小百合さんと『幸福』


 
2010年12月9日 (木曜日)
 
 
小百合さんと『幸福』
 
 
パリからさようなら 
 

 
 

Subj:小百合さん、おはよう!

シャンソン『枯葉』を聴いて、

『パリの空の下』を聴いて、

パリに行った気分に

なりましたか?

きゃはははは…

「シャンソン - 枯葉」

『パリの空の下』

From: denman@coolmail.jp
To: sayuri@hotmail.com
Cc: barclay1720@aol.com
Date: 06/12/2010 5:15:21 PM
Pacific Standard Time
日本時間:12月7日(火)午前10時15分

 

小百合さんとパリで楽しい毎日を過ごしましたが
パリにも、いよいよ、さよならする時がやってきましたよう。

イヴ・モンタンが歌う『枯葉』を聴きながら、パリの右岸を小百合さんとそぞろ歩きました。
きゃはははは。。。
それから、アンヴァリッド(廃兵院)の近くにあるレストラン「ル・プティ・ニソワ (Le Petit Niçois)」でブイヤベースを食べました。

ニンニクの入ったアイオリソースを自分の好みで味付けをし、カリカリのバゲットをスープに浸してじっくりと味わいました。
ペンチやらナイフなどさまざまな道具を使って、小百合さんは楽しそうにカニやエビと格闘してましたね。

「今度来るときには子供を連れてきますわ。きっと喜んで楽しみながら食べると思います」
小百合さんは子供思いなのだよね。
そんな事を言いながら、すごい勢いで平らげていましたよう。
いつもながら小百合さんの食欲に僕は脱帽したのです。

ところが、そろそろ食べ終わる頃になると、また旗を振っている添乗員の後からゾロゾロと団体さんが入ってきたのですよう。
んもお~~!
「デンマンさん!。。。また山梨県からの団体さんだわ!。。。どうして。。。?」

もちろん、僕だって分かりませんよう。
なぜ、山梨県の山奥からやってきた団体のおじさんとおばさんと顔を合わせなければならないのか?
夢とは言え、未だにその理由が分からない!

小百合さんにも分からないよね?

とにかく、レストランを出てからタクシーでブローニャの森へ行ったのでした。
広い公園ですよう。
まるでバンクーバーのスタンレーパークと変わらないほど自然がいっぱいです。

「デンマンさん。。。一体何をなさろうとするのですか?」
「これから西洋蚊帳を吊るのですよう」
「西洋蚊帳。。。?」 
「そうですよう」
「西洋蚊帳ってぇ、なんですの?」
「説明するよりも、僕がこれからその枝に紐を引っ掛けて蚊帳を吊るしますから見ていてくださいね」

そう言う訳で、僕はフランス映画「幸福(しあわせ)」の真似をして、枝っぷりの良い一本を見定めて、それに紐を結んで西洋蚊帳を吊るしたのでした。

「デンマンさん。。。気は確かですか?」
「僕はノー天気ではありませんよ! うへへへへへ。。。」
「でも、12月というのに。。。」
「小百合さん。。。何を言ってるのですか! 日本を出るときには確かに12月でした。 でも、ここパリでは7月ですよう」
「あらっ。。。いつの間に7月になってしまったのかしら。。。で、蚊帳を吊ったりして一体何を始めるのですか?」
「あのねぇ、昔の人は言ったでしょう!? “郷に入りては郷に従え!”と。。。」
「あらっ。。。デンマンさん。。。ズポンとシャツを脱いでしまって、いったい。。。いったい。。。?」
「小百合さん。。。いつまでも、ぼさっと突っ立ってないで、小百合さんもスカートとブラウスを脱いでおばさんパンツ姿になってくださいよ」
「デンマンさん!。。。気は確かですか!? 私は嫌ですわよう」
「どうして。。。?」
「だってぇ、また、旗を振っている添乗員さんの後からゾロゾロと山梨県の団体さんがやって来ますわよう。。。おばさんパンツ姿になって蚊帳の中でデンマンさんと昼寝しているところを見られたら、私は死んでも死に切れないですわよう」

「小百合さん。。。ここまで来て山梨県の団体さんの事を心配しないでくださいよう。。。せっかく日本から離れてパリに来ているのだから。。。日本のことは、すっかり忘れましょうね。。。だから、早くおばさんパンツ姿になってね」
「デンマンさん!。。。マジで気は確かですか?」
「何度も言うように、僕はノー天気ではないのですよう。んもお~~」
「私はゆうべグッスリと眠れましたので、ここでお昼寝などヤ~ですわア」
「小百合さん。。。せっかくパリにやって来たのですよ。。。しかもブローニュの森ですよう」
「だから。。。?」
「だから、フランス映画『幸福(しあわせ)』の中にあるシーンのように、小百合さんもおばさんパンツ姿になって、僕の隣に横たわってね」

「私はパリに、お昼寝に来たわけではないのですわ」
「小百合さん!。。。ここで、ガタガタ言っていると本当に山梨県の団体さんがやって来ますよう。んもお~~」
「私はお昼寝している時間があったらエッフェル塔に登りたいのですわ」
「やだなあああァ~。。。せっかくブローニュの森に居るのですよう。。。フランス映画「幸福(しあわせ)」の中にあるシーンのように昼寝しましょうね」
「ヤダ~~わ」

そう言う訳で、今日は馬鹿馬鹿しいメールになってしまいました。
でも、小百合さんは、今日も一日軽井沢タリアセン夫人になりきって楽しく愉快に過ごしてね。
じゃあねぇ。

デンマンさん。。。結局、私は「ヤダ~~わ」と言ってデンマンさんの求めを拒絶してしまったのですか? うふふふふ。。。

確かに、小百合さんはそう言ったのですよう。

やっぱり、山梨県の団体さんはブローニュの森にもやって来たのですか?

小百合さんが心配した通りでしたよう。 んもお~~。 やって来たのですよう!

とにかく奇妙な団体さんで、ブローニュの森でコスプレやって、はしゃいでいたのですよう。

それで、デンマンさんは結局、西洋蚊帳を吊る事を諦めてしまったのですか?

いや。。。僕は諦めませんでしたよう。 山梨県の団体さんが2時間ぐらいコスプレして遊んでから、着替えてエッフェル塔に向かって出発していったのですよう。 うへへへへへ。。。

。。。で、デンマンさんは諦めずに、またしつこく私を説得したのですか?

もちろんですよう。 せっかく、夢とロマンのブローニュの森にやって来たのですよう。 山梨県の団体さんだって、さんざコスプレして楽しんでいったのですよう。。。僕だけ、つまらなそうにしてトボトボとホテルに戻るなんて、考えただけでも馬鹿らしいですよ。 いったい何のためにブローニュの森にやって来たのか? 僕は、改めて考えさせられたのですよう。

それで。。。?

当然、僕は小百合さんにフランス映画「幸福(しあわせ)」のロマンチックな場面を語って聞かせたのですよう。

。。。で、私は、デンマンさんのお話を聞いてロマンチックな気分にでもなったのですか?

その通りですよう。 僕の熱意に小百合さんの心は動かされたのです。 「山形県の団体さんは、もうエッフェル塔に向かったようですし、野次馬のように覗きに来ることもないと思いますわ」 小百合さんは、そう言ったのですよう。

。。。で、私は、デンマンさんのおっしゃるように、おばさんパンツ姿になったのですか?

そうですよう。

ブローニュの森で小百合さんのおばさんパンツ姿を見て、僕はまるでカバネルの『ヴィーナスの誕生』を見たときのような感動に浸ったのですよう。

デンマンさんは過剰に反応しているのではありませんか?

いや。。。僕は、やっぱりパリにやって来て正解だと思ったのですよう。

それで、デンマンさんは西洋蚊帳を吊ったのですか?

そうですよう。 ついに小百合さんもロマンチックな気分に浸って、その蚊帳の中に入って満ち足りたようにニッコリと微笑んだのですよう。

僕は、もう感動しましたよう。

デンマンさんの願望が夢になっただけのことですわ。

小百合さんは、感動しませんね。

夢の話に付き合わされて感動などできませんわ。 それで、その後どうなったのですか?

マジで、夢のような時間が過ぎてゆきました。 昼寝から覚めると、小百合さんも幸せそうに僕の目を見つめてニッコリと笑うのですよう。

それで。。。?

「小百合さん、今日でパリは最後だけれど、いっそのこと、これから二人でバンクーバーに行きませんか? 人生は一度きりですからね。 せっかくパリまでやって来たのだから、このまま日本へ戻るのはもったいないですよう。 大西洋を横断すればアメリカ大陸は、すぐそこです」 僕は、このように言ったのですよう。

デンマンさんは、そのような分かりきったことを言ったのですか?

そうです。。。でもねぇ、やっぱり思っていることは言ってみるべきですよう。。。小百合さんは、しばらく考えてから言ったものです。 「そうですわね。。。人生は一度だけですわ。 せっかくパリまでやってきたのですから、世界一周するつもりで西回りで日本へ帰るのも、悪くはありませんわ」 こう言ったのですよう。

マジで。。。?

やっぱり、ブローニュの森は人の気持ちを大きくして、ロマンに旅立たせるのですよう。

それで、私はパリからバンクーバーに向かう直行便に、デンマンさんとご一緒に乗ったのですか?

その通りですよう。 ところが、「好事魔多し!」と言うけれど、まさにその通りですよう。 いい事ばかりは続かないものです。

何が起こったのですか?

飛行機がハイジャックされたのですよう。

パリを飛び立ってバンクーバーに向かうはずだったエアフランスのボーイング747は、飛び立つとしばらくしてから方向を南に下げてニューヨークに向かったのですよう。

マジで。。。? それで、犯人はテロリストですか?

いや。。。それが機内にはテロリストは居なかった。

では、変質者の犯行ですか?

それが、犯人は機内に居ないのですよう。

でも。。。でも。。。ハイジャックされたのでしょう?

そうですよう。。。でもねぇ、アフガニスタンで行われているアメリカの戦争のように、ハイジャックはリモートコントロールで行われたのですよう。

アフガニスタンでアメリカがやっている戦争は、リモートコントロールで行われているのですか?

そうですよう。。。ロボット飛行機のパイロットは何千キロも離れたアメリカのワシントンからリモートコントロールで爆撃している。

マジで。。。?

本当の話です。 NHKの特集番組で見ましたよう。 僕が日本に帰省していた時に放映していました。

貧者の兵器とロボット兵器

~自爆将軍ハッカーニの戦争~

2010年10月17日(日)
午後9時00分~9時49分
NHK総合テレビ

9.11同時多発テロから9年、米軍とタリバンの泥沼の戦闘が続くアフガニスタン。
ここに歴史上初めての全く新しい戦争の姿が出現している。
ハイテク無人機など“ロボット兵器”を駆使する大国正規軍と、カラシニコフ銃や手製爆弾など旧式の“貧者の兵器”に頼る武装集団が、互いの姿の見えない戦場で対峙する究極の“非対称戦争”だ。

知られざるその実像をとらえた膨大な映像記録をNHKは入手した。
そこにたびたび登場するのがタリバン最強硬派の「ハッカーニネットワーク」だ。
自爆軍団として米軍に恐れられ、無人機攻撃の最大の標的にもなっている。

だが、ソビエトがアフガンに侵攻した80年代、首領のハッカーニは反ソ勢力として最も頼りになる米国の友人だった。
武器の供給から爆弾の製法まで、米国の支援で力を蓄え、皮肉にもそれが今、米軍を苦しめている。

今、米国はハッカーニらのゲリラ戦から自国兵士を守るため、ロボット兵器を次々と開発し、米本土から遠隔操作で攻撃を行う。
だが誤爆も相次ぎ、犠牲者周辺からタリバン予備軍を生み出す憎しみの連鎖も呼んでいる。
“貧者の兵器”対“ロボット兵器”。
その実態を描き、21世紀の新たな戦争の姿とその脅威に迫る。

SOURCE:
http://www.nhk.or.jp/special/onair/101017.html

僕は10月19日の午前0時15分から午前1時5分までの再放送で見たのですよう。

その事とハイジャックが関係あるのですか?

だから、ハイジャックも、リモートコントロールで行われるようになったのですよう。

まさかァ~?

とにかく、僕はフライトアテンダントのチーフに呼び出されて、ジャンボジェット機のコックピットに案内されたのですよ。

ジャンボジェットの運転席ですか?

僕がコックピットに案内されて入った時には、機長と副操縦士の上の二人は昏睡状態になっていた。 ナビゲーターと他のスタッフも昏睡状態で意識は全くない。

でも。。。でも。。。飛行機は飛んでいたのでしょう?

オートパイロットに設定されてブルックリンに向かって自動航行していたのですよう。

乗客はハイジャックされたことを知らされたのですか?

いや、まだ知らされていなかった。 知っているのは僕とフライトアテンダントのチーフだけ。。。「極秘です」と耳元でささやかれた。

でも。。。でも。。。、どうしてデンマンさんが呼び出されたのですか?

だから、僕もフライトアテンダントのチーフに、そう尋ねたのですよう。

そしたら。。。?

FBIの国際航空担当者からの直々の指名だ、とチーフは言う。

でも、なぜ。。?

「無線がつながっているから、直接、FBIの担当官に尋ねてくれ」 チーフはそう言って僕にヘッドセットを渡したのですよう。 以下は、FBI 担当官との交信です。

デンマンかね?

は。。。は。。。はい、そうですが。。。これはマジでハイジャックですか?

訓練でも、冗談でもない。 マジで新しい手口のハイジャックだよ。

しかし、何で僕が指名されなければならないのですか?

あのなァ~、搭乗者名簿を調べたら、現在、何らかの飛行機の免許を持っているのが5名居る。 オマエは、その中の一人と言う訳さ。 誰かがジャンボを操縦してブルックリン飛行場に着陸させなければならないんだよ。

つまり、僕がこのジャンボを操縦すると言う事ですか?

そうだよ。

お言葉ですが、僕の免許というのはセスナの免許ですよう。 こんなでっかい飛行機を僕が操縦できるはずがないじゃないですか! しかも、僕はこの5年間、セスナを操縦していないのですよう。

分かってる。。。でも、英語を20年以上もしゃばってぇ、セスナで宙返りをするような飛行技術を持っている奴は、他に居ないのだよう。 うししししし。。。

ん。。。? 宙返り。。。? どうして、そんな事まで知っているのですか?

オマエさんはネットで、その事を自慢してたじゃないか!?

あなたも知らない日本の悲劇

定慧は白雉4年(653)5月に出家し、遣唐使に従って入唐します。
なんと!わずか11歳の時の事でした。
彼と共に中臣渠毎連(こめのむらじ)の息子・安達(あんだち)、春日粟田臣百済(かすがのあわたのおみくだら)の息子・道観などが共に出家しているとはいえ、権臣、藤原(中臣)鎌足の長男が出家するということは、全く異例の事です。

この時、まだ鎌足の次男、不比等は生まれていません。
つまり、定慧は一人息子だったわけです。
どうして鎌足はこの一人息子を、
しかもまだ11歳の幼少の身を出家させて、
危険な船旅へ出したのでしょう。

ご存知のように、この当時の唐への船旅は死を覚悟しなければなりません。
遣唐使の歴史を見れば分かるとおり、千人以上の人が、嵐にあったり、難破したり、座礁したりして、命を落としています。

ロンドンからパリ行き、あるいは、ロスアンジェルスからニューヨーク行きの飛行機に乗ってハイジャックされ、エッフェル塔やエンパイア・ステートビルディングに突っ込まれて、全員が命を落とすことは、ないとはいえません。
しかし、仕事のために、明日、ニューヨークへ行ってください、パリへ出張してください、あるいはLAへ飛んでくださいと言われた時に、ハイジャックされることを理由に僕が断ることは、まずありません。

しかし、もし、この当時僕が生きていたとして、一ヶ月後に、舟で唐に渡ってくださいと言われれば、真剣になって考え込んでしまうでしょう。
なぜなら、4艘で船団を組んで出発したとしても、先ずその内の一艘か二艘は途中で難破したり座礁したりして海の藻屑となって消えてしまうのが、当時の常識でした。

要するに、10円硬貨を上に放り投げて手のひらで受け取った時の裏が出る確率にほぼ近い。
表が出たら、めでたく命拾いをする。
裏の場合には、海底に沈む運命だと思って諦める。

実際、遣唐使が船出するシーンなどを映画で見ても分かるとおり、もう涙の別れです。
念の入った映画では、水杯(みずさかずき)を交わして、これがこの世で会う最後だといって、見送るのです。

僕は、すでに20年以上をカナダで暮らしています。
しかも旅行好きですから、500回近く航空会社の飛行機に乗っています。
しかも趣味でセスナを運転しますから、少なく見積もっても、1000回ほどは飛行機に乗っているはずです。

しかも、僕は馬鹿だから、女の子を3人乗せて宙返りをするという馬鹿げた事をしてしまったことがあります。
絶対にしてはならないことです!
反省しています。
この記事を読んでいる女の子の中できっと、ああぁ~、あの人がデンマンさんなのかぁ~!
と呆れる人が出て来ると思います。

馬鹿は死ななきゃ治らない!
僕もそういう馬鹿だったんですよ。
でも、死ぬ前に馬鹿を止めました!

うへへへへ。。。

とにかく、このことを当時の船旅に置き換えてみれば、僕は500回命を落としていることになります。
仮に確率を10回に一度にしても、100回程、命を落としていたことになります。
今、僕が生きていることが不思議なほどですよ。

当時の船旅が、いかに危険と隣り合わせていたかということは、以上述べたことでお分かりいただけたと思います。
もう、これ以上、くどくど述べる必要はないでしょう。

『藤原鎌足と長男・定慧』より
(あなたも知らない日本の悲劇)

『愛の花咲くバンクーバー』にも掲載
(2007年8月11日)

こんな記事まで良く突き止めましたね?

突き止めるのが商売だからな。

ところで、機長や、副操縦士はどうしてぐっすりと寝てるんですか?

あのなァ~、ここだけの話だけれど、機長たちは自宅で眠っている間に誘拐されて、脳に精巧な思考コントロール装置をインプラントされたのさ。 つまり、ハイジャッカーの司令室からリモートコントロールされていたんだよ。

その司令室を突き止めてコンピューターの機能を麻痺させたと言う訳ですか?

そう言う事さ。 

でも、僕には、このジャンボを操縦するのは無理ですよう。

あのなァ、女の子を3人乗せて宙返りをやらかす技術と馬鹿度胸があるならば、ジャンボを操縦することは、それ程難しくないよ。 言われた通りやればいいだけのことさ。

。。。で、デンマンさんは言われたとおりにジャンボを操(あやつ)ったのですか?

それしかなかった。 あれっ。。。バンクーバーのライオンズゲートブリッジが見えてきたじゃないか!

マジで。。。?

よく見たらブルックリンブリッジでしたよ。

。。。で、私とデンマンさんはブルックリンに無事に到着したのですか?

そうなのですよう。 驚いたことにマリアさんが迎えに来ていたのですよう。

【卑弥子の独り言】

ですってぇ~。。。
真面目に受け取らないでくださいね。
これ、すべてデンマンさんの夢なのですから。。。
うふふふふ。。。

とにかく、次回も面白い話題になるはずですわ。
だから、これに懲りずに、あなたもどうか、また明後日、読みに戻ってきてくださいませぇ。
じゃあねぇ~。。。

 
メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

セーヌ河です。

きれいですよね。

当然セーヌ河にも右岸と左岸があります。

この上の写真では右岸も左岸も、

はっきりと区別できませんが、

右岸はお金持ちが住む地区で、

左岸は労働者がたくさん住んでいる地区だと

言われています。

デンマンさんは次のように語っていました。

【デンマンの独り言】

僕は完全にマリアさんの体の下敷きになって倒れてしまったのですよ。
サテンの感触を通してマリアさんの体温がもろに感じられて僕はゾクッとしましたよ。
しかも、強烈な香水の匂いが僕の鼻腔をくすぐるのですよ。

今から思えば、あの香水はイヴ・サンローラン(Yves Saint LAURENT)の「リヴ・ゴーシュ(rive gauche)」だったと思うのです。
1970年代に、それまでになかったフレッシュな香りの香水としてパリの若い女性たちの間で大人気になったのです。
爽やかな甘さの中にキリッとした青葉の香りが漂い、日本では今でも根強い人気があるとレンゲさんが言っていましたよ。

このリヴ・ゴーシュという名前は「左岸」という意味なのです。
パリを流れるセーヌ川の右岸(お金持ちの住むセーヌ川の北側区域)に住む人々のドレス姿に似合う香りではなく、
左岸(南側)に住む働く女性、つまり伝統にとらわれない若い女性のために作られた香水だそうです。

マリアさんもそのような庶民的な香水のイメージが気に入ったのでしょう。
でも、僕はマリアさんの下敷きになってその香水が強烈な刺激になって鼻腔をくすぐったのですよ。
うしししし。。。

あなたが女性ならば、多分

お気に入りの香水があるだろうと思います。

「リヴ・ゴーシュ(rive gauche)」を

試してみたことがありますか?

次のようなパッケージに入っています。

現在使っている香水に退屈したら

試してみたらよいと思います。

わたしも使っています。

爽やかな甘さの中に

キリッとした青葉の香りが漂い

気持をリフレッシュしてくれます。

ところで、英語の面白いお話をまとめました。

興味があったら、

次のリンクをクリックして

読んでくださいね。

■ 『あなたのための 楽しい英語』

■ 『心にジ~ンとくる動物感動物語』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。

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