表現の自由がなくなったら?


 
2005年2月23日 水曜日
 
 
表現の自由がなくなったら?
 
 

もし、表現の自由がなくなったら、あなたはどうしますか?

僕は日本を抜け出してカナダで暮らし始めますよ。

ええっ?そんなに簡単に海外で暮らせるのかって?

僕はカナダの移民許可証を持っていますからね。実際、最近では日本が暮らしにくくなったので、20年ほど前からバンクーバーを拠点に活動していますよ。

20年前を覚えていますか?バブル崩壊前ですよ。今よりもずっと日本は住みよかったような気がします。あなたはどう思いますか?

表現の自由なんて、普段あまり考えたことがないでしょう?どうですか?あなたも僕も、実際には“言論統制”という経験を持ったことがないですよね。でもね、昔の偉い人は言いましたよ。“歴史を学ばないものは過ちを繰り返す”とね。

そういう過ちを日本人はまた繰り返そうとしているように僕には見えますね。

表現の自由、言論の自由、報道の自由が脅(おびや)かされている。

最近、あなたは、そう感じませんか?
ええっ?感じない?
ちょっと感じ方が鈍(にぶ)いんじゃないの?
なんて言うと、あなたに端(はな)から僕は嫌われてしまいそうですが、バブル崩壊以来、日本経済がかなり傾いてきましたよ。それと同じようにこの3つの自由もあなたが知らない間にかなり窮屈なものになっていますよ。

誰が窮屈なものにしているのか?
それは言ってしまえば、「なんだああァ~~」ということになりますが、政府と、政府を支えている与党ですよ。

分かりやすい例を挙げますね。NHKが2001年1月30日に放送した特集番組『問われる戦時性暴力』の2回目の放送の事です。この番組は旧日本軍慰安婦制度の責任者を裁く市民団体主催の民衆法廷『女性国際戦犯法廷』を主な素材としています。この番組の放送前にどういうことが起こったかというと、自民党衆議院議員の中川昭一氏(現・経済産業相)と安倍晋三氏(現・自民党幹事長代理)が内容の変更を求めるような事を言ったのです。

このことが問題の発端になって、波紋が広がって行きます。まず、NHKと二名の議員はこの番組の担当デスクだった長井暁さんの記者会見を克明に報道した朝日新聞に対して激しい抗議をしました。この対立は今なお続いているようです。

内容の変更とはそもそもどういうことなのか?
安倍晋三氏が松尾武放送総局長(当時)らNHK幹部と放送前日に会い「公平・公正な報道をして欲しい」と要望したのです。そこで安倍氏の発言に番組改変を求める意味合いがあるのかどうか?が問題になりますね。

僕は、当然ながらそのような意味あいがこめられていると思います。政権与党の要人から出た言葉には何らかの政治的メッセージが込められていると考えるのが自然です。受け取る人によっては「圧力」と感じるかもしれません。

では、「公平・公正な報道」とは何か?
自民党幹事長だった安倍氏は2004年2月に記者会見でテレビ朝日を非難して、このように言っています。「公正な報道を心がけなければならないテレビ局が一方に加担した」 自民党は、テレビ朝日の報道番組「ニュースステーション」が2003年11月、衆院選投票日を間近に控えて民主党政権が誕生した際の閣僚名簿を詳細に紹介したことに対して「不公平だ」反撥しました。そして、同局番組への出演を拒否しました。これは党幹部から一般議員へと拡大しました。

自民党は、テレビ朝日から謝罪と関係者の処分を引き出した事で拳を下ろしましたが、政治問題化したことで総務省も乗り出し、「適正な編集を図る上で配慮に欠けた」と行政指導をしたのです。結局、テレビ朝日の完敗で終わりました。これに対してメディア界は、自民党と総務省が報道の自由を侵害するおそれがあると、強く批判したのです。

安倍氏は「公平・公正な報道」という言葉を金科玉条のごとく持ち出したわけです。しかし、もっと重要な事は「健全な批判精神」です。この点を阿部氏もまた阿部氏を擁護する人たちも充分に理解しているとは思えません。健全な批判精神を守るために、表現の自由、言論の自由、報道の自由が必要になるのですね。では、なぜ健全な批判精神がそれ程重要なのか?なぜなら、健全な批判精神が無い社会に進歩も発展も無いからです。太平洋戦争中の帝国政府の言論統制を見れば良く理解できます。

ところで、太平洋戦争中に「竹やり事件」というのがありました。東条首相が閣議で「非常時宣言」を発表し、「皇国存亡の岐路に立つ」と竹槍精神の一大勇猛心を強調した発言がデカデカと新聞に載ったのです。
この竹やり精神に批判の矢を向けたのが『毎日』新聞の新名丈夫記者でした。

「勝利か滅亡か、戦局はここまで来た。竹槍では間に合わぬ。飛行機だ、海洋航空機だ」という五段見出しで東条首相の「竹やり精神」を批判したのです。
「太平洋の攻防の決戦は日本の本土沿岸において決せられるものではなくして、数千海里を隔てた基地の争奪をめぐって戦われるのである。
本土沿岸に敵が侵攻して来るにおいては最早万事休すである。(中略)敵が飛行機で攻めて来るのに竹槍をもっては戦い得ない」
こう論じて、女性から子供まで竹槍主義で1億玉砕を唱えていた陸軍のアナクロニズムを批判したわけです。

東条首相が安倍氏の言葉を借りるなら、「公平・公正な報道」がなされていない、と言うでしょうね。

先に述べたNHKの番組もそうですし、テレビ朝日の報道番組「ニュースステーション」もそうです。2つの番組とも「健全な批判精神」に基づいて報道したにすぎない。それを「公平・公正な報道」という、一見誰もがなるほどと思うような言葉を持ち出してきて「報道の自由」を規制しようとしている。正に「竹やり事件」の縮小版です。

竹やり事件についてもう少し詳しく見れば、このことは明らかです。この事件についてよく知らない人はぜひ次のリンクをクリックして読んでください。

『過去の愚かな言論統制の過ちから学ぶ』

政府・与党によるメディア規制は1990年代末に活発化しました。現在の日本は表現の自由が保障された民主国家です。戦前のような露骨なメディア介入ができるとは、政府も与党も思っていないでしょう。思想を取り締まる特高警察も検閲にあたった情報局も今はありません。しかし、政府にとって都合の悪い報道は、何とかして規制しようとする動きが出てくることもある意味では自然です。こういう時に、我われは常識の嘘にごまかされてはいけないと思うのですね。

この常識のウソが「公平・公正な報道」です。これが行きすぎると「竹やり事件」のようなことになるわけです。それ程無茶なことが現在では出来ないので、政府・与党は非常に巧みに我われを言いくるめようとします。では、表現の自由、言論の自由、報道の自由を狭めるためにどのような言葉を持ち出すのか?

「公平・公正な報道」が効果を表さなければ、それに代わって「個人情報の保護」「人権救済」「青少年の健全育成」といった言葉を持ち出してきます。誰もが正面からは反対しづらい言葉を持ち出してくるわけです。こういう理由を掲げて、取材や報道活動を制限しようとするわけです。更に、これらに加えて最近では「治安」「有事」がチラチラ見えるようになりました。また「安全」や「安心」を強調して、個人の思想・信条の自由より、社会秩序の安定を優先させようとします。このようにした方が政治がやりやすいからです。

我われは、このような常識のウソに騙されないように、「竹やり事件」の教訓を忘れないようにしなければなりません。
自民党(与党)は現在、衆議院で3分の2以上の議席を確保してしまった。悪用すれば、どんな法律も通すことが可能なんですよね。
郵政民営化には国民の大多数が賛成しましたが、“言論統制”は誰も賛成していないんですね。

ところがですよ。小泉純ちゃんが来年9月に退陣して、どうせボンクラな首相が登場しますよ。
純ちゃんもたいしたことができませんでしたが、純ちゃんの後を継ぐ首相に彼をしのぐだけのすばらしい人材が出てくるとは思えないんですよねぇ。そう思いませんか?
かならずや与党の絶対多数を悪用して“言論の自由”を規制する方向に向かうと僕は確信を持っていますね。

なぜか?
日本人の誰もが戦争などしたくないんですよね。あなただってそう思うでしょう?
僕は戦後生まれました。でも、戦争の悲惨さは、あの馬鹿らしい戦争にかり出されて戦った身近な者から聞いて知っています。僕の身内にもあの戦争で命を落とした人がたくさん居ます。
また、銃後の悲惨さも、母親や祖母から聞いて知っています。
戦争して良い事は何もないんですよね。

ところが、“国を守ろう”というスローガンを唱えて“憲法を改悪して”戦争ができるような日本にしようと一生懸命になっている人たちが居る!
世界史を勉強すれば、きわめて明らかなことなんですよね。
戦争することは間違っていることなんですよ!
たとえ、日本が滅びても戦争することは間違っている!

日本が滅びても良いの?

かまいませんね。
憲法を改悪して戦争ができる国にして戦争をするくらいなら、そのような“帝国日本”はそれを作り出すアホな政治家と一緒に滅びるべきですよ。
残念ながら、現在の自民党の動きを見ていると、まさに“帝国日本”にまい戻ろうとしている!
最初にすることが言論統制ですよ。
その兆(きざ)しが見えています。

そのことについて僕は書きました。
この記事に出てくる人たちの中には、まだ生きている人も居ますよ。

“帝国日本”が滅びたとしても日本人は永遠に残りますね。
ユダヤ人を見てください。2000年の間、国を持たずに放浪した挙句にイスラエルを建国しました。
憲法を改悪して“帝国日本”を築くくらいなら、そのような国は滅亡したほうが人類のためなんですよね。
悪い日本人は“帝国日本”とともに滅亡すべきです。
僕は“言論の自由を守るネット市民”として海外で生き延びて見せます。
日本が滅びても良識ある日本人は残ります。
そういう良識ある日本人に僕はなりたいですよ。

あなたはどう思いますか? 

この記事は次のページをコピーして編集しなおしたものです。

http://members.lycos.co.uk/kato1720/renge/tree.php?n=1764


【オリジナル:】

『表現の自由がなくなったら?(2005年9月23日)』
http://blog.livedoor.jp/barclay1720/archives/50094911.html
(ライブドア 「徒然ブログ」)


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こんにちは。ジューンです。

1999年夏の「東芝事件」は

ネットでも画期的な事件でした。

東芝製ビデオデッキの修理に関し、

その対応に腹を立てた消費者が、

経緯をネットで公開したのです。

東芝側はホームページの一部削減をさせるため

「名誉権と営業権に基づく妨害排除の請求」の

仮処分を申請しました。

しかし、社会的な批判が高まり、

急遽謝罪を表明したのです。

仮処分の申し立ても取り下げました。

やはり、企業と言えども法の下には

個人と平等なのですよね。

「はてなダイアリー」のユーザーとして

デンマンさんが「はてなダイアリー」の問題点について

たくさん記事を書いています。

ユーザーと「はてなダイアリー」との関係も、

もちろん対等であるべきですよね。

ユーザーが不満を表明し、

釈明を求めているのであれば、

「はてなダイアリー」も誠実に

対応すべきだと思います。

ネットの世界は単に現実世界の

向こうの虚像ではありません。

東芝事件のように、

ネット上で激しさを増したユーザーの声は、

間違いなく現実社会に戻ってくるからです。

デンマンさんが「はてなダイアリー」を

批判しています。

興味があったら次の記事を読んでみてくださいね。

『はてな批判 (2009年5月24日)』


 
ところで、英語の面白い話をまとめました。

興味があったら、

次のリンクをクリックして

読んでください。

■ 『あなたのための 楽しい英語』

■ 『性の俗説 (2008年3月4日)』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。

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