Archive for the ‘桑名市’ Category

亀姫と香芽子さん

2017年5月1日

 

亀姫と香芽子さん

 


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デンマンさん。。。 香芽子さんというのはデンマンさんが行田市の「古代蓮公園」でナンパした女性ですか?


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どうして僕が「古代蓮公園」で香芽子さんをナンパしたと小百合さんは思うのですか?

だってぇ~、「古代蓮公園」のハスが写っていますわァ~。。。


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確かに「古代蓮公園」のハスが香芽子さんの背景に写っているように見えるけれど、同じように見えるハスなど 日本全国の各地にありますよう。。。 でもねぇ~、何もハスを見ながらナンパするほど僕は野暮じゃありません。。。

じゃあ、どこで香芽子さんをすけこましてきたのですか?

あれっ。。。、小百合さんは、意外に言い難い事をサラリと言ってのけるのですねぇ~。。。 僕はナンパもスケコマシもやらない人なのですよ。。。

じゃあ、いったい どういうわけで「亀姫」と香芽子さんを並べたのですか?

次のリストを見たからですよ。。。

ライブドアの『徒然ブログ』の日本時間で4月19日の午後8時22分から午後11時5分までの約2時間半の「生ログ」の1部
(liv70421a3.png)


『拡大する』

『かねつき堂と亀姫』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で4月19日の午後8時22分から午後11時5分までの約2時間半の「生ログ」の1部ですよ。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目してください。。。

4月19日の午後9時11分にGOOGLEで検索して『かねつき堂と亀姫』を読んだネット市民が居たのですわねぇ~。。。

そうです。。。 実は、この記事を読んだのが大阪市に住んでいる金田 香芽子(かねだ かめこ)さんなのですよ。。。

つまり、IPアドレスを調べて香芽子さんを特定したのですか?

そうです。。。

大阪市に住んでいる金田 香芽子(かねだ かめこ)さんのIPアドレス:118.11.217.148
(ip217148b.png)

『拡大する』

でも、IPアドレスを調べてもプライバシーを守るために アクセスしたネット市民までは特定できないのですわァ~。。。

小百合さんも結構ネットに詳しいのですねぇ~。。。

その程度のことは常識ですわァ~。。。

あのねぇ~、実は、僕も香芽子さんのプライバシーを守るために仮名を使っているのですよ。。。 だから、小百合さんも そのように目くじらを立ててすごまないでくださいねぇ~。。。

分かりましたわァ~。。。 で、香芽子さんはどのようなキーワードを入れて検索したのですか?

次のようにして検索したのですよ。。。

日本のGOOGLEで「かねつき堂 亀姫」と入れて検索した結果
(gog70428b.png)


『拡大する』

『かねつき堂と亀姫』

『現時点での検索結果』

でも。。。、でも。。。、私は大阪市に住んでいる金田 香芽子(かねだ かめこ)さんが「かねつき堂 亀姫」と入れて検索したとは信じられませんわァ。。。

どうしてですか?

だってぇ~、上の検索結果のリストの緑の枠で囲んだリンクをクリックすれば行田市の「かねつき堂」が出てくるのですわァ。。。

行田市の「かねつき堂」ゼリーフライの店
(kane01.png)


『拡大する』

『実際のページ』

大阪市に住んでいる金田 香芽子(かねだ かめこ)さんが行田の「かねつき堂」を入れて検索するはずがないではありませんかァ!

あのねぇ~、大阪市にも「かねつき堂」があるのですよ。。。 ちょっと次の検索結果を見てください。。。

日本のGOOGLEで「かねつき堂 大阪市」と入れて検索した結果
(gog70429b.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

赤枠で囲んだ箇所を見てください。。。 大阪の四天王寺に“鐘つき堂”があるのです。。。

大阪の四天王寺の 黄鐘楼 鐘つき堂
(kane05.png)


『拡大する』

『実際のページ』

でも。。。、でも。。。大阪の四天王寺の“鐘つき堂”と亀姫が関係あるのですか?

あのねぇ~、大阪の四天王寺と言えば聖徳太子が建てたお寺として地元の人は知らない人は居ないのですよ。。。 だから、当然 金田 香芽子(かねだ かめこ)さんも知っているのです。。。

だから、その聖徳太子が建てたお寺と亀姫が関係あるのですか?

亀姫に興味を抱いていた金田 香芽子(かねだ かめこ)さんも そのような疑問を持ったのですよ。。。

それで四天王寺と亀姫の間に何か関係があるのだろうか?。。。 そう思って「かねつき堂 亀姫」と入れて金田 香芽子(かねだ かめこ)さんはGOOGLEで検索したのですか?

その通りですよ。。。

。。。で、答えが見つかったのですか?

見つかったのです。。。 行田の「かねつき堂」というのは名前ばかりで 実際には鐘はない。。。 ただ、鐘を吊っていた古い鐘楼だけがあるだけで、それを看板代わりにして 行田名物の“ゼリーフライ”を売っているということが解ったのです。


(kane001.jpg)


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香芽子さんは、それだけで満足したのですか?

もちろん、それは“おつり”のようなものですよ。。。 あとで機会があったら、ぜひ行田市の亀姫ゆかりの東照宮を訪ねて ついでに近くの「かねつき堂」に寄って“ゼリーフライ”を食べてみたいと思ったのです。。。 ただ、亀姫に興味を持っていた香芽子さんは次の記事を読んで なるほどと思ったのですよ。。。

行田市の東照宮


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例祭は 4月17日。

祭神は家康公、松平忠明、それから八幡大神が祀られており、大坂夏の陣後の復興に尽力した家康公の長女・亀姫の 4男である松平忠明が、元和3年(1617) 4月、大坂城外の川崎に創建したのがはじまりという。

この川崎東照宮(廃絶)は、2代将軍秀忠により、姉である亀姫に伝えられた家康公の木像を御神体とした。


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又、亀姫は父・家康公の肖像画も頂いており、のちに忠明に伝えられている。

忠明は大和国郡山へと移ると、寛永2年(1625)には大和郡山城内にも社殿を造営して、家康公の肖像を安置したといわれ、以来、藩主・藩士崇敬の社となった。

その後、移封の都度に東照宮は遷座された。

文政6年(1823)、忠明の子孫・松平忠尭(ただたか)は伊勢桑名から忍へと移封するにあたり、忍城内の下荒井の地へ東照宮を勧請した。

社領は、大和郡山当時より100石を受け継ぎ、明治維新まで続くことになるが、その地は埼玉古墳群(さきたまこふんぐん・行田市埼玉)の辺りであったと伝えられている。

又、慶応4年(1868)、鳥羽伏見の戦いの引揚げに際して、時の藩主・松平忠誠は大坂蔵屋敷内の川崎東照宮の御神体であった家康公の木像を、忍東照宮に遷座したと伝えられている。

その後、明治 4年(1871)に藩主が東京に移住したため、忍東照宮は祭祀断絶の危機を迎えるが、旧藩士らにより、同 7年(1874)に下荒井の地より、忍城本丸の一部である諏訪郭内の諏訪神社境内に忍東照宮の本殿を移し、同33年(1900)には藩祖である松平忠明を配祀、現在に至っている。

尚、現在の拝殿は昭和5年(1930)に造営されたもので、又、亀姫から松平忠明に伝わった、家康公の肖像画(徳川家康画像・県文化)は、現在も忍東照宮にある。


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出典: 『忍東照宮』

(写真はデンマンライブラリーより)

亀姫の 4男である松平忠明が、元和3年(1617) 4月、大坂城外の川崎に創建したのが東照宮のはじまりということが解った。。。 つまり、ここに大阪と亀姫のつながりを見つけたのですよ。

要するに、香芽子さんは亀姫と大阪とのつながりをネットで見つけようとしていたのですか?

もちろん、それは単なる興味以外の何ものでもなかった。。。 ひょっとして亀姫と大阪に何か関係あるのかなァ~?。。。 そう思っただけですよ。

ただ、それだけのことですか?

いや。。。それだけじゃありません。。。 さらに記事を読んでいったら小百合さんと僕との次の対話に出くわしたのです。。。

どうして亀姫が家康の肖像を持っていたのですか?

亀姫は家康の長女でもあり、やはり何かと気遣っていたらしい。 嫁いでから久しぶりに会った亀姫に、家康が「何か望む物があったら、何なりと申せ」と言ったらしい。

それで、亀姫は何と答えたのですか?

健気(けなげ)にも、亀姫は「父上とは しばしばお会いすることができないので、どうか肖像画をくださいませ。 そうすれば、父上といつも一緒に居られるような気がいたします」と言ったらしい。

亀姫のその気持ち、何となく分かりますわ。 私は一人っ子で、父には大変可愛がられたので、結婚してからも、父と撮った写真は大切にしていますから。。。

ほおォ~。。。 そうだったのですか? 僕は亀姫の話を聞いた時に、なんだかゴマをすってぇ、あとでもっと高価なものをねだるのではないか?! 僕は、そう思ったのですけどねぇ~。。。

それで、家康は娘の求めに応じて御用画家に自分の肖像画を描かせたのですか?

そうなのです。。。それが行田の東照宮に伝わる肖像画ですよ。 家康には“狸オヤジ”というような悪賢いイメージがあってぇ、現在に伝えられている家康の肖像画は、まさに“狸オヤジ”を想わせるような肖像画が多いのですよ。


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上の家康の肖像も“狸オヤジ”というイメージです。 でも実物は、亀姫に持たせた肖像画のように、それほど悪いイメージではなかったらしい。 家康が生前に描かせた肖像画というのは、行田市の東照宮に伝わっている肖像画だけだということですよ。

つまり、行田の東照宮に伝わっている肖像画が家康にもっとも似ているということですか?


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そういうことになりそうです。

でも、御用画家が気を遣って、実物よりも良い男に描いたのではありませんか?

うん、うん、うん。。。 そのような可能性も充分にありますよねぇ~。。。


『かねつき堂と亀姫』より
(2014年11月25日)

つまり、亀姫のお父さんの肖像画のうちで 最も似ているモノが行田の東照宮にあるということが判って香芽子さんも それを見てみたいと思ったのですか?

そうですよ。。。 それで上の肖像画を見ながら いつか暇ができたら行田市に行って「かねつき堂」で“ゼリーフライ”をぜひ食べようと心に決めたのです。。。

それは、デンマンさんの推測でしょう?

いや。。。 ここまで読んでくれば、誰でも「かねつき堂」の“ゼリーフライ”が食べたくなるはずです。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~~

あなたも 「かねつき堂」の“ゼリーフライ”が食べたくなりましたか?

では、あたたのために行田のゼリーフライのクリップをここに貼り出します。。。


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いかがですか?

あなたも、機会があったら、ぜひ行田を訪れて“ゼリーフライ”を食べてくださいませぇ。。。

ところで、小百合さんがどうして「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれるのか?

ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。

小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。

小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。

分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


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それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。
だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ~~。


(hand.gif)


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

「上を向いて歩こう」がアメリカで人気が出るきっかけは

何だったのでしょうか?

通説によると、1963年の春、

アメリカ西海岸のローカルラジオ局のDJが、

異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手元にあった

日本の曲をオンエアーしたところ、

リスナーからリクエストが殺到したために

人気に火がついたと言われています。

果たして、その話はどこまで本当なのでしょうか?

アメリカで「上を向いて歩こう」をシングルとして

最初に発売したレコード会社はキャピトルです。

同じ時期にキャピトルはイギリスの親会社であるEMIが

ビートルズのシングルを出すようにと要請してきたのです。

ところがアメリカでは人気が出ないと断っているのですね。

では、いったい誰が「上を向いて歩こう」をシングルとして

発売したのでしょうか?

その発売を決定した人の名前が

デンマンさんが描いた次のチャートに出ています。


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デイブ・デクスター・ジュニアさんなのです。

「A&Rマン」と言われていた人で、

売れる可能性のあるアーティストを発掘し、契約を結び、

制作を担当する仕事をしていた人です。

ローカルラジオ局のDJからある日電話がかかってきて

「上を向いて歩こう」が人気が出ていると聞いて、

さっそく自分でも聞いてみたそうです。


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九ちゃんが日本語で歌っているので

詞の内容は理解できなかったけれど、

これならイケそうだと直感して売り出すことに決めたそうです。

つまり、ビートルズの曲はヒットしないと蹴ったけれど、

九ちゃんの「上を向いて歩こう」は直感的に

ヒットすると思ったのだそうです。

ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて

次のサイトを立ち上げました。

時間があったら下のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。

『夢とロマンを持って前向きに生きる

小百合さんの物語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


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大名行列@行田

2016年1月19日

 

大名行列@行田

 


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デンマンさん。。。 どういうわけで“大名行列”をタイトルに掲げたのですか?


(kato3.gif)

いけませんか?

だってぇ~、“大名行列”なんてぇ、今時 話題にする人など居ないと思いますわァ~。

たまには江戸時代の話も面白いではありませんか!?

そうでしょうか?

それに、小百合さんと“大名行列”が関係あるのですよ。

まさかァ~。。。?

僕が小百合さんにだしたメールを読んでみてください。


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Subj:真心のこもった

手作りの弁当ありがとう!

きゃはははは…

From: denman@coolmail.jp
To: sayuri@hotmail.com
Cc: barclay1720@aol.com
Date: Wed, December 2, 2015 0:06 AM
Pacific Standard Time
日本時間:12月2日(水)午後5時6分

 

バンクーバーも行田もそれほど寒さに変わりがありません。
ちょうど行田が寒かったのかもしれません。

でも、12月1日は実に良い天気でしたねぇ。
小百合さんも洗濯物をたくさん干したことでしょう!

ところで、11月29日の日曜には、手作りの弁当をありがとう!
まさか、小百合さんが弁当まで作ってくるとは思いませんでした!(微笑)


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小百合さんが連れてきたトモユキ君が釣りをした場所。。。 と言うよりも僕と小百合さんが弁当を食べて アイリッシュ・クリーム・コーヒーを飲んだ場所は知る人ぞ知る 極めて有名な場所なのですよ。

。。。ていうかあああァ~ 小百合さんと僕のために、わざわざ歴史が用意してくれた場所なのですよ。 
ぎゃははははは。。。

どういうこと。。。? と小百合さんが不思議に思うかもしれません。

僕も、改めて本を読んでみてビックリしているのですよ。
では、その箇所をここに書き出しますから、じっくりと読んでみてね。

行田船着き場跡


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(行田)市の中心から国道(125号線)を東へ約500メートル、下町のT字路の左に、古風な木造洋館(デンマン注: 現在は岡田カメラ店)がある。

田山花袋の『田舎教師』に出て来る斎藤医院(文中では原田医院)、それから北へ左折して150メートル、またT字路で、右側が遊園地になっている。


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この公園の地が、行田船着き場で、長野口御門、番所、高札場があった。 

(略) つい最近まで、石垣があって、如何にも船着き場らしかった。


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 (中略)

昔はどんな水路を通って、ここまで来たかわからないが、とにかく、今から400年前には、下町を中心に行田町が出来、一、六の市が立った記録は、成田氏時代からである。

そして300年前には、関西方面から、市日めあての商人が来たことが古文書に見えている。
天正18年(1590年)『家忠日記』に「宮津衆、行田の市(いち)に人を切る」とあって、京都府宮津の商人が来ている事を示している。

特に船着き場が栄えたのは、見沼代用水が出来てからであろう。

八代将軍吉宗が、普請奉行 井沢弥惣兵衛為永(いざわやそうべえためなが 1663-1738)に命じ、大宮市東の見沼干拓事業を起こし、旧芝川の水路を拡張して、見沼の溜水を荒川におとし、利根川の水を行田市下中條の今の利根道水路取入口(今、見沼代用水元圦口公園になっている)から、延々60キロメートルの水路を作り、更に通船堀を設け水運の便に供した、一大工事で、享保13年(1728年)の完成であるから、今から、270年も前の事である。

 (中略)


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英照皇太后


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昭憲皇后

明治19年5月10日、英照皇太后、昭憲皇后陛下が、館林の「つつじヶ岡」に行啓された時、行田の橋本喜助宅で、御着替えをなされ、その荷物が、船で下町の船着き場に運ばれ、下町から橋本喜助宅まで大変な列で賑わった事を、私は祖母(安政6年生まれ)から聞いたことがある。

ついでに、その模様が、『埼玉県史』第7巻に出ているので書いておこう。

「明治19年5月10日午前7時30分新宿停車場より別仕立汽車にて御発車、9時鴻巣駅にて御下乗遊ばされ、同宿鈴木半右衛門方、行田町橋本喜助方等に御小休、川俣にて利根川を御渡船……」とある。

帰路も、橋本喜助方で御着替、鴻巣駅午後7時40分発、9時10分新宿駅御着とある。

吹上駅は明治18年3月1日開設であるのに、何故鴻巣駅(明治16年7月28日開設)で下車されたかわからない。
吹上駅では近くに小休される適当な家がなかったからだろう。

とにかく、行田の船着き場が、幕末から明治中頃まで栄えた事は、想像出来ない程だったらしい。
番所が今の久保田屋さんの所にあり、その前に長野口御門があって通行人を見張り、高札場がある程の賑わいだったという。
ところがある人から「あそこは晒し首場だったそうですね」といわれたので色々調査した結果、次の様な事情がわかった。

即ち弘化3年(1846年)蘭法医の河津省庵が本町横町で開業し、その名声が高くなり、御典医となった。
省庵は常に研究に励み、特に“腑分け”して医学の進歩をはかったが、当時人体を解剖することは許されなかった。
藩では先生の便宜をはかり、下町の高札場に晒し首をした。
それを近くの大長寺内に運び“腑分け”をして寺に葬ったという。


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省庵が日本の眼科医学史上の人となり、『眼科方規』『医則発揮』はそんな事情で生まれたのだろう。
藩の役人も医学の為に随分イキなはからいをしたものだと思う。
下町の晒し首の事実は、日本医学史上に役立ったわけである。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


5-9ページ 『行田史跡物語』
著者: 大澤俊吉
1979(昭和54)年12月20日 初版発行
発行所: 歴史図書社

ということで、明治19年5月10日、行田の橋本喜助宅で着替えて、あの船着き場から英照皇太后、昭憲皇后が、船に乗って、川俣で利根川を渡り、館林の「つつじヶ岡」に行ったのですよ。


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なんと、その船着き場で 僕と小百合さんが弁当を食べたというわけなのです。 (爆笑)

もちろん、それだけではありません!

なんとォ~ 僕と小百合さんは館林の「つつじヶ岡」でも、何度か 10月桜を見たり、白鳥を見たりして、ルンルン気分で散歩したのですよ!

しかも、何度となく白いテーブルで小百合さんとアイリッシュ・クリーム・コーヒーを飲んだ大長寺までが出てくるのですよ!


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ぎゃははははは。。。

そういうわけで、この事でまた今日寝て起きたら バンクーバー市立図書館で記事を書くのです。

面白い記事になるので、小百合さんもぜひ読んでみてね。

とにかく、真心のこもった手作りの弁当ありがとう! きゃははははは。。。

では、今日も一日、小百合さんにとっても 素晴らしい日でありますように。。。
祈ってますねぇ~。

じゃあねぇ。。。バイバ~♪~イ。。。


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『手作り弁当@船着き場』より
(2015年12月3日)

上のメールには どこにも“大名行列”は出てないではありませんか!

あのねぇ~、確かに“大名行列”は出てきません。。。 でもねぇ~、上のメールをじっくりと読むと“大名行列”と関わりがることが分かるのですよ。

いったい、どこにその関わりがあるのですか?

小百合さんは、もう忘れてしまったのですか?

何をですか?

やだなあああァ~。。。 小百合さんは釣りに拘(こだわ)っていたのですよ。 三男のトモユキ君が釣りが好きだと言うので、“行田船着き場跡”が 釣りに手ごろな場所だと下見までして拘りましたからねぇ~。。。

いけませんか?

いや。。。 別に釣りに拘ってもかまわないけれど、トモユキ君が釣りをしている間に、“行田船着き場跡”で僕と小百合さんが弁当を広げてピクニックを楽しんだでしょう!


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確かに、そのようなことがありましたわァ~。。。

僕は、まさか“行田船着き場跡”でピクニックすることになるとは考えてもいませんでした。

いけなかったかしら?

いや。。。 かまいませんけれど。。。 段ボール箱が近くにあったら、ホームレスのカップルが昼飯を食べていると誤解されてしまうだろうと思いましたよ。。。 (微笑)

つまり、その事を言いたくて わざわざ上のメールを持ち出してきたのですか?

いや。。。 もちろん、それだけじゃありません。。。 あのねぇ~、ちょっと次の小文を読んでみてください。

忍の時鐘


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忍の時鐘程、幾回も動かされたものは少ないであろう。
この鐘こそ240年の時の流れを体験した唯一のものといえよう。
鐘が歴史を知っているとでも表現したい様な、波乱の運命を背負っている。

松平侯三代忠雅は相続争いの為(白川騒動)に二代忠弘の孫でありながら、11歳で家督相続し白川城より山形城へ、8年間で福山城(広島県)へ、12年間で桑名城へ移封となった。
正徳元年7月(1711年)のことである。
一生涯で遠隔の地を移封になった藩主は少ないであろう。 (略) そして侍従少将となり異例の出世であった。

忠雅は桑名入城を記念し「永保家国」(銘文)を祈り、享保2年(1717年)11月にこの鐘を桑名城内に完成させた。
260年前の事である。

ところが宝暦5年(1755年)1月12日桑名城下町本町から出火、海風にあふられて320軒、居城各門を焼失する大火となってしまった。
この洪鐘も力一杯乱打され、鐘自身も火を受け、ひびが入ってしまった。

父忠雅が誇っていた洪鐘を破損不能にした事を残念とし、宝暦14年(1764年)2月父忠雅の銘文と自分の銘文を入れて、現在ある洪鐘を改鋳した。
鐘を改鋳したからでなく、偶然にも四代は忠刻(ただとき)という名である。
鋳造した冶工は広瀬出雲大掾藤原道次、彫工は藤原儔次で親子であるらしい。
わざわざ書いたのは桑名市に広瀬家の後裔の方がいらっしゃるので、友好都市として敬意を表したいからである。

それから60年、五代目の忠堯(ただたか)の文政6年(1823年)、突然武州忍へ移封となったのである。


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この鐘も桑名港から海路を渡り、東京湾から利根川を上って酒巻に着き、この地に運ばれたわけである。
そしてここ二階櫓の上に安住し、広い忍沼にその音色を響かせたのである。

六ツ(むつ)と正午の時を報せ、慶応4年(1868年)1月14日大雪の夜、維新の急変の一報を藩士集合と乱打された。
それから5年、明治政府は東京に一番近い親藩である理由で、本年中に忍城の建物等一切の取り壊しを命じて来た。
藩財政は取り壊しをするどころではなかった。
強制入札で借金を棒引きして売りつけ、引きとらせたという。
だから「私の家の門は忍城の木で造った」とか、「家の蔵は忍城のものだそうだ」とかいう人が多い。

この時鐘は二階櫓から降ろされて櫓は取り壊したものの、時鐘の引き取り手がないので、そこに野ざらしにされたままだった。
ところが、“忍城の鐘”の音色がいいのは金がたくさん入っているからだと噂され、イボ(乳頭)を盗む者が出て来てしまった。
今も幾つかないままに昔を物語っている。

明治7年仕方なく東照宮が今の地に移されたので、鐘のみ社務所の前にひと先ずおいて盗難をさけた。
世川農士麿は何としても鐘の響きを聞かせたいと有志をつのり、宅地を提供してそこに今の形のものを造り、昔通りの時を撞いた。
何しろ時計のない時代だから唯一の時を報せるものだったのである。

明治14年1月6日今の中央小学校の地に、埼玉県下最初の洋風二階建ての学校、進修館が新築されたのを機に、その玄関の前に移転した。
それから進修館小学校は移り大正11年、忍高等女学校となり、やはり時の鐘は打ち続けられた。
昭和20年忍高女は進駐軍の病院に接収されたので万一を思い、今の東照宮、諏訪曲輪西端の今の地に移されたのである。

想えば数奇な運命をたどった洪鐘である。
忍城時代ここにあったことを書いておかないと、いつしか昔から東照宮の所にあったと思い込まれてしまう。
多聞櫓、二重櫓の南、白壁の数百米の塀の中、大きな鐘掛松といわれた松の大木の脇の、二階櫓の上から打ち響く鐘の音は広い忍沼を渡り、行田町中はおろか、物の本には“四里四方響く”とさえ書いてある。
16粁四方まではどうかと思うが、風向きでは随分遠くまで聞こえたという。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


134-138ページ 『行田史跡物語』
著者: 大澤俊吉
1979(昭和54)年12月20日 初版発行
発行所: 歴史図書社

桑名藩の城主だった松平忠堯(ただたか)が文政6年(1823年)、突然武州忍へ移封となったのですよ。。。 そして、この時鐘も桑名港から海路を渡り、東京湾から利根川を上って酒巻に着き、この地に運ばれたわけです。。。 つまり、小百合さんとピクニックした場所で“鐘”が船から降ろされたのです。


(tome02.jpg)

『拡大する』

現在の利根川は東京湾ではなく千葉県を通って太平洋に流れ出しているけれど、当時は江戸湾から赤丸で囲んだ古利根川をさかのぼって酒巻までゆき、そこから水路で当時の忍藩の“行田船着き場”まで行ったわけです。 そこで僕と小百合さんがピクニックをしたわけなのですよ。


(funa09b.jpg)

でも。。。、でも。。。、大名行列というのは、まさか船でやって来たわけではないでしょう!?

もちろん、当時のことだから、桑名から東海道を通って多くの人たちが行列を作って歩いてやって来たのでしょうねぇ~。。。


(line900.jpg)

だったら、何も“大名行列”を持ち出さなくてもいいではありませんかァ!

でもねぇ~、すべての人が歩いてやって来たわけじゃない。。。 ちょっと次の小文を読んでみて下さい。

長徳寺跡


(atago001.jpg)

愛宕神社

長徳寺が長久寺の隠居寺として、いつ出来たか不明である。
明治元年に廃寺になり、愛宕社のみにした記録がある。

元年4月20日(旧暦3月28日)に“神仏判然令”が発布され、「神社が仏語を神号とすること、仏像を神体とすることを禁止」した。
その発布により、行田市内の社寺が、社と寺を分けて、一つにした例は多い。

 (中略)

明治元年長徳寺は廃止され、8畳6間の本堂と、庫裡2間の長徳寺は、明治5年8月3日有名な「不学の戸なく、家に不学の人なからしめん事を期す」の学制頒布によって、行田町に小学校を造ることになり、この長徳寺が行田学校となったのである。
明治5年10月13日のことである。

 (中略)

下町の人は、長徳寺がなくなり、さびしくなることを憂いて、当時、だんだん流行してきた“酉の市”を開いて、行田町の名物にしようと、明治40年12月6日に盛大に行うことにした。


(tori801.jpg)

そして20周年を記念して「行田酉之市起源碑」を、大正15年12月6日建碑した。

だが、長徳寺が晴れの舞台になったのは、文政6年11月12日、桑名から国替えになった、松平下総守忠堯(ただたか)候が、忍城に初入城する時、この長徳寺で行列を整えて、本町通り、今の魚七の所を左へ折れ(当時、川に沿って大手門まで高い土手があった)、大手門外の升形門を通り、大手門二つをくぐり、内行田通りに出て、元の登記所の所を右に折れ、今の体育館の玄関あたりにあった沼橋御門を抜け、(ここ一帯は島になっていた)今もある道を中央小学校の方へ行き、太鼓門から二の丸(今の忍中学校の地)へ入った。
それ以外二の丸へ行く道はなかったのである。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


25-28ページ 『行田史跡物語』
著者: 大澤俊吉
1979(昭和54)年12月20日 初版発行
発行所: 歴史図書社


(atagomap.png)

『拡大する』

大きな荷物や、足の不自由な人とか、年寄りたちは、船でやって来て長徳寺で待機していたのですよ。。。 それで、大名行列も長徳寺で休憩して、ここで鎧兜(よろいかぶと)をつけて行列を整え格調高く忍城に初入城したというわけですよ。

つまり、この事を言うために、わざわざ“大名行列”を持ち出したのですか?

そうですよ。。。 考えてもみてください。。。 小百合さんと弁当を広げてピクニックしたところが 193年前には桑名からやって来た荷物と人でごった返したのですよ。。。


(funa09b.jpg)


(laugh16.gif)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。
それにしても 193年前には多くの人が桑名から大名行列を作って
行田まで歩いてやって来たのですから、大変だったでしょうねぇ~。。。!?

あたくしが京都から行田を訪れた時には新幹線でしたから、4時間もあれば充分でしたわ。
「行田のフライ」というのが名物なのですけれど、
喰い意地がはっている あたくしは さっそくいただきましたわァ。

なんとなく素朴な味わいでした。

それから、「さきたま古墳公園」を訪ねたのですけれど、
駐車場の近くに「さかもと」というおみやげ物屋さんがあるのです。
そこでゼリーフライを売っていました。


(sakamoto1.jpg)


(sakamoto2.jpg)

これも なんだか複雑なお味がしましたわァ。
デンマンさんは食べながら 子供の頃の思い出が湧き上がってきたと言いましたわァ。
その当時は“ゼリーフライ”とは言わずに“ゼニ(銭)フライ”と呼んでいたそうです。

このようなことを書いていたら、なんだか お腹が空いてきました。
あたくしも何かを作って食べようと思いますゥ。

あたくしの好物は 具のたくさん入った“あんかけ焼きそば”でござ~♪~ますう。
あなたのために、作り方を教えますわねぇ。


(joe306.jpg)

どうですか? 美味しそうでしょう?

でも、あたくしは これだけでは満足できませんのよう。
デザートに“たいやき”をいただくのでざ~♪~ますわよう。
うふふふふふふ。。。

最近では、餡に替わってクリームや溶かしたチョコレート、キャラメル、カスタードクリームなどの洋菓子素材を詰めたものもでてきましたわ。

サンドウィッチ式に肉類や生野菜、各種ソースやリゾットなどを挟む「おかずたい焼き」もあらわれました。


(taiyaki5.jpg)

あなたも 好きなものを“たいやき”に詰めてみませんか?

では、あなたのために あたくしが育った地元の京都の“たいやき”をお見せしますわね。
うふふふふふ。。。

お腹がすいてきて、“たいやき”が食べたくなってきたでしょう?
でも、この記事を最後まで読んでから、近くの“たいやき屋さん”に走ってくださいね。

ところで、小百合さんがどうして「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれるのか?
ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。
小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。
小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。
分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


(suikyu9.jpg)

それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。
だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ~~。


(hand.gif)

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ゼリーフライ@鐘つき堂

2015年12月21日

 

ゼリーフライ@鐘つき堂

 


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(kane002.jpg)


(foolw.gif)

Subj:真心のこもった

手作りの弁当ありがとう!

きゃはははは…

From: denman@coolmail.jp
To: sayuri@hotmail.com
Cc: barclay1720@aol.com
Date: Wed, December 2, 2015 0:06 AM
Pacific Standard Time
日本時間:12月2日(水)午後5時6分

 

バンクーバーも行田もそれほど寒さに変わりがありません。
ちょうど行田が寒かったのかもしれません。

でも、12月1日は実に良い天気でしたねぇ。
小百合さんも洗濯物をたくさん干したことでしょう!

ところで、11月29日の日曜には、手作りの弁当をありがとう!
まさか、小百合さんが弁当まで作ってくるとは思いませんでした!(微笑)


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小百合さんが連れてきたトモユキ君が釣りをした場所。。。 と言うよりも僕と小百合さんが弁当を食べて アイリッシュ・クリーム・コーヒーを飲んだ場所は知る人ぞ知る 極めて有名な場所なのですよ。

。。。ていうかあああァ~ 小百合さんと僕のために、わざわざ歴史が用意してくれた場所なのですよ。 
ぎゃははははは。。。

どういうこと。。。? と小百合さんが不思議に思うかもしれません。

僕も、改めて本を読んでみてビックリしているのですよ。
では、その箇所をここに書き出しますから、じっくりと読んでみてね。

行田船着き場跡


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(funa09.jpg)

(行田)市の中心から国道(125号線)を東へ約500メートル、下町のT字路の左に、古風な木造洋館(デンマン注: 現在は岡田カメラ店)がある。

田山花袋の『田舎教師』に出て来る斉藤医院(文中では原田医院)、それから北へ左折して150メートル、またT字路で、右側が遊園地になっている。


(funa05.jpg)

この公園の地が、行田船着き場で、長野口御門、番所、高札場があった。 

(略) つい最近まで、石垣があって、如何にも船着き場らしかった。


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(funa06.jpg)


(funa08.jpg)

 (中略)

昔はどんな水路を通って、ここまで来たかわからないが、とにかく、今から400年前には、下町を中心に行田町が出来、一、六の市が立った記録は、成田氏時代からである。

そして300年前には、関西方面から、市日めあての商人が来たことが古文書に見えている。
天正18年(1590年)『家忠日記』に「宮津衆、行田の市(いち)に人を切る」とあって、京都府宮津の商人が来ている事を示している。

特に船着き場が栄えたのは、見沼代用水が出来てからであろう。

八代将軍吉宗が、普請奉行 井沢弥惣兵衛為永(いざわやそうべえためなが 1663-1738)に命じ、大宮市東の見沼干拓事業を起こし、旧芝川の水路を拡張して、見沼の溜水を荒川におとし、利根川の水を行田市下中條の今の利根道水路取入口(今、見沼代用水元圦口公園になっている)から、延々60キロメートルの水路を作り、更に通船堀を設け水運の便に供した、一大工事で、享保13年(1728年)の完成であるから、今から、270年も前の事である。

 (中略)


(eisho02.jpg)

英照皇太后


(shoken02.jpg)

昭憲皇后

明治19年5月10日、英照皇太后、昭憲皇后陛下が、館林の「つつじヶ岡」に行啓された時、行田の橋本喜助宅で、御着替えをなされ、その荷物が、船で下町の船着き場に運ばれ、下町から橋本喜助宅まで大変な列で賑わった事を、私は祖母(安政6年生まれ)から聞いたことがある。

ついでに、その模様が、『埼玉県史』第7巻に出ているので書いておこう。

「明治19年5月10日午前7時30分新宿停車場より別仕立汽車にて御発車、9時鴻巣駅にて御下乗遊ばされ、同宿鈴木半右衛門方、行田町橋本喜助方等に御小休、川俣にて利根川を御渡船……」とある。

帰路も、橋本喜助方で御着替、鴻巣駅午後7時40分発、9時10分新宿駅御着とある。

吹上駅は明治18年3月1日開設であるのに、何故鴻巣駅(明治16年7月28日開設)で下車されたかわからない。
吹上駅では近くに小休される適当な家がなかったからだろう。

とにかく、行田の船着き場が、幕末から明治中頃まで栄えた事は、想像出来ない程だったらしい。
番所が今の久保田屋さんの所にあり、その前に長野口御門があって通行人を見張り、高札場がある程の賑わいだったという。
ところがある人から「あそこは晒し首場だったそうですね」といわれたので色々調査した結果、次の様な事情がわかった。

即ち弘化3年(1846年)蘭法医の河津省庵が本町横町で開業し、その名声が高くなり、御典医となった。
省庵は常に研究に励み、特に“腑分け”して医学の進歩をはかったが、当時人体を解剖することは許されなかった。
藩では先生の便宜をはかり、下町の高札場に晒し首をした。
それを近くの大長寺内に運び“腑分け”をして寺に葬ったという。


(daibuts85.jpg)

省庵が日本の眼科医学史上の人となり、『眼科方規』『医則発揮』はそんな事情で生まれたのだろう。
藩の役人も医学の為に随分イキなはからいをしたものだと思う。
下町の晒し首の事実は、日本医学史上に役立ったわけである。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


5-9ページ 『行田史跡物語』
著者: 大澤俊吉
1979(昭和54)年12月20日 初版発行
発行所: 歴史図書社

ということで、明治19年5月10日、行田の橋本喜助宅で着替えて、あの船着き場から英照皇太后、昭憲皇后が、船に乗って、川俣で利根川を渡り、館林の「つつじヶ岡」に行ったのですよ。


(tutuji91.jpg)

なんと、その船着き場で 僕と小百合さんが弁当を食べたというわけなのです。 (爆笑)

もちろん、それだけではありません!

なんとォ~ 僕と小百合さんは館林の「つつじヶ岡」でも、何度か 10月桜を見たり、白鳥を見たりして、ルンルン気分で散歩したのですよ!

しかも、何度となく白いテーブルで小百合さんとアイリッシュ・クリーム・コーヒーを飲んだ大長寺までが出てくるのですよ!


(daibuts8.jpg)


(coffee90.jpg)

ぎゃははははは。。。

そういうわけで、この事でまた今日寝て起きたら バンクーバー市立図書館で記事を書くのです。

面白い記事になるので、小百合さんもぜひ読んでみてね。

とにかく、真心のこもった手作りの弁当ありがとう! きゃははははは。。。

では、今日も一日、小百合さんにとっても 素晴らしい日でありますように。。。
祈ってますねぇ~。

じゃあねぇ。。。バイバ~♪~イ。。。


(denman01.gif)


『手作り弁当@船着き場』より
(2015年12月3日)


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デンマンさん。。。 どうしてまた 上のメールを持ち出してきたのですか?


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小百合さんが釣りに拘(こだわ)っていたのですよ。 三男のトモユキ君が釣りが好きだと言うので、“行田船着き場跡”が 釣りに手ごろな場所だと下見までして拘りましたからねぇ~。。。

いけませんか?

いや。。。 別に釣りに拘ってもかまわないけれど、“行田船着き場跡”に拘ったところが僕には気にかかっていた。

どうして。。。?

あのねぇ~、釣りに適した場所ならば他にも たくさんあるはずですよ。。。 “行田船着き場跡”で釣りをしている人を僕はこれまでに見たことがない。。。 「あんな場所で釣りができるのか?」。。。 僕は不思議に思ったほどです。

でも。。。 当日、トモユキの他にも高校生ぐらいの男の子が二人やって来て釣りをしていたじゃありませんか!

そうなのです。。。 僕はマジで驚いたのですよ。

その事を言うために上のメールを わざわざ持ち出してきたのですか?

いや。。。 もちろん、それだけじゃありません。。。 トモユキ君が釣りをしている間に、“行田船着き場跡”で僕と小百合さんが弁当を広げてピクニックをしましたからねぇ~。。。


(bento02.jpg)


(funa09b.jpg)

デンマンさんは お腹が空いてなかったのですか?

もちろん、空いてましたよ。。。 でもねぇ~、まさか“行田船着き場跡”でピクニックすることになるとは考えてもいませんでした。

いけなかったかしら?

いや。。。 かまいませんけれど。。。 段ボール箱が近くにあったら、ホームレスのカップルが昼飯を食べていると誤解されてしまうだろうと思いましたよ。。。 (微笑)

つまり、その事を言いたくて わざわざ上のメールを持ち出してきたのですか?

いや。。。 もちろん、それだけじゃありません。。。 あのねぇ~、今日の記事のタイトルは“ゼリーフライ@鐘つき堂”なのですよ。


(kane001.jpg)


(kane002.jpg)

あらっ。。。 もしかして“鐘つき堂”で売っているゼリーフライと“行田船着き場跡”が関係あると言うのではないでしょうねぇ~?

小百合さんが行田にやって来ると必ず“鐘つき堂”で売っているゼリーフライを御土産に買って帰る。。。 だから“ゼリーフライ”と“行田船着き場跡”が関係あると考えるのも分かります。。。 でも、そうじゃないのです。

じゃあ、何が“行田船着き場跡”と関係あるのですか?

あのねぇ~、上の写真で見ても解るとおり、“かねつき堂”の中に“鐘”はないのですよ。

“かねつき堂”の中にあった“鐘”は 今どこにあるのですか?

城趾公園内にあるのです。


(oshikane2.jpg)


(oshikane3.jpg)

でも、僕が子供の頃には城趾公園内にはなかった。

どこにあったのですか?

「かねつき堂」のすぐそばにあったのですよ。 今でも本丸跡の北側、国道125号線を隔てて諏訪曲輪の土塁跡が残っています。


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この土塁の上に鐘楼があって、そこに鐘があったのです。 大晦日には108つの除夜の鐘が響いたものですよ。 でも、この鐘は、もともと行田にはなかった。

あらっ。。。 そうなのですか?。。。どこにあったのですか?

江戸時代の桑名藩にあったのですよ。

桑名ってぇ、三重県の桑名ですか?

そうです。

どうして桑名藩にあったのですか?

次のような運命をたどって、行田、つまり、江戸時代の忍藩にやってきたのですよ。

忍の時鐘

忍の時鐘程、幾回も動かされたものは少ないであろう。
この鐘こそ240年の時の流れを体験した唯一のものといえよう。
鐘が歴史を知っているとでも表現したい様な、波乱の運命を背負っている。

松平侯三代忠雅は相続争いの為(白川騒動)に二代忠弘の孫でありながら、11歳で家督相続し白川城より山形城へ、8年間で福山城(広島県)へ、12年間で桑名城へ移封となった。
正徳元年7月(1711年)のことである。
一生涯で遠隔の地を移封になった藩主は少ないであろう。 (略) そして侍従少将となり異例の出世であった。

忠雅は桑名入城を記念し「永保家国」(銘文)を祈り、享保2年(1717年)11月にこの鐘を桑名城内に完成させた。
260年前の事である。

ところが宝暦5年(1755年)1月12日桑名城下町本町から出火、海風にあふられて320軒、居城各門を焼失する大火となってしまった。
この洪鐘も力一杯乱打され、鐘自身も火を受け、ひびが入ってしまった。

父忠雅が誇っていた洪鐘を破損不能にした事を残念とし、宝暦14年(1764年)2月父忠雅の銘文と自分の銘文を入れて、現在ある洪鐘を改鋳した。
鐘を改鋳したからでなく、偶然にも四代は忠刻(ただとき)という名である。
鋳造した冶工は広瀬出雲大掾藤原道次、彫工は藤原儔次で親子であるらしい。
わざわざ書いたのは桑名市に広瀬家の後裔の方がいらっしゃるので、友好都市として敬意を表したいからである。

それから60年、五代目の忠堯(ただたか)の文政6年、突然武州忍へ移封となったのである。


(tadataka2.jpg)

この鐘も桑名港から海路を渡り、東京湾から利根川を上って酒巻に着き、この地に運ばれたわけである。
そしてここ二階櫓の上に安住し、広い忍沼にその音色を響かせたのである。

六ツ(むつ)と正午の時を報せ、慶応4年(1868年)1月14日大雪の夜、維新の急変の一報を藩士集合と乱打された。
それから5年、明治政府は東京に一番近い親藩である理由で、本年中に忍城の建物等一切の取り壊しを命じて来た。
藩財政は取り壊しをするどころではなかった。
強制入札で借金を棒引きして売りつけ、引きとらせたという。
だから「私の家の門は忍城の木で造った」とか、「家の蔵は忍城のものだそうだ」とかいう人が多い。

この時鐘は二階櫓から降ろされて櫓は取り壊したものの、時鐘の引き取り手がないので、そこに野ざらしにされたままだった。
ところが、“忍城の鐘”の音色がいいのは金がたくさん入っているからだと噂され、イボ(乳頭)を盗む者が出て来てしまった。
今も幾つかないままに昔を物語っている。

明治7年仕方なく東照宮が今の地に移されたので、鐘のみ社務所の前にひと先ずおいて盗難をさけた。
世川農士麿は何としても鐘の響きを聞かせたいと有志をつのり、宅地を提供してそこに今の形のものを造り、昔通りの時を撞いた。
何しろ時計のない時代だから唯一の時を報せるものだったのである。

明治14年1月6日今の中央小学校の地に、埼玉県下最初の洋風二階建ての学校、進修館が新築されたのを機に、その玄関の前に移転した。
それから進修館小学校は移り大正11年、忍高等女学校となり、やはり時の鐘は打ち続けられた。
昭和20年忍高女は進駐軍の病院に接収されたので万一を思い、今の東照宮、諏訪曲輪西端の今の地に移されたのである。

想えば数奇な運命をたどった洪鐘である。
忍城時代ここにあったことを書いておかないと、いつしか昔から東照宮の所にあったと思い込まれてしまう。
多聞櫓、二重櫓の南、白壁の数百米の塀の中、大きな鐘掛松といわれた松の大木の脇の、二階櫓の上から打ち響く鐘の音は広い忍沼を渡り、行田町中はおろか、物の本には“四里四方響く”とさえ書いてある。
16粁四方まではどうかと思うが、風向きでは随分遠くまで聞こえたという。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


134-138ページ 『行田史跡物語』
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1979(昭和54)年12月20日 初版発行
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上の本が書かれた1979年には、鐘は東照宮の裏にあったのです。 つまり、諏訪曲輪の土塁の上に鐘楼があって、そこにあったのです。

。。。で、城趾公園ができた時に、現在の場所に移されたのですか?

そうです。

ところで、その“鐘”と“行田船着き場跡”がどのように関係しているのですか?

上の小文にも書いてあるようにこの鐘も桑名港から海路を渡り、東京湾から利根川を上って酒巻に着き、この地に運ばれたわけですよ。。。 つまり、小百合さんとピクニックした場所で“鐘”が船から降ろされたのです。


(funa09b.jpg)

あらっ。。。 そうだったのですか?。。。 じゃあ、お弁当を広げた所に“鐘”が降ろされたのかもしれませんわねぇ~。。。

そういうことですよ。


(laugh16.gif)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。
小百合の手作りのお弁当を見たら、あたくしもお腹が空いてきましたわ。
あたくしも何かを作って食べようと思いますゥ。

あたくしの好物は 具のたくさん入った“あんかけ焼きそば”でござ~♪~ますう。
あなたのために、作り方を教えますわねぇ。


(joe306.jpg)

どうですか? 美味しそうでしょう?

でも、あたくしは これだけでは満足できませんのよう。
デザートに“たいやき”をいただくのでざ~♪~ますわよう。
うふふふふふふ。。。

最近では、餡に替わってクリームや溶かしたチョコレート、キャラメル、カスタードクリームなどの洋菓子素材を詰めたものもでてきましたわ。

サンドウィッチ式に肉類や生野菜、各種ソースやリゾットなどを挟む「おかずたい焼き」もあらわれました。


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では、あなたのために あたくしが育った地元の京都の“たいやき”をお見せしますわね。
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でも、この記事を最後まで読んでから、近くの“たいやき屋さん”に走ってくださいね。

ところで、小百合さんがどうして「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれるのか?
ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。
小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。
小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。
分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


(suikyu9.jpg)

それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。
だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ~~。


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メチャ面白い、

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ハマグリの足跡を追って

2015年3月30日

 

ハマグリの足跡を追って

 


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こんにちは。ジューンです。

女性器を貝にたとえるのは

世界的な現象のようですね。

貝の種類は国によって違いますけど

英米では「かき」、

フランスは「ほら貝」のようです。

日本では「ハマグリ」とか「赤貝」が

代表的なようです。

以前、デンマンさんが見せてくれた

「青柳」と呼ばれる貝は

確かに女性のアソコに良く似ていました。


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関東地方では「バカガイ」と呼ばれるそうです。

四国や九州では姫貝と言うそうです。

地方によっては「とり貝」とも言うそうです。

アサリやハマグリなどと並んで

日本では食用としてなじみ深い貝だそうです。

どうして「バカガイ」と言うような

可笑しな名前が付いているの?

デンマンさんによると、オレンジ色をした

筋肉による足である斧足(ふそく)が、

あたかも舌のようにだらりと殻の外に出るさまから、

「馬鹿」が口からだらしなく

舌を出しているように見えるので

「馬鹿貝」と呼ばれるようになったそうです。

うふふふふふ。。。

殻の外側は黄褐色の殻皮を被り、

肉色を帯びた灰白色で、

後端部は淡紫色をしています。

「青柳」という呼び名は、昔、バカガイがよく獲れた

千葉県市原市青柳の地名に由来しているそうです。

干物にしたものは珍味として珍重されています。

九州では「姫貝」と呼ばれ、

良質で大きいアオヤギを伸ばして

乾燥させたモノは高級珍味です。

近頃は、とれる量も減り、

まさに希少な珍味だそうです。

お酒をふりかけ、弱火で焦げないように

焙って食べると美味しいのだそうです。


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『ハマグリ秘話』より
(2010年1月10日)


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デンマンさん。。。 どうしてハマグリに拘(こだわ)るのでござ~ますかァ~?


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いけませんかァ~?

別に あたくしは かまいませんけれど ハマグリの記事が連日続いたら デンマンさんのブログの常連さんも飽き飽きすると思うのですわァ。

でも、なかには ハマグリが何よりも好きだと言うネット市民も居ると思うのですよ。

それは デンマンさんだけですわよう。

そうかなァ~♪~。。。 卑弥子さんはハマグリの話が嫌いなのですかァ~?

あたくしは ハマグリの話よりは婚活の話の方がいいですわ。 今年は、何が何でも結婚のお相手を見つけたいと思っているのですものォ~。。。

だったら、ハマグリの話も卑弥子さんにとって マジで大切じゃありませんかア!

それは、どういうわけでござ~ますか?

だってぇ~、結婚式にはハマグリが欠かせないのですよ。

あらっ。。。 マジで。。。?

やだなあああァ~。。。 これまでにも、何度となく ハマグリと結婚式の関係について僕は話したじゃありませんかァ!

そうでしたかしらァ~?

忘れてしまったのですか? 次の川柳を思い出してくださいよう。

蛤は 初手赤貝は 夜中なり

ジューンさんのお話から、「ハマグリ」と「赤貝」が女性のアソコを象徴する代表的なものであるならば、上の川柳はエロいお話でござ~♪~ますわねぇ。

そのように言ってしまったら身も蓋もないのですよう。 確かに、上の川柳はエロいのですよう。 うししししし。。。 でもねぇ~、ただエロいだけじゃない!

つまり、ミーちゃん、ハーちゃん、八っつァん、熊さんの知らない奥深い意味があるのでござ~♪~ますか?

その通りですよう。 まずねぇ、貝は女性器に似ているから、女の子の祭りである「ひな祭り」にハマグリの吸い物がでます。 当然のことだけれど、結婚式の祝いにも蛤のお吸い物が出る。

上の川柳は結婚式の時のものでござ~♪~ますか?

そうなのですよ。 婚礼の時、新郎は初めに蛤の吸い物をいただくという意味ですよう。 吸い物として蛤は婚礼の一番はじめにでてくるのです。

。。。んで、「赤貝は 夜中なり」とは?

婚礼の食事も終わり、何もかも済んで、新郎は初夜の床で最後に赤貝をいただくという意味なのですよう。 うしししし。。。


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つまり、「赤貝」というのは花嫁さんのアソコでござ~♪~ますか?

そうなのですよう。 「ハマグリ」も「赤貝」も花嫁さんを象徴している。 だから、「ハマグリ」のお吸い物は汁は飲むけれど、絶対にハマグリの実を食べない。

マジで。。。?

だから次のような川柳もある。

“蛤は吸うばかりだと母教え”

「蛤の吸い物はねぇ、実は食べないでぇ、汁だけを吸うのよォ。。。いいわねぇ~?」と、経験豊富な母親が花婿に教えるのですよう。 うししししし。。。

ホントにマジですか?

僕はウソと花嫁の尻は突きません。 (微笑)

。。。。それで、デンマンさんは 今日 いったい 何をするつもりなのでござ~ますか?

だから、タイトルに書いたように“ハマグリの足跡を追”うのですよ。 ちょっと次の検索結果を見てください。


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『現時点での検索結果』

3月28日に「ハマグリ デンマン」と入れて これまで 僕が どのくらいのハマグリの記事を書いているか調べてみたのですよ。

あらっ。。。 5,800件もヒットするではござ~ませんかア! これだけの。。。、これだけのハマグリの記事を書いたのでござ~ますかア~♪~!?

もちろん、全部 僕が書いたわけじゃありませんよ!

でも。。。、でも。。。、「ハマグリ デンマン」と入れて 5,800件もヒットするということは 例え 10%をデンマンさんが書いたとしても 580の記事を書いたということですわア! それに、上のリストに表れた記事のタイトルを見ただけでも、デンマンさんが書いた記事がほとんどですわァ。

確かに、青枠で囲んだ記事は、僕が書いたものだとすぐに判ったのですよ。 でもねぇ~、 赤枠で囲んだ記事に注目してください。

『もぐり込む』というタイトルでござ~ますわねぇ~。。。

そうです。。。 でもねぇ、このようなタイトルをつけて ハマグリの事を書いた覚えがないので 記事を確かめてみたのですよ。


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『拡大する』

ブラウザの 検索窓 に“ハマグリ”を入れて検索してみたら 4つヒットしました。 でもねぇ~、本文の中じゃなくて 右のサイドバーの中の FEEDJIT のリストの中ですよ。

あらっ。。。 このFEEDJIT というのは どのようなリストなのでござ~ますかァ~?

リアルタイムで僕のブログにアクセスした人が どこの国から、どのOS と ブラウザーを使って どのウェブサイトからアクセスしたのか? そういうことが解るリストなのですよ。 リストの一番下の グリーンのバーをクリックすると 次のような詳しいリストが飛び出すのですよ。


(fed50328.png)

『拡大する』

あらっ。。。 とっても面白いリストなのですわねぇ~。。。 でも、ハマグリのお話を読みたくてやって来た人は、記事が読めないのでガッカリしますわねぇ~。。。

いや。。。 ガッカリする必要はないのですよう。。。 なぜなら、上のリストを表示すれば、このリストの中から『ハマグリ裏話』、『ハマグリにハマる』、『ハマグリ笑話』、『ハマグリ秘話』をクリックして読むことができますからねぇ~。。。

あらっ。。。 そうなのでござ~ますかァ?

もう一度、検索結果を見てください。


(gog50328a.png)

『現時点での検索結果』

上の検索結果の一番下の緑で囲んだ箇所に注目してください。

「床上手な女」について-ブログネタ-ライブドアブログ と書いてござ~ますわァ。

これは記事じゃないのですよ。 明らかに「ブログネタ」が書いてあるのですよ。 いったい どのようなことになっているのか? クリックしてみました。 次のページが出てきたのですよ。


(liv50328t.png)

『実際のページ』

このブログネタはデンマンさんが書いたのでござ~ますか?

すっかり忘れてしまったけれど、文章を読んだら、僕が書いたのだと解りましたよ。 5年前に書いたのですよ。

。。。で、その時に このブログネタを使って『ハマグリ笑話』という記事を書いたのでござ~ますかァ?

忘れてしまったけれど、そうらしいのですよ。 (微笑) ついでだから リストの2ページ目も調べてみました。 卑弥子さんも 検索結果を見てください。


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『拡大する』

あらっ。。。 あたくしのお写真が出てきたじゃござ~ませんかア! おほほほほほほほ。。。。

卑弥子さんが ますますネットで有名になりますよう。

じゃあ、今年こそ、あたくしの結婚のお相手が見つかるでしょうかしらァ~?

見つかります。。。見つかります。。。 期待していいですよ。。。 でもねぇ~、今日は卑弥子さんの婚活の話ではないのですよ。

あらっ。。。 デンマンさんは あたくしの結婚のお相手を探すために この記事を書いたのではないのでござ~ますかァ?

そのうち書きます。 上のリストの赤枠で囲んだ記事については昨日の記事で書いたから、これは飛ばします。


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『ハマグリの誘惑』

リストの3ページ目を見てください。


(gog50328d.png)

『拡大する』

赤枠で囲んだのは僕のブログじゃないのですよ。

「にほんブログ村」のオヤジ日記 「人気ブログランキング」ですわね。

そうです。 クリックすると次のページが出てきます。


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『拡大する』

あらっ。。。 デンマンさんの『徒然ブログ』は 826位で全然人気がないじゃござ~ませんかア!

あのねぇ~、この人気ランキングに登録している人が 8832人いるのですよ。 だから、826位ということは 1000人だとしたら、100番以内に入っているということですよ。 だから、全然人気がないと言うわけでもないのですよ。

。。。んで、青枠で囲んだ「海外生活ブログ村」のカナダ情報では、どうなっているのでござ~ますかァ?

クリックすると次のページが出てきます。


(mur50328c.png)

『拡大する』

あらっ。。。 カナダ情報人気ランキングでは、50位以内に入ったのでござ~ますか?

いや。。。 残念ながら入ってないのですよ。。。 でもねぇ~、このページに“ハマグリ”が出てくるはずだから、ブラウザの検索窓に“ハマグリ”を入れてクリックしてみました。 そしたら、右のサイドバーの中の「最新投稿記事リスト」に 日本時間の3月28日 午前4時12分に投稿した『ハマグリにハマる』が表示されていたのですよ。

つまり、“ハマグリの足跡を追って”というのは、こうして“ハマグリ”をネットで探すことだったのですか?

そうです。。。 いけませんか?


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。
つまらないことで、デンマンさんは記事を書いたものですわ。

でも、せっかく、あなたは、ここまで読んでこられたのだから、何かの参考になさってください。

では、取って置きの情報をあなたにお伝えしますわ。
もちろん、ハマグリに関係することでござ~ますわ。

“ハマグリのガソリン焼き”というのを聞いたことはないでしょう!?


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聞いただけでも、食べられそうにないように思うのですけれど、
これが、なかなかイケルそうなのですわ。

北朝鮮の郷土料理でござ~ますう。
屋外で調理されるもので、日本では「ハマガソ」と呼ばれることもあります。

どのように料理されるのかというと、
生のハマグリの上にガソリンを掛けて 一気に焼き上げるのですわ。
生貝を蒸し焼きにする調理の一種で、意外にもガソリン臭さは無く美味であると言うのです。

一見簡単な調理法でござ~ますが、室内で調理することは禁忌ですってぇ~。。。
現地でも行わないそうです。

燃料を貝の中へ混入させない工夫が必要です。
また、手短に十分加熱するのがコツです。
加熱が十分でないと食中毒の恐れもあります。

引火しやすい燃料を用いるため、火災やヤケドの危険もあります。
さらに、急激な加熱から貝殻が破裂し怪我につながるおそれもあります。

このように、危険がいっぱいなので、調理した後のお味が格別なのかも知れませんわ。
ただし、興味本位でやるのは どうかと思います。
くれぐれも注意して試してくださいまし。

ところで、ハマグリのお話も結構でござ~ますけれど、
たまには古代の日本の歴史についても 探求してくださいませ。

平安史、古代史の記事を用意しました。
ぜひ お読みください。
では。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。


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ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


『外人に乗っ取られた日本?』

『失われたバレンタイン』

『軽井沢夫人@日本王国』

『都知事になれなかった男』

『落選男の正体?』

『カナダはカエデの国なの?』

『海外飛躍遺伝子』

『ふるさとは遠きにありて…』

『芭蕉と遊女の出会い』

『芭蕉と遊女が…あれぇ~!』

『宮沢りえと3723人の観客』

『血のつながり』

『チョー有名な三角関係』

『日本の真ん中』

『デンマンの死@玉淀』

『血の絆』

『イジメられたら?』

『アタマにくる一言をかわすには』

『顔文字がダメなら?』

『日本の一番長い日』

『オルフェと聖徳太子』

『寅さんの本棚』

『平成の紫式部』

『心にしみるウンチ』

『念願のトップページへ』

『愛とロマンの昔話』

『愛とロマンのアクセス解析』

『兄妹の恋のつづき』

『源氏物語エロいの?』

『酒が行って着物目変境』

『日本は外人に乗っ取られたの?』

『ん?ヒトラーはベジタリアン?』

『ふるさとの選挙と黒い霧』

『ハマグリにハマる』

『ハマグリの誘惑』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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ハマグリの誘惑

2015年3月29日

 

ハマグリの誘惑

 


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潮干狩り


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あのねぇ~。。。、江戸時代の有名な川柳に次のようなものがある。

蛤の 出るまで捲(まく)る 潮干狩り

この川柳がデンマンさんは、どうだとおっしゃるのですか?

卑弥子さんにも意味が分かるでしょう?

これってぇ。。。、これってぇ~♪~。。。、かなりエロい川柳なのですわねぇ~?

卑弥子さんが江戸時代に潮干狩りをすれば、必ずこのようになると言う、そういう川柳ですよう。うししししし。。。

デンマンさん!。。。一人でエロい笑いを浮かべながら楽しんでないでぇ説明してくださいなァ。

あのねぇ~、浅いところで掘っていても「あさり」とか「烏貝」は出てきても「蛤」はなかなか見つからない。

なぜ。。。?

ハマグリは、浅いところには居ないのですよう。少し深みに行って掘らないと見つからない。

だから。。。?

卑弥子さんが江戸時代に潮干狩りに行けば、当然着物を着ている。その下にはパンツなど穿いてない。

たぶん、ノーパンでござ~♪~ますわ。

そうでしょう。。。だから、ハマグリをゲットするには着物の裾を捲(まく)り上げねばならない。

そうやって深い所へゆくのですわね。

そうですよう。だんだん深いところにゆくにつれて、さらに着物の裾を捲り上げる。すると、やがて卑弥子さんの“ハマグリ”が見えてくる。うしししし。。。

つまり。。。、つまり。。。、ハマグリをゲットするには、あたくしの、あのォ~、おハマグリが見えるほど着物のすそを捲り上げねばならない。。。そうゆうことですか?

そうですよう。 ハマグリをゲットするには、ハマグリが見えるほど着物の裾を捲(まく)り上げねばならないと言う事ですよう。うしししし。。。


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要するに、このページの3人の女性は桑名の浜にハマグリを取りに出かけたのでござ~♪~ますか? 

そうなのですよう。。。ハマグリをたくさんゲットしたかったので、行田からやって来た乙女も、白河からやってきた少女も、桑名の地元の娘はもちろん、着物の裾を捲(まく)り上げるのは面倒なので、初めから裸になってハマグリを探し始めたわけなのですよう。うししししい。。。


『ハマグリ秘話』より
(2010年1月10日)


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デンマンさん。。。 今日も昨日に引き続いて ハマグリのヤ~らしいお話なのでござ~ますかァ~?


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いけませんかァ?

別に あたくしは かまいませんけれど そのようにヤ~らしいお話ばかりしていると このブログを読んでくださる常連の皆様が離れて行ってしまいますわァ~♪~。

あのねぇ~、堅い話ばかりしていても、常連さんは飽きてしまうのですよ。 だから、たまには変わった話をしてみる方がいいのです。

でも、ヤ~らしいお話を毎日聞かされていたら、うんざりしてしまいますわ。

今日は、それほどヤ~らしい話ではありません。

でも、冒頭にヤ~らしいお話が出てきましたわ。

今日は昨日に引き続いてハマグリを取り上げたけれど、ちょっと違う角度からハマグリを見てみたのですよ。

どのような角度から。。。?

ちょっと次の検索結果を見てください。


(gog50328a2.png)

『現時点での検索結果』

3月28日に「ハマグリ デンマン」と入れて これまで 僕が どのくらいのハマグリの記事を書いているか調べてみたのですよ。

あらっ。。。 5,800件もヒットするではござ~ませんかア! これだけの。。。、これだけのハマグリの記事を書いたのでござ~ますかア~♪~!?

もちろん、全部 僕が書いたわけじゃありませんよ!

でも。。。、でも。。。、「ハマグリ デンマン」と入れて 5,800件もヒットするということは 例え 10%をデンマンさんが書いたとしても 580の記事を書いたということですわア! それに、上のリストに表れた記事のタイトルを見ただけでも、デンマンさんが書いた記事がほとんどですわァ。

確かに、青枠で囲んだ記事は、昨日 3月28日に投稿した記事ですよ。 でもねぇ~、 そんなに ハマグリの事を書いた覚えがないのです。 だから、僕も ちょっとばかり不思議に思って調べてみたのですよ。 リストの2ページ目を見てください。


(gog50328b.png)

『拡大する』

あらっ。。。 あたくしのお写真が出てきたじゃござ~ませんかア! おほほほほほほほ。。。。

卑弥子さんが ますますネットで有名になりますよう。

じゃあ、今年こそ、あたくしの結婚のお相手が見つかるでしょうかしらァ~?

見つかります。。。見つかります。。。 期待していいですよ。。。 でもねぇ~、今日は卑弥子さんの婚活の話ではないのですよ。

あらっ。。。 デンマンさんは あたくしの結婚のお相手を探すために この記事を書いたのではないのでござ~ますかァ?

そのうち書きます。 でも、今日は上のリストの赤枠で囲んだ記事に注目してください。

「潮干狩り:知多湾」というタイトルですわねぇ~。。。 デンマンさんは知多湾で潮干狩りをなさったのでござ~ますかァ~?


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いや。。。 僕は知多湾で潮干狩りをしたことはないのですよ。

でも。。。、でも。。。、その時のことを記事に書いているではござ~ませんかア! それに、冒頭の川柳も記事の中に出てきてますわァ~。。。 デンマンさんは 可愛い女性が潮干狩りしているのを 後ろから眺めて ハマグリが見えるのをじっと待ち構えていたのでしょう!?

やだなあああァ~。。。 僕は知多湾まで 可愛いハマグリを見に行ったことはありません。

じゃあ、どうして「潮干狩り:知多湾」という記事を書いたのでござ~ますか?

だから、僕は書いた覚えがないのですよう。

いったい、どのようなことが書かれているのですか?

リンクをクリックして調べてみました。 卑弥子さんのためにソフトカメラで撮ったので ここに貼り出します。


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『拡大する』

『実際の記事』

確かに潮干狩りのことがたくさん書いてありますけれど、知多湾のことは全く書かれてないじゃありませんかア! それに、ひとつの お話として、全く筋が通ってませんわァ。 いろいろな場所の潮干狩りの事が混ぜ合わせで書いてあって、何が言いたいのか全く解りませんわ。 デンマンさんは、このような下らないブログを書いていたのでござ~ますかァ~?

だから、僕のブログではないのですよ。

でも、冒頭の川柳が 出てきて、デンマンさんと あたくしも顔を出してますわよう。

あのねぇ~、このブログは「潮干狩り」を入れて検索して その結果の中に出てきた概略を自動的に集めて 記事にしただけの下らないブログですよ。

マジで。。。?

記事の部分を拡大してみますから見てください。


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『拡大する』

見ればすぐに気づくと思うけれど、3行の段落がいくつも続いている。 この3行は検索結果に表れる“概略”ですよ。 試しに、「潮干狩り」を入れて検索してみました。


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『実際の検索結果』

2006年1月1日から2010年1月31日まで期間を限定して検索してみました。 上の下らないブログを作った愚か者は この検索結果に表れた3行の概略を自動的に集めて記事にするプログラムを書いたわけですよ。 実際に上のリンクをクリックして 検索結果を見てゆけば 上の記事に表れた概略を見つけることができるかもしれません。

でも、どうして そのような愚かな事をするのですか?

愚かだと解ったから、2009年の10月にやり始めて 2010年の6月に止めているのですよ。 つまり、9ヵ月間愚かなことを続けたのです。


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でも、どうして9ヵ月後に止めたのですか?

見にやって来る人がいないからですよ。 当然でしょう! このような下らないブログを見にやって来る常連さんが現れるはずがないのですよ。

でも、なんで そのような愚かな事を思いついて 9ヵ月間も無駄な事を続けるのでござ~ますか?

この愚か者は、自動プログラムを改良して更に良い物を作ろうと 本人は頑張っているつもりなのですよ。

。。。んで、改良した自動プログラムはできたのでござ~ますか?

うん、うん、うん。。。 この愚か者は、頑張って次のような自動プログラムを作ったのですよ。


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あらっ。。。 これは宝石店の宣伝ではござ~ませんかァ!。。。 この宣伝のページを作ったのでござ~ますか?

そうなのですよ。。。 この宣伝のページをネット市民の皆様に見てもらうために 愚か者は考えたのです。

どのように。。。?

それを見るには、X CLOSE をクリックして この宣伝ページを閉じます。。。 すると次のページが その下から出てくるのですよ。


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『拡大する』

あらっ。。。 これも。。。 検索ワードを入れて、ヒットする記事を集め、自動的に更新するブログでござ~ますわねぇ~?

その通りですよ。 愚かなプログラムに改良を加えたわけです。 “ブログ自動投稿ツール”を使ってぇ、宝石店の宣伝のために こうして自動的にブログを更新しているわけです。

つまり、この上のページは 2014年1月31日に 「黒 真珠」という語句を検索して ヒットしたエントリーの概略を集めて 記事にしたわけでござ~ますわねぇ~。。。

そうです。。。 ちょっと次の検索結果を見てください。


(gog50324a.png)

『現時点での検索結果』

デンマンさんが投稿した記事『天平の裸婦』が検索結果のトップに表示されてますわね。

そうです。。。 赤枠で囲んだ 5番目の「南洋真珠やタヒチの黒真珠/続・天平の裸婦」を見てください。

デンマンさんが投稿した記事でござ~ますか?

いや。。。 あの愚か者が自動的に更新したブログですよ。 このようにして自動的に更新された“宣伝ブログの記事”が検索結果の上位に出てくる。 実際、「天平の裸婦」を入れて検索すれば、5,670件ヒットするうちの 5番目に出てきますからねぇ~。。。

うまく考えたものでござ~ますわねぇ~。。。

卑弥子さん! 感心している場合じゃないのですよ。

あらっ。。。 感心してはいけませんか?

あのねぇ~、この宝石店は、店の品が良くないから売れないのですよ。 でも、店主は そうは考えない。 だから、何とかして、売り込もうと、あの手この手を考えて、最終的に、“ブログ自動投稿ツール”を使って 宣伝のために ブログを作ることを考え出したのです。

それで、愚か者が下らないブログに改良を加えて、宣伝ブログを作ったのでござ~ますか?

そういうことですよ。 だから、自動的に集めた記事は、“黒 真珠”とは、全く関係ない記事がほとんどです。 

確かに、デンマンさんの記事『続・天平の裸婦』の中には「黒真珠」の事は 全く書いてござ~ませんよね。


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『続・天平の裸婦』

デンマンさんの記事『続・天平の裸婦』の中には「黒真珠」の事は 全く書いてないのに、「黒 真珠」と入れて検索すると どうしてヒットしてしまうのでござ~ますか?

あのねぇ~、“ブログ自動投稿ツール”は、人間が作ったプログラムですから。。。、しかも、未熟なプログラマーが作ったので『ゴスロリとパンツ』と「日本の真珠湾」を見ただけで、「黒真珠」の事が書いてあると判断して 宣伝ページに載せてしまうのですよ。

確かに、上の宣伝ページには 「黒真珠」の事は 全く出てきませんわねぇ~。。。

その通りですよ。 2番目の「黒真珠」は“黒真珠”と呼ばれるバラの花のことです。 3番目はゴルフの記事ですからねぇ~。。。 でも、この宝石店の店主は、ブログの内容などはどうでもよいのです。 検索エンジンの検索結果の上位に 記事が表示されれば、それをクリックして、宣伝を見て 宝石を買ってくれると思い込んでいるのです。 でも、品物が良くないから売れないとは思ってないのですよ。 そこが 笑えます。 (微笑)

でも、つい。。。、つい。。。、宣伝文句につられて買ってしまうネット市民が出てくるのでござ~ましょうか?

卑弥子さん。。。 婚活で 結婚相手を探すのはいいけれど、下らない宣伝文句に誘われて黒真珠を買うことだけは止めた方がいいですよ。 模造品をつかまされるのがオチですからねぇ。。。

大丈夫ですわよう。。。 あたくしは、それほど愚かではござ~ませんから。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。
あなたも宣伝文句に騙されないように気をつけてくださいましね。

ところで、“ハマグリのガソリン焼き”というのを聞いたことがござ~ますか?


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聞いただけでも、食べられそうにないように思うのですけれど、
これが、なかなかイケルそうなのですわ。

北朝鮮の郷土料理でござ~ますう。
屋外で調理されるもので、日本では「ハマガソ」と呼ばれることもあります。

どのように料理されるのかというと、
生のハマグリの上にガソリンを掛けて 一気に焼き上げるのですわ。
生貝を蒸し焼きにする調理の一種で、意外にもガソリン臭さは無く美味であると言うのです。

一見簡単な調理法でござ~ますが、室内で調理することは禁忌ですってぇ~。。。
現地でも行わないそうです。

燃料を貝の中へ混入させない工夫が必要です。
また、手短に十分加熱するのがコツです。
加熱が十分でないと食中毒の恐れもあります。

引火しやすい燃料を用いるため、火災やヤケドの危険もあります。
さらに、急激な加熱から貝殻が破裂し怪我につながるおそれもあります。

このように、危険がいっぱいなので、調理した後のお味が格別なのかも知れませんわ。
ただし、興味本位でやるのは どうかと思います。
くれぐれも注意して試してくださいまし。

ところで、ハマグリのお話も結構でござ~ますけれど、
たまには古代の日本の歴史についても 探求してくださいませ。

平安史、古代史の記事を用意しました。
ぜひ お読みください。
では。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。


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ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


『外人に乗っ取られた日本?』

『失われたバレンタイン』

『軽井沢夫人@日本王国』

『都知事になれなかった男』

『落選男の正体?』

『カナダはカエデの国なの?』

『海外飛躍遺伝子』

『ふるさとは遠きにありて…』

『芭蕉と遊女の出会い』

『芭蕉と遊女が…あれぇ~!』

『宮沢りえと3723人の観客』

『血のつながり』

『チョー有名な三角関係』

『日本の真ん中』

『デンマンの死@玉淀』

『血の絆』

『イジメられたら?』

『アタマにくる一言をかわすには』

『顔文字がダメなら?』

『日本の一番長い日』

『オルフェと聖徳太子』

『寅さんの本棚』

『平成の紫式部』

『心にしみるウンチ』

『念願のトップページへ』

『愛とロマンの昔話』

『愛とロマンのアクセス解析』

『兄妹の恋のつづき』

『源氏物語エロいの?』

『酒が行って着物目変境』

『日本は外人に乗っ取られたの?』

『ん?ヒトラーはベジタリアン?』

『ふるさとの選挙と黒い霧』

『ハマグリにハマる』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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ハマグリにハマる

2015年3月28日

 

ハマグリにハマる

 


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こんにちは。ジューンです。

女性器を貝にたとえるのは

世界的な現象のようですね。

貝の種類は国によって違いますけど

英米では「かき」、

フランスは「ほら貝」のようです。

日本では「ハマグリ」とか「赤貝」が

代表的なようです。

以前、デンマンさんが見せてくれた

「青柳」と呼ばれる貝は

確かに女性のアソコに良く似ていました。


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関東地方では「バカガイ」と呼ばれるそうです。

四国や九州では姫貝と言うそうです。

地方によっては「とり貝」とも言うそうです。

アサリやハマグリなどと並んで

日本では食用としてなじみ深い貝だそうです。

どうして「バカガイ」と言うような

可笑しな名前が付いているの?

デンマンさんによると、オレンジ色をした

筋肉による足である斧足(ふそく)が、

あたかも舌のようにだらりと殻の外に出るさまから、

「馬鹿」が口からだらしなく

舌を出しているように見えるので

「馬鹿貝」と呼ばれるようになったそうです。

うふふふふふ。。。

殻の外側は黄褐色の殻皮を被り、

肉色を帯びた灰白色で、

後端部は淡紫色をしています。

「青柳」という呼び名は、昔、バカガイがよく獲れた

千葉県市原市青柳の地名に由来しているそうです。

干物にしたものは珍味として珍重されています。

九州では「姫貝」と呼ばれ、

良質で大きいアオヤギを伸ばして

乾燥させたモノは高級珍味です。

近頃は、とれる量も減り、

まさに希少な珍味だそうです。

お酒をふりかけ、弱火で焦げないように

焙って食べると美味しいのだそうです。


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『ハマグリ秘話』より
(2010年1月10日)


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デンマンさんは ハマグリにハマっているのでござ~ますかァ~?


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いけませんかァ?

別に かまいませんけれど どちらのハマグリにハマっているのでござ~ますかァ? うふふふふふふふ。。。

妙なところで笑わないでくださいよう。。。 読者の皆様に 誤解を与えるではありませんかァ?

だから、この記事を読んでいるネット市民の皆様に誤解を与えることがないように尋ねているのですわァ。

もちろん、食べるハマグリですよ。

あらっ。。。 デンマンさんは 食べてしまうのでござ~ますかァ。。。 そう言えば、10年前か? あるいは15年前か? かなり以前に、日本人の男性がパリでオランダ人の女性を殺害して ジューンさんが話題にしているハマグリを半分ぐらい食べてしまったということですわよねぇ~。。。 (微笑)

やだなあああァ~。。。 そういう事をここで話題にするのを止めてくださいよう。 んもおおおォ~。。。! ますますネット市民の皆様に誤解を与えてしまうではありませんかア!

でも。。。、でも。。。、デンマンさんと あたくしは かつて次のようなお話をしていたのですわ。

潮干狩り


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あのねぇ~。。。、江戸時代の有名な川柳に次のようなものがある。

蛤の 出るまで捲(まく)る 潮干狩り

この川柳がデンマンさんは、どうだとおっしゃるのですか?

卑弥子さんにも意味が分かるでしょう?

これってぇ。。。、これってぇ~♪~。。。、かなりエロい川柳なのですわねぇ~?

卑弥子さんが江戸時代に潮干狩りをすれば、必ずこのようになると言う、そういう川柳ですよう。うししししし。。。

デンマンさん!。。。一人でエロい笑いを浮かべながら楽しんでないでぇ説明してくださいなァ。

あのねぇ~、浅いところで掘っていても「あさり」とか「烏貝」は出てきても「蛤」はなかなか見つからない。

なぜ。。。?

ハマグリは、浅いところには居ないのですよう。少し深みに行って掘らないと見つからない。

だから。。。?

卑弥子さんが江戸時代に潮干狩りに行けば、当然着物を着ている。その下にはパンツなど穿いてない。

たぶん、ノーパンでござ~♪~ますわ。

そうでしょう。。。だから、ハマグリをゲットするには着物の裾を捲(まく)り上げねばならない。

そうやって深い所へゆくのですわね。

そうですよう。だんだん深いところにゆくにつれて、さらに着物の裾を捲り上げる。すると、やがて卑弥子さんの“ハマグリ”が見えてくる。うしししし。。。

つまり。。。、つまり。。。、ハマグリをゲットするには、あたくしの、あのォ~、おハマグリが見えるほど着物のすそを捲り上げねばならない。。。そうゆうことですか?

そうですよう。ハマグリをゲットするには、ハマグリが見えるほど着物の裾を捲(まく)り上げねばならないと言う事ですよう。うしししし。。。


(3graces.jpg)

要するに、このページの3人の女性は桑名の浜にハマグリを取りに出かけたのでござ~♪~ますか? 

そうなのですよう。。。ハマグリをたくさんゲットしたかったので、行田からやって来た乙女も、白河からやってきた少女も、桑名の地元の娘はもちろん、着物の裾を捲(まく)り上げるのは面倒なので、初めから裸になってハマグリを探し始めたわけなのですよう。うししししい。。。


『ハマグリ秘話』より
(2010年1月10日)

このように、デンマンさんこそネット市民の皆様に誤解を与えるようなお話をしていたのでござ~♪~ますわよう。

うん、うん、うん。。。 確かに、そのような話をしていたことがありました。 でもねぇ~、今日話題にするのは 僕が“ハマグリにハマ”っているということじゃないのですよ。

じゃあ、どなたが“ハマグリにハマ”っているのでござ~ますか?

ちょっと次のリストを見てください。


(wp50326d.png)

『ハマグリ秘話』『ハマグリ笑話』

これは Denman Blog の3月26日の「人気記事リスト」ですよ。 赤枠で囲んだ記事に注目してください。

あらっ。。。 『ハマグリ秘話』と『ハマグリ笑話』が読まれたのですわね。

そうなのですよ。。。 どのようなキーワードを入れて検索して読みにやって来たのか? それも調べてみました。 検索キーワードリストを見てください。


(wp50326c.png)

あらっ。。。 「ハマグリの川柳」と「初手 はまぐり」を入れて検索したのですわね。

そうなのですよう。

じゃあ、「ハマグリの川柳」で検索した人は 次のエロい川柳を見つけたのですわね。

蛤の 出るまで捲(まく)る 潮干狩り

そういうことです。

「初手 はまぐり」を入れて検索した人は、どのような事を探していたのでござ~ますかァ?

この人も“ハマグリの川柳”を探していたのですよ。 次のような川柳があるのですよ。

蛤は 初手赤貝は 夜中なり

これは、どのように読むのでござ~♪~ますか?

「はまぐりは しょて、あかがいは よなかなり」と読むのですよう。

ジューンさんのお話から、「ハマグリ」と「赤貝」が女性のアソコを象徴する代表的なものであるならば、上の川柳はエロいお話に間違いないのでござ~♪~ますわねぇ。

そのように言ってしまったら身も蓋もないのですよう。 確かに、上の川柳はエロいのですよう。 うししししし。。。

でしょう。。。?

でもねぇ~、ただエロいだけじゃない!

つまり、ミーちゃん、ハーちゃん、八っつァん、熊さんの知らない奥深い意味があるのでござ~♪~ますか?

その通りですよう。 まずねぇ、貝は女性器に似ているから、女の子の祭りである「ひな祭り」にハマグリの吸い物がでます。 当然のことだけれど、結婚式の祝いにも蛤のお吸い物が出る。

上の川柳は結婚式の時のものでござ~♪~ますか?

そうなのですよ。

。。。んで、「蛤は 初手」とは、どういう意味でござ~♪~ますか?

婚礼の時、新郎は初めに蛤の吸い物をいただくという意味ですよう。 吸い物として蛤は婚礼の一番はじめにでてくるのです。

。。。んで、「赤貝は 夜中なり」とは?

婚礼の食事も終わり、何もかも済んで、新郎は初夜の床で最後に赤貝をいただくという意味なのですよう。 うしししし。。。

つまり、「赤貝」というのは花嫁さんのアソコでござ~♪~ますか?

そうなのですよう。 「ハマグリ」も「赤貝」も花嫁さんを象徴している。 だから、「ハマグリ」のお吸い物は汁は飲むけれど、絶対にハマグリの実を食べない。

マジで。。。?

だから次のような川柳もある。

“蛤は吸うばかりだと母教え”

「蛤の吸い物はねぇ、実は食べないでぇ、汁だけを吸うのよォ。。。いいわねぇ~?」と、経験豊富な母親が花婿に教えるのですよう。 うししししし。。。

ホントにマジですか?

僕はウソと花嫁の尻は突きません。 (微笑)

つまり、この事を言うために “ハマグリにハマる”というタイトルをつけたのでござ~ますかァ?

いや。。。 それだけじゃないのですよ。 ちょっと次の検索結果を見てください。


(gog50327b.png)

『現時点での検索結果』

「ハマグリ デンマン」と入れて これまでに 僕が どのくらいのハマグリの記事を書いているか調べてみたのですよ。

あらっ。。。 5,770件もヒットするではござ~ませんかア! これだけの。。。、これだけのハマグリの記事を書いたのでござ~ますかア~♪~!?

もちろん、全部 僕が書いたわけじゃありませんよ!

でも。。。、でも。。。、「ハマグリ デンマン」と入れて 5,770件ヒットするということは 例え 10%をデンマンさんが書いたとしても 577の記事を書いたということですわア!

でもねぇ~、 そんなに ハマグリの事を書いた覚えがないのですよ。 だから、僕も ちょっとばかり不思議に思って調べてみたのですよ。 上のリストの緑の枠で囲んだエントリーに注目してください。

“デンマンのブログ”と書いてあるじゃござ~ませんかア!

だけど、僕は、この URL に見覚えがないのですよ。 不思議に思ってリンクをクリックしてページを出してみました。


(rss50328a.png)

『拡大する』

これはデンマンさんが最近 立ち上げたブログなのでござ~ますか?

違います。。。 これは、rssing.com というサイトが めぼしいブログの RSS フィードを集めて勝手に作っているページですよ。

RSS ってぇ、どういうものでござ~ますか?

『ウィキペディア』には、次のように書いてあります。

RSS


(rss90.jpg)

RSSは、ニュースやブログなど各種のウェブサイトの更新情報を簡単にまとめ、配信するための幾つかの文書フォーマットの総称である。

• RDF site summary(RSS 0.9、RSS 1.0)
• rich Site summary(RSS 0.91)
• really simple syndication(RSS 2.0)

上記の様に「RSS」という語には、名称の異なる複数の規格が存在しており、それぞれ記述方法や用途が異なるために、多少の混乱が見られる。

ブログでの更新情報の配信として用いられている場合が大半を占めているが、ニュース配信サイトでは最新ニュースを、放送局では番組情報を、その他各種企業においてプレスリリースや新製品情報、サポート情報を、RSSを使ったヘッドライン情報として配信する事例も増えている。
また、音声データファイルを公開するための方法であるポッドキャスティングにも使われている。


出典: 「RSS」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

つまり、デンマンさんの GOO のブログの更新情報 (http://blog.goo.ne.jp/denman/rss2.xml) をゲットして上のページを表示しているのでござ~ますか?

そうです。 上のページに“ハマグリ”と“デンマン”が出てくるのですよ。 それで 検索結果に出てきたわけです。

要するに、rssing.com というサイトは デンマンさんの GOOのブログの すべてのページをゲットして表示しているのでござ~ますか?

GOO のブログの記事は 9、920件ほどあるのですよ。 3,941件を表示しているのだから、ざっと3分の1ぐらいですね。 上のページは 古い記事から順に 37ページ目なのです。 最も新しいのが 198ページです。


(rss50328b.png)

『拡大する』

デンマンさんに許可を得て表示しているのですか?

いや。。。 勝手にRSSをゲットして 表示しているのですよ。 でも、出所をちゃんと明示しているから 僕には異存はありません。 だけど、“ハマグリにハマ”っている人が 検索してこのブログにやって来ても、ムカつくだけですよ。

どうしてで ござ~ますかァ?

“ハマグリ”は、単語だけ出てくるけれど、ハマグリの話も、赤貝の話も このブログには出てこないからですよ。


(foolw.gif)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。
エッチなハマグリのお話は、このぐらいにして
食べる方のお話をいたしますわァ。

ハマグリは元々の組合せ以外の貝殻とはピッタリと かみ合わないのでござ~ますう。
そこで、結婚式でハマグリの吸い物が出されることが多いのです。
また、「よい伴侶にめぐり合えるように」との願掛けから
ひな祭りにハマグリを潮汁などにして食べる風習がありますわ。


(clam80.jpg)

ところで、“ハマグリのガソリン焼き”というのを聞いたことがござ~ますか?
聞いただけでも、食べられそうにないように思うのですけれど、
これが、なかなかイケルそうなのですわ。

北朝鮮の郷土料理でござ~ますう。
屋外で調理されるもので、日本では「ハマガソ」と呼ばれることもあります。

どのように料理されるのかというと、
生のハマグリの上にガソリンを掛けて 一気に焼き上げるのですわ。
生貝を蒸し焼きにする調理の一種で、意外にもガソリン臭さは無く美味であると言うのです。

一見簡単な調理法でござ~ますが、室内で調理することは禁忌ですってぇ~。。。
現地でも行わないそうです。

燃料を貝の中へ混入させない工夫が必要です。
また、手短に十分加熱するのがコツです。
加熱が十分でないと食中毒の恐れもあります。

引火しやすい燃料を用いるため、火災やヤケドの危険もあります。
さらに、急激な加熱から貝殻が破裂し怪我につながるおそれもあります。

このように、危険がいっぱいなので、調理した後のお味が格別なのかも知れませんわ。
ただし、興味本位でやるのは どうかと思います。
くれぐれも注意して試してくださいまし。

ところで、ハマグリのお話も結構でござ~ますけれど、
たまには古代の日本の歴史についても 探求してくださいませ。

平安史、古代史の記事を用意しました。
ぜひ お読みください。
では。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。


(hand.gif)

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)


(surfing9.gif)


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ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


『外人に乗っ取られた日本?』

『失われたバレンタイン』

『軽井沢夫人@日本王国』

『都知事になれなかった男』

『落選男の正体?』

『カナダはカエデの国なの?』

『海外飛躍遺伝子』

『ふるさとは遠きにありて…』

『芭蕉と遊女の出会い』

『芭蕉と遊女が…あれぇ~!』

『宮沢りえと3723人の観客』

『血のつながり』

『チョー有名な三角関係』

『日本の真ん中』

『デンマンの死@玉淀』

『血の絆』

『イジメられたら?』

『アタマにくる一言をかわすには』

『顔文字がダメなら?』

『日本の一番長い日』

『オルフェと聖徳太子』

『寅さんの本棚』

『平成の紫式部』

『心にしみるウンチ』

『念願のトップページへ』

『愛とロマンの昔話』

『愛とロマンのアクセス解析』

『兄妹の恋のつづき』

『源氏物語エロいの?』

『酒が行って着物目変境』

『日本は外人に乗っ取られたの?』

『ん?ヒトラーはベジタリアン?』

『ふるさとの選挙と黒い霧』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)


(byebye.gif)