小百合さんとワーグナーと愛犬物語


 
2009年7月4日 土曜日
 
 
小百合さんとワーグナーと
 
愛犬物語

 
 
 
 
小百合さんと
 
 
 ワーグナー

 
 

山の家と露天風呂

小百合さんが書いているように“山の家”は、人里離れた山深い所にあるようです。

やっぱり冬は寒いのでござ~♪~ましょうか?

行田とそれ程変わらないと思うけれど、山深い所にあるようですからね。だから、冬になると小百合さんが書いているように“久しぶりの山は家の中が寒く冷蔵庫のようです”。。。と言う事になるのでしょうね。

それにしても欅の木を切り出してマキにするのでござ~♪~ますか?

卑弥子さんには無理でしょうねぇ~?

あたくしだって。。。、あたくしだってぇ~、やれ!と言われればやりますわよゥ。

小百合さんは、やれ!と言われずに、自ら進んでやっているのですよ。山で欅を切り出して軽トラックの荷台に積んで、このような山道を2往復する訳ですよ。僕は思うのだけれど、小百合さんは、もう10年以上も前からLOHAS的な生活に馴染んでいたようですよ。LOHASが流行語になってから始めた生活ではないのですよね。しかも、軽トラック2台分も欅の木を女手一つで切り出すのですからね。そうやって、トラックの荷台に積んで、上のような山道を運転して“山の家”に運ぶ訳ですよ。だから、車は絶対に必要になりますよね。

それで、マキをくべる生活でござ~♪~ますか?

だから、当然、僕は上のような情景を想い浮かべるのですよ。うへへへへ。。。

いやですわあああぁ~。。。また、小百合さんにおばさんパンツを穿かせて暖炉の前に立たせたのですかア~?

こうしてみると。。。なんですねぇ~。。。結構、ロマンチックですよねぇ~? 

デンマンさんがコラージュしてでっち上げた写真を元に妄想しているだけですわあああぁ~

いや、妄想ではありませんよ。マキを暖炉にくべるだけではなくて風呂もマキで沸かすようですよ。

ホントでござ~♪~ますか?

何しろ小百合さんの山の家の風呂は露天ですよ。マキで沸かすより他にないでしょう?

それで。。。それで。。。小百合さんはその露天に裸ではいるのでござ~♪~ますかア?

あのねぇ~、卑弥子さん。。。、そのような分かりきったことを尋ねないでくださいよゥ。露天だからって服を着たまま入る女性は居ませんよ。

でも、最近は“湯あみ着”と言うムームーのようなモノができているのでござ~♪~ますわ。そういうモノを身につけて混浴の露天風呂に入る女性が多くなったのでござ~♪~ますわよ。

でも、小百合さんは一糸もまとわず全裸ではいるのですよ。

どうして。。。、どうして、デンマンさんはご存知なんですの?

僕は直接、小百合さんに聞いたのですよ。夜は全く風呂の周りには囲いをしないそうですよ。

それで昼間は。。。?

誰か人の気配がするような時には“よしず”で囲うことがあるという事です。でもねぇ、ほとんど人がやって来ないそうです。

でも、もしデンマンさんのように覗きに来る人が居たらどうするのでござ~♪~ますか?

やだなあああぁ~。。。まるで僕が卑弥子さんが風呂に入るのを覗いているような言い方ではないですか?

。。。んで、デンマンさん以外で覗きに来る人が居たらばどうするのですか?

だから上の小百合さんのメールの中に愛犬プリンスと書いてあるでしょう?

この愛犬がすごいのでござ~♪~ますか?

そうなんですよ。これが土佐犬で熊のようにでかい犬なんですよ。小百合さんの愛犬のプリンスが覗きに来るエロい愚か者を退治してくれるそうです。

じゃあ。。。デンマンさんでも覗きに行く気がしなくなるのでござ~♪~ますわねぇ。。。うふふふふ。。。

【デンマンの独り言】

あのねぇ、僕には不思議な才能があるのですよ。
どのようにすごい土佐犬でもブルドッグでも、
僕が笑顔を見せて近づいてゆくと、
どういうわけか狂ったように吠えていた犬も泣き止んでしまうのですよ。

そうして、僕が頭をなでると、
クーンと可愛らしく泣いて僕の手を舐め始めるのですよ。
うしししし。。。

だから、小百合さんが風呂に入っている時に、
僕が小百合さんのヌードを鑑賞しようと露天風呂に近づいても
愛犬のプリンスは僕に吠えないのですよう。

でも、この事は卑弥子さんの前では言いません。
言ったら、必ず小百合さんにメールを書いて僕に気をつけろ!と書くのですよ。
だから、あなたも、卑弥子さんには告げ口しないでくださいね。

あなたと僕の秘密ですよ。
うしししし。。。


『コルベットと小百合さん (2007年12月30日)』より

。。。んで、デンマンさんは小百合さんが露天風呂に入っていたのを覗き見したのでござ~♪~ますか?

卑弥子さんは、どうして覗き見にこだわるのですか?

だってぇ~、デンマンさんは「独り言」の中で書いているではござ~♪~ませんかぁ!小百合さんのヌードを鑑賞しに行くとォ。。。

僕は卑弥子さんをワクワクさせるために上のように書いたのですよう。うしししし。。。

あたくしは別にワクワクしませんわ。

でも、こうして卑弥子さんは“覗き見”にこだわっているでしょう!やっぱり、僕が覗き見したかどうかこだわっているのですよう。。。そうでしょう?

そのようなことよりも、どうして急にワーグナーなのでござ~♪~ますか?

やっぱり、急にワーグナーが出てきたので気になりますか?

ワーグナーって、あの有名なドイツの作曲家でござ~♪~ますか?

そうですよう。

リヒャルト・ワーグナー

出生名: Wilhelm Richard Wagner
出生: 1813年5月22日
出身地: ドイツ ライプツィヒ
死没: 1883年2月13日 (イタリア ヴェネツィア)
ジャンル: クラシック音楽
職業: 作曲家、指揮者
活動期間: 1832 – 1883
 
リヒャルト・ワーグナーは、歌劇の作で知られる19世紀のドイツの作曲家であり、また理論家、文筆家としても知られる。
ロマン派歌劇の頂点として『歌劇王』の別名で知られる。

人物

1) 人格にはかなり問題があり、自己中心的でわがまま、平気で嘘もついたという。ニーチェはワーグナーと決裂した後に、彼について記した自著の中で「彼は人間ではない、病だ」と表現している。トーマス・マンも彼の性格は「いかがわしい」と嫌悪した。

2) 亡命中、自分を保護してくれたリストを音楽的にも深く尊敬しており、唯我独尊とされる彼が唯一無条件で従う人物とされる。当時、ブラームス派とワーグナー派と二派に別れた際、リストが自分についてきてくれたことに感激し、自信を更に深めた。

3) 若いときは偽名を使って自分の作品を絶賛する手紙を新聞社に送ったりし、パーティーで出会った貴族や起業家に「貴方に私の楽劇に出資する名誉を与えよう」と手紙を送ったりした(融資ではなく出資である)。これに対し拒否する旨の返事が届くと「信じられない。作曲家に出資する以上のお金の使い方など何があるというのか」と攻撃的な返事を返したという。

4) 夜中に作曲しているときには周囲の迷惑も考えずメロディーを歌ったりする反面、自らが寝るときは昼寝でも周りがうるさくすることを許さなかったという。

5) 常軌を逸する浪費癖の持ち主で、贅沢をしながら支援者から多額の借金をしながら踏み倒したり、自らの専用列車を仕立てたり、当時の高所得者の年収5年分に当たる額を1ヶ月で使い果たしたこともあった。

6) 過剰なほどの自信家で、自分は音楽史上まれに見る天才で、自分より優れた作曲家はベートーヴェンだけだ、と公言して憚らなかった。このような態度は現代の作曲家のシュトックハウゼンらと共通部分が非常に多く、多くの信奉者を出すと同時に敵や反対者も出す結果となっている。

7) ドイツ音楽雑誌の新音楽時報に匿名で「音楽におけるユダヤ性」と題した反ユダヤ主義の論文を発表。音楽に対するユダヤ人とユダヤ文化の影響力を激しく弾劾した。後にナチスにこれが利用されることともなった。現在でもイスラエルではワーグナーの作品を演奏することはタブーに近い。欧米でもワグナーの「音楽」を賞賛することは許されてもワグナーの「人物」を賞賛することはユダヤ人差別として非難の対象となる。

8) 哲学者フリードリヒ・ニーチェとの親交があり、ニーチェによるワーグナー評論は何篇かあるが、中でも第1作「悲劇の誕生」はワーグナーが重要なテーマ課題となっていたことで有名である。しかし後に両者は決裂する。

ワグネリアン Wagnerian

ワーグナーには熱狂的なファンが多数存在する。
無論、他の人物にもそうしたことはあるわけだが、彼らのワーグナーへの傾倒ぶりは、信仰に近いものがあるという。
ワーグナーを聴くためにバイロイト祝祭劇場に行くことを、しばしば「バイロイト詣で」と呼ぶのがひとつの証左である。
彼らはワグネリアン(ヴァグネリアン 英:Wagnerian、独:Wagnerianer)と呼ばれている。
一般的な英和辞典にも掲載されている。例えば、『EXCEED英和辞典』。

ワグネリアンという言葉がネガティブな意味合いを持つに至った理由としてはヒトラーがワグネリアンを自称し傾倒したことが挙げられる。
特にナチスのニュルンベルグ党大会でワーグナーのマイスタージンガー序曲が演奏されたり、宣伝トーキー映画でワーグナーの曲が多く使用されるなどしていたため、ワーグナーの反ユダヤ主義がナチス・ドイツにおおいに利用されたことがあり、イスラエルでは建国以来、長らく演奏や鑑賞がタブー視されてきた。
そのため、ダニエル・バレンボイム指揮で2001年7月7日、エルサレムで開かれた「イスラエル・フェスティバル」の中でワーグナーが演奏され論議を呼んだ。

ただし、ワグナー自身に対する評価としては、上記人物評にある通りワーグナーの人間的欠陥と作品の良否は別と考える者、人間的欠陥故に数々の作品を生み出したと考える者など、ワグネリアンにおいても数々の解釈があり、その一筋縄で理解しがたい点がワーグナーの魅力でもあり、イスラエルでのワーグナーの再考と議論は芸術の限界や可能性を表している。

著名なワグネリアンは以下の通り。

アルテュール・オネゲル
アルノルト・シェーンベルク
エマニュエル・シャブリエ
リヒャルト・シュトラウス
エルネスト・ショーソン
サルバドール・ダリ
ヴァンサン・ダンディ
クロード・ドビュッシー(若い頃)
フリードリヒ・ニーチェ(後に反ワーグナーに転じる)
バルトーク・ベーラ(少年時代)
レナード・バーンスタイン
オーブリー・ビアズリー
アドルフ・ヒトラー
セザール・フランク
アントン・ブルックナー
ジョゼファン・ペラダン
シャルル・ボードレール
オーギュスト・ド・ヴィリエ・ド・リラダン
グスタフ・マーラー(熱烈なヴァグネリアンの一方で、ワーグナーに非難されたシューマンを擁護している。尚、彼はユダヤ人であった)
ステファヌ・マラルメ
オーギュスト・ルノワール
石川啄木
柴田南雄
松本零士
丸山眞男
三島由紀夫

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ずいぶんと長い引用をしましたわね。このワーグナーが小百合さんと関係あるのでござ~♪~ますか?

あるのですよう。小百合さんが飼っていた愛犬のプリンスは、熊のように大きな土佐犬だったのですよう。

デンマンさんが小百合さんの“山の家”に行った時に、この写真のプリンスを見たのですか?

残念ながらプリンスは、すでにあの世に逝っていたのですよう。

残念でしたわねぇ~。。。

そうですよう。僕はぜひ会いたかったのだけれど。。。

小百合さんは他の犬を飼っていたのでござ~♪~ますか?

あのねぇ~、あんまり可愛がると亡くなってから別の犬を飼えないと言うのですよう。6歳年上の僕の叔母も“長太郎”という雑種の犬を飼っていたのだけれど、あんまり可愛がってしまったものだから、亡くなってから、もう別の犬を飼えないと言うのですよう。

そう言うものでしょうか?

僕も小百合さんの気持ちが分かりますよう。今では一匹も犬を飼ってないのに、プリンスが使っていた犬小屋が2つも庭に置いてあるのですよう。小百合さんがプリンスを可愛がっていたことが実によく分かるのですよう。やっぱり、捨てられないのでしょうね。その犬小屋にプリンスの思い出がいっぱい詰まっているようでしたよう。

小百合さんは、それほどプリンスを可愛がっていのでござ~♪~ますか?

あのねぇ、小百合さんが面白いエピソードを話してくれました。

どのような。。。?

小百合さんの露天風呂は、写真では殺風景な庭にあるようになっているけれど、実際は10畳ぐらいの広さのサンデッキにあるのですよう。

それで。。。?

小百合さんが露天風呂に入ると、プリンスも一緒に入りたくって、すぐそばまでやって来ると言うのですよう。

でも、入らないのですか?

サンデッキの階段を登るけれども、そこまでで、デッキには上がらないそうです。

どうしてでござ~♪~ますか?

サンデッキからは家の中だと教え込んである。絶対に上がってきてはダメだとしつけたのだそうですよう。でもねぇ、小百合さんが露天風呂に入っているのは、プリンスの目から見れば、楽しく遊んでいるように見えて、プリンスも一緒に遊びたいのだと言うのですよう。

面白いですわね。。。んで、どこにワーグナーが出てくるのでござ~♪~ますか?

犬って風呂に入らせると嫌がる犬が圧倒的に多いと僕は思っていたのですよう。

そうですよね。石鹸などつけられて体を洗われるのって嫌がりますよね。

でもね、プリンスの話を聞いて僕はすぐにワーグナーのことを思い出したのですよう。

リヒャルト・ワーグナーも露天風呂が好きだったのでござ~♪~ますか?

いや。。。、リヒャルト・ワーグナーは日本の露天風呂には入らなかったと思いますよう。水泳パンツをはいてドイツのスパ(spa)には入ったろうけれど。。。

でも、どうしてプリンスの話を聞いてデンマンさんはワーグナーのことを思い出したのでござ~♪~ますか?

実は、このワーグナーは犬の名前なのですよう。

デンマンさんが飼っていた犬ですか?

違うのですよう。イングナさんがバンクーバーで飼っていた犬の名前がワーグナーというのですよう。

イングナさんの

愛犬・ワーグナー

イングナさんは、安子さんが経営していた英語学校の生徒の一人だったのでござ~♪~ますか?

そうなのですよう。僕は英語学校の仕事を手伝っていた関係から、イングナさんとも知り合いになったのですよう。

イングナさんがきれいだったのでデンマンさんは、ちょっかいを出したのでござ~♪~ますわね?

やだなあああァ~。。。人聞きの悪い事を言わないでくださいよう。イングナさんのお母さんがブティックを始めたのだけれど、税務が分からないからと言うので安子さんが僕を紹介したのですよう。

それで、イングナさんとは特に親しくしたのでござ~♪~ますか?

そうなのですよう。ソ連崩壊のことには興味があったから、僕は当時の事をずいぶんとイングナさんに尋ねたものですよう。

それで。。。?

一つだけ不思議な事をイングナさんが言ったのですよう。

どのような事を。。。?

手をつなぎあってエストニアから、ラトビア、リトアニアのバルト三国を結んだと言うのですよう。

手をつなぎあって三国を結ぶなんて冗談ならともかく、マジで考えるような事ではないのですよう。不可能ですよう。イングナさんは、まだ英語が充分に話せないので言い間違えたと僕は思ったのですよう。

それで。。。?

「手をつないでデモ行進したと言うのでしょう?」。。。僕は、そ~聞き返したのですよう。でも、手をつないでデモ行進したのではない!3つの国を手をつないで結んだんだと言い張るのですよう。

。。。んで、デンマンさんは納得したのですか?

もちろん、納得できませんよう。「あのねぇ~、3つの国を結ぶって、距離にしてどれくらいあるのォ~?」

イングナさんは、なんと答えたのでござ~♪~ますか?

約600キロメートルあるわ。。。と言うのですよう。。。600キロと言ったら、東京から大阪を越えて神戸を越えて明石の方までですよう。人間が手をつないで東京から明石まで並べるはずがないじゃないかア~!何を寝ぼけた事を言ってるのォ~!

そうしたら。。。?

イングナさんが学校のインターネット・コーナーのところまで僕を連れて行って英語版のウィキペディアを開いて見せたのですよう。

人間の鎖 (Baltic Way)

人間の鎖は別名「バルトの道」といわれ、1989年8月23日当時ソビエト連邦支配下にあったバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)の独立運動の一環として行われたデモンストレーション。

およそ200万人が参加して手をつなぎ、3カ国を結び、600キロ以上の人間の鎖を形成した。
このデモンストレーションは、バルト三国のソ連併合を認めたモロトフ・リッベントロップ(独ソ不可侵条約)秘密議定書締結50周年を期して行われ、三国が共通の歴史的運命を共有していることを、国際社会に訴えるために行われた。

背景

旧ソ連ではゴルバチョフ政権のもとでペレストロイカ、グラスノスチが進められ、街頭デモが急増し、市民の支持も集めていた。

1986年、3国のそれぞれの首都で、一握りの人々が集まり抗議行動を行ったが、直ちに警察により解散させられた。
1987年には大規模集会が3国の首都で行われたが、当局者に非難され、逮捕者が出て終わった。

一年後、大規模抗議行動が初めて当局の認可を得て、平和裏に行われた。
この「人間の鎖」の一週間前にはソ連政府も秘密議定書の存在を認めたが、バルト3国が自主的にソビエト連邦に加盟したという点については譲らなかった。

集会の数日前、リトアニアの独立運動組織サユディスの委員会の170人のメンバーが、「ソビエト連邦の政治的、文化的、行政的支配を受けない」独立のリトアニア国家をめざすことを議決した。

抗議

「人間の鎖」は地元の共産党当局によって認可され、鎖が切れないよう、周到に計画された。
例えば、各都市や町には担当の場所が割り当てられ、他の交通手段を持たない参加者には無料バスを提供するよう指示された。
参加者は、現地時間午後7時から15分間手をつないだ。
この集会を調整するため、特別のラジオ放送も行われた。

人間の鎖にどれだけの人が参加したかは報道によって異なる。
翌日のロイター通信によれば、エストニア人70万人、ラトビア人50万人、リトアニア人100万人が参加したと報じている。

ラトビアの首都・リガの旧市街

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

いやァ~~。。。驚きましたよう。僕はマジで知らなかった。

あたくしも知りませんでしたわ。

僕は、これを読んでソ連の崩壊がバルト三国から始まったと言うのも分かるような気がしましたよう。やっぱり、民衆の力ってすごいよう。日本人も見習うべきだよね。


『戦争好き? (2009年7月2日)』より

イングナさんの愛犬のワーグナーが水の中に入るのが好きなのですよう。もちろん風呂に入るのも好きなのですよう。

マジで。。。?

僕だって初めは、信じられませんでしたよう。でもねぇ、プリンスの話を小百合さんから聞いたから、なるほどォ~、大型犬って風呂に入るのが好きなのかな?。。。そう思ったのですよう。

大型犬はマジでお風呂に入るのが好きなのでござ~♪~ますか?。。。そういうお話は聞いたことがありませんわ。

僕だって、それまでに聞いたことがありませんよう。だから、イングナさんに尋ねたのですよう。

イングナさんは何とおっしゃったのでござ~♪~ますか?

ワーグナーは水浴びが好きなニューファンドランド犬という種類なんだと言うのですよう。

ニューファンドランド (犬)

愛称: ニューファ
原産国: カナダ

ニューファンドランド (Newfoundland) はカナダ東岸のニューファンドランド島を原産地とする犬種。
もとは作業犬、海難救助犬であった。
現在では愛玩犬として飼われる事が多いが、カナダなどでは現在も水難救助犬としても使われている。

利口で気が優しく、穏やかな超大型犬である。
日本では「ニューファン」、英語では “Newfy” の愛称がある。
体重は、オスが60-70 kg、メスは45-55 kg、体高はオスが平均71 cm、メスは平均66 cm。
がっしりとした体型で、耳は比較的小さめの垂れ耳。
目も小さく、くぼんでいる。
瞳は濃い褐色。
表情が豊かで、愛嬌があると言われる。

泳ぎが得意なことでも知られており、足には水かき用の膜がある。
ダブルコートの厚く長い被毛は滑らかで、油脂分を含み、よく水をはじく。
四肢は飾り毛におおわれ、垂れた尾にも毛が豊かに生えている。

歴史

ランドシーア作 『救われた者』起源については諸説がある。
原種はニューファンドランド島で、漁師の仕事を手伝い重い荷物を引くなどする作業犬として、また海難救助犬として活躍していた。

19世紀のはじめにイギリスに持ち込まれ、現在のような姿に改良された後、一躍人気犬種となり、ヨーロッパ全土に広がった。
そのきっかけは、宮廷画家サー・エドウィン・ランドシーア (Sir Edwin Henry Landseer 1802-1873) が、白黒2毛色のニューファンドランド犬を好んで描いたことであった。
以来、白黒のニューファンドランドは、特にランドシーアと呼ばれている。
また、20世紀のアメリカの画家メガリーも、この犬を描いている。

作家ジェームス・マシュー・バリーが『ピーター・パン』に登場させた乳母犬ナナもこの犬種である。
しかし、ディズニーのアニメーションではナナはセント・バーナードに置き換えられている。

詩人バイロンもこの犬を愛した1人である。
そのほか、ナポレオンもエルベ島で溺れかけた際にこの犬に命を救われたと伝えられる。

今日、ニューファンドランド犬は超大型の家庭犬として、北欧諸国を中心に数多く飼われている。

特徴

伝統的な毛色はブラック。
ほかに、ブラウン、グレー、ブラック・アンド・ホワイト(ランドシーア)がある。
成長スピードはきわめて速い。
ある程度の運動が必要で、特に泳ぐことを好む。
寒さには非常に強い反面、暑さは苦手とする。
遺伝的な股関節形成不全がしばしばみられる。
また、よだれを垂らす傾向が強いとも言われる。
寿命は8-10年。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

僕は名前だけは聞いたことがあるけれど、実際にニューファンドランド犬を見たのは、ワーグナーが初めてでした。

。。。んで、ワーグナーはデンマンさんにすぐになついたのでござ~♪~ますか?

そうなのですよう。僕は動物とは相性が良くて、たいていの動物に好かれるのですよう。でもねぇ、ニューファンドランド犬は気が優しくて、穏やかで、あまり人見知りはしないようですよう。

人なつこい犬なのでござ~♪~ますわね?

そうなのですよう。とにかく、でかいので僕は驚きましたよう。僕よりも体重があるのですよう。僕は65キロほどですよう。ワーグナーは70キロありました。。。このワーグナーの好物がアイスクリームなのですよう。

マジで。。。?

僕も驚きましたよう。僕がアイスクリームを舐めていたら、さも欲しそうにジーと見つめているのですよう。

“オマエも舐めたいのか?” と聞くと、もうヨダレをたらしながら“クー”って、いかにも堪(たま)らなさそうに泣くのですよう。半分ほど僕が舐めてからワーグナーに舐めさせたら、ペロ、ペロ、ペロ、って、すぐに舐めきってしまいましたよう。

マジで。。。?

驚きましたよう。これにはイングナさんも驚いて、アイスクリームを初めて食べたと言うのですよう。それ以来、僕と会うと“クー”って泣いてアイスクリームを催促するのですよう。

マジで。。。?

冗談じゃなく。。。マジで本当の話ですよう。そのたびに僕はワーグナーを連れてソフトクリームを買いにロブソン・ストリートのマクドナルドまで行ったものですよう。

犬を連れて中に入ることができるのでござ~♪~ますか?

もちろん、ワーグナーは入り口の所で待っているのですよう。おとなしくジッと待てますよう。でも、ワーグナーが行くところ、すぐに人だかりができて、もう人気者ですよう。僕がソフトクリームを食べさせたら、それを見ている人までが面白がって、舐めさせるのですよう。もう、大変でしたよう。

分かりましたわ。。。んで、リヒャルト・ワーグナーは、どこに出てくるのでござ~♪~ますか?

あのねぇ~、イングナさんが愛犬に“ワーグナー”という名前をつけるほどだから、イングナさんは上の説明にもあるように、熱心な“ワグネリアン”なのですよう。

つまり、リヒャルト・ワーグナーに、めちゃハマッているのでござ~♪~ますか?

そうなのですよう。しかも、イングナさんのふるさと・リガ(Riga)で、なんとニューファウンドランド犬の愛犬・ロバーとリヒャルト・ワーグナーは一緒に暮らしていたことがあるのですよう。

マジで。。。?

英語版のウィキペディアには次のように書いてありますよう。

ワーグナーと愛犬の試練

On 24 November 1836, Wagner married actress Christine Wilhelmine Minna Planer.
In June 1837 they moved to the city of Riga, then in the Russian Empire, where Wagner became music director of the local opera.
A few weeks afterwards, Minna ran off with an army officer who then abandoned her, penniless.
Wagner took Minna back; however, this was but the first debâcle of a troubled marriage that would end in misery three decades later.

By 1839, the couple had amassed such large debts that they fled Riga to escape from creditors (debt would plague Wagner for most of his life).
During their flight, they and their Newfoundland dog, Robber, took a stormy sea passage to London, from which Wagner claimed to draw the inspiration for Der Fliegende Holländer (The Flying Dutchman — it was actually based on a sketch by Heinrich Heine).

The Wagners spent 1840 and 1841 in Paris, where Richard made a scant living writing articles and arranging operas by other composers, largely on behalf of the Schlesinger publishing house.
He also completed Rienzi and Der Fliegende Holländer during this time.


1836年11月24日、ワーグナーは女優のミンナ・プラーナーと結婚した。
翌年、二人は帝政ロシア領内にあったリガ(Riga)に移住した。
そこでワーグナーは地元のオペラ劇場の音楽監督の仕事に就(つ)いた。
でも、2,3週間後に、ミンナはロシア軍の陸軍士官と駆け落ちした。
しかも、悲しいことに、その士官はすぐにミンナを捨ててしまった。
ミンナは一文無しで町をさまよう羽目になった。
ワーグナーはミンナを見つけてヨリを戻したが、それは二人の不幸な結婚生活の最初の災難だった。二人の結婚は30年後に破滅を迎える。

1839年までに二人は借金を重ねて町には居られなくなって、リガを夜逃げ同然に抜けだした。
以後、ワーグナーは常に借金と借金取りに苦しめられる。
その逃避行にも、愛犬・ニューファウンドランド犬のロバー(”強盗”)が一緒だった。
リガからロンドンまでの航海は嵐に見舞われ、1週間の予定が3週間にもなる最悪の状態になってしまった。
ワーグナーは死を覚悟するほどだった。
その経験から、後にワーグナーは『さまよえるオランダ人(The Flying Dutchman)』というオペラを考え付いた。(実際には、ハインリッヒ・ハイネが書いた寸劇に基づいている。)

ワーグナー夫妻は1840年と1841年をパリで過ごした。
貧乏生活だったが、ワーグナーはパリで論文を書いたり他の作曲家とオペラを作ろうとした。
それは、主にシュレージンガ-出版社のためだった。
また、この期間にワーグナーは、2つのオペラ『リエンツィ、最後の護民官』 と 『さまよえるオランダ人』を完成させた。

【デンマン意訳】

SOURCE: Wikipedia

ワーグナーは愛犬に“強盗”という名前をつけたのですわね?

とにかく、ワーグナーの伝記を読むと、相当に彼は変わり者ですよう。愛犬の名前からして変わったつけ方をしていますからね。。。

借金で首が回らなくなって奥さんと愛犬と一緒に夜逃げしたのでござ~♪~ますか?

そうなのですよう。悪い時には悪い事が重なるもので、リガから海路ロンドンに向けた航海は嵐に遭って、さんざんだったらしいのですよう。もう、死ぬかと思って覚悟を決めたと書いています。

その経験を基にして『さまよえるオランダ人』というオペラを作ったのでござ~♪~ますか?

そう書いてありますね。

嵐の中で難破しそうになって、生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされたという悲惨なオペラなのでござ~♪~ますか?

違うのですよう。確かに、最後は主人公は天国へ逝くのだけれど、悲惨な物語というよりは意外にロマンチックなのですよう。

さまよえるオランダ人

『さまよえるオランダ人』(Der fliegende Holländer)はリヒャルト・ワーグナー作曲のオペラ。
1842年に完成し、1843年に初演された。

神罰によって、この世と煉獄の間を彷徨い続けているオランダ人の幽霊船があり、喜望峰近海で目撃されるという伝説を元にした、ドイツの詩人ハインリッヒ・ハイネの「さまよえるオランダ人」(『フォン・シュナーベレヴォプスキー氏の回想記』)にワーグナーが着想を得て再構成したもの。

あらすじ

以下初演時に従って3幕構成になっているが、作曲者の欲したのは1幕形式である。
当時の未熟な舞台技術によって止むを得ず3幕構成にさせられたのである。
なお現行の楽譜に2つの稿があり、第1稿が荒々しいオーケストレーションの救済のない形(1841年版)、第2稿が幾分穏やかなオーケストレーションで救済のある形(1880年版)の2つの版がある。
それぞれの稿の違う部分は、主に序曲の最後と終幕のフィナーレのオーケストレーションである。
ウィーン国立歌劇場では、前演出までは第1幕の後に休憩を入れたが、今では完全に1幕形式上演である。
現在のバイロイトを初めとして、ほとんどの歌劇場も1幕形式で上演される。

第1幕

舞台はノルウェーのフィヨルドに面した港町。
ダラント船長は一時避難で自らの家のあるここに投錨する。
すると遠くから、黒いマストに真紅の帆を立てた幽霊船が現れる。
幽霊船の船長のオランダ人は「呪いを受け7年に一度上陸できるが、乙女の愛を受けなければ呪いは解かれず、死ぬことも許されずに永遠に海をさまよわなければならぬ」と嘆く。

ダラント船長はオランダ人から財宝を渡され、娘ゼンタと引き会わすことを約束してしまう。

第2幕

ゼンタはオランダ人と出会い、その不幸に心打たれ、救いたいと思う。
ゼンタはオランダ人の肖像を見ては思いを募らすばかりである。
しかし、ゼンタはエリックという青年に愛されているのである。
ゼンタは父とオランダ人に説得され、オランダ人につき従うことを約束する。

第3幕

第1幕の港町に再びオランダ人の幽霊船が現れる。
オランダ人に会おうとするゼンタ。それを引き止めるエリック。
オランダ人はエリックのゼンタへの愛を見て「裏切られた」と言い、帆をはり去っていく。
ゼンタは自らの純愛を岩の上から叫び、貞節を証明するために海に身を投じる。
ゼンタの純愛を得た幽霊船は呪いを解かれ死を得て沈没する。
そしてオランダ人とゼンタは浄化され昇天していくのである。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

それで、愛犬のロバーとワーグナーはその後どうなったのでござ~♪~ますか?

それが面白いのですよう。

どのように。。。?

ワーグナーの伝記を基にして書いたという小文を見つけました。茂木健一郎さんが書いた『パリのワグナー』という作品から一部引用させてもらいます。

愛犬に逃げられたワーグナー

リヒャルト(・ワーグナー)がアパルトマンを出るとき、その窓からミンナが不安そうに見送っていたのも、リヒャルトの用件が借金の申込であったからであった。
ミンナは、リヒャルトが金を「調達」しに出かけたときには、いつも帰りが遅くなることを知っていたからである。
リヒャルトは、先ず、約束手形の現在の持ち主であると思われる、シテ島に住むチーズ屋のところへ行くことにした。
目的地に急ぐリヒャルトの目に、朝霧の中のパリの風景が流れるように飛び込んできた。
それは、もはや1年前の9月に、リヒャルトが胸を躍らせて乗り込んできた、あの花の都パリではなかった。
その表面的な華やかさと繁栄は、そのようなものと無縁に生活苦に喘がなければならないリヒャルトにとっては、苦痛を巻き起こす幻影に過ぎなかった。
幻影ーそれは正にぴったりした言葉であった。
リヒャルトは、パリの町並みが、まるで現実感のないまぼろしのように思われてならなかった。
何しろ、目玉の中に霞がかかったようで、よく見えないのだ。
リヒャルトの胸の中には、打ち砕かれた希望、毎日の生活の苦労、胸を締め付けられるような将来への不安、自分の才能に対する自信と疑い、そのような様々な思いがまぼろしのように浮かんでは消えていった。
過去と未来、現実と空想の間を漂いながら、リヒャルトは急ぎ足で朝もやに包まれたパリを歩いていった。

リヒャルトが、そのようにしてミンナと時折行く、青と白のストライプのひさしのかかったカフェの角を曲がったその時である。
リヒャルトの目の中に、もう一つの、はっきりとした形をとったまぼろしが飛び込んできた。
「ロバー!」
それは、一年前に、パリに来てまもなくリヒャルトのもとから行方不明になってしまった、リヒャルトの愛犬の姿であった。

「ロバー!」
そのニュー・ファウンドランド犬の姿をしたものは、深い霧の中で微動だにしなかった。
リヒャルトは、さてはこれは幽霊に違いないと思った。
あるいは、空腹のせいで、頭がどうかしてしまったのか。
しかし、リヒャルトがもう一度その名前を呼ぶと、犬はリヒャルトの方を振り向いた。
リヒャルトが見つめていると、犬はリヒャルトの方に2、3歩近づいたように見えた。
犬は、明らかに以前の主人をそれと認めたようであった。
リヒャルトを上目使いにうかがいながら、ロバーはさらに2、3歩、リヒャルトの方に近づいた。
幻影ではない、現実だ!
リヒャルトは、再会の喜びに胸を躍らせ、両手を大きく広げてかっての愛犬の方へ歩み寄ろうとした。
すると、何と言うことか、ロバーはおずおずと後ずさりした。
やはり、私のことはもう忘れてしまったか。
リヒャルトの脳裏にふとそのような考えがよぎった。
しかし、ロバーは依然として立ち去らずに、リヒャルトの方を見ている。
「ロバー!」
リヒャルトはもう一度叫んでみた。
ロバーは自分の名前を認識したかのように体をぴくっと動かした。
しかし、リヒャルトが近づくとロバーは後ずさりし、リヒャルトが駆け寄ろうとすると、ロバーはとことこと逃げ出すのであった。
それでも、ロバーがリヒャルトのことを覚えていることは、逃げながらも時折リヒャルトの方を振り返って見てみることで明らかであった。

リガからの困難に満ちた逃避行の間も決して離れることのなかったロバーであった。
ノルウエー船に乗ってのロンドンへの長い航海、嵐に襲われてのフィヨルドへの避難、ロンドンでの一週間の冒険、そしてパリへの旅。
あの地獄の底を見るような嵐の最中、ものすごい黒雲の中に走る稲妻を、リヒャルトとロバーは船室の小窓から震えながら見上げたのではなかったか?
そのように苦楽を共にした愛犬が、昔の飼い主から逃げようとするという事実は、リヒャルトの心を深く傷つけた。
「ロバー!」
リヒャルトは、パリの曲がりくねった細い路地を、メトロノームを抱えながらロバーを追跡した。
厚く垂れ込めた白い霧の中で、リヒャルトはともすればロバーを見失いそうになった。
しかし、ロバーはその度に立ち止まって、リヒャルトのすがたを確認するまで待っているのであった。

リヒャルトの白い霧の中の追跡は、そのようにしてしばらく続いた。
リヒャルトには、ロバーが何故逃げようとするのかわからなかった。
ロバーがいなくなったとき、ロバーは立派なニューファウンドランド犬であったから、リヒャルトもミンナも、誰かに連れ去られたのだろうと考えた。
しかし、今こうしてリヒャルトを避けようとするところを見ると、ロバーは自分から逃げだしたのかもしれなかった。
リヒャルトが以前に、何度かロバーを叱ったときの記憶が、ロバーを恐れさせているのであろうか。
それとも、貧しいリヒャルトの家ではロバーにろくな食べ物も与えなかったから、リヒャルトがミンナによく冗談めかして言っていたように、より裕福な飼い主を求めてさまよい出たのであろうか。
「ロバー!」
リヒャルトは、パリでの生活に夢を見いだしていた頃の自分の分身を追いかけるように、ロバーを追跡した。
しかし、St. Roch教会の近くで、すっかり疲れきったリヒャルトが立ち止まって息を整えているうちに、ロバーはついにもはや振り返ることなく、全速力で彼方の霧の中へと消え去ってしまった。

リヒャルトは呆然として、その場に立ち尽くし、ロバーの消えた方向を見つめた。
愛犬が昔の主人から、まるで野生の動物のように逃げようとしたことは、リヒャルトを愕然とさせた。
それは、リヒャルトのパリ生活の前途についての、不吉な前兆であるように思われた。
リヒャルトは、それでもロバーが今にもまた白い霧の中から現れるのではないかと期待したが、ロバーはパリという迷宮の中に永遠に消え去ってしまったようだった。
気が付くと、リヒャルトは汗まみれになって、骨の蕊まで凍えていた。


『パリのワグナー by 茂木健一郎』より

この場面を読むと僕は、つい噴出してしまうのですよう。

どうして。。。?

あのねぇ~、ニューファンドランド犬の説明にも書いてあるけれど、この種類の犬は人間に対して優しくて、穏やかで、とっても従順なんですよう。僕はイングナさんの愛犬・ワーグナーを良く知っているから、説明を読んで納得しましたよう。

でも、愛犬ロバーは飼い主のワーグナーを見捨てましたよね?!うふふふふ。。。

そうですよう。愛犬ロバーもワーグナーと再会してかなり迷っているのが上の文章からありありと伝わってくるのですよう。うしししし。。。

そうですわよねぇ~。。。遭難するかもしれない船旅ではワーグナーと生死を共にし、苦楽をともにしてロンドンにたどり着いたのでござ~♪~ますでしょう。。。それからパリにやって来て、ロバーは行方不明になってしまった。そして、やっと再会したと言うのにロバーは、なぜワーグナーを見捨てたのでしょうか?

ワーグナーはロバーを可愛がっていたと思うのですよう。でもねぇ、とにかく借金に苦しめられていたし、財布が空っぽになってしまう時がしばしばあったと思うのですよう。ワーグナーから見たら、パリでロバーが行方不明になったのだけれど、ロバーに言わせれば、ひもじい生活に耐えられずにワーグナーの元から家出したと僕は思うのですよう。うしししし。。。

つまり、ワーグナーと暮らすのは、もう、こりごりだと愛想を尽かしたのでござ~♪~ますか?

そうですよう。暮らし向きがいい時はロバーも楽しかっただろうけれど、貧乏のどん底の時には、ワーグナーと一緒に居ない方がエサにありつけたと思うのですよう。

つまり、総合的に判断したら、ロバーは、まだ野良犬をやっていた方が気が楽だと思ったのでござ~♪~ましょうか?

そうですよう。僕だって、ワーグナーの生活を見ていたら、一緒に暮らす気にはなれないですよう。うへへへへへ。。。

【卑弥子の独り言】

ですってぇ~。。。
確かに、ワーグナーは常識的な人物ではありませんよねぇ~。
でも、愛犬にまで見放されるなんて、ワーグナーも可哀想な人ですわよね。
ロバーよりも、ワーグナーの方が可哀想に見えますわ。
うふふふふ。。。
あなたは、どう思いますか?

ペットを愛する人というのは本当に心の優しい人なのでござ~♪~ますう。
小百合さんは、愛犬のプリンスがすでに他界したにもかかわらず、
かつて、プリンスが使っていた2つの犬小屋を壊すこともできずに、
思い出を大切にしているのでござ~♪~ますう。
あたくしにも、その気持ちが良~♪~く分かりますわ。

とにかく、面白い話題が続きますう。
あなたも、また明後日、読みに戻って来てくださいましね。
じゃあ、またねぇ。。。

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

確かにワーグナーの愛犬のロバーは

ワーグナーとの生活に

こりごりしたのかもしれませんよね。

わたしの愛犬のチワワは

デンマンちゃんという名前です。

もちろんカナダのバンクーバーですから、

“デンマンちゃん”とは呼びません。

デンマン、デンマン、。。。と

呼びすてにするんです。

でも、カナダ人が名前を呼び合うように、

それで充分愛着がこめられていますよ。

そうすると、デンマンさんが

返事をすることがあるんですよね。

全く笑ってしまいます。

「ジューンさん、まぎらわしいから、

チワワの名前を変えたら?」

「デンマンさんこそ、ハンドル名を変えてくださいよ」

「そういうわけにもゆかないよ」

「バークレーを使えばいいじゃないですか?

ロブソンでもいいですよ。

わたしが知っているだけでも、

デンマンさんは4つハンドル名を

持っているのですから、

デンマンを使う必要はないでしょう?」

「たとえ、使わなくしても僕は長いこと

デンマンを使っているから、

ジューンさんに呼ばれれば、

つい返事をしてしまうよ」

というようなわけで、いまだにデンマンさんが

返事をすることがあります。

「もし生まれ変われることができるなら、

今度はジューンさんに可愛がられる

チワワのデンマンに生まれてきたいよ」

今でも、よくふざけてデンマンさんはそう言うんですよ。

でもね、そうなったら、チワワじゃなくて

猫を飼うかもしれません。(笑い)

ところで、小百合さんが面白い記事をまとめて

小百合物語を作りました。

もし、小百合さんの記事をまとめて読みたいならば、

次のリンクをクリックしてくださいね。

■ 『最近の小百合物語 特集』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。

コメント / トラックバック3件 to “小百合さんとワーグナーと愛犬物語”

  1. 愛犬と露天風呂 « Denman Blog Says:

    […]   『小百合さんとワーグナーと愛犬物語』より […]

  2. エロい女 « Denman Blog Says:

    […] ■『小百合さんとワーグナー』 […]

  3. 波乱の半生 | Denman Blog Says:

    […] 『小百合さんとワーグナー』より (2009年7月4日) […]

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