日本人の精神年齢


 
2011年1月16日 (日曜日)
 
 
日本人の精神年齢
 
 
亡国の徒

 

福田和也氏が最近、辛辣で正鵠を射た『なぜ日本人はかくも幼稚になったのか』という論文の中でいっていた通り、幼稚というのは頭が悪いとか物を知らないということではなく、肝心なことについて考えない、何が肝心なのかがわからないということです。

その限りで、幼稚な人間が何についてどう考えようとも、それはまともな人間から眺めればただ愚かしいことでしかありません。


11-12ページ 『亡国の徒に問う』
著者: 石原慎太郎
2001年3月15日 第8刷発行
発行所:株式会社 文藝春秋

デンマンさん。。。あんさんは日本人が幼稚やと言いたいん?

いや。。。わては言うとらんでぇ~。。。石原さんが本の中で、そう書いてるねん。

あんさんも同意してはるのやろう?

いや。。。わては別に今更日本人が幼稚やと言うつもりはないねん。

どうして。。。?

そんな事はマッカーサーが60年以上前に言うてたでぇ~。。。わてかてその事で記事を書いたことがあるねん。

貴重なコメントありがとう!

1月3日か4日に、

この事で記事を書きます。

(デンマン)

2005-12-31 10:06:27

yama君、
onuki君、

貴重なコメントありがとう!1月3日か4日に、この事で記事を書きます。

ところでonuki君、キミはなぜしっかりとキミのブログかホムペのURLを書けないの?

http://blog.goo.ne.jp/denman/e/onuki.jugem.cc/

onuki君、キミは僕のURLを使っているんだよ!
つまり、ネチケットに反しているどころか
“成りすまし犯罪者”と呼ばれても仕方が無いんだよ!

2ちゃんねるで“生まれ育つ”と君のような人間になってしまう。日本のネットの特有な現象ですよ!
平気で他人を名乗ったり他人のURLを使う!

onuki君、キミは社会的にまだ自我が確立していないんですよ!マッカーサー元帥が言ったように、まさに小学校6年生程度の社会意識と頭の程度しか持って居ない!

マッカーサー元帥も昭和20年代当時の日本人が“小学校6年生”程度だと言っていたんですよ。これは当時の日本人全体の国民性を否定したわけじゃない!
当時の日本人国民を批判したものですよ!

onuki君、キミは“批判”と“否定”の区別さえ出来ない!

小学校6年生でも“批判”と“否定”の区別が出来る生徒は居ると僕は思います。僕はできました!

僕は人格否定などしていない!
onuki君、僕を批判するときには僕のこれまでの記事をじっくり読むべきですよ!

“敵を知り己を知れば百戦危うからず”

onuki君、キミは“批判の基本”が全く理解できていない!
しかも、世界的なネチケットも心得ていない!
さらに、僕のURLを使うという“成りすまし犯罪”を犯している!
2ちゃんねるのやり方が世界のネットだと思ってもらっては困りますよ!
少なくとも僕にコメントを書く時にはキミのURLをしっかりと書いてくださいね。

何度も書いているように小学校4年生でもしっかりとURLを書いてくれました。

キミは自分のURLを書いてないばかりか、僕のURLを使っているんですよ!
つまり、キミは成りすまし犯罪者なんですよ!
このことをじっくりと考えてから、もう一度しっかりとしたコメントを書いてくださいね。

僕は出来の悪い小学校6年生の駄文に対してコメントを書きたくないですよ!
“小学校6年生”と言われるのがイヤなら、なぜマッカーサー元帥は、当時の日本人のことを“小学校6年生程度”と言ったのか?onuki君、キミはじっくりと考えてみる必要がありそうですね。

じゃあね。
じっくり反省してからまた書いてね。
お待ちしています。


『2ちゃんねるで“生まれ育つ”と、
どういう人間になってしまうのか?』
より
(2006年1月8日)

つまり、あんさんも日本人が精神年齢12歳やと思うてるやん。

上の記事を書いた当時、わてもそう思うてたのやァ。

今は、日本人は幼稚やないと、あんさんは言いたいん?

いや。。。やっぱり幼稚なところもあるねん。 うへへへへへ。。。

笑っている場合やないがな!。。。どういうところが幼稚やねん?

あのなァ、石原さんが本の中で面白いエピソードを披露しているのやァ。 ここに書き出すから、めれちゃんもじっくりと読んでみたらええやん。

私が当時在学していた湘南中学という、戦時中は多くの学生を海軍士官の要員として送り込んでいた、さながら江田島の兵学校の予備校のごとき観のあった学校で、敗戦の途端に目にさせられたものの印象を未だに忘れられずにいます。

今まで現人神天皇のために散華せよと幼い生徒たちに熱心に説いていた教師たちが、一夜明けると軍国主義を非難し、デモクラシーなるものをしきりに説き始めた。聞きなれぬデモクラシーなるものを当の教師たちもまだよく理解できてない様子で、毎週一度体育館に生徒全員を集めて固い板の床に座らせ自由主義と民主主義がいかにに異なるかを口酸っぱく繰り返していたが、こちらは聞きながらうんざりして、要するにそれを説く教師の方が実はまだよくわかっちゃいないのだということだけは理解できました。そんな教師の姿は子供の目にも周章狼狽としか映らなかった。

そんなころ、私自身の身に関して忘れられないある出来事があります。
敗戦の後、学校の授業が始まって通学を開始したもう夏の終わりの9月の末のある暑い日、下校して駅で電車を降りまだバスも無かった頃でしたが逗子の町の小さな商店街を抜けて家に帰る途中、とおりの向こうから若いアメリカ兵がどこかで酒を飲んだ様子の足取りで、酔いをさますためにだろうアイスキャンデーをしゃぶりながら歩いてくるのを目にしました。

(中略)

狭い商店街の真ん中を勝者たるアメリカ軍のまだ子供臭い顔をした兵隊が歩いて来るのを見ただけで町の人たちは怖々と立ち止まり相手を避けるようにして道を開け、周りが自分たちを見て怯えているのがわかるほど連中は得意気に大手を振って歩いてきました。

天の邪鬼な私はそれが小癪で、私だけは他の町の人たちのようには道を開けず彼等をまったく無視して真っ直ぐ歩いていきそのまま擦れ違おうとしたら、皆が恐れて道を開ける中でこの子供一人がそうせずに生意気なと思ったのでしょう、擦れ違いざまに兵隊の一人が手にしていたアイスキャンデーでいきなり私の頬を殴ってきた。彼がしゃぶっていたアイスキャンデーは私の頬に当たっただけでそのまま崩れて飛んだが、私はそれをも無視して全く何も無かった顔でそのまま歩み去りました。

ところが小さな町のせいでその噂が一夜にして尾ひれ羽ひれがついて広がり、私がアメリカ兵に反抗して袋叩きに遭ってとか、はては殺されたとかいうことになったらしい。で、次の日登校のためにいつもの時間の電車に乗ったら周りの皆が驚いて確かめるように私を見直し、いろいろ聞かれて当惑したものです。

私にとって面妖だったのは、どこからかそれを聞いた学校の教師たちがその出来事をどうとったのか極めて動揺して、放課後私を密かに教員室ではなしに校長室に呼んで事情を質し、ある者は私のとった行動を何に気がねしてか遠回しに非難しようとし、他の教師がそれをたしなめたりし、要するに彼等の説教としては時期が時期なのだからあまり無理をしてはいけない、とにかく自重しろということでした。そう言われて子供の私が抱いたのは、ただただ大人たちに対する軽侮の念だったのを今でも覚えています。


13-15ページ 『亡国の徒に問う』
著者: 石原慎太郎
2001年3月15日 第8刷発行
発行所:株式会社 文藝春秋

町の人たちはアメリカ人が怖いので道を開けてしもうた。 そやけど石原さんは癪に障ってアメリカ人を無視してまっすぐに我が道を歩いていったのですやん。 りっぱですがなァ。

めれちゃんは石原さんの行動が立派やと思うのか?

そやかて町の人たちは、ただ怖がって道を開けてしもうたのですやん。 わたしだって通りの真ん中をアメリカ兵が我が物顔に歩いていたらムカつきますやん。

めれちゃんは、そのアメリカ兵に対して抗議するのんか?

あたりまえやん。

そうやなァ~。。。めれちゃんならば、わてに毒づいたようにアメリカ兵にも毒づくやろなァ。

じいさん、

永久に近づくな。

めれんげは自分の思うままに
詩を書きたいのだ
自由に心のままに。

ネガティブな詩だってある。
そこに喰らい付いてきて、
気持ちの悪い文章を書くじいさん。
アンタは本当に面倒くさい奴だ。

アクセス禁止にしたところで、
どうせipを偽装するんだろうな。

ハッキリ言う。
一度はアンタと和解したが、
そんなことはもう、決してありえない。
なぜかと言うと、
めれんげの気持ちをわかったつもりで、
見当違いのコメントを書いて
わたしのブログを汚すからだ。

何より許せないのは、
アンタの「言葉泥棒」だ。
都合のいいところだけ抜き出して、
さも、アンタと通じ合っているような
文章を垂れ流していることだ。

それに、何年も前の文章を
いつまで使い続けるつもりなんだ。
わたしはいつまでも
同じ所に立ち止まっているわけではない。
アンタが同じネタを使っていることで、
アンタの進歩のなさを露呈しているんだ。

気持ち悪い「愛のコラボ」ってなんだ?
それも結局は、アンタの脳内で
わたしの創作を侮辱しているってことだ。

アンタとわたしとではレベルが違う。
アンタは人の書いたものなしでは、
何も書けない貧困な人間だ。
クリエイティビティもないくせに、
「文学的素養」について語るな。
わたしが心の底から苦心して
絞り出した言葉を
アンタはのうのうと使いまわして
さも自分が知識人であるように装っているだけだ。

そして、さもしいアンタは、
他人を馬鹿呼ばわりして、
自分のブログのネタとして使う。
オリジナリティもないアンタには、
自分で何かを創りだす能力なんて
ないからだろうな。

じいさん。
アンタは自分が思う以上に、
ネットの中で、飽きられているぞ。
アンタに構ってくれた人たちは、
もうアンタになんて目もくれていないだろう?
それはアンタの薄っぺらさを
みんなが気付いたからだ。

わたしはアンタにつきまとわれているから、
こんな文章を書かざるを得ない。

とにかく一言言いたいのは、
「死ぬまでわたしに関わるな。
ネタにもするな」

ということだ。

by merange (めれんげ)

October 05, 2009 19:36


『極私的詩集 永久に近づくな』より

『相手にされない成りすまし馬鹿』に掲載
(2009年11月22日)

デンマンさん!。。。また、わたしの絶交状を持ち出してきやはってぇ。。。いったい何度持ち出せば気がすむの?

石原さんはアメリカ兵にムカついて、つっかかっていけんかった。 もし、めれちゃんならば、ボロクソに言うやろうと思ったのや。 それで、上の絶交状がすぐに思い浮かんできたのやがなァ。。。うへへへへへ。。。

もし、わたしが石原さんの立場にいたら、アメリカ兵に対して毒づくと、あんさんは思いはるのォ~?

めれちゃんならば、やりそうやがなァ。 そやけど、めれちゃんは“女の武器”が使えるという計算があるさかいに、アメリカ兵に向かって毒づくことができると思うのや。 つまり、頭のええめれちゃんならば“女の武器”を計算に入れていると思うでぇ。

その“女の武器”って何やねん?

めれちゃんは、きっと次のように言うねん。

あんたらァ!
ここをどこだと思うてるねん?
日本は戦争に負けはしたけれど、心まで負けたわけではあらへんでぇ~!
何千人という神風特攻隊の若者が血と涙を流して守ったこの土地に、あんさんら二人は悪がきのようにアイスキャンデーを食べながら歩いてるねん。
そんな振る舞いは、この大和魂(やまとだましい)の国では許されへん。
さっ。。。そのアイスキャンデーを今すぐに捨てなはれ!

ん。。。?いややのォ~? どうして。。。?
この日本のクソ暑さの中ではアイスキャンデーでも食べへんと居られんのォ~?

何を言うてけつかんねん! あんたら、今、いくら持ってるん? ん。。。? 150ドル?
それでぇ、そっちのにいちゃんはどうやの? ん。。。? 160ドル?

そんじゃあ、50ドルづつ出しいなあああァ! ん。。。? 何すんのかってぇ。。。?
あんたら二人と遊んであげるねん。 うしししし。。。
あんたらに大和撫子(やまとなでしこ)の強さを見せてあげるねん!

デンマンさん!。。。これではまるで、わたしがパンパンになったようですやん。

そうやがなァ。。。日本の男は敗戦ですっかり意気消沈してしもうたのやがなァ。 めれちゃんのような逞しい女が日本の大和撫子の強さをアメリカ兵に見せたのやがな。 戦後の日本で強くなったものは女とクツシタやと言われたのやがな。

つまり、石原さんは黙っとらんで正々堂々とアメリカ兵に向かって、どうしてアイスキャンデーでいきなり頬を殴ったのか!?とことん非道を責めるべきやったと、あんさんは言わはるの?

そうやァ。。。当然のことやがな。 めれちゃんかてアメリカ兵に立ち向かってゆくのや。 石原さんにできんことはなかったでぇ~。。。

そやかて、石原さんはまだ中学生やった。 できるわけあらへん。

あのなァ、石原さんは次のように書いてる。

要するに彼等の説教としては時期が時期なのだからあまり無理をしてはいけない、とにかく自重しろということでした。そう言われて子供の私が抱いたのは、ただただ大人たちに対する軽侮の念だったのを今でも覚えています。

つまり、「自重しろ」と言われたのや。 そう言われて中学生の石原さんは大人たちに対して軽侮の念を感じたと言うのやがな。

だから。。。?

だから、先生も石原さんも50歩百歩ということやがな。

どういうこと。。。?

めれちゃんならばアメリカ兵に面と向かって抗議するのや。 そして、絶対に謝らせるやがな。 もしかすると、めれちゃんは二人の150ドルと160ドルを巻き上げかねへん。 めれちゃんの絶交状を読むと、わてはそのぐらいの意気込みを感じるねん。

つまり、石原さんもアメリカ人に謝らせるべきやったと、あんさんは言わはるの?

そうやァ。

それは「言うは易し行うは難し」ですやん。 あんさんが石原さんの立場やったらアメリカ兵に立ち向かってゆくと言わはるの?

そうやァ。 少なくとも相手に非があれば、やっぱり、そのままにはせんと思うでぇ。 かつて、その事で記事を書いたことがあるねん。 

本当に法の下で

平等になっているか?

日本国憲法の下では、日本人は法人も含め、法の下に平等です。
例え国を訴えても、日本国憲法の下では公人も私人も平等です。
法律的にはそうなっています。

しかし、現実には“縦社会”の日本は、なかなかそのようにはゆかない。
なぜなら、江戸時代の“負の遺産”である身分制度の名残があって、上で僕が説明したように“縦社会”に生まれ育ったスマットさんは無意識のうちに“縦社会”的思考にすっかりはまっています。

じゃあ、“横社会”ではどうなっているのか?

僕のエピソードをここでお話します。
カナダには全国に支店網を持っている大きなカナダの銀行が7つあります。
その一つがノバ・スコシア銀行です。

バンクーバーのロブソン・ストリートの支店に僕はアカウントを持っているのですが、ここで働いている女子行員と借入金の限度額について交渉していた時の話です。
担当の女性は“オフィサー”という肩書きを持っていましたから、日本流に言えば個室を持っている課長級の人でしょう。

ところが、電話したのに折り返しの返事はよこさない。
僕がその事を追求したら、対応の仕方がふざけている。
僕と電話で話している最中に、同僚と冗談言って笑ったりしている。
僕が常識を持ち出して相手の非を説明したのに全く取り合おうとしない。

僕はかなり頭にきたので、本社の人事・教育担当の副社長にタラタラと苦情の手紙を書きました。
要するに訓練・教育の不行き届きですよ!と書いたわけです。
“お上”にお伺いを立てたのではありません。
僕と法の下で平等同等な副社長の責任を追求したのです。

もちろん僕はその副社長と面識はありません。
彼は僕の事も知りません。
でも、2ページに亘(わた)る丁重な手紙をもらいました。
翌日、支店長から謝罪の電話をもらいました。

つまり法の下での平等ですよ。対等ですよ。
どこの馬の骨だか分からないような僕が手紙を書いたからって、無視しません。

ところが“縦社会”では、このようには行きません。
ナイトメア・ネッツ(仮名)というブログサービスを運営している会社があります。
中国地方の小さな会社ですよ。
この社長がナイトメア・ブログの管理人をしています。

もちろん、“お上” の “縦社会思考” にどっぷりとつかっている“田舎侍”は“武士気取り” で “問答無用!”と言って、僕のブログを丸ごと“切り捨て”てしまいました。

問答無用!のあとの削除です!


『縦社会と横社会 (再考)』より
(2006年2月25日)

あんさんは命の危険がなかったさかいに、上のような事をしやはってん。 当時、石原さんがアメリカ人に向かっていったら命の危険があったのやでぇ~。。。

あのなァ~、命の危険を感じたら、その若いチンピラのアメリカ兵など、はなから相手にすべきではないねん!

“馬鹿を相手にするな!”

それが日本人の常識やないかいな!

つまり、石原さんは馬鹿なアメリカ兵を相手にしたのでキャンデーでいきなり頬を殴られたと、あんさんは言わはるの?

その通りや。 わてなら精神年齢が12歳やと言ったマッカーサーのところに抗議しにゆくねん。

それは、あんさんが今やから言えることですやん。

あのなァ~。 わてのマンションの近くの高校のサッカー場のヘンスに次のような看板がかかってるねん。

Clean up after your dog!

犬をどうしろというねん?

あなたの犬がウンチをしたらあなたが片付けてね、と書いてあるねん。

それが石原さんと何の関係があるん?

あのなァ、アイスキャンデーで石原さんの頬を殴ったチンピラのアメリカ兵は、まさに道理が分からん犬と同じやんか。 その犬に、まともにぶつかっていったとて話が通じるわけがないねん。

つまり、飼い主のマッカーサーに話をしろ!と、あんさんは言わはるの?

石原さんは、少なくとも話の分かる上官のところに行くべきやったのや。

そやかて、当時、石原さんは中学生だったのやでえ。 そこまでの知恵が回らんかったのやァ。 現在の石原さんならば、そうしやはったかも知れへん。

あのなァ、人間は大人になると中学生の頃とはずいぶんと変わるかも知れへん。 

“三つ子の魂百までも”

でもなァ、上の諺のように変わらない部分もあるねん。

つまり、石原さんの政治姿勢には、アメリカ兵にキャンデーで頬を殴られた時のような、今でも変わらない所があると、あんさんは言わはるの?

そうやァ。

その根拠は。。。?

記事が長くなったさかいに、この続きは次回に書くことにするわ。 めれちゃんも楽しみにして待っててなァ。

【レンゲの独り言】

ですってぇ~。。。
肝心なところで尻切れトンボになってしまいました。
面白くなりそうですわ。

とにかく、さらに興味深い話題が続くと思います。
あなたもどうか、またあさって読みに戻ってきてくださいね。
では、また。。。

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

“三つ子の魂百までも”

そうですよね。

幼児の頃の教えやしつけは

終生、その子供の心に

刻み込まれてしまいますよね。

さて、上の諺を英語で何と言うのでしょうか?

いくつか言い方がありますよ。

よく見かけるものに次の言い方があります。

The child is the father of the man.

つまり、幼児の頃のしつけが

大人になってからの性格を

形付ける、と言う事です。

次の諺は、そのものズバリを説明しています。

What is learned in the cradle is

carried to the grave.

ゆりかごで習い覚えたことは、

墓場まで持ってゆく

次の言い方も分かり易いです。

The leopard cannot change its spots.

ヒョウがもって生まれた斑点は

自分で変えることはできない。

その通りですよね。

ところで、英語の面白いお話を集めました。

時間があったら覗いてみてくださいね。

■ 『あなたのための愉快で面白い英語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ

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