武蔵と卑弥子さん


 

2009年6月20日 土曜日

 

武蔵と卑弥子さん

 


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Subj:宮本武蔵が白楽天の

「長恨歌」を愛したというのですよ

きゃはははは。。。


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Date: 05/06/2009 2:06:32 AM
Pacific Daylight Saving Time
(日本時間: 6月5日 金曜日 午後6時6分)
From: green@infoseek.jp
To: domini@yahoo.co.jp
CC: barclay1720@aol.com

 


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ひとねむり でも30分ぐらいかな?
雨が降りそうなので 洗濯をしながら、横になっていました。
朝はフラフラして気持ちが悪かったけど、今は起きても 大丈夫になって
この過呼吸はクセになってしまったようです。

過呼吸ねぇ~。。。
最近聞くようになった言葉だよね。
20年前には、そう言う事を言う人はいなかった。
その言葉は20年前にはなかったのじゃないか?
きゃはははは。。。。

昼寝したら治るかもね??


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主人が様子を見に 午前中 家にもどって来て、
「また ケンカになるから 山小屋でも行って 掃除でもしてろ」だって。

人生短し!です。
楽しい思い出をたくさん作ってね。


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焼きそば よかったね。
ソース味なんだ、 ラーメン味じゃ なくて! 
じゃぁー、もう粉末ソース 送らなくて 大丈夫だね。

はい、はい、はい。。。
小百合さんのその気持ちだけで十分ですよう。


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よかったね 「かどや」を思い出す、焼きそばが 近くで買えて。
きっと みんなが 買うから すぐに 売れ切れてしまうよ。

そうなのですよう。
東洋人ばかりじゃなくて、純粋のカナダ人も買うのだよう。
確かに、食べてみれば旨いからね。
でも、圧倒的にラーメンのほうが多いよ。
割合とすれば、5対1でラーメンの方が多い。
多分、カナダ人はラーメンをスープのつもりで飲むのかもしれない。
そういえば、「えぞぎく」の通りに面したカウンターで白人でラーメンを食べている人を見たような気もする。


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食べたいけど、カロリーあるよね、最近は豆腐とチキンが多いです。
ずいぶん 体重を減らしました。ヤッター /(‘‘)^

麺 ご飯 パン うどん 焼きそば類 ラーメンも CHIPSも 禁止してます。
缶チューハイ とBEER は止められません。 これOK

小百合さんはカナダの基準では、やせすぎている方だよう。
もっと太ってももいいのでは。。。?


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きゃははは。。。


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軽井沢では いつもの 焼き鳥屋に行きました。 

あの焼き鳥屋は、店の込みようから繁盛しているんだね。
確かに旨かった。
う~♪~ん。。。懐かしいねぇ~。


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後で 愛宕神社のこと メールします。

はい、はい、はい。。。。
楽しみにして待ってます。


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これから、吉川英治の『随筆・宮本武蔵』を読みながらぐっすり眠りますよう。
図書館から借りてきてから、すでに一度読みました。
2度目です。
宮本武蔵が白楽天の「長恨歌」を愛したというのですよう。

高校のときの漢文の先生が「長恨歌」を読んで感激して、それで漢文の先生になることに決めたと言った。
確かに、すばらしい授業をした先生で、未だにその時の先生の語り振りがありありと思い浮かびますよう。
僕も、その漢文の先生が講義をした「長恨歌」に魅せられたものです。
この事では、すでに記事に書きました。


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『赤ちょうちん、ヌード、山仕事』
    (2008年6月23日)

小百合さんの懐かしいメールも読めるよ!

「宮本武蔵」はテレビでも映画でもたくさん作られたけれど、史実は極めて少ないらしい。
僕が書く記事の1ページ分にも満たない事しか分かっていないらしい。

はっきりしていることは武蔵の子供時代は不幸な境遇だった。
お母さんは武蔵を置いて、再婚したらしい。
とにかく、母親の居ない少年時代を過ごした。
父親からも邪険(じゃけん)に扱われたらしい

その武蔵が、大人になって「長恨歌」を読んで感激した!

この「長恨歌」の中から語句を引用して

“これ、兵法の始まりにして終わりなり”

と書いている。

つまり、「長恨歌」こそ、兵法の行き着く所だと言っているのです。

そのくせ、自分を戒めるために書いた「独行道(どつこうどう)」には

“恋慕の思いに、よるところなし”

と書いている。

つまり、女性を恋しいなどと思わない。
確かに、武蔵は一生を独身で通した!

それなのに愛欲に溺れた玄宗皇帝と楊貴妃のことを詠(うた)った「長恨歌」こそ、兵法の行き着く所だと言っているのですよう。
なぜ?

作者の吉川英治も本の中で、なぜなのか?書いてない。
つまり、吉川英治も判断ができなかったのではないか?
理解できなかったのではないか?

そう言う訳で、なぜなのか?。。。僕が説明しようと試みて、また2度目に本を読み始めたというわけです。
うしししし。。。

では、今夜はこれまで。。。
宮本武蔵になったつもりで『随筆・宮本武蔵』を読みます。
おやすみ。。。。

(\__/)
(+’.’+)
(“)_(“)


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Subj:今夜は楽しい夢を見て、

明日、ルンルン気分で目覚めてね。

\(^_-)ノ きゃはははは。。。

バンザ~♪~イ


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Date: 09/06/2009 8:45:53 PM
Pacific Daylight Saving Time
(日本時間: 6月10日 水曜日 午後12時45分)
From: green@infoseek.jp
To: domini@yahoo.co.jp
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(sayuri55.gif)

おはようございます
昨日は山小屋のコケに薬をまいたので 様子をみにいきました
全然 ダメ
結局、 鎌(かま)とシャベルで 部分的に取って 川に捨てました。
ゼニ苔が目にやきついてて 昨夜は何度も 目がさめて
ほらほら デンマンさんが 無駄な事してるねー
っと 呆れてますが

うん、うん、うん。。。
良く分かりますねぇ~
確かに無駄な事をしているように見えますよう。
半分あきれていました。

\(^Д^)/ ギャハハハハ。。。

しかし、考えてみると、無駄なことと言っても、マジで無駄な事をしている人と、
その無駄を人生に生かしている人が居るんだよね。

今、ウィキペディアで 柳生兵庫のことを調べようと思って“お気に入り”をクリックしようとして、ハッと手を止めて、小百合さんからメールが来ていないか?とチェックしてみたら、来てたのですよう。
うしししし。。。
柳生兵庫はこのメールの後で調べます。

どうして柳生兵庫なの?


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あのねぇ~、ビキニのきれいでかわいい女性たちをダウンロードしながら『随筆・宮本武蔵』を読んでいたのですよう。
そうしたら、次のエピソードに突き当たった。

尾張の城下を歩いていた武蔵は、一人の武士とすれ違いざま、

「久々に、生きた御人にお目にかかるものかな。
其許(そこもと)は、柳生兵庫殿にては在(おわ)さずや」

武蔵の言葉に、武士はにことうなずいて、

「いかにも私は柳生兵庫。そう仰(おっしゃ)るあなたは、高名な宮本武蔵殿ではおわさぬか」
と答えたと言う。

両士はたちまち、百年の旧知のごとく打ちとけ、兵庫の屋敷に同道して、酒盃を酌(く)み交わし碁を打ち興じて、滞留久しきに及んだが、ついに一度も、剣技を試みることはなかった。

武蔵は後に このときの心境を説明して、なぜ一見して兵庫と認めたかは、心機の妙、理外の理であって、言葉には表現しがたい。
また、二人が、剣を交わさなかったのは、あえてそれに及ばなくても、充分お互いの腕前が暗黙のうちに分かっていたからである、といったそうである。

どうして、今、このエピソードが思い浮かんだのか?

それは、この二人は10年とか15年武者修行に出て諸国を巡りまわっていたのですよう。
つまり、現代人の目から見たら、無職であちらこちらを放浪している寅さんのように見えるのですよう。
要するに、ちょっと見ただけでは、無駄に人生を送っているように見える。
ところが、無駄に見える人生も、人によっては剣の達人になったり、歴史に名を残す人も居る。

小百合さんが13年間カナダのバーナビーに“山の家”を持っていた。
それを知る小百合さんの親戚や知人や友人のほとんどの人は、おそらく無駄な事をしたと思っているでしょう。

でも、もし、小百合さんがバーナビーに“山の家”を持っていなかったら、僕と出会うことも無かったんだよね。
行田で再会したとき、
武蔵と柳生兵庫のような出会いを味わったような気がしてね。。。うしししし。。。

小百合さんとデンマンはたちまち、百年の旧知のごとく打ちとけて。。。、

\(*^_^*)/ キャハハハ。。。

バーナビーの13年間は小百合さんにとって決して無駄ではなかったのですよね。
だから、栃木の“山の家”で無駄にゼニゴケと格闘している小百合さんの人生も、
無駄に見えて、10年後に振り返ってみたら、決して無駄にゼニゴケを取リ除いていなかったことになるかもしれない。。。

たとえば。。。?

きれいに生えそろった苔の庭を見ながら、小百合さんと僕で次のような会話をするのですよう。

「デンマンさんと この山の家で会ってから、
もう10年にもなるのですわね。。。」

「そうですよねぇ~。月日の経つのは早いものですよう。ずいぶんきれいな苔庭になりましたねぇ~」

「ゼニゴケと格闘していた頃が懐かしいですわァ~」

「僕も、『軽井沢タリアセン夫人』を書いていた頃が懐かしいですよう。。。」


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そういいながら、二人はHよりも感じるハグをしたのでした。

\(*^_^*)/ キャハハハ。。。

そう言う訳で、今夜は『軽井沢タリアセン夫人』を書き続けようと思います。(微笑)


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これから パーマ屋さんへ行って 次男坊の学校へ 向かいます。
この事もあって 昨夜は眠りが途切れ途切れ・・だったのかな?

はい、はい、はい。。。

今夜は、小百合さんもHよりも感じるハグをする夢を見て
明日はルンルン気分で目覚めてね。

いつまでも愚かなことを書いていると小百合さんに嫌われてしまうので、このぐらいにしますね。

\(^Д^)/ ギャハハハハ。。。

じゃあね。

(\__/)
(+’.’+)
(“)_(“)


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デンマンさん。。。また未練がましく武蔵のことが書いてあるメールを持ち出してきたのでござ~♪~ますか?


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あのねぇ~、僕がせっかく宮本武蔵のことを書こうとしているのに卑弥子さんが協力してくれないからですよう。んも~~

だってぇ、デンマンさんが宮本武蔵のことを持ち出すのは武蔵のことを書こうとしていないからですわ。 

書いてますよう。武蔵のことを書いてますよう。ウソだと思ったら、おとといの次の記事を読んでみてくださいよう。

『武蔵と小百合さん』
    (2009年6月18日)

確かに半分ぐらいは武蔵のことを書いていますわ。でも、小百合さんのことを書くために武蔵を持ち出しているのでござ~♪~ますわ。

あのねぇ~、この話はあくまでも『小百合物語』の中で書いているのですよう。だから、小百合さんのメールを持ち出したりして、『小百合物語』らしくしているのですよう。小百合さんのことを書くのは当然のことなのですよう。

でも、小百合さんのことを書くとおっしゃりながら、実はデンマンさんは鼻の下を伸ばしてタラタラと自慢げに、ご自分が女性にモテテいることを世界のネット市民の皆様に触れ回っているのでござ~♪~ますわ。

ん。。。?僕が女性にモテテいることを自慢している?

そうでござ~♪~ますわ。わざわざ信憑性の薄い小百合さんの手紙を持ち出してきて、デンマンさんが大切な人だと小百合さんに思われていることを世界のネット市民の皆様に印象付けようとしているのでざ~♪~ますわ。

今、一番居なくなって困る人

前略

まだ1月、寒さが続きますね。
入院などしないように。

今、一番デンマンさんが居なくなると困ります。
その次が私の髪の毛をストレートにしてくれるパーマ屋の人。
その次が長~い付き合いの歯医者さん。

私の事を良く知って頼っていた人が急に居なくなると困ります。
父のように、もう会えないのは困ったです。
乱筆ですいません。

早々

小百合より

2008年1月7日


『菊ちゃんを旅する』より
(2008年1月19日)

誰が読んだって、そのためにデンマンさんがでっち上げたようなお手紙ですわ。

つまり、僕が自作自演していると卑弥子さんは非難するのですね?

あたくしは信じておりますわ。でも、日本語が分かる世界のネット市民の皆様は信じておりませんわ。

どうして世界のネット市民の皆様の心までが卑弥子さんに分かるのですか?

上のお手紙を読んでみればすぐに分かりますわよう。分かってないのはデンマンさんだけですわ。

つまり、自己自慢のために。。。自己満足のために、この記事を書いていると卑弥子さんは僕を非難しているのですか?

だってぇ、見え見えですわ。

何が見え見えなのですか?

小百合さんの信憑性の薄いお手紙を出してきたと思ったら、今度は奈緒子さんの眉唾物(まゆつばもの)の手記までも公表してしまったのでござ~♪~ますわ。

杜の都に桜咲く


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ご苦労様、ありがとうございます。
デンマンさんに描いていただいた
わたしのヌードは
のびのびした表情をしていますね。

それまで「鳩胸でっちリ」と言われて
イジメられてばかりいました。
劣等感の塊のようになっていた
みすぼらしいわたしを、
デンマンさんは素敵だと言ってくれました。


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あのホットパンツは
叔母がニューヨークへ行った時に
5番街のサックスで買ってきてくれた
おみやげです。

大切な人のために穿こうと決めていました。
恥ずかしかったけれど、
デンマンさんの目の前で
一糸まとわぬ姿になって、
本当に良かったと思っています。

わたしは初めて
自分の体に自信がもてました。
デンマンさんにヌードを描いてもらって
褒められて、
なんだか大人になったようで
冗談ぬきで、
舞い上がるようないい気持ちです。

デンマンさんの目の前で
思い切って
裸になってよかった・・・

でも、デンマンさんは少々わたしのことを、
買いかぶっておられるんじゃないかと、
少し不安です。

わたしがデンマンさんの“心の恋人”足り得るか・・・
いつか、ガッカリさせてしまうのではないかと、
自分自身の内面を省みて、
心配になっています。

それにしても、わたしは幸せ者です。
桜の咲く杜の都の四畳半で、
わたしはデンマンさんを独占してしまったのですから
本当にありがとうございました。

新年も宜しくお願いします。

奈緒子より


『杜の都に桜咲く』より
(2009年3月20日)

あのねぇ~、これは僕が好き好(この)んで持ち出したわけではないのですよう。卑弥子さんが次のように言ったからですよう。

まさか。。。まさか。。。あのォ~。。。

小百合さんが奈緒子さんのように、

デンマンさんの目の前で、

おヌードになったのでござ~♪~ますか?

これを初めて読む人は奈緒子さんがどういう人なのか全く分からない。だから、僕は奈緒子さんの上の手記を持ち出さなければならなかったのですよう。僕が好んで持ち出したわけじゃないのですよう。卑弥子さんが不注意に「小百合さんがおヌードになったのでござ~♪~ますか?」なんて言うから、こういうことになるのですよう。

つまり、責任をあたくしに擦(なす)り付けるのでござ~♪~ますわね?

僕は別に責任を卑弥子さんに擦り付けているわけじゃない。事実を事実として述べているまでですよう。

嗚呼!。。。

なんですか?そのように漢文で深いため息を漏らして。。。

あたくしの気持ちをめれんげさんが書いた次の短歌で察してくださいな。

裏切りはやさしく

 


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うらぎりは

やさしい言葉で

つつまれて

それがわたしを

深く傷つける

 

by めれんげ

2009.02.12 Thursday 13:39


『即興の詩 裏切りはやさしく』より

『昇華とカタルシス』に掲載。
(2009年5月10日)

めれんげさんの気持ちが、あたくしには良~♪~く分かるのでござ~♪~ますわ。

やだなあああァ~。。。どうして、めれんげさんの上の短歌を持ち出してくるのですか?

だってェ~、あたくしの気持ちを代弁して詠んでくださったのでござ~♪~ますわ。

卑弥子さんは誰かに裏切られたのですか?

誰かにじゃござ~♪~ませんわ。あたくしもデンマンさんに裏切られてしまったのですわ。んも~~!

あのねェ~。。。卑弥子さんまでが、めれんげさんのようなことを言わないでくださいよう。

だってェ~、小百合さんとは仲睦まじくしているのに、箱根でデンマンさんと一緒に過した夜、あたくしにはHよりも感じるハグをしてくださらなかったでしょう!?


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あのねぇ~、どうでもいいけれど、古い話を持ち出さないでくださいよう。

古いお話かもしれませんわ。でも、あたくしはデンマンさんに裏切られて死ぬかもしれないという瀬戸際に立たされたのでござ~♪~ますわ。

あのねぇ~、卑弥子さんは言うことが大げさですよう。も~~。

そのようにごまかして、この場を逃れようとなさるのでござ~♪~ますか?

あのねぇ、僕にとって卑弥子さんも大切な人なのですよう。でもねぇ~、今日は宮本武蔵と小百合さんのことなのですよう。

また、そうやって、この場を逃げようとなさるのでござ~♪~ますか?

つまり、僕が卑弥子さんのことを書かないので僻(ひが)んでいるのですね?

あたくしは。。。、あたくしは。。。、別に僻んでおりませんわ。。。、ただ。。。、ただ。。。、あたくしはデンマンさんから差別を受けていると思うのでござ~♪~ますわ。

ん。。。?僕が卑弥子さんを差別している?

そうですわ。めれんげさんの場合には、まだ優しい言葉に包まれているからイイのですわ。あたくしが短歌を詠むとすれば次のようになるのでざ~♪~ますう。

裏切りはきびしく

 


(angry13.gif)

 

うらぎりは

きびしい言葉で

つつまれて

それがわたしを

深く傷つける

 

by 卑弥子

2009.06.20 Saturday 10:12

あたくしは常にデンマンさんから厳しく扱われているのでござ~♪~ますわ。

そんなことはありません!僕は卑弥子さんに対しては常に敬愛の念をもって接しているつもりですよう。

いいえ。。。とってもロマンチックになる時にデンマンさんは、あたくしにきびしくするのでござ~♪~ますわ。

ん。。。?ロマンチックになる時にきびしい。。。?

そうでござ~♪~ますわ。思い出してくださいな。

繊細な女心


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卑弥子さんは紫式部のように知性も教養もあるからですよ。。。違いますか?


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あたくしは。。。あたくしは。。。知性も教養も要りませんわ。。。“実物は、もっときれいだよ”って言って欲しいのでござ~♪~ますわア。


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つまり。。。つまり。。。卑弥子さんは、自分がこのような女性でありたいと思っているのですね?

そうでござ~♪~ますわぁ。

やだなあああぁ~~。。。急にナヨナヨとして、涙など見せないでくださいよゥ。。。いつもの。。。いつもの卑弥子さんらしくないじゃありませんかア~~

あたくしだって。。。あたくしだって。。。小百合さんやレンゲさんと同じように殿方に愛されたいのですわぁ。。。恋したいお年頃なのですわぁ~。

分かってますよ。。。分かってますゥ。

いいえ、デンマンさんは、あたくしの繊細な女心をちいっとも理解してくださいませんわぁ~。

ん。。。?  繊細な女心。。。?

そうですわぁ~。あたくしの繊細な女心ですわ。

しかし。。。しかし。。。僕と卑弥子さんは相思相愛の愛人なんですよ。1日4万5千の人が僕と卑弥子さんの赤裸々な愛人関係を読んでいるのですよゥ。

えっ。。。?デンマンさんとあたくしの赤裸々な愛人関係ですかア?

やだなあああぁ~。。。いまさら、とぼけないでくださいよゥ。僕と卑弥子さんは裸の付き合いをしているのですよゥ。


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(furo112.jpg)


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ほらぁ~。。。見てくださいよゥ!。。。こうして露天風呂めぐりをしているのですよゥ。。。これが裸の付き合いでなくて何ですかぁ~?

でも。。。でも。。。

でも、何ですか?

裸のお付き合い、と言っても。。。あのォ~。。。裸なのはここまでですわぁ~。。。あたくしとデンマンさんの裸のお付き合いには、この後が欠落しているのですわア。

ん。。。? この後が欠落している。。。?

そうですわア。 露天風呂から出て、いい気分でお布団の中に入って、ワクワク、ウキウキしながら寝物語を始めようとすると、デンマンさんは、あたくしのお布団とデンマンさんのお布団の間に“ついたて”を立ててしまうのですわア。。。あたくしの。。。あたくしの。。。繊細な女心を踏みにじってしまうのですわぁ。


『いきいきのびのび (2008年11月12日)』より

あのねぇ~、卑弥子さんは僕の心を誤解していますよう。

あたくしがデンマンさんの心をどのように誤解しているのでござ~♪~ますか?

僕は卑弥子さんとのロマンをとっても大切にしているのですよう。

ロマンを大切にするために、あたくしのお布団とデンマンさんのお布団の間に“ついたて”を立てたのでござ~♪~ますか?

その通りですよう。

そのような愚かな事をあたくしに信じろとおっしゃるのでござ~♪~ますか?

卑弥子さんには信じられないのですか?

あたくしどころか、めれんげさんだって絶対に信じることなどできませんわ。

うん、うん、うん。。。分かってますよう。だから、小百合さんの“愛の手”がバンクーバー図書館で僕に『随筆・宮本武蔵』を取らせたのですよう。

小百合さんは信じることができるのですか?

もちろんですよう。小百合さんはHよりも感じるハグを信じているのですからね。。。

マジで。。。?

このような時に冗談など言えませんよう。

分かりましたわ。。。んで、どうして、ここで宮本武蔵が登場するのでござ~♪~ますか?

僕は『随筆・宮本武蔵』をすでに3度も読み返しましたよう。吉川英治は次のように書いているのですよう。

煩悩に始まって煩悩につきる

人間慾と無常


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春風桃李花開時

秋露梧桐葉落時

この二行は、有名な白楽天の長編詩“長恨歌”の中の一章句である。
長恨歌は、唐の玄宗皇帝とその寵姫・楊貴妃(ようきひ)との情事を歌った東洋恋愛詩中の代表的なものである。
めんめんと数千字をつらね、漢王と美妃の享楽、溺愛、哀別、輪廻(りんね)までの、飽くまで、煩悩に始まって煩悩につきる人間慾と無常を詠(えい)じ尽くして余りがない。
武蔵が、こういう叙情的な詩に関心をもっていたということは、私には、ずいぶん興味のふかい点であった。
武蔵という人間を、小説の素材として考えるうえに、『独行道(どつこうどう)』のうち「恋慕の思いに、寄る心なし」の一句とともに、彼の内面に潜(ひそ)む人間本能をさぐるに、もっとも重大な手がかりの一つになっていたことを、私は告白する。

もちろん、武蔵は、長恨歌全文を、愛誦(あいしょう)もし、白楽天のあの艶麗(えんれい)にして悠遠(ゆうえん)な構想と宇宙観の示唆に富んだ一章一章をふかく玩味(がんみ)もしていたであろう。
けれど、私の興味は、単に、それだけの推測にはとどまらない。
武蔵が、この大恋愛詩の一節をとって、これをすら、ただちに、剣の悟道に寄せて、考えているという事実である。

前には、書き落してあるが、この二行の書のわきには、なお細字で、次のような辞句が書き添えてある。

「是兵法之始終也」

(これへいほうの はじめにして おわりなり)

おもしろいと思う。
あいにく、長恨歌は余りに長編だし難解でもあるので、ここに詳解し難いが、あの一篇を吟誦(ぎんしょう)し去って—そして、コレ兵法ノ始メニシテ終リナリ—を併(あわ)せ思うと、恋愛と闘争。情痴と宇宙。—余韻津々(よいんしんしん)たるものがある。


82ページ 『随筆・宮本武蔵』
著者・吉川英治
発行所・株式会社講談社
2002年3月25日 第1刷発行


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僕は、何度読んでも、ここの所で考え込んでしまうのですよう。


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何をでござ~♪~ますか?

他の事は書かなくってもいいから、ここの所だけをもっと深く掘り下げて欲しいと思ったのですよう。3度読み返して、武蔵を理解するには、この部分を理解すれば尽きると僕には思えたのですよう。

だから、何をですのォ~?

長恨歌の中の二行の字句のわきに、「是兵法之始終也(これへいほうの はじめにして おわりなり)」と書いてあるのですよう。だから、長恨歌を理解し、上の二行を理解すれば事足りるのですよう。それなのに吉川先生は無駄な所に時間を費やした。僕にはそのように思えるのですよう。

。。。んで、デンマンさんは深く掘り下げてみたのでござ~♪~ますか?

そうですよう。吉川先生が書かなかったから、僕は書きます。なぜなら、卑弥子さんと箱根で一夜を共にした晩、なぜ“ついたて”を立てねばならなかったのか?その答えも、長恨歌の中に隠されているからですよう。

分かりましたわ。余計な事を言わずにズバリおっしゃってくださいな。

細木数子のようなわけにはゆきませんよう。物事には順序というものがありますからね。うしししし。。。何事も飛躍してはダメなのですよう。順序どおりに噛んで含めるように話さないから、誤解を生むのですよう。それで視聴率が下がって細木数子は番組から降ろされてしまったのですよう。

分かりましたわ。。。では、順序どおりに分かり易く説明してくださいな。

まず、かつて僕と卑弥子さんで長恨歌について語り合った記事を読んでみてください。

長恨歌の魅惑

英文法の先生で、とてもユニークな先生が居ましたよ。ユニークと言っても、このエピソードがあったから、僕はこの先生がユニークだと思うようになったのですよう。寺田先生と呼ぶ事にします。僕は名前を忘れてしまったのですよ。思い出せません。まだ入学して日の浅い頃でした。春から夏になる頃の話です。

その寺田先生は女性でござ~♪~ますか?

もちろん、男の先生ですよ。女性の先生は一人も居ませんでした。当時、埼玉県の有名校は別学だったのですよ。熊校(県立熊谷高校)は男子校でした。

その先生は、どのような感じの先生でござ~♪~ますか?

山岳部の顧問をしている先生でした。また、油絵を描くのが趣味でしたよ。どちらかと言えば寺田先生は、あまりパッとしない先生なのですよ。40代だったでしょうか。。。山岳部の顧問と言う響きから山男か?というと、そういう印象でもない。がさつな感じでもない。そうかと言って繊細で洗練されている印象でもない。ざっくばらんで自然体、と言う感じでしたね。

。。。んで、どのような事があったのでござ~♪~ますか?

いつものように、とりわけ変わった事もなく授業は進んでいったのですよ。僕は、寺田先生の教え方がうまいと思った事もなく、とりわけ魅力的な授業をする先生だ、と思ったこともない。いわば、いつもどおりにマンネリ化した、興味のあまり感じられない授業を進めていましたよ。

それで。。。?

ふと、先生は窓の外に眼をやったのですよ。当時の校舎は木造で、僕のクラスは学校で最も古い昭和の初期に建てられた木造平屋の教室だったのですよ。寺田先生は、しばらく黙って外を見ていた。生徒の幾人かは、オヤっと思って先生の目線の行き着くところを見定めるような風でした。でも、ほとんどの生徒は無関心に教科書を見たりノートに落書きをしているようでした。僕は先生が何を見ているのだろか?と思って窓の外を見たのだけれど、僕の座席からでは窓の外の風景は垣根と空だけしか見えない。

それで。。。?

先生は、感極まったように言ったものですよ。

“う~ん。。いい尻をしているなあぁ~”

つまり、先生は窓の外を通る女性を眺めていたのですか?

そうですよ。生垣(いけがき)の向こうは砂利道になっていて、そこを女性が歩いてゆくのが見えたのでしょうね。僕の座席からでは人が通る様子は全く見えないのですよ。先生は窓辺に立っていたから見えたのでしょう。

それで。。。?

“オイ、いいケツだとよォ~” クスクスっと笑って、僕の後ろに居た原島君などは、ポルノ雑誌を見たようなエロい笑いをもらしながら、僕の背中を小突(こづ)いたものですよ。教室の、そこここで、くすくす笑いが起こりました。先生も皆に聞こえるような声を出した事に初めて気づいたかのようにニヤニヤしながら、教壇の方に歩いてゆきました。

デンマンさんは、どう思ったのでござ~♪~ますか?

女性の尻を見て、その素晴しさに感極まるような感嘆を漏らす人が僕以外にもやっぱり居るものだ、と僕は半ば同志に巡り会ったような気持ちでしたよ。

つまり、高校1年生のデンマンさんは、すでに女性のお尻を見て“う~~ん。。。いい尻をしているなあぁ~。。。”と、感嘆したことがあったのでござ~♪~ますか?

ありましたよ。声には出さなかったけれど、まさに声に出てしまうほど感嘆したことが何度もありましたよ。

。。。んで、そのように感嘆してしまう素晴しいお尻って、一体、どのようなお尻なのでござ~♪~ますか?

これは個人、個人によってだいぶ違うと思うのですよゥ。美意識の問題ですからねぇ。でも、卑弥子さんが僕にマジで尋ねるのならば、僕はシャロンさんの次の写真を見せる他に思い浮かびませんよう。


(2004f.gif)

うふふふふ。。。このようなお尻が素晴しいのでござ~♪~ますか?

卑弥子さんは、同性として何か感じるものはないのですか?

確かにシャロンさんは、きれいな方だとは思いますわ。でも、特にお尻に魅力を感じる事はござ~♪~ませんわ。

そうですかぁ~。。。でも、着こなしがセクシーだとか。。。そのように思うことはありませんか?

う~♪~ん。。。確かに、着こなしが洗練されていると思いますわ。でも、芸能人の写真を見るようで、身近な美しさを感じませんわ。

なるほどねぇ~。。。そういうものですかぁ~。。。確かに人体の一部に感じる魅力は人によって違うのでしょうね。寺田先生も、クスクス笑う生徒を見て次のように言ったものですよ。

“まだ、君らには分からないかもしれないなぁ~”

「いえ、先生、僕には分かりますよ」 僕は手を上げて寺田先生に、そう言いたい衝動に駆られたものですよう。

そのようなエピソードがあったので、デンマンさんは寺田先生がユニークだと思うようになったのでござ~♪~ますか?

そうですよ。思っていても、なかなか生徒の前で口に出せるものではないですよ。それを自然体で感嘆し、自然に口に出す。凡人には、なかなかできない事だと僕はその時に思ったものですよ。考えてみたら、寺田先生は油絵をやりましたからね、当然デッサンなどで女性のヌードを描いていたと思うのですよ。

つまり、生垣の外を歩く女性を、寺田先生はヌードをデッサンするような目で眺めていたと。。。デンマンさんは、そう思うのでござ~♪~ますか?


(phryne85.gif)

そうですよ、常日頃から美術的に女性の美しさを見出そうとしているような習慣ができていない限り、授業中に窓から見えた女性の尻の美しさに感嘆できる人はまず居ないですよ。しかも、生徒の前で、自然に感嘆の言葉を漏らすのですからね。

その事がデンマンさんには、とっても感動的だったのでござ~♪~ますか?

そうですよ。ちょうど女性の美しさの話題が出たので、僕はもう一つ心に残るエピソードを思い出しましたよ。

また、女性のお尻でござ~♪~ますか?

いや、今度のエピソードは女性の体の一部ではありませんよ。歴史的に超有名な美人の話ですよ。

クレオパトラでござ~♪~ますか?

いや、中国の楊貴妃ですよ。このエピソードは、高校1年生の時の漢文の先生のことです。名前がどうしても思い出せません。仮に大島先生としましょう。当時50才を越していたと思うのですよ。校長先生にしても可笑しくないような貫禄のある先生でした。小柄な先生でしたが、威厳があって、どこと無く近寄りがたいオーラを感じたものですよ。

つまり、あまり親しみを感じるようなお人柄ではなかったのでござ~♪~ますわね?

そうです。見た目は怖い感じでしたよ。でも、大島先生は教え方が実にうまかった。これほど情熱を込めて教える先生を僕は見たことがありませんでしたよ。

デンマンさんは、何をそれほどまでに感動したのでござ~♪~ますか?

大島先生の『長恨歌』の授業ですよ。今でも一週間前の出来事のように鮮明に思い浮かべる事ができますよ。

どう言う所がそれ程素晴しかったのでござ~♪~ますか?

この先生自身が、若い頃『長恨歌』の授業に感銘を受けて漢文の先生になろうと決めた、と言うのですよ。だから、とりわけ『長恨歌』には思い入れがあったのでしょうね。実際、素晴しい授業でしたよ。僕も引き込まれるように、この先生の熱のこもった説明に魅了されたものでした。まるで人間国宝級の講談師が講釈をしているような熱の入れ方なのですよ。卑弥子さんも『長恨歌』を知っているでしょう?

もちろん、名前だけは知っておりますわ。でも、あたくしの専門は平安時代の源氏物語でござ~♪~ますから、中国文学はイマイチでござ~♪~ますわ。おほほほほ。。。

長恨歌(ちょうごんか)


(youkihi2.jpg)

華清池は秦の時代(前221~前207年)から続く温泉地で、唐代(618~907年)中期には玄宗皇帝がここに華清宮を建てた。
華清池の中には華清池という池があるわけではなく、この楊貴妃の像は九龍湖の中に立っていた。
(この時、2006年3月、池は改修中で楊貴妃像は引っ越して陸に上がり、花壇の真ん中に立っていた)

九龍湖は規模としては湖と言うより池である。
上の写真の奥には、九龍橋や龍石舫がある。
背後の驪山にはロープウエイが山頂に向かって伸びている。

中国の四大美人(西施,王昭君,貂蝉,楊貴妃)の1人として名高い楊貴妃が華清池で温泉に入り、皇帝の寵愛を受けたことで知られる。
1986年には2人が使用したと思われる浴槽が発掘された。
現在残っている建物は、清朝末期に西太后が築いたもの。

華清池があるのは西安市。
日本語読みでは「せいあん」
中国語では「しーあん」と呼ばれる。
中華人民共和国陝西省の省都であり、古くは中国古代の諸王朝の都となった長安である。

【解説】

長恨歌は中国・唐の時代、白居易(白楽天)によって作られた長編の漢詩である。
唐代の玄宗皇帝と楊貴妃のエピソードを歌い、平安時代以降の日本文学にも多大な影響を与えた。
806年(元和元年)、白居易(白楽天)が盩厔県(陝西省周至県)尉であった時の作。
七言古詩(120句)。

【あらすじ】

漢の王は長年美女を求めてきたが、どの女性にも満ち足りないものを感じていた。
ところが、ついに探し求めていた美女に出会った。楊家の娘だった。
それ以来、王は彼女にのめりこんで政治を忘れたばかりでなく、その縁者を次々と高位に取り上げる。

その有様に反乱(安史の乱)が起き、王は宮殿を逃げ出す。
しかし楊貴妃をよく思わない兵は動かず、とうとう王は兵をなだめるために楊貴妃殺害を許可する羽目になる。
結局、楊貴妃は殺されてしまった。

反乱が治まると王は都に戻ったが、楊貴妃を懐かしく思い出すばかりでうつうつとして楽しまない。
道士が術を使って楊貴妃の魂を捜し求め、苦労の末、ようやく仙界にて、今は太真と名乗る彼女を見つけ出す。

太真は道士に、王との思い出の品とメッセージをことづける。
それは「天にあっては比翼の鳥のように」「地にあっては連理の枝のように」
かつて永遠の愛を誓い合った思い出の言葉だった。

【史実との相違】

時代が唐代から漢代に変えられている。
長恨歌が発表されたのは安禄山の蜂起に始まった安史の乱が終結して間もなくのことであり、現政権に遠慮してのことであろう。
楊貴妃は、そもそもは玄宗皇帝の子息の一人の妃であった。
さすがに息子から妻を奪うのをはばかり、いったん道士となった後で玄宗の後宮に迎え入れられている。
太真は楊貴妃の道士時代の名。

【楊貴妃の美】

■ 「温泉水滑洗凝脂」「雪膚」

温泉の湯水がなめらかに凝脂を洗う、と表現されるように、むっちりとした白い肌の持ち主だった。 


(babatan9x.jpg)

■ 「雲鬢花顏」「花貌」「芙蓉如面柳如眉」

ふんわりとした髪の生え際、芙蓉の花のような顔だち、柳のようなほっそりとした眉、など顔のパーツも重要であったようだ。

■ 「侍兒扶起嬌無力」「金歩搖」

侍女に助け起こされてもぐったり、歩くに連れてかんざしがしゃらしゃらと揺れる、といった感じで、北宋ごろから流行しだした纏足(てんそく)という習慣にも見られるように、いかにもなよなよとした頼りなげな様子が女性らしいしぐさとして愛されたらしい。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

「漢詩」と言うのは、日本の若者の間では「浪花節」とか「浪曲」ぐらい人気が無くなっていると思うのですよね。卑弥子さんも『長恨歌』と言う名前は知っていても、内容までは良く知らない。。。そうでしょう?

デンマンさんは、大島先生の授業で聞いたお話を未だに感銘深く覚えていたのでござ~♪~ますか?

そうですよ。だから僕は中国に行ったら、ぜひとも古代中国の長安の都で楊貴妃に会いたいものだと思っていたのですよ。

それで、ついにその思いをかなえた訳なのでござ~♪~ますか?

そうなのですよ。ついに楊貴妃の像にお目にかかりましたよ。ちょうど小百合さんが中学生の頃『エマニエル夫人』を見て、その時の感動が忘れられずに、パリではなく、バンコクに行ったようなものですよ。


(sylvia16.jpg)


(thai001.jpg)

つまり、デンマンさんにとっては、エマニエル夫人よりも『長恨歌』の中の楊貴妃に、すっご~♪~く惹かれたのでござ~♪~ますか?

そうなのですよ。卑弥子さんだって知らずに、この『長恨歌』の影響を受けているのですよう。

あたくしがですか? この『長恨歌』の影響を知らずに受けているとデンマンさんはおっしゃるのでござ~♪~ますか?

そうですよ。

どのようにでござ~♪~ますか。。。?

卑弥子さんも「比翼連理(ひよくれんり)」と言う四字熟語を聞いたことがあるでしょう?

ええ。。。一応知っておりますわ。

この四字熟語は『長恨歌』から生まれたのですよ。僕も記事の中で何度か紹介しましたよ。

『比翼連理(ひよくれんり)』


(chicks2.gif)

男女の相思相愛の仲をいう。
思い寄せる二人のきずなが永遠であること。

中国の西の果てに想像上の鳥が居ると伝えられています。
その鳥はオスとメスがそれぞれ一足、一翼、一目で常に雌雄一体で翼を比(なら)べて飛んでいる。
これが比翼の鳥です。

連理とは、根元は別々の二本の木がくっついて幹や枝が重なり、木目(理)が連なったものを、そう呼びます。
そのような枝のことを“連理の枝”と言います。
だから「比翼連理(ひよくれんり)」と言えば、いつでもくっついて離れられない男女(夫婦や恋人や愛人同士)の仲睦まじいさまを言います。

白楽天の「長恨歌」では、死んだ楊貴妃の魂は、天にあっていかにも寂しげに、梨花一枝(りかいっし)春雨を帯びる風情だった、と詠まれています。
玄宗との仲睦まじかった日々をしのんで楊貴妃は次のように語ります。


七月七日長生殿
夜半人無く私語せし時
天に在りては願わくば
比翼の鳥と作(な)り
地に在りては願わくは
連理の枝と為らん

もっと分かり易く言い直すと次のようになります。

七夕の夜、二人きり。
陛下はわたしにささやかれた。
天にあっては比翼の鳥、
地にあっては連理の枝。
二人はいつでもいっしょだよと。
その誓いも今は空しく、
私は天にあり、陛下は地にとどまって、別れ別れです。


『不変の愛 (2007年5月5日)』より

こうして、なんとなく『長恨歌』の一節を僕は記事の中に盛り込んでいたのですよ。

デンマンさんは、とりわけ『長恨歌』に思い出があるからでござ~♪~ますわ。その辺で遊んでいるミーちゃんハーちゃんは知らないと思いますわア~


『あっちかち (2008年3月25日)』より

デンマンさんも長恨歌に魅せられているのでござ~♪~ますわね?

その通りですよう。『随筆・宮本武蔵』を読んでいて思いもよらず『長恨歌』が出てきたので僕は偶然とはいえ、ハッとしたのですよう。

何にハッとしたのでござ~♪~ますか?

あのねぇ~、僕は武蔵もちょうど僕と同じように当時の温泉、つまり、湯治場で美しい女性と巡り合わせたのではないだろうか?

そのような事が本のどこかに書いてあったのでござ~♪~ますか?

全く書いてないのですよう。うしししし。。。

それなのにどうして武蔵が美しい女性と湯治場で一緒に巡り合わせたと思うのでござ~♪~ますか?

武蔵は、いわば自戒書とも言える『独行道(どつこうどう)』の中で次のように書いている。

「恋慕の思いに、寄る心なし」

つまり、女性を恋しく思うようなことがあってはいけない。それは剣の道に外れることだ、と言う事ですよう。。。だから、それほど恋しくなるような女性が居たのですよう。そうでなければ、自戒の書に上の句を書かなかったでしょう。

それで、湯治場で一緒になったその女性と武蔵はどのようなことがあったとデンマンさんは、ご想像なさるのでござ~♪~ますか?

湯治場の温泉に浸(つ)かりながら次のような会話が交わされたと思うのですよう。

もしや、あなた様は宮本武蔵殿ではござりませぬか?


(musash3.jpg)

いかにも。。。どうして拙者のことをご存知で。。。?

宿の主人があなた様のことをうわさしておりました。

そうでござるか。。。

この湯治場で、ご一緒に湯に浸かるというのも何かのご縁。。。不躾(ぶしつけ)とは存じますが、もしよろしければ、わたくしのお部屋で共寝をお願いできないでしょうか?

共寝と申しますと。。。?

いえ。。。一つのお布団にご一緒にと言うつもりではございません。伴の者が身内に不幸がありましたものですから実家に帰しました。わたくし一人が残されたと言うわけでございます。女一人では何かと心細くて。。、たまたまこうしてあなた様のような剣客のお方にめぐり合わせ、こうして不躾なお願いをいたしているわけでございます。

分かり申した。拙者のような者でもあなた様のお役に立つのであれば、異存はござらぬ。

申し遅れました。わたくしは橘卑弥子と申します。紀州藩に仕える御用商人・橘屋小次郎の家内でございます。

武蔵は、なんだかデンマンさんがチョンマゲを結ったようで、にやけてますわねぇ~

そうですか?うしししし。。。やっぱり、きれいなご婦人と一緒だと武蔵もにやけるのですよう。

。。。んで、その後どうしたのでござ~♪~ますか?

湯治だから少なくとも1ヶ月ぐらい湯治場で一緒に過すことになる。

袖触れ合うも他生の縁

武蔵だって男ですよう。きれいな女性と一つ部屋で暮らせば“他生の縁”を感じて情が移るというものですよう。

それで。。。?

卑弥子さんと同姓同名のご内儀も、心の優しい女性だから武蔵と打ち解けてゆくわけですよう。しかも、武蔵は僕と同じように寝る時には決まって“ついたて”を立てる。

武蔵もデンマンさんのように、二つのお布団の間に“ついたて”を立てたとおっしゃるのですか?

そうですよう。当然ですよう。遊びで湯治しているわけじゃない。武者修行の一つとして精神を湯治しているのですよう。

それで。。。?

時にはご内儀は武蔵の背中を流してやることもあった。武蔵も、その夫人の美しさに楊貴妃を見る思いがした。

それで武蔵は『長恨歌』にハマッていたのでござ~♪~ますか?

当然ですよう。だから、美しいご内儀と過した日々が武蔵にとって素晴らしい思い出になったのですよう。忘れようとしても忘れることができないほどの思い出になった。だからこそ『独行道』に戒めの言葉として次のように書いたのですよう。

「恋慕の思いに、寄る心なし」

そうでしょうか?

僕も高校の漢文の時間に大島先生の『長恨歌』を聞いて魅せられたのですよう。そして、いつか玄宗皇帝のように華清池の温泉で楊貴妃に巡り合いたいと思ったものですよう。そして、ついに箱根で僕はその思いを遂げたのですよう。

あのォ~。。。あのォ~。。。箱根でってぇ。。。その楊貴妃のような女性ってぇ。。。あたくしのことでござ~♪~ましょうか?

もちろんですよう。僕は箱根で卑弥子さん以外の女性と温泉に浸かったことはないのですよう。うしししし。。。

マジですの?

僕は大真面目ですよう。

それで、武蔵とそのご夫人はどうなったのでござ~♪~ますか?

そろそろ別れが近づいたある晩、ご内儀(ないぎ)は、初夜を迎える若妻のように三つ指ついて武蔵にお辞儀をする。そして次のように言ったのですよう。

「武蔵殿、お蔭様で安心して湯治をすることができました。

何かのご縁とは申せ、わたくしの身勝手なお願いを

聞き届けてくださり、本当にありがとうございました。

お礼と申し上げても他に何もできないわたくしですが、

今夜はあなた様の伽(とぎ)をさせて

いただきたく存知(ぞんじ)ます」

「いや。。。、それはなりませぬ。

拙者、武者修行の身でござれば、

ご内儀のお心だけを

ありがたく頂戴(ちょうだい)仕(つかまつ)ります」

分かりますか卑弥子さん。。。?

でも、これってデンマンさんの作り話でしょう?

あのねぇ~、武蔵は、ことのほか『長恨歌』にハマッていたのですよう。だから、玄宗皇帝と楊貴妃のような疑似体験を武蔵がご内儀と持ったということは、彼の剣の道に、ある閃(ひらめ)きを与えたに違いない。僕も卑弥子さんと同様な体験を持った時、同様の閃きを感じたものですよう。

でも。。。、でも。。。、玄宗皇帝と楊貴妃は愛し合って濡れ濡れになったのでござ~♪~ますわ。

だから。。。そこですよう。『長恨歌』は、煩悩に始まって煩悩につきる人間慾と無常を詠(えい)じ尽くして余りがない。

玄宗との仲睦まじかった日々をしのんで

楊貴妃は次のように語ります。

「陛下はわたしにささやかれた。

天にあっては比翼の鳥、

地にあっては連理の枝。

二人はいつでもいっしょだよと。

その誓いも今は空しく、

私は天にあり、陛下は地にとどまって、

別れ別れです」

この不幸の原因は何だったのか?

何でしたの?

煩悩に始まって煩悩につきる人間の愛欲。玄宗皇帝と楊貴妃はその愛欲に溺れてしまった。楊貴妃をよく思わない兵は動かず、とうとう王は兵をなだめるために楊貴妃殺害を許可しなければならなかった。そして結局、楊貴妃は殺されてしまった。楊貴妃の人生の破滅ですよう。

可哀想に。。。

どうして僕と武蔵は“ついたて”を立てたと思いますか?

なぜでござ~♪~ますか?

武蔵は、長恨歌を愛誦(あいしょう)し、白楽天のあの艶麗(えんれい)にして悠遠(ゆうえん)な構想と宇宙観の示唆に富んだ一章一章をふかく玩味(がんみ)した。そして、その中の二行の辞句のわきに次のように書いた。

「これ兵法の始めにして終りなり」

吉川英治は次のように書いていますよう。

殺戮(さつりく)の剣から愛の剣へ


(musash2.jpg)

武蔵が、天正十二年の頃に生まれたということがそもそも、すでに彼の素質に不遇を約束されていたような気もするのである。
なぜならば、時流の大勢はもう行くべき方向を決していたからである。
槍一すじで一城一国を勝ち取る時代は、秀吉の出現と、その幕下の風雲児たちを最後として、小牧、関が原以後においては、もうそういう野の逸駿(いつしゅん)は余り求められなくなっていたし、また躍り出る機会もすでになくなっていた。

だが眼(ま)のあたりに、秀吉やらそれをめぐる無数の風雲児の成功を見ていた時代の青少年たちは、多分に自分も英雄たらんとする熱意と夢に囚(とら)われていたろうと思われる。
そしてもう武力よりは文化的知性を、破壊よりは建設を—より多く求めつつ推移していた時代の推移を誤認して、いつまでも室町期以後の戦乱と機会ばかりをうかがって、ついに過(あやま)った者が、どれ程あったことかと想像されるのである。

それは寛永や慶安の頃になってもまだ、夢から覚めない無数の浪人があったほどだから、大阪陣、関ヶ原役前の時人に、時流が見えなかったことは、むりもないのだった。
武蔵なども、その弱冠の多血多恨な年頃には、やかり時流の誤認者の一人だったかもしれないのである。
そして時には時代に逆行し、時代に抛(ほう)り捨てられ、苦悶や滅失の底をずいぶんと、彷徨(さまよ)ったことだろうとも考えられる。

しかし、それにも訓(おし)えられて、彼の奉じる「剣」は乱世の凶器から、平和を守る愛の剣へと変わって行った。
権力と武力ばかりをかざす器具に
人間本能を自戒する大切な「道」をもたせた
破壊や殺戮(さつりく)の剣から、修身の道と心的な道味を酌(く)んで行った。


37-38ページ 『随筆・宮本武蔵』
著者・吉川英治
発行所・株式会社講談社
2002年3月25日 第1刷発行

つまり、武蔵の「愛の剣」とは、人間本能を自戒する大切な「道」をもたせたのですよう。破壊よりは建設を!。。。ですよう。

まだ分かりませんわ。

あのねぇ~、あの晩、僕が“ついたて”を立てなかったら、卑弥子さんは次のようになっていたのですよう。


(preg12.jpg)

武蔵だって、同じような状況に置かれたのですよう。ご内儀の申し出に鼻の下を伸ばして褥(しとね)を共にしたならば、卑弥子さんと同じように腹が膨らんでしまったかもしれないのですよう。そうなったら、ご内儀は離縁されて人生の破滅になるかもしれない。

それは、飛躍したお話ではござ~♪~ませんか?

いや。。。決して飛躍しているわけではありません。風紀が乱れることを極力嫌っている京都の女子大学の教授会は、未婚の母である橘卑弥子・准教授を解雇処分にするのですよう。これは卑弥子さんの人生の破壊ですよう。

つまり、殺戮の剣であってはいけない。破壊の剣であってはいけない。あくまでも愛の剣でなければならない。デンマンさんも、そのように悟ったのでござ~♪~ますか?

そうですよう。その通りですよう。うししししし。。。

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。
でも、必ずそのようになるとは決まっていないのでござ~♪~ますわ。
確かに、最悪の場合には解雇処分ですわ。
あたくしも無職にだけは、なりたくないのでござ~♪~ますゥ。

とにかく、興味深い話題が続きますわ。
あなたも、どうか、また読みに戻って来てくださいね。
じゃあ、またねぇ。。。


(hand.gif)


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

確かに、卑弥子さんの言うとおりです。

必ずしも妊娠することはないのですけれど。。。

うふふふふ。。。

ところで妊娠って英語でなんと言うか

知ってますよね?

Pregnancy です。

形容詞は次のようになります。

pregnant

では、「あなた、妊娠しているの?」

これを英語で何と言うのでしょうか?

Are you pregnant?

もちろん、英語のテストでならば

これで正解です。

でも、実際には余り使われません。

避妊だとか堕胎を罪悪視している

欧米では「妊娠」という言葉は

強烈な響きを持っています。

だから、できるならば、その言葉を

使いたくありません。

それで次のように当たり障りのない言葉で

言い換えます。

Are you expecting?

これだとずっと軽く聞こえますよね?

日本語では、これに相当する言葉は

無いようですよね?

ところで、英語の面白いお話を集めました。

時間があったら覗いてみてくださいね。

■ 『あなたのための愉快で面白い英語』


(himiko90.gif)

卑弥子さんには、ちょっと信じがたいような

恋物語がありますわ。

関心があったらぜひ次のリンクをクリックして

じっくりと読んでみてくださいね。

■ 『平助さんが卑弥子さんに恋をしたのがウンのつき』
  (2005年5月3日)

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


(bikini68b.jpg)


(byebye.gif)

コメント / トラックバック7件 to “武蔵と卑弥子さん”

  1. 武蔵と出会い馬鹿 « Denman Blog Says:

    […] ■『武蔵と卑弥子さん(2009年6月20日)』 […]

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    […] 『武蔵と卑弥子さん』より (2009年6月20日) […]

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