女に溺れる清盛


 

2012年12月29日 (土曜日)

 

女に溺れる清盛


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デンマンさん。。。 どうして急に「女に溺れる清盛」というようなタイトルを貼り出したのでござ~♪~ますか?


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いけませんか?

だってぇ、見え透いておりますわ。

何が見え透いているのですか?

ショッキングなタイトルを掲(かか)げて、ネット市民の皆様の目を引き付けようとしていますわ。。。 そうやって記事を読んでもらおうという汚(きたな)らしい動機が見え透いているのですわ。 デンマンさんのお相手を勤めるあたくしとしては、心がとっても痛むのでござ~ますう。

マジっすかァ~。。。?

マジも、フマジもござ~ませんわ。 平清盛様が迷惑すると思うのですわ。

まさかァ~。。。

まさかも、やさかも、とさかも、ござ~ませんわ。 下心が無いのでしたら、どうして急に「女に溺れる清盛」というようなタイトルを貼り出したのでござ~♪~ますか?

あのねぇ~、夕べ、久しぶりに『平家物語』を上下巻とも読み終えたのですよ。


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またバンクーバーの市立図書館から借りて読んだのでござ~ますか?

いけませんか?

ケチらないで買って読んで下さいましな。

図書館で読めるのだから、わざわざ買うこともありませんよ。 僕は本を買わない主義なのですよ。

どうして。。。?

買い始めるときりが無い。 図書館を作るようなものですからね。 (微笑)

。。。で、英語で書かれた『平家物語』を読んだのでござ~ますか?

もちろん日本語ですよ。 日本語の現代語訳で書かれた『平家物語』ですよ。 かつて高校の古文の時間に先生が『平家物語』を教材にしたことがあるのです。 でもねぇ、その時、難しいという印象があったから、僕は投げ出してしまったのですよ。 だから、ずいぶん長いこと読んでなかったのですよ。

それで、現代語訳ならば読めそうだと思って読み始めたのでござ~ますか?

そうですよ。 驚いたのは、あの有名な「祗園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声。。。」で始まってから 30ページ目に「祗王(ぎおう)」が出てくるのですよ。

30ページ目に「祗王(ぎおう)」が出て来たので驚いてしまったのですか?

だってぇ、そうでしょう! 30ページ目に「祗王(ぎおう)」の話が出てくるのを知っていれば、僕はもっと熱意に燃えて『平家物語』を読み進めたのですよ。 ところが、難しい古文で興味をかき立てない、面白くも無い平安時代の公家の名前がダラダラ、ダラダラと。。。これでもか、これでもか、というようにウンザリするほど出て来た。 「こんなのまったくおもしろくねぇ~。。。!」 そう思って僕はマジで投げ出したのですよ。 ちょっと我慢すれば、30ページ目に「祗王(ぎおう)」の話が出てくる。 それを知っていれば僕は投げ出しませんでしたよ。

つまり、女に溺れるのは清盛さんではなくてデンマンさんだってぇ、充分に女に溺れるような性格なのでござ~ますわねぇ。

あのねぇ~、男はもともと生物学的に女に溺れるようにできているのですよ。 だから、地球上を見てください。 地球の歴史が始まって約50億年。。。 地球のどこにでも人間がいる。 北極にも南極にも人間がいる。 地球始まって以来、動物で人間ほど子供を増やした種は、他には居ないのですよ。 男が女に溺れない性格だったら人間はこれほど地球上で繁栄しなかったのですよ。

生物学と文学を一緒にしないでくださいな。。。んで、『平家物語』を読んでみて改めて清盛さんが女に溺れるタチだと理解したのでござ~ますか?

違うのですよ。 僕は清盛さんに少し同情するようになったのですよ。

清盛さんに少しばかり同情するようになったとは、どういうことでござ~ますか?

僕はかつて卑弥子さんと清盛さんについて語ったことがあったのですよ。

そうでしたかしら?

ほらねぇ~。。。 卑弥子さんも忘れているくらいだから僕もすぐにはその記事のタイトルを思い出すことができなかった。 でも、間違いなく清盛さんを貶(けな)すような記事を書いたことがあるのですよ。

いったいどのような記事ですか?

どうしても思い出せないので、GOOGLEで検索してみたのですよ。 その結果を見てください。


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「祇王 デンマン 卑弥子」を入れて検索した結果ですよ。 卑弥子さんと「祇王」について語り合った記事が99件ヒットしたのですよ。

あらっ。。。デンマンさんと共に「祇王」について99回も語り合いましたかしら?

もちろん、すべてが記事というわけではないのですよ。 赤枠で囲んだページに注目してください。 これはGOOのブログの中で「仏御前」について書いてある記事のリストなのですよ。 そのページに飛んで行ってソフトカメラで撮ってきたので、ここに貼り出しますから卑弥子さんも見てください。


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あらっ。。。デンマンさんの記事がリストに載っているではござ~ませんか!

その通りですよ。 『女に溺れて女で滅ぶ』平清盛さんという記事を書いていたのですよ。


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『女に溺れて女で滅ぶ』

あらっ。。。今年(2012年)の6月24日にGOOのブログに投稿された記事ですわね。 『女に溺れて女で滅ぶ』平清盛さんについてデンマンさんと語り合った事など、あたくしもすっかり忘れていましたわ。

卑弥子さんは次のエピソードを聞いて喜んでいたのですよ。 思い出してください。


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牛若の目がさめます

義経の幼名は牛若丸であり、母は常盤(ときわ)という。
常盤は平清盛に敗れた源義朝の妾である。
義朝との間に、三人の男児を生んだ。
七歳の今若、5歳の乙若(おとわか)、そして一歳の牛若を連れ、逃げ隠れていたが、老母が清盛に捕えられ、むごい目にあっているのを聞いて、子どもと共に自首して出た。
義朝憎しで、一族全滅を遂行していた清盛は、常盤をひと目見たとたん、カッ、と頭から熱を発した。
何しろ、「常盤と申すは日本一の美人なり」(『義経記(ぎけいき)』)
年恰好からいって、色気もふんぷんだったろう。
のぼせ上がってしまったのである。


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清盛は、子の助命を願う常盤に、条件を出した。
自分に従うなら、助けてやってもよい。
舌なめずりしながら迫ったことであろう。
常盤は三児の将来に希望を託し、応諾した。

そこで、川柳子の登場である。
「牛若の 目がさめますと 常盤言ひ」
「義朝と おれとはどうだ などとぬれ」

この川柳をもっと露骨な文章に仕立てたのが、春本である。

(読み易いように改行を加えました。
イラストはデンマン・ライブラリーより)


28-29 ページ 『春本を愉しむ』
著者: 出久根 達郎
2009年9月20日 第1刷発行
発行所: 株式会社新潮社

『色欲は歴史を変える』に掲載
(2012年6月23日)

デンマンさん、んもおォ~。。。 いい加減なことをぬかさないでくださいましなァ! あたくしは決してエロい話を聞いて喜んだりしませんでしたわ。

あれっ。。。 そうだったかなァ~。。。 かなり面白そうにしていましたよ。

そんな事よりも仏御前はどうなったのですか?

だから、そのことですよ。 その事が言いたくてこの記事を書こうと思ったのですからね。 卑弥子さんは次のように語ったのですよ。

白拍子というのは、平安時代後期に活躍した、
一口で分かりやすく申し上げるならば、
芸者のような者でござ~♪~ますわ。


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このように白の水干(すいかん)に
立烏帽子(たてえぼし)、白鞘巻(しろさやまき)という男装で
「今様」と呼ばれる歌を謡(うた)いながら、
男舞と呼ばれる舞を舞うのでござ~♪~ます。

白拍子であった祗王(ぎおう)は、
時の権力者・平清盛の寵愛を受け、
彼の館で幸せに暮らしておりました。
あるとき、清盛に歌舞を披露したいという
別の白拍子が現れたのです。
その者が仏御前だったのですわ。

ただの白拍子に過ぎない仏御前を清盛は追い返そうとしました。
でも、遠路はるばるやってきた彼女を見かねて、
心の優しい祗王がとりなしたのでござ~♪~ますわ。
それで、仏御前は清盛に舞を見せることになりました。
しかし、これを見た清盛は心を奪われ、
仏御前を寵愛するようになってしまったのでござ~♪~ます。

皮肉なものでござ~♪~ますわねぇ~。
男と言うのは本当に浮気なものでござ~♪~ますわ。
祗王の座を奪う気持ちのない仏御前は辞退しようとしました。
しかし、それに気づいた清盛は、
邪魔な祗王を追放してしまったのですわ。
本当に悲しい事でござ~♪~ますゥ。


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萌え出づるも

枯るるも同じ

野辺の花

いづれか秋に

あわではづべき

館を出る祗王がせめてもの忘れ形見にと
詠んだ句でござ~♪~ます。

さらに翌春、清盛は退屈している仏御前を慰めるためといって、
祗王に仏御前の前で舞を披露することを強要したのです。
祗王は、あまりの屈辱に死を決意するのでござ~♪~ました。
しかし、五逆罪になることを母親が説き、
やむなく祗王は清盛の館へ向かうのです。


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仏もむかしは凡夫なり

われらも遂には仏なり

いずれも仏性具せる身を

隔つるのみこそ悲しけれ

このように謡(うた)いながら舞い踊り、
諸臣の涙を誘ったのでござ~♪~ます。

祗王は都に居れば、
また同じような思いをしなければならないと、
母、妹と共に尼となり、嵯峨の山里で仏門に入るのでした。

当時、祗王21歳、妹の祇女は19歳、
母の刀自(とじ)は45歳でござ~♪~ました。

ところが、ある秋の夕べ、仏御前は祗王の元を訪れたのです。
なぜ。。。? どうした事でござ~♪~ましょうか?


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実は、祗王の運命を自分に重ねて世の無常を思い、
仏御前は、清盛の館を抜け出して
尼となっていたのでござ~♪~ます。

それからのち、祗王一家と仏御前は、余念無く仏道に励み、
みな往生の本懐を遂げたのでござ~♪~ます。

小百合さん、いかがでござ~♪~ますか?
女の身として涙なくしては読めないですよね。
おほほほほ。。。


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それにしても、祗王寺のお庭は
苔がとっても美しいですことォ~。。。
見とれてしまいますわぁ~。
あああぁ~。。。デンマンさんとご一緒に見たいわぁ。。。
うしししし。。。

 


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『愛憎と苔寺』より
(2008年10月7日)

どうですか、卑弥子さん。。。 思い出したでしょう?

もちろんですわ。。。 鮮明に思い出しましたわ。 祗王と、その妹の祇女、そして二人の母親の刀自(とじ)。。。 それに仏御前。。。 女の悲しみが、あたくしの胸にもヒシヒシと感じられたものでござ~ますわァ。

マジで。。。?

デンマンさんは、あたくしの言うことをお疑いになるのでござ~ますか?

その。。。 急に。。。急に涙を受けべたりしてわざとらしいですよう。 うしししし。。。

そのような事を言わなければ、これをご覧になっているネット市民の皆様には、わからないのでござ~ますわ。 どうしてあたくしに恥をかかせるのですか? んもおォ~。。。! そんな事よりもデンマンさんが清盛さんに同情したというのは、どのような訳でござ~ますか?

あのねぇ~、『平家物語』をじっくりと読んで考えてみたら、どうやら仏御前の話は清盛さんを貶(おとし)めるための創作だという気がしてきたのですよ。

清盛さんを貶(おとし)めるための創作。。。?

そうですよ。

でも。。。 でも。。。 どうして清盛さんを貶(おとし)める必要があるのでござ~ますか?

あのねぇ~。。。、平清盛は日本史上「悪者」として評価され続けてきたのですよ。 たとえば、あの有名な道鏡もそうですよ。 だから道鏡などは未だにエロい冗談が巷の間で次のように囁(ささや)かれている。


(doukyoux.gif)

つまり、清盛さんも日本史の時間に悪者として教えられたのでエロい話がたくさんあるとデンマンさんは言うのですか?

そうですよ。

でも、誰がそのように清盛さんを貶めたのですか?

もちろん、平家を滅ぼした源氏ですよ。 源氏は正義の味方として悪者の平清盛とその一族を滅ぼしたということを宣伝したのですよ。 歴史では何度も繰り返されてきたことですよ。 つまり、勝てば官軍なのですよ。

でも、清盛さんを貶めるために仏御前が利用されたのでござ~ますか?

僕は『平家物語』の「祗王」を何度も繰り返して読んでみて、その思いを強くしたのです。

それは、いったいどこでござ~ますか?

次の箇所を読んでみて下さい。


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また京都に白拍子の名手がひとり現れた。
加賀の国(石川県南部)の生まれ、名を仏という。
歳は16とのことである。
京都の人は、上も下も、昔から多くの白拍子は見たが、これほど上手な舞は見たことがないと、しきりにもてはやす。

ある時、仏御前は、
「わたしは、世にもてはやされてはいるが、当世栄(は)えめでたき平家太政(だいじょう)の入道清盛公に召されぬことばかりが心のこり。
遊び女のならいなれば、かまわぬはず。
こちらより、おしかけてみようか」
とある時自分から、西八条の清盛の邸へ伺った。

取り次ぎの者が、「いまは都に名の聞こえた仏御前が参りました」と言上すると、清盛は気色をそこねて、
「なんと、そのような遊び女は、人に召されてくるものだ。
かってに推参(すいざん)する法があるか。
神であろうと、仏であろうと、祗王のおるところへは参ってはならぬ。
早々に追い払え」
と言う。

仏御前はすげないその言葉に、やむなく帰りかけたが、その時、祗王が清盛公に、
「遊び女が自分から参りましたのは、世の常のならわし、それもまだ年端(としは)のゆかぬ者、たまたま思い立って参りましたものを、すげなく申されて帰すのはふびんでございます。
いかばかりはずかしいことか、はた目にも気の毒です」

(デンマン注:読み易いように改行を加えました。
写真はデンマン・ライブラリーより)


31-32ページ 『平家物語(上)』
2004年10月20日 初版発行
現代語訳: 中山義秀
発行所: 河出書房新社

今で言えば仏御前はこの時、満15歳ですよ。

そうですわね。 昔は歳は数(かぞ)えでしたから。。。

仏御前が清盛の屋敷に行ったのは、ちょうどアイドル歌手の熱狂的なファンがアイドルの家に押しかけて行ったようなものですよ。

そうかしら。。。?

だから、清盛も初めは「招きもしないのに来きやがってぇ~。。。んもおォ~。。。 非常識だ!」と気分を損ねたのですよ。

そうかしら?

そう書いてあるでしょう!

。。。で、それがどうしたのでござ~ますか?

この後、卑弥子さんが話したような話へと進んでゆくのですよ。 それで仏御前は祗王の運命を自分に重ねて世の無常を思い、清盛の館を抜け出して尼となって、祗王が住んでいた庵(いおり)を尋ねたのですよ。 この時、仏御前は次のように言った。

あなたが襖障子(ふすましょうじ)に、「いづれか秋にあはで果(は)つべき」と書きおかれたお言葉、まことにその通りだと心にひしと感じておりました。
いつぞやあなたが屋敷に召されて、今様をおうたいなされたときも、つくづくと浮かれ女の身のつらさを、思い知らされました。
そののちは、いずこへお住まいかぞんじませんでしたが、このほど噂によれば、母子三人様姿を変え、ごいっしょに念仏されている由(よし)、聞くにつけてもうらやましゅうぞんじて、いつもおいとまを願い申しましたが、入道殿はいっこうにおゆるしになりませぬ。
ひとり思いあわせてみますと、この世の栄華は夢の中の夢、楽しみ栄えたとてなんになりましょう。
人の身に生まれ出ることはむずかしく、仏の御教(みおし)えにあう機会もめったにございません。
このたび地獄におちましたなら、いかに生まれ変わり死に変わりましても、ふたたび人間界に浮かび上がることはむずかしゅうございます。
老少不定(ろうしょうふじょう: 老人と若者のどちらが先に死ぬかわからない)の世の中ですから、年が若くともたのみになりませぬ。
出る息のはいる間も待つ暇とてもなく、かげろうや稲妻よりも、なおはかない命—いちじの栄華を誇って、後生知らずと言われんも悲しく、今朝ひそかに館を抜け出して、このような姿になってまいりました。


(hotoke06.jpg)

(デンマン注:読み易いように改行を加えました。
写真はデンマン・ライブラリーより)


45-46ページ 『平家物語(上)』
2004年10月20日 初版発行
現代語訳: 中山義秀
発行所: 河出書房新社

仏御前が祗王に向かって申し述べた上のお言葉がどうだとデンマンさんは言うのでござ~ますか?

いくらなんでも、この話はできすぎているでしょう! 満15歳のミーハーが、まるで60歳の老婆のような悟りを開いている。 「老少不定の世の中、年が若くともたのみになりませぬ。出る息のはいる間も待つ暇とてもなく、かげろうや稲妻よりも、なおはかない命—いちじの栄華を誇って、後生知らずと言われんも悲し」いと15歳や16歳の女の子が言えるわけがない。 この言葉はこのエピソードを創作した作者の言葉です。 仏御前に成り代わって書いているのですよ。

そうでしょうか? あたくしは『平家物語』に書いてある通りに素直に受け取れましたわ。

『平家物語』というのは初めから清盛を悪者に仕立てて書き始めているのですよ。

マジで。。。?

だってそうでしょう! 「祗園精舎の鐘の声。。。」のあとで秦(しん)の趙高(ちょうこう)、漢の王莽(おうもう)、梁(りょう)の周伊(しゅうい)、唐の禄山(ろくざん)のような中国の悪者の名を挙(あ)げて、清盛もこの男たちと同じように「旧主先皇の政治に学ばず、快楽に走り、諫言(かんげん)を受け入れず、天下の乱れや民の愁いも知ることがなかったために滅んだ」と書いてあるのですよ。

つまり、デンマンさんは掌(てのひら)を返したように今では清盛さんのお味方をしたいのですか?

いや。。。もちろん違いますよ。 僕が言いたいのは必要以上に他人を貶(おとし)めるためのエピソードをでっち上げるのは悪いことだと言ってるのですよ。

つまり、『平家物語』の「祗王」のエピソードはでっち上げだとデンマンさんは断定なさるのですか?

もちろん、すべてがすべて、でっちあげだと言うつもりはありません。 「火のない所に煙は立たず」ですからね。 でもねぇ、少なくとも仏御前は一人じゃない。 二人の白拍子の話を組み合わせて話をでっち上げたのですよ。 だから、仏御前の話を読むと、60年生きてきた白拍子が人生の悟りを開いたようなことを言っている。 それは『平家物語』の作者の声ですよ。

【ジューンの独り言】


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ですってぇ~。。。
そうでしょうか?
あなたは、どう思いますか?

『平家物語』は、鎌倉時代に成立したと言われています。
だから、平家の栄華を褒(ほ)める事は書けなかったでしょう。
鎌倉幕府のお偉いさんたちに受け入れられるためには平家を貶(おとし)めないといけなかったのでしょうね。

作者については古くから多くの説があります。
吉田兼好の『徒然草』には、信濃前司行長(しなののぜんじ ゆきなが)という人物が平家物語の作者だと書いてあります。
生仏(しょうぶつ)という盲目の僧に教えて語り手にしたとしています。

後鳥羽院の御時、信濃前司行長稽古の譽ありけるが (中略) この行長入道平家物語を作りて、生佛といひける盲目に教へて語らせけり。

(徒然草226段)

その他にも、生仏が東国出身であったので、武士のことや戦の話は生仏自身が直接武士に尋ねて記録したことや、更には生仏と後世の琵琶法師との関連まで述べているなど、その記述は実に詳細です。

この信濃前司行長なる人物は、九条兼実に仕えていた家司で中山(藤原氏)中納言顕時の孫である下野守藤原行長ではないかと推定されています。
また、『尊卑分脈』や『醍醐雑抄』『平家物語補闕剣巻』では、顕時の孫にあたる葉室時長(はむろときなが、藤原氏)が作者であるとされています。

藤原行長とする説では、信濃に縁のある人物として、親鸞の高弟で法然門下の西仏という僧とする説もあります。
この西仏という人物は、大谷本願寺や康楽寺(長野県篠ノ井塩崎)の縁起によると、信濃国の名族滋野氏の流れを汲む海野小太郎幸親の息子で幸長(または通広)とされており、大夫坊覚明の名で木曾義仲の軍師として、この平家物語にも登場します。
ただし、海野幸長・覚明・西仏を同一人物とする説は伝承のみで、史料的な裏付けはありません。

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