Archive for the ‘源氏物語’ Category

エロ文学

2017年7月21日

 

エロ文学

 


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デンマンさん。。。 あんさんはエロ文学にハマってますのォ~?


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なんでぇ~、わてがエロ文学にハマっとらんとあかんねん。。。

そやかてぇ~、タイトルに あんさんがハマってしもうた文学のジャンルが書かれてますやん。。。

エロ文学にハマっとるのは わてとちゃうねん。。。

どなたはんがエロ文学にハマってしもうたん?

ちょっと次のリストを見て欲しいねん。


(wp70719a.png)

『拡大する』

あらっ。。。 可愛い乙女がVサインを出してますやん。。。

これは わての Denman Blog の7月19日の「リファラ(リンク元URL)」のリストやねん。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しい。

赤枠でかこんであるリンクをクリックすると どないなページが出てきよるのォ~?

次の検索結果が出てくるねん。。。


(so70720a.png)


『拡大する』

『エロい文学少女』

『現時点での検索結果』

あらっ。。。 これは中国の検索エンジンやんかァ~。。。

あのなァ~、北京市に住んでおる 周杰伦(ジョウ・ジエルン)君が「エロ文学」を入れて検索して わての Denman Blog にやって来て、そいで『エロい文学少女』を読みはってん。。。


(ip216116b.png)

『拡大する』

IPアドレスを見せられても、それは証拠にはなりませんわァ~。。。

それやったら、Denman Blog の7月19日の記録を見てみィ~なァ~。。。


(wp70719d.png)


『エロい文学少女』

『床上手な女の7つの見分け方』

周杰伦(ジョウ・ジエルン)君が読んだ『エロい文学少女』が7月19日の「人気記事リスト」にちゃんと出ておるねん。。。 赤枠で囲んだところが それやんかァ~。。。 

なんで中国の検索エンジンを使いはるのォ~?

周杰伦(ジョウ・ジエルン)君は北京にある日本語学校を卒業して、目下、日本語のエロ文学に関心を持っておるねん。。。 日本語の検索エンジンは使い慣れておらんさかいに、ついつい慣れている中国の検索エンジンを使っているというわけやァ~。。。

それにしても、どないなわけで しょうもない「エロ文学」にハマってしもうたのォ~?

ただ日本語を勉強しても、イマイチ張り合いがあらへん。。。 そやけど、エロ文学ならば 普通の日本のつまらなん文学よりは ワクワク、ムンムン、ムレムレしながら 一生懸命に刺激を受けて学習がはかどると思うて 目の色を変えてネットで「エロ文学」を探し始めたというわけやァ~。。。

それってぇ~、不謹慎な勉強の仕方と違いますのォ~?

めれちゃん。。。 あまり堅い事を言いないなァ~。。。 めれちゃんかてぇ、かつて 次のように書いてたのやでぇ~。。。

読書して怒られる

 


(tanabata3.jpg)

2006/05/11 14:16

 

子供のころから、
家にはたくさんの本がありました。

わたしは江戸川乱歩の少年探偵団を、
よく読んでいたのですが、
そのうち、飽き足らなくなったのか、
親が持っていた「江戸川乱歩全集」を、
愛読するようになりました。

しかし。
その全集には、
横尾忠則氏の挿絵がついていて、
えっちなんです。

なので、親には読んじゃダメと
言われていました。

(だったら、かくしといてくれ)


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(yoko02.jpg)

わたしはこっそりかくれて、
そのえっちな江戸川乱歩の本を、
読んでいたのでした。
しょっちゅう見つかって、怒られました。

さらに。
印象的なのが
「チャタレイ夫人の恋人」です。
もちろん禁止本です。
禁止されたら、読むに決まってます。

・・・ませガキ。
・・・エロガキ。

 

by めれんげ


「めれんげの日記」
『だれかつっこみいれて!』より

デンマン注:
このGOOの日記のサービスは
2009年に終了しました。

(orange.jpg+sadgirl32.gif)

なんで10年以上も前のわたしの日記から 引用しやはったん?

そやから、めれちゃんかてぇ、かつてエロい文学に メチャ興味を持っていたということを示したまでやんかァ~。。。

ネット市民の皆様の前で、こないな手記を公開せんで欲しいねん。。。

あのなァ~、めれちゃんは かつてGOOの日記サービスを利用して 「めれんげの日記」を公開したのやでぇ~。。。

そやけど、GOOの日記サービスは 2009年に終了しましてん。

そやけど、わては めれちゃんの日記をちゃんと保存しておいたのやがなァ~。。。

あんさんが引用しなければ、わたしは恥をかかずに済んだのですやん。

あのなァ~、上の手記は『エロい文学少女』の中でも引用されてるねん。

つまり、周杰伦(ジョウ・ジエルン)君も上の手記を見つけやはったん?

そういうことやがなァ~。。。 それで、周杰伦(ジョウ・ジエルン)君は日本語で「チャタレイ夫人の恋人」を読むことに決めたのやでぇ~。。。

そやけど、「チャタレイ夫人の恋人」はエロ文学というには、現代の感覚からすると物足りへんと思うわァ~。。。

そうかもしれへん。。。 わては日本では読んだ事が無いんやァ。。。 カナダで初めて読んだのやけど、あまりにも日本で取りざたされたさかいに、また、期待が大きすぎたよってに、読んでみたら つまらんかったァ。。。

そうですやろう?

もっともっと刺激的なことが書いてあるのかと思うていたのやがなァ~。。。

わたしも 初めはワクワクしながら読みましたわァ~。

うん、うん、うん。。。 分かるでぇ~。。。 めれちゃん自身が“ませガキ”、“エロガキ”だったと認めてるさかいになァ~。。。 めれちゃんは早熟やったろうと思うでぇ~。。。 そやから、初体験も比較的早かったァ。 レンゲさんと同じ16才の時やったァ。

禁断の園でレンゲさんが

坂田さんと秘め事をして知った悦び


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レンゲさんにも16才の頃は、こうして可憐な乙女だったんですよね。

まだ高校1年生の女学生だった頃、レンゲさんは、初めて秘め事を経験した。

愛のない家庭で育ったレンゲさんは、心のよりどころがなくて、当時近所に住んでいた坂田さん夫婦の家に時々遊びに行っていた。

坂田さんも、レンゲさんの家庭の事情を良く知っていて、何かとレンゲさんのことを思いやり可愛がっていた。

レンゲさんは、いつしか坂田さんに淡い恋を感じるようになっていた。

坂田さんは良い人だけれど、競馬競輪にハマッていて、そのことで妻の幸子さんと別居するようになった。

レンゲさんは、そんなある晩、幼な妻のように坂田さんのために夕ご飯を作ってあげた。

坂田さんにも何か感じるものがあったのかも知れませんよね。

その晩、レンゲさんは坂田さんの腕に抱かれてハラハラ。。。、ワクワク。。。ドキドキしながら桜の花びらを散らした。。。


『性と愛の渇き』より
(2006年6月2日)

レンゲさんの初体験はかなり詳しく聞かされたのやけど、めれちゃんの相手はどないな人やったァ~?

既婚者の方ではありまへん。

。。。と言うと。。。?

ここでお話しすると差し障りがありますさかいに、あんさんと個人的に ひそひそ話しをしますわァ~。。。

さよかァ~。。。 これを読んでいる人には残念ながら めれちゃんの興味深い体験談を聞くことはできへん。。。 そのかわり、めれちゃんから古典のエロ話が聞けると思うのやァ~。。。

どないなわけで、あんさんはそう思いはるのォ~?

かつて めれちゃんから次のようなメッセージを受け取ったからなァ~。。。

恋愛詩を書くきっかけは…

2007-04-06 22:53


(renge94.gif)

 

わたしとて、れっきとした健康な女子
恋愛もするし、愛する人とは肌も合わせます♪
なのにそれを詩にすることは、なぜかタブーでした。
(体育会系硬派!ですから)

「即興の詩」を始めるきっかけは、
実を言うと、短歌…というか和歌の勉強のためでした。
お手本は百人一首であります!
(全然勉強不足ですが…はは。)

「平安時代を舞台とした小説を書く!」
これがわたしの、目標なんです。

登場人物たちに、恋文を詠ませたくって、
練習のために、思いきって恋愛ものを書く決心をしました。

そしたら意外に、応援してくださる方が増えて、
どんどんラブラブな詩や短歌を書くようになりました。

あらゆる状況を踏まえたコンテクストの中で、
デンマンさんが、チョイスしてくださる作品は、
ズバリ正解なんですよ!
「うう。鋭いっ!!」って思っちゃいます

つまり、わたしのメッセージをキャッチしてくださっている、というワケなんですよー(テレッ!)

 

by めれんげ

古典に詳しいなんてぇ~。。。 それ程 日本の古典を読んでいるわけではありしまへん。

そないに謙遜しなくてもええねんでぇ~。。。

謙遜しているわけではありしまへん。

とにかく、めれちゃんは平安時代を舞台にした小説を書きたい、と書いていたさかいに、かなり古典を読んでいるやろうと思うたわけやァ~。。。 そしたら、めれちゃんから数日後に次のメッセージを受け取ったのやがなァ~。。。

エロ文学ならば、何時間でも

2007-04-09 11:29


(bond010.gif)

 

平安文学の華と言えば、
後朝(きぬぎぬ)の文を含めた「ラブレター」に尽きる!
と思いますねー!

子供のころにはわからなかった、
逢ひみての のちの心にくらぶれば…
の本当の意味がわかった時に、
まず思ったことは…
「平安時代!エロいぞ!おもろいぞ!」でした。
ははっ!

それからのわたしの頭の中は、妄想だらけ…
学校の勉強はしませんでしたが、
エロ文学ならば、何時間でも熱中できましたね

 

by めれんげ

これを読んで、めれちゃんは やっぱりかなり古典を読んでいると思うたでぇ~。。。

一応は読んでますけれど。。。

分かるでぇ~。。。 分かるでぇ~。。。 「逢ひみての のちの心にくらぶれば…」やがなァ~。。。


(seisho05.gif)

 

逢ひみてののちの心にくらぶれば

昔は物も思はざりけり

【通釈】

逢瀬を遂げた後の、この切ない気持に比べれば、

まだ逢うことのなかった昔は、

物思いなど無きに等しかったのだなあ。

実は、わても めれちゃんのように、この歌には、かなりの刺激、インスピレーションを受けたのやでぇ~。。。 通説では上のように解釈されているのやで、わては もっと“前向きに”深い思いが込められていると思うのやァ~。。。

どういうことォ~?

つまり、前向きとは、逢って後、つのる恋心を詠んだ歌として解釈出来ると思うのやァ~。。。 例えば、こんな風に。。。


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ああァ~、思いがかなって、

僕はあなたとやっと肌を合わせる事が出来ました。

しかし、あなたを知れば知るほど

更に、新たな深み、高みが見えてくる、

登りつめたようでいて、更に登りつめることが出来る。

先が見えないなァ~!

あなたの官能の深さ、精神の深さは計り知れない!

嗚呼、あなたを知れば知るほど、僕はあなたの“深さ”を知る。。。

そして、僕は、あなたの“深み”にハマってゆくのです。

三十させごろ、四十しごろ、五十ござむしり。。。

男と女の営みの奥は深いですよねぇ~


(laugh16.gif)

わては、上の歌をこのように解釈したのやがなァ~。。。

なんだか、わたし、圧倒されてしまいますわァ~。。。

うへへへへ。。。 めれちゃんが そないに言うとは思わんかったでぇ~。。。

とても面白い解釈だと思いますわァ~。。。

さよかァ~。。。 めれちゃんに、そう言ってもらうと、飛び上がりたくなるほど うれしいでぇ~。。。 それで平安時代を舞台にした小説はいつ頃出来上がるねん?

まだまだ先のことですわァ~。 書きあがったら是非デンマンさんのご意見をお伺いしたいですわァ~。。。

さよかァ~。。。 北京に住んでいる周杰伦(ジョウ・ジエルン)君も きっと楽しみにしていると思うでぇ~。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたも めれんげさんが書く平安時代の小説を読みたいとは思いませんかァ~?

めれんげさんのことですから、かなりエロ~い小説を書くと思うのでござ~ますわァ。

あたくしも楽しみにして待ちますわァ~。。。

話は変わりますけれど、こう見えても あたくしは一応 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~ますわァ。

腐女子の間では、あたくしは“平成の紫式部”と呼ばれているのでござ~ますゥ。

信じられないってぇ~。。。?

じゃあ、『卑弥子の源氏物語』を お読みくださいませぇ。。。


(genjiero4.jpg)

『卑弥子の源氏物語』

どうですか? あたくしが “平成の紫式部”だと納得がゆきましたか?

ええっ。。。 ちょっと納得がゆかないのでござ~ますかァ?

そうでしょうねぇ~。。。 

でも、最近 あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”がネットで人気が出ている、ということは信じられるでしょう?

うふふふふふふ。。。

ええっ。。。 それも信じられないというのでござ~ますかァ?

じゃあ、ちょっと次の検索結果を見てくださいまし。。。


(gog60409a.png)

『拡大する』

『現時点での検索結果』

「卑弥子 女性の本当の魅力 ヴィーナスのえくぼ」と入れてGOOGLEで検索する殿方が多いのでござ~ますわァ。

つまり、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”を目当てにやって来るのですわァ~。。。

うふふふふふふ。。。

あなたも、ビックリするでしょう?

ジムに毎日通って“ヴィーナスのえくぼ”をゲットしたのですわよ。


(buttdimp5.jpg)

どうでござ~ますかァ?

ええっ。。。 あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?

どうしてよう?

ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?

あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、

最後には上のようなおヌードになるのですわよう。

信じてくださいましなァ~。。。

ところで、話は変わりますけれど、

かつて、めれんげさんは 一生懸命にブログを更新していたのでした。

でも、時には、他のことに夢中になって、会費を滞納したことがあったのでござ~ますわァ。。。

そのために、サイトを削除されてしまったのです。

それでも、2013年の6月にライブドアで『即興の詩』サイトを再開しました。

めれんげさんの『即興の詩』サイト

再開して間もないのに 検索結果 3,960,000件中の 9位に躍り出るなんてすごいですよねぇ~。。。


(gog30703.gif)

『現時点での検索結果』

現在、めれんげさんは お休みしています。

でも、これからも、ブログを通して「愛のコラボ」を続けて欲しいですよねぇ~。。。

かつて めれんげさんの「即興の詩をはじめました!」の『極私的詩集』サイトは 次の検索結果で見るようにトップを占めていたのです。


(gog30928a.png)

また、ブログを更新して トップに返り咲いて欲しいものです。

ところで あなたは「どうしたら、上位に掲載されるのォ~?」と考えているかもしれません。

その秘訣を知りたかったらデンマンさんが面白い記事を書いていますわ。

次のリンクをクリックして読んでみてください。


(seo001.png)

『おばさんの下着に見るSEO』

話は変わりますけれど、めれんげさんは可愛い猫を飼っています。

あなたも、猫ちゃんを飼っていますか?

ええっ。。。 ワンワンちゃんを飼っているのですか?

そういえばデンマンさんが『ワンワンちゃん』という面白い記事を書いていました。

気が向いたら下のリンクをクリックして読んでみてください。


(dog202.jpg)

『ワンワンちゃん』

とにかく、次回も興味深い話題が続きます。

あなたもどうか、また読みに戻ってきてくださいね。

では、また。。。


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(surfing9.gif)

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こんにちはジューンです。

卑弥子さんが面白いお話を集めて

楽しいサイトを作りました。

次のリンクをクリックして

ぜひ覗いてみてくださいね。

■ 『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ


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源氏物语中的性描写

2017年6月29日

 

源氏物语中的性描写

 


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デンマンさん。。。 タイトルの中に中国語の簡体字である“语”という文字が入っていますわねぇ~。。。


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あれっ。。。 卑弥子さんは現代中国語も知っているのですかァ~!?

この程度のことは いわば常識でござ~ますわァ~。。。 

その辺でアイドルを追っかけているミーちゃん、ハーちゃんは知りませんよゥ。。。

あたくしと その辺でトグロを巻いて遊んでいるミーハーと一緒にしないでくださいましなァ~。。。 つまり、上の中国語のタイトルは、日本語に訳すと“源氏物語の中の性描写”ということになるのですわねぇ~。。。

さすがは京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授ですねぇ~。。。 おみそれしましたァ。。。

その程度のことで、あたくしを煽(おだ)てないでくださいなァ~。。。 で、いったい どう言う訳で中国語のタイトルを持ちだしたのでござ~ますかァ?

実は、北京市に住む周杰伦(ジョウ・ジエルン)君が中国の検索エンジンを使って検索して僕の Denman Blog にやって来たのですよ。。。


(ip216116b.png)

『拡大する』

IPアドレスを見せられても、それが証拠にはなりませんわ。。。

じゃあ、Denman Blog の6月26日の記録を見てください。。。


(wp70627a.png)

『拡大する』

上のリストの赤枠で囲んだ箇所に注目してください。。。 このリンクをクリックすると次の検索結果が出てくるのですよ。。。


(so70627a.png)


『拡大する』

『源氏物語の性描写』

『現時点での検索結果』

上のリストの赤枠で囲んだリンクをクリックしてデンマンさんの Denman Blog へやって来たのでござ~ますかァ?

そういうことです。。。 ちゃんと次の記録にも出ています。


(wp70627b.png)

『源氏物語の性描写』

赤枠で囲んだ箇所に注目してください。。。

あらっ。。。 でも。。。、でも。。。、『源氏物語の性描写』をお読みになったのは たったの2名ですわねぇ~。。。 相変わらず『床上手な女の7つの見分け方』がダントツですわァ~。。。


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『床上手な女の7つの見分け方』

でも、北京市に住む周杰伦(ジョウ・ジエルン)君は 迷わずに『源氏物語の性描写』を読んだのですよ。。。


(wp60719e.png)

『源氏物語の性描写』

周杰伦(ジョウ・ジエルン)君は、どういうわけでダントツで読まれている『床上手な女の7つの見分け方』ではなく 『源氏物語の性描写』を読んだのでござ~ましょうかァ?

もちろん、“床上手な女”よりも 『源氏物語』の“性描写”に関心があったのですよゥ。。。

文学的な関心よりも“性描写”に興味を持って『源氏物語』を読むというのは邪道でござ~ますわァ。。。

あのねぇ~、『源氏物語』がこれほど世界的に知られるようになったのは、作品の中に“性描写”が書かれているという期待を持っている読者が多かったからなのですよゥ。。。

それは、デンマンさんの独断と偏見ですわァ~。。。

決して僕の独断と偏見ではないのですよ。。。 もう一度中国の検索エンジンの結果をじっくりと見てください。


(so70627a.png)


『拡大する』

『源氏物語の性描写』

『現時点での検索結果』

上のページは検索結果の5ページ目なのですよ。。。 つまり、北京市に住む周杰伦(ジョウ・ジエルン)君はトップのページから 一つづつ記事を読みながら2ページ目、3ページ目、4ページ目と順々に記事を見て、5ページ目の 8番目に やっと探していた記事に出くわしたというわけですよ。。。 しかも、僕の記事以外はすべて中国語の記事です。。。

つまり、周杰伦(ジョウ・ジエルン)君は、日本語もしゃべれるのでござ~ますか?

そうです。。。 彼は北京にある日本語学校で日本語を学んだのですよ。。。

『源氏物語』の中の“性描写”を読みたいために、日本語を勉強したのでござ~ますかァ?

そうですよう。。。

信じられませんわァ~。。。

あのねぇ~、この広い世の中には、『源氏物語』の中の“性描写”を読みたいと思っているネット市民がたくさんいるのです。。。

まさかァ~。。。?

口に手を当てて、そのように目を剥(む)き出してビックリしないでくださいよゥ。。。

その証拠でもあるのでござ~ますかァ?

もちろんですよ。。。 根拠もなく、いい加減な事を言えば、卑弥子さんが僕に寄せる信頼をすべて失ってしまいますからねぇ~。。。 僕は、そのような愚かな真似は絶対にしないつもりです。。。

分かりましたわァ。。。 余計な事は言わなくても結構ですから、その証拠というものを見せてくださいましなァ~。。。

では、次の検索結果を見てください。


(gog70627c.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

「源氏物語の性描写」を入れてGOOGLEで検索したのですよ。。。

あらっ。。。 36、200件もヒットするのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目してください。 

どうでもよいですけれども、どうして あたくしが上の結果の中に“おばさんズロース”を穿いて登場するのでござ~ますかァ?

卑弥子さんが僕に呼び出されて出てくれたので、ご褒美のつもりですよ。。。

このような時に ダサい“おばさんズロース”を あたくしに穿かせないでくださいなァ~。。。 んもおおおォ~。。。

卑弥子さん、“おばさんズロース”のことで話していると 長い記事が更に長くなるので本題に入りたいのですけれどォ~。。。

分かりましたわァ。。。 で、赤枠で囲んだ記事のタイトルが その証拠だとデンマンさんは言うのでござ~ますかァ~?

その通りですよ。。。 つまり、“源氏物語の性描写って そんなにすごいんですか?”と興味をもっているネット市民が北京市に住む周杰伦(ジョウ・ジエルン)君以外にも たくさんいるわけですよ。。。 「それほどすごい性描写が載っているのなら、あたしもぜひ読んでみたいわァ~」とlady3chさんも思ってYahoo知恵袋に質問を寄せたわけです。

源氏物語の性描写って

そんなにすごいんですか?


(question8.png)

例えばどのように描写されてるんですか?

学校でも習わなかったので。

lady3chさん 2011/12/620:33:40


 

あの尾木ママがテレビで『源氏物語』の性描写はスゴイ、などと言ってしまったので、ますます誤解を招いているようですが…

結論から言うと、『源氏物語』にはスゴイというほどの性描写はありません。

エロ小説やポルノ画像に囲まれている現代人にとっては、物足りないどころか「何もしていない」に等しい描写しかありませんよ。

性描写横溢説をとる人たちは、物語に出てくる様々なものを、やれ男性器(ファルス)の暗喩(メタファー)だ、やれ肛門期の性的不安だ、などと象徴づけたがるのですが、こういう牽強付会を許してしまうと、すべての物語はポルノ小説となるでしょう。……フロイト学説の、誤った応用です。

『更級日記』には、伯母からもらった『源氏物語』に耽読していた少女時代の筆者が記されていますが、当時の筆者は14歳程度でしょう。

そんな少女にポルノまがいの物語をプレゼントする伯母がいますか?

いかに当時の婚期が現代人より早いとは言え、夫婦の夜の営みの解説書を贈呈する風習など、当時だってありません。

つまり、当時の人たちも『源氏物語』を大河ドラマとして受け取っていたわけです。

性描写がリアルな古典なら、もっとエグイのがありますよ。

『源氏物語』が未だにポルノ小説呼ばわりされているのは、みなウワサばかり信じてそもそもの本文を読んでいないからです。

尾木ママは読んでいるとは思いますが、あの発言はテレビ用ですから。 ←つまりウワサの助長ですね。

彼のあの発言は、世の人が『源氏物語』に少しでも触れる機会がありますように、という教育者のご親切な動機付けじゃないでしょうか。


(ogi001.jpg)


Yahoo!知恵袋
『源氏物語の性描写ってそんなにすごいんですか?』より

『源氏物語』はポルノ小説ではないのだから、ミーちゃん、ハーちゃんが期待するようなムンムン、ムレムレの強烈な性描写などあるはずがないのですよ。。。

でも、そのように期待するネット市民がたくさんいるのでしょうか?

そうですよ。。。 lady3chさんも その一人です。。。

でも。。。、でも。。。、どうして、ネット市民の多くの皆様は そのように期待してしまうのでしょうか?

例えば、次のような本が世間に出回っているのですよ。。。

音勢(おとせ)は夜に入っても帰らない。

(母親の)浅香の酌で酒を飲んだ吉光公は、

したたかに酔い、横になる。

浅香がまめまめしく尽くす。

当然のなりゆきとなる。

 (ここからは読み下し文)

浅香は久しく男の傍らを、遠ざかりつることなれば、

歳はとっても何となく、初々しさに気もときめき、

自由になれば吉光は、やがて抱きしめ手をやつて、

山繭の腰巻を、探りひらきて内股へ、

わり込み給へば思ひの外、肌ざわりさへすべすべし、

毛はふつさりと房やうじを、並べていぢる如くなる、


(kunisa52b.jpg)

だんだん奥へさしこむ手先に、紅舌(さね)はさはれどこの辺り、

吐淫ぬらぬら溢れ出て、滑(ぬめ)りて紅舌もつままれず、

況(ま)して陰門の両淵は、流るるばかりのありさまに、

吉光もはや堪(たま)りかね、両手でぐつと内股を、

おし広げて足を割込み、鉄火に等しき一物をあてがひて

二腰三腰、おせば下より持ち上げる、

はずみにぬるぬる毛際まで、何の苦もなく押し込めば、

その開(ぼぼ)中の温かさは、いふも更なり忽地(たちまち)に、

子宮(こつぼ)ひらけて鈴口を、しつかと咥(くわ)へて内へひく、

その心よさ気味よさは、何に喩(たと)へんものもなく、

吉光は目を細くなし、口をすぱすぱ吸いながら、

大腰小腰九浅一深、上を下へとつき立て給ふに、

浅香は子供を二三人産みたる開(ぼぼ)にて、

さまざまの道具だてさへ多ければ雁首(かりくび)より胴中へ、

ひらひらしたもの巻きついて出しいれのたび玉茎(たまぐき)を

しごくやうにてえも言はれず、吉光あまたの側室を抱へ、

いろいろ楽しみたりといへど、かかる稀代の上開(ぼぼ)は、

いまだ覚えぬばかりにて、それいくいくア、またいくと、

浅香が背中へ手をまわし、力一ぱい抱きしめて、

嬌(よが)り給へばさらぬだに、浅香は誠に久しぶり、

殊(こと)には太く逞しき、一物に突きたてられ、

ヒイヒイフウフウム、フウと、声をも立てず最初から、

精をやりつづけて息もはづみ、正体もなき折からに、


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アアソレいくよまたいくよと、男に嬌(よが)りたてられて、

何かは以(もっ)てたまるべき、五臓六腑を絞るばかり、

陰水どろどろずるずると限りもあらず流れ出て、

昔を今にかへり花、たのしく其夜を明したり。

 (ここから現代文)

そもそも浅香は色好みの性で、

15歳で大納言蟻盛卿のおそば勤め中にお手がつき、

というより浅香の方から手を取りて、

あげくは妊娠、卿は実家に帰らせる。


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産まれたのが音勢である。

世間の手前、出産前に婿を迎えたが、

とんでもない食わせ物で、すぐさま離縁した。


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(読み易いように改行を加えました。
赤字はデンマンが強調。
写真はデンマン・ライブラリーより)


158-160ページ 『春本を愉しむ』
著者: 出久根達郎
2009年9月20日 第1刷発行
発行所: 株式会社新潮社

でも、この部分は紫式部が書いた『源氏物語』には出てこないのでござ~ますわァ。

もちろんですよ。。。 さっき言ったように『源氏物語』はポルノ小説ではないのだから。。。 上に引用した文章は、実は、「国貞三源氏」の一つである『正写相生源氏』のエピソードなのですよ。。。 昭和30年4月10日に原文が伏字無しで初めて出版されたのです。

つまり、映倫に引っかかるような極めてエロい。。。 うふふふふふ。。。 猥褻な。。。 ヤ~らしい文章で書かれているのでござ~ますか?

そうなのです。。。 エロに厳しかった昭和30年代としては勇気のいる出版だったのですよ。

。。。んで、『源氏物語』のどの帖と関係あるのでござ~ますか?

それが『源氏物語』の54帖のどれとも直接のかかわりはない。。。 ただし「ここに何れの御時にや。。。」と『源氏物語』の書き出しに似せて始まっているのです。 京は北嵯峨のあたりに、表に冠木の門を構え、築山(つきやま)や川の流れを備えた庭のある洒落(しゃれ)た屋敷があり、40歳ばかりの未亡人と14歳のひとり娘、それに二、三人の女中、老僕が住んでいるのですよ。

それで。。。?

母を浅香(あさか)といい、娘を音勢(おとせ)というのです。 家屋敷は借金の抵当(かた)に入っている。 つまり、この母と娘は貧乏な暮らしをしているのですよ。 でも、娘がチョ~美人で京の都では評判になっている。 その噂を聞きつけた21歳になる光源氏ならぬ吉光公(よしみつこう)が御所に上げよと言ってきた。

。。。で、母親はお金に目がくらんで娘を御所に上げるのでござ~ますか?

そうしないと話が進まない。。。 この母親がどこからか吉光公の噂を聞きつけてきた。

どのような。。。?

この吉光公は好色で、その上、巨根の持ち主だという。。。 まだ初潮を迎えたばかりの音勢(おとせ)には荷が重過ぎる。 そこで母親は近所のお金持ちで弓削道足(ゆげのみちたる)という名の50歳になる男に性教育を頼んだのですよ。

あらっ。。。 なんとなく、あの有名な弓削道鏡をもじったような名前ですわねぇ~。。。

それもそのはず。 この弓削道足(ゆげのみちたる)という男も巨根の持ち主なのですよ。

あらっ。。。 50歳になる巨根の持ち主に14歳の娘の性教育を頼んだのでござ~ますか?

そうなのです。 娼家では生娘(きむすめ)を店に出す前に、世慣れた年寄りに「水揚(みずあ)げ」をしてもらう。 つまり、男女の道を実地に教えるわけですね。 この初老の男は、かなり乗る気で「10両出すからぜひワシにやらせてくれ」と言う。 母親はお金が欲しいから二つ返事でお願いしますと言った。

でも、14歳の娘には、母親は何と言って説得したのでござ~ますか?

御殿勤めに必要な作法だから一生懸命に勉強するようにと。。。

なんだか、はしたないお話ですわねぇ~。。。 このようなエロいお話は本物の『源氏物語』にはないのでござ~ますわァ~。。。

でもねぇ~、何も知らないネット市民は、 『正写相生源氏』の中にエロい“性描写”があるから、『源氏物語』の中にもエロい“性描写”があるに違いないと 早合点(はやがてん)してしまうのですよ。。。 上のエピソードが書かれた『正写相生源氏』が出版されたのは、『源氏物語』では物足りないものを補(おぎな)うつもりだったのですよ。。。 要するに、『源氏物語』が無ければ生まれることのなかった作品です。

つまり、『源氏物語』からインスピレーションを受けて『正写相生源氏』が生まれ出たということでござ~ますかァ?

そういうことですよ。。。 要するに、Yahoo!知恵袋のベストアンサーにも書いてあるように、尾木ママは世の人が『源氏物語』に少しでも触れる機会がありますように、という教育者のご親切な動機付けのためにテレビで『源氏物語』の性描写はスゴイ、などと言ってしまったわけです。。。

源氏物語の性描写って そんなにすごいんですか?と思うネット市民は、尾木ママの影響を受けたのでござ~ますわねぇ~。。。

僕は、断定するつもりはありませんが、彼の影響は無視できないと思いますゥ。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたは、どう思いますか?

たとえ、尾木ママがテレビで『源氏物語』の性描写はスゴイ、などと言ってしまったとしても、

その話を真に受けて『源氏物語』を読み始めるのは邪道ですわよう。。。

絶対、読んでからガッカリしてしまうのでござ~ますわァ。。。

あとで、ガッカリしないためにも、他に面白いお話がるのですわよう。。。

あなたのために平安史、古代史の面白い記事を用意しましたわァ。

ぜひ お読みくださいねぇ~。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてください。
じゃあ、またねぇ~。。。


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ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


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『下衆のかんぐり』

『桓武天皇のママがネットで』

『ござが天皇とGOOGLE』

『エロ 建礼門院』

『一敗が三人に!』

『行田の黒い霧をはらう』

『ペルシャ人が飛鳥に』

『小柴垣草子』

『後白河上皇ダントツ』

『ブスと美人』

『エロい話が好き?』

『死んでも生きてる』

『失意の太田将宏』


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『オルフェと聖徳太子』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

『ゴヤと三島由紀夫』

『仏陀とキリストと娼婦』


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『ズロースと戦争』

『伊藤若冲ブーム?』

『ブッダと物理学』

『加藤清正ブーム?』

『愛憎と三輪山』

『松原智恵子 お尻ペンペン』

『坂本龍馬は流れ者か?』

『野ざらし』

『紫式部堕獄説』

『日本最古のポルノ?』

『源氏物語の性描写』

『寅さんの本棚と急行まつしま』

『ヒトラーは草食系?』

『ブッダとキリストと娼婦』

『顔文字とオナラ』


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『宝暦の恨みを明治維新で』

『デウキと紅葉@行田』

『薄い陰毛と紅のボートピープル』

『江戸の閨房術』

『ずるがしこい現代人』

『春画@源氏物語』

『千早振る』

『あれっ、松本清張』

『キスと源信』

『伎楽は呉から…?』

『紺瑠璃杯に魅せられて』

『神聖娼婦 マリア』

『安徳帝は生きていた』

『白石川の桜』

『ブログ村のマリア様』

『萌える済子女王』

『ピンク桃色@徒然』

『富沢金山の桜』

『ピンク桃色村』

『紫式部@徒然』

『絵里香@ペルー』

『ペルシャ人の楊貴妃』

『ん?佐伯今毛人』

『文学と歴史とウソ』

『百人一首ミステリー』

『芭蕉と遊女再び』

『映画とロマン@仙台』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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百人一首ミステリー

2017年6月5日

 

百人一首ミステリー

 


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デンマンさん。。。 百人一首にどのようなミステリーがあるのでござ~ますかァ?

卑弥子さんは これまでに百人一首のミステリーについて質問を受けたことがないのですかァ~。。。

あたくしは京都の女子大学で「日本文化と源氏物語」を講義しておりますので、質問といえば当然、源氏物語に集中しておりますわァ~。。。

あれっ。。。 「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授とは思えないような軽率なことを言うのですねぇ~。。。

あらっ。。。 あたくしが、何か可笑しなことでも のたまいましたかしらァ~。。。 おほほほほ。。。

卑弥子さん。。。 うっかりだとしても、忘れてもらっては困りますよう。。。 「百人一首」に『源氏物語』の作者の紫式部の次の歌が57番の歌として入っているではありませんかァ!

57. 紫式部

 


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めぐり逢(あ)ひて

見(み)しやそれとも

わかぬ間(ま)に

雲(くも)がくれにし

夜半(よは)の月かな

 

あらっ。。。 うっかりしていましたわァ~。。。 平成の紫式部と言われる あたくしとしたことが、マジでぇど忘れしていましたわァ。。。 そうです。。。 そうですとも、平安時代の中頃、宮廷中心の貴族文化は全盛を迎えるのでござ~ますわァ~。。。 文学の世界では、女性の活躍が目ざましく清少納言が『枕草子』、紫式部が『源氏物語』を書いたのでしたァ。。。 それゆえに『百人一首』にも、和泉式部、大弐三位、赤染衛門、小式部内侍、伊勢大輔といった宮廷の才女の歌が載っているのですわァ~。。。

そうですよ。。。 だからこそ、わざわざ百人一首ミステリーというタイトルを掲げて卑弥子さんに登場してもらったのですよゥ。。。 卑弥子さんも、これまでに百人一首ミステリーという言葉を聞いたことがあるでしょう!?

いいえ。。。 初耳ですわァ~。。。

マジで。。。?

だってぇ~、あたくしが教えている腐女子たちは『源氏物語』はもとより、『百人一首』についても、まず質問するということがないのですわよう。。。

まさかァ~。。。?

本当でござ~♪~ますわァ~。。。

それは、きっと卑弥子さんの講義が面白くないからですよ!。。。 だから、質問する腐女子学生がいないのですよう! 講義ノートに書いてあることを、卑弥子さんは毎年、毎年、読み上げているだけなんでしょう!? 僕が学生時代にも、そういう無気力な教授がいたものですよ。。。

デンマンさん! んもおおおォ~。。。! 失礼な事を言わないでくださいましなァ~。。。! あたくしの『源氏物語』の講義は“平成の紫式部が送る白熱のラブラブ源氏物語”として学内でもチョー人気がある講義になっておりますわァ~。。。

だったら、質問の一つや二つは出てくるでしょう!?

もちろん、出てきますわよう。。。 でも、その質問は“百人一首”とは全く関係ない質問なのですわァ。。。

例えば、どういう質問がでるのですかァ?

そうですわねぇ~。。。 あたくしの印象に残っているのは、「紫式部が生きていた頃はディ~プキスがあったのか?」とか、「避妊は、どのようにしていたのか?」とか、「もし、避妊がうまくゆかなくて、おろす場合には、産婆さんがおろしてくれたのか?」とか。。。 たいてい、そういう質問でござ~ますわァ~。。。

それは、ちっとも文学とは関係ない質問じゃありませんかァ~!

だから、『百人一首』のことで質問する腐女子など、これまでに一人もいませんでしたわァ。。。

そういうわけで、卑弥子さんも『百人一首』に紫式部の歌が出てくるのを忘れていたのですかァ~?

そうでござ~ますわァ。。。 おほほほほほほ。。。

あのねぇ~、それでは、未来のお母さんになる腐女子から生まれる子供のことが心配ですよう! 卑弥子さんは、日本の未来のことを考えて、もう少し腐女子たちを教養のある、品のある女性に育て上げてくださいよう!

分かりましたわ。。。 現代の腐女子のことで議論していると日が暮れてしまいますので、本題に入ってくださいなァ~。。。 そもそも、百人一首ミステリーってぇ、どういうことでござ~ますかァ?

ちょっと次の画像を見てください。。。


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あらっ。。。 これは、もしかして平安時代の田園風景を描いたものでござ~ますかァ?

さすがですねぇ~。。。 さすが京都の女子大学で「日本文化と源氏物語」を講義しているだけのことはありますよう! あのねぇ~、実は 上の絵は「百人一首」そのものなのですよ。。。

上の絵は「百人一首」そのものォ~。。。?

そうですよ。。。

でも。。。、でも。。。、どこにも歌が書いてありませんわァ~。。。

だから、それが百人一首ミステリーなのですよう!

どういうことですか? デンマンさんが言おうとしていることが全く理解できませんわァ~。。。

あのねぇ~、上の絵は次のように『百人一首』の歌を縦10枚、横10枚にきれいに並べると浮き上がってくる絵なのです。。。


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『拡大する』

マジで。。。? 『百人一首』の歌を 上のように縦10枚、横10枚 きれいに並べると浮き上がってくる絵があるのでござ~ますかァ?

あるのです。。。 京都の女子大学で「日本文化と源氏物語」を講義してい橘卑弥子・准教授を わざわざ呼び出してまで僕がウソをつくと思いますかァ~?

でも。。。、でも。。。、そのようなお話を あたくしはこれまでに聞いたことがござ~ませんわァ~。

それは、“平成の紫式部”と言われている卑弥子さんの勉強不足ですよ。。。 『ウィキペディア』にも ちゃんと書かれている。。。

歌織物説


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歌織物説とは、百人一首の歌が 隣りに来る歌どうしが上下左右に何らかの共通語をふくみ合う形で結び合わされ、タテ10首、ヨコ10首の枠内に並べることが出来るという、百人一首研究家・林直道の説

並べられた100首の歌と歌をつなぐ合せ言葉を絵におきかえると、美しい景色が浮きあがることから「歌織物」説という。

■百人一首には歌の名人・定家が何万何千という歌の中からよりすぐった百の歌だというわりには平凡な歌が多いことや、同じような言葉を用いたの歌が多いことなどから、ある意図された並びが存在するのではないかと言われていた。

■「歌織物説」とは、和歌の世界でさかんに行なわれていた言葉遊びを、百人一首の中に技術的なシステムとして組み込もうという考えのもとに歌を撰び出し、隣りに来る歌どうしが上下左右に何らかの共通語をふくみ合う形で結び合わされ、タテ10首、ヨコ10首の枠内に並べることが出来るというものである。

■そして、並べられた100首の歌と歌をつなぐ合せ言葉(山、川、紅葉、雲、花、桜、菊、鳥、鹿、瀬、滝、松、等々)を絵におきかえていくと、掛軸のような山紫水明の美しい景色が浮きあがることから「歌織物」と名付けられた。

 

歌織物の構図

■上記のようにタテ10首、ヨコ10首に並べたところ、四隅の角に位置する4つの歌が、右下に定家の歌、左下には後鳥羽院、右上には順徳院、左上には式子内親王となっており、その配置は「曼荼羅の四天王」を連想させる。

■この、謎をはらんだ歌集の意味をときほぐす重要な鍵は、定家の自撰歌にあると筆者は考えており、それは「来ぬ人を松帆の浦の夕凪に焼くや藻塩の身もこがれつつ」である。

■ここで「松」は待つの掛け詞であり、「凪」は泣きに通ずる。この歌は、誰か帰り来ぬ人に向って、定家が悶々たる思慕の情を述べるのが百人一首の基本点だったという推測を成り立たせる。

■つまり、鎌倉幕府と戦って敗れ、隠岐と佐渡に幽閉され、帰り来ることを許されぬ二人の帝と、薨去してこの世には二度と帰り来ぬ薄幸の美女・式子内親王という、三人の「来ぬ人」に向って「あなたをお待ちして泣きながら身もこがれる思いだ」と訴える構図なのではないかと考える。


出典: 「歌織物説」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

あらっ。。。 このような事をマジで言い出した人が居るのでござ~ますかァ?

そうなのです。。。 実は、僕はバンクーバー図書館で本棚の前で どれを読もうかと探していたら、たまたま百人一首研究家・林直道さんの本を見つけたのですよ。。。

あらっ。。。 偶然ですわねぇ~。。。 それで、デンマンさんは、「そのようなことはないだろう!? ウソだろう?」と思いながら読んでみたのですかァ?

その通りですよ。。。 すると、次のようなことが書いてあった。

定家の懊悩とその解決


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百人一首が後鳥羽院・順徳院・式子内親王らにたいする焦がれる思いを表わしたものだ、という主張にたいしては、式子・順徳についてはともかく後鳥羽院にかんするかぎり、とても賛成できないという意見が寄せられている。
その反対意見によれば、定家と後鳥羽院とはたがいに反目しあい憎みあっていた仲であって、その定家が後鳥羽院追慕、後鳥羽院讃歌の歌集をつくったなどというのは、あまりにも無理な解釈だというのである。

たしかに、表面的には後鳥羽院と定家とは仲たがいしたまま生を終えた形となっている。
後鳥羽院が承久の乱に敗れ隠岐に島流しになったあと、定家のとった態度は、じつに冷淡そのものであった。
家隆をはじめ多くの公卿たちが、隠岐へ見舞いの手紙を出し、慰めの品物を贈ったのに、定家は一通の手紙も一片の品物も贈らなかった。

後鳥羽院のほうでも定家の冷酷さに我慢ならず、隠岐で書いた歌論書『後鳥羽院御口伝』のなかで、定家の歌には「心がない」とこきおろしている。


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定家がこうした冷酷な態度をとったのには公私両面での理由がある。

第一に、定家は、承久の乱のおこる直前に歌会で発表した歌が後鳥羽院の怒りにふれ、「勅勘(ちょくかん)」をうけ、以後、自宅で謹慎せよ、公の席へ出ること罷(まか)りならぬという処罰をうけた。
ところがその処罰令を出した後鳥羽院自身が鎌倉幕府によって島流しにされ、隠岐に幽閉されてしまったから、定家は後鳥羽院から勅勘を解除されることなく、形の上ではずっと処分をいけつづけているという関係にあった。

第二に、クソ真面目な定家は、自由奔放な後鳥羽院と性格が合わなかったうえに、わが子の為家が後鳥羽院によって蹴まりの遊び相手として独占され、家業である歌の勉強を妨げられたこと、また後鳥羽院が定家の才能と律儀な仕事ぶりに目をつけ、新古今集の編纂などで存分に利用しておきながら、身分の昇進については配慮せず、いつまでも少将という低い身分に据(す)えおいたこと、などの点で恨みを抱いていた。

こうしたことから、承久の乱ののち、定家が公私両面で後鳥羽院とのつながりを断ち、別世界の人間として疎遠な関係に立とうとしたのは、ある意味で当然の成りゆきであった。

 (中略)

じつのところ、定家としては、後鳥羽院が勢力をもり返して幕府をたおし、ふたたび権力の座につくことをもっとも強く恐れていたのかもしれない。
そのときは彼自身、後鳥羽院がたから、手ひどい報復処罰をうけることが予想されたからである。

このようにみてゆくと、定家が(百人一首を作ることによって)後鳥羽院讃歌の歌織物をつくったなどという主張は、ますますもって不可解なものに思われるであろう。


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だが、じつは、晩年にいたって定家はある事件にまきこまれ、そのことによって大きな心理的軌道修正をよぎなくされたのである。
寛喜2年(1230年)、定家は、後堀河天皇から、新しい勅撰集を編纂せよという内意を受けた。

 (中略)

後鳥羽院・順徳院の歌をどう扱えばよいのか。
もしも入れるとすれば、(略) 鎌倉幕府から (略) とがめをうけるだろう。 (略)
「たとえ鎌倉に忌み嫌われている人物」だとはいえ、あえてその歌を勅撰集に撰入したというところに、定家の歌人としての誇りと自負と意地があったわけである。

ところが、定家苦心のこの草稿は、案の定、責任者である政治的実力者、関白・藤原道家からクレームをつけられた。
鎌倉幕府の怒りにふれることをおそれた道家は、草稿中の後鳥羽院・順徳院の歌 (略) をのこらず削除せよと指示したのである。

 (中略)

そこで定家は、鎌倉幕府にたいする反逆の意味を持った作品をつくらねば、気がおさまらなくなり、(百人一首をつくり) こういう報復をすることで、歌人としての失われた誇りをとりもどそうとしたのではなかろうか。 (略)
それよりももっと強烈にかれの心臓を握りつぶしたのは、後鳥羽院の祟(たた)りをうけるのではないかという恐怖感であった。


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承久の乱以後、かれのとりつづけた冷酷な態度が、院の恨みを買ってきたことは自分にも痛いほどわかっている。
そこへさらに、今回、たとえ上層部から命じられたとはいえ、後鳥羽院・順徳院の歌 を勅撰集から切り削る直接の下手人(げしゅにん)となった。
隠岐の怨霊(おんりょう)の祟りをこうむるのはもはや必定(ひつじょう)ではないか。
このままでは自分は未来永劫、地獄に堕(お)ちてしまう。

そこで定家は、院の祟りを免れるために唯一の手段として、院を讃美し、院の生霊(いきりょう)を慰める内容を盛り込んだ、何か奇想天外な巨大作品をつくり上げようと異常なまでの熱意に燃えたのではなかろうか。

このようにして、歌人定家は、勅撰集の独力撰進という、歌人として上りつめた栄光の頂点において、(略)挫折からの活路を求めて、百人一首歌織物という空前の大傑作をつくり上げるにいたったのである。


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(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


165-172 ページ
『百人一首の世界』 新装版
著者: 林 直道
2003年12月17日 第1刷発行
発行所: 株式会社 青木書店

つまり、デンマンさんは上の御本を読んで 説得されてしまわれたのでござ~ますかァ?

そうです。。。 いけませんかァ~?

デンマンさんが素直に説得されるなんてぇ、珍しいことですわねぇ~。。。

あのねぇ~、もう一度 紫式部の歌を読んでみてください。。。

57. 紫式部

 


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めぐり逢(あ)ひて

見(み)しやそれとも

わかぬ間(ま)に

雲(くも)がくれにし

夜半(よは)の月かな

 

この上の歌を読んで、卑弥子さんは何か感動するものがありましたかァ~?

特に感動しませんでしたけれど、『百人一首』の中に選ばれたほどの歌なのですから、良い歌にきまってますわァ~。。。

だから、そういう考え方が間違ってるのですよ。。。 僕は、上の歌を読んで、特に素晴らしい歌だとは思えなかった。。。 紫式部には、もっと感動を呼ぶような歌があるはずですよ。。。

でも。。。、でも。。。、とにかく、『百人一首』の中に選ばれたほどの歌なのですから、良い歌なのでござ~ますわァ。

藤原定家は素晴らしい歌だから上の歌を選んだわけじゃないのですよ。。。 歌織物を作るために藤原定家の都合のよい歌を選んだだけなのです。。。 そうしない限り歌織物を作ることができない!

でも。。。、でも。。。、“歌織物説”というのは、百人一首研究家・林直道さんの言い出した仮説ですわァ~。。。

僕は、それは真実だと信じることができる。。。

その根拠は。。。?

藤原定家は どうしても歌織物を作らねばなかなかった! なぜなら、定家は、院の祟りを免れるために唯一の手段として、院を讃美し、院の生霊(いきりょう)を慰める内容を盛り込んだ、何か奇想天外な巨大作品をつくり上げねばならなかったのですよ。。。

そのような事が、その時代、あるいは、それ以前にもあったのでござ~ますかァ?

あったのです。。。 『百人一首』の2番の歌として入っている 持統天皇が詠んだ次の有名な歌を読んでみてください。


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春すぎて 夏来たるらし 白妙(しろたえ)の

 衣(ころも)ほしたり 天(あめ)の香具山

この歌は、たぶん 『百人一首に』入っているから有名になったのだと思うのだけれど、決して感動を誘うような歌ではないですよ。。。 歌そのものの言葉を解釈すれば、「春が過ぎて夏がやってきた。 香具山に白い衣が干してある」。。。 ただ、これだけのことを言っているに過ぎない! 小学生でも詠めるような他愛無い歌ですよ。。。

そうでしょうか?

卑弥子さんは、マジで素晴らしい歌だと思いますかァ~?

だってぇ~、『百人一首』に選ばれたのだから、素晴らしい歌に違いないと思いますわ。。。

だから、それが先入観なのですよ。。。 藤原定家は確かに歴史的に有名な歌人だけれど、持統天皇の上の歌が素晴らしいから選んだわけじゃない! 歌織物を作るのに都合がいいか定家が選んだだけなのですよ。。。

だから、それは百人一首研究家・林直道さんの言い出した仮説にすぎないのですわァ~。。。

地動説も初めは仮説だったのですよ。。。 ガリレオが生きて居た時代には、99%の人々が天動説を信じていた。。。 でも、現代人の99.9%の人々が地動説を信じている!

つまり、デンマンさんにとっても『歌織物説』は真実だと信じることができるのですか?

そうです。。。

その根拠は。。。?

あのねぇ~、持統天皇の上の歌は、ただ単に四季の移り変わりに感興を催(もよお)して詠んだのではないんですよ。。。 これまでの持統天皇の波乱に満ちた人生を考えるとき、愛する人を奪われ続けてきたこの女性の性(さが)と業(ごう)を考えるとき、僕は次のようにしか解釈できません。

春が過ぎて夏が来たようだ。

天の香具山に美しく真っ白な衣が

干してあるなあぁ~

でも、私の心はあの山の裏にある

磐余(いわれ)の池を見ているのです。


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大津皇子が自害する前に池の端で

辞世の歌を読んだという。

自害の後で、皇子の妻であり、

私の腹違いの妹でもある山辺皇女が

髪を振り乱し、裸足で駆けて行き、

共に殉死したという。

痛ましいには違いない。

しかし私は、ああせねばならなかったのです。

怨霊になって私を憎んで

いるのかもしれないけれど、

私には他にとるべき道はなかったのです。

どうか、心安らかに眠っていて欲しい。

上の歌を持統天皇は藤原京の宮殿から香具山を見て詠んだのです。


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この地図で見れば分かるように、香具山の裏に磐余(いわれ)の池があるんですよね。 この池の端で大津皇子は辞世の句を詠んだのです。 現在では、ほとんどの歴史家が大津皇子は持統天皇の陰謀によって死なされたと見ています。 僕もそう考えています。

つまり、持統天皇は結果として自分と血のつながりがある甥の大津皇子と腹違いの妹を死に追いやったわけでござ~ますかァ?

そうです。。。 この当時は怨霊ということがマジで信じられていた。。。 “怨霊の崇り”ということが現在でいえば“北朝鮮からミサイルの攻撃を受ける”程度に怖いこととして考えられていた。

それで、持統天皇は天からミサイルを宮殿に打ち込まれたくないので怨霊を鎮魂するために上の歌を詠んだのでござ~ますかァ?

そうですよ。。。 それが僕の解釈です。 うへへへへ。。。。

でも。。。、でも。。。、そのような事を言っている人は デンマンさん以外におりませんわァ~。。。

あのねぇ~、地動説も初めは一人が勇気を持って世間に広めようとしたのですよ。。。 そのつもりで、僕も記事を書いたので、卑弥子さんも読んでみてくださいねぇ~。。。

では、なぜ持統天皇はここまでする必要があったのか?
そしてなぜ、彼女は怨霊をそれほどまでに恐れねばならないのか?

天武天皇が亡くなれば皇太子が皇位を継承するのが順序であり、
皇后の実子である草壁皇太子が即位する事は約束されていた事です。

この時点で、大津皇子は皇位継承権第2位でした。
それにもかかわらず、皇后はこの甥である大津皇子を排除しようとした。
なぜか?

草壁皇子は病弱だったのです。
大津皇子と比べると歌においても人望においてもすべての面で劣っていたようです。
それが証拠に草壁皇子のことはたった1行『日本書紀』に記載があるのみです。

それに比べ、大津皇子については『万葉集』にも『懐風藻』にも記載があります。
それも、大津皇子の才能をほめたたえ、その人柄を偲んでいるような書き方になっています。
詳しくは次の記事を読んでください。

 


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『性と愛の影に隠れて -

 万葉集の中の政治批判』

 

つまり、当時の誰が見ても大津皇子の方が天皇にふさわしいと見ていた事が実に良く表れているのです。
草壁皇子が即位すれば皇太子として草壁皇子の異母弟である大津皇子を立てなければなりません。
なぜなら、草壁皇子の長男の軽皇子(かるのみこ)は当時4歳で皇太子にするにはふさわしくない。

ところが、病弱な草壁には、いつ不測の事が起こるかも知れず、その時には大津皇子が皇位につくことになってしまう。
そうなると、皇統が大津皇子に移ってしまう。

つまり、讃良皇女の血を受け継いだ後継者が、そこで絶えてしまう。
独占欲の強い讃良皇女には、このことは絶対に容認できない事です。

この事は持統天皇として即位してから、自分の血に固執したこの女性の性(さが)と業(ごう)を考えれば、容易に察しがつきます。
上の系図を見れば、そのことが良く分かります。
この独占欲と権勢欲は讃良皇女の生い立ちを考えない限り理解できません。

しかも、この女性はその先例を父親の天智天皇と自分の夫である天武天皇との間に見ているのです。
つまり、この場合なら、草壁皇子が天智天皇にあたり、大津皇子が天武天皇にあたります。

天智天皇の皇太子になったのが大海人皇子(後の天武天皇)だったのです。
このような状況を許せば、大海人皇子が天智天皇を暗殺して、その子の大友皇子を亡き者にしたように
大津皇子が草壁皇子を暗殺して皇位につくかもしれない。

その“禍の芽”を摘み、取り除くために大津皇子を亡き者にしなければならなかったのです。

 

なぜ大津皇子の怨霊を恐れたのか?


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現身(うつそみ)の 

人なる吾(われ)や 

明日よりは 

二上山を 

弟背(いろせ)とわが見む 

(巻2-165)

この世に生き残った私は、明日からは、

弟が葬られている二上山を弟と思い見て、

慕い偲ぶことにしよう。

上の歌は大津皇子の死体を飛鳥の墓から掘り出して、
葛城(かつらぎ)の二上山(ふたかみやま)に移して葬った時に、
大津皇子の実の姉である大伯皇女(おおくのひめみこ)が痛ましい思いに駆られて詠んだ歌です。

死体を掘り起こして他の場所に埋めなおす。
なぜそのような酷(むご)いことをしなければならないのか?
大伯皇女も、そう思って心が痛んだことでしょう。

つまり、大津皇子を偲んで大伯皇女が詠んだ歌を大伴家持が万葉集に取り上げた本音には、
この事実を後世に伝え“謀反”が持統天皇の“でっち上げ”であった事を暗に伝えるためだった。

僕はそう信じることができます。

大伯皇女は、大津皇子が自害した15年後、
大宝元年(701年)に独身のまま41歳で亡くなっています。

彼女は天武2年(673年)に父・天武天皇の指図に従って
伊勢神宮に奉仕する最初の斎王(いつきのみこ)となり、
伊勢の斎宮(いつきのみや)に移ってお勤めをするようになったのです。

しかし、大津皇子が自害した1ヶ月余りの後に、
弟の罪により斎王の任を解かれて飛鳥に戻ったのです。

平安時代の長和4年(1015年)に書かれた『薬師寺縁起』には次のように書かれています。

大津皇子の霊が龍となって崇りを起こしたため、

大津皇子の師であった僧の義淵(ぎえん)が皇子の霊を祈祷によって鎮めた。

つまり、大津皇子は無実の罪を着せられて自害させられたのですね。
その罪を着せたのは誰あろう持統天皇なのです。

そして、大津皇子の死体を二上山に移して、
皇子の霊を飛鳥から15キロ離れた山の中に閉じ込めたのも持統天皇のしたことです。

持統天皇の心にも“後ろめたさ”があったのでしょうね。
だからこそ大津皇子の霊に恐れを感じた。

しかも、“大津皇子の霊が龍となって崇りを起こし”ていると言うもっぱらのうわさが流れている。
持統天皇が大津皇子の死体を掘り起こし
二上山にその怨霊と共に閉じ込める気持ちが分かるような気がします。

怨霊信仰


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非業の死を遂げたものの霊を畏怖し、
これを融和してその崇りを免れ安穏を確保しようとする信仰。

原始的な信仰では死霊はすべて畏怖の対象となったが、わけても怨みをのんで死んだものの霊、その子孫によって祀られることのない霊は人々に崇りをなすと信じられ、疫病や飢饉その他の天災があると、その原因は多くそれら怨霊や祀られざる亡霊の崇りとされた。

『日本書紀』崇神天皇七年・・天皇が疫病流行の所由を卜して、神託により大物主神の児大田田根子を捜し求めて、かれをして大物主神を祀らしめたところ、よく天下大平を得たとあるのは厳密な意味ではただちに御霊信仰と同一視し難いとはいえ、その心意には共通するものがあり、御霊信仰の起源がきわめて古きにあったことを思わしめる。

しかし一般にその信仰の盛んになったのは平安時代以後のことで、特に御霊の主体として特定の個人、多くは政治的失脚者の名が挙げられてその霊が盛んに祭られるようになる。

その文献上の初見は『三代実録』貞観五年(863)「所謂御霊者 崇道天皇(早良親王)、伊予親王、藤原夫人(吉子)及観察使(藤原仲成か)、橘逸勢文室宮田麻呂等是也。・・・」ものと注せられているが、この六所の名については異説もあり、後世さらに吉備大臣(真備)ならびに火雷神(菅原道真)を加えてこれを八所御霊と呼ぶようになった。・・・」


SOURCE: 国史大辞典

持統天皇は怨霊信仰に基づいて大津皇子の霊を祈祷によって鎮めて、
後でまた崇りをしないようにと二上山に皇子の霊を閉じ込めたわけです。

つまり、これは持統天皇が無実の罪を着せて大津皇子を殺したことの何よりの証拠なんですよね。
大伴家持は大伯皇女を万葉集に取り上げることによって、
この事実を我々に伝えようとしたわけです。
僕はそう信じているんですよ。

では、恒例になりましたが、司馬遼太郎さんの言葉を書きますね。

生前、司馬遼太郎さんは、このようなことを言っていましたよ。

 


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“作品は作者だけのものと

違うんやでぇ~。。。

作者が50%で読者が50%。。。

そうして出来上がるモンが

作品なんやでぇ~”

名言だと思いますねぇ~~。

あなたが読者として、どれだけ50%の分を読みつくすか?
それが問題ですよね!

大伯皇女が全身全霊の力を込めて詠(うた)ったのがこのページの上で示した歌です。

あなたも、全身全霊の力を込めて。。。あなたの人生経験と、これまで学んできた国文と、日本史と、すべてを噛み砕いた上で理解すべきなのかもねぇ~。

大伯皇女は、それを期待しながら、1300年後に生まれるだろうあなたに、この当時の波乱に満ちた政治の真相を伝えようと、上の歌を詠(うた)ったのかも知れませんよ。 へへへへ。。。。

大伴家持は一読者として大伯皇女の歌を充分に読み取った上で万葉集に載せたのだと思いますね。

では。。。


『愛と怨霊』より
(2006年7月5日)

でも。。。、でも。。。、このお話が“地動説”のように、世間に広まるでしょうかァ?

“歌織物説”と一緒に世の中に広まりますよ。。。 考えても見てください。。。 『百人一首』の中に取り上げられた持統天皇の歌は 表面的にはつまらない歌ですよ。。。

でも、やがて 深く理解する人が現れるとデンマンさんは信じているのござ~ますかァ?

そうです。。。 それが百人一首のミステリーです。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたはデンマンさんの言うことを信じることができますかァ~?

考えてみると、確かに持統天皇の歌は表面的にはつまらない歌ですよねぇ~。。。

 


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“作品は作者だけのものと

違うんやでぇ~。。。

作者が50%で読者が50%。。。

そうして出来上がるモンが

作品なんやでぇ~”

生前、司馬遼太郎さんは、上のように言ったそうですけれど、

確かに、一理あるようでござ~ますわァ。

ところで、あたくしには紫式部の血も流れているのでござ~ますわァ。。。

信じられないでしょう?

では、あたくしの次のお話を読んでくださいませぇ~。。。


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『卑弥子の源氏物語』

どうですか? あたくしが“平成の紫式部”だと納得がゆきましたかァ~?

ええっ。。。 ちょっと納得がゆかないのでござ~ますかァ?

でもねぇ~、あたくしは 一応 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~ますゥ。

だけど、どういうわけか結婚相手が 現れないのですわよゥ。

あたくしは別に高望みはしていないのでござ~ますう。

“寅さん”のような人でもいいのです。。。

ついでだから、寅さんの映画でも見てください。


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ちなみに、紫式部のお話も面白いですけれど、古代の話も心にしみます。

たまには、日本の古代史の記事も読んでくださいませぇ。

そういうわけで あなたのために平安史、古代史の記事を用意しました。

ぜひ 覗いてみてくださいねぇ~。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてください。
じゃあ、またねぇ~。。。


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ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


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『下衆のかんぐり』

『桓武天皇のママがネットで』

『ござが天皇とGOOGLE』

『エロ 建礼門院』

『一敗が三人に!』

『行田の黒い霧をはらう』

『ペルシャ人が飛鳥に』

『小柴垣草子』

『後白河上皇ダントツ』

『ブスと美人』

『エロい話が好き?』

『死んでも生きてる』

『失意の太田将宏』


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『オルフェと聖徳太子』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

『ゴヤと三島由紀夫』

『仏陀とキリストと娼婦』


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『ズロースと戦争』

『伊藤若冲ブーム?』

『ブッダと物理学』

『加藤清正ブーム?』

『愛憎と三輪山』

『松原智恵子 お尻ペンペン』

『坂本龍馬は流れ者か?』

『野ざらし』

『紫式部堕獄説』

『日本最古のポルノ?』

『源氏物語の性描写』

『寅さんの本棚と急行まつしま』

『ヒトラーは草食系?』

『ブッダとキリストと娼婦』

『顔文字とオナラ』


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『宝暦の恨みを明治維新で』

『デウキと紅葉@行田』

『薄い陰毛と紅のボートピープル』

『江戸の閨房術』

『ずるがしこい現代人』

『春画@源氏物語』

『千早振る』

『あれっ、松本清張』

『キスと源信』

『伎楽は呉から…?』

『紺瑠璃杯に魅せられて』

『神聖娼婦 マリア』

『安徳帝は生きていた』

『白石川の桜』

『ブログ村のマリア様』

『萌える済子女王』

『ピンク桃色@徒然』

『富沢金山の桜』

『ピンク桃色村』

『紫式部@徒然』

『絵里香@ペルー』

『ペルシャ人の楊貴妃』

『ん?佐伯今毛人』

『文学と歴史とウソ』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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文学と歴史とウソ

2017年5月31日

 

文学と歴史とウソ

 


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白拍子というのは、平安時代後期に活躍した、
一口で分かりやすく申し上げるならば、
芸者のような者でござ~♪~ますわ。


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このように白の水干(すいかん)に
立烏帽子(たてえぼし)、白鞘巻(しろさやまき)という男装で
「今様」と呼ばれる歌を謡(うた)いながら、
男舞と呼ばれる舞を舞うのでござ~♪~ます。

白拍子であった祗王(ぎおう)は、
時の権力者・平清盛の寵愛を受け、
彼の館で幸せに暮らしておりました。

あるとき、清盛に歌舞を披露したいという
別の白拍子が現れたのです。
その者が仏御前だったのですわ。

ただの白拍子に過ぎない仏御前を清盛は追い返そうとしました。
でも、遠路はるばるやってきた彼女を見かねて、
心の優しい祗王がとりなしたのでござ~♪~ますわ。

それで、仏御前は清盛に舞を見せることになりました。
しかし、これを見た清盛は心を奪われ、
仏御前を寵愛するようになってしまったのでござ~♪~ます。

皮肉なものでござ~♪~ますわねぇ~。
男と言うのは本当に浮気なものでござ~♪~ますわ。
祗王の座を奪う気持ちのない仏御前は辞退しようとしました。

しかし、それに気づいた清盛は、
邪魔な祗王を追放してしまったのですわ。
本当に悲しい事でござ~♪~ますゥ。


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萌え出づるも

枯るるも同じ

野辺の花

いづれか秋に

あわではづべき

館を出る祗王がせめてもの忘れ形見にと
詠んだ句でござ~♪~ます。

さらに翌春、清盛は退屈している仏御前を慰めるためといって、
祗王に仏御前の前で舞を披露することを強要したのです。
祗王は、あまりの屈辱に死を決意するのでござ~♪~ました。

しかし、五逆罪になることを母親が説き、
やむなく祗王は清盛の館へ向かうのです。


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仏もむかしは凡夫なり

われらも遂には仏なり

いずれも仏性具せる身を

隔つるのみこそ悲しけれ

このように謡(うた)いながら舞い踊り、
諸臣の涙を誘ったのでござ~♪~ます。

祗王は都に居れば、
また同じような思いをしなければならないと、
母、妹と共に尼となり、嵯峨の山里で仏門に入るのでした。

当時、祗王21歳、妹の祇女は19歳、
母の刀自(とじ)は45歳でござ~♪~ました。

ところが、ある秋の夕べ、仏御前は祗王の元を訪れたのです。
なぜ。。。? どうした事でござ~♪~ましょうか?


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実は、祗王の運命を自分に重ねて世の無常を思い、
仏御前は、清盛の館を抜け出して
尼となっていたのでござ~♪~ます。

それからのち、祗王一家と仏御前は、余念無く仏道に励み、
みな往生の本懐を遂げたのでござ~♪~ます。

小百合さん、いかがでござ~♪~ますか?
女の身として涙なくしては読めないですよね。
おほほほほ。。。


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それにしても、祗王寺のお庭は
苔がとっても美しいですことォ~。。。
見とれてしまいますわぁ~。

あああぁ~。。。デンマンさんとご一緒に見たいわぁ。。。
うしししし。。。

 


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『愛憎と苔寺』より
(2008年10月7日)

デンマンさん。。。 どういうわけで、白拍子の祗王と平清盛のお話を持ち出してきたのでござ~ますかァ?

“文学と歴史とウソ”について卑弥子さんと語り合うためですよ。。。

つまり、上のお話の中にウソがある、とデンマンさんは主張するのですか?

ウソだと断定できないかもしれないけれど、『平家物語』をじっくり読むと、どうやら仏御前の話は清盛さんを貶(おとし)めるための創作だという気がしてきたのですよ。

清盛さんを貶(おとし)めるための創作。。。?

そうですよ。

でも。。。 でも。。。 どうして清盛さんを貶(おとし)める必要があるのでござ~ますか?

あのねぇ~。。。、平清盛は日本史上「悪者」として評価され続けてきたのですよ。 たとえば、あの有名な道鏡もそうですよ。 だから道鏡などは未だにエロい冗談が巷の間で次のように囁(ささや)かれている。


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つまり、清盛さんも日本史の時間に悪者として教えられたのでエロい話がたくさんあるとデンマンさんは言うのですか?

そうですよ。

でも、誰がそのように清盛さんを貶めたのですか?

もちろん、平家を滅ぼした源氏ですよ。 源氏は正義の味方として悪者の平清盛とその一族を滅ぼしたということを宣伝したのですよ。 歴史では何度も繰り返されてきたことです。 つまり、勝てば官軍なのですよ。

でも、清盛さんを貶めるために仏御前が利用されたのでござ~ますか?

僕は『平家物語』の「祗王」を何度も繰り返して読んでみて、その思いを強くしたのです。

それは、いったいどこでござ~ますか?

次の箇所を読んでみて下さい。


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また京都に白拍子の名手がひとり現れた。
加賀の国(石川県南部)の生まれ、名を仏という。
歳は16とのことである。
京都の人は、上も下も、昔から多くの白拍子は見たが、これほど上手な舞は見たことがないと、しきりにもてはやす。

ある時、仏御前は、
「わたしは、世にもてはやされてはいるが、当世栄(は)えめでたき平家太政(だいじょう)の入道清盛公に召されぬことばかりが心のこり。
遊び女のならいなれば、かまわぬはず。
こちらより、おしかけてみようか」
とある時自分から、西八条の清盛の邸へ伺った。

取り次ぎの者が、「いまは都に名の聞こえた仏御前が参りました」と言上すると、清盛は気色をそこねて、
「なんと、そのような遊び女は、人に召されてくるものだ。
かってに推参(すいざん)する法があるか。
神であろうと、仏であろうと、祗王のおるところへは参ってはならぬ。
早々に追い払え」
と言う。

仏御前はすげないその言葉に、やむなく帰りかけたが、その時、祗王が清盛公に、
「遊び女が自分から参りましたのは、世の常のならわし、それもまだ年端(としは)のゆかぬ者、たまたま思い立って参りましたものを、すげなく申されて帰すのはふびんでございます。
いかばかりはずかしいことか、はた目にも気の毒です」

(デンマン注:読み易いように改行を加えました。
写真はデンマン・ライブラリーより)


31-32ページ 『平家物語(上)』
2004年10月20日 初版発行
現代語訳: 中山義秀
発行所: 河出書房新社

今で言えば仏御前はこの時、満15歳ですよ。

そうですわねぇ~、 昔は歳は数(かぞ)えでしたから。。。

仏御前が清盛の屋敷に行ったのは、ちょうどアイドル歌手の熱狂的なファンがアイドルの家に押しかけて行ったようなものですよ。

そうかしら。。。?

だから、清盛も初めは「招きもしないのに来きやがってぇ~。。。んもおォ~。。。 非常識だ!」と気分を損ねたのですよ。。。 『平家物語』にも、そう書いてある。。。

。。。で、それがどうしたのでござ~ますか?

それで仏御前は祗王の運命を自分に重ねて世の無常を思い、清盛の館を抜け出して尼となって、祗王が住んでいた庵(いおり)を尋ねたのですよ。 この時、仏御前は次のように言った。

あなたが襖障子(ふすましょうじ)に、「いづれか秋にあはで果(は)つべき」と書きおかれたお言葉、まことにその通りだと心にひしと感じておりました。
いつぞやあなたが屋敷に召されて、今様をおうたいなされたときも、つくづくと浮かれ女の身のつらさを、思い知らされました。

そののちは、いずこへお住まいかぞんじませんでしたが、このほど噂によれば、母子三人様姿を変え、ごいっしょに念仏されている由(よし)、聞くにつけてもうらやましゅうぞんじて、いつもおいとまを願い申しましたが、入道殿はいっこうにおゆるしになりませぬ。
ひとり思いあわせてみますと、この世の栄華は夢の中の夢、楽しみ栄えたとてなんになりましょう。

人の身に生まれ出ることはむずかしく、仏の御教(みおし)えにあう機会もめったにございません。
このたび地獄におちましたなら、いかに生まれ変わり死に変わりましても、ふたたび人間界に浮かび上がることはむずかしゅうございます。

老少不定(ろうしょうふじょう: 老人と若者のどちらが先に死ぬかわからない)の世の中ですから、年が若くともたのみになりませぬ。
出る息のはいる間も待つ暇とてもなく、かげろうや稲妻よりも、なおはかない命—いちじの栄華を誇って、後生知らずと言われんも悲しく、今朝ひそかに館を抜け出して、このような姿になって参りました。


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(デンマン注:読み易いように改行を加えました。
写真はデンマン・ライブラリーより)


45-46ページ 『平家物語(上)』
2004年10月20日 初版発行
現代語訳: 中山義秀
発行所: 河出書房新社

仏御前が祗王に向かって申し述べた上のお言葉がどうだとデンマンさんは言うのでござ~ますか?

いくらなんでも、この話はできすぎているでしょう! 満15歳のミーハーが、まるで60歳の老婆のような悟りを開いている。 「老少不定の世の中、年が若くともたのみになりませぬ。出る息のはいる間も待つ暇とてもなく、かげろうや稲妻よりも、なおはかない命—いちじの栄華を誇って、後生知らずと言われんも悲し」い、と15歳や16歳の女の子が言えるわけがない。 この言葉はこのエピソードを創作した作者の言葉です。 仏御前に成り代わって書いているのですよ。

そうでしょうか? あたくしは『平家物語』に書いてある通りに素直に受け取れましたわ。

『平家物語』というのは初めから清盛を悪者に仕立てて書き始めているのですよ。

マジで。。。?

だってそうでしょう! 「祗園精舎の鐘の声。。。」のあとで秦(しん)の趙高(ちょうこう)、漢の王莽(おうもう)、梁(りょう)の周伊(しゅうい)、唐の禄山(ろくざん)のような中国の悪者の名を挙(あ)げて、清盛もこの男たちと同じように「旧主先皇の政治に学ばず、快楽に走り、諫言(かんげん)を受け入れず、天下の乱れや民の愁いも知ることがなかったために滅んだ」と書いてあるのですよ。

つまり、デンマンさんは掌(てのひら)を返したように今では清盛さんのお味方をしたいのですか?

いや。。。もちろん違いますよ。 僕が言いたいのは必要以上に他人を貶(おとし)めるためのエピソードをでっち上げるのは悪いことだと言ってるのですよ。。。 真実を曲げることです。。。 偽ることです。。。 それはウソですよ!

つまり、『平家物語』の「祗王」のエピソードはでっち上げだとデンマンさんは断定なさるのですか?

もちろん、すべてがすべて、でっちあげだと言うつもりはありません。 「火のない所に煙は立たず」ですからね。 でもねぇ、少なくとも仏御前は一人じゃない。 二人の白拍子の話を組み合わせて話をでっち上げたのですよ。 だから、仏御前の話を読むと、60年生きてきた白拍子が人生の悟りを開いたようなことを言っている。 それは『平家物語』の作者の声ですよ。

でも。。。でも。。。、それはデンマンさんの個人的な意見でしょう?

あのねぇ~、僕は、最近 バンクーバー図書館で再び『平家物語』を手にとって読んでみたら、解説に次のように書いてあった。

『平家物語』 解説


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ところで『平家物語』の作者・成立時期・成立事情などが、いまなおはっきりしていないことは冒頭で述べたとおりであるが、実は、『平家物語』そのものが、もともとどのようなものであったのかも謎に包まれたままなのである。

今日、通常『平家物語』と呼ばれ、学校教育の場などで用いられているテキストは、南北朝時代、明石覚一(かくいち)という琵琶法師が、それまでの詞章を整理し、物語を再構成した、いわゆる覚一本の系統に属するが、こうした『平家物語』諸本(異本)は50種類以上も伝わっており、『平家物語』研究の難しさをこの点に求める場合も少なくない。
しかし多くのテキストが存在することは、『平家物語』の世界をより豊かにし、『平家物語』を読む楽しさを、一層、増してくれもするのである。

本書から屋島の合戦の一齣を描いた「巻十一 嗣信(つぎのぶ)最期」を例にとってみよう。
そこでは主君 源義経の矢楯となった嗣信が、死に臨んで次のように述べたと記されている。

弓矢取る身の敵矢(かたきや)に当たって

死ぬるは覚悟の前、ことにも

「源平の合戦に、奥州の

佐藤三郎兵衛嗣信と申す者が、

讃岐の国 屋島の磯べで、

主君の御命にかわって射たれた」と、

末代までの物語にされることは、

今生(こんじょう)の面目、

冥土(めいど)の思い出、

これに上越す誉(ほま)れはございませぬ。

この言葉は、主君に対する武士の献身の道徳を示す例として、しばしば取り上げられるが、別のテキストでは、「奥州に残してきた老母に今一度会えないことが心残りです」と母子の情愛を優先しており、さらに別のテキストでは、主君の身代わりとして死ぬことを名誉とする文言も、老母のことも見えないのである。

中世武士の主従倫理をどのように考えればよいのか。
相異なる『平家物語』のテキストは重要な課題を提起してくれていると言えよう。

本書で『平家物語』の面白さや魅力に出会われた読者には、よく言われるように、ぜひとも原文にも挑戦していただきたいが、その際、もう一度踏み込んで、いくつかのテキストの読みくらべもおすすめしたいと思う。

いま一点、付け加えておきたいのは、『平家物語』における史実と虚構に関してである。
たしかに『平家物語』は歴史資料としても十分に有益であるが、しかし、あくまで物語であって、そこには虚構・創作も含まれていることは当然であろう。
たとえば「巻一 殿下(てんが)の乗合(のりあ)い」を見てみよう。

この話は、父清盛と違って、温厚で知られる重盛の次男資盛(すけもり)が、鷹狩りの帰途、礼儀を欠くふるまいをしたとして、摂政 藤原基房(もとふさ)の一行から散々に痛めつけられたことに激怒した清盛が、報復のため、今度は武士たちに基房一行を襲わせ、『平家物語』作者をして「これぞ、平家悪行(あくぎょう)の初めである」と述べさせているものであるが、史実はまったく違うのである。
すなわち実際に基房一行への報復を命じたのは、清盛でなく『平家物語』では、わが子をたしなめ清盛をいさめている重盛なのである。

こうした逆転がなされたのはなぜか。
異なるテキストの読みくらべとともに、史実と虚構というテーマにも挑戦していただきたいものである。

専修大学非常勤講師・樋口州男(くにお)

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


349-352 ページ 『平家物語』 (下)
現代語訳者: 中山義秀
2004年12月20日 初版発行
発行所: 河出書房新社

つまり、『平家物語』を読むと、長男の重盛は心優しい素晴らしい武士として語られているのに対して、父親の清盛は、子供の悪行までを引き受けさせられて、すっかり悪者にされているのですよ!

だから、それは『平家物語』があくまでも物語で、創作であるので、仕方がないのでござ~ますわァ~。。。

ところが、物語ではなく“史書”として、すでに2000年以上もの間 歴史書として信じられている『史記』にもウソが書いてある。

史記


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『史記』は、中国前漢の武帝の時代に司馬遷によって編纂された中国の歴史書である。
正史の第一に数えられる。
二十四史のひとつ。
計52万6千5百字。
著者自身が名付けた書名は『太史公書』(たいしこうしょ)であるが、後世に『史記』と呼ばれるようになるとこれが一般的な書名とされるようになった。

「本紀」12巻、「表」10巻、「書」8巻、「世家」30巻、「列伝」70巻から成る紀伝体の歴史書で、叙述範囲は伝説上の五帝の一人黄帝から前漢の武帝までである。
このような記述の仕方は、中国の歴史書、わけても正史記述の雛形となっている。

二十四史の中でも『漢書』と並んで最高の評価を得ているものであり、単に歴史的価値だけではなく文学的価値も高く評価されている。

『史記』のような歴史書を作成する構想は、司馬遷の父司馬談が既に持っていた。
だが、司馬談は自らの歴史書を完成させる前に憤死した。司馬遷は父の遺言を受けて『史記』の作成を継続する。

紀元前99年に司馬遷は、匈奴に投降した友人の李陵を弁護したゆえに武帝の怒りを買い、獄につながれ、翌年に宮刑に処せられる。
この際、獄中にて、古代の偉人の生きかたを省みて、自分もしっかりとした歴史書を作り上げようと決意した。

紀元前97年に出獄後は、執筆に専念する。
結果紀元前91年頃に『史記』が成立した。

『史記』は司馬遷の娘に託され、武帝の逆鱗に触れるような記述がある為に隠されることになり、宣帝の代になり司馬遷の孫の楊惲が広めたという。


出典: 「史記」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

あらっ。。。 おチンチンを切られてしまった司馬遷のおじ様が書いた『史記』にマジでウソが書いてあるのでござ~ますかァ~? あたくしは、そのように主張するデンマンさんのお言葉が信じられませんわァ。。。

あのねぇ~、僕が言い始めたわけじゃないのですよ。。。 ちょっと次の小文を読んでみてください。。。

熒惑(火星)


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『史記』によれば(国内巡行)に出発する直前の始皇36(前211)年には不吉なことが続いた。
まず熒惑(けいわく:火星)が東方の心宿(しんしゅく:サソリ座)の位置に留まったという。
赤く輝く熒惑は災害や兵乱を招く星であった。

サソリ座の心臓にあたるアンタレスは赤色巨星の一等星であり、中国では青龍の心臓にあたる、不吉な星とされていた。
そこに赤い熒惑が近づいて留まった。
このときの火星は東に向かって順行し、しばらく停止してから西に逆行し、またしばらくして東に順行する。

中国古代では1年間の太陽の軌道である黄道(こうどう)に28宿(しゅく)の星座を配置した。
太陽、月、五星(惑星)の動きを測る座標軸のようなものである。
東方の空の7宿のうち6つを結ぶと青龍が夜空に浮かび上がる。

龍の角が角宿、首は亢宿(こうしゅく)、胸は氐宿(ていしゅく)、原は房宿、心臓は心宿、尾は尾宿(びしゅく)となる。

 (中略)

中国古代の天文暦法の研究者によれば、火星がアンタレスに近づいて留まるのは前211年ではなく、翌年の前210年であるという。
しかも小沢賢二氏が近年明らかにしたことは、前210年の始皇帝の死去の8月丙寅(へいいん:21日)の日に、再順行した火星がアンタレスに最接近しているというのである。

実は、私は始皇帝の死は7月ではなく、8月丙寅であると考えている。
そうであれば46年周期のこの特異な現象は、始皇37年の始皇帝の無くなった年の亡くなった日に起こったことになる。
この偶然の事実をどのように考えたらよいのだろうか。

8月丙寅の夜空で起こった不吉な天文現象を見た人びとは大勢いただろう。
その日まさに始皇帝が亡くなったことは極秘にされていたとはいえ、当時始皇帝が病中にあることを知るならば、その死を連想したかもしれない。

少なくとも『秦記』という秦の本来の史書には、皇帝の死の日付は正確に記されていたはずである。
しかし『史記』の記述はそうなっていない。

皇帝の死を1ヶ月さかのぼらせて7月丙寅の日に死去したと書き改め、また熒惑守心(けいわくしゅしん)を1年も前の天文現象としたのは一体だれか。


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おそらく同時代の人びとの改竄ではなく、始皇帝の死を前年の予兆からはじまるストーリーとして構築した者の作為であろう。
それが司馬遷であるのか、司馬遷が依拠した何らかの書籍であるのか、断定することはまだできない。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


157-161 ページ 『人間・始皇帝』
著者: 鶴間和幸 2015年 初版発行
発行所: 株式会社 岩波書店

当時、火星がアンタレスに近づいて留まる年には不吉なことが起こるということが信じられていたのですわねぇ~。。。

そうです。。。 それは、現在で言えば、地動説が正しいと思われているほど常識的な事だった。。。 それで、実際には、火星がアンタレスに近づいて留まったのは始皇帝が亡くなった紀元前210年なのだけれど、その当時の常識と食い違わないように、1年前の紀元前211年だと『史記』には書いてあるのですよ。。。

要するに、始皇帝の死を前年の予兆からはじまるストーリーとして構築した者の作為であろう、と『人間・始皇帝』の著者は言うのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。

でも、それが「司馬遷であるのか、司馬遷が依拠した何らかの書籍であるのか、断定することはまだできない」と書いてありますわねぇ~。。。

僕は司馬遷が 当時の人々の常識に合うように そうしただろうと思うのですよ。。。

その根拠は。。。?

上の本にも書いてあるように『秦記』という秦の本来の史書には、皇帝の死の日付は正確に記されていたはずなのですよ。。。 そうであるならば、司馬遷も すべてを知っていたはずですからね。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたはデンマンさんの言うことを信じることができますかァ~?

考えてみると、“Nobody is perfect!” という英語の格言がござ~ますけれど、

確かに、司馬遷のおじ様も完璧な人間ではござ~ませんでしたから、

始皇帝の死を前年の予兆からはじまるストーリーとして創作したことも十分に考えられますよねぇ~。。。

歴史書と信じられているものでも、

すべてを事実として信じることは かなり危険なことなのかもしれません。。。

歴史は、たいてい勝者が書くものでござ~ますから。。。

ところで、あたくしには紫式部の血も流れているのでござ~ますわァ。。。

信じられないでしょう?

では、あたくしの次のお話を読んでくださいませぇ~。。。


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『卑弥子の源氏物語』

どうですか? あたくしが“平成の紫式部”だと納得がゆきましたかァ~?

ええっ。。。 ちょっと納得がゆかないのでござ~ますかァ?

でもねぇ~、あたくしは 一応 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~ますゥ。

だけど、どういうわけか結婚相手が 現れないのですわよゥ。

あたくしは別に高望みはしていないのでござ~ますう。

“寅さん”のような人でもいいのです。。。

ついでだから、寅さんの映画でも見てください。


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ちなみに、紫式部のお話も面白いですけれど、古代の話も心にしみます。

たまには、日本の古代史の記事も読んでくださいませぇ。

そういうわけで あなたのために平安史、古代史の記事を用意しました。

ぜひ 覗いてみてくださいねぇ~。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてください。
じゃあ、またねぇ~。。。


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ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


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『下衆のかんぐり』

『桓武天皇のママがネットで』

『ござが天皇とGOOGLE』

『エロ 建礼門院』

『一敗が三人に!』

『行田の黒い霧をはらう』

『ペルシャ人が飛鳥に』

『小柴垣草子』

『後白河上皇ダントツ』

『ブスと美人』

『エロい話が好き?』

『死んでも生きてる』

『失意の太田将宏』


(annasalleh.jpg)

『オルフェと聖徳太子』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

『ゴヤと三島由紀夫』

『仏陀とキリストと娼婦』


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『ズロースと戦争』

『伊藤若冲ブーム?』

『ブッダと物理学』

『加藤清正ブーム?』

『愛憎と三輪山』

『松原智恵子 お尻ペンペン』

『坂本龍馬は流れ者か?』

『野ざらし』

『紫式部堕獄説』

『日本最古のポルノ?』

『源氏物語の性描写』

『寅さんの本棚と急行まつしま』

『ヒトラーは草食系?』

『ブッダとキリストと娼婦』

『顔文字とオナラ』


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『宝暦の恨みを明治維新で』

『デウキと紅葉@行田』

『薄い陰毛と紅のボートピープル』

『江戸の閨房術』

『ずるがしこい現代人』

『春画@源氏物語』

『千早振る』

『あれっ、松本清張』

『キスと源信』

『伎楽は呉から…?』

『紺瑠璃杯に魅せられて』

『神聖娼婦 マリア』

『安徳帝は生きていた』

『白石川の桜』

『ブログ村のマリア様』

『萌える済子女王』

『ピンク桃色@徒然』

『富沢金山の桜』

『ピンク桃色村』

『紫式部@徒然』

『絵里香@ペルー』

『ペルシャ人の楊貴妃』

『ん?佐伯今毛人』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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絵里香@ペルー

2017年5月20日

 

絵里香@ペルー

 


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デンマンさん。。。 ”絵里香@ペルー”というのはペルーに住んでいる絵里香(えりか)さんということでござ~♪~ますかァ?


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そうです。。。

デンマンさんが海外を放浪している時に知り合ったのでござ~♪~ますかァ?

いや。。。違います。。。 最近、ネットで知り合ったのですよ。。。

あらっ。。。ネットでナンパしたのでござ~♪~ますかァ?

卑弥子さんは どうしてナンパに拘(こだわ)るのですかァ~?

別に拘っているわけではござ~♪~ませんわァ。。。 デンマンさんに質問しているだけでござ~♪~ますわァ。

じゃあ、卑弥子さんの好奇心に答えるために、まず次のリストから説明します。。。


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『拡大する』

『徒然ブログ』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で5月11日の午後4時54分から12日の午前2時16分までの約9時間の「生ログ」の一部です。。。 赤枠で囲んだ箇所を見て欲しい。。。

あらっ。。。 5月11日の午後5時9分に GOOGLE で検索してデンマンさんの『徒然ブログ』にやって来たのですわねぇ~。。。 https://www.google.com.pe/ というのはペルーのGOOGLEですか?

そうです。。。


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『拡大する』

『ペルーのGOOGLE』

。。。で、絵里香さんがアクセスしたと、どのようにして判ったのでござ~ますかァ?

IPアドレスを調べたのですよ。。。


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『拡大する』

あらっ。。。 絵里香さんはペルーの首都のリマに住んでいるのでござ~ますわねぇ~。。。


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リマ

リマ(Lima)は、ペルー共和国の首都並びに政治、文化、金融、商業、工業の中心地である。
人口約800万人で同共和国最大。南米有数の世界都市であり、2016年の近郊を含む都市圏人口は1,095万人であり、世界第29位である。
チャラと呼ばれる海岸砂漠地帯に位置する。

リマは植民地時代に建てられた建物が多く残るセントロ地区(1988年、ユネスコの世界遺産に登録)と海岸沿いの新市街に二分される。
リマは1535年にインカ帝国を征服したスペイン人のコンキスタドール、フランシスコ・ピサロによって築かれた。
リマの名前の由来は市内を流れるリマック川(río Rimacが訛ったもの)に由来すると言われているが、当初の名前は”La Ciudad de los Reyes”(諸王の街)であった。

気候

南緯12度と低緯度であるが沿岸を北流するペルー海流の影響によって気温は低く、最暖月の2月で22.5℃、最寒月の8月で15℃となる。
曇天の日が多いが、海岸砂漠地帯(コスタ)に属し年間降水量は30mm程度である。

平均温度は18℃で平均湿度は87.1%であるが、冬は毎日のように海霧がたちこめ湿度は常に100%近くになる。
エジプトのカイロより、降水量が少なく、ケッペンの気候区分では砂漠気候に属する。

住民

リマ市の民族構成は以下のようになっている。
混血(メスティーソ):40%
インディオ(先住民):29% ケチュア人:85%
アイマラ人:15%

ヨーロッパ系:25% スペイン系:65%
イタリア系・ドイツ系・その他:35%

アジア系(主に日系と中国系):3%
アフリカ系黒人:3%


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出典: 「リマ」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

でも。。。、でも。。。、アドレスを調べても個人情報を保護するためにアクセスしたネット市民の名前までは判らないようになっているのですわァ。

あのね~ 絵里香さんは僕のブログの常連さんなのですよ。

その証拠でもあるのでござ~ますかァ?

ありますよ。。。 ちょっと次の検索結果を見てください。


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『拡大する』

『現時点での検索結果』

あらっ。。。 「デンマンさんの徒然ブログ」と入れて検索したのですわねぇ~。。。

そうですよ。。。 すると、35,200件もヒットするのです。。。

赤枠で囲んだトップのタイトルをクリックして絵里香さんはデンマンさんの『徒然ブログ』にやって来たのでござ~♪~ますかァ?

そうです。。。

。。。で、5月11日の午後5時9分にアクセスした絵里香さんは、どの記事を読んだのでござ~♪~ますかァ?

当然、5月11日にトップに掲載された次の記事を読んだのです。。。


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『拡大する』

『禁忌の愛を探して』

『現時点でのトップ記事』

あらっ。。。 『禁忌の愛を探して』を読んだのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。

つまり、絵里香さんも禁忌の愛を探していたのでござ~♪~ますかァ?

あのねぇ~ 絵里香さんは僕のブログを探して、たまたまホームページのトップに出ていた記事を読んだのですよ。。。 だから5月11日に“禁忌の愛”を探していたわけではないのです。

。。。で、絵里香さんはリマで何をしているのでござ~♪~ますかァ?

サンマルコス大学で文化人類学を勉強しているのですよ。。。


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サンマルコス国立大学


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『拡大する』


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国立サンマルコス大学

国立サン・マルコス大学(スペイン語: Universidad Nacional Mayor de San Marcos、UNMSM)は、ペルーの首都リマにある公立大学。
1551年5月12日に王立リマ大学(Real y Pontificia Universidad de Lima)として創立した。

チャールズ5世、神聖ローマ帝国皇帝によって署名された勅令によってチャーターされた。
アメリカ大陸で最も古い公式に設立された大学。

ペルーで最も重要で尊敬されている高等教育機関です。
国内のトップ2大学にランクされている。
そのメインキャンパスはリマにあります。

サンマルコスには60の学問専門学校があり、20の学部と6つの学術分野で組織されています。
すべての学部は学部と大学院があります。

学生団体は、全国の3万人以上の大学生と4,000人の大学院生だけでなく、いくつかの留学生から構成されている。
大学には、サンマルコス文化センターや自然史博物館など、政府の下にある数多くの公的機関がある。

ラテンアメリカでのサンマルコスの威信は、主にその有名な教員と同窓生から生まれました。
ペルーの唯一の大学で、同窓生の間でノーベル賞受賞者をたくさん抱える大学です。

サン・マルコスはカリキュラムの内容の質、競争の激しい入学手続きで知られています。
科学研究の中心的存在です。

ペルーとラテンアメリカの有力な思想家、研究者、科学者、政治家、作家がこの大学で学びました。
ペルーと世界の歴史の教育機関としてのサンマルコスの指導的役割を果たしています。


出典: 「国立サンマルコス大学」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

あらっ。。。 絵里香さんは歴史のある有名な大学で学んでいるのですわねぇ~。。。 アメリカ大陸で最も古い大学の一つだなんてぇ~、知りませんでしたわァ~。。。んで、絵里香さんは どういうわけでデンマンさんのブログの常連さんになったのでござ~ますかァ?

あのねぇ~、実はペルーに行ってから『源氏物語』のことをしばしば質問されたらしいのですよ。。。 

古典文学の最高峰


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2000年7月に発行された2000円札に『源氏物語』の絵柄が入るほど『源氏物語』は日本人に親しまれている古典です。
新聞報道によると、『源氏物語』を題材とした漫画『あさきゆめみし』が1600万部も売れたという。
また「千年の恋ーひかる源氏物語という映画も公開され話題を呼んだ。

平安時代のきらびやかな貴族生活を背景に、光源氏の恋と栄華を描いた大河小説『源氏物語』の成立は、西暦1004年頃ではないかといわれている。
したがって成立後すでに千年になろうとしている。

この11世紀初頭に書かれた54巻からなる『源氏物語』は我が国の古典文学の最高峰とされるばかりでなく、その芸術性の高さ故に諸外国にも広く翻訳、紹介されており、日本人はもとより外国人にも親しまれると同時に、また多くの文学者の研究対象にもなってきた。

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


126ページ 『シェークスピアは誰ですか?』
著者:村上征勝
2004(平成16)年10月20日 第1刷発行
発行所:株式会社 文藝春秋

『源氏物語』は世界的に有名だから絵里香さんは大学のクラスメートからもたくさん質問を受けたというのですよ。

それで絵里香さんは『源氏物語』の話をネットで読み始めたというのでござ~ますかァ?

そうです。。。 それで卑弥子さんの『源氏物語』の話に出くわしたというわけです。 それが『徒然ブログ』にやって来るきっかけになったと言うのですよ。

あらっ。。。 マジでござ~ますかァ? うれしいわあああァ~。。。 あたくしの「日本文化と源氏物語」が認められたのですわねぇ~。。。

そうですよ。。。 卑弥子さんも、これから ますますネットで『源氏物語』を世界に広めてくださいねぇ~。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

では、あなたもどうか絵里香さんが読んだという次の記事を覗いてくださいませぇ~。。。


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『卑弥子の源氏物語』

どうですか? あたくしが“平成の紫式部”だと納得がゆきましたかァ~?

ええっ。。。 ちょっと納得がゆかないのですかァ?

でもねぇ~、あたくしは 一応 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~ます。

だけど、どういうわけか結婚相手が 現れないのですわよゥ。

あたくしは別に高望みはしていないのでござ~ますう。

“寅さん”のような人でもいいのです。。。

ついでだから、寅さんの映画でも見てください。


(tora019.jpg)

ちなみに、紫式部のお話も面白いですけれど、古代の話も心にしみます。

たまには、日本の古代史の記事も読んでくださいませぇ。

そういうわけで あなたのために平安史、古代史の記事を用意しました。

ぜひ 覗いてみてくださいねぇ~。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてください。
じゃあ、またねぇ~。。。


(hand.gif)

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)


(surfing9.gif)


(sayuri5.gif)

ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


(miya08.jpg)

『下衆のかんぐり』

『桓武天皇のママがネットで』

『ござが天皇とGOOGLE』

『エロ 建礼門院』

『一敗が三人に!』

『行田の黒い霧をはらう』

『ペルシャ人が飛鳥に』

『小柴垣草子』

『後白河上皇ダントツ』

『ブスと美人』

『エロい話が好き?』

『死んでも生きてる』

『失意の太田将宏』


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『オルフェと聖徳太子』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

『ゴヤと三島由紀夫』

『仏陀とキリストと娼婦』


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『ズロースと戦争』

『伊藤若冲ブーム?』

『ブッダと物理学』

『加藤清正ブーム?』

『愛憎と三輪山』

『松原智恵子 お尻ペンペン』

『坂本龍馬は流れ者か?』

『野ざらし』

『紫式部堕獄説』

『日本最古のポルノ?』

『源氏物語の性描写』

『寅さんの本棚と急行まつしま』

『ヒトラーは草食系?』

『ブッダとキリストと娼婦』

『顔文字とオナラ』


(hama10.jpg)

『宝暦の恨みを明治維新で』

『デウキと紅葉@行田』

『薄い陰毛と紅のボートピープル』

『江戸の閨房術』

『ずるがしこい現代人』

『春画@源氏物語』

『千早振る』

『あれっ、松本清張』

『キスと源信』

『伎楽は呉から…?』

『紺瑠璃杯に魅せられて』

『神聖娼婦 マリア』

『安徳帝は生きていた』

『白石川の桜』

『ブログ村のマリア様』

『萌える済子女王』

『ピンク桃色@徒然』

『富沢金山の桜』

『ピンク桃色村』

『紫式部@徒然』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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紫式部@徒然

2017年5月12日

 

紫式部@徒然

 


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デンマンさん。。。 紫式部をまた取り上げるのでござ~♪~ますか?


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いけませんかァ~?

もしかして、京都の女子大学であたくしが腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているので わざわざ紫式部を取り上げてくださるのですかァ~?

。。。ん? 言われてみれば確かに卑弥子さんは 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義していますよねぇ~。。。

あらっ。。。 “紫式部@徒然”というタイトルは あたくしとは全く関係ないのでござ~ますかァ?

もちろん、卑弥子さんが“平成の紫式部”と呼ばれていることを僕は知ってます。。。

マジで。。。?

だってぇ~、検索すると出てきますよ。。。


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『拡大する』

『現時点での検索結果』

あらっ。。。 「卑弥子さんは平成の紫式部です」と入れて検索したのですわねぇ~。。。

そうですよ。。。 すると、96,900件もヒットするのです。。。

でも。。。、でも。。。、赤枠で囲んであるのはすべてデンマンさんが投稿した記事ですわァ。。。 でしょう?

確かに、そうかもしれないけれど。。。 「卑弥子さんは平成の紫式部です」と入れて検索した結果、96,900件もヒットするということは、ネット社会では卑弥子さんを“平成の紫式部”と認めているということですよ。。。

そうかしらァ~?

卑弥子さんが疑ってどうするのですか? 自信を持ってくださいよ!

。。。でも、今日のタイトルは、あたくしとは関係ないのでしょう?

あのねぇ~、ちょっと次のリストを見てください。。。


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『拡大する』

『失意の紫式部』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で5月8日の午後11時2分から5月9日の午前2時22分までの約3時間半の「生ログ」の一部です。。。 赤枠で囲んだ箇所を見て欲しい。。。

あらっ。。。 5月8日の午後11時13分にGOOGLEで検索して『失意の紫式部』を読んだネット市民が居たのですわねぇ~。。。

そうです。。。

。。。んで、赤いアンダーラインが引いてある「リファラ」のリンクをクリックすると どのようか検索結果が出てくるのでござ~ますかァ?

次の結果が表示されるのですよ。。。


(gog70509a.png)


『拡大する』

『失意の紫式部』

『現時点での検索結果』

あらっ。。。 「紫式部」と入れて検索したのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。 都内に住んでいる室井 香奈子(しつい かなこ)さんが検索して『失意の紫式部』を読んだのですよ。。。


(endo09d.jpg)

あらっ。。。 この御婦人が室井 香奈子(しつい かなこ)さんでござ~ますかァ!? 

そうです。。。 紫式部に夢と憧れを抱いているのですよう。。。

。。。で、赤枠で囲んである画像をクリックしたのでござ~ますかァ?

そうです。。。 すると、次の画面が出てくるのです。。。


(gog70509b.png)


『拡大する』

『失意の紫式部』

『実際のページ』

上のページの赤丸で囲んであるページを表示をクリックして 都内に住んでいる室井 香奈子(しつい かなこ)さんは『失意の紫式部』を読んだのです。

でも。。。、でも。。。、どのようにして室井 香奈子(しつい かなこ)さんが読んだと突き止めたのでござ~ますかァ?

IPアドレスを調べたのです。。。


(ip438b.png)

『拡大する』

デンマンさんは、すぐにIPアドレスを調べますけれど、プライバシーを保護するためにアクセスしたネット市民の名前までは確定できないことになっているのですわァ~。。。

分かってます。。。 分かってます。。。 僕もその程度のことは理解しているつもりです。。。 でもねぇ~、ナポレオンじゃないけれど、「成せば成る、成さねばならぬ何事も。。。」という格言があるように。。。

それは、ナポレオンではなく、米沢藩の第9代藩主、上杉 鷹山(ようざん)の言葉ですわ。。。

卑弥子さん。。。! たびたびツッコミを入れないでください。。。 あのねぇ~、室井 香奈子さんが、あとで僕にメールをくれたので確かめたのですよ。。。

。。。で、香奈子さんは、どういうわけで『失意の紫式部』に感銘を受けて デンマンさんにメールを出したのでござ~ますかァ?

実は、記事の中の めれんげさんのプロフィールを見たからなのですよ。


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『実際のページ』

上のページの中ほどを見ると「尊敬する人は? 紫式部」と書いてあるのですよ。

あらっ。。。 マジで、そう書いてありますわねぇ~。。。

さっきも言ったように香奈子さんは紫式部を尊敬して、夢と憧れを抱いているのですよ。。。 そういうわけで、めれんげさんに興味を持ったわけです。。。 ところが、めれんげさんの次の手記を読んで驚いた。。。


(sadgirl.gif)

不安と焦燥感と寂しさ

2004/10/03 18:28

もう、このままで生きてるんなら、

命いりません。

ドナーカード持ってるから、

心臓でも角膜でも、

なんでも持っていって下さい。

家族はいません。

承諾とらなきゃいけない人は

誰もいません。

 

by メレンゲ


(dokuro3.gif)


『自殺の名所』より
(2012年12月19日)

あらっ。。。 めれんげさんが2004年の10月に書いたのでござ~ますわねぇ。 「もう、このままで生きてるんなら、命いりません」と。。。

そうですよ。 めれんげさんが失意のドン底に居るときの手記です。。。

でも。。。 気まぐれに書いたということだって考えられるでしょう?

あのねぇ~、気まぐれに このような事は書けませんよう。

そうでしょうかしら。。。?

上の手記だけでは信用できないのならば次の手記も読んでみてください。

存在を否定してくれ


(lonely30.gif)

みんなわたしを否定してくれ
わたしの存在を否定してくれ

自分ひとりじゃ間に合わないんだ
みんなでわたしを否定してくれ

石ころのように扱ってくれ
虫けらのように踏みつけてくれ

やりきれない喪失感に
苛まれて生きるのはもうたくさんだ
自分のすべてを否定したいんだ
自分が存在することに吐き気がするんだ

命を断とうとしたさ
何度も何度も自分を破壊しようとしたさ

マヌケな命はそれでもこの世に
未練がましくのさばってるのさ

存在を消してしまいたい
誰からも見られたくない

 

めれんげ

August 28, 2009 15:19


『極私的詩集 存在を否定してくれ』より

この手記は めれんげさんが2009年の8月に書いたのですよ。 「命を断とうとしたさ 何度も何度も自分を破壊しようとしたさ」と書いているのですよ。 つまり、何度も自殺を試みたわけですよ。

でも、何度も自殺を試みたけれども、自殺するのはヤバイと後悔して めれんげさんは立ち直ったのでしょう?

いや。。。 この時点ではまだ立ち直ってないのです。

その証拠でもあるのでござ~ますか?

もちろんです。 僕は根拠の無い事は言わないように、書かないように最善の努力を払っているつもりですから。。。

御託(ごたく)は並べなくても結構ですから、細木数子のようにズバリ!ズバリ!と証拠を見せてくださいなァ~。

じゃあ、次の手記を読んでみてください。

人生に期待するな


(lonely15.jpg)


「人生に期待するな」

それがわたしの座右の銘だ

ほら、そのとおりになったじゃないか

夢も希望も持たずに生きてきたのは

間違いじゃなかったんだ

おかげで失望にも出会わなかったさ

あとは死に場所を探すだけだ

 

by めれんげ

September 26, 2009 18:40


『極私的詩集 人生に期待するな』より

こうして1ヵ月後には「あとは死に場所を探すだけだ」と書いて、マジで死に場所を探しに行ったのですよ。

あらっ。。。 めれんげさんは、何度も失意のドン底に落とされてしまったのですかァ~?

そうですよう。。。 卑弥子さんにも、やっとめれんげさんの“失意”が理解できたようですね。

でも。。。、でも、紫式部が失意のドン底に居たなんてぇ、聞いた事がござ~ませんわァ。

やだなあああァ~。。。 卑弥子さんは、もう忘れてしまったのですか?

何をでござ~ますかァ~?

卑弥子さんと僕で、2013年10月27日に 紫式部の失意について、次のように語り合ったのですよう。

だいたい、あたくしはデンマンさんがおっしゃる源氏物語が“摂関文学”だ!という決め込みには大反対なのですわ。

あのねぇ~、NHKの番組でも源氏物語は当時の摂関政治と密接に関係していると言っているのですよ。 次の表を見てください。


(ganji112.jpg)

紫式部が活躍する寸前の宮中では一条天皇が健在だった。 当時の実力者である藤原道隆は娘の定子を女御として入内させた。 この定子は、後に中宮となるのですよ。 父の兼家が死ぬと、藤原道隆は後を継いで関白となる。 朝政を主導するのだけれど、僅か5年ほどで病に倒れ、嫡男の伊周を後任の関白にと願うけれど、伊周は内大臣のまま亡くなってしまう。 つまり、定子は宮中での後ろ盾を失ってしまうのですよ。 

後ろ盾を失うと どうなるのでござ~ますか?

定子は宮中でイジメにあったのですよ。

まさかァ~?

まさかじゃないですよ。 それが当時のイジメの構造だったのです。 そこに付け込んで裏で動いていたのが藤原道長だった。 卑弥子さんも知ってのとおり 定子はイジメにあって、とうとう尼さんになって出家してしまう。

それで藤原道長は どうしたのでござ~ますか?


(ganji114.jpg)

藤原道長は娘の彰子を一条天皇の中宮にした。 ところが一条天皇は定子の事が忘れられない。 それで、また定子を宮中に入れて中宮とした。 要するに、一条天皇にとって彰子は少女っぽくって面白くない。 それで定子のことばかり愛している。 彰子の父親である道長には、この事が面白くない。 宮中で権力を握るためには、なんとかして一条天皇が彰子を好きになってくれないと困る。 つまり、彰子が一条天皇の子供を生んでくれないと外祖父として権力を握る事ができない。 それで雇ったのが紫式部だったのですよ。

でも、それは違うと思いますわ。

どうして。。。?

ちょっと源氏物語の宮中の表を見てくださいまし。


(ganji113.jpg)

源氏物語の中では、このようになっているのですわ。 桐壺更衣が定子で藤壺更衣が彰子だと デンマンさんは言うのでしょう?

その通りですよ。

だとしたら、源氏物語の主人公・光源氏が藤原道長の 言わば敵である定子、つまり、物語の中の桐壺更衣と帝(みかど)の皇子にするのは、可笑しいのではござ~ませんか? 

あのねぇ~、主人公の光源氏を藤壺更衣、つまり、現実の宮中の彰子と帝の子供にするのか? あるいは適陣の定子と帝の子供にするのか? それは、たいした問題じゃない! 要点は、源氏物語を読んで面白い物語にすることが重要なのですよ。

どういうことでござ~ますか?

つまり、“源氏物語”は言わば日本版“千夜一夜物語”なのですよ。


(senya02.jpg)

紫式部に面白い物語を書いてもらって、その物語を彰子が一条天皇に読んで聞かせる。 すると、その物語の面白さに惹かれて一条天皇が毎晩のように彰子のベッドルームにやって来る。 そうすれば一緒にベッドに入る機会も多くなるのですよ。 実際、そうやって、やがて敦成(あつひら)親王が生まれたのですよ。 つまり、藤原道長は紫式部に源氏物語を書かせて本来の目的、つまり、彰子に天皇との間に皇子を生ませるという目的を達成したのですよ。

その確証でもあるのでござ~ますか?

確証はないけれど、状況証拠ならばありますよ。

その状況証拠とは。。。?

現在に読み継がれている、これほど有名な源氏物語の作者の実名さえ、その没年さえ後世に伝わってない。 現在のわれわれは作者が“紫式部”だとしか知らない。 紫式部は謎めいているのですよ。 卑弥子さんも不思議だとは思いませんか?

そうですわね。 言われてみれば。。。 でも、その当時の女性は、ほとんどすべての女性が無視されていたのが普通でしたわ。

でもねぇ~、源氏物語は世界的にも有名な物語ですよ。 紫式部の実名も、没年も、謎に包まれているのは、彼女が宮中の舞台裏、つまり、藤原道長の陰謀を知りすぎていたからですよ。 だから、源氏物語が完成し、道長の陰謀が成就され、彼の目的を達成させると、紫式部は“知りすぎた者”として抹殺されないまでも、不遇な余生を送らされたのですよ。

つまり、紫式部は藤原道長の陰謀の一端を担っていたとデンマンさんはおっしゃるのでござ~ますか?

その通りですよ!

だから、わたしは何が何でも文学を歴史に結びつけるデンマンさんの解釈が嫌なのですわ。


『卑弥子の源氏物語』より
(2013年10月27日)

つまり、日本人ならば紫式部のことを誰でも知っているのですよ。 ところが、これだけ有名な紫式部がいつ亡くなったのか誰も知らない。 どうしてなのか? 卑弥子さんは不思議に思ったことがありませんかァ?

だから、歴史家が書くべきなのに忘れて書けなかったのですわ。

あのねぇ~、これだけ有名になった紫式部が亡くなった事実をどうして歴史家は知らなかったのか? すべての歴史家が忘れてしまったのですか? 卑弥子さんは不思議に思いませんかァ~?

言われてみれば、確かに不思議でござ~ますわァ。

でしょう!?。。。 あのねぇ~、紫式部は藤原道長の陰謀を知りすぎていたからですよ。 道長に睨まれている。 だから、誰も紫式部の事を話題にしたくてもできない。

どうして。。。?

紫式部のことを話題にすれば、時の権力者である藤原道長に睨まれて左遷させられたり、村八分にされてしまう。 結局、紫式部は失意と不遇の内に余生を送らなければならなかったのですよ。

つまり、紫式部も、めれんげさんのような手記を書き残したのでござ~ますか?

いや。。。 紫式部はエネルギーのすべてを『源氏物語』に注ぎ込んだために、自殺をするような負のエネルギーは残されていなかった。 だから、自殺願望の手記など残さなかったのですよう。

じゃあ、結局、人知れずに亡くなったのでござ~ますか?

そうです。

でも、香奈子さんは、どういうわけで『失意の紫式部』を読んで デンマンさんにメールを出すほど感銘を受けたのですか?

これほど有名な紫式部といえども、本名も伝わっていなければ、いつ亡くなったのかも伝わってない。。。 しかも、紫式部を尊敬している めれんげさんも失意のどん底に落ち込んで何度も自殺を試みた。。。

つまり、香奈子さんも失意に落ち込んだことがあるのでござ~ますか?

だから、本人は、かなりのストレスを溜め込んで、もう駄目かと思った時もあったと言うのですよ。。。 でも、自殺までは思いもよらなかった。。。 

それで。。。?

めれんげさんの次の詩を読んで香奈子さんは救われたと言うのです。。。

小さな赤い花

 


(lotus1.gif)

 

わたしをあなたの庭に咲く

小さな赤い花にしてください

そして、お水を注ぎながら

何かお話を聞かせてください

わたしは何も言えないけれど

あなたの言葉を聞きながら

いろんなことを思うのです

あなたに愛されるように

いつまでも綺麗に

咲いています

だからわたしのことを

忘れずにいてください

 

by merange (めれんげ)

2010.02.19 Friday 10:24


『即興の詩 小さな赤い花』より

(旧・『即興の詩』サイトは めれんげさんが
会費を滞納したため削除されました。
)

『永遠の愛のコラボ』に掲載

この めれんげさんの詩が香奈子さんの落ち込んだ気持ちを救ったのですか?

そうです。。。

信じられませんわ。。。

あのねぇ~、“信じる者は救われる!”と昔の人は言ったのですよ。。。 だから、香奈子さんのように上の詩を信じる者は救われるのです。。。


(laugh16.gif)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif) 

あなたは、どう思いますか?

そんなに簡単に、信じる者は救われるのでござ~♪~ましょうか?

でも、あたくしは、次の歌を聴くと なんだか救われるような気持ちになるのでござ~ますわァ。。。

あなたも ぜひ聴いてくださいませぇ~。。。


(whitecliff.jpg)

ところで、くどいようですけれど、あたくしは“平成の紫式部”と呼ばれているのですよ。

信じられないでしょう?

もし関心があったら『卑弥子の源氏物語』を読んでくださいませぇ~。


(genjiero4.jpg)

『卑弥子の源氏物語』

どうですか? あたくしが“平成の紫式部”だと納得がゆきましたかァ~?

ええっ。。。 ちょっと納得がゆかないのですかァ?

でもねぇ~、あたくしは 一応 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~ます。

だけど、どういうわけか結婚相手が 現れないのですわよゥ。

あたくしは別に高望みはしていないのでござ~ますう。

“寅さん”のような人でもいいのです。。。

ついでだから、寅さんの映画でも見てください。


(tora019.jpg)

ちなみに、紫式部のお話も面白いですけれど、古代の話も心にしみます。

たまには、日本の古代史の記事も読んでくださいませぇ。

そういうわけで あなたのために平安史、古代史の記事を用意しました。

ぜひ 覗いてみてくださいねぇ~。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてください。
じゃあ、またねぇ~。。。


(hand.gif)

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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(sayuri5.gif)

ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


(miya08.jpg)

『下衆のかんぐり』

『桓武天皇のママがネットで』

『ござが天皇とGOOGLE』

『エロ 建礼門院』

『一敗が三人に!』

『行田の黒い霧をはらう』

『ペルシャ人が飛鳥に』

『小柴垣草子』

『後白河上皇ダントツ』

『ブスと美人』

『エロい話が好き?』

『死んでも生きてる』

『失意の太田将宏』


(annasalleh.jpg)

『オルフェと聖徳太子』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

『ゴヤと三島由紀夫』

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(zurose2.jpg)

『ズロースと戦争』

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『加藤清正ブーム?』

『愛憎と三輪山』

『松原智恵子 お尻ペンペン』

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『野ざらし』

『紫式部堕獄説』

『日本最古のポルノ?』

『源氏物語の性描写』

『寅さんの本棚と急行まつしま』

『ヒトラーは草食系?』

『ブッダとキリストと娼婦』

『顔文字とオナラ』


(hama10.jpg)

『宝暦の恨みを明治維新で』

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軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)


(byebye.gif)