白痴と同窓会


 
2011年7月13日 (水曜日)
 
 
白痴と同窓会
 
 

『冷し中華と思い出堂』

 (2011年7月9日)

デンマンさん。。。上の記事の中に出てくる島澤さんという女の子も、白いドレスに身を包んで、パリで生まれ育ったようなハイカラな雰囲気をかもし出していたのですか?

そうなのですよ。 僕は行田でも、どちらかといえば下町の庶民暮らしの中で育った。 だいたい、単行本を読むなんて柄(がら)じゃなかったのですよ。 それだけに、なぜか島澤さんの存在が気になった。 つまり、僕には小さい頃から海外志向があったのですよ。 パリとかロンドンとかニューヨークといった言葉に妙に惹かれたのです。

でも、「三省堂」はパリとかロンドンとかニューヨークと関係ないじゃありませんか?

だけど、パリで生まれ育ったような島澤さんが「三省堂」の包み紙でカバーをして単行本を読んでいるのですよ。 要するに連想ですよ。

つまり、島澤さんを介して、デンマンさんのオツムの中で「三省堂」の包み紙がパリとかロンドンとかニューヨークといったハイカラな雰囲気と結びついたわけなのですわね?

その通りですよ。 それで僕も、そのハイカラな雰囲気を身に着けようとして高校1年生の夏に「三省堂」の本店へ行ってPenguin Booksの単行本、つまり、ペーパーバックのドフトエフスキー原作・英語版の『白痴(Idiot)』を買ってきた。

どうしてドフトエフスキーの『白痴』なのですか? ドフトエフスキーはパリ、ロンドン、ニューヨークとは全く関係ないロシアの作家ではありませんか!

とにかく、日本以外の有名な海外の作家であれば誰でもよかったのですよ。 ドフトエフスキーという有名な作家の名前は僕にとってハイカラな雰囲気と充分に結びついていた。 違和感がなかった。

それで英語で『白痴(Idiot)』を読んだのですか?

夏休みに読むつもりだったのですよ。

それで読みきったのですか?

それがねぇ~。。。とても僕の英語力で読めるような作品ではなかったのですよ。 とにかく、400ページ近くあったと思うのですよ。 普通の単行本を3冊ぐらい合わせたほどの分厚い本だったのです。

でも、高校1年生でそれにチャレンジするなんて、すごいではありませんか!

そうなのですよ。 意気込みだけはすごかったのですよ。 ところが読み始めたのはいいけれど、初めの1ページに知らない単語がズラズラと出てきて訳語をページに書き込んでいたら、やがて、もう足の踏み場もないというようにページが真っ黒になってしまったのですよ。 言葉を逐語訳するだけにエネルギーを使い果たして、段落の意味を理解するだけの気持ちのゆとりもなかった。 5ページか6ページを辞書と首っ引きで訳したら、もう、それ以上読む気がなくなってしまって、ウンザリしてしまったのですよ。

そのまま投げ出してしまったのですか?

高校2年生になれば英語力が格段についているだろうから、「来年の夏休みに読もう」というわけで、本箱の片隅にしまったのです。

それで翌年の夏に読みきったのですか?

それがねぇ~、ウンザリした気持ちがあまりにも強すぎて翌年の夏になってもPenguin Booksの単行本を手に取る気持ちが起こらない。

結局、2度と手に取らなかったのですか?

その通りですよ。 実家の物置小屋の中に埃をかぶったまま今でも眠っていると思うのですよ。

つまり、それ以来、英語版の『白痴(Idiot)』を読んでないのですか?

英語版であろうが日本語版であろうが僕のオツムは『白痴(Idiot)』に拒否反応を示すのですよう。

でも、Charlotte Brontë の ”Jane Eyre”を原語で読んでDiane さんと本の内容について英語で意見の交換をしているではありませんか?

“Complicated Love”

(Tues. July 5, 2011)

そうです。 今ならば『白痴(Idiot)』を3日あれば読めますよ。

でも、もう読まないのですか?

あのねぇ~、実はバンクーバーの図書館でDVDを借りて『白痴(Idiot)』を観てしまった。

英語版のDVDですか?

いや、黒澤明監督が作った『白痴(Idiot)』ですよ。

白痴 (The Idiot)

監督: 黒澤明
製作: 小出孝
脚本: 久板栄二郎
出演者: 森雅之、三船敏郎、原節子
配給: 松竹
公開: 1951年5月23日
上映時間: 166分

『白痴』(はくち)は、ドストエフスキーの小説 『白痴』を原作とした日本映画である。
監督は黒澤明で、1951年(昭和26年)に公開された。
原作はロシア文学であるが、本作では舞台が昭和20年代の札幌に置き換えられている。
当初4時間だった作品であるが、松竹の意向で大幅にカットされた。

あらすじ

亀田と赤間は北海道へ帰る青函連絡船の中で出会った。
亀田は沖縄で戦犯として処刑される直前に人違いと判明して釈放されたが、そのときの後遺症で癲癇性の白痴にかかってしまったのだった。
札幌へ帰ってきた亀田は狸小路の写真館のショーウィンドーに飾られていた那須妙子の写真に心奪われる。
しかし彼女は愛人として政治家に囲われていた。

逸話

キネマ旬報で、珍しくベストテンに入らなかった作品。
ドストエフスキーを敬愛する黒澤にとっては、念願の仕事であったと同時にプレッシャーも非常に大きかった。
撮影がなかなか思うように進まず、精神的重圧のあまり近くにあったナイフで手首を切ろうとしたところ、三船敏郎にナイフを取り上げられたという。

原節子(那須妙子役)

(デンマン注: 赤字はデンマンが強調。
写真はデンマン・ライブラリーより)


出典:
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

黒澤監督が作った『白痴(Idiot)』を観たといっても、映画と小説では違うでしょう?

もちろん違うでしょう。 でもねぇ、大筋で大きな違いがあるはずがないし、大して面白い話ではなかったのですよ。

期待はずれだったのですか?

その通りですよ。 原節子さんが出ているのを知って、かなり期待して観たのだけれど期待はずれでした。

どうして。。。?

小津安二郎監督作品に出ている原さんのイメージがあったから、『白痴(Idiot)』の中の原さんがまるで別人のように感じられたのですよ。

なにも原さんという女優さんにこだわらなくてもよいではありませんか? 物語として楽しめばいいのですわ。

あのねぇ~、あの映画に原さんを起用したのは失敗だったと思いますよ。

どうしてですか?

小津安二郎監督が作った『東京物語』と『晩春』を観て原節子さんの性格女優の素晴らしさを観た後で、黒澤明監督の『白痴』を観るのは、まるで真冬に「冷し中華」を食べさせられたようなウンザリした気分になりましたよ。 消化不良を起こしたのです。 原さんに無理やり嫌な性格を出させたような演出ですよ。 あの役は原さんではなく、京マチコさんがふさわしと僕は思いましたね。

デンマンさんは原節子さんにハマッているのではありませんか!?

そうかもしれません。 でもねぇ、黒澤明監督の作品はほとんど好きだけれど、僕にとって『白痴』だけはダメですね。 真冬の冷し中華です。 消化不良を起こすのですよ。 うししししし。。。

。。。で、その後、島澤さんとデンマンさんはどうなったのですか?

いや。。。どうなったってぇ、別に何もなかったのですよ。

いいえ。。。そのような事は信じられませんわ。

どうして。。。?

島澤さんとは行田中学の2年生のときに一緒のクラスだったのでしょう?

そうですよ。

中学生の時に聴いた「乙女の祈り」にハマッてしまい、デンマンさんが大学の1年生の時にピアノを独習して、その演奏を恵美子さんに聴いてもらいたくって、実家まで押しかけて行ったのでしょう?

小百合さんはよく覚えていますね?

次の小文を読みましたもの。。。

中学校に入学して間もなくだった頃だと思いますが、全校生徒が体育館に集まった時に同学年の恵美子さんが“乙女の祈り”をピアノで独奏したのです。
僕はその時初めてこの曲を聴いたのですが、すばらしいと思いました。
感動しました。
曲も良かったけれど、あの恵美子さんが弾いたのだという事も感動的でした。
この恵美子さんは小学校のとき6年間隣のクラスに居た可愛い女の子だったのです。

よく目にした事はあっても口をきいたことが一度もなかったのです。
初恋の人ではなかったのですが、僕の気に入った女の子でした。
遠くから見ていて、可愛い女の子だなぁ~と思っていたのです。

小学校ではクラス替えがなくて6年間同じメンバーだったのですが、中学校では学年毎にクラス替えがあったので、この恵美子さんと同じクラスになる事を期待していたのです。
しかし、とうとう同じクラスになる事はありませんでした。
(こういう思い通りにならない事って、人生にはずいぶんとあるものですよね?)

とにかく、僕が気に入っていた“乙女”が弾いた“乙女の祈り”が忘れられなくて、僕はどうしてもこの曲が弾きたくなった。
大学に入学して下宿から通うようになった頃、下宿にピアノがあったので楽譜を買ってきて、独習で弾き始めたのです。
とにかく、一生懸命に独習したので、何とか全曲を弾けるようになったのです。
自分では結構マシに弾けると思ったので、ぜひ恵美子さんに聞いてもらいたいなぁ~と思い始めたんですよ。

そう思ったら、何が何でも恵美子さんに聞いてもらいたいと思うようになった。
それで、夏休みに帰省した時に思いきって恵美子さんに電話したのです。
当時、恵美子さんは音楽大学に通っていました。
恵美子さんはビックリするだろうと思ったのですが、極めて落ち着いて冷静に受け答えしていたので僕のほうがその落ち着き方に内心ビックリしたほどでした。


『ん? クラシック興味ある?』より
(2006年6月13日)

上の箇所を私は印象的に覚えていましたわ。

ほおォ~。。。それほど印象的でしたか。

だから、中学生の時に一緒のクラスになった島澤さんとその後何もなかったというのが可笑しいのですわ。

あのねぇ~、同じクラスで毎日顔を合わせているから、かえって印象が薄らぐのかもしれません。 僕は島澤さんのことを思いつめるようなことはなかったのですよ。

つまり、島澤さんはピアノを弾かなかったのですか?

たぶん、ピアノを習ったとは思うけど、恵美子さんほどうまくはなかったようですよ。 島澤さんがピアノを弾いたのを聴いたことがない。

でも、島澤さんはフランス人形のような可愛らしいお嬢さんだったのでしょう?

う~ん。。。可愛い感じと言うよりも知的で美しいという女の子でしたよ。 恵美子さんは小学校ではずっと3組。 僕は2組で、島澤さんは1組でした。

小学校の時には組み換えがなくって6年間そのままだったのですか?

そうです。 島澤さんは元気がよくって、はきはきしていて、どちらかというとボーイッシュなところがあったのですよ。 それとは対照的に恵美子さんは、とっても女の子らしくて静かな控えめな女の子でしたね。

つまり、そういう、おしとやかな所にデンマンさんは惹かれたのですか?

今から思い返せば、多分、そういうことになるのでしょうね。 恵美子さんも島澤さんも頭の良い子で中間試験や期末試験では1学年350人の内で15番以内に入っていましたよ。

成績順に名前が貼り出されたのですか?

そうです。 だから二人とも県立熊谷女子高校に入学したのです。 埼玉県の県北で頭のいい女の子は、当時、熊谷女子高校に行くものと決まっていたようなものでした。

絹子さんやデンマンさんがオナペットにしていた悦子さんはどうだったのですか?

やだなァ~。。。小百合さんは、そんなことまで覚えているのですか?

だってぇ、ネットでそこまで告白する人は居ませんもの、覚えていますわよ。

あのねぇ~、絹子さんと悦子さんというのは家が近かったせいもあって親友同士だったのですよ。 頭も悪くなかった。 学年で20番以下に下がったことはなかったのだけれど、二人とも行田女子高校に入学したのですよ。 受験すれば熊谷女子高校にも受かっていたはずです。

どうして熊谷女子高校を受験しなかったのですか?

熊谷女子高校は進学校だったから両親に負担をかけたらいけないと思って、卒業すれば就職することの多い行田女子高校に入学したようですよ。

それで絹子さんも悦子さんも高卒で就職したのですか?

絹子さんは高卒で埼玉銀行に入行し、悦子さんは夜間部の大学に通いながら働いて東京都の公務員の試験を受け、現在は東京都庁で上級幹部になっているようですよ。

あらっ。。。すごいではありませんか!

悦子さんは行田女子高校時代には生徒会長をやって、絹子さんは言わば“副会長”として悦子さんの右腕として、当時の学生紛争の時代にだいぶ騒いだらしいのですよ。

あらっ。。。全学ストなどやらかしたのですか?

詳しいことは知らないけれど、クラス会をやった時に絹子さんが、そのような事を話していました。

それで島澤さんは熊谷女子高校を卒業されてから、どうなさったのですか?

もちろん大学にいったのだけれど、音楽大学ではなくて普通の大学だったらしい。

。。。で、その後どうされたのですか?

あのねぇ、そのクラス会のときに島澤さんの事が話題になったのですよ。 実は室田さんと島澤さんは親しくしていたらしい。

あらっ。。。行田の「とんでん」で開かれたというクラス会ですか?

そうです。。。小百合さんは良く覚えていますね。

私もデンマンさんと一緒に行田の「とんでん」でおそばを食べたことがありますわ。 懐かしいのでよく覚えていますわ。


これが「とんでん」の店内の概略図なのですよう。 絹子さんは店の一番奥の畳席Aを確保してくれたのですよう。

デンマンさんと私でお蕎麦を食べたのはちょうど反対側のテーブルでしたわね。

おおォ~。。。小百合さんも覚えていましたか? 忘れているだろうと思って、僕は手間をかけて上の概略図を描いたのですよう。 覚えていたのなら、描く必要はなかったのだけれど。。。

デンマンさんが“B”とマークしたテーブルですわよねぇ。

そうですよう。。。小百合さんが覚えているなら、描くことはなかったなあァ~。。。上の図を描くのに1時間もかかったのですよう。。。でも、日時までは覚えてないでしょう!?

覚えてませんわ。

小百合さんにも懐かしいだろうから、その時のメールをここに書きだしますよう。

件名:おはよう!昨日はお袋を見舞った後で、

叔母と「つるや」で手打ち蕎麦を食べました。

きゃはははは。。。♪┌(・。・)┘♪

日付: Sun, 01 Nov 2009 12:32:49 +0900
差出人: “denman@coolmail.jp”
宛先: “sayuri@hotmail.com”
CC: “barclay1720@aol.com”

10月30日の金曜日は盛りだくさんの一日になりました。
僕の実家の近くにある「とんでん」で食べた“茶蕎麦”はメチャうまかった。
10年ほど前に親父がまだ生きていた頃、両親と一緒に食べた茶蕎麦の味でした。

本当に懐かしかった。
小百合さんは伝統的な昔ながらの蕎麦を食べたけれど、今度は、ぜひ僕の好物の茶蕎麦を食べて行田の思い出を懐かしんでね。

蕎麦を食べてから「古代蓮の里公園」へ行って直売店で行田市で取れるいろいろな野菜やお土産物を見たけれど、改めて行田の豊かさを感じましたよう。

“ふるさとは遠くにありて思うもの”

うん、うん、うん。。。室生犀星の言葉だけれど、
こうして故郷にやって来ると改めて故郷の豊かさに気づきます。
小百合さんと一緒に古代蓮の神秘的な花を見ながら語り合えたら、さらに幸せな気分に浸ることができたかもしれません。
残念ながら古代蓮の花は咲いてなかった。
8月だけでなく、秋にも咲く古代蓮を作れないものか?

もし、秋に古代蓮が咲いているなら、
今度は古代蓮を見ながら“Hよりも感じるハグ”をして
再会を喜び合いたいものです。

\(^ヮ^)/ ギャハハハハ。。。

じゃあね。

(V__/)
(+’.’+)
(“)_(“)


『心のぬくもりを感じさせる医療』より
(2009年11月2日)

去年(2009年)の10月30日だったのですよう。

それはそうと。。。デンマンさんの隣に座っていたのは金沢さんですよね。

そうですよう。

デンマンさんのことですから両手に花だと思うのですけれど、デンマンさんを挟んで金沢さんと反対側に座っていたのが絹子さんなのですか?

いや、違いますよう。 反対側には誰も居なかったのですよう。

僕は、こうして隅っこに座りながら同窓会を楽しんでいたのです。 絹子さんが今年(2010年)の10月11日に電話をかけて寄こしたのです。

デンマンさんに絶交を言い渡すために電話したの?

まさか!。。。「今年もまた、幾人かで集まってぇクラス会をやりませんか?」。。。そう言ったのですよ。。。2年前にやったばかりだと思っていたけれど、もう3年前になる。。。月日の経つのは早いものだなァ、と思いました。

。。。で、またデンマンさんの実家の近くの“とんでん”でクラス会をやることにしたのですか?


そうなのです。 10月23日の土曜日に、僕も含めて8人が顔を合わせたのです。

3年前と同じ顔ぶれでした?

いや。。。畳屋の古田君と絹子さん以外は皆、違う顔ぶれだったのです。 僕を含めて男は3人。 残りの5人は女性。

。。。で、中学生時代の、デンマンさんの恋人は出席したのですか?

いや。。。残念ながら恋人と呼べるような人は、女性陣の中に居なかった。 僕の隣に座った女性の顔が思い出せなくって「どなたでしたっけぇ~?」と尋ねたほどですよ。

それは失礼ですわ!

しかたがないですよ。 全く見覚えのない顔なのですよ。 20年以上会ってないのだから。。。

多分、デンマンさんが不躾に尋ねたものだから、その女性は内心では気分を害していたと思うわ。。。それで、その女性は何と答えたのですか?

「金沢ですぅ」と言ってニコッとしたのですよ。。。僕は中学時代のクラスの女性の中から“金沢”と言う名前とイメージを結び付けようと必死で記憶の中から手繰(たぐ)り寄せた。

。。。で、すぐにイメージが浮かんできました?

僕の知っている金沢さんというのはテニス部に入っていたのです。

上の写真の中のどの人が金沢さんですの?

下の列の向かって左から2番目の女性ですよ。

あらっ。。。可愛い感じの人ですわね!?

でしょう!?。。。澄ましている時の写真は次のような表情ですよ。

この上の写真が澄ましている時の金沢さんですか?

そうです。。。きれいな人でしょう!?

この写真、わたし、どこかで見たことありますわ。。。確か。。。確か。。。小笠原玲子さんと同じ写真でしょう?

あれっ。。。案外記憶が鋭いのですねぇ。。。そうですよ。 玲子さんの写真ですよ。。。でもねぇ、金沢さんが澄ましている時の顔ってぇ、マジで玲子さんに似てるのですよ。

。。。で、デンマンさんは金沢さんのことが好きでしたの?

いや。。。好きだと言うよりも、金沢さんは言わば“グラドル”的存在でした。。。僕以外にも金沢さんをアイドル的に慕っていた男子学生がたくさん居たと思うのですよ。 僕は2年6組の時にも、3年5組の時にも金沢さんと一緒のクラスだったのです。 しかも、2年6組のときの教室の目の前がテニスコートでした。 今でも金沢さんが颯爽(さっそう)と白いユニフォームを着てラケットを振る姿が目に鮮明に浮かぶのですよ。

マジで。。。?

もちろんです。。。風が吹いてスカートがフワッと浮いて白いパンツが見えたりすると、僕はもう胸をときめかせながら、瞬(まばた)きもせずに見とれたものです。 うししししし。。。

デンマンさん!。。。デンマンさんは、やっぱりパンツフェチですわねぇ~!

小百合さん!。。。人聞きの悪い事を言わないでくださいよ。 ただ、それだけのことでパンツフェチと決め付けて欲しくないですね。。。男なら誰だってぇ、お気に入りのアイドルのパンツが見えたりすれば、胸がドキドキしてくるものですよ。

それで、デンマンさんの隣に座った人が、その金沢さんでしたのォ~?

だから、その時、僕は白日夢から現実に引き戻されたように、隣の女性をマジマジと見詰めたのですよ。。。イメージ的には何もかも違っているのですよ(苦笑)。。。体の大きさといい、プロポーションといい、何から何まで違っているという印象なのですよ。

つまり、金沢さんという名前の人はたくさん居たという事ですか?

僕の立場に居たら、誰でも、そう思ったにちがいない!

。。。で、実際にはどうでしたのォ~? 金沢さんという名前の女性は4,5人居たのですか?

僕も、当然そう思ったのです。。。だから、一生懸命になって遠い昔の記憶から金沢さんという名前の女性を思い出そうと必死になった。

それで。。。実際は、どうでしたのォ~?

いくら考えたところで埒(らち)が開かないと思ったから、僕は隣の女性に、また尋ねたのですよ。

なんてぇ~。。。?

「あのォ~。。。もしかすると。。。ひょっとして。。。テニス部に居た金沢さんですか?」 僕は、思い切ってこのように聞いたわけですよ。

そしたら、その女性はなんと答えたのですか?

ニッコリしながら頷(うなず)いたのですよ。

マジで。。。?

僕はマジでビックリしましたよ! だけど、絶対に表情に出さないようにと細心の注意を払いました。。。それが、女性に対する最大の思いやりだと思ったから。。。(微笑)


『足袋とまんじゅう』より
(2010年11月27日)

小百合さんは、どうでもよい事を本当に良く覚えていますねぇ~!

この時のお話はとっても印象に残りましたから。。。それで室田さんから島澤さんの事でどのようなお話が聞けたのですか?

あのねぇ~、金沢さんがグラドルから、小太りのごく普通の中年のおばさんになっていたというのは僕にはマジで驚きでしたよ。

。。。で島澤さんは、もっと変わってしまったのですか?

そうなのですよ。 

どのように。。。?

それがねぇ~。。。亡くなったというのですよ。

マジで。。。?

癌だったそうです。 何癌だったか忘れてしまったけれど。。。

あらっ。。。本当に。。。?

やっぱり。。。何と言うか。。。運命というか。。。月日の流れというか。。。人の世は判らないものだと、しみじみと感じましたよ。。。

【卑弥子の独り言】

ですってぇ~。。。
そうですわよね。 20年以上も会わなければ、人それぞれにさまざまな人生模様を織り成していますわよね。
あたくしにも想像がつくのでござ~♪~ますわァ。
でも、亡くなった方が出てくるというのは悲しいことですわね。

あたくしの同窓会でも亡くなった方のお話が出てきましたが、
今のところ病気で亡くなった方はおりませんわ。
飛行機事故で亡くなった方が一人おります。

とにかく、あなたはご病気にもならず
交通事故にもあわずに元気でお過ごしくださいね。

次回も興味深いお話になりそうですわ。
だから、あなたも読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ。

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

ためになる関連記事


■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』

■ 『カナダのバーナビーと軽井沢に

別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』

■ 『今すぐに役立つホットな情報』

『夢とロマンの横浜散歩』

『愛とロマンの小包』

『下つきだねって言われて…』

『銀幕の愛』

『パリの空の下で』

『愛の進化論』

『畳の上の水練(2011年3月15日)』

『軍隊のない国(2011年3月21日)』

『アナクロニズム(2011年3月27日)』

こんにちはジューンです。

“蓼食う虫も好き好き”

日本語にはこのような諺がありますよね。

他に草があるにもかかわらず

辛い蓼(タデ)を食べる虫も居るように、

人の好みは様々で、

一般的には理解しがたい場合もある。

このような意味ですわ。

確かに、そうですわよね。

「冷し中華」を1年中食べても飽きない人も

いると思いますわ。

わたしは「冷し中華」はイマイチです。

どちらかと言えばフランス料理や

イタリヤ料理の方が好みに合います。

映画もそうですわよね。

人によって好みはさまざまです。

さて、英語で上の諺は何と言うのでしょうか?

考えてみたことがありますか?

次のように言います。

There is no accounting for tastes.

分かりますよね。

味の好みについては

誰にでも理解できる

決まった説明などないのよ。

意訳すればこのような意味です。

その通りだと思うでしょう!?

ところで、英語の面白い記事を集めてみました。

時間があったら次のリンクをクリックして

読んでみてくださいね。

■ 『あなたのための愉快で楽しい英語』

 『あなたもワクワクする新世代のブログ』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中


%d人のブロガーが「いいね」をつけました。