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シェフ バベット

2017年12月20日

 

シェフ バベット

 


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デンマンさん。。。 “シェフ バベット”というのはトップの写真の女性ですか?


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そうです。。。

バンクーバーのフレンチレストランでデンマンさんが知り合った女性ですかァ~?

いや。。。 残念ながら そうではないのですよ。。。

実在の人物ですか?

たぶん実在の人物だったのですよ。。。 でも、もうずっと昔に亡くなってます。

つまり、伝説上の人物ですか?

いや。。。 伝説というよりも、物語に出てきた女性です。。。 たまたまバンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら出てきたのですよ。。。

料理の快楽を知る 『バベットの晩餐会』

 


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マチーヌとフィリッパという美人姉妹がいた。
時代は19世紀半ば。
二人ともすごい美人なんだけれど、生涯結婚しなかった。
ほとんど恋さえしなかった。
もったいない話だけどしかたがない。

 

二人が結婚しないまま老いたのはその父親がちょっと変わったた人だったからだ。
「二人の父は教区内のこの地区の監督牧師で予言者、ある敬虔で強力な宗派の創始者で、国中にその名を知られ、尊敬され、少々畏れられていたのだ」
父はずっと二人を手元に置いたまま老いて死んでしまった。
二人はそのまま静かに暮らして老いていった。

 

この小さな町の人々はとても慎ましく、倹(つま)しく、暮らしていた。
「みな二人の父の宗派に属し、その宗派の信者たちは、この世の快楽を悪とみなして断っていた」んだ。
余ったお金はみんな貧しい人にやってしまうような暮らし。

 

そこへパリから一人の女が姉妹を頼って逃げてくる。
パリ・コミューンで戦って破れた側(パリ・コミューンは左派の革命で、失敗に終わった。 政府に反抗して3万人が殺されたと言われる)。

 

バベットというその女はマチーヌとフィリッパに保護され、料理ができるというので家政婦として働きながら地味に暮らしていた。

 

14年後、バベットは突然とんでもない金持ちになったと二人に告げた。
パリでずっと友人に買ってもらっていた富籤(とみくじ)が当たったのだという。
そして、長らく世話になったお礼に、まもなく来る二人の父の生誕百年のお祝いの会の料理を自分にぜんぶ任せてほしいと言い出す。

 

姉妹はびっくりする。
なにしろ「この世の快楽を悪とみなして」いるんだから御馳走(ごちそう)を用意する気なんかなかった。
いつもの貧しい食事に特別にコーヒーを添えようかと思っていたくらい。

 

しかしバベットはパリの一流の料理を作ると言って二人を説得し、材料を取り寄せ、町の人々が想像もしたことのない豪華なディナーを供する。
彼女は女性ながらかつてはパリの今なら三ッ星がつく超一流レストランのシェフだったんだ。

 

この話がおもしろいのはカトリックとプロテスタントの違いがくっきり出ているところ。
ノルウェー(映画ではデンマーク)はルター派のプロテスタントだし、この父は特に厳格で禁欲的な宗派を作ったんだろうね。

 

おいしいものを食べて人々の心が変わっていくところがすごくいい。
長年の不和が解消したりして。
ステファーヌ・オードラン主演の映画もよかった。

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


70-72ページ 『池澤夏樹の世界文学リミックス』
著者: 池澤夏樹
2011年4月30日 第1刷発行
発行所: 河出書房新社

あらっ。。。 バベットはパリの今なら三ッ星がつく超一流レストランのシェフだったんですわねぇ~。。。 でも、このお話って 実話ですか?

あのねぇ~、この話は映画にもなったのだけれど、原作はカレン・ブリクセンという女性が短編小説として書いたのですよ。

カレン・ブリクセン

Baroness Karen von Blixen-Finecke

1885年4月17日 – 1962年9月7日


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20世紀のデンマークを代表する小説家。
デンマーク語と英語の両方で執筆し、デンマーク語版は本名のカレン・ブリクセン名義、英語版はペンネーム(男性名)のイサク・ディーネセンもしくはアイザック・ディネーセン(Isak Dienesen)名義で作品を発表した。
作品によっては作品間の翻訳の際に加筆訂正がなされ、時には別作品ともいえる物になっているという複雑な作家である。
2009年まで、デンマークの50クローネ紙幣には彼女の肖像が使われていた。

1885年、デンマークのルングステッズ生まれ。
作家であり軍人であった父親ヴィルヘルム・ディーネセンに強い影響を受け、20代前半にはコペンハーゲン王立美術アカデミーで学んだり、パリで絵画の修業をしたり、あるいは文芸雑誌に小品を寄稿したりしていた。
この時代の作品は画集などの形をとり後に復刻されている。

1913年に父方の親戚のスウェーデン貴族のブロア・ブリクセンと結婚し、翌年ケニアに移住。
夫婦でコーヒー農園を経営するが、まもなく結婚生活が破綻(夫に移された梅毒は生涯の病になった)し、離婚。
単身での経営を試みるがあえなく失敗し、1931年にデンマークに帰国した。

1933年(当時48歳)に本格的に作家活動を始めた。
1934年にアメリカで出版したイサク・ディーネセン名義の作品「七つのゴシック物語」で成功を収め、その翌年デンマークでカレン・ブリクセン名義でそのリライトを発表し、以降その名義の使い分けを始めた。

1950年代に入ると体調を崩す事が多くなり、執筆活動が困難になるものの、ラジオ番組などに出演するなどの活動を続けた。
1962年にルングステッズで死去。


出典: 「カレン・ブリクセン」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

映画では舞台はデンマークなんだけれど、小説ではノルウェーの海岸の小さな町の話なのです。。。

じゃあ、もともとカレンさんが生まれたデンマークの海岸の小さな町のお話を ノルウェーに舞台を置き換えて小説にしたのですか?

まず間違いなく、そういうことだと思いますよ。。。 実話を基にして書いたものでしょう。。。

デンマンさんは映画を観たのですか?

バンクーバー市立図書館でDVDを借りて観ました。


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『拡大する』

『実際のカタログページ』

あらっ。。。 デンマンさんは12月12日に観たのですわねぇ~。。。

実は、15年ぐらい前にバンクーバー国際フィルムフェステバルで観ているのですよ。。。 今回、久しぶりにじっくりと観てみました。

映画ではどんな風になっているのですか?

次のようなあらすじです。。。

『バベットの晩餐会』


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時代は19世紀、重苦しい雲と海を背景にしたユトランドの片田舎が舞台である。

美しい姉妹であるマーチーネとフィリパは、牧師である老父と清貧な暮らしを送っている。


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姉のマーチーネには地元で謹慎中の若い士官ローレンスが好意を持つ。


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また妹のフィリパには休暇中の著名なフランス人バリトン歌手アシール・パパンが求愛する。


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しかし、姉妹は父に仕える道を選び、結婚することなく、清廉な人生を過ごしながら年老いていく。

やがて姉妹のもとに、パリ・コミューンによって家族を亡くしてフランスから亡命してきた女性バベットがパパンの紹介でやって来て、家政婦として働くようになる。


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姉妹の父である牧師が亡くなって、村人の信仰心が衰えを見せていたため、姉妹は父の生誕100年を記念したささやかな晩餐会を催して村人を招待することを思いつく。

そんな折、バベットに1万フランの宝くじが当たったという知らせがフランスから届く。

マーチーネとフィリパは、バベットがこのお金でフランスへ戻るであろうことを予期し、寂しく思いながらも、その思いは2人だけの心にとどめおく。

その直後、バベットは姉妹に対して、お願いしたいことがあると申し出る。

それは、祝いの晩餐会の食事を作らせて欲しい、また、今回だけフランス料理を出したい、費用は自分が出したい、というものだった。

実はバベットには、姉妹には話していない秘密があった。

バベットはかつて、パリの有名レストランの女性シェフだったのだ。

また、牧師の生誕100年を祝う晩餐会のために、宝くじで当たった1万フランをすべて使おうと決めていた。

バベットに晩餐の準備を一任したものの、運び込まれた食材が生きたウミガメやウズラであることを見たマーチーネはショックを受け、夜中にウミガメが火にあぶられている夢で目が覚める。

マーチーネは天罰を恐れ、村人たちと話し合って晩餐会では食事を味わうことなく、食事の話も一切しないことを決める。

晩餐会にはかつてマーチーネに思いを寄せていたローレンスも参加することになる。


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バベットは豪華な料理をてきぱきと用意し、晩餐会が開かれる。

料理のあまりの美味しさにローレンスは感動する。


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しかし、マーチーネをはじめとする他の参加者は食事について言及することなく、不自然な会話を繰り広げる。

料理の内容からローレンスは、この料理を作っているのが、かつてパリで人気だったレストラン「カフェ・アングレ」の女性シェフであることに気付く。

頑なに食事を味わうことを避けていたマーチーネたちも料理の美味しさに心を解きほぐし、いがみ合っていた者同士も打ち解け合う。


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こうして晩餐会は無事に終わる。

晩餐会のあと、バベットはマーチーネとフィリパに、自分がかつてレストラン「カフェ・アングレ」のシェフだったことを初めて打ち明ける。

パリに戻ってもあなたを忘れないとバベットに言う姉妹に対して、バベットはパリには戻らないと言う。

「私は全て失った。お金もありません。」と続けるバベットに姉妹は驚き、お金のことを問いただす。

バベットはこの晩餐会で1万フランをすべて使い切っていたことを話す。

そしてアシール・パパンがバベットにかけた言葉を引用し、これからもこの地に留まるつもりであることを告げる。


出典: 「バベットの晩餐会」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

つまり、バベットさんは宝くじで当たった1万フランを お世話になった姉妹のためにすべて使い果たしてしまうのですか?

そういうことです。。。 一文無しになってしまったのですよ。。。

でも、本当にそのようなことができるでしょうか? 老後のことだって心配でしょうに。。。

あのねぇ~、バベットさんは世話になった姉妹のためだけに豪華な料理を作ったわけではないのですよ。。。

じゃあ、他に誰のために1万フランを使い果たしたのですか?

自分のためですよ。。。

自分のため。。。?

そうです。。。 バベットさんの家族はすべて、パリ・コミューンは左派の革命で殺されてしまった。。。 彼女は天涯孤独の身の上ですよ。。。

独りぼっちになってしまったのですか?

そうです。。。 でもねぇ~、そんな彼女にもパリの一流レストラン「カフェ・アングレ」のシェフだったという誇りがある。。。 彼女にだけしか作れないレパートリーを持っていた。。。 彼女にとって、それは芸術(culinary art)なのです。。。 それを晩餐会のために作り出したわけですよ。。。 

シェフとしての自信を確かめるためでもあったのですねぇ~?

そういうことです。。。 真由美ちゃんもベーグル職人・お菓子職人としての自負があるでしょう?

バベットさんほどではありませんけれど。。。

とにかく、真由美ちゃんも一流のベーグル職人・お菓子職人を目指して、バンクーバーにやって来たのですからねぇ~。。。 昔の人は次のように言ったのですよ。

Art is long, life is short.

ラテン語だと、 Ars longa, vita brevis. となります。。。 古代ギリシアのヒポクラテスの格言ですよ。。。 日本語では「芸術は長し、生涯は短し」というところでしょう。。。

つまり、バベットさんが晩餐会のために1万フランを使い果たしたことは、誇りと自信を持って生きることを自分で確認したかったからですわねぇ~。。。

そういうことでしょう。。。


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【デンマンの独り言】


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真由美ちゃんは、ノース・バンクーバーでホームステーしながら
VCC (Vancouver Community College)にかよって
パン職人・ベーグル職人の勉強と実習に励んでいました。

去年(2016年)の9月に卒業式を終えて、
現在、バンクーバー市内の旨いベーグルを提供するカフェ・レストランで働いています。

学生時代には、先生やクラスメートとの英会話には、まごつくことがあったそうです。
外国語というのは習得するのが実に大変です。

あなたは英会話を勉強してますか?
できれば、英語を話している国へ行って英会話を勉強するのが一番です。

でもねぇ~、英会話を勉強する方法に王道はありません。
人それぞれです。。。
自分に合った勉強法を見つけるのが、英会話の上達の早道だと僕は思いますね。

同じことを同じように勉強しても、人によって上達が違うのですよ。
僕の経験で言っても、人によって、語学の才能というのはまちまちです。

太田将宏老人のように、40年もカナダに住んでいるのに
英会話が満足にできずに 6人に成りすまして日本語でブログにコメントを書きなぐって余生を過ごす人もいます。

なかには、日本語を忘れてしまうほど、英語にどっぷりと浸かってしまう人もいます。
20年以上英語圏で英語を話してますけれど、
僕は、漢字を忘れることはあっても、日本語を忘れることはありません。

もちろん、今でも、英語を話すよりも日本語を話す方が楽に話せます。
僕自身は語学の才能があるとは思ってませんが、
僕が、カナダ人と笑いながら話しているのを聞いていると、
真由美ちゃんには さっぱり 何を話しているのか解らないと言うのですよね。

僕がペラペラと英語を話しているように見えるのだそうです。
早くデンマンさんのように 英語がしゃべれるようになりたい、と真由美ちゃんは言います。

しかし、僕は、常に、英語を日本語のように しゃべれたら いいなと思っているのですよ。
外国語を母国語のように話すのは、本当に難しいと思います。

いずれにしても、真由美ちゃんは小さい頃からの夢が叶ってぇバンクーバーにやって来たのです!


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ところで、あなたはバンクーバーに行ったことがありますか?

とっても素敵な街ですよ。


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世界で最も住みやすい街バンクーバー


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ビデオを見ても、なんだかワクワクしてくるでしょう?

卑弥子さんが バンクーバーにやって来たのは 2008年の元旦の2週間ほど前でした。

クリスマスをバンクバーで過ごして、それから元旦の“Polar Bear Swim (寒中水泳)”に参加したのです。


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上のビデオを見ると、まるで真夏のようでしょう?

ところが気温は確か2度ぐらいでした。 

水の中の方が暖かかったのです。

とにかく、バンクーバーには面白い人たちがたくさん居ますゥ。

あなたも、お暇と お金の余裕があったらぜひ出かけてみてください。

では、また興味深い、面白い記事を書くつもりです。

だから、どうか、あなたも またやって来てくださいねぇ~~。
じゃあね。


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『スパマー HIRO 中野 悪徳業者』

 

If you’ve got some time,

Please read one of the following artciles:


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『ピラミス@美術館』

『夢のバンクーバー』

『バンクーバーの屋上で』

『オランダ移住』

『カナダ移住の夢』

『ディープコーヴ』

『浴衣のバンクーバー』

『黒豚テリマヨ』

『イタリアのベーグルとサルサ』

『花火大会』

『乙女老い易く学成り難し』

『真由美ちゃん@英語』

『真由美ちゃんダントツ』

『日本よい国天国だ!』

『やっぱりどこか狂ってる』

『日本で再会』


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『乙女力@宇都宮』

『いい出会いの連鎖』

『笑顔の乞食おばさん』

『ニュートンの暗い秘密』

『新年@バンクーバー』

『スープキッチン@新年』

『猫と癒し』

『猫と犬と癒し』

『大通りde水の滑り台』

『イルカとワンちゃん』

『カワウソ@スタンレー公園』

『生パンツ系男子とベトナム兵』

『愛と癒しの涙』

『ダンスとノーベル賞』

『おもてなし』

『思い出ポロポロ』

『ロブソンの5月』


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『ネットが不倫を連れて来る』

『ペットと良心』

『夢のデニッシュ』

『パンツァネッラ』

『12歳少女の短命』

『行田の伯母さん』

『パン職人修行』

『タイムマシーン』

『ルンルンdeサルサ』

『天国のワンちゃん』

『万の風になって』

『プロシュット』


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『なせば鳴る音楽』

『日本人女学生行方不明』

『日本人女学生死亡』

『ガレット』

『那須高原の紅葉』

『希望とロマン』

『錯視 錯覚』

『マンボ@バンクーバー』

『オリーブオイル』

『スコーンとプディング』

『5月のロブソン』

『病院食の間違い』

『プレミアム・ジャパン』

『自然の摂理を無視すると…』

『夢のデニッシュ・悪夢のマーガリン』


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『パリ風カフェ』

『どこか狂ってるわ』

『行田遠野物語』

『行田物語 ピアノ』

『行田物語 猫』

『行田物語 母の懐』

『行田物語 ケネディ暗殺』

『行田物語 病院食』

『行田物語 お股の花々』

『晩香坡物語 ジャズ』

『行田物語 悪夢』

『行田物語 社長』

『行田物語 棺桶に入るまで』

『宝田百合子@インド』

『行田物語 ちゃぶ台』

『行田物語 アカギレ』

『行田物語 にぼし』

『ノーベル賞がなぜ?』

『トゥーランドットとかぐや姫』

『ゲソとワケギ』


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