Archive for the ‘江戸時代’ Category

ぶんぶく阿波踊り

2017年9月27日

 

ぶんぶく阿波踊り

 


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件名:

鰻重食べたのを思い出しました!

♪┌(・。・)┘♪


(unagi10.jpg)

日付: Wed, Sep 23, 2017 at 8:16 PM
差出人: “dominis@yahoo.co.jp”
宛先: “green@infoseek.jp”
CC: “barclay1720@aol.com”

お久しぶりです。。。

デンマンさんが投稿した記事を読ませていただきました。


(nana700d.jpg)

『ぶんぶく茶釜だよ』

 

茂林寺へ“たぬき”を見に行ったのは2009年の10月ですわねぇ~。

その途中で鰻重(うなじゅう)を食べたなんて、すっかり忘れていました。

キモのお吸い物をデンマンさんが生まれて初めて飲んだなんて全く知りませんでした。


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帰りに、東行田駅からデンマンさんが実家に帰る途中で

「かどや」に寄って焼きそばを4人前買ったということですが、

あのお店は、もうありません。


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あの101歳のおばあちゃんも亡くなって、

家族はどこかへ引っ越したようです。

今では、あの土地は更地(さらち)になってます。

 

あの頃は、デンマンさんのお母さんも元気だったのですわね。

確かにそうでした。

私が電話した時、デンマンさんのお母さんが出られて

「デンマンがご馳走になったそうで、ありがとう」と

元気な声で言われたので、

ちょっとビックリしました。

 


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ところで、デンマンさんは、その晩 NHKの深夜番組で

『日本の祭り2009』の「阿波踊り」を観たそうですが、

私も今年の夏、徳島の藍場浜演舞場で開催された

「阿波踊り」を観ました。


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デンマンさんが言われるとおり 自由で、

躍動的で実に素晴らしいと思いました。

お祭りっていいですね。

私も観ていると“日本人の血”が踊り出します。

 

ところで、ずいぶん前ですが、沖縄に行った時に

「旧盆エイサー」を見ました。

四つ竹を手にして踊る現地の女性を見ながら、

もしかして、「エイサー」が四国に伝わって

「阿波踊り」になったのかしら?

。。。と、ふと思いました。


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デンマンさんが10月に帰省するのを楽しみにしています。

ところで、またお願いがあります。

ついででいいですから、次の3つの品を買い求めていただけますか?

1) SMUCKER’S Raspberry JAM


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2) Hot dog relish


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前回いただいたモノは甘かったのですが、今回は甘くないものをお願いします。


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3) Irish Creme Ground Coffee


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では、体調を整えて元気に帰省してください。

お待ちしています。

 

(V__/)
(+’.’+)
(“)_(“)


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小百合より

 


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小百合さんは今年の夏に阿波踊りを見たのですか?


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見ましたわ。。。 私もお祭りが大好きで、時には飛び入りで躍らせてもらったりするのですわァ~。。。

マジで。。。?

半分冗談ですわァ。。。 うふふふふふ。。。

小百合さんが沖縄で「旧盆エイサー」を見て、もしかしてエイサーが四国に渡って「阿波踊り」になったのではないか?。。。 そうメールに書いてあったけれど、実は、僕も「エイサー」と「阿波踊り」を見て、何か共通するものを感じ取ったのですよ。。。 それで、調べてみたのだけれど、「阿波踊り」の起源は解ってないようです。。。

阿波踊り


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阿波おどりは徳島県(旧・阿波国)を発祥とする盆踊りである。
日本三大盆踊りであり、江戸開府より約400年の歴史がある日本の伝統芸能のひとつである。
夏季になると徳島県内各地の市町村で開催され、なかでも徳島市阿波おどりは踊り子や観客数において国内最大規模である。

 

起源と名称

精霊踊りや念仏踊りが原形であるといわれるが、起源は明らかになっていない。
徳島藩が成立して以後、盛んに踊られるようになったとされる(徳島市観光協会の説明より)。

天正14年(1586年)、徳島城が竣工した際、当時の阿波守・蜂須賀家政が城下に「城の完成祝いとして、好きに踊れ」という触れを出したことが発祥という説もある(蜂須賀入城起源説)。
しかしながら、戦国時代に城内でそのようなことができたとは考え難く、「蜂須賀入城起源説」は多くの歴史家によって否定されている。

江戸時代には、一揆につながるとの理由で阿波おどりが禁止されていた時期もあった。
その令を犯し、自宅で阿波おどりを行った家老がお家断絶になったという。
また戦時中にも一時阿波おどりは禁止された。

阿波おどりという名称は徳島県内の各地で行われてきた盂蘭盆の踊りの通称であり、昭和初期からそう呼ばれるようになった。
この名称は日本画家・林鼓浪が徳島商工会議所(当時は商業会議所)に提案したものとされる。

尚、徳島市や高円寺の阿波おどりではポスターや看板等において専ら「阿波おどり」と表記される。
また、徳島県が発行する印刷物等においても「阿波おどり」で統一されている。

ちなみに、名称から徳島県阿波市が阿波おどりの本場と思われることがあるが、阿波市でも阿波おどりは行われるものの特別なことは特にない(そもそも阿波市の存在自体が近年まで無かった。市の歴史はまだ浅く、2005年の市町村合併で誕生した新しい市である)。

なお、一部では「阿波踊り」と漢字表記している。

 

阿波おどりでは一つの踊りのグループの事を「連(れん)」という。
徳島県には有名連と呼ばれる連が多数あり、主に各協会などに所属している連が多い。
もちろんいずれの協会にも属していない連もある。

大抵の徳島県民には個人個人に贔屓の連があり、「あっこの連がええ」とか「ほらやっぱりここの連やろ」といった具合に話題になることもある。

こうした有名連以外にも踊りが好きな者同士が集まって結成した連、企業が企業名を売り込む目的で結成した企業連、大学のサークルなどで結成した大学連、気の合う仲間で結成した連、商店街で結成した連等、徳島県内には大小さまざまの数多くの連が存在する。

殆どの連は先頭に連名を書いた巨大な提灯を掲げて浴衣などに名前を入れて踊っている(よって、当然提灯係のような者も毎年選定されている)。
また徳島県外には徳島県出身者が主体となって結成した連もあり、関西を本拠地とする阿波おどりの連の中には徳島県出身者が始めたものが多い。

 

徳島県内の有名連


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娯茶平: 連員350人を超える徳島県最大規模の連であり、賜天覧4連のうちの一連。 娯茶平調である。 東京の飛鳥連と姉妹連である。

のんき連: 徳島一の歴史を誇る賜天覧4連のうちの一連。 のんき調である。

新のんき連: 性億政明を初代連長とする、のんき調の連である。 東京支部として東京新のんき連がある。

阿呆連: 阿波踊り三大主流と呼ばれるもののうちの一つ、阿呆調である。東京の江戸っ子連と姉妹連である。


出典: 「阿波踊り」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

阿波おどりは旧・阿波国を発祥とする盆踊りである。 精霊踊りや念仏踊りが原形であるといわれるが、起源は明らかになっていないと書いてありますわねぇ~。。。

そうです。。。 とにかく“盆踊り”には違いがない。。。 すると、「エイサー」も、言ってみれば“盆踊り”なのですよ。。。

エイサー


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エイサーは、沖縄県と鹿児島県奄美群島でお盆の時期に踊られる伝統芸能。
この時期に現世に戻ってくる祖先の霊を送迎するため、若者たちが歌と囃子に合わせ、踊りながら地区の道を練り歩く。

また、かつては祝儀を集めて集落や青年会の活動資金とする機能も重視され、その金でため池を設けた例もある。
地域によってはヤイサー、エンサー、七月舞(しちぐゎちもーい)、念仏廻り(にんぶちまーい)とも呼ばれる。

近年では太鼓を持つスタイルが多くなり、踊り自体を鑑賞するために沖縄全島エイサーまつりをはじめとする、各地域のエイサーを集めたイベント等も開催され、重要な観光イベントとなっている。

 

歴史

東北出身の袋中上人が1603年から3年間首里に滞在して浄土宗を布教したのを契機に、沖縄では王家や貴族の間を中心として念仏が広まった。

18世紀中頃には、托鉢や芸事を行なう「念仏にゃー」(念仏屋、にんぶちゃー)をお盆に招いて先祖の供養を行なう風習が、首里の屋敷町などで存在していたという。
当時は現代のエイサーと形式が異なり、門付歌と念仏歌だけで踊っていた。

明治以降になると、念仏の詠唱を村の若人が代行する形で庶民の間にエイサーが普及していった。
沖縄本島中北部から県内全域へ伝播して大衆化する中で、民謡などを取り込む例も増えた。

与那国島で始まったのは80年ほど前と言われている。
なお、戦前は太鼓を使う例は少なく、浴衣などの普段着姿で手ぬぐいを頭に巻くというスタイルが主流であった。
念仏にゃーの存在は大正の終わりごろにはほぼ消滅している。

戦後、エイサーは沖縄市など本島中部を中心に大きくスタイルを変えた。
旧コザ市(現在の沖縄市)主催で1956年に全島エイサーコンクールを開催。

この沖縄随一のエイサーイベントは後のエイサーの発展に多大なる影響を与えた。
当初コンクール(順位を競う)であったため、審査員や観客に魅せる(見せる)という部分に重きが置かれ、出場する青年会は構成や隊形、衣装、パフォーマンスなどをより派手なスタイルに変化させていくことになる。
これらのエイサー文化と共に歩んできた沖縄市は2007年6月13日に「エイサーのまち」宣言をし、地域の活性化に取り組んでいる。

一方で、名護市以北の本島北部では手踊りの伝統エイサーも続けられている。
また、沖縄本島中部の与勝地域の伝統エイサーも歴史は古く、屋慶名青年会、平敷屋青年会などは100年余りの伝統がある。
屋慶名エイサーの起源は明治24年(1890年)旧暦7月とされ、1991年には生誕100年祭が行われた。

全国的には1990年代以降に沖縄県出身者が中心となって多くのエイサー団体が設立された。
また、県出身者以外の愛好者の加入や独自団体の設立も増えていると言われる。
国外で踊られた例として、アメリカ合衆国やフランスなどがある。

 

語源

エイサーの由来は、浄土宗系念仏歌に挟まれる囃子の一つ「エイサー、エイサー、ヒヤルガエイサー」から来ているとされる。
また、「おもろさうし」に「ゑさおもろ」(「おもろ」は歌謡の意)の語があり、これを由来とする説がある。


出典: 「エイサー」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

東北出身の袋中上人が1603年から3年間首里に滞在して浄土宗を布教したらしいけれど、この後で船で四国によって念仏踊りを徳島で広め、それが阿波踊りになったのではないか? 僕は、そう思うのだけれど。。。

それは、デンマンさんの想像に過ぎませんわァ~。。。 それで、私がお願いした品はどうなりましたァ~?

あのねぇ~、9月24日の日曜日、バンクーバー市立図書館は午後6時に閉館になったので、ロブソン・ストリートを西に向かってずっと歩いて、デンマン・ストリートとぶつかる角にあるセーフウェイ(Safeway)に寄ったのですよ。。。


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スマッカーズのラスプベリー・ジャムはありました。


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でもねぇ~、ハインズのホットドッグ・レリッシュはありませんでした。


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でも、その代りに、上の品とほとんど同じものがありましたよ。


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Compliments のホットドッグ・レリッシュです。。。

じゃあ、これでもいいですわ。。。

それから3つ目のアイリッシュ・クリーム・グラウンド・コーヒー(Irish Creme Ground Coffee)はありませんでした。


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あのねぇ~。。。 この缶入りのコーヒーは特殊なのですよ。。。 僕が調べた限りアマゾンでしか手に入りませんよ。。。 バンクーバーのどの店にもなさそうです。。。 小百合さんもネットで調べてみてください。。。

じゃあ、セーフウェイ(Safeway)で量(はか)り売りのコーヒー豆を買うしかないのですか?

そうです。。。

でも。。。、量り売りのアイリッシュ・クリーム・コーヒーの豆を保存しておくと、苦(にが)くなってしまうのですわァ~。。。

あのねぇ~、そういう時には密閉できる缶にコーヒー豆を保存しておくのですよ。。。

そうしているつもりなのですわ。。。

缶が密閉してないのですよゥ。。。 しっかり密閉できる缶を100円ショップで買ったらどうですか?

分かりましたわ。。。 今晩寝ずに考えてから返信を書きますわァ~。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたは、今年の阿波踊りを見ましたか?

見ない人も、見た人も次のダイジェストをお楽しみくださいませ。。。


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どうですか?

お祭り気分を味わえましたか?

ところで、小百合さんが「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれているのですわァ。

なぜ。。。?

ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。

小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。

小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。

分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


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それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。

だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。

じゃあねぇ~~。


(hand.gif)


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

「上を向いて歩こう」がアメリカで人気が出るきっかけは

何だったのでしょうか?

通説によると、1963年の春、

アメリカ西海岸のローカルラジオ局のDJが、

異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手元にあった

日本の曲をオンエアーしたところ、

リスナーからリクエストが殺到したために

人気に火がついたと言われています。

果たして、その話はどこまで本当なのでしょうか?

アメリカで「上を向いて歩こう」をシングルとして

最初に発売したレコード会社はキャピトルです。

同じ時期にキャピトルはイギリスの親会社であるEMIが

ビートルズのシングルを出すようにと要請してきたのです。

ところがアメリカでは人気が出ないと断っているのですね。

では、いったい誰が「上を向いて歩こう」をシングルとして

発売したのでしょうか?

その発売を決定した人の名前が

デンマンさんが描いた次のチャートに出ています。


(qchan90.gif)

デイブ・デクスター・ジュニアさんなのです。

「A&Rマン」と言われていた人で、

売れる可能性のあるアーティストを発掘し、契約を結び、

制作を担当する仕事をしていた人です。

ローカルラジオ局のDJからある日電話がかかってきて

「上を向いて歩こう」が人気が出ていると聞いて、

さっそく自分でも聞いてみたそうです。


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九ちゃんが日本語で歌っているので

詞の内容は理解できなかったけれど、

これならイケそうだと直感して売り出すことに決めたそうです。

つまり、ビートルズの曲はヒットしないと蹴ったけれど、

九ちゃんの「上を向いて歩こう」は直感的に

ヒットすると思ったのだそうです。

ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて

次のサイトを立ち上げました。

時間があったら下のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。

『夢とロマンを持って前向きに生きる

小百合さんの物語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


(ebay5.jpg)


(byebye.gif)

女性の性欲@ラオス

2017年8月12日

 

女性の性欲@ラオス

 


(sparta05.jpg)


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(junko11.jpg)

デンマンさん。。。、どういうわけで“女性の性欲@ラオス”に私をお呼びになったのですかァ?


(kato3.gif)

ジュンコさんは“女性の性欲”に詳しいと思ったのですよ。。。

どうして、そう思ったのですか?

かつてジュンコさんは次のような記事を書いていましたからねぇ~。。。

完全なる結婚


(junko05.gif)

さまざまなテクニックの実践による性的満足が幸せな結婚生活への道であると説いています。

『完全なる結婚』が強調しているのは、従来の男性が一方的に性的満足を得るような性交のあり方ではなく、男性と女性の双方が満足できるようなセックスを通して結婚生活が築かれるとしている点です。

そこでは女性の能動的な参加も、望ましいこととして推奨されています。

1960年代になると、マスターズ&ジョンソンの膨大な人体実験による「人間の性反応」が刊行され、性理論は、確立されたかに見えました。

しかし、その理論は、あまりに膨大な実験の結果であったため、誰も異論を唱えることができず、そこに内在する重大な矛盾を放置したまま、それを土台にした理論が氾濫して行くことになります。

マスターズ&ジョンソン理論においても、オーガズムの定義は確立したとは言い難いようです。

 


(orga02.jpg)

 

21世紀を迎えた今日、女性の95%がオーガズムを知らないという状況が続いているそうです。

ヴァン・デ・ヴェルデは、女性のオーガズムは男性のそれより後で発現することを実験によって明らかにしました。

しかし、後の動物実験(アカゲザル)では、メスのオーガズム収縮によって、オスの射精が起こるということが確認されています。

 

by ジュンコ


『10秒台では素人』より
(2016年12月21日)

確かに、上の記事を書いた覚えがありますわァ。。。 でも、私が“女性の性欲”に詳しいかどうか?ということは、全く別問題ですわァ~。。。

そうかなァ~?

デンマンさんは疑り深いのですわねぇ~。。。 で、どうして急に“女性の性欲@ラオス”を持ち出してきたのですか?

ちょっと次のリストを見てください。


(liv70809a.png)


『拡大する』

“女性の性欲”タグのページ

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で8月8日の午後11時8分から9日の午前2時23分までの約3時間の「生ログ」の一部ですよ。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目してください。

あらっ。。。 もしかしてラオスのGOOGLEで検索してデンマンさんの『徒然ブログ』にやって来て“女性の性欲”タグのページを読んだネット市民がいたのですかァ~?

そうです。。。 ラオスのGOOGLEを使ったと よく分かりましたねぇ~。。。

だってぇ~、ラオスで見かけるお寺の門の写真が貼り付けてあるではありませんかァ! 


(laos11c.jpg)

それに上のリストに出てくる女性の衣装はラオスの民族衣装のように見えますわァ~。。。


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しかも国別コードのla はその写真から類推してラオスだということがほぼ分かりますわァ~。。。 

ジュンコさんは、もしかして知能指数が150ぐらいあるのですか?

いいえ。。。 それほどアタマがいいわけではありませんわァ~。。。

実は、ラオスの首都ヴィエンチャンに住んでいる ファクサイ・リム (Faxai Lim)さんが僕の記事を読んだのです。。。

ヴィエンチャン


(laosmap2.png)

 

ヴィエンチャン(Vientiane)は、ラオス人民民主共和国の首都。
メコン川沿いに広がる町。
タイ王国とは、メコン川で国境を隔てている。

隣国の度重なる侵攻にさらされてきたものの、仏教国の首都として政治や文化の中心を担ってきており、数々の仏教寺院や仏塔を残す。
「ビャクダンのある城壁地」という意味や「月の都」という意味があるが、ラオス情報文化省は様々な説を紹介している。
街路樹が多く「森の都」とも呼ばれる。

ヴィエンチャンの街は12世紀に既に形成されていた。
セーターティラート王がビルマ族のタウングー王朝の圧迫から1560年にラーンサーン王国の都をルアンパバーンからヴィエンチャンに遷都した。

また、セーターティラート王は、ヴィエンチャンに遷都する前に、パニャー・チャンタブリー・シー・サッタンマタイロークをヴィエンチャンの領主に任じている。
この領主が建てたお寺が今もヴィエンチャンにある「チャン寺」で、これは「チャンタブリー・シー・サッタンマタイローク寺」の略称。

ラオス情報文化省版「ラオスの歴史」は、ヴィエンチャンのチャンは栴檀(せんだん)だという伝承を紹介している。
プーカオクワーイに住む仙人の兄弟が、ヴィエンチャンが出来る前の土地にクーンの木とチャンの木(栴檀)で目印をつけたという。
しかし、同書が正式な説として採用しているのは以下の説である。

ナンスー・ウランタートという本に記されているもので、釈迦と弟子のアーナンダがポーンパナオ近辺(現在のヴィエンチャン市内のポーンパナオ寺近辺)に来たときに、「ここらにはナーガが虎が多い」と言った。
その後、シコータボーン王国の領主の血筋の一人がヴィエンチャン市内の北の外れのカオリヤオ地区に移住してきた時、孫娘のインタサワーンロンホートが、釈迦が「虎が多い」と言った所に住んでいたブーリーチャンという農民と結婚した。
それを聞いたシコータボーン王国のパニャー・スミッタタムマヴォンサーが農民を祝福して、パークカディン以北の領有権をブーリーチャンに与えたのが、ヴィエンチャンの始まりという。


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1707年、ラーンサーン王国が分裂した際、ヴィエンチャン王国の首都となる。
1779年、チャクリー王国(現在のタイ)のチャオプラヤー・チャックリー将軍(チュラーローク王=のちチャクリー王朝のラーマ1世)に征服され、チャクリー王国の領土となる。
1827年、アヌ王がクーデターに失敗した際、シャム軍に滅ぼされる。

1893年、ラオスがフランスの保護国となり、1899年にその首都とされた。
第二次世界大戦中は日本に占領されるが、1945年4月にフランスが再び進駐した。

1947年にラオス王国が成立するとその首都とされた。
ラオス内戦が起こるとヴィエンチャンは荒廃する。
1960年8月、コーン・レー大尉がヴィエンチャンを掌握、スワンナ・プーマが首相に就いた。

1975年、パテート・ラーオが進軍しラオス人民民主共和国が誕生し、その首都となった。
ベトナム戦争時には、アメリカ合衆国国際開発庁 (USAID) が置かれていた。

 


(laos12b.jpg)


出典: 「ヴィエンチャン」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

。。。で、ファクサイ・リムさんは、どのようにしてデンマンさんの記事を見つけたのですか?

ラオスのGOOGLEを使って 次のように検索して僕のブログにやって来たのです。。。


(gog70809a.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

あらっ。。。 「肥後ズイキ 大岡越前 新井白石」と入れて検索したのですわねぇ~。。。

そうです。。。 赤枠で囲んであるタイトルをクリックしたのです。。。

でも。。。、でも。。。、ラオスの首都ヴィエンチャンに住んでいる ファクサイ・リムさんは日本語ができるのですかァ~?

あのねぇ~、 ファクサイ・リム (Faxai Lim)さんはラオス国立大学で日本語を専攻しているのです。。。

ラオス国立大学


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ラオス国立大学(National University of Laos: マハーウィタニャーライ・ヘンサート・ラーオ)は、ラオスの首都ヴィエンチャン市(ビエンチャン特別市)にある同国最大規模の国立大学。

既存の学校を元に1996年に設立。
1年間の教養課程を経て、4年制の各学部に進級する5年制システムである。
ラオスでは基本的に小中高が5・3・3制である。

市内に複数のキャンパスを有するが、メインキャンパスは経済経営学部や文学部等があるドンドーク校であり、地元ではキャンパスの場所に関わらずドンドーク(=ラオス国立大学)という愛称で知られている。

ラオス国立大学は Greater Mekong Sub-region Academic and Research Network (GMSARN) と、 ASEAN University Network (ANU)のメンバーである。

学部は次の通り:

理学部、工学部、経済経営学部、文学部、教育学部、建築学部、農学部、森林学部、法学部、社会学部、医学部


出典: 「ラオス国立大学」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

でも。。。、でも。。。、どのようにしてラオスの首都ヴィエンチャンに住んでいる ファクサイ・リムさんがデンマンさんのブログにやって来たことを突き止めたのですか?

IPアドレスを調べたのです。。。


(ip101243b.png)

『拡大する』

デンマンさんは、いつもIPアドレスを調べますけれど、アクセス者の名前までは分からないのですわァ。

ジュンコさんも きついツッコミを入れるのですねぇ~。。。 ファクサイ・リムさんは僕の記事を読んでから 「たいへん勉強になりました」と感謝のメールを送ってくれたのですよ。。。

信じられませんわァ~。。。

あのねぇ~、昔の人は“信じる者は救われる!”と言ったのです。。。 だから、ジュンコさんもツッコミを入れないで 素直に僕の言うことを信じて救われてねぇ~。。。

分かりましたわァ。。。 議論していると、この記事が長くなるので、とりあえずデンマンさんの言うことを信じますわァ。。。 それで、デンマンさんの記事を読んでファクサイ・リムさんは何を勉強したのですか?


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あのねぇ~、“女性の性欲”タグのページ には次の2つの記事が掲載されているのです。


1) 『肥後ズイキが性具になったきっかけは?』

2) 『大岡越前とセックス』

ファクサイ・リムさんは「肥後ズイキ 大岡越前 新井白石」と入れて検索したことからも判るように、肥後ズイキと大岡越前と新井白石がどのように関係しているのか? その事を調べようと思ったわけです。。。

それで、ファクサイ・リムさんは 納得のゆく解答が得られたのですか?

もちろんですよ。。。 2番目の記事に新井白石が登場するのです。。。


(karesusuki.gif)

 

近代史解釈:

歴史は夜、つくられるとゆー

その昔、新井白石は母に問うた

「女性の性欲は、何時までありますか」

 .....灰文字

       

つまり、新井白石が お母さんに「女性の性欲は、何時までありますか」という質問をしたのですか?

そうです。。。

信じられませんわァ。。。

ジュンコさんは疑り深いのですねぇ~。。。 昔の人は“信じる者は救われる!”と言ったのです。。。 だから、ジュンコさんも素直に僕の言うことを信じてくださいねぇ~。。。

分かりましたわァ。。。 それで、新井白石のお母さんの返事は。。。?

あのねぇ~、僕が上の記事を日本時間で2005年10月5日の午後3時40分に投稿してから10分後に Realog (2010年頃に閉鎖) のメンバーである Bogyさん から次のようなコメントをもらったのです。


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はじめまして!

「新井白石」は「大岡越前」では?

外国の方に、「叙情的」な日本語の表現は、説明が難しいですね!

 

by Bogy 2005-10-05 15:50

ん? 大岡越前? まさかあああ! …と思いながら僕も調べてみたわけです。。。 せっかく、親切にコメントを書いてくれたので 無視するのは申し訳ないですからねぇ~。。。 さっそくGOOGLEで検索してみました。


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『拡大する』

GOOGLEで「大岡越前 性欲 女性 灰 面白い」を検索した結果

2005年の10月に 調べたときには 445件のヒットがあったんですよ。。。 ちなみに大岡越前を新井白石に変えて検索してみたら次の結果を得ました。


(gog70811c.png)

『拡大する』

GOOGLEで「新井白石 性欲 女性 灰 面白い」を検索した結果

2005年の10月には 56件のヒットでした。。。 つまり、大岡越前にも新井白石にも同じようなエピソードがあるのですねぇ~。。。

つまり、2005年10月現在で、検索結果によれば、大岡越前の方が8倍も多いのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。 数字の上から見れば、もう間違いなく大岡越前なんです。。。 でも、僕にはどうしても新井白石でなければならない気がしたのです。。。

どうして。。。?

新井白石と彼のお母さんが火鉢の灰の上に『の』の字を書くシーンが僕の脳裏に焼きついてしまっているのです。。。 で、僕は改めて大岡越前についてもう一度調べ直してみました。


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本名は忠相(ただすけ)。越前守だったことから「大岡越前」と呼ばれる。
1677年に旗本の家に生まれる。旗本大岡美濃守忠高の4男。
1686年(貞享3年)10歳のとき同族の大岡忠真(大岡忠右エ門忠真)の養子となる。
養父病死のため、1700年(元禄13年)家督を継ぐ。寄合旗本無役。

24歳で家督を継いで35歳で重大事件を審議・裁判する評定所の一員となった。
その後41歳で江戸町奉行に任命され、8代将軍徳川吉宗の命をうけてからは、裁判だけでなく江戸火消しの「いろは四十八組」を創設したり、小石川養成所などを開設するといった行政面での業績を残した。

1736年、寺社奉行。
1748年、三河国西大平(現岡崎市)1万石を領し大名に。町奉行から大名となったのは、江戸時代を通じて忠相一人だけである。
1751年、病気により辞し、同年6月吉宗が没し、12月忠相も死去。

大岡越前といえば「大岡裁き」と呼ばれる名裁判で知られ、特に2人の母親に子供を引っ張らせることで実の母親を決めたという話が有名です。
しかし、この話は大岡越前とは全く無縁の話なのです。実はこれは江戸時代「大岡政談」という小説に描かれたもので全くの作り話。
19年間の在任中裁判は3回しか行なわれず、そのうち大岡越前が執り行ったのは1回だけ!

忠相が町奉行時代に実際に裁いたのは「白子屋お熊事件」のみであり、現代に「大岡裁き」として伝えられているものの多くは、関東郡代等他の奉行のものや中国の故事などに基づいている。

しかし、忠相が名奉行として人々に記憶されていたことの証(あかし)にはなっている。
つまり、名裁判官でなければこのような言い伝えが残らなかったと言うわけです。

これだけ調べて、僕は、なるほど~、そういうことだったのかと思い当たりました。。。 つまりですよ、大岡越前が町奉行時代に実際に裁いたのは「白子屋お熊事件」のみなんですよ。

でも、ずいぶん前にテレビの再放送で加藤剛が演じる『大岡越前シリーズ』をテレビで見た時には、大岡越前が50回以上も事件を裁いていましたわァ~。。。

そうなのですよ。。。 要するに、大岡越前と言う人は人気があった。 だから、他の人のエピソードであっても、江戸市中のミーちゃんハーちゃんは面白そうなエピソードをこの人に結び付けてしまったのですよ。。。 新井白石は1657【明暦3年】に生まれて 1725【享保10年】に亡くなっています。

つまり、新井白石は大岡越前よりも20年前に生まれたのですねぇ。

そうです。。。 だから、この人のエピソードが庶民の間では人気があった大岡越前のエピソードとして受け入れられてしまったのですよ。。。

マジで。。。?

僕には そうとしか思えない。。。 それに、たぶん新井白石の話の方が本当だと考える人が多くなったのですよ。。。 だから、つい最近、2017年8月10日にGOOGLEで検索したときには、大岡越前が 5,860件。。。 新井白石が 117,000件。。。 新井白石の方が 約19倍に増えているのですよ。。。

。。。で、ラオスの首都ヴィエンチャンに住んでいる ファクサイ・リムさんも、デンマンさんの上の記事を読んで、謎が解けたので、感謝のメールをよこしたのですか?

その通りです。。。

でも。。。、でも。。。、ファクサイ・リムさんは、そもそも「肥後ズイキ 大岡越前 新井白石」と入れて検索したのでしょう!? それが、どういうわけで“女性の性欲”と結びつくのですか?

簡単なことですよ。。。 “肥後ズイキ”のおもちゃは、女性が使うものですからねぇ~。。。


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【ジューンの独り言】


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ですってぇ~。。。

ところで、日本語の上手なラオスの歌姫がいます。

アレクサンドラ・ブンスアイさんです。

彼女の歌を聞いてくださいね。。。


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2002年に初アルバムを発売し、現在ではラオスを代表する歌手になっています。

2007年にはタイのテレビドラマで女優デビューを果たしました。

2005年には愛知万博のために来日しており、2008年4月からは慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科に留学するなど、日本とのかかわりも深いのですよ。

ところでラオスのお話も面白いですけれど、

日本の古代史にも興味深い不思議な話がたくさんあります。

たまには、日本の古代の話も読んでください。。。

では次の記事から興味があるものをお読みくださいねぇ~。。。


天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

ところで、他にも面白い記事がたくさんあります。

興味のある方は次の記事も読んでみてくださいね。


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『角さんと原発と天罰(2013年1月5日)』

『真紀子落選(2013年1月14日)』

『野火(2013年1月18日)』

『タイタニックと国際化(2013年2月1日)』

『宮澤理恵@Macao(2013年2月28日)』


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『チョコレートと軍産複合体』

『チョコレートと甘い権力』

『CIAの黒い糸』

『美しい日本語再び』

『宮沢りえブーム?』

『また、宮沢りえ?』

『浅間山噴火とフランス革命』

『なぜアクセスが急増したの?』

『気になる検索ワード』

『なぜ塩野七生批判』

『その検査、ムカつく!』


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『宮沢りえと床上手な女』

『MH370ミステリー』

『なぜ死刑廃止?』

『真犯人はそこにいる』

『MH370ミステリー裏話』

『お裁きを信じますから』

『ジャルパックと国際化』

『古代ローマのセックス』


(nopan05.png)

『CIAとノーパン』

『エロいローマ再び』

『エロいけれどためになる話』

『えろあくにめ温泉』

『エロいけれどためになる』

『地球上のネット普及率』

『原発はダメだったのに』

『スカートをはいた兵隊』

『行田シンドローム』

『幻の暴走機関車』

『CIA@NOパンツ』

『エリュトゥラー海案内記』

『伊藤若冲 ランブータン』

『知的快楽』


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『シャフリ・ソフタ』

『閨房でのあしらい』

『漱石とグレン・グールド』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に
ネットサーフィンしましょう。
じゃあね。バーィ。


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(hiroy2.png+betty5d.gif)
『スパマー HIRO 中野 悪徳業者』

 


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ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

ためになる関連記事


平成の紫式部、橘卑弥子でござ~ます
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『卑弥子の源氏物語』

『平成の紫式部』

■ めれんげさんの『即興の詩』

■ めれんげさんの『極私的詩集』

Jagel - Soft Japanese Bagel
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■ “JAGEL – Soft Japanese Bagel”


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■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』


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■ 『軽井沢タリアセン夫人 – 小百合物語』

■ 『今すぐに役立つホットな情報』


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オナラの曲芸

2017年7月19日

 

オナラの曲芸

 


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これが世界一のオナラの威力だ!


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アタイのオナラの連発を聞いてね!

あなたのために

日本創世記をイメージした

「狂屁曲ヘ長調 創世記」です!

お楽しみくださいませ。 (笑)


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デンマンさん。。。 どういうわけで、こういう極めて馬鹿バカしい話題を取り上げたのでござ~♪~ますか?


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いけませんか?

だってぇ~、あんまりにも馬鹿バカしいじゃござ~ませんかァ~! オナラの連発はデンマンさんがブッパなしたのでござ~ますかァ~!?

ネット市民の皆様の前で 僕は そのようなはしたない真似は絶対にしませんよう。。。

とにかく、どういうわけでオナラの話題を取り上げたのでござ~ますかァ~?

実は、北京市に住む周杰伦(ジョウ・ジエルン)君が中国の検索エンジンを使って検索して僕の Denman Blog にやって来てオナラの記事を読んだのです。。。


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『拡大する』

IPアドレスを見せられても、それが証拠にはなりませんわァ。。。

じゃあ、Denman Blog の7月16日の記録を見てください。。。


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『拡大する』

上のリストの赤枠で囲んだ箇所に注目してください。。。 このリンクをクリックすると次の検索結果が出てくるのですよ。。。


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『拡大する』

『曲屁(きょくべ)』

『現時点での検索結果』

上のリストの赤枠で囲んだリンクをクリックしてデンマンさんの Denman Blog へやって来たのでござ~ますかァ?

そういうことです。。。 ちゃんと次の記録にも出ています。


(wp70716d.png)

7月16日の人気記事のリストですわねぇ~。。。 

そうです。。。

相変わらず『床上手な女の7つの見分け方』がダントツで読まれてますわねぇ~。。。


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『床上手な女の7つの見分け方』

卑弥子さんも読みましたか?

読みましたけれど、上のオナラの「狂屁曲ヘ長調 創世記」とくらべると あまり面白くありませんでしたわァ~。。。

つまり、卑弥子さんは“極めて馬鹿バカしい!”と言いながら「狂屁曲ヘ長調 創世記」を楽しんだのですねぇ~。。。

そんなことよりも北京市に住む周杰伦(ジョウ・ジエルン)君は どういうわけで『曲屁(きょくべ)』を読んだのでござ~ますか?

あのねぇ~、周杰伦(ジョウ・ジエルン)君は北京にある日本語学校を優秀な成績で卒業したのですよ。。。 だから、日本語の読み書きは日本人と変わらないのです。。。 それで、当然「放屁」ということは知っていた。。。 でもねぇ~、「曲屁」という言葉をこれまでに見たことも聞いたこともなかったのですよ。。。

曲屁


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曲屁(きょくべ)とは、音の高さや長さ、強さをさまざまに変えながら放屁することにより、聞き手を楽しませる行為のことである。

曲放(きょくひり)ともいう。

興行として曲屁を行った事例は世界各地に存在し、日本では安永年間に霧降花咲男を称する者が興行を行った記録があるほか、19世紀末のフランスでムーラン・ルージュを中心に活動したル・ペトマーヌ、近年ではイギリスのミスター・メタンなどが知られる。

 


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  ミスター・メタン

 

こうした興行では、放屁の長さや連発といった単純な放屁技能の誇示や、「若い女の屁」「紳士の屁」などさまざまな設定で放屁し分けることで笑いを誘うもの、放屁単独もしくは別の楽器を伴った音楽の演奏などが行われた。

また放屁そのものを聞かせる芸以外に、肛門に管をつないで別の楽器を演奏する、放屁で離れたところにあるろうそくを吹き消す、といった芸も行われた。


出典: 「曲屁」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

つまり、好奇心に駆られて『曲屁(きょくべ)』を読んだのでござ~ますか?

そういうことです。。。

それでフランスにはル・ペトマーヌという曲屁の芸人がマジでいたのですかァ?

いたのですよ。。。

ル・ペトマーヌ (Le Pétomane)

 

ル・ペトマーヌはフランスの曲屁師(放屁芸人)であったジョゼフ・ピュジョル(Joseph Pujol, 1857年6月1日 – 1945年)の芸名である。

腹部の筋肉に加える力を調整することにより、意のままに放屁しているかのように見せる芸で知られる。

芸名はフランス語の動詞péter(放屁する)に接尾辞-mane(…狂)を加えた形で、「放屁狂」を意味する。


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なおピュジョルの芸は本物の屁を用いた芸であると思われがちであるがそうではなく、直腸に向かって空気を吸い込み、この空気を肛門括約筋を加減しつつ放出していた、というのが真相である。
こうした実態は、ピュジョルが芸を披露し始めた初期、軍隊時代に同僚兵に向かって行った際の記録にも示されている。

軍に入隊したピュジョルは、同僚兵に自分の特殊能力について語り、平鍋に張った水を直腸に吸い込み、その水を肛門からあたり一面に撒き散らす芸を座興として何度も披露した。
やがてピュジョルは水だけではなく空気も吸ったり出したりできることに気付いた。

除隊してパン屋になったピュジョルは、肛門からの空気で楽器のような音を出してみせ、顧客を楽しませた。
ピュジョルはこの芸で舞台に上がってみたいと決意、1887年、マルセイユで放屁芸の公演を始めた。
この芸は好評で、1892年にはパリに移り、ムーラン・ルージュで芸を披露するようになった。

公演の目玉は大砲の砲撃音や雷鳴の音を出すもののほか、肛門とオカリナをゴム管でつなぎ、『オー・ソレ・ミオ』や『ラ・マルセイエーズ』を演奏するなどというものもあった。
何メートルも離れたところからろうそくを吹き消すこともできた。
アルバート・エドワード王太子、ベルギー国王レオポルド2世、ジークムント・フロイトといった人々も、ピュジョルの芸を観た。

しかし1894年、経済的に困窮した友人を助けようと即興で芸を披露したことが原因で、ピュジョルはムーラン・ルージュの興行主から訴えられてしまう。
ムーラン・ルージュ側は勝ったものの、たった3000フランを得ただけで、1回の公演で20000フランを稼ぐ呼び物であったピュジョルを失うことになった。

ムーラン・ルージュを去ったピュジョルはテアトル・ポンパドゥールの名で旅回りの一座を組んだ。
この時期、ピュジョルは芸を洗練し、もっと上品なものにしようと力を注いだ。
得意の演目は農場を描いた自作の詩に、肛門から出す動物の声を交えたものであった。

しかし第一次世界大戦が勃発、戦乱の残酷さに直面して意欲を失ったピュジョルは舞台をやめ、マルセイユのパン屋に戻った。
後にトゥーロンでビスケット工場を開いた。

1945年、ピュジョルは88歳で死んだ。
遺体はラ・ヴァレット=デュ=ヴァールの墓地に埋葬され、今でもそこに墓が残る。
死後、多額の金と引き換えに遺体を調べたい、という申し出が医学校からあったが、遺族が申し出を受け入れることはなかった。

ピュジョルの至芸はその後も長く語り継がれ、その人生を元に小説・音楽・映画などさまざまな芸術作品が制作された。

 


(petmane2.jpg)

ジョゼフ・ピュジョルの人生を描いた映画


出典: 「ル・ペトマーヌ」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

あらっ。。。うふふふふふ。。。これはチョンボじゃござ~ませんか! 本物のオナラではないのですわね。

そうなのですよ。 直腸に向かって空気を吸い込み、この空気を肛門括約筋を加減しつつ放出するのですよ。

かなり特殊な技(わざ)ですわね。

でもねぇ、僕はこの部分を読んで不意に思い当たる事があった。 実は、僕は高校時代に体操部に居たことがあって、床運動の練習をしている時に仰向けになって両脚を顔の上に持ってくる。 そうなると、尻がグッと持ち上げられて、ある角度になると、直腸に向かって空気が吸い込まれることを偶然に発見したことがあった。

あらっ。。。マジで。。。? 。。。んで、その吸い込まれた空気をオナラのようにしてブッとぶっ放すことができたのでござ~ますか? うふふふふふ。。。

いや。。。音までは出そうとしなかったけれど、今でも空気を直腸に出し入れできますよ。 音を出そうと思えば、多分できると思うのですよ。 ただ、そのような馬鹿らしい事をする気にならないだけです。 うへへ屁へへ。。。

あらっ。。。訓練すればデンマンさんもバンクーバーの「ル・ペトマーヌ」として世界的に有名になれるのではござ~ませんか?

いや。。。たとえ出来るようになったとしても、そのようなバカバカしい事をしてまで金儲けしようとも、有名になろうとも思いませんよ。

。。。で、日本でも曲屁の芸人さんが いたのでござ~ますか?

もちろんですよ。。。

庶民の生業(なりわい)

江戸は百万都市でございます。
その人口の約半分近くが庶民ですから、それはそれは様々な職業がございます。
しかし、誰もが好き勝手に江戸に住み、自由に商売ができるわけではございません。
庶民は人別帳で管理され、基本的には親の仕事を受け継ぎます。

それでも、新しく江戸の住人になる者もたくさんおります。
次男以下の者や遊女など、弟子入りや年季奉公で江戸に来る場合などです。
彼らが一人前になったり年季が明けますと、江戸で自分で商売をして暮らすことができます。
ただし、商売のほとんどが株や鑑札が必要ですので、請人や町役人の保証がなければ棒手振にも簡単になれません。

曲屁(きょくべ)


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どうにも品のない芸ですが、三味線や小唄に合わせて屁を放(ひ)る曲芸を申します。
梯子屁(はしごっぺ)、祇園囃子(ぎおんばやし)、犬の鳴き声など様々な技があり流行りましたが……「江戸文化」などと申して真似などなさいませんように。

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
イラストはデンマン・ライブラリーより)


101、132ページ
『絵でみる江戸の町とくらし図鑑』
善養寺ススム 文・絵
江戸人文研究会 編
2011年6月1日 初版第1刷発行
発行所: 廣済堂あかつき株式会社

この本は220ページの本なのですよ。 図鑑といっても厚い大きな本じゃなくて片手でパラパラめくれるような比較的小さな本です。 その本の半分近くが江戸時代の職業を紹介している。

江戸時代には「曲屁」を商売にしていた人がそれほど居たのでござ~ましょうか?

意外にたくさん居たようです。

でも、オナラを自由自在にぶちかますなんてぇ、人の技(わざ)とは思えませんわ。 それほど自由に出るものでござ~♪~ましょうか?

あのねぇ~、誰もがそのような疑問を持つと思うのですよ。 自由に屁を出すなんて、考えただけでもできるわけがないのですよ。

それなのに、自由にオナラを出してそれを商売にする人たちが居たというのは、どういうわけなのでござ~ますか?

だから、多くの芸人は ジョゼフ・ピュジョルさんのように直腸に向かって空気を吸い込み、この空気を肛門括約筋を加減しつつ放出したと思うのですよ。。。 卑弥子さんも試してみたらどうですか?

そんなことをしたら、ますますお婿さんになりてが居なくなりますわァ~。。。


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【卑弥子の独り言】


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とにかく、今日は 極めて馬鹿バカしいお話でしたわ。。。

あなたも 馬鹿バカしいと思いながら 涙を浮かべて笑ったでしょう!?

うふふふふふふふ。。。

ところで、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”が最近、男性の目の保養になっているという事実の方が信じられると思うのですわァ~。

あなたは信じられないかもしれませんけれど、

最近、“ヴィーナスのえくぼ フィーバー”が起こっているのですわよう。。。

ええっ。。。 マジで信じられないのですかァ~?

じゃあ、ちょっと次の検索結果を見てくださいまし。。。


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『拡大する』

『現時点での検索結果』

「卑弥子 女性の本当の魅力 ヴィーナスのえくぼ」と入れてGOOGLEで検索する殿方が多いのでござ~ますわァ。

つまり、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”を目当てにやって来るのですわァ~。。。

うふふふふふふ。。。

あなたも、ビックリするでしょう?

ジムに毎日通って“ヴィーナスのえくぼ”をゲットしたのですわよ。


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どうでござ~ますかァ?

ええっ。。。 あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?

どうしてよう?

ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?

あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、

最後には上のようなおヌードになるのですわよう。

信じてくださいましなァ~。。。

ところで、話は変わりますけれど、古代にはあなたの知らない雄大な、あるいはミステリアスな面白いお話があるのですわよう。。。

あなたのために平安史、古代史の興味深い記事を用意しましたわァ。

ぜひ お読みくださいねぇ~。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてください。
じゃあ、またねぇ~。。。


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ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


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『下衆のかんぐり』

『桓武天皇のママがネットで』

『ござが天皇とGOOGLE』

『一敗が三人に!』

『行田の黒い霧をはらう』

『ペルシャ人が飛鳥に』

『小柴垣草子』

『後白河上皇ダントツ』

『ブスと美人』

『死んでも生きてる』

『失意の太田将宏』


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『オルフェと聖徳太子』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

『ゴヤと三島由紀夫』

『仏陀とキリストと娼婦』


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『ズロースと戦争』

『伊藤若冲ブーム?』

『ブッダと物理学』

『加藤清正ブーム?』

『愛憎と三輪山』

『松原智恵子 お尻ペンペン』

『坂本龍馬は流れ者か?』

『野ざらし』

『紫式部堕獄説』

『日本最古のポルノ?』

『源氏物語の性描写』

『寅さんの本棚と急行まつしま』

『ヒトラーは草食系?』

『ブッダとキリストと娼婦』

『顔文字とオナラ』


(hama10.jpg)

『宝暦の恨みを明治維新で』

『デウキと紅葉@行田』

『薄い陰毛と紅のボートピープル』

『江戸の閨房術』

『ずるがしこい現代人』

『春画@源氏物語』

『千早振る』

『あれっ、松本清張』

『キスと源信』

『伎楽は呉から…?』

『紺瑠璃杯に魅せられて』

『神聖娼婦 マリア』

『安徳帝は生きていた』

『白石川の桜』


(maria05.jpg)

『ブログ村のマリア様』

『萌える済子女王』

『ピンク桃色@徒然』

『富沢金山の桜』

『ピンク桃色村』

『紫式部@徒然』

『絵里香@ペルー』

『ペルシャ人の楊貴妃』

『ん?佐伯今毛人』

『文学と歴史とウソ』

『百人一首ミステリー』

『芭蕉と遊女再び』

『映画とロマン@仙台』

『源氏物语中的性描写』

『忘れられた歴史ロマン』

『おばさんパンツ@サンホセ』

『聖徳太子のチューター』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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芭蕉と英語

2017年6月26日

 

芭蕉と英語

 


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デンマンさんは、松尾芭蕉が英語をしゃべれたというお話をするのですかァ?


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まさかァ~。。。 僕が知る限り、芭蕉は英語を話したことはないと思いますよ。。。

それなのに、どういうわけで芭蕉と英語というタイトルにしたのですかァ~?

実は、バンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。。。

尿前の関

 

南部道遥(はるか)にみやりて、岩手の里に泊まる。

小黒崎・みづの小島を過(すぎ)て、なるごの湯より尿前(しとまへ)の関にかかりて、出羽の国に越(こえ)んとす。

 

この路旅人まれなる所なれば、関守(せきもり)にあやしめられて、漸(ようよう)として関をこす。

大山をのぼつて日すでに暮(くれ)ければ、封人(ほうじん)の家を見かけて舎(やどり)を求む。

三日風雨あれて、よしなき山中に逗留す。

 


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蚤虱(のみしらみ)
 

馬の尿(しと)する
 

枕もと

 

あるじの云(いう)、これより出羽の国に、大山を隔(へだ)て、道さだかならざれば、道しるべの人を頼(たのみ)て越(こゆ)べきよしを申す。

さらばと云(いい)て、人を頼み侍(はべ)れば、屈強の若者、そり脇差(わきざし)をよこたえ、樫の杖を携(たずさ)えて、我々が先に立ちて行く。

 

きょうこそ必ずあやうきめにもあうべき日なれと、辛(から)き思いをなして後について行く。

あるじの云(いう)にたがわず、高山森々として一鳥声きかず、木の下闇(したやみ)茂りあいて、夜行くがごとし。

雲端(うんたん)につちふる心地して、篠(しの)の中踏み分け踏み分け、水をわたり岩に躓(つまづ)いて、肌につめたき汗を流して、最上の庄に出(い)ず。

かの案内せしおのこの云うよう、「このみち必ず不要のことあり。恙(つつが)のうおくりまいらせて仕合(しあわせ)したり」と、よろこびてわかれぬ。

後に聞きてさえ胸とどろくのみなり。

 


(uma001b.jpg)

 

Plagued by flears and lice,
 

I hear the horses staling
 

Right by my pillow.

 

Our host told us, “The road from here to Dewa lies through high mountains, ans is so badly marked you had best to get a guide to show you the way.”

“Very well,” I said, and hired one, a strapping young man who wore a scimitar at his side and carried an oaken stick.

He walked ahead of us, and thinking that today we were sure to run into danger, we followed behind.

The road was as our host had described it—through densely overgrown high mountains in which not a single bird-cry could be heard.

It was dark under the trees, so dark that it was like walking at night.

Feeling as though “dust were raining from the edges of the clouds,” we pushed our way through clumps of bamboo-grass, waded across streams, and stumbled against rocks.

At last we reached the town of Mogami, our bodies bathed in a cold sweat.

 

When our guide left us he said happily, “Something unpleasant always happens on this road. I was lucky to have been able to lead you here safely.

To hear such words, even after our safe arrival, made our hearts pound.

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


90-91ページ 『おくのほそ道』
著者: ドナルド・キーン 挿絵(切り絵): 宮田雅之
1997年2月1日 第2刷発行
発行所: 講談社インターナショナル株式会社

この本は芭蕉の『奥の細道』の対訳本ですわねぇ~。。。

そうです。。。 日本語をドナルド・キーンさんが英訳したのですよ。。。

上の箇所のどこにデンマンさんはムカついたのですかァ~?

いや。。。 別にムカついたわけではないのですよ。。。 赤字にした箇所に注目してください。。。


(okuno03b.jpg)

 

このみち必ず不要のことあり。

恙(つつが)のうおくりまいらせて

仕合(しあわせ)したり。

Something unpleasant always

happens on this road.

 

I was lucky to have been able to

lead you here safely.

 

日本語を読んだだけでは、いったいどういうことを言っているのか? 。。。よく解らなかったのですよ。。。

それで英語文を読んで初めて何を言おうとしたのかが理解できたのですか?

そうです。。。 ジューンさんは日本語を読んだだけで意味が解りましたかァ~?

なんとなく解ったつもりでしたけれど、英文を読むまでは私もはっきりとは理解していませんでしたわァ。。。

。。。でしょう? 僕は、こういう経験をこれまでに何度もしたのですよ。。。 はっきり言って江戸時代の日本語と、現代の日本語はずいぶん違ってますよ。。。 でも、江戸時代の頃の英語と、現在の英語は、日本語ほど違ってはいないと思うのです。。。 ジューンさんは、どう思いますか?

そうですわねぇ~。。。 江戸時代が始まった頃、つまり、1600年頃の英語は“初期近代英語”と呼ばれているのですけれど、シェイクスピアが使っていた英語ですよねぇ~。

初期近代英語


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初期近代英語は中英語時代の末の1450年頃から1650年頃の英語をいう。

代表的な文献として後期に属するジェームズ王欽定訳聖書およびウィリアム・シェイクスピアの著作が挙げられる。

欽定訳聖書は経典という性格から当時の口語と異なる古風な語法が用いられている。

現代英語しか知らない人でも大体理解できる程度に現代英語に近い。

現在の英語では発音と綴りに若干乖離が見られるが、これは現在の綴りが初期近代英語期のまだ大母音推移が完了していない頃に定められたためである。


出典: 「初期近代英語」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

『ウィキペディア』の上の説明にも書いてありますけれど、シェイクスピアの作品は現代英語しか知らない人でも大体理解できますわァ~。。。 でも、江戸時代の日本語の本を読めと言われても、わたしには何が書いてあるのか全く解りませんわァ~。。。

そうなのですよ。。。 日本で生まれた日本人でも、江戸時代に書かれた本は読めるかもしれないけれど、まず、意味は解らない。。。 ちょうど、上の箇所のように、現代英語に訳された英文を読んで初めて僕も、その意味が理解できたのだから。。。

つまり、江戸時代が終わって明治時代になってから、日本語はずいぶんと変化したのですわねぇ~。。。

そうですよ。。。 子供の頃、江戸時代のチャンバラ映画を見た時、僕は中国か韓国の昔の時代の事をやっているのかと勘違いしたほどですよ。。。 とにかく、明治維新で何もかもがガラッと変わってしまった。。。 武士は刀も捨て、チョンマゲも切って、西洋人の真似をしてズボンを穿いてステッキを持って歩くようになった。

日本語も明治維新でずいぶん変わってしまったのですか?

そうですよ。。。 江戸時代には、文章は話し言葉では書かなかったのです。。。 明治時代になってから、話し言葉で書こうという人たちが出てきた。

日本語における言文一致


(futabetei2.jpg)

 

日本語の古典的な文体である文語は主に平安時代までに完成した。
中世以降、次第に話し言葉との乖離が大きくなっていった。

明治時代には、文学者の中から改革運動(言文一致運動)が起こった。

言文一致小説の嚆矢は、坪内逍遥に刺激を受けた二葉亭四迷の『浮雲』などである。

二葉亭が『浮雲』(1887年)を書く際には、初代円朝師匠の落語を速記法により筆記した、落語家の初代三遊亭圓朝の落語口演筆記を参考にしたという。

また、ツルゲーネフなどロシア文学作品を翻訳した文体も既存の文語からの離脱の試みである。

当時は二葉亭以外にも、多くの作家が言文一致の新文体を模索した。
その中でも、山田美妙における「です・ます」調の試みは、もうひとつの日本語表現の可能性として、小説言語の主流にはならなかったものの、後世へ大きな影響を与えた。
若松賤子が「小公子」の翻訳で試みた「ありませんかった」のような文体も当時の注目を浴びたが、これは受け継ぐものが現れなかった。

しかし、そのころはまだ文語文の作品も多く書かれている。
和歌の塾に通い、古典の教養を持っていた樋口一葉は古文の呼吸をつかった雅文体で「にごりえ」「たけくらべ」などの作品を書いている。

翻訳で言文一致を試みた森鴎外も、「舞姫」や「即興詩人」では文語にもどしている。
評論の分野では北村透谷や幸徳秋水は、漢文書き下しの文体を使って論文を書いていた。
その点では、言文一致の運動がすぐに時代の主流になったわけではなかった。

このような新文体への挑戦は文学の分野で作家たちだけがしていたのではなく、当時の新聞や雑誌記事などでも並行的に行なわれていた。
特に従軍記者による戦地レポートや、速記による裁判の傍聴記録などで、積極的に言文一致の新文体が試みられていた。

その結果、明治末になるとそれらは書き言葉として次第に確立し、一般の文章にも大きな影響を与えるようになった。
自然主義文学の運動も、その普及に一役買った。

しかし、法律の言語は、戦前では文語文を用いて記述されていた。
戦後は口語体となった。


出典: 「言文一致」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

僕のオヤジやお袋が子供の頃は、まだ書き言葉と話し言葉がずいぶんと違っていたのですよ。。。

たとえば。。。?

たとえば、今だったら Butterfly は日本人なら誰もが“蝶々(ちょうちょう、チョウチョ)”と書きますよ。。。 


(chocho2.gif)

てふてふ

 

 

ちょうちょ

 

でも、僕のオヤジが子供の頃は“てふてふ”と書いて“ちょうちょう (チョウチョ)” と読まされた。

じゃあ、オペラの“蝶々夫人”は“てふてふ夫人”と書いたのですわねぇ~。。。 (微笑)


(chocho3.jpg)

そういうことですよ。。。 オペラの“蝶々夫人”は“てふてふ夫人”と書いたのです。。。 じゃ、ジューンさんのために日本語のクイズです。。。 次の生物は口語では何と呼ばれているでしょうか?

どぢやう

 


(question.gif)

 

 

泥鰌

 


(dojo12.jpg)


(yanagaw3.jpg)

柳川鍋

 

ドジョウ


(laugh16.gif)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。

では、更に あたたのためのクイズです。。。

次の旧仮名遣いは 現代の口語ではどのような漢字で書くことができるでしょうか?

おやかふかふ

 


(katatataki.jpg)

 

 

親孝行

 

 

ところで、話は変わりますけれど、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ フィーバー”が起こっているのですわよう。。。

ええっ。。。 信じられないというのでござ~ますかァ?

じゃあ、ちょっと次の検索結果を見てくださいまし。。。


(gog60409a.png)

『拡大する』

『現時点での検索結果』

「卑弥子 女性の本当の魅力 ヴィーナスのえくぼ」と入れてGOOGLEで検索する殿方が多いのでござ~ますわァ。

つまり、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”を目当てにやって来るのですわァ~。。。

うふふふふふふ。。。

ジムに毎日通って“ヴィーナスのえくぼ”をゲットしたのですわよ。


(buttdimp5.jpg)

どうでござ~ますかァ?

ええっ。。。 あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?

どうしてよう?

ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?

あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、
最後には上のようなおヌードになるのですわよう。
信じてくださいましなァ~。。。

ところで、あなたは『万夜一夜物語』を読んだことがござ~ますかァ~?

“千夜一夜物語”ではなくてぇ、“万夜一夜物語”ですわ。


(manya02.jpg)

『万夜一夜物語』

デンマンさんが書いたのでござ~ますわよう。

ええっ。。。 10,001の話が書かれているのかってぇ~。。。?

とにかく、上のリンクをクリックして読んでみてくださいませぇ~。。。

あなたも、絶対にビックリするようなお話が出てきますわァ。

『万夜一夜物語』だけでは、物足りないのでしたら、
ジューンさんが登場する面白いお話もたくさんあります。

興味のある方は、どうか次のリンクをクリックして読んでくださいましねぇ~。。。

(roten101.jpg+cleoani.gif)

『9日間の女王』

『あなたは敬語?』

『原節子とジューンさん』

『モナリザの妹』

『ナイアガラとマリリンモンロー』

『おばさんパンツ@大晦日』

『ヴィーナスのえくぼ@ジューン』

『乳房振動とブラの研究』

『G線上のアリア』

ジューンさんの熟女下着
(30june.jpg)

『悲愴と白鳥』

『ブッダと千夜一夜物語』

『絹の道と千夜一夜物語』

『ヤノマミの乙女』

『ジャータカと今昔物語』

『白木屋お熊とセックス』

『パンツを売る乙女』

『床上手な女@マルタ島』

『宮沢りえとおばさんパンツ』

『マチュピチュとインディー・ジョーンズ』

『映画を愛する薄命の女』

『ベニスの騒動』

『アンネとハンナ』

『名器たこつぼ』

『レダの卵を探して…』


(miro0018.jpg)

『サモトラケのニケとミロのヴィーナス』

『薄命な女のパンツ』

『ロトの娘たち』

『もう一人のモナリザ』

『万夜一夜の謎』

『自由という誘惑』

『驚異の大洪水』

『おつまみミステリー』

『混浴風景を探して』

『ハレルヤ』


(sylvie122.jpg)

『マルタ島のロマンだ』

『宮沢りえ人気@海外』

『癒しを奏でるパンツ』

『マルタ島deロマン』

『生ログdeロマン散歩』

『宮沢りえ@クールジャパン』

『混浴風呂ガー』

『ウェルカムバック』

『コペンハーゲンからやって来た』

『ロシアからやって来た』

『海外美女ランキング』

『ブログを解剖する』

『スイスからトランプ見に来る』


(fan004.jpg)

『海外美女を探して』

『パンツde大晦日』

『Tバック@三賀日』

『とっちゃん坊や』

『また千夜一夜』

『初恋の思い出』

『乳房振動とブラ』

『白木屋お熊』

『肥後ズイキ@セルビア』

『紐パン熟女』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人
(godiva05.jpg)

『美尻のビーナス』

『紐パン熟女に惹かれて』

『あの二人が気になって』

『肥後ズイキ@セルビア』

『私は下着女装です』

『ドリアンを探して』

『パリの日本人』

『ペンタゴン式己を疑う』

『薄命な女と映画』

『ラーメン@ベリーズ』

『うるさい夏』

とにかく、次回も興味深い記事が続きますわ。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、また。。。


(hand.gif)


(chiwawa5.gif)

こんにちは。ジューンです。

スパムメールが相変わらず多いですわよね。

あなたのメールボックスにも、

ジャンクメールがいっぱい入っているでしょう!?

スパムメールを飛ばしているのは

いったい、どういう人たちなのでしょうか?

出会い系サイトのオーナーたちが多いそうですわ。

彼らは会員を集めるためにスパムメールをばら撒きます。

そのためにメールアドレスのリストを購入しています。

では、そのようなリストを販売している人は

どうやってメールアドレスを集めているのでしょうか?

ロボット(自動巡回プログラム)によって

自動収集させているのです。

ところで、サーチエンジンの自動巡回ロボットは

毎日世界中のサイトを訪問し、

その内容をデータベースに書き込んでいます。

同じように、このメールアドレス収集巡回ロボットも、

HTMLソースを分析し、

メールアドレスらしきものをどんどん記録してゆきます。

でも、使っていないメールアドレスが

たくさんあるのですよね。

あなたの使っているメールアドレスのことを

考えてください。

あなたはメールアドレスをいくつ持っていますか?

一つだけではないでしょう?

10以上持っているのではありませんか?

多分、ほとんどのメールアドレスは使ってないでしょう?

そのために、現在実際に使っている

メールアドレスを集めるために、

怪しい人物が使用度の高いメールアドレスを

集めているのですわよ。

だから、あなたもむやみに信用できない人に対して

返信しないようにしてくださいね。

詳しいことはデンマンさんが次の記事で書いています。

『コメント魔』

(2012年4月3日)


(himiko92.jpg)

ところで、卑弥子さんが面白いサイトを

やっています。

興味があったら、ぜひ次のリンクをクリックして

覗いてみてください。

『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。 バーィ


(juneswim.jpg)


(byebye.gif)

うるさい夏

2017年6月18日

 

うるさい夏

 


(yamadera97b.jpg)


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(june001.gif)

デンマンさんは、日本の“うるさい夏”が嫌いなのですかァ~?


(kato3.gif)

。。。ん? 僕が日本の“うるさい夏”を嫌っている、とジューンさんは思っているのですかァ?

だってぇ、タイトルにそう書いてあるではありませんかァ!

いや。。。、このタイトルは僕の思いを表現したものではないのですよ。。。

じゃあ、誰の思いなのですかァ~?

やだなあああァ~。。。、ジューンさんは忘れてしまったのですかァ~?

わたしが何を忘れた、とデンマンさんは言うのですか。。。

もうずいぶん前になるけれど、ジューンさんが初めて日本の夏に東北地方を旅行したときのことですよ。。。 その時、ジューンさんは「セミの鳴き声がうるさくて昼寝ができないわァ~! んもおおおォ~!」とボヤいていたではありませんかァ!

あらっ。。。 そういうことがあったかしらァ~?

あったのですよ。。。 

。。。で、どうして、その事を思い出したのですか?

実は、バンクーバー図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのです。。。

立石寺

 


(yamadera93b.jpg)

 

山形領に立石寺と云う寺あり。
慈覚大師の開基にして、殊に清閑の地なり。
一見すべきよし、人々のすすむるに依(よ)りて、尾花沢よりとって返し、その間七里ばかりなり。

日いまだ暮れず。
麓の坊に宿かり置(おき)て、山上の堂にのぼる。

岩に巌(いわお)を重ねて山とし、松柏年旧(としふり)、土石老いて苔滑(なめ)らかに、岩上の院々扉を閉じて、物の音きこえず。
岸をめぐり、岩を這って、仏閣を拝し、佳景(かけい)寂寞(じゃくまく)として心すみ行くのみおぼゆ。


(tukutuku90.jpg)

 

閑(しずか)さや

 

岩にしみ入る

 

蝉の声

 

There is a mountain temple in the domain of Yamagata called the Ryushaku-ji.
It was founded by the Great Teacher Jikaku, and is a place noted for its tranquility.
People had urged us to go there “even for a brief look,” and we had turned back at Obanazawa to make the journey, a distance of about fifteen miles.

It was still daylight when we arrived.
After first reserving pilgrim’s lodgings at the foot of the mountain, we climed to the temple itself at the summit.

Boulders piled on boulders had created this mountain, and the pines and cedars on its slopes were old.
The earth and stones were worn and slippery with moss.
At the summit the doors of the temple buildings wete all shut, and not a sound could be heard.

Circling around the cliffs and crawling over the rocks, we reached the main temple building.
In the splendor of the scene and the silence I felt a wonderful peace penetrate my heart.


(minmin90.jpg)

 

How still it is here

 

Stinging into the stones,

 

The locusts’ trill.

 

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


98-99ページ 『おくのほそ道』
著者: ドナルド・キーン 挿絵(切り絵): 宮田雅之
1997年2月1日 第2刷発行
発行所: 講談社インターナショナル株式会社

この本は芭蕉の『奥の細道』の対訳本ですわねぇ~。。。 なるほどォ~、上の本を読んで、わたしが山寺に行った時の写真をアルバムから引っ張り出して 冒頭に貼り出したのですわねぇ~。。。

そうです。。。 いけませんか?

かまいませんけれど、この記事を読み始めた日本語の解るネット市民の皆様には、山寺はとりわけ珍しくないと思いますわァ~。。。

あのねぇ~、東京よりも西に住んでいる日本人は、芭蕉の有名な俳句を耳にしたことはあるけれど、おそらく山に登って立石寺に参拝したことはないと思うのですよ。。。

それで、山寺を取り上げたのですか?

いや、そればかりではないのです。。。

他に何がデンマンさんの興味を引いたのですか?

あのねぇ~、ドナルド・キーンさんが訳した芭蕉の句を見てください。。。 赤字にした箇所ですよ。。。

それが、何か可笑しいのですか?

そうです。。。 ついでだから、ジューンさんも次の「立石寺」の説明を読んでみてください。。。

立石寺

 


(yamadera93.jpg)

 

立石寺(りっしゃくじ)は、山形県山形市にある天台宗の寺院。
山号は宝珠山。本尊は薬師如来。山寺(やまでら)の通称で知られ、古くは「りゅうしゃくじ」と称した。
寺号は詳しくは宝珠山阿所川院立石寺(ほうじゅさんあそかわいんりっしゃくじ)と称する。

蔵王国定公園(第2種特別地域)に指定されていて、円仁が開山した四寺(中尊寺・毛越寺、瑞巌寺)を巡る、「四寺廻廊」を構成しているほか、若松寺・慈恩寺を巡る出羽名刹三寺まいりを構成する。

立石寺の創建について、寺伝では貞観2年(860年)に清和天皇の勅命で円仁(慈覚大師)が開山したとされている。
当寺の創建が平安時代初期(9世紀)にさかのぼることと、円仁との関係が深い寺院であることは確かであるが、創建の正確な時期や事情については諸説あり、草創の時期は貞観2年よりもさらにさかのぼるものと推定される。

『立石寺記録』(立石寺文書のうち)は、「開山」を円仁、「開祖」を安慧(あんね)と位置づけており、子院の安養院は心能が、千手院と山王院は実玄が開いたとされている。
安慧は円仁の跡を継いで天台座主となった僧であり、心能と実玄は円仁の東国巡錫に同行した弟子である。
安慧は承和11年(844年)から嘉承2年(849年)まで出羽国の講師の任にあり、東国に天台宗を広める役割をしたことから、立石寺の実質的な創立者は安慧であるとする説もある。

また、円仁が実際に東国巡錫したのは天長6年(829年)から9年(832年)のこととされ、この際、弟子の心能と実玄をこの地に留め置いて立石寺の開創にあたらせたとの解釈もある。

立石寺には貞観2年(860年)12月の日付をもつ『円仁置文写』が伝わるが、この文書は必ずしも寺の創建年次を示すものではなく、この文書自体が後世の仮託とする説もある。
貞観2年(860年)には、円仁は当時としては高齢の60歳代で、しかも天台座主の高位にあった。
したがって、この時期に円仁が実際に今の山形県に出向いて立石寺を建立したということは、年齢と地位の両面から、文字通りの史実とは考えがたく、円仁の意を受けた安慧らによって9世紀半ば頃から徐々に寺観が整えられたとみるのが穏当である。

なお、根本中堂に安置されている木造毘沙門天立像は近年の調査によって9世紀頃の作であることが判明しており、円仁とみられる頭部のみの木彫像と同様、立石寺創建期の一例に加えられる。
また、胸甲の上で甲締めの結び目を表していることや細い腰帯の下に幅広の腰帯を着けるなど珍しい甲制となっているが、これらは東北地方の神将形の作例にしか見られないもので、平安時代には同種の作例がある寺院との間に繋がりがあったことを示唆させる特徴を持つ点でも注目に値する。

元禄2年(1689年)に松尾芭蕉が旅の途中で訪れ、その時のことが『おくのほそ道』に書かれている。
また、当地で名句「閑さや 巖にしみ入る 蝉の声」を詠んでおり、参道に句碑がある。

 


(yamadera90.jpg)


出典: 「立石寺」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

上の説明にも、何か可笑しな所があるのですか?

ジューンさんは、上のYouTubeのクリップを観ましたか?

ええ。。。、デンマンさんが せっかく貼り出してくれたので観ましたわァ。。。 カナダ人の女性が案内しているのですわねぇ~。。。

そうです。。。 ジューンさんのお友達でしょう?

違いますわ。。。 一度も会ったことがない女性ですわァ~。。。

ところで、クリップの中で彼女が案内する場面を観て ジューンさんは、何か不自然な事に気づきませんでしたかァ?

別に、可笑しな所はなかったと思いますけれど。。。 

あのねぇ~、ドナルド・キーンさんはセミを “locust” と訳したのですよ。。。 これは間違っているでしょう!?

デンマンさんは、どうして間違っていると思ったのですか?

だってぇ~、YouTubeのクリップには次のような画面が出てきますよ。


(yamadera99.jpg)

    ちょっと可愛い可笑しなカナダ人


(yamadera98.jpg)

「セミの声」を “Voice of Cicada” と訳している! これが正しいのですよ。。。 “locust” というのは「イナゴ」や「バッタ」のことで、「セミ」は“cicada”と訳すべきですよ。。。

あらっ。。。 デンマンさんは知らなかったのですか?

僕が何を知らないと、ジューンさんは言うのですか?

ドナルド・キーンさんは、アメリカ人ですわ。。。

その程度のことは僕も知ってますよう。。。

だったら、アメリカでは「セミ」のことを “locust” と言う人はたくさん居ますわァ。

マジで。。。?

信じられないならば、ネットで調べると次のようなページがすぐに見つかりますわよゥ。。。

locust

音節lo・cust 発音記号/lóʊkəst|lˈəʊ‐/

名詞可算名詞

1) 【昆虫】 バッタ,イナゴ 《時に大群をなして移動し農作物に害を与える》.


(locust01.jpg)

2) 《主に米国で用いられる》 【昆虫】 セミ.


(locust02.jpg)

3) 【植物, 植物学】

a: =locust tree.

b: =locust bean.

【語源】 ラテン語「はねるもの」の意


研究社 新英和中辞典での「locust」の意味

2番の赤字にした所に注目してください。。。

あれっ。。。 “locust” を 主に米国では「セミ」の意味で使っているのですねぇ~。。。

デンマンさんは、知らなかったのですか?

知りませんでした。。。 中学の英語の時間から「セミ」は “locust” だと教(おそ)わったものですよ。。。 アメリカでは、どうして「イナゴ」や「バッタ」が「セミ」になってしまうのですか?

デンマンさんは、バンクーバーでセミの鳴き声を聞いたことがありますか?

あのねぇ~、不思議なことに、僕はこれまで20年以上バンクーバーに住んでいるのだけれど、一度もセミの鳴き声を聞いたことがないのですよ。。。

。。。でしょう? アメリカ人の中にも「セミ」を一度も見たことがないという人も居るのですわよう。。。 そういう人には「セミ」も「バッタ」も似たような昆虫に見えるのですわァ。


(locust02.jpg)


(locust01.jpg)

。。。どうですか? 初めて見る人には上の2枚の写真に写っている昆虫は「セミ」と言われれば、2つともセミのように見えると思いませんか?

う~♪~ん。。。 僕には「セミ」と「バッタ」は同じようには見えませんよ。。。

たとえば日本では、“牡丹雪”とか、“粉雪”とか、“霧雪”…、何々雪というように言いますけれど、カナダの北極地方に住んでいるイヌイット(エスキモー)には、それぞれの種類の雪に、特有の単語が当てられているのですわ。。。


(inuit007.jpg)


(snowflakes.jpg)

つまり、いろいろな雪の種類を区別して、それぞれに特定の単語を割り当てて使っているのです。。。 それだけ雪に接する機会が多いから。。。

なるほどォ~。。。 ところが、アメリカ人は「セミ」を見たことがない人も居るので、「セミ」も「バッタ」も ひとまとめにして“locust” と呼ぶわけですねぇ~。。。

そういうことだと思いますわァ~。。。

ジューンさんは大学で比較言語学でも専攻したのですかァ?

いいえ。。。、わたしはパブリック・リレーションズとヒューマン・リレーションズを専攻したのですわ。。。

それにしては、言語学に詳しいですねぇ~。。。

その程度のことは常識に毛を生やしたぐらいだと思いますけれど。。。


(smirk007.jpg)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。

あたくしも英語の授業では「セミ」は“cicada”だと教わりましたわァ。。。

あなたは、どうでしたか?

ところで、バッタやイナゴは大発生することがあるということを知っていますか?

日本では、あまり耳にしませんけれど中国やアフリカでは過去に周期的にイナゴが大発生してきたようですわ。。。

では、あなたのために、驚きのクリップをここに貼り出します。。。

じっくりとご覧になってくださいませぇ。。。


(locust03.jpg)

ところで、話は変わりますけれど、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ フィーバー”が起こっているのですわよう。。。

ええっ。。。 信じられないというのでござ~ますかァ?

じゃあ、ちょっと次の検索結果を見てくださいまし。。。


(gog60409a.png)

『拡大する』

『現時点での検索結果』

「卑弥子 女性の本当の魅力 ヴィーナスのえくぼ」と入れてGOOGLEで検索する殿方が多いのでござ~ますわァ。

つまり、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”を目当てにやって来るのですわァ~。。。

うふふふふふふ。。。

ジムに毎日通って“ヴィーナスのえくぼ”をゲットしたのですわよ。


(buttdimp5.jpg)

どうでござ~ますかァ?

ええっ。。。 あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?

どうしてよう?

ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?

あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、
最後には上のようなおヌードになるのですわよう。
信じてくださいましなァ~。。。

ところで、あなたは『万夜一夜物語』を読んだことがござ~ますかァ~?

“千夜一夜物語”ではなくてぇ、“万夜一夜物語”ですわ。


(manya02.jpg)

『万夜一夜物語』

デンマンさんが書いたのでござ~ますわよう。

ええっ。。。 10,001の話が書かれているのかってぇ~。。。?

とにかく、上のリンクをクリックして読んでみてくださいませぇ~。。。

あなたも、絶対にビックリするようなお話が出てきますわァ。

『万夜一夜物語』だけでは、物足りないのでしたら、
ジューンさんが登場する面白いお話もたくさんあります。

興味のある方は、どうか次のリンクをクリックして読んでくださいましねぇ~。。。

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人
(godiva05.jpg)

『乙女と処女』

『戦場に行くことを教えた女教師』

『桜井の別れと母上様』

『ダイアモンドは女の親友』

『愛のコリーダを訳す』

『マルタ島のロマン再び』

『大前研一 奇妙な検索』

『ついに千夜一夜』

『いいね攻略と良妻賢母』

『批判が無いとヒトラーがのさばる』

『混浴入浴風景』

(roten101.jpg+cleoani.gif)

『9日間の女王』

『あなたは敬語?』

『原節子とジューンさん』

『モナリザの妹』

『ナイアガラとマリリンモンロー』

『おばさんパンツ@大晦日』

『ヴィーナスのえくぼ@ジューン』

『乳房振動とブラの研究』

『G線上のアリア』

ジューンさんの熟女下着
(30june.jpg)

『悲愴と白鳥』

『ブッダと千夜一夜物語』

『絹の道と千夜一夜物語』

『ヤノマミの乙女』

『ジャータカと今昔物語』

『白木屋お熊とセックス』

『パンツを売る乙女』

『床上手な女@マルタ島』

『宮沢りえとおばさんパンツ』

『マチュピチュとインディー・ジョーンズ』

『映画を愛する薄命の女』

『ベニスの騒動』

『アンネとハンナ』

『名器たこつぼ』

『レダの卵を探して…』


(miro0018.jpg)

『サモトラケのニケとミロのヴィーナス』

『薄命な女のパンツ』

『ロトの娘たち』

『もう一人のモナリザ』

『万夜一夜の謎』

『自由という誘惑』

『驚異の大洪水』

『おつまみミステリー』

『混浴風景を探して』

『ハレルヤ』


(sylvie122.jpg)

『マルタ島のロマンだ』

『宮沢りえ人気@海外』

『癒しを奏でるパンツ』

『マルタ島deロマン』

『生ログdeロマン散歩』

『宮沢りえ@クールジャパン』

『混浴風呂ガー』

『ウェルカムバック』

『コペンハーゲンからやって来た』

『ロシアからやって来た』

『海外美女ランキング』

『ブログを解剖する』

『スイスからトランプ見に来る』


(fan004.jpg)

『海外美女を探して』

『パンツde大晦日』

『Tバック@三賀日』

『とっちゃん坊や』

『また千夜一夜』

『初恋の思い出』

『乳房振動とブラ』

『白木屋お熊』

『肥後ズイキ@セルビア』

『紐パン熟女』

『美尻のビーナス』

『紐パン熟女に惹かれて』

『あの二人が気になって』

『肥後ズイキ@セルビア』

『私は下着女装です』

『ドリアンを探して』

『パリの日本人』

『ペンタゴン式己を疑う』

『薄命な女と映画』

『ラーメン@ベリーズ』

とにかく、次回も興味深い記事が続きますわ。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、また。。。


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こんにちは。ジューンです。

スパムメールが相変わらず多いですわよね。

あなたのメールボックスにも、

ジャンクメールがいっぱい入っているでしょう!?

スパムメールを飛ばしているのは

いったい、どういう人たちなのでしょうか?

出会い系サイトのオーナーたちが多いそうですわ。

彼らは会員を集めるためにスパムメールをばら撒きます。

そのためにメールアドレスのリストを購入しています。

では、そのようなリストを販売している人は

どうやってメールアドレスを集めているのでしょうか?

ロボット(自動巡回プログラム)によって

自動収集させているのです。

ところで、サーチエンジンの自動巡回ロボットは

毎日世界中のサイトを訪問し、

その内容をデータベースに書き込んでいます。

同じように、このメールアドレス収集巡回ロボットも、

HTMLソースを分析し、

メールアドレスらしきものをどんどん記録してゆきます。

でも、使っていないメールアドレスが

たくさんあるのですよね。

あなたの使っているメールアドレスのことを

考えてください。

あなたはメールアドレスをいくつ持っていますか?

一つだけではないでしょう?

10以上持っているのではありませんか?

多分、ほとんどのメールアドレスは使ってないでしょう?

そのために、現在実際に使っている

メールアドレスを集めるために、

怪しい人物が使用度の高いメールアドレスを

集めているのですわよ。

だから、あなたもむやみに信用できない人に対して

返信しないようにしてくださいね。

詳しいことはデンマンさんが次の記事で書いています。

『コメント魔』

(2012年4月3日)


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ところで、卑弥子さんが面白いサイトを

やっています。

興味があったら、ぜひ次のリンクをクリックして

覗いてみてください。

『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。 バーィ


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行田物語 ケネディ暗殺

2017年6月17日

 

行田物語 ケネディ暗殺

 


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デンマンさん。。。、“ケネディ暗殺”が行田と関係あるのですか?


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もちろんですよ。。。 関係がないことを僕が持ち出すと真由美ちゃんは思っているのですかァ~?

でも。。。、でも。。。、ケネディ大統領はアメリカの大統領ですわァ。。。 それに一度も行田市にやって来てないと思います。

確かに、ケネディ大統領は、生涯に一度も行田市にやって来てません…。

それなのに、ケネディ大統領と行田が何か関係あるのですかァ~?

関係あるから、行田物語でケネディ暗殺を取り上げるのですよ。。。

でも。。。、でも。。。、私ばかりでなく、この記事のタイトルを見てやって来たネット市民の皆様も絶対に関係ないと思ってますわァ~。。。

あのねぇ~。。。 もし、絶対に関係ないと思っていたら、この記事を読みにやって来てませんよ。。。 何か関係あると思ったから興味が湧いて、読みにやって来たのです。

じゃあ、マジでデンマンさんのブログにやって来たネット市民の皆様の期待に沿うようなお話をするのですねぇ~。。。?

もちろんです。。。 期待に添えないような馬鹿らしい話をしたら、もう二度と僕のブログにやって来なくなりますからねぇ~。。。 (微笑)

分かりましたわァ。。。 私もなんだか、期待に胸が膨(ふく)らんできましたわァ。。。 でも、やっぱり、心の片隅でちょっと心配です。。。

あのねぇ~。。。、真由美ちゃんが何も心配することはないのですよ。。。 たとえ、僕の話にネット市民の皆様がガッカリしても、真由美ちゃんをとって喰おうとするような人は居ませんから。。。 (モナリザの微笑)

分かりました。。。 じゃあ、なるべく余計なことは言わないように、細木数子さんのようにズバリと核心を突くように話してくださいなァ~。。。

あのねぇ~、順序良く、なるべく根拠を交えながら解り易く話をしないと、誤解を招いて細木数子のようにテレビ局のお偉方に睨まれて、番組を降ろされてしまうのですよ。。。 だから、僕は誤解を招かないように、この話を聞いたネット市民の民様が、納得するような証拠を示しながら話してゆくつもりなのです。。。 それでいいですか?

分かりましたわァ。。。 では、前置きはそれぐらいにして本題に入ってくださいなァ。。。

じゃあ、まず次の“振袖火事”の記事を読んでみてください。


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“振袖火事”というのは“明暦の大火”のことです。 でもねぇ~、学校の歴史の時間でも、“明暦の大火”と言われると、なんだかピンとこないのです。 だけど、“振袖火事”と言われれば、すぐに“ああァ~、あの振袖をお寺で供養する時に燃やした。。。 その時、強い風が吹いて、それが火元になった大火事だ”と、ピンとくるのですよ。 それほど、このエピソードは一人歩きするほど庶民の間に広まった。

でも、それは幕府のお偉方が江戸の庶民に広めたデマだったと言うのですねぇ~。

そうですよ。 もともと、火元は振袖を供養したという本妙寺じゃない。 菊ちゃんの“ひいおばあちゃん”の、そのまた“ひいおばあちゃん”にあたる、忠秋さんに拾われて育ち、女中をしていた“お菊さん”が忠秋さんの部屋の行灯(あんどん)に火をともしに行った時に、大嫌いなネズミが目の前を横切ったので、ろうそくの火を落としてしまったのです。。。 それがあの大火事の火元だった。


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お菊さんが畳に落としたロウソクの火が マジで あの“振袖火事”と呼ばれた“明暦の大火”の火元になったのですか?

そうです。。。 当時、阿部忠秋さんは老中。。。、松平信綱さんは老中首座だった。。。 今で言えば、さしずめ江戸政府の首相と副首相のような立場にあった。

忠秋さんも、ホトホト困ってしまったでしょうね。

そうです。。。 だから、二人の間には次のような会話が交わされたのですよ。


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拙者が全責任を負って腹を切り、土地・家屋、所領は幕府に返上いたします。 なにとぞ他の者には罪が及ばないようにしていただきたい。 この件については、左様に御承知していただけると、幸いに存じます。


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いや。。。それはならぬ。

。。。とおっしゃいますと、拙者の家族と縁者、すべての者が処罰されるということでございますか?

いや。。。幕府の老中の屋敷が火元とあっては、阿部殿の家族全員が死罪になったとて済む問題ではござらぬ。

。。。とおっしゃいますと。。。?

阿部殿も御承知のとおり、火事の火元に対しては幕府は厳罰主義で臨んでおります。 それゆえ幕府の老中が火元とあっては、幕府の権威は失墜してしまいます。 先年の“島原の乱”で、幕府の権威はいささか揺るいでしまいました。 今度の江戸の大火事の火元が老中の屋敷とあっては、更に反乱を誘うようなものでござる。

では、一体どうすればよろしいのでしょうか?

拙者に名案があります。。。 確か、阿部殿の屋敷の隣は本妙寺でしたな。。。

左様で。。。

それでは火元は本妙寺といたそう。

しかし、本妙寺の住職が承知いたしますまい。

ご案じなさるな。。。 幕府の方からもいろいろと手を尽くして説得に当たろう。。。 ついては、阿部殿からも、毎年供養料として相当額の寄付をしていただきたい。

金銭で済むものでしたら、住職の納得する額を毎年供養料として差し出す所存です。。。 しかし、どのような原因で火が出たとするのでございますか?

それについても名案があります。 次のような話を拙者の家臣に命じて江戸中に広めるつもりでござる。

江戸の町の一人の少女(17歳)が、偶然見かけた美少年に一目惚れ。
寝ても覚めてもその美少年のことが忘れられず、彼が着ていた服と同じ模様の振袖を作らせた。
その振袖を抱いては、彼のことを思う日々でしたが、恋の病からか、はかなく死んでしまった。

両親は憐れんで娘の棺にその振袖を着せてやった。
棺が持ち込まれた寺で働く男たちが その振袖をもらい受けた。

振袖は男たちによって売られ、別の17歳の娘の物になった。


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ところがこの娘も、しばらくの後に亡くなり、振袖はまた棺にかけられて寺に持ち込まれた。
寺の男たちもびっくりしました。
しかし、そんなこともあるだろうと、またそれを売り、振袖はこれまた17歳の娘の手に渡った。


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ところが、この娘もほどなく死んでしまい、振袖は またまた棺に掛けられて寺に運び込まれた。

ここに至って さすがに寺の男たちも気味悪がり、住職に相談。
死んだ娘たちの親も呼ばれて、この振袖を寺で供養することになった。
住職が読経しながら火中に振袖を投じる。

ところが、折しも強い風が吹き、振袖は火がついたまま空に舞い上がり、本堂の屋根に落ちた。
火は屋根に燃え移り、消し止める間もなく次々と延焼、翌日には、江戸城本丸天守閣まで類焼した。


(furisode3b.jpg)

どうですかな、阿部殿。。。 庶民が飛びつくような話だとは思わぬか?

確かに。。。 さすがに“知恵伊豆”と呼ばれるだけあって、松平殿は戯作にも通じておるのですな。 (笑)

とにかく、これ以上幕府の権威を落としたくないのじゃ。。。 そう言う訳で、この一件は拙者に任してくだされ。

“知恵伊豆”の信綱さんは、何が何でも幕府の権威にこだわった。 それに対して忠秋さんは“お菊さん”を死罪にするには忍びなかったので、自分が腹を切って身代わりになろうとした。

そういうことですよ。。。 二人の性格が良く表れているとは思いませんか?

でも。。。、でも。。。、これが史実だとして、この“振袖火事”が“ケネディ暗殺”と どのように関係しているのですか?

だから、“振袖火事”にあたるものが“オズワルド単独犯行説”ですよ。。。 これを広めることによってアメリカ政府と、軍産複合体は“ケネディ暗殺事件”をうやむやに葬り去ろうとしたわけです。

。。。で、アメリカ政府の高官は、どのような会話をしたのですか?

次のような会話をしたのですよ。


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長官、ひどいことになりましたなァ~。。。 この事件をいったいどのように処理するつもりですか?


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あんたも、“タナボタ”でアメリカの大統領になれたわけだ。。。 これまでにもアメリカの大統領が暗殺されたと言うことはあったけれど、まさか第2次世界大戦のあとになってから、アメリカで大統領暗殺がおこなわれるとは、わしも思ってもみなかったよ。 とにかく、アメリカの権威が失墜するかどうかの瀬戸際だから、あんたも、心してかかる必要があるよ。

それで、真犯人は突き止めたのですか?

いや。。。 真犯人のことは、あんたも知らない方がいいだろう。。。

でも、大統領として、私も知る必要が。。。

いや。。。大統領だからこそ、あんたは知らない方がいい。。。 知っている人が増えれば増えるほど、アメリカの権威は失墜するのだから。。。

しかし、“オズワルド単独犯行説”で世間は収まりますか?

収まるか収まらないかは、今後の成り行きしだいさァ。。。 でも、オスワルドがソ連に居たということは、冷戦を絡(から)ませるいい口実になると思うよ。 ソ連の KGB の犯行を匂わせることができるからね。

しかし、長官、暗殺が起きた11月22日から27日までの6日間で行われたギャロップ(Gallup)の世論調査では52%がオズワルドの単独犯行ではなく、グループによる犯行だと。。。つまり、何らかの陰謀があったと主張する者も多いのですよ。

だから、今後、そういう考え方を改めさせるために、我々が努力しなければならないわけさァ。 “オズワルド単独犯行説”で押し通すのだよ。

どのようにして。。。?

実は、FBIの詳細な公式報告をアメリカ国民に公表することで事件の調査を終了するつもりだったのだよ。 ところが、11月25日に テキサス州の司法長官がケネディとオズワルドの死をめぐる事実関係を糾明する査問会議を行うことを発表した。 翌日には、合衆国上院が調査特別委員会を設置することを発表。 そして翌27日には 合衆国下院が独自に特別委員会の設置を発表した。

それだけ、大統領暗殺の衝撃が大きかったということですよ。

まあ、そういうことなのだが。。。 実にやりにくいよ。

しかし、長官、犯人とされたオスワルドが警察署内で殺されるという異常な展開。。。、そして動機も背後関係も一切謎のままですからね。。。、うやむやに済ませるわけにはゆかないでしょう。 だから、一応、長官の意見を入れて、私も11月29日に暗殺事件の調査を大統領直属の委員会を設置して早急に行い、国民の間に広がる疑惑や不安を払拭することに決めたのですよ。

そうすべきだよ。。。 そうすることによって上下両院の独自調査を延期させることができるからね。。。、テキサス州の調査も大統領直属の委員会に資料を提出させるべきだよ。。。

分かりました。。。で、委員長は誰に。。。

連邦最高裁判所長官アール・ウォーレンがいいだろう。。。 彼ならば、何かと操(あやつ)り易いからねぇ~。。。

つまり、FBI長官のフーバーさんは真犯人グループを知っていたのですね。

そうですよ。。。 ケネディ暗殺には2つの陰謀が絡んでいるのです。 ケネディ大統領を暗殺する陰謀。。。それに、ジョンソン大統領直属のウォーレン委員会で真実を隠す陰謀ですよ。

でも、その証拠があるのですか?

もちろん、僕には、証拠となるものには手が届かない。。。 でもねぇ~、状況証拠なら、たくさんありますよ。 まず、ウォーレン委員会で扱われたすべての資料は、1964年に ワシントンDCにある国立公文書館に保管されてしまった。 しかも、それまでに公開されてない資料は75年間、つまり、2039年まで封印されることになった。

どうして。。。?

だから、アメリカの権威を保つためですよ。 もしも、ソ連のKBGが陰謀をめぐらせてケネディ大統領を暗殺したとしたら、75年間も資料を封印する必要など全くないのですよ。

今でも、ウォーレン委員会で扱われたすべての資料は封印されたままなのですか?

いや。。。 “75年間封印される”という理不尽さを 1991年にオリバー・ストーン監督が”JFK”という映画を作って、訴えた。 


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この映画で、“ケネディ大統領暗殺の陰謀”が、再びマスコミで騒がれるようになったのですよ。

。。。で、政府の高官はどうしたのですか?

映画が公開された翌年(1992年)に、“陰謀説”を掲げてマスコミで騒ぐ民衆をなだめるために「JFK記録に関する法律(the JFK Records Act)」というのを作って、できるだけ多くの資料を公開するようにしたのですよ。

ほとんどすべての資料を公開したのですか?

いや。。。 伏せておくべき資料はやっぱり公開されなかったのです。 2017年までに、公開されることになっているのですよ。 でもねぇ、“ケネディ大統領暗殺研究家”が喉から手を出したいほど欲しい資料 1,171点は CIA によって、今でも封印されているのです。

じゃあ、やっぱり、真の犯行グループがいるのですわね。

いずれはっきりするでしょう。。。

。。。で、デンマンさんは、その犯行グループのメンバーは誰だと思っているのですかァ~?

もちろん、すべてのメンバーについて僕が解るはずがありません。。。 でもねぇ~、その黒幕が誰かは容易に想像できますよ。

その黒幕ってぇ、いったい誰ですのォ~?

ちょっと次の記事を読んでください。

ケネディ政権


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ケネディ政権には、国家の安全保障を委ねられるにふさわしい「最も聡明にして賢明な者たち」が結集しているとされた。
国家安全保障担当大統領補佐官には、ハーバード大学の学長を努めたマクジョージ・バンディが、また国防長官にはフォード社長からロバート・マクナマラが起用された。
「若いながらも、当代切っての」と謳われた逸材が綺羅星のように居並んでいた。

だが、大統領が核戦争の淵に立たされたとき、縋(すが)るようにして頼ったのは、ワシントン政界の奥深く棲むフクロウといわれた老政客(ロバート・ロベット翁)だった。

 (中略)

すでに空軍を中心に軍部は不穏な動きを見せていた。
ペンタゴンでは、キューバへの空爆の準備を着々と進めていたのだった。
大統領の最終的な命令が下れば、直ちに爆撃機を発進できるように空爆目標の選定もほぼ終わっていた。

……主戦論の中核にいたのが、空軍参謀長、カーティス・ルメイだった。
この主戦派は、かつてドイツと日本への戦略爆撃を指揮し、空の英雄と呼ばれていた。
戦後もアメリカ空軍に君臨して、膨大な軍事予算を握り、多数の国防族議員まで要して巨大な政治集団を形成していた。

そのため、ジョン・F・ケネディは、カーティス・ルメイを頂点とする空の制服組を抑えるため、ロベット翁の隠然たる政治的権威を必要としたのだった。

 (中略)

ジョン・F・ケネディは、軍部の空爆論を抑えて、海上封鎖に傾いていった。
キューバへの海上航路を遮断し、ソ連がこれ以上のミサイルを持ち込むことを断じて許さないという決意を示そうとしていた。
だが、空からの奇襲を強く主張する空軍を率いるカーティス・ルメイは、武力行使に同調しない大統領に詰め寄った。

「私は大統領とは違い、キューバを爆撃しても、ソ連がベルリンを攻撃することはないと考えております。
 空爆を断念することは、ミュンヘンの宥和主義とおなじくらい悪しき選択です」

ミュンヘン宥和主義。 ケネディ一族に対して毒を含んだ物言いだった。
1938年のミュンヘン会談で、イギリスはチェコスロバキアのズデーテン地方をヒトラーに分け与えることで一時の平和を保とうとし、それが第二次世界大戦に道を開いてしまったといわれた。
当時駐英大使だったケネディの父ジョセフは、このミュンヘンの宥和主義を支持したと批判されていたからだ。
だが、カーティス・ルメイの挑発をしりぞけて、大統領は海上封鎖に心を決めていた。

「諸君の見解は尊重する。 なぜ、海上封鎖を選択するのか。 それは全面核戦争へのエスカレーションを避けなければならないからだ

ジョン・F・ケネディがこういい残して退席したあと、将軍たちが若き大統領をあしざまに罵る様子が「ケネディ・テープ」に録音されている。

(注: 赤字はデンマンが強調
写真はデンマン・ライブラリーより)


107 – 111ページ
『葡萄酒か、さもなくば銃弾を』
著者: 手嶋龍一
2008年6月4日 第3刷発行
発行所: 株式会社 講談社

『シルヴィーとケネディ夫人』に掲載
(2011年6月15日)

主戦論の中核にいたのが、空軍参謀長、カーティス・ルメイだった」と書いてあるけれど、この人物が黒幕ですよ。 「戦後もアメリカ空軍に君臨して、膨大な軍事予算を握り、多数の国防族議員まで要して巨大な政治集団を形成していた」ということですからね。。。

この将軍は自国の大統領まで暗殺するような精神を持った人なのですか?

自分の考えに固執して、例え大統領だろうが、国のためにならないと思えば暗殺も辞さないというタイプですよ。 ウィキペディアにも次のように書いてあります。

カーチス・ルメイ

キューバ危機勃発時には、キューバ空爆をジョン・F・ケネディ大統領に提案したが却下された。
ルメイら空軍首脳部は圧倒的な兵力でソ連を屈服させることが可能であると思っていた。
実際にはキューバ危機の時点ですでにキューバに核ミサイルが数十基配備済みであったことは、第三次世界大戦を招きかねない完全な見当違いであった。

ベトナム戦争では空軍参謀長の任にあり、「(北)ベトナムを石器時代に戻してやる」と豪語して北爆を推進した。
なお、北爆が開始された1965年に除隊した。

退役後

1965年2月に退役。1968年には、ベトナム戦争の推進を支持し、人種差別的な綱領を掲げた前アラバマ州知事、ジョージ・ウォレス大統領候補とともにアメリカ独立党 (American Independent Party)の副大統領候補として出馬するが落選。
1990年10月1日没。

評価

ルメイの行為は、多くの罪の無い民間人を殺戮したことに加え、貴重な文化財(寺院・仏閣・城郭など)を灰燼に帰す結果をもたらしたために、特に対日作戦について、前任者であるハンセル准将と違い、一部政治家、文化財研究家からは強く非難されている。
特に日本では、ルメイは残虐な無差別戦略爆撃の父として評価が定まっている。

右派においてもアメリカに批判的な者の場合、小林よしのりのように、著作で批判的に取り上げる例がある。
また、ルメイに近い戦勝国で計画を進める側の立場にあったマクナマラも『フォッグ・オブ・ウオー』で「勝ったから許されるのか?私もルメイも戦争犯罪を行ったんだ」とも述べている。

しかしルメイの立場から見れば、その戦略はあくまでも戦争において敵の損失を最大化させるという爆撃部隊における合理性と効率を追求したものであるという。


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ルメイ自身は「アメリカが敗戦するなら自分は戦争犯罪人として処せられる」と述べている。

また、ドイツ本土への爆撃に赴く搭乗員に対して次のようにも述べている。


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君が爆弾を投下し、そのことで何かの思いに責め苛まれたとしよう。
そんなときはきっと、何トンもの瓦礫がベッドに眠る子供のうえに崩れてきたとか、身体中を炎に包まれ『ママ、ママ』と泣き叫ぶ三歳の少女の悲しい視線を、一瞬思い浮かべてしまっているに違いない。
正気を保ち、国家が君に希望する任務を全うしたのなら、そんなものは忘れることだ。


ドイツ空襲の意見を聞かれて
『戦略・東京大空襲』
E・バートレット・カー著・大谷勲訳

(注: 赤字はデンマンが強調
写真はデンマン・ライブラリーより)

出典: 「カーチス・ルメイ」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

どうですか、小百合さん。。。 

でも、黒幕がルメイ将軍だったというのは、あくまでもデンマンさんの推測ですよねぇ~。。。

これまでの状況証拠を見ても、黒幕はルメイ将軍以外には考えられないですよ。

CIAに封印されている 1,171点の資料が 2017年までに公開されれば、解ることですわねぇ~。。。?

いや。。。 解らないはずです。

どうして。。。?

あのねぇ~、前にも言ったように、ケネディ暗殺には2つの陰謀が絡(から)んでいるのですよ。 ケネディ大統領を暗殺する陰謀。。。それに、ジョンソン大統領直属のウォーレン委員会で真実を隠す陰謀ですよ。 だから、黒幕がルメイ将軍であるという証拠は、すでに抹殺されています。。。


『振袖火事とケネディ暗殺』より
(2015年1月29日)

なるほどォ~。。。 デンマンさんのおっしゃろうとすることはよく解りました。。。 でも、上の記事に中には行田が全く出てきてませんわァ!

真由美ちゃんが知らないだけで、実は、老中の阿部忠秋さんは行田とすごく関係がある人なのですよ。。。

阿部忠秋


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阿部 忠秋(あべ ただあき)は、江戸時代前期の下野壬生藩・武蔵忍藩主。
(デンマン注: 江戸時代の忍藩が、後に行田市になった。)
徳川家光・家綱の2代にわたって老中を務めた。
同じく老中の阿部重次は従兄にあたる。

 

人物

慶安の変後の処理では浪人の江戸追放策に反対して就業促進策を主導して社会の混乱を鎮めた。
その見識と手腕は明治時代の歴史家竹越与三郎より「(酒井忠勝・松平信綱などは)みな政治家の器にあらず、政治家の風あるは、独り忠秋のみありき」(『二千五百年史』)と高く評価された。

鋭敏で才知に富んだ松平信綱に対し、忠秋は剛毅木訥な人柄であり、信綱とは互いに欠点を指摘、補助しあって幕府の盤石化に尽力し、まだ戦国の遺風が残る中、幕政を安定させることに貢献した。
関ヶ原の戦いを扱った歴史書・『関原日記』(全5巻)の編者でもある。

忠秋は「細川頼之以来の執権」と評せられ、責任感が強く、また、捨て子を何人も拾って育て、優秀な奉公人に育て上げた。
子供の遊ぶ様子を見るのが、忠秋の楽しみであった。

 

略歴

阿部忠吉(阿部正勝の次男)の次男。 母は大須賀康高の娘。
長兄の夭折により家督を相続する。
名ははじめ正秋、寛永3年(1626年)に徳川秀忠の偏諱を拝領し、忠秋と名乗った。

正室は稲葉道通の娘、継室は戸田康長の娘。
息子があったが夭折し、その後も子に恵まれず、従兄の阿部政澄(重次の兄)の子の正令(後に正能と字を改める)を養子として迎えた。

寛永元年(1624年)、父の遺領6000石を継ぐ。
同3年(1626年)加増され、1万石の大名となる。
同6年(1629年)、5000石加増。
同10年(1633年)、小姓組番頭から六人衆(後の若年寄)に転じ、さらに5月5日より老中格に任じられる。
同12年(1635年)、下野壬生藩2万5000石に転封され老中。

同16年(1639年)忍藩5万石。
正保4年(1647年)6万石。
寛文3年(1663年)8万石。
同6年(1666年)老中退任。
同11年(1671年)隠居。
延宝3年(1676年)に死去した。


出典: 「阿部忠秋」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

でも。。。でも。。。、上のエピソードに出てきた“ネズミを怖がる女中のお菊さん”はマジでデンマンさんのお嫁さんになりたかった“菊ちゃん”のご先祖様なのですか?


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もちろんですよ。。。 あのねぇ~、『ウィキペディア』にも書いてある通り、阿部忠秋さんは捨て子を何人も拾って育て、優秀な奉公人に育て上げたのですよ。。。 お菊さんはそのうちの一人だった。

でも。。。、でも。。。、お菊さんは江戸の阿部忠秋さんのお屋敷で奉公していたはずですわァ。。。

あのねぇ~、“明暦の大火”の後で江戸に居るのはまずいだろうということになって、“お菊さん”を小さな時に面倒を見た“お寅さん”というおばちゃんがお勤めを終わった後に忍藩(後の行田市)で隠居していたのですよ。。。 そういうわけで、お菊さんは“お寅さん”の養女となって忍に下って行ったのです。。。

。。。で、その後ずっと忍藩に住み続け、“お菊さん”の子孫の一人が“菊ちゃん”だ、とデンマンさんは断定するのですか?

そうですよ。。。 昔の人は言った者ですよ。。。 “親の因果(いんが)が子に報(むく)い”。。。 真由美ちゃんも聞いたことがあるでしょう?

ありますわ。。。 それが菊ちゃんと、どういう関係があるのですか?

だから、“お菊さん”が“明暦の大火”を起こしてしまったのですよ。。。 老中の阿部忠秋さんと 老中首座の松平信綱さんが話をうまくまとめて、“お菊さん”は何の罰も受けなかったけれど、人の世はやっぱり、何事も無く幸せな事ばかりが続くわけではないのです。。。 昔の人は、気づいていたのです。。。 “お菊さんの因果が子孫に報い”、女性にのみ受け継がれるY染色体に、精神薄弱の因子がやどって、それが“菊ちゃん”に受け継がれたのですよ。。。


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『菊ちゃんとデンマンの心の絆』

(行田物語 猫)

それで、菊ちゃんは精神薄弱児として人生を終えたのですか?

そういうことです。。。 伝説として行田市民の中では、知る人ぞ知る公然の秘密として語り継がれてきたのです。。。

マジで。。。?

だから言ったでしょう。。。 ここまで話してくれば、真由美ちゃんも納得できると思うのですよ。。。 でしょう?

私は、なんとなく、デンマンさんのお話に釣り込まれてしまいましたけれど、このお話を聞いているネット市民の皆様は、私のように素直には信じないと思いますわァ。。。

あのねぇ~、僕の話を聞いて、ムカついた人はコメントを残してくれますよ。。。 だから、真由美ちゃんが心配するほどのことではありません。。。 (爆笑)


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【デンマンの独り言】


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真由美ちゃんの母親は 僕の従妹です。。。

つまり、僕の母親は真由美ちゃんにとって大伯母にあたります。


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僕の母親が亡くなる2年ほど前に真由美ちゃんと一緒に撮った写真です。

ところで、真由美ちゃんは、ノース・バンクーバーでホームステーしながら
VCC (Vancouver Community College)にかよって
パン職人・ベーグル職人の勉強と実習に励んでいました。

去年(2016年)の9月に卒業式を終えて、
現在、バンクーバー市内の旨いベーグルを提供するカフェ・レストランで働いています。

忙しい時間を割いて、真由美ちゃんも僕の母親の葬式には参列してくれました。

学生時代には、先生やクラスメートとの英会話には、まごつくことがあったそうです。
外国語というのは習得するのが実に大変です。

あなたは英会話を勉強してますか?
できれば、英語を話している国へ行って英会話を勉強するのが一番です。

でもねぇ~、英会話を勉強する方法に王道はありません。
人それぞれです。。。
自分に合った勉強法を見つけるのが、英会話の上達の早道だと僕は思いますね。

同じことを同じように勉強しても、人によって上達が違うのですよ。
僕の経験で言っても、人によって、語学の才能というのはまちまちです。

太田将宏老人のように、40年もカナダに住んでいるのに
英会話が満足にできずに 6人に成りすまして日本語でブログにコメントを書きなぐって余生を過ごす人もいます。

なかには、日本語を忘れてしまうほど、英語にどっぷりと浸かってしまう人もいます。
20年以上英語圏で英語を話してますけれど、
僕は、漢字を忘れることはあっても、日本語を忘れることはありません。

もちろん、今でも、英語を話すよりも日本語を話す方が楽に話せます。
僕自身は語学の才能があるとは思ってませんが、
僕が、カナダ人と笑いながら話しているのを聞いていると、
真由美ちゃんには さっぱり 何を話しているのか解らないと言うのですよね。

僕がペラペラと英語を話しているように見えるのだそうです。
早くデンマンさんのように 英語がしゃべれるようになりたい、と真由美ちゃんは言います。

しかし、僕は、常に、英語を日本語のように しゃべれたら いいなと思っているのですよ。
外国語を母国語のように話すのは、本当に難しいと思います。

いずれにしても、真由美ちゃんは小さい頃からの夢が叶ってぇバンクーバーにやって来たのです!


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ところで、あなたはバンクーバーに行ったことがありますか?

とっても素敵な街ですよ。


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世界で最も住みやすい街バンクーバー


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ビデオを見ても、なんだかワクワクしてくるでしょう?

卑弥子さんが バンクーバーにやって来たのは 2008年の元旦の2週間ほど前でした。

クリスマスをバンクバーで過ごして、それから元旦の“Polar Bear Swim (寒中水泳)”に参加したのです。


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上のビデオを見ると、まるで真夏のようでしょう?

ところが気温は確か2度ぐらいでした。 

水の中の方が暖かかったのです。

とにかく、バンクーバーには面白い人たちがたくさん居ますゥ。

あなたも、お暇と お金の余裕があったらぜひ出かけてみてください。

では、また興味深い、面白い記事を書くつもりです。

だから、どうか、あなたも またやって来てくださいねぇ~~。
じゃあね。


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If you’ve got some time,

Please read one of the following artciles:


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『サンタ マユミちゃん』

『お汁粉@海外』

『お汁粉@カナダ』

『支払いでトラブル』

『風邪で甘えてる場合じゃねぇ~!』

『バレンタインのお菓子』

『結婚、仕事、人生』

『命の力だね』

『英語と真由美ちゃん』

『海外に目を向ける』

『カーネギーホールじゃないよ』

『やる気があれば道は開ける』

『ニャンニャンと人生』


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『ピラミス@美術館』

『夢のバンクーバー』

『バンクーバーの屋上で』

『オランダ移住』

『カナダ移住の夢』

『ディープコーヴ』

『浴衣のバンクーバー』

『黒豚テリマヨ』

『イタリアのベーグルとサルサ』

『花火大会』

『乙女老い易く学成り難し』

『真由美ちゃん@英語』

『真由美ちゃんダントツ』

『日本よい国天国だ!』

『やっぱりどこか狂ってる』

『日本で再会』


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『乙女力@宇都宮』

『いい出会いの連鎖』

『笑顔の乞食おばさん』

『ニュートンの暗い秘密』

『新年@バンクーバー』

『スープキッチン@新年』

『猫と癒し』

『猫と犬と癒し』

『大通りde水の滑り台』

『イルカとワンちゃん』

『カワウソ@スタンレー公園』

『生パンツ系男子とベトナム兵』

『愛と癒しの涙』

『ダンスとノーベル賞』

『おもてなし』

『思い出ポロポロ』

『ロブソンの5月』


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『ネットが不倫を連れて来る』

『ペットと良心』

『夢のデニッシュ』

『パンツァネッラ』

『12歳少女の短命』

『行田の伯母さん』

『パン職人修行』

『タイムマシーン』

『ルンルンdeサルサ』

『天国のワンちゃん』

『万の風になって』

『プロシュット』


(juneswim.jpg)

『なせば鳴る音楽』

『日本人女学生行方不明』

『日本人女学生死亡』

『ガレット』

『那須高原の紅葉』

『希望とロマン』

『錯視 錯覚』

『マンボ@バンクーバー』

『オリーブオイル』

『スコーンとプディング』

『5月のロブソン』

『病院食の間違い』

『プレミアム・ジャパン』

『自然の摂理を無視すると…』

『夢のデニッシュ・悪夢のマーガリン』

『パリ風カフェ』

『どこか狂ってるわ』

『行田遠野物語』

『行田物語 ピアノ』

『行田物語 猫』

『行田物語 母の懐』


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