煩悩を振り切るための格言


   
2010年12月16日 (木曜日)
 
 
煩悩を振り切るための格言
 
 
愛と煩悩の中で
 
 

愛染明王

(あいぜんみょうおう)

愛染明王は、仏教の信仰対象であり、密教特有の尊格である明王の1つ。
梵名ラーガ・ラージャ(Ragaraja)は、サンスクリット経典にその名は見られず、また、インドでの作例もない忿怒尊である。

衆生が仏法を信じない原因の一つに「煩悩・愛欲により浮世のかりそめの楽に心惹かれている」ことがあるが、愛染明王は「煩悩と愛欲は人間の本能でありこれを断ずることは出来ない、むしろこの本能そのものを向上心に変換して仏道を歩ませる」とする功徳を持っている。

愛染明王は一面六臂で他の明王と同じく忿怒相であり、頭にはどのような苦難にも挫折しない強さを象徴する獅子の冠をかぶり、叡知を収めた宝瓶の上に咲いた蓮の華の上に結跏趺坐で座るという、大変特徴ある姿をしている。

もともと愛を表現した神であるためその身色は真紅であり、後背に日輪を背負って表現されることが多い。
また天に向かって弓を引く容姿で描かれた姿(高野山に伝えられる「天弓愛染明王像」等)や、双頭など異形の容姿で描かれた絵図も現存する。

愛染明王信仰はその名が示すとおり「恋愛・縁結び・家庭円満」などをつかさどる仏として古くから行われており、また「愛染=藍染」と解釈し、染物・織物職人の守護神としても信仰されている。
さらに愛欲を否定しないことから、古くは遊女、現在では水商売の女性の信仰対象にもなっている。

日蓮系各派の本尊(曼荼羅)にも不動明王と相対して愛染明王が書かれているが、空海によって伝えられた密教の尊格であることから日蓮以来代々梵字で書かれている。
なお日蓮の曼荼羅における不動明王は生死即涅槃を表し、これに対し愛染明王は煩悩即菩提を表しているとされる。


出典:
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

『おんぶされて観た映画』に掲載
(2009年4月29日)

デンマンさん。。。なんだかお線香の匂いがしてきますやん。。。どうして急に仏像などを持ち出してきやはったん?

あのなァ~、わては昨日の記事を書きながら、いろいろと考えさせられたのやがなァ。

■ 『愛憎と苔の祗王寺』

(2010年12月15日)

いったい何がそれ程あんさんのオツムを悩ませはったん?

次の卑弥子さんの話やがなァ。

白拍子というのは、平安時代後期に活躍した、
一口で分かりやすく申し上げるならば、
芸者のような者でござ~♪~ますわ。

このように白の水干(すいかん)に
立烏帽子(たてえぼし)、白鞘巻(しろさやまき)という男装で
「今様」と呼ばれる歌を謡(うた)いながら、
男舞と呼ばれる舞を舞うのでござ~♪~ます。

白拍子であった祗王は、時の権力者・平清盛の寵愛を受け、
彼の館で幸せに暮らしておりました。
あるとき、清盛に歌舞を披露したいという
別の白拍子が現れたのです。
その者が仏御前だったのですわ。

ただの白拍子に過ぎない仏御前を清盛は追い返そうとしました。
でも、遠路はるばるやってきた彼女を見かねて、
心の優しい祗王がとりなしたのでござ~♪~ますわ。
それで、仏御前は清盛に舞を見せることになりました。
しかし、これを見た清盛は心を奪われ、
仏御前を寵愛するようになってしまったのでござ~♪~ます。

皮肉なものでござ~♪~ますわねぇ~。
男と言うのは本当に浮気なものでござ~♪~ますわ。
祗王の座を奪う気持ちのない仏御前は辞退しようとしました。
しかし、それに気づいた清盛は、
邪魔な祗王を追放してしまったのですわ。
本当に悲しい事でござ~♪~ますゥ。

萌え出づるも

枯るるも同じ

野辺の花

いづれか秋に

あわではづべき

館を出る祗王がせめてもの忘れ形見にと
詠んだ句でござ~♪~ます。

さらに翌春、清盛は退屈している仏御前を慰めるためといって、
祗王に仏御前の前で舞を披露することを強要したのです。
祗王は、あまりの屈辱に死を決意するのでござ~♪~ました。
しかし、五逆罪になることを母親が説き、
やむなく祗王は清盛の館へ向かうのです。

仏もむかしは凡夫なり

われらも遂には仏なり

いずれも仏性具せる身を

隔つるのみこそ悲しけれ

このように謡(うた)いながら舞い踊り、
諸臣の涙を誘ったのでござ~♪~ます。

祗王は都に居れば、
また同じような思いをしなければならないと、
母、妹と共に尼となり、嵯峨の山里で仏門に入るのでした。

当時、祗王21歳、妹の祇女は19歳、
母の刀自(とじ)は45歳でござ~♪~ました。

ところが、ある秋の夕べ、仏御前は祗王の元を訪れたのです。
なぜ。。。? どうした事でござ~♪~ましょうか?

実は、祗王の運命を自分に重ねて世の無常を思い、
仏御前は、清盛の館を抜け出して
尼となっていたのでござ~♪~ます。

それからのち、祗王一家と仏御前は、余念無く仏道に励み、
みな往生の本懐を遂げたのでござ~♪~ます。

小百合さん、いかがでござ~♪~ますか?
女の身として涙なくしては読めないですよね。
おほほほほ。。。

それにしても、祗王寺のお庭は
苔がとっても美しいですことォ~。。。
見とれてしまいますわぁ~。
あああぁ~。。。デンマンさんとご一緒に見たいわぁ。。。
うしししし。。。


『愛憎と苔寺 (2008年10月7日)』より

デンマンさん。。。あんさんは、平清盛と似ているところがおますわァ。

わてが平清盛と似ているのかいな? うへへへへへ。。。

下卑(げび)た笑いを浮かべながら喜ばんといてぇ~なァ! 悪い所だけが似ているのですやん。

ん。。。? 悪い所だけぇ~。。。?

そうですう。。。ちょっとでも魅力的な女性を見ると、あんさんは心を動かしますのやァ。

やだなあああァ~。。。わてを“女たらし”のように言わんで欲しいねん。 わては平清盛のように女性をお手玉をするように、とっかえひっかえ、クルクルと宙にほおり上げて遊んだりしやへんでぇ~。。。

そやかてぇ、わたしは宙にほおり上げられて、気づいてみたら、あんさんの手のひらがのうなっててぇ、地面に落ちてしまったような気分ですねん。

やだなあああァ~。。。それを世間では“被害妄想”と言うのやでぇ~。。。

それで、卑弥子さんの話を持ち出してきて、あんさんは何が言いたいねん?

仏御前も祗王も煩悩に身を焼かれる苦しみ、つらさから浮世を離れて仏門に入ったのやがなァ。。。つまり、尼さんになってしもうたのやァ。

そやから、どうしたと、あんさんは言わはるの?

つまり、智照尼(ちしょうに)さんも、元々は花柳界に身を置いていたのや。 波乱に富んだ人生を歩みながら、煩悩に身を焼かれる苦しみ、つらさから救いを求めて尼さんになったのやァ。

祗王寺の庵主は智照尼(ちしょうに)と呼ばれる尼で、元は妓籍に身をおいていた人である。

大阪花柳界で半玉(はんぎょく)として売り出し名を挙げたが、当時、恋仲だった贔屓客に操を疑われ、その潔白を証明するために自ら小指を切り落としたという伝説も持ち主である。
小指を失ってからは東京・新橋花柳界に移り、照葉の名で人気を集めたが、その後、結婚、離婚を繰り返し、職も芸者から女優、バーのマダムと流転を重ね、剃髪して尼になった人だった。
瀬戸内晴美著『女徳』のモデルとしても知られる智照尼は、芸妓時代から俳句を嗜(たしな)み、文学好きであった。
そのため、東京の文士や芸術家たちと親交が深く伊藤(道郎)のほかにも川口松太郎や里見弴らが、よく祗王寺を訪ねた。

そんな縁から秀(ひで:「おそめ」のマダム)も智照尼と親しくつき合っていた。女友達のできにくい秀であったが、その一方で年上の剛毅な気性の女たちからは徹底して好かれる。智照尼も、二周り以上も年下である秀のことを可愛がった。

秀は、ふらりと弁当と酒を持って祗王寺を訪ねた。今でこそ観光スポットとして人気を集める祗王寺だが、当時は荒れ果てた状態で、「おそめ」の客に奉加帳を回して修繕の費用を作り、届けたこともあった。また、智照尼も、御高祖頭巾(おこそずきん)をかぶって、ちょくちょく「おそめ」まで飲みにきた。そんな間柄のふたりだった。

(注: 写真はデンマンが貼り付けました。)


149-150ページ
『おそめ』 著者: 石井妙子
2006年1月24日初版発行
発行所: 株式会社 洋泉社

デンマンさん。。。あんさんは、祗王寺の庵主さんまで持ち出してきて何が言いたいねん?

いや。。。祗王寺の庵主さんだけではあらへん。 智照尼さんをモデルにして『女徳』という小説を書いた瀬戸内晴美さんまでが尼さんになって“寂聴”と名乗るようになってしもうた。

瀬戸内寂聴

1922年5月15日生まれ。
日本の小説家、天台宗の尼僧。
旧名は瀬戸内 晴美(せとうち はるみ)。
僧位は僧正。
1997年文化功労者、2006年文化勲章。

学歴は徳島県立高等女学校(現:徳島県立城東高等学校)、東京女子大学国語専攻部卒業。
徳島県徳島市名誉市民の称号を取得。
京都市名誉市民。
元天台寺住職現名誉住職。
比叡山延暦寺禅光坊住職。
元敦賀短期大学学長。

代表作には『夏の終り』や『花に問え』『場所』など多数。
近年では『源氏物語』に関連する著作が多い。
これまでの著作により多くの文学賞を受賞した。

経歴

徳島県徳島市塀裏町の仏壇店(瀬戸内商店)を営む三谷家の次女として生まれ、後に父が従祖母の家である瀬戸内家養子となり、女学校時代に晴美も瀬戸内に改姓。

東京女子大学在学中に結婚し、夫の任地北京に同行。
1946年に帰国し、夫の教え子と恋に落ち、夫と長女を残し家を出て京都で生活。
大翠書院などに勤めながら、初めて書いた小説「ピグマリオンの恋」を福田恆存に送る。
1950年に正式な離婚をし、東京へ行き本格的に小説家を目指し、三谷晴美のペンネームで少女小説を投稿し『少女世界』誌に掲載され、三谷佐知子のペンネームで『ひまわり』誌の懸賞小説に入選。
少女世界社、ひまわり社、小学館、講談社で少女小説や童話を書く。
また丹羽文雄を訪ねて同人誌『文学者』に参加、解散後は『Z』に参加。
長女とは後年和解する。

1956年、処女作「痛い靴」を『文学者』に発表、1957年に「女子大生・曲愛玲」で新潮同人雑誌賞を受賞。
その受賞第1作『花芯』で、ポルノ小説であるとの批判にさらされ、「子宮作家」とまで呼ばれるようになる。
その後数年間は文芸雑誌からの執筆依頼がなくなり、『講談倶楽部』『婦人公論』その他の大衆雑誌、週刊誌等で作品を発表。
1959年から同人誌『無名誌』に『田村俊子』の連載を開始。
並行して『東京新聞』に初の長編小説『女の海』を連載。
この時期の不倫の恋愛体験を描いた『夏の終り』で1963年の女流文学賞を受賞し、作家としての地位を確立する。

以後数多くの恋愛小説、伝記小説を書き人気作家となるが、30年間、純文学の賞も大衆文学の賞ももらえないという秘かな不遇のうちにあった。
1992年、西行を描いた『花に問え』で谷崎潤一郎賞を受賞した。
『源氏物語』の現代語訳でもその名を知られている。

1973年に今春聴(今東光)大僧正を師僧として中尊寺にて天台宗で得度、法名を寂聴とする。
翌年、比叡山で60日間の行を経て、京都嵯峨野で寂庵と名付けた庵に居す。
尼僧としての活動も熱心で、週末には青空説法(天台寺説法)として、法話を行っていた。
1988年に出した『寂庵 般若心経』は1年で43万部を売るベストセラーとなる。

2005年には、彼女を主人公としたテレビドラマ『女の一代記』が放映された。
この中でも、東京に住みだした後、二人の男性と恋愛関係にあった、と語っている。
僧侶になったあとは男性との関係をいっさい断っている。
地方講演などでは主に「笑うこと」が大切であるということを説き、座右の銘は「生きることは愛すること」だという

2008年には、いわゆる「ケータイ小説」のジャンルにも進出。
スターツ出版が運営するケータイ小説サイト「野いちご」にて、小説「あしたの虹」を「ぱーぷる」のペンネームで執筆していたことを、9月24日の記者会見で明らかにした。

出典:
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

瀬戸内晴美さんが尼さんになって“寂聴”と名乗るのは瀬戸内さんの自由やんかァ! あんさんにとやかく言われる筋合いの事ではないと思うわァ。

確かに、そう考えることもできるわなァ。。。そやけど、日本にもカナダにも言論の自由・表現の自由があるさかいに、わては自分の思うていることを、こうして述べたいねん。

さよかァ~。。。それで、あんさんは何が言いたいねん?

智照尼(ちしょうに)さんも、寂聴さんも煩悩に身を焼かれる苦しみ、つらさから浮世を離れて仏門に入ったのやがなァ。。。ちょうど仏御前と祗王も煩悩に身を焼かれる苦しみ、つらさから浮世を離れて仏門に入ったように。。。

でも、それは智照尼(ちしょうに)さんと寂聴さんの自由やん!

そうやァ~。。。

だったら別に、あんさんが、とやかく言わなくてもええやん。

でもなァ~、なにも仏御前と祗王の真似をしなくてもええやん。

智照尼(ちしょうに)さんと寂聴さんは、なにも仏御前と祗王の真似をしたのではあらへん。。。心の底から仏門に入ることで煩悩に身を焼かれる苦しみ、つらさから救われたいと思うたのやわァ。

だからなァ、そこが問題なのやァ。 なにも浮世から離れて仏門に入るだけが解決策ではあらへん。

そやけど、あんさんは次のようなお話を書いていたではないかいなァ。

それ程、極楽浄土が

素晴しいのなら、

なぜ今すぐに逝かないの?

唯円(ゆいえん)、今日のおまえはおかしいぞ。いったいどうしたのじゃ。

こんなことを申し上げると、もしかして聖人さまのお側(そば)におられないかもしれませんが、どうか私の心の内を聞いてくださいませ。

帰ってからではいかんのか?

いえ、意を決した今こそ、お聞きせねば!

よくよくのことじゃな。申してみよ。

私は聖人の教えを信じお念仏しております。救われるはずのない私が救われるわが身をありがたく思っております。しかし、本当にそう信じているなら踊りあがってこの上もない喜びをかみしめることでしょう。なのに私はいつまでたってもそこまでの喜びがわき上がってまいりません。さらには娑婆(しゃば)が無明(むみょう)の世界と知りながら一刻も早くお浄土へ参りたいという心が起こってこないのです!唯円は。。。唯円は。。。聖人のお側におりながら心底(しんそこ)み教えをいただいておりませぬのか?!

もはや私には阿弥陀様のお心が届いておらぬのではと毎日毎日苦しむばかりです。(号泣)

唯円よ。私もそれをいぶかしく思っておったが、そなたも同じ心であったか。

“同じ心”でございますか?

そうじゃよ。唯円よく申してくれた。ありがとうよ。

聖人さま、もったいない!

よくよく考えて見ると躍り上がるほど喜ばねばならぬことを喜ぶことのできないわが身を思うにつけ、いよいよ往生(おうじょう)が定まった身といただけるのう。

なぜでございます?!阿弥陀様のお救いにあずかりながら、それにふさわしい喜びがわいてこないのは本当に救いを求めていないからではありますまいか?

そうじゃな。それはどうしようもない恩知らずで浅ましいことじゃ。

うわぁ。。。やっぱり。。。

ここにも、そういう恩知らずがおるがな。

そんなぁ。。。聖人さまは違いますぅ。

唯円よ、悲しいのう。。。

はっ。。。?

この世におると愛憎の渦に巻き込まれ欲得にふりまわされる。右も左も煩(わずら)わしいことだらけじゃ。

ですから。。。

まあ聞きなさい。お釈迦様はそんなものを捨て去って真実に目覚めなさいとお示しくださった。

ハイ。

しかし、愛憎の中でしか生きていけないのも事実。。。誰も彼もむなしい名利(みょうり)にすがってこの世に執着(しゅうちゃく)しておる。真実、すなわち阿弥陀様のみ光、に背を向け煩悩(ぼんのう)の闇へ闇へと向かっていくのが。。。

凡夫(ぼんぷ)。。。でございますね。

そうじゃ。そのあわれな凡夫を阿弥陀さまは見捨てられたかの?

い。。。いえっ。。。あっ。。。!もしかして私が急いでお浄土にお参りしたいと思わないのは煩悩のせいだとおっしゃるのでしょうか?!

おーっ、さすがじゃ、唯円。尊いみ教えをいただきながら喜べないのは、まさしく煩悩のせいじゃ。じゃが、そんなことはずっとずっと前から阿弥陀様はお見通しじゃよ。。。よいか唯円。その凡夫だからこそ阿弥陀様の救いの目当てなのじゃ!

(ガーーン)。。。阿弥陀様は急いで参りたいとも思わない私のような迷いとまどう者こそ不憫(ふびん)と思うてくださる。。。そうですね。

のう唯円。。。私たち凡夫も娑婆という所も一筋縄(ひとすじなわ)ではいかないのじゃ。愛する者と出会(でお)うたかと思えば別れ。。。今上(こんじょう)の喜びを得たと思うたら、それ以上の苦しみがくる。。。なんとか命ながらえたと思えば老いてゆく。ただ老いるのではないぞ。病にもかかるし税金も払わにゃならん。

ホンマ、つらいですね。

しかし、お浄土は安らかな所じゃ。早く行きたくならんか?

イエ。。。ですから。。。その。。。それでも娑婆に。。。その。。。未練(みれん)が。。。

やっぱり、一筋縄ではいかないのう。。。はっはっはっ。。。

面目ありません。

いやいや。。。そういう者のための阿弥陀様の救いじゃ。おまえのように仕事も一生懸命な者ほどこの世にしがらみは多いじゃろ。

ハァ。。。

私がもし、お念仏の教えをいただいてすぐ「ああ、お浄土はすばらしい!早く参りたい!」と思ったならば、もしかして自分には煩悩はないのだろうかと、かえっていぶかしく思うのではないか。。。のう、唯円。

ハイ!

お念仏の教えをそれこそ何万遍(なんまんべん)も聞かされながら「急いでお浄土に参りたいという気持ちが起こらない」という問いは、一見お念仏をいただいていないように思えるが、お念仏をいただいたからこそ、このような浅ましい本当の自分の姿が見えてきたと思わんか?凡夫と気づいたのは阿弥陀様のみ教えが心に響(ひび)いてきたからじゃないのか。。。どうじゃ?

ああっ。。。

愛憎の煩悩に惑(まど)わされて、いそいでお浄土に参りたいという心が起こらない浅ましい身に気づくならば、その身をなげくより、そんな私を捨てずに救うという阿弥陀様の大悲(だいひ)のたのもしさを仰(あお)ぎ「わが往生は一定(いちじょう)なり」と思いとるがよい。

はい!

ありがたいのう。ナマンダブ、ナマンダブ。唯円よ。名残り惜しくも娑婆と縁がつきたその時こそ、お浄土に共に参らせてもらおうじゃないか。

ありがたいことです。聖人さま、唯円を救っていただきありがとうございます。

なにを言う。私も凡夫じゃ。救ってくださったのは阿弥陀様じゃよ。

【デンマン注: 読み易く句読点を加えてあります。画像はすべてデンマンの趣味により加えてあります。】


199-211ページ 『漫画 歎異抄』
作: 岡橋徹栄 画: 広中建次
発行: 本願寺出版社
2003年9月30日 第二刷発行

『愛憎と極楽浄土 (2008年10月9日)』に掲載

めれちゃん。。。よう覚えておったなあァ~。。。2年前に書いた記事の中で上の話を引用したのやがなァ~。。。

有名な『歎異抄』の中のお話やさかいに、わたしも真面目に読みましてん。

さよかァ~。。。法然上人の直弟子だった親鸞聖人(しんらんしょうにん)の教えが書いてあるのやけれど、実は、親鸞聖人が書いたのではないねん。 いろいろな説があるのやけど、現在では常陸国河和田(かわわだ:現在茨城県水戸市)出身の唯円(ゆいえん)という親鸞聖人の直弟子が書いたという説が有力なのやァ。

要するに、親鸞聖人の教えは、誰でも極楽浄土へ行けるという教えですやろう?

そうやァ。

そやから、卑弥子さんは次のように言うてましてん。

実は、祗王の運命を自分に重ねて世の無常を思い、
仏御前は、清盛の館を抜け出して
尼となっていたのでござ~♪~ます。

それからのち、祗王一家と仏御前は、余念無く仏道に励み、みな往生の本懐を遂げたのでござ~♪~ます。

つまり、祗王一家と仏御前は、煩悩に悩まされ、苦しみの多い今生(こんじょう)に別れを告げて、極楽浄土へ行ったということですやん。

そうやァ。 卑弥子さんは、確かにそのようにゆうてた。

そやから、智照尼(ちしょうに)さんも、寂聴さんも煩悩に身を焼かれる苦しみ、つらさから浮世を離れて仏門に入ったということも、至極もっともなことですやん。

めれちゃんも、そう思うのか?

そうですう。。。それが『歎異抄』の言うてることですやん。

でもなァ、よう考えてみィ~なァ。 極楽浄土なんてぇ、わてはあるとは思ってないねん。 そやから、あの世に行ってから救われたとて、わてにとっては全く意味がないねん。 わては、この世で救われたいねん。

そやけど、『歎異抄』の中では、この世の救いなんてぇ、なんも言うてへん。

そうやァ。。。そやから、あの世なんてぇ無いと思うている人には『歎異抄』は説得力がないねん。

それで、あんさんは、どのように救いを求めやはるのォ~?

愛染明王(あいぜんみょうおう)やがなァ。

愛染明王

(あいぜんみょうおう)

衆生が仏法を信じない原因の一つに「煩悩・愛欲により浮世のかりそめの楽に心惹かれている」ことがあるが、愛染明王は「煩悩と愛欲は人間の本能でありこれを断ずることは出来ない、むしろこの本能そのものを向上心に変換して仏道を歩ませる」とする功徳を持っている。

 (中略)

もともと愛を表現した神であるためその身色は真紅であり、後背に日輪を背負って表現されることが多い。

 (中略)

愛染明王信仰はその名が示すとおり「恋愛・縁結び・家庭円満」などをつかさどる仏として古くから行われており、また「愛染=藍染」と解釈し、染物・織物職人の守護神としても信仰されている。
さらに愛欲を否定しないことから、古くは遊女、現在では水商売の女性の信仰対象にもなっている。

 (中略)

なお日蓮の曼荼羅における不動明王は生死即涅槃を表し、これに対し愛染明王は煩悩即菩提を表しているとされる。

つまり、煩悩の中にこそ救いがあると、あんさんは考えはるの?

わてが考えてるのではなくて、昔の人の中には、そう考えていた人もおったのやァ。

そやけど、煩悩の中に救いがあるやろか?

あるねん。

どのように。。。?

フランス映画『幸福(しあわせ)』の中に、その救いが見えてるねん。

『幸福(しあわせ)』

叔父の経営する内装業の店で職人をしているフランソワは妻テレーズと二人の子供と平凡で実直な生活を送っている。
洋裁が上手なテレーズは仕立ての内職もしていて、ウェディング・ドレスの注文などもある。
フランソワは仕事が終わればまっすぐに家に帰るし、料理も上手な妻と可愛い盛りの子供たちに囲まれて、休日には家族四人で森にピクニックに行くこともある。

そんなある日、フランソワは近くの町まで仕事で出かけた。
電話をかける用事を思い立ち郵便局へ立ち寄った。

受付の娘と二言三言、言葉を交したが、彼はなぜか彼女に好意を感じた。 二度目にあったとき、二人でお茶をのんだ。

娘はエミリーといい、彼と同じ町に転勤が決り、部屋も見つけたことを話した。 もう二人は愛を感じるようになっていた。

エミリーは彼に家庭があることも知っていたが二人は不自然さも罪悪感もなく、結ばれてしまう。
というのも、彼は昔と全く同じように妻も子供たちも愛しており、愛する女性が二人できても、それは幸福以外のなにものでもないからだ。

ある休日、フランソワ一家はピクニックにでかけた。
そこで彼は妻にすべてを告白した。
テレーズは少し考えてから「あなたが幸せなら私はそれでもいいと思うわ」そう答えた。
彼は喜んだ。
純粋によろこんだ。
子供たちは野原で遊んでいる。
蚊帳の中に居るのは二人きり。
大人しいテレーズは、かつて見せたことのない大胆さで夫を求めた。

快い疲労に眠ったフランソワが子供たちの声で目を覚ましたとき妻のテレーズの姿はなかった。
池に溺死体となった妻を発見して、フランソワは悲しんだ。

まわりの人々は不幸な事故で愛妻を失なったフランソワに同情を寄せた。
エミリーも心からテレーズの死を悲しんでくれた。
日がたつにつれ、彼は昔どおりの働き者にもどった。
エミリーが子供たちの面倒をみてくれ、いつの間にかそれが習慣になった。
家事をする女性がエミリーにかわったというだけで、きわめて平穏な日々を送るようになっていた。

こういう筋なのやァ。
   

つまり、身勝手な男の不倫物語なのね。

めれちゃんは、そないに思うのかァ~?

それ以外に考えようがあらへん。 どの国でも、男は身勝手なものですねん。

わては、まったく違う感想を持ったのや。

どのような。。。?

この映画が作られたのは、なんと 1964年のことなのやァ。 今から 46年前やでぇ~。。。驚いたなァ~。。。

それ程ビックリしやはったん?

カバネルが描いた『ヴィーナスの誕生』を初めて見た時のような衝撃を受けたわ。

つまり、『幸福(しあわせ)』という映画は、将来を見据えて作られたと。。。?

もし、日本で同じ内容の映画が作られたら、おそらくタイトルは『幸福(しあわせ)』ではのうて、めれちゃんが言うたように『男の身勝手』になるだろうと思うでぇ。 しかも、結末はハッピーエンドにはならずに、フランソワとエミリーは惨めな別れ方をして終わりになると、わては思うねん。

あんさんは、『幸福(しあわせ)』という映画の中に、マジで幸福(しあわせ)を感じやはったん?

いや。。。幸福(しあわせ)とは思わんかったけれど、最後にフランソワとエミリーが前向きに生きようとする姿に、わては救いを見たのやァ

『しあわせって何?』より
(2010年12月10日)

でも、妻のテレーズさんは事故にしろ、自殺にしろ、犠牲になってますやん。

事故死ならば、仕方ないとしても、もし、自殺ならば、死ぬべきでなかったのや。

。。。で、自殺しなかったとして、テレーズさんの救いは。。。?
  
夏目漱石は『吾輩は猫である』の中で次のように書いてるねん。

長生きはしたいもんだな。

どんな僥倖に廻り合わんとも限らんからね。

『吾輩は猫である』より


僥倖(ぎょうこう)

ほとんど期待できないような幸運

三省堂『新明解国語辞典』より

生きていさえすれば、フランソワさんの愛をテレーズさんは、また激しく甦(よみがえ)らせる機会が何べんでもあるものなのやァ。

その根拠は。。。?

ジューンさんが次のように言うていたでぇ~。

こんにちはジューンです。

いかに生きるか?

いかに逝くか?

どちらも難しい問題ですよね。

では、ここでスイスの心理学者

カール・ユングの言葉を紹介します。

Death is psychologically as important as birth.

Shrinking away from it is something unhealthy and abnormal which robs the second half of life of its purpose.

さあ。。。、あなたは、どのように訳すでしょうか?

わたしは次のように意訳しました。

いかに逝くか? は、いかに生きるかと

同じように重要なことだわ。

逝くことに怖気(おじけ)づくことはないのよ。

勇気を持って逝くことに臨むと言うことは

2倍に生きることになるのよ。

では次です。

A shoe that fits one person pinches another;

there is no recipe for living that suits all cases.

これは、それほど難しいことではありませんよね。

誰の足にも合う靴なんてないように、

生き方も人によって違うものなのよ。

では、もうひとつ。

As far as we can discern, the sole purpose of human existence is to kindle a light of meaning in the darkness of mere being.

さあ、あなたは、どのように訳しますか?

わたしは次のように意訳しました。

生きる意味って何だか考えてみたことがありますか?

本当に生きたいって言う目的を見つけることが人生なのよ。

もっとうまい訳が見つかったら、

ぜひコメントに書いてくださいね。

ところで卑弥子さんが面白いサイトを立ち上げました。

あなたも、もっと笑って楽しい気分になれます。

次のリンクをクリックして覗いてみてね。

■ 『あなたのための笑って幸せになれるサイト』


『即興の詩バンザイ (2010年12月4日)』より

上のどの言葉が重要なん?

どれも大切な言葉やけれど、3番目が特に大切やがな。 つまり、自殺しなくても、人間は必ず死ぬ時がやって来るねん。 そやから、死ぬことよりも生きることが大切やがなァ。

そやかてぇ、テレーズさんは夫の愛を失ってしもうたと思い込んで自殺しやはってん。 つまり、生きる目的を失(うし)のうてしまいはったのやでぇ。

そやから、わては言うたがなァ。 人はいつかは死ぬのやから、死に急ぐことはないねん。 

本当に生きたいって言う目的を

見つけることが人生なのよ。

ジューンさんが言ったように、テレーズさんは夫の愛をもう一度取り戻すことを目的に生きるべきやったのやァ。

そやけど、テレーズさんはフランソワさんの愛を取り戻せるやろか?

あのなァ~、フランソワさんはテレーズさんを愛していたのや。 決してテレーズさんを嫌っていたわけではない。 でもなァ、テレーズさんは、めれちゃんのようにフランソワさんを独占したかったということなのやァ。

そのようなテレーズさんが救われる道はあったのやろうか?

もちろんやァ。。。寂聴さんも次のように言うてるやないかいな。

生きることは愛すること

本当に生きたいって言う目的を見つけたら、あとはその目的のなめに寿命を全(まっと)うするだけや。

そうすれが、最後には救われるのォ~?

そうやァ。

その根拠は。。。?

あのなァ~、記事が長すぎてしまったから、また明後日、話すことにするわなァ。 あしからず。。。

【レンゲの独り言】

ですってぇ~。。。
また、ちょうど良い所で尻切れトンボになってしまいました。

とにかく、興味深い話題がさらに続きます。
あなたもどうか、またあさって読みに戻ってきてくださいね。
では、また。。。

メチャ面白い、

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こんにちはジューンです。

夏目漱石の『吾輩は猫である』の中で

猫ちゃんが言ってます。

長生きはしたいもんだな。

どんな僥倖に廻り合わんとも限らんからね。

その通りですよね。

死んでは何もかも失ってしまいます。

生きていれば、期待できないような幸運も

訪れるかもしれないのです。

それにつけても、年はとりたくないですよね。

でも若さは、いくつになっても保つことができるものですよ。

うそだ~♪~い!?

あなたは、たぶん心の中で

そう思っているでしょう?

では、ここで英語の格言を取り上げてみます。

あなたも、いつまでも心の若さを保ってくださいね。

Age is foolish and forgetful

when it underestimates youth.

– J. K. Rowling,
Harry Potter and
the Half-Blood Prince, 2005

さあ、あなたはどのように訳しますか?

わたしは次のように意訳してみました。

若さを軽く見ていると、

いつの間にか愚かに年を重ねるものなよね。

では、次。。。

In youth we learn;

in age we understand.

– Marie Ebner von Eschenbach

さあ、あなたは、どのような意味にとりますか?

わたしは次のように解釈しました。

若い時って、たくさんの事を学ぶべきなのよ。

そうすれば年を取ってから、

いろいろな事が理解できるものなのよ。

どうですか?

あなたも若いうちに、できるだけ

たくさんの事を学んでくださいね。

そうすれば、いつまでも

若いままで居られるのですわ。

ところで、卑弥子さんが面白いお話を集めて

楽しいサイトを作りました。

次のリンクをクリックして

ぜひ覗いてみてくださいね。

■ 『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ

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