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チーズ@シルクロード

2017年8月15日

 

チーズ@シルクロード

 


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デンマンさん。。。 トップのシルクロードの写真にチーズの中からねずみが覗いていますけれど、今日はデンマンさんがシルクロードでチーズを食べたお話をするのですか?


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。。。ん? シルクロードでチーズを食べた話。。。?

だってぇ~、シルクロードのオアシスでラクダと きれいな可愛い女の子が気持ちよさそうに水と戯(たわむ)れているではありませんかァ~! シルクロードとチーズの話題でしょう!?

うん、うん、うん。。。 確かに小百合さんの言うとおりですよ。。。 でもねぇ~、僕がシルクロードでチーズを食べた話ではありません。。。 実は、東京の杉並区にあるホワイトフォックスという会社に勤めている 白鳥 千津絵(しらとり ちずえ)さんがシルクロードのチーズについて調べたのですよ。。。


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『拡大する』

上の写真の女性が白鳥 千津絵(しらとり ちずえ)さんなのですか?

そうです。。。

でも。。。、でも。。。、白鳥 千津絵(しらとり ちずえ)さんがシルクロードのチーズについて調べたということが、どうしてデンマンさんに判ったのですか?

次のリストを見たからですよ。。。


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『拡大する』

『シルクロードのチーズ』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で8月12日の午後4時37分から午後10時2分までの約5時間半の「生ログ」の一部ですよ。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目してください。

あらっ。。。 8月12日の午後7時9分にGOOGLEで検索して『シルクロードのチーズ』を読んだのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。

でも。。。、でも。。。、デンマンさんは、いつもIPアドレスを調べますけれど、アクセスした人が所属する会社は突き止めることができますけれど、個人のプライバシーを守るためにアクセス者の名前まではゲットできないようになっているのですわ。。。

小百合さんも かなりきついツッコミを入れるのですねぇ~。。。 実は、白鳥 千津絵(しらとり ちずえ)さんは『徒然ブログ』の常連さんなのですよ。。。 ちょっと次の検索結果を見てください。


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『拡大する』

『現時点での検索結果』

あらっ。。。 「シルクロード チーズ 徒然」と入れて検索したのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。 白鳥 千津絵(しらとり ちずえ)さんは『徒然ブログ』の常連さんなので、検索キーワードに「徒然」を加えて検索したわけです。。。

。。。で、上のリストの赤枠で囲んだリンクをクリックして『シルクロードのチーズ』を読んだのですか?

その通りです。。。

。。。で、白鳥 千津絵(しらとり ちずえ)さんは上の記事を読んで何を発見したのですか?

豆腐が「シルクロードのチーズ」だということを発見したのですよ。。。 小百合さんにも思い当たるでしょう?

どうしてデンマンさんは、そう思うのですか?

実は、上の記事で僕と小百合さんが対談しているのですよ。。。

あらっ。。。 そうですか? 覚えてませんわァ。。。

それも無理のないことですよ。。。 2012年3月1日に投稿した記事ですからねぇ~。。。 今から5年以上も前です。。。 

。。。で、その記事の中で、どのようなことを話したのですか?

ここに書き出しますから、ちょっと読んでみてください。


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中国食物史の世界的な大家であった故・篠田統(おさむ)博士の研究によると、豆腐ということばの初出は10世紀中ごろの文献に見られるとのこと。
豆腐は乳腐に対応したことばである。

豆腐や乳腐の「腐」は腐ったという意味ではなく、やわらかくプルンプルンしたものをさす。
乳腐は乳を酸や酵素の作用でかためたヨーグルトやチーズ状の乳製品である。

北方遊牧民との交渉が多かった唐の時代には、中国でも乳製品を食べることが流行する。

遊牧民から伝わった乳腐を、乳の代わりに大豆の「豆乳」を原料としてつくるようになったのが豆腐である。
たぶん、8,9世紀の唐代中ごろに中国で豆腐が発明されたのだろう、というのが篠田説だ。

乳の成分の中のタンパク質を凝固させたものがチーズである。
豆腐は豆乳のタンパク質を凝固させた食品である。

健康食品として欧米でも豆腐が食べられるようになり、日本起源のトウフということばが通用するようになった。
その以前は、英語でソヤビーン・カード(大豆のカード)といった。
水分を抜くまえの固めたばかりのチーズをカードという。
白い色で、やわらかく豆腐そっくりである。

平安時代にあたる1183(寿永2)年、奈良の春日神社の供物に「唐符」とあるのが、わが国における豆腐の記録の最初だそうだ。

赤字はデンマンが強調のため。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


30-31ページ 『ニッポンの食卓』
著者: 石毛直道
2006年3月20日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 平凡社

 


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デンマンさん。。。どうしてお豆腐を取り上げるのですか?


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上の本を読んだら豆腐が出てきたのですよう。 読み終わって。。。そう言えば豆腐について書いたことがあるなァ~、と思って調べたら元旦に書いたお袋に出した手紙の中で豆腐について語っていた。。。


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2012年1月1日 (日曜日)

母上様、明けましておめでとうございます。
バンクーバーは午後3時半で気温が5度です。
どんよりとした曇り空です。

午後2時半に恒例の「ポーラーベア・スウィム」がありました。
「ポーラーベア・スウィム」というのは日本語では「寒中水泳」のことです。
「白熊のように元旦の寒い海でも泳ごう!」という1月1日の行事です。


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小生がバンクーバーに住み始めた頃には、すでに行われていた行事だから、少なくとも20年以上も続いています。
カフェオレとクロワッサンで昼食を済ませてから数年ぶりにイングリッシュ・ベイ(海岸通り)を越えた砂浜に見に行きました。
歩いて10分ほどの距離です。

2時半に始まるのに午後2時には、すでに100人ぐらいの若者が水着になって海に飛び込んでいました。
水温は8度でしたから気温よりも暖かいのですよ。

小生も20代であれば水泳パンツをはいて駆け出すところですが、
さすがにその気力はありません。


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見ているだけで体が震えだしました。 (微笑)
見物人が2000人近く浜辺に出て眺めていました。

12月は雪が降らずに雨ばかりで、日本から戻って、まだ初雪を見ていません。
クリスマスも小雨が降っていました。
地球温暖化の影響でバンクーバーも年々暖かくなっているようです。

カナダではバンクーバーだけが「寒中水泳」をやっているのかと思ったら、
ラジオのニュースで、小生がかつて住んでいたトロント市でも、またその他のカナダの都市でも元旦に「寒中水泳」をやっていると報じていました。

その後のニュースで「東京から南西に600キロのところで大きな地震があったけれど津波の心配はない」とアナウンサーが伝えていました。
元旦に近畿地方か四国あたりで地震があったのだろうと小生は思いましたが、アナウンサーは地名を言わなかったので、どの場所だかは正確に判りませんでした。
それでも、関東地方ではないと判ったのでホッとしましたよ。

それにしても、日本には自然災害が多すぎます。
それに付随して原子力発電所の事故なども起こるし、放射線の心配までしなければならない。


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しかも更に悪いことには日本の政治家は自分のことばかり考えて、国民のための政治をしていない。
年金問題は年毎に悪くなっている。
日本の将来は暗すぎますよ。

20代で日本を脱出して海外に目を向けたことは、むしろ正解だったと自分で自分を褒めているしだいです。(微笑)

ところで、カナダでは元旦よりもクリスマスが大行事です。
クリスマスにはほとんどの店が休みますが、
元旦は日曜日にもかかわらず10軒のうち6店が店を開けていたのには驚かされました。

「寒中水泳」を見た帰りに、すぐそばのスーパーマーケットによって豆腐を2丁ばかり買ってきました。


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中国人が作っている豆腐です。子供の頃に行田で食べた豆腐と味も形もそっくりですよ。
考えてみれば豆腐は中国から伝わった食べ物だから中国が本場ということになるでしょう!

それにしても、行田の下町の「角屋」の豆腐とすっかり同じ物をバンクーバーで食べていることが不思議です。
世界は狭いものだとつくづく思いますよ。

最近では、カナダ人が経営するスーパーマーケットへ行っても醤油や豆腐、即席ラーメンなどを売っているので便利になりました。
しかし、味噌や納豆は日本人の店か韓国人の店へ行かないとありません。


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納豆はカナダ人の目には「腐った豆」としか見えないようです。
とても食べられるモノとは思えないそうです。

初めて納豆を食べたに日本人は、多分、餓死寸前だったのでしょうね。
食べられるものはすべて食べつくしてしまった。
たまたま「ネバネバした腐った豆」があったので、どうせ死ぬなら腐った豆でもいいから食べて、胃袋を満たして死のうと思ったのでしょう!?
でも、死なずに生き残ったので、それから「納豆」が普通の食べ物になったのでしょう!?

カナダ人は、納豆を食べる気になりません。
見た目が「腐った豆」だから仕方がないでしょう。

松茸(マツタケ)も、あれほど取れるのに食べません。
日本人ならば、マツタケの香りは上品で食欲をそそるいい匂いがしますが、
カナダ人の鼻には、マツタケの香りは1週間洗わない靴下の匂いだと言って、あんなものを食べるオマエの気が知れないと言います。 (爆笑) 


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世界は狭くなっても食べ物の好き嫌いは、その人がどこの国で生まれ育ったか?
その事によってずいぶんと左右されるようです。

これから2月に向かって、日本はまだまだ寒くなることでしょう。
風を引かないように気をつけてください。
母上様は、特に階段の上り下りに気をつけてくださいね。
「長生きするのも芸のうち」と申します。
「階段の上り下りも芸のうち」です。

東行田駅の近くの「かどや」のおばあさんは2011年の7月に103歳になりました。
「看板娘」で有名でしたから小生も知っていました。
焼きそばを食べていたら「わたし、いくつだと思いますゥ?」と声をかけてきたことがありました。
「85歳ぐらいでしょう」といったら、マジで喜んでいましたよ。 (爆笑)
元気な人でテレビにも出ました。
母上様もテレビに出られるように長生きしてください。

日本から戻ってきたばかりだと思っていたのに、
思えば、すでに2012年の1月1日です。
光陰矢のごとし!
今年も10月に帰省する予定です。
また、「とんでん」と「おおぎや」で美味い物を食べましょう。


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あの世に逝くのは、いつでも逝けます。
この世で美味い物を家族と共に楽しく食べることを夢見ながら長生きした方が得です。

なぜ?

あの世から帰ってきて、あの世の方が良かったと言った人は、まだ居ないのですから。。。(爆笑)

では、また連休の頃にでも手紙を書きます。
お元気で。。。

 

バンクーバーのデンマンより


『牛たんとずんだ』より
(2012年1月7日)

デンマンさんらしいお手紙ですわね。 それにしても「母上様」なんて、まるで江戸時代の武家の当主が年老いた母親に向かって書いたようですわね。 今時、「母上様」なんて書く人は日本には居ないと思いますわ。

だから、僕は浦島太郎なのですよ。 バンクーバーの竜宮城には古い日本の言葉が残っているのですよ。 うしししし。。。

それで、豆腐の何が気になったのですか?

僕は中国が豆腐の本場だと思ったのだけれど、上の本を読んだら豆腐はシルクロードを伝わってやって来た西域の遊牧民の人たちが食べる羊やヤギの乳で作られたチーズをヒントに作られたのだと納得できましたよ。

でも、そのような事は書いてありませんわ。

ちゃんと次のように書いてありますよ。


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北方遊牧民との交渉が多かった唐の時代には、中国でも乳製品を食べることが流行する。

遊牧民から伝わった乳腐を、乳の代わりに大豆の「豆乳」を原料としてつくるようになったのが豆腐である。

唐の時代に、中国でも乳製品を食べることが流行したのですよ。 それで、頭のいい人が乳の代わりに「豆乳」を原料としてチーズのようなものを作った。 それが豆腐ですよ。 そう考えれば、豆腐は「シルクロードのチーズ」ですよ。


『シルクロードのチーズ』より
(2012年3月1日)

5年前にデンマンさんと、このようなことを話したのですわねぇ~。。。

そうなのですよ。。。 小百合さんも懐かしいでしょう?

そうですあねぇ~。。。

。。。で、「シルクロードのチーズ」が豆腐だという話をデンマンさんも久しぶりに思い出したので私を呼びだしたのですか?

もちろん、それだけじゃないのですよ。。。

まだ他にも白鳥 千津絵(しらとり ちずえ)さんが発見したことがあるのですか?

いや。。。 僕が発見したことがあるのですよ。。。 ちょっと続きを読んでみてください。。。

日本では非常に一般的な食品であり、そのまま調味料をかけて食べられるほか、様々な料理に用いられている。

冷奴や湯豆腐、味噌田楽などのように主要食材になるほか、汁物や鍋料理の具材、料理のベースになる食材として使われるなど、用途は多彩である。

中国では、日本のようにそのまま食べることはしない(少なくとも伝統的ではない)ものの、様々な種類の豆腐と利用の仕方があり、多種多様の料理に使われている。

 

日本で天明2年(1782年)に刊行された『豆腐百珍』には、100種類の豆腐料理が記述されており、また様々な文学でも親しまれてきた。

日本では、かつて豆腐は行商販売もされており、一般的であった。

行商の豆腐屋はラッパや鐘を鳴らしながら売り歩いていた。

関東地方では、明治時代初期に乗合馬車や鉄道馬車の御者が危険防止のために鳴らしていたものを、ある豆腐屋が「音が『トーフ』と聞こえる」ことに気づき、ラッパを吹きながら売り歩くことを始めたものである。


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その由来のようにラッパの音は一回に2段階「トーフー」と聞こえるように吹くことが多いが、地域や販売店によっても異なり、1段階のみの場合もある。

関西地方では、豆腐屋はラッパではなく鐘(関東ではアイスクリーム屋が用いていた)を鳴らしていた。


出典: 「豆腐」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

僕は知らなかったのだけれど、味噌田楽というのはコンニャクに味噌をつけて食べるものだとばかり思い込んでいましたよ。

あらっ。。。お豆腐を串に刺して焼いて、その上からお味噌をかけて食べますわよ。

そうらしいねぇ。 中国から豆腐が伝来し、拍子木型に切った豆腐を串刺しにして焼いた料理が生まれた。 その料理の、棒の上に白い豆腐が乗っている様子が高足を行っている田楽法師の姿と似ているので「田楽」の名が付いたと書いてありましたよ。 

デンマンさんはお豆腐の田楽を食べたことがないのですか?

ありません。。。今まで一度も豆腐の田楽を食べたことがない。

じゃあ、今度、帰省したときに栃木市の「油伝商店」でご馳走しますわよ。


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ガイドブックによると、栃木市はなかなか風情のある町のようである。
よし行ってみよう。
上野駅から普通電車に乗車し、途中、小山で乗り換え、栃木駅に向かう。


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電車の隣の席では、ふたりの女子高生が大きな声でしゃべっていた。

女子A 「ハウルの動く城ってさぁ、お婆さんになるけど、最終的には女の子になんのね。 でも髪の色は変わらないんだよね、グレー」
女子B 「えービミョー
という会話。
女子Bの「ビミョー」がなんか可笑しくて、わたしも「ビミョー」って使ってみたくなってしまった。

 (中略)

塚田歴史伝説館には、人間そっくりの動きをするハイテクロボットが設置されているが、展示の構成は学園祭みたいでキッチュである。
三味線を弾くおばあさんのロボットがリアルでちょっと怖かった。
売店の人が、
「田楽おいしい店がありますよ」
と教えてくれたので、行ってみることにする。


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油伝商店


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油伝(あぶでん)味噌という、コクと甘味のある黒い味噌を使った田楽が食べられるというお店は、なんだか歴史がありそう。


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店内は観光客らしき人たちで混んでいた。
おばあさんと、その娘さん(60歳くらい)という客と同じテーブルになり、おばあさんに「学生さん?」などと聞かれる。

ふたりは群馬県に住んでいるらしいのだが、ここの田楽が大好きでわざわざ食べにきたのだそう。
わたしはというと、改めてわかったけど、田楽というものがあまり好きではないかも。
甘い味噌がビミョーというか。
だけど、頼んだこんにゃく田楽は全部食べたし、田楽の中では、ここのはかなり美味しいんだと思う。


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店を出て、ふたたび自転車で街をぶらぶらしていると、さきほどのおばあさんたちが車でわたしを追いこしながら「お元気でー!」と手を振ってくれた。
お元気で。
きっと、もう会うことはない。 少し切ない気持ちになる。

赤字はデンマンが強調のため。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


130-132ページ
『47都道府県女ひとりで行ってみよう』
著者: 益田ミリ
2008年6月25日第1刷発行
発行所: 幻冬舎

『味噌がビミョーな田楽』に掲載
(2012年1月19日)

まじっすかァ~。。。小百合さんと一緒に食べる豆腐の田楽なんてぇ、なんだか夢のようだなァ~。。。

デンマンさん! 少し大げさですわよ。


『シルクロードのチーズ』より
(2012年3月1日)

。。。で、上の続きを読んで、デンマンさんは何を発見したのですか?

あのねぇ~、 僕はまだ小百合さんと一緒に栃木市の「油伝商店」で田楽を食べてないのですよ。。。

あらっ。。。 デンマンさんは、かな~り“喰い意地”がはっているのですわねぇ~。。。 つまり、この事を言うために、わざわざチーズ@シルクロードを持ち出してきたのですかァ~?

そうです。。。 いけませんか?


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

あたくしも、お豆腐の田楽が食べたくなってきましたわ。


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どは、お豆腐の酢味噌田楽の作り方をお見せしますわねぇ~。。。

いかがでしたか?

あなたも、お豆腐の田楽を作って食べたくなったでしょう!

それにしても、関東でラッパを吹きながらお豆腐を売り歩くなんてぇ、全く知りませんでしたわァ~。。。

鐘を鳴らして売るものだとばっかり思っていたのでござ~♪~ますう。

 

“所変われば品変わる”

 

ホントにねぇ~。

マジで、そうでござ~♪~ますわよう。

ところで、小百合さんが「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれているのですわァ。

なぜ。。。?

ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。

小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。

小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。

分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


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それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。
だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ~~。


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ィ~ハァ~♪~!

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こんにちは。ジューンです。

「上を向いて歩こう」がアメリカで人気が出るきっかけは

何だったのでしょうか?

通説によると、1963年の春、

アメリカ西海岸のローカルラジオ局のDJが、

異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手元にあった

日本の曲をオンエアーしたところ、

リスナーからリクエストが殺到したために

人気に火がついたと言われています。

果たして、その話はどこまで本当なのでしょうか?

アメリカで「上を向いて歩こう」をシングルとして

最初に発売したレコード会社はキャピトルです。

同じ時期にキャピトルはイギリスの親会社であるEMIが

ビートルズのシングルを出すようにと要請してきたのです。

ところがアメリカでは人気が出ないと断っているのですね。

では、いったい誰が「上を向いて歩こう」をシングルとして

発売したのでしょうか?

その発売を決定した人の名前が

デンマンさんが描いた次のチャートに出ています。


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デイブ・デクスター・ジュニアさんなのです。

「A&Rマン」と言われていた人で、

売れる可能性のあるアーティストを発掘し、契約を結び、

制作を担当する仕事をしていた人です。

ローカルラジオ局のDJからある日電話がかかってきて

「上を向いて歩こう」が人気が出ていると聞いて、

さっそく自分でも聞いてみたそうです。


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九ちゃんが日本語で歌っているので

詞の内容は理解できなかったけれど、

これならイケそうだと直感して売り出すことに決めたそうです。

つまり、ビートルズの曲はヒットしないと蹴ったけれど、

九ちゃんの「上を向いて歩こう」は直感的に

ヒットすると思ったのだそうです。

ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて

次のサイトを立ち上げました。

時間があったら下のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。

『夢とロマンを持って前向きに生きる

小百合さんの物語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


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ジャータカと今昔物語

2016年3月15日

 

ジャータカと今昔物語

 


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デンマンさん。。。 どうして 私が“ジャータカと今昔物語”にビキニで登場するのですか?


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あのねぇ~、今日はジューンさんの祖先が“ジャータカと今昔物語”に登場する話をするのですよ。

ご冗談でしょう!。。。 わたしは、そのようなお話を聞いたことがありませんわァ~。。。

当然ですよ。。。 僕はその話を初めてネット市民の皆様の前でするのですから。。。

つまり、デンマンさんがデッチあげたお話ですわねぇ~。。。

いや。。。 その話は、マジで“ジャータカと今昔物語”に登場する話ですよ。

分かりましたわ。。。 とにかく、眉唾物(まゆつばもの)だろうとは思いますけれど、一応デンマンさんのお話を聞くことにいたしますわァ~。。。 余計な事は言わなくても結構ですから、細木数子さんのように“ズバリ!”と そのお話をしてくださいなァ。

ジューンさんがそう言うならば、さっそく次の話から読んでみてください。

恋の虜となって

仏道に励む話

今は昔のこと、比叡山の若い僧が、ある日京都の法輪寺に祈願に出かけた。

その帰途、いつの間にか日が暮れてしまい、とある家に一夜の宿をお願いした。

招じ入れられてみると、麗しい女主人が住んでいるではないか。


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その夜はまんじりともせず、とうとう女主人の寝室に忍び込み、誘惑しようとした。

女主人は、「尊い僧侶と思えばこそ一夜の宿を差し上げたのです。 悔しうございます」と拒んだ。

僧は望みを遂げられず苦しみもだえた。


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するとその女主人は、「あなたは『法華経』をそらで読めますか。 それならりっぱな僧であるからいっしょになってもよろしいけれど」と言う。
僧は正直にまだ読めないことを告白すると、「それならば寺に戻り、読めるようになってからいらっしゃい。 そのときにはあなたの言いなりになりましょう」と約束した。

僧は翌朝急いで寺に帰り、一心不乱に『法華経』を覚えた。
そして女主人の家を訪れると。
「せっかくのご縁なので、人から後ろ指をさされないようなりっぱな僧の後見人となりとうございます。 3年間山にこもって修業したら、あなたの自由になりましょう」と言う。
僧もなるほどと思い、修行に励んだ。

こうして美しい女主人に身を変じた法輪寺の虚空蔵(こくうぞう)菩薩の導きによって、彼はりっぱな僧になったという。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


182-183 ページ
『お経の基本がわかる小事典』
著者: 松濤弘道
2004年11月1日 第1刷発行
発行所: PHP研究所

あらっ。。。 上のお話に出てくる女主人が わたしの祖先なのですかァ~?

そうなのですよ。。。 上の写真の女性は どことなくジューンさんに似ているところがあると思いませんか!?

つまり、わたしには日本人の血が流れているとデンマンさんは思うのですか?

そうですよ。。。 だから、ジューンさんは日本語がペラペラに話せる遺伝子を持っているのですよ。

上のお話はマジでバンクーバー市立図書館でデンマンさんが借りた本の中に書いてあったものなのですか?

もちろんですよ。。。 ここまで出所をはっきりと書いたのだから、間違いがありません。。。 信用できないのならば、ジューンさんも図書館で借りて読んでみてください。

それにしても上のお話のお坊さんはあまりにも衝動的で、本能的で、単純で、まるで肉食系の人間が衣を着ているようなものではありませんか!?

でもねぇ~、この話は『今昔物語』の中にあるエピソードの一つなのですよ。

今昔物語集


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『今昔物語集』とは平安時代末期に成立したと見られる説話集である。
全31巻。ただし8巻・18巻・21巻は欠けている。
『今昔物語集』という名前は、各説話の全てが「今ハ昔」という書き出しから始まっている事に由来する便宜的な通称である。
成立年代と作者は現在も不明である。

11世紀後半に起こった大規模な戦乱である前九年の役、後三年の役に関する説話を収録しようとした形跡が見られる事から、1120年代以降の成立であることが推測されている。
一方、『今昔物語集』が他の資料で見られるようになるのは1449年のことである。

成立時期はこの1120年代~1449年の間ということになるが、保元の乱、平治の乱、治承・寿永の乱など、12世紀半ば以降の年代に生きた人ならば驚天動地の重大事だったはずの歴史的事件を背景とする説話がいっさい収録されていないことから、上限の1120年代からあまり遠くない白河法皇・鳥羽法皇による院政期に成立したものと見られている。

天竺(インド)、震旦(中国)、本朝(日本)の三部で構成される。
各部では先ず因果応報譚などの仏教説話が紹介され、そのあとに諸々の物話が続く体裁をとっている。

『今昔物語集』の話はすべて創作ではなく、他の本からの引き写しであると考えられている。
元となった本は『日本霊異記』、『三宝絵』、『本朝法華験記』などが挙げられる。
また、平安時代の最初の仮名の物語といわれる『竹取物語』なども取り込まれている。

本朝世俗部の話には典拠の明らかでない説話も多く含まれる。


出典: 「今昔物語集」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

上の『ウィキペディア』の説明には元となった本は『日本霊異記』、『三宝絵』、『本朝法華験記』などが挙げられると書いてあるけれど、その元となった話は『ジャータカ』に出てくるのですよ。

その『ジャータカ』と言うのは、日本の物語集なのですか?

いや。。。 インドで作られた物語集なのです。

ジャータカ


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ジャータカ(Jātaka)とは、仏教でいうお釈迦様の前世の物語のこと。

パーリ語版は、パーリ語経典経蔵小部に収録され、漢訳『本生経』(ほんしょうきょう)は、大蔵経の本縁部に各種の話が収録されている。

本生譚(ほんしょうたん)ともいう。
十二部経の1つ。

法隆寺蔵の玉虫厨子には、ジャータカ物語として施身聞偈図の雪山王子や、捨身飼虎図の薩埵王子が描かれていることで知られる。


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捨身飼虎図

仏教経典には、さまざまな前世の因縁物語が説かれ、主には釈迦仏の前世による因縁を明かし、現世や来世を説いている。
これをジャータカというが、広義には釈迦のみならず、釈迦の弟子や菩薩などの前世の因縁も含めてジャータカ、あるいは本生譚と呼ぶ場合もある。

しかし、本来ジャータカとは特別な形式と内容をそなえた古い文学の種類を称して呼んだものである。
また漢訳仏典ではこれらの経典を『本生経』と総称し、パーリ語仏典には22篇に分けて計547もの物語がジャータカとして収録されている。
この形式には、現世物語・前世物語・その結果(あるいは来世物語)という三世で構成されている。

散文と韻文とで構成され、紀元前3世紀ごろの古代インドで伝承されていた説話などが元になっており、そこに仏教的な内容が付加されて成立したものと考えられている。

しかるに仏教がインドから各地へ伝播されると、世界各地の文学に影響を与え、『イソップ物語』や『アラビアンナイト(千夜一夜物語)』にも、この形式が取り入れられたといわれる。

また『今昔物語集』の「月の兎」なども、このジャータカを基本としている。


出典: 「ジャータカ」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

つまり。。。、つまり。。。、『イソップ物語』や『アラビアンナイト(千夜一夜物語)』。。。 また『今昔物語集』なども、このジャータカを基本としているのですか?

そういうことですよ。。。


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要するに、上の地図でインドで成立した“ジャータカ”の話が “絹の道”をインド方面から西に向かってまずペルシアに伝わって風土化し、のちに(現在のバクダットの)アラブ人に伝わって成立したのが『アラビアンナイト(千夜一夜物語)』なのですよ。。。


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それに対して“ジャータカ”に出てくる“捨身飼虎(しゃしんしこ)”の話が “絹の道”をインド方面から東に向かって日本に伝わり、その図が 法隆寺蔵の玉虫厨子に描かれたのです。。。 

。。。で、上の『今昔物語』に出てくる「恋の虜となって仏道に励む話」のエピソードも、“ジャータカ”の中に、その原話が出てくるのですか?

その通りですよ。。。 次のような話です。

王妃と菩薩の話


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サーヴァッティに住むある良家の息子が、お釈迦さまの説法を聞き、三宝に帰依して出家しました。
彼は、仏道を実践し、修行に励み、冥想の修習を怠ることはありませんでした。
ところがある日、サーヴァッティで托鉢をしているとき、一人の美しく着飾った女性を見て、「ああっ。。。 なんてきれいなんだ!」とじっと眺めてしまいました。

そのとき彼の心の中に動揺が湧きおこり、欲情がムラムラと頭をもたげたのでした
彼はそれ以来欲情の虜になり、身体の安らぎも心の安らぎも感じることはなくなりました。

彼の立ち居振舞いの乱れを見た仲間の比丘達は「友よ、君の振る舞いは以前とまったく変わったようですが、どうしたのですか」とたずねました。

彼は「友らよ、私は修行に魅力を感じなくなりました。」と答えたので、比丘達は彼をお釈迦さまのもとへ連れて行きました。

お釈迦さまは
「比丘達よ、どうしてあなた方は無理にこの比丘を連れて来たのか」とたずねられました。

「尊師よ、この比丘は修行に興味を失いました。」

お釈迦さまはその比丘本人に
「比丘よ、それは本当か」とたずねました。
「本当です」
「だれがあなたをそうさせたのか」
「尊師よ、私は托鉢中に冥想の修習を忘れ、一人の女性を『美しい』とじっと眺めてしまいました。そのとき私に欲情がわきおこり、そのために私は修行に魅力を感じられなくなりました」

そこでお釈迦さまは言われました。
「比丘よ、それは不思議ではありません。異性を、冥想修習の見方を忘れて『美しい』と眺めるならば、煩悩が湧き起こるのです。
空を飛行することもできた菩薩でさえ、感官の自制を失って異性を眺めたために、禅定を失い、欲情にかられて大きな苦悩を味わうことになりました。
例えば、大樹を根こそぎにするような大風が吹けば、崖に生えた小さな潅木は耐えきれない。
それと同じ様に、最高の智慧をもち、心の清らかな菩薩たちさえも無智な状態にしてしまうほどの強い欲情には、あなたなど、ひとたまりもないのだから、そのことを恥じることはないのです。
心の清らかな者たちでも、欲情を起こすことがあり、最高の名声を得た者たちでも、恥をかくことはあるのです」と言って、過去のことを話されました。

その昔バーラーナシーにおいてブラフマダッタ王が国を統治していたとき、菩薩はカーシ国の、ある大富豪のバラモンの家に生まれました。
分別のある年頃になると、あらゆる学芸に熟達し、やがて俗世間を捨て去って出家生活に入り、ヒマラヤ地方で暮らしていました。

あるとき彼は塩や酢を求めてヒマラヤ山から降りバーラーナシーに行き、王家の遊園に一泊しました。
翌日彼は身なりを整えて、樹皮で出来た褐色の衣を身に纏い、一方の肩にはカモシカの皮をかけ、髪を丸く束ねて、荷物を担ぐ棒を携え、バーラーナシーを托鉢して廻るうちに王宮の門に到着しました。

王様は彼の立ち居振る舞いを好ましく思い、彼を招いておいしい硬軟の食べ物をご馳走して満足させ、彼が礼を述べたときに、ここに住んでくれるように懇願しました。
彼は承諾して、その後はいつも宮中で食事をとり、王家の人々に教えを説きながら、十六年間そこに住みました。

さて、ある日、王は国境で起こった反乱を鎮圧するために出陣することになりましたが、そのとき「ムドゥラッカナー(優相)」という名前の王妃に対し「心を尽くして菩薩に仕えなさい」と言い残して、出征の途につきました。
王が出立して以降、菩薩は、自分の気が向いた時刻に王宮に出掛けるようになりました。

そんなある日のこと、ムドゥラッカナー王妃は、菩薩のための食事を用意させておいてから「今日は尊者の帰りが遅いわね」と思いながら、
よい香りの付いた水で沐浴をし、美しく着飾ってから広間へ小さな寝台を用意させ、菩薩の来訪を待っていました。


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菩薩もまた時間が遅くなったのに気が着いて、禅定から出ると、空中を飛行して王宮へ向かいました。

王妃は樹皮の衣の音を聞いて「尊者が来られたわ」と急いで起き上がりましたが、彼女があわてて急に起き上がったために絹の上衣が滑り落ちてしまいました。
丁度そのとき菩薩が窓から入って来ましたが、彼は王妃の美しい体に我を忘れてすっかり見とれてしまいました。

すると彼の心の中に動揺がわきおこり、欲情が頭をもたげたのです。
たちまち彼の禅定の力は消滅し、翼を切り落とされた鳥のようになってしまいました。

彼は立ったままで食べ物を受け取りましたが、少しも口をつけられず、欲情にかられながら宮中から退き、遊園に帰りました。
そして自分の草庵に入ると、寝台の下に食べ物を放置したまま、異性の体に心を縛り付けられ、煩悩の炎に焼かれながら飲まず食わずの状態で憔悴し、七日のあいだ寝込んでしまいました。

国境での反乱を鎮圧した国王は七日目に帰還し、都を右回りに廻って王宮に帰ってきました。

王は「尊者に会おう」と遊園に出掛け草庵を訪ねましたが、彼が横たわっているのを見て「きっとなにかの病気にかかられたのだろう」と思い、草庵を家来に掃除させてから、彼の足に頭をつけて

「尊者よ、御病気でしょうか」とたずねました。
「大王よ、私は別に病気ではありません。欲情のために心が魅せられてしまったのです」
「尊者よ、あなたの心は何に魅せられてしまったのですか」
「ムドゥラッカナーに対してです大王よ」


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大王は「よろしい尊者よ、ムドゥラッカナーはあなたに差し上げましょう」と言って、美しく着飾らせた王妃を菩薩に与えましたが、そのときひそかに王妃に「お前は自分の力で尊者を守るように努めなければならない」と指示を与えました。
王妃は「わかりました王様、私はあの方をお守りします」と自分の使命を了解しました。

菩薩は王妃を貰い受けると王宮から退出し、大門から出ようとしましたが、そのとき王妃が「尊者よ、私達の住む家を一軒、王に要求して下さい」と言ったので、菩薩は王のところに舞い戻って行き、家を要求しました。

王は人々が便所として使っていた廃屋を与えたので、菩薩は王妃を連れてそこへ行きましたが、彼女はそこに入ろうとはしません。

「何故入らないのですか」
「汚いからです」
「ではどうすればよいのですか」
「綺麗になるように手入れをして下さい」

ということで、王妃は「さあ鍬を持ってきなさい。籠も持ってきなさい」と、また菩薩を王のところに行かせ、汚物とガラクタを捨てさせ、牛糞を運ばせて壁に塗りこめさせました。

それが済むとまたまた菩薩を王のところに行かせ「さあ寝椅子を運びなさい。次は腰掛けを運びなさい。次は敷物。今度は壷を運びなさい。瓶を運びなさい」と何度も何度も命令をしながら、ひとつひとつを運ばせました。
さらに王妃は彼に命じて、瓶を使って水を運ばせ、壷を満たして水浴の用意をさせ、寝床を敷かせました。

そして彼らが一緒に寝床に坐ろうとしたときに、王妃は菩薩の鬚をつかんで
「あなたは自分が修行者であり、バラモンであることを忘れてしまったのですか!」
と言って、自分の方へ菩薩の顔をぐっと引き寄せました。


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そのとき彼は正気を取り戻しました。
それまでのあいだ、彼は無智なものになっていたのでした。

正気を取り戻した彼はこう考えました。
「この愛執は増大すれば、私を四悪趣(畜生・餓鬼・修羅・地獄)に堕とし、頭をあげることも出来なくさせる。いまこそ私はこの王妃を王に返し、ヒマラヤ山に入るべきである」と。。。

彼は彼女を連れて王のところへ行き「大王よ、私にはあなたの王妃はもう必要ありません。私には愛執が増大するだけのことでした」と悟ったのです。
そのとき菩薩は、かつての神通や禅定を取り戻し、天空に坐って説法をして王に訓戒を授け、ヒマラヤ山に向かって飛行して行き、二度と再び人里へは出て来ませんでした。
その後彼は、清浄な行を修め禅定を失うこともなく、遂に梵天界に生まれました。

お釈迦さまは、この話を終えると「四聖諦」を解き明かされ、それを聞いたかの悩める比丘は、預流果の悟りに達しました。

そしてお釈迦さまは、過去と現在を結び付けられて「そのときの王はアーナンダであり、王妃はウッパラヴァンナー、そして菩薩は実に私であった」と説かれました。


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『ジャータカ』より

つまり、この長いお話が元になって、『今昔物語』の「恋の虜となって仏道に励む話」が作られたのですか?

それ以外に考えられないでしょう!?


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。
あなたは デンマンさんの言うことを素直に信じられますかァ~?

確かに、考えさせられるお話でござ~ますわァ。

菩薩といえども美しい女性の体には、ついつい見惚れてしまうものなのでござ~ますわねぇ~。。。
実は、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”をお目当てのネット市民の皆様も たくさん居るのでござ~ますわァ~。。。
うふふふふふ。。。

ちょっと次の検索結果を見てくださいましなァ~。。。


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『現時点での検索結果』

「卑弥子 あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”」を入れて検索し、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”を探し当てたのですわ。

あなたのために拡大してご覧に入れますわねぇ~。。。

うふふふふふふ。。。


(buttdimp5.jpg)

どうでござ~ますかァ?

ええっ。。。 あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?

どうしてよう?

ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?

あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、
最後には上のようなおヌードになるのですわよう。
信じてくださいましなァ~。。。

ところで、あなたは『万夜一夜物語』を読んだことがござ~ますかァ~?

“千夜一夜物語”ではなくてぇ、“万夜一夜物語”ですわ。


(manya02.jpg)

『万夜一夜物語』

デンマンさんが書いたのでござ~ますわよう。

ええっ。。。 10,001の話が書かれているのかってぇ~。。。?

とにかく、上のリンクをクリックして読んでみてくださいませぇ~。。。

あなたも、絶対にビックリするようなお話が出てきますわァ。

あたくしも、そのお話にあやかってウェディング ドレスを着てみました。

ええっ。。。 どんなドレスかってぇ~。。。?

あたくしのウェディング ドレスは“プーフィー(poofy)”なのですわよう。

つまり、ふわふわと膨らんでいるようなドレスなのですわ。

極秘の お写真なのですけれど、あなたのために、ここに貼り出しますわねぇ~。。。

じっくりとご覧になってくださいまし。。。


(poofy09.jpg)

ジューンさんの真似をして金髪に染めてみましたわァ。

いかがでござ~ましょうかァ?

このお写真を見れば、きっと あたくしと結婚したい ハンサムな殿方が
プロポーズしてくれると思うのでござ~♪~ますわァ。

おほほほほほ。。。

ところで、ジューンさんが登場する面白いお話はたくさんあります。

興味のある方は、どうか次のリンクをクリックして読んでくださいましねぇ~。。。

(roten101.jpg+cleoani.gif)

『最新混浴風景なのね』

『下着にこだわるのね』

『男心をそそる女の秘密』

『デンマンさん、おかえり』

『なぜヴィーナスのえくぼ』

『マドンナと行田の黒い霧』

『お○○こ画像』

『タイトルの魔術』

『なぜ処女とおばさん?』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人
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『やっぱり処女とおばさん』

『ウンコで走るバス』

『レダの卵』

『正月の熟女』

『新春画ネット散歩』

『愛と下着の美学』

『モナリザもビックリ』

『象が泣く』

『国際化に加速』

『美しき未亡人』

『ジューンさん、バイザイして』

『ジューンさん“いいね”が付いてるよ』

ジューンさんの熟女下着
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『床上手なのねぇ~』

『外国人SEXデンマン』

『外国人SEXデンマン再び』

『大きいことはいいことじゃない』

『デンバー直行便でジューンさんの下着』

『ジューンさんのヌードを探して』

『半分のお尻で…』

『プーフィードレス』


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『万夜一夜物語』

『ゆかじょうず』

『日本語じょうず』

『モナリザがニーハオ』

『おばさんの下着がいいの?』

『なぜ、ヤノマミ?』

『マタハラ』

『マタハラとrundll32』

ジューンさんの熟女下着
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『お尻のえくぼ』

『なぜカウチポテト?』

『あなたの混浴』

『夢の出会いを求めて』

『乙女と処女』

『戦場に行くことを教えた女教師』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人
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『桜井の別れと母上様』

『ダイアモンドは女の親友』

『愛のコリーダを訳す』

『マルタ島のロマン再び』

『大前研一 奇妙な検索』

『ついに千夜一夜』

『いいね攻略と良妻賢母』

『批判が無いとヒトラーがのさばる』

『混浴入浴風景』

『9日間の女王』

『あなたは敬語?』

『原節子とジューンさん』

『モナリザの妹』

『ナイアガラとマリリンモンロー』

『おばさんパンツ@大晦日』

『ヴィーナスのえくぼ@ジューン』

『乳房振動とブラの研究』

『G線上のアリア』

『悲愴と白鳥』

『ブッダと千夜一夜物語』

『絹の道と千夜一夜物語』

『ヤノマミの乙女』

とにかく、次回も興味深い記事が続きますわ。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、また。。。


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こんにちは。ジューンです。

スパムメールが相変わらず多いですわよね。

あなたのメールボックスにも、

ジャンクメールがいっぱい入っているでしょう!?

スパムメールを飛ばしているのは

いったい、どういう人たちなのでしょうか?

出会い系サイトのオーナーたちが多いそうですわ。

彼らは会員を集めるためにスパムメールをばら撒きます。

そのためにメールアドレスのリストを購入しています。

では、そのようなリストを販売している人は

どうやってメールアドレスを集めているのでしょうか?

ロボット(自動巡回プログラム)によって

自動収集させているのです。

ところで、サーチエンジンの自動巡回ロボットは

毎日世界中のサイトを訪問し、

その内容をデータベースに書き込んでいます。

同じように、このメールアドレス収集巡回ロボットも、

HTMLソースを分析し、

メールアドレスらしきものをどんどん記録してゆきます。

でも、使っていないメールアドレスが

たくさんあるのですよね。

あなたの使っているメールアドレスのことを

考えてください。

あなたはメールアドレスをいくつ持っていますか?

一つだけではないでしょう?

10以上持っているのではありませんか?

多分、ほとんどのメールアドレスは使ってないでしょう?

そのために、現在実際に使っている

メールアドレスを集めるために、

怪しい人物が使用度の高いメールアドレスを

集めているのですわよ。

だから、あなたもむやみに信用できない人に対して

返信しないようにしてくださいね。

詳しいことはデンマンさんが次の記事で書いています。

『コメント魔』

(2012年4月3日)


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ところで、卑弥子さんが面白いサイトを

やっています。

興味があったら、ぜひ次のリンクをクリックして

覗いてみてください。

『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。 バーィ


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絹の道と千夜一夜物語

2016年3月5日

 

絹の道と千夜一夜物語

 


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デンマンさん。。。 どういうわけで “絹の道”と“千夜一夜”を並べたのですか?


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ジューンさんは“絹の道”という言葉を聞いたことがあるでしょう!?

ええ。。。ありますわ。。。 日本では“シルクロード”と言った方が すぐに分かるのではありませんか?

“シルクロード”は6文字で、タイトルにすると長くなるので“絹の道”を選んだのですよ。

その“絹の道”と“千夜一夜物語”が関係あるのですか?

もちろんですよ。。。 もう一度 『千夜一夜物語』について読んでみてください。

千夜一夜物語


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サーサーン朝時代に中世ペルシア語であるパフラヴィー語で記された「ハザール・アフサーナ(ペルシア語版)」(هزارافسانه‎, Hazār-Afsāna‎)が、イスラームのアッバース朝時代に翻訳されたものとされる。
現存する最古のアラビア語写本は、9世紀の『千夜物語』(アルフ・ライラ)である。

もっとも初期の物語の1つは船乗りシンドバードの物語で10世紀以前のものであり、これに対してもっとも後期の物語はカマールと達者なハリマの物語、
マアルフの物語(蜂蜜入りの乱れ髪菓子と靴直しの禍いをまきちらす女房との物語)は16世紀のものらしい。
そして大多数の物語はこの二群の中間、すなわち10世紀から16世紀の間のものと推定されている。

アレクサンドル・ウラール(Alexandre Ular)はそれぞれの物語を銃器の使用有無やぶどう酒・蒸留酒・コーヒーの出現有無、たった1回だけ煙草が登場すること、
多くの病気が登場するにもかかわらず梅毒が登場しないことなどから千夜一夜物語の下限を15世紀から16世紀と結論している。

以上を総合すると、おそらくは9世紀もしくは10世紀のバグダードで原型がつくられ、徐々に物語がつけ足されてゆき、15世紀ごろのカイロで最終的なかたちにまとめられたのではないかと思われる。
ただし、9世紀頃に出現した「アルフ・ライラ」の原写本はみつかっておらず、初期の物語群がどのような経緯で現在のようなかたちになってきたかについては、いまだに不明確なままである。

ヨーロッパでは、18世紀初頭にフランスのアントワーヌ・ガランが「発見」し、シリア系写本を使ってフランス語訳を行い、広く紹介した。
以来、さまざまな翻訳と翻案が積み重ねられ、アラブ文芸の枠に留まらない大きな文学ジャンルと言えるほどの作品となっている。

エマニュエル・ジョルジュ・コスカン(Emmanuel Cosquin)(1909)は、全体の枠となる物語を分析し、次の3つの説話が原型になっているとした。

1.妻の裏切りに絶望したある男が、他の高貴な人物が自分と同様に不幸であったことを知って、心の悩みから免れる話

2.超人的存在でも女の裏切りはふせぎ得なかったという話

3.説話の名人がその妙技をもって自分やその父の危機を脱する話

このような構成には、他にも『屍鬼二十五話』、『ヒトーパデーシャ(英語版)』、『パンチャタントラ』などインドの説話集(サンスクリット文学(英語版))が知られており、
インド起源の説話がまずペルシアに伝わって風土化し、のちにアラブ人に伝わって成立したとする。
また、成立後も様々な作家によって新たに挿話が付け加えられ、原典であっても複数のテキストが存在する。


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出典: 「千夜一夜物語」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

上の説明にインド起源の説話がまずペルシアに伝わって風土化し、のちにアラブ人に伝わって『千夜一夜物語』が成立した、と書いてあるでしょう!

確かに、そう書いてありますわね。。。 で、“インド起源の説話”ってぇ、どういうお話なのですか?

“ジャータカ”と呼ばれる物語です。

ジャータカ

ジャータカ(Jātaka)とは、仏教でいうお釈迦様の前世の物語のこと。

パーリ語版は、パーリ語経典経蔵小部に収録され、漢訳『本生経』(ほんしょうきょう)は、大蔵経の本縁部に各種の話が収録されている。

本生譚(ほんしょうたん)ともいう。
十二部経の1つ。

法隆寺蔵の玉虫厨子には、ジャータカ物語として施身聞偈図の雪山王子や、捨身飼虎図の薩埵王子が描かれていることで知られる。


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捨身飼虎図

仏教経典には、さまざまな前世の因縁物語が説かれ、主には釈迦仏の前世による因縁を明かし、現世や来世を説いている。
これをジャータカというが、広義には釈迦のみならず、釈迦の弟子や菩薩などの前世の因縁も含めてジャータカ、あるいは本生譚と呼ぶ場合もある。

しかし、本来ジャータカとは特別な形式と内容をそなえた古い文学の種類を称して呼んだものである。
また漢訳仏典ではこれらの経典を『本生経』と総称し、パーリ語仏典には22篇に分けて計547もの物語がジャータカとして収録されている。
この形式には、現世物語・前世物語・その結果(あるいは来世物語)という三世で構成されている。

散文と韻文とで構成され、紀元前3世紀ごろの古代インドで伝承されていた説話などが元になっており、そこに仏教的な内容が付加されて成立したものと考えられている。

しかるに仏教がインドから各地へ伝播されると、世界各地の文学に影響を与え、『イソップ物語』や『アラビアンナイト』にも、この形式が取り入れられたといわれる。

また『今昔物語集』の「月の兎」なども、このジャータカを基本としている。


出典: 「ジャータカ」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

つまり、“ジャータカ”というのは、紀元前3世紀ごろの古代インドで伝承されていた説話などが元になっており、そこに仏教的な内容が付加されて成立したものと考えられているのですよ。。。

要するに、“ジャータカ”というのは、インドの説話に仏教的な内容が付加されて成立したのですわねぇ~。。。

そういうことです。

つまり、『千夜一夜物語』の中にも「ジャータカ」に出てくる話が載っているのですか?

そうですよ。。。

どういうお話なのですか?

エマニュエル・ジョルジュ・コスカン(Emmanuel Cosquin)(1909)が、全体の枠となる物語を分析し、3つの説話が原型になっている、ということを発見したのです。 その2番目に 2.超人的存在でも女の裏切りはふせぎ得なかったという 説話に基づく話があるのです。

つまり、「ジャータカ」の中にも、そのような話があるのですか?

あるのです。。。 「ジャータカ」の第436話にヒマラヤの洞窟で阿修羅が身分の高い美女をさらって箱に入れていた、という話が出てくるのですよ。。。


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阿修羅と帝釈天

阿修羅は、古代インドのアスラが仏教に取り入れられたものである。
古代インドでは生命生気の善神であったが、帝釈天の台頭に伴いヒンドゥー教で悪者としてのイメージが定着し、地位を格下げされたと考えられている。
帝釈天とよく戦闘した神である。


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名称も、本来サンスクリットの asu(息、命)に由来するが、悪者とみなされるようになってからは、「a」が否定の接頭語と解釈され、非天、非類などと訳された。

仏教に取り込まれた際には仏法の守護者として八部衆に入れられた。
なお五趣説では認めないが、六道説では、常に闘う心を持ち、その精神的な境涯・状態の者が住む世界、あるいはその精神境涯とされる。

興福寺宝物殿の解説では、「阿修羅」はインドヒンドゥーの『太陽神』もしくは『火の神』と表記している。
帝釈天と戦争をするが、常に負ける存在。

この戦いの場を修羅場(しゅらば)と呼ぶ。


出典: 「阿修羅」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


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そのうち、おとなしくなって阿修羅の言うことを素直に聞き入れるだろうと思っていたのだけれど、結局、その美女にも裏切られてしまったというエピソードです。

あらっ。。。 なんだか わたしに似ている女の人が箱の中に閉じ込められていますわねぇ~。。。 うふふふふふ。。。 阿修羅は、帝釈天と違って美女をさらうような悪いことをするのですわねぇ~。。。

そうですよ。。。 だから、いつも“修羅場(しゅらば)”で 帝釈天と戦うと負けてしまうのです。 (微笑)

上のような箱の中に閉じ込められれば、美女であろうがブスであろうが、表面上はともかく 心の奥底では 箱に閉じ込めた人を憎んでいますわァ。。。 で、このエピソードが“千夜一夜物語”の中では、どのような形のエピソードになるのですか?

次のようなエピソードになるのですよ。


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昔々、インドとシナを支配する王に二人の息子がいた。

兄のシャハリヤールと弟のシャハザマーンはそれぞれの国を治めていた。

あるとき兄は弟に会いたくなり、使いをやって呼び寄せた。

出発してすぐ兄への贈り物を忘れた事に気付いたシャハザマーンが宮殿へ取って返すと、妃が一人の奴隷と浮気の最中であった。

彼は妃と奴隷を殺してから兄の国を訪れたが、傷心のためひどく塞いでいた。

しかし兄の留守の間、シャハザマーンは兄の妃が二十人の男奴隷と二十人の女奴隷を相手に痴態の限りを尽くすのを目撃し、自分に起きた出来事はこれに較べればましだと思って元気を取り戻した。

帰ってきたシャハリヤールは弟がすっかり明るくなったのを見て理由を尋ねた。

弟が目撃した事を聞き、さらに自分の眼でそれを確かめると、シャハリヤールは衝撃のあまり弟と共に宮殿を後にして流浪の旅に出た。

ある海辺の一本の木の下で二人が休んでいる時にジン(Jinn)がやって来た。

ジンとは、アラブ世界で人にあらざる存在で、なおかつ人のように思考力をもつとみなされている。

すなわち精霊や妖怪、魔人など一群の超自然的な生き物の総称である。

英語では Genie と呼ばれる。

現れたジンは背丈が10メートルもありそうな大男で 二人が木に登って見ていると、ジンはオデコに付けている箱を地面に降ろして、砂浜に横になると眠ってしまった。


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やがて、その箱の中から出てきたのは、なんと世にも美しいセクシーな人間の女だった。

木の上の兄弟に気付いた女は二人に自分とセックスするように言い、しなければジンを起こして二人を殺させると脅した。

怯えた二人は言うとおりにした。

済むと女は、自分は婚礼の夜にジンにさらわれて今に至ること、しかしこれまでジンが眠っている隙に 570人(最新のマフディー版では98人)の男たちとセックスしたこと、なんとなれば女が何かをしたいと思えば何者もそれを抑える事など出来ないことを語って聞かせた。


(gal292.png)

ジンでさえ自分達よりも酷い不貞に遭っていることに驚嘆した二人はそれぞれの都へ帰っていった。

宮殿に戻った兄のシャハリヤールはまず妃と件の奴隷達の首を刎ねさせた。

そして大臣に毎晩一人の処女を連れて来るよう命じ、処女と寝ては翌朝になると殺すようになった。

三年もすると都から若い娘は姿を消してしまったが、それでも王は大臣に処女を連れて来るよう命じた。

この大臣には娘が二人いたが、恐怖と悩みにやつれた父を見て、姉娘のシャハラザードは自分を王に娶合わせるよう父に言った。

王のもとに参上したシャハラザードは妹のドニアザードを呼び寄せた。

王とシャハラザードの床入りが済むと、ドニアザードはかねて姉に言い含められたとおり姉に物語をねだった。

古今の物語に通じているシャハラザードは国中の娘達の命を救うため、自らの命を賭けて王と妹を相手に夜通し語り始めた。

千夜一夜の始まりである。


『ついに千夜一夜』より
(2015年9月11日)

あらっ。。。 このようにして『千夜一夜物語』が始まるのですか?

そうです。。。 

ところで、『今昔物語集』の「月の兎」なども、このジャータカを基本としている、と書いてありますけれど、「月の兎」というのは、どういうお話なのですか?

次のような話です。

月の兎


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あるとき菩薩は兎として生まれ、猿・ジャッカル・カワウソの友と一緒に暮らしていた。
兎は他の3匹に「食を乞う人が来たら、彼に食べ物を施そう」と提案し、自らは自分の身体を布施する覚悟でいた。

それを知った帝釈天は兎の決意を試すため、バラモンに変装して彼らに食を乞う。
カワウソは魚を、ジャッカルは肉とヨーグルトをそして猿はマンゴーと冷水を布施した。
最後に残った兎はバラモンが起こした火の中に身を投じて自分の肉を布施しようとしたが、この火は帝釈天が神通力で作り出したものなので、実際に兎は焼けることはがかった。

帝釈天は兎の優れた行いが永遠に知られるように山を圧搾して山の汁を搾り、月面に兎の絵を画いた。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


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147ページ 『仏教の事典』
編集者: 末木文美士 下田正弘 堀内伸二
2014年6月25日 初版第2刷発行
発行所: 株式会社 朝倉書店

あらっ。。。 月にいる兎さんは帝釈天が兎の行いに感心して月面に画いたものなのですか?

そうなのですよ。。。 僕も上のエピソードを読むまで、そういう事があったのを知りませんでした。 (微笑)

でも。。。、1968年に人間がロケットで月に降り立った時には、兎はいなかったじゃありませんか! そのような御伽噺(おとぎばなし)は今の子供たちは信じないと思いますわァ~。

確かに、ジューンさんの言うとおりかもしれません。。。 でもねぇ~、『今昔物語集』が作られた平安時代の末期の子供たちは信じたのですよ。

。。。で、このお話も“絹の道”を通って日本に伝わり 『今昔物語集』に収められた、とデンマンさんは言うのですか?

いや。。。 僕が言い始めたわけじゃなくて、そのように考えている歴史家が多いのですよ。。。 だから、上の『ウィキペディア』にも、そう書いてある。

でも。。。、でも。。。、それは違うと思うのですわ。。。 月にウサギさんが居るというお話は、“ジャータカ”とは無関係に、日本人が夢に見た話が元になってできた話だということだって考えられるではありませんか!

確かに可能性としては、そういう事も考えられるかもしれません。。。 でもねぇ~、やっぱり、“絹の道”を通って“ジャータカ”の話が日本に伝わったのだと僕は思います。

どうしてですか?

なぜなら、法隆寺蔵の玉虫厨子には、ジャータカ物語として 捨身飼虎図の薩埵王子が描かれているのですよ。


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つまり、上の地図でインドで成立した“ジャータカ”の話が “絹の道”をインド方面から西に向かってまずペルシアに伝わって風土化し、のちに(現在のバクダットの)アラブ人に伝わって成立したのが『千夜一夜物語』ですよ。。。 それに対して“ジャータカ”に出てくる“捨身飼虎(しゃしんしこ)”の話が “絹の道”をインド方面から東に向かって日本に伝わり、その図が 法隆寺蔵の玉虫厨子に描かれたのですよ。

つまり、そのとき一緒に“ジャータカ”のウサギさんの話も日本に伝わり、それがやがて『今昔物語集』に収められた、とデンマンさんは考えるのですか?

その通りですよ。。。 そう考えた方が自然だと思いませんか?

そうでしょうか?

あのねぇ~、日本には人が住み始めた頃から虎は居なかったのですよ。。。 だから、“捨身飼虎(しゃしんしこ)”の話が “絹の道”をインド方面から東に向かって日本に伝わったという事は確かなことです。。。 更に、単独でその話だけが伝わったというのは不自然です。。。 だから、“ジャータカ”のウサギさんの話も日本に一緒に伝わったと考えた方が自然でしょう!

そうでしょうか?

あのねぇ~、昔の人は“信じる者は救われる”と言いましたからねぇ~。。。 ジューンさんも素直に僕の言うことを信じたらどうですかァ~?


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。
あなたは デンマンさんの言うことを素直に信じられますかァ~?

確かに、“捨身飼虎(しゃしんしこ)”の話だけが伝わるというのは、片手落ちですよね。
ウサギさんの話も一緒に伝わったと考えた方が 自然かもしれません。

ところで、あなたは『千夜一夜物語』を読んだことがござ~ますかァ~?


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実は、あたくしは『千夜一夜物語』を読みながら成長したようなものですわ。
うふふふふふ。。。

『千夜一夜物語』からずいぶん大きな影響を受けましたわ。

ええっ。。。 どんな影響かってぇ~。。。?

実は、どうしたら素晴らしい殿方を魅了することができるのでしょうか?
あたくしは『千夜一夜物語』を読みながら ずいぶんと考えたのでござ~ますわァ。

そして、ついにその答えを見つけ出したのでござ~ますう。

その答えとは“ヴィーナスのえくぼ”でござ~ますわよゥ。
あたくしは、ジムに通ってやっと“ヴィーナスのえくぼ”をゲットしたのですわ。

あなたは信じられないでしょう?

じゃあ、ここでお見せしますわねぇ~。。。


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どうでござ~ますかァ?

ええっ。。。 あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?

どうしてよう?

ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?

あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、
最後には上のようなおヌードになるのですわよう。
信じてくださいましなァ~。。。

ところで あなたは“万夜一夜物語”ってぇ、聞いたことがござ~ますかァ~♪~。

“千夜一夜物語”ではなくてぇ、“万夜一夜物語”ですわ。


(manya02.jpg)

『万夜一夜物語』

デンマンさんが書いたのでござ~ますわよう。

ええっ。。。 10,001の話が書かれているのかってぇ~。。。?

とにかく、上のリンクをクリックして読んでみてくださいませぇ~。。。

あなたも、絶対にビックリするようなお話が出てきますわァ。

あたくしも、そのお話にあやかってウェディング ドレスを着てみました。

ええっ。。。 どんなドレスかってぇ~。。。?

あたくしのウェディング ドレスは“プーフィー(poofy)”なのですわよう。

つまり、ふわふわと膨らんでいるようなドレスなのですわ。

極秘の お写真なのですけれど、あなたのために、ここに貼り出しますわねぇ~。。。

じっくりとご覧になってくださいまし。。。


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ジューンさんの真似をして金髪に染めてみましたわァ。

いかがでござ~ましょうかァ?

このお写真を見れば、きっと あたくしと結婚したい ハンサムな殿方が
プロポーズしてくれると思うのでござ~♪~ますわァ。

おほほほほほ。。。

ところで、ジューンさんが登場する面白いお話はたくさんあります。

興味のある方は、どうか次のリンクをクリックして読んでくださいましねぇ~。。。

(roten101.jpg+cleoani.gif)

『最新混浴風景なのね』

『下着にこだわるのね』

『男心をそそる女の秘密』

『デンマンさん、おかえり』

『なぜヴィーナスのえくぼ』

『マドンナと行田の黒い霧』

『お○○こ画像』

『タイトルの魔術』

『なぜ処女とおばさん?』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人
(godiva05.jpg)

『やっぱり処女とおばさん』

『ウンコで走るバス』

『レダの卵』

『正月の熟女』

『新春画ネット散歩』

『愛と下着の美学』

『モナリザもビックリ』

『象が泣く』

『国際化に加速』

『美しき未亡人』

『ジューンさん、バイザイして』

『ジューンさん“いいね”が付いてるよ』

ジューンさんの熟女下着
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『床上手なのねぇ~』

『外国人SEXデンマン』

『外国人SEXデンマン再び』

『大きいことはいいことじゃない』

『デンバー直行便でジューンさんの下着』

『ジューンさんのヌードを探して』

『半分のお尻で…』

『プーフィードレス』


(sylvie122.jpg)

『万夜一夜物語』

『ゆかじょうず』

『日本語じょうず』

『モナリザがニーハオ』

『おばさんの下着がいいの?』

『なぜ、ヤノマミ?』

『マタハラ』

『マタハラとrundll32』

ジューンさんの熟女下着
(30june.jpg)

『お尻のえくぼ』

『なぜカウチポテト?』

『あなたの混浴』

『夢の出会いを求めて』

『乙女と処女』

『戦場に行くことを教えた女教師』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人
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『桜井の別れと母上様』

『ダイアモンドは女の親友』

『愛のコリーダを訳す』

『マルタ島のロマン再び』

『大前研一 奇妙な検索』

『ついに千夜一夜』

『いいね攻略と良妻賢母』

『批判が無いとヒトラーがのさばる』

『混浴入浴風景』

『9日間の女王』

『あなたは敬語?』

『原節子とジューンさん』

『モナリザの妹』

『ナイアガラとマリリンモンロー』

『おばさんパンツ@大晦日』

『ヴィーナスのえくぼ@ジューン』

『乳房振動とブラの研究』

『G線上のアリア』

『悲愴と白鳥』

『ブッダと千夜一夜物語』

とにかく、次回も興味深い記事が続きますわ。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、また。。。


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こんにちは。ジューンです。

スパムメールが相変わらず多いですわよね。

あなたのメールボックスにも、

ジャンクメールがいっぱい入っているでしょう!?

スパムメールを飛ばしているのは

いったい、どういう人たちなのでしょうか?

出会い系サイトのオーナーたちが多いそうですわ。

彼らは会員を集めるためにスパムメールをばら撒きます。

そのためにメールアドレスのリストを購入しています。

では、そのようなリストを販売している人は

どうやってメールアドレスを集めているのでしょうか?

ロボット(自動巡回プログラム)によって

自動収集させているのです。

ところで、サーチエンジンの自動巡回ロボットは

毎日世界中のサイトを訪問し、

その内容をデータベースに書き込んでいます。

同じように、このメールアドレス収集巡回ロボットも、

HTMLソースを分析し、

メールアドレスらしきものをどんどん記録してゆきます。

でも、使っていないメールアドレスが

たくさんあるのですよね。

あなたの使っているメールアドレスのことを

考えてください。

あなたはメールアドレスをいくつ持っていますか?

一つだけではないでしょう?

10以上持っているのではありませんか?

多分、ほとんどのメールアドレスは使ってないでしょう?

そのために、現在実際に使っている

メールアドレスを集めるために、

怪しい人物が使用度の高いメールアドレスを

集めているのですわよ。

だから、あなたもむやみに信用できない人に対して

返信しないようにしてくださいね。

詳しいことはデンマンさんが次の記事で書いています。

『コメント魔』

(2012年4月3日)


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ところで、卑弥子さんが面白いサイトを

やっています。

興味があったら、ぜひ次のリンクをクリックして

覗いてみてください。

『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。 バーィ


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群青の石とロマン

2012年4月25日

 

群青の石とロマン

 

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ラピスラズリ

 


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ラピスラズリ (lapis lazuli) を僕がいつも使っている三省堂の国語辞典で引いても出てないんですね。
英辞郎 on the Webで引くと次のように出ています。

《鉱物》 ラピスラズリ 12月の誕生石

三省堂のコンサイス英和辞典には次のように出ています。

《鉱》 瑠璃; 青色顔料; 瑠璃色。

僕は瑠璃と言うのは聞いたことがありますが、ラピスラズリという言葉は知りませんでした。
この石が12月の誕生石だということも知りませんでした。
僕が初めてこのラピスラズリに出くわしたのはクレタ文明を調べていたときです。
参考書の中に出てきたlapis lazuliという単語が分からず、これを辞書で引いたら「瑠璃」と出ていたわけです。

「石」と言ってしまっては身も蓋もないんですよね。
実は、この石は宝石として最も古くから装飾に使われている石のひとつです。
ラピスはラテン語で石を意味します。
ラズリは青という意味です。
ですから「青い石」となりますね。

ラズリは、アラビア語の、天・空・青を意味する“allazward”から派生しました。
このアラビア語はペルシャ語の紺碧色に由来する“lazward”が語源です。
フランス語の“azur”は、“l” が冠詞であるかのように扱われ、ラテン語から脱落して生まれたものです。
スペイン語やポルトガル語で青を意味する“azul”もここから来ており、イベリア半島が8~13世紀半ばまでイスラム世界であった名残りです。

このラピスラズリの鉱物名はラズライト(lazurite)と呼ばれます。
産地が数カ所しかない貴重な鉱物で、変成作用を受けた石灰岩の中に見つけることが出来ます。

lazurite (lazurite3.jpg--145x170)
青色の原因はイオウです。
ラズライト中にイオウが過剰に存在すると、イオウは鉄と結びついて金色の黄鉄鉱を形成します。
右側の標本の金色部分が黄鉄鉱です。
白色の部分は方解石です。
黄鉄鉱のみ含んでいるものが重宝されています。
いわゆる“金色の斑点が輝く群青の石”です。

このラズライトが取れる有名な鉱山がアフガニスタンのバダフシャン(Badakhshan)です。
この産地のバダフシャンは有史以前から知られており、現在も最良の原石が採れる最大の鉱山です。
長いあいだ唯一の鉱山でしたが、最近ではロシアのバイカル湖畔やチリの鉱山でも採取されています。

ラピスラズリは日本名を青金石といい、古くは瑠璃(るり)と呼ばれていました。
この瑠璃は星の瞬く夜空を連想させる美しい宝石であったようで、5000年以上も前から珍重されていたんですね。

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エジプトでは、紀元前3000年頃の墳墓から、エジプトでは産出されないラピスラズリの装飾品や工芸品が数多く発見されています。
ナイル河畔の町ルクソールの対岸にある王家の谷で発見されたツタンカーメン王(紀元前1350年頃)の黄金マスクにもラピスラズリが使われ、当時のままの美しい金と青のコントラストを見ることができます。
また、太陽と再生のシンボルである虫スカラベやオシリス神の鷹の頭を持つ息子ホルスの目にラピスラズリが使われています。

古代エジプト人はラピスラズリの持つ超自然的な力が病気にも効くと考えたようです。
眼病や鬱病、頭痛などの際に粉末にして塗布したり服用したりしたということがパピルスに書かれています。
この薬としての効用が後に伝えられたようで古代ギリシャ人やローマ人は強壮剤として、または下剤として使用していました。

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メソポタミアでは、紀元前2500年頃、チグリス・ユーフラテス河のデルタ地帯に存在したシュメール人の古代都市国家ウル(現在はイラク)の遺跡のプアビ女王墓からラピスラズリのネックレスが出土しました。
淳子さんにその模造品を身に着けてもらいました。
なかなか見ごたえがありますね。
でも、なんだか重そうですよね。(笑)
ラピスラズリとカーネリアン(紅玉髄)のビーズが付いた黄金の頭飾りなども同じ墓から多数発見されました。

聖書の中にもラピスラズリのことが書かれています。
旧約聖書の出エジプト記には、祭司の装飾品のひとつである胸当てにはめ込む石として青い石(Sappir)ラピスラズリの記述を見ることができます。
また新約聖書のヨハネ黙示録には、世界が終末を迎えた後現れるとされる新エルサレムの都の神殿、東西南北12の礎にはそれぞれ12種類の石で飾られ、そのうちの2番目がラピスラズリであると書かれています。
この12種の石が現在の誕生石の元となったそうですよ。
ラピスラズリは12月の誕生石なんですね。
どうして12月なのか?そこまでは調べていません。
もし、分かったら教えてください。

古代ギリシャおよびローマ時代からルネッサンスにかけて、ラピスラズリは、永続性のある群青色の顔料を作るために、細かく砕かれ有名な油絵に使われました。
ただ残念な事に時とともに色が濃くなってしまいます。
古い油絵の多くが黒ずんで見えるのは、このためです。

ルネサンス期、ヨーロッパではラピスラズリは「ウルトラマリン(海の向こうから来た青)」と呼ばれたんですね。
群青色の顔料として珍重されました。
ラピラズリから抽出したこの顔料は他のものでは同じ色を出すことができず、金と等価で取引されるほど高価なものだったそうです。
画家たちはこの鮮やかな青を聖処女マリアと子イエス・キリストのローブのみに使っていた時代もあったほどです。

1828年にフランス人のJ.B.ギメ(西暦1795-1871)が人工的にウルトラマリンを合成することに成功してから、顔料としての需要は急速に衰退します。

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日本では、ラピスラズリは瑠璃と呼ばれ、仏教の七宝(金・銀・瑠璃・玻璃・しゃこ・珊瑚・瑪瑙)のひとつとされました。
真言宗の開祖、空海(西暦774-835年)は瑠璃を守護石としています。
奈良、正倉院の宝物庫には、紺玉帯と呼ばれるラピスラズリで飾られた黒漆塗の牛革製ベルトが収められています。

日本を目指したマルコ・ポーロ(西暦1254-1324年)はその著書「東方見聞録(原題/百万の書)」の中でラピスラズリについて、次のように書いています。

世界中でもっとも高品質なラピスラズリがこの地方の山で採れる。
(中略)
そこへ行くには岩山の側面を切り出した細い小道を抜け、つり橋を渡らなければならなかった。
(中略)
銀の鉱脈のように縞状になってそれは現れた。

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ラピスラズリは、中国では青金石、紺玉と呼ばれシルクロードを通って運ばれ絹などと取引されたわけです。
ところで、このシルクロードという言葉は1877年にドイツの地理学者リヒトホーフェンが東洋と西洋を結ぶ隊商ルートをこう命名したのです。
中国産の絹を中央アジアのオアシスを通じて、イラン、インド、大消費地国であった当時のローマへ運ぶ交易路の一大ネットワークであったわけです。
紀元前2世紀頃、前漢の武帝の匈奴討伐による西域の安定化がその後の活発な東西の交流をもたらしました。

しかし、これまでの話からも分かるように、絹がシルクロードを通じて東西世界を行きかうよりもはるか昔から交易路は存在していたんですね。
交易品としてのラピスラズリが、それまであった中国-インダス、インダス-メソポタミアの交易路をすでに結び付けていました。
絹の需要が交易品としてラピスラズリをはるかに上回るようになり、そのために“シルク・ロード”という名前が有名になっただけです。

そういうわけで、シルク・ロードより以前に“ラピスラズリ・ロード”があった事をここで述べようと思います。

 

ラピスラズリ・ロード

ラピスラズリの原産地は限られていて、古来アフガニスタンの東北部に位置するバダフシャン地方が主要な産地でした。
なかでもアム・ダリアというアラル海に注ぐ大きな河があり、その支流のコクチャ川上流にあるサル・イ・サング(Sar-e-Sang)鉱山が有名です。
産出された原石は、北はコクチャ川からアム・ダリアを通ってソグディアナのサマルカンドやブハラ方面へ、また、南はヒンドゥークシ山脈を越え、カブールを経てインドやペルシャ、メソポタミア方面に運ばれていたのです。


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ペルシアのペルセポリスの遺跡

ラピスラズリがなぜメソポタミア方面にもたらされたのかについては、紀元前500年前後にアケメネス朝ペルシアのダレイオス(ダーラヤワウ)1世が,現在のイラク国境近くにあるスーサに宮殿を造るためラピスラズリを運んだことが碑文に刻まれています。
そのラピスラズリはすべてバダフシャン地方からのものです。
また、紀元1世紀に書かれた『エリュトゥラー海案内記』という文献に、インドの貿易港でラピスラズリが輸出されていたことが記されています。
このラピスラズリも当然バダフシャン地方のものです。

こうしたことを裏付けるように、バダフシャン産出のものがエジプトやメソポタミアばかりでなく、アフガニスタンやイランをはじめとする中央アジアの遺跡から発見されています。
そのうち特に注目を浴びたのが1966年からイタリア調査隊のM・トスィが発掘調査を開始したシャフリ・ソフタの遺跡です。

シャフリ・ソフタはガズニやカンダハルを通る南ルートにあたるのですが、ここからラピスラズリの原石の塊と装飾品に加工するための道具が大量に発見されました。
そのことにより、ここがラピスラズリの一大加工場だったことが分かりました。
また、カーネリアン(紅玉髄)やトルコ石などの原石も多数出土しているので、ラピスラズリだけでなく、その他の貴石の加工もなされていたことも分かりました。

シャフリ・ソフタはイラン国内ですが、アフガニスタンとの国境近くにあります。
アフガニスタンの南部には東北から西南に向かってヘルマンド川が流れており、その下流域はスィースタン(バルーチスタン)地方と呼ばれています。
この地方は現在アフガニスタンとイランとに二分されていますが、シャフリ・ソフタは、そのイラン側のシースタン地方にある城壁に囲まれた都市遺跡です。
遺跡からは50数基の窯跡なども発見されたことから貴石だけでなく、土器の一大加工場であったことも分かりました。

 

では、バダフシャンよりも

東方については

ラピスラズリがどのように

伝わったのか?

今度はそれを見てみようと思います。
ラピスラズリは中国の書物にも現れます。
1969年に現在の江蘇省の蘇州からいろいろな宝石がちりばめられた硯箱が発見されました。
それにラピスラズリが使われていたのです。
硯箱は重さ約3.5kgの豪奢なもので、現在南京博物館に保管されています。
ラピスラズリが使用された中国の傑作品の一つで、後漢時代(110年代)の明帝の墓から発見されたものです。


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莫高窟の大雄宝殿


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敦煌市街に立つ飛天像


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莫高窟の321窟の宝雨経変図

それから莫高窟の321窟の宝雨経変図に使われている青い顔料を分析してみた結果、ラピスラズリであることが分かりました。
莫高窟のある敦煌が当時国際貿易都市として繁栄していたのです。
そのために顔料が手に入れ易かったのでしょう。
ラピスラズリが大量に使われたのは隋唐時代ですが、のちの西夏時代になると、これに代わって岩碌青という違った岩石が使われるようになりました。

中国のラピスラズリは、バダフシャン地方のものがパミール高原を越えて東トルキスタン即ち西域地方に伝わり、そこからさらに中原地方へもたらされたものと考えられます。
そうすると、バダフシャンと中国とを結ぶルートも、ラピスラズリの道として重要な交易路と言えます。

 

さらに東に眼を向けると

どうなるでしょうか?

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つまり、中国を経由する日本への交易ルートです。

Wine glass at Shousou-in (winglass.gif--284x360)
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ところで、世界で最も古くガラスが作られたのは,紀元前2300年代以前にさかのぼると言われています。
また、カットによってガラス容器の表面を飾る技法は、紀元前8世紀ごろ始められたと言われています。
バビロニアのサルゴン王(紀元前722-705)の時代に透明なガラスが出来、カットの技法により削り出し、容器に仕上げる方法が発達しました。
この技法はペルシャのアケネメス王朝(紀元前558-331)のガラス工芸にも受けつがれ、素晴らしいガラス器を生み出すことになります。

ペルシャのササーン王朝時代(226-651)には、アケネメス時代のカットグラスが更に発展し、盛んに製作されるようになりました。
私たちが訪れる奈良の正倉院に現存する、上に示した紺瑠璃杯(こんるりはい)は、このササーングラスの一つです。
(現物はもう少し色が濃いです)

Silk Route (silkrd7.jpg)
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正倉院というのは、ご存知のように聖武天皇の宝物などを収めた校倉(あぜくら)造りの建物です。
同天皇が没した756年にはすでに建立されていたということが、最近の研究によって分かりました。
この上に示した紺瑠璃杯(こんるりはい)は4世紀か5世紀に作られたらしいのです。
従って、もし、4世紀に作られていたとすれば、それが、何百人かの商人の手を経て300年から400年かかって、上のシルクロードをたどりながらペルシャから大和へもたらされたことになります。
このガラスに顔料として使われているラピスラズリ(瑠璃)は当然それ以前にも交易品としてもたらされていたでしょう。

こうして見てくると、中央アジアのバダフシャン地方を中心にアジアから西方へ行くルートと東方へ延びる道が1本に結びつくラピスラズリ・ロードがあった事が良く分かります。
シルクロードとして知られる交易ルートがそれ以前にもラピスラズリを交易するためのルートとしてすでにあったと言うことはあまり知られていないようですね。
そう言う意味で、ラピスラズリを考えてみることは大切だと思います。
古代へのロマンをさらに膨らませてくれるのではないでしょうか?


初出: 『ラピスラズリとラピスラズリ・ロード』
     (2005年6月17日)


【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

デンマンさんの歴史ロマンのお話でした。

もっと読みたい人はリンクを貼りましたから面白そうなものを選んで読んでみてください。

『ラピスラズリと紺瑠璃杯』

『愛しの敦煌』

『ラピスラズリ と 美女アメニア』

『古代紫 Tyrian purple』

『飛鳥とペルシャ 石人男女像の謎』

『聖徳太子の母親はペルシャ人だった?』

『聖徳太子の個人教授にはペルシャ人が居た』


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『なぜ厩戸王子なの?』

『飛鳥と中南米は海でつながっていた』

『バンクーバーとブリスベン』


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あなたは最近、歴史の本を読みましたか?
ええっ。。。歴史の本ってつまらないから読まないの?

じゃあね、源氏物語を読んでみたら?

ええっ。。。源氏物語って昔の言葉で書いてあるから読んでも分からないと、あなたは、のたまうのでござ~♪~ますか?

現代語で書いてある本もたくさんありますわよ。
あのねぇ~、結構エロい事が書いてあって、その辺に転がっているポルノ雑誌よりもインスピレーションを与えられて、めちゃエロい気持ちになったりして、すっご~♪~く癒されることがあるのでござ~♪~ますわ。 うふふふふふ。。。

ええっ。。。それは変態的な読み方だと、あなたは、のたまうのでござ~♪~ますか?

とにかく、その辺で売っている週刊誌を読むのよりも、ずっと教養と文化の香りが身につくのですわ。
わりい事は言わないから、歴史の本を読まないのだったら、せめて源氏物語の現代語訳ぐらいは読んでくださいましね。

いづれにしても、興味深い記事が続くと思います。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあ、またね。。。


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『シルヴィーとネット革命(2011年5月6日)』

『シルヴィーとデヴィ夫人(2011年5月30日)』

『シルヴィーとケネディ夫人(2011年6月15日)』

『バンクーバー暴動と平和(2011年6月25日)』


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『ビルマからの手紙(2011年7月3日)』

『ブッシュの戦争(2011年7月7日)』

『国際的愚か者(2011年7月11日)』

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『海外志向とおばさんパンツ(2011年8月5日)』

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(june09b.jpg)

こんにちは。ジューンです。

ラピスラズリは和名では瑠璃(るり)ですよね。

あなたも「浄瑠璃」という言葉を

聞いたことがあるでしょう?

どうして「浄瑠璃」に「ラピスラズリ」が

入っているのでしょうか?

「浄瑠璃」の起源は、

中世末期ごろの御伽草子の一種

『浄瑠璃物語』であるそうです。

その物語は浄瑠璃御前と

牛若丸の情話に薬師如来など

霊験譚をまじえたものです。

その物語を語って神仏の功徳を

説いた芸能者があったということで、

そこから「浄瑠璃」の名が生まれたようです。

要するに、浄瑠璃御前の名前から

とったということなんですよね。

「群青の空の色」のように、

「紺瑠璃杯」のように、

きれいな、きれいな御前だったのでしょう。

源義経といえば、「静御前(しずかごぜん)」ですよね。

義経が兄の源頼朝と対立して京を落ちて

九州へ向かう際に静御前も同行するのです。

ところが、義経の船団は嵐に遭難して岸へ戻される。

静御前は吉野で義経と別れ京へ戻るのですが、

途中で従者に持ち物を奪われ山中をさまよいます。

その時に、山僧に捕らえられ

京の北条時政に引き渡されるのです。

そして、母の磯禅師とともに鎌倉に送られます。

静御前は頼朝に鶴岡八幡宮社前で

白拍子の舞を命じられます。

そのときに詠(うた)った和歌が次の2つでした。

「しづやしづ しづのをだまき くり返し

昔を今に なすよしもがな」

「吉野山 峰の白雪 ふみわけて

入りにし人の 跡ぞ恋しき」

要するに、義経を慕う歌を唄ったのです。

その歌が頼朝を激怒させます。

静御前は殺されそうになりますが、

妻の北条政子が「私が御前の立場であっても、

あの様に謡うでしょう」と取り成して

命を助けたというエピソードが残っています。

この時、静御前は義経の子を妊娠していました。

頼朝は女子なら助けるが、男子なら殺すと命じます。

静御前は男の子を産みます。

安達清常が赤子を受け取ろうとしますが、

静御前は泣き叫んで離しませんでした。

しかし、母の磯禅師が赤子を取り上げて

清常に渡しました。

赤子は由比ヶ浜に沈められたそうです。

悲しいお話ですわ。

ところで、卑弥子さんが面白いサイトを

やっています。

興味があったら、ぜひ次のリンクをクリックして

覗いてみてください。


(bitegirl2.gif)

『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ


(rengfire.jpg)


(byebye.gif)

ラピスラズリと紺瑠璃杯

2012年2月14日

 

ラピスラズリと紺瑠璃杯

 

(renge62d.jpg+winglass.gif)

Beaverland Net Form Processor
From: neko****@hb.tp1.jp
To: barclay1720@aol.com
Date:Sat, Feb 11, 2012 6:27 am.
Pacific Standard Time
日本時間: 2月11日 午後11時27分

MESSAGE SENT THROUGH YOUR WEBSITE

This form was submitted: Feb 11 2012 / 06:27:21

userid = barclay1720
YahGeo = encoding-identify-good
Your_Name = 旅猫マイケル
Your_Email_Address = neko****@hb.tp1.jp

Comments:

ラピスラズリ・ロードの中国ルートが書かれていますが、西行きのルートはバダフシャン(アフガニスタン)、シャアリ・ソフタ/テペ・ヤヒヤ(イラン)、ウル(イラク)、ルクソール(エジプト)等メソポタミア、エジプト、ペルシア、ギリシャ、ローマに伝えられたと書いている人もいますね。

また、正倉院の紺瑠璃杯に
ラピスラズリが使われているというのは盲点でした。


(himiko22b.gif)

デンマンさん…コメントをもらったのでござ~♪~ますか?


(kato3.gif)

そうなのですよ。 久しぶりに真面目なコメントですよ。

。。。で、どの記事なのですか?

どの記事だか判るように僕だけが判る記号を次のように書き込んであるのですよ。

YahGeo = encoding-identify-good

初めの YahGeo は Yahoo!-Geocities の略です。 URL に直すと http://www.geocities.jp/ となります。

。。。んで encoding-identify は。。。?

それを URL に直すと http://www.geocities.jp/barclay705/encoding/identify.html になるのですよ。

。。。んで、これは何というタイトルの記事なのでござ~♪~ますか?

上のURLをブラウザに入れてクリックすると次のページが表示されるのです。


(geo20213b.gif)

『どこの国の言葉だか全く見当がつかないのだが…』

(2003年6月8日)

この記事にはラピスラズリは出てこないではありませんか!

実は、上の URL のページをコピーして、本文を入れ替えたものを http://www.geocities.jp/ の僕のサイトにアップロードしたのです。

つまり、上の記号を書き直さなかったのですか?

そうです。 コメントを読んでから encoding を見て、すぐに正しい記号に書き直さなかったことに気がついたのですよ。 なぜなら、コメントの内容から歴史についての記事にコメントを書いたことがすぐに判る。 でも、encoding というのは以前、僕がエンコーディング、つまり、デジタルデータの符号化について書いた記事を集めたフォールダーの名前だったのですよ。

要するに、コメントが書き込まれた記事が、どの記事なのか?上のメールの内容を読んでも判らなかったのですか。

そうなのですよ。 でもねぇ、検索してみたらすぐに判りました。 その検索結果を見てください。


(gog20213.gif)

コメントに書いてある3つの言葉(ラピスラズーリロード 正倉院 紺瑠璃杯)を入れて検索してみたら、4つ表示された内のトップに、コメントが書かれた記事をドン・ピシャリ!と表示したのですよ。 しかも、僕が 「ラピスラズリロード」と書くべきなのに 「ラピスラズーリロード」と間違えて書いたのにもかかわらず正しい記事を探し当ててくれたのですよ。

あらっ。。。すごいですわね。 検索エンジンの威力ですわね。

そうなのです。 僕は検索エンジンに感謝しましたよ。 自分で探そうとしたら少なくとも1時間ぐらいかかってしまうかもしれません。 なにしろ、2005年6月17日に書いた記事なのですよ。


(geo20213.gif)

『ラピスラズリとラピスラズリ・ロード』

(2005年6月17日)

あらっ。。。マジで 7年程前に書いたのですわね。

この記事を書いてから初めてもらったコメントですよ。 だから、すぐに書いた記事が思い浮かばなかったのも無理はない!

つまり、すっかり忘れていたのですか?

最近はブログばかりに夢中になっていたので ヤフー・ジオシティー(http://www.geocities.jp/) に作った HP を、もう5年ほど更新してなかった。

デンマン・シンジケートにも入ってなかったのでござ~♪~ますか?


(hg20211.gif)

18のブログと1つのHP (Beaverland Web)で「デンマン・シンジケート」を作ったのだけれど、その時ヤフー・ジオシティー(http://www.geocities.jp/)が思い浮かばなかったので統計グループにも入れてなかったのですよ。

付け加えることは簡単にできるのでしょう?

すぐに付け加えることができますよ。 でもねぇ、現在、僕のパソコンが、またダウンしているので ヤフー・ジオシティー(http://www.geocities.jp/)のページを更新することができない。 ログインするための ID とパスワード書いてあるファイルが自宅のパソコンの中にある。 しかし、そのファイルにアクセスできないのですよ。

デンマンさんともあろう人がクラウド・コンピューティングをなさっていないのでござ~♪~ますか?

僕のパソコンのファイルをマイクロソフトの「スカイ・ドライブ」に転送しようとしていたら、運が悪くパソコンがダウンしてしまったのですよ。

「泣きっ面(つら)に蜂」でござァ~ますわね!?

その通りです。

。。。んで、「旅猫マイケル」さんにお返事を書いたのでござ~♪~ますか?

書きましたよ。 読んでみてください。


(foolw.gif)

Subj:
コメントありがとう!

バンクーバーのデンマンです。

Date: Mon, Feb 13, 2012 1:16 pm.
Pacific Standard Time
日本時間: 2月14日 午前6時16分
From: denman@infoseek.jp
To: neko****@hb.tp1.jp
CC: barclay1720@aol.com

旅猫マイケルさん、コメントありがとうございます。
僕の記事にコメントをもらうことは極めて稀なのですよ。

『ラピスラズリとラピスラズリ・ロード』という記事は2005年6月17日に書いたもので、それ以来コメントを書いてくれたのは旅猫マイケルさんが初めてでした。

僕が子供の頃はラピスラズリ (lapis lazuli) なんて耳にしたことも目にしたこともありませんでした。
エジプト、シュメール、バビロニアなどの古代から、宝石として、また顔料ウルトラマリンの原料として珍重されてきたというわけで、日本とは関係ないモノのようです。

ところが、ずっと昔、奈良時代に日本に渡っていたなんて、本当に世界は意外にも、昔も狭かった時期があったのですよ!
それが正倉院の紺瑠璃杯として残っている。

ラピス(Lapis)はラテン語で「石」。
ラズリはペルシア語からアラビア語に入った “lazward”(ラズワルド: 天・空・青などの意でアジュールの語源)が起源だそうで「群青の空の色」を意味しているらしい。

しかし、和名では瑠璃(るり)といい、考えてみれば「浄瑠璃」という名で耳に親しんでいる!
サンスクリット語のヴァイドゥーリャないしパーリ語のヴェルーリヤの音訳であるらしい。
でも、「るり」には聞こえないのだけれど。。。(微笑)。

しかし、どうして「浄瑠璃」に「ラピスラズリ」が入っているのか?

「浄瑠璃」の起源は、中世末期ごろの御伽草子の一種『浄瑠璃物語』であるらしい。
その物語は浄瑠璃御前と牛若丸の情話に薬師如来など霊験譚をまじえたもの。
その物語を語って神仏の功徳を説いた芸能者があったということで、そこから「浄瑠璃」の名が生まれたようです。
要するに、浄瑠璃御前の名前からとったということなんですよね。
「群青の空の色」のように、「紺瑠璃杯」のように、きれいな、きれいな御前だったのでしょう。


(winglass.gif+seisho05.gif)

とにかく、旅猫マイケルさん、コメントありがとうございました。
コメントをもらったお陰でいろいろと考えさせられました。
その事で2月14日に記事を書きます。
次のリンクをクリックして読んでみてください。

『ラピスラズリと紺瑠璃杯』

https://denman705.wordpress.com/historia/lapis/

日本時間で2月14日のお昼頃には投稿を済ませているはずです。
さらに時間があったら卑弥子さんがマスコット・ギャルをやっている次のサイトも覗いてみてください。


(himiko92.jpg)

『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

では、歴史を面白く楽しんでください。


(denman01.gif)

あらっ。。。あたくしのお写真まで貼り付けてしまったのでござ~♪~ますか?

卑弥子さんがマスコット・ギャルまでやって紹介しているサイトですからね。 旅猫マイケルさんにも読んでもらいたいと思ったのですよ。

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。
あなたは最近、歴史の本を読みましたか?
ええっ。。。歴史の本ってつまらないから読まないの?

じゃあね、源氏物語を読んでみたら?

ええっ。。。源氏物語って昔の言葉で書いてあるから読んでも分からないと、あなたは、のたまうのでござ~♪~ますか?

現代語で書いてある本もたくさんありますわよ。
あのねぇ~、結構エロい事が書いてあって、その辺に転がっているポルノ雑誌よりもインスピレーションを与えられて、めちゃエロい気持ちになったりして、すっご~♪~く癒されることがあるのでござ~♪~ますわ。 うふふふふふ。。。

ええっ。。。それは変態的な読み方だと、あなたは、のたまうのでござ~♪~ますか?

とにかく、その辺で売っている週刊誌を読むのよりも、ずっと教養と文化の香りが身につくのですわ。
わりい事は言わないから、歴史の本を読まないのだったら、せめて源氏物語の現代語訳ぐらいは読んでくださいましね。

いづれにしても、興味深い記事が続くと思います。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあ、またね。。。


(hand.gif)


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

浄瑠璃御前と牛若丸が本文中に出てきましたが、

源義経といえば、「静御前(しずかごぜん)」ですよね。

義経が兄の源頼朝と対立して京を落ちて

九州へ向かう際に静御前も同行するのです。

ところが、義経の船団は嵐に遭難して岸へ戻される。

静御前は吉野で義経と別れ京へ戻るのですが、

途中で従者に持ち物を奪われ山中をさまよいます。

その時に、山僧に捕らえられ京の北条時政に引き渡されるのです。

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そのときに詠(うた)った和歌が次の2つでした。

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昔を今に なすよしもがな」

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その歌が頼朝を激怒させます。

静御前は殺されそうになりますが、

妻の北条政子が「私が御前の立場であっても、

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命を助けたというエピソードが残っています。

この時、静御前は義経の子を妊娠していました。

頼朝は女子なら助けるが、男子なら殺すと命じます。

静御前は男の子を産みます。

安達清常が赤子を受け取ろうとしますが、

静御前は泣き叫んで離しませんでした。

しかし、母の磯禅師が赤子を取り上げて

清常に渡しました。

赤子は由比ヶ浜に沈められたそうです。

悲しいお話ですわ。

ところで、卑弥子さんが面白いサイトを

やっています。

興味があったら、ぜひ次のリンクをクリックして

覗いてみてください。


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とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ


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ナンと天狗

2011年1月18日

 
ナンと天狗
 

件名:小百合さん、おはよう!

特製のナン・ナンサンドイッチを作って

食べました。

きゃははははは。。。

Date: Sat, Jan 15, 2011 4:28 pm
Pacific Standard Time
日本時間:1月16日(日曜日)午前9時28分
From: denman@coolmail.jp
To: sayuri@hotmail.com
CC: barclay1720@aol.com

珍しく僕の記事にまともなコメントがついたのですよ。
バンザイ!

ウェストエンドのコミュニティセンターの分館(Joe Fortes Library)のパソコンで、さっき返信を書いて投稿してきました。
それからデンマンモールへ行って食料の買い溜めしてきましたよ。
きゃはははは。。。

最近、インドカレーとナンについて書いていたせいか、ナンが棚に並んでいるのが目に入った。

NAAN

Made with fire-roasted garlic, cilantro and ghee, and baked in a traditional tandoor oven.

Faits avec de l’ail grillé à la flamme, de la coriandre et du ghee, et cuits dans un four tandoor traditionnel.

カナダは英語とフランス語が公用語だから、包みにも両国語で書いてあるんだよ。
きゃはははは。。。

袋を読んだら、カナダで作られたと書いてある。
それをトロントにある LOBLAWS INC. というカナダで3本の指に入るぐらいの大きな食料品販売会社が売っている。
http://www.pc.ca で調べれば、上のナンについての詳しい情報がゲットできるんだって。。。

ナンが2枚入っている。2つで250グラム。
それで$2.22.
食料品には消費税(12%)はつかない。
ベーグルが1個で49セントだから、ちょっと高いよね。

「デンマンさん、

カレーを作って食べたの?」

いいえ。。。インドカレーとナンでは、ありふれているので、オーブンで暖めてナンサンドイッチを作って食べましたよ。
コーンビーフとトマトとスライスした玉ねぎにサワークリームをたっぷりかけて、ナンで挟みました。
ナンの袋を開けただけでもガーリックの匂いがツンときたぐらいだったから、サンドイッチにして食べたら、めちゃ旨かった!

小百合さんはガーリックに敏感だからガーリック入りのナンは食べないかもね?
でも、いつか栃木の「山の家」で小百合さんのために特製のナンサンドイッチを作ってあげるから楽しみにしていてね。
じゃあ、今日も軽井沢タリアセン夫人になりきって、千代田町のインドカレーでも食べにいってね。
バ~イ。。。

デンマンさん。。。コメントをもらえると、それ程うれしいものですか?

あのねぇ、僕の記事にはマジでまともなコメントがつかないのですよ。

それはデンマンさんがムキになって反論するからですわ。 私は次の記事についたコメントと、それに対するデンマンさんの返信を読ませていただきましたわ。

■ 『大阪の歴史馬鹿』

上のコメントに対するデンマンさんの向きになって、顔に青筋や赤筋を立てて反論している表情を思い浮かべると、誰だって批判的なコメントを書く気が起こりませんわ。

あのねぇ、僕が一生懸命に記事を書いたかどうかは、記事を読めば分かるものですよ。 それを2ちゃんねるで落書きをするつもりで下らないコメントを書く愚か者が居るのですよ。

たとえば、どのような。。。?

もうずいぶん前のコメントだけれど次のような落書きを書いた者が居たのですよう。

2006/09/20 01:30

投稿者:><

病院行けば良いと思うよ


『2ちゃんねるはなぜ悪いのか?』より
(2006年8月20日)

うふふふふ。。。これがコメントを書いた人の素直な気持ちだったのだから、デンマンさんは尊重すべきだと思いますわ。

あのねぇ、他人の家へ土足で上がり込んで来て、名前も告げずに「(精神)病院行けば良いと思うよ」と言って、そのまま唾を吐いて玄関から出てゆく。 2ちゃんねるでイタズラガキをしている常習犯だというのが良く分かるのですよ。 自分が誰だか判らないと思うから、上のようなくだらない落書きが書ける。でもねぇ、ここは2ちゃんねるではないから、この愚か者のIPアドレスはすぐに分かるのですよう。

上のラクガキストのIPアドレス:

210.136.161.50

ネットワーク名: MOBILE-GW
組織名: 株式会社 エヌ・ティ・ティ ドコモ
(NTT DoCoMo, Inc.)

上位情報:
株式会社エヌ・ティ・ティ ピー・シー コミュニケーションズ
(NTT PC Communications,Inc.)

デンマンさんは、このようにしてIPアドレスを晒すから、ますますコメントを書く人が居なくなるのですわ。

僕はコメントを書いてくれたすべての人のIPアドレスを晒すわけではないのですよ。 2ちゃんねるのつもりで落書きを書いて喜んでいる精神年齢が12歳の愚か者だけを晒しているのです。 この連中は、書かなくてもよい落書きを匿名で、あえて書いている。 嫌がらせのために。。。。

でも、IPアドレスまで晒す必要なないと思いますわ。

あのねぇ、名前も告げずに、挨拶も無しに玄関から土足であがり込んで来て「(精神)病院行けば良いと思うよ」と吐き捨てて、玄関から出てゆく。 ここまでされて小百合さんは気持ちよく「ありがとうございました。ごきげんよう、さようなら」と言って気分良く送り出すのですか?

“馬鹿を相手にするな!”

でも、このような格言が日本には古くからありますわ。 ただ、無視すればよいのですわ。

僕は、そのような日本の愚かな常識を信じないのですよ。

それでIPアドレスを晒すと、何か良い事でもあるのですか?

もちろんですよ。。。上の愚かなコメントは2006年に書かれたものだけれど、当時同じようなコメントをもらうと、すべてIPアドレスを晒したので、最近では、精神年齢12歳以下の愚か者がイタズラガキをしなくなったのですよう。 うしししし。。。

それで、いったいどのようなコメントをもらったのですか?

ここに書き出すから読んでみてください。

ようの発言

2011年1月14日 12:22 PM | 返信

はじめまして。興味深く日本史のページを読ませていただきました。
いろいろなことに大変詳しいとみてのお願いですが、
少し質問に答えていただけるとうれしいです。

日本のお面の一つに大天狗のお面がありますよね?
大天狗は鼻が誇張され長さが10センチ以上もあるお面と
大きな鼻ではあるがそこまでではないまるで
白人種(コーカソイド)の様なお面がありますよね?

あれはやはりリアルに白人種を模したお面が先に作られ
10センチ以上も長い鼻のお面はそれを誇張して後に作られたものなのでしょうか?
そして、それはどこからやってきたものなのでしょうか?

お面自体が中国で作られ中国にいたペルシャ人を模して作られ輸入されたのでしょうか?
それとも覚袈や…日ユ同祖論ではありませんが…
日本に移民してきた中東人を模して日本で作られたのでしょうか?
それとも偶然白人顔なのでしょうか?

お時間と興味がありましたら是非答えていただけるとうれしいです。
できたら出典もわかるものも教えていただけるとさらにうれしいです。


『デンマンのプロフィール』のコメント欄より

 

denman705の発言

2011年1月15日 9:38 AM | 返信

歴史の記事を読んでくれたそうで、ありがとうございます。
僕の記事にはめったにコメントがつかないのですよ。
んもお~~

コメントがついたと思うとスパムコメントか?
あるいは愚か者が「あっ。。。」とか「うっ。。。」とか「病院へ入ったら?」と言うような下らない落書きが書いてあるのです。

60年以上前にマッカーサーが言った言葉を僕は思いだすのですよう。

「日本人の精神年齢は12歳だ」

僕の記事についたコメントを見ると日本人の精神年齢はマジで12歳なんだろうか?
そう疑いたくなるようなものがたくさんあるのです!(微笑)

あなたのようなコメントを読むと、だから、僕はうれしくなってしまうのです。

ところで天狗の鼻の話は実に3年ほど前でしたか?
僕はバンクーバーの図書館で松本清張さんの本を読んだことがあります。
晩年の作品でした。
タイトルは忘れましたが「歴史雑感」と言うようなエッセー集だったと思います。
その中で飛鳥時代の鼻の高い、鼻の大きな面について書いていました。
晩年になって清張さんがイランに旅した時に、その鼻の大きなお面にそっくりなイラン人のお爺さんに出会ったと言うことで、その人の写真まで載せて紹介してました。

つまり、イラン人の祖先、古代ペルシャ人が実際に飛鳥時代の日本に技術者として、結構たくさん住んでいた。
清張さんの仮説の根拠として、その人物の写真を載せて考察していたのです。

「天狗」という者は不思議な力を持っている。
それは、例えば、鞍馬山で天狗が源義経に人間業(わざ)とも思えない剣術の極意を授けたと言うような話に語りつくされています。

考えてみれば、当時の“文明”は呉人、百済人や新羅人を除くと古代ペルシャ人や古代インド人によってもたらされたようです。
例えば、奈良の大仏の開眼式にはインドからやって来たボダイセンナが導師の役目を担ってMC (Master of ceremony)を務めていた。
彼は、日本人の目には鼻の大きな天狗と映ったでしょう。

さらに、唐時代の詩人・李白(701ー762)が作った「少年行」という詩があるのですよ。

五陵の年少、金市の東

銀鞍白馬、春風を渡(わた)る

落花(らっか)踏み尽くして、

何(いず)れの処(ところ)にか遊ぶ

笑って入る、

胡姫酒肆(こきしゅし)の中

(デンマン意訳)

盛り場を貴公子が春風の中、馬に乗って走っていく。
白馬に銀の飾りのついた豪華な鞍をつけている。
見るからに金持ちの貴公子です。
花びらを踏み散らしながらどこへ行くのかと李白が見ていたら、やがて胡姫酒肆の中へ入っていった。

酒肆というのは酒場のことです。
この詩の中に現れる胡姫という言葉に注目してください。
胡という字はもともとは異民族という意味で使っていたのですが、唐の時代になるとペルシャ人をさすようになります。
中国語では別に「波斯」と書いてペルシャのことをそう呼びます。
これはペルシャ語によるペルシャの発音「ファルシー」の音訳です。

つまり、「胡姫」というのは胡の姫、ペルシャ人の女の子です。
だから胡姫酒肆とくれば、もう決まっていますよね。
エキゾチックな可愛いペルシャ娘がお酌をしてくれるキャバレーですよ。

唐時代の貴族の間では胡人(ペルシャ人)のきれいなお姉さんのいるキャバレーへ行くのが流行っていたらしい。
おそらく遣唐船で唐の都へ留学した学僧や貴族の子弟は、キャバレーでクレオパトラを目にしたような驚きを覚えたでしょう。

もし、クレオパトラの鼻が3センチ低かったら歴史は変わっていただろう!と言うパスカルの言葉は、当時の留学生の驚きだったでしょう。
つまり、“天狗の鼻の高さ”は、まさに“文明の高さ”ではなかったか?
僕は、そう思っているのですよ。(爆笑)

 

denman705の発言

2011年1月15日 9:43 AM | 返信

僕の返信を読み返してみたら、あなたの質問の答えになってないかもしれません。

あたなのコメントをうろ覚えのままマンションで下書きを書いて投稿したのでした。僕のパソコンがダウンして、今、バンクーバーのウェストエンドにあるコミュニティセンターの分館(Joe Fortes Library)でこれを書いています。

近いうちに記事の中で、もっと詳しく書くつもりです。
期待していてくださいね。

では。。。


『デンマンのプロフィール』のコメント欄より

天狗の面はマジで古代ペルシャ人や古代インド人の容貌を真似て作られたのですか?

僕は、そう信じていますよ。 天狗というのは不思議な力を持っていると日本人の間では信じられている。 飛鳥時代やそれ以前にやってきた古代ペルシャ人や古代インド人も、当時の日本人の目には、不思議な力を持っている人たちと映ったと思うのですよ。 上の返信の中でも書いたけれどボダイセンナは不思議な力を持っていた。 つまり、呪術に通じていた。

菩提僊那(ぼだいせんな)

Bodhisena(ボーディセーナ)

704年 – 760年3月16日(天平宝字4年2月25日)

奈良時代の渡来僧。
婆羅門僧正・菩提僧正とも称される。
弟子の修栄が撰した『南天竺婆羅門僧正碑』および『東大寺要録』中の「大安寺菩提伝来記」に伝記が残されている。

菩提僊那は、インドのバラモン階級に生まれた。
姓はバーラードヴァージャ(婆羅門遅)と伝わっている。
彼は青年期に唐へローカタクシャや安世高の偉業を追って、ヒマラヤを越えて入唐し、中国五台山にも滞在した。
五台山の文殊に会うためという説もある。

唐では長安の崇福寺を拠点に活動していたようで、唐滞在中に日本からの入唐僧理鏡や第十次遣唐使副使中臣名代らの要請により、チャンパ国出身の僧仏哲・唐の僧道璿とともに736年(天平8年)に来日した。
3人の僧ははじめ九州の大宰府に赴き、行基に迎えられて平城京に入り、その中の大安寺に住し、時服を与えられた。

僊那は、華厳経の諷誦にすぐれ、呪術にも通じていた。
インド呪術は、僊那から日本僧の弟子へ伝授された。

751年(天平勝宝3年)僧正に任じられ、翌752年(天平勝宝4年)4月9日には東大寺盧舎那仏像の開眼供養の導師をつとめている。
こうした功績から菩提僊那は、聖武天皇、行基、良弁とともに東大寺「四聖」としてその功を称えられている。

760年(天平宝字4年)2月25日、僊那は大安寺にて西方を向いて合掌したまま死去した。
翌3月2日、登美山右僕射林に葬られた。
残された僅かな図画を基に、2002年の開眼1250年法要の機会に菩提僊那像が製作され、現在、本堂に安置されている。
日本人とは異相で、眼も緑色に彩色されている。

出典:
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

その不思議な力に衝撃を受けて天狗の面を作ったとデンマンさんはおっしゃるのですか?

そうですよう。。。当時だから、テレビもビデオもデジカメもパソコンもない。 見たこともない人に、その不思議な力を持っている古代ペルシャ人や古代インド人の表情を伝えようとすれば、もし手先の器用な人ならば、お面を作って説明したでしょう。

それが天狗の面になったと。。。

そうですよう。。。僕が当時生きていたら、やっぱり、天狗の面のようなものを作って説明したと思いますよ。

要するに天狗の面は日本で作られたのですか?

僕は、そう思いますよ。 でもねぇ、古代ペルシャやインドで使われていた天狗に似た面が、その人たちによって日本へもたらされた可能性もありますよ。 ギリシャでは喜劇にお面が使われていましたからね。 その面がアレクサンダー大王の東征で中央アジアにもたらされ、やがてシルクロードを通って日本にやって来た。 充分に考えられますよ。

その根拠でもあるのですか?

古代インドも関係ないことはないのですよう。 ちょっとウィキペディアの「天狗」を読んでみてください。

天狗

天狗とは、日本の民間信仰において伝承される神や妖怪ともいわれる伝説上の生き物。

一般的に山伏の服装で赤ら顔で鼻が高く、翼があり空中を飛翔するとされる。
俗に人を魔道に導く魔物とされ、外法様ともいう。
また後白河天皇の異名でもあった。

元来は中国の物怪で、火球の流星痕が狗(いぬ)に似ていることから、天の狗、すなわち天狗と呼ばれた。
また、中国の奇書『山海経』2巻西山経の陰山の項に、「有獸焉 其狀如狸而白首 名曰天狗 其音如榴榴 可以禦凶」
(獣あり。その状狸(山猫を指すと考えられる)の如く、白い首、名は天狗。
その声は榴榴の様。凶をふせぐによろし)とある。

なお仏教では、経論律の三蔵には、本来、天狗という言葉はない。
しかし、『正法念處經』巻19には「一切身分光燄騰赫 見此相者皆言憂流迦下 魏言天狗下」とあり、これは古代インドのサンスクリット: Ulkā(漢訳音写:憂流迦)という彗星の名を、天狗と翻訳したものである。

日本において天狗の言葉が初めて見られるのは『日本書紀』舒明天皇9年2月(637年)、怪音をたてて空を飛来するもの(ソニックブームを生じた火球)を唐から帰国した学僧、旻(みん)が、「非流星 是天狗也 其吠聲 似雷也」(流星にあらず、これ天狗アマキツネなり)と呼んだという記載がある。
奈良〜平安時代初期における天狗とは、『山海経』の形状の通り天狐であり、火球を指したと考えられる。

出典:
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ウィキペディアには、このように書かれてますよ。 いろいろと説があるようだから、特定することはできないでしょうね。

それで、ナンと天狗が関係あるのですか?

いや。。。直接の関係はないのですよ。 ただ、ボダイセンナのことをかんがえると、ふるさとを遠くはなれて、はるばる大陸の東の端までやって来て、食べたくともインドカレーとナンが食べれなかったのではないか?

なんだか可哀想ですわね。

だから、時には口に合わない日本の食べ物を食べさせられて、ムカついた事もあったのではないか?

それで、ムカついている天狗のお面は赤いのですか?

うへへへへへ。。。たぶんね。

【卑弥子の独り言】

ですってぇ~。。。
ムカついたから天狗のお面が赤いなんて、こじつけですわよう。
あなただってぇ、そう思うでしょう?
でも、アレクサンダー大王が登場して、ギリシャのお面が中央アジアに伝わり、それがシルクロードを経て日本にやって来たという説明は面白いと思いましたわ。
ありそうですわよね。

とにかく次回は、もっと興味深い話題になるはずですわ。
だから、あなたもどうか、また明後日、読みに戻ってきてくださいませぇ。
じゃあねぇ~。。。

 
メチャ面白い、

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こんにちは。デンマンです。

これは昔のタバコの宣伝ポスターですけれど、

これを見るとキューピッドが天狗の面を

かぶっているように見えますよね。

もちろん、男性のシンボルと

エロスを重ね合わせているわけです。

天狗の長い鼻から男性のシンボルを

想像することはごく自然だったからでしょう。

ところで、ジューンさんが英語の面白いお話を

集めました。

時間があったら、ぜひ覗いてくださいね。

『あなたのための楽しい英語』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。