田中角栄と軽井沢


 

2016年4月21日 (木曜日)

 

田中角栄と軽井沢

 


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大正9年建築の徳川家の別荘だったが、

その後、田中角栄元首相の所有となり、

現在は財団法人「田中角栄記念館」の分館


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デンマンさん。。。今日は角さんと軽井沢の別荘のお話ですか?


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いけませんか?

別にかまいませんけれど、私が軽井沢に別荘を持ているので、比較のために角さんの別荘を持ち出したのですか?


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別に、小百合さんの別荘と角さんの旧別荘を比較するつもりではないのですよ。

じゃあ、どういうわけで角さんの別荘を取り上げたのですか?

あのねぇ~、夕べ バンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。

日中国交回復が米国を怒らせた


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キッシンジャーにとり、人生最大の業績は1972年2月のニクソン訪中です。
キッシンジャーは隠密外交を展開し、ニクソン訪中を実現しました。
前年7月の計画発表時には、日本に事前通知をしないことで、佐藤首相に繊維問題の報復も行いました。

しかし、訪問はしたものの、中国との国交樹立は1979年まで、できませんでした。
台湾に利権を持つ勢力からの圧力で、米国議会が賛成しなかったからです。 

そんななか、報復したはずの国の新しい首相、田中角栄が1972年9月、日中国交正常化を実現しました。
結果としてニクソン訪中の果実を横取りしたことになります。

キッシンジャーは1972年8月の日米首脳ハワイ会談の直前に、バンカー駐南ベトナム大使と会談し、ここで日本に対する怒りを爆発させています。
「汚い裏切り者どものなかで、よりによって日本人野郎(the Japs)がケーキを横どりした」

こともあろうに、キッシンジャーが日ごろ、つねにバカにしていた日本人にしてやられたことになりました。 (略)

その怒りを目撃していた記者がいました。
元朝日新聞記者ですが、彼は私に次のように話してくれました。

「キッシンジャーはハワイ会談直前に来日し、田中総理との会談を要請しました。
田中総理は、『オレがなんで補佐官と会わなきゃならないんだ』と、会うのを一度断りました。
そこであいだに人が入り、キッシンジャーは田中総理の別荘があった軽井沢まで出かけ、ようやく会えることになったのです。


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そのときキッシンジャーは『日中国交正常化を延期して欲しい』と頼んだのですが、田中総理は一蹴しました。
(略)私(記者)は田中総理に会談の中身を聞いてみましたが、いえるはずがないだろうといわれました。
激しかったのでしょうと聞くと、当然だという返事でした」

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


171-173ページ 『戦後史の正体』
著者: 孫崎 享
2012年8月20日 初版第2刷発行
発行所: 株式会社 創元社

軽井沢で角さんとキッシンジャーが、このようにして会ったのですよ。。。 軽井沢に別荘を持っている小百合さんとしては、興味深いのではありませんか?

でも、この当時 私はまだ軽井沢に別荘を持っていませんでしたわァ~。。。

でもねぇ~、つい最近 『小百合物語』の中でもたびたび登場する卑弥子さんが角さんの事で 次のような興味深いことを言っていたのですよ。


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ですってぇ~。。。
CIAがそれほどまでに日本の政治やメディアや科学の分野にまで深くかかわっているのでしょうか?

あなたは、どう思いますか?

たまには、あなた自身で調べてみてください。

まず、「日本とCIA」と入れてGOOGLEで検索してみてくださいねぇ~。

驚くべき事実を発見できると思いますわ。

CIAは戦後日本で、いろいろな事件に関わりを持ってきました。

田中角栄のロッキード事件。
竹下登が内閣総辞職することになったリクルート事件。
橋本龍太郎が派閥会長を辞任することになった日歯連事件。
小沢一郎が強制起訴を食らった西松建設事件と陸山会事件。

どれにもCIAの関与がウワサされています。

あなた自身で調べてくださいまし。。。

ところで、話は変わりますけれど、
実は、あたくしは毎日ジムに通って女の魅力を鍛えたのでござ~ますわ。

ええっ。。。 どんな女の魅力かってぇ~。。。?

“ヴィーナスのえくぼ”でござ~ますわよう!

うふふふふふ。。。

あなたは信じられないでしょう?

じゃあ、ここでお見せしますわねぇ~。。。


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どうでござ~ますかァ?

この魅力によって あたくしの人気が出てきたのだと思うのですわァ。

うふふふふふふ。。。

ええっ。。。 あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?

どうしてよう?

ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?

あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、
最後には上のようなおヌードになるのですわよう。

信じてくださいましなァ~。。。


『ブッダと物理学』より
(2016年4月19日)

あらっ。。。 卑弥子さんは“ヴィーナスのえくぼ”をゲットしたのですわねぇ~。。。

あのねぇ~、今日は“ヴィーナスのえくぼ”とは全く関係ない話なのですよ。。。 ここで小百合さんが“ヴィーナスのえくぼ”に注目すると話が横道にそれてしまうのですよ。。。

だってぇ~、デンマンさんが卑弥子さんの“ヴィーナスのえくぼ”の写真まで貼り出すからいけないのですわァ。。。 どうしたってぇ、“ヴィーナスのえくぼ”に注目してしまいますわァ~。。。 うふふふふふ。。。

やだなあああァ~。。。 “ヴィーナスのえくぼ”は、また別の機会に話題にするので、今日は角さんのヴィーナスのえくぼ。。。 いや、角さんの別荘の話に関心を向けてください。

デンマンさんは、どういうわけで角さんの別荘にこだわるのですかァ~?

あれっ。。。 やだなあああァ~。。。 もともと僕に角さんの別荘を教えたのは小百合さんなのですよう。


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小百合さんの愛車の このベンツで僕を旧軽井沢の別荘の森に案内して 門の前で車を止めて「ここからでは別荘は見えないけれど、これがあの有名な角さんの別荘なのよ。。。」と、小百合さんが言ったのですよ。。。 覚えているでしょう!?

あらっ。。。 デンマンさんは見かけによらず記憶力がよいのですわねぇ~。。。 私はすっかり忘れていましたわァ。

要するに、小百合さんも角さんのスキャンダルについて関心を持っていたのですよ。

デンマンさんは角さんも CIA の陰謀により政治生命を絶たれたと思っているのですかァ~?

まず間違いありません。。。 CIAが直接関わってないにしても、間接的に日本人を動かしていたことは確かなのですよ。

その証拠でもあるのですか?

僕は直接の証拠を握っているわけじゃないけれど、状況証拠ならばたくさんあります。。。 まず次の小文を読んでみてください。

特捜部は米国と深い関係


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歴史的に特捜部は米国と深い関係をもっています。
まず1947年、東京地検特捜部が占領下で、GHQのために働く捜査機関として発足します。

敗戦直後は、それまで旧日本軍が貯蔵していた莫大な資材が、さまざまな形で横流しされ、行方不明になっていました。
1945年10月にはGHQ自身が、東京の三井信託の地下倉庫からダイヤモンドをなんと16万カラットも接収しています。


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そうした不当に隠された物資を探し出して、GHQの管理下に置くことを目的に設置された「隠匿退蔵物資事件捜査部」が、東京地検特捜部の前身です。
「GHQの管理下に置くことを目的にする」という点に注意してください。
つまり、GHQのために「お宝」を見つけ出す特別の捜査機関。
それが東京地検特捜部の前身だったのです。

 (中略)

過去の東京地検特捜部長のなかで、もっとも興味をひくのは布施健(ふせたけし)でしょう。
彼は戦前、ゾルゲ事件の担当検事として有名でした。
私はこの事件が1941年9月に発覚し、対米戦争の回避を模索していた近衛内閣が崩壊する一因となった裏には、米国の工作があったと考えています。
ゾルゲと親交のあった尾崎秀実は上海でアグネス・スメドレーと親交を結びますが、このスメドレーは1941年に米国国内で、対日戦争の呼びかけを行っていました。

いずれにせよ、G2のウィロビーはゾルゲ事件の報告書をまとめて陸軍省に送っていますから、ウィロビーと布施には密接な関係があります。
さらに布施は、一部の歴史家が米軍の関与を示唆する下山事件(国鉄総裁轢死事件)の主任検事でもあります。

そして田中角栄前首相が逮捕されたロッキード事件のときの検事総長でした。

ゾルゲ事件といい、ロッキード事件といい、いずれも闇の世界での米国の関与がささやかれている事件です。
そのすべてに布施健は関わっています。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


83-85ページ 『戦後史の正体』
著者: 孫崎 享
2012年8月20日 初版第2刷発行
発行所: 株式会社 創元社

あらっ。。。 三井信託の地下倉庫からダイヤモンドを16万カラットも接収したのですわねぇ~。。。

あのねぇ~、今日は16万カラットのダイヤモンドの話ではないのですよ。。。 アメリカの諜報機関と深い関わりを持っていた布施健(ふせたけし)に注目して欲しいのですよ。

つまり、ゾルゲ事件もロッキード事件もアメリカの諜報機関が関係しているとデンマンさんは言うのですか?

いや。。。 僕が言い出したわけじゃなくて、昔から そういう話は裏の社会では当然の事実としてささやかれていたのです。。。 初めて日本社会の表に出したのは“日本の黒い霧”を暴露した松本清張さんだったようです。。。

黒い霧


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1960年、松本清張が発表したノンフィクション『日本の黒い霧』によって生まれた流行語。

松本は第二次世界大戦後のGHQ占領下に起きた事件に取材し、背後に不正や犯罪などが隠されていることを黒い霧にたとえた。

一般には、主に政界・財界の汚職・不祥事に使われた。

現実の汚職・不祥事にも、「黒い霧事件」と名付けられたものが複数存在する。

つまり、ロッキード事件もアメリカの諜報機関と その息のかかった日本人のアメリカ追随派の仕業(しわざ)だとデンマンさんは考えているのですか?

いや、僕が言い出したわけじゃなく、『ウィキペディア』にも次のように書いてありますよ。

ロッキード事件

ロッキード事件は、アメリカの航空機製造大手のロッキード社による、主に同社の旅客機の受注をめぐって1976年(昭和51年)2月に明るみに出た世界的な大規模汚職事件。

この事件は1976年(昭和51年)2月にアメリカ合衆国上院で行われた上院外交委員会多国籍企業小委員会(委員長フランク・チャーチの名から「チャーチ委員会」)における公聴会にて発覚しており、アメリカとの間の外交問題にも発展した。

アメリカ陰謀説

ロッキード事件はアメリカ合衆国の当局が仕掛けた陰謀だ、という説がある。
ホワイトハウス在住記者ジュリー・ムーン(文明子)がヘンリー・キッシンジャー国務長官に「ロッキード事件はあなたが起こしたんじゃないんですか?」と問いただしたところ、キッシンジャーは「オフ・コース(もちろんだ)」と答えている。

中曽根康弘は自著で、事件当時のジェラルド・フォード政権の国務長官であったヘンリー・キッシンジャーが東京に来た際、『ロッキード事件をあのように取り上げたのは間違いだった』と中曽根に語り、「キッシンジャーはこういうことはやるべきでなかったと反対したらしい」と記述している。
さらに同著では「ロッキード事件の原点は角栄の石油政策にある」とも述べている。

他の説

その他にも、この事件が発覚する過程において、贈賄側証人として嘱託尋問で証言したロッキード副社長のコーチャンと元東京駐在事務所代表・クラッターが、無罪どころか起訴すらされていない点、ロッキード社の内部資料が誤って上院多国籍企業小委員会に誤配されたとされる点など、事件に関連していくつもの不可解な点があったため、ソビエト連邦やアラブ諸国からのエネルギー資源の直接調達を進める田中の追い落としを狙った石油メジャーとアメリカ政府の陰謀だったとする説がある。

または中華人民共和国と急接近していた田中を快く思っていなかったアメリカ政府が田中を排除する意味があったとする説が田原総一朗の書いた記事などで当時から有力だ。

また、田中による中華人民共和国との国交成立に反発していた右翼や自民党福田派、その他、田中の政治手法を良しとしない者達が警察と絡んで仕組んだ陰謀説もある。

さらに、三木武夫総理が人気取りと内閣延命のために検察を使って田中を逮捕したという説もある。

検察が対潜哨戒機P3Cの導入がらみの事件を全日空のトライスター受注をめぐる事件としてロッキード事件を捏造したとする説もある。


出典: 「ロッキード事件」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

要するに、最近 日本がダメになっているのは、アメリカの諜報機関と その息のかかった日本人のアメリカ追随派が表になり陰になり動いているからだ、とデンマンさんは言うのですか?

いや、僕が言っているわけじゃないのですよ。。。 『戦後史の正体』にも次のように書いてありますよ。

日本で原発建設が始まったのは

米国の意向


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日本で原子力開発が始まったのは、米国の意向を反映したものでした。
その理由は、第五福竜丸の被爆によって日本人が、急速に半原子力、反米に動くのを阻止することでした。 (略)

日本に原子力発電所を作る動きは1950年代に確立しています。
日本の経済はまだ高度成長が始まる前の段階で、石油が自由に手に入る時代です。
なのに1955年12月に原子力基本法が成立し、翌年1月に原子力委員会が設立され、原子力発電への流れが本格化します。
いったいそれはなぜだったのでしょう。

それは米国の意向を反映したものでした。
1950年代、原子力開発に積極的に関与した人物に中曽根康弘氏と正力松太郎氏がいます。
二人とも米国と強い結びつきを持っています。
CIAは正力氏にポダムというコードネームを与えて利用しようとしていました。

 (中略)

第五福竜丸がビキニ環礁水爆実験で被爆します。
これを契機に、杉並区の女性が開始した原水爆実験反対の署名運動はまたたくまに3000万人の賛同を得、運動は燎原の火のごとく全国に広がった。 (略)
ワシントン政府までが深刻な懸念を抱くようになり、日米双方ともに日夜対策に苦慮する日々がつづいた。

 (中略)

(正力氏の)読売新聞が中心になって、日本国内に原子力平和利用の動きが展開されていきます。
正力松太郎氏はその後入閣し、初代の原子力委員会委員長になります。 (略)
湯川秀樹、石川一郎、藤岡由夫、有沢広巳が委員となります。

こうして、正力松太郎がしかけた原子力発電所への道は大成功を収めます。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


174-177ページ 『戦後史の正体』
著者: 孫崎 享
2012年8月20日 初版第2刷発行
発行所: 株式会社 創元社

『ブッダと物理学』に掲載
(2016年4月19日)

あらっ。。。 原発にはアメリカのCIAも絡(から)んでいたのですかァ~。。。!?

そういうことですよ。。。 CIAは日本の政治やメディアや科学の分野にまで深くかかわっているのですよ。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。
CIAがそれほどまでに日本の政治やメディアや科学の分野にまで深くかかわっているのでしょうか?

あなたは、どう思いますか?

たまには、あなた自身で調べてみてください。

まず、「日本とCIA」と入れてGOOGLEで検索してみてくださいねぇ~。

驚くべき事実を発見できると思いますわ。

アメリカの諜報機関と その息のかかった日本人のアメリカ追随派の動きにも興味を駆り立てられますけれど、
やっぱり食べ物のお話の方が現実的ですわ。

あたくしはデンマンさんのふるさとの行田を訪れたことがござ~ますわァ。

「行田のフライ」というのが名物なのですけれど、
喰い意地がはっている あたくしは さっそくいただきましたわァ。

なんとなく素朴な味わいでした。

それから、「さきたま古墳公園」を訪ねたのですけれど、
駐車場の近くに「さかもと」というおみやげ物屋さんがあるのです。
そこでゼリーフライを売っていましたわァ。


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これは なんだか複雑なお味がしましたわァ。
デンマンさんは食べながら 子供の頃の思い出が湧き上がってきたと言いましたわァ。
その当時は“ゼリーフライ”とは言わずに“ゼニ(銭)フライ”と呼んでいたそうです。

このようなことを書いていたら、なんだか お腹が空いてきました。
あたくしも何かを作って食べようと思いますゥ。

あたくしの好物は 具のたくさん入った“あんかけ焼きそば”でござ~♪~ますう。
あなたのために、作り方を教えますわねぇ。


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どうですか? 美味しそうでしょう?

でも、あたくしは これだけでは満足できませんのよう。
デザートに“たいやき”をいただくのでざ~♪~ますわよう。
うふふふふふふ。。。

最近では、餡に替わってクリームや溶かしたチョコレート、キャラメル、カスタードクリームなどの洋菓子素材を詰めたものもでてきましたわ。

サンドウィッチ式に肉類や生野菜、各種ソースやリゾットなどを挟む「おかずたい焼き」もあらわれました。


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あなたも 好きなものを“たいやき”に詰めてみませんか?

では、あなたのために あたくしが育った地元の京都の“たいやき”をお見せしますわね。
うふふふふふ。。。

お腹がすいてきて、“たいやき”が食べたくなってきたでしょう?
でも、この記事を最後まで読んでから、近くの“たいやき屋さん”に走ってくださいね。

ところで、小百合さんがどうして「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれるのか?
ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。
小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。
小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。
分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


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それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。
だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ~~。


(hand.gif)

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