漫画家と奴隷


 
2011年3月12日 (土曜日)
 
漫画家と奴隷
 
 

 
 

私は、当時においてはどんな残酷な話よりも私の心を強くうった、一つのごくつまらないできごとについて話してみたい。
私がある黒人と渡し舟で川を渡ったときのことである。
私は彼に了解させようとして、声高らかに話をし手真似をしてみせたが、そのとき、私は自分の手を彼の顔の近くへもっていった。
すると黒人は、私が怒って打とうとしたのだと思ったらしく、たちまちおびえたようなようすで、目をなかば閉じて両手をたらした。

一人の大きな力強い男が、彼の顔に向けられたと思った拳をさけることさえも恐れているのを見たときの私のおどろき、不快さ、そして恥ずかしさの感情というものは、私はけっして忘れることができないであろう。
この男は、最も救いがたい動物の隷属的取り扱いよりも、もっと低い退化した状態へと訓練されてしまっていたのであった。

 (中略)

リオ・デ・ジャネイロの近くで、私は女の奴隷の指を押しつぶすためのネジをもっている老婆の家の向かい側に暮らしていた。
私が滞在したある家では、若い家僕のムラット人(白人と黒人のハーフ)が毎日、そして毎時間のように、最下等の動物でさえまいってしまうほどに罵られ、打たれ、迫害されていた。
6歳から7歳の少年が私に、あまりきれいでない一杯の水を渡したために、(私が口出しできる前に)むきだしの頭を馬の鞭(むち)で三度たたかれるのを私は見た。
私は彼の父親が主人の目を一目見て、ちぢみあがっているのを見た。

このような残忍さはスペインの植民地で実際に見たのであるが、そこの奴隷はポルトガル人やイギリス人やその他のヨーロッパ人に使われている奴隷よりも比較的よい待遇がされていると常にいわれてきている。私は十分信じていい筋から聞いた、多くの心の痛む極悪非道の話には、ふれないつもりである。

黒人に特有の陽気な性格にかくされて、実態を見あやまり、奴隷制度は、許されてもよい弊害であると論じる数名の人たちに会っていさえしなかったならば、私は前述のいまわしいことがらを述べはしなかったであろう。

許さるべき弊害だと論じている人たちは、奴隷が一般によい待遇をされている上流階級の家庭を訪問した人たちであって、私のように下層階級の間では暮らさなかったのである。このような質問者たちは、奴隷に向かって彼らの状況をたずねるのであろうが、彼の答えが主人の耳に届くチャンスを計算に入れていないような奴隷はいないにちがいないということを、彼らは忘れているのである。

利己心は過度の残酷さをとどまらせるだろうと論じられている。すなわち残忍な人を怒らしてしまう劣等な奴隷よりも、家畜動物のほうを、主人の利己心が保護しているようなものだと言う。

ある日、非常に立派な農園主(エスタンシーロ)とパンパスで馬を進ませているとき、私の馬が疲れて、遅れてしまった。その男はときどき私に拍車をかけろと大声で叫んだ。私は、馬が非常に疲れているから、それはかわいそうだと抗議すると、彼は「なんだって?かまうことはないさ。うまに拍車をかけなさい—それは私の馬だ」と叫んだ。

拍車を使いたくなかったのは馬のためであって、彼のためではないことを彼に納得させるのは、その時かなり骨が折れた。彼は大きな驚きの色をあらわにして、「おお、ドン・カルロス、ケ・コーサ(なにを言ってるんだい)!」と大声で叫んだ。こんな考えはこれまで彼の頭に浮かんだことがなかったのは明らかであった。

奴隷所有者には同情して、奴隷には冷たい心で見る人は、けっして奴隷の位置に自分をおいて考えることがないらしい。


121 – 124ページ 『ビーグル号世界周航記』
著者:チャールズ・ダーウィン(Charles Darwin)
訳者:荒川秀俊
2010年2月10日 第1刷発行
発行所: 株式会社講談社

デンマン注:写真とイラストはデンマンが貼り付けました。
強調のための赤字もデンマンが施(ほどこ)しました。

デンマンさん。。。オイラをお呼びですか?

おおォ~。。。マンガ家! 首を長くして待っていたんだよォ。

でも、どうしてチャールズ・ダーウィン先生の奴隷の話などを長々と持ち出してきたのですかァ?

オマエは上のエピソードを読んでみたの?

もちろん、読んでみましたよ。 チャールズ・ダーウィンと言えばあの有名な進化論のダーウィン先生でしょう?

そうだよ! オマエも知っているんだね?

当然でしょう! 『進化論』のダーウィン先生は世界的に有名ですからね。。。マンガ家のオイラでも知ってますよ。 でも、上のエピソードは進化論とは全く関係ないじゃありませんか!

だから、オマエは愚かだと僕は言うのだよ。

デンマンさん!。。。偉そうにマンガ家のオイラを侮辱しないでくださいよ。 ことと次第によっては東京地方裁判所にデンマンさんを「名誉毀損」で訴えますよ!

オマエは東京地方裁判所が好きだね。 親戚の誰かが裁判官でもやってるの?

そんな事より、どうして奴隷の話などを長々と引用したのですか?

あのなァ、たまたま夕べ、ダーウィン先生の本を読んでいたら上のエピソードに出くわしたのだよ。

やだなあああァ~、デンマンさんは夕べ睡眠薬代わりに読んだ本のエピソードを持ち出してきてオイラを批判するのですか?

そうだよ! 夕べ読んだ本のエピソードを持ち出したらダメなの?

いや。。。日本国憲法には「夕べ読んだ本のエピソードを持ち出して批判してはならない」という条文は無いから、オイラは、その事で東京地方裁判所にデンマンさんを訴えるような愚かな事はしませんけれど、奴隷制度を持ち出してきてオイラの大東亜戦争肯定論を批判するなんてデンマンさんらしくないですよ。 オイラの読者に笑われますよ。

オマエ、読者をナメてんじゃないの?

デンマンさんこそマンガ家をナメてますよ! たかがマンガ家だと思ってバカにしないでくださいよ。

いや。。。僕は決してオマエを馬鹿にしてないよ。 オマエの『戦争論』は、とにかく、65万部を売りつくしたのだからね。 僕は一応その事実に対して敬意を表しているのだよ。

マジで。。。?

もちろんだよ! たかだか5万部を売り上げたぐらいで自慢している日本の言論人・知識人よりはマンガ家のオマエの方が立派だよ。

デンマンさんはマジでそう思ってくださるのですか?

もちろんだよ! 僕はウソとオマエの尻をツクのは嫌いなんだよ。

うれしいなあああァ~。。。デンマンさんに褒められて嬉しいなあああァ~。。。ルンルンル~♪~ン! ランランラ~♪~ン! こうなったらスキップして喜んでしまいますね。

うれしいなあああァ~。。。

ルンルンル~♪~ン! ランランラ~♪~ン!

オイ! 漫画家! いいかげんにしろよ! 65万部売り上げたぐらいでスキップして喜ぶんじゃないよ!

分かりました。。。で、どうして奴隷制度を持ち出してきたのですか?

あのなァ~、オマエの言う大東亜戦争肯定論は、奴隷制度肯定論とあまり変わりがないのだよ。

デンマンさん!。。。いい加減にしてくださいよ! 大東亜戦争と奴隷制度を一緒にするなんて時代錯誤もはなはだしいですよ! そんな事を言い出したらオイラの読者にマジで嘲笑されますよ!

あのなァ~、僕もオマエの本の読者なんだよ! 65万部売れたからって本を買った65万人すべてがオマエの考えに賛成しているわけじゃない! 読者カードを記入して出版社に送った読者は6000人に満たなかった。 そのカードを出したうちで大東亜戦争肯定論を熱烈に支持しているのは半分程度だろう!! あとの半分は、僕のような強烈な反対者がムカついてカードに罵声やアクタレを書きなぐっているに違いないのだよ!

デンマンさんには、どうしてそんな事まで分かるのですか?

だってぇ、オマエは本の中で次のように書いていたじゃないか!

『戦争論』では司馬氏についてはたったの一コマ、
「あの司馬遼太郎だって『日清・日露までの日本人は偉かった 立派な国だった 昭和が魔法にかかったように愚かでダメだった』
そりゃ負けたから言ってるだけだ」
と描いたのですが、「司馬史観」の信奉者からは轟々(ごうごう)たる抗議の手紙が届きました。

(注: 赤字はデンマンが強調)


359ページ 『「個と公」論』
著者: 小林よしのり
2000年5月10日 第2刷発行
発行所: 株式会社 幻冬舎

『戦争論』の中でたった一コマ、司馬さんをけなしただけで轟々たる抗議の手紙が届いた! 出版部数を比べたらオマエが逆立ちしても司馬さんにはかなわない。

つまり、出版部数が多いほど正義だと?

いや。。。僕はそんな単純に決め付けないよ。 僕は司馬遼太郎さんのファンだけれど、司馬さんの考え方のすべてに賛成しているわけじゃない。 司馬さんよりも、むしろ松本清張さんのスタンスに僕は共感を覚える。

分かりました。。。で、大東亜戦争肯定論がどうして奴隷制度肯定論と関係があるのですか?

次の箇所に注目して欲しい。

奴隷所有者には同情して、

奴隷には冷たい心で見る人は、

けっして奴隷の位置に自分をおいて

考えることがないらしい。

この部分が大東亜戦争肯定論と関係があるのですか?

大いに関係があるのだよ! もう一度小学校2年生の悲惨な状況を読んで欲しいのだよ。

アメリカの空襲を受けて、東京をはじめ都市部はどこも焼け野原。
おまけに政府は戦争を続けるために国債を大量に乱発していたので、敗戦直後はものすごいインフレになった。
物価は数十倍になって、戦前に貯めていた貯金や財産は無に等しくなった。
おまけに空襲で家をなくし、人びとは食糧不足で苦しんだ。

1945年3月の東京大空襲で

焼け野原になった江東区。

「約310万人が死んだ」とか簡単にいうけれど、一人の人間が死ぬことは、遺族や縁者に、大きな傷を残すことだった。
作家の夢野久作の長男だった杉山龍丸という人は、敗戦直後に復員事務の仕事に就いていたときのことを回想して、こう述べている。

「私達は、毎日毎日訪ねてくる留守家族の人々に、貴方の息子さんは、御主人は亡くなった、死んだ、死んだ、死んだと伝える苦しい仕事をしていた」。
「留守家族の多くの人は、ほとんどやせおとろえ、ボロに等しい服装が多かった」。
杉山はある日、小学校二年生の少女が、食糧難で病気になった祖父母の代理として、父親の消息を尋ねにきた場面に出会った経験を、こう書いている。

私は帳簿をめくって、氏名のところを見ると、比島(フィリピン)のルソンのバギオで、戦死になっていた。
「あなたのお父さんは—」
といいかけて、私は少女の顔を見た。 やせた、真っ黒な顔。
伸びたオカッパの下に切れの長い眼を、一杯に開いて、私のくちびるをみつめていた。
私は少女に答えねばならぬ。
答えねばならぬと体の中に走る戦慄を精一杯おさえて、どんな声で答えたかわからない。
「あなたのお父さんは、戦死しておられるのです。」
といって、声がつづかなくなった。
瞬間 少女は、一杯に開いた眼を更にパッと開き、そして、わっと、べそをかきそうになった。

…しかし、少女は、
「あたし、おじいちゃまからいわれて来たの。 おとうちゃまが、戦死していたら、係りのおじちゃまに、おとうちゃまが戦死したところと、戦死した、ぢょうきょう(状況)、ぢょうきょうですね、それを、かいて、もらっておいで、といわれたの。」

私はだまって、うなずいて……やっと、書き終わって、封筒に入れ、少女に渡すと、小さい手で、ポケットに大切にしまいこんで、腕で押さえて、うなだれた。
涙一滴、落さず、一声も声をあげなかった。
肩に手をやって、何か言おうと思い、顔をのぞき込むと、下くちびるを血が出るようにかみしめて、カッと眼を開いて肩で息をしていた。
私は、声を呑んで、しばらくして、
「おひとりで、帰れるの。」と聞いた。 少女は、私の顔をみつめて、
「あたし、おじいちゃまに、いわれたの、泣いては、いけないって。おじいちゃまから、おばあちゃまから電車賃をもらって、電車を教えてもらったの。 だから、行けるね、となんども、なんども、いわれたの。」
…と、あらためて、じぶんにいいきかせるように、こっくりと、私にうなずいてみせた。
私は、体中が熱くなってしまった。 帰る途中で私に話した。
「あたし、いもうとが二人いるのよ。 おかあさんも、しんだの。 だから、あたしが、しっかりしなくては、ならないんだって。 あたしは、泣いてはいけないんだって。」
…と、小さな手をひく私の手に、何度も何度も、いう言葉だけが、私の頭の中をぐるぐる廻っていた。
どうなるのであろうか、私は一体なんなのか、何が出来るのか?

(注: 写真とイラストはデンマンライブラリーから貼り付けました)


84 – 88ページ 『日本という国』
著者: 小熊英二
2006年3月3日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 理論社


『漫画家の壁』に掲載
(2011年3月10日)

お涙頂戴の話を持ち出してきて“浪花節的”に説得するのは邪道だとオイラは思いますよ。 ちゃんと根拠をあげて説明してくださいよ。

あのなァ、僕が奴隷制度を持ち出してきたので、オマエは時代錯誤だと言うけれど、オマエだって時代錯誤の「士風」なんていう“死語”と、江戸時代末期に生まれ育った福沢諭吉先生を持ち出してきて、古臭い時代錯誤の説明をしているじゃないか! オマエは次のように書いたのだよ。

福沢(諭吉)は『瘠我慢(やせがまん)の説』で三河武士の士風の美を讃え、幕府のために戦って死ななかった勝海舟や、一度は箱根に籠城したのに、負けた後、新政府で出世してしまった榎本武揚(たけあき)を批判しているんだ。
それは徹底的に忠君愛国の武士道の「瘠我慢」を支持しているんだからね。
冒頭、出てくる「立国は私なり、公に非ざるなり」というのは、単なる「自分のことしか考えない私を寄り集めたら国ができる」なんて話じゃないからね。
世界大で見れば、立国は徹底した自己本位の私情を貫くことに他ならない。
他国の利益を考えてやるような公共心は世界大では通用しないという、恐るべきナショナリズムのことなんだよ。
これを戦後の文学者も批評家もすべて読み誤っている。

福沢はまず一般的な人の持つ疑問を並べ立ててみせるんだよ。
人と人はなんで国境を決めて争うんだろう、君主を立てるんだろう。
こんなものはすべて、人間の私情から生じたものなのに、と。
そして現実論を言い始める。
そうは言っても、現実は開国以来、世界中を見てみれば、各種の人民相別れて一群を成し、国や政府を作って忠君愛国が最上の美徳となっている。
忠君愛国は世界大の哲学からみれば人類の私情なんだが、やはり今日までの厳しい世界事情の中では美徳であり、「立国の公道」と言わざるを得ない。
…そういうふうに話は逆転してくるんだ。
そして、ついに福沢は、こう言い始める。

「自国の衰退に際し、敵に対して固(デンマンは【個】だと思いますが…)より勝負なき場合にても、千辛万苦、力のあらん限りを尽くし、いよいよ勝負の極に至りて、始めて和を講ずるか、若しくわ死を決するは、立国の公道にして、国民が国に報ずるの義務と称す可きものなり」

これが福沢の言う「瘠我慢の説」だよ。
つまり合理主義を排している。
負ける戦争と分かってるものをするな、という司馬遼太郎や、最近の保守主義者が言ってるような生ぬるい感覚じゃないんだ。

「士風こそを後世に伝えよ」と言っとるんだ。
まさに大東亜戦争にわしが共鳴するゆえんのところを福沢はすでに、この時点で言ってくれてるんだからね。

これこそが、わしが『戦争論』を描いたモチーフになっとる。
だから最初にわしは『戦争論』の中で、すもう大会のエピソードを描いたんだ。
負けるとわかっているのに、すもう大会に出ていって大恥をかく。
その非合理の中にしか倫理は生まれないだろうって。

あのエピソードと、大東亜戦争の重なりの意味を、誰も見抜けない。
それは戦後の文学者、批評家が福沢諭吉すら、ちゃんと読み解く能力がなかったからに他ならない。

(注: 写真とイラストはデンマンライブラリーから貼り付けました)


369 – 370ページ 『「個と公」論』
著者: 小林よしのり
2000年5月10日 第2刷発行
発行所: 株式会社 幻冬舎


『漫画家と平和』に掲載
(2011年3月6日)

オイラの説明が時代錯誤だとデンマンさんは主張するのですか?

そうだよ! オマエはダーウィン先生が書いたエピソードの奴隷所有者の視点に立って大東亜戦争を肯定している。 小学校2年生の女の子の位置に自分を置いて考えていない。 大東亜戦争を、その時点に戻って解釈しようとするオマエの考え方には僕は賛同する。 しかし、オマエも僕も大東亜戦争時代じゃなく現在の世の中に生きているんだよ! 60年前に戻れ!と言われても戻れない。 ダーウィン先生ならば“進化論”的立場から、まず間違いなく次のように言うだろうと僕は信じているのだよ。

江戸時代に通用した「士風」に共鳴して、負けると分かっている戦争も「士風こそを後世に伝えよ」と言って一億玉砕を強要する人は、けっして小学校2年生の女の子の位置に自分を置いて考えることがないらしい

どうだい? ダーウィン先生ならばきっとこのように言うはずだよ。 もちろん、僕だってぇ同じ事を言うのだよ。 オマエ、何か言うことある?

分かりました。 今晩一晩寝ずにじっくりと考えてみます。

【レンゲの独り言】

ですってぇ~。。。
デンマンさんは言いたい放題のことを言ってますよね。
ところで、あなたは小林よしのりさんが書いた『戦争論』を読みましたか?
デンマンさんが取り上げた『「個と公」論』も読みましたか?

『戦争論』は65万部売れたのですって。。。
出版されたのは、もう10年以上も前のことですから、現在までにはもっと売れているもしれません。
かなり話題になりましたよね。

あなたは大東亜戦争を肯定しますか?
戦争が正義か?
平和が正義か?
考えてみたことがありますか?

とにかく、また、あさってが面白くなりそうです。
だから、あなたも読みに戻ってきてくださいましね。
じゃあねぇ。

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

わたしもデンマンさんに薦められて

『「個と公」論』を読んでみましたわ。

インタビュー形式で対談のようになっています。

マンガは全く描いてありません。

言葉を惜しみなく駆使した実験だそうです。

インタビュアーが「時浦兼」という人物なんですね。

同書の403ページに書いてあります。

でも、「時浦兼」という人物が実在したとしても

二人の会話がそのまま活字になったのではないと

わたしは思います。

2ちゃんねる流に言えば「自作自演」ですよね。

良くてインタビューに見せかけた「創作」だと思います。

デンマンさんのこれまでの記事を読めば

分かると思いますけれど、

上の記事はデンマンさんの「自作自演」です。

マンガ家の「オマエ」と「僕」はデンマンさんが

一人で二役を演じています。

つまり、「創作」です。

ただし、記事で引用した本の内容は

小林よしのりさんが書いたそのものを引用しています。

誤解がないように老婆心から申し上げました。

ところで、卑弥子さんが面白い記事をまとめました。

楽しいから、ぜひ読んでみてくださいね。

■ 『笑って幸せな気分になれるサイト』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


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