Archive for the ‘日本語・諺・格言’ Category

や~らしか方言@坊さん

2017年7月17日

 

や~らしか方言@坊さん

 


(maid05.gif)


(yuien12.gif)


(swan98.png)


(shinran12.gif)


(aerobics5.gif)


(lips.gif)


(laugh16.gif)

(beachbg.jpg+balloons2.gif+spacer.png)



(merange12.jpg)

デンマンさん。。。 あんさんはどないなわけでエッチな方言と坊さんを並べやはったん?


(kato3.gif)

あきまへんかァ~。。。

そやかて、坊さんがこれを見たらムカつきますやん。。。

あのなァ~、坊さんかてぇ 人間やでぇ~、ええ坊さんもおれば エッチな坊さんもおるねん。。。

つまり、あんさんはエッチな坊さんのことをしゃべりはるん?

あきまへんかァ~。。。 (モナリザの微笑)

そやかてぇ~、この記事を読みはる真面目な坊さんはムカつきはりますやん。。。

あのなァ~、真面目な坊さんかてぇ 心のどこかにエッチな心が疼(うず)いているものなのやがなァ~。。。

あんさん! 見てきたようなことをぬかしはると、坊さんの総連合会の会長さんに訴えられますでぇ~。。。

この程度のことで坊さんの総連合会の会長さんはムカつきますかいなァ~。。。

。。。で、どないなわけで、急にや~らしか方言@坊さんというタイトルにしやはったん?

あのなァ~、龍谷大学に学んでいる熊谷勅円(くまがい ちょくえん)君が わての『徒然ブログ』にやって来たのやがなァ~。。。

マジでぇ~。。。?

まず、次のリストを見て欲しいねん。。。


(liv70715a.png)


『拡大する』

『や~らしか方言』

これはライブドアの わての『徒然ブログ』の7月14日の午後7時37分から15日の午前3時10分までの約7時間半の「生ログ」の一部やねん。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しい。

7月14日の午後8時48分にGOOGLEで検索して『や~らしか方言』を読みはったのねぇ~。。。 で、上のリストに貼り出したイラストが熊谷勅円(くまがい ちょくえん)君の似顔絵やのォ~?

そういうこっちゃ~。。。 IPアドレスを調べると次のようなことが分かるねん。。。


(ip195111b.png)

『拡大する』

あんさんは いつもIPアドレスを調べるけど プライバシーの保護のためにアクセス者の名前までは よう判らんようになってるねんでぇ~。。。

そないなことぐらい わてにも分かっておるねん。。。 熊谷勅円(くまがい ちょくえん)君は わてのブログの常連さんやさかいに、「ごっつう 面白かったですう」というメールを書いてくれたのやがなァ~。。。

ホンマかいなァ~? 。。。で、どないして熊谷勅円(くまがい ちょくえん)君は『や~らしか方言』の記事を探しやはったん?

もちろん、次のようにしてGOOGLEで検索しやはってん。。。


(gog70503a.png)


『拡大する』

『や~らしか方言』

『現時点での検索結果』

あらっ。。。 「や~らしか方言」と入れて検索したのやねぇ~。。。

熊谷勅円(くまがい ちょくえん)君は、かつて わてのブログで『や~らしか方言』という記事を読んだことがあったのやがなァ~。。。

どうしてまた探して読む気になりはったん?

あのなァ~、熊谷勅円(くまがい ちょくえん)君は埼玉県の熊谷市の出身で、あの有名な熊谷直実は、彼のご先祖さまなのやがなァ~。。。

熊谷直実


(kumagai01.jpg)

 

熊谷 直実(くまがい なおざね)は、平安時代末期から鎌倉時代初期の武将。
武蔵国熊谷郷(現埼玉県熊谷市)を本拠地とした。
熊谷直貞の次男。

熊谷氏は桓武平氏・平貞盛の孫・維時(これとき)の六代の孫を称するが、武蔵七党の私市党、丹波党の分かれともされ、彰かではない。
直実の祖父・平盛方(もりかた)が勅勘をうけたのち、父直貞の時代から大里郡熊谷郷の領主となり、熊谷を名乗った。

平家に仕えていたが、石橋山の戦いを契機として源頼朝に臣従し御家人となる。
のちに出家して法然上人の門徒となり蓮生(れんしょう / れんせい)と号した。

『平家物語』「敦盛最期」の段における平敦盛との一騎討ちは、直実は敦盛とともにこの故事の主人公として、能の演目『敦盛』、幸若舞の演曲『敦盛』といった作品に取り上げられている。

『平家物語』によれば、この戦いで良き敵を探し求めていた直実は、波際を逃げようとしていた平家の公達らしき騎乗の若武者を呼び止めて一騎討ちを挑む。
直実がむんずと取っ組んで若武者を馬から落とし、首を取ろうとすると、ちょうど我が子・直家ぐらいの齢だった。
直家はこの戦いの直前に矢に射抜かれ深手を負っていたので、直実はその仇討ちとばかりにこの若武者に挑んだのである。

直実が「私は熊谷出身の次郎直実だ、あなたさまはどなたか」と訊くと、敦盛は「名乗ることはない、首実検すれば分かることだ」と健気に答えた。
これを聞いて直実は一瞬この若武者を逃がそうとしたが、背後に味方の手勢が迫る中、「同じことなら直実の手におかけ申して、後世のためのお供養をいたしましょう」といって、泣く泣くその首を切った。

その後、首実検をするとこの公達は清盛の甥・平敦盛と判明、齢十七だった。
討ち死にの折に帯びていた笛「小枝」(さえだ)は、笛の名手として知られた敦盛の祖父・忠盛が鳥羽上皇から賜ったものだという。
これ以後直実には深く思うところがあり、仏門に帰依する思いはいっそう強くなったという。

 


(kumagai02.jpg)


出典: 「熊谷直実」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

熊谷直実は坊さんになりはったのやねぇ~。。。

そういうことやァ~。。。 直実が首を取ったのは、平清盛の甥の17歳の平敦盛やったァ~。 それで後日、深く思うところがあって、坊さんなりはったということやんかァ~。。。

そないな真面目な家系に生まれながら、熊谷勅円(くまがい ちょくえん)君は どないなわけで、またエッチな『や~らしか方言』という記事を探して読みはったん?

あのなァ~、めれちゃんはタイトルからすぐにエッチな事を連想するようやけど、熊谷勅円(くまがい ちょくえん)君はエッチな事が読みたくて再び記事を探して読んだわけやあらへん。。。

それやったら、なんのために『や~らしか方言』を読みはったん?

熊谷勅円(くまがい ちょくえん)君は埼玉県出身やさかいに、関西弁がどうも苦手なのやがなァ~、そいで ときたま大阪弁と京都弁が よう分からんときがあるねん。。。 そやから『や~らしか方言』を再度探して読んだのやでぇ~。。。

それは 可笑しいやん。。。 大阪弁と京都弁の違いを知るために、どないなわけで『や~らしか方言』を読みはるのォ~?

めれちゃんは忘れてしもうたらしいけど、記事の中に次のようなことが書いてあるねんでぇ~。。。

京都弁と大阪弁、どう違う?

 

① よく出てくる尊敬の助動詞「はる」。 京都弁では「言わはる」と動詞の未然形に付きますが、大阪弁では「言いはる」と動詞の連用形に付きます。 これ、大きな違い。

② これもよく使う否定の助動詞「へん」には、京都弁だと「言わへん」と未然形の動詞が付きますが、大阪弁では「言えへん」巳然形の動詞が付きます。

③ 「来ない」は、京都では「きいひん」、大阪では「けぇへん」。


(bipedal.gif)

④ 「するのだ」は、京都では「すんにゃ」、大阪では「すんねや」。

これだけでも違いがわかります。

(動画はデンマン・ライブラリーより)


67ページ 『かわいい方言手帖』
編者: ふるさとナマリ研究会
2005年9月30日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 河出書房新社

つまり、あんさんが記事の中で遣(つか)いはる関西弁は京都弁と大阪弁をごっちゃにしてますやん。。。

あのなァ~、めれちゃん。。。 わても埼玉県出身なのやでぇ~。。。 関西弁は、わてにとって外国語のようなものやねん。。。 そやから、京都弁と大阪弁の違いを勉強せんとあかんなァ~、と思いながら上の本を読んだのやがなァ~。。。

それやったら、もうちょっと 京都弁と大阪弁の違いをはっきりしながら、ごちゃまぜにせぇ~へんで欲しいねん。。。

めれちゃんも、可笑しな関西弁遣ってるでぇ~。。。

あんさんが、代書してはるから、そういうことになるねん。。。 

あのなァ~、言葉は生き物やさかいに、時代と共に変わってゆくねん。。。 そやから、あまり厳しいことを言わんで欲しいねん。。。

つまり、この事が言いたくて、今日の記事を書きはったん。。。

いや。。。 そればかりではないでぇ~。。。 「かわいい」のいろんな言い方が面白いと思うたのやがなァ~。。。

「かわいい」のいろんな言い方


(bouncy.gif)

え~らしい

「愛らしい」のナマリで、主に小さい子どもなどをほめるときに使います。

《例》 ○○さん家の子は、え~らしいなぁ。 (大分)

えちゃけ

「いちゃけ」とも言い、「いたいけない」が変化した言葉とも。
「かわいらしい」「あどけない」というニュアンスで用います。 (石川)

かいらし

「かわいらしい」が変化したもの。
近畿、四国地方で使われています。

《例》 あのこ、ほんまに、かいらし~なぁ。 (大阪)


(britflag.gif)

みじょか

「みぞか」「みぞ~か」「んじょか」とも言い、「かわいらしい」「美しい」という意味。
ちなみに「かわいがる」は「むじょがる(みぞがる)」。 (長崎) 

むじょか

「かわいらしい」の意味で「むぞか」「むぞらしか」とも。
ちなみに佐賀では「むぞ~か」、宮崎では「むじい」を同じ意味で使います。 (熊本・鹿児島)

めんこい

語源は「めぐし(愛し)」。
福島以北の東北・北海道地域で広く使われ、「めごい」(青森)、「めんけ」(秋田)、「めんげ」(福島)、「めんごい」(山形)と変化する地域もあります。
ちなみに「お気に入りのコ」を北海道では「めんこ」。
「めんこめんこする」は頭をなでなですることです。

《例》 この子、めんこいっしょ。 めんこめんこして。 (北海道・東北)

や~らしか

「や~らしか嫁さん」と言われて「エッチな嫁さん」なんて想像してはいけません。
佐賀では、「や~らしか」は「かわいい」という意味です。

《例》 おまえ、や~らしか嫁さんばもろたらしかな。 (佐賀)


(bitegirl2.gif)

赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
イラストと動画はデンマン・ライブラリーより)


53-54ページ 『かわいい方言手帖』
編者: ふるさとナマリ研究会
2005年9月30日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 河出書房新社

ホンマに笑えますやん。 うふふふふふ。。。 「めんこい」という北海道・東北方言は聞いたことがおますけど、「や~らしか」が「かわいい」という意味の佐賀方言だというのんは初耳でしたわァ~。。。

古い言葉には都(みやこ)から遠く離れた地方ほど残ると言われてるねん。 そやから東北と九州には、今も古い言葉がようけい残っていると言うわけやァ。。。 例えば「とぜん(徒然)」という言葉がある。。。

とぜん

語源は『徒然草』(吉田兼好)でおなじみの「とぜん(徒然)」で、本来は「やることもなく退屈だ」という意味ですが、現代では「さびしい」の意味で使われます。
秋田では「とじぇね」、鹿児島では「とぜんね」と変化。

《例》 ひとりになったら、とぜんになってきた。 (宮城)


(dizzy2.jpg)

とぜんなか

「とぜん」に「なか」をつけて、九州流の形容動詞にしたもの(「とぜん」が「ない」という意味ではありません)。
福岡、佐賀、長崎、熊本などではこちらの言い方が主流です。

《例》 なんや、夢やったとか。 とぜんなか。 (福岡、佐賀、長崎、熊本)

赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真と動画はデンマン・ライブラリーより)


50ページ 『かわいい方言手帖』
編者: ふるさとナマリ研究会
2005年9月30日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 河出書房新社

徒然は「つれづれ」と読むもんやと思うていたけど、「とぜん」という読み方もあるねんなァ~?

わても「とぜん」なんて初めて聞いたのやァ。 とにかく、昔、京都や大阪で使い古されて化石になってしもうた言葉が九州や東北では未だに生きているということやんかァ。 言葉は生き物やと言うけれど。。。、『徒然草』の作者・吉田兼好が今、生きてたら、京都ではのうて、おそらく九州か東北の田舎に引っ越すやろなァ。

そないなことより、もっとおもろい方言はあらへんのォ~?

あるがなァ~。。。めれちゃんのために見つけたのやァ! 読んでみィ~なァ。

一生懸命のさまを表す表現


(digger1.gif)

一生懸命にも、その状態を表すさまざまな方言があります。

■ いっぺいっぺ (鹿児島)

■ ばくばく (北海道)

■ ね~らんこ~ら (沖縄)

■ ひっしもっし (岡山)

■ ひっせ~がっせ~ (島根)

■ みっちど (岩手)

■ やっさと (福岡)

(動画はデンマン・ライブラリーより)


127ページ 『かわいい方言手帖』
編者: ふるさとナマリ研究会
2005年9月30日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 河出書房新社

うふふふふ。。。笑えますやん。 日本語ってぇ、方言を含めると奥の深いものですねんなァ~。

そういうことやがなァ~。。。


(laugh16.gif)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。

あなたも知らなかったことがあるでしょう?

ついでに、あなたが知らなかったことをもう一つ。。。

最近 あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”がネットで人気が出ているのですわよう。

うふふふふふふ。。。

ええっ。。。 信じられないというのでござ~ますかァ?

じゃあ、ちょっと次の検索結果を見てくださいまし。。。


(gog60409a.png)

『拡大する』

『現時点での検索結果』

「卑弥子 女性の本当の魅力 ヴィーナスのえくぼ」と入れてGOOGLEで検索する殿方が多いのでござ~ますわァ。

つまり、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”を目当てにやって来るのですわァ~。。。

うふふふふふふ。。。

あなたも、ビックリするでしょう?

ジムに毎日通って“ヴィーナスのえくぼ”をゲットしたのですわよ。


(buttdimp5.jpg)

どうでござ~ますかァ?

ええっ。。。 あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?

どうしてよう?

ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?

あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、
最後には上のようなおヌードになるのですわよう。

信じてくださいましなァ~。。。

ところで、話は変わりますけれど、

かつて、めれんげさんは 一生懸命にブログを更新していたのでした。

でも、時には、他のことに夢中になって、会費を滞納したことがあったのでござ~ますわァ。。。

そのために、サイトを削除されてしまったのです。

それでも、2013年の6月にライブドアで『即興の詩』サイトを再開しました。

めれんげさんの『即興の詩』サイト

再開して間もないのに 検索結果 3,960,000件中の 9位に躍り出るなんてすごいですよねぇ~。。。


(gog30703.gif)

『現時点での検索結果』

現在、めれんげさんは お休みしています。

でも、これからも、ブログを通して「愛のコラボ」を続けて欲しいですよねぇ~。。。

かつて めれんげさんの「即興の詩をはじめました!」の『極私的詩集』サイトは 次の検索結果で見るようにトップを占めていたのです。


(gog30928a.png)

また、ブログを更新して トップに返り咲いて欲しいものです。

ところで あなたは「どうしたら、上位に掲載されるのォ~?」と考えているかもしれません。

その秘訣を知りたかったらデンマンさんが面白い記事を書いていますわ。

次のリンクをクリックして読んでみてください。


(seo001.png)

『おばさんの下着に見るSEO』

話は変わりますけれど、めれんげさんは可愛い猫を飼っています。

あなたも、猫ちゃんを飼っていますか?

ええっ。。。 ワンワンちゃんを飼っているのですか?

そういえばデンマンさんが『ワンワンちゃん』という面白い記事を書いていました。

気が向いたら下のリンクをクリックして読んでみてください。


(dog202.jpg)

『ワンワンちゃん』

とにかく、次回も興味深い話題が続きます。

あなたもどうか、また読みに戻ってきてくださいね。

では、また。。。


(hand.gif)


(surfing9.gif)

メチャ面白い、

ためになる関連記事


(linger49.gif)


■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』

■ 『軽井沢タリアセン夫人 – 小百合物語』

■ 『今すぐに役立つホットな情報』

■ 『 ○ 笑う者には福が来る ○ 』

■ 『あなたもワクワクする新世代のブログ』


(rengfire.jpg)

『ふたりの思い出』

『愛は終わることなく』

『凍りついた心の言葉』

『冠詞の悲劇再び』

『焼き滅ぼさむ再び』

『漱石のラブレターを読みたい』

『森田伸二と即興の詩』

『きみの夢』

『指きり』


(renge62e.jpg)

『あしたみる夢』

『ネット殺人事件』

『失楽園のモデル』

『スパムに追われて』

『心にしるす』

『復楽園がいいの?』

『今をだきしめ想いかなえし』

『きみ待ちわびて』

『朝の来ぬ国』

『離れがたき』

『めれちゃんがいいね』


(kimo911.jpg)

『愛はスミレの花のように』

『思い出の夕顔』

『スミレの花咲く頃』

『クリスマスのコメント』

『消え行く愛など無く』

『ひとりかも寝む』

『レモンと性と愛』

『少女と下着の秘密』

『いとしき言葉』

『無我の愛と自我の愛』

『めれちゃんde人間失格』

『愛@文明開化』

『愛と共感とストレス』

『愛欲と空海』

『きみはやさしく』

『愛の擬人法』

『めれちゃんと南方熊楠』


(rengfire.jpg)

『めれちゃんの人気再び』

『愛はスミレの花よ』

『肥後ずいきで検索』

『加賀の千代』

『千代に再会』

『カフカの銀河鉄道』

『12歳少女の死』

『結婚するの?しないの?』

『浜美枝と宮沢りえ』

『きみのぬくもり』


(babdol6.jpg)

『壁に耳 障子に目』

『もう一つの世界』

『肥後ずいきブーム?』

『阿部定ブーム?』

『ノルウェイの森』

『大奥女中の淫らな恋』

『愛と追憶の謎』

『タンパク質の音楽』

『あげまん女なの』

『SM家畜女』

『めれちゃんと倉持由香』

『肥後ずいきdeビックリ』

『めれちゃん@画像検索』

『めれちゃん@富士山』

『目覚めぬ夢』

『熱烈なファンの軌跡』

『花火とロマン』

『恋に染められ』

『恋に染めごろう』


(sayuri201.jpg)

『皆さん、ありがとう』

『メリエスの銀河鉄道』

『今年こそ自殺したい』

『その手に抱かれ』

『愛と性の秘められた物語』

『シビル・セリグマンと横尾真美』

『石川の郎女@ドイツ』

『目覚めぬ夢なの』

『目覚めぬ夢@プエルトリコ』

『家畜人ヤプー 性と愛』

『美尻を探して…』

『ズロースと乱歩』

『平成悲話』

『パンツが並んだ』

『禁忌の愛を探して』

『淫らな恋を探して』

『オッパイ@アクセス数』

『熱狂的なファンのぬくもり』

『愛と心の構造探して』

『初めての接吻』

『夫婦de風呂』

『私を見つけたのね』


(june24b.jpg)

こんにちはジューンです。

卑弥子さんが面白いお話を集めて

楽しいサイトを作りました。

次のリンクをクリックして

ぜひ覗いてみてくださいね。

■ 『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ


(beach02.jpg)


(byebye.gif)

増長慢

2017年7月10日

 

増長慢

 


(tengu52.jpg)


(tengu51.jpg)


(ireba03.jpg)


(laugh16.gif)

丸亀城


(marugame.jpg)

 

海抜80メートルの小山をそのまま利用して築かれた丸亀城は、造形美の粋をこらした城壁の石垣で名高い。
石垣は、花崗岩の切石を巧みに積みあげたもので、2段、3段の層をなし、山腹を螺旋状に包みこんでいる。

また“扇の勾配”と呼ばれる二の丸の清正流三日月形の石組みは、その名の如く、ひらいた扇のようなゆるやかな曲線を描き、城全体に雄大さと優美さをかもしだしている。

この石垣には、石工・羽重 重三郎の哀話が残されている。
石垣を築くことにかけては名人とうたわれた重三郎は、その名声により、時の領主・生駒親正(いこま ちかまさ)に召しだされ、期待通りの腕をふるって石垣を完成させた。

ある日巡視にきた親正は、高々と聳(そび)えたつ峻険な石垣の出来栄えに感嘆し、
「この石垣を乗り越えるものは、空飛ぶ鳥のほかにはあるまい」
と大いに賞賛した。

有頂天になった重三郎は、うかつにも、
「私ならば、これ一本で登ってみせまする」
というや、かたわらにあった一尺あまりの鉄棒を切石の割れ目にはさみ、するすると頂上までかけ登ったかと思うと、また鉄棒を巧みにあやつって難なく地上におり立ったのである。

唖然とした親正は、その場ではともかく重三郎を誉めたたえたものの、内心では、この者を生かしておいては万一敵に通じた場合、要害堅固を誇る城も危険にさらされるに違いないと胸さわぎを覚えた。

 


(idosoko2.jpg)

 

その夜、親正は重三郎に場内の井戸の底を調べるように命じ、、上から石を落として殺してしまったという。

この話は、とかく増長慢(ぞうちょうまん)になりがちな人間の弱点を戒める教訓として、今日まで伝えられている。

 


(nihonsiro2.jpg)

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


231-232ページ 『日本の城ハンドブック新版』
監修者: 小和田哲男
2005年11月3日 第1刷発行
発行所: 株式会社 三省堂


(ohta03.png)

デンマンさん。。。、どういうわけで“増長慢”にオイラを呼び出したのですかァ~?


(kato3.gif)

あのさァ~、オマエは“増長慢”という言葉の意味を知っているよなァ~?

当たり前でしょう! オイラはこう見えても早稲田の理工学部で数学科に籍を置いて優秀な成績で卒業したのですよ。。。増長慢の意味ぐらい知ってますよ。。。

だったら、意味を言ってごらんよ!

“増長慢”とは、仏教用語であり、「増上慢」と言う人も居ますよ。 意味は、己が悟ったと錯覚し、まさに増長して鼻高々に陥ることです。。。 そのことを持って天狗の鼻は高くなり、「天狗になる」などという言葉も出て来たのです。

オマエは、マジで知っているんだねぇ~。。。

この程度のことは常識ですよ。。。 「増長」とは、思い上がること。 つけあがることですよ。。。 「慢」は、当然、自慢していい気になることです。。。

じゃあ、オマエは、この言葉を聞いて 何か心当たりがあるだろう!?

。。。ん? つまり、オイラが“増長慢”だ、とデンマンさんは断定するのですかァ?

僕が そう断定すると、何か都合が悪いことでもあるのォ~。。。

お言葉ですが、オイラは自分では 一般的な日本人と比べても とりわけ謙虚だと自負しています。。。 うへへへへへへ。。。

オマエは、寝て起きたばかりじゃないよねぇ~。。。

いえ。。。 起きてからすでに半日が経過してますがァ~。。。 オイラが、何か寝ぼけた事を言っているとデンマンさんは妄想したのですかァ~?

あのさァ~、オマエは最近 物忘れが激しくなっただろう?

確かに、日本語が通じなくなってから久しい家内が、時たま そのようなことを口にすることがあります。。。

悪い事は言わないから、近くの高齢者専門のお医者さんに診てもらったほうがいいよ。。。

どうして、そのような事をデンマンさんは言うのですか?

オマエは、恥ずかしげもなく次のような事を 最近、ネット市民の皆様を前にして公開したのだよ。。。

言葉 - この世話がやける手段

F. M. 様

ご無沙汰をしております。お元気でご活躍かと思われますが、その後、F. M. さんは如何お過ごしですか。
引退は、まだ遠いことなのでしょうか。F. M. さんの近況を知らせて頂けませんか。

…(中略)…

以前に、F. M. さんから、私は読者に親切でないから、と書かれてきたのですが、他の人からも指摘されたことに外来語をカタカナで書かないこともあったのでしょう
(私も一方では、ドストエフスキーについて書くときに限って、ロシア文字を書けないので、カタカナを使わざるを得ない、という不徹底さがあり、残念に思っていますが、しかし、日本で働いていたときでも、外来語がラテン文字である限りは、alphabetを混えて技術書を書いておりました。別に誰からもひんしゅくをかいませんでしたが、皆が呆れて諦めていたのでしょう)。

日本では、何故か、英語では、二重母音を長母音(例を挙げればきりがないのですが、informationをインフォメーション)などの理解できない慣例が多く、ドイツ語では母音が続かないときの子音は無声音であるはずなのに(例として、Burgmuelerをブルグミューラア、また、この例では最後のアは不要でしょう)、などの妙な慣習(更なる例として、Schweizerをシュワイツァー、ドイツ語でのwは英語やフランス語のvの発音)が観られますね。
漢字、平仮名、カタカナ、アラビア数字混じりの現代の日本文で、何ゆえalphabetだけが忌避されるのか疑問に思いませんか。
また、Los Angelesをロスなどといって粋がっている輩もおりますが、Losというスペイン語起源の単語は、英語で言うならばtheにすぎなく(但し、男性複数名詞用の定冠詞)、Los Angelesとは、もともとがThe Angelsの意味であるぐらいのことは、alphabetを使っていたならば、そして、最低限の想像力があるならば、推測できてしかるべきことではないでしょうか。
また、ロスアン…ではなく、ロサン…であるべきということにも敏感にならざるをえないですね。
当方での日本人を見ていても、そうした疑問を抱いております。日頃、言葉そのものについて無神経であるから外国語の習得にも苦労するのですね。
そういえば、F. M. さんのsiteを読んでいたとき、W.A. Mozartの<<Requiem>>を「モツレク」などと言語不明瞭意味不明瞭に略すのを批判しておられましたが、日本では、それに限らず、品の無い造語が氾濫しているではないですか。
こうした若輩に迎合するから、新仮名使い当用漢字の夏目漱石や谷崎源氏などの、低きに合わせた日本文化に堕落しつつある、と思われませんか。
私は、親切ではありたいのですが、迎合はしたくないので私の著作を出版できなかったということで、それでは出版を諦めよう、という心境でした。

此処で、今、また、F. M. さんが、私たちの学生時代に、太田君の妥協は妥協のうちに入らないよ、と言っていたことを思い出しております。
もっと重要なことは、これは日本人には限らないのですが、しかし、とりわけ日本人は、自分が曖昧に考えていたことを誰かが適切に表現し、書いてくれたことに同感、共感、評価するに留まることが多いですね。
彼我の違いを悦ばない、余所者を受け付けない、誰々の論理は理解できる、ではなくて、誰々の気持ちは分るわぁ、といった類です。
それが故に、言葉に於いても彼我の差には敏感になれなく、それどころか自分の母国語ででさえ曖昧になり、更に、思考能力の低下をもたらしているのではないでしょうか。
また、そこでは、自分が賛成するかしないかはさておいての他者の論理の自立、論理の終始一貫性なんぞは等閑に附される傾向が無いでしょうか。
それは理屈だよ、理屈に過ぎない、などと言う人は、生涯なんらの自らの論理体系も形成せずに終るのではないでしょうか。
それでは、ドストエフスキーの小説の登場人物(例えば、<<カラマーゾフの兄弟>>のイワンなど)の思い、自分は、ぎりぎりのところ、こうとしか考えられないけれど、それでは自他が辛すぎる。

むしろ自分が間違っていたらならばよいのだが、のような煩悶、苦悩、願望の弁証法の片鱗も理解できないでしょう。
私は、傲慢な私に戻ったようです。しかし、日本人の謙遜、謙譲のgestureというものは、多くの場合、何のこと無い、自己保身にすぎないのではないでしょうか
(それは、当方の世間、世界では通じない甘えですので、二、三を除いては、こちらの日本人との付き合いは無くなってきました)。
私は、何もかも此方の方がよいとしているわけではありませんが、傲慢になったついでに書きますと、私は、私が書き続けた著作には、高い水準で、日本では、いや世界では始めての見解が此処彼処に読みとれられる、と自負しているのですが、反面、読み手から反応が少ないのは私が浅学で夜郎自大だからかなのだろうか、と小心な私は一方で首を傾げておりますが、如何でしょうか。


赤字はデンマンが強調)
108-109ページ
『書簡集』より

確かに、オイラは『書簡集』の中で上のように書きました。。。 それが、デンマンさんの気に障ったのですかァ~?

あのさァ~、オマエの書いたものは、外国語をカタカナで書かずに、アルファベットをそのまま書き込んでいるので誰からも拒否されて出版できなかったのだよ! それで、オマエ自身が書いている! 「オイラは親切ではありたいのですが、迎合はしたくないのでオイラの著作を出版できなかったのです」 オマエはちゃんと自覚しているのだよ!

うへへへへへ。。。

そのように うすら馬鹿笑いしている場合じゃないのだよ!

その事と“増長慢”は関係ないでしょう!

あるのだよ。。。 言うに事欠いて次のようにネットで公開したら、多くのネット市民の皆様が呆れてしまうのだよ!

 


(ireba03.jpg)

私は、何もかも此方の方がよいとしている

わけではありませんが、傲慢になったついでに

書きますと、私は、私が書き続けた著作には、

高い水準で、日本では、

いや世界では始めての見解が

此処彼処に読みとれられる、

と自負しているのですが、

反面、読み手から反応が少ないのは

私が浅学で夜郎自大だからかなのだろうか

と小心な私は一方で首を傾げておりますが、

如何でしょうか。

 

オマエは恥ずかしげもなく、身の程知らずに このように書いているのだよ!

あのォ~。。。 もしかして上の部分を読んで西田 芽理亜(にしだ めりあ)さんも呆れ果ててしまったのですか?

 

『悪名と名声』

 

あたり前田のクラッカー!

デンマンさん! 40年前のギャグを言うのはやめてください!

とにかく、恥知らずにも、ここまで書いてネットで公開したら、これを読む多くのネット市民の皆様は、呆れるばかりじゃない! 

呆れるばかりじゃないということは、どういうことですか?

もしだよ。。。 ノーベル賞に「大馬鹿部門」が設けられていたら、オマエは第1回のノーベル賞大馬鹿野郎になれるよゥ!

オイラが書いたことはそれほどすごいことなのですか?

そうだよ。。。 でも、オマエが上の文章をネットで公開してくれたおかげで、僕はこの記事を書くことができる。。。 そうでないかぎり、この記事を読んでくれるネット市民の皆様は、オマエのような変わった人間が居ることを絶対に信じないと思うよ。。。

オイラは、それほどすごい人間だとデンマンさんは信じてくれるのですか?

そうだよ。。。


(smilerol.gif)


わァ~~ うれしいなあああァ~。。。

やはり、仏のデンマンさんは

すばらしいです。。。

デンマンさんがオイラを

すごい人間だと認めてくれました。

オイラは日本語が分かる

130ヵ国のネット市民の皆様にも

知れ渡ってしまうのです。。。

 

海外からのアクセス

 


(wp70707map.png)



(wp70707.png+wp70707b)

『葛飾北斎と太田将宏』@Denman Blog

 

もう こうなったら、スキップしてしまおう!


(smilejp.gif)

ワぁ~♪~ うれしいなあああァ~。。。

コスタリカ(Costa Rica)の首都の

サンホセ(San José)に滞在している

出口 亀雄(でぐち かめお)君も

読んでくれるのです。


(costa04b.jpg)

『おばさんパンツ@サンホセ』


(smilejp.gif)

ワぁ~♪~ うれしいなあああァ~。。。

ルンルンル~♪~ン

ランランラ~♪~ン

もひとつおまけにィ~

ルンルンル~♪~ン

ランランラ~♪~ン

オイ!。。。 オイ!。。。 いつまでも喜んでいる場合じゃないのだよ!。。。 まだ、僕の話は終わっちゃいないのだよ。。。

あれっ。。。 まだ他にも言いたいことがあるのですかァ~?

あるのだよ。。。 オマエは 何を血迷ったのか婆(ばあ)さんに成りすまして次のコメントを書いたのだよ。。。

Identity theft をなさった

デンマンこと加藤明様について(改訂版)

by I. A.

太田将宏批判 哀れで愚かで孤独な老人 成りすまし老人 嫌われる太田将宏 孤立した太田将宏
(grandma9.jpg)

デンマン注

スピーカーをONにして 上の写真をクリックしてください。

太田将宏が ばあさんに成りすまして笑います。
別窓が開きます。 この男はオツムの回転が鈍いので
笑うまでに少し時間がかかります。

とにかく、虫唾(むしず)が走るようなうウザったい笑いです。
あなたも笑えますよ。 (爆笑)

2016-05-28 05:30:05

 

まだ、デンマンこと加藤明さんは、まるで狂犬病に罹った犬のように相変わらず吠え続けているのですね。

皆様、まずは、以下の駄文を読んで頂けますか。


(foolw.gif)

オイ! 太田将宏。。。オマエは相変わらず馬鹿だね!

どんな人物に成りすましても、このような愚かな極めて長い同じ内容のコメントを書くのは太田将宏しかいないのだよ!

愚か者! (爆笑)

オマエがこれまでに書いた すべてのコメントのIPアドレスは 次のアドレスなんだよ!

99.244.57.104

オマエは愚劣にも恥の上塗りをしているのを理解していない孤独で愚かな老人に成り下がってしまったのだよ!
実の娘にも、心優しい奥さんにも相手にされない、
愚かで哀れなもうろく爺さんになってしまったのだよ!
きゃははははは。。。


(laugh16.gif)

今、愚劣なオマエに付き合っている暇がないのだよ! (微笑)
大切な人に会っている最中なのだよ!
僕は孤独で愚かな老人のオマエとは違って
たくさんの大切な友人、知人、親戚の人たちに恵まれているのだよ!
ぎゃはははは。。。

オマエのような愚か者に こうして返信を書いている時間は、本来ならばもったいないのだよ!
でも、オマエのような愚か者と違って紳士の僕ちゃんは、オマエが愚かにも、同じ内容のたくさんのコメントを書きまくっているので、このままほおって置くと、愚かなオマエが、ますます愚かな行為を続けると思うので、仕方なくこうして返信を書いているのだよ!(爆笑)

そのうち大切な人たちと会って、時間のゆとりができたら、じっくりとオマエに関する記事を書くつもりなのだよ!
だから、同じ内容のコメントを もうこれ以上書くのをやめろよな!
オマエも、できたら、愚かな事を止めて、田舎者じゃなく紳士になれよな!

僕ちゃんのコメントを次の記事の中で引用したので読むように!


(paris29.jpg)

『きみ待ちわびて』

 

僕ちゃんの記事はたくさんの人に読まれるけれど、オマエの書いた愚劣なコメントなど真面目に読む人などいないのだよ!
オマエはネットでは、太田将宏という愚かな悲しい哀れで孤独な老人として知れ渡っているのだよ!
きゃははははは。。。

じゃあ、僕がオマエの記事を書くまで、元気にこの世に居て欲しい!
最後に、ぎゃはははははは。。。


(laughx.gif)

 

太田将宏批判 哀れで愚かで孤独な老人 成りすまし老人 嫌われる太田将宏 孤立した太田将宏

皆様。
妥協して、彼の想像から推測まででは、まあ、正常と致しましょうか。

でも、推測から空想、それが空想であることを自覚しているならば正常なのでしょうが、
彼としての曖昧さのために続く空想から妄想、その妄想についての自覚なんぞが全く無いので異常、つまりparanoiaに陥るのですね。

彼、デンマンこと加藤明様が書いていることを引用すると、
それだけでこちらの手が汚れるような気がしますので、
以下、ただの一例だけに致しますが、彼が言う、「孤独で愚かな老人」、
「実の娘にも、心優しい奥さんにも相手にされない」というのには、
太田さんを含めて私たち四人で大笑いを致しました。

まずは、太田さんが「実の娘にも、…、相手にされない」とのことですが、それはデンマンこと加藤明様の勝手な想像なのです。

二人の娘さんはUSAで働いていらっしゃるのですよ。
互いに忙しく、娘さんに度々会えないのは当然ではないですか。
まあ、empty nestでの寂しさがあるにしても「相手にされない」というわけではありません。

次に、彼の奥様についてなのですが、「心優しい奥さん」ですって???
太田さんの奥様が「加藤明さんの揉み上げを見ると虫唾が走る」と仰っていたのを太田さんが宥めて、
時おりでしたが、デンマンこと加藤明様を家に招き、
デンマンこと加藤明様が好きだという茶碗蒸しを用意させていた時期もあったことなどを


(chawan001.jpg)

デンマンこと加藤明さまが知る由も無いので仕方がないにしても、
太田さんの奥様が「心優しい」のは確かなのですが、
それにしても、デンマンこと加藤明様は知らぬが仏の三文道化師だったということですね。

此処からが重要なのですが、そもそも、他人の夫婦の機微や親と娘との関わりに、
もはや関係の無いデンマンこと加藤明様なんぞに、
あること無いことを出過ぎた態度で口汚く論評する資格はなかったでしょう。

加えて「僕は孤独で愚かな老人のオマエとは違ってたくさんの大切な友人、
知人、親戚の人たちに恵まれているのだよ!ぎゃはははは」ですって?!?。

デンマンこと加藤明様は自分を棚に上げていますが、彼こそが実年齢だけではなくて、
仲間内の幼児性を加えた「愚かな老人」ではないですか。

太田さんの方は、実年齢はともかくとしても、知的水準のみならず、
未だ溌剌とした現役のskierなのですよ。


(ski88.jpg)

更に重要な一般論として、そもそも、幸、不幸なんぞは誰もの人となりとは関係の無いことでして、
たとえ仮に誰かが孤独で不幸な人であったとしても、
それをデンマンこと加藤明様のような人が自分の方が孤独で不幸な人な人より
優位にあるなどと勘違いして、その軽薄な結果論で孤独で不幸な人をあげつらうことこそが、
皆様、さもしい彼らの品性ではないですか。

いえ、デンマンこと加藤明様は、品性のみならずに、
それら一切の区別、けじめがつかない程度の頭脳の持ち主ということなのではないですか。

要するに、デンマンこと加藤明様の為している全ては、
妄想にしか基づかないで他人を中傷すること自体を目的とするという卑劣な個人攻撃ですね。

奇妙なことに、いつぞや、デンマンこと加藤明様自身が太田さんに
「個人攻撃は良くない」などと抗議していたことがありましたが、
デンマンこと加藤明様は自分自身が何を言っているかすらも分かっていないのでしょう。

太田さんは事実に基づいて中傷などすることなしに抗議していたのです。
私たち三人も同様でしたが、デンマンこと加藤明さんよりも
私たちの方がparanoiacと皆様に思われないように、

この辺りで私もA. I. と同様に一時休止致しておりましたが、
もしかしたら、多分、もう、このような人、デンマンこと加藤明さんなどを相手にすることは、
私たちの人生での貴重な時間の無駄になるので止めようか、
と皆で話し合うことを提案するかもしれません。

 

I. A.


『孤独で寂しい太田将宏(PART 1 OF 3)』のコメント欄より

オイラが上の婆さんに成りすまして上のコメントを書いたとデンマンさんは断定するのですか?

その通りだよ。。。 詳しいことは次の記事で書いたので、もう一度読んでごらんよ。。。

『悪名と名声』

オマエは一人で道化師を演じてネット市民の皆様の笑いモノになっているのだよ。。。

マジで。。。?

あのさァ~、オマエは自分でも「こちらの日本人との付き合いは無くなってきました」と上の『言葉 - この世話がやける手段』の中で書いている。。。 つまり、オマエはトロントの日本人仲間の中では言わば“村八分”になっていたのだよ。。。

それは、“誹謗・中傷”です。。。

オマエが自分で書いてるのだよ!

“村八分”にされたとは書いてません。。。

だから、客観的に見ると、そうなのだよ。。。 オマエは自分で都合のいいように書いているだけなんだよ。。。 しかも、滑稽なのは、オマエは自分が書いた内容について2度、3度と読み返して推敲(すいこう)しようとしていない。。。

その証拠でもあるのですか?

あのさァ~、オマエは婆さん成りすまして「デンマンこと加藤明様が好きだという茶碗蒸し」と書いているけれど、この事実を知っているのは、オマエと心優しい奥さんの二人しかいないのだよ! 


(chawan001.jpg)

それ以外のトロントの日本人に僕は話したことがないのだよ。

マジっすかあああァ~。。。?

だから、オマエは愚かな道化役者だと、僕は言うのだよ! 5人に成りすまして僕の記事に嫌がらせのコメントを書いていることが、すぐにバレてしまうのだよ。。。

ついつい うっかりして 他の人が知らないことまで書いてしまいました。。。 やっぱり、完璧な人間は居ないという証拠ですねぇ~。。。 うへへへへへへ。。。

そうやって、うすら馬鹿笑いを浮かべて話題を変えようとしている場合じゃないのだよ。。。。

まだ他にも言うことがあるのですか?

あるのだよ。。。 オマエは婆(ばあ)さんに成りすまして次のようにも書いている!

 

太田将宏批判 哀れで愚かで孤独な老人 成りすまし老人 嫌われる太田将宏 孤立した太田将宏

太田さんの方は、実年齢はともかくとしても、

知的水準のみならず、

未だ溌剌とした現役のskierなのですよ。


(ski88.jpg)

オイラは、上の文章の中で 何か可笑しな事を書いてますかァ~?

あのさァ~、普通の日本人は このような文章の中でskierというアルファベットの英単語をまず書かないものなのだよ! スキーとかスキーヤーというのは、すでに日本語になっている! だから、オマエ以外に、skier と書く人は、まず居ないのだよ!

やっぱり外来語はカタカナで書くべきなのですか?

オマエ以外の日本人は99パーセントが、そう思っているはずだよ。。。

分かりました。。。 これから気をつけたいと思います。。。 バレないように。。。

それに、普通の日本人のネット市民の皆様は、オマエがプロのスキーヤーでもないのに、何で「未だ溌剌とした現役のskierなのですよ」と書いたのか理解に苦しむと思うのだよ。。。

どうしてですか?

あのさァ~、プロのスキーヤーの三浦雄一郎氏が、そのように書けば80歳を過ぎているのに たいしたものだ、と読む人は感心するかもしれないけれど。。。 オマエは時代遅れの大型コンピューターのプログラマーして退職後何もすることがなくて、5人に成りすまして嫌がらせのために、僕の記事にコメントを書きなぐっていたのだよ。

つまり、プロ・スキーヤー以外の人が「溌剌とした現役のskierなのですよ」と書くことは禁止されているのですか?

別に禁止されてないけれど、オマエの場合だったら、「時代遅れの大型コンピューターのプログラマーとしてはすでに退職したものの、未だ溌剌とした現役のプログラマーとして、周りの人から馬鹿にされながらも、一生懸命にプログラムを組んでいます」と書くのが知的で教養のあるやり方なのだよ。。。

でも。。。、でも。。。、オイラは趣味のスキーをやっていますが、そのスキーのテクニックはプロ級なのですよ。。。

だから、それがオマエの増長慢なのだよ! オマエだけが、そう思い込んでいる! 実際、オマエの家で心優しい奥さんが自ら作ってくれた茶碗蒸しを食べていると、オマエは酒を飲んでほろ酔い気分になったところで、急に次のように言ったのだよ!


(ireba03.jpg)

私は、デンマンさんが旨そうに

茶碗蒸しを食べているのを

妨害するつもりではありませんが、

ほど良く ほろ酔い気分になったついでに

言いますと、私は、素人ではありますが、

スキーにかけてはプロも驚くほどの

上達を成し遂げて

日本でも、 いや世界でも通用するような

スキーヤーだと自負しているのです。

反面、聞き手の反応が少ないのは

私が浅学で夜郎自大だからかなのだろうか

と小心な私は一方で首を傾げております。

これを聞いた心優しい奥さんは、「内の宿六は、ほろ酔い気分になってまた 悪い癖が出て 増長慢になり 誰も興味のない自慢話をし始めた! 恥ずかしい思いをするのは、いつも私なのよ!」 と僕に言ったのだよ!

マジで。。。?

オマエは、都合悪い事は忘れてしまうけれど、そういうことが度々(たびたび)あったので、現在、オマエと奥さんとの関係が次のように成ってしまったのだよ!

私は、この曲集を書き終えたとき、老人見習いから、正真正銘の老人になるのではないか、と思うこの頃である。
真の老人とは、もはや、失うべき何ものも無くなった人のことを言うのではないか。


長女は、私から去った。
次女は、中立を保つ為に、この家に寄りつかない。

家内と言えば、

日本語も通じなくなってから

何年にもなる。

私には、S.Kierkegaard の言った、一番易しく一番難しいこと、すべてを捨てること、が、案外、無理なくできるのではないか。
いや、その時には、捨てるべき何ものも見当たらなくなった境地であろう。

その意味では、老人になる前に、不慮の死で亡くなった人は気の毒である。
私は、若い時に、死ぬのはいいが風邪をひくのは嫌だ、などと言って、粋がって与太をほざいていた。
今も、願わくは、あまり苦しむことなく死を迎えられたなら、それにこしたことはない、と考えている。

Kierkegaard は、また、永遠とは有限が無限に出会う瞬間である、と言っていた。
私の人生に、かつて、そのような瞬間があったであろうか。
いや、それもまた、超越の命題であろう。

私の人生は、無明に迷ったそれに終わるのかもしれない。
しかし、私の背後には、母の祈りがあった。

ある麻薬中毒患者が、お母さん、僕は、こんな遠くまで来てしまった、と淋しげに呟いていたが、私は、麻薬中毒者ではないけれど、その気持ちが解かっている、と思う。
どのみち、人生は、rehearsal無しの、ぶっつけ本番なのである。

しかし、私は、F.M.Dostoevsky の「白痴」にある、あの「イッポリトの告白」に書かれているように、もし、生まれる前に、この条件を知らされていたとしたならば、私は、生まれるてくることを肯(がえ)んじなかったであろう、とは思っていない。
私は、感謝して死ねるように、今からでも、心の準備をしておこう。

S.D.G

コーダ(蛇足):

私の懐疑なるものが、深いのか、深くないのか、私自身も知る由もない。
仮に、深かったとしても、そもそも、懐疑の深さというものは、誇るべきものであるのか、という疑問が残る。


【デンマン注:】 改行を加え読み易くしました。あしからず。

S.Kierkegaard: キルケゴール (1813-1855) デンマークの哲学者

S.D.G.: Soli Deo Gloria (ラテン語) To God Alone the Glory(英語) 神に栄光あれ。

F.M.Dostoevsky: ドストエフスキー (1821-1881) ロシアの小説家・思想家


56ページ Michel-Richard de Lalande
『後奏曲集(後書きばかり)』 作品3
著者: 太田将宏
初版: 1994年1月 改定: 2006年9月

『馬鹿やって人気?』にも掲載
(2015年8月18日)


(foolw.gif)

【レンゲの独り言】


(manila07.gif)

ですってぇ~。。。
あたしは、太田さんの娘さんにも、奥様にもお会いした事はありません。

でも、娘さんは、二人とも アメリカで女医さんになっているほどですもの。。。
娘さんにしても、奥様にしても、決して悪い人ではないと思いますわ。

それなのに、太田さんは 娘さんとも、奥様ともうまくやっていないという事は、
太田さんに、問題があると思うのです。

あなたは、どう思いますか?

とにかく、ネットには “めちゃキモい”人たちがウヨウヨしています。
太田将宏さんは、まだ良い方ですわ。

中には、まるで得意になって、愚かな事をして遊んでいる オツムの足りない人たちがたくさん居ます。
また、見かけは普通のブログでも、悪徳スパマーが手を変え品を変えて 悪徳サイトへ誘い込もうとしています。

スパムコメントで褒められると、ついついその気になって、
相手のブログへ飛んでゆき、お返しに、あるいはお礼にと思って 読者に登録してしまったりするものですわァ。
どうか スパマーの思う壺にはまらないでくださいね。

悪徳スパマーは悪徳サイトへ誘おうと
てぐすね引いて待っているのですから。。。

悪徳サイトを利用して、
メールアドレスで登録したりすると、
あなたのメールアドレスは第3者や第4者に売られてしまう危険性があります。

あなたは、そのようなスパム・コメントや 成りすましスパマーには騙されないと思い込んでいるでしょう?
でもねぇ~、もしかすると騙されているかもよ。。。

とにかく気をつけてくださいね。

次回も、さらに面白い話題が続きます。
あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてください。
では。。。


(hand.gif)

あなたが絶対、

見たいと思っていた

面白くて実にためになるリンク


■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『興味深い写真や絵がたくさん載っている世界の神話』

■ 『現在に通じる古代オリエント史の散歩道』

■ 『見て楽しい、読んで面白い 私版・対訳ことわざ辞典』

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)

■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『あなたもワクワクする新世代のブログ』

■ 『ちょっと心にぐっと来る動物物語』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Godiva Sayuri
(godiva05.jpg)

■ 『軽井沢タリアセン夫人 – 小百合物語』


(yuri02.jpg)

■ 『相変わらず馬鹿か?』

■ 『馬鹿やめたのね?』

■ 『馬鹿やめて久しぶり』

■ 『馬鹿やって人気?』

■ 『悪事千里を走る』

■ 『悪縁を断つ』

■ 『失意の太田将宏』


(hooker08.gif)

■ 『悪縁を切れ!』

■ 『心の平穏』

■ 『レモンと孤独な老人』

■ 『乙女の祈りと老人』

■ 『ピアノとお座敷老人』

■ 『孤独で寂しい太田将宏』


(yuri03.jpg)

■ 『クラシックを愛すれど』

■ 『女性を愛せない老人ボケ』

■ 『ボダとキレた老人』

■ 『母という病』

■ 『日本人は嘘つき』


(satomi02.jpg)

■ 『マジでピッタリ!』

■ 『成りすまし老人』

■ 『バカな大人にならない』

■ 『成りすまし老人の告白』

■ 『だまそうとする老人』

■ 『バカの壁の増設』

■ 『ウソの雪ダルマ』

■ 『知らずの自分史』

■ 『新渡戸稲造と太田将宏』

■ 『ショーペンハウエルと太田将宏』

■ 『ホーキング博士と太田将宏』

■ 『加藤清正と太田将宏』

■ 『老人の性と太田将宏』

■ 『ノブレス・オブリージュと太田将宏』

■ 『世渡りの道と太田将宏』

■ 『フェアプレーと太田将宏』

■ 『ネット恋愛と太田将宏』

■ 『日本語と太田将宏』

■ 『坊主の袈裟と太田将宏』


(hokusai08.jpg)

■ 『葛飾北斎と太田将宏』

■ 『女の性的飢餓感』

■ 『敵に塩を送る』

■ 『虚構とウソ』

■ 『手紙と絶交』

■ 『短気は損気』

■ 『不思議な日本語』

■ 『乙女の祈りだわ』

■ 『自作自演じゃないよ』

■ 『マリリンdeアイドル』

■ 『マリリンに誘われて』

■ 『かい人21面相事件』

■ 『悪名と名声』

■ 『嘘を書く日記』


(juneswim.jpg)


(byebye.gif)

忘れられた歴史ロマン

2017年6月30日

 

忘れられた歴史ロマン

 


(asura2.jpg)


(5daidou.jpg)


(japan13.jpg)


(hime003.jpg)


(himiko22b.gif)

デンマンさん。。。 “忘れられた歴史ロマン”というのは、マジで忘れられてはならないような素晴らしい歴史ロマンなのでござ~ますかァ~。。。?


(kato3.gif)

そうです。。。 僕は、そう信じてます。

デンマンさん以外にも、そう信じているネット市民がいるのですかァ~?

居るのですよ。。。 仙台に住んでいる宮田 由佳里(みやた ゆかり)さんという女性です。。。

あらっ。。。 デンマンさんが学生時代にナンパした女性でござ~ますかァ?

卑弥子さんは すぐにそういう淫らな発想をするのですねぇ~。。。 

あらっ。。。 いけませんでしたかしらァ~。。。 おほほほほほほ。。。

あのねぇ~、僕が青春時代を過ごした仙台では、当時 ナンパは流行(はや)らなかったのですよ。。。 そういうわけで、僕は極めて真面目で品行方正な青年だったのです。。。

ちょっと信じられませんわァ~。。。

昔の人は“信じる者は救われる!”と言ったのですよ。。。 だから、卑弥子さんも僕の言う事を信じて救われてくださいねぇ~。。。

分かりましたわァ~。。。 これ以上、このお話を続けると、せっかくデンマンさんの記事を読もうとなされたネット市民の皆様が他のブログへ飛んでしまいそうですから、本題に入ってくださいませぇ~。。。

じゃあ、さっそくIPアドレスを調べた結果を見てください。


(ip22565b.png)

『拡大する』

あらっ。。。 宮田 由佳里(みやた ゆかり)さんという女性は、夢見心地を絵に描いたような おきれいな方ですわねぇ~。。。 

宮城学院女子大学に通っている日本文学科の4年生なのです。


(miyagal01.png)


(bungakuka3.jpg)

デンマンさんのブログを訪れる女性は、どうしていつも決まって おきれいな方なのでござ~ますかァ~?

あのねぇ~、そういう事を詮索すると、長い記事が、さらに長くなるので、素直に見たままを信じてくださいねぇ~。。。

分かりましたわ。。。 デンマンさんが そのようにおっしゃるのであれば、しつこいツッコミは入れないようにいたしますわァ~。。。 で、宮田 由佳里(みやた ゆかり)さんは、どのような歴史ロマンを見つけたのでござ~ますか?

ちょっと次のリストを見てください。


(liv70626a.png)


『拡大する』

『枕詞とロマン』(PART 1)

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の6月25日の午後10時29分から翌日の午前3時20分までの約5時間の「生ログ」の一部です。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しいのですよ。

あらっ。。。 6月25日の午後10時40分にGOOGLEで検索して『枕詞とロマン』をお読みになったのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。

。。。で、宮田 由佳里(みやた ゆかり)さんは どのようなキーワードを入れて検索したのでござ~ますかァ?

次のように「枕詞 ロマン」を入れて検索したのです。。。


(gog70626b.png)


『拡大する』

『枕詞とロマン』(PART 1)

『現時点での検索結果』

82,800件ヒットするのですわねぇ~。。。 宮田 由佳里(みやた ゆかり)さんは 赤枠で囲んだタイトルをクリックしたのですかァ?

そうです。。。

でも。。。、でも。。。、歴史ロマンと言うよりも なんだか“万葉ロマン”のようですわねぇ~。。。

卑弥子さんは、どうして歴史ロマンと言うよりも“万葉ロマン”だと思うのですか?

だってぇ~、宮田 由佳里(みやた ゆかり)さんは“枕詞”をいれて検索しているではござ~ませんかァ!

枕詞 (まくらことば)


(aoniyoshi.jpg)

 

おもに和歌でその言葉の前に添えて・修飾する(語調を整える)一定の言葉。

五音節のものが多い。

【例】 「あまざかる」が「ひな」にかかるなど。

三省堂 『新明解国語辞典 (第二版)』より

あのねぇ~、枕詞の中には“歴史ロマン”とマジで関係のあるものがあるのですよ。。。

例えば。。。?

「つぼのいしぶみ(壷の碑)」という耳慣れない枕詞があるのですよ。。。 次の記事で取り上げたことがある。。。

『日本の真ん中の町』

 (2009年5月13日)

“壷のいしぶみ”というのは枕詞なのでござ~♪~ますか?

やだなあああぁ~。。。卑弥子さんは京都の女子大学で「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授なのですよう。 古典文学の研究者として“壷のいしぶみ”が枕詞の一つだと言う事ぐらい知っていて欲しいなあああぁ~。。。

 


(saruochi2.jpg)

サルも木から落ちる

弘法も筆の誤り

上手の手からも水が漏る

 

デンマンさんがいつもおっしゃっているように完璧な人など居ないのでござ~♪~ますわよう。 あたくしは、うっかり忘れていたのですわア。

つまり、ど忘れしていたのですか?

そうでござ~♪~ますわ。おほほほほ。。。

なんだか、卑弥子さんは全く知らなかったように見えますよう。

そのような事は詮索しないでくださいなァ~。。。 でも、「つぼのいしぶみ(壷の碑)」は5音節ではござ~♪~ませんわ。 7音節ですわよう。 それで、あたくしのオツムから抜け落ちていたのですわ。 ォほほほほ。。。

うん、うん、うん。。。確かに言われてみれば、7音節で例外的ですよね。僕が高校の古典で勉強した次の歌などはあまりにも有名だけれど、5音節です。


(yae2.jpg)

あおによし奈良の都の八重桜

けふ九重ににほひぬるかも

あおによし奈良の都は咲く花の

にほふがごとく今盛りなり

両歌とも 小野老 (おののおゆ) による

出生不詳
737年没
奈良時代の歌人。
姓(かばね)は朝臣(あそみ)。

719年(養老3)正月従(じゅ)五位下、720年10月右少弁となり、729年(天平1)3月従五位上(『続日本紀』)。
このころ大宰少弐(だざいのしょうに)となって九州に赴任(『万葉集』)。

以後731年正月正五位下、733年3月正五位上、734年正月従四位下に昇進、737年6月大宰大弐在任中に没した。
777年(宝亀8)の遣唐副使小野朝臣石根(いわね)の父(『続日本紀』)。
天平(てんぴょう)初年大宰少弐時代の短歌3首が『万葉集』にみえる。

あおに‐よし 【青丹よし】 (あをにーよし)

〔枕〕(ヨもシもともに間投助詞)「奈良」「国内(くぬち)」にかかる。
奈良に顔料の青丹を産出したことが秘府本万葉集抄にみえるが、事実か伝説の記録か不明。
一説に、「なら」に続けたのは顔料にするために青丹を馴熟(なら)すによるという。


『広辞苑』より

デンマンさんの思い違いではござ~♪~ませんか?

間違いではありませんよう。 ウィキペディアにも次のように書いてあるのですよう。

つぼのいしぶみ (壷の碑)

 

「つぼのいしぶみ」とは、坂上田村麻呂が大きな石の表面に、矢の矢尻で文字を書いたとされる石碑で、歌枕でもある。

比叡山で修学した僧・顕昭(けんしょう)が鎌倉時代の初期に書いた歌学書・『袖中抄(しゅうちゅうしょう)』の19巻では「みちのくの奥につものいしぶみあり、日本のはてといへり。但、田村将軍征夷の時、弓のはずにて、石の面に日本の中央のよしをかきつけたれば、石文といふといへり。信家の侍従の申しは、石面ながさ四五丈計なるに文をゑり付けたり。其所をつぼと云也」とある。

つぼの碑のことは多くの歌人が和歌に詠った。
藤原清輔,寂蓮法師,西行法師,慈円,源頼朝,藤原仲実,和泉式部,南部重信,高山彦九郎,岩倉具視,大町桂月らがこの碑のことを詠っている。

内容はいずれも「遠くにあること」や「どこにあるか分からない」ということをテーマにしている。
数多くの人がこの碑のことを詠ったため、有名な石であったが、どこにあるか不明であった。

 

多賀城碑壺碑説

江戸時代の初め頃、多賀城跡付近のある市川村で石碑(多賀城碑)が発見された。
この碑は発見当初から壺の碑であるとされ、当時の記録に残っており(『国史舘日録』など)多くの拓本もとられた。
松尾芭蕉はこの碑を「壺の碑」とし、奥の細道の旅中にここを訪れている。


(basho07.jpg)

「多賀城碑」の傍らに建つ芭蕉句碑

 

一方、菅江真澄らは文面や距離的な問題から壺の碑ではないと主張し、明治時代にも論争を呼んだ(多賀城碑偽作説)。
田村麻呂が到達している地点であることは事実と一致するが、袖中抄にあるような、日本の中央のよしを書いたということ、「つぼ」という地名や四、五丈(12~15メートル)の石に書いたという記述と一致しない。

多賀城碑が壺の碑と結びつけられたのは江戸時代のことであり、当時は古来からの歌枕を自領に置こうという動きがあった。
多賀城碑が壺の碑となったのも仙台藩の強い意図があったと言われている。

 

南部壺碑説

青森県東北町の坪(つぼ)という集落の近くに、千曳神社(ちびきじんじゃ)があり、この神社の伝説に千人の人間で石碑を引っぱり、神社の地下に埋めたとするものがあった。
このため、明治天皇が東北地方を巡幸する際に(1876年)、この神社の地下を発掘するように命令が政府から下った。
神社の周囲はすっかり地面が掘られてしまったが、石を発掘することはできなかった。

1949年6月、東北町の千曳神社の近くにある千曳集落の川村種吉は、千曳集落と石文(いしぶみ)集落の間の谷底に落ちていた巨石を、伝説を確かめてみようと大人数でひっくり返してみると、石の地面に埋まっていたところの面には「日本中央」という文面が彫られていたという。
この地区には田村麻呂は到着していないし、実際に都母(つも)に行ったとされる武将は文屋綿麻呂である。

しかし、多くの古い事柄を有名な英雄である坂上田村麻呂に関係づける傾向がこの地方に多い。
実際に綿麻呂が書いたとすれば811年頃の出来事になる。

日本中央の碑発見後、新聞社や学者が調査を行うが、本物のつぼのいしぶみであるとする鑑定がはっきりと出されていないのが現状である。
これは、袖中抄の記述とは一致するが常識とは違う「日本中央」という文面や、多賀城碑の存在、田村麻呂が現地に到達していないという問題、一見して達筆であるとは言えない字の形も鑑定に影響を及ぼしている。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

でも、ウィキペディアは素人が書いているものでござ~♪~ますわ。

素人が書いているから間違いだとは言えませんよう。僕は他でも「壷のいしぶみ」を歌枕として詠んだ歌を見たことがある。

たとえば。。。?

上の説明にも出てくる顕昭というお坊さんが詠んだ歌には次のよなものがありますよう。

おもいこそ千嶋のおくを隔てねど

えぞかよわさぬ壷のいしぶみ

これだけでござ~♪~ますか?

もっとありますよう。 誰でも知っている鎌倉幕府を立ち上げた源頼朝が詠んだ歌には、次のようなものがありますよう。

みちのくのいはで忍ぶはえぞ知らぬ

かき尽してよ壷のいしぶみ

分かりましたわ。 「壷のいしぶみ」が枕詞だという事を認めますわァ。。。 んで、その事が“歴史ロマン”と関係があるのでござ~♪~ますか?

そうですよ。。。 枕詞である「壷のいしぶみ」に隠された壮大な歴史ロマンがあるのです。 

そのような事がどこかに書かれているのでござ~♪~ますか?

いや。。。 どこにも書かれていませんよう。 これから僕が言うことは僕の歴史ロマンです。

つまり、夢のようなお話でござ~♪~ますわねぇ~。。。

いや。。。 決して夢のような話ではありません。 ある程度、根拠に基づいているのです。

分かりましたわァ。 では、その“歴史ロマン”とやらをお話くださいなァ~。。。

あのねぇ~、「壷のいしぶみ」とは、どちらの石碑なのか? まだ、論争の余地があるようなのですよう。 でもねぇ~、その論争の結果がどうであれ、多賀城で見つかった石碑に僕は壮大な歴史ロマンを見るのですよう。

その石碑には、一体どのような事が書かれているのでござ~♪~ますか?

現代語に訳すと次のように書かれているのです。


(ishibumi2.jpg)

 

多賀城から京(奈良の平城京)に至るには、武蔵までは南西方向に歩いてゆき、さらに西に向かって歩いてゆく。その距離は1500里。
蝦夷国(えみしのくに、かいのくに)の西の国界(くにざかい)までは、南西方向に120里。
常陸国(ひたちのくに)の西の国界までは、「蝦夷国の西の国界」から南に向かって歩き、さらに西に向かって歩き、その距離は412里。合計で532里である。
下野国(しもつけのくに)の西の国界までは、「蝦夷国の西の国界」から南西方向に274里。合計して394里である。
靺鞨国(まっかつのくに)の西の国界までは、西に歩いてゆき日本海に至る。海を渡り、さらに西へ歩いてゆく。その距離は3000里である。

多賀城は神亀元年(724年)に築城された。按察使(あぜち)兼鎮守将軍の大野東人(おおのあずまひと)が管理した。
そして現在に至る。
東海東山節度使であり、仁部省卿(じんぶしょうきょう)兼按察使・鎮守将軍である藤原朝狩(あさかり)が大改修工事を施した。

天平宝字6年(764年)12月1日

。。。んで、この石碑は何のための石碑なのでござ~♪~ますか?

あのねぇ~、藤原朝狩が多賀城を大改修した記念碑なのですよう。

つまり、藤原朝狩が自分で記念碑を建てたのでござ~♪~ますか?

そうなのです。

。。。んで、デンマンさんがおっしゃる歴史ロマンと言うのも、この人物が関係しているのでござ~♪~ますか?

その通りですよう。

藤原朝狩という人は、それ程有名な人なのでござ~♪~ますか?

いや、この人は中学や高校の歴史の教科書には、まず書かれない事が多いのだけれど、この人の父親は必ず歴史の教科書に書かれます。

誰ですの?

藤原仲麻呂ですよう。 別名、恵美押勝(えみのおしかつ)。

藤原仲麻呂 (ふじわら の なかまろ)


(nakamaro9.jpg)

 

慶雲3年(706年)に生まれる。
天平宝字8年9月18日(764年10月21日))に殺される。
奈良時代の公卿。
父は藤原武智麻呂。恵美押勝(えみのおしかつ、藤原恵美朝臣押勝)とも呼ばれる。

「続日本紀」は仲麻呂を「率性聡敏にして、略書記にわたる」と評している。
年少にして大納言・安倍宿奈麻呂に算術を学び、すぐれた学才を示した。
大学少允に最初に任官し、天平6年(734年)、従五位下に進む。

天平9年(737年)、天然痘の流行により父の武智麻呂を含む藤原四兄弟が相次いで死去し、藤原氏の勢力は大きく後退した。
代わって橘諸兄が台頭して国政を担うようになった。

天平13年(741年)、民部卿。天平15年(743年)、参議となる。
天平18年(746年)、式部卿に転じる。仲麻呂は叔母にあたる光明皇后の信任が厚く、また皇太子阿倍内親王ともこの時は良好な関係にあったとされる。

天平16年閏1月13日(744年3月1日)の安積親王の恭仁京での急死は、仲麻呂による毒殺説があるが疑問も出されている。

 

孝謙天皇の時代


(asura2.jpg)

 

天平勝宝元年(749年)、聖武天皇が譲位して阿倍内親王が即位(孝謙天皇)すると、仲麻呂は大納言に昇進。
次いで、光明皇后のために設けられた紫微中台の令(長官)を兼ねた。
仲麻呂は更に中務卿と中衛大将も兼ねた。
光明皇后と孝謙天皇の信任を背景に政権と軍権の両方を掌握した仲麻呂は、左大臣橘諸兄と権勢を競うようになった。

天平勝宝7歳(755年)、諸兄が朝廷を誹謗したとの密告があり、諸兄は恥じて官を辞職し、2年後に失意のうちに死去した。

天平勝宝8歳(756年)、聖武太上天皇が崩御し、遺言により道祖王が立太子された。
だが天平宝字元年(757年)3月、道祖王は喪中の不徳な行動が問題視されて廃太子された。

代わって、仲麻呂の早世した長男真従の未亡人(粟田諸姉)を妃とする大炊王が立太子される。
5月、祖父の不比等が着手した養老律令を施行。
同月、仲麻呂は紫微内相(大臣に准じる)に進む。

仲麻呂の台頭に不満を持ったのが橘諸兄の子の奈良麻呂であった。
奈良麻呂は、大伴古麻呂らとともに仲麻呂を殺害し、黄文王らを擁立するなどの反乱を企てるが、同年6月、上道斐太都らの密告により露見。
奈良麻呂の一味は捕らえられ、443人が処罰される大事件となった。

奈良麻呂、道祖王、大伴古麻呂らは拷問で獄死、
事件に関与したとして仲麻呂の兄の右大臣豊成も左遷された。

 

淳仁天皇の時代

天平宝字2年(758年)、孝謙天皇が譲位して大炊王が即位(淳仁天皇)した。
淳仁天皇を擁立した仲麻呂は独自な政治を行うようになり、中男・正丁の年齢繰上げや雑徭の半減、問民苦使・平準署の創設など徳治政策を進めるとともに、官名を唐風に改称させるなど唐風政策を推進した(太政官→乾政官、太政大臣→大師など。官職の唐風改称を参照)。
仲麻呂は太保(右大臣)に任ぜられ、同年8月25日(10月5日)、恵美押勝の名を与えられる。

同年、唐で安禄山の乱が起きたとの報が日本にもたらされ、仲麻呂は大宰府をはじめ諸国の防備を厳にすることを命じる。
天平宝字3年(759年)、新羅が日本の使節に無礼をはたらいたとして、仲麻呂は新羅征伐の準備をはじめさせた。

軍船394隻、兵士4万700人を動員する本格的な遠征計画が立てられた。
この遠征は後の孝謙上皇と仲麻呂との不和により実行されずに終わる。

天平宝字4年(760年)、仲麻呂は皇族以外で初めて太師(太政大臣)に任ぜられる。
同年、光明皇太后が逝去した。
皇太后の信任厚かった仲麻呂にとっては大きな打撃となる。

天平宝字5年(761年)、淳仁天皇と孝謙上皇を近江国の保良宮に行幸させる。唐の制度にならって保良宮を「北宮」、難波宮を「西宮」とする。

天平宝字6年(762年)、仲麻呂は3人の息子の真先、訓儒麻呂、朝狩を参議につけた。

この頃、病になった孝謙上皇を看病した弓削道鏡が上皇に寵愛されはじめた。
仲麻呂は淳仁天皇を通じて、孝謙上皇に道鏡との関係を諌めさせた。

これが孝謙上皇を激怒させ、上皇は出家して尼になるとともに天皇から大事・賞罰の大権を奪うことを宣言するが、この実現については研究者のあいだでも理解が分かれる。
孝謙上皇の道鏡への寵愛は更に深まり、天平宝字7年(763年)、少僧都とした。

 

藤原仲麻呂の乱

孝謙上皇・道鏡と淳仁天皇・仲麻呂との対立は深まり、危機感を抱いた仲麻呂は天平宝字8年(764年)、都督四畿内三関近江丹波播磨等国兵事使に任じ、さらなる軍事力の掌握を企てるが、謀反との密告もあり、淳仁天皇の保持する御璽・駅鈴を奪われるなど孝謙上皇に先手を打たれて、仲麻呂は平城京を脱出する。
子の辛加知が国司の越前国に入り再起を図るが官軍に阻まれて失敗。

仲麻呂は近江国高島郡の三尾で最後の抵抗をするが官軍に攻められて敗北する。
敗れた仲麻呂は妻子と琵琶湖に舟をだして逃れようとするが官兵石村石楯に捕らえられて斬首された。

仲麻呂の一族はことごとく殺されたが、六男・刷雄は死刑を免れて隠岐国に流されて、桓武天皇の時代に大学頭・陰陽頭を歴任している。
また、十一男と伝わる徳一も処刑されず東大寺に預けられて出家し、筑波山知足院中禅寺の開山者となる。

また、仲麻呂の推進してきた政策のうち官名の唐風改称こそは廃されて元に戻されたものの、養老律令をはじめ多くの政策が一部修正を加えられながらも、その後の政権によって継続されている。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

仲麻呂は、あの有名な藤原不比等の孫なのですよう。

その事が歴史ロマンと関係するのでござ~♪~ますか?

大いに関係するのですよう。 実は、藤原氏には藤原家を起こした中臣鎌足から伝わっている家宝の“バイプル”があるのですよう。

どのようなものでござ~♪~ますか?まさか、藤原氏がキリスト教徒だと言うのではないでしょうね?

かつて、僕は記事に書いたので詳しい事は、すぐ下のリンクをクリックして読んでみてください。

 


(machiavelli.jpg)

■ 『マキアベリもビックリ!

藤原氏のバイブルとは?』

。。。んで、そのバイブルがどうしたのでござ~♪~ますか?

仲麻呂は非常に頭の良い人だったのですよう。当然のことだけれど、仲麻呂は藤原家に伝わる“バイブル”に従って権謀術策を使い正一位になり太政大臣になった。

でも、「藤原仲麻呂の乱」で殺されてしまいましたわ。

その通りですよう。

サルも木から落ちる

弘法も筆の誤り

上手の手からも水が漏る

まさに、完璧な人は居ないと言う事ですよう。仲麻呂は自分の術策に溺れてしまったのですよう。

それで、その事と歴史ロマンがどのように関係しているのでござ~♪~ますか?

実は、父親よりも四男の藤原朝狩の方が頭が良かったのではないか?僕は、そう思っているのですよう。

なぜ。。。?

ちょっと朝狩の略歴を読んでみてください。

藤原朝狩 (あさかり)


(asakari8.jpg)

 

別名: 恵美朝狩。
出生不詳。
天平宝字8年9月18日(764年10月21日))殺される。
藤原仲麻呂の四男。母は陽候女王(新田部親王の娘)。

天平宝字元年(757年)従五位下陸奥守となる。

天平宝字3年(759年)朝狩は正五位下へ進む。この頃陸奥鎮守将軍に任ぜられる。

天平宝字4年(760年)仲麻呂は太師(太政大臣)となり、陸奥守兼鎮守将軍であった朝狩も陸奥国での功績(荒蝦夷を導いて天皇に順化させ、無血で雄勝城〔おかちのき〕を完成させた)が認められ、従四位下に叙される。
仁部卿、東海道節度使となる。

天平宝字6年(762年)、仲麻呂は正一位となり位人臣を極め、同年、朝狩は兄の真先、訓儒麻呂とともに参議に任じられ、親子4人が公卿に列する異例の事態になる。

しかし、孝謙上皇が弓削道鏡を寵愛し、仲麻呂が淳仁天皇を通じてこれを諌めたところ、上皇が激怒して天皇から政権を奪い、孝謙上皇・道鏡派と淳仁天皇・仲麻呂派の対立が起きる。

天平宝字8年(764年)9月、仲麻呂は反乱を計画するが、密告により発覚。
孝謙上皇側に先手を打たれて仲麻呂一族は平城京を脱出。
朝狩もこれに従う。

仲麻呂が長年国司を務めた勢力地盤である近江国の国衙に入って再起を図ろうとするが、官軍に先回りされ阻まれた。
仲麻呂一族は八男の辛加知が国司の越前国を目指すが、官軍が越前国衙へ急行して、まだ事変を知らぬ辛加知を斬り、国境の関を固めてしまう。
仲麻呂一族は近江国高島郡に退き、三尾の古城に拠って官軍に抵抗するが敗れ、朝狩を含む仲麻呂一族はことごとく殺された。(藤原仲麻呂の乱)


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

陸奥国での功績に注目してください。

藤原朝狩は荒蝦夷(あらえびす、あらえみし)を導いて天皇に順化させ、無血で雄勝城〔おかちのき〕を完成させたのですわねぇ~。

そうなのです。 つまり、僕が言おうとしているのは、朝狩の方が父親の仲麻呂よりも“バイブル”に忠実に術策を使い、戦わずにして荒蝦夷(あらえびす、あらえみし)を導いて天皇に順化させ、無血で雄勝城〔おかちのき〕を完成させたのですよう。その手腕はすごいと思いますよう。

それ程、荒蝦夷(あらえびす、あらえみし)と仲良くする事は大変な事だったのでござ~♪~ますか?

実は、蝦夷(えみし)は、もともと平和を愛する人たちだったのですよう。この人たちの平和愛好精神について、僕は記事を書きました。 読んでみてください。


(aterui6.gif)

『なぜ、蝦夷という名前なの?』

『平和を愛したアイヌ人』

でも、どうして征伐しなければならなかったのでござ~♪~ますか?

一部の渡来人の身勝手から、そうしたのです。

その渡来人って。。。?

その渡来人の血筋を引き継いでいるのが藤原鎌足や藤原不比等ですよう。

でも、藤原朝狩は荒蝦夷(あらえびす、あらえみし)と仲良く出来たのですわね。 どうしてでござ~♪~ますか?

もともと、争いが嫌いな性格だったのでしょうね。 父親と違い、威圧的、攻撃的な性格ではなかったのですよう。 とにかく、その功績によって正五位下の藤原朝狩は従四位下に叙せられたのですよう。 つまり、2階級特進したのですよう。

でも、藤原朝狩のした事は、それ程特筆するような事だったのでござ~♪~ましょうか?

そうなのです。 藤原朝狩が造営した雄勝城〔おかちのき〕の略歴を見ると良く分かりますよ。

雄勝城〔おかちのき〕


(okachinoki.png)

 

現在の雄勝郡域内に、雄勝城と同時代の遺構は見つかっておらず、その造営地は現在も不明である。
記紀から推定されている雄勝城の造営地は、「雄物川流域沿岸地で、出羽柵と多賀城の経路上にあり、かつ出羽柵より2驛手前の距離の土地」である。
現時点で発見されている城柵遺跡でこの条件に一致するものは払田柵跡のみである。

現在、横手市雄物川町での発掘調査が進められており、払田柵から出土したものと同等のものが出土している。
今後、これらの雄勝村周辺遺跡の発掘調査が進むにつれ、古代雄勝城造営地が徐々に明らかにされていくものと期待されている。

 

略歴

天平宝字3年(759年)
雄勝城の造営が行われた。

所轄郡司、軍毅、鎮所の兵士、馬子ら8,180人が春から秋にかけて作業にあたったので、これらの者は淳仁天皇より税の免除が認められた。
また、雄勝に驛が置かれた(雄勝驛のほか、玉野、避翼、平矛、横河、助河、嶺基にも驛が新設された)。

天平宝字3年(759年)9月27日
坂東八国(下野国、常陸国、上野国、武蔵国、相模国、下総国、上総国、安房国)と越前国、能登国、越中国、越後国の4国の浮浪人2,000人が雄勝柵戸とされた。
また、相模、上総、下総、常陸、上野、武蔵、下野の7国が送った軍士器を雄勝桃生の2城に貯蔵した。

天平宝字4年(760年)1月4日
孝謙天皇により雄勝城造営を指揮した按察使鎮守将軍正五位下の藤原朝狩が従四位下に叙せられた。
このほか、陸奥介鎮守副将軍従五位上の百済足人、出羽守従五位下小野竹良、出羽介正六位上百済王三忠が1階級進級となった。

天平宝字4年(760年)3月10日
没落した官人の奴233人と婢277人の計510人を雄勝城に配して解放し良民とした。

天平神護元年(767年)11月8日
雄勝城下の俘囚400人余が、防衛にあたることを約束し内属を願ったためこれを許した。

宝亀7年(776年)2月6日
陸奥国から20,000の軍を発して山道・海道の賊を討伐するよう言上があったため、出羽国に4,000の軍を発して雄勝道から陸奥の西辺を討伐するよう命じた。

宝亀11年(780年)
賊に襲われ、雄勝・平鹿の2郡の百姓は業を失った。
散り散りになった民衆を集め、郡府を再建し口分田を支給する。

延暦20年(801年)
雄勝城の鎮守府兵士の兵糧として、毎年越後国と佐渡国から大量の米と塩が輸送される。

元慶2年(878年)
雄勝城は10道が交差する要衝の地であり、出羽国の要害となっている。

元慶5年(881年)2月26日
雄勝郡、平鹿郡、山本郡の百姓の調庸が再開されることとなる。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

藤原朝狩が雄勝城〔おかちのき〕を造営してから、父親が原因で起こった「藤原仲麻呂の乱」で朝狩が殺されるまで、雄勝城周辺の情勢は平穏だった。しかし、後任者が圧制をやり始めたのが分かる。

どうして分かるのでござ~♪~ますか?

776年と780年に「賊に襲われた」と書いてあるけれど、周辺の荒蝦夷が圧政に耐えかねて、また暴れだしたのですよう。

分かりましたわ。でも、その事と歴史ロマンがどのように関係しているのでござ~♪~ますか?

朝狩は多賀城の大改修も任されたのだけれど、その時建てた石碑の次の文章をもう一度読んでみてください。


(ishibumi2.jpg)

 

多賀城から京(奈良の平城京)に至るには、武蔵までは南西方向に歩いてゆき、さらに西に向かって歩いてゆく。その距離は1500里。

蝦夷国(えみしのくに、かいのくに)の西の国界(くにざかい)までは、南西方向に120里。

常陸国(ひたちのくに)の西の国界までは、「蝦夷国の西の国界」から南に向かって歩き、さらに西に向かって歩き、その距離は412里。合計で532里である。

下野国(しもつけのくに)の西の国界までは、「蝦夷国の西の国界」から南西方向に274里。合計して394里である。

靺鞨国(まっかつのくに)の西の国界までは、西に歩いてゆき日本海に至る。海を渡り、さらに西へ歩いてゆく。その距離は3000里である。

これは藤原朝狩が書かせたものですよう。

上の靺鞨国(まっかつのくに)とは、一体どこにある国なのでござ~♪~ますか?

ウィキペディアの説明を読んでみてください。

靺鞨(まっかつ)


(japan13.jpg)

靺鞨とは、中国の隋、唐時代、勿吉(もつきつ)の表記が変化したものと考えられる。
以下に記すように単一民族集団ではない。

靺鞨の中では、次の7部が特に強大であった。
現在の地理との同定は諸説あり、下記の例はあくまで一説である。

1) 粟末部 – 現在の吉林市
2) 白山部 – 粟末部の東南、現在の吉林省敦化、延辺
3) 伯咄部 – 粟末部の北、現在の拉林河流域
4) 安車骨部 – 伯咄部の東、現在の依蘭県以東
5) 拂捏部 – 安車骨部の東
6) 号室部 – 拂捏部の東、現在の綏芬河流域
7) 黒水部 – 安車骨部の東北、現在の同江から伯力までの黒竜江両岸

上記7部の外、思慕、郡利、窟説、莫曳皆、虞婁、越喜、鉄利のような小部族が、外満州(現在の黒龍江以北とロシア沿海地方)に居住していた。

総じて言えば、靺鞨は、高句麗に服属し、後に渤海を建国した南の粟末靺鞨(ぞくまつまっかつ)と、後に遼国、金国、清国を建国した女真族の黒水靺鞨(こくすいまっかつ)に二分される


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

つまり、靺鞨(まっかつ)部族たちの国という意味ですよう。この場合、粟末靺鞨(ぞくまつまっかつ)が立ち上げた渤海という国と、その北の黒水靺鞨(こくすいまっかつ)部族たちが立ち上げた国ですよう。この国は「黒水靺鞨」と呼ばれていたようです。

藤原朝狩は、この国の人たちと交易するつもりだったのでござ~♪~ますか?

まず間違いなく、そのつもりだったろうと思います。荒蝦夷(あらえびす、あらえみし)を導いて天皇に順化させ、無血で雄勝城〔おかちのき〕を完成させたやり方を見ると、容易に彼のビジョンが見えてきますよう。

そうでしょうか?

渤海(ぼっかい)【698年建国ー926年滅亡】は、当時、日本と交流するようになっていた。

どうしてでござ~♪~ますか?

7世紀前半になると日本と新羅の関係が悪化した。それで日本は渤海が興(おこ)る前の高句麗と外交関係を強化したのですよう。

同盟を結んで新羅を牽制しようとしたのでござ~♪~ますか?

そうです。その当時、高句麗の東に粛慎(しゅくしん)国がありました。日本ではこれを「みしはせ」と呼んでいた。阿倍比羅夫(ひらふ)の遠征記録を見ると粛慎(みしはせ)が出てきます。当時の大和朝廷が、粛慎と高句麗へ接近を図ろうとしたのですよう。そう言う訳で、高句麗は日本へ使節を18回も送り込んでいます。

日本は高句麗とお友達になった訳でござ~♪~ますわね。

そうです。おそらく卑弥子さんもそうだと思うけれど、学校の日本史では、その当時の東北より北の地域の活動は勉強しなかったと思うのですよう。

そうですわ。アイヌ人を日本人が征伐に行ったぐらいの事しか知りませんわ。

そうでしょう!でも、実は、上の地図を見ても分かるように、東北以北でも活発に活動している人々は居たのですよう。例えば、そのころサハリンには流鬼(りゅうき)と呼ばれる人たちが住んでいた。この人たちは大和朝廷と同じように唐の貞観14年(舒明12年、640年)に長安に朝貢使節を派遣しているのですよう。19年後の斉明5年(659年)には、蝦夷国(えみしのくに、かいのくに)の使節が大和朝廷(倭国)の遣唐使に随行して長安を訪れています。

そのような事は日本史で勉強しませんでしたわ。

当然の事だけれど、渤海は「蝦夷国(かいのくに)」とも交流を持っていた。

日本海をいろいろな国の船が行き来したのでござ~♪~ますわね。

そうですよう。だから、藤原朝狩が生きていたら、「蝦夷国(かいのくに)」、「流鬼(りゅうき)国」、「渤海」、「黒水靺鞨」と活発に交流したと思うのですよう。 そのために朝狩は父親の命令で東北地方に送り込まれたのだと僕は思っているのですよう。

つまり、東日本連合王国の構想を朝狩が抱いていたとデンマンさんは思っているのですか?

そうですよう。 それが僕の言いたかった歴史ロマンですよう。 うししししし。。。

宮田 由佳里(みやた ゆかり)さんも この歴史ロマンに興味を持ったのでござ~ますか?

もちろんですよ。。。

 

デンマンさんの

“歴史ロマン”は

とっても面白いと

思いましたわ。。。

 

(japan13b.jpg+deaming5d.png)

宮田 由佳里(みやた ゆかり)さんも こうして「面白い」と言ってくれたのですよ。。。 だから、卑弥子さんも 信じてねぇ~。。。


(laugh16.gif)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif) 

ですってぇ~。。。

あなたは、どう思いますか?

藤原朝狩が生きていたら 壮大な東日本連合王国を創りあげていたと思いますかァ?

確かに、その可能性はあったかもしれませんわねぇ~。。。

でも、宮田 由佳里(みやた ゆかり)さんは マジで面白いと思ったのでしょうかァ?

とにかく、古代にはあなたの知らない雄大な、あるいはミステリアスな面白いお話があるのですわよう。。。

あなたのために平安史、古代史の興味深い記事を用意しましたわァ。

ぜひ お読みくださいねぇ~。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてください。
じゃあ、またねぇ~。。。


(hand.gif)

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)


(surfing9.gif)


(sayuri5.gif)

ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


(miya08.jpg)

『下衆のかんぐり』

『桓武天皇のママがネットで』

『ござが天皇とGOOGLE』

『エロ 建礼門院』

『一敗が三人に!』

『行田の黒い霧をはらう』

『ペルシャ人が飛鳥に』

『小柴垣草子』

『後白河上皇ダントツ』

『ブスと美人』

『エロい話が好き?』

『死んでも生きてる』

『失意の太田将宏』


(annasalleh.jpg)

『オルフェと聖徳太子』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

『ゴヤと三島由紀夫』

『仏陀とキリストと娼婦』


(zurose2.jpg)

『ズロースと戦争』

『伊藤若冲ブーム?』

『ブッダと物理学』

『加藤清正ブーム?』

『愛憎と三輪山』

『松原智恵子 お尻ペンペン』

『坂本龍馬は流れ者か?』

『野ざらし』

『紫式部堕獄説』

『日本最古のポルノ?』

『源氏物語の性描写』

『寅さんの本棚と急行まつしま』

『ヒトラーは草食系?』

『ブッダとキリストと娼婦』

『顔文字とオナラ』


(hama10.jpg)

『宝暦の恨みを明治維新で』

『デウキと紅葉@行田』

『薄い陰毛と紅のボートピープル』

『江戸の閨房術』

『ずるがしこい現代人』

『春画@源氏物語』

『千早振る』

『あれっ、松本清張』

『キスと源信』

『伎楽は呉から…?』

『紺瑠璃杯に魅せられて』

『神聖娼婦 マリア』

『安徳帝は生きていた』

『白石川の桜』

『ブログ村のマリア様』

『萌える済子女王』

『ピンク桃色@徒然』

『富沢金山の桜』

『ピンク桃色村』

『紫式部@徒然』

『絵里香@ペルー』

『ペルシャ人の楊貴妃』

『ん?佐伯今毛人』

『文学と歴史とウソ』

『百人一首ミステリー』

『芭蕉と遊女再び』

『映画とロマン@仙台』

『源氏物语中的性描写』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)


(byebye.gif)

芭蕉と英語

2017年6月26日

 

芭蕉と英語

 


(okuno03.jpg)


(yamadera93b.jpg)


(yamadera96b.jpg)


(yamadera97b.jpg)


(june001.gif)

デンマンさんは、松尾芭蕉が英語をしゃべれたというお話をするのですかァ?


(kato3.gif)

まさかァ~。。。 僕が知る限り、芭蕉は英語を話したことはないと思いますよ。。。

それなのに、どういうわけで芭蕉と英語というタイトルにしたのですかァ~?

実は、バンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。。。

尿前の関

 

南部道遥(はるか)にみやりて、岩手の里に泊まる。

小黒崎・みづの小島を過(すぎ)て、なるごの湯より尿前(しとまへ)の関にかかりて、出羽の国に越(こえ)んとす。

 

この路旅人まれなる所なれば、関守(せきもり)にあやしめられて、漸(ようよう)として関をこす。

大山をのぼつて日すでに暮(くれ)ければ、封人(ほうじん)の家を見かけて舎(やどり)を求む。

三日風雨あれて、よしなき山中に逗留す。

 


(uma003b.jpg)

 

蚤虱(のみしらみ)
 

馬の尿(しと)する
 

枕もと

 

あるじの云(いう)、これより出羽の国に、大山を隔(へだ)て、道さだかならざれば、道しるべの人を頼(たのみ)て越(こゆ)べきよしを申す。

さらばと云(いい)て、人を頼み侍(はべ)れば、屈強の若者、そり脇差(わきざし)をよこたえ、樫の杖を携(たずさ)えて、我々が先に立ちて行く。

 

きょうこそ必ずあやうきめにもあうべき日なれと、辛(から)き思いをなして後について行く。

あるじの云(いう)にたがわず、高山森々として一鳥声きかず、木の下闇(したやみ)茂りあいて、夜行くがごとし。

雲端(うんたん)につちふる心地して、篠(しの)の中踏み分け踏み分け、水をわたり岩に躓(つまづ)いて、肌につめたき汗を流して、最上の庄に出(い)ず。

かの案内せしおのこの云うよう、「このみち必ず不要のことあり。恙(つつが)のうおくりまいらせて仕合(しあわせ)したり」と、よろこびてわかれぬ。

後に聞きてさえ胸とどろくのみなり。

 


(uma001b.jpg)

 

Plagued by flears and lice,
 

I hear the horses staling
 

Right by my pillow.

 

Our host told us, “The road from here to Dewa lies through high mountains, ans is so badly marked you had best to get a guide to show you the way.”

“Very well,” I said, and hired one, a strapping young man who wore a scimitar at his side and carried an oaken stick.

He walked ahead of us, and thinking that today we were sure to run into danger, we followed behind.

The road was as our host had described it—through densely overgrown high mountains in which not a single bird-cry could be heard.

It was dark under the trees, so dark that it was like walking at night.

Feeling as though “dust were raining from the edges of the clouds,” we pushed our way through clumps of bamboo-grass, waded across streams, and stumbled against rocks.

At last we reached the town of Mogami, our bodies bathed in a cold sweat.

 

When our guide left us he said happily, “Something unpleasant always happens on this road. I was lucky to have been able to lead you here safely.

To hear such words, even after our safe arrival, made our hearts pound.

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


90-91ページ 『おくのほそ道』
著者: ドナルド・キーン 挿絵(切り絵): 宮田雅之
1997年2月1日 第2刷発行
発行所: 講談社インターナショナル株式会社

この本は芭蕉の『奥の細道』の対訳本ですわねぇ~。。。

そうです。。。 日本語をドナルド・キーンさんが英訳したのですよ。。。

上の箇所のどこにデンマンさんはムカついたのですかァ~?

いや。。。 別にムカついたわけではないのですよ。。。 赤字にした箇所に注目してください。。。


(okuno03b.jpg)

 

このみち必ず不要のことあり。

恙(つつが)のうおくりまいらせて

仕合(しあわせ)したり。

Something unpleasant always

happens on this road.

 

I was lucky to have been able to

lead you here safely.

 

日本語を読んだだけでは、いったいどういうことを言っているのか? 。。。よく解らなかったのですよ。。。

それで英語文を読んで初めて何を言おうとしたのかが理解できたのですか?

そうです。。。 ジューンさんは日本語を読んだだけで意味が解りましたかァ~?

なんとなく解ったつもりでしたけれど、英文を読むまでは私もはっきりとは理解していませんでしたわァ。。。

。。。でしょう? 僕は、こういう経験をこれまでに何度もしたのですよ。。。 はっきり言って江戸時代の日本語と、現代の日本語はずいぶん違ってますよ。。。 でも、江戸時代の頃の英語と、現在の英語は、日本語ほど違ってはいないと思うのです。。。 ジューンさんは、どう思いますか?

そうですわねぇ~。。。 江戸時代が始まった頃、つまり、1600年頃の英語は“初期近代英語”と呼ばれているのですけれど、シェイクスピアが使っていた英語ですよねぇ~。

初期近代英語


(shakes001.jpg)

 

初期近代英語は中英語時代の末の1450年頃から1650年頃の英語をいう。

代表的な文献として後期に属するジェームズ王欽定訳聖書およびウィリアム・シェイクスピアの著作が挙げられる。

欽定訳聖書は経典という性格から当時の口語と異なる古風な語法が用いられている。

現代英語しか知らない人でも大体理解できる程度に現代英語に近い。

現在の英語では発音と綴りに若干乖離が見られるが、これは現在の綴りが初期近代英語期のまだ大母音推移が完了していない頃に定められたためである。


出典: 「初期近代英語」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

『ウィキペディア』の上の説明にも書いてありますけれど、シェイクスピアの作品は現代英語しか知らない人でも大体理解できますわァ~。。。 でも、江戸時代の日本語の本を読めと言われても、わたしには何が書いてあるのか全く解りませんわァ~。。。

そうなのですよ。。。 日本で生まれた日本人でも、江戸時代に書かれた本は読めるかもしれないけれど、まず、意味は解らない。。。 ちょうど、上の箇所のように、現代英語に訳された英文を読んで初めて僕も、その意味が理解できたのだから。。。

つまり、江戸時代が終わって明治時代になってから、日本語はずいぶんと変化したのですわねぇ~。。。

そうですよ。。。 子供の頃、江戸時代のチャンバラ映画を見た時、僕は中国か韓国の昔の時代の事をやっているのかと勘違いしたほどですよ。。。 とにかく、明治維新で何もかもがガラッと変わってしまった。。。 武士は刀も捨て、チョンマゲも切って、西洋人の真似をしてズボンを穿いてステッキを持って歩くようになった。

日本語も明治維新でずいぶん変わってしまったのですか?

そうですよ。。。 江戸時代には、文章は話し言葉では書かなかったのです。。。 明治時代になってから、話し言葉で書こうという人たちが出てきた。

日本語における言文一致


(futabetei2.jpg)

 

日本語の古典的な文体である文語は主に平安時代までに完成した。
中世以降、次第に話し言葉との乖離が大きくなっていった。

明治時代には、文学者の中から改革運動(言文一致運動)が起こった。

言文一致小説の嚆矢は、坪内逍遥に刺激を受けた二葉亭四迷の『浮雲』などである。

二葉亭が『浮雲』(1887年)を書く際には、初代円朝師匠の落語を速記法により筆記した、落語家の初代三遊亭圓朝の落語口演筆記を参考にしたという。

また、ツルゲーネフなどロシア文学作品を翻訳した文体も既存の文語からの離脱の試みである。

当時は二葉亭以外にも、多くの作家が言文一致の新文体を模索した。
その中でも、山田美妙における「です・ます」調の試みは、もうひとつの日本語表現の可能性として、小説言語の主流にはならなかったものの、後世へ大きな影響を与えた。
若松賤子が「小公子」の翻訳で試みた「ありませんかった」のような文体も当時の注目を浴びたが、これは受け継ぐものが現れなかった。

しかし、そのころはまだ文語文の作品も多く書かれている。
和歌の塾に通い、古典の教養を持っていた樋口一葉は古文の呼吸をつかった雅文体で「にごりえ」「たけくらべ」などの作品を書いている。

翻訳で言文一致を試みた森鴎外も、「舞姫」や「即興詩人」では文語にもどしている。
評論の分野では北村透谷や幸徳秋水は、漢文書き下しの文体を使って論文を書いていた。
その点では、言文一致の運動がすぐに時代の主流になったわけではなかった。

このような新文体への挑戦は文学の分野で作家たちだけがしていたのではなく、当時の新聞や雑誌記事などでも並行的に行なわれていた。
特に従軍記者による戦地レポートや、速記による裁判の傍聴記録などで、積極的に言文一致の新文体が試みられていた。

その結果、明治末になるとそれらは書き言葉として次第に確立し、一般の文章にも大きな影響を与えるようになった。
自然主義文学の運動も、その普及に一役買った。

しかし、法律の言語は、戦前では文語文を用いて記述されていた。
戦後は口語体となった。


出典: 「言文一致」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

僕のオヤジやお袋が子供の頃は、まだ書き言葉と話し言葉がずいぶんと違っていたのですよ。。。

たとえば。。。?

たとえば、今だったら Butterfly は日本人なら誰もが“蝶々(ちょうちょう、チョウチョ)”と書きますよ。。。 


(chocho2.gif)

てふてふ

 

 

ちょうちょ

 

でも、僕のオヤジが子供の頃は“てふてふ”と書いて“ちょうちょう (チョウチョ)” と読まされた。

じゃあ、オペラの“蝶々夫人”は“てふてふ夫人”と書いたのですわねぇ~。。。 (微笑)


(chocho3.jpg)

そういうことですよ。。。 オペラの“蝶々夫人”は“てふてふ夫人”と書いたのです。。。 じゃ、ジューンさんのために日本語のクイズです。。。 次の生物は口語では何と呼ばれているでしょうか?

どぢやう

 


(question.gif)

 

 

泥鰌

 


(dojo12.jpg)


(yanagaw3.jpg)

柳川鍋

 

ドジョウ


(laugh16.gif)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。

では、更に あたたのためのクイズです。。。

次の旧仮名遣いは 現代の口語ではどのような漢字で書くことができるでしょうか?

おやかふかふ

 


(katatataki.jpg)

 

 

親孝行

 

 

ところで、話は変わりますけれど、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ フィーバー”が起こっているのですわよう。。。

ええっ。。。 信じられないというのでござ~ますかァ?

じゃあ、ちょっと次の検索結果を見てくださいまし。。。


(gog60409a.png)

『拡大する』

『現時点での検索結果』

「卑弥子 女性の本当の魅力 ヴィーナスのえくぼ」と入れてGOOGLEで検索する殿方が多いのでござ~ますわァ。

つまり、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”を目当てにやって来るのですわァ~。。。

うふふふふふふ。。。

ジムに毎日通って“ヴィーナスのえくぼ”をゲットしたのですわよ。


(buttdimp5.jpg)

どうでござ~ますかァ?

ええっ。。。 あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?

どうしてよう?

ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?

あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、
最後には上のようなおヌードになるのですわよう。
信じてくださいましなァ~。。。

ところで、あなたは『万夜一夜物語』を読んだことがござ~ますかァ~?

“千夜一夜物語”ではなくてぇ、“万夜一夜物語”ですわ。


(manya02.jpg)

『万夜一夜物語』

デンマンさんが書いたのでござ~ますわよう。

ええっ。。。 10,001の話が書かれているのかってぇ~。。。?

とにかく、上のリンクをクリックして読んでみてくださいませぇ~。。。

あなたも、絶対にビックリするようなお話が出てきますわァ。

『万夜一夜物語』だけでは、物足りないのでしたら、
ジューンさんが登場する面白いお話もたくさんあります。

興味のある方は、どうか次のリンクをクリックして読んでくださいましねぇ~。。。

(roten101.jpg+cleoani.gif)

『9日間の女王』

『あなたは敬語?』

『原節子とジューンさん』

『モナリザの妹』

『ナイアガラとマリリンモンロー』

『おばさんパンツ@大晦日』

『ヴィーナスのえくぼ@ジューン』

『乳房振動とブラの研究』

『G線上のアリア』

ジューンさんの熟女下着
(30june.jpg)

『悲愴と白鳥』

『ブッダと千夜一夜物語』

『絹の道と千夜一夜物語』

『ヤノマミの乙女』

『ジャータカと今昔物語』

『白木屋お熊とセックス』

『パンツを売る乙女』

『床上手な女@マルタ島』

『宮沢りえとおばさんパンツ』

『マチュピチュとインディー・ジョーンズ』

『映画を愛する薄命の女』

『ベニスの騒動』

『アンネとハンナ』

『名器たこつぼ』

『レダの卵を探して…』


(miro0018.jpg)

『サモトラケのニケとミロのヴィーナス』

『薄命な女のパンツ』

『ロトの娘たち』

『もう一人のモナリザ』

『万夜一夜の謎』

『自由という誘惑』

『驚異の大洪水』

『おつまみミステリー』

『混浴風景を探して』

『ハレルヤ』


(sylvie122.jpg)

『マルタ島のロマンだ』

『宮沢りえ人気@海外』

『癒しを奏でるパンツ』

『マルタ島deロマン』

『生ログdeロマン散歩』

『宮沢りえ@クールジャパン』

『混浴風呂ガー』

『ウェルカムバック』

『コペンハーゲンからやって来た』

『ロシアからやって来た』

『海外美女ランキング』

『ブログを解剖する』

『スイスからトランプ見に来る』


(fan004.jpg)

『海外美女を探して』

『パンツde大晦日』

『Tバック@三賀日』

『とっちゃん坊や』

『また千夜一夜』

『初恋の思い出』

『乳房振動とブラ』

『白木屋お熊』

『肥後ズイキ@セルビア』

『紐パン熟女』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人
(godiva05.jpg)

『美尻のビーナス』

『紐パン熟女に惹かれて』

『あの二人が気になって』

『肥後ズイキ@セルビア』

『私は下着女装です』

『ドリアンを探して』

『パリの日本人』

『ペンタゴン式己を疑う』

『薄命な女と映画』

『ラーメン@ベリーズ』

『うるさい夏』

とにかく、次回も興味深い記事が続きますわ。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、また。。。


(hand.gif)


(chiwawa5.gif)

こんにちは。ジューンです。

スパムメールが相変わらず多いですわよね。

あなたのメールボックスにも、

ジャンクメールがいっぱい入っているでしょう!?

スパムメールを飛ばしているのは

いったい、どういう人たちなのでしょうか?

出会い系サイトのオーナーたちが多いそうですわ。

彼らは会員を集めるためにスパムメールをばら撒きます。

そのためにメールアドレスのリストを購入しています。

では、そのようなリストを販売している人は

どうやってメールアドレスを集めているのでしょうか?

ロボット(自動巡回プログラム)によって

自動収集させているのです。

ところで、サーチエンジンの自動巡回ロボットは

毎日世界中のサイトを訪問し、

その内容をデータベースに書き込んでいます。

同じように、このメールアドレス収集巡回ロボットも、

HTMLソースを分析し、

メールアドレスらしきものをどんどん記録してゆきます。

でも、使っていないメールアドレスが

たくさんあるのですよね。

あなたの使っているメールアドレスのことを

考えてください。

あなたはメールアドレスをいくつ持っていますか?

一つだけではないでしょう?

10以上持っているのではありませんか?

多分、ほとんどのメールアドレスは使ってないでしょう?

そのために、現在実際に使っている

メールアドレスを集めるために、

怪しい人物が使用度の高いメールアドレスを

集めているのですわよ。

だから、あなたもむやみに信用できない人に対して

返信しないようにしてくださいね。

詳しいことはデンマンさんが次の記事で書いています。

『コメント魔』

(2012年4月3日)


(himiko92.jpg)

ところで、卑弥子さんが面白いサイトを

やっています。

興味があったら、ぜひ次のリンクをクリックして

覗いてみてください。

『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。 バーィ


(juneswim.jpg)


(byebye.gif)

美しい日本語 チェーホフ

2017年5月3日

 

美しい日本語 チェーホフ

 


(maiko19c.jpg)


(chehogh4.jpg)


(pinkgal5.jpg)


(sylvie500.jpg)


(sylviex.jpg)

ケイトー。。。、今日はどういうわけで“美しい日本語”と“チェーホフ”を取り上げるわけぇ~? 


(kato3.gif)

実は、新潟市に住んでいる美芭里 弐位奈(びばり にいな)さんがGOOGLEで検索して『美しい日本語』を読んだのですよ。。。


(nihongo911.jpg)

『美しい日本語』

新潟市に住んでいる美芭里 弐位奈(びばり にいな)さんが上の記事を読んだということが どうしてケイトーに判ったのォ~?

まず次のリストを見てください。。。


(liv70426a.png)


『拡大する』

『美しい日本語』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で4月25日の午後7時36分から午後9時51分までの約2時間の「生ログ」の一部ですよ。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目してください。

あらっ。。。 4月25日の午後8時45分にGOOGLEで検索して『美しい日本語』を読んだと記録に出ているわねぇ~。。。

。。。でしょう!

でも。。。、でも。。。、新潟市に住んでいる美芭里 弐位奈(びばり にいな)さんが読んだとは書いてないじゃない!?

IPアドレスを調べたのですよ。。。


(ip1810b.png)

『拡大する』

あのねぇ~。。。 IPアドレスを調べれば アクセスポイントは判るけれど、プライバシーを保護するためにアクセスしたネット市民の名前までは判らないようになっているのよゥ。。。

あれっ。。。 シルヴィーは見かけによらずネットに詳しいんだねぇ~。。。

その程度のことはネットの常識なのよゥ。。。

僕だってぇ~、ネチケットぐらい知っていますからねぇ~。。。 アクセスした女性のプライバシーを守るために仮名を使っています。

分かったわァ~。。。 でも、どういうわけで“チェーホフ”を取り上げたわけぇ~。。。

実は、美芭里 弐位奈(びばり にいな)さんが次のようにして検索したのですよ。。。


(gog70426a.png)


『拡大する』

『美しい日本語』

『現時点での検索結果』

あらっ。。。 「美しい日本語 チェーホフ 徒然」と入れてGOOGLEで検索したのねぇ~。。。

そうです。。。 4,020件ヒットする内のトップに『美しい日本語』が出てくるのです。。。

でも。。。、でも。。。、美芭里 弐位奈(びばり にいな)さんはどういうわけで“徒然”を加えたわけぇ~?

美芭里 弐位奈(びばり にいな)さんは『徒然ブログ』の常連さんだからですよ。。。

マジで。。。? その証拠でもあるのォ~?

シルヴィーも疑り深いのだねぇ~。。。 「生ログ」にちゃんと記録が残っているでしょう!

でも、ただの一度だけじゃない!

あのねぇ~、検索ワードに“徒然”を付け足して検索したことが 『徒然ブログ』の常連さんだという証拠ですよ。。。

そうかしら?

シルヴィーは猜疑心の塊なんだねぇ~。。。

。。。で、美芭里 弐位奈(びばり にいな)さんは『美しい日本語』を読んで どんなところに感銘を受けたわけぇ~?

次の小文ですよ。。。


(chehogh3.jpg)

チェーホフは2月に日露戦争がはじまったあとの明治37(1904)年7月15日(グレゴリ暦)に亡くなった。
その3日前の友人あての手紙で、日本が戦争に敗北するのを予想して、「悲しい思いにかられている」と記した。
そして死の床についたとき、ぽつんと「日本人」(単数形)と呟いたという。

夫人のクニッペルがちょっとシャンパンを口に含ませた。
するとチェーホフはドイツ語ではっきりと医師に「Ich sterbe」(死にます)といい、それから夫人の顔を見て微笑んで「長いことシャンパンを飲んでいなかったね」と語りかけ、静かに横になり、眼をつむり、そのまま永遠の眠りについた。
午前3時であった。

まるで一場の芝居をみるようであるが、日本に来たこともないチェーホフが、死の床で日本と日本人にたいして何やらの想いを吐露しているようで、すこぶる不思議ではないか。

ところが、そのナゾが中本信幸氏の『チェーホフのなかの日本』(大和書房)を読むことでスパッと解けた(ような気がする)。

明治23(1890)年の春、彼はサハリン(樺太)への長途の旅にでた、その帰り道の途中のこと。
ときは6月26日、ところは中国と国境が接しているアムール河ぞいのブラゴヴェシチェンスクである。
ここで何事かが起こった。

翌27日、チェーホフは友人の作家スヴォーリンに手紙を書いているそうな。
「……羞恥心を、日本女は独特に理解しているようなのです。
彼女はあのとき明かりを消さないし、あれやこれやを日本語でどういうのかという問いに、彼女は率直に答え……ロシア女のようにもったいぶらないし、気どらない。
たえず笑みを浮かべ、言葉少なだ。
だが、あの事にかけては絶妙な手並みを見せ、そのため女を買っているのではなくて、最高に調教された馬に乗っているような気になるのです。

事がすむと、日本女は袖から懐紙をとりだし『坊や』をつかみ、意外なことに拭いてくれます。
紙が腹にこそばゆく当たるのです。
そして、こうしたことすべてをコケティッシュに、笑いながら……」
と書き綴ってきて、最後に記すのである。

「ぼくはアムールに惚れこんでいます。
2年ほどここで暮らせたらもっけの幸いと思うのです。
美しく、広々として、自由で、暖かい。
スイスやフランスでも、このような自由を1回も味わったことはありません」
アムール河畔でのたった一夜の契り。
だが「ぼくはアムールに惚れこんでいる」とまでいう。

当時、シベリア沿海州には、日本人の“からゆきさん”が多くいたことは記録にも見えている。
その中の一人が、チェーホフに優しさと暖かさというイメージ(夢)を抱かせ、その想いがふくらみ、ついに名作『桜の園』を生ましめた。
「庭は一面真っ白だ。 …… 月光に白く光るんだ」(ガーエフ)、
「すばらしいお庭、白い花が沢山」(ラネーフスカヤ)、
こうした日本の桜の純白の美しさを教えたのは、実に、その言葉少なな日本女であった。


(chehogh4.jpg)

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


237-239ページ
『ぶらり日本史散策』
著者: 半藤一利 
2010年4月15日 第1版発行
発行所: 株式会社 文藝春秋

『美しい日本語』に掲載。
(2013年03月16日)

要するに、ケイトーが記事の中で引用した『ぶらり日本史散策』の本の上の箇所に美芭里 弐位奈(びばり にいな)さんは感銘を受けたわけなのォ~?

その通りですよ。。。

でも、上の文章のどこに感銘を受けたわけぇ~?

事がすむと、日本女は袖から懐紙をとりだし『坊や』をつかみ、意外なことに拭いてくれますというところです。。。

そんなところに美芭里 弐位奈(びばり にいな)さんが感銘を受けるはずないでしょう!?

シルヴィーは美芭里 弐位奈さんでもないのに、どうしてそのようにムキになって否定するわけぇ~。。。

だってぇ~、女性が男性に奉仕するような。。。、それは男尊女卑の考え方を、男性が自分勝手に、つまり、男に都合がいいように書いているだけじゃない! 女性として美芭里 弐位奈(びばり にいな)さんは上の箇所を読んでムカついたに違いないのよォ~。。。

あのねぇ~、シルヴィーは男女同権のフェミニストだから、そのようにムカついて、ムキになっているけれど、美芭里 弐位奈(びばり にいな)さんは ちょっと“違う視点”から上の小文を読んだのです。。。

その“違う視点”というのは、どういう視点なわけぇ~。。。?

あのねぇ~、美芭里 弐位奈(びばり にいな)さんは『美しい日本語』を読む前に 次の本を読んだのです。。。


(suji001.jpg)

この上の本の中の次の箇所を読んで、考えさせられたのです。

仕事の大切さなんて、

口にするもんじゃない

 

先日、とあるバラエティ番組で、大御所の俳優さんが役者の難しさ、大変さを滔々(とうとう)と語られた。
当然、出演者の多くは芸人さんやタレントさんであり、大御所の俳優相手に言い返せるはずもなく、微妙な空気の中、独演会状態。

しかし、わたしだけは同業の役者で、先輩といえども芸歴も大差ないことから、やんわりと突かせて頂いた。

「役者が役者の大変さを謳うことほど見苦しいものはない」
大変ではない仕事などない」と……。

 


(digger1.gif)

 

全然やんわりじゃないですよね。
ただ、どうしても我慢ならなかったので、言わずにはいられなかったのです。

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
アニメはデンマン・ライブラリーより)


22-23 ページ 『スジ論』
著者: 坂上 忍
2016年10月20日 第1刷発行
発行所: 株式会社 新潮社

つまり、 美芭里 弐位奈(びばり にいな)さんは仕事の大切さなんて、口にするもんじゃないというところに共感したわけなのォ~?

その通りですよ!

でも。。。、でも。。。、その事と“違う視点”とどういう関係があるわけぇ~。。。?

あのねぇ~、「大変ではない仕事などない」と書いてあるけれど、正にその通りですよ。。。 だから、人前で自分の仕事だけが大変で、他の仕事は簡単だとか。。。 下らないとか。。。 価値がないとか。。。 そういう事は言うべきではないのですよ。。。

要するに、美芭里 弐位奈(びばり にいな)さんも そのように思った、とケイトーは言いたいのォ~?

そうですよ。。。

でも、その事と事がすむと、日本女は袖から懐紙をとりだし『坊や』をつかみ、意外なことに拭いてくれますという事実と いったいどのような関係があるわけぇ~?

あのねぇ~、ここまで僕が解り易く説明してきたのですよゥ。。。 聡明なシルヴィーならば僕の言おうとしていることが解っているでしょう!?

解らないから訊いているのじゃない。。。

マジで。。。?

もちろんよ。。。 真剣に、真面目に訊いているのよゥ。。。 教えてぇ~。。。

そのように急にナヨナヨとシナを作って言われると、なんだか僕はテレてしまいますよゥ。。。 あのねぇ~、この日本女の名前をチェーホフは記録に残していない。。。 しかし、この女性の“仕事”がチェーホフにとっては、忘れがたい心に残る経験として のちに本の中に書き記(しる)すほどに感銘深かった。。。 要するに、この日本女性の“カラユキさん”は実に見事な仕事をしたのですよ。。。 つまり、チェーホフの心を揺さぶるような心のこもった仕事をしたということです。。。

どのような仕事も、たとえ“カラユキさん”の仕事であっても、その仕方によっては文豪のチェーホフの心までも揺さぶるような仕事をすることができる。。。 ケイトーは、そう言いたいわけぇ~?

その通りですよ。。。 バラエティ番組で、大御所の俳優さんが役者の難しさ、大変さを滔々(とうとう)と語ったようだけれど、このような自分勝手な俳優の演技を見たら おそらくチェーホフが生きていたら“この大根役者!”と思うと僕は思うのです。。。 要するに、仕事はどんな仕事でも大変なのですよ。。。 それを決めるのは仕事をしている本人ではない!

第3者こそ、仕事の大変さ、素晴らしさを感じ取っている。。。 ケイトーはそう言いたいわけなのねぇ~。。。

そうです。。。

でも。。。、でも。。。、どうしてケイトーには 美芭里 弐位奈(びばり にいな)さんがそこまで感じ取ったということが解るのォ~?

『美しい日本語』を読んで感銘を受けたので美芭里 弐位奈(びばり にいな)さんはメールを書いて僕に その事を知らせてくれたのですよ。。。

信じられないわァ。。。

あのねぇ~、昔の人は“信じる者は救われる!”と言ったのですよ。。。 だからシルヴィーも僕の言った事を信じて救われてねぇ~。。。


(laugh16.gif)

【ジューンの独り言】


(bare02b.gif)

ですってぇ~。。。

あなたは デンマンさんのお話を信じることができますか?

とにかく、上のエピソードのカラユキさんは チェーホフに忘れられないほどの 心に残る経験をさせてあげたのでした。。。

名前は伝わっていませんけれど、この日本女性こそ unsung heroine と言う事ができるかもしれません。。。

では、カラユキさんのことを知らないあなたのために、YouTube のクリップを貼り付けますね。。。

じっくりとご覧になってください。


(karayuki2.jpg)

話は変わりますけれど、シルヴィーさんのことをもっと知りたかったら次の記事を読んでください。


(sylvie500.jpg)


『角さんと原発と天罰(2013年1月5日)』

『真紀子落選(2013年1月14日)』

『野火(2013年1月18日)』

『タイタニックと国際化(2013年2月1日)』

『宮澤理恵@Macao(2013年2月28日)』


(sunwind2.gif)

『チョコレートと軍産複合体』

『チョコレートと甘い権力』

『CIAの黒い糸』

『美しい日本語再び』

『宮沢りえブーム?』

『また、宮沢りえ?』

『浅間山噴火とフランス革命』

『なぜアクセスが急増したの?』

『気になる検索ワード』

『なぜ塩野七生批判』

『その検査、ムカつく!』

『宮沢りえと床上手な女』

『MH370ミステリー』

『なぜ死刑廃止?』

『真犯人はそこにいる』

『MH370ミステリー裏話』

『お裁きを信じますから』

『ジャルパックと国際化』

『古代ローマのセックス』

『CIAとノーパン』

『エロいローマ再び』

『エロいけれどためになる話』

『えろあくにめ温泉』

『エロいけれどためになる』

『地球上のネット普及率』

『原発はダメだったのに』

『スカートをはいた兵隊』

『行田シンドローム』

『幻の暴走機関車』

『CIA@NOパンツ』

『やっぱり、セックス』

『セックス風呂具村』

『CIAの黒い手再び』

『アダムとイブは何を食べたの』

『舞踏会 明子』

『波乱の人生』

『国際化だよね』

『イングナさんを探して』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に
ネットサーフィンしましょう。
じゃあね。バーィ。


(hand.gif)


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

ためになる関連記事


平成の紫式部、橘卑弥子でござ~ます
(himiko92.jpg)

『卑弥子の源氏物語』

『平成の紫式部』

■ めれんげさんの『即興の詩』

■ めれんげさんの『極私的詩集』

Jagel - Soft Japanese Bagel
(bagel702.jpg)

■ “JAGEL – Soft Japanese Bagel”


(linger65.gif)

■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』


(beach02.jpg)

■ 『軽井沢タリアセン夫人 – 小百合物語』

■ 『今すぐに役立つホットな情報』


(rengfire.jpg)


(byebye.gif)

ピンクと桃色@徒然

2017年4月26日

 

ピンクと桃色@徒然

 


(pinkgal3c.jpg)


(bikini50.jpg)


(himiko92.jpg)


(himiko22b.gif)

デンマンさん。。。 今日はおシモのお話でござ~♪~ますか?


(kato3.gif)

「ピンクと桃色」は卑弥子さんにとってぇ、おシモの代名詞なのですか?

だってぇ~、上の写真を見ると、なんとなくポルノのような印象を受けるでわござ~ませんかァ。。。 うふふふふふ。。。 んで、どういうわけで「ピンクと桃色」を取り上げたのでござ~ますか?

よくぞ訊いてくれました。。。実は次のリストを見たのですよ。。。

ライブドア『徒然ブログ』の日本時間で2017年4月21日の午前11時43分から午後5時27分までの約6時間の「生ログ」の一部
(liv70422a.png)


『拡大する』

『ピンクと桃色』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で2017年4月21日の午前11時43分から午後5時27分までの約6時間の「生ログ」の一部ですよ。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しい。

あらっ。。。、4月21日の午後12時9分にGOOGLEで検索して『ピンクと桃色』を読んだネット市民がいたのですわねぇ~。。。

そうなのですよ。。。 バンクーバーに住む伴久保 桃子(ばんくぼ ももこ)さんが読んでくれたのです。。。

もしかしてデンマンさんが現地でナンパした女性ですか?

僕には、そういう趣味はないのですよ。。。

じゃあ、どのようにして桃子さんをすけこましたのでござ~ますか?

僕には女性をすけこます趣味もありません。。。

まさかデンマンさんの新しいガールフレンドではありませんよねぇ~。。。

あのねぇ~、伴久保 桃子は、僕の知らない女性です。。。

じゃ、どうやって伴久保 桃子さんが『ピンクと桃色』を読んだと判ったのでござ~ますかァ~?

簡単なことですよ。。。 IPアドレスを調べたのです。。。

IPアドレス: 50.68.178.219 バンクーバーに住む伴久保 桃子(ばんくぼ ももこ)さん
(ip178219c.png)

『拡大する』

あらっ。。。、写真まで貼り出して伴久保 桃子さんを紹介していますけれど、アクセスポイントは確定できても プライバシーを守るためにアクセス者の名前までは判別できないのですわァ~。。。

卑弥子さんは、かなり厳しいツッコミを入れるのですねぇ~。。。

いけませんでしたかしら。。。?

あのねぇ~、堅い事を言わずにサラリと僕の話を聞いてくれませんかァ~。。。

でも。。。、でも。。。、もしかしてデンマンさんの自作自演なのではござ~ませんかァ?

。。。ん? 僕の自作自演?

そうですわ。。。 デンマンさんが このIPアドレス (50.68.178.219)からアクセスしたのですわァ~。。。

僕がどうしてそういう事をしなければならないのですか?

だから、この記事を書くためですわよう。。。

あのねぇ~、記事を書くネタならば掃いて捨てるほどあるのですよ。。。 わざわざ自作自演してまで、このような記事を書く暇がありません。。。 卑弥子さんが疑うのであれば次のリストを見てください。。。

Denman Blog 駐米スパマー(192.3.126.80)がスパムを飛ばした記録 デンマンのIPアドレス(192.0.100.104)も載っている
(wp70421a.png)

『拡大する』

これは駐米スパマーDenman Blogにスパムコメントを書き込んだのですよ。。。 この事で、また記事を書くのだけれど、たまたまこのリストには僕のIPアドレスも載っていたので ここに参考のために貼り出します。。。 これで見れば分かるように僕のIPアドレスは 192.0.100.104 なのですよ。。。 桃子さんのIPアドレス(50.68.178.219)とは明らかに違っている!

デンマンのIPアドレス(192.0.100.104)
(ip100104.png)

『拡大する』

分かりましたわ。。。 デンマンさんが そうおっしゃるのであれば、固いことは申しません。。。で、桃子さんは、どのようなキーワードを入れて検索したのでござ~ますかァ?

次のようにして検索したのですよ。

「ピンク 桃色 徒然」を入れてカナダのGOOGLEで検索した結果
(gog70422a.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

あらっ。。。、「ピンク 桃色 徒然」を入れて検索したのですわねぇ~。。。 でも。。。、でも。。。、どうして「徒然」を付け足したのでござ~ますか?

本人に聞いてみないと はっきりとしたことは分からないけれど、おそらく『徒然ブログ』に投稿された記事が読みたかったのですよ。。。

つまり、桃子さんはデンマンさんのブログのファンだと言いたいのでござ~ますかァ?

いや。。。 卑弥子さんが、“どうして「徒然」を付け足したのでござ~ますか?”と尋ねるから、思いつくままに答えたまでですよ。。。

。。。んで、どういうわけで「ピンク 桃色」といれて検索したのでござ~ますか?

もちろん、本人に訊いてみないと はっきりしたことは分からないけれど。。。“ピンク” と“桃色”の違いはあるのだろうか?。。。 そう思って桃子さんはネットで調べ始めたわけですよ。。。

。。。で、デンマンさんの記事の中に、その違いが書いてあるのでござ~ますかァ?

書いてあるのですよ。。。 読んでみてください。。。

桃色 ピンク

29 桃色(ももいろ)

桃の花のような色。 くすんだ赤。


(momohana.jpg)


32 ピンク (英 pink)

「ピンク」はナデシコ科ナデシコ属植物の総称で、ナデシコ(撫子)、カーネーション、セキチク(石竹)などを言い、色はセキチクなどの花のような色を言う。 うすい赤。
「桃色」と混同して用いられることもある。


(nadeshiko.jpg)

   ナデシコ


(carnation.jpg)

   カーネーション


(sekichiku.jpg)

   セキチク


《参考》

(1) 「桃色」と「ピンク」はごく近い色で、しばしば混同されるが語源を異にする。

(2) 左翼的な傾向を言うのは、西洋の「ピンク」に由来し、


(bmania03.jpg)

   「ピンク映画」「桃色遊戯」などの性的な色事にかかわることを言うのは日本の「桃色」に由来する。


(midori60.jpg)


(momo103.jpg)

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


17-19ページ 『色の手帖』
編集: 尚学図書
1987年7月20日 第1版第10刷発行
発行所: 株式会社 小学館

あらっ。。。 「ピンク」と「桃色」は同じようでも、だいぶ違うのでござ~ますわねぇ~。。。

そうなのですよ。 意外にも違っていることが多いのですよ。 例えば「ピンク映画」ねぇ。。。 これを英語に直訳すると “pink movies” になるのですよ。 僕もこのままで「ピンク映画」として英語圏でも通用すると思ったのだけれど、違うのですよ。

あらっ。。。 英語ではポルノ映画のことを “pink movies” とは言わないのでござ~ますか?


(porno03.jpg)

あのねぇ、英語圏では日本語の「ピンク映画」のことを“blue movies”と呼ぶのですよ。


(blue002.jpg)

あらっ。。。 どうして「ピンク」ではなくて「ブルー」なのでござ~ますか?

あのねぇ~、昔ポルノ映画を作り始めた頃、セット全体をブルーにしたのですよ。

どうしてでござ~ますか?

そうすることで撮影すると役者の顔が判りにくくなる。 つまり、役者のプライバシーを保護するために、顔がはっきりと映らないようにしたというのですよ。 そういう配慮から、いつしかポルノ映画のことを“blue movies”と呼ぶようになったらしい。

今でも“blue movies”と呼ぶのですか?

いや。。。 僕は20年以上カナダ人やアメリカ人やイギリス人と話していて“blue movies”というのを聞いたことがありませんよ。

じゃあ、何と言うのですか?

“Porno” と言ったり “adult film” とか “stag film” とか。。。 でも、僕が一番耳にするのは “smut” という言葉ですよ。

どういう意味なのでござ~ますか?

卑弥子さんがよく言う「ヤ~らしい映画」という意味ですよ。

カナダやアメリカやヨーロッパでは「ピンク」という言葉は“ヤ~らしい意味”では使わないのですか?

あのねぇ~、昔、ナチスドイツでは「ピンク」は同性愛者を意味した。

どうして「ピンク」が同性愛者を意味したのでござますか?

ヒトラーが同性愛者にピンクの三角マークをつけて強制収容所にぶち込んだからですよ。


(pinkhomo2.jpg)

つまり、ヒトラーが広めたのでござ~ますか?

そういうことですよ。

今ではどうなのでござ~ますか?

むしろ最近では、オランダの同性愛者などは誇りを持って自分たち、同性愛者のニュースグループを “nl.roze”と呼んでいますよ。 rozeはオランダ語ではピンクを意味します。

カナダでは。。。?

同性愛者をピンクというのは聞いたことがありません。

じゃあ、何と言うのですか?

もちろん、 Homosexual と言うか、あるいは、ここでは書くべきでない蔑称を使うのですよ。

つまり、欧米ではポルノよりも、どちらかと言えば政治的な“左翼”を表現するため「ピンク」が使われているのでご~ざますか?

その通りです。。。 例えば、ポルトガルなのでは「社会主義者党(Socialist Party)」は誇りを持ってピンクのロゴを使っていますよ。


(socialist2.gif)

アメリカでは、「ピンク」とは“左翼的”という意味で使われているのですよ。

確か、共産主義者は「red(レッド)」ですよねぇ~?

そうです。。。 共産主義者じゃなくても、どちらかと言えば共産主義や社会主義に賛同するような人たちを罵(ののし)る時に“Pinko”などと言ったのですよ。


(pinko02.jpg)

マジで。。。? いつ頃のことでござ~ますか?

冷戦時代にアメリカでは“pinko” だとか “pinky” がよく使われたのです。 例えば、あの悪名高い元大統領のリチャード・ニクソンが1950年の上院議員の選挙の時に、対立候補のヘレン(Helen Gahagan Douglas)さんのことを次のように言ったのはよく知られているのですよ。


(nixon07.jpg)

“She’s pink right down

to her underwear!”

ヘレンさんは左翼的で

下着までピンクですよ!


(pinku02b.jpg)

ところで、卑弥子さんの今日の下着はピンクですか?

あらっ。。。 デンマンさんは、そのようなことに興味があるのですか? うふふふふふ。。。

いけませんか?

分かりましたわァ。 じゃあ、デンマンさんのためにお見せしますわ。

タラァ~♪~


(curtain5.jpg


(pinklady6.jpg)


(momo004.jpg)


(laugh16.gif)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif) 

ですってぇ~。。。

あなたは どう思いますか?

デンマンさんのように あたくしの下着の色が何色なのか? そのようなヤ~らしいことに興味がありますかァ~?

では、ここで昔 人気があったピンク・レディーに登場してもらいますわァ。。。


(pinkl002.jpg)


(pinkl001.jpg)

いかがでしたか?

話は変わりますけれど、あたくしは“平成の紫式部”と呼ばれているのでござ~ますわァ。

うふふふふふふ。。。

ええっ。。。 信じられないってぇ~。。。?

じゃあ、『卑弥子の源氏物語』を お読みくださいませぇ~。。。


(genjiero4.jpg)

『卑弥子の源氏物語』

どうですか? あたくしが “平成の紫式部”だと納得がゆきましたか?

ええっ。。。 ちょっと納得がゆかないのでござ~ますかァ?

でも こう見えても 一応 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~ますわァ。

ただし、なかなか あたくしの魅力を認めてもらえないのでござ~ますう。

つまり、結婚相手が 現れないのですわァ。

この際 高望みはいたしません。

“寅さん”のような人でもいいですわ。

旅に出ていることが多いので 手がかからないと思うのでござ~ますう。

ついでだから、寅さんの映画でも見て、希望をつなごうと思います。

“袖触れ合うも他生の縁”と申します。

あなたも 一緒に寅さんのYouTubeでも見てくださいねぇ~。。。


(tora019.jpg)

ちなみに、紫式部のお話も面白いですけれど、古代のお話も心にしみますわァ。

たまには、日本の古代史の記事も読んでくださいませぇ。

そういうわけで あなたのために平安史、古代史の記事を用意しました。

ぜひ 覗いてみてくださいね。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。


(hand.gif)

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)


(surfing9.gif)


(sayuri5.gif)

ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


(miya08.jpg)

『下衆のかんぐり』

『桓武天皇のママがネットで』

『ござが天皇とGOOGLE』

『エロ 建礼門院』

『一敗が三人に!』

『行田の黒い霧をはらう』

『ペルシャ人が飛鳥に』

『小柴垣草子』

『後白河上皇ダントツ』

『ブスと美人』

『エロい話が好き?』

『死んでも生きてる』

『失意の太田将宏』


(annasalleh.jpg)

『オルフェと聖徳太子』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

『ゴヤと三島由紀夫』

『仏陀とキリストと娼婦』


(zurose2.jpg)

『ズロースと戦争』

『伊藤若冲ブーム?』

『ブッダと物理学』

『加藤清正ブーム?』

『愛憎と三輪山』

『松原智恵子 お尻ペンペン』

『坂本龍馬は流れ者か?』

『野ざらし』

『紫式部堕獄説』

『日本最古のポルノ?』

『源氏物語の性描写』

『寅さんの本棚と急行まつしま』

『ヒトラーは草食系?』

『ブッダとキリストと娼婦』

『顔文字とオナラ』


(hama10.jpg)

『宝暦の恨みを明治維新で』

『デウキと紅葉@行田』

『薄い陰毛と紅のボートピープル』

『江戸の閨房術』

『ずるがしこい現代人』

『春画@源氏物語』

『千早振る』

『あれっ、松本清張』

『キスと源信』

『伎楽は呉から…?』

『紺瑠璃杯に魅せられて』

『神聖娼婦 マリア』

『安徳帝は生きていた』

『白石川の桜』

『ブログ村のマリア様』

『ハヌマーン隊長』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)


(byebye.gif)