから、めれちゃんのためにリンドバーグ夫人の文章を引用したのやないかいなァ。 要するに、めれちゃんはわてと小百合さんがちょっとだけ親しみを込めて語り合ったら、自分がもう愛されていないとムカついてしまったのや。 それで、次のようなえげつないことを書いたのやないかいなァ。 (苦笑)

愛あらば
他の女性と関わるなかれ

そのひとと睦まじきを見て
われはきみより去る
 
 
めれんげ


『愛の虚構 (2009年3月23日)』より

『嵐の去った静けさ』にも掲載。
(2009年4月7日)

それにしても、あんさんは、ずいぶんと昔の事を蒸し返してますやん!?

昔のことではあらへんがなァ。 2年前のことやでぇ~。。。

それで、あんさんは何が言いたいねん?

めれちゃんはムカついて『即興の詩』サイトまで閉鎖してしもうたのやでぇ~。 そやから、もう一度「気付き」をゲットして『即興の詩』サイトを再開したらどうやねん?

すぐには返事できませんがなァ。。。もう少し考えてみますう。

【レンゲの独り言】

ですってぇ~。。。
そうですよねぇ。
めれんげさんが『即興の詩』サイトを閉鎖してしまったので嘆いているファンの方もたくさんおられると思うのですわ。
この際、気持ちを新たに再開して欲しいものですわ。
あなただってぇ、めれんげさんの『即興の詩』をもっと読みたいと思うでしょう?

とにかく、興味深い話題がさらに続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
では、また。。。

メチャ面白い、

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こんにちはジューンです。

愛と恋の定義は易しいようで

難しいですよね。

日本には“愛(いと)しい”とか

“恋しい”という言葉は昔から

ありましたけれど、

“愛(あい)する”、つまり、

英語圏でしばしば使われる

I love you. という言い方は

明治時代の文明開化の時に

イギリスからその概念“love(愛)”

を輸入したそうです。

だから、今でも愛を告白する時に、

日本人の男性は

次のように言うと思います。

「僕は君が好きだよ」

「僕はきみに惚れてしまったんだ」

「僕はきみに恋してしまったようだよう」

デンマンさんに尋ねたら、日本で暮らしている頃、

女性に対して「好きだ」と言ったことはあるけれど、

「愛している」といった事は一度もなかったそうです。

あなたはどうですか?

ところで、デンマンさんがレンゲさんの記事を集めて

一つにまとめました。

もし、レンゲさんの記事をまとめて読みたいならば、

次のリンクをクリックしてくださいね。

■ 『最近のレンゲ物語 特集』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。