Archive for the ‘軽井沢’ Category

パワースポット

2017年10月12日

 

パワースポット

 


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件名:

今回 行きたいところがあります

♪┌(・。・)┘♪


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日付: Sat, Oct 7, 2017 at 10:18 PM
差出人: “dominis@yahoo.co.jp”
宛先: “green@infoseek.jp”
CC: “barclay1720@aol.com”


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『カレーdeパリ』

10月8日の上の記事の中のメールを懐かしく読ませていただきました。

利根川を渡った所にある千代田町の本場のインドカレーの店は、もうやってなさそうです。

お店の前を通ることがあるのですけれど、

たいてい閉まっています。


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ナナさんは、インド生まれインド育ちなのに、日本語がうまいのですよねぇ~。

インドにはヒンディー語をはじめ、アッサム語、ウルドゥー語、カシミール語、グジャラート語、タミル語、パンジャーブ語、ベンガル語。。。と、なんでも方言を含めると 800種類以上の言語が話されているそうです。

そういうわけで、小さな頃から両親が話す言葉以外にも、違った言葉を耳にする機会が多いので、外国語に対する違和感があまりないのだと思います。

私が初めてナナさんと話した時には、日本にやって来てからまだ3年ぐらいしかたってなかったのです。

でも、信じられないほど流暢に日本語を話してました。


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でも、ナナさんはパリに行ったことはないそうです。

デンマンさんの夢の中に出てきたナナさんは別人ですよ。

そういうわけで、パリには千代田町にあるお店の支店はないはずです。

いつもニコニコと笑顔を振りまいて、インドのモナリザじゃないかと思ったほどです。

デンマンさんが「辛いのが好きだ」と言ったので“激辛”を薦めていましたが

デンマンさんは「あまり辛くない」と言ってましたね。

たぶん、辛すぎたのでデンマンさんの舌が拒絶反応を示し、

辛さが感じられなくなったのだと思います。

ところで、話は変わりますけれど、

以前、お願いしたホットドッグ用のレリッシュは Bicks でなくてもいいですよ。


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ブランド品は高いでしょう。

NO Name でもかまいません。

ついでと言っては何ですけれど、追加注文があります。

お菓子を作る材料の所か、小麦を売ってる所にポピーシードがあるはずです。


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200グラム入りのモノをお願いします。

これは古いと しけていて まずいので(胡麻がしけた煎餅のように)

賞味期限の長いもので 新しい袋のモノを お願いします。

よくグロサリーやストアで マッフィンを買うと 細かいつぶつぶが入ってますよねぇ~。

それがポピーシードです。

それから、いつもデンマンさんが食べてる。。。、ちょっと ど忘れしました。

何だっけ? フランスの朝食でカフェオレと一緒に食べる… 

バターのきいたパンです。 それを2つ。

それとブルベリーマッフィン 2こ


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ついでに、チーズスコーンも 2こ


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いつも、いつも、お願いばかりで、すいません。

今回 行きたい所というのは 大宮の氷川神社です。


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電車で行きます。 

パワースポットとして有名です。

デンマンさん一緒にパワーをもらいたいと思います。

では、体調を整えて元気に帰省してください。

お待ちしています。

 

(V__/)
(+’.’+)
(“)_(“)


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小百合より

 


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小百合さん、どうしてクロワッサンを思い出せなかったのですか?


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だから、ど忘れしたのですわよう。

僕はクロワッサンを思い出せなかったことはありませんよ。

それは、デンマンさんが朝食によく食べているからですわァ~。

。。。で、今回、行きたいのは大宮の氷川神社ですか?

そうです。。。 パワースポットとして有名なのですわ。。。

氷川神社


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氷川神社(ひかわじんじゃ)は、埼玉県さいたま市大宮区高鼻町にある神社。式内社(名神大社)、武蔵国一宮または三宮、勅祭社。
旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。
宮中の四方拝で遥拝される一社。

東京都・埼玉県近辺に約200社ある氷川神社の総本社である。
他の氷川神社と区別する際は「大宮氷川神社」とも呼ばれる。

神社の境内は見沼(江戸時代中期まで存在した広大な沼)の畔に立ち、もとは見沼の水神を祀っていたと考えられている。
現在の神池は、見沼の名残である。
埼玉県・東京都の荒川流域、特に旧武蔵国足立郡を中心にして氷川信仰に基づく氷川神社が多数分布する。

大宮の氷川神社・中川の中氷川神社(現 中山神社)・三室の氷川女体神社は一直線に並んでいる。
なお、この三氷川とかつて大宮の氷川神社境内にあった三社(男体社・女体社・簸王子社)がよく混同されるが別のものである。

さいたま市の「大宮」の地名は、当社を「大いなる宮居」と称えたことに由来する。
埼玉県周辺の広域から参拝者を集め、正月三が日の初詣の参拝者数(警察調べ)は全国10位以内に数えられる。
特に全国的に初詣客が増加した2008年(平成20年)以降は連年200万人以上が訪れている。

参道


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『拡大する』

 

2キロに及ぶ参道は3つの区間に分かれている。

1) 旧中山道と分岐する一の鳥居から大宮中央通り(大宮駅東口の駅前通り)までの約1000mは道幅が狭く、参道を車道として開放している。
歩道と車道は分離されており、自動車は北向きの一方通行である。
将来構想として、自動車を完全に排除して、往事の参道に再生することが考えられている。
かつて、この区間は住宅街を貫き、自動車の違法駐車が後を絶たなかった。
また一の鳥居から南大通り(4車線の大通り)まで380mは狭いながら対面通行であり、歩行者、自転車、双方向の自動車、路上駐車で混乱していた。
さいたま新都心が街開きしたことから、参道南部を歩く人が飛躍的に増え、違法駐車の排除が検討される。
そこで、参道再生の一環として車道部分を通過できるだけの広さにし、残りを御影石風のブロックを敷き詰めた歩道にした。
2002年(平成14年)に第一期が完成(南大通りより北の450m)、2006年(平成18年)に第二期(上記の380m)が完成した。
特に第二期は自動車を一方通行に変更するため、数次に亘る社会実験を経て実現した。
2009年(平成21年)に第三期(中央通りより南の約200m)が着手され、全区間の歩車分離が完成した。

2) 大宮中央通りから県道2号さいたま春日部線(岩槻新道。旧国道16号)までの約300mは「平成ひろば」と名づけられた公園になっている。
中央が歩行者用の広い参道であり、その周囲が公園となっている。
自動車は「平成ひろば」の両側を南北方向とも一方通行で走ることができる。
「平成ひろば」は参道を利用していた住宅・店舗を移転させた跡地に造られた。

この住宅や店舗はもともと、第二次世界大戦敗戦後に大宮駅東口に集まっていた闇市やバラック街であったが、1947年(昭和22年)に駐留軍が排除命令を出し、警察と大宮市、氷川神社の間で、参道の一部に移転することが決められた。
その後40年にわたって参道の一部が生活の場となったが、そのために樹木は荒れ、往事の面影は失われた。
昭和の終りに大宮市によって街道の再生が行われ、住宅や店舗は下町の市営住宅へ移転し、跡地は1989年(平成元年)に「平成ひろば」となった。

3) 県道2号の北に二の鳥居があり、神社境内の入り口である三の鳥居までの約500mは往事の面影が残された広い参道が延びている。
中央に歩行者用の広い参道があり、東側に対面通行の自動車道がある。
参道では毎年12月10日に「十日市(とおかまち)」という祭が開催され賑わう。
正月三が日にも、多くの出店が立ち並ぶ。

参道は2kmに及ぶ南北直線だが、神社の拝殿、本殿は参道の直線から西にずれており、南北に対して約30度傾いている。
境内に入ると、参道は左手に弧を描き、池を橋で渡って拝殿に至る。

このほか、大宮区土手町の旧中山道から神社北側に至る「裏参道」があり、こちらにも大鳥居が立つ。


出典: 「氷川神社」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

僕が初めて「氷川神社」を訪れたのは小学校3年生のときの遠足でした。 大宮公園に行ったのですよ。。。 そのついでに、確か、「氷川神社」を訪れたのです。。。 当時とはずいぶんと面影が違っているようですよ。。。 昭和の終りに大宮市によって街道の再生が行われ、住宅や店舗は下町の市営住宅へ移転し、跡地は1989年(平成元年)に「平成ひろば」となったと書いてあるでしょう。。。 僕は平成になってから行ったことがない。。。 今回、小百合さんと行くと、あの長い沿道の様子が全く様変(さまが)わりしていると思いますよ。。。

デンマンさんは沿道の様子をはっきりと覚えているのですか?

どのような神社だったか、全く覚えてないけれど、沿道の様子ははっきりと覚えてますよ。。。 なぜなら、お土産屋とか食べ物屋が沿道にずらっと並んでいたのです。。。 


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小学生の子供の目には神社なんか面白くもなんともない。。。 お土産物屋と食べ物屋の風景だけが僕の記憶に残っているだけです。。。

パワースポットの事は覚えてないのですか?

だいたい、上の説明にも出てないでしょう!。。。 「氷川神社」にパワースポットがあるなんて初めて聞きましたよ。。。

名のある神社にはパワースポットがあるものなのですわ。。。

僕も一応調べてみましたよ。。。

パワースポット


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パワースポット(power spot)とは、地球に点在する特別な“場”のこと。
エネルギースポット、気場とも言う。

『世界のパワースポット: 癒しと自分回復の旅ガイド』という本では、パワースポットには人を癒すとされる水があったり、人に語りかけるとされる岩があったり、あるいは磁力を発する断層があったりすると解説されている。

欧米ではボルテックス、vortex、ヴォルテックス(渦巻き)の噴出する地、という概念が有る。
セドナ (アリゾナ州)などが有名である。

荒俣宏は、「パワースポットは大地の力(気)がみなぎる場所と考えればよい」と述べ、そもそもパワースポットという言葉こそは新しいが、昔から大地の力を得ようとする試みはあった、と指摘した。
荒俣は日本で言えば「熊野三山詣で」がとても古い事例であると説明した。
荒俣は、本来なら厳しい修験を行ってはじめて得られる力を、その場所に詣でるだけで得られる、身分性別を問わず得られる、という画期的なものであったとし、ただし何の宣伝もなしに人を集められるわけではなかったので言い伝えが用いられた、同様に伊勢神宮にお参りする「お伊勢参り」でも「修験者しか得られないパワーを性別身分を問わず得られる」と宣伝した、と説明した。

All Aboutでは、パワースポットやスピリチュアルスポットなどと呼ばれるようにもなった場所も、本来は信仰の場であって自然崇拝が行われていた場であったところが多い、とされている。
そういう場所は伝統的に霊場とか聖地sacred placeなどの呼称で呼ばれていた。

宗教学的な見地からは、ミルチア・エリアーデは、自然に対する信仰のうち、山、岩などは天上・地上・地下を結ぶ宇宙軸を、大地や水などは死と再生を象徴するもので世俗生活の根底にあり、それを支える世界観の重要な部分をなしていると分析した。

荒俣は「パワースポットでは自分なりに大地の気を感じることが大切だ」とした。
ただし、パワースポットを巡って何かと批判も多い。

パワースポットへ出かける目的

荒俣は、パワースポットで何を感じるかは人により様々だとする。
そこにある自然を通して癒しを求めるのも、やる気を得るのでも、感じ方は人それぞれである。

日本のパワースポット

高千穂、富士山、三輪山、御嶽山、箱根、伊勢神宮、

日前神宮・國懸神宮、伊太祁曽神社、竈山神社、

淡嶋神社、紀州東照宮、玉津島神社、熊野本宮大社、

熊野速玉大社、熊野那智大社、丹生都比売神社、

闘鶏神社、金剛峯寺、紀三井寺、根来寺、粉河寺、

霧島神宮、熱田神宮、三峯神社、諏訪神社、戸隠神社、

石上神宮、浅間神社、五稜郭、分杭峠、金比羅宮、

霊場恐山、高尾山、貴船神社、鞍馬寺、鞍馬山、

出雲大社、八重垣神社(松江市)、厳島神社、秋芳洞、

屋久島、久能山東照宮、比婆山久米神社、

琵琶湖、筑波山、瑞牆山

その他格式の保たれている神社仏閣

自然環境の破壊されていない地帯

読売新聞の記者は「富士山や伊勢神宮、京都府の鞍馬山などの人気が高い」とした。

小野は、(築地本願寺などを設計した)伊東忠太によって設計された建物群は新しいパワースポットとして注目を集めていると説明した。


出典: 「パワースポット」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

上の説明の中には「氷川神社」は出てないのですよ。。。

その他格式の保たれている神社仏閣の中に入っているのですわァ~。。。

。。。で、小百合さんは癒しを求めるためですか? それとも、やる気を得るためですか?

両方ですわァ~。。。 で、デンマンさんはパワースポットで何をゲットするのですか?

癒しを求めるのも、やる気を得るのでも、感じ方は人それぞれであると書いてありますよねぇ~。。。 僕は、小百合さんとロマンを求めるために行きますよゥ。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたはパワースポットに出かけましたか?

では、あなたのために世界的にあまりにも有名なセドナをご紹介しますわ。

ページ・ブライアントなる霊能者がパワーが渦のように吹き出ている「ボルテックス」なる場所があると言っており、スピリチュアリストの聖地の観を呈し、多くの観光客が訪れているのでござ~ます。。。


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どうですか?

あなたも、日本のどこかのパワースポットに出かけたくなりましたか?

ところで、小百合さんが「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれているのですわァ。

なぜ。。。?

ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。

小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。

小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。

分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


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それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。

だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。

じゃあねぇ~~。


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ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

「上を向いて歩こう」がアメリカで人気が出るきっかけは

何だったのでしょうか?

通説によると、1963年の春、

アメリカ西海岸のローカルラジオ局のDJが、

異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手元にあった

日本の曲をオンエアーしたところ、

リスナーからリクエストが殺到したために

人気に火がついたと言われています。

果たして、その話はどこまで本当なのでしょうか?

アメリカで「上を向いて歩こう」をシングルとして

最初に発売したレコード会社はキャピトルです。

同じ時期にキャピトルはイギリスの親会社であるEMIが

ビートルズのシングルを出すようにと要請してきたのです。

ところがアメリカでは人気が出ないと断っているのですね。

では、いったい誰が「上を向いて歩こう」をシングルとして

発売したのでしょうか?

その発売を決定した人の名前が

デンマンさんが描いた次のチャートに出ています。


(qchan90.gif)

デイブ・デクスター・ジュニアさんなのです。

「A&Rマン」と言われていた人で、

売れる可能性のあるアーティストを発掘し、契約を結び、

制作を担当する仕事をしていた人です。

ローカルラジオ局のDJからある日電話がかかってきて

「上を向いて歩こう」が人気が出ていると聞いて、

さっそく自分でも聞いてみたそうです。


(qchan03.jpg)

九ちゃんが日本語で歌っているので

詞の内容は理解できなかったけれど、

これならイケそうだと直感して売り出すことに決めたそうです。

つまり、ビートルズの曲はヒットしないと蹴ったけれど、

九ちゃんの「上を向いて歩こう」は直感的に

ヒットすると思ったのだそうです。

ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて

次のサイトを立ち上げました。

時間があったら下のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。

『夢とロマンを持って前向きに生きる

小百合さんの物語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


(ebay5.jpg)


(byebye.gif)

カレーdeパリ

2017年10月8日

 

カレーdeパリ

 


(curry81.jpg)


(eiffel15.jpg)


(sayuri201.jpg)


(sayuri55.gif)

デンマンさん。。。 パリのカレーを取り上げるのですか?


(kato3.gif)

そうです。。。 いけませんかァ~。。。

だってぇ~、デンマンさんはカレーに飽きてしまったのではありませんか?

いや。。。、小百合さんと一緒に食べるカレーは格別ですよ。。。 (モナリザの微笑)

そのような見え透いたことを言っても、誰も喜びませんわァ~。。。

実は、群馬県の前橋市に住んでいる 橋爪 沙世莉(はしづめ さより)さんがパリでカレーを食べたことを懐かしみながら僕のブログにやって来たのですよ。。。


(vsign04p.jpg)

橋爪 沙世莉(はしづめ さより)さんはマジで パリのカレーを味わったのですか?

そうです。。。 このような真面目な時に 僕はウソや小百合さんの尻は突きません。。。

そのような下卑(げび)たギャグを飛ばさないで、その証拠でも見せたらどうなのですか?

じゃあ、まず次のリストを見てください。。。


(liv71004a.png)


『拡大する』

『カレーライス@パリ』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で10月4日の午前1時6分から午前2時20分までの「生ログ」のリストです。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目してください。。。

あらっ。。。 10月4日の午前1時43分にGOOGLEで検索して『カレーライス@パリ』を読んだのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。

。。。で、IPアドレスを調べて橋爪 沙世莉(はしづめ さより)さんが読んだと突き止めたのですか?

その通りです。。。


(ip110172b.png)

『拡大する』

。。。で、橋爪 沙世莉(はしづめ さより)さんは どのように検索したのですか?

次のようにして検索したのですよ。。。


(gog71004a.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

『カレーライス@パリ』

あらっ。。。 「カレーライス パリ 徒然」と入れて検索したのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。 97,100件ヒットするのですよ。。。

赤枠で囲んであるタイトルをクリックしてデンマンさんの『徒然ブログ』で記事を読んだわけですか?

そうです。。。

でも、どういうわけで「カレーライス パリ」だけじゃなくて、「徒然」を付け足して検索したのですか?

沙世莉(さより)さんは、僕の『徒然ブログ』の常連さんだからですよ。。。

どうして常連さんだと判るのですか?

沙世莉(さより)さんが記事を読んで、懐かしくなったついでに僕にメールを書いて寄越したのです。。。

マジで。。。?

小百合さんは疑り深いのですねぇ~。。。 昔の人は“信じる者は救われる!”と言ったのですよ。。。 だから、小百合さんも素直に信じて救われてねぇ~。。。

。。。で 橋爪 沙世莉(はしづめ さより)さんは、何がそんなに懐かしくなったのですか?

次のメールを読んだからですよ。。。


(foolw.gif)

Subj:小百合さん、おはよう!

夕べ小百合さんの夢を見ましたよう!

きゃはははは…

From: denman@coolmail.jp
To: sayuri@hotmail.com
Cc: barclay1720@aol.com
Date: 28/11/2010 5:29:09 PM
Pacific Standard Time
日本時間:11月29日(月)午前10時29分

 


(paris32.jpg)

パリのセーヌ川の右岸を小百合さんと一緒に歩いているのです。

空は抜けるように青くて

どこからともなくイヴ・モンタンの歌う「枯れ葉」が聞こえてくるのですよう。

もう、僕は感激ですよう!


(paris40.jpg)

ロマンチックでもあり、またメランコリックでもあり、
何とも言えなく いいですよねぇ~。

僕は、当然、小百合さんの腰に手を回すのですよう。
うししししし。。。


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「デンマンさん!くすぐったいから、お尻に手を当てないでねぇ~」

小百合さんは、半分白けたように僕を見つめて、そう言うのですよう。

でも、僕は何と言われようと、もう、うれしくて、うれしくて仕方がないのですよう。

パリのセーヌ川のプロムナードを小百合さんと一緒に散歩しているのですからねぇ。


(paris29.jpg)

これ以上のロマンはないのではないかと、僕はもうウキウキ、ドキドキ、ウハウハしているのです。
きゃはははは。。。

夢を見ているのに、僕自身はマジで現実のつもりなのですよう。

夢を見ているなんて、僕自身は少しも思っていない!

そのくせ、夢の中で、「これは夢じゃないの!?」

そう思っているのだから、今から思い出すと、しまりのない夢でしたよう。

「小百合さん、せっかくパリにやって来たのだから、この辺で Hよりも感じるハグをしませんか?」

僕が、そう言うと、小百合さんはニッコリするのだけれど、僕が抱きしめようとすると、するりと僕の腕から抜け出てしまうのですよう。

「小百合さん。。。そのように恥ずかしがらなくてもいいではありませんか? 僕も小百合さんもパリに居るのですから。。。さあ、記念に心を込めてハグしましょうね」

僕がそう言うと、小百合さんは、ちょっとムカついて言うのですよう。

「デンマンさん! 日本人の団体の観光客の人たちがジロジロ見てるわ。 ほら、あそこ。。。だから、おやめになってぇ~」


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小百合さんの指差す方を見ると、旗を振っている添乗員の後を、山梨県の山奥の方からやって来た、団体のおじさん、おばさんたちが、僕と小百合さんを確かにジロジロ見てるのですよう。

やっぱり、パリも日本人の観光客の人たちで、ごった返しているのですよう。うもお~~。

「あらっ。。。デンマンさん。。。こんな所にインドカレーのお店がありますわ」

小百合さんが、そう言ったので指差す方を見ると、なんと、利根川を渡った所にある千代田町の本場のインドカレーの店があるではないですか!

小百合さんは、パリでも本場のインドカレーが食べられると、大喜びで店の中に入ってしまいました。


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パリに来てまでインドカレーはねえだろう!?

僕は、カレーを食べ飽きているので心の中で、そう叫びましたよう。
でも、小百合さんが店の中に入ってしまったので、僕が一人で外に居るのもバカバカしいので、仕方なく入りましたよう。

そしたら、なんと千代田町のあの店に居たナナさんが居るではありませんか!
ナナさんは、インド生まれインド育ちなのに、日本語がうまいのですよう。
小百合さんと楽しそうに再会を喜び合っているではありませんか!


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「ナナさん、いつパリに支店を出したの?」

「あらっ。。。デンマンさんもパリにやって来たのですか? パリのこのお店が本店で、日本の千代田町にあるお店の方が支店なのですわよう」

相変わらず愛嬌があって、ニコニコと笑顔を振りまいている様子は、インドの「愛の女神」かと思うほど、彼女の愛の精神が伝わってきますよう。

「デンマンさん。。。あの時は“激辛”を食べたのに、あまり辛くはないと言ってましたよね。 だから、今日は“超激辛”を食べてみてくださいな」
もう、こうなったら、“超激辛”でも、“めちゃ超激辛”でも、ナナさんの薦める物を何でも食べようと思いました。

その時、近くのテーブルで食べている女性二人が楽しそうに笑いながら僕を見ているのに気づいたのですよう。
なんと、ブルックリンのマリアさんと、カナダのマルサの女・ナンシーさんですよう。
いくらなんでも、これはできすぎているよ!

パリに千代田町のインドカレーの店があり、
しかも、ナナさんが居るのは偶然としても、
こともあろうに、ブルックリンのマリアさんが居るのは偶然にしてはできすぎている。


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さらに、小百合さんがパリにやって来たのをかぎつけて、カナダのマルサの女・ナンシーさんまでがパリにやって来たなんて、絶対に信じられない。


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「小百合さん。。。これは絶対に夢だよう! 夢か現実か?見極めるために、ちょっと僕のほっぺたをつねってみてよ」

僕は小百合さんに向かって、そう言ったのです。

「分かりましたわ」 小百合さんは、そう言うと思いっきり僕のほっぺたをつねったのですよう。んもお~~。。。
その痛さで目が覚めたと言う訳です。
うしししし。。。

考えてみたら、小百合さんにメールを書いてまで話すような夢ではなかったですよね。(爆笑)

でも、夢の中で小百合さんに会えてうれしかったですよう。
小百合さんも、軽井沢タリアセン夫人になりきって、たまには僕の夢でも見てね。
きゃはははは。。。

じゃあねぇ。
 

(denman01.gif)


『パリの空の下で』より
(2010年12月1日)

ずいぶんと昔のメールを持ち出してきたのですわねぇ~。。。

いけませんか?

だいたい、夢の話などをメールで書いて、さらにネットで公開する心理が、私には理解できませんわ。。。 このメールを読んだネット市民の皆様は呆れるだけだと思いますわァ~。。。

それが、そうではないのですよ。。。 橋爪 沙世莉(はしづめ さより)さんはメールの中に出てきた『枯葉』を聴いて、鮮やかにパリの思い出が蘇(よみがえ)ったと言うのです。。。

どういうわけで。。。?

あのねぇ~、沙世莉さんは実は、イタリアの歌手、アンドレア・ボチェッリの熱烈なファンなのです。。。 彼女のかつてのボーイフレンドがイタリア人で、誘われてコンサートに行ったときに歌ったのが次の『枯葉』なのですよ。。。


(bocelli03.jpg)

つまり、メールの中に出てきた『枯葉』を聴いたので懐かしくなってデンマンさにメールを書いたと言うのですか?

いや。。。 そればかりじゃない! 実は、「パッサージュ・ブラディ(Passage Brady)」のアーケード街で本場のカレーの味を初めて体験したというのですよ。。。 パリ メトロ(地下鉄)の4号線のシャトー・ドー(Château d’Eau)駅で降りるのです。


(metro4.gif)

駅の出口から ストラスブール・サン・ドニ(Strasbourg Saint-Denis)通りに出ると、まず目に付くのがアフリカ系美容院です。 それと 貸衣装屋さんや着ぐるみを売る店などが並んでいます。 目がチカチカするほど派手な店が多いので小百合さんもちょっとビックリしますよ。 パリじゃなくて、まるでインドかパキスタンにいるような錯覚に陥(おちい)ります。 行きかう人も フランス人よりもインド人やパキスタン人の方が多いくらいです。

この界隈に本場のカレーを食べさせてくれるお店があるのですか?

あるのです。 上の地図のストラスブール・サン・ドニ通りを歩いてゆくと 「パッサージュ・ブラディ(Passage Brady)」というアーケード街の入口が見えてくる。


(brady03.jpg)

このアーケードの中に入ってゆくのですか?

そうです。 ちょっと狭くてゴミゴミした感じですよ。


(brady02b.jpg)

このアーケードに本場のカレーを食べさせてくれるレストランがあるのですか?

あるのですよ。 狭い通りにテーブルと椅子が出ています。


(brady04c.jpg)

どんなカレーを食べさせてくれるのですか?

こんな感じです。


(curry32.jpg)


(curry33.jpg)

なんだか見ているだけで喉が渇いてきましたわ。

そういう時には、カレーに合ったインドの飲み物を注文するのです。


(lassi3.jpg)

これは何ですのォ~?

ミントのフレーバーを利かせたラッシー(Lassi) です。 ヨーグルトを使った飲み物です。

ミント以外のフレーバーもあるのですか?

あります。 マンゴー味なんかァどうですかァ~?

美味しそうですわねぇ~。。。 で、橋爪 沙世莉(はしづめ さより)さんもインドの本場のカレーを味わった後でラッシー(Lassi)を頂いたのですか?

そうですよ。。。

つまり、この事を言うためにわざわざ私をお呼びになったのですか?

もちろん、そればかりじゃありませんよ。。。 僕が10月中旬に行田に里帰りしたら、今年は行田の「音時計」で小百合さんと一緒に古代米カレーを食べようと思い立ったわけです。。。


(ondokei07.jpg)


(ondokei01.jpg)

どうですか? 小百合さんも興味があるでしょう?

そうですわねぇ~。。。

なんだか、余り乗る気ではなさそうですねぇ~。。。

デンマンさんが帰省するまでに 考えておきますわァ~。。。


(laugh16.gif)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。

たぶん、小百合さんはデンマンさんと一緒に古代米カレーを食べに行かないと思いますわ。。。

それよりも、小百合さんはピリ辛のレリッシュを たくさん載せたホットドッグを食べに行くような気がするのです。


(hotdog3.jpg)

では、あなたのために ピリ辛のディル・ピクルス・レリッシュ(Tangy Dill Pickle Relish)の作り方をお見せしますわねぇ~。。。
 

(tangy03.jpg)

どうですか?

あなたにも作れそうでしょう?

ところで、小百合さんが「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれているのですわァ。

なぜ。。。?

ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。

小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。

小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。

分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


(suikyu9.jpg)

それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。

だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。

じゃあねぇ~~。


(hand.gif)


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

ためになる関連記事



(linger65.gif)

■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』


(house22.jpg)

■ 『カナダのバーナビーと軽井沢に

別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)

■ 『蕎麦屋と軽井沢タリアセン夫人』

■ 『おしまいでございます』

■ 『軽井沢タリアセン夫人 愛の写真』

■ 『菊ちゃんと阿部忠秋』

■ 『菊ちゃん、知恵伊豆、忠秋』

■ 『丸墓山は誰の墓?』

■ 『外国人SEXデンマン再訪』

■ 『日本最高?』

■ 『短歌に込められた愛の真実』

■ 『3月のバレンタイン』


(fragran11.jpg)

■ 『かぎろいミステリー』

■ 『40代女性の魅惑』

■ 『私のバレンタイン』

■ 『バレンタイン@4月』

■ 『豆まき@バレンタイン』

■ 『夢のココナッツ』

■ 『日本の失敗』

■ 『しじみ@愛のロマン』

■ 『とろけるカレー@バレンタイン』

■ 『バレンタイン夫人』

■ 『昭和の表象空間』

■ 『ズロースなの?』

■ 『焼きそばサンド』

■ 『平成の表象空間』

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)

■ 『手作り弁当@船着き場』

■ 『盛り上がる@馬車道』

■ 『ゼリーフライ@鐘つき堂』

■ 『愛と憎しみの丸墓山』

■ 『忘れられない!』

■ 『大名行列@行田』

■ 『別れの朝も…』

■ 『婚外恋愛』

■ 『婚外恋愛と人間失格』


(noten15.jpg)

■ 『月夜の美人』

■ 『ふるさと 行田』

■ 『愛の偶然と必然』

■ 『田中角栄と軽井沢』

■ 『うさぎ追いしかの山』

■ 『アブラッソ不在の美』

■ 『ロマンの昔話』

■ 『海を渡ったバレンタイン』

■ 『バレンタインが老人を狂わせた』

■ 『マルちゃん海を渡る』

■ 『銀座からバレンタイン』

■ 『仙台からバレンタイン』


(sayuri201.jpg)

■ 『パリからバレンタイン』

■ 『ジャズ@バンクーバー』

■ 『タイからバレンタイン』

■ 『たまご麺@バレンタイン』

■ 『愛犬とゴッド』

■ 『ザ・バレンタイン女』

■ 『週刊誌deヌード』

■ 『愛と天の夕顔』

■ 『ジェミマおばさんのシロップ』

■ 『夏日に、お帰りなさい』

■ 『コイ、鯉、恋がいっぱい!』

■ 『スープカレーなのね』

■ 『忍城時代まつり』

■ 『夜道のルート66』

■ 『上を向いて歌おう』

■ 『霧積温泉のロマン』

■ 『元気が一番!』

■ 『行田のスープカレー』

■ 『パンツとブラジャーと餃子』

■ 『軽井沢を文学散歩する』

■ 『ばァ~の面影』

■ 『バレンタイン@行田』

■ 『軽井沢タリアセン夫人@遠藤家』

■ 『桃の節句@天国』

■ 『古代米カレー』

■ 『愛のジェローを探して』


(coffeeluv1.jpg)

■ 『コーヒーと愛の香り』

■ 『愛の馬車道』

■ 『亀姫と香芽子さん』

■ 『愛の夕顔を探して』

■ 『ケネディ暗殺の謎』

■ 『行田物語 ピラミッド』

■ 『由梨さん@コルシカ』

■ 『黒い行田市長』

■ 『ヒシしようよ』

■ 『天の川de思い出』

■ 『天の川の思い出』

■ 『行田物語 古代蓮』

■ 『チーズ@シルクロード』

■ 『ラーメン@バクー』

■ 『行田物語 饅頭』

■ 『ぶんぶく茶釜だよ』

■ 『ぶんぶく阿波踊り』

■ 『食欲の秋です』


(bare02b.gif)

こんにちは。ジューンです。

「上を向いて歩こう」がアメリカで人気が出るきっかけは

何だったのでしょうか?

通説によると、1963年の春、

アメリカ西海岸のローカルラジオ局のDJが、

異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手元にあった

日本の曲をオンエアーしたところ、

リスナーからリクエストが殺到したために

人気に火がついたと言われています。

果たして、その話はどこまで本当なのでしょうか?

アメリカで「上を向いて歩こう」をシングルとして

最初に発売したレコード会社はキャピトルです。

同じ時期にキャピトルはイギリスの親会社であるEMIが

ビートルズのシングルを出すようにと要請してきたのです。

ところがアメリカでは人気が出ないと断っているのですね。

では、いったい誰が「上を向いて歩こう」をシングルとして

発売したのでしょうか?

その発売を決定した人の名前が

デンマンさんが描いた次のチャートに出ています。


(qchan90.gif)

デイブ・デクスター・ジュニアさんなのです。

「A&Rマン」と言われていた人で、

売れる可能性のあるアーティストを発掘し、契約を結び、

制作を担当する仕事をしていた人です。

ローカルラジオ局のDJからある日電話がかかってきて

「上を向いて歩こう」が人気が出ていると聞いて、

さっそく自分でも聞いてみたそうです。


(qchan03.jpg)

九ちゃんが日本語で歌っているので

詞の内容は理解できなかったけれど、

これならイケそうだと直感して売り出すことに決めたそうです。

つまり、ビートルズの曲はヒットしないと蹴ったけれど、

九ちゃんの「上を向いて歩こう」は直感的に

ヒットすると思ったのだそうです。

ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて

次のサイトを立ち上げました。

時間があったら下のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。

『夢とロマンを持って前向きに生きる

小百合さんの物語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


(ebay5.jpg)


(byebye.gif)

食欲の秋です

2017年10月3日

 

食欲の秋です

 


(sayuri811.jpg)


(sayuri5.gif)

件名:

食欲の秋と軽井沢の思い出

♪┌(・。・)┘♪


(shokuyoku.jpg)

日付: Sat., Sep 30, 2017 at 8:21 PM
差出人: “dominis@yahoo.co.jp”
宛先: “green@infoseek.jp”
CC: “barclay1720@aol.com”

今年の春、久しぶりに運動らしい運動をして若さを取り戻しました。

軽井沢ハーフマラソンに参加したのです。


(karumarason3.jpg)


(karumarason7.jpg)

 

デンマンさんはバンクーバーでマラソンに挑戦してますか?

最近、スタンレー公園のseawall に沿ってジョギングしてますか?

 


(stanley50.jpg)


(seawall3.jpg)


(seawall2.jpg)

 

少しでも若さを維持していつまでも元気で頑張ってくださいね。

体調を整えて、今年の秋にはルンルン気分で帰省してください。

ところで、お願いした3つの品の内 SMUCKER’S Raspberry JAM をゲットしてくれたそうで、ありがとう。


(raspberry2.jpg)


(heinzhot2.jpg)

上のハインズのホットドッグ・レリッシュはSafewayには なかったそうですが、

代りの品としてCompliments のホットドッグ・レリッシュを探してくれたのですね…。


(hotcompli2.jpg)

デンマンさんは、もしかすると忘れているのかもしれませんけれど、

私は緑の瓶で、甘くないモノをイメージしていたのです。

デンマンさんが探し当ててくれたものは

マスタードベースの黄色いモノなのです。

ついでのときで結構ですから、

緑色の瓶で甘くないものを見つけてください。。。

では、体調を整えて元気に帰省してください。

お待ちしています。

 

(V__/)
(+’.’+)
(“)_(“)


(sayuri15.gif)

小百合より

 


(kato3.gif)

小百合さんは、意外にスポーツウーマンなんですねぇ~。。。


(sayuri55.gif)

あらっ。。。 知らなかったのですかァ~?

もちろん知ってましたよ。。。 小百合さんは かつて冬のウィスラーで裸でスノボをやってましたからねぇ~。。。 (微笑)


(sayuri22.jpg)

いやだわァ~。。。、こういう写真はネットで公開して欲しくありませんわァ。。。

別に、いいじゃありませんかァ~!

でも、週刊誌の記者が取材にやって来るのは困りますわァ~。。。

大丈夫です。。。 小百合さんの居場所は絶対に判らないですから。。。

それで、緑色の瓶で甘くないホットドッグ・レリッシュは見つけることができましたァ~?

ありましたよ。。。


(tangy01.jpg)

これもなんとなく甘そうですわねぇ~。。。 デンマンさんが以前に見つけてくれたモノとほぼ同じではありませんかァ!


(sweet01.jpg)

確かに同じ会社が作っているので、瓶の形も内容の色も同じようなのだけれど、ラベルは全く違いますよ。。。

つまり、TANGY というのは“甘くない”という意味なのですか?

あれっ。。。 小百合さんは知らなかったのですか?

だってぇ~、私は英語があまり得意ではないのですわァ。。。

そんな風に謙遜しなくてもいいのですよ。。。 13年間、バンクーバーの隣町のディーア・レークの畔に別荘を借りて、夏休みを楽しんでいたではありませんかァ!


(deerlak3.jpg)


(house22.jpg)


(house23.jpg)

もうかれこれ10年も前のことですわ。。。 最近、英語をほとんど使ってないので、TANGY のような聞き慣れない単語の意味がなかなか出てこないのですわァ。。。

あのねぇ~、ネットで「tangy 意味」と入れて検索すれば すぐに意味が出てきますよ。。。


(gog71002b.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

ピリ辛。。。、あるいはピリッとした舌に酸っぱいような味ですよ。。。 発音は次のように聞こえます。。。


(tangy02.jpg)

分かりましたわ。。。 じゃあ、そのピリ辛で酸っぱいホットドック・レリッシュをお願いしますわァ~。。。

分かりました。。。 で、今年の秋に小百合さんと会ったら、僕にもピリ辛のレリッシュを入れたホットドックを作ってくれるのですか?

もちろんですわァ~。。。 枯葉が舞い落ちる軽井沢の林の中で、ロマンチックにホットドックをいただくのですわァ~。。。 うふふふふふふ。。。

ホットドックと軽井沢というのは、ちょっとばかり不整合だけれど。。。、じゃあ、僕が小百合さんのためにシャンソンの「枯葉」を歌いますよ。。。


(sayuri811.jpg)

これは、デンマンさんじゃなくてイヴ・モンタン(Yves Montand)が歌っているのではありませんかァ~!

やっぱり、僕じゃないと判りますかァ~?

当たり前ですわァ~!

ちょっとは貼り付けるクリップを間違えてしまいました。。。 今度は、間違いなく僕が歌います。。。


(bocelli02c.jpg)

デンマンさん! いい加減にして下さいなァ~。。。 これはデンマンさんじゃなくてイタリアのアンドレア・ボチェッリじゃありませんかァ!

あれっ。。。 やっぱり僕じゃないと判ってしまいますか!?

当たり前ですわァ~。。。 

分かりました。。。 じゃあ、軽井沢の林で、小百合さんが作ってくれる ピリ辛のレリッシュを入れたホットドックを食べた後で必ず、小百合さんのために歌いますねぇ~。。。


(laugh16.gif)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。

馬鹿バカしいので あなたも呆れてしまったでしょう!?

では、あなたのために ピリ辛のディル・ピクルス・レリッシュ(Tangy Dill Pickle Relish)の作り方をお見せしますわねぇ~。。。
 

(tangy03.jpg)

どうですか?

あなたにも作れそうでしょう?

ところで、小百合さんが「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれているのですわァ。

なぜ。。。?

ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。

小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。

小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。

分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


(suikyu9.jpg)

それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。

だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。

じゃあねぇ~~。


(hand.gif)


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

ためになる関連記事



(linger65.gif)

■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』


(house22.jpg)

■ 『カナダのバーナビーと軽井沢に

別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)

■ 『蕎麦屋と軽井沢タリアセン夫人』

■ 『おしまいでございます』

■ 『軽井沢タリアセン夫人 愛の写真』

■ 『菊ちゃんと阿部忠秋』

■ 『菊ちゃん、知恵伊豆、忠秋』

■ 『丸墓山は誰の墓?』

■ 『外国人SEXデンマン再訪』

■ 『日本最高?』

■ 『短歌に込められた愛の真実』

■ 『3月のバレンタイン』


(fragran11.jpg)

■ 『かぎろいミステリー』

■ 『40代女性の魅惑』

■ 『私のバレンタイン』

■ 『バレンタイン@4月』

■ 『豆まき@バレンタイン』

■ 『夢のココナッツ』

■ 『日本の失敗』

■ 『しじみ@愛のロマン』

■ 『とろけるカレー@バレンタイン』

■ 『バレンタイン夫人』

■ 『昭和の表象空間』

■ 『ズロースなの?』

■ 『焼きそばサンド』

■ 『平成の表象空間』

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)

■ 『手作り弁当@船着き場』

■ 『盛り上がる@馬車道』

■ 『ゼリーフライ@鐘つき堂』

■ 『愛と憎しみの丸墓山』

■ 『忘れられない!』

■ 『大名行列@行田』

■ 『別れの朝も…』

■ 『婚外恋愛』

■ 『婚外恋愛と人間失格』


(noten15.jpg)

■ 『月夜の美人』

■ 『ふるさと 行田』

■ 『愛の偶然と必然』

■ 『田中角栄と軽井沢』

■ 『うさぎ追いしかの山』

■ 『アブラッソ不在の美』

■ 『ロマンの昔話』

■ 『海を渡ったバレンタイン』

■ 『バレンタインが老人を狂わせた』

■ 『マルちゃん海を渡る』

■ 『銀座からバレンタイン』

■ 『仙台からバレンタイン』


(sayuri201.jpg)

■ 『パリからバレンタイン』

■ 『ジャズ@バンクーバー』

■ 『タイからバレンタイン』

■ 『たまご麺@バレンタイン』

■ 『愛犬とゴッド』

■ 『ザ・バレンタイン女』

■ 『週刊誌deヌード』

■ 『愛と天の夕顔』

■ 『ジェミマおばさんのシロップ』

■ 『夏日に、お帰りなさい』

■ 『コイ、鯉、恋がいっぱい!』

■ 『スープカレーなのね』

■ 『忍城時代まつり』

■ 『夜道のルート66』

■ 『上を向いて歌おう』

■ 『霧積温泉のロマン』

■ 『元気が一番!』

■ 『行田のスープカレー』

■ 『パンツとブラジャーと餃子』

■ 『軽井沢を文学散歩する』

■ 『ばァ~の面影』

■ 『バレンタイン@行田』

■ 『軽井沢タリアセン夫人@遠藤家』

■ 『桃の節句@天国』

■ 『古代米カレー』

■ 『愛のジェローを探して』


(coffeeluv1.jpg)

■ 『コーヒーと愛の香り』

■ 『愛の馬車道』

■ 『亀姫と香芽子さん』

■ 『愛の夕顔を探して』

■ 『ケネディ暗殺の謎』

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■ 『由梨さん@コルシカ』

■ 『黒い行田市長』

■ 『ヒシしようよ』

■ 『天の川de思い出』

■ 『天の川の思い出』

■ 『行田物語 古代蓮』

■ 『チーズ@シルクロード』

■ 『ラーメン@バクー』

■ 『行田物語 饅頭』

■ 『ぶんぶく茶釜だよ』

■ 『ぶんぶく阿波踊り』


(bare02b.gif)

こんにちは。ジューンです。

「上を向いて歩こう」がアメリカで人気が出るきっかけは

何だったのでしょうか?

通説によると、1963年の春、

アメリカ西海岸のローカルラジオ局のDJが、

異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手元にあった

日本の曲をオンエアーしたところ、

リスナーからリクエストが殺到したために

人気に火がついたと言われています。

果たして、その話はどこまで本当なのでしょうか?

アメリカで「上を向いて歩こう」をシングルとして

最初に発売したレコード会社はキャピトルです。

同じ時期にキャピトルはイギリスの親会社であるEMIが

ビートルズのシングルを出すようにと要請してきたのです。

ところがアメリカでは人気が出ないと断っているのですね。

では、いったい誰が「上を向いて歩こう」をシングルとして

発売したのでしょうか?

その発売を決定した人の名前が

デンマンさんが描いた次のチャートに出ています。


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デイブ・デクスター・ジュニアさんなのです。

「A&Rマン」と言われていた人で、

売れる可能性のあるアーティストを発掘し、契約を結び、

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ローカルラジオ局のDJからある日電話がかかってきて

「上を向いて歩こう」が人気が出ていると聞いて、

さっそく自分でも聞いてみたそうです。


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九ちゃんが日本語で歌っているので

詞の内容は理解できなかったけれど、

これならイケそうだと直感して売り出すことに決めたそうです。

つまり、ビートルズの曲はヒットしないと蹴ったけれど、

九ちゃんの「上を向いて歩こう」は直感的に

ヒットすると思ったのだそうです。

ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて

次のサイトを立ち上げました。

時間があったら下のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。

『夢とロマンを持って前向きに生きる

小百合さんの物語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


(ebay5.jpg)


(byebye.gif)

ぶんぶく阿波踊り

2017年9月27日

 

ぶんぶく阿波踊り

 


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件名:

鰻重食べたのを思い出しました!

♪┌(・。・)┘♪


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日付: Wed, Sep 23, 2017 at 8:16 PM
差出人: “dominis@yahoo.co.jp”
宛先: “green@infoseek.jp”
CC: “barclay1720@aol.com”

お久しぶりです。。。

デンマンさんが投稿した記事を読ませていただきました。


(nana700d.jpg)

『ぶんぶく茶釜だよ』

 

茂林寺へ“たぬき”を見に行ったのは2009年の10月ですわねぇ~。

その途中で鰻重(うなじゅう)を食べたなんて、すっかり忘れていました。

キモのお吸い物をデンマンさんが生まれて初めて飲んだなんて全く知りませんでした。


(unagi12.jpg)

帰りに、東行田駅からデンマンさんが実家に帰る途中で

「かどや」に寄って焼きそばを4人前買ったということですが、

あのお店は、もうありません。


(kadoya20.jpg)


(kadoya30.jpg)

あの101歳のおばあちゃんも亡くなって、

家族はどこかへ引っ越したようです。

今では、あの土地は更地(さらち)になってます。

 

あの頃は、デンマンさんのお母さんも元気だったのですわね。

確かにそうでした。

私が電話した時、デンマンさんのお母さんが出られて

「デンマンがご馳走になったそうで、ありがとう」と

元気な声で言われたので、

ちょっとビックリしました。

 


(aodori.jpg)

ところで、デンマンさんは、その晩 NHKの深夜番組で

『日本の祭り2009』の「阿波踊り」を観たそうですが、

私も今年の夏、徳島の藍場浜演舞場で開催された

「阿波踊り」を観ました。


(awa12.jpg)

デンマンさんが言われるとおり 自由で、

躍動的で実に素晴らしいと思いました。

お祭りっていいですね。

私も観ていると“日本人の血”が踊り出します。

 

ところで、ずいぶん前ですが、沖縄に行った時に

「旧盆エイサー」を見ました。

四つ竹を手にして踊る現地の女性を見ながら、

もしかして、「エイサー」が四国に伝わって

「阿波踊り」になったのかしら?

。。。と、ふと思いました。


(eisah02.jpg)

デンマンさんが10月に帰省するのを楽しみにしています。

ところで、またお願いがあります。

ついででいいですから、次の3つの品を買い求めていただけますか?

1) SMUCKER’S Raspberry JAM


(raspberry2.jpg)

2) Hot dog relish


(heinzhot2.jpg)

前回いただいたモノは甘かったのですが、今回は甘くないものをお願いします。


(sweet01.jpg)

3) Irish Creme Ground Coffee


(irish02.jpg)

では、体調を整えて元気に帰省してください。

お待ちしています。

 

(V__/)
(+’.’+)
(“)_(“)


(sayuri15.gif)

小百合より

 


(kato3.gif)

小百合さんは今年の夏に阿波踊りを見たのですか?


(sayuri55.gif)

見ましたわ。。。 私もお祭りが大好きで、時には飛び入りで躍らせてもらったりするのですわァ~。。。

マジで。。。?

半分冗談ですわァ。。。 うふふふふふ。。。

小百合さんが沖縄で「旧盆エイサー」を見て、もしかしてエイサーが四国に渡って「阿波踊り」になったのではないか?。。。 そうメールに書いてあったけれど、実は、僕も「エイサー」と「阿波踊り」を見て、何か共通するものを感じ取ったのですよ。。。 それで、調べてみたのだけれど、「阿波踊り」の起源は解ってないようです。。。

阿波踊り


(awa114.jpg)

 

阿波おどりは徳島県(旧・阿波国)を発祥とする盆踊りである。
日本三大盆踊りであり、江戸開府より約400年の歴史がある日本の伝統芸能のひとつである。
夏季になると徳島県内各地の市町村で開催され、なかでも徳島市阿波おどりは踊り子や観客数において国内最大規模である。

 

起源と名称

精霊踊りや念仏踊りが原形であるといわれるが、起源は明らかになっていない。
徳島藩が成立して以後、盛んに踊られるようになったとされる(徳島市観光協会の説明より)。

天正14年(1586年)、徳島城が竣工した際、当時の阿波守・蜂須賀家政が城下に「城の完成祝いとして、好きに踊れ」という触れを出したことが発祥という説もある(蜂須賀入城起源説)。
しかしながら、戦国時代に城内でそのようなことができたとは考え難く、「蜂須賀入城起源説」は多くの歴史家によって否定されている。

江戸時代には、一揆につながるとの理由で阿波おどりが禁止されていた時期もあった。
その令を犯し、自宅で阿波おどりを行った家老がお家断絶になったという。
また戦時中にも一時阿波おどりは禁止された。

阿波おどりという名称は徳島県内の各地で行われてきた盂蘭盆の踊りの通称であり、昭和初期からそう呼ばれるようになった。
この名称は日本画家・林鼓浪が徳島商工会議所(当時は商業会議所)に提案したものとされる。

尚、徳島市や高円寺の阿波おどりではポスターや看板等において専ら「阿波おどり」と表記される。
また、徳島県が発行する印刷物等においても「阿波おどり」で統一されている。

ちなみに、名称から徳島県阿波市が阿波おどりの本場と思われることがあるが、阿波市でも阿波おどりは行われるものの特別なことは特にない(そもそも阿波市の存在自体が近年まで無かった。市の歴史はまだ浅く、2005年の市町村合併で誕生した新しい市である)。

なお、一部では「阿波踊り」と漢字表記している。

 

阿波おどりでは一つの踊りのグループの事を「連(れん)」という。
徳島県には有名連と呼ばれる連が多数あり、主に各協会などに所属している連が多い。
もちろんいずれの協会にも属していない連もある。

大抵の徳島県民には個人個人に贔屓の連があり、「あっこの連がええ」とか「ほらやっぱりここの連やろ」といった具合に話題になることもある。

こうした有名連以外にも踊りが好きな者同士が集まって結成した連、企業が企業名を売り込む目的で結成した企業連、大学のサークルなどで結成した大学連、気の合う仲間で結成した連、商店街で結成した連等、徳島県内には大小さまざまの数多くの連が存在する。

殆どの連は先頭に連名を書いた巨大な提灯を掲げて浴衣などに名前を入れて踊っている(よって、当然提灯係のような者も毎年選定されている)。
また徳島県外には徳島県出身者が主体となって結成した連もあり、関西を本拠地とする阿波おどりの連の中には徳島県出身者が始めたものが多い。

 

徳島県内の有名連


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娯茶平: 連員350人を超える徳島県最大規模の連であり、賜天覧4連のうちの一連。 娯茶平調である。 東京の飛鳥連と姉妹連である。

のんき連: 徳島一の歴史を誇る賜天覧4連のうちの一連。 のんき調である。

新のんき連: 性億政明を初代連長とする、のんき調の連である。 東京支部として東京新のんき連がある。

阿呆連: 阿波踊り三大主流と呼ばれるもののうちの一つ、阿呆調である。東京の江戸っ子連と姉妹連である。


出典: 「阿波踊り」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

阿波おどりは旧・阿波国を発祥とする盆踊りである。 精霊踊りや念仏踊りが原形であるといわれるが、起源は明らかになっていないと書いてありますわねぇ~。。。

そうです。。。 とにかく“盆踊り”には違いがない。。。 すると、「エイサー」も、言ってみれば“盆踊り”なのですよ。。。

エイサー


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エイサーは、沖縄県と鹿児島県奄美群島でお盆の時期に踊られる伝統芸能。
この時期に現世に戻ってくる祖先の霊を送迎するため、若者たちが歌と囃子に合わせ、踊りながら地区の道を練り歩く。

また、かつては祝儀を集めて集落や青年会の活動資金とする機能も重視され、その金でため池を設けた例もある。
地域によってはヤイサー、エンサー、七月舞(しちぐゎちもーい)、念仏廻り(にんぶちまーい)とも呼ばれる。

近年では太鼓を持つスタイルが多くなり、踊り自体を鑑賞するために沖縄全島エイサーまつりをはじめとする、各地域のエイサーを集めたイベント等も開催され、重要な観光イベントとなっている。

 

歴史

東北出身の袋中上人が1603年から3年間首里に滞在して浄土宗を布教したのを契機に、沖縄では王家や貴族の間を中心として念仏が広まった。

18世紀中頃には、托鉢や芸事を行なう「念仏にゃー」(念仏屋、にんぶちゃー)をお盆に招いて先祖の供養を行なう風習が、首里の屋敷町などで存在していたという。
当時は現代のエイサーと形式が異なり、門付歌と念仏歌だけで踊っていた。

明治以降になると、念仏の詠唱を村の若人が代行する形で庶民の間にエイサーが普及していった。
沖縄本島中北部から県内全域へ伝播して大衆化する中で、民謡などを取り込む例も増えた。

与那国島で始まったのは80年ほど前と言われている。
なお、戦前は太鼓を使う例は少なく、浴衣などの普段着姿で手ぬぐいを頭に巻くというスタイルが主流であった。
念仏にゃーの存在は大正の終わりごろにはほぼ消滅している。

戦後、エイサーは沖縄市など本島中部を中心に大きくスタイルを変えた。
旧コザ市(現在の沖縄市)主催で1956年に全島エイサーコンクールを開催。

この沖縄随一のエイサーイベントは後のエイサーの発展に多大なる影響を与えた。
当初コンクール(順位を競う)であったため、審査員や観客に魅せる(見せる)という部分に重きが置かれ、出場する青年会は構成や隊形、衣装、パフォーマンスなどをより派手なスタイルに変化させていくことになる。
これらのエイサー文化と共に歩んできた沖縄市は2007年6月13日に「エイサーのまち」宣言をし、地域の活性化に取り組んでいる。

一方で、名護市以北の本島北部では手踊りの伝統エイサーも続けられている。
また、沖縄本島中部の与勝地域の伝統エイサーも歴史は古く、屋慶名青年会、平敷屋青年会などは100年余りの伝統がある。
屋慶名エイサーの起源は明治24年(1890年)旧暦7月とされ、1991年には生誕100年祭が行われた。

全国的には1990年代以降に沖縄県出身者が中心となって多くのエイサー団体が設立された。
また、県出身者以外の愛好者の加入や独自団体の設立も増えていると言われる。
国外で踊られた例として、アメリカ合衆国やフランスなどがある。

 

語源

エイサーの由来は、浄土宗系念仏歌に挟まれる囃子の一つ「エイサー、エイサー、ヒヤルガエイサー」から来ているとされる。
また、「おもろさうし」に「ゑさおもろ」(「おもろ」は歌謡の意)の語があり、これを由来とする説がある。


出典: 「エイサー」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

東北出身の袋中上人が1603年から3年間首里に滞在して浄土宗を布教したらしいけれど、この後で船で四国によって念仏踊りを徳島で広め、それが阿波踊りになったのではないか? 僕は、そう思うのだけれど。。。

それは、デンマンさんの想像に過ぎませんわァ~。。。 それで、私がお願いした品はどうなりましたァ~?

あのねぇ~、9月24日の日曜日、バンクーバー市立図書館は午後6時に閉館になったので、ロブソン・ストリートを西に向かってずっと歩いて、デンマン・ストリートとぶつかる角にあるセーフウェイ(Safeway)に寄ったのですよ。。。


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スマッカーズのラスプベリー・ジャムはありました。


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でもねぇ~、ハインズのホットドッグ・レリッシュはありませんでした。


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でも、その代りに、上の品とほとんど同じものがありましたよ。


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Compliments のホットドッグ・レリッシュです。。。

じゃあ、これでもいいですわ。。。

それから3つ目のアイリッシュ・クリーム・グラウンド・コーヒー(Irish Creme Ground Coffee)はありませんでした。


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あのねぇ~。。。 この缶入りのコーヒーは特殊なのですよ。。。 僕が調べた限りアマゾンでしか手に入りませんよ。。。 バンクーバーのどの店にもなさそうです。。。 小百合さんもネットで調べてみてください。。。

じゃあ、セーフウェイ(Safeway)で量(はか)り売りのコーヒー豆を買うしかないのですか?

そうです。。。

でも。。。、量り売りのアイリッシュ・クリーム・コーヒーの豆を保存しておくと、苦(にが)くなってしまうのですわァ~。。。

あのねぇ~、そういう時には密閉できる缶にコーヒー豆を保存しておくのですよ。。。

そうしているつもりなのですわ。。。

缶が密閉してないのですよゥ。。。 しっかり密閉できる缶を100円ショップで買ったらどうですか?

分かりましたわ。。。 今晩寝ずに考えてから返信を書きますわァ~。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたは、今年の阿波踊りを見ましたか?

見ない人も、見た人も次のダイジェストをお楽しみくださいませ。。。


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どうですか?

お祭り気分を味わえましたか?

ところで、小百合さんが「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれているのですわァ。

なぜ。。。?

ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。

小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。

小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。

分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


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それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。

だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。

じゃあねぇ~~。


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ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

「上を向いて歩こう」がアメリカで人気が出るきっかけは

何だったのでしょうか?

通説によると、1963年の春、

アメリカ西海岸のローカルラジオ局のDJが、

異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手元にあった

日本の曲をオンエアーしたところ、

リスナーからリクエストが殺到したために

人気に火がついたと言われています。

果たして、その話はどこまで本当なのでしょうか?

アメリカで「上を向いて歩こう」をシングルとして

最初に発売したレコード会社はキャピトルです。

同じ時期にキャピトルはイギリスの親会社であるEMIが

ビートルズのシングルを出すようにと要請してきたのです。

ところがアメリカでは人気が出ないと断っているのですね。

では、いったい誰が「上を向いて歩こう」をシングルとして

発売したのでしょうか?

その発売を決定した人の名前が

デンマンさんが描いた次のチャートに出ています。


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デイブ・デクスター・ジュニアさんなのです。

「A&Rマン」と言われていた人で、

売れる可能性のあるアーティストを発掘し、契約を結び、

制作を担当する仕事をしていた人です。

ローカルラジオ局のDJからある日電話がかかってきて

「上を向いて歩こう」が人気が出ていると聞いて、

さっそく自分でも聞いてみたそうです。


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九ちゃんが日本語で歌っているので

詞の内容は理解できなかったけれど、

これならイケそうだと直感して売り出すことに決めたそうです。

つまり、ビートルズの曲はヒットしないと蹴ったけれど、

九ちゃんの「上を向いて歩こう」は直感的に

ヒットすると思ったのだそうです。

ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて

次のサイトを立ち上げました。

時間があったら下のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。

『夢とロマンを持って前向きに生きる

小百合さんの物語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


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行田物語 饅頭

2017年9月12日

 

行田物語 饅頭

 


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デンマンさん。。。 きょうは“まんじゅう”の行田物語ですか?


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そうです。。。 いけませんか?

かまいませんけれど、“まんじゅう”は特に行田に限ったことではないでしょう?

もちろん、“まんじゅう”は行田に起源があると言うつもりはありません。。。 犬も歩けば“まんじゅう”に当たる、というくらいに、まんじゅうは日本のどこの町や村でも食べられますからねぇ~。。。 日本だけじゃなく、最近は世界のどこに行っても、似たようなモノを見かけますよ。。。

饅頭

 

饅頭(まんじゅう)は、小麦粉などを練って作った皮(生地:きじ)で小豆餡などの具を包み、蒸した菓子。

中国の饅頭(マントウ)が変化してできた和菓子の一種。


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漢字は「万十」「万頭」「曼頭」などと書くこともある。

 

起源説等

日本の饅頭の起源には2つの系統がある。

ひとつは1349年(南朝:正平4年、北朝:貞和5年)に禅宗の僧と一緒に中国から渡来した林浄因と共に入ってきたと言われている。
その際、禅宗のお茶と一緒に食べる菓子として饅頭を用いる事を考えた。

しかし従来の饅頭は肉を使ってしまう(本来の仏教では肉食は禁じられていないが、日本では肉食を禁じた)ので、代わりに小豆を使った饅頭が考案されたと言われている。
その後、林は奈良の漢國神社の近くに住居して塩瀬という店を立てたことから、漢國神社内の林神社と呼ばれる饅頭の神社で、菓祖神として祀られている。

もうひとつの系統は、林が伝えたとされる年より100年ほど遡る1241年(仁治2年)に南宋に渡り学を修めた円爾が福岡の博多でその製法を伝えたと言われる。
円爾は辻堂(つじのどう=現・博多駅前一丁目)に臨済宗・承天寺を創建し博多の西、荒津山一帯を托鉢に回っていた際、いつも親切にしてくれていた茶屋の主人に饅頭の作り方を伝授したと言われる。
このときに茶屋の主人に書いて与えた「御饅頭所」という看板が、今では東京・赤坂の虎屋黒川にある。

奈良に伝わった饅頭はふくらし粉を使う「薬饅頭」で、博多の方は甘酒を使う「酒饅頭」とされる。

伝来当時は現在の饅頭につながる甘い饅頭と、主として野菜を餡とした菜饅頭の二種類が存在していた。
後者は現在の肉まんに近い物と考えられているが、仏教の影響もあって、近在以前の日本ではもっぱら野菜が餡として用いられた。

仏教寺院ではいわゆる点心(ここでは軽食や夜食)の一種類とみなされ、軽食として用いられていた。
しかし、米飯や麺類が主食として存在し、とくに麺類(うどん、そば、素麺など)が早くから軽食として存在した一般社会では、製法の煩雑さなどからほとんど定着せず、甘い饅頭や麺類のように菜饅頭を専門の業者が製造する事もなかった。
ただ、寺院における食事の記録には記載されている事が多く、江戸時代に入っても『豆腐百珍』に「菜饅頭」として製法が記載されている事から、寺院等では軽食として長い間食べられていたようである。

また、直接的な饅頭の由来ではないものの、江戸時代以降に南蛮菓子や中国菓子の製法として焼き菓子の製造技術が日本に伝播した。
この技術が饅頭にも応用され、焼き饅頭と呼ばれる日本独特のジャンルが生まれた。


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日本に定着した後、餡や皮の製法にさまざまな工夫が凝らされ種々の饅頭が作られるようになった。

しかし、肉まんや餡まんなど、従来の饅頭(マントウ)を起源とした厚めでふわっとした皮の中華風の饅頭(包子、パオズ)は、甘いものであっても一般的に中華まんとして区別されている(特殊な事例として愛媛県の労研饅頭があり、これもマントウを起源とするが(同項参照)、こちらは和菓子の分類に入れられる事が多い)。
中にはカレーまん、ピザまん、バナナまんなど、中国には存在しない中華まんもある。
日本風の焼いて作る饅頭は台湾でも「日式饅頭」、「日本饅頭」と称して製造されている。


出典: 「饅頭」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

“まんじゅう”がとりわけ珍しいものじゃないのに、どういうわけで行田の“まんじゅう”を取り上げたのですか?

それに答えるには、ちょっと次のリストを見てください。


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『拡大する』

『足袋とまんじゅう』(PART 1)

『足袋とまんじゅう』(PART 2)

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で9月4日の午後7時5分から午後11時22分までの約4時間の「生ログ」の一部ですよ。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目してください。

あらっ。。。 9月3日の午後7時8分にマイクロソフトの BING で検索して『足袋とまんじゅう』(PART 2)を読んだネット市民が居たのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。 実は、新宿に住んでいる万寿 春香(まんじゅ はるか)さんが読んだのです。。。

また、IPアドレスを調べて突き止めたのですか?

そうです。。。


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『拡大する』

。。。で、万寿 春香さんは、どのようにして検索したのですか?

次のようにして検索したのですよ。。。


(bin70906a.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

あらっ。。。 「足袋 まんじゅう」と入れて検索したのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。

でも。。。、でも。。。、どういうわけで「足袋 まんじゅう」と入れて検索したのですか? “足袋”と“まんじゅう”は全く関係ないと思いますわァ。。。

あのねぇ~、確かに、一般の日本人にとって“足袋”と“まんじゅう”はほとんど関係ないように見えるでしょう。。。 でもねぇ~、“十万石のまんじゅう”を知っている人にとっては“足袋”と“まんじゅう”は関係があるのです。。。

それはどういうわけで。。。?

ちょっと次の小文を読んでみてください。。。

十万石ふくさや行田本店店舗 

国の登録文化財。

明治16年 呉服商山田清兵衛商店の店舗として棟上される

昭和27年 青柳合資会社の足袋蔵となる

昭和44年 十万石ふくさや行田本店店舗となる

黒漆喰塗りの重厚な店蔵は行田では珍しい江戸様式の店蔵で、十万石の店舗となった後、昭和53年に改修が行なわれ、外壁にナマコ壁が設けられた。

「青柳合資会社」は、僕が行田市立行田中学校3年生の時のクラスメートだった青柳君のおじいさんが立ち上げたのですよ。 昭和22年から昭和47年まで“足袋”の倉庫として使っていたのです。

青柳さんの家では足袋を作っていたのですか?

そうです。 でも、昭和30年代には足袋をはく人が居なくなったから、学生服とか作業衣を作ってましたよう。

もう青柳さんの家はないのですか?

今でも通りを挟んだ向かい側に青柳君の実家があります。 青柳君のお兄さんが家を継いでいるようです。

。。。で、万寿 春香(まんじゅ はるか)さんは、どういうわけで「足袋 まんじゅう」と入れて検索したのですわねぇ~。。。

小百合さんは“まんじゅう”って漢字でどう書くか知ってますか?

ええ。。。知ってますわァ。 「饅頭」と書くのでしょう。。。

確かに辞書を引くと、そう書いてあります。 でもねぇ、“十万石のまんじゅう”は違う字を使っているのですよう。 もう一度写真を見てください。


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あらっ。。。“饅” ではなく “幔” を使っているのですわね。

そうなのですよ。 僕も言われるまで分からなかった。

なぜ “幔” の字を使うのですか?

だから、万寿 春香(まんじゅ はるか)さんも、それが知りたくて「足袋 まんじゅう」と入れて検索したのですよ。。。

。。。で、どうして“饅” ではなく “幔” を使っているのですかァ~?

小百合さんは忘れてしまったのですねァ~。。。 これには興味深いエピソードがあるのです。 太平洋戦争後、砂糖の統制が解かれてまもない頃、「十万石ふくさや」の主人の先代が、何か行田の名物となるものを作ろうと考えたのですよう。

つまり、それが「十万石まんじゅう」となったわけですか?

そうです。。。 ところで、小百合さんは、次の絵が何だか分かりますか?


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棟方志功さんの版画でしょう…

あれっ。。。小百合さんは知っているのですねぇ~。。。?

だってぇ~。。。“十万石のまんじゅう”が気に入って、棟方志功さんは旨い旨いと言いながらたくさん食べたのでしょう? “十万石のまんじゅう”の写真に使われている絵も棟方志功さんの版画だと聞いていますわァ。

小百合さんは知っていたのですかァ~。。。 だったら、僕が話そうとするエピソードも知っているのですねぇ~?

いえ。。。漢字の事は忘れましたわァ~。。。

あのねぇ~、今では世界的な板画家として棟方志功さんの名前をたいていの日本人は知っているけれど、戦後まもない頃、つまり、昭和28年当時、棟方志功さんは、日本人の間でもあまり知られていなかった。

棟方 志功

(むなかた しこう)


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1903年(明治36年)9月5日 – 1975年(昭和50年)9月13日
日本人の板画家。
青森県出身。
20世紀の美術を代表する世界的巨匠の一人。
1942年(昭和17年)以降、彼は版画を「板画」と称し、木版の特徴を生かした作品を一貫して作り続けた。

来歴

1903年(明治36年)、刀鍛冶職人である棟方幸吉とさだの三男として生まれる。豪雪地帯出身のため、囲炉裏の煤で眼を病み、以来極度の近視となる。

少年時代にゴッホの絵画に出会い感動し、「ゴッホになる」と芸術家を目指した。青森市内の善知鳥神社でのスケッチを好んだ。

1924年(大正13年)、東京へ上京する。帝展や白日会展などに油絵を出品するが、落選が続いた。

1928年(昭和3年)、第9回帝展に『雑園』(油絵)を出品し、入選する。

1930年(昭和5年)から文化学院で美術教師を務める。

1932年(昭和7年)日本版画協会会員となる。

1934年(昭和9年)佐藤一英の“大和し美し”を読んで感動、制作のきっかけとなる。

1936年(昭和11年) 国画展に出品の「大和し美し」が出世作となり、これを機に柳宗悦、河井寛次郎ら民芸運動の人々と交流する様になり、以降の棟方芸術に多大な影響を及ぼすことになる。

1945年(昭和20年) 戦時疎開のため富山県西礪波郡福光町(現南砺市)に移住。1954年(昭和29年)まで在住した。志功はこの地の自然をこよなく愛した。

1946年(昭和21年) 富山県福光町栄町に住居を建て、自宅を「鯉雨画斎(りうがさい)」と名付け、また谷崎潤一郎の命名にて「愛染苑(あいぜんえん)」ともよぶ。

1956年(昭和31年)、ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展に『湧然する女者達々』などを出品し、日本人として版画部門で初の国際版画大賞を受賞。

1969年(昭和44年)2月17日、青森市から名誉市民賞を授与され、翌年には文化勲章を受章する。従三位。

1975年(昭和50年)9月13日、東京にて永眠。青森市の三内霊園にゴッホの墓を模して作られた“静眠碑”と名付けられた墓がある。

 

作風・人物

棟方の肉筆画作品は「倭画」と言われ、国内外で板画と同様に評価を受けている。
大変な近視の為に眼鏡が板に付く程に顔を近づけ、軍艦マーチを口ずさみながら板画を彫った。
第二次世界大戦中、富山県に疎開して浄土真宗にふれ、『阿弥陀如来像』『蓮如上人の柵』『御二河白道之柵』『我建超世願』『必至無上道』など仏を題材にした作品が特に有名である。

「いままでの自分が持っている一ツの自力の世界、自分というものは自分の力で仕事をするとうようなことからいや、自分というものは小さいことだ。
自分というものは、なんという無力なものか。
何でもないほどの小さいものだという在り方自分から物が生まれたほど小さいものはない。
そういうようなことをこの真宗の教義から教わったような気がします」 と言っている。

 

エピソード

ゴッホのファンになって以来、頻繁にゴッホの名を語る棟方に対し周囲の知人は「風邪でも引いたのか」とからかったという。

志功は「アイシテモ愛しきれない オドロイテモ驚ききれない ヨロコンデモ喜びきれない カナシンデモ悲しみきれない それが板画です」と言った。

版画の「はん」を版ではなく板と書いてハンと読ませる。それは板の性質をちゃんと使うためであり、版だとそれを半分にしていることになるからだそうである。

埼玉県行田市にある「十万石ふくさや」が販売する「十万石幔頭」のパッケージデザインを手がけている。


出典: 「棟方 志功」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

昭和31年に、ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展に『湧然する女者達々』などを出品し、日本人として版画部門で初の国際版画大賞を受賞してから注目を集めるようになったのですよう。

「十万石ふくさや」の先代は、それ以前から棟方志功さんと知り合いだったのですか?

あのねぇ~、行田市に渥美大童さんという書道家が居たのです。 この渥美さんが棟方志功さんと友達だったらしい。 その紹介で「十万石ふくさや」の先代は棟方志功さんと知り合った。

それで。。。?

若き日の先代は、棟方志功さんの作品を見て感激した。

「これだ! これからの菓子屋には棟方志功さんの人間味あふれた暖かさ、そしてバイタリティが必要だ」

それで、ある日、「十万石まんじゅう」を小脇に抱えて棟方志功さんを訪ねた。 そして「是非、このまんじゅうを食べてみてください」と差出した。

棟方志功さんは、無類の甘党だったらしいですわねぇ~。。。

そうなのです。 甘い物にハマッていた。 「あんたが作ったのかい」と一口食べ、一気に5個も食べてしまったらしい。

。。。で、棟方志功さんは、食べてから何とおっしゃったのですか?

「う~~ん。。。うまい! 行田名物にしておくには旨すぎる」 こう言うと筆を取って絵を描いた。 その絵に、上の写真にも書いてある通り、“十万石幔頭”と書いた。 先代は、すかさず、「先生、幔は食偏の饅です」と指摘した。

棟方志功さんは、何とお答えしたのですか?

「このまんじゅうが全国に広く知れわたる事を願ってこの字にしたんだよう。うししししし。。。私は私でなければ描けない絵をかくから、あんたはあんたにしかつくれない美味しい菓子を作ってね」

マジで。。。?

そう言う事になっているようです。 それ以来、先代は、そのまま “幔頭” の字を使っているそうですよう。

。。。で、万寿 春香(まんじゅ はるか)さんは、このエピソードを読んで納得したのですか?

そうです。。。 それで、春香さんは、どれほど旨いものか!?…と ぜひ食べて見なければならないと、すぐに「十万石のまんじゅう」を買いに出かけたのですよ。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたもお腹が空いてきたでしょう?

「十万石のまんじゅう」もよろしいですけれど、

あたくしは、ちょっと食べあきましたわァ。。。


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…ですので、変わったところで バクーの民族料理をご紹介しますわァ~。。。


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(baku10.jpg)

どうですか?

あなたも アルゼバイジャンに出かけたら、ぜひバクーで民族料理を召し上がってくださいね。

ところで、小百合さんが「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれているのですわァ。

なぜ。。。?

ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。

小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。

小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。

分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


(suikyu9.jpg)

それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。

だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。

じゃあねぇ~~。


(hand.gif)


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

ためになる関連記事



(linger65.gif)

■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』


(house22.jpg)

■ 『カナダのバーナビーと軽井沢に

別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)

■ 『蕎麦屋と軽井沢タリアセン夫人』

■ 『おしまいでございます』

■ 『軽井沢タリアセン夫人 愛の写真』

■ 『菊ちゃんと阿部忠秋』

■ 『菊ちゃん、知恵伊豆、忠秋』

■ 『丸墓山は誰の墓?』

■ 『外国人SEXデンマン再訪』

■ 『日本最高?』

■ 『短歌に込められた愛の真実』

■ 『3月のバレンタイン』


(fragran11.jpg)

■ 『かぎろいミステリー』

■ 『40代女性の魅惑』

■ 『私のバレンタイン』

■ 『バレンタイン@4月』

■ 『豆まき@バレンタイン』

■ 『夢のココナッツ』

■ 『日本の失敗』

■ 『しじみ@愛のロマン』

■ 『とろけるカレー@バレンタイン』

■ 『バレンタイン夫人』

■ 『昭和の表象空間』

■ 『ズロースなの?』

■ 『焼きそばサンド』

■ 『平成の表象空間』

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)

■ 『手作り弁当@船着き場』

■ 『盛り上がる@馬車道』

■ 『ゼリーフライ@鐘つき堂』

■ 『愛と憎しみの丸墓山』

■ 『忘れられない!』

■ 『大名行列@行田』

■ 『別れの朝も…』

■ 『婚外恋愛』

■ 『婚外恋愛と人間失格』


(noten15.jpg)

■ 『月夜の美人』

■ 『ふるさと 行田』

■ 『愛の偶然と必然』

■ 『田中角栄と軽井沢』

■ 『うさぎ追いしかの山』

■ 『アブラッソ不在の美』

■ 『ロマンの昔話』

■ 『海を渡ったバレンタイン』

■ 『バレンタインが老人を狂わせた』

■ 『マルちゃん海を渡る』

■ 『銀座からバレンタイン』

■ 『仙台からバレンタイン』


(sayuri201.jpg)

■ 『パリからバレンタイン』

■ 『ジャズ@バンクーバー』

■ 『タイからバレンタイン』

■ 『たまご麺@バレンタイン』

■ 『愛犬とゴッド』

■ 『ザ・バレンタイン女』

■ 『週刊誌deヌード』

■ 『愛と天の夕顔』

■ 『ジェミマおばさんのシロップ』

■ 『夏日に、お帰りなさい』

■ 『コイ、鯉、恋がいっぱい!』

■ 『スープカレーなのね』

■ 『忍城時代まつり』

■ 『夜道のルート66』

■ 『上を向いて歌おう』

■ 『霧積温泉のロマン』

■ 『元気が一番!』

■ 『行田のスープカレー』

■ 『パンツとブラジャーと餃子』

■ 『軽井沢を文学散歩する』

■ 『ばァ~の面影』

■ 『バレンタイン@行田』

■ 『軽井沢タリアセン夫人@遠藤家』

■ 『桃の節句@天国』

■ 『古代米カレー』

■ 『愛のジェローを探して』


(coffeeluv1.jpg)

■ 『コーヒーと愛の香り』

■ 『愛の馬車道』

■ 『亀姫と香芽子さん』

■ 『愛の夕顔を探して』

■ 『ケネディ暗殺の謎』

■ 『行田物語 ピラミッド』

■ 『由梨さん@コルシカ』

■ 『黒い行田市長』

■ 『ヒシしようよ』

■ 『天の川de思い出』

■ 『天の川の思い出』

■ 『行田物語 古代蓮』

■ 『チーズ@シルクロード』

■ 『ラーメン@バクー』


(bare02b.gif)

こんにちは。ジューンです。

「上を向いて歩こう」がアメリカで人気が出るきっかけは

何だったのでしょうか?

通説によると、1963年の春、

アメリカ西海岸のローカルラジオ局のDJが、

異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手元にあった

日本の曲をオンエアーしたところ、

リスナーからリクエストが殺到したために

人気に火がついたと言われています。

果たして、その話はどこまで本当なのでしょうか?

アメリカで「上を向いて歩こう」をシングルとして

最初に発売したレコード会社はキャピトルです。

同じ時期にキャピトルはイギリスの親会社であるEMIが

ビートルズのシングルを出すようにと要請してきたのです。

ところがアメリカでは人気が出ないと断っているのですね。

では、いったい誰が「上を向いて歩こう」をシングルとして

発売したのでしょうか?

その発売を決定した人の名前が

デンマンさんが描いた次のチャートに出ています。


(qchan90.gif)

デイブ・デクスター・ジュニアさんなのです。

「A&Rマン」と言われていた人で、

売れる可能性のあるアーティストを発掘し、契約を結び、

制作を担当する仕事をしていた人です。

ローカルラジオ局のDJからある日電話がかかってきて

「上を向いて歩こう」が人気が出ていると聞いて、

さっそく自分でも聞いてみたそうです。


(qchan03.jpg)

九ちゃんが日本語で歌っているので

詞の内容は理解できなかったけれど、

これならイケそうだと直感して売り出すことに決めたそうです。

つまり、ビートルズの曲はヒットしないと蹴ったけれど、

九ちゃんの「上を向いて歩こう」は直感的に

ヒットすると思ったのだそうです。

ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて

次のサイトを立ち上げました。

時間があったら下のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。

『夢とロマンを持って前向きに生きる

小百合さんの物語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


(ebay5.jpg)


(byebye.gif)

ラーメン@バクー

2017年8月24日

 

ラーメン@バクー

 


(ramenbz5.jpg)


(baku02.jpg)


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(sayuri55.gif)

デンマンさん。。。 バクーでも日本のラーメンに人気が出てきたのですか?


(kato3.gif)

いや。。。、実は、僕は全く知らなかったのですよ。。。 第一、アゼルバイジャンという国に関心がなかったし、バクーという町は石油の町だというぐらいしか知識がなかった。

それなのに、どういうわけでバクーのラーメンを取り上げたのですか?

ちょっと次のリストを見てください。。。


(liv70819a.png)


『拡大する』

『Sex, Violence, Love』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で8月18日の午後9時41分から19日の午前3時12分までの約5時間半の「生ログ」の一部ですよ。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目してください。

あらっ。。。 8月18日の午後10時17分にアルゼバイジャンのGOOGLEで検索して『Sex, Violence, Love』というヤ~らしい記事を読んだネット市民が居たのですわねぇ~。。。

小百合さんはヤ~らしいという印象を持つかもしれないけれど、実は、この記事の中にラーメンが出てくるのですよ。。。

。。。で、上のリストに出てくる写真の男性が『Sex, Violence, Love』というヤ~らしい記事を読んだのですかァ~?

そうです。。。 アルゼバイジャンの首都、バクー市に住んでいるロトフィ・ガシモフ (Lotfi Gasimov)君が僕の『徒然ブログ』にやって来たのですよ。。。

また、IPアドレスを調べてロトフィ君が読んだと突き止めたのですか?

そうです。。。


(ip19217bw.png)

『拡大する』

。。。で、ロトフィ・ガシモフ君は、どのようにして検索したのですか?

次のようにして検索したのですよ。。。


(gog70819a.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

あらっ。。。 「Sex, Violence, Love ramen」と入れて検索したのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。

でも。。。、でも。。。、ラーメンの記事を探すのに、どういうわけで「Sex, Violence, Love」を付け足して検索しなけらばならないのですか?

それは、検索した本人に聞いてみないと はっきりしたことは分からないけれど、僕が思うに、バイオレンス(violence)な映画を見た後で 愛(love)している女性と 激しくセックス(sex)すると、当然 腹がへるので、そのあとで ラーメンを食べようと思ったわけですよ。。。 それで、バクーに旨いラーメンを食べさせてくれるラーメン店がないかな?。。。 そう思ってロトフィ・ガシモフ君は検索したわけです。。。

信じられませんわァ。。。

だから、本人に尋ねてみないことには 僕にもはっきりしたことは分かりません。。。

それで、デンマンさんの記事に中には バクーにあるラーメン店が紹介されてるのですか?

もちろん、僕はバクーにあるラーメン店なんてぇ想像してみたこともないから、バクーのラーメン店は出てきません。。。

。。。で、どこのラーメン店が出てくるのですか?

バンクーバーのロブソンストリートにできたラーメン店が出てくるのですよ。。。


(dianef02.jpg)

Subj:Now I know what I’ll encounter

at the Japanese ramen house.


(ramen900.jpg)


(ramen901.jpg)

From: diane@vancouver.ca
To: barclay1720@aol.com
Date: Thu, Jun 21, 2012 7:18 pm
Pacific Daylight Saving Time

Hi Kato,

Great to see you again this afternoon.
… looks like you’ve lots of good stuff to amuse yourself with today.
Hope you’re having fun.
And you’re right, I just came back from the seawall when I saw you.


(seawall3.jpg)


(seawall2.jpg)

I’ve still not made it to Hokkaido Ramen shop.
I did notice a line-up when I passed at lunch-time today, though.
It sure must be good!
One day soon, hopefully.
Maybe you should try it first and let ME know.
Now there’s a good plan, kiddo.
Thanks for this.

By the way, I’ve read the following article.


(ramen05.gif)

“Enjoy Ramen!”

(June 21, 2012)

Wow, Kato … this story was fascinating.
First of all, I was intrigued by the visit to the Japanese ramen house.

what one should expect to encounter.
This is very valuable information.

But as well, I was so very impressed with the 16-yr old (now 19, you say) co-joined twins.
how wonderfully they’ve adapted to their lives, what good attitudes.


(twin002.jpg)

I liked what they said that the best part of being co-joined is you always have someone to talk to.
and you’re never alone.
How true.

But then again, that may be the worst part as well; you’re never alone and there’s always someone talking.
Mixed bag as they say.
But it was so very inspiring, really.
Thanks again.

By the way, Kato, a friend of mine forward me the following URL:

http://www.onlinephd.org/phd-in-googling/

This is a good little slideshow, which shows you different ways to search on Google.
I guarantee you’ll learn at least one new way to search.

Anyway, so good to hear from you,


(dianelin3.jpg)

Love, Diane ~


『Sex, Violence, Love』より
(2012年6月29日)

つまり、せっかくデンマンさんの記事を探して読んだにもかかわらず、バクーのラーメン店が出てこないのでロトフィ・ガシモフ君はガッカリしたわけですねぇ~。。。

そういうことです。。。

でも、ロトフィ・ガシモフ君は、映画を観たあとで、愛する女性と激しく愛し合い、そのあとで、なぜラーメンを食べようと思ったのですか?

もちろん、本人に聞いてみないと はっきりした理由は分からないけれど、最近 ロトフィ・ガシモフ君は友達から次のようなインスタント・ラーメンをもらったのです。。。


(baku04.jpg)

インスタント・ラーメンと言うよりもインスタント・ヌードルなのですよ。。。 でも、友達は日本のラーメンをインスタントにしたものだと言ったらしい。。。 思ったより旨かったので、愛する女性と愛し合った後で、ぜひ本物の日本のラーメンを食べてみようと検索したわけです。。。

でも、見つからなかったのでしょう。。。 それで、どうしたのですか?

仕方ないから ロトフィ・ガシモフ君は何度か行ったことのある『窓』という日本食レストランへ行ったというのです。


(mado01.png)

『拡大する』

。。。で、その日本食レストランでラーメンを食べたのですか?

ところが、バクーはけっこう都会なのだけれど、バンクーバーと違って、まだ日本のラーメンまでは人気が出ていないらしくて、「うちでは、ラーメンをやってません」と断られてしまったのだそうです。。。

バクー


(baku01.jpg)

 

バクー(Baku)は、アゼルバイジャン共和国の首都。
カスピ海西岸に突き出したアブシェロン半島南岸に位置し、市街はバクー湾に面するように広がった港町である。

行政的には11の行政区、48の町区に分割されており、2005年時点の総人口は2,045,815人。
アゼルバイジャン最大の都市であると同時に、南カフカース地域でも有数の大都市である。
大規模な油田(バクー油田)をもち、帝政ロシア時代から石油の生産地として発展してきた。

日本語名のバクーはキリル文字綴りによるロシア語綴り・アゼルバイジャン語(アゼリー語)旧綴り Баку (Baku) に基づくが、アゼルバイジャン語の発音では母音の前で子音 k が軟音化するためカタカナ表記するならば「バキュ」に近く、現在アゼルバイジャンで使われているアゼルバイジャン語のラテン文字正書法では Bakı と綴る。
バクーという名前の由来には諸説あるが、最も一般的なものは、ペルシャ語で「風が吹きつけた」という意味の “bād-kūbe”(バード・クーベ)から来ているとする説が一般的である。

気候は晴天が多く、乾燥している。
寒気と暖気がぶつかることで起きる強風が時折吹き付け、先述した語源の根拠となっている。
海岸は美しく、市街近郊には温泉や鉱泉がある。

市街の中心はその南西部にあり、イチェリ・シェヘル (İçəri Şəhər) すなわち「内城」と呼ばれる城壁に囲まれた旧市街と、帝政ロシア時代にその周囲に築かれた新市街とに分かれる。
その周囲、北から東にかけての平地から丘陵の斜面一帯にソビエト連邦時代につくられた市街が広がっている。


(baku07.jpg)


出典: 「バクー」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

あらっ。。。 こんな大きな街なのに、日本のラーメン店が一軒もないのですかァ~?

そうらしいのですよ。。。 バンクーバーには『陣屋』というラーメン店が最近できて はやっているのです。。。


(jinya01.jpg)


(jinya02.jpg)


(ramenjin2.jpg)

541 Robson Street, Vancouver

 

だから、僕は“『陣屋(Jinya)』というラーメン店を探したらいいよ”、とメールに書いたのだけれど、“そんな店ないよ”、と返事が来ました。。。

。。。で、結局、ロトフィ・ガシモフ君は本物のラーメンを食べることができなかったのですか?

そうなのですよ。。。 仕方がないから、寿司を食べたんだってぇ~。。。

つまり。。。、つまり。。。、この事を言うために わざわざ私を呼び出したのですか?

もちろん、そうじゃありません! 。。。 上のバクーの説明の中にあるクリップを見てください。。。 フレイムタワーがライトアップされて、国旗が浮かんだりして、なかなか見ごたえがあるショーを見せているのですよ! アルゼバイジャンという国は田舎が大きくなったような国だと思っていたけれど、意外にフランスとかイタリアにも負けないような立派な国ですよ。。。 すくなくとも、上のクリップで見る限り。。。

それで、急にデンマンさんはアルゼバイジャンのバクーに行きたくなったのですかァ~?

そうです。。。 だから、今年の秋、小百合さんもバンクーバーにやって来てください。。。 『陣屋』でラーメンを食べてから、ヨーロッパに飛んで、まずパリのパキンスタン地区で、本格的なカレーを食べた後で、アルゼバイジャンのバクーに寄って、フレイムタワーのライトアップのショーを見るのです。。。

 


(baku06.jpg)

 

          

 


(baku08.jpg)

 

そして上のショーを見ながら、屋台でアルゼバイジャン料理の“ドネルケバブ”を食べるのですよ。。。

ドネルケバブ


(doner03.jpg)

 

ドネルケバブ(Doner kebab)は垂直の串に味付けした肉を上から刺していって積層し、水平に回転させながらそれを囲んだ縦型グリルの熱で外側から焼き、焼けた部分から順次肉を削ぎ落としたもので、ギリシア料理のギロ、イロ gyro、アラブ料理のシャワールマ شوارمة(イラクではグス Guss)とほぼ同じ料理である。

トルコでは羊肉、鶏肉が主に使われ、レストランでは皿に盛って供されるが、屋台ではパンにサラダと一緒に挟む食べ方でテイクアウトメニューになっている。

欧米や日本では、トルコでのドネルケバブの食べ方の一例である、パンに野菜サラダと一緒に挟む食べ方が広まっており、ギリシャ風にギロと呼ばれることも多い。

トルコではフランスパンのような棒状のパンを使うが、海外では丸いパンをふたつに割ったものにサンドするのが一般的で、ドネルサンドなどと呼ばれている。

肉も、羊肉の代わりに牛肉が使われることが多い。

台湾ではシャワールマを音訳した「沙威瑪」(シャーウェイマー、shāwēimǎ)の名で鶏肉のドネルケバブとキャベツなどを細長いパンに挟んだものを販売する屋台が増えつつある。

中国では「トルゴ焼肉」の名でのドネルケバブとキャベツなどを中国式焼きパンに挟んだものを販売する屋台がある。

また、中国南部では、豚肉を使用するにも「トルゴ焼肉」の名で販売するの独特の料理がある。

また、ドネルケバブのサンドイッチに使われるパンが、円形で内部が空洞のピタを半分に切って袋状にしたものであることもあり、その場合、袋状の内部にケバブとサラダが入っている。

また、ケバブとサラダをパンに挟んだあとに、チリソースやハリッサなどのソースをかけることがある。

ドネルケバブの肉には、香辛料やヨーグルトを用いてあらかじめ十分味付けをしてあるため、トルコでは調理後の味付けは塩を振る程度である。


出典: 「ケバブ」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

満腹になったら、飛行機に乗って、グッスリと眠りながら小百合さんと一緒に成田に向かうという旅行プランを考えたのです。。。 どうですか?

つまり。。。、つまり。。。、この事が言いたかったのですか?

そうです。。。 いけませんかァ~。。。


(laugh16.gif)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。

あたくしも、アルゼバイジャンのバクーに連れて行って欲しいのですわァ~。。。

バクーで民族料理を飽きるほどいただいてみたいのでござ~ますう。


(baku09.jpg)


(baku10.jpg)

どれも おいしそうですわァ~。。。

あなたも おなかがすいてきたでしょう?

ところで、小百合さんが「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれているのですわァ。

なぜ。。。?

ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。

小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。

小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。

分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


(suikyu9.jpg)

それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。

だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。

じゃあねぇ~~。


(hand.gif)


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ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

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■ 『カナダのバーナビーと軽井沢に

別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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■ 『蕎麦屋と軽井沢タリアセン夫人』

■ 『おしまいでございます』

■ 『軽井沢タリアセン夫人 愛の写真』

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■ 『菊ちゃん、知恵伊豆、忠秋』

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■ 『昭和の表象空間』

■ 『ズロースなの?』

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ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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■ 『手作り弁当@船着き場』

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■ 『ゼリーフライ@鐘つき堂』

■ 『愛と憎しみの丸墓山』

■ 『忘れられない!』

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■ 『別れの朝も…』

■ 『婚外恋愛』

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■ 『月夜の美人』

■ 『ふるさと 行田』

■ 『愛の偶然と必然』

■ 『田中角栄と軽井沢』

■ 『うさぎ追いしかの山』

■ 『アブラッソ不在の美』

■ 『ロマンの昔話』

■ 『海を渡ったバレンタイン』

■ 『バレンタインが老人を狂わせた』

■ 『マルちゃん海を渡る』

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(sayuri201.jpg)

■ 『パリからバレンタイン』

■ 『ジャズ@バンクーバー』

■ 『タイからバレンタイン』

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■ 『愛犬とゴッド』

■ 『ザ・バレンタイン女』

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■ 『夏日に、お帰りなさい』

■ 『コイ、鯉、恋がいっぱい!』

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■ 『上を向いて歌おう』

■ 『霧積温泉のロマン』

■ 『元気が一番!』

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■ 『パンツとブラジャーと餃子』

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■ 『ばァ~の面影』

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■ 『桃の節句@天国』

■ 『古代米カレー』

■ 『愛のジェローを探して』


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■ 『コーヒーと愛の香り』

■ 『愛の馬車道』

■ 『亀姫と香芽子さん』

■ 『愛の夕顔を探して』

■ 『ケネディ暗殺の謎』

■ 『行田物語 ピラミッド』

■ 『由梨さん@コルシカ』

■ 『黒い行田市長』

■ 『ヒシしようよ』

■ 『天の川de思い出』

■ 『天の川の思い出』

■ 『行田物語 古代蓮』

■ 『チーズ@シルクロード』


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こんにちは。ジューンです。

「上を向いて歩こう」がアメリカで人気が出るきっかけは

何だったのでしょうか?

通説によると、1963年の春、

アメリカ西海岸のローカルラジオ局のDJが、

異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手元にあった

日本の曲をオンエアーしたところ、

リスナーからリクエストが殺到したために

人気に火がついたと言われています。

果たして、その話はどこまで本当なのでしょうか?

アメリカで「上を向いて歩こう」をシングルとして

最初に発売したレコード会社はキャピトルです。

同じ時期にキャピトルはイギリスの親会社であるEMIが

ビートルズのシングルを出すようにと要請してきたのです。

ところがアメリカでは人気が出ないと断っているのですね。

では、いったい誰が「上を向いて歩こう」をシングルとして

発売したのでしょうか?

その発売を決定した人の名前が

デンマンさんが描いた次のチャートに出ています。


(qchan90.gif)

デイブ・デクスター・ジュニアさんなのです。

「A&Rマン」と言われていた人で、

売れる可能性のあるアーティストを発掘し、契約を結び、

制作を担当する仕事をしていた人です。

ローカルラジオ局のDJからある日電話がかかってきて

「上を向いて歩こう」が人気が出ていると聞いて、

さっそく自分でも聞いてみたそうです。


(qchan03.jpg)

九ちゃんが日本語で歌っているので

詞の内容は理解できなかったけれど、

これならイケそうだと直感して売り出すことに決めたそうです。

つまり、ビートルズの曲はヒットしないと蹴ったけれど、

九ちゃんの「上を向いて歩こう」は直感的に

ヒットすると思ったのだそうです。

ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて

次のサイトを立ち上げました。

時間があったら下のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。

『夢とロマンを持って前向きに生きる

小百合さんの物語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


(ebay5.jpg)


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