Archive for the ‘笑い話・ユーモア・コミック’ Category

ペルシャ人の楊貴妃

2017年5月24日

 

ペルシャ人の楊貴妃

 


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デンマンさんはマジで楊貴妃がペルシャ人だったと信じているのでござ~♪~ますかァ?


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。。。ん? 楊貴妃がペルシャ人だった?

だってぇ~、タイトルにそのように書いているではござ~ませんかァ?

うん、うん、うん。。。 確かに、そのように思うネット市民もたくさんいるのですよ。。。

あらっ。。。 その証拠でもあるのでござ~ますかァ?

ちょっと次のリストを見てください。。。


(liv70511a.png)


『拡大する』

『楊貴妃もペルシャ人?』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で5月10日の午後7時53分から11日の午前3時までの約7時間の「生ログ」の一部だよ。。。 赤枠で囲んだ箇所を見て欲しい。。。

あらっ。。。 5月10日の午後9時6分に2009年10月6日にデンマンさんが投稿した『楊貴妃もペルシャ人?』を読んだネット市民が居たのですねぇ~。。。

そうです。。。 和歌山県の田辺市に住んでいる若山 辰子(わかやま たつこ)さんが読んだのです。。。

どのよにして若山 辰子が読んだということを突き止めたのでござ~ますか?

次のようにIPアドレスを調べたのです。。。

IPアドレス: 119.10.163.129 和歌山県の田辺市に住んでいる若山 辰子(わかやま たつこ)さん
(ip163129b.png)

『拡大する』

あらっ。。。、また写真まで貼り出して若山 辰子(わかやま たつこ)さんを紹介していますけれど、アクセスポイントは確定できても プライバシーを守るためにアクセス者の名前までは絶対にゲットできないのですわァ~。。。

あのねぇ~。。。 卑弥子さんは厳しいツッコミを入れるけれど、話が前へ進まないから、ツッコミを撤回してサラリと僕の話を聞いてくれませんか?

デンマンさんが そのように言うのであれば、仕方がありませんわ。。。 でも。。。、でも。。。、上の写真の人物はなんとなくジュンコさんに似ていますわねぇ~。


(junko25.jpg)

実は、和歌山県の田辺市に住んでいる辰子さんはジュンコさんの従妹ですよ。。。

でも。。。、でも。。。、ちょっと似すぎていませんかァ~?

卑弥子さん!。。。 んもおおおォ~。。。! どうして、そうたびたびツッコミを入れるのですか?。。。 話が前へ進まないから、ツッコミを撤回してサラリと僕の話を聞いてくれませんか?

分かりましたわァ。。。 デンマンさんが そのように言うのであれば、仕方がありませんわ。。。 でも。。。、でも。。。、若山辰子さんが「楊貴妃はペルシャ人かもしれない?」と疑問を持ちながら『楊貴妃もペルシャ人?』を読んだとしても、それは単なる偶然の出来事かもしれませんわァ~。。。

それが単なる偶然ではないのですよ。。。 次のリストも見てください。。。


(liv70520a5.png)


『拡大する』

『楊貴妃もペルシャ人?』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で5月19日の午後4時57分から午後8時までの約3時間の「生ログ」の一部だよ。。。 赤枠で囲んだ箇所を見て欲しい。。。

あらっ。。。 5月19日の午後5時36分にGOOGLEで検索して デンマンさんが投稿した『楊貴妃もペルシャ人?』を読んだネット市民が ここにも居たのですわねぇ~。。。

そうです。。。 神奈川県横浜市に住んでいる洋木 妃瑠子(ようき ひるこ)さんが読んだのです。。。

またIPアドレスを調べて洋木 妃瑠子(ようき ひるこ)さんが読んだことを突き止めたのでござ~ますかァ?

そうです。。。

IPアドレス: 126.188.70.230 神奈川県横浜市に住んでいる洋木 妃瑠子(ようき ひるこ)さん
(ip70230b.png)

『拡大する』

あらっ。。。、また写真まで貼り出して洋木 妃瑠子(ようき ひるこ)さんを紹介していますけれど、このイラストはベティ~さんじゃござ~ませんかァ!?


(bettywk2.gif)

卑弥子さんは、どうして そのようにツッコミを入れないと気がすまないのですかァ~?

だってぇ~、マジで似ていますわァ~。。。

あのねぇ~、ここで本人の写真を出すわけにはゆかないのですよ。。。 プライバシーを保護する必要がありますからねぇ~。。。

分かりましたわァ。。。 洋木 妃瑠子(ようき ひるこ)さんの写真がゲットできないのでベティ~さんのイラストで代用したのですわねぇ~。。。

まあァ~、そういうことですよ。。。 (モナリザの微笑)

。。。で、お二人は『楊貴妃もペルシャ人?』を読んで楊貴妃がペルシャ人だということを納得したのでござ~ますかァ?

そうです。。。 そういうこともあり得るということを納得したのですよ。。。 僕は聖徳太子にペルシャ人の血が流れている、ということを記事で書いたことがある。。。 それに対して軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが励ましのメールを寄越したことがあるのです。。。


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Subj:ブログも歴史編になり

ますます 力 が入ってますね

\(^_^)/


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Subj:虫の知らせと言うのでしょうか?

小百合さんからメールがあるような

気がしました。

\(^o^)/キャハハハ。。。

Date: 02/03/2008 7:02:55 PM
Pacific Standard Time
日本時間: 3月3日午後0時2分
From: barclay1720@aol.com
To: fuji@adagio.ocn.ne.jp

 

ブログも歴史編になり
ますます 力 が入ってますね

そうですよう。
今日の『小百合物語』は、かなり頑張って書いたのでライブドアでは1ページにまとまりきらずに
2ページになってしまいました。
確かに、最近、歴史の事や文学の事が多くなりました。
今日も万葉集の事と大化の改新が出てきますよ。
題して『ん?社会派?』


(strike5.jpg)

■ 『ん?社会派?(2008年3月3日)』

すでにライブドアに投稿して推敲も済ませましたよ。
時間があったらぜひ読んでみてくださいね。

小百合さんの、あの“思い出し笑い”のメールを使わせてもらいましたよ。
ありがとう!

あのメールは、メチャ使い道がありますよう!
\(@_@)/ キャハハハ。。。

今日はたまっていた、返信と検索が多い日です。

虫の知らせと言うのでしょうか?
小百合さんからのメールが、クリックするとあるなあああぁ~
僕はそう思いながらメールボックスをクリックしたのですよ。
あったア~!\(@_@)/うしししし。。。
こんな気持ちでしたよ!

やはり“以心伝心”ってあるものですよねぇ~。
小百合さんからのメールがありそうな気がしたものです。

デンマンでした。

じゃあね。


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『楊貴妃もペルシャ人?』より
 (2009年10月6日)

ええ、あたくしも上のメールを読んで思い出しましたわ。。。 聖徳太子にペルシャ人の血が流れている、と言うお話は興味深くお伺いしたのでござ~♪~ますわ。 でも、楊貴妃にまでペルシャ人の血が流れている、と書くと多くの人が馬鹿バカしいと思って、デンマンさんの書いたものを全く信用しなくなると思うのでござ~♪~ますう。

つまり、京都の女子大学で「日本文化と源氏物語」を講義している卑弥子・准教授にとっても、楊貴妃の体内にペルシャ人の血が流れていた、と言う事は馬鹿バカしい事なのですかァ~?

あたくしは、デンマンさんに向かって馬鹿バカしいなどと。。。 おほほほほ。。。 そのような大それた事は、とっても申し上げられないのでござ~♪~ますわァ。

でも、言ってしまったでしょう!

おほほほほ。。。 言えないと言っているのでござ~♪~ますわ。。。 うふふふふ。。。

でも、言ってしまったのですよう。 卑弥子さんも、やっぱり僕の話が荒唐無稽(こうとうむけい)だと思っているのですねぇ~?

だってぇ~。。。 楊貴妃は、誰が考えたって中国人でござ~♪~ますわァ。

しかしねぇ~、「楊貴妃は中国人だった?」と言うタイトルにしたら、それこそ、もっと滑稽になってしまうでしょう?

もちろんですわ。 当然のことを質問するようなものでござ~♪~ますものォ。。。

だから、“ペルシャ人の楊貴妃”とした方が、タイトルとして読者をひきつけるでしょう?

でも、タイトルを見ただけで、ほとんどの人が馬鹿バカしいと思って無視すると思うのでござ~♪~ますわ。

やっぱり、卑弥子さんも馬鹿バカしいと思うのですねぇ~?

いいえ。。。 あたくしは、アホらしいなどと思いませんけれど、そのような事を書けば、多くのネット市民の皆様がデンマンさんはオツムがイカレテしまったのではないか? そう思う人が居る、と申し上げているのでござ~♪~ますわァ。 おほほほほ。。。

やっぱり、卑弥子さんは信じようとしないのですねぇ~?

だってぇ~。。。あまりにも奇抜でござ~♪~ますわア。。。 せめて、「楊貴妃は日本人だった?」とか「楊貴妃は韓国人だった?」とか。。。その程度にとどめておくべきですわァ~。。。 うふふふふふ。。。

楊貴妃が日本人であったはずがないでしょう?

だったら、「楊貴妃はペルシア人だった」、と言う事は、もっと可能性のないことでござ~♪~ますわ。

それは、卑弥子さんが楊貴妃が純粋な中国人だと思い込んでしまっているからですよう。

だってぇ、どの本を読んでも楊貴妃は中国人だと書いてありますわよう。

あのねぇ、人類学の本を読めば、人類はアフリカで誕生した事が書いてあるのですよう。 つまり、その当時、中国には人類は居なかった。

つまり、アフリカ原人が中国に歩いていって中国人になった。。。デンマンさんは、そうおっしゃるのでござ~♪~ますか?

もちろん、アフリカ原人が中国人になるまでには何十万年と言う年月がかかっているのですよう。 アフリカと中国の間にペルシャがある。 それで、ペルシャで足踏みしていた時にペルシャ人になった。 それから何万年かの後に中国にたどり着いた。 それで中国人になったのですよう。

だから、その中国人から生まれたのが楊貴妃でござ~♪~ますわ。。。だから、中国人なのですわ。

確かに、その通りなのです。

それなのに、どうしてまた時間をタイムスリップさせて、楊貴妃がペルシャ人だったなんて、こじ付けをなさるのでござ~♪~ますかァ?

あのねぇ~、僕だって、「楊貴妃もペルシャ人だった」と言うのを初めて目にした時には、馬鹿バカしいと思ったものです。

そうでござ~♪~ますでしょう? 誰だって、そう思いますわよう。。。 んで、どこでそう言うタイトルを見たのでござ~♪~ますか?

卑弥子さんだって、僕の記事を読んだのだから、目にしているはずですよう。

そのような事がデンマンさんが書いた記事の中に出てきたのでござ~♪~ますか?

出てきたのですよう。 次の記事の中にちゃんと出てきたのですよう。

■ 『聖徳太子の家庭教師 (2008年7月15日)』

あたくしは覚えていませんわ。

GOOGLEの検索結果の中に出てきたのですよう。卑弥子さんのために、もう一度書き出しますよう。 読んでくださいね。

「聖徳太子 ペルシャ人」 の検索結果

約 2,860 件


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1) 聖徳太子はペルシャ人

チョコバットで2000本安打 – Yahoo!ブログ2008年7月1日 … 子供の頃から大好きな「チョコバット」で2000本安打を達成し名球会 入りを目指す男のブログ。 (猫 写真 古着)
http://blogs.yahoo.co.jp/y_0291/53915263.html – 34k

2) 聖徳太子は実在したのか

神護景雲と花鳥風月な日々~007の …2008年7月8日 … 最近昔習った歴史が覆されることが多いですね。 必死に覚えた年号等なんだったやねんー!と叫びたい(^m^) TVか雑誌の記事だったかな。聖徳太子はペルシャ人?!というのを見かけました。もう全然わかりません(≧▽≦;) …
http://blogs.yahoo.co.jp/japanbaseball007/55045713.html – 104k

3) 聖徳太子はペルシャ人だった

異端会議ソロ/ウェブリブログ 日本史ミステリーの予告編を視ていたら「聖徳太子はペルシャ人だった。」という内容の予告編が(笑)。 サブテロップを見ると「楊貴妃も遣隋使も・・・」とあったように思えたのだけど、要は太子の都「斑鳩の里」においてペルシャ文化の影響を受けてこの …
http://conie.at.webry.info/200807/article_1.html – 21k

4) 聖徳太子の母親はペルシャ人だった?

宇宙の摂理ブログ聖徳太子の母親はペルシャ人だった? 聖徳太子の母親は ペルシャ人だった? 渡来人 聖徳太子とその時代を考えるとき、私たちは日本古代史の中で考えようとします。昔の日本で起こったことを考えるのだから、それも当然のことのように思えます。 …
http://barclay.wablog.com/4.html – 95k

5) 聖徳太子の個人教授には

  ペルシャ人がいた

宇宙の摂理ブログ確証があるわけではありませんが、これが事実とするならば、聖徳太子には、16分の1のペルシャ人の血が流れていたことになり … ここで、聖徳太子の母親にペルシャ人の血が混じっていたこと、また彼女の回りにペルシャ人を含めて、多くの渡来人が居た …
http://barclay.wablog.com/3.html – 98k



(2008年7月10日午後4時現在)

『「聖徳太子 ペルシャ人」 現時点での検索結果』

つまり、「楊貴妃も遣隋使も・・・」という部分は「楊貴妃も遣隋使も(ペルシャ人だった)・・・」という事でござ~♪~ますか?

文脈に従って読めば、そのようになるのですよう。 卑弥子さんだって、そう思ったのでしょう?

ええ。。。 確かに、そうなるのではないか?そう思ったのでござ~♪~ますわ。。。でも。。。、でも。。。、まさか、デンマンさんはマジで信じているわけではないのでしょう?

僕も、初めて目にした時には馬鹿バカしいと思ったのですよう。 でも、すぐに僕は思い返したのですよう。

どうしてでござ~♪~ますか?

僕はかつて楊貴妃の記事を書いたのだけれど、その中で、もしかすると楊貴妃の体にはペルシャ人の血が流れているのではないか?。。。僕自身が、そのような事を書いた覚えがあるのですよう。

マジで。。。?

もちろんですよ。

それで、デンマンさんが書いた、その楊貴妃の記事って、どの記事でござ~♪~ますのォ~?

GOOGLEで検索したらすぐに分かりました。

「楊貴妃 ペルシャ人 デンマン」の検索結果


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Results 1 – 15 of 15

for 楊貴妃 ペルシャ人 デンマン.

1) むっちり楊貴妃 PART 2

デマンのブログ-上の楊貴妃の像を造った彫刻家も、明らかに欧米の美人観の影響を受けていますよ。欧米と言って語弊がある
聖徳太子の個人教授にはペルシャ人がいた by デンマン …
http://blog.goo.ne.jp/denman/e/b4a4ae36f35d3368a8f79a94b5e19e6c – 67k

2) むっちり楊貴妃 PART 3

デンマンのブログ デンマンが徒然につづったブログ
そういう時にペルシャ人の血が入っているハーフの楊貴妃を目にした。うわさ通りの、透き通るような色白の肌をして、純粋な中国娘 …
http://blog.goo.ne.jp/denman/e/04481f217df028e4d8d605012ec26b8e – 66k

3) 徒然ブログ:むっちり楊貴妃

27 Mar 2008 … それが今日のタイトルの“むっちり楊貴妃”と関係あるのですか? ….. 聖徳太子の個人教授にはペルシャ人がいた by デンマン …
http://blog.livedoor.jp/barclay1720/archives/51234510.html – 35k

4) 徒然ブログ:聖徳太子はペルシャ人

13 Jul 2008 … つまり、マンネリ化してつまらなくなったから、デンマンさんは聖徳太子の事を持ち出したのですわよね。 はっきり言って、聖徳太子がペルシャ人だ …
http://blog.livedoor.jp/barclay1720/archives/51316828.html – 36k

5) むっちり楊貴妃 宇宙の摂理ブログ

それが今日のタイトルの“むっちり楊貴妃”と関係あるのですか?
ところで、デンマンさんが 飛鳥時代に日本に居たであろうペルシャ人について …
http://barclay.wablog.com/1897.html – 119k

6) 美容と入浴とアラビアン・ナイト

宇宙の摂理ブログ Google.com 楊貴妃 ペルシャ人
トラックバックURL. コメント
この中ではデンマンと呼ばれていますが、デンマンというハンドル名はGOOに居るときに使っていたもの …
http://barclay.wablog.com/1531.html – 97k


(2008年7月15日午前7時現在)

「現時点での検索結果」より

この上の検索結果に表示されているけれど、僕は次の記事の中で楊貴妃がペルシャ人の血を受け継いでいるのではないかと書いたのですよう。

『むっちり楊貴妃 (2008年3月27日)』

どう言う訳で楊貴妃にペルシャ人の血が流れているのでござ~♪~ますか?

すでに書いたことだから、その箇所をここに書き出しますよう。 卑弥子さんと話しながら書いたのですよう。 でも、卑弥子さんはすっかり忘れてしまったのですねぇ?

だってぇ~、デンマンさんとの話題はいろいろなんですものォ~。。。 いちいち覚えていられませんわぁ~。

とにかく、読んでみてください。

楊貴妃はペルシャ人だったの?


(youkihi2.jpg)


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中国人の中にもグラマーな女性が美人だと思う人が居るのでござ~♪~ましょうか?


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もちろん居ますよ。 上の楊貴妃の像を造った彫刻家も、明らかに欧米の美人観の影響を受けていますよ。 欧米と言って語弊があるならば古代ギリシャの影響と言い換えることもできますよ。


(venusmiro5.jpg)

このミロのビーナスを見るとき、楊貴妃の像を制作した彫刻家がこのビーナスの像を参考にしたような気がするほどですよ。

楊貴妃が生存していた唐の時代にも、ミロのビーナスのような女性が美しいと考えていた中国人が居たのでござ~♪~ましょうか?

居たのですよ。

証拠でもあるのでござ~♪~ますか?

ありますよ。 次の像を見てくださいよ。


(bosatsu3.jpg)

これは、あの有名な敦煌の莫高窟(ばっこうくつ)、第45窟の菩薩像です。唐の時代に造られたと言われているものです。

この像がミロのビーナスの影響を受けているのでござ~♪~ますか?


(silkmap2.jpg)

 

古代ギリシャ時代に作られたミロのビーナスとは、地理的に見て全く関係なさそうに見えるけれど、実は関係があるのですよ。

どのようにでござ~♪~ますか?

次のガンダーラの仏像を見てください。


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如来坐像 ガンダーラ クシャン王朝 紀元2~3世紀

ガンダーラ (Gandhara)

ガンダーラ地方は、現在のパキスタンの西北部にあり、中心はペシャワールやその北部のスワット地方。
たくさんの遺跡が残っている。
「ガンダーラ」は、「ガンダ・ハル=いい匂い」の意味から来ている。

紀元前380年頃までにペルシャの支配は弱まり、多くの小王国がガンダーラを分割支配した。
紀元前327年にはアレクサンドロス大王がガンダーラに侵攻したが、大王はこの地に1年も留まらなかった。

同じ頃、マウリヤ朝のチャンドラグプタ王はタクシラにあったが、紀元前305年にはセレウコス朝を破り、アフガニスタン南部を支配下に収めた。
その後、1世紀半にわたりマウリヤ朝がこの地を支配した。

チャンドラグプタの孫アショーカ王は熱心な仏教徒となり、ガンダーラに多くの仏塔を建立した。
紀元前1世紀頃から仏教の大中心地となった。

その後、マウリヤ朝が衰退してインド亜大陸に退くと、ギリシャ系のバクトリアがこの地に勢力を拡張した。

実は古代ギリシャ世界のあの有名なアレクサンドロス大王がガンダーラにもやってきたのですよ。この影響が上のガンダーラの仏像にもはっきりと影響を残しているのです。

ガンダーラがギリシアの植民地だった

アレクサンダー大王の遠征(前327~前325)によって、ガンダーラがギリシアの植民地となります。
アショーカ王(前3世紀)以後マウリヤ王朝とともに仏教および仏教文化が入ることによって、ギリシア文化と仏教文化が次第に混ざり合ってゆきます。

これにインド中央部の伝統美術の影響も加わっていきます。
この複合文化は紀元後2~3世紀を頂点として、かなり長い間ガンダーラ仏教美術は栄えました。

特にカニシカ王は仏教を信奉し、仏教と仏教美術、学問を保護し、首都プルシャプラに仏教寺院・塔を建立して、ギリシア人の芸術家を呼びよせています。
ギリシアの写実的様式および技法で、仏教のテーマやモチーフを表現しているのが上のガンダーラの仏像には、ありありと見て取れます。

ガンダーラの彫刻は、もともと建造物を荘厳に見せるために造られました。
また仏教建築の装飾にコリント式列柱やギリシア風の文様が使われています。

仏像をよく見ると鼻や額が高く、唇が薄く、髪は波打ち、西洋風の顔立ちが一目見ただけでもよく分かります。
仏教は、もともと偶像は作りませんでしたが、仏教を分かりやすく伝えるために次第に控えめに表現された仏像が出現します。

ガンダーラ仏像の特徴は、自然な人間らしい姿を現しています。
法衣の襞にギリシア風の影響がみられます。

実際、上のようなガンダーラ仏が日本へもかなり伝わっています。
その一つを次のリンクをクリックすると見ることができます。

■ 『嶽林寺のガンダーラ仏』

大峰山 嶽林寺 (群馬県利根郡月夜野町1697)

仏像が伝わっていたという事実は、それを製作した石工たちも日本へ来ていたという可能性が十分にあります。
ギリシャ人がやってきていた、とは言いませんが、彼らの血を引いたペルシャ人は、かなりの数日本へやってきていたようです。

つまり、彼らは、ギリシャの様式や、技法をも身に付けていたのです。
ですから、法隆寺にエンタシスがあることも決して不思議ではないのです。

日本へやって来たペルシャ人やペルシャの文物、またギリシャ文化の影響については次に示すページで説明しています。

■ 飛鳥とペルシャ(波斯) 石人男女像の謎

■ ペルシャ人の石工が飛鳥にやって来た

■ 飛鳥坐(あすかざ)神社の神事と古代ギリシャのディオニソス神話

■ 聖徳太子の母親はペルシャ人だった?

■ 聖徳太子の個人教授にはペルシャ人がいた

by デンマン


『エンタシス史観 (2003年10月12日)』より

上の莫高窟(ばっこうくつ)の菩薩像は、このガンダーラ仏像の影響を受けているとデンマンさんは考えているのでござ~♪~ますか?

当然ですよ。 すぐ上の囲み記事を読んでも、ペルシャ人の石工が日本まで行った可能性が充分に考えられるのですよ。 日本までの距離を考えれば、ガンダーラと敦煌は目と鼻の先ですよ。

古代ギリシャの文化がペルシャ人に伝わったと言うのは理解できましたが、その古代ギリシャ文化が唐の時代にペルシャ人を通じて中国人に伝わったのでござ~♪~ましょうか?

伝わっていたのですよ。

証拠でもあるのでござ~♪~ますか?

あります。 詩人・李白(701ー762)が作った「少年行」という詩があるのですよ。

少年行

五陵の年少、金市の東

銀鞍白馬、春風を渡(わた)る

落花(らっか)踏み尽くして、

何(いず)れの処(ところ)にか遊ぶ

笑って入る、胡姫酒肆(こきしゅし)の中

盛り場を貴公子が春風の中、馬に乗って走っていく。

白馬に銀の飾りのついた豪華な鞍をつけている。

見るからに金持ちの貴公子です。

花びらを踏み散らしながらどこへ行くのかと李白が見ていたら、

やがて胡姫酒肆の中へ入っていった。

酒肆というのは酒場のことです。 この詩の中に現れる胡姫という言葉に注目してください。 胡という字はもともとは異民族という意味で使っていたのですが、唐の時代になるとペルシャ人をさすようになります。 中国語では別に「波斯」と書いてペルシャのことをそう呼びます。 これはペルシャ語によるペルシャの発音「ファルシー」の音訳です。

つまり、「胡姫」というのは胡の姫、ペルシャ人の女の子でござ~♪~ますか?

その通りですよ。 だから胡姫酒肆とくれば、もう決まっていますよね。 エキゾチックな可愛いペルシャ娘がお酌をしてくれるキャバレーですよ。 うしししし。。。


(himiko12.jpg)

こんな感じのペルシャ人のお姉さんがお酌をしていたのかもしれませんよ。

でも、ペルシャ人は極めて少なかったのでござ~♪~ますでしょう?

いや、それが意外に多かったようですよ。 この当時の長安(現在の西安)は国際都市だったのですよ。

どうして、そのような事が分かるのでござ~♪~ますか?

「安史の乱」がなかったら、そもそも白楽天は『長恨歌』を作ることはなかったでしょう。 その「安史の乱」を起こした安禄山(あんろくざん)はペルシャ人だったのですよ。

マジで。。。?

もちろんですよ。 正確にはソグド人(ペルシア系のオアシス農耕民族)と突厥人(トルコ系の遊牧民族)の混血だと言われています。 とにかく、容貌も体型も中国人とはかけ離れていた。 なにしろ、体重が200キロを越す巨漢だった。

つまり、中国に帰化した外国人だったのでござ~♪~ますか?

その通りですよ。 この人の生まれはサマルカンドだった。

サマルカンド (Samarkand)


(silkmap2.jpg)

 

紀元前10世紀ころからイラン系民族のオアシス都市として発展した。
ギリシャ史料で紀元前4世紀のアレクサンドロス3世率いるマケドニア王国遠征軍に最後まで抵抗したソグド人の都市「マラカンダ」の名で知られる。

『後漢書』などの漢文資料では康国として知られている。
玄奘三蔵や後世のアラビア語、ペルシア語の地理書によればソグディアナ、マーワラーアンナフルの中心と呼ばれている。

都市国家の連合体であったソグディアナではサマルカンドの支配者が、時には都市国家連合全体を盟主として采配を振るった。
8世紀初頭にはサマルカンド王デーワーシュティーチュが「ソグドの王」を名乗っている。

当時の中国の首都・長安も国際都市だったけれど、このサマルカンドは、まさに国際都市の中の国際都市だった。 そう言う訳で、安禄山は6ヶ国語に堪能であったため、初め互市郎(貿易官)に任じられたのですよ。 その後、軍功を立て出世してゆき、742年には節度使になり、その後は玄宗と楊貴妃に取り入り、二つの州の節度使を拝命し、まもなく三つの州の節度使を兼任する事になった。

つまり、この当時外国人に対する偏見は中国人は持っていなかったのでござ~♪~ますわね?

僕は思うのだけれど、長安が国際都市だったことを考えると、楊貴妃がハーフだったのではないか?僕はそう思っているのですよ。

どうして、そのように思ったのでござ~♪~ますか?

長恨歌(ちょうごんか)

漢の王は長年美女を求めてきたが、どの女性にも満ち足りないものを感じていた。
ところが、ついに探し求めていた美女に出会った。楊家の娘だった。

 (中略)

楊貴妃は、そもそもは玄宗皇帝の子息の一人の妃であった。
さすがに息子から妻を奪うのをはばかり、いったん道士となった後で玄宗の後宮に迎え入れられている。
太真は楊貴妃の道士時代の名。

 (中略)

温泉の湯水がなめらかに凝脂を洗う、と表現されるように、むっちりとした白い肌の持ち主だった。


『あっちかち (2008年3月25日)』より

このあらすじを読んだ時に、玄宗皇帝のこだわりようが常軌を逸している、と僕には思えたのですよ。

それ程常軌を逸しているでしょうか?

自分の息子の嫁を取り上げてしまったのも同然ですよ。 ちょっと、平凡な人には考えも及びませんよ。

そうでしょうか?

つまり、玄宗皇帝は、普通の中国人の女性ではどうしても飽き足らなかったのですよ。 楊貴妃は、かなり変わった女性だったのではないか? 要するに日本人の男が金髪の白人の女性に魅力を感じるようなものですよ。

デンマンさんも、金髪の白人女性にそのような魅力を感じた事がござ~♪~ましたか?

ありましたよ。 おそらく、宮殿の庭園でも歩いていたハーフの楊貴妃を玄宗皇帝は目にしたのでしょうね。 李白が「少年行」を詠んだように、当時の長安ではペルシャ人の娘が人気を呼んでいたのですよ。 玄宗皇帝も、うわさを耳にしていた。 そういう時にペルシャ人の血が入っているハーフの楊貴妃を目にした。 うわさ通りの、透き通るような色白の肌をして、純粋な中国娘にはない異国情緒が表情に表れている。 それがメチャ魅惑的に見えた。 一目見て玄宗皇帝は楊貴妃の異国風な魅力の虜になってしまったのですよ。

そうでしょうか?

そのような特徴的な女性を想定しない限り、いろいろと手の込んだ事をして自分の息子の嫁を取り上げるなんてしないと思うのですよ。

う~♪~ん。。。 でも、楊貴妃がハーフだったなんて聞いた事がござ~♪~ませんわ。

でもねぇ、状況証拠ならばたくさんありますよ。 安禄山が玄宗と楊貴妃に取り入って、二つの州の節度使を拝命し、まもなく三つの州の節度使を兼任する事になった、と言う事だって、楊貴妃自身がハーフであれば抵抗なく受け入れられる話ですよ。

そうでしょうか?

つまり、この当時の長安は国際化がかなり進んでいて、美人観も古代ギリシャの影響が強くでていたのですよ。 ハーフの楊貴妃は当然のことながらミロのビーナスのような体型に近かったでしょう。 もちろん肌も白人に近い白い肌だったでしょう。 そのような魅力が玄宗皇帝を虜にしてしまったのですよ。 どうですか。。。? 卑弥子さんも、そう思いませんか?

でも、大理石の楊貴妃のムッチリした像を作った彫刻家は、そのような事を知っていたのでござ~♪~ましょうか?

もちろん、知らなかったでしょう? 多くの中国人と日本人のように、楊貴妃は柳腰で細面の表情をしていた、と信じていたはずですよ。 それは、中国に現在残っている楊貴妃の絵を見れば分かります。

それなのに、どうして華清池の像を制作した彫刻家はムッチリとした楊貴妃の像を造ったのでござ~♪~ますか?

それが我々の遺伝子の中に組み込まれている美人観だと僕には思えるのですよ。 つまり、ムッチリとした腰と言うのは、骨盤が広い安産に適した体型ですよ。 楊貴妃の像を作った彫刻家もミロのビーナスの自然な美しさに感銘を受けて、それを参考にして華清池の楊貴妃の像を造ったのだと思いますよ。

。。。んで、柳腰の細面は。。。?

それは、纏足(てんそく)美人観ですよ。 つまり、人為的に女性の自由を制限して考え出された美人観だから、我々の遺伝子に組み込まれている美人観とは違っているのですよ。

古代ギリシャの美人観は、より自然な発想から生み出されたものだ、とデンマンさんはおっしゃるのですか?

そうですよ。 より自然で、より人類の幸せと発展にかなった美人観ですよ。 つまり、安産型の美人観です。 僕には、そう思えるのですよ。


『むっちり楊貴妃 (2008年3月27日)』より

どうですか、卑弥子さん?。。。面白いでしょう?

いつものようにデンマンさんの理屈に引き込まれそうでござ~♪~ますわ。

僕は理屈を捏(こ)ね回しているわけではないのですよう。

根拠に基づいているとおっしゃるのでござ~♪~ますか?

もちろんですよう。上の記事の中に貼ってあるすべてのリンクをたどって僕が書いた記事を読めば、納得できるように書いてあるのですよう。

デンマンさん。。。、あのですねぇ~。。。よほど暇がある人でない限り、デンマンさんが書いた記事をすべて読むなんて無理でござ~♪~ますわ。

でもねぇ、僕も驚いたのだけれど、上の中で引用されている記事は結構読まれているのですよう。

どうして分かるのですか?

アクセス解析で訪問者の数が分かるのですよう。 僕と同じように唐の時代に、壮大な歴史ロマンを感じている人が結構、たくさん居るのですよう。 上の記事を読むだけでも、国際的な広がりを感じませんか? 僕は源氏物語より面白いと思いますね。

デンマンさん!。。。あたくしは、これでも京都の女子大学で「日本文化と源氏物語」を講義している者でござ~♪~ますわ。

知ってますよう。

そのあたくしに向かって、“源氏物語よりも楊貴妃物語の方が面白い!”。。。デンマンさんは、そう宣(のたま)うのでござ~♪~ますか?

宣(のたま)うなんて、すごい事を言いますねぇ~。。。 うへへへへ。。。

デンマンさん!。。。笑いで誤魔化さないでくださいな。 あたくしは真面目に腹を立てているのでござ~♪~ますわ。

分かりました。。。 僕は源氏物語がつまらない、と言っているのではないのですよう。 もちろん、源氏物語は世界的にも認められている素晴しい小説ですよう。 でも、「楊貴妃物語」は、それ以上に歴史ロマンを感じさせる壮大な絵巻だと思っているのですよう。

でも、そう言う絵巻はござ~♪~ませんわ。

だから、僕がネットで立ち上げようかと。。。『壮大なる歴史ロマン・楊貴妃物語』。。。『レンゲ物語』と『小百合物語』に引き続いて、この歴史的大ロマンをスタートさせてみようかと。。。うへへへへ。。。

デンマンさん。。。 マジですか?

夕べ、そう言う夢を見たのですよう。


(laugh16.gif)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif) 

ですってぇ~。。。

どうですか? あなたは楊貴妃がペルシャ人だったということを信じることができますかァ?

信じられなくても、ペルシャ人の血が少しは流れているという可能性はあるでしょうねぇ~。。。

ところで、あたくしには紫式部の血が流れているのでござ~ますわァ。。。

信じられないでしょう?

では、あたくしの次のお話を読んでくださいませぇ。。。


(genjiero4.jpg)

『卑弥子の源氏物語』

どうですか? あたくしが“平成の紫式部”だと納得がゆきましたかァ~?

ええっ。。。 ちょっと納得がゆかないのでござ~ますかァ?

でもねぇ~、あたくしは 一応 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~ますゥ。

だけど、どういうわけか結婚相手が 現れないのですわよゥ。

あたくしは別に高望みはしていないのでござ~ますう。

“寅さん”のような人でもいいのです。。。

ついでだから、寅さんの映画でも見てください。


(tora019.jpg)

ちなみに、紫式部のお話も面白いですけれど、古代の話も心にしみます。

たまには、日本の古代史の記事も読んでくださいませぇ。

そういうわけで あなたのために平安史、古代史の記事を用意しました。

ぜひ 覗いてみてくださいねぇ~。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてください。
じゃあ、またねぇ~。。。


(hand.gif)

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)


(surfing9.gif)


(sayuri5.gif)

ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


(miya08.jpg)

『下衆のかんぐり』

『桓武天皇のママがネットで』

『ござが天皇とGOOGLE』

『エロ 建礼門院』

『一敗が三人に!』

『行田の黒い霧をはらう』

『ペルシャ人が飛鳥に』

『小柴垣草子』

『後白河上皇ダントツ』

『ブスと美人』

『エロい話が好き?』

『死んでも生きてる』

『失意の太田将宏』


(annasalleh.jpg)

『オルフェと聖徳太子』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

『ゴヤと三島由紀夫』

『仏陀とキリストと娼婦』


(zurose2.jpg)

『ズロースと戦争』

『伊藤若冲ブーム?』

『ブッダと物理学』

『加藤清正ブーム?』

『愛憎と三輪山』

『松原智恵子 お尻ペンペン』

『坂本龍馬は流れ者か?』

『野ざらし』

『紫式部堕獄説』

『日本最古のポルノ?』

『源氏物語の性描写』

『寅さんの本棚と急行まつしま』

『ヒトラーは草食系?』

『ブッダとキリストと娼婦』

『顔文字とオナラ』


(hama10.jpg)

『宝暦の恨みを明治維新で』

『デウキと紅葉@行田』

『薄い陰毛と紅のボートピープル』

『江戸の閨房術』

『ずるがしこい現代人』

『春画@源氏物語』

『千早振る』

『あれっ、松本清張』

『キスと源信』

『伎楽は呉から…?』

『紺瑠璃杯に魅せられて』

『神聖娼婦 マリア』

『安徳帝は生きていた』

『白石川の桜』

『ブログ村のマリア様』

『萌える済子女王』

『ピンク桃色@徒然』

『富沢金山の桜』

『ピンク桃色村』

『紫式部@徒然』

『絵里香@ペルー』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)


(byebye.gif)

マリリンに誘われて

2017年5月22日

 

マリリンに誘われて

 


(monroe67.jpg)


(monroe99.jpg)


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(monroe07b.jpg)


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(laugh16.gif)


(ohta03.png)

デンマンさん。。。、またオイラをお呼びですか?


(kato3.gif)

オマエは僕に呼び出されるのが不満なのォ~。。。

不満というほどではありませんが、デンマンさんに またバカにされるかと思うと、オイラはちょっと引いてしまうのです。。。

でも。。。、でも。。。、オマエは5月14日に僕に呼び出されて、次のようにスキップして喜んでいたじゃないかア!


(smilerol.gif)


わァ~~ うれしいなあああァ~。。。

デンマンさんがオイラの気分を

つに高揚させてくれましたァ~。。。

やはり、仏のデンマンさんは

すばらしいです。。。

しかもデンマンさんのおかげで

オイラは日本語が分かる

127ヵ国のネット市民の皆様にも

知れ渡ってしまうかも。。。

もう こうなったら、スキップしてしまおう!


(smilejp.gif)

ワぁ~♪~ うれしいなあああァ~。。。

ルンルンル~♪~ン

ランランラ~♪~ン

もひとつおまけにィ~

ルンルンル~♪~ン

ランランラ~♪~ン

だってぇ~、最後にスキップして喜んで見せないと、デンマンさんが二度とオイラの相手をしてくれないと思って、ついついスキップしてしまうのですよゥ。。。 うししししし。。。

だから、喜んだままの気持ちで出てくればいいのだよ。。。

分かりました。。。 で、どういうわけで“マリリンに誘われて”というタイトルでオイラを呼び出したのですか?

ちょっと次のリストを見て欲しいのだよ。。。


(liv70520a3.png)


『拡大する』

『マリリンdeアイドル』

『禁忌の愛を探して』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で5月19日の午後6時31分から20日の午前3時35分までの約9時間の「生ログ」の一部だよ。。。 赤枠で囲んだ箇所を見て欲しい。。。

あれっ。。。 5月19日の午後7時29分に5月18日にデンマンさんが投稿した『マリリンdeアイドル』を読んだのですねぇ~。。。

その通りだよ。。。 

マリリンちゃんも出て来るけれどオイラも出てきますよね~。。。 もしかしてオイラを目当てで読みにやって来たのでしょうか?

その可能性は極めて少ないよ!

どうしてデンマンさんはそのように言うのですか?

それには証拠があるのだよ。。。 実は、神奈川県の平塚市に住んでいる平田 桃子(ひらた ももこ)さんが“にほんブログ村”の海外美女・海外美少女 新着記事画像を見て僕のブログにやって来たのだよ!


(brit40b.jpg)

なんで、そんな事までまでデンマンさんに判るのですか?

上のリストの赤いアンダラインが引いてある「リファラ」をクリックすると次のページが出てくるのだよ。


(mur70520a.png)


『拡大する』

『実際のページ』

上のページには残念ながらオマエの画像は出てこないのだよ。。。桃子さんは明らかにマリリンちゃんの画像をクリックしたことが分かる。。。

。。。で、青枠で囲んである画像をクリックして『禁忌の愛を探して』も読んだということですか?

その通りだよ。。。

でも。。。、でも。。。、平田桃子さんが読んだと どうして判ったのですか?

実は、桃子さんは次の記事にも登場しているのだよ。。。

ピンク桃色村

ライブドア『徒然ブログ』の日本時間で2017年5月4日の午後4時46分から午後6時38分までの約2時間の「生ログ」の一部
(liv70505a5.png)


『拡大する』

『ピンクと桃色@徒然』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で2017年5月4日の午後4時46分から午後6時38分までの約2時間の「生ログ」の一部ですよ。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しい。

5月4日の午後5時6分に『ピンクと桃色@徒然』を読んだネット市民がいたのですわねぇ~。。。

そうです。。。 赤いアンダーラインを引いた「リファラ」をクリックすると次のページが出てきます。

「にほんブログ村」の海外美女・海外美少女 新着記事画像のページ
(mur70505b.png)


『拡大する』

『ピンクと桃色@徒然』

これは「にほんブログ村」の海外美女・海外美少女 新着記事画像のページです。。。 神奈川県の平塚市に住んでいる平田 桃子(ひらた ももこ)さんが 上のページの一番下の赤枠で囲んである写真をクリックして『ピンクと桃色@徒然』を読んだのですよ。。。

IPアドレスを調べて 平田 桃子(ひらた ももこ)さんの個人情報をゲットしたのでござ~ますか?

そうです。。。

IPアドレス: 14.193.192.31 神奈川県の平塚市に住んでいる平田 桃子(ひらた ももこ)さん
(ip19231b.png)

『拡大する』

あらっ。。。、また写真まで貼り出して平田 桃子(ひらた ももこ)さんさんを紹介していますけれど、アクセスポイントは確定できても プライバシーを守るためにアクセス者の名前までは絶対にゲットできないのですわァ~。。。

あのねぇ~。。。 卑弥子さんは厳しいツッコミを入れすぎるのですよ。。。 話が前へ進まないから、ツッコミを撤回してサラリと僕の話を聞いてくれませんか?

デンマンさんが そのように言うのであれば、仕方がありませんわ。。。 お話を続けてくださいなァ~。

あのねぇ~、それぞれの写真の上にマウスをかざすと記事のタイトルが表示されるのですよ。。。

つまり、平塚市に住んでいる平田 桃子さんは、そのようにして『ピンクと桃色@徒然』を読んだ、とデンマンさんは主張なさるのでござ~ますかァ?

もちろんですよ。。。 平田 桃子さんも“ピンク” と“桃色”は 同じ色のようであって、どこかが違うのではないだろうか?。。。 以前から、そのような疑問を持っていたのです。。。


『ピンク桃色村』より
(2017年5月8日)

要するに、平田桃子さんは“にほんブログ村”の常連さんなのですね~。。。

たぶん、そうだと思う。。。

つまり、この事を言うために わざわざオイラを呼び出したのですか?

もちろん、それだけじゃないのだよ。

他に何が言いたいのですか?

もう一度次のリストを見てほしいのだよ。


(mur70520a.png)


『拡大する』

『どこか狂ってるわ』

『実際のページ』

緑の枠で囲んだ箇所に注目してほしい。

『どこか狂ってるわ』という記事を読んだネット市民が居たのですか?

そうなのだよ。。。

でも。。。、でも。。。、平田桃子さんは読んでません!

僕は、平田桃子さんが読んだとは言ってない!

じゃあ、誰が読んだのですか?

新宿に住んでいる車 京子(くるま きょうこ)さんが読んだのだよ!


(mur70520a.png)


『拡大する』

『どこか狂ってるわ』

『実際のページ』

確かに、上のページには『どこか狂ってるわ』というタイトルが見えますが、車 京子さんが読んだと言うことが出てません。

じゃあ、次のリストを見てご覧よ。


(liv70516a3.png)


『拡大する』

『どこか狂ってるわ』

赤枠で囲んだ箇所に注目してほしい。。。赤いアンダーラインを引いた「リファラ」をクリックすると次のページが出てくる。


(mur70518a.png)


『拡大する』

『実際のページ』

確かに、『どこか狂ってるわ』と言う記事のタイトルが出てきます。。。 でも。。。、でも。。。、車 京子さんが読んだということは書いてありません。

IPアドレスを調べると次のようなことが判るのだよ。


(ip23912b.png)

『拡大する』

あれっ。。。 レンゲさんに似てますね~。。。

レンゲさんの従妹だよ。。。

マジで。。。?

ここでウソをついたら僕の評判を落とすだけなんだよ。。。

つまり、身内でデンマンさんが記事を書くのに協力しているわけですね~。。。

偶然にそうなっただけなんだよ。。。

ちょっとできすぎていませんか!?。。。で、車 京子さんが『どこか狂ってるわ』を読んだこととオイラがどういう関係にあるのですか?

くどいようだけれど、もう一度次のページを見てほしい。


(mur70520a.png)


『拡大する』

『マリリンdeアイドル』

『実際のページ』

要するに、“にほんブログ村”にマリリンちゃんの写真が載ると、まるでマリリンちゃんに誘われるようにしてオマエが出てくる記事が読まれるわけだよ。

つまり、『マリリンdeアイドル』にオイラが出てきて、マリリンちゃんと一緒に読まれる。。。 それで日本語が解る世界のネット市民の皆様にオイラのことも知れ渡るというわけですか?

その通りだよ!


(smilerol.gif)


わァ~~ うれしいなあああァ~。。。

やはり、仏のデンマンさんは

すばらしいです。。。

デンマンさんのおかげで

オイラは日本語が分かる

127ヵ国のネット市民の皆様にも

知れ渡ってしまうのです。。。

もう こうなったら、スキップしてしまおう!


(smilejp.gif)

ワぁ~♪~ うれしいなあああァ~。。。

ルンルンル~♪~ン

ランランラ~♪~ン

もひとつおまけにィ~

ルンルンル~♪~ン

ランランラ~♪~ン


(laugh16.gif)

やれやれぇ~。。。

何を勘違いしているのでしょうか?

太田将宏は有名になるんじゃない!

悪名高くなるんですよ!

あなただってそう思うでしょう!?

馬鹿とは付き合いきれません。

でも、そのうち また僕の記事に

コメントを書くと思うのですよ。

仕方ないから、気長に付き合うことにします。


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【レンゲの独り言】


(manila07.gif)

ですってぇ~。。。
あたしは、太田さんの娘さんにも、奥様にもお会いした事はありません。

でも、娘さんは、二人とも アメリカで女医さんになっているほどですもの。。。
娘さんにしても、奥様にしても、決して悪い人ではないと思いますわ。

それなのに、太田さんは 娘さんとも、奥様ともうまくやっていないという事は、
太田さんに、問題があると思うのです。

あなたは、どう思いますか?

とにかく、ネットには “めちゃキモい”人たちがウヨウヨしています。
太田将宏さんは、まだ良い方ですわ。

中には、まるで得意になって、愚かな事をして遊んでいる オツムの足りない人たちがたくさん居ます。
また、見かけは普通のブログでも、悪徳スパマーが手を変え品を変えて 悪徳サイトへ誘い込もうとしています。

スパムコメントで褒められると、ついついその気になって、
相手のブログへ飛んでゆき、お返しに、あるいはお礼にと思って 読者に登録してしまったりするものですわァ。
どうか スパマーの思う壺にはまらないでくださいね。

悪徳スパマーは悪徳サイトへ誘おうと
てぐすね引いて待っているのですから。。。

悪徳サイトを利用して、
メールアドレスで登録したりすると、
あなたのメールアドレスは第3者や第4者に売られてしまう危険性があります。

あなたは、そのようなスパム・コメントや 成りすましスパマーには騙されないと思い込んでいるでしょう?
でもねぇ~、もしかすると騙されているかもよ。。。

とにかく気をつけてくださいね。

次回も、さらに面白い話題が続きます。
あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてください。
では。。。


(hand.gif)

あなたが絶対、

見たいと思っていた

面白くて実にためになるリンク


■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『興味深い写真や絵がたくさん載っている世界の神話』

■ 『現在に通じる古代オリエント史の散歩道』

■ 『見て楽しい、読んで面白い 私版・対訳ことわざ辞典』

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(30june.jpg)

■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『あなたもワクワクする新世代のブログ』

■ 『ちょっと心にぐっと来る動物物語』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Godiva Sayuri
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■ 『軽井沢タリアセン夫人 – 小百合物語』


(yuri02.jpg)

■ 『相変わらず馬鹿か?』

■ 『馬鹿やめたのね?』

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(hooker08.gif)

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■ 『心の平穏』

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■ 『孤独で寂しい太田将宏』


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■ 『母という病』

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(satomi02.jpg)

■ 『マジでピッタリ!』

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■ 『成りすまし老人の告白』

■ 『だまそうとする老人』

■ 『バカの壁の増設』

■ 『ウソの雪ダルマ』

■ 『知らずの自分史』

■ 『新渡戸稲造と太田将宏』

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■ 『ホーキング博士と太田将宏』

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■ 『老人の性と太田将宏』

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(hokusai08.jpg)

■ 『葛飾北斎と太田将宏』

■ 『女の性的飢餓感』

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■ 『虚構とウソ』

■ 『手紙と絶交』

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■ 『不思議な日本語』

■ 『乙女の祈りだわ』

■ 『自作自演じゃないよ』

■ 『マリリンdeアイドル』


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(byebye.gif)

行田物語 ピラミッド

2017年5月19日

 

行田物語 ピラミッド

 


(oshijo09b.jpg)


(pyramid82.jpg)


(pyramid81.jpg)


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(daibuts85.jpg)


(sayuri55.gif)

デンマンさん。。。行田市に まさかピラミッドができたのではないですよねぇ~!?


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もちろん行田にピラミッドなどありません。。。 観光名所にピラミッドを作る計画もないようです。

それなのにどういうわけでピラミッドを持ち出してきたのですか?

あのねぇ~ 小百合さんは忘れてしまったかもしれないけれど、かつて僕が迷子になった道を 小百合さんが三菱の軽トラを運転して僕が助手席に乗りながら通ったことがあったのです。 その時 小百合さんが次のように言ったのですよ。

「この辺で昔、ピラミッドのようなものを

見かけたことがあるのですわァ」

そのデンマンさんが迷子になった道と言うのはいったいどの道のことですかァ?

かつて記事を書いたので、ここに書き出します。 小百合さんも読んで思い出してください。


(daibutsu7.jpg)

Subj:今日の小百合物語は

題して『思い出を食べる』でした。

読んでみてね。

ヽ(´ー`)ノキャハハハ。。。

Date: 28/03/2008 10:32:22 PM
Pacific Daylight Saving Time
日本時間 3月29日午後2時32分
From: barclay1720@aol.com
To: fuji@adagio.ocn.ne.jp

『思い出を食べる@麻布』

突然 ゼリーフライが食べたくて、
行田に行ってきました。

「かどや」 で食べると決めてたのに
行ったら 休みで、
どうしよう と思っても
お店の紹介してあったパンフをわすれました。


(zenifry3.gif)

地元の人はうまい店を知っているものですよ。
僕のお袋も知っているはずですよ。
電話して尋ねてみたらよかったですね。

僕の弟もうまいフライ屋で買ってくる事がありますよ。

おろおろ しながら 大長寺の橋をわたり、
人に尋ねて商工会センターの建物を見つけて 
パンフをもらい かねつき堂
という店を 探すのですが
これがまた 見つからず子供達もあきれ顔。
ちょっと 見つけずらかった

行田の町は、もともとが城下町ですからね、
道が分かりにくいように作られているのですよ。
つまり、攻め込まれて来た時に敵が道に迷うようにできていた。

明治の頃から市内の道路は、ほとんどが昔のままですよ。
舗装されたけれど、道筋(みちすじ)は昔のままのところが多いのです。

行田のフライ屋もゼリーフライ屋も、ほとんどが市内にありますからね、
本町や新町(あらまち)通りから一歩入ると、僕でも、どこだか分からなくなってしまう事がありますよ。

どうして碁盤の目のようにしないのか不思議でなりません。
2006年、帰省した時にもネットカフェの『みるみる』をつかったのですよ。

たいてい自転車で産業道路を通って『みるみる』へゆくのですが、
いつも同じ道では退屈するので、JRの行田駅から市内に向かう広い道路を使ってみたのですよ。


(gyodast03.jpg)

初めてその道路を使った。
僕が子供の頃には無かった道です。

欧米の都市のように新しい道路を碁盤の目のように造ればいいのですよ。
ところが、そうなっていないのですよね。

4車線もある道路なのに、弓なりに曲がったりしている。
夜だった事もあって、すっかり道に迷ってしまいました。
道路が妙に曲がっているので、走っているうちに方向感覚が全くなくなってしまったのですよ。
30分も自転車をこげば帰れるのに2時間以上もかかって、やっと実家にたどり着いたのですよ。

アメリカでもカナダでも北か南か東か西か走っている方向はまず間違いなく分かる。
道路標識もちゃんとしているし、どのような道にもストリート名がある。
だから、道に迷っても、教えやすいし、言われても分かりやすい。
“何ブロック行って西に曲がれば、○○○ストリートに出られる”

ところが、行田はそうではないのですよね。新しい道路なのに、
全く計画性が無く造られていて、
“この道を○○店まで行って右に曲がって。。。”
こういう教え方をする。

しかし、夜だから、店は閉まっていて分からない。
意外に街灯が少ないのですよね。
ほぼ真っ暗です。

急に外国に来たような気分になってしまいましたよ。
うへへへへ。。。

生まれ育った町で迷子になろうとは夢にも思っていませんでした。
それほど、道路が無計画に作られている!


『思い出のフライ』
(2008年3月31日)

そうです。。。 そうです。。。 もう10年ほども前になるのですわねぇ~。。。 思い出しましたわァ。。。

僕は、その時 小百合さんに言ったものですよ。

「小百合さんがいつ行田にやって来たか

知らないけれど、この道は僕が子供の頃は

なかったのですよ。

JR行田駅ができたので

造られた道なのだから…

僕が迷子になったくらいだから

それは確かです。」

そうでしたわ。 デンマンさんは私の話を全て否定したのですわァ。 確かに私が見たのはずいぶん昔のことでしたわァ。 館林の女子校を卒業して初めて就いた仕事が広告代理店の営業で、出来上がったチラシを行田のお客様の所へ届けに行った途中で見たのですもの。。。

でも、小百合さんがピラミッドのようなモノと言ったので、僕にはすぐに思い当たるモノがあった。 清善寺の無縁塚ですよ。。。

新兵衛地蔵尊


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昭和7年5月8日、清善寺無縁塚の上に、新兵衛地蔵尊が開眼供養された。
早いもので48周年を迎える。

大正13年5月に、大澤龍次郎翁が亡父13年忌供養に丈余の無縁塔を建立し、成田家、阿部家家臣の天文年間より天保年間300年の香煙絶えて久しき無縁の精霊を慰め供養し、次いで無縁の墓石を集め無縁塚としたのは昭和6年である。

今でこそ無縁塚を建立するのは珍しくないが—今の無縁塚は、無縁の墓が多く邪魔なので片付ける為に塚にしたというのが多い—初め立派な供養塔を建て8年間供養してから、これらを集め塚としたという仏心による無縁塚建立という例は、全国でも例をみない本当の無縁塚であろう。

そして無縁を慰める菩薩は地蔵尊しかない。
幸いに、父新兵衛が念持していた地蔵を拡大鋳造して安置して、相州大雄山最乗寺山主大石観法老師によって新兵衛地蔵尊と名付け開眼されたことは仏道にのっとり、無縁の精霊の供養に範とする処で、新兵衛地蔵尊の真意はここにあることを強調したい。


(shinpei03.jpg)

昭和7年頃の清善寺を想い出して貰いたい。
今の赤門は、大沢証券の前にあって、左側には大きな樹が昼なお暗く繁り今の城東会館の処は、田と沼で、朽ちた鐘楼が見え、今の道の上に愛染堂があり茶畑にかこまれていた。
夜は墓地に人魂が飛ぶといわれた程さびしいというよりこわい古刹だった。

名誉市民 大澤龍次郎翁は郷土発展の為に数え切れない程 たくさんな施策をしたが、その中で特記すべき一つに地味ではあるが、大事業であった、今の天満から内行田に抜ける道を拓いたことをあげることが出来よう。

昭和7年 新兵衛地蔵尊開眼、その東の延命苑の造園、新兵衛地蔵尊通りの開通の着手、そして西條八十詩 中山晋平作曲、勝太郎の吹込の『行田音頭』レコードと、東京より直通列車による地蔵講参拝団の来訪と、昭和初期の大不景気のさ中に、行田では華々しさを物語っている。
5月8日の新兵衛地蔵尊の祭日は、参拝後、水城公園に廻って行田音頭の記念碑でもみて、あなたの頭の中に40数年前のタイムカプセルを浮べて下さい。


(katsuta02.jpg)

   『行田音頭』

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


239-241ページ 『行田史跡物語』
著者: 大澤俊吉
1979(昭和54)年12月20日 初版発行
発行所: 歴史図書社

そうです。。。 そうです。。。 デンマンさんがわざわざこの場所へ連れて行って見せてくれたのですわァ。。。 でも私は、これと同じようなピラミッドを確かにデンマンさんが迷子になった道で見たのですわァ。。。

ここ以外に小百合さんが言うピラミッドのようなモノは絶対にない!と云う事を示すために僕は小百合さんを連れて行ったのですよ。

でも。。。、でも。。。、私は見たのですわァ。。。

だってぇ~、僕が迷子になった道は 小百合さんが通ったという時にはなかったのだから。。。 そう言っても小百合さんは同じことを繰り返して言うのですよねぇ~… 清善寺とは違う所でピラミッド型の無縁冢を確かに見たと。。。

だってぇ私は確かに見たのですわァ。 夢ではありませんでしたァ。

それで、去年の秋でした。 僕が行田に帰省した時に、小百合さんが行田の古代米カレーが食べたいということで行田駅のすぐ近くのCafe Cozyへ行ったのですよ。


(cafecozy01.jpg)


(cafecozy02.jpg)

『古代米カレー』

Cafe Cozy はシャレた店だったですわねぇ~。。。

残念ながら古代米がきれていたので白いご飯だったけれど一応満足しました。。。 その帰りに市内に向かう途中で小百合さんが道端にある藁屋根の古い民家に気付いて、ちょっと見てみようということになって車から降りたのですよ。


(boroya02.jpg)

見かけよりもかなりボロだった。

そしたら、私は見覚えのある風景に出くわしたのですわァ。。。この辺に来たことがあることをはっきりと思い出したのです。。。 それで思い出を手繰り寄せながら歩いて行ったら お寺があって見覚えのあるピラミッド型の無縁塚が現れたのですわァ。。。


(josho02.jpg)


(gyodamap90.png)

『拡大する』

僕も、この時ばかりはエジプトのピラミッドが現れたのではないか!?。。。と思ったくらいに唖然としましたよ!

デンマンさんが、そんな道はない!。。。と自信を持っ言ったので私は思い違いだと考えたほどでした。。。 でも、心のどこかに確かに見たという思いがあったのですわ。。。

考えてみたら僕は無縁塚があるこのお寺を初めて見たのですよ。。。 そもそも、子供の頃、この辺に来たことがなかった。

成正寺


(josho01.jpg)

 

成正寺(じょうじょうじ)は、埼玉県行田市にある

浄土真宗本願寺派の寺院である。

文政6年(1823年)、桑名(三重県)から

忍(現在の行田市)に移封した

松平忠堯の家老、加藤大炊が、

浄土真宗本願寺派の寺院が無いことに気づき、

築地本願寺(本願寺の別院)の出張道場として

開基に賢随を迎え建立したという。

 


(josho02.jpg)


出典: 「成正寺 (行田市)」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

つまり、もともと細い道路があったのですわよ。。。 JR行田駅ができたので道路を広げて駅まで延ばしたのですわ。

僕も、こうして改めて成正寺の無縁塚を見ると、僕が子供の頃にも細い道路があったのだと納得することができました。

要するに、この事を言うために“行田物語 ピラミッド”というタイトルを付けて私を呼び出したのですか?

いや、そればかりじゃありません。。。 ちょっと次の小文を読んで見てください。。。

13歳の少女と「武士」の出会い


(kiyomasa.gif)

旅の始まりで『更級日記』にふれます。
父の任地である東国で生まれた13歳の少女が、任期が満ちて京に帰る父に連れられて草深い武蔵野国を通ったのは寛仁四(1020)年のことでした。
たまたま望見した名も知らぬ人物について書き記します。

「馬に騎りて弓持(もち)たる」人物についてです。
広々とした空の下、馬に乗った武人はやがて草むらに消えて行きます。
点景のように草原に現れたこの人物のことを彼女が書きとどめたのは、よほどそのときの光景があざやかだったからに違いありません。
さりげなく書かれたこの一節が司馬さんの記憶に止まります。
そしてその時代から一挙に時間を360年ほど溯(さかのぼ)ります。

それより360年前の西暦663年。
朝鮮半島。
百済(くだら)が滅亡の危機に瀕(ひん)していました。
百済の救援に向かった約二万七千の日本軍は白村江(はくすきのえ)の海戦で大敗北。敗戦の混乱の中で多くの百済遺民を伴って帰国します。
百済人は長年、ツングース系の高句麗騎兵と戦っており、騎射に長じていました。
司馬さんの想像力は、少女が見た「馬に騎りて弓持たる」人物が、土着人と混血した360年後の百済人の子孫ではないかと見るのです。当時、武蔵野には二千余人の百済人が移住し、土着しました。
そして、中国的な国家の「かたち」である律令制を倒し、1192年に鎌倉幕府という日本的な政権を作った新興勢力である坂東(ばんどう)武士団とは、この人たちの後裔(こうえい)ではないかと考えるのです。

「この集団が、日本史上、われわれが誇る、最も典型的な日本人集団とされる坂東武者に変わってゆくことを思うと、東アジアの人間の交流や、文化の発生にかぎりないおもしろさを覚える。」(『街道をゆく』1)

日本人の原型体質とは、坂東武士団の中から結晶のように煮詰って現われ出た生き方であり、その広がりはアジア的スケールを持っていたかもしれないのです。
かれら坂東武士団のモラルこそ、「名こそ惜しけれ」でした。「坂東」とは箱根の東ということです。


(84-87ページ) 『司馬遼太郎の「武士道」』
著者・石原靖久 発行・平凡社
2004年8月25日 初版第一刷発行



『セレブと碓氷峠』より
 (2008年9月7日)

 

司馬さんが『街道をゆく 1』の中で言っているように、僕も「東アジアの人間の交流や、文化の発生にかぎりないおもしろさを覚える」のですよう。

でも、小百合さんがどのように関わってくるのでござ~♪~ますか?

実は、小百合さんの祖先も僕の祖先と一緒に百済からやって来たのですよう。ちょっと読んでみてください。

デンマンの祖先は百済からやって来た


(oshi1.jpg)

 

僕の家は徳川時代には忍城下で“木のくりもの屋”をしていた。僕の祖父の代までこれが続いて、大正時代に作品の品評会があって、これに出品して埼玉県知事からもらった2等賞の賞状が家宝のようにして2階の床の間に飾ってありましたよう。つまり、僕の祖父は腕のいい木工職人だったのですよう。家にも祖父が作ったと言う置物がたくさんありました。僕のオヤジが行田市の博物館にすべて寄付したようです。

それで徳川以前はどうだったのでござ~♪~ますか?

後北条氏に仕えていた騎馬武者だった。つまり、『更級日記』の作者が見たと言う騎馬武者の末裔(まつえい)だったのですよう。

つうことわあぁ~。。。デンマンさんの遠い祖先は百済から逃げてきた難民だったのでござ~♪~ますわね?

難民と言うと響きは悪いけれど、唐と新羅の連合軍と戦った騎馬隊の一員だった訳ですよう。

それで、戦いに負けて百済の国が滅びてしまったので仕方なしに日本へ逃れて来たと言うことでござ~♪~ますか?

そう言う事ですよう。

。。。んで、デンマンさんのご実家には家系図が残っているのですか?

そんなモノは残っていませんよう。

。。。んで。。。、んで。。。、どうして上のような事を、さも史実のように言うことができるのでござ~♪~ますか?

僕の体の中にある DNA に僕の祖先から伝わっている遺伝子が刻み込まれているからですよう。

その。。。その遺伝子って。。。いったい、どういうモノでござ~♪~ますか?

“海外飛躍遺伝子”ですよう。うしししし。。。

つまり、デンマンさんの遠い祖先は戦い敗れて百済から“海外”である日本へ渡ってきた。それから、京都に下って行ったけれど、生活の糧を得るためには畑仕事でもして食料を得なければならない。でも、近畿地方には土地がないので開拓団に入って関東まで落ちていったのでござ~♪~ますか?

そうですよう。

でも、結局、後北条氏に仕えたけれど、秀吉の小田原征伐で後北条氏が滅びると、騎馬武者から“くりもの屋”になって忍城下でお店を開いたのでござ~♪~ますか?

その通りですよう。

。。。んで、その“くりもの屋”が大正時代まで続いて、デンマンさんの代になると、1400年近く眠っていた“海外飛躍遺伝子”が眠りから覚めて、デンマンさんは34カ国を放浪した末に、カナダに安住の地を求めて定住した、と言う訳でござ~♪~ますか?

全く、その通りですよう。。。うしししし。。。どうですか?。。。これが、僕のつむぎだした壮大な叙事詩ですよう。


『セレブと碓氷峠 (2008年9月7日)』より

。。。んで、小百合さんの祖先も百済からやって来て武蔵国に定住したのでござ~♪~ますか?

そうですよう。 おそらく、百済から当時の平城京(現在の奈良市)に行ったけれど、土地があまりなさそうなので開拓団に加わって一緒に武蔵国まで行ったのですよう。

どうして、そのような事が分かるのでござ~♪~ますか?

小百合さんの実家は館林にあるのですよう。 僕の実家から車で20分から30分ですよう。 目と鼻の先ですよう。

そのような近くに住んでいたのにデンマンさんは日本で小百合さんにお会いした事は無かったのでござ~♪~ますか?

不思議な事に小百合さんと僕が初めて出会ったのはカナダのバーナビー市で小百合さんが13年間借りていた“山の家”だったのですよう。


(burnamap2.gif)

バーナビー市というのはバンクーバー市の東隣にある町です。上の地図の赤い正方形で示した部分を拡大すると次のようになります。


(burnamap3.gif)

この地図の Deer Lake (鹿の湖)の畔(ほとり)に小百合さんが借りていた“山の家”があるのですよう。


(deerlak3.jpg)


(house22.jpg)


(house23.jpg)

この家でデンマンさんは10数年前に小百合さんと初めてお会いになったのでござ~♪~ますか?

そうですよう。 次のように小百合さんの“山の家”の応接間で会ったのですよう。


(room007.jpg)

これって、またデンマンさんがコラージュしてでっち上げたのでござ~♪~ますわね?

確かに、上の写真は僕がでっち上げたのだけれど、現実でもねぇ、僕は、こうやって小百合さんと会ったのですよう。

でも、どうして小百合さんの祖先とデンマンさんの祖先が一緒に百済からやって来たと分かるのですか?

小百合さんの DNA にも“海外飛躍遺伝子”が焼きついているのですよう。僕と同じようにして、その DNAの飛躍遺伝子が1400年の眠りから覚めて、小百合さんは佐野からカナダのバーナビーに渡ったわけですよう。 そして僕と“山の家”で出会ったのですよう。

ただ、それだけの事でござ~♪~ますでしょう?

ただ、それだけじゃないですよう。ちょっとジューンさんの言ったことを思い出してくださいよう。


(chiwawa5.gif)

こんにちは。ジューンです。

袖触れ合うも他生の縁

(そでふれあうもたしょうのえん)

聞いたことがあるでしょう?

なかなか味わいのある諺ですよね。

袖が触れ合うようなちょっとしたことも、

前世からの深い因縁によって

起こるものである、と言う事です。

わたしは、初め、“袖触れ合うも多少の縁”

だと思ったのですわ。うふふふふ。。。

つまり、袖が触れ合ったのは、

全く偶然ではなくて、少しは

そうなる運命にあったのよう。。。

私は、そのように思い込んでいたのです。

でも、「多少」じゃなく「他生」だと。。。

「他生」というのは「前世」の事だと、

デンマンさんに教わったのですわ。

調べてみたら、「他生」とは

「前世」と「来世」の事を言うのですって。

上の諺では、文脈から「前世」となる訳ですよね。

この世の事は「今生(こんじょう)」と言うのです。

そう言えば「今生の別れ」と言う語句を

何度か耳にしたことがありました。

仏教の輪廻(りんね)と関係のある諺なのでしょうね。

わたしは英語ではこの諺は無いと思っていたのですけれど、

調べてみたら、次のようなものがありましたわ。

A chance acquaintance is a divine ordinance.

Even a chance meeting is

due to the karma in previous life.

つまり、「偶然の出会いは神の定め」と言う事なのです。

多分、日本の諺を英訳したのでしょうね。

カナダでは耳にしたことがありませんわ。


(miroku3.jpg)

ところで、英語の面白いお話を集めました。

時間があったら、ぜひ覗いてくださいね。

■ 『あなたのための 楽しい英語』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


(june96.gif)


『出会い系の悪魔』より
 (2008年9月10日)

僕と小百合さんの出会いは、偶然の出会いのように見えて偶然ではないのですよう。 つまり、小百合さんと僕に共通するモノが実にたくさんあるのですよう。

“海外飛躍遺伝子”でござ~♪~ますか?

それも一つですよう。 まず、車で30分も走れば会える距離に住んでいたのに、僕と小百合さんが初めて出会ったのは、何千キロも離れたバーナビーだった。 僕の祖先と小百合さんの祖先が1400年程前に百済から日本に一緒に渡ってきた事が分かるような気がしますよう。 小百合さんの祖先の娘は、やがて武蔵国から現在の栃木県の栗山村へ嫁にゆき、上の昔話を伝える事になったのですよう。 どうですか?

確かに、そのような可能性があったかもしれませんわ。 だってぇ~、デンマンさんの祖先の中には、きっとお話に出てくるような「ばか息子」が居たでしょうからねぇ~。。。 うしししし。。。

一人ぐらい変わり者が居たかもしれませんよう。。。 とにかく、このように見てゆくと、すべての話がここで丸く収まるのですよう。 卑弥子さんも、そう思いませんか?


『愛とロマンと昔話』より
(2008年9月11日)

車で30分も走れば会える距離に住んでいたのに、僕と小百合さんが初めて出会ったのは、何千キロも離れたバーナビーだったのですよ。。。 でもねぇ~考えてみたら小百合さんと行田は、僕とバーナビーで会う前から どこかでつながっていたのですよ。

要するに、デンマンさんと私は昔から見えない赤い糸で結ばれていたと言いたいのですわねぇ~。。。

いや。。。 僕は言ってませんよ。。。 小百合さんは、そう思うのですかァ?

デンマンさんがそう言うように仕向けているのですわァ~。。。

小百合さんが先に言ってくれたので僕は助かりましたよ。 (微笑)

デンマンさん。。。、こういう個人的なお話は読んでいるネット市民の皆様を白けしらけさせるのですわァ。。。 ホー厶・ムービを見せられたような気分になってウンザリするのです。。。 恐らく、もう他のブログへ飛んでいますわァ~。。。

そうでしょうかァ?

当たり前ですわァ。。。 んもおおおォ~。。。


(laugh16.gif)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

そうですわよねぇ~~

あなたも半ば白けたでしょう?

では、ここであなたの気分を爽快にするために次の曲を聴いてくださいまし。。。


(whitecliff.jpg)

いかがでしたかァ~。。。?

ところで、小百合さんが「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれているのですわァ。

なぜ。。。?

ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。

小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。

小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。

分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


(suikyu9.jpg)

それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。
だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ~~。


(hand.gif)


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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(linger65.gif)

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(house22.jpg)

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(bare02b.gif)

こんにちは。ジューンです。

「上を向いて歩こう」がアメリカで人気が出るきっかけは

何だったのでしょうか?

通説によると、1963年の春、

アメリカ西海岸のローカルラジオ局のDJが、

異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手元にあった

日本の曲をオンエアーしたところ、

リスナーからリクエストが殺到したために

人気に火がついたと言われています。

果たして、その話はどこまで本当なのでしょうか?

アメリカで「上を向いて歩こう」をシングルとして

最初に発売したレコード会社はキャピトルです。

同じ時期にキャピトルはイギリスの親会社であるEMIが

ビートルズのシングルを出すようにと要請してきたのです。

ところがアメリカでは人気が出ないと断っているのですね。

では、いったい誰が「上を向いて歩こう」をシングルとして

発売したのでしょうか?

その発売を決定した人の名前が

デンマンさんが描いた次のチャートに出ています。


(qchan90.gif)

デイブ・デクスター・ジュニアさんなのです。

「A&Rマン」と言われていた人で、

売れる可能性のあるアーティストを発掘し、契約を結び、

制作を担当する仕事をしていた人です。

ローカルラジオ局のDJからある日電話がかかってきて

「上を向いて歩こう」が人気が出ていると聞いて、

さっそく自分でも聞いてみたそうです。


(qchan03.jpg)

九ちゃんが日本語で歌っているので

詞の内容は理解できなかったけれど、

これならイケそうだと直感して売り出すことに決めたそうです。

つまり、ビートルズの曲はヒットしないと蹴ったけれど、

九ちゃんの「上を向いて歩こう」は直感的に

ヒットすると思ったのだそうです。

ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて

次のサイトを立ち上げました。

時間があったら下のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。

『夢とロマンを持って前向きに生きる

小百合さんの物語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


(ebay5.jpg)


(byebye.gif)

マリリンdeアイドル

2017年5月18日

 

マリリンdeアイドル

 


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(ohta03.png)

デンマンさん。。。、オイラをまたお呼びですか?


(kato3.gif)

そうだよ。。。 オマエは僕に呼び出されるのが不満なのォ~。。。

不満というほどではありませんが、デンマンさんに またバカにされるかと思うと、オイラはちょっと引いてしまうのです。。。

でも。。。、でも。。。、オマエは5月14日に僕に呼び出されて、次のようにスキップして喜んでいたじゃないかア!


(smilerol.gif)


わァ~~ うれしいなあああァ~。。。

デンマンさんがオイラの気分を

つに高揚させてくれましたァ~。。。

やはり、仏のデンマンさんは

すばらしいです。。。

しかもデンマンさんのおかげで

オイラは日本語が分かる

127ヵ国のネット市民の皆様にも

知れ渡ってしまうかも。。。

もう こうなったら、スキップしてしまおう!


(smilejp.gif)

ワぁ~♪~ うれしいなあああァ~。。。

ルンルンル~♪~ン

ランランラ~♪~ン

もひとつおまけにィ~

ルンルンル~♪~ン

ランランラ~♪~ン

だってぇ~、最後にスキップして喜んで見せないと、デンマンさんが二度とオイラの相手をしてくれないと思って、ついついスキップしてしまうのですよゥ。。。 うししししし。。。

だから、喜んだままの気持ちで出てくればいいのだよ。。。

分かりました。。。 で、どういうわけで“マリリンdeアイドル”というタイトルでオイラを呼び出したのですか?

実は、オマエとも何度か語り合った中原さんがコメントを書いてくれたのだよ。。。

要するに、デンマンさんがまた自作自演のコメントを書いたのですねぇ~。。。

僕はオマエと違って5人に成りすましてコメントを書くような暇な時間はないのだよ。。。 自作自演をしてコメントを書く暇があったら、記事を一つでも多く書くのだよ。。。

だから、こうして、自作自演して記事を書いているわけでしょう?

あのさァ~、自作自演と創作は全く別物なんだよ。。。 僕がオマエと語り合うのは あの有名な古代ギリシャのプラトンが書いた『ソクラテスの弁明』や『国家』のような“対話篇”という形式を取っているわけ。。。 

つまり、オイラが5人のハンドル名を借りて書くのは“成りすまし”で、デンマンさんがオイラを呼びつけて語り合うのは“対話篇”ということですか?

その通りだよ。。。 つまり、オマエには悪意がある。。。 5人に成りすまして書いておきながら、自分ではないと主張している。。。 つまり、ネット市民の皆様を騙しているのだよ。。。 でも、僕に暴(あば)かれてしまった。

。。。で、デンマンさんはオイラを呼び出してオイラに成りすまして“対話篇”という創作活動をしていると主張するのですか?

そうだよ。。。 僕は悪意がないのだよ。。。 それどころか、いつもオマエを励まして元気付けているのだよ。。。

分かりました。。。 デンマンさんの御託(ごたく)を聞いていると、いつ尽きるとも分からないので、その中原さんのコメントやらを見ようではありませんか。。。

オマエが、そのように言うのなら、ここに貼り出すからじっくりと見たらいいよ。。。


(wp70514e.png)

『実際のページ』

これはDenman Blogに僕が5月14日に投稿した記事なんだよ。。。

あれっ。。。 オイラが登場する記事ですねぇ~。。。!?

その通りだよ。。。 オマエはこうして日本語が分かる世界の127カ国のネット市民の皆様の前に出られるのが嬉しいだろう!

嬉しいです。。。 これも、デンマンさんのおかげです。。。 スキップして喜んでもいいですか?

あのさァ~、ネット市民の民様に笑ってもらおうとして、そのような見え見えの事を言うのを止めろよなァ~。。。 オマエがスキップして喜ぶのを ネット市民の皆様はすでに何度も見ているのだよ! 柳の下に二匹目のドジョウはいないのだよ! とにかく、度の強い老眼鏡をかけているオマエにも良く分かるようにここに書き出すからじっくりと読んでごらんよ。。。

中原 Says:

2017年5月15日 2:24 AM | 返信する 編集

 

「狭山事件」で検索していて、Demman氏のブログにたどり着いた

以下のどれかのブログ記事を読んだ。

■ 狭山事件(PART 1 OF 3) – デンマンのブログ
■ なぜ狭山事件? | Denman Blog
■ 徒然ブログ:狭山事件


(sayama76.jpg)

 

あの頃、Denman氏は中学一年生だった。

1963年5月1日水曜日、私は高校二年生。

1ヶ月前に吉展ちゃん事件が起こり、6ヵ月後にはケネディ大統領暗殺事件が起きた。

1963年から54年が過ぎた。

1963年5月1日の事件当日、被害者は16歳の誕生日。

私も16歳(6ヶ月)だった。

その後、Denman氏は仙台の国立大学工学部に学び、私は理学部受験に失敗し、私大文系に方向転換。

全て「今は昔」となりました。

 


(stars.gif)


denman705 Says:

2017年5月15日 9:16 AM | 返信する 編集

 

そうです。。。 そうです。。。
1963年には いろいろと世間を騒がした事件が起きました。

偶然というものは恐ろしいものです。。。
私が今日、『ケネディ暗殺の謎』を投稿してから
Denman Blog の「アクセス解析」のページを覗くと
中原さんがコメントを書いており、
「狭山事件」、「吉展ちゃん誘拐事件」それに「ケネディ大統領暗殺事件」について書いていたのです!

テレパシーを私は信じませんけれど、
なんだか不思議なモノを感じないではいられません。。。

実際、5月12日には『振袖火事とケネディ暗殺』を読んだネット市民がいたのですよ。。。
まさか中原さんではないでしょうねぇ~? (モナリザの微笑)

ケネディ大統領暗殺事件をテレビで見た人間にとって、
その記憶はオツムに焼き付いているのではないでしょうか!?

私は、しかし、ケネディ大統領暗殺のニュースよりも
マリリン・モンローの死のニュースの方を強烈に記憶にとどめています。

その時、家族と一緒に朝食を食べていましたが、
NHKの朝のテレビニュースでマリリン・モンローの自宅の様子を写していました。
その映像までも、今でもはっきりと覚えています。
1962年8月5日です。。。

私は当時中学1年生だったと思いますが、
マリリン・モンローにハマっていました。
 (モナリザの苦笑)


(monroe12.jpg)

だから、最初はカナダではなくマリリン・モンローが住んでいるアメリカに移住することを考えていたほどです。。。
でも、マリリンが死んでしまったのでカナダにしました。。。
もちろん、半分冗談です! (爆笑)

ところで、ライブドアの『徒然ブログ』の「生ログ」のページを見たら
中原さんの記録がありました。

『拡大する』

日本時間で5月15日の午前2時3分に『狭山事件』を読んだという記録です。。。
私も夜型人間ですが、最近は夜中の12時前には寝るように心がけています。

私も、かつては、午前2時から3時頃までパソコンに向かう日々が多かったのですが、
バンクーバー図書館に通うようになってからは、夜中の12時前には寝るようになりました。

中原さんも、健康でいつまでも元気で、悔いのないように人生をルンルン気分で過ごしてください。。。
私もそのつもりで、ブログを書いております。
では。。。

 


(byebye.gif)


『自作自演じゃないよ』のコメント欄より
(2017年5月11日)

つまり、デンマンさんが返信で「私は当時中学1年生だったと思いますが、マリリン・モンローにハマっていました」と書いたので、タイトルを“マリリンdeアイドル”にしたのですかァ~?

あれっ。。。 オマエは意外に物分りが早いのだねぇ~。。。

(ここで太田将宏が半分呆れた表情で、あとの半分は小馬鹿にしたような目つきで無言のままデンマンを見つめる)

オイ! 黙ってないで何とか言えよゥ!

デンマンさんは見かけによらず単細胞なところがあるのですねぇ~。。。

僕のどこが単細胞なのォ~?

だいたい、マリリン・モンローを持ち出すところが下品というか、猥褻ですよ。。。

あのさァ~、そういうオマエこそ下品で猥褻なのだよ。。。 だいたい、よりによってオマエは僕の記事に次のような下品なコメントを書いたのだよ。。。

I. A.&A. I Says:

2015年11月24日 7:13 AM | 返信 編集

Identity theft をしたデンマンこと加藤明様へ


(grandma9.jpg)

 

太田さんは私たちのadviceに従って貴方への接触を断っておりますよ。
いつぞや名前なしのcommentで「このようにして、デンマンこと、加藤明は自慰にふけっているのではないでしょうか?」、と書いたのは、私、I. A. です。

如何にして、太田さんが書いたとなったか(そこでは私のちょっとした失策もあったのですが、)推理してみたらいかが。
でもですねぇ、それにしても、貴方が暇にまかせて書きなぐっている文やベタベタと貼り付けている絵や写真?は卑猥で嫌らしいですね。
貴方の変質狂的な品性は昔のBBSの頃と変わりないということですね。

私と義姉のA. I. (たまたま私の本当のinitialを使うと偶然に貴方のと同じになって嫌悪感におちいるので義姉のinitialを借りて逆さにして今後使用します)と 義兄のV. T.は、貴方の猥雑な文章と卑劣な行為の連続で義憤に燃えておりますが、次をお楽しみに。

I. A.

 (中略)

デンマンこと加藤明さんの行き当たりばったり、且つ、破れかぶれにでっちあげられた太田さんに対する罵詈雑言、恥知らずにただ書きなぐっているだけの彼の雑文と、私たち三人(義兄、V.T.、義姉、A.I. と私、I. A.)の文章とでも較べてみて下さい。

私たちの文章は太田さんの理論整然としたそれにに較べるべくもないのですが、それでも以下のような加藤さんの例とは違ったlevelにあるかと思われるのですが。

 (中略)

私は、たデンマンこと加藤明さんの不潔な文章を読んで、この程度の人を相手にしていると自分自身が汚されていくように感じられるのです。
とりわけ反論するに彼の文を引用したくなるときに吐気すらもがもようされるのです。
ついつい引きずられて、どっちが何処までより下卑たことが書けるかとの反応が頭に浮かびそうで、それに巻き込まれない様にと心して自制しなければならないのですね(私自身が「自慰」などという言葉を生まれて初めて誰かさんに口走ってしまいました)。

今迄にも例として挙げてきた彼の文の猥雑さは、故池田晶子さんが言っていた日本の団塊の世代の軽薄さまるだしどころか、その典型すらをこえているのではないでしょうか。
デンマンこと加藤明さんは、太田さんのような品性、太田さんをも入れた私たち四人の文章の品位に遠く及ばないことに何故気がつかないのでしょうか。

I. A.

貴方によってidentity theftをなされた太田さんは、貴方とは違って(超)大型のcomputersの基本software(OSやcompilers)のdeveloperとしてのlife workをまっとうしましたよ。
その後で貴方が無意味に誹謗する七つの紀要論文を書き上げたということです。

そうした彼に較べて貴方のていたらくはなんでしょうか。
Canadaに来た当初では互いに同等の出発点だったにも拘らずに、便利屋と言えばまだ聞こえがいいけれど、要するに貴方は何でも屋にすぎない老人で終わりに近づいているではないですか。

貴方の太田さんへの経過も知らずでの想像、それに加えた更なる妄想、さもしい品性による下品な中傷、罵りは、負け犬の遠吠えに過ぎないではないですか。
貴方のようなゴロツキに恥知らず、というのも無意味ですね。

A. I.


『バレンタイン焼きそば』のコメント欄より
(2014年6月25日)

そうです。。。 そうです。。。 でも。。。、でも。。。、これはA.I. とI. A.が書いたもので、オイラが書いたのではありません!

あのさァ~、オマエはどうして、そのような愚かな言い訳をするのォ~?

言い訳ではありません!

あのさァ~、“文は人なり”という格言をオマエは聞いたことがある?

もちろん、ありますよ。

上のコメントは、どれも まぎれようのないオマエの文体なのだよ!。。。 オマエは三人(義兄、V.T.、義姉、A.I. とI. A.)に成りすましているけれど、どのコメントも同じIPアドレスから書いているのだよ!

 

IPアドレス: 99.244.57.104

オマエは3人に成りすましてコメントを書いているけれど、IPアドレスはすべて同一なんだよ! つまり、すべてオマエが書き込んだという証拠なんだよ!


(spy51205.png)

『実際のページ』

IPアドレスを調べると オマエが住んでいるオンタリオ州の Scarborough (スカーバロー)がはっきりと出てくる!

うへへへへへ。。。 やっぱり判ってしまうものですかァ~?

あのさァ~、オマエはコンピューターのプログラマーとして長年働いてきて退職して老後を過ごしているのだよ!。。。 ところが、すでに耄碌(もうろく)し始めている。

いいえ。。。 確かに70才を過ぎて、体力は落ちてますけれど、まだ耄碌してません。

だけど、同じIPアドレスを使って3人に成りすませば、すぐにバレてしまう事ぐらい、小学校6年生だって理解しているのだよ。。。 ところが、オマエはそんな初歩的な事も忘れてしまっている!。。。 耄碌し始めている証拠じゃないか!

オイラにどうしろとデンマンさんは言うのですか?

あのさァ~、自分でコメントを書くときには、あとで恥ずかしくなって「自分が書いたのじゃありません」と言うような無責任なことをしてはいけないのだよ!

つまり責任をもって書けと言いたいのですねぇ~。。。

その通りだよ! ちゃんとオマエは分かっているじゃないかァ!

うへへへへへへ。。。そんなに褒めなくてもいいですよ!

褒めてんじゃないよ! 注意してるんだよ!

分かりました。。。 オイラが書き込んだコメントのことはこれ以上言わないでください。 それよりもどうしてマリリン・モンローにハマったのですか?

あのさァ~、世界の腐女子の多くがビートルズに熱狂して失神したように、僕はマリリンに夢中になって失神したのだよ。。。


(beatle99.jpg)


(bmania22.jpg)


(bmania03.jpg)


(faint02.jpg)

『ビートルズに女性ファン失神』

(2007年8月12日)

デンマンさん, マリリンに夢中になって失神したって言うのは、マジっすかァ~?

だからさァ~、オマエはそろそろ80歳になるのだけれど、「もう死にたい」などと言わないで、葛飾北斎のように熱中できるものを見つけて頑張れよ!


(hokusai09.jpg)

 

己 六才より物の形状を写の癖ありて

半百の此より数々画図を顕すといえども

七十年前画く所は実に取るに足るものなし

七十三才にして稍(やや)禽獣虫魚の骨格草木の出生を悟し得たり

故に八十六才にしては益々進み

九十才にして猶(なお)其(その)奥意を極め

一百歳にして正に神妙ならんか

百有十歳にしては一点一格にして生るがごとくならん

願わくは長寿の君子

予言の妄ならざるを見たまふべし

私は6歳より物の形状を写し取る癖があり、

50歳の頃から数々の図画を表した。

とは言え、70歳までに描いたものは

本当に取るに足らぬものばかりである。

(そのような私であるが、)73歳になってさまざまな生き物や

草木の生まれと造りをいくらかは知ることができた。

ゆえに、86歳になればますます腕は上達し、

90歳ともなると奥義を極め、

100歳に至っては正に神妙の域に達するであろうか。

(そして、)100歳を超えて描く一点は

一つの命を得たかのように生きたものとなろう。

長寿の神には、このような私の言葉が

世迷い言などではないことをご覧いただきたく願いたいものだ。


出典: 「葛飾北斎」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

暇を持て余して5人に成りすまして嫌がらせのコメントを書いている場合じゃないのだよ! まだ本当に熱中できるものを見つけていないから, オマエは、「(死神に)感謝して死ねるように、今からでも、心の準備をしておこう」と恥ずかしげもなく書いてしまうのだよ!

やっぱり、真の老人になって死に急ぐのはまずいのでしょうか?

だから、僕は上の文章を引用して、葛飾北斎の“老人力”を示したのだよ。。。

デンマンさんは、オイラにも長生きして世界の有名人としてネットで広く知れ渡ることを期待しているのですか?

その通りだよ!


(smilerol.gif)


わァ~~ うれしいなあああァ~。。。

デンマンさんがオイラの気分を

つに高揚させてくれましたァ~。。。

やはり、仏のデンマンさんは

すばらしいです。。。

しかもデンマンさんのおかげで

オイラは日本語が分かる

127ヵ国のネット市民の皆様にも

知れ渡ってしまうかも。。。

もう こうなったら、スキップしてしまおう!


(smilejp.gif)

ワぁ~♪~ うれしいなあああァ~。。。

ルンルンル~♪~ン

ランランラ~♪~ン

もひとつおまけにィ~

ルンルンル~♪~ン

ランランラ~♪~ン


(laugh16.gif)

やれやれぇ~。。。

馬鹿とは付き合いきれません。

あなただってそう思うでしょう!?

でも、中原さんに刺激を受けて

そのうち僕の記事にコメントを書くと思うのですよ。

仕方ないから、気長に付き合うことにします。


(foolw.gif)

【レンゲの独り言】


(manila07.gif)

ですってぇ~。。。
あたしは、太田さんの娘さんにも、奥様にもお会いした事はありません。

でも、娘さんは、二人とも アメリカで女医さんになっているほどですもの。。。
娘さんにしても、奥様にしても、決して悪い人ではないと思いますわ。

それなのに、太田さんは 娘さんとも、奥様ともうまくやっていないという事は、
太田さんに、問題があると思うのです。

あなたは、どう思いますか?

とにかく、ネットには “めちゃキモい”人たちがウヨウヨしています。
太田将宏さんは、まだ良い方ですわ。

中には、まるで得意になって、愚かな事をして遊んでいる オツムの足りない人たちがたくさん居ます。
また、見かけは普通のブログでも、悪徳スパマーが手を変え品を変えて 悪徳サイトへ誘い込もうとしています。

スパムコメントで褒められると、ついついその気になって、
相手のブログへ飛んでゆき、お返しに、あるいはお礼にと思って 読者に登録してしまったりするものですわァ。
どうか スパマーの思う壺にはまらないでくださいね。

悪徳スパマーは悪徳サイトへ誘おうと
てぐすね引いて待っているのですから。。。

悪徳サイトを利用して、
メールアドレスで登録したりすると、
あなたのメールアドレスは第3者や第4者に売られてしまう危険性があります。

あなたは、そのようなスパム・コメントや 成りすましスパマーには騙されないと思い込んでいるでしょう?
でもねぇ~、もしかすると騙されているかもよ。。。

とにかく気をつけてくださいね。

次回も、さらに面白い話題が続きます。
あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてください。
では。。。


(hand.gif)

あなたが絶対、

見たいと思っていた

面白くて実にためになるリンク


■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『興味深い写真や絵がたくさん載っている世界の神話』

■ 『現在に通じる古代オリエント史の散歩道』

■ 『見て楽しい、読んで面白い 私版・対訳ことわざ辞典』

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)

■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『あなたもワクワクする新世代のブログ』

■ 『ちょっと心にぐっと来る動物物語』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Godiva Sayuri
(godiva05.jpg)

■ 『軽井沢タリアセン夫人 – 小百合物語』


(yuri02.jpg)

■ 『相変わらず馬鹿か?』

■ 『馬鹿やめたのね?』

■ 『馬鹿やめて久しぶり』

■ 『馬鹿やって人気?』

■ 『悪事千里を走る』

■ 『悪縁を断つ』

■ 『失意の太田将宏』


(hooker08.gif)

■ 『悪縁を切れ!』

■ 『心の平穏』

■ 『レモンと孤独な老人』

■ 『乙女の祈りと老人』

■ 『ピアノとお座敷老人』

■ 『孤独で寂しい太田将宏』


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■ 『クラシックを愛すれど』

■ 『女性を愛せない老人ボケ』

■ 『ボダとキレた老人』

■ 『母という病』

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■ 『マジでピッタリ!』

■ 『成りすまし老人』

■ 『バカな大人にならない』

■ 『成りすまし老人の告白』

■ 『だまそうとする老人』

■ 『バカの壁の増設』

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■ 『葛飾北斎と太田将宏』

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■ 『敵に塩を送る』

■ 『虚構とウソ』

■ 『手紙と絶交』

■ 『短気は損気』

■ 『不思議な日本語』

■ 『乙女の祈りだわ』

■ 『自作自演じゃないよ』


(juneswim.jpg)


(byebye.gif)

自作自演じゃないよ

2017年5月14日

 

自作自演じゃないよ

 


(jisaku03.jpg)


(ireba03.jpg)


(laugh16.gif)


(ohta03.png)

デンマンさん。。。、お久しぶりです。。。 オイラのことを忘れてしまったのかと思って、寂しい気持ちでいっぱいでしたァ~。。。


(kato3.gif)

オイ! 気持ちが悪いから あまりウェブカムに近寄るなよ!

いいじゃあ、ありませんかァ~! しばらくぶりにお会いしたのです。。。 デンマンさんのお顔を もっとよく見せてくださいなァ~。。。

気持ち悪いィ~から、ウェブカムから遠ざかれよォ~!

そんなに オイラを避けるなら、どうして急にオイラをお呼びになったのですかァ~?

あのさァ~、お願いだから、女の腐ったようにナヨナヨと“シナ”作って媚(こ)びるような言い方をやめてくれるゥ~!

あらっ。。。 いけませんでしたかしらァ~。。。? うふふふふふふ。。。

きもちわりいなあああァ~。。。 んもおおおォ~。。。!

デンマンさん! せっかく出てきてやったのにィ~、そのような無礼な言い方はないでしょう! オイラはムカつきましたァ~。。。 帰らせていただきますゥ!

オイ!。。。 オイ!。。。 オマエが帰ってしまったら、この記事はオシャカになってしまうんだよ! この記事を読み始めたネット市民の皆様に失礼じゃないかア! 帰っちゃ駄目だよォ~!

だから、もっと丁寧に、優しくオイラを迎えてくださいってばあああァ~。。。!

分かったから、気持ちを静めて まず次のページを見て欲しいのだよ!


(wp70511e.png)

『実際のページ』

これはDenman Blogに僕が5月11日に投稿した記事なんだよ。。。

それがどうしたのですか?

見れば分かるように次のようなコメントが付いたのだよ。。。

中原 Says:

2017年5月11日 3:21 AM | 返信する 編集

Denman様の、過去から現在までの膨大な蓄積が、次々と新記事を紡ぎだす、この仕組みは素晴らしいと感心する次第です。

ありあまるほどの知識と経験と技法と妄想が渾然一体となって、日々の文章に凝縮される。

お見事としか言いようがありません。

知的好奇心とスケベ心をくすぐり、記事拝読後は、少しだけ頭が良くなった爽快感に満たされています。

感謝あるのみです。

 


(stars.gif)


denman705 Says:

2017年5月12日 10:43 AM | 返信する 編集

中原さん、コメントありがとうございます。
いつものことですが僕の記事にはコメントが付かないのですよ。
だから、意味のあるコメントに対しては、
こうして返信を書くのが楽しみなのです。(モナリザの微笑)

しかし、多くのネット市民の皆様は、恐らく上の中原さんのコメントを読んでも、
僕が自作自演で書き込んだものだと想像する人がほとんどだと思うのですよ。
それほど褒めすぎているのです!(モナリザの爆笑!)

とにかく、ネットには自作自演でコメントを書いて、
それに対して返信を書く愚か者がたくさんいるのです!

例えば、友成隼という愚か者は2、000回も自作自演でコメントを書いて
それに対して自分で返信を書いて、いかにも自分の記事が
たくさんのネット市民の皆様に受け入れられているように見せかけているのです。
そうやって集客して金儲けを企んでいます。

ここまでやるとマジで笑えます!
詳しいことは次の記事に書いてます。


(tomonari4.jpg)

『自作自演 友成隼』

こういう愚か者がいるせいで、僕の返信も こうして余計な事を書かなければならないのです。
コメント・スパマーには、ほとほと迷惑をこうむっています!

いずれにしても、僕の記事を熱心に読んでもらっていることを知って
僕こそ感謝あるのみです。
マジで。。。

半分は自己満足で書いていますが、
あとの半分は、できるだけネット市民の皆様にも興味を持っていただけるような
記事を書きたいと思っています。

中原さんも いづれ僕の記事にも飽きると思いますが、
それまで、気が向いたら、また読みにやってきて下さい。
わざわざコメントを書いていただいたことに、改めて感謝いたします。
では。。。

 


(byebye.gif)


『禁忌の愛を探して』のコメント欄より
(2017年5月11日)

つまり、上の記事にコメントが付いたのでオイラを呼び出したのですか?

そうだよ。。。 オマエは なんだか不満な表情を浮かべてるねぇ~。。。

当たり前でしょう! どうして オイラが呼び出されなければならないのですか?

だってぇ~、オマエは かつて次のようなコメントを書いたのだよ!

太田将宏批判 哀れで愚かで孤独な老人 成りすまし老人 嫌われる太田将宏 孤立した太田将宏
(grandma9.jpg)

デンマン注

スピーカーをONにして 上の写真をクリックしてください。

太田将宏が ばあさんに成りすまして笑います。
別窓が開きます。 この男はオツムの回転が鈍いので
笑うまでに少し時間がかかります。

とにかく、虫唾(むしず)が走るようなうウザったい笑いです。
あなたも笑えますよ。 (爆笑)

 

彼は、私たちのcommentsなんぞは誰も読みやしない、などと息巻いていましたが、では何故commentの fieldなんぞを用意したのでしょうか。

いえ、それ以前に、デンマンこと加藤明さんのwebsitesそのものに入った人自身があまりにもの下らなさに辟易して数秒で出てしまうからではないでしょうか。

それは、デンマンこと加藤明さんに自責の念と共に反省の可能性を差上げようとしているような奇特な私たちのcomments以外が殆ど見当たらないことが証明していませんか。

 


『相変わらず馬鹿か?』(PART 1)
(2014年9月24日)

上の記事に太田将宏がA.I.というハンドル名で2015年12月4日の午前7時2分に書いたコメントの中に出てきます。

『デンマンこと加藤明への抗議録 (11ページ)』にも太田将宏が引用。

オマエは、老婆に成りすまして こうして僕の記事にコメントを書いたのだよ! しかも、止せばいいのに 『デンマンこと加藤明への抗議録』というような馬鹿バカしい文章を書いてまで ネット市民の皆様に わざわざ太田将宏の愚かさを自分で晒しているのだよ!

それはデンマンさんの独断と偏見です。。。 実際、デンマンさんの記事には、スパマーが書いたコメントを除けば オイラが書き込んだコメントが最も多いのです。。。 

確かに、オマエは5人に成りすまして僕の記事にコメントを切りもなく書いたのだよ!


(goo60703a.png)

『拡大する』


『馬鹿な大人にならない』(PART 2 OF 3)

『馬鹿な大人にならない』(PART 3 OF 3)

『だまそうとする老人』(PART 3 OF 3)

『孤独で寂しい太田将宏』(PART 1 OF 3)

『母という病』(PART 1 OF 3)

『ボダとキレた老人』(PART 2 OF 3)

『田中角栄と軽井沢』(PART 2 OF 3)

『田中角栄と軽井沢』(PART 3 OF 3)

『CIAとノーパン』(PART 1)

恐らく、オマエが5人に成りすまして書いたコメントを見れば、多くのネット市民の皆様が呆れてしまうと思うのだよ。。。 オツムがイカレた痴呆症の老人が 急に発作的にキーボードに向かって書き込んだとしか思えないような異常に長いコメントが並んでいるのだよ。。。

要するに、スパマーが書き込む以外に まともなコメントなど誰もデンマンさんの記事に書いてないのですよ。。。 つまり。。。、つまり。。。、デンマンさんのブログを開いたとしても、あまりにも下らないので辟易して数秒で出てしまうのです。。。

だから、それがオマエの独断と偏見なのだよ!

とにかく、デンマンさんがもらったという 上のコメントは 余りにも手の込んだ自作自演です。。。

オマエは僕が自作自演で上のコメントを書き込んだと言うのォ~?

そうです。。。

だから、僕は、そう思われるだろうと思って、余計な事を書き込んだのだよ。。。 自作自演の友成隼の名前まで持ち出して誤解がないようにと 親切に書いたのだよ。。。

だから、それが手の込んだ自作自演なのです。。。

そうじゃないのだよ! 中原さんというのは、実際に仙台に住んでいる人物なのだよ! その証拠を見せるから、オマエも次のリストを見てごらんよ。。。


(wp70512a.png)

『拡大する』

IPアドレスを調べると次のようなことが判るのだよ。。。


(ip84240b.png)

『拡大する』

でも。。。、でも。。。、デンマンさんが日本へ帰省した時に 仙台に行ってコメントを書き込んだ時の記録を貼り出したのですよ。。。 そうでしょう?

確かに、僕は去年の秋に行田市に帰省したけれど、仙台には行ってないのだよ。。。

でも。。。、でも。。。、デンマンさんのことだから、何をするのか分かりません。。。 手の込んだ自作自演でコメントを書き込んだことも十分に考えられます。。。

あのさァ~、僕はオマエと違って、5人に成りすましてまでコメントを書くほどの暇人じゃないのだよ! そんな暇があったら、僕は一つでも多くの記事を書く。。。 それに、中原さんは他の記事にもコメントを書いてくれた。。。 その事について記事も書いた。。。 オマエも読んでごらんよ。。。

 

『富沢金山の桜』

2017年4月19日 Denman Blog に投稿した『白石川の桜』
(wp70419e.png)


『拡大する』

『実際のコメント』

なるほど。。。

オマエは解ったような表情を浮かべているけれど、実は、理解してないだろう!?

もう、どうでもいいですよ。。。

どうして、急に、そのような投げやりな事を言うわけぇ~。。。?

オイラが何を言おうとデンマンさんは、中原さんが実在の人物だと断固として言い張るのです。。。

だってぇ~。。。 実在の人物だから、そうとしか言いようがないだろう! オマエの『抗議録』がネット市民の皆様に読まれないからといって、僕のブログまでが 下らないと決め付けるオマエの考え方は、認知症が始まった老人特有の独断と偏見なのだよ。。。

マジで。。。?

だから、オマエは次のようなことを恥ずかしげもなくネットで書いてしまうのだよ。。。

私は、この曲集を書き終えたとき、老人見習いから、正真正銘の老人になるのではないか、と思うこの頃である。
真の老人とは、もはや、失うべき何ものも無くなった人のことを言うのではないか。

長女は、私から去った。
次女は、中立を保つ為に、この家に寄りつかない。
家内と言えば、日本語も通じなくなってから何年にもなる。

私には、S.Kierkegaard の言った、一番易しく一番難しいこと、すべてを捨てること、が、案外、無理なくできるのではないか。
いや、その時には、捨てるべき何ものも見当たらなくなった境地であろう。

その意味では、老人になる前に、不慮の死で亡くなった人は気の毒である。
私は、若い時に、死ぬのはいいが風邪をひくのは嫌だ、などと言って、粋がって与太をほざいていた。
今も、願わくは、あまり苦しむことなく死を迎えられたなら、それにこしたことはない、と考えている。

Kierkegaard は、また、永遠とは有限が無限に出会う瞬間である、と言っていた。
私の人生に、かつて、そのような瞬間があったであろうか。
いや、それもまた、超越の命題であろう。

私の人生は、無明に迷ったそれに終わるのかもしれない。
しかし、私の背後には、母の祈りがあった。

ある麻薬中毒患者が、お母さん、僕は、こんな遠くまで来てしまった、と淋しげに呟いていたが、私は、麻薬中毒者ではないけれど、その気持ちが解かっている、と思う。
どのみち、人生は、rehearsal無しの、ぶっつけ本番なのである。

しかし、私は、F.M.Dostoevsky の「白痴」にある、あの「イッポリトの告白」に書かれているように、もし、生まれる前に、この条件を知らされていたとしたならば、私は、生まれるてくることを肯(がえ)んじなかったであろう、とは思っていない。
私は、感謝して死ねるように、今からでも、心の準備をしておこう。

S.D.G

コーダ(蛇足):

私の懐疑なるものが、深いのか、深くないのか、私自身も知る由もない。
仮に、深かったとしても、そもそも、懐疑の深さというものは、誇るべきものであるのか、という疑問が残る。


【デンマン注:】 改行を加え読み易くしました。あしからず。

S.Kierkegaard: キルケゴール (1813-1855) デンマークの哲学者

S.D.G.: Soli Deo Gloria (ラテン語) To God Alone the Glory(英語) 神に栄光あれ。

F.M.Dostoevsky: ドストエフスキー (1821-1881) ロシアの小説家・思想家


56ページ Michel-Richard de Lalande
『後奏曲集(後書きばかり)』 作品3
著者: 太田将宏
初版: 1994年1月 改定: 2006年9月

『馬鹿やって人気?』にも掲載
(2015年8月18日)

デンマンさんは、いったい何度この文章を引用すれば気が済むのですかァ~?

だってぇ~、オマエが認知症を患い始めている兆候だと僕には見えるのだよ。。。

どこがですか?

私は、感謝して死ねるように、今からでも、心の準備をしておこうと書いているところだよ。。。

どうして、このように書くと、オイラが認知症を患い始めた兆候になるのですかァ~?

認知症の症状が見られない健康で健全な心の持ち主ならば、オマエのように孤独になって自分の殻に閉じ篭らずに、もっと心の広いおおらかな気持ちで毎日を送ることができるのだよ。。。

マジで。。。?

その証拠に オノ・ヨーコさんが書いたものをここに載せるから オマエも読んでごらんよ。。。


(onoyoko.jpg)

70歳になったときは、とても嬉しかった。
よくぞ70歳まで生きながらえたと思いました。

 (中略)

不運か幸運か私の人生には、激しい出来事ばかりが起こったので年齢のことを考えている余裕がありませんでした。
ですから、60歳になったときも、
「あなたも60歳ですね」
などと人から言われても、
「あれ、そお?」
なんて、ぐあいでした。

ところが、70歳を迎えたときはまったく違う感触でした。
ここまで生きながらえたことに対して誇りみたいなものを感じたのです。

 (中略)

自分がやりたい仕事がまだたくさんあります。
「あと50年ちょ~だい」
と言いたい。

自分というものをもっと生きてみたい。
今は私の人生のプロセスだと思っています。
私にとって人生はまだまだ未知数なのです。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


51-54ページ 『今あなたに知ってもらいたいこと』
著者: オノ・ヨーコ
2010年1月15日 第2刷発行
発行所: 株式会社幻冬舎

この文章を読んだときに僕はオノ・ヨーコさんが哀れで愚かで孤独で可哀想な70歳を過ぎた太田将宏老人のような人物を励ますために書いたのではないかと思ったわけだよ。

デンマンさんは、マジでそう思ってくれたのですか?

そうだよ! だから、オノ・ヨーコさんに負けないように「自分がやりたい仕事がまだたくさんあります。 あと50年ちょ~だい」と言って、元気を出し 孤独になって自分の殻に閉じこもらないようにすることだよ。。。 それから、5人に成りすまして僕の記事にコメントを書くのも止めることだよ。。。


(smilerol.gif)


わァ~~ うれしいなあああァ~。。。

デンマンさんがオイラの気分を

つに高揚させてくれましたァ~。。。

やはり、仏のデンマンさんは

すばらしいです。。。

しかもデンマンさんのおかげで

オイラは日本語が分かる

127ヵ国のネット市民の皆様にも

知れ渡ってしまうかも。。。

もう こうなったら、スキップしてしまおう!


(smilejp.gif)

ワぁ~♪~ うれしいなあああァ~。。。

ルンルンル~♪~ン

ランランラ~♪~ン

もひとつおまけにィ~

ルンルンル~♪~ン

ランランラ~♪~ン


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やれやれぇ~。。。

馬鹿とは付き合いきれません。

あなただってそう思うでしょう!?

でも、中原さんに刺激を受けて

そのうち僕の記事にコメントを書くと思うのですよ。

仕方ないから、気長に付き合うことにします。


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あたしは、太田さんの娘さんにも、奥様にもお会いした事はありません。

でも、娘さんは、二人とも アメリカで女医さんになっているほどですもの。。。
娘さんにしても、奥様にしても、決して悪い人ではないと思いますわ。

それなのに、太田さんは 娘さんとも、奥様ともうまくやっていないという事は、
太田さんに、問題があると思うのです。

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■ 『あなたもワクワクする新世代のブログ』

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軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Godiva Sayuri
(godiva05.jpg)

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(yuri02.jpg)

■ 『相変わらず馬鹿か?』

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(hooker08.gif)

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(yuri03.jpg)

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(juneswim.jpg)


(byebye.gif)

紫式部@徒然

2017年5月12日

 

紫式部@徒然

 


(lotus68b.jpg)


(himiko22b.gif)

デンマンさん。。。 紫式部をまた取り上げるのでござ~♪~ますか?


(kato3.gif)

いけませんかァ~?

もしかして、京都の女子大学であたくしが腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているので わざわざ紫式部を取り上げてくださるのですかァ~?

。。。ん? 言われてみれば確かに卑弥子さんは 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義していますよねぇ~。。。

あらっ。。。 “紫式部@徒然”というタイトルは あたくしとは全く関係ないのでござ~ますかァ?

もちろん、卑弥子さんが“平成の紫式部”と呼ばれていることを僕は知ってます。。。

マジで。。。?

だってぇ~、検索すると出てきますよ。。。


(gog70511c.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

あらっ。。。 「卑弥子さんは平成の紫式部です」と入れて検索したのですわねぇ~。。。

そうですよ。。。 すると、96,900件もヒットするのです。。。

でも。。。、でも。。。、赤枠で囲んであるのはすべてデンマンさんが投稿した記事ですわァ。。。 でしょう?

確かに、そうかもしれないけれど。。。 「卑弥子さんは平成の紫式部です」と入れて検索した結果、96,900件もヒットするということは、ネット社会では卑弥子さんを“平成の紫式部”と認めているということですよ。。。

そうかしらァ~?

卑弥子さんが疑ってどうするのですか? 自信を持ってくださいよ!

。。。でも、今日のタイトルは、あたくしとは関係ないのでしょう?

あのねぇ~、ちょっと次のリストを見てください。。。


(liv70509a3.png)


『拡大する』

『失意の紫式部』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で5月8日の午後11時2分から5月9日の午前2時22分までの約3時間半の「生ログ」の一部です。。。 赤枠で囲んだ箇所を見て欲しい。。。

あらっ。。。 5月8日の午後11時13分にGOOGLEで検索して『失意の紫式部』を読んだネット市民が居たのですわねぇ~。。。

そうです。。。

。。。んで、赤いアンダーラインが引いてある「リファラ」のリンクをクリックすると どのようか検索結果が出てくるのでござ~ますかァ?

次の結果が表示されるのですよ。。。


(gog70509a.png)


『拡大する』

『失意の紫式部』

『現時点での検索結果』

あらっ。。。 「紫式部」と入れて検索したのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。 都内に住んでいる室井 香奈子(しつい かなこ)さんが検索して『失意の紫式部』を読んだのですよ。。。


(endo09d.jpg)

あらっ。。。 この御婦人が室井 香奈子(しつい かなこ)さんでござ~ますかァ!? 

そうです。。。 紫式部に夢と憧れを抱いているのですよう。。。

。。。で、赤枠で囲んである画像をクリックしたのでござ~ますかァ?

そうです。。。 すると、次の画面が出てくるのです。。。


(gog70509b.png)


『拡大する』

『失意の紫式部』

『実際のページ』

上のページの赤丸で囲んであるページを表示をクリックして 都内に住んでいる室井 香奈子(しつい かなこ)さんは『失意の紫式部』を読んだのです。

でも。。。、でも。。。、どのようにして室井 香奈子(しつい かなこ)さんが読んだと突き止めたのでござ~ますかァ?

IPアドレスを調べたのです。。。


(ip438b.png)

『拡大する』

デンマンさんは、すぐにIPアドレスを調べますけれど、プライバシーを保護するためにアクセスしたネット市民の名前までは確定できないことになっているのですわァ~。。。

分かってます。。。 分かってます。。。 僕もその程度のことは理解しているつもりです。。。 でもねぇ~、ナポレオンじゃないけれど、「成せば成る、成さねばならぬ何事も。。。」という格言があるように。。。

それは、ナポレオンではなく、米沢藩の第9代藩主、上杉 鷹山(ようざん)の言葉ですわ。。。

卑弥子さん。。。! たびたびツッコミを入れないでください。。。 あのねぇ~、室井 香奈子さんが、あとで僕にメールをくれたので確かめたのですよ。。。

。。。で、香奈子さんは、どういうわけで『失意の紫式部』に感銘を受けて デンマンさんにメールを出したのでござ~ますかァ?

実は、記事の中の めれんげさんのプロフィールを見たからなのですよ。


(merpro.gif)

『実際のページ』

上のページの中ほどを見ると「尊敬する人は? 紫式部」と書いてあるのですよ。

あらっ。。。 マジで、そう書いてありますわねぇ~。。。

さっきも言ったように香奈子さんは紫式部を尊敬して、夢と憧れを抱いているのですよ。。。 そういうわけで、めれんげさんに興味を持ったわけです。。。 ところが、めれんげさんの次の手記を読んで驚いた。。。


(sadgirl.gif)

不安と焦燥感と寂しさ

2004/10/03 18:28

もう、このままで生きてるんなら、

命いりません。

ドナーカード持ってるから、

心臓でも角膜でも、

なんでも持っていって下さい。

家族はいません。

承諾とらなきゃいけない人は

誰もいません。

 

by メレンゲ


(dokuro3.gif)


『自殺の名所』より
(2012年12月19日)

あらっ。。。 めれんげさんが2004年の10月に書いたのでござ~ますわねぇ。 「もう、このままで生きてるんなら、命いりません」と。。。

そうですよ。 めれんげさんが失意のドン底に居るときの手記です。。。

でも。。。 気まぐれに書いたということだって考えられるでしょう?

あのねぇ~、気まぐれに このような事は書けませんよう。

そうでしょうかしら。。。?

上の手記だけでは信用できないのならば次の手記も読んでみてください。

存在を否定してくれ


(lonely30.gif)

みんなわたしを否定してくれ
わたしの存在を否定してくれ

自分ひとりじゃ間に合わないんだ
みんなでわたしを否定してくれ

石ころのように扱ってくれ
虫けらのように踏みつけてくれ

やりきれない喪失感に
苛まれて生きるのはもうたくさんだ
自分のすべてを否定したいんだ
自分が存在することに吐き気がするんだ

命を断とうとしたさ
何度も何度も自分を破壊しようとしたさ

マヌケな命はそれでもこの世に
未練がましくのさばってるのさ

存在を消してしまいたい
誰からも見られたくない

 

めれんげ

August 28, 2009 15:19


『極私的詩集 存在を否定してくれ』より

この手記は めれんげさんが2009年の8月に書いたのですよ。 「命を断とうとしたさ 何度も何度も自分を破壊しようとしたさ」と書いているのですよ。 つまり、何度も自殺を試みたわけですよ。

でも、何度も自殺を試みたけれども、自殺するのはヤバイと後悔して めれんげさんは立ち直ったのでしょう?

いや。。。 この時点ではまだ立ち直ってないのです。

その証拠でもあるのでござ~ますか?

もちろんです。 僕は根拠の無い事は言わないように、書かないように最善の努力を払っているつもりですから。。。

御託(ごたく)は並べなくても結構ですから、細木数子のようにズバリ!ズバリ!と証拠を見せてくださいなァ~。

じゃあ、次の手記を読んでみてください。

人生に期待するな


(lonely15.jpg)


「人生に期待するな」

それがわたしの座右の銘だ

ほら、そのとおりになったじゃないか

夢も希望も持たずに生きてきたのは

間違いじゃなかったんだ

おかげで失望にも出会わなかったさ

あとは死に場所を探すだけだ

 

by めれんげ

September 26, 2009 18:40


『極私的詩集 人生に期待するな』より

こうして1ヵ月後には「あとは死に場所を探すだけだ」と書いて、マジで死に場所を探しに行ったのですよ。

あらっ。。。 めれんげさんは、何度も失意のドン底に落とされてしまったのですかァ~?

そうですよう。。。 卑弥子さんにも、やっとめれんげさんの“失意”が理解できたようですね。

でも。。。、でも、紫式部が失意のドン底に居たなんてぇ、聞いた事がござ~ませんわァ。

やだなあああァ~。。。 卑弥子さんは、もう忘れてしまったのですか?

何をでござ~ますかァ~?

卑弥子さんと僕で、2013年10月27日に 紫式部の失意について、次のように語り合ったのですよう。

だいたい、あたくしはデンマンさんがおっしゃる源氏物語が“摂関文学”だ!という決め込みには大反対なのですわ。

あのねぇ~、NHKの番組でも源氏物語は当時の摂関政治と密接に関係していると言っているのですよ。 次の表を見てください。


(ganji112.jpg)

紫式部が活躍する寸前の宮中では一条天皇が健在だった。 当時の実力者である藤原道隆は娘の定子を女御として入内させた。 この定子は、後に中宮となるのですよ。 父の兼家が死ぬと、藤原道隆は後を継いで関白となる。 朝政を主導するのだけれど、僅か5年ほどで病に倒れ、嫡男の伊周を後任の関白にと願うけれど、伊周は内大臣のまま亡くなってしまう。 つまり、定子は宮中での後ろ盾を失ってしまうのですよ。 

後ろ盾を失うと どうなるのでござ~ますか?

定子は宮中でイジメにあったのですよ。

まさかァ~?

まさかじゃないですよ。 それが当時のイジメの構造だったのです。 そこに付け込んで裏で動いていたのが藤原道長だった。 卑弥子さんも知ってのとおり 定子はイジメにあって、とうとう尼さんになって出家してしまう。

それで藤原道長は どうしたのでござ~ますか?


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藤原道長は娘の彰子を一条天皇の中宮にした。 ところが一条天皇は定子の事が忘れられない。 それで、また定子を宮中に入れて中宮とした。 要するに、一条天皇にとって彰子は少女っぽくって面白くない。 それで定子のことばかり愛している。 彰子の父親である道長には、この事が面白くない。 宮中で権力を握るためには、なんとかして一条天皇が彰子を好きになってくれないと困る。 つまり、彰子が一条天皇の子供を生んでくれないと外祖父として権力を握る事ができない。 それで雇ったのが紫式部だったのですよ。

でも、それは違うと思いますわ。

どうして。。。?

ちょっと源氏物語の宮中の表を見てくださいまし。


(ganji113.jpg)

源氏物語の中では、このようになっているのですわ。 桐壺更衣が定子で藤壺更衣が彰子だと デンマンさんは言うのでしょう?

その通りですよ。

だとしたら、源氏物語の主人公・光源氏が藤原道長の 言わば敵である定子、つまり、物語の中の桐壺更衣と帝(みかど)の皇子にするのは、可笑しいのではござ~ませんか? 

あのねぇ~、主人公の光源氏を藤壺更衣、つまり、現実の宮中の彰子と帝の子供にするのか? あるいは適陣の定子と帝の子供にするのか? それは、たいした問題じゃない! 要点は、源氏物語を読んで面白い物語にすることが重要なのですよ。

どういうことでござ~ますか?

つまり、“源氏物語”は言わば日本版“千夜一夜物語”なのですよ。


(senya02.jpg)

紫式部に面白い物語を書いてもらって、その物語を彰子が一条天皇に読んで聞かせる。 すると、その物語の面白さに惹かれて一条天皇が毎晩のように彰子のベッドルームにやって来る。 そうすれば一緒にベッドに入る機会も多くなるのですよ。 実際、そうやって、やがて敦成(あつひら)親王が生まれたのですよ。 つまり、藤原道長は紫式部に源氏物語を書かせて本来の目的、つまり、彰子に天皇との間に皇子を生ませるという目的を達成したのですよ。

その確証でもあるのでござ~ますか?

確証はないけれど、状況証拠ならばありますよ。

その状況証拠とは。。。?

現在に読み継がれている、これほど有名な源氏物語の作者の実名さえ、その没年さえ後世に伝わってない。 現在のわれわれは作者が“紫式部”だとしか知らない。 紫式部は謎めいているのですよ。 卑弥子さんも不思議だとは思いませんか?

そうですわね。 言われてみれば。。。 でも、その当時の女性は、ほとんどすべての女性が無視されていたのが普通でしたわ。

でもねぇ~、源氏物語は世界的にも有名な物語ですよ。 紫式部の実名も、没年も、謎に包まれているのは、彼女が宮中の舞台裏、つまり、藤原道長の陰謀を知りすぎていたからですよ。 だから、源氏物語が完成し、道長の陰謀が成就され、彼の目的を達成させると、紫式部は“知りすぎた者”として抹殺されないまでも、不遇な余生を送らされたのですよ。

つまり、紫式部は藤原道長の陰謀の一端を担っていたとデンマンさんはおっしゃるのでござ~ますか?

その通りですよ!

だから、わたしは何が何でも文学を歴史に結びつけるデンマンさんの解釈が嫌なのですわ。


『卑弥子の源氏物語』より
(2013年10月27日)

つまり、日本人ならば紫式部のことを誰でも知っているのですよ。 ところが、これだけ有名な紫式部がいつ亡くなったのか誰も知らない。 どうしてなのか? 卑弥子さんは不思議に思ったことがありませんかァ?

だから、歴史家が書くべきなのに忘れて書けなかったのですわ。

あのねぇ~、これだけ有名になった紫式部が亡くなった事実をどうして歴史家は知らなかったのか? すべての歴史家が忘れてしまったのですか? 卑弥子さんは不思議に思いませんかァ~?

言われてみれば、確かに不思議でござ~ますわァ。

でしょう!?。。。 あのねぇ~、紫式部は藤原道長の陰謀を知りすぎていたからですよ。 道長に睨まれている。 だから、誰も紫式部の事を話題にしたくてもできない。

どうして。。。?

紫式部のことを話題にすれば、時の権力者である藤原道長に睨まれて左遷させられたり、村八分にされてしまう。 結局、紫式部は失意と不遇の内に余生を送らなければならなかったのですよ。

つまり、紫式部も、めれんげさんのような手記を書き残したのでござ~ますか?

いや。。。 紫式部はエネルギーのすべてを『源氏物語』に注ぎ込んだために、自殺をするような負のエネルギーは残されていなかった。 だから、自殺願望の手記など残さなかったのですよう。

じゃあ、結局、人知れずに亡くなったのでござ~ますか?

そうです。

でも、香奈子さんは、どういうわけで『失意の紫式部』を読んで デンマンさんにメールを出すほど感銘を受けたのですか?

これほど有名な紫式部といえども、本名も伝わっていなければ、いつ亡くなったのかも伝わってない。。。 しかも、紫式部を尊敬している めれんげさんも失意のどん底に落ち込んで何度も自殺を試みた。。。

つまり、香奈子さんも失意に落ち込んだことがあるのでござ~ますか?

だから、本人は、かなりのストレスを溜め込んで、もう駄目かと思った時もあったと言うのですよ。。。 でも、自殺までは思いもよらなかった。。。 

それで。。。?

めれんげさんの次の詩を読んで香奈子さんは救われたと言うのです。。。

小さな赤い花

 


(lotus1.gif)

 

わたしをあなたの庭に咲く

小さな赤い花にしてください

そして、お水を注ぎながら

何かお話を聞かせてください

わたしは何も言えないけれど

あなたの言葉を聞きながら

いろんなことを思うのです

あなたに愛されるように

いつまでも綺麗に

咲いています

だからわたしのことを

忘れずにいてください

 

by merange (めれんげ)

2010.02.19 Friday 10:24


『即興の詩 小さな赤い花』より

(旧・『即興の詩』サイトは めれんげさんが
会費を滞納したため削除されました。
)

『永遠の愛のコラボ』に掲載

この めれんげさんの詩が香奈子さんの落ち込んだ気持ちを救ったのですか?

そうです。。。

信じられませんわ。。。

あのねぇ~、“信じる者は救われる!”と昔の人は言ったのですよ。。。 だから、香奈子さんのように上の詩を信じる者は救われるのです。。。


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【卑弥子の独り言】


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あなたは、どう思いますか?

そんなに簡単に、信じる者は救われるのでござ~♪~ましょうか?

でも、あたくしは、次の歌を聴くと なんだか救われるような気持ちになるのでござ~ますわァ。。。

あなたも ぜひ聴いてくださいませぇ~。。。


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ところで、くどいようですけれど、あたくしは“平成の紫式部”と呼ばれているのですよ。

信じられないでしょう?

もし関心があったら『卑弥子の源氏物語』を読んでくださいませぇ~。


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『卑弥子の源氏物語』

どうですか? あたくしが“平成の紫式部”だと納得がゆきましたかァ~?

ええっ。。。 ちょっと納得がゆかないのですかァ?

でもねぇ~、あたくしは 一応 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~ます。

だけど、どういうわけか結婚相手が 現れないのですわよゥ。

あたくしは別に高望みはしていないのでござ~ますう。

“寅さん”のような人でもいいのです。。。

ついでだから、寅さんの映画でも見てください。


(tora019.jpg)

ちなみに、紫式部のお話も面白いですけれど、古代の話も心にしみます。

たまには、日本の古代史の記事も読んでくださいませぇ。

そういうわけで あなたのために平安史、古代史の記事を用意しました。

ぜひ 覗いてみてくださいねぇ~。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてください。
じゃあ、またねぇ~。。。


(hand.gif)

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


(miya08.jpg)

『下衆のかんぐり』

『桓武天皇のママがネットで』

『ござが天皇とGOOGLE』

『エロ 建礼門院』

『一敗が三人に!』

『行田の黒い霧をはらう』

『ペルシャ人が飛鳥に』

『小柴垣草子』

『後白河上皇ダントツ』

『ブスと美人』

『エロい話が好き?』

『死んでも生きてる』

『失意の太田将宏』


(annasalleh.jpg)

『オルフェと聖徳太子』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

『ゴヤと三島由紀夫』

『仏陀とキリストと娼婦』


(zurose2.jpg)

『ズロースと戦争』

『伊藤若冲ブーム?』

『ブッダと物理学』

『加藤清正ブーム?』

『愛憎と三輪山』

『松原智恵子 お尻ペンペン』

『坂本龍馬は流れ者か?』

『野ざらし』

『紫式部堕獄説』

『日本最古のポルノ?』

『源氏物語の性描写』

『寅さんの本棚と急行まつしま』

『ヒトラーは草食系?』

『ブッダとキリストと娼婦』

『顔文字とオナラ』


(hama10.jpg)

『宝暦の恨みを明治維新で』

『デウキと紅葉@行田』

『薄い陰毛と紅のボートピープル』

『江戸の閨房術』

『ずるがしこい現代人』

『春画@源氏物語』

『千早振る』

『あれっ、松本清張』

『キスと源信』

『伎楽は呉から…?』

『紺瑠璃杯に魅せられて』

『神聖娼婦 マリア』

『安徳帝は生きていた』

『白石川の桜』

『ブログ村のマリア様』

『萌える済子女王』

『ピンク桃色@徒然』

『富沢金山の桜』

『ピンク桃色村』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)


(byebye.gif)