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エレクトラde中国

2017年7月23日

 

エレクトラde中国

 


(nymph03.png)
ギリシャのエレクトラ




中国のエレクトラ



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『愚かなスパマー HIRO 中野』


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デンマンさん。。。 エレクトラというのはギリシャ神話に出てくる女性でしょう?


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そうです。。。

それなのに、どういうわけで中国に登場するのですか?

その質問に答えるには、まず次のリストを見て欲しいのですよ。。。。


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『拡大する』

あらっ。。。、チャイナドレスを着た ちょっとセクシーな女性が登場しましたわねぇ~。。。

実は、この女性は香港島の中西区に住んでいる劉嘉玲(ラウ・ガーリン)さんなのです。。。 彼女が赤枠で囲んであるリンクから僕の Denman Blogの記事を読みにやって来たのですよ。。。

劉嘉玲(ラウ・ガーリン)さんが香港に住んでいると、どうやって突き止めたのですか?

IPアドレスを調べたのです。。。


(ip7220b.png)

『拡大する』

IPアドレスを調べても プライバシーを保護するためにアクセス者の名前まではゲットできないはずですわァ~。。。

ジューンさんも厳しいツッコミを入れるのですねぇ~。。。 ガーリンさんが記事を読んで面白かったので、その事を書いて僕にメールをくれたのですよ。。。

。。。で、リファラ(リンク元URL)の中の赤枠で囲んであるリンクをクリックしてどの記事を読んだのですかァ~?

リンクをクリックすると次の検索結果が出てくるのです。


(so70721a.png)


『拡大する』

『“Japanese films” タグ(tag)のページ』

『現時点での検索結果』

あらっ。。。 劉嘉玲(ラウ・ガーリン)さんは中国の検索エンジンの検索結果にまで出てくるのですか?

上の写真は僕が貼り付けたのですよ。。。 ガーリンさんは「japanese passionate films」と入れて検索したのです。。。 上のリンクをクリックして『現時点での検索結果』を出してもガーリンさんの写真は出てきません。。。

上の検索結果の赤枠で囲んである“Japanese films”という記事を Denman Blogで読んだのですか?

そうです。。。 でもねぇ~、上のリンクをクリックしても直接 “Electra Complex”という日本の映画が出てくる記事は出てこない。。。 次のページが出てくるのですよ。。。


(wptag721.png)


『拡大する』

『“Japanese films” タグ(tag)のページ』

『Elctra Complex』

見れば判るように これは“Japanese films”というタグ(tag)のページなのです。。。 要するに“Japanese films”というタグが付いた記事をまとめて掲載してあるページです。。。

。。。で、どの記事を読んだのですか?

上の画面でも見えてるけれど、“Electra Complex”を読んだのです。。。


(electra3.jpg)

『Electra Complex』

劉嘉玲(ラウ・ガーリン)さんは女優を目指して、現在 香港の演劇学校に通っているのですよ。。。 いづれ日本の映画界にデビューしようと思って日本の映画に興味を持っているわけです。。。

。。。で、ギリシャ神話のエレクトラを書いた記事に日本の映画も出てくるのですか?

出てくるのですよ。。。

。。。で、劉嘉玲(ラウ・ガーリン)さんは日本のどの映画に関心を持ったのですか?

次の映画です。。。


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Noriko (Setsuko Hara)

Professor Shukichi Somiya (Chishu Ryu) has only one child, a twenty-seven-year-old unmarried daughter, Noriko (Setsuko Hara), who takes care of the household and the everyday needs of her father. On a shopping trip to Tokyo, Noriko encounters a family friend, Jo Onodera (Masao Mishima), who lives in Kyoto, and they go to a cafe together. Noriko knows that Onodera, a widower, has remarried, and she tells him that she finds the very idea of his remarriage distasteful, even filthy. Onodera, and later her father, tease her for such thoughts.

Shukichi’s sister, Masa (Haruko Sugimura), convinces him that it is high time Noriko got married. Noriko is friendly with her father’s assistant, Hattori (Jun Usami), and Masa suggests to Shukichi that he ask Noriko if Hattori might be interested in her. When he does bring up the subject, however, Noriko just laughs: Hattori already has a fiancée he is about to marry.

Undaunted, Aunt Masa tries to serve as her niece’s matchmaker. She pressures Noriko to meet with a marriageable young man, a Tokyo University graduate named Satake who, Masa believes, bears a strong resemblance to Gary Cooper.


(cooper1950.jpg)

   Gary Cooper

Noriko declines, explaining that she doesn’t wish to marry anyone, because to do so would leave her father alone and helpless. Masa surprises Noriko by claiming that she is also trying to arrange a match between her brother and Mrs. Miwa (Kuniko Miyake), an attractive young widow known to Noriko. If Masa succeeds, it would mean Shukichi would have someone other than Noriko to care for him.

At a Noh performance, Shukichi nods to Mrs. Miwa, which triggers Noriko’s jealousy. When her father tries to talk her into going to meet Satake, he tells her that he himself intends to marry Mrs. Miwa. Devastated, Noriko reluctantly decides to meet the young man and, to her surprise, gains a very favorable impression of him. Shaken by thoughts of her father taking a second wife, Noriko gives in and consents to her arranged marriage.

The Somiyas go on one last trip before the wedding to Kyoto, where they meet Onodera and his family. Noriko changes her opinion of Onodera’s remarriage when she discovers that his new wife is a nice person.


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While packing their luggage for the trip home, Noriko asks her father why they can’t simply stay as they are now – she is very happy living with him and marriage certainly wouldn’t make her any happier. Shukichi admonishes her, saying that she must embrace the new life she will build with Satake, one in which he, Shukichi, will have no part, because “that’s the order of human life and history.” Noriko asks her father’s forgiveness for her “selfishness” and agrees to go ahead with the marriage.

Noriko’s wedding day arrives.

Both Shukichi and Masa admire Noriko, who is dressed in a traditional wedding costume.


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After the ceremony, Aya (Yumeji Tsukioka), a divorced friend of Noriko’s, goes with Shukichi to a bar, and he confesses to her that his claim that he intended to marry Mrs. Miwa was all a ruse to help persuade Noriko to get married herself. Aya, touched by his sacrifice, promises to visit him often. Shukichi returns home and faces the quiet night all alone.


『晩春』

 


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『晩春』は、1949年(昭和24年)に公開された小津安二郎監督の日本映画。
1949年度の「キネマ旬報ベスト・テン」の日本映画部門で1位に輝いている。
日本国外でも非常に高い評価を得ており、英国映画協会(BFI)選定の2012年版「批評家が選ぶ史上最高の映画トップ50」で15位に輝いている。

娘の結婚を巡るホームドラマを小津が初めて描いた作品であり、その後の小津作品のスタイルを決定した。
小津が原節子と初めてコンビを組んだ作品でもある。
なお、本作および後年の『麦秋』(1951年)、『東京物語』(1953年)で原節子が演じたヒロインはすべて「紀子」という名前であり、この3作品をまとめて「紀子三部作」と呼ぶこともある。

原作は、作家の広津和郎が熱海に滞在中に書いた小説『父と娘』である。
小津は本作以前にもホームドラマを数多く手掛けているが、結婚する娘と父の関係を淡々とした日常の中に描いたのは、本作が初となる。
戦後2作目となる前作『風の中の牝雞』(1948年)では、戦後の荒廃した世相を夫婦の危機に反映させた意欲作だったにもかかわらず観客の拒絶にあい、失敗作と認めざるを得なかった小津にとって、一転して娘の結婚をめぐるホームドラマという普遍的な題材は興味を引くものだった。

監督を承諾した小津は、『箱入娘』(1935年)以来14年ぶりにコンビを組む野田高梧と約1年をかけて脚本を執筆し、映画化にのぞんだ。
野田とのコンビによる約1年間の脚本共同執筆は、以後、小津の遺作となる『秋刀魚の味』(1962年)まで続くこととなるが、同時に、原節子とのコンビ、笠智衆演じる初老の父親が娘を嫁にやる悲哀など、いわゆる小津映画のスタイルも、すべて本作で初めて確立された。

また、ローアングルで切り返す独特な人物ショットの反復や、空舞台と呼ばれる風景カットの挿入などの映像スタイルは、必ずしも本作で初めて採用されたものではないが、以後遺作まで反復される娘の結婚というドラマと連動することによって、その説話的主題を明確にする映像スタイルとして機能することになる。

占領下の日本において、鎌倉や京都の日本的な風景や能舞台などの日本文化をフィルムに焼きつけ、その中で描かれる余分な要素を一切排除した結婚ドラマは、公開当時、そこに日本的なものの復権を感じ取る観客層と、戦後の現実からの逃避とみなす観客層の二つに分かれ、評価は賛否両論となった。

しかし、あえて普遍的な人間ドラマをありのままに描こうとする小津の姿勢は、後にテレビ時代に入って本格化するホームドラマの製作スタイルに多大な影響を与えることとなった。
一方、映画で語られる人間の感情を描ききるためには映画文法を踏み外すことも辞さない小津の姿勢や、感情を映像化しようとするスタイルは、後に世界中の映画評論家やファンの議論の的となり、小津作品の中でも今なお最も語られることの多い一本である。

本作は、リンゴの皮を剥いていた父親がうなだれるシーンで終わるが、当初小津は父親役の笠智衆に「皮を剥き終えたら慟哭するように」と指示を出していた。
大仰な演技を嫌っていた小津からそのような要求を受けたことに驚いた笠は「それはできない」と答え、小津も無理にやらせようとはしなかったため変更になった。
小津の指示通りに演技をしていた笠が、唯一小津に異を唱えたのがこのシーンである。
笠は後に、小津自身も迷っていたのかもしれず、また自分にそういう演技はできないことを小津も分かっていだのだろうとした上で「できるできないは別にして、とにかくやってみるべきだった。
監督に言われたことはどんなことでもやるのが俳優の仕事」と語っている。

劇中の能の演目は小津が能楽師の金春惣右衛門に相談し、本作が恋物語であることから、金春が『杜若』を提案し、採用された。
『杜若』はカキツバタの精の話で、『伊勢物語』第九段に出てくる在原業平のカキツバタの和歌(遠く都に置いてきた妻を想う歌)を下敷きにしたもの。
クレジットには「杜若 戀之舞」とあるが、「戀之舞」の部分は編集時にカットされた。
シテを演じているのは梅若万三郎。

あらすじ

早くに妻を亡くし、それ以来娘の紀子に面倒をかけてきた大学教授の曾宮周吉は、紀子が婚期を逃しつつあることが気がかりでならない。
周吉は、妹のマサが持ってきた茶道の師匠・三輪秋子との再婚話を受け入れると嘘をついて、紀子に結婚を決意させようとするが、男が後妻を娶ることに不潔さを感じていた紀子は、父への嫌悪と別れの予感にショックを受けてしまう。

マサの持ってきた縁談を承諾した紀子は、周吉と京都旅行に出かけ再度心が揺れるが、周吉に説得されて結婚を決意する。
紀子が嫁いだ晩、一人家に残る心を決めた周吉は、人知れず孤独の涙を流す。


SOURCE: 晩春 (映画)
Wikipedia, the free encyclopedia

PICTURES:
From the Denman Library

あらっ。。。 劉嘉玲(ラウ・ガーリン)さんは英語も日本語もできるのですか?

香港中文大学で英語と日本語を勉強したのですよ。。。 だから、英語も日本語もかなり話せます。。。

。。。で、将来 女優を目指しているのですか?

現在、香港演芸学院で本格的に演劇を勉強しているのです。。。 近い将来、香港ばかりでなく、ハリウッドでもデビューしようと頑張っているのですよ。。。

。。。で、劉嘉玲(ラウ・ガーリン)さんは上の『晩春』をDVDを借りて観たのですか?

そうです。。。 しみじみとした映画で、ハリウッド映画にはない素晴らしさを発見して感激したとメールに書いてありました。。。

劉嘉玲(ラウ・ガーリン)さんは日本にも行く予定があるのですか?


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僕が今年の秋に行田に帰省すると書いたら、ガーリンさんも その頃に日本へ行くそうですよ。。。

マジで。。。?

ジューンさんは、全く信じてないみたいですねぇ~。。。

ちょっと、できすぎているのではありませんかァ~?


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

たぶん、ジューンさんは信じてませんわ。。。

あなただってぇ、できすぎた話だと思うでしょう?

 

話は変わりますけれど、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ フィーバー”が起こっているのですわよう。。。

ええっ。。。 信じられないというのでござ~ますかァ?

あなたも ジューンさんのように疑り深いのですわねぇ~。。。

じゃあ、ちょっと次の検索結果を見てくださいまし。。。


(gog60409a.png)

『拡大する』

『現時点での検索結果』

「卑弥子 女性の本当の魅力 ヴィーナスのえくぼ」と入れてGOOGLEで検索する殿方が多いのでござ~ますわァ。

つまり、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”を目当てにやって来るのですわァ~。。。

うふふふふふふ。。。

あなたも、ビックリするでしょう?

アシカの事故よりも ビックリしたのではござ~ませんかァ?

ジムに毎日通って“ヴィーナスのえくぼ”をゲットしたのですわよ。


(buttdimp5.jpg)

どうでござ~ますかァ?

ええっ。。。 あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?

どうしてよう?

ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?

あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、

最後には上のようなおヌードになるのですわよう。

信じてくださいましなァ~。。。

ところで、あなたは『万夜一夜物語』を読んだことがござ~ますかァ~?

“千夜一夜物語”ではなくてぇ、“万夜一夜物語”ですわ。


(manya02.jpg)

『万夜一夜物語』

デンマンさんが書いたのでござ~ますわよう。

ええっ。。。 10,001の話が書かれているのかってぇ~。。。?

とにかく、上のリンクをクリックして読んでみてくださいませぇ~。。。

あなたも、絶対にビックリするようなお話が出てきますわァ。

『万夜一夜物語』だけでは、物足りないのでしたら、
ジューンさんが登場する面白いお話もたくさんあります。

興味のある方は、どうか次のリンクをクリックして読んでくださいましねぇ~。。。

(roten101.jpg+cleoani.gif)

『9日間の女王』

『あなたは敬語?』

『原節子とジューンさん』

『モナリザの妹』

『ナイアガラとマリリンモンロー』

『おばさんパンツ@大晦日』

『ヴィーナスのえくぼ@ジューン』

『乳房振動とブラの研究』

『G線上のアリア』

ジューンさんの熟女下着
(30june.jpg)

『悲愴と白鳥』

『ブッダと千夜一夜物語』

『絹の道と千夜一夜物語』

『ヤノマミの乙女』

『ジャータカと今昔物語』

『白木屋お熊とセックス』

『パンツを売る乙女』

『床上手な女@マルタ島』

『宮沢りえとおばさんパンツ』

『マチュピチュとインディー・ジョーンズ』

『映画を愛する薄命の女』

『ベニスの騒動』

『アンネとハンナ』

『名器たこつぼ』

『レダの卵を探して…』


(miro0018.jpg)

『サモトラケのニケとミロのヴィーナス』

『薄命な女のパンツ』

『ロトの娘たち』

『もう一人のモナリザ』

『万夜一夜の謎』

『自由という誘惑』

『驚異の大洪水』

『おつまみミステリー』

『混浴風景を探して』

『ハレルヤ』


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『マルタ島のロマンだ』

『宮沢りえ人気@海外』

『癒しを奏でるパンツ』

『マルタ島deロマン』

『生ログdeロマン散歩』

『宮沢りえ@クールジャパン』

『混浴風呂ガー』

『ウェルカムバック』

『コペンハーゲンからやって来た』

『ロシアからやって来た』

『海外美女ランキング』

『ブログを解剖する』

『スイスからトランプ見に来る』


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『海外美女を探して』

『パンツde大晦日』

『Tバック@三賀日』

『とっちゃん坊や』

『また千夜一夜』

『初恋の思い出』

『乳房振動とブラ』

『白木屋お熊』

『肥後ズイキ@セルビア』

『紐パン熟女』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人
(godiva05.jpg)

『美尻のビーナス』

『紐パン熟女に惹かれて』

『あの二人が気になって』

『肥後ズイキ@セルビア』

『私は下着女装です』

『ドリアンを探して』

『パリの日本人』

『ペンタゴン式己を疑う』

『薄命な女と映画』

『ラーメン@ベリーズ』

『うるさい夏』

『芭蕉と英語』

『晩香坡物語 生誕150年』

とにかく、次回も興味深い記事が続きますわ。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、また。。。


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こんにちは。ジューンです。

スパムメールが相変わらず多いですわよね。

あなたのメールボックスにも、

ジャンクメールがいっぱい入っているでしょう!?

スパムメールを飛ばしているのは

いったい、どういう人たちなのでしょうか?

出会い系サイトのオーナーたちが多いそうですわ。

彼らは会員を集めるためにスパムメールをばら撒きます。

そのためにメールアドレスのリストを購入しています。

では、そのようなリストを販売している人は

どうやってメールアドレスを集めているのでしょうか?

ロボット(自動巡回プログラム)によって

自動収集させているのです。

ところで、サーチエンジンの自動巡回ロボットは

毎日世界中のサイトを訪問し、

その内容をデータベースに書き込んでいます。

同じように、このメールアドレス収集巡回ロボットも、

HTMLソースを分析し、

メールアドレスらしきものをどんどん記録してゆきます。

でも、使っていないメールアドレスが

たくさんあるのですよね。

あなたの使っているメールアドレスのことを

考えてください。

あなたはメールアドレスをいくつ持っていますか?

一つだけではないでしょう?

10以上持っているのではありませんか?

多分、ほとんどのメールアドレスは使ってないでしょう?

そのために、現在実際に使っている

メールアドレスを集めるために、

怪しい人物が使用度の高いメールアドレスを

集めているのですわよ。

だから、あなたもむやみに信用できない人に対して

返信しないようにしてくださいね。

詳しいことはデンマンさんが次の記事で書いています。

『コメント魔』

(2012年4月3日)


(himiko92.jpg)

ところで、卑弥子さんが面白いサイトを

やっています。

興味があったら、ぜひ次のリンクをクリックして

覗いてみてください。

『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。 バーィ


(juneswim.jpg)


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レダの卵

2014年1月14日

 
 
 
レダの卵
 
 

(leda002.jpg)


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あらっ。。。デンマンさん。。。 レダにビキニを穿かせてしまったのですか?


(kato3.gif)

いけませんか? (微笑)

上の『レダと白鳥』を描いたレオナルド・ダ・ヴィンチを侮辱することになりませんか?

あのねぇ~、教養のある人は“裸のレダ”と白鳥の絵を見てもなんとも思わないけれど、世の中には教養の無い、さらに非常識な人がいますからね。

あらっ。。。 そのような人がいるのですか?

いますよ。。。 ジューンさんもアメブロの“ファシスト管理人”を知っているでしょう?

知ってますわ。 “アメブロのファシスト管理人”と入れてGOOGLEで検索したら 14,100件もヒットしましたわァ。


(gog40114.gif)

『現時点での検索結果』

でも、上の記事はほとんどデンマンさんが書いたものじゃありませんか!

うへへへへへ。。。

デンマンさん。。。 笑っている場合じゃありませんわァ。 このファシスト管理人が教養も無く、さらに非常識な人だと言うのですか?

そうですよ。 上の記事を読めば解るけれど、僕のたくさんの記事はファシスト管理人による「写真狩り」、「言葉狩り」に遭って未公開にされているのですよ。

つまり、裸のレダにビキニを穿かせないとファシスト管理人による「写真狩り」、「言葉狩り」に遭って、記事が未公開にされてしまうとデンマンさんは言うのですか?

そうですよう。。。 これまでに、僕は何度もファシスト管理人によって「写真狩り」に遭って記事が未公開にされましたからね。

。。。で、どうして「レダの卵」を取り上げたのですか?

あのねぇ~、バンクーバー市立図書館から借りてきた『旅行者の朝食』という本を 夕べ読んでいたら次の箇所にぶつかったのですよ。

レダの卵から


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まだ卵から孵化したてのヒヨコ同時通訳だった頃の失敗は、今でも思い起こすと苦いものがこみ上げてくる。
それは、北方領土に関する国際セミナーでの短い発言だった。
発言者は、その後ロシア連邦の外相、首相を歴任した、当時はソ連政府のブレーンとして有名だった国際政治学者P。
「皆さん、……から始めるつもりですか?」

この「……」の部分が「アブオーヴォ」と聞こえたのだが、そんなロシア語は知らない。
しかしこの部分が分からなくては訳が成り立たないのだ。
焦りまくりながらも、日露双方が、北方四島を日本、ロシアどちらが先に発見したのかという論議が熱くなている最中であること、それにPの口調が咎めだてするようだったのを思う出だし、
「皆さん、そんな話題から始めるつもりですか」
と誤魔化したところ、日本側の一部出席者が、
「そそそそそんな話題とは何事か!」
といきり立ち、わたしとしては生きた心地がしなかった。

 (中略)

さて、会議が終わってから露和辞典を調べたところ、「AB OVO」とキリール文字ではなくローマ字で記されていて≪ラテン語≫印がついていた。
意味は、「初めから」とある。
まあ、こういうときは、ラテン語かギリシャ語と相場が決まっているのだ。
ロシア語だけでなく、ヨーロッパ文明圏の言語と日本語を取り持つ通訳者たちが最も恐れていることの一つに、スピーカーがいつギリシャ語やラテン語の慣用句や有名な詩の一節を原文のまま口にするか予測不可能ということがある。

… ついこのあいだまでヨーロッパ各国では古典語はギムナジウムやリセの必須科目であった。
古典語の素養は教育を受けることのできるカーストに属する証、ステータス・シンボルだったわけで、その伝統は今も脈々と受け継がれ、スピーチの中に隙あらばギリシャ語やラテン語を潜り込ませて教養をひけらかすのは、雄弁術の一部になっている。
つまらないことを言ってもなんとなく格好がつくという効用があるので、やめられないのだろう。
日本人が漢文の故事来歴を好むのと同じ。

 (中略)

というわけで、AB OVO とはラテン語で、「卵から」という意味で、「物事を端緒から極める」とか、「原初に遡る」とか言う趣旨で使われる。
「どうでもいいことをくだくだと」というニュアンスがある。


(leda002.jpg)

もっとも、「レダの卵」伝説やホラチウスの発言などの故事来歴を知らなくとも、ABが「~から」、OVOが「卵」を意味する語であることさえ知れば、卵は生命の始まりのシンボルであるからして、「卵から始める」ということは、すなわち物語や問題を根元のそのまた根元から繙(ひもと)くと言う意味になるだろうことは、察しがつく。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


11-14 ページ 『旅行者の朝食』
著者: 米原万里
2002年6月10日 第2刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋

上の箇所を読んでデンマンさんは感動したのですか?

いや。。。 別に感動したわけではないのですよ。

じゃあ、どうして上の箇所を引用したのですか?

赤字にした箇所に注目してください。 ジューンさんは上の赤字の箇所を読んで何か思い出しませんか?

う~ん。。。 そうですわね。 欧米でもカナダでも、会話の中にギリシャ語やラテン語を潜り込ませて教養をひけらかす人は居ますわね。 でも、結構 無意識のうちにやっている人が多いですわ。

あのねぇ~、この事で僕はジューンさんと対話形式の記事を書いたことがあるのですよ。 思い出しませんか?

そのような事がありましたか?

じゃあ、ちょっと次の絵を見てください。


(cabanel2b.jpg)

この絵は見たことがありますわ。 確か横たわっている女性はAphrodite、つまりヴィーナスですよね。

そうです。

でも、その絵の女性は全裸のはずですわ。

だから、全裸のまま貼り出すとアメブロの“ファシスト管理人”がこの記事を未公開にしてしまうのですよ。

それで上のヴィーナスにもビキニを穿かせたのですか?

その通りですよ。。。 このヴィーナスの絵は1863年、つまり、日本で言えば江戸時代に描かれたものですよ。 ヨーロッパでは、全裸のまま展覧会などで市民が眺めたのですよ。 日本では明治時代になると全裸はみっともない、恥ずかしいことだ!と言うことで明治政府は全裸の絵など公衆の面前にさらすことを許さなかった。 では、どうしてヨーロッパでは全裸の絵が許されたのか? この事で僕はジューンさんと対話形式の記事を書いたのですよ。 覚えていますか?

確か、その記事の中で上の絵も使っていましたよね。

そうですよ。 次の記事ですよ。

ラピスラズリ と

 美女アメニア

(アフロディテ神殿)

(sheet.jpg)


(cabanel2b.jpg)

Birth of Aphrodite
by Alaxandre Cabanel
(painted in 1863)

「ロブソンさん、なんだかとてもまぶしい絵を貼り付けましたね」

「すばらしいと思いませんか?ジューンさんはどんな印象を持ちますか?」

「そうですね。なんだかハッとさせられるような絵ですね」

「この絵は今から140年以上も前に描かれたんですよ。ごく最近描かれたと言っても十分に通用するでしょうね」

「私は絵のことはあまり分かりませんけれど、キューピッドを描く人は最近ではあまりいないのではないですか?私は、キューピッドが宙に浮いているのを見てイタリアのルネッサンスの頃に描かれたのではないかと思ったくらいです」

「ほォ~~~、ジューンさん、絵のことには詳しくないと言いながら、けっこう知ってますね。僕より詳しいのじゃないですか?」

「いえ、それ以上のことは知りません。でも、140年前に描かれたということはちょっと信じがたいですね」

「どうして?」

「1863年に上の絵は描かれたんでしょう?ということはアメリカでは南北戦争の真っ最中ですよ」

「このアレクサンダー・カバネルはフランス人ですよ。だから戦争とは縁がなかったんですよ」

「私が驚くのは、こんなヌードがよく問題にならなかったと思って。。。当時、アメリカやカナダでなら展示禁止になったかもしれませんよね?」

「恐らくジューンさんも、そう言うだろうなと思ってこの絵を貼り付けたんですよ」

「パリだから問題にならなかったのですか?」

「そうではないですよ。パリだから問題にならなかったんじゃなくて、この絵の中の裸の女がアフロディテだから問題にならなかったんですよ。もし、この絵の女がパリのカフェのウエイトレスだったら、大問題になったはずですよ」

「どうしてですか?」

「僕が前のページで言ったように、『オディッセイ』を調べているうちに、この大叙事詩が欧米人の原点のような気がしてきたんですよ。つまり、現代欧米文明は古代ギリシャ文明、古代ローマ文明から営々と続いていると考えている人が多いんだよね。だから、上の絵が描かれた当時、フランスやイギリスの大学では、古代ギリシャ古代ローマの古典をとにかく飽きるほど勉強させられた。そういうわけで、『オディッセイ』を暗記するほど勉強する人も珍しくなかった。つまり、ギリシャの古典やローマの古典は必須科目だったわけですよ。だから、上の絵の女がアフロディテだから問題にならなかったんです

「そうでしょうか?」

「ジューンさん、僕がでたらめを言っているとでも思ってるの?」

「そういうわけではないですけれど。。。」


(tiziano2b.jpg)

Aphrodite (Venus)
with Organist and Cupid
by Tiziano Vecellio
(painted in 1548)

「この絵はイタリア・ルネッサンスの巨匠ティツィアーノ(Tiziano)が1548年に描いたんですよ。アメリカもカナダもまだ出来ていない時代です。日本は戦国時代でした。1548年という年は織田信長と濃姫が結婚した年です。もし、この絵が日本で展示されたら、戦争などほっぽりだしてビックリしたでしょうね。では、なぜ、イタリアのルネッサンスで、このヌードが問題にならなかったのか?それは、この絵の中の女がアフロディテだったからですよ。」

「そうでしょうか?」

「ジューンさん、疑い深いですね。それ以外に答えはありませんよ。そもそもルネッサンスと言うこと自体がギリシャの古典を改めて認識するということでしたからね。この伝統がカバネルが上の絵を描いた頃にも引き継がれていたわけですよ。だから、アフロディテのヌードをポルノなどと言って騒いだら、その人こそ女神を冒涜する者として教養のない愚か者とみなされたわけですよ

「ちょっと信じがたいですけれど。。。」

「ジューンさん、無理して僕の言うことに疑いを挟むことはないですよ。ジューンさんだってルネッサンスのことはよく知っているでしょう?」

「ええ、知っていますよ。一応勉強させられましたから。。。」

「でしょう?」

「でも、アフロディテのヌードが、なぜ許されたのかまでは説明をよく聞きませんでした」

「ジューンさんがサボって、聞きはぐってしまったんですよ。とにかく、そのような風潮が西洋のルネッサンスにできあがったんです。いわゆるエリートの中ではそのように考えることがあたりまえになったんですよ。つまり、アフロディテのヌードをポルノだと決め付けることはダサいと思われたわけですよ。ギリシャの古典を知っていれば、アフロディテが愛の女神である事を知っている。その愛の女神が裸であっても決して可笑しいことではない。そのことを問題にして、口うるさい無知なオバタリアンのように騒ぎ立てることはみっともないという気風が出来上がったわけです」

「そうなんですか?」

「そうなんですよ。それ程ギリシャ古典は当時のエリートにとって金科玉条のごとくに考えられていたわけです

「つまり、アフロディテは古代ギリシャの愛の女神だった。その女神が裸であることは神聖なことであった。だから、ルネッサンス当時、裸のアフロディテを描くことは問題にならなかった。そう言うことですか?」

「その通りですよ」

「。。。」

「ジューンさん、なんだかまだ納得がゆかないようですね?」

「あの絵の中のオルガンを弾いている男の人ねェ。。。」

「うん、オルガニストが居ますよ。その男がどうかしましたか?」

「あの人、わき見をしながら弾いていますよね。しかも、ちょっとあなた、どこを見ながら弾いているの?と問いかけたくなるような見方をしていますよ」

「ジューンさん、なかなかいいところに気が付きましたね。へへへへ。。。。」

「何ですか、その可笑しな笑いは?」

「いや、失礼いたしました。でも、言われてみると、確かにオルガン弾きはかなりじっくりと、しかも大胆にアフロディテのあそこを覗いていますよね。彼女がキューピッドと話をして気を奪われているのをいいことに、かなり大胆に覗いていますよ。僕も、オルガニストと同じ状況に置かれたら、同じようにすると思いますよ。へへへへ。。。。」

「でも、この画家は、どうしてそのようないやらしい男を描いたのですか?」

「美術書などを見ると、この絵はallegorical workだと書いてあるのが多いですよ」

「寓話的な作品だということですか?」

「その通りですよ」

「どこが?」

「ジューンさんがこのオルガン弾きの男のことをいやらしい、と言ったけれど、まさにそこのところに僕は寓話的なものを感じるのですよ」

「どういうことですか?」

「このティツィアーノという巨匠は長生きした人なんですよ。生まれたのが1490年。上の絵を描いたのが1548年だから、58歳の時に描いたわけですよ」

「随分年をとってから描いたんですね」

「確かに若くはない。だから、とりわけ裸の女を描く必要はないんですよ。僕なら、真っ裸の女より薄い下着を身にまとった女のほうがよっぽどエロっぽく感じられますよ」

「それなのにどうしてこの画家は裸のアフロディテを描いたのですか?」

「この絵を描いた当時、このティツィアーノはすでに巨匠としての名声を築いていた。だから、この画家が描く物は誰も正面きって非難することは出来なかったでしょう。そういうわけで、僕はこの絵に風刺的なものを見るんですよ」

「どこが風刺なのですか?」

「ジューンさんはガリレオの宗教裁判を知っているでしょう?」

「ええ、知ってますよ」

「ガリレオ・ガリレイは1564年にイタリアのピサで生まれ1642年に亡くなっている。ティツィアーノが1576年にベニスでなくなった時、ガリレオは12歳だったと言うわけですよ」

「ガリレオとティツィアーノの間には何か関係があるのですか?」

「直接の関係はない。でも二人とも宗教界に対してはあまりいい印象は持っていなかったはず。上の絵に僕はティツィアーノの宗教界に対する風刺を見るんですよ。この当時の宗教界と言うのはほとんど絶対的な権威を誇示していた。そのことがガリレオの宗教裁判に実によく表れている。ガリレオは、1632年に論文『天文対話』の中で『地動説理論』を発表したんですよ。そのために宗教裁判にかけられた。これはジューンさんも知っての通り。『地球は動いていない』と言わされ、やっと命は助かった。しかし、彼は有罪になった」

「でも地動説は正しかったのですよね」

「もちろん、そうですよ。小学生でも地球が太陽の周りを回っている事を知っていますよ。でもローマの法王庁はそれを認めなかった」

「天動説を通したのですか?」

「そうですよ」

「ウッソォー」

「ガリレオの死後350年たった1983年(昭和58年)に宗教裁判で有罪となったガリレオ・ガリレイに対してローマ法王ヨハネ・パウロ2世がやっと宗教裁判の誤りを認めて謝罪したんです」

「マジで?」

「もちろんですよ。僕はマジですよ。これは事実なんですよ」

「なんだか笑い話のようですね?」

「笑えない笑い話ですよ。それ程宗教界の権威と言うのはすごかったんですよ」

「それで、上の絵のどこが風刺なんですか?」

「ジューンさんにはまだ分かりませんか?」

「分かりません。どういうことですか?」

「つまりね、アフロディテとキューピッドを描いていることになっていますが、あれは、当時のごく普通の女と子供を描いたんですよ。アフロディテを描いたんじゃありませんよ」

「どうしてそうはっきり言えるのですか?」

「もし、本当にアフロディテを描いたのなら、キューピッドはちょうど一番上の絵のように背中に羽が生えて居なければならないんですよ。ジューンさんも言ったでしょう。キューピッドが宙に浮いているから、あの絵がルネッサンス時代に描かれたものかと思ったと。。。」

「その通りです」

「一番上の絵を見れば、誰が見ても宙に浮いている子供はキューピッドに見えますよ。でも、ティツィアーノが描いた絵を見てください。誰も何も説明しなければ、これはどう見ても裸の女を描いたものですよ。よく見ると子供の背中に羽らしき物が生えているけれど、キューピッドだと聞いて初めて、羽が申し訳程度に生えている、ということが分かるんですよ。つまり、言い訳のために、不自然な羽をちょっと描き添えている。そうじゃないと、ガリレオのように宗教裁判にかけられてしまいますからね」

「つまり、ティツィアーノはアフロディテと見せかけて、ごく普通の裸の女を描いたというわけですか?」

「その通りですよ。」


『ラピスラズリ と 美女アメニア』より
(2005年7月9日)

(デンマン注: 上のオリジナルの記事の中では2つの絵は全裸ヌードで掲載されています。)

なるほどォ~。。。

何がなるほどなのですか?

つまり、「言葉狩り」、「写真狩り」を続けているアメブロのファシスト管理人は、かつて天動説を信じていたローマ法王のようだとデンマンさんは言いたいのですわね。

あれっ。。。 ジューンさんはそう思ったのですか?

だってぇ、そのためにこの記事を書いたのでしょう?

う~ん。。。 まあ、当たらずとも遠からずですねぇ。 うへへへへへ。。。


(laugh16.gif)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。
あなたは、デンマンさんが何を言いたかったと思いますか?
もしかすると、デンマンさん自身にも解らなかったのかもしれませんわァ。 うふふふふふ。。。

ところで、ジューンさんの下着姿が人気があるようなのでござ~ますう。


(bikini08.gif)

あたくしだって負けてはいませんわよう。

ええっ。。。 んで、あたくしの下着姿も人気があるのかってぇ~。。。?

もちろんでござ~ますわ。
あのねぇ~、あたくしも断然興味が湧いてきて検索してみたのでござ~ますわァ。
その結果を見てくださいませ。


(gog30505.gif)

ご覧のようにトップに、あたくしの「おばさんパンツ姿」が出てくるのですわよう。
うふふふふふ。。。


(himiko32.jpg)

この写真いかがでしょうか?
けっこうイケテルと思いませんか?

ええっ。。。? ジューンさんの「おばさんパンツ姿」の方がいいのでござ~ますか?


(june500.jpg)

んもおおおォ~。。。
そのような事を言わないでくださいましなァ~。

ところで、ジューンさんの面白いお話はたくさんあります。
興味のある方は、どうか次のリンクをクリックして読んでくださいましね。


『エロスのバンクーバー』

『世界を駆け巡る日本人』

ジューンさんの熟女下着
(30june.jpg)

『あらっ、パンツが…』

『わたし的にはOKです』

『国際感覚ダントツ』


(newyear14t.jpg)

『国際化と英語』

『肥後ずいきと国際化』

『おばさんパンツを旅する』

『カウチポテト』

『やらしくさわるの?』


(newyear14v.jpg)

『下つき肥後ずいき』

『おばさんの下着』

『海に佇むロトの妻』

『紅のおばさんパンツ』

『白人女性志向』

『肥後ずいきとおばさんパンツ』

『ジューンさんとトイさん』

『鼻血が出るぐらいのエロ漫画』

『処女とおばさんの下着』

『ツイッターと国際語』

『おばさんの下着姿に見るSEO』

『おばさんの下着とポスト資本主義』

『桜と絹とツイッター』

『おばさんバンザイ!』

『おばさんバンザイの第2波』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人
(godiva05.jpg)

『国際化でおばさんバンザイ!』

『真夜中の乙女たち』

『おばさんの下着@リアルタイム』

『つぶやきブログとジューンさん』

『熟女下着』

『熟女下着に見るSEO』

『ドーハからの人』

『パラグアイからコンニチワ』

『ツイッターの誘惑』

『ノートルダムからジェーン・エア』

『ジューンさん、人気が出てますよ』

『モザンビークからこんにちは』

『ジューンさんの下着姿』

『脳と恋とチョコレート』

『ジューンさんの人気』

『白い下着の熟女』

『床上手な女と塩野七生』

『白い熟女の誘惑』

『寒中水泳 女の子』

『ヤノマミの1万年』

とにかく、次回も興味深い記事が続きますわ。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、また。。。


(hand.gif)


(surfing9.jpg)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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(linger65.gif)

■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』

■ 『軽井沢タリアセン夫人 – 小百合物語』

■ 『今すぐに役立つホットな情報』


(house22.jpg)

『夢とロマンの横浜散歩』

『愛とロマンの小包』

『下つきだねって言われて…』

『銀幕の愛』

『パリの空の下で』

『愛の進化論』

『畳の上の水練(2011年3月15日)』

『軍隊のない国(2011年3月21日)』

『天智天皇は暗殺された』
(2003年7月14日)

『アナクロニズム(2011年3月27日)』


(chiwawa5.gif)

こんにちは。ジューンです。

スパムメールが相変わらず多いですわよね。

あなたのメールボックスにも、

ジャンクメールがいっぱい入っているでしょう!?

スパムメールを飛ばしているのは

いったい、どういう人たちなのでしょうか?

出会い系サイトのオーナーたちが多いそうですわ。

彼らは会員を集めるためにスパムメールをばら撒きます。

そのためにメールアドレスのリストを購入しています。

では、そのようなリストを販売している人は

どうやってメールアドレスを集めているのでしょうか?

ロボット(自動巡回プログラム)によって

自動収集させているのです。

ところで、サーチエンジンの自動巡回ロボットは

毎日世界中のサイトを訪問し、

その内容をデータベースに書き込んでいます。

同じように、このメールアドレス収集巡回ロボットも、

HTMLソースを分析し、

メールアドレスらしきものをどんどん記録してゆきます。

でも、使っていないメールアドレスが

たくさんあるのですよね。

あなたの使っているメールアドレスのことを

考えてください。

あなたはメールアドレスをいくつ持っていますか?

一つだけではないでしょう?

10以上持っているのではありませんか?

多分、ほとんどのメールアドレスは使ってないでしょう?

そのために、現在実際に使っている

メールアドレスを集めるために、

怪しい人物が使用度の高いメールアドレスを

集めているのですわよ。

だから、あなたもむやみに信用できない人に対して

返信しないようにしてくださいね。

詳しいことはデンマンさんが次の記事で書いています。

『コメント魔』

(2012年4月3日)


(himiko92.jpg)
 
ところで、卑弥子さんが面白いサイトを

やっています。

興味があったら、ぜひ次のリンクをクリックして

覗いてみてください。


(sylvie122.jpg)

『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ


(juneswim.jpg)


(byebye.gif)

愛のゼフィルス

2013年1月19日

 
 
愛のゼフィルス







(tezuka1.jpg+zephyr2.jpg+maiko19.png)
 

新盆で実家に

投稿日時: 2008/8/15 8:36 (ロンドン時間)
日本時間: 8月15日 午後4時36分
バンクーバー時間: 8月15日 午前0時36分

はい デンマンさん アツイよー
ここは タイ か バンコクか!
新盆で叔母さんが来るというので、実家にいったまま
結局 泊まってしまいました。

ん。。。?新盆?
聞いたことはあるけれど、意味が良く分からないなぁ~
“新しい盆”って、どういうこと?
辞書を引けば分かるよね。
調べてみますゥ。

雷の後 とても 気持ちの良い風が入ってきて、
そう 私が使っていた 2階の部屋はとても
風通しがいいのです。 

何だか 帰るのが おっくうになり うたた寝 してしまい、
南の方で花火の音がしていたような、どこだろう?

朝方 下の台所で音が聞こえたけど だれもイナイ。
まだ 父と母が暮らしていて 私たちの為に おにぎりでも
作ってくれてる 錯覚をします。

うん、うん、うん。。。
実家は懐かしいでしょうね。
小さい頃の思い出が一杯詰まっているからね。。。
小百合さんは、優しかった“ばー(おばあさん)”の事も
思い出すのでしょう?

今夜から また 軽井沢にいきます。
明日は矢ケ崎公園の花火です。

時間をつくりCAFE にいってみるね。
そこから、できたら返信します。

では また。。。

小百合より


『さまざまな愛』より
(2008年8月20日)

デンマンさん。。。 古いメールを持ち出してきましたわねぇ~。。。

いけませんか?

だってぇ~、4年以上も前ですわ。 ネットで4年と言えば一昔ですわァ。

一昔前のメールを持ち出してきたのには訳があるのですよ。

どのような。。。?

あのねぇ~、バンクーバー図書館から手塚治虫の『昆虫つれづれ草』を借りて読んだのですよ。


(lib30118.jpg)

赤枠で囲んである本ですか?

そうです。

その本がどうだと言うのですか?

手塚さんが昔を懐かしみながら画いた漫画が載ってるのです。


(tezuka4.jpg)

この上の漫画ですか?

そうです。

この漫画が「愛のゼフィルス」なのですか?

いや。。。「愛のゼフィルス」というのは僕がこの記事に付けたタイトルで上の漫画のタイトルは、ただの「ゼフィルス(Zephyrus)」です。 もともと、昭和46年5月23日号の『週刊少年サンデー』に掲載された漫画なのですよ。

その漫画が『昆虫つれづれ草』に転載されているのですか?

そうです。 この『昆虫つれづれ草』という本は、手塚さんが中学生の時に作った本なのです。

中学生の時に手塚少年が自分で作った本なのですか?

そうです。 1942(昭和17)年、旧制北野中学校の2年生の時から本を作り始めたのです。 

昭和17年と言えば太平洋戦争中ですわね。

その通りですよ。 本文と挿絵を手書きして、装填、製本まですべて自力で本を作り出したのですよ。 昆虫の精密写生などはプロのものかと見間違うほど素晴らしいできです。 初めの本は『動物の世界』という本だった。 次が『昆虫の世界』、そして3年生から4年生になる直前、3月のわずか1ヶ月間で『昆虫つれづれ草』を作った。 更に、そのあとで『研究雑話 春の蝶類』を完成させたのです。 でも、その後パッタリと本作りをやめてしまう。

どうしてですか?

他の手書きの本と合わせて復刻された、僕が借りた『昆虫つれづれ草』の中で、中学時代のクラスメイトの林久雄さんが次のように語ってます。

(昭和20年、終戦となり中学を卒業して進級してゆくのですが)
私は三高に、手塚くんは阪大の医専に進級します。
(略)手塚くんの進級先を聞いてビックリしたのを覚えています。
てっきり昆虫学者になるものと思いましたから。
私は結局その後、農学部に進むんですが、理科への興味を目覚めさせてくれたのは、今思うとやっぱり手塚くんです。


(bug007.jpg)

高等学校に進んでからも何度か会いましたが、そのころの手塚くんは演劇に凝っていました。
「昆虫採集は?」と聞くと
「もうやめたよ」といっていました。
その後は、みなさんもご存じの漫画ですよね。
仲のよかった友達が有名になっていくのは、私の自慢でしたが、寂しい気持ちもありました。

生命の尊大さに気がついて生物を殺せなくなったのだと後年語っていましたが、その生命の尊大さに気がついたのは、戦争の中で多くの人が死んでいった状況を目の当たりにしたのも大きいでしょう。
でも、虫という小さな生命に触れたことも、彼の感受性を育てる大きな役割を果たしたのではないかと思います。

(デンマン注:読み易いように改行を加えました。
赤字はデンマンが強調。
イラストはデンマン・ライブラリーより)


235ページ 『昆虫つれづれ草』
著者: 手塚治虫
1997年4月20日 初版第4刷発行
発行所: 株式会社 小学館

ところで「ゼフィルス」って何ですか?

手塚さんが漫画の中で次のように書いてますよ。


(tezuka3.jpg)


(zephyr2.jpg)


(tezuka1.jpg)


(tezuka2.jpg)

。。。で、中学生時代のどんな思い出を画いているのですか?

ゼフィルスの中でいちばん知られているのはミドリシジミという蝶なのです。


(tezuka0.jpg)

手塚さんが求めているのはミドリシジミの中でも更に珍しいウラジロミドリシジミだった。 その蝶を求めて野山を駆け巡った。 時には農家のオヤジさんに叱られる。


(tezuka6.jpg)

。。。で、叱られて諦めてしまったのですか?

もちろん、諦めません。 そのうちウラジロミドリシジミを探して野山を駆け巡っていると奇妙な大人と出会う。

誰ですか?

後で判明するのだけれど、それは特高警察の刑事だった。

つまり、地下にもぐっている共産主義者などの思想犯を探している刑事ですわね。

そうです。

でも、人里から離れた野山に、どうして特高警察の刑事が居るのですか?

だから、手塚少年も不思議に思ったのですよ。 そのうち手塚少年は無口で病弱そうに見える少年と出会う。


(tezuka5.jpg)

その無口で病弱な少年と言うのは誰なのですか?

実は病気で寝たきりのお姉さんと最近山の中に住むようになった。

二人きりですか?

そう。。。 隠れるように住んでいるから戸籍がなく、配給米ももらえないので、少年は近くの畑で芋を盗んだ。 そのために手塚少年は濡れ衣を着せられた。 それで、絶対に見つけてやると夜中に畑を見張っていて捕まえたのが、その少年だと言うわけですよ。

手塚少年は刑事に話さなかったのですか?

話さなかった。 その少年と寝たきりの姉さんが可哀想になって刑事に話すことができなかった。

それで、どうなったの?

やがて手塚少年は刑事と親しく口をきくようになった。 刑事は、丸1年間、このあたりで脱走兵を追っていることを打ち明けた。

脱走兵。。。? もしかして、その病弱の少年と寝たきりのお姉さんが関係しているのじゃない?

そうなんですよ。 実は、その寝たきりの姉さんと言うのは脱走兵の少尉で、「寝たきりの姉さん」に扮装していたのです。 その病弱の少年と言うのは男に化けた女だった。 つまり、その少尉の恋人だったのですよ。 「女恋しさに脱走するとは軍人精神も腐り果てた野郎だ!」と侮辱しながら刑事は少尉を逮捕する。

それで、その恋人の女性は。。。?

その女性も一緒に軍法会議に出廷させるために、連れ出されることになった。 やがて空襲が激しくなって、手塚少年が住んでいたあたりにも爆弾が投下された。 そして、そのときから30年が経って、手塚さんはかつての村に帰ってきたのですよ。。。


(tezuka4.jpg)

「ゼフィルス(Zephyrus)」とは、このような話なのです。

それでデンマンさんは、この記事を「愛のゼフィルス」とういうタイトルにしたのですか?

そういう訳です。 戦争を捨てて愛に生きた人が居たのですよ。

【卑弥子の独り言】

ですってぇ~。。。
1928(昭和3)年生まれで、昭和19年には16歳だった手塚少年は、あの有名な『徒然草』にあやかって、過去3年間の思い出を旧制中学3年生終了の記念として『昆虫つれづれ草』を作ったそうでござ~♪~ます。
要するに、1年生の時からの随筆をまとめて清書したものですわ。
ところどころに漫画を書き添えて、
昆虫の精密写生はマジで素敵な出来栄えですわ。
あたくしもその精密写生を見てビックリいたしました。

手塚さんは1988年11月、中国上海でのアニメーションフェスティバルからの帰国と同時に体調の悪化により半蔵門病院に入院しました。
検査の結果、胃癌だと判明します。
でも、知らせなかったようです。

翌1989年1月21日に手塚プロ社長がお見舞いに来た時には、「僕の病状は何なんだ、君聞いてきてくれ」と頼んだと言います。
病院のベッドでも仕事を続け、死に際の状態でも「頼むから仕事をさせてくれ」と起き上がろうとし、奥さんは「もういいんです」と寝かせようとするなど最後まで仕事への執着心を無くさなかったそうですわ。
昏睡状態に陥るようになってからも意識が回復すると「鉛筆をくれ」と言ったそうです。

1989年(平成元年)2月9日死去。
満60歳でした。
その死によって『グリンゴ』『ルードウィヒ・B』『ネオ・ファウスト』などの作品が未完のまま遺されました。

手塚さんが胃癌であることは周りの人たちは誰も伝えなかったそうです。
でも、知っていたようですわ。

手塚さんが病院で描いていた遺作の一つ「ネオ・ファウスト」では主要な人物が胃癌にかかり、医者や周りは気遣って胃癌であることを伝えないが本人は胃癌であることを知っていて死亡するという内容が描かれていました。
本当に惜しい人材が亡くなってしまったものでござ~ますわ。


(tezuka10.jpg)

とにかく、興味深い話題が続きますう。
どうか、あなたもまた読みに戻って来てくださいませ。
じゃあ、またねぇ。。。

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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■ 『行田中央総合病院』

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■ 『病院を批判する意味ある?』

■ 『おいしいぬくもり』

■ 『ひねくれた大人』

■ 『虹のかなたの奇跡』

■ 『虹のかなたから生還』

■ 『義理チョコと十三夜』

こんにちは。ジューンです。

「小さな親切運動」というのを聞いたことがありますか?

デンマンさんが子供の頃にそういう運動があったのですってぇ~。。。

小さな親切は結構ですけれど、

あまり親切にこだわると問題ですよね。

あまり拘(こだ)るとお仕着(しき)せがましくなります。

ええっ。。。お仕着せがましいってどういうことかって。。。?

次のようなことですわ。

電車の優先座席に座って携帯メールを打っていたら、

横にいた子どもづれのおばさんが私に言いました。

『優先座席では携帯の電源を切らないといけないでしょう』

『はい、すみません』

すると、おばさんの携帯がけたたましく鳴りました。

しばらくは、すごく気まずい雰囲気になりました。

運よく、次の駅でおばさんたちは降りました。

でも、降りるとき 一緒の子どもさんが言いました。

『おかあさん、ここ降りる駅じゃないよ』って……

  
ところで、英語の面白いお話を集めました。

時間があったら覗いてみてくださいね。

■ 『あなたのための愉快で面白い英語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。

飛鳥坐神社

2011年6月21日

 
飛鳥坐神社

MESSAGE SENT THROUGH YOUR WEBSITE

This form was submitted: Jun 10 2011 / 04:52:14

userid = barclay1720
Your_Name = Gペガサス
Your_Email_Address = galaxyturfxxxx@yahoo.co.jp

Comments:

はじめまして。
このサイト、楽しませていただいています。
ただ、飛鳥坐神社を「あすかざ・じんじゃ」と堂々と
書いてらっしゃるのは笑えます。

最近のちょっとした歴史ブームで飛鳥を訪れる
人も多く、飛鳥坐神社が「あすかにます・じんじゃ」
と読むのは常識になっていると思います。

このサイト全体のクオリティ評価に影響すると思い
ますので、至急訂正されることをお勧めします。
余計なお世話を申しました。

Thank you for using Bravenet Email Form Processing!

デンマンさん。。。どうして飛鳥坐神社などを持ち出してきたのですか?

もちろん、日本語が分かる世界のネット市民の一人からコメントをもらったからですよ。

。。。で、マジで「飛鳥坐神社」は「あすかにます・じんじゃ」と読むのですか?

コメントをもらって、僕はなんだか青天の霹靂(へきれき)のような気がして、すぐに『ウィキペディア』で調べてみたのですよ。

飛鳥坐神社

所在地 奈良県高市郡明日香村大字飛鳥字神奈備708

飛鳥坐神社(あすかにいますじんじゃ、あすかにますじんじゃ)は、奈良県高市郡明日香村にある神社である。
式内社(名神大)で、旧社格は村社。

祭神

延喜式神名帳には「飛鳥坐神社四座」とある。
現在の祭神は事代主神、高皇産靈神、飛鳥神奈備三日女神(賀夜奈流美乃御魂)、大物主神の四座であるが、多くの異説がある。

•『大神分身類社鈔』 — 事代主命・高照光姫命・木俣命・建御名方命

•『五郡神社記』 — 大己貴命・飛鳥三日女神・味鋤高彦神・事代主神

•『社家縁起』 — 事代主命・高照光姫命・建御名方命・下照姫命

•『出雲國造神賀詞』 — 「賀夜奈流美乃御魂乃飛鳥乃神奈備爾坐天(賀夜奈流美の御魂の飛鳥の神奈備に坐て)」との記述がある。

また、当社地が天照大神を初めて宮中の外で祀った地「倭笠縫邑」であるとする伝承もあり(有力な説は大神神社摂社の檜原神社である)、近世には元伊勢とも称していた。

歴史

創建の由緒は不詳であるが、『出雲國造神賀詞』に「賀夜奈流美命ノ御魂ヲ飛鳥ノ神奈備ニ坐テ皇孫命ノ近守神ト貢置」とあり、大国主神が皇室の近き守護神として、賀夜奈流美命の神霊を飛鳥の神奈備に奉斎したとある。また『日本書紀』朱鳥元年(686年)7月の条に「奉幣 於居紀伊国国懸神 飛鳥四社 住吉大社」とあり、天武天皇の病気平癒祈願のため幣帛が奉られた。『日本紀略』によれば、天長6年(829年)、神託により、雷丘から現在の鳥形山へ遷座した。

寛永17年(1640年)に高取城に入った高取藩初代藩主・植村家政は、高取城の鬼門に当たる当社を深く信仰した。享保10年(1725年)に里からの火災により社殿の大半を焼失したため、天明元年(1781年)に高取藩8代藩主・植村家利により再建された。平成13年(2001年)再建から200年を経て社殿が老朽化してきたことから、吉野の丹生川上神社上社が大滝ダム建設に伴い移築するに際し、旧社殿を譲り受け再建した。

祭事

2月第1日曜日(元は旧暦1月11日)のお田植神事「お田植祭(おんだまつり)」には夫婦和合の所作があり、奇祭として知られている。
境内には、男性器を模した石が多く安置されている。

(注: 写真はデンマン・ライブラリーより
赤字はデンマンが強調)


出典:
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

あらっ。。。マジで「あすかにいますじんじゃ」、または「あすかにますじんじゃ」と書いてありますわね。

でもねぇ、上の説明を読んでみただけでも2つの読み方があるわけですよ。 だから、「あすかざじんじゃ」という読み方が500年ぐらい経つと3つ目の読み方として定着するかもしれないのですよ。

でも、現在では、「あすかにいますじんじゃ」、または「あすかにますじんじゃ」と読むのだから、やっぱり、それに従うべきだと思いますわ。。。で、どうして記事を書くときに調べなかったのですか?

あのねぇ~、僕は「飛鳥坐神社」を素直に「あすかざじんじゃ」と読んでいた。 これ以外に他の読み方があろうとも思えなかった。

だから調べなかったのですか?

いや。。。実は念のためにGOOGLEで検索してみたのですよ。

そしたら「あすかざじんじゃ」とう読み方が出ていたのですか?

そうなのですよ。 記事を書いた2003年8月当時は、まだ『ウィキペディア』が今ほど使われていなかった。 少なくとも、僕は『ウィキペディア』よりも、まず先にGOOGLEで検索してみるのが習慣になっていた。

それで、「あすかざじんじゃ」とう読み方が検索結果に出ていたので、疑いなく「あすかざじんじゃ」と書いたのですか?

そうなのですよ。 

それで、デンマンさんが書いた笑える記事って、どんなものなのですか?

いや。。。僕の記事が笑えるんじゃなくて、僕の読み間違いが笑えるとコメントを書いた人は言っているのですよ。 小百合さんのためにここに貼り出しますから読んでみてね。

飛鳥坐(あすかざ)神社の神事と

古代ギリシャの

ディオニソス神話

by Akira Kato (デンマン)

August 2, 2003

Dionysos festival (dithyramb4.jpg--520x409)

ディオニソス誕生祭

(Dithyrambos)

【元々の意味: ディオニソスは2度生まれた】

Mascot girl Himiko as a Greek woman (greek02.gif--212x438)
案内役の卑弥子こでーす。
こんにちは。あたくし、今回は古代のギリシャ民族衣装を着てみました。
どうしてかって、お尋ねですか?

もちろん、気まぐれなどではありませんよ。
ちゃんと理由があります。というのは、ギリシャの神話には欠かせないディオニソスについてお話しするためです。

先ず、この上の絵を見てください。祭りを祝う人の輪の真ん中に置かれている石造物、これ、何だか分かりますか?
もし、前のページを見ているならばすぐに分かると思います。
そうです、飛鳥で見られる「マラ石」なのです。本物は16フィート(4.8メートル)もあるんですよ。

上の「マラ石」と同じものを次の写真で示します。
これはギリシャのデロス島にあります。

Phallus at Delos (phallus1.jpg--208x199)

World map (worldmp3.gif--471x266)

比較のために、飛鳥の「マラ石」をもう一度ここに披露します。

Stone penis (maraishi2.jpg--410x312)

古代のギリシャでは、飛鳥にある飛鳥坐神社と同じように豊饒の儀式を行います。
飛鳥坐神社の神事は神社の舞台で行われますが、ギリシャの場合には屋外です。
この点を除くと、この2つの祭りは非常に良く似ています。
ギリシャでは「マラ石」はディオニソスの化身だと考えられています。

飛鳥坐神社には4柱の神様が祭られています。しかし、2月の第1日曜日に、御田(おんだ)祭と呼ばれる民族学的に、きわめて珍しい神事は、この4柱の神様のなかでも、とりわけ子宝と関係の深い御皇産霊神(たかみむすびのかみ)がギリシャのディオニソスとちょうど同じような役目をするようです。
この御皇産霊神は、飛鳥坐神社の境内の奥に祭られています。そのお姿は次の写真で示すとおり、なんと「マラ石」なのです。

Stone Penis at Asukaza Shrine (tengu07b.jpg--301x375)

奥の大石 御皇産霊神

(たかみむすびのかみ)

確かに似ているようです。古代ギリシャのディオニソスと御皇産霊神(たかみむすびのかみ)、ディオニソス誕生祭と飛鳥坐神社の御田(おんだ)祭。

しかし何と言っても、ギリシャと日本の距離は、ペルシャと日本の間よりもさらに遠いのです。
果たしてこれらのものは関連があるのでしょうか?では、このあたりで加藤さんにバトンタッチいたします。

ディオニソス誕生祭の起源

ディオニソス誕生祭とはディオニソスの生まれを祝うと同時に、豊饒を祝い、また次の年の豊穣を祈ります。
ディオニソスはワインの神でもあります。従って、この時には、飲んで歌って踊って日本で言えば、さしずめ、盆と正月が一緒に来たような気分で愉快に祭りを楽しみます。

この祭りは、紀元前9世紀ないしは8世紀頃に始められたと言われています。ギリシャの部族が“orgia”と呼んで毎年祝っていた祭りがその起源のようです。この時には、飲めや歌えのドンちゃん騒ぎをしたようで“orgy”という英単語は、このorgiaから派生した言葉です。orgasm(オーガズム)も、これに関連した言葉です。

ディオニソス誕生祭は集落の近くの広場で行われるのが普通です。収穫時には、一族がこの広場に集まって、籾から穀物を分けるための共同作業をします。今でも、ギリシャの片田舎にゆくと、このような広場が見られます。
祭りの時には、この広場の真ん中に、上の絵で示したように、マラ石を立てて、その回りに村の人々が集まってワインを飲み、歌って踊ってドンちゃん騒ぎをし、一年のウサを晴らし、それと共に豊饒を祝うわけです。

ディオニソス神話

ディオニソスは、全能の神ゼウスと人間のセメレの間に生まれた子供です。セメレはテーべという王国の姫で、とても美しい女性でした。
夫ゼウスの浮気に気づいた妻ヘラは、セメレを懲らしめるために、いろいろ策略をめぐらしました。

彼女はセメレの乳母の姿に身を変えて、セメレのところにやって来ました。そしてやさしく彼女にささやきました。
「あなた様のところに通っていらっしゃる方は、本物のゼウス様なのでしょうか。なにか証拠となるようなものを、ゼウス様にお願いしてみたらいかがでしょう」

それでセメレはゼウスに、「どうか天上より、光り輝く衣装を着けて来て下さいませ」と頼みました。 ゼウスは、以前に「なんでも望みを聞いてあげよう」と誓っていたので、仕方なく光の衣装をつけてセメレの部屋を訪れたのです。

しかし、生身の人間であるセメレは、それを見たとたん、たちまち焼け死んでしまいました。
ヘラの策略にまんまとはまってしまったのでした。セメレがすでに身ごもっているのを知っていたゼウスは、急いで火の中から子供を取り上げ、ヘラに隠れてニンフたちにその子を預けました。まさに九死に一生を得て誕生したのが、ディオニソスなのです。
一説には、ゼウスの太腿に埋め込んで誕生まで養ったとも言われています。このようなわけで、ディオニソスは2度生まれた、といわれるようになりました。

成長すると、ディオニソスはブドウの木を栽培し、そこから液を搾り出す方法を考えました。また、彼が世界中をさまよっているうちに、女神のレアは彼に宗教の儀礼を教えたのです。彼は母セメレの故郷のテーべに帰って、人々に儀式やブドウの栽培の仕方を教えました。
こうして彼はぶどう酒と祝祭の神としての地位を確立したのです。

マラ石はどのように伝わったのか?

上の神話に出てくるぶどう酒というのがキーです。日本へも間違いなくぶどう酒が伝えられたはずです。
なぜ、そういうことが言えるのか?それは、正倉院にワイングラスがペルシャから伝わっているからです。

Wine glass at Shousou-in (winglass.gif--284x360)

このグラスがどのように造られ、どのように大和へ伝わったか、ということは、このページ (飛鳥とシルクロード)で説明しています。
リンクをクリックすると新しいウィンドーが開きます。読んでください。

ワイングラスだけ伝わって、ぶどう酒が伝わらなかったというのもおかしな話です。私は、間違いなく伝わったと思います。ただし、日本の土壌には当時ぶどうの木がうまく根付かなかったのでしょう。あるいは、ぶどう酒が、酒に親しんでいた当時の日本人の口に合わなかったのかもしれません。あるいは、あまりにも高価だったので、庶民の口には届かなかったのかもしれません。

いずれにしても、ぶどう酒が日本へ伝わっていたということは、酒船石などというものが石造物の中にあることからも、傍証できます。
ペルシャ人がぶどう酒を作るために造ったのがこの酒船石ではないか、と私は見ています。
このことについては、このページ (酒船石の謎)で説明します。

ペルシャから伝わったものは、この他にもまだたくさんあります。狛犬や唐獅子も、元はといえば、ペルシャからつたわってきたものです。
このことについては、このぺージ (ペルシャ人の石工が飛鳥にやって来た)で述べています。

ワイングラスも伝わった。ぶどう酒も伝わってきた、狛犬も、唐獅子も、ペルシャから伝わってきた。ペルシャ人の石工さえ流れ流れて、
お隣の中国から半島づたいにやって来た。
聖徳太子の個人教授の中にもペルシャ人が居たほどです
しかも、聖徳太子の体内には、16分の1だけペルシャ人の血が流れていたかもしれない。これまでのページの中で述べてきただけでも、このように、ペルシャ人の存在が、チラチラ古代史の中に見え隠れしているのです。

だとするなら、なぜ「マラ石」だけが、伝わらなかったのか?という素朴な疑問が頭をもたげます。むしろ、伝わってきて当然だ、と言いたいわけです。

だけど、マラ石は日本独自に

作られたのではないの?

もちろん、その可能性が全くないとは言いません。日本には昔から、道祖神といわれる石造物が各地にありました。

しかし、平安時代に始まったということぐらいで、はっきりしたことは分かっていないようです。

平安時代も含めて、それ以降も村や荘園に住む百姓は、自由ではなかったのです。なぜなら地頭や領主の方針で百姓は土地に縛り付けられていたわけです。
そのようなわけで、よそへ行くことに慣れていなかった。だから、よそ者に対しても警戒の目を向けました。
また、よそからどんな悪霊が村に入ってくるかもしれない、という心配もありました。

村の境界は、あの世とこの世の境目だとも考えられていて、常に神聖な場所とされていました。 そこで、村を守るために道祖神がそういう道の分岐点などにまつられたわけです。

道祖神

道祖神は、塞の神(さえのかみ)とも呼ばれていて、疫神や悪霊などが村に入ってくるのをくいとめたり、追い払う神としてあがめられました。また、旅の神、生殖の神ともされたのです。

この道祖神は、元々「マラ石」から派生したのではないかと私は推定しています。
このページの初めに掲げた飛鳥坐神社の近くにあるマラ石は道祖神の先駆者じゃないかと見ています。

なぜか?

飛鳥坐神社の奥に祭られている御皇産霊神(たかみむすびのかみ)の御神体こそ、道祖神の原型で、「マラ石」は集落を守るために道端に置かれたのではないか?そう見ています。

Dousojin (dousojin3.jpg--136x164)Dousojin (dousojin4.jpg--131x201)

従って、「マラ石信仰」が広くその土地の人々に受け入れられている間は、上の左に示すような、立派なペニスの形をとどめていますが、
やがて、「マラ石信仰」が仏教に取って代わられてゆきます。そうすると、時代が下るに従って、この形を目にすることに馴染めないものを感じ始めてきます。
要するに、仏教というニューファションが広まると、「マラ石信仰」の石造物の形がダサイ物に見えてくるわけです。そうなると、左側の道祖神はすたれてゆき、右側の、お地蔵様のような道祖神がニューファションとして登場してくる、とこういうわけです。

ためしに、現在まで残っている道祖神を見渡してください。圧倒的に、お地蔵様の形が優勢です。これはなぜかといえば、見た目が悪いとか、エロチックだから目立つところに置いておけないとか、そのような理由ではなく、むしろ、「マラ石信仰」が廃れたためだと思います。

「マラ石信仰」というのは「ディオニソス信仰」そのものです。これほど分かりやすい信仰はない。日本では何よりも「マラ石」を、いわゆる「子授けの神様」という形で受け入れているようです。

Clean-up of lovemaking (tengu04b.jpg--176x220)

その証拠に、飛鳥坐神社の神事をもう一度見てください。夫婦和合の神事が滞りなく完了すると、役員がお多福の着物のすそを広げて、後始末を手伝います。要するに、おこぼれを拭い取るわけです。この拭い取る紙が非常にえんぎが良いということになっています。

つまり、拭くの紙(ふくのかみ)と福の神(ふくのかみ)をもじっているわけです。神事の後、この紙を何枚となく観衆めがけて撒き散らすのですが、これをとって持ち帰れば、子宝に恵まれ、家内安全、福が訪れること間違いなしということで、写真に見るように、争って「拭くの紙(ふくのかみ)」を奪い合います。

Throwing out luck-inviting papers (tengu05b.jpg--337x240)

信じられますか?これ、お札(お金)を投げているのではないのです。お札なら、私も仲間入りして、共に奪い合ったことでしょう。
お月様に、ロケットで行けるという時代に、子授けの神様をまだかなりの人たちが信じているのです。
この手を伸ばして「拭くの紙(ふくのかみ)」を奪い合っている人たちの中には、おそらく、創価学会の信者、キリスト教徒、イスラム教徒はいないでしょう。

このように「マラ石信仰」、つまり「ディオニソス信仰」というのは、分かりやすい信仰です。この信仰が廃れたのは、ギリシャやローマではキリスト教が起こったからです。日本では仏教が広まったためです。

ではなぜ、飛鳥坐神社には、

この神事が残ったの?

なぜなら、飛鳥坐神社に祭られている神様が反主流派の神様だからです。主流派の神様というのは、天照大神(あまてらすおおみかみ)の系列の神様のことです。つまり、現在の皇室の先祖とされている神様のことです。
現在の皇室の先祖は九州からやってきて、大和にあった古い王朝を倒して新しい王朝をたてました。
これが私たちが学校で教えられる大和朝廷です。この時の天皇が、現在まで続いていることになっています。

現在の皇室の先祖に倒された古い王朝の大王が大国主命(おおくにぬしのみこと)です。この征服の話が古事記の中の神話では、
大国主命が現在の皇室の先祖に大和の国を譲ったことになっています。その後、娘の三日比売命(みかひめのみこと)を大和に残して大国主命は出雲に移ります。
この三日比売命は人質にとられたようなものです。神話の中では、この三日比売命は皇室をお守りしているということになっています。

もっと分かりやすく説明すれば、現在の皇室の先祖は、非常にむごいやり方で、前王朝の大王を殺して大和の国を奪い取ったわけです。
だから、たたりが怖かったのです。それで、前王朝の殺された人たちの霊を鎮魂するために飛鳥坐神社を含め、前王朝の由緒ある場所に、たくさんの神社を建てて鎮魂したというわけです。

「マラ石信仰」、つまり「ディオニソス信仰」は、このような神社が建てられている頃にペルシャ人を通して日本へ持ち込まれたわけです。
まだ仏教が日本へ導入される前です。今でも、子授けの神様を信じる人が居るくらいですから、この当時、仏教も入ってくる前ですから、たくさんの信者がいたことでしょう。「マラ石信仰」は、当時としては、ニューファッションですから、飛鳥坐神社もマラ石を取り入れたわけです。
それが今に伝えられる御皇産霊神(たかみむすびのかみ)の御神体です。

しかし、やがて蘇我氏が政権を握って、仏教を導入します。当然のことながら、仏教以外の宗教を禁止します。
「マラ石信仰」、つまり「ディオニソス信仰」も駄目な宗教の中に入ります。しかし、飛鳥坐神社は例外でした。

なぜか?

この神社には、現在の皇室の先祖にむごい仕打ちを受けて殺された霊が眠っているからです。
このむごいやり方で殺された古い王朝の大王たちの怨霊は、そおっとしておかねばなりません。さもないと、たたりをなして不吉な事件を起こし、現王朝を危機に陥(おとしい)れないとも限りません。

「触(さわ)らぬ神にたたりなし」という言葉を聞いたことがあると思います。
まさにこの言葉どおりです。
飛鳥坐神社は特別な神社です。

従って、もしこの神社が「マラ石」を祭っているのであるなら、当時の朝廷は許すしか仕様がなっかたのです。そのような理由で、この神社には奇祭といわれる神事が今に伝えられているというわけです。

では、次に亀石の謎に迫りたいと思います。

Mascot girl Himiko (himiko6.gif--172x280)

最後まで

読んでくれて

ありがとう。

面白そうなリンクを

下に並べました。

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亀石の謎

猿石の謎

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。

聖徳太子の母親は

ペルシャ人だった?

蘇我氏は高句麗からやって来た

天智天皇は暗殺された

定慧出生の秘密

藤原鎌足と長男・定慧

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?


『飛鳥坐(あすかざ)神社の神事と
古代ギリシャのディオニソス神話』
より
(2003年8月2日)

あらっ。。。ずいぶん真面目な記事ではありませんか?

小百合さんも、そう思いますか?

。。。で、デンマンさん以外にも「あすかざじんじゃ」と読んでいる人が居るのですか?

調べてみましたよ。

「あすかざ」と入れて検索すると驚いたことに 1、010,000件も引っかかるのですよ。 しかも僕が書いた記事がトップと2番目に表示されるのです。(苦笑) でもねぇ、次の記事の中でも「あすかざじんじゃ」と読まれていますよ。

『桜井から飛鳥へ』

次の記事でも「あすかざじんじゃ」と読まれていますよ。

『卑弥呼の里観光案内』

まだあるのですよ。 次の記事の中でも「あすかざじんじゃ」と読まれています。

『いくらところ電話』

でもねぇ、飛鳥坐神社のホームページを見たのか? あるいは『ウィキペディア』で調べたのか? 「あすかざじんじゃ」と思っていたが「あすかにいますじんじゃ」と読むのだと書いてあるぺージもありました。

『飛鳥坐神社おんだ祭り』

次のページでは「あすかじゃじんじゃ」と読むのではなく「あすかにいますじんじゃ」と読むのだと分かって一人で感動しているのですよ。 (爆笑)

『宇奈多理坐高御魂神社』

次のページでは「あすかざじんじゃ」と読むのではなく「あすかにいますじんじゃ」と読むのだと明言しています。 (微笑)

『そよ風と秋の飛鳥をぶらり』

それにしてもデンマンさんは、よく調べましたわね。

いや。。。別によく調べたわけでもないですよ。 GOOGLEで検索してトップから一つずつ見ていったのですよ。

。。。で、デンマンさんも納得したのですか?

納得しましたよ。 でもねぇ、固有名詞といえども、名前というものは時代とともに変わってゆくこともある。

マジで。。。?

例えば、次のように。。。

19世紀末にアメリカに移住した(ユダヤ人の)ブレークシュタイン一家

一家は姓をアメリカ風に変え、ブレークストーン家とブレッグストーン家に分かれた。

前者は乳製品で有名になり、後者のフィリップ・ブレッグストーンはシカゴで判事となった。


87ページ 『多民族の国アメリカ』
著者: ナンシー・グリーン
1997年3月20日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 創元社

でもねぇ、その名前の本人が、こう読んで欲しいと言ったら、その呼び方に訂正するべきだと僕も思いますよ。

つまり、飛鳥坐神社の神主さんが「あすかざじんじゃ」と読んでもかまわないと言ったら、そう読んでもよいとデンマンさんは思うのですか?

当然でしょう? でも、歴史家の中には間違っていることを認めないで被害者本人の気持ちを無視して精神的に苦しめている研究者も居る。

東中野の論法は、被害者の証言にたいしてもつかわれる。 南京事件当時、八歳の少女だった夏淑琴さんが一家九人も殺害され、四歳だった妹とともに孤児として生きなければならなかったことを証言したのにたいし、東中野は「夏淑琴が事実をありのままに語っていれば、証言に食い違いのおこるはずもなかった」、証言内容に「一点の食い違いがあってもならない」と、証言記録(これも本人ではなく聞いた者が記録したもの)によって年齢や家族数が一致していない、として夏淑琴さんを「ニセ被害者」と書いたのである。 この論法は、東中野が聞き取り調査資料の扱いの基本も知らないことを意味している。 聞き取り調査の場合、証言者の数や年、月日に関する記憶の誤りはさほど問題にならない。 大切なのは基本的な体験記憶である。 夏淑琴さんの証言ではこの体験記憶は一致している。

さらに、ドイツ外交官ローゼンの外交文書にあった夏淑琴さんの家族の惨劇の場面の報告で、夏さんを bayoneted とあるのを「銃剣で突き殺した」と訳して(「銃剣で突き刺した」と訳すべきところ)、夏さんが死んだことにし、その後に the 8-year old girl が負傷して生き残ったと記されているのを、the(その)とある意味が理解できずに、生き残ったのは夏さんでなく、別の少女である、つまり夏淑琴さんは死んだはずなので、負傷して生存したと証言している夏淑琴さんは「ニセ被害者」であるというのである。 英文の初歩的な誤訳にもとづいて、夏淑琴さんを「ニセ被害者」と断定してはばからないのである。

日本人の研究者に「ニセ被害者」と書かれた夏淑琴さんは心に大きな衝撃と傷を受け、憤りと無念さで精神不安定な状態に陥った。 その怒りと悲しみから東中野の本を名誉毀損で提訴したのである(2006年6月)。 夏淑琴さんが来日、東京地裁の法廷に立って、「東中野に直接申し上げたい」と証言したが、東中野は法廷にあらわれることなく、準備書面で自分は「学問的な見解を述べたまで」と繰りかえし、自分の言論が被害者の夏淑琴さんの心を傷つけた「第二の罪」を犯しているという自覚はまったくない。

同裁判の東京地裁の判決が2007年11月2日に出され、夏淑琴さんの名誉毀損を認定し、慰謝料など400万円の支払いを命じた。 判決文は「被告東中野の原資料の解釈はおよそ妥当なものとは言い難く、学問研究の成果というに値しないと言って過言ではない」と言い切った。 東中野の研究者としての資格を否定する厳しいものである。 東中野は「非常に心外だ。控訴する方針だ」とのコメントを出したという(『朝日新聞』2007年11月3日)。

(注: 写真はデンマン・ライブラリーより
赤字はデンマンが強調)


247 – 249ページ 『南京事件論争史』
著者: 笠原十九司
2007年12月10日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 平凡社

『冠詞の悲劇(2011年6月5日)』に掲載

でも、上のお話は名前の読み間違いとは違うと思いますわ。

もちろん、僕も分かっているつもりです。 僕はただ、間違いを認めるか認めないかの心の問題を取り挙げたのです。 本人の気持ちが大切だということですよ。 要するに、飛鳥坐神社の神主さんが「あすかざじんじゃ」と読まれると、ご神体が不機嫌になるから「あすかにいますじんじゃ」と読んで欲しいと言えば、神主さんの気持ちを尊重して僕は呼び方を変えるべきだと思ったわけですよ。

つまり、デンマンさんは素直に「あすかにいますじんじゃ」だと認めるのですわね?

いや。。。「あすかにますじんじゃ」と呼びますよ。

コメントに書いてあったからですか?

いや。。。GOOGLEで調べたら、「あすかにますじんじゃ」の方が、めっぽう多かった。

「あすかにいますじんじゃ」は 86,300件。 「あすかにますじんじゃ」は 5,690,000件なんですよ。 これだけ使われていれば、「あすかにますじんじゃ」と呼ぶほかないでしょう。

【卑弥子の独り言】

ですってぇ~。。。
確かにそうですわよね。
ご本人がこう読んで欲しいと言ったら、そのように呼ぶべきですわよね。

ところで、あたくしの名前は「卑弥子」でござ~♪~ますわ。
あの有名な古代の「卑弥呼」さんと混同しないでくださいまし。

とにかく、また、あさっても面白くなりそうですわ。
だから、あなたも読みに戻ってきてくださいましね。
じゃあねぇ。

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

世界の三大美人って知ってますか?

楊貴妃、クレオパトラと小野小町ですって。。。

でもね、欧米で“小野小町”と言っても

理解してもらえませんわ。

Beauty is in the eyes of the beholder.

“美人って見る人によって違うのよ。”

どの国にも、このような言い方がありますよね。

ところで、ネットを見ていたら次のようなサイトがありました。

Top Ten Most Beautiful Women In The World

1. Catherine Zeta Jones

2. Alessandra Ambrosio

3. Adriana Lima

4. Josie Maran

5. Zhang Ziyi

6. Eva Green

7. Scarlett Johansson

8. Natalie Portman

9. Jennifer Connelly

10. Aishwarya Rai

http://hubpages.com/request/975/best

あなたは、どう思いますか?

ところで、これまで書いた小百合さんの記事を集めて

デンマンさんが一つにまとめました。

もし、小百合さんの記事をまとめて読みたいならば、

次のリンクをクリックしてくださいね。

■ 『小百合物語 特集』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしてくださいね。

じゃあね。

結婚行進曲と六条の御息所

2010年11月8日

 
結婚行進曲と六条の御息所

Henry Purcell

(1659-1695)

Fairyは、未だかつて日本には存在しなかった。しかしながら、我々のfairiesに対するimageと西洋人のそれとには大差がないであろう。ただ、私には、田園劇そのものとなると、あの有名なW.Shakespeare の“A Midsummer Dream”でさえ、何処が良いのか皆目わからないのである。これは、かつて、F.Mendelssohn-Bartholdyの朗読つきの“A Midsummer Dream”全曲を聴いたときもそうであったが、Purcellの作品のGardinerによるすばらしい演奏に耳を傾けながらも、これは感覚の違いによるものか、需要の差、つまり都市生活者の、どのみち浅はかな田園への憧れのあり方の違いなのか、などと考えてしまうのである。

(中略)

だが、私には田園劇という分野が理解できない。フランスの貴族の倒錯したsnobismeとしたならば分かることは解る。けれど、あのShakespeareの田園劇は楽しんだことがなかった。もしかしたら、多分、未だ私の知らない歴史風俗的なわけがあるのかもしれない。私はPurcellが第一級の音楽をつけただけに、それが気になるのであろ。(中略)

英国でオペラが振るわななかったのは、Shakespeareが偉大すぎて、演劇が自足、自立していたからではなかったであろうか。Purcellの音楽にしても、私には、どちらかというと、器楽の作品のほうが違和感なしに楽しめる。


出典:7-8ページ 『間奏曲集ー主題なき変奏』(作品2)
著者:太田将宏 初版:1994年1月 改定:2006年6月
Les Interludes – Variations sans Sujet – Opus 2
by Masahiro Ota

デンマン注:写真はデンマンが貼り付けました。強調のための赤字もデンマンが施(ほどこ)しました。

デンマンさん。。。あんさんは、ずいぶん昔の作曲家の名前を知ってはるのやね?

ヘンリー・パーセル(Henry Purcell)のことかいな。

そうですう。わたしはこれまでに一度も聞いたことがあらへん。

わてかて太田さんの本を読むまで知りへんかったわ。

それなのに、どうしてパーセルのことを取り上げる気になったん?

太田さんは次のように書きよった。

あの有名なW.Shakespeare の

“A Midsummer Dream”でさえ、

何処が良いのか皆目わからないのである。

あんさんは、この箇所が気になってパーセルのことを取り上げる気になったん?

そうなのや。わては去年(2009年)も、ふるさと(行田市)へ帰省したのや。その時にテレビで朗読つきの“A Midsummer Dream”を観た。。。で、感銘を受けたので記事を書いたのや。めれちゃんも、ちょっと読んでみて欲しいねん。

結婚行進曲

日本帰省中の2009年10月18日の日曜日に、僕はNHKの教育テレビで午後9時の「N響アワー」を観たのですよう。

クラシックでござ~♪~ますか?

そうなのですよう。。。僕はクラシックの曲など自分から進んで聴くこともコンサートに行ったことも無い。

それなのに、どうして「N響アワー」を観たのでござ~♪~ますか?

音楽と語りが織りなす“夏の夜の夢”

メンデルスゾーン生誕200年

メルクル指揮 語り:中井貴恵

テレビ番組表を見たら、このような文面が目に飛び込んできた。

10月なのに“夏の夜の夢”でござ~♪~ますか?

いいではありませんか!?僕だって小百合さんからの夏のメールを取り上げたのだから。。。「音楽と語りが織りなす。。。」というのがいいではありませんか!。。。音楽だけではつまらない。。。考えてみたら、クラシックの演奏中に「語り」があるなんて、僕はこれまでに聞いたことも見たことも無い。これは、絶対に見なければ一生の損だ!と思って僕は何が何でも見ようと決めたのですよう。

デンマンさんはメンデルスゾーンのファンなのでござ~♪~ますか?

いや。。。ファンになるほどハマリ込むようなクラシックの作曲家なんて僕には居ませんよう。

でも、メンデルスゾーンは好きなのですか?

いや。。。別に好きだと言う訳でもない。でも、有名な作曲家の一人だというぐらいの知識はありますよう。しかし、メンデルスゾーンが作った曲を言いなさいと言われても、すぐには曲が思い浮かばない。

つまり、音楽の勉強はあまりしなかったのでござ~♪~ますね?

いや。。。結構勉強しましたよう。音楽の成績はいつでも「5」でしたからね。それに、行田中学の時の町田先生という地理と社会科の先生が、どう言う訳か音楽教育に熱心だった。僕が合唱部に入ったのも、この先生が「入りなさい」と言ったので、しぶしぶ入ったのですよう。

じゃあ、メンデルスゾーンの曲も何度か聴いたのですわね?

町田先生は音楽も担当していたから、音楽の授業で聴かされた覚えがありますよう。でもねぇ~、メンデルスゾーンの曲は僕の記憶に残らなかった。

 (中略)

。。。んで、音楽と「語り」が織りなす“夏の夜の夢”は、いかがだったのでござ~♪~ますか?

興味深かったですよう。音楽の合間に「語り」担当の中井貴恵さんが次のような物語を語って聞かせるのですよう。

夏の夜の夢

『夏の夜の夢』(原題:A Midsummer Night’s Dream)は、ウィリアム・シェイクスピアによって1590年代中頃に書かれた喜劇形式の戯曲。
全5幕からなり、アテネ近郊の森に脚を踏み入れた貴族や職人、森に住む妖精たちが登場する。
幾度か映画化もされている。
他にも後世に作られた同名の作品が複数ある。
坪内逍遥訳をはじめ古い翻訳では『真夏の夜の夢』(まなつのよのゆめ)と訳されることが多かった。

アセンズ(アテネ)の街と近郊の森が舞台となる。
2組の貴族の男女:ハーミア、ライサンダー、ヘレナ、ディミートリアス、織工のボトム、妖精の王オーベロン、女王タイターニア、パックが主な登場人物である。
人間の男女は結婚に関する問題を抱えており、妖精の王と女王は養子を巡りけんかをしている。
しかし、オーベロンの画策やパックの活躍によって最終的には円満な結末を迎える。

あらすじ (ネタバレ注意

アセンズ公シーシアス(テセウス)とアマゾン国のヒッポリタとの結婚式が間近に迫っており、その御前から舞台は始まる。
貴族の若者ハーミアとライサンダーは恋仲であるが、ハーミアの父イージアスはディミートリアスという若者とハーミアを結婚させようとする。
ハーミアは聞き入れないため、イージアスは「父の言いつけに背く娘は死刑とする」という古い法律に則って、シーシアスに娘ハーミアを死刑にすることを願い出る。
シーシアスは悩むものの、自らの結婚式までの4日を猶予としてハーミアへ与え、ディミートリアスと結婚するか死刑かを選ばせる。
ライサンダーとハーミアは夜に抜け出して森で会うことにする。
ハーミアはこのことを友人ヘレナに打ち明ける。
ディミートリアスを愛しているヘレナは二人の後を追う。
ハーミアを思うディミートリアスもまた森に行くと考えたからだ。

シーシアスとヒッポリタの結婚式で芝居をするために、6人の職人が一人の家に集まっている。
役割を決め、練習のために次の夜、森で集まることにする。
かくして、10人の人間が、夏至の夜に妖精の集う森へ出かけていくことになる。

森では妖精王オーベロンと女王タイターニアが「とりかえ子」を巡って喧嘩をし、仲違いしていた。
機嫌を損ねたオーベロンはパックを使って、タイターニアのまぶたに花の汁から作った媚薬をぬらせることにする。
この媚薬はオーベロンの魔力によって作られた強力なもので、目を覚まして最初に見たものに恋してしまう作用がある。
パックが森で眠っていたライサンダーたちにもこの媚薬を塗ってしまうことで、ライサンダーとディミートリアスがヘレナを愛するようになり、4人の関係があべこべになってしまう。
また、パックは森に来ていた職人のボトムの頭をロバに変えてしまう。
目を覚ましたタイターニアはこの奇妙な者に惚れてしまう。

とりかえ子の問題が解決するとオーベロンはタイターニアが気の毒になり、ボトムの頭からロバの頭をとりさり、タイターニアにかかった魔法を解いて二人は和解する。
また、ライサンダーにかかった魔法も解かれ、ハーミアとの関係も元通りになる。
一方、ディミートリアスはヘレナに求愛し、ハーミアの父イージアスに頼んで娘の死刑を取りやめるよう説得することにする。
これで2組の男女、妖精の王と女王は円満な関係に落ち着き、6人の職人たちもシーシアスとヒッポリタの結婚式で無事に劇を行うことになった。

物語の背景

ヨーロッパでは夏至の日、妖精の力が強まり、祝祭が催されるという言い伝えがある。
劇中でも小妖精のパックや妖精王オーベロンなどが登場する。
特にトリックスター的な働きをするパックは人々に強い印象を与え、いたずら好きな小妖精のイメージとして根付いている。
Puck はもとはプーカ Puka などとして知られていた妖精のことである。

『夏の夜の夢』の執筆時期と最初の上演がいつだったのか正確な日付は不明であるが、1594年から1596年の間であったと考えられている。
1596年2月のトーマス・バークレイ卿とエリザベス・キャレイの結婚式で上演するために書かれたとする説もある。
『真夏の夜の夢』の構想の元となった作品は不明であるが、個々の登場人物や出来事は、ギリシャ神話や古代ローマの詩人オウィディウスによる『変身物語』、アウグスティヌスの『黄金のロバ』といった古典的な文学から流用されている。

日本語訳タイトル

古くから、『真夏の夜の夢』という題が用いられてきた(坪内逍遥、三神勲など)。
これは原題の midsummer nightを直訳し「真夏の夜」としたものであるが、正しくは6月下旬の夏至 midsummer day の夜のことであり、日本でいう「真夏」つまり夏のさかりの夜ではない。
そのため、『夏の夜の夢』という題が現在では一般的になっている(福田恆存、小田島雄志、松岡和子ら)。
もっとも、1949年刊行の岩波文庫版(土居光知訳)などでもすでに『夏の夜の夢』が用いられている。

しかし『真夏の夜の夢』という題も古くから親しまれてきたため、1999年公開のアメリカ映画の邦題に用いられた他、今日でもメンデルスゾーン作曲の序曲・劇音楽などでしばしばこの表記が用いられる。
 
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

シェイクスピアの喜劇でござ~♪~ますか?

もともとはギリシャ神話の中にあるエピソードですよう。

それがデンマンさんには面白かったのでござ~♪~ますか?

いや。。。僕はギリシャ神話のエピソードが出てくるとは夢にも思っていなかったのですよう。

それで思いがけなく楽しかったのでござ~♪~ますか?

いや。。。楽しかったと言うよりも懐かしかったのです。

なぜ。。。?

実は、僕は“Erotica Odyssey”という英語の小説を書いたことがあるのですよう。

『英語の本 (Erotica Odyssey)』

『Erotica Odyssey (日本語解説)』

ヤ~らしい本でござ~♪~ますか?

いや。。。決して卑弥子さんが考えるようなヤ~らしい本ではありません。つまり、ポルノではありません。この上の説明にも出てくるアセンズ公シーシアス(テセウス)も登場する冒険・エロチカ物語ですよう。

どきどきワクワクするお話なのでござ~♪~ますか?

ここで書くと長くなるから書かないけれど、興味もある人は上の「日本語解説」を読んでみてください。

分かりましたわ。後で読ませていただきますわ。。。んで、結婚行進曲はどうなったのでござ~♪~ますか?

中井貴恵さんが語る結婚式のところで、あの有名な結婚行進曲が演奏されたのですよう。

洋装の結婚式で、よく聞く、あの「結婚行進曲」でござ~♪~ますか?

そうなのですよう。まさか、上のような話の中で、あの有名な結婚行進曲を聞くとは思いませんでしたよう。あの曲をメンデルスゾーンが作曲したとは、うかつにも僕は知りませんでした。。。目からウロコでしたよう。


『結婚行進曲(2009年11月23日)』より

つまり、“結婚行進曲”が聞こえてきたさかいに、うれしくなって上の記事を書きはったん?

そうなのやァ。うしししし。。。

笑っている場合ではありまへんがなァ。要するに“A Midsummer Dream”に「結婚行進曲」が使われてるよってに、その田園劇が素晴らしいとあんさんは言わはるの?

そうや。めれちゃんもそう思わんか?

それは可笑しいと思うわ。

どうしてや?

そやかて、あの結婚行進曲が有名になったのは最近のことやでぇ。今でこそ日本の結婚式には、あの有名な結婚行進曲が必ずと言っていいほど式場に流れるけど、18世紀には日本ではもちろん、ヨーロッパでも結婚式に行進曲が流れることはあらへんかったと思うわ。

それもそうや。レコードプレーヤーもなかったし、CDプレーヤーもあらへんかった。

そやから田園劇の良さと結婚行進曲は全く関係あらへん。

そうなるなァ~。。。

あんさん!。。。いい加減にしいやあああァ~。。。素人のわたしにでも分かるような事を言わんといて欲しいわ。

あのなァ~。。。たまたま“A Midsummer Dream”と結婚行進曲が思い浮かんださかいに言ったまでやァ。実は、それ以外にも田園劇について思い当たることがあるねん。

そんなら、もったいぶらんと言ったらええやん。

太田さんが次のように言うていた。

もしかしたら、多分、未だ私の知らない

歴史風俗的なわけが

あるのかもしれない。

つまり、歴史風俗的な理由を知ると田園劇の良さが分かりはるの?

そうなのやァ。実は、かつて、わてとジューンさんで、歴史的な事について対談したことがあるねん。その時のことを記事に書いたのや。めれちゃんにも関連部分を読んで欲しいねん。

Birth of Aphrodite by Alexandre Cabanel
(painted in 1863)
オリジナルの絵はビキニを身に着けてません。

「ロブソンさん、なんだかとてもまぶしい絵を貼り付けましたね」

「すばらしいと思いませんか?ジューンさんはどんな印象を持ちますか?」

「そうですね。なんだかハッとさせられるような絵ですね」

「この絵は今から140年以上も前に描かれたんですよ。ごく最近描かれたと言っても十分に通用するでしょうね」

「私は絵のことはあまり分かりませんけれど、キューピッドを描く人は最近ではあまりいないのではないですか?私は、キューピッドが宙に浮いているのを見てイタリアのルネッサンスの頃に描かれたのではないかと思ったくらいです」

「ほォ~~~、ジューンさん、絵のことには詳しくないと言いながら、けっこう知ってますね。僕より詳しいのじゃないですか?」

「いえ、それ以上のことは知りません。でも、140年前に描かれたということはちょっと信じがたいですね」

「どうして?」

「1863年に上の絵は描かれたんでしょう?ということはアメリカでは南北戦争の真っ最中ですよ」

「このアレクサンダー・カバネルはフランス人ですよ。だから戦争とは縁がなかったんですよ」

「私が驚くのは、こんなヌードがよく問題にならなかったと思って。。。当時、アメリカやカナダでなら展示禁止になったかもしれませんよね?」

「恐らくジューンさんも、そう言うだろうなと思ってこの絵を貼り付けたんですよ」

「パリだから問題にならなかったのですか?」

「そうではないですよ。パリだから問題にならなかったんじゃなくて、この絵の中の裸の女がアフロディテだから問題にならなかったんですよ。もし、この絵の女がパリのカフェのウエイトレスだったら、大問題になったはずですよ」

「どうしてですか?」

「僕が前のページで言ったように、『オディッセイ』を調べているうちに、この大叙事詩が欧米人の原点のような気がしてきたんですよ。つまり、現代欧米文明は古代ギリシャ文明、古代ローマ文明から営々と続いていると考えている人が多いんだよね。だから、上の絵が描かれた当時、フランスやイギリスの大学では、古代ギリシャや古代ローマの古典をとにかく飽きるほど勉強させられた。そういうわけで、『オディッセイ』を暗記するほど勉強する人も珍しくなかった。つまり、ギリシャの古典やローマの古典は必須科目だったわけですよ。だから、上の絵の女がアフロディテだから問題にならなかったんです」


『ラピスラズリと美女アメニア』より
(2005年7月9日)

分かるやろう?ヘンリー・パーセルも含めてヨーロッパの当時の作曲家や作家には一般教養としてギリシャ神話やローマ神話の知識を当然のこととして持っていた。

つまり、妖精たち(fairies)もギリシャ神話やローマ神話の中にたくさん出て来ると。。。

もちろん!。。。田園と妖精は切っても切り離せない関係にあるねん。

要するに、田園劇の良さは観る者にギリシャ神話やローマ神話を思い起こさせるというところにあると、あんさんは言わはるの?

そうやァ。ヨーロッパ人にとってギリシャ神話やローマ神話は、日本人にとっては源氏物語や平家物語やでぇ。

そうやろか?

そうなのや。そやから、めれちゃんも次のように書いたことがある。

デンマンさん☆
真冬にビキニのめれんげです。

くちづけ
 
 

 
 
罪深き

ことと知りつつ

この夜も

きみのくちづけ

もとめて止まぬ
 
  

 
 
by めれんげ
 
2009.01.14 Wednesday 14:21


『即興の詩 冬枯れ』より

この短歌を読んで、
六条の御息所を思われるとは、
さすがデンマンさんですね。

小百合さんは、ビキニでスノボですか…
その度胸は、さすがにありませんね~:p
わたしは部屋でビキニですね。
暖かいです(笑

めれんげ

2009/01/15 10:34 AM


『即興の詩 くちづけ』のコメント欄より

『愛のコラボと欺瞞 (2010年2月12日)』に掲載

つまり、六畳の御息所は、めれちゃんにとっては日本の古典の、いわば妖精のようなものやでぇ。

要するに、田園劇の良さはヨーロッパ人にギリシャ神話やローマ神話の妖精を思い出させることだと、あんさんは言わはるの?

そうやァ。わては太田さんの本を読みながら、そう思ったのや。

【レンゲの独り言】

ですってぇ~。。。
ヨーロッパの大学では、古代ギリシャや古代ローマの古典を飽きるほど勉強させられたのですってぇ。
『オディッセイ』を暗記するほど勉強する人も珍しくなかったそうです。
日本では、源氏物語も平家物語も必須科目ではないですよね。
名前を聞いたり目にしたりはしますが、内容まで知っている人は多くはないと思います。
あなたはいかがですか?

とにかく、次回も面白い話題が続きます。
あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてくださいね。
では。。。

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『ぶんぶく茶釜(2009年11月21日)』

こんにちは。ジューンです。

わたしも高校や大学で

古代ギリシャや古代ローマの神話を

勉強しました。

飽きるほど勉強したわけではありませんが

『オディッセイ』などは何度となく

宿題で読まされたことを覚えています。

古代ギリシャ神話や古代ローマ神話を知らないと

欧米の文学やクラシックの解説などを読んでいて

分からない事に度々出くわすことになるかもしれません。

あなたも時間があったら図書館から

ギリシャ神話やローマ神話の本を借りてきて

読んでみたら?。。。結構面白いですよ。

ところで、卑弥子さんが面白いサイトを

やっています。

もし、時間があったら覗いてくださいね。

『あなたが笑って幸せになるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。