軽井沢の旧居と文学碑


 
2008年12月26日 (金曜日)
 
  
軽井沢の旧居と文学碑
 
 
室生犀星と軽井沢と小百合さん
 
 

投稿日時: 2008/09/22 03:58 (ロンドン時間)
日本時間: 9月22日 午前11時58分
バンクーバー時間: 9月21日 午後7時58分

はい ただいま。
軽井沢ではいろいろとやる事があって、
ネットカフェでゆっくりとデンマンさんのブログを見ている時間が取れませんでした。
あとで ゆっくりと 見てみますね。

ブログを読んでもらえば分かるけれど、
小百合さんとのメールの交換がブランク(空白)の期間があったので、
歴史編になっていますよ。

万葉集のこと
柿本人麻呂のこと。。。
そう言う事に、かなりハマッて『小百合物語』を書いていますよう。

しばらく歴史編が続きそうですゥ。
もちろん、小百合さんからのメールを冒頭に書きますが。。。
歴史編になっても『小百合物語』に変わりがありません。

夕べも今朝も
ビーバーランド e-XOOPSの調子が悪かったのですよう。
最近、マジで Lycos UK のサーバの具合が悪いのですよう。
ムカつきました!

先ほどクリックしたら、やっとジューンさんが現れて、
小百合さんが1時間前にログアウトした事が記録に出ていました。

23日の秋分の日までいるつもりだったのですが、
台風が去ったのに 低気圧で雨、
戻ってきました。

うん、うん、うん。。。
10日間ほど軽井沢にいると言っていたから早いなあああぁ~、と思ってちょっと意外でした。
でも、うれしい喜びですよう。
それだけ小百合さんと多くメールの交換ができますからね。

今回は 風邪もひいたけど その分 ゆっくり、
気がついたら 10時まで寝てました。
寝過ぎです。

本当に小百合さんは“風邪っ子”ですよね。
その事が僕のオツムに始終あって、その事が僕に『ロマンポルノ』を書かせたのですよう。
半分マジで。。。

つまり、小百合さんの“愛とロマンの体質改善”があの『ロマンポルノ』のテーマなのですよう。
小百合さんは分かってくれただろうか?

防人の歌碑のところまで行って、
新しい道を探して 見つかった時の 新鮮さ。
長男や次男のこと、デンマンさんのことも
忘れて 自分だけのことで 走り回ってました。

■ 『ビバ! 白鳥の湖 (2008年6月15日)』
(防人の歌碑については上の記事を読んでみてね。)

“防人の歌”。。。懐かしいですねぇ~。

そうです。そうです。
あの防人の歌の歌碑も、小百合さんと一緒に見たいものですね。

日の暮れに

うすひの山を

越ゆる日は

背なのが袖も

さやに振らしつ
 
 

(巻第十四 東歌 三四〇二

詠み人知らず)

現代語訳:

日の暮れ時に、碓氷の山の峠を越える日に、
我が夫が、別れの時に目につくほどはっきりと袖を振っていたわ。

峠を越えて去ってゆく夫を慕う妻の心情を詠んでいる。


ひなぐもり

うすひの坂を

越えしだに

妹が恋しく

忘らえぬかも
 
 

(巻第二十 四四〇七

他田部子磐前 [おさたべの子いわさき])

現代語訳:

ひなくもり(碓氷を導く枕詞)碓氷の坂を越える時は、
国へ置いてきた妻のことが恋しくて忘れられない。

碓氷峠越えの別れの恋歌。

『夢のホテル』より
(2008年5月8日)

私が室生 犀星(むろう さいせい) のことを書いたからって
無理に調べなくって いいのですよ。
私も作品を全部読んだわけでは 無いのです。
長女の室生 朝子さんは やはり子供のころ
軽井沢で過ごしたらしく 
細かく 様子が書いてあったのです。

お手伝いさんがいたものの、
洋風かぶれしたのが嫌いな父・犀星に厳しく育てられて、
父(肺癌)を見送るまでの事、
いろんな作家との 交流 が書いてありました。
きっと デンマンさんには 面倒な本ですから
記事で取り上げなくてイイですよ、

室生犀星のことは、いつか書いてみたいと思っていました。
僕にもちょっとした思い出がありますよう。
その事を含めて、万葉集の歴史編の後に書こうと思っています。

昭和25年ごろの手書きのマップを見つけ
コピーして 今大切に見てます。
大きくして額に入れようかな~ 

本当に 雲場池のところに ニュー グランドホテル
と書いてあった。 
1度見てみたい 竈岩(かまどいわ)
白人はジャイアントチェアー と呼んでいたらしい。
南のプリンススキー場の裏側なので 見たこと無いです
ごめん ごめん 私の事ばかり

うん、うん、うん。。。
小百合さんの事を、もっともっと書いてくれてもいいよう。

お母さんは 封筒の宛先は どうやって 書いてるの?
封筒だけ デンマンさんが たくさん書いて おいてきたりするの?

弟が書いてやっているようですよう。
僕は書いた事が無い。

私 今月末と思ったら 10月末 よね。
ネットカフェ・コンコルドであわてて デンマンさんの旅程表を見たから
勘違いしてました。
あと1ヶ月ですね。

まだ1ヶ月以上ありますよう。
でも、1ヶ月なんてすぐに経ってしまいますからね。

僕は1ヶ月分の記事を用意しなければならないので、
この1ヶ月間は大変です。

これ SUBMIT できるかな
何だか お気に入りが減ってるし、マウスはどっか
無くなってるし やりずらいなー

これが 現実の世界ですよ、今日も次男坊と
喧嘩がはじまりそうー。

では 今日も洗たく 掃除…
今から始めます。

では、また。。。

小百合より

そうですよう。そうですよう。
軽井沢は、小百合さんにとって“今一つの世界”なのですよう。

日常茶飯事から開放されて、小百合さんの“夢とロマンの生活”を軽井沢に求めているのですよう。
つまり、それこそ小百合さんの“女の世界”です。
デンマンの“ロマンポルノ天国”と重なると思うのですよう!
うしししし。。。

行田で元気に再会しましょうね。
“恍惚のハグ”を楽しみにしていますよう!
じゃあね。


投稿日時: 2008/09/22 07:16 (ロンドン時間)
日本時間: 9月22日 午後3時16分
バンクーバー時間: 9月21日 午後11時16分

『帰省スレッド』より
ロンドンの“ビーバーランド e-XOOPS”


『室生犀星と卑弥子さんと悪徳ブログ (2008年10月1日)』より

デンマンさん。。。、上に書かれている事柄はデンマンさんが軽井沢で小百合さんに会う前の事でござ~♪~ますわよね?

そうですよう。僕が小百合さんと軽井沢で会ったのは11月ですからね。上に書かれている内容は2ヶ月前の9月の事ですよう。

。。。んで、今日は実際に軽井沢に行って、小百合さんとご一緒に室生犀星のゆかりの場所を訪ねた事を話題にするのでござ~♪~ますか?

そうですよう。いけませんか?

でも、それはつまらないと思いますわ。

どうしてですか?卑弥子さんは京都の女子大学で「日本文化と源氏物語」を講義している准教授ですよう。

あたくしの職業を持ち出さないでくださいましな。

僕は卑弥子さんが日本の王朝文学を研究している文学者だと言いたかったまでですよう。

でも、“准教授”などと言う言葉を持ち出されると、あたくしのイメージがとっても硬くなってしまって。。。ますますお嫁に行けなくなってしまうのですわア。。。人によると、あたくしを妬(ねた)んだり、嫉(そね)んだり、悪感情を持つ人だって居るのでござ~♪~ますわ。あたくしにとって、決してプラスになる事ではないのでござ~♪~ますう。

それは卑弥子さんの考えすぎですよう。僕が卑弥子さんを大学の先生だと紹介すれば、いつも卑弥子さんの可笑しな部分ばかりを見せられている読者にとって、改めて卑弥子さんを見直す機会にもなるのですよう。つまり、卑弥子さんにとってイメージアップのプラスになるのですよう。

この記事をお読みになっている、日本語が分かる世界のネット市民の皆様は、デンマンさんがおっしゃるようにあたくしを見直してくれますかしら。。。?

見直しますよう。。。絶対に見直しますよう。。。いつもバカやっている卑弥子さんが、まさか京都の女子大学で「日本文化と源氏物語」を講義しているなんて、絶対に思いつかないことですからね。。。うしししし。。。

あのォ~♪~。。。デンマンさんは。。。デンマンさんは。。。あたくしがいつも馬鹿やっていると思っているのでござ~♪~ますか?

いや、いや。。。なんと言うか。。。それは。。。、なんですよう。。。あくまでも仮定の話ですよう。。。そう思う人も1000人に一人ぐらいは居るかもしれないという話でしてぇ。。。うへへへへ。。。

ごまかさないでくださいなア~。んも~~。。。デンマンさんは、間違いなくそう信じ込んでいるのですわ。あたくしが馬鹿やっているとォ~。。。

いや、誤解しないでくださうよう。僕は卑弥子さんが文学者である事を常日頃から尊敬しているのですよう。だから、いつも『小百合物語』のホステス役として手伝ってもらっているので、感謝の印として同じ文学を志した室生犀星のことを持ち出せば、卑弥子さんにも悦んでもらえると思ったのですよう。。。それなのに。。。それなのに。。。卑弥子さんは“つまらない”と言う。。。それは、一体なぜですか?

だってぇ~。。。急にパンツの話から話題を変えてしまいましたわ。

『セスナとパンツ』

(2008年12月24)

あれぇ~。。。卑弥子さんは。。。卑弥子さんは、おばさんパンツの話題の方がいいのですか?こうやって、おばさんパンツを穿いて暖炉の前で、ヘラヘラ笑っている卑弥子さんのことを話題にされた方が気分がルンルンになるのですかぁ~?

あたくしは。。。あたくしは。。。おばさんパンツを穿いて、ミーちゃんハーちゃんのようにルンルン気分になっているのではござ~♪~ませんわ。

でも、上の写真を見たら誰だって、そう思いますよう!

あたくしは、おばさんパンツを穿いて、このようにへらへら笑った事は一度としてござ~♪~ませんわ。デンマンさんがコラージュで、このような写真をでっち上げてしまうのですわ。あたくしは被害者ですわア。

ん。。。?被害者。。。?

『女子高生とはなし』

(2008年9月15日)

そうですわ。この上の生々しい写真を見てくださいましなア~♪~。。。んも~♪~。。。あたくしが妊娠した写真までがデンマンさんによってコラージュされてしまってぇ。。。この写真と上のお話がネットに出回っているために、。。。あたくしは。。。、あたくしは、ますますお嫁に行けなくなっているのでござ~♪~ますわア。。。(卑弥子さんが涙をにじませながら)。。。あたくしは。。。あたくしは。。。、一体どうすればよろしいのでしょうか?

だから、誤解を招くようなパンツの話を止めて、格調高く、室生犀星の話題を持ち出してきたのですよう。しかも、卑弥子さんが女子高時代のいかがわしい噂にもかかわらず、一生懸命に勉強して京都の女子大学の古典文学の准教授にまでになった努力家だと言う事を、僕はこの記事の中でも紹介したのですよう。

分かりましたわ。。。そのような事までデンマンさんが考えているのであるならば、あたくしに異存はござ~♪~ませんわ。室生犀星のお話を続けてくださいましな。

卑弥子さんがとやかく言うから、また記事が長くなってしまうのですよう。

悪うござ~♪~ましたわ。どうか、お気を直して始めてくださいなぁ。

そうですよう。初めから、そのように素直になって、「室生犀星の話題を心待ちにしておりましたわ」。。。このように言えば、無駄に記事を長くする事はなかったのですよう。

デンマンさん!。。。くどくど言わずに早く室生犀星のお話をしてくださいな。

分かりました。そのように急に、せかせないでくださいよう。では、次の話を読んでみてください。

室生犀星の別荘

11月18日に“幸福の谷”をデンマンさんと一緒に歩くことができて本当に良かったと思いますわ。

小百合さんに、そう言ってもらえると僕もうれしいですよう。

デンマンさんが“幸福の谷”を話題にしてから1年ぶりですものね。。。でも、三男坊の順一郎が一緒だったから、デンマンさんは心のどこかでウザイ思いをしていたのではないのォ~?(苦笑)

そんな事はありませんよう。僕は小百合さんと一緒に幸福の谷を歩いて十分にロマンチックな気分になりましたよう。

そうでしょうか?(微笑)順一郎は5才ですけれど、あの子はハイパーテンションで、とにかく、じっとしていないで動き回るし、静かにしているのが苦手な子だから。。。

うん、うん、うん。。。でも、元気で陽気で愉快で、僕には好感の持てる良い子ですよう。子供の反応を見ていると僕が小百合さんにどのように受け止められているのかが良~くわかりましたよう。

そうですか?

そう言うものですよう。小百合さんの僕に対する思いは子供にも伝わるものです。僕は順ちゃんに去年、一度会ったきりだけれど、僕を覚えていましたよね。。。と言うより小百合さんが僕のことを順ちゃんに折に触れて話していたようだと感じ取れました。順ちゃんは僕に対して“良いおじさん”だと言う印象を持っていたようですしね。。。僕は内心ホッとしていましたよ。

そうでしたの?そんな事まで感じ取っていたの。。。?知りませんでしたわ。

順ちゃんは居たけれど、“幸福の谷”に入ってから万平ホテルのカフェテラスに戻るまで小百合さんと二人でしたからね、上の写真のように十分にロマンを味わいましたよう。うしししし。。。

デンマンさんと去年(2007年)の11月に行田市の大長寺で会った時には、軽井沢に別荘を持つ前だったから、“幸福の谷”を一緒に歩くなんて考えてもいませんでしたわ。

うん、うん、うん。。。そうかもね。。。だから軽井沢の“幸福の谷”を一緒に歩いたことはマジで感慨無量でしたよう。

。。。で、なぜ“幸福の小徑(こみち)”じゃなくて“幸福の谷”なのか?デンマンさんには判(わか)りました?

判りましたよう。僕が質問した時に、小百合さんはその場で答えてくれなかったけれど、歩いてみてすぐに判りましたよう。

写真で見ると“幸福の小徑(こみち)”なのですよう。“幸福の谷”と言うイメージは上の写真からは全く想像がつかない。実際に自分の足で歩いてみればすぐに谷だと分かる。

デンマンさんも初めてだったの?

実は、初めてだったのですよう。名前は聞いていたのです。でも、実際に“幸福の谷”を歩いたのは初めてだった。

『軽井沢と小百合さん』

(2007年12月4日)

去年の12月4日に書いたのが多分、僕のブログで“幸福の谷”が出てくる初めだと思うのですよう。それからほぼ1年ぶりに小百合さんと一緒に歩いたと言うわけですよね。。。

デンマンさんにも楽しい思い出になりました?

懐かしい思い出になりましたよう。僕は初め、全く違う場所が“幸福の谷”だと思い込んでいたのですよう。

ガイドブックを読んだら万平ホテルの駐車場に向かって右手の小道を進んでゆくようなことが書いてあって。。。(実際には左手に進む!同志社シーモアハウスのすぐ北の道が本当の“幸福の谷”)。。。だから、カフェテラスから見た庭の後ろの方に“幸福の谷”があるとばっかり思い込んでしまった。それで、上の地図にもそのように書き込んだのですよう。実際に地図の場所を歩いてみると“幸福の谷”と名前をつけたくなるような場所は無いのです。小百合さんが案内してくれた場所は、間違いなく“幸福の谷”でした。写真と見比べて間違いないです。

意外に有名な場所ではないようですね。

“知る人ぞ知る”— そのような場所かもしれませんよ。だから、ガイドブックの中には、場所を確かめずに、いい加減な事を書いてあるモノもあるのでしょうね。おそらく文学に関心があって川端康成が軽井沢に別荘を持ったエピソードなどを読んでいれば、行ってみようと思うのでしょう。そうでもなければ、つまらない所ですよう。実際、何も知らずに歩いてみれば、とりわけ印象に残るような場所ではないものねぇ。。。何の変哲も無い石畳の道・・・ただそれだけの印象ですよう。

デンマンさんは、あまり良い場所だとは思わなかったの?

いや。。。やっぱり行って良かったと思いますよう。季節外れの“幸福の谷”— 小百合さんと僕と順ちゃんだけ。。。他の人には誰一人会いませんでしたからね。。。夏場のシーズンでは考えられないでしょう。。。何度となく“幸福の谷”の事を書いただけに小百合さんと一緒に歩いて幸せな気分になったのですよう。。。うしししし。。。

マジで。。。?

もちろんですよう。でも、小百合さんは“幸福の谷”よりも室生犀星の旧居の方に惹かれたようですね?

現在、室生犀星記念館になっている犀星の旧居

ええ。。。私は、目下コケにハマッているので、どうしてもコケのたくさん生えている場所の方に惹かれるのォ・・・

うん、うん、うん。。。そう言われてみれば小百合さんの別荘の中庭のコケは見事ですねぇ~ スギゴケがビッシリと生えている様子は、まるで緑の絨毯が敷き詰められたようで贅沢で豪華な感じですよう。たぶん、小百合さんは祗王寺(ぎおうじ)の苔庭をイメージしているのではないのか?僕は、そう思いましたよう。

祗王寺(ぎおうじ)の苔庭

デンマンさんも祗王寺(ぎおうじ)の苔庭が気に入っているの?

僕は、しっとりと落ち着いて、こじんまりとした感じが好きですよう。小百合さんが案内してくれた室生犀星の別荘ねぇ。。。意外に庶民的でこじんまりとした造りになっていたので、犀星らしいと思って僕は好感を持ちましたよう。彼の生い立ちを読んでみて、なるほどォ~、これならば室生犀星が家の中に居ても似合うなぁ~、という印象を持ちました。

デンマンさんは派手なもの。。。豪華なもの。。。そういうものは嫌いなの?

そうだね。。。目立たない庶民的な方が僕の性(しょう)に合ってますよう。

矢ヶ崎川

矢ヶ崎川にかかる二手橋

上の写真の“二手橋”を渡って室生犀星の文学碑を見たけれど、ずいぶん意外な所に意外な碑を建てたものだと。。。考えてみたら室生犀星はお寺育ちだったんだよね。。。あの文学碑とそばに並んで建っている二つの墓石のような石像を見ると、犀星がお寺で少年時代を過ごした事がなんとなく分かるような気がしましたよう。

室生犀星の文学碑

ちょっと陰気でしたぁ?

いや。。。すぐそばを流れている矢ヶ崎川のせせらぎの音が陰気なモノを打ち消しているようで清らかな印象を受けました。小百合さんと一緒にせせらぎの音を聞けて良かったですよう。できたら、朝早く“ささやきの小徑”を小百合さんと二人で歩きたかったですよう。

それは、またの機会に楽しみに取っておきますわ。


『幸福の谷 (2008年11月20日)』より

あたくしを仲間はずれにしてデンマンさんと小百合さんだけでお話したのですわね。

たまにはいいじゃないですか?卑弥子さんだって、時には休みたいでしょう?

デンマンさんの都合の良い時だけ、あたくしはつまはじきにされるのですわ。

卑弥子さん!。。。また僻(ひが)むのですか?。。。余計な事を話し始めると、この記事がまた長くなるのですよう。んも~~

分かりましたわ。。。んで、室生犀星の別荘に入ったのでござ~♪~ますか?

ちょうど入館時間が過ぎていたのか。。。閉まっていたのですよう。

でも、上の写真は玄関も雨戸も開いているじゃござ~♪~ませんか?

小百合さんが別の日に行って写真を撮ったのですよう。

いまでも親戚の方か、どなたかが住んでおられるのですか?

いや。。。誰も住んでいませんよう。「室生犀星記念館」になっているのですよう。

別荘をそのまま一般に公開しているのでござ~♪~ますか?

そうです。卑弥子さんも知っていると思うけれど、室生犀星は、大正から昭和にかけて活躍した文学者なのですよう。

生まれは確か、金沢でしたよね?

そうです。でもねぇ、室生犀星は後半生をこの別荘で過ごしたのですよう。志賀直哉や堀辰雄、芥川龍之介といった人たちとも、ここで交流を深めたたそうですよう。

原稿なども保存されているのですか?

『タリアセンの思い出』

(2008年12月14日)

上の記事の中でも書いたけれど「軽井沢タリアセン」には、軽井沢に別荘を構えた作家の住居や原稿などを保存してある場所があるのですよう。

無料で見れるのですか?

入館料が必要です。塩沢湖の向かいにある「軽井沢高原文庫」という文学館には、この室生犀星の原稿や書簡などの資料が数多く展示されていますよ。卑弥子さんも見に行ったらどうですか?

来年の秋、デンマンさんと一緒に見に行きますわ。

僕は、もう見たからいいですよう。

そのようなつれない事を言わないでおくれましなぁ~。デンマンさんが行かないのならば、あたくしも遠慮しますわ。

しかし、卑弥子さんは京都の女子大学で教えている国文学の准教授なのですよう。軽井沢まで行ってタリアセンを見ないと言うのは、京都へ行って金閣寺を見ないようなものでしょう?

分かりましたわ。車で通りかかって、ちょっとだけ覗きますわ。

そのような事を言えば、自分で卑弥子さんのイメージを下げるようなものですよう。

分かりましたわ。しっかりと見ますわ。。。んで、文学碑もタリアセンの中にあるのでござ~♪~ますか?

違いますよう。室生犀星の文学碑は旧軽井沢にあるのですよう。あの有名な軽井沢銀座通りを東北の方向に歩いてゆくのですよう。「つるや旅館」を左手に見て、10メートルぐらい歩いてゆくと右手に芭蕉の句碑が見えてきます。左手には、これも有名なショー記念館が見えてきます。さらに歩いてゆくと二手橋にでるのですよう。

二手橋なんて、どうして、そのような名前がついたのでござ~♪~ますか?

その橋から先へ歩いてゆくと、やがて旧碓氷峠にでるのです。昔、旅人と村人はここで二手に別れたのですよう。

それで、二手橋なのでござ~♪~ますか?

そうですよう。二手に別れたから二手橋なのですよう。言われてみれば卑弥子さんだって、なるほどと思うんでしょう?

。。。んで、文学碑ってお地蔵さんが2つある、と言う事でござ~♪~ますか?

やだなあああぁ~。。。国文学の准教授ともあろう卑弥子さんの言葉とも思えませんねぇ~?もう少し文学的な発想が思い浮かばないのですか?

だってぇ~。。。デンマンさんも、そのような事を上の対話の中で言ってますやんかあああぁ~

ん。。。?僕がお地蔵さんを持ち出しましたか?

持ち出しましたわ。石像って言ってますやん!

お地蔵さんとは言ってませんよう。

同じようなものでござ~♪~ますわ。。。んで、室生犀星文学碑って、デンマンさんが取り上げるほど見ごたえのあるものなのでござ~♪~ますか?

もちろん、人によってすごいと思う人もあれば、猫に小判の人もあるでしょうね。

。。。んで、デンマンさんにとって何がすごいのでござ~♪~ますか?

確かにお地蔵さんのような可愛らしい石像があるのだけれど、それだけではないのですよう。

。。。と言うと。。。?

次の詩を刻み込んだ石碑が建っているのですよう。

我は張りつめたる氷を愛す

斯る切なき思ひを愛す

我はそれらの輝けるを見たり

斯る花にあらざる花を愛す

我は氷の奥にあるものに同感す

我はつねに狭小なる人生に住めり

その人生の荒涼の中に呻吟せり

さればこそ張りつめたる氷を愛す

斯る切なき思ひを愛す

昭和三十五年十月十八日  室生犀星之建


詩集『鶴』巻頭詩「切なき思ひぞ知る」より

これがねぇ、犀星みずから建てた文学碑なのですよう。面白いのは、ここを訪れる人が休むように、土手の岩をくりぬいたような休息所が作ってあったのですよう。

この上の写真の右側にちょっとばかり見えます。僕は学生の頃、夏休みに下北半島から北上してフェリーで北海道に渡った事があるのだけれど、恐山の近くだったと思う。。。、道路沿いのバス停に、同じような休息所が板で作ってありましたよう。おそらく冬、バスを待つ間に雪が体に積もるのを防ぐためのものだったのでしょう。当時、僕はバイクの無銭旅行で下北半島を北上していたのです。その休息所の長椅子の上に寝て一夜を明かしたものです。僕は、その頃を思い出し、室生犀星が休息所として作ったその“小屋”の石の長椅子に座りながら、忘れかけていた無銭旅行の思い出を懐かしく思い出したものですよう。

それが。。。、あのォ~♪~。。。それが良かったのでござ~♪~ますか?

やだなあああぁ~。。。文学碑の詩が良かったのですよう。

どういうところが良いのでござ~♪~ますか?

室生犀星の人生哲学に触れたような気持ちになりましたよう。

人生哲学でござ~♪~ますか?

ちょうど、学生の頃、無銭旅行した頃の事が思い出されてきて。。。なんと言うか、時間の流れをしみじみと思い起こしながら、34カ国を放浪し、いろいろな所で、いろいろな人に出会ってきたものだと。。。、そばを流れるせせらぎの音を聞きながら、しばし感慨にふけったものですよう。

。。。んで、その人生哲学とは。。。?

悪く言えば「井の中の蛙人生」。。。よく言えば、「孤独を愛した孤高の人生」でしょうか。。。

【卑弥子の独り言】

ですってぇ~。。。
デンマンさんは、34カ国を放浪し、いろいろな所で、いろいろな人に出会ってきたのですってぇ~
あたくしもその中の一人なのでござ~♪~ますかしら。。。?
うふふふふ。。。

なんだか、最後にきわめて哲学的な事をおっしゃいましたわ。
難しいような。。。ちょっとアホくさいような。。。
デンマンさんは、一体どういう意味でおっしゃったのでしょうか?

とにかく、あさっても面白い話題が続きます。
あなたも、どうか、読みに戻って来てくださいね。
じゃあ、また。。。

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

わたしも旅をするのが大好きです。

これまでに16ヶ国を旅してきました。

主にヨーロッパですけれど。。。

“旅は道連れ世は情け”

日本には、このような諺がありますよね。

“旅には連れがある方が心強いように、

この世の中を渡っていくには

互いに支え合う人情が大切だ。”

このような意味ですよね。

確かに、一理ありますよね。

でも、女性の場合、この諺を真に受けると

怖い思いをする事もあります。

旅で出合う人には、良い人もあれば

悪い人も居ます。

人を見極める事が大切ですよね。

ところで上の諺を英語で何と言うのでしょうか?

No road is long with good company.

このように言いますよ。

つまり、良き道連れがいれば道は遠く感じない。

そうですよね。

確かに、気の合った良い人に巡り会えば、

旅は楽しいものです。

人生についても同じ事が

言えるのではないでしょうか?

ところで、英語の面白いお話を集めました。

時間があったら覗いてみてくださいね。

■ 『あなたのための愉快で面白い英語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。

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