鰻重と阿波踊り


 
 
2009年10月26日 月曜日
 
 
鰻重と阿波踊り
 
 

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件名:おはよう!鰻重はうまかった!

ありがとう!きゃはははは。。。

♪┌(・。・)┘♪


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日付: Sat, 24 Oct 2009 12:03:14 +0900
差出人: “green@infoseek.jp”
宛先: “domini@yahoo.co.jp”
CC: “barclay1720@aol.com”

昨日は、思い出を作ってくれてありがとう!
鰻重はうまかった。
あのキモのお吸い物は生まれて初めて飲みましたよう。


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昨日、東行田駅から家に帰る途中で「かどや」に寄って焼きそばを4人前買いました。
ちょうどおばさんが行田病院へ行って留守でした。
お昼ごろ病院に行って帰ってきたのが5時ごろで、
4人前の焼きそばを包んでくれましたが、
作るのには間に合わなかった。
おじさんが作りました。
でも、同じ味でした。

それにしても、病院は大混雑だったとか??
お昼から5時までかかるのだから、日本は病人天国、いや、病人地獄?になったのか?

\(*^_^*)/ キャハハハ。。。


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初めて、あの101歳のおばあさんと話をしました。
あんなに元気な100歳以上のおばあさんを見るのは初めてでしたよう。
元気ですよね!
ビックリしましたよう。
明治41年生まれですからね。

家に帰ってさっそくお袋と焼きそばを食べました。
小百合さんに鰻重をご馳走になったことを話題に出して。。。

ムシの知らせと言うのでしょうか!?
小百合さんから、まもなく電話がありました。
珍しく電話機のそばに居たお袋が出たのだけれど、
小百合さんの名前を覚えていたらしく、「デンマンがご馳走になったそうで、ありがとう」と言うのが聞こえました。

ブログ以外のことでは、小百合さんの事をお袋にほとんど話しているのですよう。
お袋は最近、物忘れが激しくなったけれど、小百合さんのことはよく覚えているようです。

今日のブログの記事は「おばんざい」
2008年8月4日に書いたものを再掲載したものです。

『おばんざい(2009年10月24日)』

バンクーバーから成田に向けて飛び立つ(10月6日)前、9月30日の午後11時40分に上の記事をライブドアのブログに予約投稿しました。
時間があったら読んでみてね。

『ムカついているの?(2009年10月23日)』

すぐ上の記事は10月22日に書いた小百合さんへのメールを使っていますよ。
この記事も時間があったら、ぜひ読んでみてね。

小百合さんもムカつくことがあるけれど、
めれんげさんのムカつきとは本質的に違うんだよね。

どのように違うの?

上の記事を読むと、それが理解できますよう。

\(@_@)/ キャハハハ。。。

夕べはNHKの深夜番組で『日本の祭り2009』の「阿波踊り」を観ましたよう。
午前1時10分から3時12分まで。
8月21日の再放送で2時間番組でした。

解説は前半が娯茶平連の連長さん、後半が天水連の連長さん。
ゲストは朝ドラ「ウェルかめ」の出演者で倉科カナさん、羽田美智子さん、星野知子さんの3人。
藍場浜演舞場と両国での輪踊りを中継。
映し出されたのは蜂須賀連、扇連、悠久連、うきよ連、娯茶平連、うずき連、天水連、阿呆連、無双連、ゑびす連、かずら連。


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確か番組の殿(しんがり)に出てきたと思うのだけれど、阿呆連の踊りが一番印象に残りました。
自由で、躍動的で実に良かった。
お祭りっていいよね。
観ていると“日本人の血”が踊り出しますよう。
やっぱり、僕は日本人だと、しみじみと感じました。

400年の伝統・鍛え抜かれた技と美。
臨場感たっぷりの2時間。
う~♪~ん・・・
まさに、その通りでした。

小学生から初老の男女まで、みな熱くなって一生懸命に踊っていたのが伝わってきましたよう。
日本人の元気の源(みなもと)を感じて、僕も元気をもらいました。

「かずら連」の解説で踊る人の浴衣のすそに描かれていた“かずら橋”を見て急に思い出が鮮明に蘇(よみがえ)りました。
あああア~、なつかしい!
30年前に訪れた祖谷川(いやがわ)に沿ったカーブの多い一車線の道は忘れられない。
まかり間違えば、祖谷渓谷に落ちて死にそうなスリルを感じてゾクゾクとしたものでした。
世界に飛び出す前に、まだ行ったことのない四国に行ってみたい。
そう思って選んだ場所が“かずら橋”でした。


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秋には紅葉の景色が見事だと聞いていたけれど、行ったのは確か夏休みだったと思う。
紅葉には記憶がない!
弘法大師が祖谷に来たとき困っている村民のために架けたと言う伝説。
平家の落人(おちうど)がこの地に潜み、追手が迫ってもすぐ切り落とせるように葛(かずら)を使って作ったと言う伝説もある。
歴史馬鹿の僕は、そういう伝説に惹かれて行ってみたのでした。
とにかく、クネクネと曲がりくねった一車線から深い渓谷を観ながら、運転を間違えば、谷底へ落ちて死んでしまうような恐怖を味わいながら橋まで行ったスリルが未だに忘れられませんよう。

しかも、山野に自生するシラクチカズラで編まれた吊り橋は、全長45m、水面からの高さ14m。
歩くたびにユラユラと揺れてスリル満点。
渡し木と渡し木のすき間から見える渓谷の美しさもスリル満点。
ゾクゾクしました。

400年も続く伝統の阿波踊りが、洗練され、躍動的な現代の踊りになって観る僕の“日本人の血”を沸かせた!
そして、僕は祖谷渓谷に落ちて死ぬかもしれない、あのゾクゾクとするスリルを改めて思い出したものでした。

残念ながら、阿波踊りをまだ現地で観たことがない。
でも、テレビ画面の中に日本人の原点を見たようで、本当に元気をもらいました。

400年の伝統・鍛え抜かれた技と美。
そうだよね。
日本と日本人は、やっぱり素晴らしいと思いましたよう。

でも、現在の日本は歪(ゆが)められている。
病(や)んでいる。
テレビを見ていても悲惨なニュースは後を絶ってないよね!
自殺者は1年に3万人以上!

10月19日には、18歳の少女がヨットスクールの屋上から飛び降り自殺した。
派遣切りに合い、仕事がなくなって、生活保護も受けられず
30代の男が一人さびしく餓死をした。

この男のことを10月8日にNHKの「クローズアップ現代」が取り上げていましたよう。
「“助けて”と言えない~いま30代に何が」
見ていて本当に悲惨な事件だと思いましたね。
働き盛りの30代が餓死している現状。

民主党政権は“コンクリートから人へ”と言っているけれど、
言っているだけ!
日本の未来を本当に素晴らしい国にしようとするビジョンを持った政治家が居ない!

ビジョンを持たないグータラな世襲の政治屋のために貴重な小百合さんの人生、家族の生活を無駄にすることはないのですよう。
世界に羽ばたく。
そういう選択もあるのです。
そして海外から日本を良くする選択だってある!

今日は残念ながらどんよりと雲っている。
しかし、日本の政治が駄目でも、日本は僕のふるさとですからね。
ふるさとは、やっぱり素晴らしい。
この素晴らしさだけは、政治が駄目でも存続してほしい。
 
 
“国敗れて山河あり!”
 
 

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祖谷(いや)渓谷の小便小僧

戦後の復興を立ち上げた政治家が今は居ない!
ビジョンを持たず日本を悪くする政治屋だけが馬鹿なことをやっている。
しみじみと、そう感じるこの頃です。

でも、今日もウィンナコーヒーを飲みながら
のんびりと楽しんで書いていますよう。

小百合さんと再会して幸せを噛み締めています。

ヽ(´ー`)ノ きゃはははは。。。

ありがとう。

じゃあね。

(V__/)
(+’.’+)
(“)_(“)

デンマンさん。。。阿波踊りを観て感動したのでござ~♪~ますか?

そうですよう。。。僕はメチャ感動しましたよう。

どういう所が良かったのでござ~♪~ますか?

400年も続く伝統の阿波踊りが、洗練され、躍動的な現代の踊りになって観る僕の“日本人の血”を沸かせたのですよう!それが感動的でしたよう。

阿波踊り


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阿波踊りとは、約400年の歴史があり、徳島県(旧・阿波国)内各地の市町村で開催される盆踊りである。
なかでも徳島市の阿波踊りが県内最大規模で最も有名であり四国三大祭り、日本三大盆踊りの1つに数えられる。
また日本三大阿波踊りとして徳島、高円寺、南越谷の各阿波踊りが挙げられる。

三味線、太鼓、鉦(かね)、横笛などの2拍子の伴奏にのって踊り手の集団(「連」)が踊り歩く。
女性は優雅に、男性は腰を落として豪快に踊る。

「えらいやっちゃ、えらいやっちゃ、ヨイヨイヨイヨイ、踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らな損々…」と唄われる。
しかし、主に「ヤットサーヤットサー」という掛け声のほうが多用されている。
全国的には「えらいやっちゃ」が有名なため、「ヤットサー」の知名度はあまり高くない。

近年は徳島以外でも各地(特に関東地方)で夏のイベントとして阿波踊りが催されており、徳島の阿波踊り連がその指導に当たっている。
有名なものとして、高円寺(東京都杉並区)の商店街の青年部が町おこしとして、隣町の阿佐ヶ谷七夕祭りに対抗して、夏のイベント用に阿波踊りの様なものを導入しやがて都内在住の徳島県出身者から指導を受ける形で発展した「東京高円寺阿波おどり」がある。

起源と名称

精霊踊りや念仏踊りが原形であるといわれるが、起源は明らかになっていない。
徳島藩が成立して以後、盛んに踊られるようになったとされる(徳島市観光協会の説明より)。
徳島城が竣工した際、当時の阿波守・蜂須賀家政が城下に「城の完成祝いとして、好きに踊れ」という触れを出したことが発祥という説もある。
江戸時代には、一揆につながるとの理由で阿波踊りが禁止されていた時期もあった。
その令を犯し、自宅で阿波踊りを行った家老がお家断絶になったという。
また戦時中にも一時阿波踊りは禁止された。

阿波踊りという名称は徳島県内の各地で行われてきた盂蘭盆の踊りの通称であり、昭和初期からそう呼ばれるようになった。
尚、徳島市や高円寺の阿波踊りではポスターや看板等において専ら「阿波おどり」と表記される。

なお名称から徳島県阿波市が阿波踊りの本場と思われることがあるが、阿波市でも阿波踊りは行われるものの特別なことは特にない。

高円寺阿波踊りの粋輦阿波踊りでは一つの踊りのグループの事を「連」または「輦」(どちらも読みは「れん」)と言う。
徳島県には有名連と呼ばれる連が多数あり、主に各協会などに所属している連が多い。
もちろんいずれの協会にも属していない連もある。
大抵の徳島県民には個人個人に贔屓の連があり、「あっこの連がええ」とか「ほらやっぱりここの連やろ」といった具合に話題になることもある。

こうした有名連以外にも踊りが好きな者同士が集まって結成した連、企業が企業名を売り込む目的で結成した企業連、大学のサークルなどで結成した大学連、気の合う仲間で結成した連、商店街で結成した連等、徳島県内には大小さまざまの数多くの連が存在する。
ほとんどの連は先頭に連名を書いた巨大な提灯を掲げて浴衣などに名前を入れて踊っている(よって、当然提灯係のような者も毎年選定されている)。
また徳島県外には徳島県出身者が主体となって結成した連もあり、関西を本拠地とする阿波踊りの連の中には徳島県出身者が始めたものが多い。
基本的に「連長」「副連長」からなる幹部から結成されているが、踊りの良し悪しはあまり関係していないらしい。
また演舞場まわりは基本的に連長が決めるものであるが、殆どの場合当日までどこの演舞場で踊るのかといった詳細ルートに関しては有料の演舞場や選抜踊り以外は全く決まっていないことも多いために当日になって移動中に踊り披露となったり、時間の空いた演舞場へ急遽飛び入りということも少なくない。

近年は阿波踊り期間中のお昼に郷土文化会館で行われる、「選抜阿波踊り」が有料で行われている。
徳島市阿波おどり振興協会と徳島県阿波踊り協会の2協会から日替わりで毎日それぞれ3連ずつ出演し、舞台用の阿波踊りショーを魅せている。
舞台なので光の演出などで街中とはまた違う楽しみがある。

徳島の阿波踊りには以上に見てきたような連が1000組(うち企業連が350前後)にも上るほど参加し、さらに街頭での参加者まで含めれば総参加者数は10万人にも上るといわれている。

徳島市の阿波踊り

本場・徳島市の阿波踊り徳島県下に数ある阿波踊りの中でも、最大規模で開催されるのが徳島市の阿波踊りである。
毎年8月12 – 15日の4日間開催される。この4日間だけで100万人以上(2009年は136万人)の観光客が徳島を訪れる(観光客の数としては、東京で阿波踊りが見られるということで高円寺のほうが多い)。
徳島市の人口が約26万人強である事を考えれば、この数字は決して少ないものではないだろう。
そして多くの徳島県民もこの4日間が来るのを待ちわびており、1年間が阿波踊りを中心に回っているという人も少なくない。
それ程県民にとっては思い入れの強い祭りなのである。
なお、近年では市内藍場浜演舞場にあたる藍場浜公園でのイベントに来訪者が増えたことなどで春の「はなはるフェスタ」や秋の「狸まつり」の時にも簡易桟敷席を設けて阿波踊りを踊っていることがある。

ただし連や演舞場によるいわゆる「見せる踊り」が確立されたのはここ35年ほどのことで、昭和30年代ぐらいから徳島市内に住む方々の話によると昔はきちんとした演舞場などは特に設けられずに同様の時期に現在の桟敷にあたる踊り広場のようなものを歩行者天国として開放した場所で浴衣も統一されておらず、好きなようにばらばらの連がおのおのの踊りを披露していたとのことである。
また踊り広場も道路や国道が舗装された関係上、当時よりも狭くなっていると言う。
現在でも路上で自然発生的に見られる「輪踊り」という、客と踊り子が円状になって勝手に踊っているさまが往時のなごりを伝えている。

今日の「見せる踊り」としての阿波踊りは、つい最近になって観光資源として来訪者を増やしたことで確立したといえる。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

。。。んで、日本人の素晴らしい伝統を持ち出してきて、今日も日本の駄目な政治家をこき下ろすのでござ~♪~ますか?

いや。。別に僕は日本人の駄目な政治家をこき下ろすことに、こだわっているのではないのですよう。

でも、デンマンさんは、かなり辛らつに駄目な政治家を貶(けな)していますわ。

貶していませんよう。

でも、デンマンさんは次のような統計を引用して日本の政治家をケチョンケチョンにこき下ろしていましたわ。

国民生活の豊かさ指数

日本、10位に後退

国連開発計画(UNDP)は10月5日、2009年版「人間開発計画書」を発表した。
平均寿命や一人当たり国内総生産(GDP)、識字率などから算出する国民生活の豊かさを示す指数でノルウェーが首位となった。
日本はGDP成長率が欧州勢より見劣りしたことなどが響き、前回(2007-08年版)発表時よりランクを2つ落として10位となった。

報告書は金融危機前の2007年時点のデータをまとめたもので2位以下9位までは、
オーストラリア、アイスランド、カナダ、アイルランド、オランダ、スウェーデン、フランス、スイスの順となり欧州勢が上位を占めた。
米国は前回より順位を1つ落として13位。
日本以外のアジアではシンガポールが23位、
香港が24位、韓国が26位。
タイが87位、中国は92位、
インドは134位。
対象となった182ヶ国・地域で最下位はアフリカのニジェールだった。
(バンコク=三河正久)


『水城公園でBBQ(2009年10月19日)』に掲載

『国敗れて山河あり(2009年10月22日)』にも掲載

あのねぇ、阿波踊りを観ても分かるように日本人には長い伝統に基づいて、その踊りをさらに洗練させ現在に通用するような感動させる、感激させる踊りにするような才能と才覚、先取の気風がある。それなのに、なぜか政治だけが立ち遅れている。

どうしてでござ~♪~ますか?

だから、駄目な政治家が多いのですよう。

でも、日本に暮らしている多くの常識人にとってデンマンさんのおっしゃることは貶(けな)しているように聞こえるのでござ~♪~ますわ。

どういう所が貶しているように聞こえるのですか?

国で問題を解決してくれないのならば、

個人で問題を解決するより仕方がない。

ビジョンを持たない

グータラな世襲の政治屋のために

貴重な自分の人生、家族の生活を

無駄にすることはないのですよう。

世界に羽ばたく。

そういう選択もあるのです。

そして海外から日本を良くする選択だってある!

日本は上のランキングでトップになっても

不思議ではないのに、なぜトップになれないのか?

なぜならば、政治家に世界をリードしてゆけるような

政治家が居ないからですよう。

日本の政治が駄目でも、

日本は僕のふるさとですからね。

ふるさとは、やっぱり素晴らしい。

この素晴らしさだけは、

政治が駄目でも存続してほしい。
 
“国敗れて山河あり!”
 
戦後の復興を立ち上げた政治家が今は居ない!

日本を悪くする政治屋だけが

馬鹿なことをやっている。

しみじみと、そう感じるこの頃です。

このような事を読まされたら、一般的な日本人の耳には“貶(けな)されている”ように感じますわ。デンマンさんのこの記事を読んだ日本人の中には、きっとムカついて「成りすまし馬鹿」さんのように、成りすましてまで嫌がらせのコメントを書くだろうと思いますわ。

僕は貶している訳ではないのですよう。

でも、それほど日本人の政治家が駄目ならばデンマンさんが政治家になって日本を良くすればいいではありませんか?

あのねぇ~、そうしたいけれど、今の国会で馬鹿な政治屋と政治をやっても意味が無い。

なぜ。。。?

僕は小百合さんのメールの中にも書いたでしょう!

ビジョンを持たない

グータラな世襲の政治屋のために

貴重な自分の人生、家族の生活を

無駄にすることはないのですよう。

世界に羽ばたく。

そういう選択もあるのです。

そして海外から

日本を良くする選択だってある!

。。。んで、海外から、このようなブログを書くことに落ち着いたのでござ~♪~ますか?

そうですよう。。。うへへへへへ。。。

ペンは剣よりも強し!

ブログを書く方が

駄目な政治屋と政治をやるよりも

説得力がある!

それで、デンマンさんは日本の政治家を貶(けな)しているのでござ~♪~ますか?

だから、何度も言っているでしょう!貶しているのじゃないのですよう。批判しているのですゥ。

“批判のないところに進歩なし!”

“愛なき批判は空虚にして

批判なき愛は盲目なり”

卑弥子さんにも僕が言うことが分かるでしょう?批判のないところに進歩はないのですよう。僕は日本を愛している。愛しているからこそ、こうして日本にも毎年、帰省している。日本が本当に暮らしやすい平和な国になって欲しいから、こうしてブログで日本語を使って記事を書いている。

でも、あたくしは民主党新政権は、よりよい日本を目指して頑張っていると思うのでござ~♪~ますわ。

確かに、頑張っている民主党議員が居ることを僕も認めますよう。

だったら、応援してあげれば良いではござ~♪~ませんか?

だから、こうして批判しながら応援しているのですよう。

でも、応援しているようには見えないのでござ~♪~ますわ。

あのねぇ、まず応援する前に、問題点を指摘するほうが先ですよう。

その問題点とは何でござ~♪~ますか?

新政権にはビジョンを持った政治家が居ないのですよう。

例えば。。。?

鳩山由紀夫内閣で、内閣府特命担当大臣(金融担当)になった亀井さんですよう。

亀井静香(かめい しずか)

1936年11月1日生まれ。
警察庁入庁後、警察官僚となり警察庁長官官房調査官を最後に退官した。
警察官時代の階級は警視正である。
退官後、衆議院議員となり、村山内閣のもとで第69代運輸大臣を務めた。
また、第2次橋本内閣のもとで第64代建設大臣を務めるなど、要職を歴任した。

自由民主党党内でも政務調査会の会長などを務めた。
党内では清和会に所属していたが、平沼赳夫や中川昭一ら同志を率いて離脱し、亀井グループを旗揚げした。
亀井グループと政策科学研究所(旧渡辺派)とを対等合併させ、新たに志帥会(村上・亀井派)を結成し、のちに第3代会長を務めた。

派閥の領袖にまでなったものの、郵政民営化を巡る路線の対立から自由民主党を離れ、綿貫民輔らと国民新党を結成する。
鳩山由紀夫内閣では、内閣府特命担当大臣(金融担当)に任命された。
また、同内閣では特命事項として郵政改革担当も兼ねている。

民主党との関係

国民新党代表代行として、2007年の第21回参議院議員通常選挙では民主党との連携の中心的役割を果たし自公連立政権の過半数割れを実現。
一方で、「国会や選挙での共闘といっても、(民主党という)泥舟に乗って戦いはやれない」と発言した。

2008年3月、日銀総裁人事で自民党と民主党が対立し、日銀総裁が空席になったことに対し、「(民主党と自民党という)バカとアホの絡み合いで日本が沈んでいく」と発言した。
しかし、2008年9月に民主党と国民新党との合併構想が浮上した際には、合併に前向きな発言も行っている。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

亀井大臣はビジョンを持った政治家ではないのでござ~♪~ますか?

日本を良くする素晴らしいビジョンを持っているなら、今回の日本郵政新社長に大蔵元次官を起用しないのですよう。

官僚主導?

日本郵政新社長人事は衝撃的だった。
世間の反発、批判を承知の上で亀井大臣はなぜ大蔵元次官の斎藤次郎氏(73)を起用したのか。

「郵政事業に対する考え方が私とほぼ同じで、かねて、斎藤氏には(日本郵政社長を)お願いするかもしれませんという話をしていた」

10月21日、亀井大臣は記者会見で新人事の経緯をこう明かした。
民主党幹部との間で事前の相談は一切せず、斎藤氏の承諾後に鳩山首相、小沢幹事長ら3党幹事長の了解を取り付けたとし、斎藤氏起用は“亀井人事”であることを強調した。
亀井大臣や民主党の考え方は、小泉政権と正反対だ。

彼らは自民が撤廃した財政投融資の復活を考えています。小泉・竹中路線はゆうちょ銀行、かんぽ生命を合わせた300兆円規模の国民の財産を民間に流す方針だった。
これでは外資に食い物にされパーになりかねない。それを防ぐと同時に財投の復活で巨額資金を、50兆円ともいわれる国債発行の購入や償還資金に回したり、民主政権がこれから実施するさまざまな政策に使うつもりでしょう。
JAL再生など大企業融資を行なう日本政策投資銀行の一部財源、中小企業救済のためのモラトリアム(支払い猶予)法導入で生じる負担の補填に充てることも想定しているはずです。

(経済ジャーナリスト・小林佳樹氏)

郵政の官業回帰といえるが、こうした荒業を実現するためには、民主党政権のよき理解者が日本郵政トップであることが必要だし、同時に、財務省に完全に通じ、省内の反民主勢力ににらみが利く力も求められる。
財務省にとっても、この人事は願ってもないこと。
斎藤氏が郵政社長に就くことは省益拡大のチャンスになるからだ。

斎藤氏が、金融庁管轄のゆうちょ銀行とかんぽ生命をきっちり掌握すれば、これをきっかけに財務省は金融庁を含めた金財一体行政を取り戻す道を開くことになるのです。

(金融関係者)

財務省の思惑まで踏まえれば、郵政社長は一般の大企業トップでは難しい。

財政や金融に明るく、亀井氏と息が合う上に、民主党の要である小沢幹事長と太いパイプを持ち、大蔵省内で強力なリーダーシップを発揮した斎藤氏をおいてほかにいないのです

(前出の民主党関係者)

かつて“10年に一度の大物次官”と称された斎藤次郎氏はどんな働きができるか?

出典: 日刊ゲンダイ (2009年10月22日)

デンマンさんは“官僚主導”と書いています。でも、斎藤氏は官僚出身ですけれど、民間で14年間働いていたと言うことでござ~♪~ますわ。

あのねぇ、問題の本質は 民主党が言っていた『官僚の天下り・渡り禁止』ですよう。確かに斎藤氏は官僚出身でも、民間で14年間働いていた事になっている。しかし、今回の選挙で民主党が選ばれたのは、自民党の愚かな政治のやり方にうんざりしたから国民は民主党に期待した。

つまり、『官僚の天下り・渡り』は何が何でも駄目だとデンマンさんはおっしゃるのでござ~♪~ますか?

あのねぇ、もともと亀井さんは新政府にお呼びではない人なのですよう。

どうしてでござ~♪~ますか?

国民は民主党に期待を寄せたのです。国民新党など“屁のツッパリにもならない”と国民は判断したのですよう。それが次の選挙結果なのですよう。

2009年衆議院選挙結果

日本国民は亀井さんの入閣などまったく期待もしていない。望んでもいないのですよう!亀井さんが入閣したことは日本の政治が国民の総意ではなく民主党のエゴに基づいて行われている事の証拠なんですよう。

つまり、民主党に人が居ないことの証拠だとデンマンさんはおっしゃるのでござ~♪~ますか?

まさに、その通りですよう。民主党に人が居ないから亀井さんを民主党のエゴで担(かつ)ぎ出す。国民から期待されたわけでもない。もともと素晴らしいビジョンを持っていない亀井さんだから、人材を発掘しようともしなければ、そのような素晴らしい民間の人材とのつながりも持っていない。

それで、旧官僚の斉藤さんを選んだのでござ~♪~ますか?

その通りですよう。民主党のエゴ。国民の総意を無視した人事になってしまっているのですよう。もともと前回の選挙は国民が民主党に期待したわけではない。自民党があまりにも馬鹿な事をやり過ぎたから、日本国民は頭に来て反対党の筆頭である民主党に票を入れたに過ぎない。このことを謙虚に受け止めている民主党議員がほとんど居ない!それで、国民新党から国民がまったく期待もしていない亀井さんを民主党政府に大臣として迎える。まったく国民の気持ちを無視したやり方ですよう。

つまり、民主党の体質は自民党と大きく変わることはないと。。。?

その通りですよう。民主党にも人が居ない。このままのやり方を続けていたら、また国民は民主党政権に頭にきて、絶望的に政治から離れてゆくかもしれない。いづれにしても、日本の政治は暗い。民主党にも人が居ないのですよう。この事実を明確に曝(さら)け出したのが今回の亀井人事です。

【卑弥子の独り言】

ですってぇ~。。。
確かに批判することは大切だとは思いますわ。
でも批判しているだけで、本当に日本が良くなるものでござ~♪~ましょうか?
ブログに、このような記事を書くだけで本当に日本が良くなるのでござ~♪~ましょうか?
でも、何もしないのよりも、確かに良いかもしれませんわね?
あなたは、どう思いますか?

とにかく、面白いお話がまだ続きます。
あなたも、どうかまたあさって読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあね。

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

1999年夏の「東芝事件」は

ネットでも画期的な事件でした。

東芝製ビデオデッキの修理に関し、

その対応に腹を立てた消費者が、

経緯をネットで公開したのです。

東芝側はホームページの一部削減をさせるため

「名誉権と営業権に基づく妨害排除の請求」の

仮処分を申請しました。

しかし、社会的な批判が高まり、

急遽謝罪を表明したのです。

仮処分の申し立ても取り下げました。

やはり、企業と言えども法の下には

個人と平等なのですよね。

「はてなダイアリー」のユーザーとして

デンマンさんが「はてなダイアリー」の問題点について

たくさん記事を書いています。

ユーザーと「はてなダイアリー」との関係も、

もちろん対等であるべきですよね。

ユーザーが不満を表明し、

釈明を求めているのであれば、

「はてなダイアリー」も誠実に対応すべきだと思います。

ネットの世界は単に現実世界の

向こうの虚像ではありません。

東芝事件のように、

ネット上で激しさを増したユーザーの声は、

間違いなく現実社会に戻ってくるからです。

デンマンさんが「はてなダイアリー」を批判しています。

興味があったら次の記事を読んでみてくださいね。

『はてな批判 (2009年5月24日)』


 
ところで、英語の面白い話をまとめました。

興味があったら、

次のリンクをクリックして

読んでください。

■ 『あなたのための 楽しい英語』

■ 『性の俗説 (2008年3月4日)』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。

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