『切腹』を観て…


 
2010年11月23日 (火曜日)
 
 
『切腹』を観て…
 
 
天下太平の切腹
 
 

 
 

Subj:小百合さん、おはよう!

帰省中の楽しい思い出をありがとう!

きゃはははは…

From: denman@coolmail.jp
To: sayuri@hotmail.com
Cc: barclay1720@aol.com
Date: 20/11/2010 3:38:33 PM
Pacific Standard Time
日本時間:11月21日(日)午前8時38分

 

バンクーバー行き Air Canada 004便の機内では一睡もしないで映画ばかり観ていました。
前座席の後頭部がビデオディスプレーになっていて、しかもタッチスクリーンで以前のようにリモコン操作じゃないんだよね。
便利になりました。
さらにVHSビデオじゃなくてDVDになっているから映画の数も比べ物にならないくらい多くて、好きなタイトルを選べるようになっている。
10年前に比べると全くビックリするほど便利になったと思いますよ。

。。。と、ここまで書いてきたらパソコンがプッツンと切れてしまったのですよう。
理由不明のハードのエラーでダウンですよう! んもお~~!
10月29日でした。

ローカルディスクにメール下書き用のファイルが入っているのです。
そのファイルに書いた下書きを見直してからメールシステムの投稿画面にコピペします。
そうやって、小百合さんにメールを出していたのですよう。
でも、僕のパソコンが使えなくなったために、バンクーバー市立図書館のパソコンでメールを書くようになった。
だからローカルディスクに保存してあるメール下書き用のファイルが使えなかった。

現在、僕のパソコンはうまく動いているのですよ。
11月15日からパソコンをずっとつけっぱなしです。
パソコンを付けっぱなしにしておくなんて、もう1年ぶりかもしれない。
再起動すると動かなくなってしまうかもしれないので付けっぱなしにしておくのです。
きゃはははは。。。

そう言う訳で久しぶりにメール下書き用のファイルを開きました。
書きかけになっているのに気づいて、こうして続きを書いているのです。

夕べは零下2度まで気温が下がりました。
午前1時にベッドに潜り込んだ時には小雨が降っていたのだけれど、
夜の間に雪に変わったようです。
今朝起きると、窓から見える高校の屋根とサッカー場に雪が積もっていた。
1センチか2センチ程度です。
初雪です。
でも、マンションの目の前の通りは、すでに解けてしまって雪は跡形もないですよ。

早いもので日本からバンクーバーへ戻ってから、今日で25日目です。
マンションの目の前の、カラスの巣がある街路樹は、もうすべての葉っぱが落ちてしまいました。空っぽのカラスの巣が寒々とした冬の空気を感じさせます。

ところで、Air Canada 004便の機内で観た『必死剣鳥刺し』のことで記事を書きました。

『ローズティーと必死剣鳥刺し』

(2010年11月21日)

タグ: スケープゴート, チャンバラ, ロッキード事件, ローズティーと必死剣鳥刺し, 現代に通じる時代劇, 疑獄事件, 鳥モチ, 剣戟, 封建社会の恥部, 封建制の問題点

カテゴリー: グルメ・料理・食材, コミュニケーション・人間関係論, デンマンさんが登場, 秘話・裏話, 芸能界・芸能人・エンタメ, 黒い霧・政治の乱れ・行政の腐敗, 卑弥子さんが登場, 小百合さんのメール, 小百合物語, 日本映画, 日本人・日本文化・生活様式, 人生論・人生哲学

里尾(りお)さんは三佐ェ門さんに心から尽くしている。
その思いは映画を観る人の心にヒシヒシと伝わってくるのですよう。
味噌汁や、お澄ましや、うどんやそばの味が亡妻の睦江(むつえ)さんの味に似てくる。
三佐ェ門さんも、知ってか知らずか?その味を味わいながらいただいている。
お互いに複雑な気持ちを味わいながらも二人の思いは暖かく溶け合うのです。

もちろん、思い出を食べる軽井沢タリアセン夫人と里尾(りお)さんのイメージが僕のオツムの中で重なったのですよう。
僕は三佐ェ門さんになったような気分でした。
きゃははははは。。。

熱い味噌汁が飲めない小百合さん。
小百合さんが作った味噌汁は飲めなかったけれど、
僕のバラの一輪挿しが小百合さんのローズティーに変わったり、
長崎ちゃんぽんに僕がかけた「柚子こしょうドレッシング」が、チュープ入りの「柚子こしょう」に化けて僕の旅行カバンの中に入っていたのでした。
うれしい!

思い出を食べる軽井沢タリアセン夫人との思い出は、どうしても食べ物の事が多くなる。
小百合さんが大長寺の白いテーブルの上で入れてくれたアイリッシュコーヒーで思い出したけれど。。。
マクドのコーヒーのことです。
10月4日の月曜日、行田エコス店内のマクドナルドでプレミアムローストコーヒーを注文したのでした。
一杯120円。

「お代(か)わりできますよね?」 僕が店員さんに尋ねました。
「デンマンさん!。。。マクドではお代わりできないのよ!んも~~」 そう小百合さんが言いました。
「あのォ~。。。できますよ」 店員さんが仕方なさそうに、そう答えたものでした。
きゃはははは。。。

やっぱり、思った事は言った方が得ですよね!?

小百合さんは白けたような、呆れたような顔をしていたけれど、僕と一緒にお代わりをもらいに行きましたよね。
きゃははははは。。。

今度マクドにコーヒーを飲みに行ったら、小百合さんも5杯ぐらいお代わりしてよね。
じゃあ、バ~~イ!

デンマンさん。。。なんだか悲惨なタイトルを掲(かか)げましたけれど、上のメールとは全く関係ないように見えますわ。 どうして無関係なタイトルを選んだのでござ~♪~ますか?

あのねぇ~、確かにメールの内容からは切腹を感じさせるような箇所はどこにもない。

だから、どう言う訳で切腹を取り上げたのですか?

実は、Air Canada 004便の機内で『必死剣鳥刺し』を観たのだけれど、見終わった時に同じような内容の映画を前にも観たような気がした。

いつ頃のことでござ~♪~ますか?

かれこれ20年ほど前になるでしょうか?。。。僕がまだトロントにいる頃でしたよ。。。当時、「日本映画を観る夕べ」のようなイベントがトロント大学で行われたのですよ。

その時に上映された映画ですか?

そうなのですよう。 仲代達矢さんが主演の映画だった。 監督は小林正樹さん。 タイトルはうっかり忘れてしまったのだけれど、確かに切腹を扱った映画だった。

。。。んで、タイトルを書こうとして検索してみたのでござ~♪~ますか?

そうなのですよう。。。そしたら、タイトルは『切腹』でした。。。僕は英語の字幕つきで見たものだから、Harakiri の方が印象的に強烈に思い出されてきた。

。。。んで、どのような内容の映画なのでござ~♪~ますか?

ウィキペディアで調べました。 卑弥子さんの手間を省くために、ここに書き出しますよう。 ちょっと読んでみてください。

 
切腹
 

 
社会派映画の巨匠、小林正樹が監督した初の時代劇映画である。
武家社会の虚飾と武士道の残酷性などの要素をふんだんに取り入れた、かつて日本人が尊重していたサムライ精神へのアンチテーゼがこめられた作品である。

数々の賞を受賞しており、1963年にカンヌ国際映画祭で審査員特別賞、第13回毎日映画コンクールでは日本映画大賞・音楽賞・美術賞・録音賞を受賞した。
また、ブルーリボン賞においては脚本担当の橋本が脚本賞、主演を演じた仲代が主演男優賞を受賞した。
さらに『キネマ旬報』においてはその年のベスト3に入賞するなど、作品、製作者、出演者ともに高い評価を受けた。

あらすじ

寛永7年5月13日。一人の食い詰めた老浪人が井伊家の屋敷を訪ねた。
浪人の名は、津雲半四郎。
半四郎は井伊家の家老である斎藤勘解由に、仕官先もままならず、生活も苦しくなったので屋敷の庭先を借りて切腹したいという申し出であった。
これは、当時食い詰めた浪人のたかりであった。
勘解由は、先日も同じような事を申し出て若い浪人が訪ねてきて屋敷の庭先で切腹したのを思い出した。

さっそく切腹の準備にとりかかるが、切腹する直前、半四郎は介錯人として沢潟、矢崎、川辺の3名を指名する。
しかし、指名された3人は奇怪なことに全員病欠であった。
それを聞いた半四郎の口から語られたのは、恐るべき衝撃的な真実であった。
それは、いかに武家の社会やそれを重んじる精神が暴虐極まりない上辺だけを取り繕った、見せかけのものにすぎないか、というものだった…。

キャスト

仲代達矢(津雲半四郎)
石浜朗(千々岩求女)
岩下志麻(美保)
丹波哲郎(沢潟彦九郎)
三島雅夫(稲葉丹後)
中谷一郎(矢崎隼人)
佐藤慶(福島正勝)
稲葉義男(千々岩陣内)
井川比佐志(井伊家使番A)
武内亨(井伊家使番B)
青木義朗(川辺右馬介)
松村達雄(清兵衛)
小林昭二(井伊家使番C)
林孝一(代診)
五味勝雄(槍大将)
安住譲(新免一郎)
富田仲次郎(人足組頭)
天津七三郎(小姓)
三國連太郎(斎藤勘解由)

出典:
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

でも、どうして、この映画の事が思い出されてきたのでござ~♪~ますか?

あのねぇ~。。。『必死剣鳥刺し』について僕は卑弥子さんと語り合ってきたのですよう。。。だから、僕がどうして『切腹』を思い出したのか分かるでしょう?

いいえ。。。デンマンさんは『切腹』をご覧になったから内容がちゃんと分かっているでしょうけれど、あたくしは上の説明を読んだだけですわ。 デンマンさんのオツムの中のことまでは分かりませんわよう。

だったらねぇ、『必死剣鳥刺し』の説明をもう一度読んでくださいよう。

 
『必死剣鳥刺し』

死ぬことさえ、許されない。

ならば、運命を斬り開くまで。

あの日、あの時、何かが狂い始めた──。
仁義と愛慕。
武士道と政道。
組織と個人、そして男と女。
生きるほどに生じる運命の不条理を、江戸の世を舞台に静謐な筆で描き切る藤沢周平“隠し剣”シリーズ。
中でも現代に通じる傑作と名高い「必死剣鳥刺し」が、名匠・平山秀幸の手により、人間普遍の物語として甦る。
剣豪ゆえに陥る宿命に対し、最後は己を爆発させる主人公の姿は「人生のままならなさ」、「人はいかに命を全うするか」という永遠の問いを観る者の胸に刻みこむ
そして文字通り激烈なクライマックスは、邦画史における新たな神話となるであろう。
悲運の剣の達人・兼見三左エ門に今スクリーンで最も輝く男、豊川悦司。三左エ門の姪でありながら、密かに想いを寄せるヒロイン・里尾に池脇千鶴。
情緒纏綿たる世界がここに見事に誕生した。

【あらすじ】

時は江戸。
東北は海坂藩の近習頭取・兼見三佐ェ門(豊川悦司)には、消そうにも消せない過去があった。
物頭をつとめていた三年前、藩主・右京太夫(村上淳)の愛妾・連子(関めぐみ)を城中で刺し殺したのだった。
最愛の妻・睦江(戸田菜穂)を病で喪った三左ェ門にとって、失政の元凶である連子刺殺は死に場所を求めた武士の意地でもあった。

しかし、意外にも寛大な処分が下され、一年の閉門後、再び藩主の傍に仕えることになる。
腑に落ちない想いを抱きつつも、身の周りの世話をする亡妻の姪・里尾(池脇千鶴)との日々の中で三左ェ門は再び生きる力を取り戻してゆく。
そんなある日、中老・津田民部(岸部一徳)から思わぬ話を持ちかけられる三左ェ門。
それは、彼を天心独名流の剣豪だと知っての相談であり、「鳥刺し」という必勝の技(わざ)を「お上のために役立てろ」という秘命でもあった。
その者の名は直心流の達人であり、藩主家と対立しているご別家の帯屋隼人正(吉川晃司)だった。
そして待ち受ける隼人正との決着の日。三左ェ門は、想像を絶する過酷な運命に翻弄されていく。


SOURCE:
http://cinema-magazine.com/f/2075/i

デンマン注: 写真はデンマンが貼り付けました。赤字は強調のためにデンマンが施(ほどこ)しました。

僕が赤字で強調した部分が、まさに映画『切腹』と共通するところなのですよう。

つまり、生きるほどに生じる運命の不条理を、江戸の世を舞台に描いているのでござ~♪~ますか?

そうですよう。

。。。んで、現代に通じる人間普遍の物語なのですか?

その通りですよう。

ただそれだけでござ~♪~ますか?

卑弥子さんは、なんだかつまらなそうに言いますねぇ~。。。

だってぇ、それだけでは、あたくしの胸に訴えてくるものがござ~♪~ませんわ。

分かりました。。。だったら、卑弥子さんの胸にぐっとこみ上げてくるものがあるように、ちょっぴり詳しく話しますよう。

では、あたくしの胸に熱いものがこみ上げてくるようにお話しくださいませぇ。

あのねぇ、『切腹』という映画では、何よりも不条理に観る者が憤(いきどお)りを感じるのですよ。

その不条理とは、どのようなものでござ~♪~ますか?。。。?

寛永7年というのは西暦では1630年なんですよう。 天下分け目の関が原の戦いが1600年。 つまり、寛永7年は戦後30年目です。 このときの将軍は3代目の徳川家光でした。 関が原の合戦を太平洋戦争とすれば、戦後30年は昭和50(1975)年ですよう。 戦争は、もう遠い昔という風潮で、日本は当時、経済大国を目指してまっしぐらだった。

つまり、寛永7年の江戸は平和そのものだったとデンマンさんはおっしゃるのですか?

その通りですよ。 1975年の日本を思い浮かべてください。 この年にベトナム戦争が終わった。 日本では8月2日に 『男はつらいよ・寅次郎相合い傘』が封切られた。

僕も見ましたよう。 函館で寅さんが、浅丘ルリ子さんが演じる旅回りのキャバレー歌手リリーと再会するのですよ。でも、小樽でケンカ別れ。 話の筋はいつもの調子で、最後は、リリーさんとの仲はまとまらず、寅さんはまた旅にでるのですよう。

要するに、寛永7年も、そのような太平な時代だったとデンマンさんはおっしゃるのでござ~♪~ますか?

そうですよう。 もう街中でチャンバラする人なんて、めったに居なかった。 でもねぇ、仲代達矢さんが扮する主人公の津雲半四郎は浪人ですよう。 つまり、仕事にあぶれた無職です。 関が原の合戦で敗れた藩の武士は浪人にならなければならなかったわけで、津雲半四郎も、そのような浪人の一人だった。

仕事に就けばよいではござ~♪~ませんか!?

あのねぇ~、当時の江戸幕府は日本全国に鎖国令を布(し)いていたから、仕事を増やして製品を作って海外に輸出するというわけには行かなかった。1975年当時の日本のように経済大国を目指す事は不可能だった。 しかも、武士だから表向き町人のような仕事をするわけにもゆかない。
 
要するに、浪人者は現在のホームレスのような存在だったのでござ~♪~ますか?

早い話が、そのような境遇だったのですよ。 でもねぇ、津雲半四郎は借家に娘夫婦と孫と4人で暮らしていた。娘・美保の婿が千々岩求女(ちぢいわ・もとめ)という若者です。主君に殉死した半四郎の親友の忘れ形見だった。

つまり、美保さんと求女(もとめ)さんは幼馴染(おさななじみ)だったのでござ~♪~ますわね?

そうなのですよう。 こうして幸せな時期もあったのですよう。 岩下志麻さんが美保に扮しているのです。

デンマンさんは岩下志麻さんのファンなのですか?

いや。。。熱烈なファンではないけれど、なかなか見応えのある演技をする人だと思いつつ感心して見ていましたよう。

それで、美保さんと求女(もとめ)さんは苦労するのでござ~♪~ますか?

求女(もとめ)さんは寺子屋の先生をしながら、半四郎さんは美保さんと一緒に傘張りの内職をしながら生活費を稼いでいたのだけれど、充分とは言えなかった。 そんな時に、美保さんは肺結核にかかってしまう。孫も高熱を出して寝込んでしまった。 箪笥(タンス)貯金も、すぐに底をついてしまう。 もう薬を買うお金もなくなってしまった。

それで、どうしたのでござ~♪~ますか?

あのねぇ~、当時、浪人して喰い詰めていた侍が結構居たようです。 それで、もう生きるのが嫌になってしまった。 思い余って「この藩に仕官できないのなら、切腹のためにお庭を拝借したい」と言って大名の上屋敷へ訪ねてゆくのですよう。

上屋敷の人たちは迷惑するでしょう?

そうですよう。。。だから、少しばかりのお金を浪人に包んで渡して引き取ってもらうのですよう。

要するに、窮迫した浪人者が切腹すると称して、なにがしかのお金を“たかり”に行くのでござ~♪~ますか?

そうなのですよう。 そういう事が浪人の間で流行したらしい。

それで、求女(もとめ)さんも思い余って「切腹のためにお庭を拝借したい」と言って大名の上屋敷へ訪ねて行ったのでござ~♪~ますか?

そうなのですよう。。。自分の刀まで売って薬代にしたほどだから、もう他に売るものがなくなってしまった。 それで思い余って求女(もとめ)さんも寛永七年の春、井伊家の上屋敷に訪ねて行った。

それで、お金をもらえたのですか?

ところが、井伊家の上屋敷では、そんな風にしてお金をたかりに来る浪人が多すぎて手を焼いていたのですよう。

それで。。。?

家老・斎藤勘解由(かげゆ)さんは、このような事が今後無いようにと、この際、見せしめにしてやろうと思い立ったのです。

あらっ。。。それでは求女(もとめ)さんは、マジで切腹しなければならないような状況に追い込まれてしまったのでござ~♪~ますか?

そうなのですよう。 あれよあれよと思っている内に切腹の場が求女(もとめ)さんの目の前にしつらえられた。 見せしめにしようと思っているくらいだから、家老・斎藤勘解由は、家臣のものがたくさん集まっている前で恥をかかせてやろうと思ったのでしょうね。

それで、求女(もとめ)さんは、どうなさったのでござ~♪~ますか?

事の成り行きから逃げ出す訳には行かなくなってしまった。

では。。。では。。。切腹するつもりになってしまったのでござ~♪~ますか?

だってぇ、仕方がないでしょう。。。もともと、求女(もとめ)さんは「切腹のためにお庭を拝借したい」と言ったのだから。。。

でも、それは。。。それは。。。薬代のお金をもらえると思ったのが事の始まりなのでしょう。。。

そうですよう。。。求女(もとめ)さんだって、家老がマジで切腹の用意をするとは思わなかったでしょうね。

それで。。。?

家老だってぇ、それを眺めている家臣だってぇ、そのような事は十分に分かっている。。。分かっていながら、見せしめのために、求女(もとめ)さんに腹を切らせようとしたのですよう。そうでもしなければ、これからもお金をせびりにやって来る浪人が後(あと)を絶たない。 だから、家老は言ったのですよう。 「お望みどおり、立派に腹を切ってくだされ」

。。。で、求女(もとめ)さんは家老の申し出に応じたのですか?

仕方ないでしょう。。。求女(もとめ)さんも武士です。 だから、事の成り行きで、覚悟を決めたのですよう。 ただ、「一両日待ってくれ」と最後の頼みを家老にぶつけた。 おそらく、何とかしてお金を集めて美保さんに渡して最後の別れをしたかったのでしょう。

家老は、何と言ったのでござ~♪~ますか?

「いや、ならぬ。我等とて、これ程までにしてこの場をしつらえたからには、今日中に切腹してもらわねば困る」 家老は頑として求女(もとめ)さんの最後の願いを拒絶したのです。

でも。。。、でも。。。求女(もとめ)さんの刀は竹光(たけみつ)でしょう?

そうですよう。 刀は売って薬代に変えてしまったから、腰に挿している刀は竹で作った飾りですよう。

そのようなものでは。。。あのォ~。。。切腹できないでしょう?

もちろんですよう。。。竹の刀で腹が切れるわけがない。

それなのに。。。、それなのに、分かっていながら家老は求女(もとめ)さんに腹を切れと。。。?

そうですよう。 とにかく誰かを見せしめにしないと、金をせびりに来る浪人が後を絶たない。 だから、何が何でも求女(もとめ)さんに腹を切らせようとしたのですよう。 お前はそれでも武士かア! 求女(もとめ)さんは、そのような罵声、嘲笑の中で竹光で腹を切らねばならなかった。

その様子を映画で見せたのでござ~♪~ますか?

少しだけ見せたけれど、もう、映画を観る人のオツムの中では、おもちゃのような竹の刀で自分の腹を切ることを考えて、もう見たくもないですよう。

。。。んで、求女(もとめ)さんは切腹する事ができたのでござ~♪~ますか?

竹の刀で腹が切れる訳がないのですよう。

でも、竹の刀を自分のお腹に突き刺したのでしょう?

そうです。。。悲惨なものですよう。。。もう痛くて痛くて、どんなに突き立てても、それだけで死ねるわけがない!

そうれで。。。それで。。。求女(もとめ)さんは、どうしたのでござ~♪~ますか?

もう、どうにも死に切れなくて、最後は舌をかみ切ったのですよう。。。あまりにも無惨な死にざまでした。

この上のお写真は、どのようなシーンなのでござ~♪~ますか?

あのねぇ、知り合いの者が求女(もとめ)さんの切腹を知らせにやってきたのですよう。 半四郎さんにとっても、妻の美保さんにとっても青天の霹靂(へきれき)ですよう。 “ん。。。切腹。。。?” 半四郎さんが、そう言うのが聞こえてくるようでしょう? 肺結核で、いわば寝たきりになっていた美保さんも、驚きのあまり起きだして来たところです。

。。。んで、半四郎さんは、どうなさったのでござ~♪~ますか?

寛永7年5月13日、半四郎さんは井伊家の上屋敷に訪て行ったのですよ。

苦情を言うためですか?

違いますよ。 「切腹のためにお庭を拝借したい」と言う用件を伝えたのです。

マジで。。。? 半四郎さんも切腹するつもりになってしまったのでござ~♪~ますか?

もちろん、言うべき事を言わねば死に切れないと思ったのでしょうね。

それで。。。?

苦々しい顔をして家老の斎藤勘解由が出てきたのですよう。 そして家老は次のように言ったのですよ。

「春先、同じ用件で来た千々岩求女なる者がおりました。
窮迫した浪人者が切腹すると称して、なにがしかの金品を得て帰る最近の流行を私は苦々しく思っていたのですよ。
それで、見せしめのつもりで切腹の場をしつらえてやりました。
すると求女は「一両日待ってくれ」と狼狽したばかりか、刀は竹光を差しているていたらくで。。。
死に切れずに舌をかみ切って無惨な最後をとげたのです。
貴殿は覚悟はできておりますか?」

それで、半四郎さんは何とお答えしたのでござ~♪~ますか?

静かに聞き終った半四郎さんは、語りだしました。 

「求女とは拙者の娘・美保の婿で、主君に殉死した親友の忘れ形見でした。
孫も生れささやかながら幸せな日が続いていた矢先、美保が胸を病み、孫が高熱を出したのでござる。
赤貧(せきひん)洗うが如(ごと)き浪人生活で薬を買う金もなく、思い余った求女が先ほどの行動となったのでござるよ。
そんな求女に、せめて待たねばならぬ理由ぐらい聞いてやるいたわりはなかったのか!?
武士の面目などとは表面だけを飾るもの……。ご家老も、そのようには思われぬのか?」

半四郎さんは、そのように厳しく詰め寄ったのですよう。

。。。んで、ご家老は何と。。。?

「井伊家の家中には浪人しても武士の魂である刀を売るような者はおらぬ。
貴殿の気持ちは分からぬではないが、私は井伊家の家風にしたがって対応したまでのこと。。。
では、さっそく、貴殿にも切腹していただこうか。。。」

あらっ。。。ご家老は半四郎さんにも切腹するようにと言い渡したのでござ~♪~ますか?

家老の斎藤勘解由は、とにかく、表面上は武士道に生き、武士道に死ぬような男だから、温かみは全くない、あくまでも冷酷に冷徹に半四郎さんに対峙する。 もちろん、半四郎さんにも覚悟ができている。

つまり、切腹する覚悟ができているのでござ~♪~ますか?

いや。。。死ぬ覚悟はできているけれど、切腹するつもりは毛頭ない。

。。。んで、半四郎さんどうなさったのでござ~♪~ますか?

次のように言ったのですよう。

「分かり申した。拙者も武士の端くれ、井伊家の家風に劣らぬように立派に切腹して見せましょう。。。
付きましては最後のお願いがございます。介錯人にはぜひ井伊家の剣の達人と伝え聞いている御三方に立ち会っていただきたい。 それは沢潟彦九郎、矢崎隼人、川辺右馬之介のご三人でございます」

分かりました、と言って家老の斎藤勘解由は三人を召しだそうとした。ところが、三人とも居ない。

どうしたのでござ~♪~ますか?

不審に思って家老が尋ねると、三人とも病気で欠席願いが出ており、自宅で療養しているという。

マジで。。。?

実は、上の三人は求女(もとめ)さんを嘲笑(あざわら)い切腹を強要した者たちだったのですよう。 そう言う事を半四郎さんは、あらかじめ聞き出しておいて、一人ずつと決闘をしていたのです。 剣客とはいえ、誰もが半四郎さんの敵ではなかった。 隼人、右馬之介はたった一太刀で負けてしまった。 神道無念一流の達人彦九郎だけは数合刀を合わせたものの、やはり半四郎さんの剣術には太刀打ちできなかった。 三人とも命を助けたものの、半四郎さんは三人のチョンマゲを切り落としてやった。

つまり、チョンマゲを切り落とされてしまったので三人は外に出られなくなってしまったのですわね。うふふふふふ。。。

そうなのですよう。 井伊家の武男の家風を誇って威丈高(いたけだか)の勘解由に、半四郎さんは、やおら懐中からチョンマゲを三つ取り出して見せたのです。 井伊家の家風など、見せ掛けだけ! 井伊家の剣客など、たかが知れたものだ! 高々とあざけり笑う半四郎さんに家老の勘解由も家臣達もキレた! 刀を抜いて皆が半四郎さんに殺倒した。

半四郎さんを殺そうとしたのでござ~♪~ますか?

そうなのですよう。 このチャンバラは見ものですよ。 荒れ狂う半四郎さんは井伊家先代の鎧兜を蹴倒し、立ち向かう家臣をバッタバッタと切り倒し、この分だと皆殺しにして半四郎さんは助かるかもしれないと僕は思ったほどですよ。

でも、やっぱり大勢の家臣のために殺されてしまうのですか?

そうなのですよう。 半四郎さんは「切腹」したという事にされ、自刃した彦九郎や斬殺された者は、いづれも病死という届出をして、井伊家の武勇は以前にもまして江戸中に響きわたったのですよう。 江戸城の老中からも賞讃の言葉があったそうです。

江戸時代だから、そのような事が通用したのですよね?

いや、現在でも、同じような事が行われていますよ。

まさかァ~。。。?

確かに、現在では切腹する人は極めて稀ですよう。 でもねぇ、自殺する人は1年に3万人以上。 すでに10年以上も連続して3万人以上ですよ。

マジで。。。?

信じされないのならば厚生労働省の統計を見てください。

『自殺死亡者の年次推移』
 
1日に約100人が自殺しているのですよう。 1時間に4人。 こうして卑弥子さんと対話した事を書いてきたけれど、これまで書いてきた間に 8人の人が日本のどこかで自殺しているのですよう。

まさかァ~。。。?

いや。。。まさかじゃなくて、上の統計に基づいた数字ですよう。

。。。んで、誰に責任があるとデンマンさんはおっしゃるのですか?

だから、家老の斎藤勘解由のような男が居るのですよう。

どこに。。。?

国会に。。。

まさかァ~。。。?

じゃあ、証拠を見せますよう。

2009年10月26日の鳩山首相の所信表明演説の中でも『水戸黄門』に出てくるような話をしていましたよね。
首相が8月に衆院選の応援演説で青森県を訪問した時、職に就けずに息子が自殺した老母から
毎年3万人以上の命が絶たれているのに政治には実感が乏しい
と訴えられたエピソードを鳩山さんは紹介していました。
鳩山さんは次のように言ったのでした。

おばあさんのその手の感触。
その目の中の悲しみ。
私には忘れることができないし、
断じて忘れてはならない。

(中略)

『最も大切なこと』をおろそかにし続けた政治と
行政への痛烈な批判。
その声に謙虚に耳を傾ける。

うん、うん、うん。。。
鳩山さんの所信表明演説は実に素晴らしかった。


 
 
“無血の平成維新”
 
 
鳩山さんは、そう言ったけれど、やっていることを見ると“無血の平成維新”から程遠い!

なぜ?

亀井人事を見ればすぐ分かる!
民主党は『官僚の天下り・渡り禁止』と常々言っていた。
それなのに元大蔵官僚の斉藤氏を日本郵政新社長に起用したのですよう。
確かに斎藤氏は官僚出身でも、民間で14年間働いていた事になっている。
しかし、今回の選挙で民主党が選ばれたのは、自民党の愚かな政治のやり方にうんざりしたから国民は民主党に期待した。
もともと亀井さんは新政府にお呼びではない人なのですよう。

どうして?

国民は民主党に期待を寄せたのです。
国民新党など“屁のツッパリにもならない”と国民は判断したのですよう。
要するに、日本国民は亀井さんの入閣などまったく期待もしていない。望んでもいないのですよう!
国民が主役の政治になってない!
亀井さんが入閣したことは日本の政治が国民の総意ではなく民主党のエゴに基づいて行われている事の証拠なんですよう。
つまり、民主党に“無血の平成維新”を決行する人が居ないことの証拠ですよう。


『鳩山首相の致命的な欠陥とは?』より
(2010年5月10日)

これが国会に、家老の斎藤勘解由のような男が居る、という証拠なのでござ~♪~ますか?

そうですよう。。。国会で当時の鳩山首相が所信表明をしたのですよう。 その時に鳩山さんは、悲観して自殺までしている若者が居ることをちゃんと知っていた。 “無血の平成維新”を決行して問題を解決したい、と言っておきながら、さっさと投げ出して首相を辞めてしまった。 欺瞞ですよう。 ちょうど、家老の斎藤勘解由が欺瞞を重ねて、半四郎さんが「切腹」したと偽り、自刃した彦九郎や斬殺された者を、いづれも病死だと偽って届出をして、井伊家の武勇が以前にもまして江戸中に響きわたるように画策し、江戸城の老中からも賞讃の言葉をもらった。 鳩山さんが首相を辞めたのも、家老の斎藤勘解由と似ていると思いませんか?

でも、自殺した若者には個人的な問題があったということではござ~♪~ませんか?

確かに、そういう可能性もあるでしょう。 ただ、僕は自殺した若者と面識がないし、ニュース記事でしか背景が分からないから断定できません。

だから政治と結びつけるのは飛躍のし過ぎではありませんか?

あのねぇ、自殺した青年が一人か二人ならば個人的な問題で片付けることができる。でもねぇ、先進国のうちで日本の自殺者は極めて多いのですよ。1年に3万人以上が自殺する。大雑把(おおざっぱ)に言うと1日に100人。一時間に4人が自殺している。 多すぎると思いませんか? これは、個人的な問題として片付けられない程多いのですよう。 次のような悲惨な例もある。

働き盛りの30代が餓死

派遣切りに合い、仕事がなくなって、生活保護も受けられず30代の男が一人さびしく餓死をした。

この男のことを2009年10月8日にNHKの「クローズアップ現代」が取り上げていましたよう。
「“助けて”と言えない~いま30代に何が」
見ていて本当に悲惨な事件だと思いましたね。
働き盛りの30代が餓死している現状。


『久下橋からの富士山』より
(2009年10月29日)

上の若者が自殺したことも鳩山前首相の責任だとデンマンさんはおっしゃるのでござ~♪~ますか?

もちろん、鳩山さん一人の責任だと言っているわけではありません。

まだ、他にも責任がある人が居るとデンマンさんはおっしゃるのでござ~♪~ますか?

そうですよう。。。政治家の意識が低下しているのですよう。

どのように低下しているのですか?

次の蓮舫議員の記事を読んでみてください。

蓮舫議員が国会議事堂内で130万円相当のアパレルを着て写真撮影をして日本版のファッション雑誌(Vogue)に載った。
蓮舫議員は政治運動の一環として採った行動だと言ういけれど、国会議員としての見識がないことを露骨に表明しているようなものですよう。
利己主義的な行為で蓮舫議員の本音が見えているようです。
心から反省しない限り、蓮舫議員もやがて小沢さんのような問題を起こすだろうね。

つまり、小沢さんも、蓮舫議員も、心のタガが緩んでいるんだよ。
ネットをサーフィンしていたら蓮舫議員に対して次のようなコメントにぶつかった。

仕分けの際の偉そうな上から目線の態度は何なんでしょう。
手柄を立てるために張り切りたいのはわかりますが、自分より年齢も経歴も仕事っぷりも真摯な相手に対して全くの敬意なき態度。
無駄の本質(国会と官僚システムそのもの)に目をつぶり生け贄事業と官僚個人攻撃のパフォーマンスでしかない。
建設的な議論なくばっさりやれば国民が喜ぶとでも思っているのか?
建設的な議論なく、目先の表面的かつ数字の帳尻合わせばかりが先行した事業仕分けでがっかり。
民主党全般にいえることですが、パフォーマンスはもう結構なので、構造改革に切り込んでください。

そうなんだよね。蓮舫議員は利己的なパフォーマンスを見せているだけなんだよね。
本当に国民のための政治をしているならば、130万円相当のアパレルを着て写真をとらせない。
これでは馬鹿の見本ですよう!
きゃはははは。。。


『あなたも日本を良くしたい』より
(2010年10月14日)

この件では蓮舫議員は国会の予算委員会での質問に「反省している」と答えていましたわ。 ここでデンマンさんが取り上げる必要はないと思いますわ。

あのねぇ、蓮舫議員は日本国民のために良い政治をするために選挙区の国民から選ばれて国会で働いているのですよ。その人がですよ、まるでファッションモデルのようにポーズをとって130万円以上もする服装に身を包んで写真を撮らせた。それが日本版Vogueに掲載された。

でも、それも政治活動の一つだと蓮舫議員は信じていたようでござ~♪~ますわ。

だから、そういう考え方が政治家として浅はかなのですよ。しかも国会で追求されて「反省しています」と謝っている。でもテレビで見る限り反省しているような表情でも態度でもない。見ている人には、ふてぶてしい印象を与える。まるで家老の斎藤勘解由を見るようでしたよう。 少なくとも僕は、テレビに映った蓮舫議員が本心から反省しているようには見えなかった。そのふてぶてしい態度から人間的にも悪い性格の女性だと思えましたよ。 こういう女性とは紹介されても付き合いたくないと思いましたね。

それはデンマンさんの独断と偏見だと思いますわ。

あのねぇ、九州で餓死した青年は働きたかった。でも働きたくても職がない。決して怠けていたわけじゃない。貯金が底をついて生活保護を受けようとしたけれど、担当者は生活費の給付を拒絶した。これでは死んでしまうと思い、彼は友人のお母さんに電話して「お弁当を作ってくれませんか?」と頼んだ。性格の悪い女性ならば「コンビ二で買いなさい」と言ったかもしれない。でも、そのお母さんは青年の性格を良く知っていた。そうまでして電話をかけて寄越したのだからと事情を察して多くを問わなかった。お弁当を作って指定の場所まで届けてあげた。でも、青年は友人のお母さんの好意に、それ以上甘えることができずに、結局、餓死することになった。。。卑弥子さんや僕は個人的にその青年に援助の手を差し伸べることはできなかった。

そォ~でしょうか?

だってぇ、そうでしょう。。。卑弥子さんは京都の大学で女子大生を相手に源氏物語の講義をしていた。僕はカナダのバンクーバーで一生懸命にブログを書いていた。 距離的に無理がある。。。では、いったい誰が青年に手を差し伸べるべきだったのか?

政治家でござ~♪~ますか?

当然でしょう!政治家というのは、そもそも30歳の青年が餓死しないような社会を生み出すことが使命ですよう。ところが蓮舫議員のような愚かな政治家が出現するようになった。国会議事堂の中で130万円もする服装に身を包んで写真を撮らせることが政治活動の一つだと言うような愚かな弁解をする。国会で追及されると「反省します」と口先だけで謝る。そのような非常識な国会議員がたくさん居るから、日本では30歳の真面目な青年が職がなくて餓死をする。カナダでは考えられない事ですよ。日本の政治も社会も、どこかが狂っている!。。。少なくとも日本の社会の“タガ”が緩んでいることだけは僕もふるさとの行田市に帰省中に実感しましたよ。

デンマンさんは日本での悪い実感だけを持ってバンクーバーに戻ったのでござ~♪~ますか?

いや。。。日本人の心のぬくもりも感じましたよ。

日本人の“心のぬくもり”でござ~♪~ますか?

そうですよ。30歳の青年の友達のお母さんは素晴らしいではありませんか!もし餓死した青年が蓮舫議員に電話して「お弁当を作ってくれませんか?」と頼んだら、まず拒絶されますよ。「あんた!国会議員を何だと思っているの!家政婦のおばさんじゃないのよ!」 蓮舫議員は、そういって怒鳴るでしょう! いや、その前に秘書が出てきて「コンビニで買いなさい」と言われるのがオチですよ!

つまり、デンマンさんは、九州に住む友人のお母さんの心のぬくもりに感心したのですか?

そうですよ。

それだけ。。。?

いや、小百合さんの心のぬくもりにも感激しましたよ。 大長寺の大仏の前の白いテーブルでIrish cream-flavored coffee beans をドリップ・コーヒーメーカーで入れてくれたのですからね。 しかも、栃木の田舎から行田市の大長寺までメーカーを持ってきてくれた。 それも一度だけじゃない。10月4日の月曜日と10月15日の金曜日、さらに10月22日の金曜日には、「さきたま古墳公園」の休息パビリオンまでコーヒーメーカーを持ってきてアイリッシュコーヒーを入れてくれた。 菊ちゃんとの思いで深い「生八ツ橋」まで買ってきてくれた。 僕は感激してしまいましたよ。

デンマンさん!。。。その事と蓮舫議員の件は全く関係が無いと思いますわ。

いや。。。関係ありますよ!たとえ蓮舫議員と親しくなっても、あの人はドリップ・コーヒーメーカーをわざわざ大長寺まで持ってきてコーヒーを入れるなんて「馬鹿バカしい!」とキレて絶対に入れてくれませんよ!

デンマンさん!個人攻撃はいけませんわ。

僕は個人攻撃をしていませんよう。 
 
 
“罪を憎んで人を憎まず!” 
 
 
昔の人は、このように言ったのですよう。 だから、蓮舫議員が心を入れ替えることを願っています。 130万円の衣装を身につけてファッション雑誌に載りたくなったら、そのお金でお弁当を作って餓死するような人に配って欲しいと思いますよう。

【卑弥子の独り言】

ですってぇ~。。。
でも、蓮舫議員は女ですものォ~、たまには130万円の衣装を身につけてファッション雑誌に載りたくなることだって、ありますわよう。
同性として蓮舫議員の気持ちは、良~く分かるのでござ~♪~ますう。
でも、そのお金でお弁当を作って餓死するような人に配ることも大切だと思いますわ。

とにかく、次回も面白いお話が続きますう。
だから、あなたもどうか、また明後日、読みに戻ってきてくださいましねぇ。
では、またぁ~。。。

 
メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

仕事がなくて自殺するとか…

仕事がなくて餓死するとか…

カナダではまず考えられません。

そうかと思うと、

仕事があって働きすぎて過労死するとか…

これもカナダではまず耳にしません。

わたしにとっては、もう文化の違い、

意識の違いとしか判断ができないほど

理解に苦しみます。

また、自殺する人が1年に3万人以上。

すでに10年以上も連続して

3万人以上の自殺者が出ているのに

日本政府がこれをほおって置くというのも

理解に苦しみます。

命は何よりも大切だと

わたしは個人的に信じています。

日本の政治家も、そう考えて欲しいと思っています。

ところで、英語の面白いお話をまとめました。

興味があったら、

次のリンクをクリックして

読んでくださいね。

■ 『あなたのための 楽しい英語』

■ 『心にジ~ンとくる動物感動物語』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。

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